読売新聞との法廷闘争から24年、「真村訴訟」が深刻な局面に ── 約3600万円の返還請求と自宅競売 人権問題も浮上

黒薮哲哉

◆真村訴訟とは

メディア黒書で2010年頃まで断続的に報じていた真村訴訟のその後について、ごく手短に報告しておこう。読売新聞が関与しているこの事件が、深刻な局面に達していることが判明した。単に「押し紙」問題だけではなく、人権問題も孕んでいることを筆者は確認した。

真村訴訟というのは、2002年、福岡県でYC広川を経営していた真村久三氏が、読売新聞(西部本社)から改廃(廃業のこと)を通告されたことに端を発する。

そこで真村氏は、福岡地裁久留米支部で読売に対して地位保全を求める裁判を起こした。裁判所は、真村氏の訴えを全面的に認めた。高裁も地裁判決を支持し、真村氏はYC広川の経営を続けることになった。これにより、真村氏は改廃を免れた。2007年12月のことである。

※事件は複雑なので、今後、順を追って記述するが、この時点までの経緯については、『新聞販売の闇と戦う』(真村久三・江上武幸共著、花伝社)を参照してほしい。

※真村事件に関するメディア黒書の記事

◆仮処分に従わなかった読売新聞

ところが読売は、真村氏の地位保全が確定してからおよそ半年後、一方的にYC広川への新聞の供給を止めた。そこで真村氏は、再び地位保全を求める裁判を起こさざるを得なくなった。

まず、仮処分を申請した。緊急性を要したからである。その後、本訴を起こした。

当然、販売店を改廃するためには正当な理由が必要なので、読売はさまざまな理由を裁判所に提出した。そのひとつには、真村氏が筆者の取材に協力したというものまで含まれていた。(これに関しても、裁判書面が記録として残っているので、時期を見て内容を紹介しよう。)

仮処分について、裁判所は真村氏の訴えを認め、読売に対してYC広川への新聞の供給を再開するよう命じた。地裁から最高裁まで同じ判断だった。しかし、読売は仮処分に従わなかった。

そこで裁判所は、読売に対して1日につき3万円の間接強制金(制裁金)の支払いを命じた。その累積額は約3600万円に達した。

◆裁判所に自らの主張を認めさせた読売新聞

やがて悲劇的な事態が生じる。

2度目の地位保全裁判で、裁判所は読売の主張を認めたのだ。地裁から高裁まで同じ判断だった。これを受けて読売は、真村氏に対して累積した間接強制金の返還を求めてきた。

しかし、約3600万円はYC広川の維持や真村氏の生活費に充てられていたため、返済は容易ではなかった。

真村氏が支払いに応じないでいると、読売は真村氏の自宅を差し押さえた。さらに訴訟も起こし、裁判所に自らの主張を認めさせた。

◆真村氏の自宅を競売にかけた読売新聞

わたしはこの時点では、楽観的な見方をしていた。

読売は日本最大の新聞社なので、裁判で自分たちの主張が認められたことで満足し、これ以上は真村氏との係争に関わらないだろうと思っていた。約3600万円についても、支払いを免除するだろうと考えていた。

ところが、法的な支払い期限(10年)が差し迫った先日、読売は真村氏の自宅を競売にかけたのである。これに関連して、複数の訴訟も提起されているようだ。

最初の訴訟から、24年である。一時的な中断はあるにしろ、ひとりの人間を24年も裁判所に張り付けて問題はないのか?

この事件は、以下3点の考察点を孕んでいる。

1,「押し紙」問題
2,間接強制金の払い戻しをめぐる問題
3,不可解な裁判官人事の問題
4,人権問題

メディア黒書は今後、詳細を調査し、ウェブサイトで報告していく。海外へも伝えていこう。

なお、真村氏の物件の差し押さえには、自由人権協会の代表理事である喜田村洋一氏も関わっていた。以下の写真を参考にしてほしい。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年10月31日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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-NJKF 2026.3rdは横浜市で開催、やっぱりエース格はこの人、大田拓真登場!

堀田春樹

大田拓真は豪快にノックアウト(TKO)して復帰戦を飾る。
ウーバーミユは世界のベルト奪取。僅差判定を制す。
鈴木咲耶は響子JSKを下してミネルヴァ王座初防衛。

◎NJKF 2026.3rd / 10月24日(土)横浜市保土ヶ谷公会堂11:15~14:57
主催:新興ムエタイジム / 認定:NJKF、WMA、ミネルヴァ実行委員会

◆第7試合 58.0kg契約3回戦

大田拓真(前・WBCムエタイ世界フェザー級Champ/新興ムエタイ/1999.6.21神奈川県出身/ 57.85kg)46戦34勝(11KO)10敗2分
         vs
サムランチャイ・エスジム(元・ラジャダムナン系スーパーフライ級4位/タイ/ 1995.6.7タイ国出身/ 57.8kg)151戦105勝41敗5分
勝者:大田拓真 / TKO 2ラウンド 2分9秒
主審:テーチャカリン・チューワタナ

昨年6月8日にアントニオ・オルデンを倒してWBCムエタイ世界フェザー級王座奪取し、今年2月にスペインでオルデンに判定負けで王座陥落。6月5日にONE Champion Ship(Lumpinee FridayFight)での判定負けと2連敗中の大田拓真が復帰戦を豪快に勝利しました。

初回に蹴りの様子見から左ハイキックで豪快にノックダウンを奪い、レフェリーが止めるかと思われた中、意識は有り、立ち上がる力はあったサムランチャイは続行。

大田拓真が左ハイキックでノックダウンを奪った第1ラウンドの圧倒
大田拓真が左ハイキックでノックダウンを奪った第1ラウンドの圧倒

第2ラウンドにはサムランチャイは息を吹き返したかのような動きの良さを見せたが、余裕ある展開を見せたのは大田拓真の方。サムランチャイの踏み込んだ足を蹴ってバランスを崩させるなど、昔タイテクニシャンが日本人選手にやっていたような格の違いを見せるような動きを大田拓真が見せていた。

最後は左ボディブローから左フックをアゴに決め、サムランチャイを倒し切った。サムランチャイはアゴヒットより、ボディーブローで苦しがっていた。

大田拓真は試合後マイクで、「今年、世界挑戦(防衛戦/ONE)で良い結果が全然出せなかったんですけど、今日自分の進化を見せることが出来たと思います。来年もしっかり結果出せるよう頑張って行きますので、大田拓真を応援宜しくお願いします。」と語った。

第2ラウンドも続いていく大田拓真の攻勢。この後ボディーブローに繋がる
第2ラウンドも続いていく大田拓真の攻勢。この後ボディーブローに繋がる

◆第6試合 WMA世界ペーパー級(95LBS)王座決定戦 5回戦(2分制)

Minervaペーパー級チャンピオン.Uver∞miyU(=高橋美結/T-KIX/1999.12.7静岡県出身/ 42.95kg)26戦11勝(1KO)12敗3分
         vs
WMA世界ペーパー級1位.ポーンテッップ・カムトーンパノーウ(タイ出身23歳/ 42.5kg)
推定46戦30勝16敗
勝者:Uver∞miyU / 判定2-1
主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:テーチャカリン49-48. ランボー48-50. 児嶋49-47.

女子ミネルヴァ王座を2度防衛しているウーバーミユがWMA世界王座に挑戦。

開始後は距離ある中の両者のローキック中心の様子見からウーバーミユが距離を詰め、パンチの勢い増して行くが、ポーンティップはミドルキックが強く繰り出す数も多い。首相撲に移るとウーバーミユがヒザ蹴りでやや勢い上回る。

ウーバーミユのボディブローヒット。パンチでは攻勢を維持した
ウーバーミユのボディブローヒット。パンチでは攻勢を維持した
ウーバーミユが接近戦を上手く捌いてポーンティップをロープ際へ追い込んでいく
ウーバーミユが接近戦を上手く捌いてポーンティップをロープ際へ追い込んでいく

後半に移ってもウーバーミユがパンチ連打でポーンティップをロープ際に追い込むが、ポーンティップはミドルキックで蹴り返し、どちらにポイント流れるか解らない互角の展開は、僅差ながらウーバーミユが判定2-1で王座戴冠。第3ラウンドから流れを掴んでいたようには見える展開だった。逆に付けられた採点もあることから、ポーンティップの蹴りに重点を置いた見方もあったのだろう。

ウーバーミユは試合後、マイクで応援団に感謝を述べて、「これからもっと強くなって更に結果で恩返し出来るように頑張って行くので、ぜひこれからも応援宜しくお願いします」と語った。

世界のベルトを巻いてリングを下りたウーバーミユ。陣営周囲に笑顔を振り撒いていた
世界のベルトを巻いてリングを下りたウーバーミユ。陣営周囲に笑顔を振り撒いていた

◆第5試合 ライト級3回戦

NJKFライト級2位.岩橋伸太郎(エス/ 1987.6.4神奈川県出身/ 60.9kg)
30戦12勝15敗3分
         vs
ユウ・Art of Siam gym(=大田原友亮/B-FAMILY NEO/1996.6.6東京都出身/ 61.3→61.1kg)
89戦58勝22敗9分 
勝者:岩橋伸太郎 / 判定2-0
主審:スイット・サエリム・ランボー
副審:ノッパデーソン29-28. 中山29-27. 児嶋28-28.(ユウに減点1含む)

長らくライト級が適正ウェイトの岩橋伸太郎と、幼少期から徐々にウェイトを上げて来た大田原友亮。パンチ中心にアグレッシブに攻める岩橋伸太郎。大田原友亮は蹴りのヒットやパワーなど相変わらずのテクニックは豊富だが、岩橋を詰め切れない。

第2ラウンドには大田原が岩橋の蹴り足を掴んでバランス崩させマットに手を着いた状態を蹴り込んだ為、反則減点を科されてしまう。我武者羅に出る岩橋の勢いは衰えず、僅差ながら岩橋が判定勝利した。

岩橋伸太郎はマイクで「僕の方が年上なんですけど、ユウ選手は僕なんかよりベテランのレジェンドファイターで試合出来たことは光栄です」と語った。

我武者羅に出た岩橋伸太郎が、ベテランのテクニシャンのユウを上回った手数で圧倒
我武者羅に出た岩橋伸太郎が、ベテランのテクニシャンのユウを上回った手数で圧倒

◆第4試合 51.5kg契約3回戦

NJKFフライ級2位.谷津晴之(新興ムエタイ/ 2003.5.7神奈川県出身/ 51.85kg)
28戦15勝(9KO)8敗5分
         vs
JKIフライ級1位.吉角綾真(マイウェイ/ 2004.12.7山梨県出身/ 51.2kg)
12戦6勝(3KO)6敗
勝者:谷津晴之 / TKO 1ラウンド 1分47秒
主審:テーチャカリン・チューワタナ

谷津晴之は6月14日に吉仲悠とのNJKFフライ級挑戦者決定戦に判定2-0で敗れ、8月2日にはWBCムエタイ日本フライ級王座挑戦もチャンピオン渡部蕾のヒジ打ちに敗れ2連敗からの再起戦。

前蹴り、上下の蹴りの攻防はやや谷津晴之が圧力掛けて出る中、右ミドルキックで吉角綾真がブロックした左腕にヒット。まともに受けた吉角は左腕が折れた様子でノックダウン。かなり痛そうな表情でノーカウントのレフェリーストップとなった。

ミドルキックはやや受け流すように両腕で受けるところを、まともに腕一本で受け止め、二箇所折れた様子という。

谷津晴之は涙ながらに、吉角綾真陣営と共に谷津陣営にも計量オーバーを謝罪しました。更には12月にタイトル挑戦が決まるかもしれないことを述べ、「ジムの先輩たちのようにベルトを巻きたいと思います」と新たな決意を述べました。

谷津晴之のミドルキックをまともに受けた吉角綾真は腕を押さえてマットに沈んだ
谷津晴之のミドルキックをまともに受けた吉角綾真は腕を押さえてマットに沈んだ

◆第3試合 ライト級3回戦

小泉完知(エス/2004.4.14東京都出身/ 60.3kg)2戦2勝(1KO)
         vs
山本和紀(JKI/真弘館/1998.12.7静岡県出身/ 61.0kg)6戦2勝4敗
勝者:小泉完知 / 判定3-0
主審:スイット・サエリム・ランボー
副審:ノッパデーソン29-28. テーチャカリン30-29. 児嶋30-29.

上下の蹴りとパンチのアグレッシブな攻防は、やや小泉完知の圧力が優ったか。ジャッジ三者が揃うラウンドは無かったが、小泉が僅差ながら判定勝利。

アグレッシブな展開ながら決定打は無かったが、小泉完知がやや優ったパンチの攻勢
アグレッシブな展開ながら決定打は無かったが、小泉完知がやや優ったパンチの攻勢

◆第2試合 女子ミネルヴァ・スーパーフライ級タイトルマッチ3回戦(2分制)

チャンピオン.鈴木咲耶(チーム鈴桜/2007.10.5静岡県出身/ 51.9kg)
10戦8勝(1KO)2敗
vs
挑戦者同級2位.響子JSK(治政館/1987.12.6埼玉県出身/ 51.95kg)16戦6勝7敗3分
勝者:鈴木咲耶 / 判定3-0
主審:中山宏美
副審:ノッパデーソン30-28. テーチャカリン30-28. 児嶋30-28.

今年2月22日に王座決定戦でYuka(SHINE沖縄)に判定勝利で戴冠した鈴木咲耶。両者は過去2度対戦し、いずれも鈴木咲耶が判定勝利。

長身の両者。蹴りから首相撲でのヒザ蹴りの攻防。離れても上下の蹴り、組み付けばヒザ蹴りが続いた。初回は互角も徐々に鈴木咲耶の圧力が優っていく。ラストラウンドも鈴木咲耶が全ての攻防で優り、響子は疲労困憊気味。ジャッジ三者が揃って第2~3ラウンドを鈴木に振り、テクニックと粘りで優って初防衛に成功。

鈴木咲耶が的確な前蹴りなど蹴り中心に徐々に優っていく上手さを見せた
鈴木咲耶が的確な前蹴りなど蹴り中心に徐々に優っていく上手さを見せた

◆プロ第1試合 女子ミネルヴァ・ペーパー級挑戦者決定戦3回戦(2分制)

2位.ロウ・イツブン(NEXT LEVEL 渋谷/1995.5.26中国出身/ 43.0kg)
13戦4勝6敗3分
vs
3位.松本徐倫(ボス/1990.9.12広島県出身/ 42.85kg)18戦10勝(2KO)7敗1分
勝者:松本徐倫 / 判定0-3
主審:中山宏美
副審:ノッパデーソン28-30. テーチャカリン28-30. ランボー27-30.

ウーバーミユへの王座挑戦経験が有る者同士の対戦。開始早々はロウ・イツブンのハイキックが松本徐倫の頭部を掠めるが、松本は落ち着いてパンチの距離に持ち込む。ロウ・イツブンは蹴り中心に主導権支配したいが、松本のパンチは自分の距離を保ち圧力掛けて出て来る。松本の攻勢は続き、圧倒する展開で判定勝利。再度の王座挑戦権を獲得した。

松本徐倫がアグレッシブなパンチ連打でロウ・イツブンを追い詰めた
松本徐倫がアグレッシブなパンチ連打でロウ・イツブンを追い詰めた

◆アマチュア第4試合 オヤジファイト 67.0kg契約2回戦(2分制)

かずっち(BRAVE FIGHT CLUB/ 66.0kg) vs 河野友信(A-sk丈夫/ 65.5kg)
勝者:かずっち / 判定3-0 (20-18. 20-19. 20-18)

◆アマチュア第3試合 EXPLOSION 75.0kg契約2回戦(90秒制)

齋藤凌真(エスジム菊名/ 74.3kg) vs 島村ジャンカルロス(新興ムエタイ/ 73.7kg)
勝者:島村ジャンカルロス / RSC 2ラウンド 0:34秒

◆アマチュア第2試合 EXPLOSION 72.0kg契約2回戦(90秒制)

カウンシャトゥー(VALLELY/ 71.65kg)vs 大塚慶(新興ムエタイ/ 71.3kg)
勝者:大塚慶 / 判定1-2 (20-19. 19-20. 19-20)

◆アマチュア第1試合 EXPLOSION 61.0kg契約2回戦(90秒制)

藤井侑太(リプラス/ 60.7kg)vs 鈴木暖人(新興ムエタイ/ 59.0kg)
引分け 0-1 (19-19. 19-20. 19-19)

※第2試合予定でした女子ミネルヴァ・ピン級タイトルマッチはチャンピオン杉田風夏(谷山ジム小田原道場)の欠場により中止。王座は剥奪。挑戦者同級1位.鈴木萌(クロスポイント吉祥寺/ 45.1kg)に王座認定(ミネルヴァ規定)。

※試合順はこの後を繰り上げています(プログラムとは異なります)。

《取材戦記》

CHALLENGERシリーズと比べれば演出と派手さでは劣るものの、本来のキックボクシング興行らしさあるシンプルなNJKF横浜の試合でした。

大田拓真は久々の登場。今年はスペインでの世界王座陥落がありましたが、この日の復活劇でNJKFのエース格は健在でした。弟の大田一航はこの後の11月1日に出場。兄弟揃っての飛躍も来年の見所である。

年内のニュージャパンキックボクシング連盟興行は11月23日(月・祝)に茨城県水戸市青柳公園市民会館で「DUEL.40 MITO」が開催されます。国崇(拳之会) vs TAKAYUKI(=金子貴幸/K CRONY)が開催。TAKAYUKIの引退試合となる模様です。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

学費値上げ阻止闘争その後 ── 不思議な縁

松岡利康

1972年2月1日に逮捕され、酷寒の中、1カ月余り京都拘置所で過ごしました。

弁護人を務めてくださったのは海藤壽夫(かいどう・としお)弁護士でした。弁護士になって1年目でした。海藤弁護士はその後、京都弁護士会副会長に就かれています。海藤弁護士から直接伺ったのですが、学生時代、かの塩見孝也さんや、連合赤軍事件で殺された山田孝さんらと京大で生協運動をされていたそうです。総代会で共産党に敗れ組織部を明け渡し、塩見、山田さんは政治活動に純化し、海藤弁護士は法曹の道に進まれました。ここが人生の岐れ道でした。塩見、山田さんらの活動の評価については、ここでは触れません。

矢谷さんらに「寛刑」判決を下したことを伝える読売新聞1971年10月8日朝刊
矢谷さんらに「寛刑」判決を下したことを伝える読売新聞1971年10月8日朝刊

また、このFBでもよく引き合いに出す、私が尊敬する矢谷暢一郎さんは、学生運動最盛期の同志社大学学友会委員長を務め68年御堂筋突破デモを指揮したとして逮捕・起訴されます。矢谷さんのその後についても、鹿砦社から出した2冊の著書をご覧になっていただくとして、ここでは触れません。

矢谷さんの半生を著した『ヤタニ・ケース アメリカに渡ったヴェトナム反戦活動家』
矢谷さんの半生を著した『ヤタニ・ケース アメリカに渡ったヴェトナム反戦活動家』

その闘争の裁判を担当され判決を書かれたのが、これも裁判官1年目の森野俊彦裁判官で、森野裁判官は学生寄りの「寛刑」判決を下します。

ところが、海藤弁護士と森野裁判官は、司法修習の同期で、それも同じクラスだったとのこと、森野裁判官は、裁判官時代、市民のための司法を目指し、名前も顔も出して「日本裁判官ネットワーク」を作り活動されています。

森野裁判官は退官後、弁護士になられますが、縁あって、鹿砦社が関わった大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)についても2件の訴訟を受任いただき、一部逆転勝訴を勝ち取っていただきました。

そして、矢谷さんが2冊目の著書『ヤタニ・ケース』を出された直後に来日、かつての学友会の仲間と集まりを持った翌日、京都のキエフにて食事会を開かせていただきました。当時の裁判官と学生の奇妙な再会でした。

10年前に来日し学友会倶楽部で講演後、加藤登紀子さんがキエフにてねぎらってくれた。左から、矢谷さん、加藤さん、松岡
10年前に来日し学友会倶楽部で講演後、加藤登紀子さんがキエフにてねぎらってくれた。左から、矢谷さん、加藤さん、松岡

矢谷さんの人生は、親友の、いわゆる内ゲバでの死、アメリカでの突然の逮捕など凄まじいものがありますが、これについては矢谷さんの2冊の著書をご覧いただくとして、私が関係した海藤、森野、矢谷さんらの奇妙な関係は、何と言ったらいいのでしょうか、世の中にはこういうこともあるのかと、不思議な感覚になります。

海藤弁護士は、今は弁護士をやめられ比叡平で平穏な老後を過ごされていますが、2・1学費決戦で逮捕・起訴された10人全員無罪は勝ち取れなかったものの、当時すでに司法の反動化がエスカレートしていた時代に、1名無罪、残り9名も執行猶予付きの微罪判決を勝ち取ることができました。

裁判は長く続きましたが、裁判所も、意外とわれわれの闘いを理解してくれ、「被告人らは春秋に富む若者であるからには……」という感傷的な名文で締め括っています。「春秋に富む若者」も今や後期高齢者になりましたが、あの闘いから半世紀以上も経った今、残りの人生、そうした闘いの〈総括〉作業を行っていきたいと考えています。もっと非道い判決もざらにあるでしょうが、少なくとも私(たち)にとっては人生の〈原点〉だったことには間違いはありませんから ── 。

当時、私の直属の先輩で三里塚闘争で逮捕・起訴され、その後の厳しい人生を過ごしながら作品を書き続け、今は児童文学者をされている芝田勝茂さんは、「革命は戯画化することはできるが、戯画によって革命はできないからな」という名文句を残しておられますが、まさに言い得て妙です。

さらに同書の冒頭には、「しらじらと雨降る中の6・15 十年の負債かへしえぬまま」という一句が記されています。6・15というのは、60年安保闘争で樺美智子さんが虐殺された日ですが、私にとっては2・1に置き換えると、「十年の負債」どころか「50年の負債」を抱えながら返さないまま生き長らえて来ました。

さてさて、先が見えて来た私の今後の人生、「君はどう生きるか?」

共に2・1を闘った垣沼真一との共著で、芝田さんの「創作 夕陽の部隊」を再録した『遙かなる一九七〇年代ー京都~学生運動解体機の物語と記憶』
共に2・1を闘った垣沼真一との共著で、芝田さんの「創作 夕陽の部隊」を再録した『遙かなる一九七〇年代ー京都~学生運動解体機の物語と記憶』

(芝田さんのその名文句は、『季節』6号に初出、その後、『遙かなる一九七〇年代―京都』に再録されています。残念ながら両書共品切れで、関心がある方は古書市場で探してください。)

2026年8月のABC部数、読売新聞が1年で47万部減の衝撃、宅配制度の危機

黒薮哲哉

2026年8月度のABC部数が明らかになった。読売新聞の部数減は止まらず、前年同月比で約47万部を失った。朝日新聞は、約12万部、毎日新聞は約14万部の減部数となった。地方紙もふくめて新聞の部数減に歯止めがかからない。詳細は次の通りである

中央紙の詳細は次の通りである。

◆2026年8月度のABC部数

朝日新聞:3,034,975(-117,852)

毎日新聞:1,034,753(-141,998)

読売新聞:4,892,351(-474,738)

日経新聞:1,170,010(-107,286)

産経新聞: 736,573(-60,004)

ちなみに、ABC部数には広義の「押し紙」が含まれており、実際に読者へ配達されている部数は、ABC部数を下回っている可能性が高い。

近年の「押し紙」裁判では、中央紙の販売店において、仕入れ部数の3割から4割が読者に配達されていない実態を示すデータも明らかになっている。

なお、現在、真村裁判(第3部)の対象となっている読売新聞西部本社の部数は次の通りである。

◆読売新聞西部本社のABC部数 約12年後には部数がゼロ?

  •  2026年8月度:371,117部
  •  前年同月比:31,895部減

仮に現在と同じペースで部数減が続けば、単純計算で約12年後には部数がゼロになる。

もちろん、実際の部数減少が今後も一定のペースで続くとは限らない。しかし、この数字は、新聞の戸別配達を支えてきた販売店網が、存続の危機に直面していることを示唆している。

日本独自の新聞宅配制度は、いま大きな転換点を迎えている。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年11月5日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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《追想》1971年秋~72年2月 学費値上げ阻止闘争の頃

松岡利康

本年の同志社大学ホームカミングデーは京田辺キャンパスにて開催されましたが、同キャンパスが開設され今年が40周年ということです。

これに先立ち、田辺町(当時)移転のための財源確保を目的とする学費値上げをせんとする大学当局に対し、われわれは異議を申し立て身を挺して闘ったことを想起しました。もう半世紀以上も前のことになります。この闘いこそ、私の〈原点〉です。

その一端の画像が残っていますので上げておきましょう。

①狭い同大今出川キャンパスに数千人の学生が集まった71年11・11学長団交
①狭い同大今出川キャンパスに数千人の学生が集まった71年11・11学長団交
②無期限バリケードストライキに突入。決戦直前の立看
②無期限バリケードストライキに突入。決戦直前の立看
③72年2・1封鎖解除の新聞報道
③72年2・1封鎖解除の新聞報道
④明徳館に立てこもり抵抗する松岡ら4人の決死隊
④明徳館に立てこもり抵抗する松岡ら4人の決死隊
⑤松岡ら逮捕に抗議しバリケード奪還に向かい機動隊に突入する全学闘突撃隊。旧学生会館前
⑤松岡ら逮捕に抗議しバリケード奪還に向かい機動隊に突入する全学闘突撃隊。旧学生会館前

11・1同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会、40数名の参加で盛況! 遠路はるばるご参加された皆様に感謝! 田辺は本当に遠かった(苦笑) 

松岡利康

私が学生の頃は京都府綴喜郡田辺町と言っていて何もない所でした。一度合宿の帰りにみなと行ったことがありましたが、草ぼうぼうで学生の反対を懸念し工事は中断し、ブルドーザーは放置され、ここに本当に大学を造るのか、と思った次第です。

当時(1971年秋)、学費値上げ問題が起き、われわれは、「学費値上げ実力阻止! 田辺町移転・大同志社5万人構想粉砕!」を叫び約150人の検挙、50名ほどの逮捕者、10名の起訴者(裁判所も意外にもわれわれに同情的で、1名無罪。9名、執行猶予付きの微罪)を出しながら、まさに実力闘争で体を張って必死に抵抗しました。後にも先にも同志社でこれほどの闘争も、これに対する弾圧もありませんでした。69年の封鎖解除では、抵抗はあったものの徹底抗戦せず逮捕者ゼロ。同大今出川キャンパスの中央に明徳館という建物があるのですが、この屋上に風で吹き飛ぶような砦をこしらえ立て籠り逮捕されたものでした(1972年2・1学費決戦)。

この学費値上げには教職員も異議を申し立て、当時の学生課長・河野仁昭さんは部下と共に強く抗議されました。河野さんは詩人でもありましたが、その後、社史編纂資料室に左遷されました。ところが、河野さんはその後『同志社百年史』の編纂にあたられ、その中で紛争時の詳細な記述を掲載され、まさに意趣返しされました。当時は、こういう教職員もおられました。今はどうでしょうか?

その後、学費は、スライド制も採られ、田辺移転の資本蓄積もしないといけないわけですから、どんどん上がり続けました。学生や教職員らはどうしてきたのでしょうか? どれだけ身を挺して抗議したのでしょうか? われわれのような学生、河野さんのような教職員はいなかったのでしょうか?

あれから50年余り経ちました。そうした屍を越えて同大京田辺キャンパスは開設されたのでした。なので、田辺に行くのには、当初抵抗がなかったわけではありませんでしたが、まあ、どんなキャンパスか見てみるのもいいかと割り切って行きました。

5万人構想はどうなったのか? 当時の学生数は約2万弱、現在は3万人弱です。1万人増えているとはいえ、少子化もあってか5万人にはほど遠いですが、学生数が多いからいいというものではないでしょう。当初の計画にあった航空工学部、宇宙工学部はどうなったのか? このかん文系は今出川に回帰しているそうです。じゃあ、なんのための移転だったのか!?

大学の真価とは、キャンパスが広いとか施設が充実しているとか、そんな問題ではないでしょう。今出川の、あの狭いキャンパスに、ランチタイムになれば、どこからか学生が集まりトランス状態になり立看が林立しアジテーションを狭いキャンパスにがなり立てる……懐かしいなあ。

われわれのような尖がった学生がいなくなり、緊張感を失くし、ぬるま湯に漬かって来た大学や法人の首脳、だから国際高校の学生の死、担当教員の自死があっても、血の通った対応ができないのだろう。本当に残念としか言いようがありません。

ちなみに、いささか不謹慎かもしれませんが、先頭で学生デモを弾圧していた機動隊の中隊長は、地位から現場に出なくてもよかったのに集会やデモの日は現場に出ていましたが、田辺に移動になり、学生運動も無くなり牧歌的な情況にポックリ病で亡くなったという、笑うに笑えない噂を耳にしたことがあります。学生街の喫茶店や安酒場もなく、夜遅くまで学生が激論を交わす場もなく、われわれの時代では考えられません。これで本当に良かったのでしょうか?

さて、昨日、オープニングはカオリンズ(内村君は同大出身)のミニライブ、これが終わり西成のライブに発ちました。

オープニングミニライブを務めてくれたカオリンズ
オープニングミニライブを務めてくれたカオリンズ

講演会、懇親会、さらにはもう1軒、夜遅くまで高橋さん(同大OB)や森松明希子さん(彼女も同大OB)らと語り合いました。

気持ちの良い後輩らと楽しい時間を共有でき幸せでした。またやりたいですね。

講演、懇親会終了後、左から岩井正和さん(かつて西宮ゼミを共にやりました。一貫して不登校/ひきこもりの子の教育に従事)、原発訴訟を頑張る森松明希子さん、後期高齢者松岡、高橋さん、最後まで残ってくれた参加者、北村敏泰さん(元大手新聞記者で現在ジャーナリスト。福島や熊本現地を訪れ取材。松岡と同期で同じころ京都で学生時代を過ごす。共通の知人多い)、谷合英志さん(西宮ゼミ、「琉球の風」の常連参加者。同大OB)

汚点だらけの世論調査の数字、「新聞購読率、初めて5割下回る」、テレビ視聴率、新聞発行部数、世論調査は世論誘導の道具

黒薮哲哉

時事通信は10月11日、「新聞購読率、初めて5割下回る 内閣支持率は外交・物価高で評価二分 新聞通信調査会」と題する記事を配信した。

記事は、「新聞購読率が初めて5割を下回ったことが10日、公益財団法人『新聞通信調査会』(西沢豊理事長)の世論調査で分かった」と報じている。

つまり、つい先日まで新聞購読率が5割を維持していたというのである。日本人の半数が新聞を購読していたということになる。

この調査結果がいかに根拠に乏しいか、具体的な数字を使って検証してみよう。極めて簡単な計算で、その疑問点が浮かび上がる。

◆実態から大きくかけ離れている数字

記事によると、新聞通信調査会は、調査を「7月17日~8月16日、全国の18歳以上の男女5000人を対象に実施し、2676人から回答を得た」という。その結果、新聞購読率が初めて5割を下回ったというのである。

そこで筆者は、AIを使って、日本国内に住む18歳以上の人口(外国人を含む)を調べた。その結果、次の数字が得られた。

・18歳以上の総人口(外国人を含む):約1億500万人

新聞通信調査会の調査結果によれば、つい先日まで日本国内の18歳以上の人口の約5割が新聞を購読していたことになる。これを人数に換算すると、約5250万人である。

ところが、新聞の発行部数は、スポーツ紙や夕刊単独紙を含めても約2490万部しかない。しかも、新聞の発行部数には、大量の「押し紙」が含まれている。

新聞通信調査会は、いったいどのような調査を実施したのだろうか。

この数字は、実態から大きくかけ離れているのではないか。再検証が必要だ。

◆戦前の同盟通信社の資産を引き継いだ新聞通信調査会

ちなみに、同調査では高市内閣の支持率を62.3%と発表している。

新聞通信調査会は、新聞・通信社をはじめとするジャーナリズムの調査研究や、メディアに関する世論調査などを行う公益財団法人である。

設立は1947年。戦前の同盟通信社の資産を引き継いだ組織である。

西沢豊理事長は、時事通信社の元代表取締役社長である。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年10月14日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

《対談》低迷する日本が活路を見出す自主独立の極東地政学

小坂浩彰(NGOレインボーブリッヂ)× 木村三浩(一水会代表)

まもなく1年を迎える高市政権において、もっとも顕著なのが、対米従属の深化だ。特に外交における「アメリカ・ファースト」が、日本に国益をもたらすとは思えない。それでも、日本に活路が「ある」と言うのは、実業家として外交の現場に携わるNGOレインボーブリッヂ・小坂浩彰氏と、愛国者外交を展開する一水会・木村三浩代表。何ものにもおもねらない極東地政学を2人が語る。(構成・本誌編集部)

◆日本の国力と外交的存在感の低下

小坂 最近、カナダのカーニー首相が演説などで、米国主導の国際秩序の崩壊を指摘すると同時に、大国に対抗できるような「ミドルパワー(中堅国家)」の結束を、たびたび提言している。これは、日本にとっても指針となる考え方であることは間違いない。ただし、それが可能なのか、という疑問がある。米国に骨抜きにされている日本が、主体的にミドルパワーの国々と組むことは、非現実的なのではないか。

木村 大国とは、言うまでもなく米中のこと。その大国に対抗するための結束であるならば、日本が米国から自立した外交を行なっていることが前提となる。しかし、我が国を見渡すと、たとえばウクライナは2022年にいきなりロシアに侵略されたとか、中国が台湾を武力併合しようとしている、といったナラティブに染まっている。そして、日本もロシアや中国、あるいは北朝鮮に、いつ攻撃されるかわからないから、米国に護ってもらうのが唯一の安全保障であり、米国製の武器を買って国防を固めるべきだ、という〝信仰?が蔓延している。

小坂 それに加えて、私が言いたいのは、国力があまりにも落ちたということ。今、日本が外交の主導権を握るのが、非常に難しくなっている。30年前の日本のGDPは、世界の約20%を占めていたが、現在は約4%にすぎない。他国から見て、日本の存在感が大きく低下してしまった。まず、それを心配しなければならない。

隣国の中国やロシアと良好な関係を築くべきであるのは、わかりきった話だ。過去、日本に国力があった時代には、表向きには米国に従いつつも、ロシアと交渉すれば、相手は日本側の姿勢を一定程度、理解してくれた。それが2001年、森喜朗首相とプーチン大統領による「イルクーツク声明」(北方4島の帰属問題の解決を通じて平和条約を締結する認識を両国が確認)であり、1992年にも、コズイレフ外相の「北方領土・2段階返還秘密提案」があった。こういう時がチャンスだった。

木村 確かに、ロシアや中国にとって、米国に追従する日本に、わざわざ譲歩するメリットが薄れてしまっている。

小坂 中・ロが無理なら、東南アジアとの協力を目指すべきかもしれない。また、グローバルサウスは世界の3分の2の人口を占めており、影響力を拡大させている。ただしグローバルサウスは、それぞれ国力も抱える事情も違うため、ひとまとめにはできない。

木村 フィリピンとは現在、対中国で軍事協力が進んでいる。同様にインドネシアやオーストラリアとも関係を強化しているが、それらは米国の影響下での結集にすぎない。大国による覇権主義に対抗するものではない。

小坂 そこで、日本が活路を見出すとすれば、北朝鮮がカギではないかと、最近になって考え始めている。周知のように、北朝鮮はロシア・中国の両国と、うまく関係を築いている。その国と日本が国交正常化することには大きなメリットがあるのではないか。

◆今が絶好のチャンス

木村 非常に興味深いが、その前に、もう少し現状を確認しておきたい。ご指摘のとおり、日本は世界GDPランキングで長く2位を保持したが、2010年に中国に抜かれ、今はドイツ・インドに抜かれて5位。2030年にはイギリスに抜かれると予測されている。

低下の要因を考えると、日本が米国に喰われている状況がある。昨年に80兆円の対米投資を約束させられたように、米国も国力が低下しているのを、日本が補わせられている。それはやはり政治の問題だ。

戦後81年、あと19年で1世紀を迎える中で、日本が主体的な政治をどれだけ行なってきたのかを振り返れば、まず米ソ冷戦下で対共産主義の最前線として、いわば保護されることで存在価値を与えられ、国力を高めてきた。その冷戦が30年前に終了し、国際情勢が変化しているのに、我が国の政治はまだ〝冷戦脳?から抜け出せていない。

その中でも、小坂さんの言う通り、ロシアとの関係を国益に結びつけるチャンスがあった。にもかかわらず、我が国はむしろ対米従属の袋小路に自らはまりこんでいる。世界はすでに多極化していて、時代遅れであるにもかかわらず、だ。

そういう現状にあって、ミドルパワー論を考えた時に、果たして諸外国が、米属国日本を信じてくれるのかということが問題となってくる。日本にも対米従属一辺倒ではなく、自立してものを考える人間もいるということを示すのが日本の国益と考え、我々一水会はロシア・中国・北朝鮮と民間外交を続けているが。

小坂 それを国家として具体的に示す方策こそ、日朝国交正常化ではないかと思う。私が言いたいのは、日本にとって起死回生のチャンスが今、訪れているのではないか、ということだ。

木村 チャンスとは?

小坂 まず、気まぐれなトランプ大統領が、北朝鮮と仲良くしようというメッセージを発している。米韓軍事演習の縮小に繰り返し言及し、「金正恩は57の強力な核兵器を持っている」と核兵器保有国として扱うような発言までしている。

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月刊「紙の爆弾」11・12月号から一部記事を公開。独自視点のレポートや人気連載の詰まった「紙の爆弾」は全国書店で発売中です(毎月7日発売。定価800円)。書店でもぜひチェックしてください。最新号の記事タイトル一覧はホームページをご覧ください。

《11月のことば》今日だけがんばれ

松岡利康

《11月のことば》今日だけがんばれ(鹿砦社カレンダー2026より。龍一郎揮毫)
《11月のことば》今日だけがんばれ(鹿砦社カレンダー2026より。龍一郎揮毫)

11月に入り一気に肌寒くなりました。北の国ではもう雪化粧とのこと、今年もあと2カ月となりました。すなわち、このカレンダーもあと2枚を残すのみとなりました。というよりも、書家・龍一郎ががん闘病により体力的にカレンダーを揮毫する力が失くなり、15年続いた鹿砦社カレンダーももうすぐお終いとなります。私と、大学の後輩でもある書家・龍一郎が、3.11の福島原発事故に衝撃を受け、このことを忘れず見つめ続け、復旧・復興に向け頑張る人たちを応援して行こうという、私たちなりの決意表明でした。手にされた方は、この立派さに驚かれますが、これを無料で、書店様や『紙の爆弾』の定期購読者の皆様に配布し、当初1000部だったところ、好評で最終的には1800部となりました。私たちは決して無駄だったとは思っておらず、むしろ、これを15年も続けてきたことで清々しい気持ちです。

福島は今年、震災から15年を迎えました。すっかり忘れられた感があり、はっきり言って政府の棄民政策も進められています。このかん、私のふるさと熊本に10年前と今年、二度の大地震が襲い、福島ほどではありませんが、大きな被害をもたらしました。さらには集中豪雨、水害など大きな自然災害も続き、この国には大きな自然災害が起きやすいということも、あらためて悟りました。こんな中でも、懲りずに原発を再稼働させたり(しかも老朽原発を)、あらたに造ろうなど言語道断です。

このカレンダーは今年で終わりますが、私たちが続けて来た営為の欠片ぐらいはご理解くだされば嬉しいです。

ほら、今月も龍一郎は、みずからの病に冒された体に鞭打ち、私たちを元気づける珠玉のような言葉を書いているでしょ!?

このかんお伝えしているように、11月1日付けで私は株式会社鹿砦社の代表取締役を退任し、これまで『紙の爆弾』編集長を創刊以来務め、この創刊直後の出版弾圧で壊滅的だ気を受けた中でも一人会社を守り、さらには取締役として東京編集室を守って来た中川志大(もとひろ)が新代表取締役に就任いたします。苦難の中の船出となりますが、皆様方にありましては、これまで以上のご支援、ご厚誼、若い故に未熟な中川への叱咤激励のほど、よろしくお願い申し上げます。私は、取締役会長として、代表権は外れながらも、あと何年続けられるか解りませんが、「前門の虎」中川をバックから支える「後門の狼」として、一老編集者として、ぼろぼろになるまで、栄光の時代も暗黒の時代もあった、歴史ある、唯一無二の〈独立メディア〉たる鹿砦社の旗を守り続けます。今後共、よろしくお願いいたします。

残念ながら、カレンダーは今年で最後となりますが、これまでの龍一郎の珠玉の言葉と揮毫をまとめた手帳「Monthly Free Note 龍一郎作品集抄」を製作中です。12月初め発行の『紙の爆弾』『季節』の定期購読者、会員の皆様方らには、両誌と共に贈らせていただきます。

11・1 同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会、いよいよ明日開催! 多くの皆様方のご参集をお願いいたします!

松岡利康

たびたびお知らせしておりますが、私も関係している同志社大学学友会倶楽部が10数年にわたり行っている、大学が創立記念日にちなみ毎年この頃に行っているホームカミングデー(同大OBらにキャンパスを公開し、同窓会やイベントを行う場を提供するという趣旨で始められた)での講演会も本年が第12回となります。

今回は、研究者としても反核活動家としても国際的に活躍されている高橋博子さん講演会を、母校同志社大学京田辺キャンパスにて明日午後1時から開催いたします。

ウクライナ、ガザ、イランと戦火が続く中、まさに時機に合った講演会です。一人でも多くの皆様のご参加を切望しています!

高橋さんは母校での講演に際し、張り切って10ページにわたる詳細なレジメを準備、万全の構えで明日の講演に臨まれます。

また、先着30名の方には、高橋さんの論考が掲載された反原発情報誌『季節』夏号を贈呈いたします!

講演会の概要は次の通り。詳細は添付ファイルのチラシをご覧ください。

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  • 日時: 2026年11月1日 日曜日 13:00〜16:00 (開場12:30)
  • 場所: 同志社大学 京田辺キャンパス 知真館3号館(TC3)202教室
  • 講師: 高橋博子(同志社大学卒業生、奈良大学教授)
  • テーマ: 日米両政府の核兵器観:広島・長崎・核実験・原発事故
  • オープニングライブ(カオリンズ)
  • 参加費: 無料(一般の方も参加自由)
  • 主催:同志社大学学友会倶楽部 ホームカミングデー講演会実行委員会
  • 同志社大学京田辺キャンパスアクセス↓
    https://www.doshisha.ac.jp/information/access/index.html
    新田辺駅からバスが便利かも↓
    https://www.youtube.com/watch?v=9NjSvzuwky4
    明日は臨時バスも増便されます。 よろしくお願いいたします!

■臨時バス運行のお知らせ■

皆様にできるだけスムーズにご来場いただけるよう、近鉄電車「新田辺駅」「三山木駅」、JR「京田辺駅」から京田辺キャンパスまでの臨時バスを運行いたします。
当日は周辺道路の混雑が予想されますので、ご来場の際は、公共交通機関および臨時バスをご利用ください。各駅からの臨時バスの運行時刻は、以下よりご確認いただけます。

【往路】
新田辺駅(近鉄) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約15分 運賃:300円
京田辺駅(JR) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約14分 運賃:270円
三山木駅(近鉄) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約6分 運賃:220円
【復路】
同志社大学正門 発 降車駅により運賃が異なります。