野田正彰著『過ぎし日の映え』、注文殺到! やはり腐っても朝日、影響力は大きいことを、あらためて実感!

鹿砦社代表 松岡利康

野田正彰著『過ぎし日の映え』が2月22日付けの朝日新聞の野田先生インタビュー記事の冒頭で引用され、この5日間(2・24~3・2の営業日)で200冊超の注文が殺到しています! 

本書は、著者の出身地の高知新聞に連載されたものを単行本化したものですが、地方紙のせいか、知られざる事実も多いです。特に、『夜と霧』の著者として有名なフランクルに会い、インタビューした記事内容は衝撃的でした。著者自身が驚いたそうです。「この本(『夜と霧』)では、すべてがアウシュヴィッツでの体験のように読める。ところが、私が移送の行程を順々に聞いていったとき、フランクルは、アウシュヴィッツにいたのは『3日2晩』と答えた。私は驚いて問い直したが、彼は続けて話した。」

あとは本書を読んでいただきたいが、驚いたのは野田先生だけではありません。”通説”とはまったく異なると感じました。2日間に及んだ、この「フランクルとの対話」だけでも本書の価値があります。池田香代子(新版『夜と霧』を翻訳。大学院生リンチ事件では「見ざる、言わざる、聞かざる」の姿勢を貫いた)、聞いとるか!?

もうひとつ付言しておきます。本書を読んで強い感銘を受けた、ある方は、なんと100冊お買い上げになり、友人、知人にプレゼントされました。有り難い話ですが、これほどまでに人を感銘させる本だということでしょう。

掛け値なしに一人でも多くの方に読んでいただきたい一冊です。

鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000782

amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315959/

KICK Insist.26は瀧澤博人と睦雅の揃い踏み 細田昇吾も追走!

堀田春樹

瀧澤博人、世界王座戴冠後初戦は技量不足と戦略足りなかった敗戦。
睦雅はパワー勝ちで連敗から脱出。更なる上位へ意欲を見せた。
馬渡亮太は見事なボディブロー一発ノックアウト勝利。
細田昇吾も圧力掛けたアグレッシブな展開で大差判定勝利。

◎KICK Insist.26 / 3月15日(日)後楽園ホール17:15~21:02
主催:VICTORY SPIRITS / 認定:ジャパンキックボクシング協会(JKA) 

前日計量は14日水道橋内海ビルにて14時より行われ、一人を除いて一回でパス。
戦績はプログラムを参照にこの日の結果を加えています。

◆第13試合 57.2㎏契約3回戦   

WMO世界フェザー級チャンピオン.瀧澤博人(ビクトリー/ 57.2kg)
46戦29勝(16KO)13敗4分
        VS
タイ国R・W・Sフェザー級7位.モンコンレック・プンナコーン(タイ/ 57.0kg)
76戦58勝15敗3分
勝者:モンコンレック・プンナコーン / 判定0-3
主審:西村洋
副審:椎名28-30. 中山27-30. 勝本27-30

モンコンレックはラジャダムナンスタジアム・ワールドシリーズのランカー。瀧澤博人は2025年11月23日、王座決定戦となる世界再挑戦でチャイトーン ウォー・ウラチャー(タイ)をヒジ打ちで倒すTKO勝利でWMO世界フェザー級王座戴冠してからの初戦。

初回の距離を保っての牽制は瀧澤博人のいつもの突き刺す左ジャブが少ない。モンコンレックも長身で時折伸び有るハイキックを繰り出して来る。序盤の攻防には大差無い中でもモンコンレックの上手さが光る。

モンコンレックのハイキックを辛うじて躱した瀧澤博人

第2ラウンドには首相撲に移るとモンコンレックがウェイトを掛け、振り回すように瀧澤のバランスを崩し、ヒザ蹴りも難なく加える一層の実力発揮。モンコンレックは距離を上手く使いヒジ打ちも見せ、試合運びで優る展開。ラストまで瀧澤は巻き返すに至らず、大差判定負けとなった。長身同士では瀧澤もやり難さがあったかもしれない。

ヒジ打ちの相打ちも互いにクリーンヒットはせず

◆第12試合 62.5㎏契約3回戦

ジャパンキック協会ライト級チャンピオン.睦雅(=瀬戸睦雅/ビクトリー/ 62.5kg)
33戦24勝(14KO)7敗2分
        VS
タイMuaysiam東部ライト級チャンピオン.センタウィー・JF・プンパンムアン(タイ/ 62.2kg)76戦51勝23敗2分
勝者:睦雅 / 判定3-0
主審:少白竜
副審:椎名30-28. 中山30-27. 西村30-27

睦雅はWMOインターナショナル・スーパーライト級チャンピオンでもあり、昨年11月23日、WMO世界スーパーライト級王座決定戦はペッダム・ペッティンディーアカデミーに判定負けで王座獲得成らず。今年1月、ルンピニースタジアムでのONE FridayFightでチョー・スワー・ウィン(ミャンマー)にTKO負けで2連敗中。

初回、アグレッシブな両者だが、睦雅が右ストレート、ボディブローを重ねて主導権支配していく。センタウィーのパンチを躱し、終盤はラッシュ掛けた睦雅。

勢いに乗れば飛びこと多い睦雅は今回も飛びヒザ蹴りを見せた

第2ラウンドはセンタウィーが前進も睦雅は冷静に対抗。多少被弾してもそれ以上に睦雅がセンタウィーの顔を歪ませるようなクリーンヒットを続け、打っても蹴っても睦雅が優っていく。ラストラウンドも一層睦雅がアグレッシブに攻める中、終盤はセンタウィーをコーナーに追い込んで圧倒。ほぼフルマークの判定勝利。連敗を脱出した。センタウィーはしぶとく打たれ強かったが、睦雅がセンタウィーに優るパンチをヒットさせた。

打ち合いでは睦雅のヒットが目立ったがセンタウィーもタフだった

◆第11試合 スーパーフェザー級3回戦

WMOインターナショナル・スーパーバンタム級チャンピオン.馬渡亮太(治政館/ 58.9kg)
46戦33勝(17KO)11敗2分
        VS
タイ国Muaysiam中部フェザー級チャンピオン
ジョーンビックペット・ギャットペット(タイ/ 57.5kg)76戦50勝23敗3分
勝者:馬渡亮太 / KO 1ラウンド 2分18秒
主審:勝本剛司

馬渡亮太は上下の蹴りで牽制。ジョーンビックペットも前進し上下の蹴りで馬渡以上に圧力を掛けて来る。ジョーンビックペットの接近した際のヒジ打ちは危なかったが、馬渡が左ボディーブロー一発でジョーンビックペットは悶絶のノックダウン。レフェリーがテンカウントを数えるノックアウト勝利。圧され気味の展開に反省の言葉を残した馬渡だった。

馬渡亮太のハイキックをブロックするジョーンビックペット
馬渡亮太の一発で仕留めたボディブロー。経験値の技である

◆54.0㎏契約3回戦

JKAフライ級チャンピオン.西原茉生(治政館/ 53.9kg)と対戦予定だった乙津陸(クロスポイント大泉/ 55.35→55.2→55.15kg)は1.15kgオーバーで計量失格により試合中止。西原茉央は計量パスしており勝者扱い。

◆第10試合 52.7㎏契約3回戦 

タイ国ジットムアンノンスタジアム・スーパーフライ級チャンピオン.
細田昇吾(ビクトリー/ 52.5kg)27戦18勝(6KO)7敗2分
        VS
ペットセリタイ・ルーククロンタン(タイ/ 52.3kg)84戦61勝21敗2分
勝者:細田昇吾 / 判定3-0
主審:椎名利一
副審:中山30-28. 少白竜30-28. 勝本30-28

初回、ペットセリタイの延びる蹴りが細田昇吾の前進を阻むも、徐々に細田がローキック中心にリズムを作り出して行った。

第2ラウンドには細田がローキックで攻め、ペットセリタイの動きを読み、スピーディーに先手を打つ攻勢を保った。

ラストラウンドも細田が勢いを増して出る。ペットセリタイのスピードは落ち、蹴って出ても細田は怯むことなく攻めて出た。後は倒せるかの勝負も、ペットセリタイの逃げの体勢に阻まれたが、細田が大差判定勝利。

細田昇吾の右ストレートで顔が歪むペットセリタイ

◆第9試合 65.5㎏契約3回戦

ペップンミー・ビクトリージム(タイ/ 65.1kg)
69戦53勝(16KO)16敗
        VS
ピラポン・Re generation(タイ/ 65.4kg)80戦59勝18敗3分
勝者:ピラポン・Re generation / 判定0-3
主審:西村洋
副審:椎名28-29. 中山28-29. 勝本28-29

ピラポンが第2ラウンドに接近戦での左ヒジ打ちでノックダウン奪って攻勢を維持して判定勝利。

◆第8試合 63.5㎏契約3回戦

ジャパンキック協会ライト級2位.菊地拓人(市原/ 63.2kg)10戦6勝(3KO)3敗1分
        VS
折戸アトム(PHOENIX/ 63.5kg)9戦6勝(1KO)2敗1分
引分け 0-0
主審:少白竜
副審:椎名29-29. 中山29-29. 西村29-29

折戸アトムの蹴りとパンチで上下の攻めの勢いがあったが、菊地拓人も前進し要所要所で打ち返した。一進一退の攻防は第2ラウンドがやや折戸が優勢。ラストラウンドは菊地がやや優勢も大差は無い展開となって引分け。

◆第7試合 ウェルター級3回戦

ジャパンキック協会ウェルター級2位.我謝真人(E.D.O/ 66.6kg)18戦6勝(3KO)10敗2分
        VS
ソムプラユン・ヒロキ(DANGER/ 66.3kg)11戦3勝(2KO)8敗
勝者:我謝真人 / KO 2ラウンド 1分50秒
主審:勝本剛司

初回に我謝真人の右ストレートで2度ノックダウン喫したソムブラユン・ヒロキ。第2ラウンドも我謝は連打と右ストレートで3ノックダウン奪ってノックアウト勝利。何度か倒れても立ち上がり頑張ったソムブラユン・ヒロキだった。

KO勝利のひとり、我謝真人は右ストレートでソムブラユン・ヒロキを倒した

◆第6試合 フェザー級3回戦

ジャパンキック協会フェザー級3位.海士(ビクトリー/ 57.0kg)8戦6勝2敗
        VS
同級7位.BANKI(=竹森万輝/治政館/ 56.8kg)4戦3勝(1KO)1敗
勝者:海士 / 判定2-0
主審:中山宏美
副審:少白竜30-29. 勝本29-29. 西村30-29

BANKIは得意の右ハイキックが繰り出されるも、海士の小刻みに動いての蹴りの勢いに圧されてしまった。両者好戦的に鬩ぎ合うも、海士がBANKIのリズム狂わす試合運びで際どいながら判定勝利。

◆第5試合 バンタム級3回戦

ジャパンキック協会バンタム級3位.花澤一成(市原/ 53.4kg)13戦3勝(3KO)7敗3分
        VS
斉藤力毅(武心豪術会/ 52.9kg)4戦3勝(1KO)1敗
勝者:斉藤力毅 / TKO 1ラウンド 2分23秒
主審:椎名利一

開始早々は花澤一成のキレある蹴りがリズム掴みかけたが、接近した際の偶然のバッティングで花澤の左側頭部に当たったダメージが残ってその後、斎藤力毅のパンチ連打にノックダウンし、再開後更に左アッパーから右ストレートフォローで花澤はカウント中にレフェリーストップ。斎藤力毅のノックアウト勝利。

斉藤力毅はバッティングが運命を変えたが、花澤一成をパンチでKO

◆第4試合 ウェルター級3回戦

梅沢遼太郎(白山道場/ 66.1kg)11戦4勝(3KO)3敗4分
        VS
佐藤大稀(湘南格闘倶楽部/ 66.3kg)8戦7勝(3KO)1敗
勝者:佐藤大稀 / KO 2ラウンド 2分2秒
主審:西村洋    

初回、パンチとローキックのアグレッシブな交錯から佐藤大稀のパンチ連打で梅沢遼太郎がノックダウン。第2ラウンドもアグレッシブに攻めた両者だったが、佐藤大稀が連打で3ノックダウン奪ってノックアウト勝利。   

佐藤大稀は連打でノックダウン奪って梅沢遼太郎をKO

◆第3試合 バンタム級3回戦

西澤将太(ラジャサクレックムエタイ/ 53.52kg)3戦3勝(1KO)
          VS
早川曜平(ケーアクティブ/ 53.15kg)5戦2勝2敗1分
勝者:西澤将太 / 判定3-0 (29-28. 30-28. 30-28)

◆第2試合 61.0㎏契約3回戦

日本猿サトルJSK(治政館/ 61.0kg)4戦3勝1敗
        VS
浪岡浩之(ヒロ/ 59.8kg)4戦2勝(1KO)2敗
勝者:日本猿サトルJSK / 判定3-0 (30-26. 30-26. 30-26)

◆第1試合 フェザー級3回戦

西山天晴(治政館/ 57.15kg)3戦1勝(1KO)2敗
        VS
尾島将悟(モリタキックボクシング/ 57.0kg)3戦3勝(1KO)
勝者:尾島将悟 / 判定0-3 (27-29. 27-29. 27-30)

◆オープニングファイト JKAアマチュア・フライ級タイトルマッチ2回戦(2分制)

佐藤紫虎(湘南格闘倶楽部/-50.8kg)vs桜臥(MIYABI/-50.8kg)
勝者:佐藤紫虎 / 旗判定3-0

《取材戦記》

馬渡亮太はプログラム上もリングアナウンスでも“WMOインターナショナル・スーパーバンタム級チャンピオン”という肩書きだった。つまりは昨年7月のWMO世界スーパーフェザー級王座決定戦では、世界王座は奪取していないことになります。WMOが明確な声明を出していないことも不可解な事態です。

西原茉央は乙津陸のウェイトオーバー1.15kgによって協議の結果、試合は中止されましたが、「生前の長江国政会長だったら試合やらせていただろうな!」という業界関係者の声もありました。昭和50年代までなら一階級差(スーパークラスの無い正規階級)があっても試合が組まれた時代でした。

今月よりジャパンキックボクシング協会に二つのジムの加盟が発表されました。
ラジャサクレックムエタイジムは23年前、ラジャサクレック氏が日本に来てから、長江国政会長により沢山の試合出場させて頂いたという縁で加盟に繋がったという発言がありました。

白山道場・萱原秀哉会長は、「これまで20年に渡りフリーの立場で試合参戦して参りましたが、この度この協会に加盟させて頂く理由は只一つであります。“本物のキックボクシング”が存在するからであります。本物のキックボクシングを見せる、ジャパンキックボクシング協会の升席に置いて頂き、これからも貢献して参りますので、白山道場並びに今日敗れましたが、梅沢遼太郎をお見知り置き頂き、宜しくお願い致します。」という力強い御挨拶。

“キックボクシング”と言い切る部分に深い意味がありそうな御挨拶でした。フリーが良いか、団体加盟が良いかの決断もあったでしょう。

ジャパンキックボクシング協会次回興行は5月24日(日)に恒例の市原ジム興行が市原臨海体育館に於いて行われます。3月20日時点でカードは未定。チャンピオンクラスがメインイベントとなるのが恒例の市原興行。昨年はJKAフェザー級チャンピオン勇成(Formed)が務め、一昨年は当時のチャンピオン、皆川裕哉(KickBox)が務めました。市原ジムのエース格、菊地拓人はまだ王座に届かずだが、陣営は来年までに戴冠させたいだろう。

堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

創価学会・公明党の目的とは「公明票」にみる中道改革連合の敗因

大山友樹(紙の爆弾2026年4月号掲載)

◆中道改革結成における公明党の目的

2026年2月8日投開票で行なわれた衆議院総選挙で、自民党は衆院の3分の2の議席を単独で超える316議席と圧勝。連立政権を組む日本維新の会の36議席を加えると、与党で352議席と4分の3を占める圧倒的勢力となった。

一方、総選挙直前に立憲民主党と公明党の衆院議員が合流して結成された新党・中道改革連合は、172議席から49議席へと123議席を失う大惨敗。初の女性首相としての高い人気を背景に、大義なき自己都合解散という大博打に打って出た高市首相に対し、立憲民主党と公明党も新党結成という大博打で迎え撃ったが一敗地に塗れる形となった。

この選挙結果に当事者である中道改革が大きなショックを受けているのは当然だが、公明党の組織母体で、中道改革の結集軸ないしは立・公の紐帯として両者の合流を推進した創価学会も深刻なダメージを受けている。

というのも、今回の新党結成については、政界やメディアさらには有権者においても、高市首相の突然の解散に対抗するための選挙目当ての結党と見る傾向が強い。たしかに野党の準備不足を狙った奇襲への緊急避難的な対抗策という側面があることは事実だろう。

しかし水面下では、公明党なかんずく創価学会が中・長期的な政治戦略の一環として、中道勢力の結集による政界再編を企図していた事実もあった。ところが今回の選挙結果はそうした創価学会・公明党の思惑を、それこそ完膚なく挫くものとなったからである。

少し時間を遡ってみよう。今を去る2年半前の2023年11月15日、創価学会の3代会長で公明党の創立者である池田大作氏が95歳で死去した。その死に際して公明党は、次のような追悼の意を込めた決意表明を行っている。

「創立者は、公明党が衆院選に初挑戦した1967年1月、党のビジョンを明らかにされた。『中道政治で平和と繁栄の新社会』の建設をモットーとして、第一に『清潔な民主政治の確立』を掲げ、内政面では『大衆福祉で豊かな生活』、外交面では『戦争のない平和な世界』をめざすとした内容だ。この未来像を現実の政治の世界で具体化していくことは、公明党の使命である。その自覚をもって、人間主義=中道主義の政治にまい進したい」(公明新聞11月20日付「主張」)。

党創立者の死という節目で、公明党は自らの原点が「中道政治」であることを再確認。「清潔な民主政治」「大衆福祉」「戦争のない平和な世界」を現実世界で具現化することを自らの「使命」であるとして、あらためて「中道主義の政治にまい進」することを鮮明化したのである。

これは公明党の決意であると同時に、一体不可分の関係にある創価学会の決意でもあった。

もっとも現実を見れば、自公連立政権下にあって公明党は、ここに書かれているような池田氏が示した政治的理念やビジョンとは、大きく乖離・矛盾する政治行動を続け、自民党に追随する「下駄の雪」と化して自民党政治を補完・扶翼し続けた。

その最大の要因は、皮肉にもこうした理念やビジョンを提唱した池田氏と創価学会を、政治やマスコミ、さらには世間の批判や攻撃から守るためであった。

具体的には自らが引き起こした言論出版妨害事件(1970年?71年)や、さまざまな違法行為や不法行為が問題となり、宗教法人としての適格性が問われた宗教法人法改正(1995年)を巡る国会の攻防の渦中で取り沙汰された池田証人喚問の阻止や、矢野絢也元公明党委員長が著書『乱脈経理』(講談社)で暴露した国税庁の創価学会に対する税務調査の妨害などが示す通り、政権や政治的影響力を盾にして創価学会や池田氏を防衛する政治戦略にほかならなかった。

だがそうした自家撞着に満ちた政治姿勢は、有権者はもとより学会員の不信と反発をも招くこととなり、創価学会が自らの勢力を計る「広宣流布のバロメーター」と位置づける国政選挙での公明党比例区票は、2005年の小泉郵政選挙での898万票をピークに下落の一途をたどり、昨年7月の参院選では521万票にまで落ち込んでいる。
 
この521万という数字は、公明党結党(1964年)翌年の参院選全国区での得票数510万とほとんど変わらない。しかも当時は自公の選挙協力はなかったのだから、公明党・創価学会の勢力は、いまや60年前を下回る状況にまで落ち込んでいるといえよう。急速に勢力を後退させている公明党・創価学会にとって、勢力回復は喫緊の最重要課題だったはずだ。

しかし、たとえば「清潔」を標榜していながら、「政治とカネ」の問題で厳しい批判を浴びる自民党と袂を分かつことも、創価学会を守るとの呪縛に囚われてままならず、せいぜいが「同じ穴のムジナではない」と言い訳する程度しかできずに共倒れ。起死回生の妙案はなかったというのが、この時期の公明党そして創価学会であった。

ところが池田氏の死によって、その呪縛が解かれたのである。公明党・創価学会が、自公連立政権から離脱するとともに、政治的原点である「中道」を旗印に、新党の結成にまで踏み切ることを可能にした「肝」はここにある。

◆「中道」が意味する創価学会の〝覚悟〞

さらに公明党ならびに創価学会をして、一連の政治決断に踏み切らせる契機となったのは、本誌2025年12月号で詳述したように、右翼タカ派で軍拡路線の高市早苗首相の登場だった。

いまや穏健保守と位置づけられ、毎年正月に地元の創価学会施設に挨拶に出向く石破茂首相率いる石破政権が続いていれば、おそらく公明党・創価学会は、石破首相の下で「中道主義の政治の実現」を目指すと言いながらも微温的態度で自公連立政権の継続を図ったはずだ。

だが、高市首相のパーソナリティに加え、大の創価学会嫌いを自認する麻生太郎氏を後見役とし、石井啓一元公明党代表に「自公の信頼関係は地に堕ちた」と言わしめた元凶で、「裏金」と「統一教会」に彩られた萩生田光一氏を幹事長代行に起用したことで、連立の道は閉ざされたのである。

連立離脱は創価学会が主導したと伝えられるが、これ以降、公明党は石破前首相をはじめとする自民党の穏健派や立憲民主・国民民主にも中道勢力への参加を呼びかけたことがわかっている。高市首相の登場というエポックを受けて、公明党そして創価学会は、高市政権の対抗軸たらんと組織の存亡を賭けて政界再編に乗り出したのである。

そうした公明党・創価学会の覚悟は、実は、新党の名称に「中道」を用いたことからも窺うことができる。

この「中道」の意味について一般には、左右の政治的対立の中間というように理解されているが、創価学会・公明党にとって「中道」は単なる政治用語ではない。それは「永遠の師匠」(創価学会会憲)である絶対的宗教指導者の池田氏の政治的遺言ともいえる極めて重要な言葉なのである。

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月刊「紙の爆弾」4月号から一部記事を公開。独自視点のレポートや人気連載の詰まった「紙の爆弾」は全国書店で発売中です(毎月7日発売。定価700円)。書店でもぜひチェックしてください。最新号の記事タイトル一覧はホームページをご覧ください。

ネタニヤフがハマスと裏取引「カタール疑惑」とは何か イスラエルがイランに戦争を仕掛けた理由

西谷文和(紙の爆弾2026年4月号掲載)

2026年1月、私はイスラエルに入国し、まず最大都市テルアビブに向かった。17日(土)の午後7時、下町の中心に「ハビーマ・シアター」という劇場があって毎土曜日の日没後、この劇場前の広場が「反ネタニヤフ大集会」の会場になる。

この国では金曜の日没から土曜の日没まではシャバット(安息日)で街は静まりかえる。そして夕暮れとともに人々が弾ける。街にネオンがともり、どこからともなく通行人が現れ、大通りは路線バスや自家用車で渋滞する。堰を切ったように「休む」が「動く」に変化するのだ。

広場の正面には「WELCOME BACK HOME」(おかえりなさい)の電光掲示板。ハマスに囚われた人質がユダヤ社会に帰還できたことを祝うメッセージである。

集会参加者が続々と広場に集まってくる。湾岸諸国の一つ、カタールの民族衣装を着た女性がドルの札束を持ってハンドマイクで叫んでいる。

「ネタニヤフはこの金でカタールと一緒にハマスを養っていたのよ!」

女性の隣に「ネタニヤフおじさん」がいる。ウソをつきすぎて鼻が伸びたネタニヤフ、右手に破れかけたイスラエル国旗、左手にはガザの虐殺を象徴する血塗られた赤ちゃんの人形、そしてパンツはカタール国旗だ。

日本でも昨年に公開された映画「ネタニヤフ調書」はイスラエルでは上映禁止。しかし人々は密かにSNSのテレグラムでこの映画を見て、さらにネット経由で「カタール疑惑」に気がつき始めている。

ではカタール疑惑とは何か?

結論から言うと「ネタニヤフ政権はカタールを経由してハマスに資金を送り、テロリストを育ててきた」というとんでもない疑惑である。

歴史的な背景を振り返ってみよう。

1993年9月、ノルウェーの仲介で「オスロ合意」が締結される。アメリカのビル・クリントン大統領を中央に、握手するイスラエルのラビン首相とPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長の姿を思い出す人も多いかと思われる。

合意内容は①PLOはイスラエルを国家として承認し、イスラエルはPLOをパレスチナ自治政府の代表と認める②イスラエルは占領地から撤退し、5年の間に和平に関する詳細を決める、というもの。これは世界中の人々を大いに喜ばせ、ラビン首相とアラファト議長は翌年のノーベル平和賞に輝いた。

しかし現実は厳しかった。イスラエルとパレスチナ双方に「和平反対勢力」がいた。その代表格がネタニヤフとハマスだった。

「イスラエル全土はすべてユダヤ人のものだ。アラブ人に領土を渡してはならない」。

エルサレムのシオン広場でネタニヤフがこう演説した直後の1995年11月、ユダヤの過激派青年によってラビン首相が暗殺される。

一方、パレスチナ側も自治が進まず、相変わらずイスラエル占領軍に民間人が殺害されていく中、怒った民衆が石投げ、つまり第一次インティファーダという抵抗運動が始まり、広がっていく。

やがてガザでハマスが台頭。「西岸のファタハ=アラファトは生ぬるい、自爆テロで対抗せよ」。この頃からハマスの自爆テロでユダヤ人が殺されていくようになる。

ネタニヤフへの抗議に集まったイスラエルの人々

◆「ハマスと裏取引」その目的

イスラエルでは「左派の労働党(ラビンとその後継者)ではダメ、ここは強硬右派のリクード党に治安を任せよう」という機運が広がって、1996年5月にネタニヤフが首相に就任する。

この時、ネタニヤフは何を考えていたのか?

地図を見てわかるようにパレスチナの土地は分割されている。

ヨルダン川西岸はPLOの主勢力、アラファトのファタハが抑えている。ガザでは台頭するハマスとファタハが主導権を争っている。このままガザもファタハが主導権を握ればパレスチナは団結を維持し、イスラエルにとって手強い相手になる。

ここはハマスに資金を投入し、ハマスを育ててパレスチナを分断すればイスラエルにとって好都合だ……。極右リクード党は典型的な分断統治を行なっていたのだ。
ここから先はhttps://note.com/famous_ruff900/n/n3db5fa6038fd

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自民と旧公明「改憲勢力」大幅伸長 仕組まれた高市自民圧勝

植草一秀(紙の爆弾2026年4月号掲載)

◆究極の「自己都合解散」

2025年2月8日投開票の衆院選で自民党が大勝し、2月18日に第2次高市内閣が発足しました。この選挙について、さまざまな見解が語られています。

まず総選挙そのものについて述べておくと、一般に衆院解散は首相の専権事項とされていますが、そのような規定は日本国憲法にはありません。憲法上で、衆院解散について書かれた7条と69条のうち、まず69条は、
〈内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。〉

つまり内閣不信任案が可決された場合に、内閣は衆院解散の選択肢を持つと解釈できます。もう一つの7条は天皇の国事行為を十項目で規定したもので、その一つに衆院の解散があります。

しかしこれは、69条により解散する時に、天皇が国事行為としてその手続きを行なうことを指しているにすぎず、憲法は基本的に「69条解散」しか想定していないと考えるべきです。ところが、天皇の国事行為が「内閣の助言と承認」によって行なわれると規定(第3条)していることから、内閣が天皇の国事行為を助言、承認し、都合の良いタイミングで衆院を解散できるとのいわゆる「7条解散」が、吉田茂内閣(1948年)以降、踏襲されてきました。

ここから明らかなように、首相に衆議解散の「専権」があるというのは一種の俗説であり、権力の濫用にほかなりません。

特に第一次高市内閣は発足してまだ3カ月にすぎず、しかも予算審議を行なわず、気候条件においても投開票日がまさにそうであったように、北海道・東北ほか日本海側の各地で大雪が降り続いて選挙費用が800億円とかさんだだけでなく、国民の参政権(なかでも高齢者の参政権)が侵害されかねない状況でした。

その意味でも「自己都合解散」であり、加えて背景に通常国会で統一教会との関係に始まる多種多様な疑惑に加え、昨年11月7日の「台湾有事発言」以降の経済的損害の責任を追及されることが想定されていたことから「疑惑隠し解散」ともいわれています。

これほど正当性のない衆院解散はなかったという根本的な問題は、いまだ残っています。

◆高市体制誕生をめぐるフェイク

そもそも、昨年10月に高市内閣が生まれた経緯を振り返ると、最大の背景は「政治とカネ」問題です。この問題を受けて2024年の総選挙で自民党が惨敗。翌2025年7月の参院選も、石破茂内閣がその対応を避けたために大敗し、自民党内で石破退陣の動きが強まったことで、9月に総裁選が行なわれました。

総裁選に際して、自民党は「解党的出直し」を掲げました。解党的出直しとは、特に政治とカネ問題について抜本的な取り組みを行なうことを指していたはずですが、高市新総裁が、公明党が提案した最低限の企業・団体献金規制強化すら拒絶した結果、同党が連立政権から離脱します。

こうして、日本維新の会を取り込みつつ政治とカネ問題を放り投げ、議員定数削減にすり替えて発足したのが第一次高市内閣です。私が本誌2025年12月号で「自維金権腐敗政権」と指摘したとおり、この経緯を見れば、メディアが高市新内閣に対し、まず政治とカネ問題を全面的に追及すべき局面であったことは、誰が見ても明らかです。

ところが、なぜかメディアは一切触れず、むしろ礼賛に徹したために高支持率が生まれました。この状況を利用し、高市首相が解散・総選挙を決定したことを踏まえれば、高市自民が大勝する懸念はこの時点ですでにあったといえます。

現行の選挙制度の下では、小選挙区の勝敗が選挙結果を左右します。それゆえ立憲民主党が、離脱した公明を味方につければ小選挙区で勝算が生まれると考え、中道改革連合を結成したのは、戦術としてはあり得たと思います。

ただし、そこには複数の問題がありました。まず、立公合流に際しての綱領と基本政策において、従来の立民の主張がほとんど封じられ、公明主導の内容になった点です。

また、ここ数年間、若年層の票を取り込むことが選挙の要諦となってきたことを考えれば、「中道改革連合」という党名がふさわしいとは思えません。同じ理由で、各党が女性や若い党首を前面に押し立てる中、野田佳彦・斉藤鉄夫両党共同代表はじめ「5G(爺)」というオールドフェイスを並べたのは若者・女性票を捨てる行為に映ります。

これら戦術上のミスがあったとはいえ、高市自民に有利な情報空間が創作されたことが、結果を左右したといえるでしょう。

前述のように政権発足時点で一丁目一番地の「政治とカネ」をメディアが追及していれば、そもそも高市内閣の高支持率スタートがなかったかもしれません。選挙中も高市新体制を持ち上げる報道が続き、中道に対しては発足した瞬間から全面否定するような報道が展開されました。

実は、類似した状況が、2001年の小泉純一郎政権、2012年の第二次安倍晋三政権でも発生しています。2001年から03年にかけて、日本経済は金融恐慌に突入するかの事態にあり、小泉政権はいつ崩壊してもおかしくない状況でした。その間の02年に人々の関心を逸らす形で北朝鮮から拉致被害者が帰国していますが、小泉政権が終了する2006年までの日本の情報空間は小泉支援一色でした。

第二次安倍政権においても、2013年7月の参院選ではメディアが「自民党が再び勝てば衆参ねじれが解消される」と強調し、安倍全面支援の方向性を打ち出しました。それを振り返ると今回の選挙における情報空間には非常に強い既視感を覚えます。

なにより、小泉・安倍・高市の三者に共通するのが、いずれも米国にとって都合の良い首相だということです。それゆえに、日本のメディアが誰に支配されているのかに着目すべきでしょう。

中道=シン・公明党という本質

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「因果応報」 鹿砦社弾圧の張本人=アルゼ(現ユニバーサルエンタテインメント)創業者・岡田和生の悲惨なその後がYouTubeで公開されていた!

鹿砦社代表 松岡利康

20年余り前の2005年7月12日、月刊『紙の爆弾』を創刊して3カ月ほど経った日の早朝、神戸地検特別刑事部の一群が、兵庫県西宮市甲子園球場のすぐ傍にある私の自宅を襲いました。何度もこの欄で記述しているので、みなさんご存知のことと思います。私たちが言う「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件です。

首謀者は、パチンコ業界の雄・岡田和生(アルゼ[現ユニバーサルエンタテインメント]創業者)、神戸地検特別刑事部長・大坪弘道、同主任検事・宮本健志らです。

この事件によって鹿砦社は一時壊滅的打撃を被りましたが、出版業界で奇跡の復活といわれるように再起し現在に至っています。

この後、首謀者らの人生は大きく狂います。「鹿砦社の祟り、松岡の呪い」といわれる所以です。

大坪は、東京地検特捜部長に栄転し、しかし厚労省郵便不正事件で証拠隠滅に手を染め逮捕、有罪判決を受け失脚します。宮本は、徳島地検次席検事に栄転し、ある日の深夜、泥酔し暴れ、市民の車を傷つけ検挙、平検事に降格の懲戒処分を受けます。本来なら逮捕・有罪案件のところ必死に和解工作に努め和解が成立、なんとか首の皮一枚、生き残ります。しかし、実弟がストーカー殺人事件を犯し実刑20年の判決を受けています。文春オンラインなどで報じられていますが、実兄との関係は伏せられています。今、宮本健志は関西のある地でひっそりと公証人をやっています。宮本健志にとっては、泥酔事件よりも遙かにショックな事件でしょう。

そうして岡田和生です。彼はその後、フィリピンでのカジノホテル建設に精を出し、東京の本社を子飼いの社員らに任せ、先方に居ついて活動し、時折政府高官に賄賂を贈った記事が報じられていました。その間に、子飼いの社員や息子、娘、後妻らによるクーデターが進捗し、岡田和生は追放されます。

こうしたことを詳しく報じるYouTubeチャンネルを発見しました。ほぼ正確だと思われます。

ぜひともご覧いただきたいと思います。「因果応報」、人を嵌めた者は、みずからも嵌められるということです。

【衝撃】息子に全てを奪われた…長者番付1位から無一文への転落|パチンコ王狂気の人生|岡田和生―

42年前の滋賀県日野町事件再審決定──証言、証拠を変えて、冤罪を作り、長く人を苦しめる。冤罪だけでなく、私たちの日常でも絶対やってはいけないこと

尾﨑美代子

2月25日に最高裁で再審開始が決定した滋賀県日野町事件、3月25日から裁判所、検察官、弁護団の三者協議が始まります。この事件で再審開始を決定づけたのは、証拠の改ざん。行きつけの飲み屋の女性店主を殺害し、手提げ金庫を盗んだとして強盗殺人の犯人とされた阪原弘さん(無期懲役で服役中に病死)が遺体や盗んだ金庫を捨てた場所へ、捜査員を自ら案内する見当たり捜査で行きと帰りに撮った写真を入れ替えていた。

そもそもその場に連れて行くなら「行き」の写真だけでいいはず。でも証拠には帰り道で撮った写真もあった。「何故だろう」と不思議に思っていた弁護団が、再審で写真のネガを開示させたところ、帰り道で阪原さんに後ろを向かせ、あたかも行きの写真のように撮っていた。

証拠の改ざん、ねつ造は、ほかにも狭山事件の何回かの家宅捜索で見つかった鴨居の上の万年筆や、和歌山カレー事件で家宅捜索最終日で見つかったヒ素の入ったタッパー、そうそう袴田さんの味噌樽から見つかった5点の衣類などもある。

証言の改ざん、ねつ造もある。湖東記念病院事件では、西山美香さんが人工呼吸器の「管が外れた」と言ったのを、滋賀県警山本誠刑事は「殺した」に変えて、美香さんを殺人犯に仕立てた。

冤罪を作るようなことは絶対にやってはいけない! 相手が「そんなこと言ってませんよ」と訴えても、警察、検察は絶対改めない。

私は最近、似たようなシーンを近くで見て大変驚いている。相手が「私はそんな差別的なことは言っていませんよ」と訴えても、「差別した。差別した」と言い張る人だ。間違いを認められない人はどういう神経してるんだろう。私なら周りの仲間に「はなまま(私)、それは間違っているよ」と指摘して貰ったら嬉しいし、そんな仲間がいることを誇りに思う。勿論私も仲間が間違ってたり、ヤバイこと言ったりしたら、「それ、まずいで」と注意する。仲間やん。そんな、互いに注意しあえる仲間が大勢いて、私は本当に幸せだ。

反差別や反権力を訴え、闘う人が、仲間を裏切り「悪者」にしたことは、過去のカウンター内のリンチ事件で見てきた。そしてその当時、闘いの場で目立つ人、頑張ってそうな人に、周囲はとかく忖度してしまいがちだ。「今、あの人を批判したら、私が悪者にされてしまう」。「次の集会であったら、どんな顔して会えばいいの」とか。そんなのは要らんねん。完璧な人はいない。どんなに頑張って反差別、反権力を闘っている人にも間違いはある。それを糺すことは仲間の使命、一緒にやる闘いをさらに前に進めることにつながる。そう思わない?同志のみなさま!

とにかく反差別、反権力を闘う仲間内で、冤罪を作るようなことがあってはならない。悪者、差別者とされた人間がどんだけ苦しむか。本当に知って欲しい。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

資料で見る「カウンター大学院生リンチ事件(別称『しばき隊リンチ事件』)」〈2〉隠蔽工作、開き直り(一方的活動再開-謝罪反故)、事実の捏造

鹿砦社代表 松岡利康

大学院生М君リンチ事件は、2014年師走、関西屈指の歓楽街・北新地にて起きました。これ以降、「カウンター」とか「しばき隊」とかいわれる集団の内部と周囲、在日の社会、「反差別運動」などの社会運動内部にあっては、水面下で(表沙汰にはならないように)混乱が生じます。当然でしょう。

しかし、それは、真摯に反省し主体的に公的に謝罪し、将来への痛苦の教訓とするのではなく、遺憾ながら逆の方向に向かいます。曲がりなりにも「人権派」とか「リベラル」とかいわれ、内実はともかく「反差別」を謳う運動としては疑問と言わざるをえません。

まずは、隠蔽工作です。私たち社会運動に理解を示し支持する者も、1年余りも知らなかったように隠蔽は成功します。これに気をよくし、次に彼ら、つまり加害者らを支える者(ブレーン)らは開き直り、被害者を蔑ろにし突然一方的に活動再開―謝罪反故に至ります。これに被害者M君は非常にショックを受けます。当然でしょう。

さらに加害者とこれを支持する者らは、事実の捏造を次々と行っていきます。到底許せないことです。ここでは、それらのうち、このリンチ事件で蠢いた主な人物の言動を挙げておきます。まったく酷い話で、リンチでさえ酷いのに、さらにこれに二重、三重に輪をかけたセカンド・リンチ、トリプル・リンチといえるでしょう。 (以下、敬称略)

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

【10】「師岡メール」

【10】「師岡メール」

師岡康子弁護士は『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)という著書もある人物で、日本で「ヘイト・スピーチ」という言葉を根づかせた、この問題の第一人者といわれます。父親は共同通信の幹部で、彼女の経歴を見ると、華々しいエリートそのものです。こんなお嬢様育ちのエリートが考えることは、時にトンデモないこともあるということでしょうか。

その師岡弁護士が、「人権派」の名に悖るようなメールを、M君と昵懇の金展克に送り、ささやかれていた刑事告訴を断念させるように「説得」して欲しいというのです。このメールの存在は噂されていましたが、諸事情があったのか、金展克は公開を躊躇っていました。時はヘイトスピーチ規制法制化の気運が高まり、おそらく、これが公開された時の運動内外における波紋を案じてのことと思われます。私が金展克の立場だったら、同様に悩み苦しみ公開を躊躇ったでしょう。このまま公開されないんじゃないかと思っていた矢先、ようやく金展克は、決意を込め公開に至ります。彼の内心での葛藤は相当なものだったと察します。その内容は想像以上のものでした。

リンチ被害者のМ君が信用毀損罪にあたり、「これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶした人という重い批判を背負いつづけることになります」と、反吐が出るような倒錯した決め付けを行い、M君に告訴断念を「説得」するように金展克へ要求しています。また「人権派」であろうがなかろうが、弁護士以前に人間としていかがなものでしょうか?

「反レイシズム運動の破壊者」は、泥酔して深夜M君を呼び出し凄絶な集団リンチを行った李信恵、金良平らではないのか、誰にでもわかることです。

私たちは師岡に電話取材を試みましたが、即切られました。これだけの持論を語り、隠蔽工作をしながら、きちんと釈明していただきたかったということは言うまでもありません。いつもはまことしやかなことを記者会見などの場で宣うのであれば、きちんと答えるべきでしょう。

また、ここでは師岡の著書『ヘイト・スピーチとは何か』については述べませんが、一般の評価に反し、その内容は実に危険なものです(リンチ本第6弾『暴力・暴言型社会運動の終焉』にてジャーナリストの黒薮哲哉が詳述していますので、こちらを参照してください)。

【11】「声かけリスト」

【11】「声かけリスト」

加害者らに連なるITOKENこと伊藤健一郎(当時立命館大学大学院生)が作成した、カウンター/しばき隊周辺のオルグリスト。「リンチはなかった」との意思統一をするために作成。カウンター/しばき隊の活動家の藤井正美は、3年間、鹿砦社に勤めスパイ活動を行い、その全貌は彼女が退社を余儀なくされ、その後、会社が彼女に貸与したパソコンを整理した中で、偶然明るみになりました。明るみになったのは、これだけではありません。まさに“情報の宝庫”といえるほど、カウンター/しばき隊内部の蠢きが詳細に判明しました。鹿砦社は当然、彼女に対し損害賠償請求の民事訴訟を起こしました。あろうことか、結果裁判所は鹿砦社の主張を認められませんでした(この件については過去の「デジタル鹿砦社通信」をご覧ください)。

【12】「説明テンプレ」

「説明テンプレ」

これも伊藤健一郎が作成。リンチ事件の経緯や内容、M君を「異常」とし、歪曲された記述で、前出「声かけリスト」に挙げられた者らに「説明」するというマニュアルです。

【13】活動再開宣言

【13】活動再開宣言

曲がりなりにもリンチ事件に連座した5人のうち手を下した3人は謝罪文を出し、活動自粛を約束しましたが、活動を再開するというものです。同時に、謝罪も反故にされます。被害者の「人権」を蔑ろにするものと言わざるをえません。この頃はまだ、リンチ事件が起き、その後の動きについても私たちはまったく知りませんでしたが、水面下では、こういう動きが繰り広げられていたのです。

【14】トンデモ李信恵メール

【14】トンデモ李信恵メール

このツイートの日はМ君が李信恵らリンチ加害者5人を提訴した民事訴訟の本人尋問の日でした。実はまだ李信恵を一度も見たことも会ったこともありませんでした。この意味で、ある意味“楽しみ”ではあったのですが、裁判の前に、ここに記されているような事実はありません。喫茶店で私と李信恵が遭遇したの? どこで? 店の名は? 見え透いた嘘もほどほどにせんかい!

【15】第二弾の辛淑玉文書

【15】第二弾の辛淑玉文書

リンチ直後に配布された「辛淑玉文書」は衝撃的でした。「これはリンチです。まごうことなき犯罪です」という文言は悲痛なもので、この時点では、辛淑玉にもまだ一片の良心が残っていたのでしょう。しかし、この第二弾の文書は、それを全否定するものです。リンチに阿鼻叫喚の悲鳴を上げるМ君に対する李信恵の「恐怖を覚えた『笑い声』」を、「その場を何とか明るく盛り上げようと必死になっていた李信恵さんの声だったのです」だと? 笑わせてはいけません。

【16】リンチの阿鼻叫喚を、「リンチがなかった」証明と無理やり強弁する三百代言

【16】リンチの阿鼻叫喚を、「リンチがなかった」証明と無理やり強弁する三百代言

開き直りも、ここまで来ると、狂ったとしか言えません。リンチ被害者M君は、1時間近くに及ぶリンチに阿鼻叫喚し、このことで、誰にも相手にされず、私たちと出会い闘いつつも司法にも裏切られ(一部勝訴とはいえ)、今に至るもリンチのPTSDに苦しみ、一流国立大学博士課程を修了しながら研究者の道を断念させられ人生を狂わされたのに、ここまで言うか! これが世に「人権派」といわれる弁護士の言うことか! 弁護士を別名「三百代言」というそうですが、まさにこの言葉がピッタリの神原三百代言です。

【17】被害者(原告)M君が訴訟記録閲覧制限の申請を出したとする悪意のデマ

【17】被害者(原告)M君が訴訟記録閲覧制限の申請を出したとする悪意のデマ

神原弁護士がなぜ、こんなツイートをしたのか理解できませんが、被害者M君やこれを支援する私たちは、訴訟の内容を「閲覧」することに「難色」など示してはいません。逆にどんどん広めたいぐらいです。この神原弁護士のツイートに呼応し、「あらまー」というしばき隊活動家が閲覧を申請したところ閲覧制限で見れなかったとし、「あらまー」は、閲覧制限をしたのは「おそらく原告(M君)」としています。なお、神原弁護士のツイートにある「主水」はМ君のこと。

しかし、閲覧制限の申請をしたのはМ君ではなく、加害者の一人、「凡」こと李普鉉だったという通知が裁判所から届きました。なんということでしょうか、笑うに笑えないオチです。弄ばれ濡れ衣を着せられたM君はたまったものではありません。下手な三文芝居はやめていただきたいものです。

※この連載は、適宜投稿し、最低あと3回は続ける予定です。よろしくご一読お願いいたします。

(つづく)

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

MAGNUM.63は生き残りを懸け、NJKFが絡んだ四つのタイトルマッチ!

堀田春樹

赤平大治が瀬戸口勝也を返り討ち。初防衛成る。
ジョニー・オリベイラは3度目となるライト級王座挑戦
イタリアのマルコ、新設のスーパーミドル級王座獲得。
大岩竜世、バックハンドブローで中島凜太郎を倒し王座獲得。

◎MAGNUM.63 / 3月8日(日)後楽園ホール17:15~21:32
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会、WKBA

前日計量は7日14時より伊原ジムにて行われ、2名がリミットオーバーも2時間以内にパス。戦績はプログラムを参照にこの日の結果を加えています。

◆第14試合 WKBA世界フェザー級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン初防衛戦.赤平大治(VERTEX/2001.10.31栃木県出身/ 57.05kg)
12戦8勝(5KO)3敗1分
        VS
瀬戸口勝也(元・日本フェザー級Champ/横須賀太賀/1983.8.1鹿児島県出身/ 57.05kg)
46戦31勝(14KO)12敗3分
勝者:赤平大治 / TKO 3ラウンド 2分10秒
主審:椎名利一

昨年3月の対戦で赤平大治が初回早々に先手を打ったパンチでノックアウトしたインパクトが残る中、瀬戸口勝也は二の舞は踏まない覚悟と戦略は有る様子で、初回、赤平は左ジャブで自分の距離を維持し主導権支配に掛かる。瀬戸口勝也の距離を詰めて来るプレッシャーは赤平も警戒。赤平はジャブからカーフキックで瀬戸口の脚を殺して勢いを潰していく流れに乗った感じだった。

しかし瀬戸口も強打を狙って出て来る為、赤平は打ち終わりを狙ったカウンターや距離を取ったり掻い潜って躱すディフェンスも上手かった。

第2ラウンドは瀬戸口が自分のリズムを引き寄せようとパンチを狙って出て来た。打ち合えば瀬戸口が有利と見られるが、赤平のローキックが効いてきた瀬戸口は脚を引き摺りだし、大きくバランスを崩したところを蹴られるとついにノックダウンを喫してしまった。まだ余力はあるもラウンド終了。

赤平大治のカーフキックでよろめく瀬戸口勝也。最初のノックダウンとなった

第3ラウンド、右脚をかばう瀬戸口はサウスポーに構え、強打を狙って来るが、脚が効いてスピード無いパンチでは脅威ではない。赤平の更なるカーフキックが効いて、ノックダウンした瀬戸口にセコンドからタオルが投げられ棄権となって。赤平がノックアウト勝利となった。

第3ラウンドのノックダウンでこの後タオル投入され瀬戸口はTKO負けとなる

赤平大治は試合について、「今回、瀬戸口選手の引退試合ということで、自分を対戦相手に選んで頂いてとても光栄です。そして3ラウンドKO出来てとても嬉しいです。瀬戸口選手が引退試合ということもあり、自分はいつもより少し気が張っていたのかな?と感じます。瀬戸口さんがガードを上げて攻めて来ることは分かっていたので、初回はジャブから脚を攻めることで、自分の距離感がしっかり取れていました。」としっかり振り返り、第2ラウンドについて、「瀬戸口さんがペースを上げてパンチで出てきましたが、しっかり見極め避けれたと思います。パンチに合わせて踏み込んで来た左脚カーフキックを狙い、効かせることが出来、ノックダウンを奪えました。」

第3ラウンドに入る前には、瀬戸口の脚が効いていることが確実と分析。

「パンチより脚を攻めて倒すことを決め、ゴングが鳴ると瀬戸口さんがサウスポーになり、カーフキックが効いていると確信しました。パンチをしっかり見て、カーフキックを打ち込み、TKOすることが出来ました。」と展開を語った。

反省点については「ミドルキックと前蹴りが少なかったことや、パンチが大振りで纏められなかったのかなと思います。今回の試合の経験を活かして次に向けてまた頑張りたいと思います。」と丁寧に語ってくれました。

新日本キックボクシング協会で収まる赤平大治陣営と喜びのショット

瀬戸口勝也は帰り際に応援団に囲まれる中、「近い距離でバチバチ打ち合おうと思ったんですけど、赤平選手が遠い距離でパンチ当てて、距離を詰める段階で前足に体重乗った時にカーフを蹴られて、そこは赤平選手が上手かったですね。倒れた時はまだ立てたんですけど、たぶんもう一発貰ったら倒れて終わったでしょう。鹿児島ではチームはもうあるので、良い選手いっぱい育てて試合組んで貰って連れて来ます」と清々しく語られました。

ラストファイトとなった瀬戸口勝也を労う伊原信一代表

◆第13試合 日本ライト級王座決定戦 5回戦

ジョニー・オリベイラ(元・日本スーパーフェザー級Champ/トーエル/ブラジル出身47歳/61.2kg)67戦16勝(1KO)32敗19分
         VS
NJKFスーパーフェザー級6位.細川裕人(VALLELY/北海道出身24歳/ 61.15kg)
12戦8勝(1KO)3敗1分
勝者:細川裕人 / 判定0-3
主審:中山宏美
副審:椎名46-50. ノッパデーソン46-50. ナルンチョン47-50 

ジャブからローキックの探り合いは細川裕人の前後のフットワークが優勢に傾いていく。先手を打つジャブの距離から首相撲とヒザ蹴りへ繋ぐ技で主導権支配した。

細川裕人は的確なヒットでジョニー・オリベイラのリズムを崩した

ジョニー・オリベイラは蹴り返すも距離を詰められず、細川裕人は攻勢を維持しながら見てしまい、次に繋ぐ技が出ず攻め倦む。パンチ打っても攻めるところを攻められない消極的な展開も、ローキックやパンチの的確なヒットの積み重ねで大差判定勝利し王座獲得となった。ジョニー・オリベイラは第3ラウンドに蹴りを空振りして肉離れを起こしたようだが、帰りはしっかり歩いて会場を出た模様。

細川裕人がジョニー・オリベイラをコーナーに追い詰め、ローキックでダメージを与えた

細川裕人はセコンドの「もっと行け!もっと蹴れ!」の指示に行かなかったことについては、「ちょっと当たらないだけで、蹴って出てもまた当たらないと感じてしまった迷いですね」と反省の念が残った様子。今後はもっと練習して強くなって防衛や更なる上位を目指したいです」と語られました。

試合の反省を述べる細川裕人。今後はライバル多いライト級で勝ち続けられるか

◆第12試合 日本スーパーミドル級王座決定戦 5回戦

マルコ(伊原/イタリア出身35歳/ 76.35→75.85kg)15戦9勝(3KO)3敗3分
        VS
翁長リバウンドマン将健(真樹ジム糸満/ 76.05kg)11戦5勝(4KO)5敗1NC
勝者:マルコ / 判定3-0
主審:宮沢誠
副審:椎名50-45. 中山50-46. ナルンチョン50-45

計量はマルコがリミットの確認ミスがあったようでしたが、1時間で余裕のパス。
初回、両者のパンチとローキックの攻防は翁長将健の好戦的なヒットも目立ったが、徐々にマルコのパンチからローキックのリズムが活きだした。翁長より手数と的確差増して行ったマルコは首相撲でのヒザ蹴りもヒット。翁長はパンチでやや攻勢を見せてもすぐマルコの圧し返される流れ。マルコはほぼフルマークの展開で攻め優った。

マルコはリング上で「4年前に初めて新日本キックの試合に出て、今日チャンピオンになりました。いつも一緒に練習してくれた伊原会長、選手やコーチ、対戦相手の翁長さん。有難うございます。また更なる上を目指します!」と語った。

右ストレートが冴えたマルコ。ぎこちなさはあるが、強い攻めが目立った

◆第11試合 WKBA日本スーパーバンタム級王座決定戦 5回戦

大岩竜世(KANALOA/2000.7.10岐阜県出身/ 55.15kg)9戦5勝(1KO)3敗1分
        VS
中島凛太郎(京都野口/兵庫県出身26歳/ 55.3kg)14戦6勝5敗2分1NC
勝者:大岩竜世 / KO 4ラウンド 1分47秒
主審:ノッパデーソン・チューワタナ

初回、パンチと蹴り多彩に鬩ぎ合う両者。やや大岩の前進が目立った。大岩の左頬がやや腫れているのが確認できたが、偶然のバッティングと見られる。

第2ラウンドも攻防の差は変わらずも首相撲からの崩し合い、ヒザ蹴りが増え、第4ラウンドに大岩の右ハイキックを躱した中島が右ストレート打ったところに大岩の左バックハンドブローがヒット。ノックダウンした中島は一旦立ち上がろうとするも崩れ落ち、カウント中のレフェリーストップとなって、大岩竜世が王座獲得。

大岩竜世のバックハンドブローヒットした直後、中島凛太郎は暫く立てなかった

大岩竜世はリング上で「中島凜太郎選手とは9月に戦って引分けだったんですけど、今日はこんな形で勝てて嬉しいです。皆さんの御陰だと思っています。ここからがスタートでまた戻って来たいので皆さん宜しくお願い致します。」と語った。

チャンピオンベルトを巻いてチント氏から祝福を受けた大岩竜世

◆エキシビジョンマッチ2回戦(2分制

ISKA世界スーパーフェザー級チャンピオン.軍司泰斗(TEAM SUERTE)
Exhibition
ISKA世界フェザー級チャンピオン龍聖(TEAM SUERTE)

同門による顔合わせの両者、手数と多彩な技をスピーディーに披露し盛り上げてくれた2ラウンドでした。両者、エキシビジョンマッチながら新日本キックボクシング協会のリングに上がれたことに感謝を述べていました。

◆第10試合 62.0kg契約3回戦

翔吾(DENGER/千葉県出身29歳/ 62.55→61.95kg)6戦2勝(1KO)3敗1NC
        VS
平田康輔(平田道場/ 60.8kg)5戦4勝(2KO)1敗
勝者:平田康輔 / 判定0-3
主審:椎名利一
副審:宮沢誠29-30. ナルンチョン28-29. ノッパデーソン29-30

前日計量で翔吾は550グラムオーバー。落ちるか周囲は心配したが、規定内にクリアー。試合は平田康輔がスピードでやや優る展開。翔吾は減量の影響があったか、やや出遅れるもローキックの攻防に互角に蹴り合うが、徐々に平田が攻勢を強め僅差ながら判定勝利。

◆第9試合 フライ級3回戦

西田蓮斗(伊原越谷/2009.12.6埼玉県出身/ 50.75kg)6戦6勝(2KO)
        VS
林・さん(GRABS/2001.8.27北海道出身/ 50.5kg)4戦2勝2敗
勝者:西田蓮斗 / 判定3-0
主審:中山宏美
副審:椎名30-28. ナルンチョン30-28. ノッパデーソン30-28

西田蓮斗の技では多彩に上手く攻めるが、林の蹴りパンチ首相撲も負けずに繰り出した。技の上手さ的確差で西田が第2ラウンド以降を制し判定勝利。

◆第8試合 フライ級3回戦

NJKFフライ級4位.愁斗(Bombo Freely/2001.11.24茨城県出身/ 50.75kg)
14戦7勝(3KO)4敗3分
        VS
煌(KANALOA/岐阜県出身21歳/ 50.7kg)7戦3勝(1KO)3敗1分
引分け 1-0
主審:宮沢誠
副審:椎名29-28. ナルンチョン29-29. 中山29-29

愁斗の素早い動きに対し、煌も互角に対抗。テクニックある両者の攻防は第2ラウンドは煌がやや攻勢で、第3ラウンドは愁斗が巻き返す形となったが、ほぼ差は無い展開で引分けとなった。

◆第7試合 スーパーライト級3回戦

NJKFスーパーライト級4位. TAKUYA(K-CRONY/1993.12.31茨城県出身/ 63.25kg)
19戦8勝(1KO)9敗2分
        VS
中泉翔(TEAM EIGHTSENDAI/宮城県出身36歳/ 63.3kg)18戦5勝(3KO)12敗1分
勝者:TAKUYA / 判定3-0
主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:椎名30-27. 宮沢29-27. 中山30-27

初回は様子見も中泉翔の勢いがやや圧す流れも、第2ラウンドには徐々にTAKUYAが蹴りからパンチの攻勢を強め、第3ラウンドにはより勢い増して行く中、中泉は表情に余裕は無くなる中、TAKUYAはタイミング見てパンチでノックダウンを奪って判定勝利。

◆第6試合 68.0kg契約2回戦

琉聖(平田道場/ 66.4kg)2戦1勝(1KO)1敗
        VS
田中稜(トーエル/神奈川県出身22歳/ 67.85kg)1戦1勝
勝者:田中稜 / 判定0-3 (17-20. 17-20. 17-20)
主審:ナルンチョン

◆第5試合 58.5kg契約3回戦(2分制)

谷岡雄生(GRABS/北海道出身32歳/ 58.2kg)2戦2勝(1KO)
        VS
神谷晟丸(伊原越谷/ 58.35kg)1戦1敗
勝者:谷岡雄生 / 判定2-1 (19-20. 20-19. 20-19)
主審:椎名利一

◆第4試合からプロ 59.0kg契約2回戦

オスカル・カサド(カタルーニャ/ 58.25kg)16戦9勝7敗
        VS
希祈(京都野口/京都府出身20歳/ 58.85kg)4戦3勝1分
勝者:希祈 / 判定0-2 (19-19. 19-20. 19-20)
主審:中山宏美

他、アマチュア3試合。

《取材戦記》

World KickBoxing Association(WKBA)は2009年10月に創始者の野口修氏より伊原信一氏が任命され、その後の世界戦運営を担いました。

2014年には江幡塁・睦のツインズ(伊原)と蘇我英樹(市原)がWKBA世界王座戴冠し、2019年に緑川創(藤本)、高橋勝次(藤本)が戴冠。1981年の世界戦初開催から世界的には活動は乏しいものの、日本国内のここまでは富山勝治、千葉昌要をはじめ錚々たるメンバーが揃っていました。

昨年3月2日に瀬戸口勝也vs赤平大治でWKBA世界フェザー級王座決定戦が行われ、赤平がKO勝利し王座戴冠。実績の無い日本人同士の、ニュージャパンキックボクシング連盟からの協力を得ての開催と苦しい運営ではあるものの、今回引退試合となる瀬戸口勝也は、赤平大治との因縁を以ての雪辱戦として見どころ大きい展開となりました。

赤平大治は初防衛成功し、大岩竜世がバックハンドブロー一発による衝撃のTKO勝利でWKBA版日本スーパーバンタム級王座獲得。

細川裕人は新日本キックボクシング協会制定の日本国王座という、加盟していない外部団体の選手が挑戦する異例の形でジョニー・オリベイラとの王座決定戦を制し獲得。今後このタイトルの条件・規定はどうなるのか。疑問点は残りますが、ニュージャパンキックボクシング連盟と友好関係が続いているところは今後の交流が大きく育つ展開に期待したいところであります。

選手層薄い中でも何か華がある新日本キックボクシング協会の次回興行は5月10日(日)に後楽園ホールに於いてTITANS NEOS.36が開催されます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

西成女医殺害事件 ── 17年前に起きた事件の証拠品紛失を謝罪した大阪府警西成警察署

尾﨑美代子

大阪府警西成警察署は17年前に起きた事件の証拠品を紛失、それを遺族に隠し続けていたが、先日遺族に説明し、謝罪した。

問題の事件は、私もよく取り上げる西成女医殺害事件。17年前の2009年11月、西成で野宿者や生活保護者に寄り添い医療活動を続けていた女医さんが、行方不明後、水死体で発見された事件。西成警察は当初、自殺としていたが、医師である矢島祥子さんのご両親が、首にくっきりついた傷跡、頭部のこぶなどから事件性を訴え、西成署は事故、事件の両面での捜査を続けていた。

紛失させたのは、亡くなった矢島祥子さんの部屋に残されたメモなど3点。西成署は写真を撮ってあるから問題はない、としているが、果たしてそうだろうか? 三重県鈴鹿市でネットショップ経営者が殺害された件で、逮捕・起訴され、服役中の加藤映次さんは、冤罪を訴え、現在再審請求中だが、そこで証拠品の1つの「鍵」の写真がすり替えられた可能性がでている。その鍵は、被害者の男性宅の鍵の1本で、なんと加藤さんの車から発見されていた。加藤さんが殺害後、男性の部屋に鍵をかけ逃走したというならば、いくらでも捨てる時間も場所もあったはず。その鍵を大事に車に保管するとは…しかもある日、弁護団が鍵の写真を確認したところ、明らかに証拠としてあった鍵とは違っていた。そのため、弁護団は鑑定に出したところ、違うものと判明していた。

さらに西成署は、その証拠品紛失の失態を大阪府警に報告していなかった。「ひでえなあ」と思うだろうが、その大阪府警はもっと重大な証拠品を紛失してしまっている。「紙の爆弾」3月号の日本の冤罪シリーズに寄稿した「平野母子殺人事件」、一審で無期長期、二審で反省していないと求刑通りに死刑判決、しかし、最高裁は「審理が尽くされていない」「事実誤認の可能性がある」として審理を差し戻した。事件の詳細は省くが(紙の爆弾を読んでみて!)、そこで具体的に証拠品の煙草の吸殻の鑑定が必要となった。その吸殻に付着した唾液のDNA型が何であるかで、被告が死刑か無罪かを決めるものだった。すると大阪府警、「すみません。間違って廃棄してしまいました」と。おいおい、無期懲役から死刑判決になった重大事件だぞ。結局被告は無罪となった。それにしても何をやっているんだ。それも大量の証拠品の中の煙草の吸殻だけ……。一般人が簡単に入れない警察署内で起こっているんだぞ。

と驚いてみたが、そういえば、広島中央署では、証拠品として金庫に厳重に保管されていた現金8572万円が盗まれたままだ。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/