資料で見る「カウンター大学院生リンチ事件(別称『しばき隊リンチ事件』)」〈2〉隠蔽工作、開き直り(一方的活動再開-謝罪反故)、事実の捏造

鹿砦社代表 松岡利康

大学院生М君リンチ事件は、2014年師走、関西屈指の歓楽街・北新地にて起きました。これ以降、「カウンター」とか「しばき隊」とかいわれる集団の内部と周囲、在日の社会、「反差別運動」などの社会運動内部にあっては、水面下で(表沙汰にはならないように)混乱が生じます。当然でしょう。

しかし、それは、真摯に反省し主体的に公的に謝罪し、将来への痛苦の教訓とするのではなく、遺憾ながら逆の方向に向かいます。曲がりなりにも「人権派」とか「リベラル」とかいわれ、内実はともかく「反差別」を謳う運動としては疑問と言わざるをえません。

まずは、隠蔽工作です。私たち社会運動に理解を示し支持する者も、1年余りも知らなかったように隠蔽は成功します。これに気をよくし、次に彼ら、つまり加害者らを支える者(ブレーン)らは開き直り、被害者を蔑ろにし突然一方的に活動再開―謝罪反故に至ります。これに被害者M君は非常にショックを受けます。当然でしょう。

さらに加害者とこれを支持する者らは、事実の捏造を次々と行っていきます。到底許せないことです。ここでは、それらのうち、このリンチ事件で蠢いた主な人物の言動を挙げておきます。まったく酷い話で、リンチでさえ酷いのに、さらにこれに二重、三重に輪をかけたセカンド・リンチ、トリプル・リンチといえるでしょう。 (以下、敬称略)

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

【10】「師岡メール」

【10】「師岡メール」

師岡康子弁護士は『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)という著書もある人物で、日本で「ヘイト・スピーチ」という言葉を根づかせた、この問題の第一人者といわれます。父親は共同通信の幹部で、彼女の経歴を見ると、華々しいエリートそのものです。こんなお嬢様育ちのエリートが考えることは、時にトンデモないこともあるということでしょうか。

その師岡弁護士が、「人権派」の名に悖るようなメールを、M君と昵懇の金展克に送り、ささやかれていた刑事告訴を断念させるように「説得」して欲しいというのです。このメールの存在は噂されていましたが、諸事情があったのか、金展克は公開を躊躇っていました。時はヘイトスピーチ規制法制化の気運が高まり、おそらく、これが公開された時の運動内外における波紋を案じてのことと思われます。私が金展克の立場だったら、同様に悩み苦しみ公開を躊躇ったでしょう。このまま公開されないんじゃないかと思っていた矢先、ようやく金展克は、決意を込め公開に至ります。彼の内心での葛藤は相当なものだったと察します。その内容は想像以上のものでした。

リンチ被害者のМ君が信用毀損罪にあたり、「これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶした人という重い批判を背負いつづけることになります」と、反吐が出るような倒錯した決め付けを行い、M君に告訴断念を「説得」するように金展克へ要求しています。「人権派」であろうがなかろうが、また「人権派」であろうがなかろうが、弁護士以前に人間としていかがなものでしょうか?

「反レイシズム運動の破壊者」は、泥酔して深夜M君を呼び出し凄絶な集団リンチを行った李信恵、金良平らではないのか、誰にでもわかることです。

私たちは師岡に電話取材を試みましたが、即切られました。これだけの持論を語り、隠蔽工作をしながら、きちんと釈明していただきたかったということは言うまでもありません。いつもはまことしやかなことを記者会見などの場で宣うのであれば、きちんと答えるべきでしょう。

また、ここでは師岡の著書『ヘイト・スピーチとは何か』については述べませんが、一般の評価に反し、その内容は実に危険なものです(リンチ本第6弾『暴力・暴言型社会運動の終焉』にてジャーナリストの黒薮哲哉が詳述していますので、こちらを参照してください)。

【11】「声かけリスト」

【11】「声かけリスト」

加害者らに連なるITOKENこと伊藤健一郎(当時立命館大学大学院生)が作成した、カウンター/しばき隊周辺のオルグリスト。「リンチはなかった」との意思統一をするために作成。カウンター/しばき隊の活動家の藤井正美は、3年間、鹿砦社に勤めスパイ活動を行い、その全貌は彼女が退社を余儀なくされ、その後、会社が彼女に貸与したパソコンを整理した中で、偶然明るみになりました。明るみになったのは、これだけではありません。まさに“情報の宝庫”といえるほど、カウンター/しばき隊内部の蠢きが詳細に判明しました。鹿砦社は当然、彼女に対し損害賠償請求の民事訴訟を起こしました。あろうことか、結果裁判所は鹿砦社の主張を認められませんでした(この件については過去の「デジタル鹿砦社通信」をご覧ください)。

【12】「説明テンプレ」

「説明テンプレ」

これも伊藤健一郎が作成。リンチ事件の経緯や内容、M君を「異常」とし、歪曲された記述で、前出「声かけリスト」に挙げられた者らに「説明」するというマニュアルです。

【13】活動再開宣言

【13】活動再開宣言

曲がりなりにもリンチ事件に連座した5人のうち手を下した3人は謝罪文を出し、活動自粛を約束しましたが、活動を再開するというものです。同時に、謝罪も反故にされます。被害者の「人権」を蔑ろにするものと言わざるをえません。この頃はまだ、リンチ事件が起き、その後の動きについても私たちはまったく知りませんでしたが、水面下では、こういう動きが繰り広げられていたのです。

【14】トンデモ李信恵メール

【14】トンデモ李信恵メール

このツイートの日はМ君が李信恵らリンチ加害者5人を提訴した民事訴訟の本人尋問の日でした。実はまだ李信恵を一度も見たことも会ったこともありませんでした。この意味で、ある意味“楽しみ”ではあったのですが、裁判の前に、ここに記されているような字筒はありません。喫茶店で私と李信恵が遭遇したの? どこで? 店の名は? 見え透いた嘘もほどほどにせんかい!

【15】第二弾の辛淑玉文書

【15】第二弾の辛淑玉文書

リンチ直後に配布された「辛淑玉文書」は衝撃的でした。「これはリンチです。まごうことなき犯罪です」という文言は悲痛なもので、この時点では、辛淑玉にもまだ一片の良心が残っていたのでしょう。しかし、この第二弾の文書は、それを全否定するものです。リンチに阿鼻叫喚の悲鳴を上げるМ君に対する李信恵の「恐怖を覚えた『笑い声』」を、「その場を何とか明るく盛り上げようと必死になっていた李信恵さんの声だったのです」だと? 笑わせてはいけません。

【16】リンチの阿鼻叫喚を、「リンチがなかった」証明と無理やり強弁する三百代言

【16】リンチの阿鼻叫喚を、「リンチがなかった」証明と無理やり強弁する三百代言

開き直りも、ここまで来ると、狂ったとしか言えません。リンチ被害者M君は、1時間近くに及ぶリンチに阿鼻叫喚し、このことで、誰にも相手にされず、私たちと出会い闘いつつも司法にも裏切られ(一部勝訴とはいえ)、今に至るもリンチのPTSDに苦しみ、一流国立大学博士課程を修了しながら研究者の道を断念させられ人生を狂わされたのに、ここまで言うか! これが世に「人権派」といわれる弁護士の言うことか! 弁護士を別名「三百代言」というそうですが、まさにこの言葉がピッタリの神原三百代言です。

【17】被害者(原告)M君が訴訟記録閲覧制限の申請を出したとする悪意のデマ

【17】被害者(原告)M君が訴訟記録閲覧制限の申請を出したとする悪意のデマ

神原弁護士がなぜ、こんなツイートをしたのか理解できませんが、被害者M君やこれを支援する私たちは、訴訟の内容を「閲覧」することに「難色」など示してはいません。逆にどんどん広めたいぐらいです。この神原弁護士のツイートに呼応し、「あらまー」というしばき隊活動家が閲覧を申請したところ閲覧制限で見れなかったとし、「あらまー」は、閲覧制限をしたのは「おそらく原告(M君)」としています。なお、神原弁護士のツイートにある「主水」はМ君のこと。

しかし、閲覧制限の申請をしたのはМ君ではなく、加害者の一人、「凡」こと李普鉉だったという通知が裁判所から届きました。なんということでしょうか、笑うに笑えないオチです。弄ばれ濡れ衣を着せられたM君はたまったものではありません。下手な三文芝居はやめていただきたいものです。

※この連載は、適宜投稿し、最低あと3回は続ける予定です。よろしくご一読お願いいたします。

(つづく)

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

MAGNUM.63は生き残りを懸け、NJKFが絡んだ四つのタイトルマッチ!

堀田春樹

赤平大治が瀬戸口勝也を返り討ち。初防衛成る。
ジョニー・オリベイラは3度目となるライト級王座挑戦
イタリアのマルコ、新設のスーパーミドル級王座獲得。
大岩竜世、バックハンドブローで中島凜太郎を倒し王座獲得。

◎MAGNUM.63 / 3月8日(日)後楽園ホール17:15~21:32
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会、WKBA

前日計量は7日14時より伊原ジムにて行われ、2名がリミットオーバーも2時間以内にパス。戦績はプログラムを参照にこの日の結果を加えています。

◆第14試合 WKBA世界フェザー級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン初防衛戦.赤平大治(VERTEX/2001.10.31栃木県出身/ 57.05kg)
12戦8勝(5KO)3敗1分
        VS
瀬戸口勝也(元・日本フェザー級Champ/横須賀太賀/1983.8.1鹿児島県出身/ 57.05kg)
46戦31勝(14KO)12敗3分
勝者:赤平大治 / TKO 3ラウンド 2分10秒
主審:椎名利一

昨年3月の対戦で赤平大治が初回早々に先手を打ったパンチでノックアウトしたインパクトが残る中、瀬戸口勝也は二の舞は踏まない覚悟と戦略は有る様子で、初回、赤平は左ジャブで自分の距離を維持し主導権支配に掛かる。瀬戸口勝也の距離を詰めて来るプレッシャーは赤平も警戒。赤平はジャブからカーフキックで瀬戸口の脚を殺して勢いを潰していく流れに乗った感じだった。

しかし瀬戸口も強打を狙って出て来る為、赤平は打ち終わりを狙ったカウンターや距離を取ったり掻い潜って躱すディフェンスも上手かった。

第2ラウンドは瀬戸口が自分のリズムを引き寄せようとパンチを狙って出て来た。打ち合えば瀬戸口が有利と見られるが、赤平のローキックが効いてきた瀬戸口は脚を引き摺りだし、大きくバランスを崩したところを蹴られるとついにノックダウンを喫してしまった。まだ余力はあるもラウンド終了。

赤平大治のカーフキックでよろめく瀬戸口勝也。最初のノックダウンとなった

第3ラウンド、右脚をかばう瀬戸口はサウスポーに構え、強打を狙って来るが、脚が効いてスピード無いパンチでは脅威ではない。赤平の更なるカーフキックが効いて、ノックダウンした瀬戸口にセコンドからタオルが投げられ棄権となって。赤平がノックアウト勝利となった。

第3ラウンドのノックダウンでこの後タオル投入され瀬戸口はTKO負けとなる

赤平大治は試合について、「今回、瀬戸口選手の引退試合ということで、自分を対戦相手に選んで頂いてとても光栄です。そして3ラウンドKO出来てとても嬉しいです。瀬戸口選手が引退試合ということもあり、自分はいつもより少し気が張っていたのかな?と感じます。瀬戸口さんがガードを上げて攻めて来ることは分かっていたので、初回はジャブから脚を攻めることで、自分の距離感がしっかり取れていました。」としっかり振り返り、第2ラウンドについて、「瀬戸口さんがペースを上げてパンチで出てきましたが、しっかり見極め避けれたと思います。パンチに合わせて踏み込んで来た左脚カーフキックを狙い、効かせることが出来、ノックダウンを奪えました。」

第3ラウンドに入る前には、瀬戸口の脚が効いていることが確実と分析。

「パンチより脚を攻めて倒すことを決め、ゴングが鳴ると瀬戸口さんがサウスポーになり、カーフキックが効いていると確信しました。パンチをしっかり見て、カーフキックを打ち込み、TKOすることが出来ました。」と展開を語った。

反省点については「ミドルキックと前蹴りが少なかったことや、パンチが大振りで纏められなかったのかなと思います。今回の試合の経験を活かして次に向けてまた頑張りたいと思います。」と丁寧に語ってくれました。

新日本キックボクシング協会で収まる赤平大治陣営と喜びのショット

瀬戸口勝也は帰り際に応援団に囲まれる中、「近い距離でバチバチ打ち合おうと思ったんですけど、赤平選手が遠い距離でパンチ当てて、距離を詰める段階で前足に体重乗った時にカーフを蹴られて、そこは赤平選手が上手かったですね。倒れた時はまだ立てたんですけど、たぶんもう一発貰ったら倒れて終わったでしょう。鹿児島ではチームはもうあるので、良い選手いっぱい育てて試合組んで貰って連れて来ます」と清々しく語られました。

ラストファイトとなった瀬戸口勝也を労う伊原信一代表

◆第13試合 日本ライト級王座決定戦 5回戦

ジョニー・オリベイラ(元・日本スーパーフェザー級Champ/トーエル/ブラジル出身47歳/61.2kg)67戦16勝(1KO)32敗19分
         VS
NJKFスーパーフェザー級6位.細川裕人(VALLELY/北海道出身24歳/ 61.15kg)
12戦8勝(1KO)3敗1分
勝者:細川裕人 / 判定0-3
主審:中山宏美
副審:椎名46-50. ノッパデーソン46-50. ナルンチョン47-50 

ジャブからローキックの探り合いは細川裕人の前後のフットワークが優勢に傾いていく。先手を打つジャブの距離から首相撲とヒザ蹴りへ繋ぐ技で主導権支配した。

細川裕人は的確なヒットでジョニー・オリベイラのリズムを崩した

ジョニー・オリベイラは蹴り返すも距離を詰められず、細川裕人は攻勢を維持しながら見てしまい、次に繋ぐ技が出ず攻め倦む。パンチ打っても攻めるところを攻められない消極的な展開も、ローキックやパンチの的確なヒットの積み重ねで大差判定勝利し王座獲得となった。ジョニー・オリベイラは第3ラウンドに蹴りを空振りして肉離れを起こしたようだが、帰りはしっかり歩いて会場を出た模様。

細川裕人がジョニー・オリベイラをコーナーに追い詰め、ローキックでダメージを与えた

細川裕人はセコンドの「もっと行け!もっと蹴れ!」の指示に行かなかったことについては、「ちょっと当たらないだけで、蹴って出てもまた当たらないと感じてしまった迷いですね」と反省の念が残った様子。今後はもっと練習して強くなって防衛や更なる上位を目指したいです」と語られました。

試合の反省を述べる細川裕人。今後はライバル多いライト級で勝ち続けられるか

◆第12試合 日本スーパーミドル級王座決定戦 5回戦

マルコ(伊原/イタリア出身35歳/ 76.35→75.85kg)15戦9勝(3KO)3敗3分
        VS
翁長リバウンドマン将健(真樹ジム糸満/ 76.05kg)11戦5勝(4KO)5敗1NC
勝者:マルコ / 判定3-0
主審:宮沢誠
副審:椎名50-45. 中山50-46. ナルンチョン50-45

計量はマルコがリミットの確認ミスがあったようでしたが、1時間で余裕のパス。
初回、両者のパンチとローキックの攻防は翁長将健の好戦的なヒットも目立ったが、徐々にマルコのパンチからローキックのリズムが活きだした。翁長より手数と的確差増して行ったマルコは首相撲でのヒザ蹴りもヒット。翁長はパンチでやや攻勢を見せてもすぐマルコの圧し返される流れ。マルコはほぼフルマークの展開で攻め優った。

マルコはリング上で「4年前に初めて新日本キックの試合に出て、今日チャンピオンになりました。いつも一緒に練習してくれた伊原会長、選手やコーチ、対戦相手の翁長さん。有難うございます。また更なる上を目指します!」と語った。

右ストレートが冴えたマルコ。ぎこちなさはあるが、強い攻めが目立った

◆第11試合 WKBA日本スーパーバンタム級王座決定戦 5回戦

大岩竜世(KANALOA/2000.7.10岐阜県出身/ 55.15kg)9戦5勝(1KO)3敗1分
        VS
中島凛太郎(京都野口/兵庫県出身26歳/ 55.3kg)14戦6勝5敗2分1NC
勝者:大岩竜世 / KO 4ラウンド 1分47秒
主審:ノッパデーソン・チューワタナ

初回、パンチと蹴り多彩に鬩ぎ合う両者。やや大岩の前進が目立った。大岩の左頬がやや腫れているのが確認できたが、偶然のバッティングと見られる。

第2ラウンドも攻防の差は変わらずも首相撲からの崩し合い、ヒザ蹴りが増え、第4ラウンドに大岩の右ハイキックを躱した中島が右ストレート打ったところに大岩の左バックハンドブローがヒット。ノックダウンした中島は一旦立ち上がろうとするも崩れ落ち、カウント中のレフェリーストップとなって、大岩竜世が王座獲得。

大岩竜世のバックハンドブローヒットした直後、中島凛太郎は暫く立てなかった

大岩竜世はリング上で「中島凜太郎選手とは9月に戦って引分けだったんですけど、今日はこんな形で勝てて嬉しいです。皆さんの御陰だと思っています。ここからがスタートでまた戻って来たいので皆さん宜しくお願い致します。」と語った。

チャンピオンベルトを巻いてチント氏から祝福を受けた大岩竜世

◆エキシビジョンマッチ2回戦(2分制

ISKA世界スーパーフェザー級チャンピオン.軍司泰斗(TEAM SUERTE)
Exhibition
ISKA世界フェザー級チャンピオン龍聖(TEAM SUERTE)

同門による顔合わせの両者、手数と多彩な技をスピーディーに披露し盛り上げてくれた2ラウンドでした。両者、エキシビジョンマッチながら新日本キックボクシング協会のリングに上がれたことに感謝を述べていました。

◆第10試合 62.0kg契約3回戦

翔吾(DENGER/千葉県出身29歳/ 62.55→61.95kg)6戦2勝(1KO)3敗1NC
        VS
平田康輔(平田道場/ 60.8kg)5戦4勝(2KO)1敗
勝者:平田康輔 / 判定0-3
主審:椎名利一
副審:宮沢誠29-30. ナルンチョン28-29. ノッパデーソン29-30

前日計量で翔吾は550グラムオーバー。落ちるか周囲は心配したが、規定内にクリアー。試合は平田康輔がスピードでやや優る展開。翔吾は減量の影響があったか、やや出遅れるもローキックの攻防に互角に蹴り合うが、徐々に平田が攻勢を強め僅差ながら判定勝利。

◆第9試合 フライ級3回戦

西田蓮斗(伊原越谷/2009.12.6埼玉県出身/ 50.75kg)6戦6勝(2KO)
        VS
林・さん(GRABS/2001.8.27北海道出身/ 50.5kg)4戦2勝2敗
勝者:西田蓮斗 / 判定3-0
主審:中山宏美
副審:椎名30-28. ナルンチョン30-28. ノッパデーソン30-28

西田蓮斗の技では多彩に上手く攻めるが、林の蹴りパンチ首相撲も負けずに繰り出した。技の上手さ的確差で西田が第2ラウンド以降を制し判定勝利。

◆第8試合 フライ級3回戦

NJKFフライ級4位.愁斗(Bombo Freely/2001.11.24茨城県出身/ 50.75kg)
14戦7勝(3KO)4敗3分
        VS
煌(KANALOA/岐阜県出身21歳/ 50.7kg)7戦3勝(1KO)3敗1分
引分け 1-0
主審:宮沢誠
副審:椎名29-28. ナルンチョン29-29. 中山29-29

愁斗の素早い動きに対し、煌も互角に対抗。テクニックある両者の攻防は第2ラウンドは煌がやや攻勢で、第3ラウンドは愁斗が巻き返す形となったが、ほぼ差は無い展開で引分けとなった。

◆第7試合 スーパーライト級3回戦

NJKFスーパーライト級4位. TAKUYA(K-CRONY/1993.12.31茨城県出身/ 63.25kg)
19戦8勝(1KO)9敗2分
        VS
中泉翔(TEAM EIGHTSENDAI/宮城県出身36歳/ 63.3kg)18戦5勝(3KO)12敗1分
勝者:TAKUYA / 判定3-0
主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:椎名30-27. 宮沢29-27. 中山30-27

初回は様子見も中泉翔の勢いがやや圧す流れも、第2ラウンドには徐々にTAKUYAが蹴りからパンチの攻勢を強め、第3ラウンドにはより勢い増して行く中、中泉は表情に余裕は無くなる中、TAKUYAはタイミング見てパンチでノックダウンを奪って判定勝利。

◆第6試合 68.0kg契約2回戦

琉聖(平田道場/ 66.4kg)2戦1勝(1KO)1敗
        VS
田中稜(トーエル/神奈川県出身22歳/ 67.85kg)1戦1勝
勝者:田中稜 / 判定0-3 (17-20. 17-20. 17-20)
主審:ナルンチョン

◆第5試合 58.5kg契約3回戦(2分制)

谷岡雄生(GRABS/北海道出身32歳/ 58.2kg)2戦2勝(1KO)
        VS
神谷晟丸(伊原越谷/ 58.35kg)1戦1敗
勝者:谷岡雄生 / 判定2-1 (19-20. 20-19. 20-19)
主審:椎名利一

◆第4試合からプロ 59.0kg契約2回戦

オスカル・カサド(カタルーニャ/ 58.25kg)16戦9勝7敗
        VS
希祈(京都野口/京都府出身20歳/ 58.85kg)4戦3勝1分
勝者:希祈 / 判定0-2 (19-19. 19-20. 19-20)
主審:中山宏美

他、アマチュア3試合。

《取材戦記》

World KickBoxing Association(WKBA)は2009年10月に創始者の野口修氏より伊原信一氏が任命され、その後の世界戦運営を担いました。

2014年には江幡塁・睦のツインズ(伊原)と蘇我英樹(市原)がWKBA世界王座戴冠し、2019年に緑川創(藤本)、高橋勝次(藤本)が戴冠。1981年の世界戦初開催から世界的には活動は乏しいものの、日本国内のここまでは富山勝治、千葉昌要をはじめ錚々たるメンバーが揃っていました。

昨年3月2日に瀬戸口勝也vs赤平大治でWKBA世界フェザー級王座決定戦が行われ、赤平がKO勝利し王座戴冠。実績の無い日本人同士の、ニュージャパンキックボクシング連盟からの協力を得ての開催と苦しい運営ではあるものの、今回引退試合となる瀬戸口勝也は、赤平大治との因縁を以ての雪辱戦として見どころ大きい展開となりました。

赤平大治は初防衛成功し、大岩竜世がバックハンドブロー一発による衝撃のTKO勝利でWKBA版日本スーパーバンタム級王座獲得。

細川裕人は新日本キックボクシング協会制定の日本国王座という、加盟していない外部団体の選手が挑戦する異例の形でジョニー・オリベイラとの王座決定戦を制し獲得。今後このタイトルの条件・規定はどうなるのか。疑問点は残りますが、ニュージャパンキックボクシング連盟と友好関係が続いているところは今後の交流が大きく育つ展開に期待したいところであります。

選手層薄い中でも何か華がある新日本キックボクシング協会の次回興行は5月10日(日)に後楽園ホールに於いてTITANS NEOS.36が開催されます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

西成女医殺害事件 ── 17年前に起きた事件の証拠品紛失を謝罪した大阪府警西成警察署

尾﨑美代子

大阪府警西成警察署は17年前に起きた事件の証拠品を紛失、それを遺族に隠し続けていたが、先日遺族に説明し、謝罪した。

問題の事件は、私もよく取り上げる西成女医殺害事件。17年前の2009年11月、西成で野宿者や生活保護者に寄り添い医療活動を続けていた女医さんが、行方不明後、水死体で発見された事件。西成警察は当初、自殺としていたが、医師である矢島祥子さんのご両親が、首にくっきりついた傷跡、頭部のこぶなどから事件性を訴え、西成署は事故、事件の両面での捜査を続けていた。

紛失させたのは、亡くなった矢島祥子さんの部屋に残されたメモなど3点。西成署は写真を撮ってあるから問題はない、としているが、果たしてそうだろうか? 三重県鈴鹿市でネットショップ経営者が殺害された件で、逮捕・起訴され、服役中の加藤映次さんは、冤罪を訴え、現在再審請求中だが、そこで証拠品の1つの「鍵」の写真がすり替えられた可能性がでている。その鍵は、被害者の男性宅の鍵の1本で、なんと加藤さんの車から発見されていた。加藤さんが殺害後、男性の部屋に鍵をかけ逃走したというならば、いくらでも捨てる時間も場所もあったはず。その鍵を大事に車に保管するとは…しかもある日、弁護団が鍵の写真を確認したところ、明らかに証拠としてあった鍵とは違っていた。そのため、弁護団は鑑定に出したところ、違うものと判明していた。

さらに西成署は、その証拠品紛失の失態を大阪府警に報告していなかった。「ひでえなあ」と思うだろうが、その大阪府警はもっと重大な証拠品を紛失してしまっている。「紙の爆弾」3月号の日本の冤罪シリーズに寄稿した「平野母子殺人事件」、一審で無期長期、二審で反省していないと求刑通りに死刑判決、しかし、最高裁は「審理が尽くされていない」「事実誤認の可能性がある」として審理を差し戻した。事件の詳細は省くが(紙の爆弾を読んでみて!)、そこで具体的に証拠品の煙草の吸殻の鑑定が必要となった。その吸殻に付着した唾液のDNA型が何であるかで、被告が死刑か無罪かを決めるものだった。すると大阪府警、「すみません。間違って廃棄してしまいました」と。おいおい、無期懲役から死刑判決になった重大事件だぞ。結局被告は無罪となった。それにしても何をやっているんだ。それも大量の証拠品の中の煙草の吸殻だけ……。一般人が簡単に入れない警察署内で起こっているんだぞ。

と驚いてみたが、そういえば、広島中央署では、証拠品として金庫に厳重に保管されていた現金8572万円が盗まれたままだ。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

資料で見る「カウンター大学院生リンチ事件(別称『しばき隊リンチ事件』)」〈1〉リンチ事件前後

鹿砦社代表 松岡利康

最近、「しばき隊」と自他称される徒輩の横暴と跳梁が話題になっています。ここで想起されるのは、かつてその一味が犯した「カウンター大学院生リンチ事件」、俗にいう「しばき隊リンチ事件」です。

私たちは、事件後1年余り経ち、被害者の大学院生(当時)М君からの必死の要請で支援と真相究明に関わり始めました。ちょうど10年ほど前の2016年のはじめのことです。事件が起きたのは2014年の師走、大阪屈指の歓楽街・北新地のワインバーでのことでした。実は、この隣のビルに、私の同郷の中年女性が経営していたラウンジがあり、同郷人の集まる場所になっていました。なので、当時の雰囲気、空気がよく想像できます。

私たちの元に被害者に連なる人物が、それ以前に5年ほど隔月でやっていた、いわゆる「西宮ゼミ」に時折参加していたよしみで、「相談したいことがあります」と私の事務所に現われ、事件直後の写真や音声データはじめ資料を持ち、事件のあらましを説明してくれました。事件から1年余り経っていました。M君とわずかな支援者らが、他にもメディアや弁護士らに相談してきたということですが、ことごとく相手にされなかったということでした。ここにもメディア関係者や弁護士らが在日に対する忖度が感じられます。「こんなリンチ事件が起きていたのか」と驚き、それが1年余りも、私が知らないほど隠蔽されていたこと、それに、この事件に李信恵という、いわゆる「反差別」運動で名のある人物が中心的に関わっていたことに仰天しました。ここから、私たちが会社の業績にも影響するほど時間的にも労力的にも深入りしていくわけですが、この主要暴行実行犯、「エル金」こと金(本田)良平とは、このかん係争中で、実に10年ほど、この問題に関わってきたことになります。

何事も10年関わると、思うことも多々あり、この国の反差別運動、社会運動に、このリンチ事件が与えた悪影響を、きちんと教訓化しないと、人生を台無しにされたМ君も浮かばれないと考えて来ました。M君の現在を想うと、やるせない気持ちです。

ということで、ここでは、基本的な資料を挙げ、簡単にコメントを付け、このリンチ事件の実像を伝えたいと思います。

最も重要な資料は、リンチの最中、M君が衣服に付けて隠し録りした音声データ(55分)ですが、これはリンチ関連本第4弾『カウンターと暴力の病理』に付録としてCDを付けていますので、こちらをお聴きください。活字にリライトもしていますが、あまりに膨大にわたりますので、ここでは掲載できません(なんらかの形で公にしたいとは思っています)。

私たちが地を這うような取材と調査で収集した資料、多くの方々から寄せられた資料から、その一部を以下に挙げます。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

【1】金良平とネトウヨ活動家とのやり取り

【1】金良平とネトウヨ活動家とのやり取り

この事件は、M君が2013年4月に、金良平とネトウヨ団体「愛国矜持会」「中監会」を主宰する竹井信一が名刺交換する場面を目撃し、さらにリンチ事件以前にネトウヨ活動家2名が竹井と通じている者がいると暴露され、このやり取りにあるように昵懇な関係にあり金銭の授受があるのではないかと、リンチに連座した「凡」こと李普鉉に相談したことによります。これ以前にも、他の運動仲間から竹井との付き合いを諫められていたそうで、それを凡が金良平らに伝えたことで、金良平の怒りを買いリンチに繋がっていくのです。人間、真実を衝かれると逆切れすると言いますが、私見は、おそらく金銭の授受があったと推察されても致し方ない、ということです。

【2】リンチ直前の金良平、李信恵ら

【2】リンチ直前の金良平、李信恵ら

えらく楽しそうですね。これ以後に悲劇が起こります。彼らは一夜で5軒の飲食店を回り泥酔して事に及ぶわけですが、いちいちツイートしています。

【3】リンチの最中の李信恵のツイート

【3】リンチの最中の李信恵のツイート

所はワインバー、リンチの最中にも、悠長にツイートしています。李信恵の無慈悲な人間性が判るツイートです。いみじくも、彼女が、まともに差別問題や人権など考えていないことを象徴するツイートです。

【4】無防備にリンチ当夜を振り返る李信恵のツイート

【4】無防備にリンチ当夜を振り返る李信恵のツイート

5軒も飲み屋を回って一升も呑んで泥酔状態でリンチに及んだことを吐露、呆れます。この事件で被害者M君は人生を台無しにされたのに……。

【5】事件直後のしばき隊(男組)関係者のLINE

【5】事件直後のしばき隊(男組)関係者のLINE

事件直後のうろたえた彼らの情況がよく判るLINEです。混乱した中で、このような資料がどんどん外部に漏れています。

【6】事件当日、あらい商店に現われた有田芳生(当時、参議院議員)

【6】事件当日、あらい商店に現われた有田芳生(当時、参議院議員)

リンチが行われたのは2014年12月17日未明ですが、その日のうちに、しばき隊系国会議員・有田芳生が、リンチに至る飲み会の1軒目の大阪・十三(じゅうそう)に在る「あらい商店(現ピンナ食堂)」を訪れ情報収集に努めています。有田のツイートによれば、有田の前にソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が訪れています。それから5軒の飲食店を回り、5軒目のワインバーで事件は起きます。

【7】李信恵の「謝罪文」

【7】李信恵の「謝罪文」

全7枚ですが、最初のページと最後のページのみを挙げておきます。全文は『暴力・暴言型社会運動の終焉』に掲載されています。周囲(特に「コリアNGセンター」)から叱責されて書いたものでしょうが、少なくともこの時点ではヌエ的ながらも反省の姿勢は窺いしれます。

【8】リンチに連座しM君を一発殴った李普鉉の「謝罪文」

【8】リンチに連座しM君を一発殴った李普鉉の「謝罪文」

全4枚と長文ですが、いわば“脇役”ですので、最初の1ページだけを掲載するにとどめます。最近、この男の情報が伝わりませんが、おそらく活動をやめたのでしょう。

【9】良心的在日コリアンのツイート

【9】良心的在日コリアンのツイート

金良平や李信恵らを不良在日コリアンとすれば、遙かに良心的な在日コリアンです。おそらくほとんどの在日コリアンは、黙っていても、この方のような方が多数だと信じますが、このような方の声が活かされなかったことも、本件では重要だったと思います。   

(つづく)

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

3月21日(土)大阪西成 ~差別に抗う~袖すりあうも集い処はなライブ 皆さんどうぞ聴きにきてください!

尾﨑美代子

今週土曜日、3月21日となりました。~差別に抗う~袖すりあうも集い処はなライブ。今回は尼ヶ崎のオヤジ人権バンド元「ドランカーズ」のギター、ボーカル担当の中島(なかしま)敏也、通称とっしゃんと、カオリンズの夢の共演。投げ銭、要オーダーとなります。

「ドランカーズ」と出会ったのは2011年の正月、釜ヶ崎の越冬闘争のステージで演奏したドランカーズが立ち呑み屋難波屋の奥で呑んでました。そこに、私たち「はなと愉快な仲間たち」が飲みに行きました。そこにはなに時折飲みに来ていた部落解放同盟の西岡智さんが居られ、紹介されたのがドランカーズでした。呑んでるうちに意気投合し、今度一緒にライブをしようとなり、決まったのが3月12日。前日、11日もはなで練習してました。テレビでは津波被害の報道が流れてて。心配しながらも、難波屋に行くと、ちょうどテレビからは「◯◯に何百体の遺体が流れつきました」とアナウンスが…。不安なまま迎えたライブでは……

前置きが長くなりました。ドランカーズは部落出身の人と在日の人の混合バンド。中島さんには新井英一さんの「清河への道」を歌って頂く予定です。カオリンズには、4・3事件の記憶について、キム・ヒャンリことかおりちゃんが作詞した「故郷の石ころ」を歌ってもらう予定。2組の曲はぜったいに心に染み入るはず。どうぞ聴きにきてください。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

《対エル金訴訟報告 続》鹿砦社の出版物は「ミニコミ」? 金良平とこの代理人で元祖しばき隊・神原元弁護士の悪意ある決め付けに簡単に騙された裁判所の見識を問う!

上告人=鹿砦社代表 松岡利康

金良平(一審原告。被上告人)とこの代理人・神原元弁護士は、鹿砦社の出版物を「ミニコミ誌に近いローカル雑誌であり、読者はほとんどいないから、極めて少数」(控訴理由書)と嘲笑しています。

これに対して私たちは「悪意ある決め付け」と批判し、また、神原弁護士による、まさにこうしたレトリックに騙された一審、控訴審の裁判官を上告理由書では「この程度のことが見抜けないような原審裁判所は、被上告人訴訟代理人弁護士のレトリックにまんまと乗せられた、世間知らずの無能な裁判官、というしかない」と厳しく弾劾しました。

神原弁護士による冒頭に挙げた文言は、金良平の暴行が厳然たる事実で、これは既に鹿砦社の出版物(6冊のリンチ関連書)などによって事実や情報が拡散され「公知の事実」として広く知られていると主張したことに対してのものですが、「公知の事実」ではないと主張するために、言うに事欠いてそう強弁するしかなかったのでしょう。

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

しかし問題は、神原弁護士による、そうしたレトリックに一審裁判所も控訴審東京高裁も、まんまと騙され、次のように判示しています。

「6冊の書籍には、本件事件に関する記載があることは認められるものの、上記書籍が広く読まれていると認められるに足りる証拠はなく、その内容等に照らしても、本件投稿の時点において、原告(注・金良平)の本件事件係る犯罪歴が広く認識されていたと認めることはできない。」

果たしてそうでしょうか? 本件リンチ事件についての情報、主たる暴力行使者・金良平らの存在は、在日の社会や反差別運動、社会運動の内部や周辺で「広く認識されていた」のは確固たる事実です。だからこそ、国会議員や名の有る「知識人」らを先頭に隠蔽工作に走ったわけでしょう。確かに私たちが被害者から相談を受け支援と真相究明に乗り出すまでの一年余りは隠蔽に成功しました。

鹿砦社が出版している月刊『紙の爆弾』は昨年4月、創刊20周年を迎え、広く多くの読者に支持されてきました。何事も20年も続けることは大変なことです。書き手も著名なジャーナリストらが多士済々名を連ねて、出版界に確固たる地位を占めてきています。

リンチ関連本は、リンチの際の阿鼻叫喚の音声データ(CD)を付けたものを除き(これは製作費が嵩み限定版としました)、上記の『紙の爆弾』の増刊号として発行されてきましたが、ほとんどが本誌よりも部数が多く、中には増刷をしているものもあります。

『紙の爆弾』の実売は、出版界の老舗業界紙『新文化』に月一掲載のランキング表を私のFBに転載している通りですが、この2年分のコピーも、上告理由書に添付しました。時として書店によれば、『中央公論』や『潮』といった大手出版社の雑誌よりも売れています。鹿砦社の雑誌が「ミニコミ」なら、『中央公論』や『潮』も「ミニコミ」ということになります。『中央公論』や『潮』を「ミニコミ」と言う人は、まずいません。

さらに、大手取次会社、トーハンと日販から最新の『紙の爆弾』の全国書店への配本リストを取り寄せ、これも添付しました。北は北海道から南は沖縄まで全国津々浦々の書店に配本されていることが一目瞭然です。これは、「ミニコミ」にできることではありません。

ところで、神原弁護士の言う「ミニコミ」とは何なんでしょうか? 普通「ミニコミ」とは50部、100部から、せいぜい500部程度の発行で、雑誌コードや書籍コードも付かずに、仲間内で配布したり、例えば東京の模索舎とかミニコミを扱う少数の書店に置くものだと思われます。みなさん、そうではないですか?

金良平は、リンチ被害者M君に対する激しい暴行により、刑事事件としては罰金40万円を課せられています(大阪簡裁 平成28年3月1日。金良平は、この「略式命令」書を晒したことが「プライバシー侵害」だと言うわけです)。民事訴訟では賠償金113万円余を課せられました(大阪高裁 平成30年10月19日)。これらはまさに「公知の事実」として知る人ぞ知る事実です。これだけでも神原弁護士が主唱する「リンチはなかった」という言説が悪意あるデマであることがわかります。「リンチがなかった」のなら刑事で40万、別途民事で117万円余(プラス利息)を課せられることはないわけです。こんな単純なことも、判っているのかいないのか(おそらく判ってはいるのでしょうが)、「リンチはなかった」と強弁するのは、いかがなものでしょうか? いくら弁護士が三百代言だとはいえ、度が過ぎます。まさにトロツキー流に言えば「偽造するスターリン学派」の物言いです。それは、金良平を主要暴力行使者による被害者M君への冒瀆であり、M君の人権を蔑ろにするものと断ぜざるをえません。

リンチ被害者M君は、事件以来いまだに凄絶な暴力に対するPTSDに苦しめられ、かつ一流国立大学大学院博士課程を修了しながら、研究者としての道を閉ざされ人生を狂わされたのです。まったく不憫でなりません。

こら、金良平、わかっているのか!? 事件後一度は「謝罪」文を出し活動自粛を約束しながら、のちにこれを一方的に反故にした金良平自身の良心を厳しく問いたいと思います。同時に、金良平と共にリンチに連座した李信恵らの良心と人権感覚も厳しく問うことも言うまでもありません。

また、私たちが相談を受け本格的にM君支援の真相究明、裁判闘争に乗り出すまでの一年余りも誠実にことに対処するのではなく、故意に事件を隠蔽した徒輩、セカンドリンチに手を染めた者ら、本件は、リンチに直接連座した金良平、李信恵ら5名、隠蔽に関わった者、公然と加害者を支持し被害者М君を苦しめた者、「見ざる言わざる聞かざる」を貫いた者ら……その人、一人ひとりの人権感覚、人間性を厳しく問う事件だと考えてきました。

私は、相談を受け、資料を一瞥し、即M君支援を決断しました。以来、いまだに訴訟を続けているわけで、しんどくないと言えば嘘になりますが、その時の決断、M君支援と真相究明を続けてきたことは、おのれの一片の良心に誓って間違いではなかった、まったく正しかったと信じてきましたし、今も信じています。

私たちの問いかけに逃げた者の一人に池田香代子という作家がいます。彼女はフランクルの名著『夜と霧』の新訳を上梓しています。言葉の上ではなく、現実に「夜と霧」的場面に遭遇した時に、人間として、どう対処するか、ということです。そうではないでしょうか? 私の言っていることは間違っていますか?

私は学生時代、『夜と霧』に強い衝撃を受けました。金良平らによるリンチ事件にも、同様の衝撃を受けました。前述しましたように、瞬時に、これは見棄ておけないと思いました。すぐにアクションを起こしたということは言うまでもありません。万が一、M君の言うことが嘘だったり、「リンチはなかった」りしたら、すぐに撤退するつもりでした。実際はそうではなく、加えて金良平、李信恵ら加害者や、これをヘルプする者らの非人間的な態度が続き、私(たち)も硬化していかざるをえなくなりました。正直のところ、私は、加害者らが公に真摯に謝罪し被害者M君にそれ相応の治療費や賠償金を支払って和解することを望んでいましたが(それは、私の強い言葉の端々に記しています)、そうはならず、逆にセカンドリンチや罵詈雑言が、M君は勿論、私(たち)に向けられ泥沼化していきました。私の会社の中にも3年間勤めスパイがいたこともショックでした。

本件リンチ事件は、多くの教訓を残しました。普段、暴力反対と声高に叫ぶ者が、実際に凄絶な暴力を目の当たりにした際にどう振る舞うのか?──多くは逃げました。逆に開き直り、被害者M君に対して口汚く罵倒し、いわばセカンドリンチに手を染めた者もいます。

いい機会なので、これから断続的に、リンチ事件についての基本的資料を呈示し、それらについてコメントしていきたいと思います。なお、資料は膨大にわたりますので、抄録(以下の「辛淑玉文書」のように7枚の内2枚とか長いものは一部)になります。

まずは今回、リンチ事件からしばらくして金良平がリンチ被害者M君に渡した「謝罪」文(全2枚)と、「辛淑玉文書」(全7枚の内の2枚)をアップします。

少なくともこの時点では、当該リンチ事件に対する反省の念や、しっかり対応するとのスタンスが見られます。問題は、こののち、二人ともこれらの文書を反故に開き直ったことでしょう。こうしたことによって、当該リンチ事件への対応は混乱し、このこと一つとっても、在日コリアンに対する誤解や疑問が増幅されたことは否めません。逆に、しっかり人間らしい対応をしていれば、いわれなき差別と偏見を浴びながら日本社会に生きる在日コリアンへの畏敬の念が上がったのではないか、と残念でなりません。

国が広島県に補助金返還命令 虚偽公文書事件で「公益通報潰し」体質、国の強権招く未曽有の恥辱

さとうしゅういち

広島県西部建設事務所・呉支所で起きた虚偽公文書作成事件。この問題で、ついに国が補助金返還命令という最も重い措置に踏み切ります。国交省がここまで動くのは、地方行政の信頼が根底から揺らぐ重大事だからです。

しかし、ここで問われるべき核心はただ一つです。なぜ、ここまで放置されたのか。なぜ、県庁内部で自浄作用が働かなかったのか。

その答えは、あまりにも痛ましい現実です。広島県庁には、公益通報を守るどころか“潰す”体質があった。通報は握りつぶされ、調査は遅れ、責任は矮小化された。そして、本紙の情報公開請求に対しても、文書の存在すら答えない「存否応答拒否」で答える。その結果、県民のお金で国に補助金を返還するという最悪の事態を招きました。

元広島県職員として、私はこの事態を深く恥じます。広島県民として、悔しさと怒りを抑えられません。

だからこそ、今こそ県民の手で真相を明らかにしなければならない。行政内部ではもう正せない。証人喚問と資料提出を強制できる唯一の機関──それが県議会の百条委員会です。

百条委員会の設置は、責任追及のためだけではありません。公益通報者を守り、行政の信頼を取り戻し、「正直者が損をしない広島」をつくるための第一歩です。

どうか、あなたの力を貸してください。広島の未来を守るために、声を上げる仲間になってください。

▼オンライン署名はこちら
「広島県議会に百条委員会設置を求める
 公文書偽造事件解明と公益通報者保護を!!」
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090-3171-4437佐藤 hiroseto2004@yahoo.co.jp

【広島県・公文書偽造/公益通報対応問題年表 ※登場人物の職氏名は当時】
▼2021年
●11月30日 広島県西部建設局呉支所にて、職員が文書偽造を公益通報。県人事課が通報を受理。

▼2022年
●春 人事課長は通報事案の違法性を認識していたが知事に報告せず、調査を引き延ばし。
●2022年度 調査員には、通報者の直属の上司で虚偽公文書を仕方がないと開き直る呉支所長らも選任。
●9月 人事課長が事件について相談したが、局長と部長は知事への報告や外部への公表を促さず。

▼2023年
●4月 県による最初の調査が「事実上の握りつぶし」と受け止められる形で終了。

▼2025年
●初夏 マスコミ報道により問題が再び注目される。
●夏 湯崎英彦知事が県内の弁護士に「再調査」を依頼。
●11月8日 広島県知事選挙執行 湯崎知事後継の横田美香前副知事が当選。
●11月21日 再調査結果
再調査に従事した弁護士による報告書で、「公益通報した職員のみ違法」と認定され、県側の不正は認められず。調査の公平性・妥当性に疑問が広がる。
●11月26日
元県庁職員・広島瀬戸内新聞代表の佐藤周一が、公文書偽造事件および公益通報対応に関する記録の開示請求を提出。(調査記録、処理経過、再調査依頼文書、調査員人選記録など)
●12月11日(通知日)/12月15日(到着)
広島県が「存否応答拒否通知書」を送付=写真。
理由は「行政文書が存在するか否かを答えるだけでも保護されるべき利益を損なうため」。文書の存在すら明かさない異例の対応となる。

▼2026年
●1月5日 最初の公益通報を受けての調査 (2022年度)で調査員の一人が呉支所長自身だったことが発覚。同支所長は虚偽公文書を仕方がないと開き直る発言。
●2月24日 22年9月に当時の局長や部長が人事課長から相談を受けたのに、外部への公表や知事への報告を促さなかったことが発覚。
●3月3日 県が虚偽公文書作成が関連文書のうち、83件中64件に上っていたことを公表。
●3月6日 金子国交大臣が、広島県に対し補助金返還を命令へ。

さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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《対エル金訴訟報告》最高裁に上告理由書を提出! なぜ、身障者夫妻への身の危険よりも、住所不定の凶暴な不良在日コリアンの「プライバシー」が“過保護”されるのか?

上告人=鹿砦社代表 松岡利康

「カウンター大学院生リンチ事件」(別称=しばき隊リンチ事件)の主たる暴行実行犯「エル金(エルネスト金)」こと金(本田)良平が、みずからの前科が暴露されたとして、「プライバシー侵害」だと当社と作家・森奈津子さんを民事提訴したことについては、このかん節目節目で報告してきました。

一審東京地裁立川支部は、金良平の訴えを一部認め両者に賠償金11万円(請求110万円)と、森さんがネットにアップした「略式命令」書の削除を命じました。

これに対し当社と森さんは控訴し、これは棄却され最高裁に上告しました。

この過程で、昨年1月、両者の代理人を務めてくれた内藤隆弁護士が急逝されました。内藤弁護士は1996年から約30年、『週刊ポスト』と連携し大相撲の八百長を告発した書籍を出版した件で東京地検特捜部に刑事告訴(不起訴)されて以来、対アルゼ民事訴訟はじめ鹿砦社の裁判闘争を一手に引き受けていただきましたが、内藤弁護士の急逝は本件訴訟にとっても正直大きな痛手でした。

ちなみに、内藤弁護士の人となりを象徴する事件として、デモへの機動隊の暴虐を監視するために立ち会っていたところ、機動隊の暴虐に強く抗議し、あろうことか逮捕され、日弁連が抗議声明を出すということがありました。

内藤弁護士の急逝に思案していたところ、兄弁の清井礼司弁護士が急遽受任され進行することができました。不測の出来事で、最初から(というより大学院生リンチ事件から)レクチャーし、さすがに名の有るベテラン弁護士、すぐにご理解いただきました。まったく白紙の状態から原告・金良平が犯した凄惨なリンチ事件と彼の狂暴な性格を知り、私たちの想いをご理解いただいた次第です。内藤、清井両弁護士共に動労千葉弁護団に参画し、原告代理人・神原元弁護士が口汚く詰る「極左」弁護士です。

ちなみに清井弁護士は、私が出版の世界に本格的に入った際に手取り足取り編集のノウハウを教えていただいた、装丁家にして活字研究家の鬼才・府川充男さんの学生運動のボスでした。これも何かの因縁です。音楽家の坂本龍一も“府川軍団”に属していたそうです。

2月から3月に入り慌ただしくご報告が遅れましたが、2月27日、「上告理由書」を最高裁に提出いたしました。清井弁護士、森さん、そして松岡の怒りがぶち込まれた力作です。

まず、金良平は実際に住んでいる住所をあくまでも秘匿したことに対しては、かつてリンチ被害者M君が提訴した際に、裁判所に提出した住所が駐車場だったりしたこともあって、住所ぐらいはきちんと明記しろと求めたにすぎないわけですが、これを裁判所は却下しました。清井弁護士の言う“過保護”の所以です。かつて李信恵との訴訟でも感じていましたが、不良在日コリアンに対する“過保護”が目立ちました。

一審で下された賠償金は11万円、請求額の1割、森さんと2者で分ければ5万5千円(プラス利息)で、これを支払えばお終いでしょうが、私には金良平の暴行によって人生を狂わされたリンチ被害者M君の悔しさを思うと、お金の問題ではなく、こうした不良在日コリアンを許してはならないと考える次第です。

金良平はリンチ事件関係の訴訟が終わってから、生まれ育った大阪を離れ、いつのまにか関東地方に移住していますが、森さんにとっては恐怖でしかありません。それに、森さんは、結婚からしばらくして難病を発症し24時間介護の夫がいて、それも共同住宅の1階に住んでいます。以前にもしばき隊に連なる者らに自宅周辺を徘徊されたこともあり、殺人予告もされています。森さんは日頃の強気なSМS発信から“鉄の女”のイメージがありますが、実際はそうではありません。

かつて金良平が、大学院生(当時)М君に加えた凄絶な暴力を想起すると、彼が森さんに執拗に粘着しているのを見るに、彼の「プライバシー」云々よりも、いかなる手段を取ってもみずからの身を守ることを最優先にすべしと、彼がМ君に行った暴行の「略式命令」書を送った次第です。森さんはそれをXにアップしたわけですが、金良平の森さんへの粘着はピタッと止まりましたので、効果はあったということでしょう。これで止まなければ、私は、取材の過程で取得したしばき隊の活動家リスト(住所、電話など明記)さえも暴露しようと思いました。

私が森さんに金良平の前科を記した「略式命令」書を送ったのは、いわゆる「しばき隊リンチ事件」における金良平の狂暴さを、訴訟の過程でも実感したからです。前科という「プライバシー」を晒してはいけないという綺麗言では何も解決できません。

それに金良平の前科は、すでに〈公知の事実〉で、きのうきょう出て来た話ではありません(この件は続編で述べます)。

そうしたことについては、「上告理由書」の最後に、次のように記しています。――

「一般的に、犯罪を犯しながらもその後真っ当に生きる者の前科を晒すことがいいことではないことや、ありていに言えば『プライバシー侵害』にあたる可能性がある場合もあることを上告人(注:松岡、森)が理解していないわけでもない。(中略)
 松岡は、M氏支援の過程で、裁判所の理性や良心でも止めることができない凶暴性を知った。森は、集合住宅の1階で、結婚直後に難病を発症した夫と暮らし、いつ何時、襲撃されたり嫌がらせを受ける可能性が大きく、金良平の狂暴性、それも大阪から関東(おそらく神奈川県)に引越したことなどで、その危険性を松岡は強く感じた。裁判官に問いたいが、こうした場合でも、前科が有る無しはともかく、凶暴極まりない金良平の『プライバシー』を優先するのであろうか? 身障者夫妻の身体へ危害を加えられる危険性が切迫していることは蔑ろにせよというのか? 受忍にも限度がある。
 最高裁判所にあっては、一審、控訴審の、身障者夫妻への身の危険に配慮を欠いた判断は、まさに身障者差別と断ぜざるを得ず、一方で不良在日コリアンに対する“過保護”というバランスを欠いた愚判と言わざるを得ない。」

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件
https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000652
https://www.amazon.co.jp/dp/B08VBH5W48/

《フォトレポート》福島第一原発事故15年 福島の今〈後編〉「復興まちづくり」を進めても原発事故は「過去の出来事」になりえない

飛田晋秀

◆原子力安全センターからのメールが消えた

2011年3月11日、震災当日の深夜以降は、原子力安全センターから県原子力センターにメールで1時間ごとに送信されたものが届いていました。ところが、県は3月15日朝までそのメールに気づかなかったという。さらに受信メールの計86通中、USBに保管されていたり、印刷され残っていたのは21通のみ。結果、65通のメールが消去されたか行方知れずになった格好でした(月刊『政経東北』2021年5月6日)。

「もっと早く公開されていれば、被ばくを軽減できたのではないか」──。公開当日からこうした声の多かったSPEEDIのデータ。自治体や避難する当事者には公開されなかったものが、「緊急事態に対応してもらう機関=米軍」にはいち早く情報提供されていたことが明らかとなりました(webニュース2012.1.18)。情けなくなる国のありさまです。

月日が過ぎても、この様な姿で来なければならない(2014年3月27日 大熊町)
双葉町役場の野外にある時計。地震発生直後の14:47で止まったまま(2016年7月22日 双葉町)
中間貯蔵は大熊町と双葉町にまたがっている(2020年11月8日 双葉町)

◆福島県と新潟県──知事抹殺の真実

『NO NUKES voice』12号(2017年6月11日号)には佐藤栄佐久元福島県知事と泉田裕彦元新潟県知事の対談が掲載されています。(『3・11の彼方から』に再録)
その中に福島第一原発事故直後に泉田元新潟県知事が佐藤雄平福島県知事と電話で話した内容の一部を回想してこう語っています。

〈3月11日に震災事故が起こり、その数日後の16日ぐらいだったと思いますが、私は当時の福島県知事、佐藤雄平さんと電話で話しました。その時の印象は一生忘れません。佐藤雄平知事はものすごく悩んでいました。1分半ぐらい沈黙がありました。私が「子供たちだけは避難させましょうよ」と言った。すると佐藤雄平知事は「泉田さん、でも、もう被ばくしたっちたんだとよね」と言われた。それが結局、子どもたちが避難できなかった一因になっていたのかもしれない。その時の一言は今でもひっかかりを持っています。〉(『3・11の彼方から』P487)

泉田元新潟県知事は『NO NUKES voice』14号(2017年12月11日号)でも福島原発事故の検証の必要性について、こう述べています。(『3・11の彼方から』に再録)

〈福島の原発事故の検証で極めて重要なのは、先ほどもお話ししたように住民に情報が届いたのが一番最後になっていたということです。なぜ最初に住民に情報が届かなかったのか? なぜ住民より先に東電社員の家族が避難できたのか? それと同時にヨウ素剤をどこまで配ったのか? という検証も必要です。例えば、専門家が「あの時はヨウ素剤を配布する必要はなかった」というのであれば、ではなぜ、あの時、福島県立医大の医師とスタッフはヨウ素剤を服用していたのでしょうか? この答えを聞いたことがありますか? なぜ、専門家はヨウ素剤を飲んだのに一般の人は飲まなくてよかったのか? SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)で放射性物質の流れる方向がわかっていたから飯舘村に専門家の調査が入っていたのでしょう。にもかかわらず、飯舘村の住民たちはなぜ一か月半もの間、避難をせずに村に留まったのか? こうした疑問を明らかにするメカニズムがいまだにできていないのが現状です。疑問を検証して原因がわかれば、次のステップを踏める。しかし、そうした事実さえ知らない人たちが多いのではないでしょうか。原子力政策をどうするかについてはまず福島の原発事故でなにが起きたのかという事実を多くの人が知ることが大切です。〉(『3・11の彼方から』P605)

町役場に隣接して2021年4月5日に商業施設がオープンした(2022年1月2日 大熊町)
人気が全くないどこかで解体されている。音だけが聞こえている間もなく12年(2023年1月13日 双葉町)

◆ヨウ素不要論をまき散らした山下俊一放射線リスクアドバイザー

東電原発事故後、長崎大学から派遣された山下俊一氏は福島県の放射線リスクアドバイザーとして、ヨウ素剤の投与について「今のレベルならばヨウ素剤の投与不要だ」との見解を示していました。
 日本においては、安定ヨウ素の予防服用に関する指標は予想される被ばく量(甲状腺投下線量)100ミリシーベルトと定められています。(WHO基準は10ミリシーベルト)原子力安全委員会も事故後の早い段階で、スクリーニングで1万cpmを基準として除染および安定ヨウ素剤の服用を実施する手順を実施を手順を示しましたが、この指示は対策本部や現地には伝えられませんでした。福島県知事には独自にヨウ素剤服用の指示を出す権限がありましたが、国からの指示を待ち、独自の対応はしなかったとされています。

2020年9月20日にオープン。原発事故に対する展示がない。総事業費53億円(2021年10年15日 双葉町)
国道6号電光掲示板、国道の線量は1.324マイクロシーベルト。事故前は0.03~0.07マイクロシーベルト(2022年9月15日 双葉町)

◆「原子力緊急事態宣言」は解除されずに続いている

汚染が厳しかった双葉町では2022年8月30日に特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。全町避難が続いていた双葉町の一部で移住が可能になっています。しかし、この区域は双葉町の面積の一割に過ぎません。

避難解除になってからは出入りが自由になったために盗難事件も起きています。整備工場にあった車が3台が盗難されました。原発事故から15年経てもなお、被災地に泥棒が入る。2025年12月30日にはサッシのガラスを割って家の中を物色、何を持って行ったのか、足の踏み入れることができないひどいことになっていました。しかしこうした盗難事件は報道もされません。これで復興しているといえるのでしょうか。

2025年12月30日の時点で空間線量が3マイクロシーベルトの地域があります。その約100m先のアパートが現在「入居者募集中」です。こうした実態を行政は許しているわけです。万が一、住民がそこで病気になったとしても、「自己責任」ですまされるのではないかと思います。

東電福島第一原発事故での「原子力緊急事態宣言」が解除されていないにもかかわらず、福島県では「原発事故は過去のこと」として復興まちづくりが進んでいます、しかし、多くの山林はいまだ線量が高く汚染されているのが実態です。セシウム137の半減期は30年です。福島県の多くの汚染地が原発事故前の放射線量に戻るまでには数100年以上の年月がかかります。福島の原発事故の記憶は絶対に風化させてはいけません。このことを私はいつまでも伝え続け、一人でも多くの若い人たちに記憶を継承していきたいと思います。

車を降りて測ると4.63マイクロシーベルトになった(2024年10月15日 浪江町椚平)
イルミネーションの所で。車の中で0.82マイクロシーベルトと高くなっている線量(2025年12月30日 浪江町)

▼飛田晋秀(ひだ・しんしゅう)
1947年生まれ。福島県田村郡二春町出身・在住。日本の職人撮影を専門とするプロ・カメラマン。写真集『三春の職人』(1999年)を上梓。3・11後、「事故を風化させない」「事故後の状況をありのままに知ってほしい」「福島県民の思いを知ってほしい」との思いから、福島第一原発事故の被災地を11年間撮り続けている。地元福島はもとより東京、大阪、愛知、北海道、神奈川、埼玉、岐阜他、日本各地で写真展「福島のすがた」並びに講演会を実施している。写真集『福島の記憶──3・11で止まった町』(2019年旬報社)は、各方面に衝撃を与えた。

◆     ◆     ◆     ◆     ◆

季節2026春号
『NO NUKES voice』改題 通巻45号
紙の爆弾2026年4月号増刊
2026年3月11日発行
A5判 総148ページ(本文144ページ+カラーグラビア4ページ)
定価880円(税込み)


《グラビア》わたしはこれから毒を吐く
(文◎菅野みずえ/写真◎飛田晋秀)

《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 浪費による危機と嘘をつく国
《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 最後に鍵を握るのは国民
《インタビュー》井戸謙一(弁護士)
 原発訴訟の流れは変わる
 司法の現状と展望

《特集1》東電・福島原発事故十五年

終わりなき核災害

《報告》川島秀一(民俗学者)
 福島の海は今
《報告》北村敏泰(ジャーナリスト)
 原発に抗い続ける宗教者たち
 あらゆる「生きとし生けるもの」のために
《報告》コリン・コバヤシ(ジャーナリスト)
 福島エートス 受忍のプロパガンダ
《報告》渡邊とみ子(飯館村「までい工房美彩恋人」代表)
 3・11から十五年① 種をつなぎ、後継者をつくる
《報告》大河原さき(ひだんれん事務局長、三春町在住)
 3・11から十五年② 未来の世代が住み続けられる地球のために
《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
 3・11から十五年③ 原発被害者の「絶望」を終わらせてほしい
《報告》鈴木博喜(民の声新聞)
 原発追い出し訴訟 否定され続けた区域外避難者の十五年

《特集2》東電・柏崎刈羽原発再稼働

「第二の福島」は起きないか

《報告》まさのあつこ(ジャーナリスト)
 セキュリティとセーフティの欠陥と再稼働の実態
《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
 自滅する原子力産業と技術のあり方
 柏崎崎刈羽6号機の制御棒問題と東京電力の劣化
《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 再稼働で起きている深刻な危険
《報告》武本和幸(刈羽村議会議員)
 なぜ不正が繰り返されるのか
 地震想定を過少評価する原発利権の構造
《討論》柏崎刈羽原発再稼働の是非を考える新潟県民ネットワーク
 再稼働 許していいのか 1・11集会
 経過報告とリレートーク
 ○吉田裕史(県民ネットワーク事務局)
 「再稼働容認」判断と今後の課題
 ○石崎誠也(新潟大学名誉教授)
 県内学者・研究者有志による原発再稼働中止を求める声明の概要
 ○浅利親男(柏崎刈羽PAZ住民の会)
 荒浜住民投票は七六%が原発反対だった
 ○笹口孝明(元巻町長)
 東北電力巻原発撤回住民投票の意義 県民こそが真の決定権者であるべき
 ○片岡輝美(会津放射能情報センター代表)
 福島原発事故の経験から 「安心して生きる権利」を諦めない
 ○佐々木かんな(アンダー30の会代表) 
 自分たちの場を立ち上げる


《報告》今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
 家庭用ソーラー発電 九年間の運用実績
《報告》なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)
 国・電力会社の「一〇〇mSv安全論」の非科学性
 「あらかぶ裁判」から広範労災認定を求める運動へ
《報告》中道雅史(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会事務局長)
 《徹底解説》核と軍の拠点・青森県《前編》
《報告》山崎隆敏(元越前市議)
 福井県に溜まり続ける「核のゴミ」
 関電は約束を守れない
《報告》大今歩(高校講師・農業)
 原発は止めたけど風力発電がやってきて
《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
 高市軍拡政権という台風が吹き荒れても
 原発再稼働阻止の運動は止まらない
《衆院選》青山晴江(たんぽぽ舎会員)
 絶望させるのも人だが、希望を与えてくれるのも人……
《民主主義》青柳純一(翻訳家)
 “中道改革連合”の大義・理念を問う 
 憲法九条を戦後民主主義の墓標にしてはならない
 《柏崎刈羽》漆原牧久(再稼働阻止全国ネットワーク)
 「柏崎刈羽原発動かすな」官邸前行動の取組み
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
 東電柏崎刈羽6号機再稼働、衆議院選挙高市自民勝利に怒り
 敵を知ろう、メディアと若者に働きかけよう
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会・世話人)
 東海第二原発の地層はどの原発と比べても脆い!
《浜岡原発》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
 「浜岡原発での耐震設計データの捏造・改ざん」生み出した
 電力事業者任せの審査体制の抜本的改善を求めます
《岐阜》中川敦詞(「さよなら原発・ぎふ」、たんぽぽ舎運営委員)
 過去十五年にわたり「集会&パレード」を三カ月毎に開催
 持続可能で安心して暮らせる社会のあり方を共に考え行動する
《アピール》山谷労働者福祉会館活動委員会 山谷争議団・反失実
 貧者を排除する山谷の再開発に反対!

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《フォトレポート》福島第一原発事故15年 福島の今〈前編〉佐藤雄平県知事の虚言と愚行

飛田晋秀

2011年3月11日東日本大震災・東京電力福島第一原発事故から15年になるが国・県・市町村は原発事故から建物が生まれ住民が帰還して終わったかのように、言っているが本当にそうだろうか。

初期、福島県とその首長である県知事がどのように県民に真実を伝えないで、隠していたかを検証してみたいと思います。

津波で流された車。家があるところまで津波襲来している。無事に避難ができたのか。(2012年1月29日 富岡町)
除染しても3.17マイクロシーベルトもある。無駄ではないか(2015年4月7日 富岡町)

◆20ミリシーベルト被ばくの事実を隠すための「風評」

2011年3月17日に米大使は「80キロ圏内の避難勧告」を日本にいる米国民に出しました。日本政府も住民に対して避難難指示を出しましたが、半径30キロ圏内と80キロ圏内避難の米政府勧告とは大きく数字が異なっていました。

「80キロ県内は避難」の勧告を出した国はアメリカだけではありません、イギリス、オーストラリア、韓国などが相次いで同様の勧告を日本いる自国民に出しました。シンガポール外務省では「100キロ圏内」を避難対象としていました。

当時の福島県はどのように県民に原発事故の事を伝えたのか? 検証が必要です。「20ミリシーベルトを許容するように」と国に迫ったのは、実は当時、福島県の首長だった佐藤雄平知事本人でした。基準を低くすると(すでに福島県民は)放射能汚染していることになり、ますます風評被害が広がる。基準を高くすれば、「政府が安全と言っているんだから大丈夫だ」と住民に説明できるからです。福島県(知事・役人)は何を考えているか!今でも怒り心頭です。

実際に汚染している原発被害なのに、「風評」という言葉にすり替えて、国民を騙し、子供たちを犠牲にしてまでも、経済保身を第一に考えている福島県──。国民全体に対して取り返しのつかないことをしたのです。許せません。福島県知事が「20ミリシーベルト」の適用を福島県民に押し付けたことになります。

佐藤知事から文部科学省に「20ミリシーベルトまで認めろ」と言われたからといって、はいはい、と飲んでしまう文部科学省もとんでもない犯罪省庁に違いありません。佐藤知事は国を利用し、福島県人を利用し、国は国で、佐藤知事の要求を待ってましたとばかり受け入れた、ということになります。

右側は帰還困難区域。左側は居住制限区域(2017年5月20日 富岡町)
両脇の線量は同じなのに線引きをしているのか(2017年9月21日 富岡町)

◆国からSPEEDIの情報

福島第一原発事故で放射性物質が放出された際の大気中濃度や被ばく線量を地図上にリアルタイムで予測する「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」は、佐藤知事をトップとする福島県の現地災害対策本部に確かに送られていたのです。にもかかわらず佐藤知事、そして県の災害対策本部は「避難が必要だという科学的な説明もなし、ただ送られてきただけだから、俺は知らない」と言っているのです。「俺はSPEEDI情報を握りつぶした」と言っているのです。佐藤知事はSPEEDI情報を隠して、福島県人の人たちを避難させなかったのです。

佐藤知事の愚行は数しれません。何と言っても、せっかく佐藤栄佐久前知事(2025年3月逝去)が、IAEA(国際原子力機関)を始めとする国際的な原子力調査機関や国内の原子力専門家の人たち、野党の国会議員たちから「福島第一、第二原発はいずれ事故が起きる」という警告を受けて、福島の原発をいったん停止していたにもかかわらず、彼はそれを半ば無理矢理、運転を再開させたのです。

しかも、その危険性から福島県内の反対派からも危ぶむ声が上がっていた3号機のプルサーマルまで稼働させてしまったのです。なぜそんなことをしたのか? 電源三法交付金のほか、プルサーマルを動かすことを承諾することによって得られる「核燃料リサイクル交付金」の計60億円が欲しかったからです。

佐藤雄平知事は、福島県人人口流出を止めるため、SPEEDI情報を隠し、児童たちに20ミリシーベルトもの大量被ばくをさせても何の痛痒もかんじない、という狂人だったのです。(つづく)

県の養殖場。津波襲来で破壊され数人の人が犠牲(2012年3月18日 大熊町)

▼飛田晋秀(ひだ・しんしゅう)
1947年生まれ。福島県田村郡二春町出身・在住。日本の職人撮影を専門とするプロ・カメラマン。写真集『三春の職人』(1999年)を上梓。3・11後、「事故を風化させない」「事故後の状況をありのままに知ってほしい」「福島県民の思いを知ってほしい」との思いから、福島第一原発事故の被災地を11年間撮り続けている。地元福島はもとより東京、大阪、愛知、北海道、神奈川、埼玉、岐阜他、日本各地で写真展「福島のすがた」並びに講演会を実施している。写真集『福島の記憶──3・11で止まった町』(2019年旬報社)は、各方面に衝撃を与えた。

◆     ◆     ◆     ◆     ◆

季節2026春号
『NO NUKES voice』改題 通巻45号
紙の爆弾2026年4月号増刊
2026年3月11日発行
A5判 総148ページ(本文144ページ+カラーグラビア4ページ)
定価880円(税込み)


《グラビア》わたしはこれから毒を吐く
(文◎菅野みずえ/写真◎飛田晋秀)

《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 浪費による危機と嘘をつく国
《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 最後に鍵を握るのは国民
《インタビュー》井戸謙一(弁護士)
 原発訴訟の流れは変わる
 司法の現状と展望

《特集1》東電・福島原発事故十五年

終わりなき核災害

《報告》川島秀一(民俗学者)
 福島の海は今
《報告》北村敏泰(ジャーナリスト)
 原発に抗い続ける宗教者たち
 あらゆる「生きとし生けるもの」のために
《報告》コリン・コバヤシ(ジャーナリスト)
 福島エートス 受忍のプロパガンダ
《報告》渡邊とみ子(飯館村「までい工房美彩恋人」代表)
 3・11から十五年① 種をつなぎ、後継者をつくる
《報告》大河原さき(ひだんれん事務局長、三春町在住)
 3・11から十五年② 未来の世代が住み続けられる地球のために
《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
 3・11から十五年③ 原発被害者の「絶望」を終わらせてほしい
《報告》鈴木博喜(民の声新聞)
 原発追い出し訴訟 否定され続けた区域外避難者の十五年

《特集2》東電・柏崎刈羽原発再稼働

「第二の福島」は起きないか

《報告》まさのあつこ(ジャーナリスト)
 セキュリティとセーフティの欠陥と再稼働の実態
《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
 自滅する原子力産業と技術のあり方
 柏崎崎刈羽6号機の制御棒問題と東京電力の劣化
《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 再稼働で起きている深刻な危険
《報告》武本和幸(刈羽村議会議員)
 なぜ不正が繰り返されるのか
 地震想定を過少評価する原発利権の構造
《討論》柏崎刈羽原発再稼働の是非を考える新潟県民ネットワーク
 再稼働 許していいのか 1・11集会
 経過報告とリレートーク
 ○吉田裕史(県民ネットワーク事務局)
 「再稼働容認」判断と今後の課題
 ○石崎誠也(新潟大学名誉教授)
 県内学者・研究者有志による原発再稼働中止を求める声明の概要
 ○浅利親男(柏崎刈羽PAZ住民の会)
 荒浜住民投票は七六%が原発反対だった
 ○笹口孝明(元巻町長)
 東北電力巻原発撤回住民投票の意義 県民こそが真の決定権者であるべき
 ○片岡輝美(会津放射能情報センター代表)
 福島原発事故の経験から 「安心して生きる権利」を諦めない
 ○佐々木かんな(アンダー30の会代表) 
 自分たちの場を立ち上げる


《報告》今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
 家庭用ソーラー発電 九年間の運用実績
《報告》なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)
 国・電力会社の「一〇〇mSv安全論」の非科学性
 「あらかぶ裁判」から広範労災認定を求める運動へ
《報告》中道雅史(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会事務局長)
 《徹底解説》核と軍の拠点・青森県《前編》
《報告》山崎隆敏(元越前市議)
 福井県に溜まり続ける「核のゴミ」
 関電は約束を守れない
《報告》大今歩(高校講師・農業)
 原発は止めたけど風力発電がやってきて
《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
 高市軍拡政権という台風が吹き荒れても
 原発再稼働阻止の運動は止まらない
《衆院選》青山晴江(たんぽぽ舎会員)
 絶望させるのも人だが、希望を与えてくれるのも人……
《民主主義》青柳純一(翻訳家)
 “中道改革連合”の大義・理念を問う 
 憲法九条を戦後民主主義の墓標にしてはならない
 《柏崎刈羽》漆原牧久(再稼働阻止全国ネットワーク)
 「柏崎刈羽原発動かすな」官邸前行動の取組み
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
 東電柏崎刈羽6号機再稼働、衆議院選挙高市自民勝利に怒り
 敵を知ろう、メディアと若者に働きかけよう
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会・世話人)
 東海第二原発の地層はどの原発と比べても脆い!
《浜岡原発》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
 「浜岡原発での耐震設計データの捏造・改ざん」生み出した
 電力事業者任せの審査体制の抜本的改善を求めます
《岐阜》中川敦詞(「さよなら原発・ぎふ」、たんぽぽ舎運営委員)
 過去十五年にわたり「集会&パレード」を三カ月毎に開催
 持続可能で安心して暮らせる社会のあり方を共に考え行動する
《アピール》山谷労働者福祉会館活動委員会 山谷争議団・反失実
 貧者を排除する山谷の再開発に反対!
 これ以上山谷にマンションを建てるな!
《反原発川柳》乱鬼龍選

闘病の中、魂の書家・龍一郎が揮毫した書

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