しばき隊の弁護士が共産党の演説会に登壇

黒薮哲哉

7月2日に、『しんぶん赤旗』で、暴力的なカウンター運動との決別を発表したばかりの日本共産党の演説会に、なんとしばき隊の弁護士、神原元氏が登場した。下記の写真は、X上の画像のスクリンショットである。わけが分からないというのがわたしの実感だ。ようやく選挙の投票先を共産党へ戻せると思っていた矢先なので残念だ。

共産党は、今年の7月で結成104年を迎えた。100年の活動を経て、国民の支持率が10%(マスコミの調査では3%程度)に満たないのは、やはりどこかに問題があるからだろう。フィデル・カストロは、グランマ号の上陸から、約2年で独裁政権を倒した。エルサルバドルのファラブンド・マルティ民族解放戦線も早かった。時間を費やせば、運動が好調に進展するとは限らない。

共産党はかつては、「押し紙」問題にも熱心に取り組んでいたが、次第にこの問題から遠のいた。マスコミと正面から対峙することを避けたのではないか。

わたしが最初に同党の異変を感じたのは、2014年である。吉良よし子議員が、携帯電話基地局の設置を促進するように、国会で政府に要請した時である。

携帯電話基地局で癌の発生率が高いことを示す疫学調査は複数存在する。予防原則の立場から、規制すべきというのがわたしの見解だ。共産党の紙智子議員も、電磁波に警鐘をならしていた。

ところが、吉良議員がとんでもない言動に及んだのである。わたしの推測になるが、携帯電話が手放せない青年層にこびた結果ではないかと思う。小沢一郎との共闘も間違っていた。

共産党は暴力的なカウンター運動から距離を置くことを宣言しながら、2014年12月の大学院生暴行事件をなかったことにしようとして来た弁護士と共闘したのである。情報弱者なのだろうか?

神原弁護士が、しばき隊を擁護するために、過去にどのような裁判を起こしてきたかを正確に検証すべきだろう。わたしは、共産党の民主集中制を批判するつもりはないが、情報の分析そのものが間違っている場合がままあることに苦言を呈したい。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月22日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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ニカラグア革命47年 西側メディアは何を伝え、何を伝えないのか

黒薮哲哉

ニカラグアは、7月19日に47回目の革命記念日を迎えた。1979年7月17日、40年にわたってニカラグアの政治・産業・軍部を私物化してきたソモサ独裁政権が崩壊し、その2日後の7月19日、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が首都マナグアを制圧した。

この国については、西側メディアによって断続的にネガティブな情報が発信されてきたため、客観的な政情が見えにくくなっているのが実情である。西側報道のどこまでが事実で、どこからが事実とは異なるのかを検証する必要がある。

◆米国とニカラグアの関係史

その前に、米国とニカラグアの関係を簡単に振り返っておこう。歴史的に敵対してきた事実があるのだ。

起点は1856年である。この年、米国人の冒険家ウイリアム・ウォーカーがニカラグアに乗り込み、傭兵を率いて首都を占領し、自ら大統領を名乗った。しかし、ウォーカーは民衆の蜂起によって、あっけなく殺された。その後、米国海兵隊はたびたびニカラグアに侵攻し、占領を繰り返すようになった。

これに対し、1927年、アウグスト・サンディーノが率いるゲリラが武装抵抗を開始した。サンディーノは1933年1月、米国海兵隊を完全撤退へと追い込んだ。

しかし、米国のニカラグア支配への野望は終わらなかった。翌1934年、サンディーノは国家警備隊に拘束され、殺害された。遺体は、あらかじめ掘られていた墓穴に埋葬された。これを契機として、ソモサ一家による軍事独裁政権が誕生する。ソモサ一家は米国を後ろ盾に、親子3代、約40年にわたってニカラグアを支配した。しかし、この独裁政権は1979年、FSLNによる革命によって崩壊したのである。

米国はこれに対抗し、隣国ホンジュラスを事実上の米軍基地化し、そこを拠点に傭兵部隊コントラを使って革命政権の転覆を図った。1980年代のニカラグアは内戦の時代である。

そのさなかの1984年、大統領選挙が実施され、現在のダニエル・オルテガ大統領が約70%の得票率で当選した。しかし、1990年の大統領選挙では野党連合に敗れ、FSLNは下野する。

FSLNが政権を失うと、米国はニカラグアへの軍事介入から手を引き、内戦も終結した。

その後は保守政権が続いたが、2007年にFSLNが政権に復帰し、以後、ダニエル・オルテガ政権が現在まで続いている。

◆ニカラグア革命はキューバ革命の模倣ではなかった

わたしが初めてニカラグアを取材したのは1985年である。

当時、わたしは、ニカラグア革命はキューバ革命の模倣だと思っていた。しかし、現地の人々に話を聞くと、彼らが手本としていたのはフランス革命だという。独裁政権の下では議会制民主主義そのものが存在しなかったため、まず民主主義制度を築くことを優先していたのである。

FSLNには社会主義へのこだわりはあるものの、その根底にある理念は民族自決である。自国の運命は、自国民自身が決めるという考え方だ。

意外なことに、ニカラグアが中国との国交を回復したのは2021年12月である。わずか5年前である。その際、両国は文書によって内政不干渉を確認した。その後、中国の支援もあり、生活水準は急速に向上しているようだ。

◆西側メディアがニカラグアを批判する際に持ち出す3つの論点

西側メディアがニカラグアを批判する際に持ち出す論点は、わたしが見る限り3つある。

第一は、大統領と副大統領をオルテガ夫妻が占めていることである。第二は、報道規制である。第三は、反政府勢力に対する取り締まりである。

オルテガ夫妻が国の要職である大統領と副大統領を占めることは、権力の集中という点では問題をはらんでいる。しかし、副大統領のロサリオ・ムリージョ氏が卓越した政治手腕を持つ人物であることも事実である。

ロサリオ氏は古くからFSLNに参加し、亡命先のコスタリカではFSLNの地下放送を立ち上げるなど、大きな役割を果たした。詩人としても知られている。能力や実績の乏しい人物が権力の座に就いている場合とは、事情が大きく異なる。

反対派への弾圧やメディア規制も、やはり客観的な事実とみられる。しかし、なぜそのような政策が採られるようになったのか、その背景まで考える必要がある。だれに責任があるのかを考察しなければならない。

『メディア黒書』でもたびたび報じてきたように、米国のNED(全米民主主義基金)は、多額の資金を提供することによって、ニカラグアで反政府勢力を育成してきた。詳しくは次の記事を参照されたい。

米国政府系の反共謀略組織・NEDからラテンアメリカ諸国の市民団体やメディアに63億円

米国の対外戦略を論じる際、NEDの存在を考慮しなければ正確な分析はできない。しかし、西側メディアは、あたかもNEDが存在しないかのような前提で報道している。これは方法論としても、完全な誤りである。

NEDの戦略は、対象国の市民運動やメディアに資金を提供し、米国の方針に沿わない政権への敵対感情を醸成することである。そして社会の混乱を拡大させ、最終的には「市民」の手によるクーデターへ導くという手法を採る。典型例が香港の雨傘運動である。

日本のメディアによる香港報道も、NEDの存在を無視した「現実」の上に成り立っている。TBSが重用してきた周庭氏も、NED戦略の産物にほかならないというのが、わたしの見方である。

ニカラグアでも、香港とほぼ同じ構図が生じた。反政府市民運動は拡大し、2018年には暴動へと発展した(ニカラグア政府はクーデターと位置付けている)。死者も出た。当然、暴力行為に及んだ者は投獄され、メディアに対する規制も強化された。

◆西側メディアによるニカラグア報道の偏向

以上の経緯を踏まえると、西側メディアによるニカラグア報道は、必ずしも全体像を正確に伝えているとはいえない。NEDの存在を報道から切り離してしまえば、ニカラグアで起きている出来事の背景は見えなくなり、全体像もかすんでしまうのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月20日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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貴方は何がやりたいの? M君リンチ事件の加害者へ

尾崎美代子

2013年春から関西で始まったカウンター行動に私も最初数回参加した。その中で起きたM君へのリンチ事件を私は全くしらなかった。その後、鹿砦社松岡氏がM君への支援を始めたというので、私も裁判の傍聴などで支援してきました。

当時、なんていうのですかね、しばき隊らがネトウヨなどと果敢に闘う人々とみられたのか、あるいは「左翼」「人権派」と思われたのか、そんな連中が起こしたリンチ事件だということで、裁判に傍聴に来る方々は右派的な方々が多くて、私は報告会などで彼らと同席するたび少々戸惑ったこともありました(ちなみに鹿砦社が発行した、いわゆる「リンチ本」に、私は「彼らは左翼ではない」を寄稿しました。ぜひ読んでください)。

ええ、ええ。ただ、結果として、当時反差別、反権力を主張してきたカウンター行動に集まっていた皆さんが、ヘイトスピーチ法を可決させたいがために、その運動の中心的人物も関わったM君への凄まじいリンチ事件をないものとしようとしたのですよね。これはあってはならないこと。私自身、当時ネトウヨと闘い始めた李信恵さんの裁判は支援しようと思いましたが、その過程において、李信恵さんが(判決で認定されたように)リンチ事件に加担していたならば、まずはその件を謝罪する、その上で対ネトウヨとの闘いに支援をというならば、幾らでも支援しますよね。当然ですよね。

李信恵さんらリンチ事件後、さすがにまずいと思ったのか、確かに一旦は綺麗な字で謝罪文をM君に出しているものの、その後まもなくその謝罪を撤回するような行為に及んでいますよね。「謝罪したやないか」という方もおりますが、みなさん、その後の流れを含めた全体を見てくださいね。実際、M君にリンチを行った金良平さんを庇うように「エル金は友達」なんて一斉につぶやくこともありました。

私はカウンターに関わった当初、関東のある女性から頻繁にこんなメールを受けていたので、彼らが一斉に同じ行動を取る、いや、取るよう強要することは知っていました。あるときは「本日午後2時にAさん(カウンター界隈の著名人)がTwitter(当時)で重要なことをつぶやきます。ぜひ「いいね」をお願いします」とかのDMがくるんです。さらに「Aさんのつぶやきは午後2時半頃に変更になります。よろしくお願いします」とかね。なぜ「いいね」を強要されるの? ウザい上司が「俺の今日のランチ、Facebookに投稿したから、いいねしとけよ」みたいな感じ。超ウザい!

まあ、反差別、反権力といいながら、それと真逆のことをやる、例えば、冤罪事件の狭山を闘いながら、他者が全く言及してない内容で、彼、彼女は「差別者だ」と言い、反差別、反権力の運動の中心に出張ろうとする人物がいることに、私は憤ってるんです。冤罪はどうやって生まれるの? 警察、検察がありもしない証拠をでっちあげたり、うその自白を強いてできるのですよ。それにどれだけの人が苦しんでいるか? 石川さんなどは、無罪を晴らせないまま、亡くなってしまったのですよ。本人が言ってもいないことを「言った」「差別だ」という。冤罪を闘う者として恥ずかしくないですか?

反権力、反差別を訴える闘いを行う人たち、とりわけ大阪では恥ずかしくなる位だめだめと思います。他者の批判をするのではなく、自身が頑張らないといけないのですが、もう涙も出ませんわ。

「自分が凄え」とアピールするための運動、それに関西のいろんな運動を利用しないで欲しい、私があなたが謝罪しない限り、あなたが参加しそうな運動には一切関わりません。

最後に聞くわ。貴方は何がやりたいの?

リンチ直前の加害者ら。左から李信恵、金良平、伊藤大介

◎関連記事【緊急訴訟報告】対エル金(しばき隊/男組)訴訟、上告棄却の不当決定! 損害賠償11万円+利息等が確定! 大学院生リンチ事件で被害者М君に瀕死の重傷を負わせた徒輩が「プライバシー侵害」とは嗤わせる! 鹿砦社代表 松岡利康

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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ニューヨークタイムズが「日本におけるロシア人のスパイ活動」を報じた真の狙いは

アンドリュー・コリブコ

ニューヨーク・タイムズが報じた「日本におけるロシアのスパイ活動」を扱う記事は、日本国内でロシアに対する警戒感を過度に高め、対ロシア強硬政策を正当化することが目的である。筆者は、その結果として、日本が情報機関の強化や軍備増強を進め、それに対抗してロシア・中国・北朝鮮の軍事協力が一層強化される可能性を指摘する。以下の論評から西側メディアが果たす負の役割も垣間見える。

その狙いは、日本社会と政府の双方に反ロシア的なスパイ・ヒステリー(スパイをめぐる過熱した危機感)を煽り、より強硬な対ロシア政策を正当化させることにある。その結果、トランプ2.0が日本を取り囲むように構築した新たな「緩衝地帯」の一翼を担い、この島国が北東アジアにおけるロシア封じ込めにおいて、より積極的な役割を果たすことになるのだ。

『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』は週末、「プーチンはいかにして日本をスパイの巣窟に変えたのか(How Putin Turned Japan Into a Den of Spies)https://www.nytimes.com/2026/07/12/world/asia/russia-spies-japan-war-drones-electronics.html?eafs_enabled=false【日本語訳】chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2026/07/4deb84ffe99b57f5d6ae7f270cf7d654.pdf
という記事を掲載した。この扇情的な見出しは、ロシアが日本社会に深く浸透しているかのような印象を与える。しかし実際の記事の内容は、ロシア軍情報機関の一部門が日本から軍民両用(デュアルユース)の部品を調達したとされる手法について述べたものに過ぎない。記事によれば、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)第20局は、アエロフロート航空の日本支社とその公式提携先を利用し、ベトナムを経由した積み替えによってこれらの調達を行ったとされている。

NYTの記事の狙いは明白である。第一に、日本社会と政府の双方にロシア恐怖に基づくスパイ・ヒステリーを引き起こし、それによって日本による対ロシア政策の一層の強硬化を正当化することである。その最も直接的な形としては、象徴的な措置ではあるが、ロシア外交官の追放が考えられる。また、アエロフロート航空に対する制裁が日本だけでなく、東京が(共通の後ろ盾である米国からの水面下の働きかけを受けつつ)他の地域諸国にも同調を促すことで、周辺諸国へと広がる可能性もある。

仮にそうした展開にならなかったとしても、NYTは「当局者らはスパイ活動の脅威を認識しており、何十年も続いてきた情報収集上の制約を取り除こうとしている」と報じている。また、「日本には外国情報機関すら存在しない」とも指摘している。記事全体の文脈からすれば、たとえ米国が戦後に課した憲法のために法的(de jure)には実現しなくても、事実上(de facto)はこれを口実として外国情報機関が創設される可能性を示唆している。この記事によって引き起こされるかもしれないロシア恐怖のスパイ・ヒステリーこそ、その実現に一役買うかもしれない。

実際、NYTは「外国政府は、日本の技術がロシアへ密輸されていると繰り返し日本政府に警告してきた」と述べており、その中にはウクライナ政府や、匿名の西側当局者も含まれている。日本は何らかの理由でこれまで行動を起こさなかったが、今回を契機にようやく動き出す可能性がある。より大きな文脈で見れば、日本は従来から、モスクワが実効支配する南クリル諸島(日本が「北方領土」と呼ぶ地域)の帰属問題が未解決であるとの認識から、ロシアを潜在的な脅威と見なしてきた。しかし、その認識は今後さらに強まる可能性がある。

だからといって、日本が近くロシアに対して軍事的威嚇を始めるという意味ではない。むしろ、社会と政府に広がる可能性のあるロシア恐怖のスパイ・ヒステリーによってロシアへの脅威認識が一層強まり、その影響が今後さまざまな形で現れる可能性があるということだ。その中には、「緩衝地帯(cordon sanitaire)」構想における役割も含まれる。米国が組織するこの地政学的戦略において、日本には北東アジアでロシア・北朝鮮・中国の三国に同時に圧力をかける役割が期待されており、一方で他の米国の同盟国もロシアやその他の周辺地域で同様の役割を果たすことになる。

実際には、日本は米国の承認の下で軍備増強をどれほど急速に進めるか、さらに米国の最新兵器(特に中距離ミサイル、長距離ミサイル、無人機)をどれだけ受け入れるかによっては、三カ国すべてに対する「沈まない米国の空母」となり得る。第二次世界大戦当時の同盟国であったドイツと同様、日本の再軍備はロシアの国家安全保障に深刻な脅威をもたらし、その結果、限られた兵力や装備をこの戦線へ再配置せざるを得なくなる可能性がある。

米国がこの地域で構築を目指しているNATO型の安全保障ネットワークは、「AUKUS+」と呼ぶことができ、その主な標的は中国であり、北朝鮮にも一定の焦点が当てられている。しかし、日本におけるロシアのスパイ活動を扱ったNYTの記事の狙いを踏まえれば、米国が日本のロシアに対する脅威認識をさらに強め、ロシア封じ込めにおいて日本がより大きな役割を担うことを期待しているのは明らかである。その結果として、ロシアと中国、そして北朝鮮との軍事協力はさらに強化され、事実上の地域同盟が形成される可能性も排除できない。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/the-motives-behind-the-nyts-story?

8月29日今野寿美雄さんを取り囲んでの「福島支援ライブ!」

尾﨑美代子

8月のイベントの告知です。もう、何かしてないと死んでしまうんじゃないかと思うくらい不安だから、次の予定を告知しておきます。

8月29日、福島県から来阪する今野寿美雄さんを取り囲んでの「福島支援ライブ!」投げ銭カンパは、その4日後に大阪地裁で判決が言い渡される原発賠償関西訴訟の原告団にカンパさせて頂きます。

出演者はヒデヨヴィチ・上杉、アカリトバリ、カオリンズ、そしてHANAMAMA&今野寿美雄です。

関西訴訟はじめ避難者の訴訟はどれも長く長く続いています。事故から15年ですものね、「どうなったのかな?」とつい忘れてしまった方もおられるかと思います。
判決日を前にみなさんと共にこの闘いがどういう意味を持つのか、考えていければと思います。

宜しくお願い致します。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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再審法改正問題 ── 事件の被害者遺族も苦しめる検察の証拠隠し

尾﨑美代子

7月17日、再審制度の見直しを盛り込んだ刑事訴訟法の改正案が参議院で可決した。感想の声は様々あるが、私の感想は、袴田秀子さんと同じ、「がっかり」だ。

長年この問題に取り組んできた方々のご尽力には頭が下がる思いだ。しかし、運動が盛り上がりを見せるなか、突然法制審が出張ってきたとき、「冤罪をさんざん作ってきたお前らに、再審法を考えようなどという資格はないぞ。ひっこめ!」とひっこめさせる圧倒的な力があったならば、と考えると残念で仕方ない。娑婆にいる我々は「5年目に必ず良い方向へ変えてやろう」と考え、再度自分を奮い立たせるしかないが、刑務所の中で「自分たちが救われるように、再審法が変わるのでは」と吉報を待っていた冤罪被害者はどれだけ愕然とされたことか、それを考えると、娑婆にいる私らの落胆などは彼らの悔し涙の一粒にも満たないだろう。

法案が可決した2日前、福井事件の前川彰司さんが国会に参考人として呼ばれていた。出席してガツンと自身の主張をぶつける気満々だったが、前日に出席をやめたそうだ。鴨志田弁護士のxによれば、前川さんは前日関係者に17日に政府案が可決されると聞き、ならば自分が出向いて証言する必要はないではないかと思い、関係者に「いかない」と告げたそうだ。それを知って私も何度か電話したがつながらなかった。一方、その国会には、前川さんが犯人とされた福井事件の被害者のお姉さん・大橋広子さんが参考人として出席、「前川さんも私も被害者」と述べたという。

被害者の遺族の中には、一旦犯人が決まったのに、彼らが再審を訴え、さらに無罪となったら、再び犯人を捜さなければならない。いや、日本の警察、検察は自分たちが犯人としたて、裁判で有罪にした人が、再審で無罪となっても、いちから犯人探しをすることはまずない。ということは、遺族は、家族が誰によって何のために殺害されたか、その理由がわからないままになってしまう。新たな地獄だ。

警察、検察が嘘の証拠などで犯人に仕立てた人物が、実はそうでなかったならば、裁判などで証明された犯人の「動機」は嘘になる。自分の家族はそのような「動機」で殺害されたのかと考える、その動機が嘘だったならば、これもまた遺族にとって地獄だ。 

私が冤罪と確信する事件を例に考えてみよう。2008年千葉県東金市でおきた女児殺害事件だ。東金市のある病院の駐車場で遊んでいた女児が突然行方不明になり、20数分後、別の場所で遺体で発見された。女児の母親はこの病院の看護師で、当時夜勤明けで仮眠をとっていた。女児の祖父はその病院の院長、つまりシングルマザーの母親は父が経営する病院で働いていた。複数の病院職員が昼12時に駐車場で遊ぶ女児をみていた。「院長先生のお孫さん」だから、見間違える訳はない。

この事件で逮捕されたのは、近所に住む男性Kさん(当時21歳)だった。Kさんには知的障害があり、当時は仕事を辞め、家にいることが多かった。Kさんを犯人とした検察のストーリーはこうだ。女児をみつけたKさんは女児と友達になりたくて、女児を抱きかかえ、店が立ち並ぶ商店街を白昼堂々病院から300メートル離れた自宅に連れて帰った。

Kさんと女児はしばらくアニメの話などして遊んでいたが、女児が帰りたがり、ぐずついて、そのうちKさんを泣きながら「ばか、ばか、ばか」と罵倒した。Kさんは思わずカッとなり、「暴走モード」になり、女児を風呂の水につけて溺死させ、衣類を脱がせ、ゴミ袋にいれ、マンションの窓から捨て、遺体は裸のまま抱きかかえ、別の場所に遺棄した、というものだ。

衣類の入ったごみ袋が捨てられた場所が、Kさんのマンションの下の駐車場だったことから疑われたようだ。

しかし、この「犯行」がわずか20数分で行われるだろうか? Kさんのように知的障害のある子どもは、運動能力が普通の子供より乏しいことを関係者が証言している。事件前勤務していた布団のリース会社の関係者も「普通3枚の布団を運べるところ、彼は1枚しか運べなかった」と証言していた。20数分では到底不可能な「犯行」を、検察はどうやって出来たことにしたのか? そこには恐ろしいカラクリがあった。前述したように、昼12時に女児を見たとの複数の関係者の供述があったが、その供述をないものにして、その前の11時40分の目撃供述のみを採用したのである。11時40分から1時20数分、つまり40分あればこの「犯行」は実現できるとしたのだ。

Kさんが女児に性的暴行を加えたとの証拠はなかった。ではKさんの殺害動機を何だったか? 帰りたくてなかなか帰してくれないKさんに対して、女児が「ばか!ばか!ばか!」と罵倒したからとなっている。女児の母親は考えたはずだ。まず最初に、あの子は見ず知らずの大人の男性に着いていくだろうか? あの子は初めて会った大人に、「ばか!ばか!ばか!」などというだろうか?私はあの子をそんな風に育てただろうか?このような母親の苦悩は、真犯人が逮捕され、本当の動機が判明するまで続くのだろう。

裁判でKさんには、懲役15年の判決がくだされ、上告も棄却され、刑が確定。この事件については、ジャーナリスト三宅勝久さんが「司法が凶器に変わる時」で裁判の内容を詳細を書いている。私も三宅さんの協力をえながら「日本の冤罪」で取り上げた。 一方、支援団体などの存在が不明のため、その後どうなっているかはわからない。kさんは既に服役を終え、お母さんのもとに戻っているのだろう。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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【緊急訴訟報告】対エル金(しばき隊/男組)訴訟、上告棄却の不当決定! 損害賠償11万円+利息等が確定! 大学院生リンチ事件で被害者М君に瀕死の重傷を負わせた徒輩が「プライバシー侵害」とは嗤わせる!

鹿砦社代表 松岡利康

2016年に始まった対しばき隊関係訴訟はまだ続いていましたが、くだんのリンチ事件で主たる暴力行使者・エル金こと金(本田)良平が、犯歴をバクロされたとして「プライバシー侵害」を理由に鹿砦社と作家・森奈津子さんを訴えた訴訟の上告審、最高裁第二小法廷は私たちの上告を棄却する決定を下しました。決定日付は7月10日。別掲の通り簡素なものです。これで、すべての対しばき隊関連訴訟が終結したことになります。まさに“10年戦争”でした。

7月10日付け最高裁の決定書

◆将来を嘱望された大学院生(当時)М君の人生を狂わせた徒輩を許せない!

この集団リンチ事件の当事者の中で、加害者側の5人、このうち李信恵は相変わらず講演三昧、伊藤大介は複数の暴力事件を起こし有罪判決が確定しオモテから離れました。1発殴り罰金刑(刑事)と賠償金を課された凡(ハンドルネーム)もオモテから離れました。残りの松本英一はまだ運動に足を突っ込んでいるようですが、詳しい最近の動向は伝わってきません(雑魚にはさほど興味もありません)。

リンチ直前の加害者ら。左から李信恵、金良平、伊藤大介

今回の訴訟の原告、エル金こと金良平は、一時行方不明になったり突然オモテに出たりしながら、住所不明(訴状では代理人の神原元弁護士の事務所を住所としています)、職業不詳です。彼は数十発、М君に激しい暴行を加え、刑事では罰金40万円、民事では賠償金120万円余の判決を受け、なんとかカネを集め支払っています。合計で160万円余り、個人で払うには決して少額ではありません。これに懲りて反省し、もう暴力的行為はしないとけついしたらいいのですが、その後も、一触即発の場面に先頭になって参加しています。

一方の被害者M君は、酷いリンチによるPTSDで、博士課程は修了したものの研究職に就くことができず、肉体労働に近い職業で日々働き暮らしています。本来なら今頃、若い学生に囲まれ学究生活に入っていただろうに……。これを思うと不憫です。

М君は、金良平らによる直接的暴力、「反差別」運動の旗手とマスメディアが喧伝する李信恵らによる集団リンチ、さらには彼らの支持者によるセカンド・リンチにより人生を狂わされました。私や森さんが、一審判決11万円という少額賠償金にかかわらず、控訴審、上告審と最後まで闘ったのは、人生を狂わされたМ君への血の通った人間としての同情心と、金良平らリンチの加害者らや、これに付和雷同してM君にセカンド・リンチを加えた徒輩を許せなかったからです。

リンチ前と後

◆10年経って社会運動から暴力はなくなったのか?

かつて激動の時代60年代後半から70年代にかけて、世界的なベトナム反戦運動の高揚、国内的には、それに加え安保─沖縄闘争、全国学園闘争、三里塚闘争(成田空港反対闘争)などをメルクマールに、学生運動、反戦運動、社会運動全般が盛り上がったことは歴史的事です。

しかし、運動内部では軋轢、対立、分裂が進行し、これが暴力を伴い、「内ゲバ」と総称されるような問題も同時に起きました。問題は、累々たる死者をも出し、これも大きな要因として運動全般が衰退していったことは私ごときが言うまでもありません。

そうしたこともあって、心ある人たちの努力により、わが国の社会運動から次第に暴力はなくなっていったはずでした。私もそう思っていました。

そのかん、私の先輩、後輩らも暴力の場面に遭遇しました。なにより私も病院送りにされましたし、ついこの前に一緒にビラ撒きしていた某党派の活動家が夜間急襲され仲間と共に殺されるというニュースには驚きました。多くの先輩方から対立党派ながら真面目な方と聞き、なんとも言えない気持ちになったことを今でも忘れることができません。

それから連合赤軍事件、内ゲバの激化などが続き、わが国の社会運動にとって大打撃となり、かつて社会運動の拠点となっていたキャンパスから抵抗の声は次第に聞かれなくなりました。かつては林立していた立看も今では見られなくなりました。立看を出しただけで即撤去、処分されたり、裁判になったりする時代です。時折訪れる母校でも、今や綺麗なキャンパスになりました。少なくとも立看、ビラ撒きぐらいは表現の自由の観点から制限なく規制しなくてもいいのではないか、と思います。

キャンパスから暴力的場面がなくなり、同時に立看やビラ撒きも見られなくなりましたが、これを突然打ち消したのが、金良平、李信恵らによるM君リンチ事件だったのです。社会運動の一つ「反差別」運動には根深い暴力が残っていたのです。「反差別」運動における暴力の問題として、本件と共に八鹿(youka)高校事件と併せ、やはり捉え直しが必要ではないかと思います。ちなみに八鹿高校事件では、部落解放同盟と日本共産党の争いもあり、兵庫県の山間の田舎都市での対立以上に大きな問題で、両者は本当にこれを教訓化したのか疑問です。この事件では、私の先輩も巻き込まれ、元々ブント系ノンセクトの活動家でしたから、共産党には批判的で、解放同盟に特段批判的でもないのに暴行を受けています。いまだにネットに流れている裁判記録に先輩の名を発見した時には胸が破裂しそうでした。

このリンチ事件を持ち込まれた際に、私はその先輩の姿を想起しました。金良平、李信恵ら加害者5人は、さんざんM君に暴行を加えた後、瀕死の重傷を負ったМ君を放置し逃げ去ったとのことで、M君はやっとの想いでタクシーを拾い自宅に帰ったのです。なにかを察知した運転手の方は料金を受け取らなかったそうです。

これには、さすがの裁判所も、「最後は、負傷したМの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。」として、「日頃から人権尊重を標榜していながら、金によるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」(大阪高裁、令和3年7月27日判決言渡)と批判したのです。

2016年の初めに、この大学院生リンチ事件を、リンチ直後の被害者の顔写真、リンチの最中の音声データ、その他の資料に接して知った時には、本当に驚き、瞬間湯沸かし器の私は即動き始めたのです。

◆事件後の加害者らの動き──当初反省、謝罪、活動自粛を約束しつつも、しばらくして反故

リンチ事件後、在日の親睦、協力の目的で設立された「コリアNGOセンター」を中心として事態収拾に動き、加害者、被害者双方への事情聴取が行われ、加害者5人のうち直接手を出したとされる金良平、李信恵、凡の3名が「謝罪文」を被害者M君に送り、反省、謝罪、活動自粛を約束していますが、のちにこれを反故、M君を苦しめることになります。約束を反故にし活動再開した理由としては、師岡康子弁護士が金展克さんに送った、いわゆる「師岡メール」に現れています。当時、彼らが当面の目的としていたヘイトスピーチ解消法成立の運動に利にならないとの思惑からだと思われます。研究者として将来を嘱望されたM君一人の人権よりも在日の利益を図ることのほうが重要だとの考えからでしょうが、人ひとりの人権を蔑ろにして、なにをかいわんやです。なので、師岡はじめ、この事件で名が出てくる者らを私は決して許すことができません。

金良平の謝罪文(全文1枚目)
金良平の謝罪文(全文2枚目)
辛淑玉文書の1ページ目。この時は深刻だったと思われるが、その後、この文書も否定

特に、岸政彦、彼は「李信恵さんの裁判を支援する会」の事務局長を務め、このリンチ事件ではコリアNGOセンターが行った事情聴取にも立ち合っています。本来なら、積極的に問題解決に奔走すべき立場です。しかし彼は、私たちが送った質問状にも答えず、馬耳東風のスタンスを貫くつもりだったようなので研究室に直撃取材をかけたのです。李信恵が裁判で述べたところによれば、このあと同会の事務局長を辞任したとのこと、これも、岸の一片の良心を信じていたМ君を苦しめることになります。その後岸は、当時龍谷大学教授から立命館大学教授、そして今や京都大学教授へと上り詰めていくのです。M君を犠牲にして──。岸は芥川賞の候補にもなりましたが、こういう世渡りのうまい人間こそ唾棄すべき人種です。岸よ、恥を知れ、恥を!

われわれの直撃に必死に逃げ回る岸政彦

一方的に活動再開した後、李信恵は講演三昧、彼女の自宅前を通った人によれば、自宅の車庫にベンツが停めてあったとのこと、行政などからの髙い講演料で買ったのかと勘繰ります。彼女は高価なブランド物も好きなようで、集会にどこかのブランドバッグを持って現れたのを見たという人もいました。果たして彼女に人間としての反省はあるのか⁉ 普通に考えて大いに疑問です。罪は逃れても、リンチの場にいて、金良平の激しい暴力を制止もせず、悠然とワインを飲んでいたとは、人間として信じられません。

金良平、伊藤大介らはますますアグレッシブに活動し、伊藤に至ってはネトウヨ活動家に対する暴行容疑で有罪判決を受け、経営する不動産会社の宅建免許取り消しを怖れ自社の代表を辞しています。凡のみが結婚し活動を辞めたようです。正解です。

◆金良平らリンチ加害者は本当に反省したのか? 関係者らは、このリンチ事件の〈負〉の面をいかに教訓化し運動の糧にしたのか?

この問いに、結論から言えば、なんの反省もしていませんし、教訓化もしていません。現在のしばき隊の現状、共産党の苦慮を見れば一目瞭然です。共産党が今、しばき隊との関係を切る、切らないで苦慮しているのは、10年余り前に、このリンチ事件に対して真っ向から取り組まなかった故です。その時のツケが今回ってきていると言えるでしょう。

金良平について言えば、真っ昼間からSNSに相当の時間を費やし、生業に就いているのかどうか疑問で、さらには被告とされた森さんの自宅圏内の関東地方に移住し、彼女に恐怖を与えていました。広義のしばき隊に繋がる者らと思しき者から、彼らを批判しただけで激しい嫌がらせを受けた人たちがいます。森さんもそうですが、自宅の周囲を何者かに徘徊されたこともありました。

私は、このリンチ事件の被害者М君支援、真相究明に関わってきて、いわゆるしばき隊やカウンターといわれる運動を批判した人たちが激しい嫌がらせを受けたことを知りました。2、3例を挙げますと、公立病院に勤める、ある在日の医師は病院に多数の嫌がらせ電話をかけられSNSを閉じられました。人の命に係わる病院にですよ。絶対にやってはいけないことです。小菅信子山梨学院大学教授は、大学に電話攻撃を受けると共に、愛猫が殺されています。作家の室井佑月さんは自宅前に汚物を撒かれました。なぜか、どれも実行犯は逮捕されていません。

本件訴訟の原因ともなっている金良平が森さんに絡んできて日に日にバッシングが激しくなり、危機感を持ち、障碍者の夫と共に暮らす森さんの身を案じ、金良平の犯歴を晒してでも自分の身を守れとアドバイスしたことで、私のアドバイスを受けた森さんは金良平の犯歴=M君へのリンチ事件の有罪判決(罰金刑)の前科を晒したのです。他人の身は他人が守ってくれるわけではありませんから。どのような手段を使ってでも自分の身は自分で守れ、と。その後、森さんには、反LGBT運動の仲間でありオウム信者に殺されかけた滝本太郎弁護士と共に殺人予告もありました。

金良平の犯歴を晒したというが、金良平の犯歴は鹿砦社の一連の出版物で〈公知の事実〉となっており、今更どうこう言うことでもありません。私に言わせれば、将来を嘱望された大学院生М君の将来をぶち壊した徒輩に「プライバシー侵害」などと嗤(わら)わせてくれるな、ということです。

このかん金良平は、Xも長く配信を止め、最近になってぼちぼち動き出してきたようですが、「反差別」運動にとって彼はもはや不要の人物であり厄介者にさえなっています。

今回の最高裁決定で、10年戦争を続けてきた大学院生リンチ事件関係訴訟はすべて終結いたしました。この10年間、私(たち)なりに被害者М君支援、真相究明に努めてまいりました。この過程で「反差別」運動のウラの面を垣間見、なぜ多くの識者がこれに対して声を挙げないのか? また、マスメディアはなぜ、李信恵らを持ち上げるだけで、その暗部を採り上げ批判しないのか、疑問です。

「反差別」が利権であってはならないことはすでに周知のことになっています。差別に反対するという崇高な営為が、どこかで倒錯していないか? 少なくとも真剣に考えても無駄ではないでしょう。いや、前記した大阪高裁判決で、リンチがあったこと、李信恵、金良平らが係わったことは確定しています。「リンチはなかった」だって⁉ 私やМ君の前で言ってみろ!

師岡康子弁護士と、金良平の代理人・神原元弁護士

リンチはあったのです。これを認めた上で、これに真摯に向き合い、「反差別」運動を主体的に切開し、改善すべきは改善し、今後の運動に主体的に取り込んでいくべきではないのか、大学院生リンチ事件に10年関わり、お金もそれなりに使い、私なりに一所懸命に取り組んできました。故・山口正紀さん(ジャーナリスト)や野田正彰さん(精神科医)、先輩の矢谷暢一郎さん(ニューヨーク州立大学アルフレッド校心理学名誉教授)、寺澤有さん(ジャーナリスト)、黒薮哲哉さん(同)、故・北村肇さん(『週刊金曜日』発行人)、今回鹿砦社と共に被告とされた森奈津子さん(作家)ら、決して多くはない心ある方々にご理解いただき、最後まで協力、支援賜りました。感謝申し上げます。

特に山口さんにつきましては、末期ガンで死の直前まで命を削り準備書面をお読みいただき添削も行ってくださいました。

訴訟上は、ヒラメ裁判官ばかりで、М君も賠償金は、決して満足のいく金額ではありませんでしたが、治療費程度は獲得できました。内容的にも満足のいくものではありませんでした。それでも勝訴は勝訴です、私たちは、М君を裏切ることなく最後まで共に頑張りました。

歪曲された反差別運動の犠牲者М君の想いをご理解いただき、このリンチ事件を、今からでも注目され真剣に再検証いただき、反差別運き動を含む社会運動における暴力の問題を考えていただきたいと切に希望いたします。

この大学院生リンチ事件については、言いたいことがまだまだあります。機会を見て、これまで収集した資料を元に総括的にまとめていきたいと考えています。

最後に、本件訴訟は当初、1996年以来、東京での訴訟事を一手に引き受けていただいていた内藤隆弁護士に受任いただきましたが急逝され、慌ただしく清井礼司弁護士が引き受けられました。急なことながら、短期間でリンチ事件の全貌を理解され最後まで、私たちの意を汲み闘っていただきました。心より感謝いたします。

※大学院生リンチ事件については、これまで刊行した6冊の本、これ以降については、「デジタル鹿砦社通信」の「しばき隊リンチ事件」の項私のFBをご覧ください。

われわれが総力で記録化した大学院生リンチ関係書籍。必読!

しばき隊リンチ事件 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

昭和の古きキックボクシングジムは失くしてはならない

堀田春樹

◆貴方はどんなジムが好きですか

2020年6月28日掲載の「キックボクシングジム開設での物件探しの苦悩!」に続くジムの興味深い在り方について取り上げてみました。

昨年末に足立秀夫(格闘群雄伝No.35)さんから電話があって「俺ももうすぐ70歳だよ!」と言った語りから、「ジムは続けている。昔ながらの古めかしいジムだから一度撮りに来て欲しい!」という希望も仰られました。練習生は3名程。昔のような厳しい指導はしていないという。

足立氏は引退後、静岡県袋井市で東大門ジムを開いたのが2000年頃。これは行って見るのも面白い。いや、東大門ジムだけでない、地方のジムは都心には無い、昭和初期や終戦後に建てられたような、昔ながらのバラック小屋のジムがあるものです。2022年6月に閉鎖され、翌月には解体された千葉ジムもジム建屋としては51年継続した伝統のジムでしたが、あのトタン屋根のジムが今もあれば買い取ってキックボクシング界の世界遺産にしたいものです。

千葉ジム外観。多くの名選手を生み出した名門である
千葉ジムは鉄骨剥き出し、トタン屋根の古めかしいジムだった

タイでも同様で古めかしい昔ながらのバラック小屋は少なくなり、近代的ジムが増えています。

タイでもこんな古めかしいジムは少なくなった

◆都心と過疎地

都心の街角を歩くと、ビルの一角に極真空手道場を見付けたことがありました。ボクシングジムにしてもキックボクシングにしても、何とか見付けた物件に正規のリングを入れたら他のスペースが無くなるような空間を工夫して練習スペースを構えていると窺えます。

近年の都心のジムは雑居ビルの一室であっても内装はキレイで明るい。女性会員の更衣室もシャワー室も完備しています。

都心から離れるとやや広い物件を借りたり、所有する土地にプレハブ小屋を建てたり、倉庫を改造して、リングを構えてもまだ広い空間にいろいろなトレーニング機器を取り揃える理想的な造りでありながら、駅から遠い辺鄙な立地だったりで練習生は集まり難い不便さもあったりします。

NKBで活躍中の棚橋賢二郎が所属する新潟県の拳心館は空手道場として1954年(昭和29年)に創設され、現在のジム建屋は1970年に建てられた広い空間で冬は寒く夏は暑い。昔は水も飲ませて貰えず、厳しさ滲み出る古き良き雰囲気だが、現在は女性会員も居て指導は昔よりは柔らかくなったとか。

拳心館はなかなかキレイなジムだが夏暑く冬寒い。ストーブが似合う(撮影:木村充利)

◆入門生多いジムと少ないジムの違い

都心と地方の条件だけでなく、現在も昔ながらの厳しい指導のジムは入門希望者が寄り付かない傾向にあるようです。

昭和時代、旧国鉄新小岩の駅前で帰宅ラッシュの通行人が大勢通る中で、選手に罵声を浴びせながらミット蹴り指導したという当時の凄く怖い某ジム会長のエピソードもありました(因みに渡邉ジムではありません。現在なら道路交通法や迷惑防止条例ですぐ退去させられるでしょう。昔は規制が緩かった)。

ドスの利いた声で「ウチが一番厳しいんだぞ!」と、そんな圧力受けた私(堀田)でしたが、こんなジムが現在にあったら一般の大多数は寄り付き難いでしょう。

現在、元・全日本ライト級チャンピオンの金沢久幸氏がSNSで「実績ゼロのジムに“人が集まる残酷な理由”」と題したコメントを配信していましたが、「繁盛しているジムは“格闘技”を売っているのではなく、“スマホの向こう側にいる人の悩み”を解決しているからです。」と根性論で人を集める時代はもう終わったという中で、「多くのベテラン指導者は指導力(Instruction)を磨き、若手経営者は入口(Marketing)を磨いています。若手たちはSNSを駆使して“今、この瞬間に悩んでる人が欲しい言葉”を24時間自動で届けています。何十年も指導して来たベテランが、ジムの客足が遠のいている現状で、若手に負けているのは“腕”ではなく、伝え方のルールを知らないだけです(配信から一部引用)。」

これはジム経営だけではない、SNSは現代のあらゆるビジネスの営業戦略となっているだろう。

◆優しい丹下段平ジムは出来るか

そうは言っても昔ながらのバラック小屋のジムは好きな者には好まれる渋い味があります。

一見流行らなさそうな、潰れそうな雰囲気を醸し出しながら、ここで若い経営者が今、悩んでる人が欲しい言葉に応えるジムであったなら、令和の時代に活きるギャップあるジムとなって注目を浴びそうである。

見た目は、あしたのジョーの丹下段平ジム。中身は「運動不足で自信が無い自分を変えたい」「仕事帰りにストレスを捨てたい会社員」「子供に礼儀や自信を持たせたい親」といったこの場所に期待を持った人が集まる場所。

いずれ足立秀夫さんのジムを覗いてから、可能であれば人が集まる方向に導いてみたいものである。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

しばき隊と日本共産党の決別

黒薮哲哉

しばき隊と日本共産党の決別は歓迎すべきことだ。共産党を離党した家登氏(右)としばき隊の関係を証拠付ける写真を昨日入手した。

Ⅹ上で公開されていたものだ。写真の中央は、しばき隊の女性リーダー、ジャーナリスト、人権派の李信恵氏。

共産党はなぜ重大な判断ミスを犯したのだろうか。おそらく事実が正確に伝わっていなかたのでは? マスコミ情報を過信したことも裏目に出た。情報の分析があまいのではないか?

※黒薮哲哉FB「メディア黒書」、日本メディアの構造的腐敗を読み解く 2026年7月15日付けより転載

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)2026年7月16日記

しばき隊と日本共産党との癒着は、私たちが総力で取り組んだカウンター大学院生リンチ事件、いわゆる「しばき隊リンチ事件」の頃から公然と関係を誇示していました。大学院生リンチ事件は、神原元弁護士をはじめとするしばき隊系の者らが「リンチはなかった」との開き直りとデマを吹聴しても消せない歴史的事実です。

共産党が、今頃になってしばき隊を縁を切ると言っても遅いと言わざるをえないし、おそらく水面下では関係は続くものと考えています。

もし本当に共産党がしばき隊との関係にケリをつけようと思うのならば、まずは歴史を溯り、くだんの大学院生リンチ事件の総括を行うべきでしょう。ちなみに、上記写真の左は、しばき隊と行動を共にする福島恵美鶴ヶ島市議。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

広島市街地の液状化リスク インフラ崩壊と“エキキタ集中”の危険性

さとうしゅういち

◆能登半島大震災が示した「震度5弱でも道路が波打つ」現実

能登半島大震災では、震度5弱の内灘町で、道路が波打ち、橋が傾き、下水管が破断しました。これは、沖積層が厚い 地下水位が高い 造成地が多い という“都市地盤の弱さ”が原因でした。

広島市の市街地は、これらの条件が内灘町とほぼ同じか、むしろ悪い。

広島市街地の地盤特性は、①太田川デルタの沖積層で、地下水位が高い。 ②明治以降の埋立地(宇品・出島・マリーナホップ周辺)も多く、造成地(安佐南区・西区)も多く、③さらに、旧河道が多数(紙屋町・八丁堀・比治山下、西区福島町)です。つまり、震度5弱~6弱でも道路が波打つ可能性は高い(図は広島市HPより)。

◆液状化は「道路・橋・鉄道」を一気に破壊する

液状化は建物だけの問題ではない。むしろ、都市インフラの破壊が最大のリスクだ。

●液状化で起こること ①道路が波打つ ②橋脚が沈む ③高架が傾く ④下水管が破断 ⑤地下鉄が浸水 ⑥JR線の路盤が沈む ⑦港湾の護岸が崩壊 特に広島市の場合、広島駅周辺は最も液状化しやすい地盤。

◆その場所に“巨大県病院”を集中させて大丈夫か

広島県は、県立病院・旧JR広島病院・中電病院などを統廃合し、巨大県病院をエキキタに集中させる計画を進めている。しかし、エキキタは以下の理由で「最悪の立地」だ。

●エキキタの弱点 ①沖積層が極めて厚い ②地下水位が高い ③旧河道が走る ④周囲は高層ビル密集 ⑤道路が狭く、液状化で通行不能になりやすい ⑥救急車のアクセスが“一点集中”で脆弱 ⑦ヘリポートは周囲の高層ビルで危険 つまり、地震で道路が波打てば、巨大病院は孤立する。能登半島のように、「病院は無事だが道路が壊れて患者が運べない」という事態が広島駅北口で起こり得る。

◆公的病院は“分散配置”が正しい

本紙(広島瀬戸内新聞)が以前から主張してきたように、広島市は川で分断されやすく、災害時には“島状都市”になる。

だからこそ、公的病院は複数の島(地域)に分散配置するのが合理的です。

●分散配置の候補 ①南区宇品(県病院を耐震基準に満たない部分を改築) ②中区(中電病院) ③東区二葉の里(旧JR広島病院) これらを残し、④安佐北区(安佐市民病院)へのアクセスを芸備線と可部線の直通で改善すれば、災害時の医療アクセスは圧倒的に安定する。巨大病院を一箇所に集中させるのは、昭和的な「大規模=正義」という発想であり、現代の災害リスクには全く合わない。

◆行政のバックアップ拠点は“内陸の強固地盤”に必要

広島市の行政機能は、中区・東区・南区に集中している。しかし、これらはすべて液状化リスクが高い地盤だ。

●行政バックアップ拠点の候補 西風新都(石内・大塚)(①花崗岩の強固地盤  ②高台 ③液状化リスクほぼゼロ ④道路網が広い ⑤広島高速4号線で都心と直結) 

このほか沼田・伴地区や安佐北区の高台(口田・落合)が考えられます。これらは、災害時の行政・医療・通信のバックアップ拠点として最適です。

◆呉日鐵跡地に防災省を

瀬戸内海の巨大断層は、しまなみ海道から今治、高縄半島、周防大島、柳井沖、上関へと連続して伸びています。能登半島地震が示したように、断層は地形に沿って連鎖破壊します。

広島市街地は液状化危険度Aランクであり、震度5弱~6弱でも道路が波打ち、橋が沈み、都市機能が麻痺する可能性が高い。その中で、呉日鐵跡地は瀬戸内地震帯の“都市壊滅ゾーン”から外れ、地盤が比較的安定し、津波の直撃も受けにくい場所です。

本紙(広島瀬戸内新聞)が主張してきた「呉日鐵跡地に防災省を軸に、防災・環境テクノロジーの首都を」という構想は、今回の巨大断層発見によってますます正当性を増しました。ただし、津波を想定した2mのかさ上げ、地盤強化、免震構造、高台アクセスの確保など、リスクを踏まえた設計が不可欠です。

「個別断層前提」から「連動型・複合型災害前提」へ 広島と日本の未来を守るために

これまで広島県や広島市の防災対策は、「南海トラフ」「芸予地震」「五日市断層」「己斐断層」など、個別の活断層ごとに被害を想定する方式で作られてきた。しかし、能登半島大震災が示したように、地震は一つずつ起こるのではなく、複数の断層が時間差で連鎖破壊し、M6級の“飛び火”が周辺で多発します。

さらに、国の原発審査基準や自治体の原発避難計画も、連動型・複合型災害を想定していません。上関の核ゴミ貯蔵施設は、しまなみ海道巨大断層帯の延長線上に位置し最悪の立地条件を抱えています。豪雨災害と地震災害が同時に起こる“複合災害”も、能登半島で既に現実となった。防災は、「個別断層前提」から「連動型・複合型災害前提」へ抜本的に転換しなければならない。しまなみ海道巨大断層帯を軸に、連鎖破壊・飛び火・豪雨との複合災害を想定した新しい防災体系を構築することが、広島と日本の未来を守る唯一の道である。

さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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