部落差別とは何なのか 部落の起源および近代における差別構造〈前編〉

◆被差別部落の歴史、起源を学ぶということ

部落差別が謂(いわ)れのない差別であること、人為的なつくられた身分制の残滓であることを知るには、その起源を知る必要がある。そしてこれも前提になることだが、部落差別は顕在化することでその本質が明らかになり、差別に反対する人権意識をもって、はじめて差別をなくす地点に立つことができる。そのためにも、部落の起源と歴史を学ぶことが必要なのである。

『紙の爆弾』9月号において、差別を助長する表現があったと、部落解放同盟から指摘された。※詳細は同誌11月号、および本通信2020年10月7日《月刊『紙の爆弾』11月号、本日発売! 9月号の記事に対して解放同盟から「差別を助長する」と指摘された「士農工商ルポライター稼業」について検証記事の連載開始! 鹿砦社代表 松岡利康」》参照

解放同盟の指摘、指導とは別個に、本通信においても表現にたずさわる者として大いに議論することが求められるであろう。差別は差別的な社会の反映であり、われわれ一人ひとりも、そこから自由ではないからだ。まさに差別は、われわれの意識の中にこそある。そこで不肖ながら、多少は部落解放運動に関わった者として、議論の先鞭をつけることにしたい。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号より
月刊『紙の爆弾』2020年11月号より

◆被差別部落の起源はいつだったのか?

 
井上清『部落の歴史と解放理論』(1969年田畑書店)

わたしの世代(70年代後半に学生時代)は、部落問題の基本文献といえば井上清(日本史学・当時京大教授)の『部落の歴史と解放理論』(田畑書店)だった。

井上清は講座派マルクス主義(戦前の共産党系)の学者だが、思想的には中国派と目されていた。したがって、共産党中央とは政治見解を同じくせず、政治的には部落解放同盟に近かった。全共闘運動、三派系全学連を支持したことでも知られる。

その歴史観は階級闘争史観であり、部落の起源を近世権力(豊臣秀吉・徳川家康)の政策に求めるものだった。もともと産業の分業過程で分化していた地域的な集団や職能集団、あるいは漂泊していた集団を、政治権力が戦略的に配置することで被差別部落が発生した、とするものだ。

国境防衛(区分)のいっぽうで、領主権力と農民一揆の相克を外化(外に転嫁する)する「階級闘争の沈め石」として、被差別部落が必要とされたとする。このあたりが階級闘争史観の真骨頂であろう。土地と民衆は一体であり、それゆえに土地の支配が身分制と結びつく。

それゆえに、部落の本質は政治権力によって人為的に作られたとするものだ。なるほど身分社会の形成は、武士と百姓の分離は秀吉の刀狩にはじまり、家康の儒教的統制によって完成する。この儒教的統制とは、世襲による身分の固定化である。したがって身分社会の完成は江戸時代の産物であり、このかぎりで井上理論は間違っていない。穢多身分の集団が牛馬の処理を専業とする、職能と身分、居住地の固定が行なわれたのだ。

 
柳田国男『被差別民とはなにか 非常民の民俗学』(2017年河出書房新社)

いっぽうで、被差別部落を主要な生産関係からの排除とする、経済的な形成理由も明白だ。近世権力は民衆の漂泊をゆるさず、上記のとおり戦略的に土地に縛り付ける「定住化」をうながした。漂泊していた集団が新たに定住化するには、しかし農業耕作に向かない劣悪な土地しか残されていない。おのずとその集団は貧窮するのだ。貧窮が差別につながるのは言うまでもない。この立論は柳田国男によるものだ。柳田は賤民の誕生を「漂泊か定住にある」とする(『所謂特殊部落ノ種類』)

ただし、職業の分化は古代にさかのぼる。律令により貴族階級の職階、およびそれに従属した職能集団(部民)の形成である。

中世には民衆の職業分化も、流動的な職能集団の中から発生してくる。流民的な芸能集団や工芸職人集団、あるいは神人と呼ばれる寺社に従属する集団。なかでも仏教全盛時代に牛馬の遺体の処理、すなわち穢れにかかわる職能が卑賎視されるのは自然なことだった。その意味で、部落の起源を中世にさかのぼるのは必然的であった。

これらの職能集団が江戸期に穢多あるいは非人として、百姓の身分外に置かれるようになるのだ。ちなみにここで言う「百姓」は、今日のわれわれが考える農民という意味ではない。百の姓すなわち民衆全体を指すのである。百の姓とは、さまざまな職業という謂いなのだ。つまり農民も商人も、そして手工業者も「百姓」なのである。

◆非人は特権層でもあった

ところで「士農工商」という言葉は、現在では近代(明治以降)の概念だとされている。少なくとも文献的には、江戸時代に「士農工商」は存在しないという。したがって「士農工商穢多非人」という定型概念も、明治以降のものであろう。

じつは江戸時代には、士分(武士)と百姓(一般民)の違いしかなかったのだ。人別帳外に公家や医師、神人、そして穢多・非人があった。この人別帳とは、宗門改め人別帳(宗門台帳)である。最初はキリシタン取り締まりの人別帳だったが、のちには徴税の根拠となり、現代の戸籍と考えてもいいだろう。

そしてその人別帳外の身分は、幕府によって別個に統制を受けていた(公家諸法度・寺院諸法度など)。

穢多・非人が江戸時代の産物でなければ、どこからやって来たのだろうか。穢多・非人の語源をさぐって、ふたたび中世へ、さらには古代へとさかのぼろう。

 
網野善彦『中世の非人と遊女』(2005年講談社学術文庫)

一般に非人は、非人頭(悲田院年寄・祇園社・興福寺・南宮大社など)が支配する非人小屋に属し、小屋主(非人小頭・非人小屋頭)の配下に編成されていた。いわば寺社に固有の集団だったのだ。神社に固有の「犬神人」と同義かは、よくわかっていない。

網野善彦の『中世の非人と遊女』(講談社学術文庫)によれば、非人の一部は寄人や神人として、朝廷に直属する特殊技能をもった職人集団でもあった。これを禁裏供御人(きんりくごにん)という。朝廷に商品を供給する職人だったのだ。

その意味では、一般の百姓(公民)とは区別されて、朝廷に仕える特権のいっぽう、それゆえに百姓から賤視(嫉妬?)される存在でもあった。この場合の賤視は、少なからず羨(うらや)みをふくんでいただろう。

非人はそのほかにも、罪をえて非人に落とされるものがあり、非人手下と呼ばれる。無宿の者は、野非人や無宿非人と呼ばれる。江戸時代は無宿そのものが罪であり、江戸市中に入ることは許されなかったのだ。

笹沢佐保の「木枯らし紋次郎」で、紋次郎が江戸に足を踏み入れてしまい、夕刻に各辻の木戸が閉まる前に脱出しようと焦るシーンがある。笹沢佐保は時代考証にすぐれた人で、無宿者が夜間の江戸市中に存在できないことを知っていたのだ。


◎[参考動画]木枯し紋次郎 食事シーン

◆「餌とり」が語源だった

さて、近世部落の起源とされるのは、非人(広義の意味)のうち、穢多と呼ばれる集団である。江戸期の穢多は身分制(儒教的世襲制)の外側にある存在で、上記の非人とは異なり幕府および領主権力の直接統制を受けていたとされる。かれらは検断(地方警察)や獄吏など、幕藩体制下の警察権の末端でもあった。

穢多が逃亡農民や古代被征服民という俗説もあるが、史料的な根拠にとぼしい。なかでも異民族(人種)説は部落解放同盟から批判され、ゆえに「部落人民」という表現ではなく「部落大衆」「被差別部落大衆」という表現が適切とされる。われわれ日本人全体が、古代からの先住民と渡来人の混在、混血した存在であると考えられているように、人種的には部落民も同じである。異民族説を採った場合、そもそも日本人とは何なのかということになる。上記のとおり、日本人も「異民族の雑種」である。それでは、穢多の語源は何なのだろうか。

 
辻本正教『ケガレ意識と部落差別を考える』(1999年解放出版社)

文献的には『名語記』(鎌倉期)に「河原の辺に住して牛馬を食する人をゑたとなつく、如何」「ゑたは餌取也。ゑとりをゑたといへる也」と記されている。

同時代の『塵袋』には「根本は餌取と云ふへき歟。餌と云ふは、ししむら鷹の餌を云ふなるへし」とある。ようするに「餌とり」から「えとり」そして「えた」である。

この「餌とり」とは、律令制における雑戸(手工業の集団)のひとつ、兵部省の主鷹司(しゅようし)に属していたとされる。

つまり、もとは鷹などの餌を取る職種を意味していたのだ。それが転じて、殺生をする職業全般が穢多と呼ばれるようになったものだ。『塵袋』にあるとおり、狩猟文化と密接な関係を持つ人々を指して「えた」と呼ぶようになったのである。

そしてそれが、穢れが多い仕事をする「穢多」という漢字をあてたと考えられる。

穢多の語源については、別の考察もある。辻本正教は『ケガレ意識と部落差別を考える』(解放出版社)において、穢(え)は戉(まさかり)で肉を切るという意味で、「多」がその「肉」という意味であるとしている。

いずれにしても、古代・中世の穢多は職業分化に根ざすものといえよう。近世において、定住化による差別が顕在化する。人為的につくられた分断と反目、政治的に仕掛けられた差別というとらえ方を前提に、近代における差別構造を考えていこう。(つづく)

◎部落差別とは何なのか 部落の起源および近代における差別構造
〈前編〉  〈後編〉

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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「麒麟がくる」の史実を読む〈3〉本能寺の変の黒幕は誰だ? 朝廷か将軍か

本能寺の変、黒幕説は以下のとおりである。

【かなり疑わしい】徳川家康・羽柴秀吉・足利義昭
【疑わしいが、本人たちにとって意味がない】イエズス会・朝廷(公卿たち)
【疑わしいが、その実力がない】津田宗及(堺商人)・島井宗室(博多商人)
【疑わしいが、黒幕である意味がない。むしろ前面に立ちたかったのでは?】本願寺教如・長宗我部元親・安国寺恵瓊
【誰でもいいからという説】濃姫(帰蝶)・森蘭丸

前回は徳川家康黒幕説、イエズス会黒幕説について検証してみた。家康説は興味深いが、あまりにも証拠が少ない。

NHK大河ドラマ・ガイド『麒麟がくる 前編(1)』

イエズス会説はルイス・フロイスの「日本史」を引用したとおり、明智光秀こそずる賢い悪魔の手先で偶像崇拝者というのが、イエズス会の光秀評だ。かれらが庇護者である織田信長を殺した黒幕というのは、したがって到底あり得ない。むしろ被害者となったかれらは動機においても、まちがいなくシロであるという結論だった。

◆魅力的な朝廷黒幕説

黒幕説でもっと魅力的なのが、朝廷説(正親町天皇および京都の公卿たち)であろう。この説は多くの歴史研究者や作家が取り組んできた。その有力な動機は、暦の編纂権をめぐってである。

信長は三島歴・尾張歴・そして朝廷が専権的な編纂権を持つ京歴(宣命歴)の矛盾を指摘していた。

すなわち宣命歴では、天正十一年の正月に続けて閏正月を入れるところ、尾張歴では、天正十年の十二月に続けて閏十二月を入れる形だったのである。信長は京歴ではなく、尾張歴でやるべきだと主張しはじめたのである。

朝廷側は「信長が歴問題に口出しをしてきた」と受け止めた。ようするに”時”を支配する天皇の大権を、信長が侵しはじめたとみたのである。

じっさいに、勧修寺晴豊は自身の日記である『日々記』の中で「十二月閏の事申し出、閏有るべきの由(よし)由され候(そうらふ)。いわれざる事なり。これ、信長無理なる事とおのおの申す事なり」と記している。

そして天正10年の上洛時は、別個に政治的な課題として三職推認問題が浮上していた。信長は右近衛大将を辞任してから、官職がない状態だった。何とかして信長を朝廷の政治の中にとどめたい公卿たちは、関白・征夷大将軍・太政大臣のうち、好きな官職を与えると提案していたのだ。このように、当時の信長と朝廷のあいだには、微妙な政治問題が横たわっていた。

何となく、朝廷が関与していそうな。もしも関与していたら、京都という街の公家文化・朝廷の伝統が、革命児たる信長を殺したという、ある種の魅力をもった仮説として読む者を惹き込むのだ。

事実、公卿の吉田兼見は、天正10年に記述した光秀に同情的な部分をすべてカットした日記「兼見卿記」の「正本」を作成している(別本が存在する)。変後に光秀と親しくした一切を、書き換えているのだ。だが、これだけでは確たる証拠とはいえない。そこで論者たちは、無理な読み込みをするのだ。

勧修寺晴豊の「天正十年夏記」には、以下の記述がある。

「六月十七日、天晴。早天済藤蔵助ト申者明智者也。武者なる者也。かれなと信長打談合衆也。いけとられ車にて京中わたり申候」

ふつうに訳せば、生け捕られて京都市中を引き回されている斎藤利三を見かけた晴豊が「かれは信長を討った談合衆(仲間)の武者である」と書いているのだが、朝廷黒幕論者はこれを「われわれと信長を討つために話し合った武士だ」と読み込むのである。黒幕説の文献史料は、これ以上でも以下でもない。京都が信長を殺したという、ロマンあふれる印象が残るばかりだ。

NHK大河ドラマ・ガイド『麒麟がくる 後編(2)』

◆将軍足利義昭黒幕説

これはいまなお、藤田達生が自説としている。おもな証拠になる史料としては、本能寺の変の10日後に紀州の武将、土橋重治に宛てて書いた光秀直筆の書状である。

「なおもって、急度御入洛の義、御馳走肝要に候、委細上意として、仰せ出さるべく候条、巨細あたわず候、仰せの如く、いまだ申し通ぜず候ところに、上意馳走申し付けられて示し給い、快然に候、然れども御入洛の事、即ち御請け申し上げ候、その意を得られ、御馳走肝要に候事」

「上意馳走申し付け」の上意は将軍義昭の意であり、相手に「その意を得られ、御馳走肝要」と感謝していることから、光秀の意志とはべつに、将軍家の意志が働いていることがうかがえる。

全体を訳してみよう。

「将軍を京都に迎えるためにご助力いただけることをお示し頂きありがたく存じます。将軍が京都に入られることにつきましては、既にご承諾しています。そのようにご理解されて、物事がうまく運ぶように努力されることが肝要です」

だがこの書状は、日付が6月12日と本能寺の変から10日も経過している。さらに義昭は、羽柴秀吉や柴田勝家にも上洛を支援するようもとめている。ようするに、支援の要請を乱発しているのだ。これでは「事前共謀」の黒幕の証拠とは言いがたい。

もっと決定的なのは、毛利家の庇護下にあった将軍義昭(備前の鞆に御所があった)が、秀吉の撤退(中国大返し)とともに毛利家を動かしていないことである。最も信頼できるはずの毛利家を動かせず、織田家臣団に自身の上洛への支援要請をしているようでは、とうてい上洛はおぼつかない。

将軍義昭は信長存命中も、上杉謙信や北条氏政、武田勝頼に内書を送っては上洛を援けよと支援をもとめているのだから。

◆茶人たちの暗躍

変の前日、本能寺では茶会が開かれている。たまたま、島井宗室(博多商人)が上洛していた。信長はその島井宗室が持っている楢柴肩衝を手に入れたかった。そのため、千宗易(利休)から島井宗室に連絡をさせた可能性があるのだ。

この仮定が正しければ、信長は安土城から38点の「大名物茶器」を運んでまで、楢柴肩衝の茶入欲しさに5月29日の大雨の中、無防備な形で本能寺に入ってしまったことになる。

信長の茶頭(師匠)である今井宗久、津田宗及の二人は、その日は堺で徳川家康、穴山梅雪らの接待をしているので、長谷川宗仁が茶頭として茶会を取り仕切ったのではないかと考えられる。じつは千宗易(利休)だけが、その所在が明らかではない。それゆえ、千宗易(利休)から島井宗室に連絡をさせた可能性がある、と仮定したのである。慎重なる仕掛け人は、犯行現場に姿をあらわさない。

この茶会が信長を丸腰に近いかたちで呼び寄せるものだとしたら、本能寺の変の黒幕は堺の茶人たちということになる。動機はいろいろとこじつけられるが、信長の御茶湯御政道(茶器の召し上げ)をこころよく思わなかったとか、御しやすい光秀や秀吉に天下を賭けてみたという理屈も立つかもしれない。茶人たちにしかできない方法で、信長の武装解除が史実で実現したがゆえに、じゅうぶんに成り立つ黒幕説といえよう。しかしながら、かれらが光秀と謀議をはかった証拠は何もない。

◆補記

本願寺教如(信長の宿敵)・長宗我部元親(四国の覇者)・安国寺恵瓊(毛利家臣)らは交戦中か交戦前で、まさに信長を滅ぼしたい人々であろう。ただしこの人たちは、わざわざ黒幕になる必要もない、実力の持ち主である。変後に光秀と提携した形跡はない。

濃姫(帰蝶)・森蘭丸とかになると、もう誰でも黒幕になれます的なものだ。濃姫は結婚後の消息が史料になく、安土殿という本能寺の変後の記述がそうではないかと考えられる程度の存在感の希薄さ。森蘭は本能寺で死んだのだから、わざわざ黒幕に挙げる人の気が知れない。やはり本能寺の変のあとに二条御所で死んだ信長の嫡男・信忠を黒幕とする説もあることを付記しておこう。

いっそのこと、浅井茶々(淀殿)黒幕説とかどうですかね。いちおう信長に父親を殺されていますし、その髑髏を酒器にされて酒宴もされてますからね。(完)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

最新! 月刊『紙の爆弾』2020年10月号【特集】さらば、安倍晋三

「麒麟がくる」の史実を読む〈2〉本能寺の変の黒幕は誰だ? 謀略の洛中

坂本龍馬殺害犯(ほぼ解明)、邪馬台国の所在地(論争中)などとともに、日本史最大級の謎とされているのが、本能寺の変の真相である。その謎とは、明智光秀の動機(これは絶対に不明で、状況証拠として四国派遣軍指揮官からの解任が有力)および黒幕がいるのではないかというものだ。

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結論からいえば、いない。絶対に黒幕はいないと断言できるのだが、それだけ言ってしまえば面白くも何ともない。そこで、黒幕説の検証を愉しんでいこう。

いや、その検証の中から、新たな疑問や謎が提起できればさいわいである。

ざっと数件の黒幕説がある。光秀と結ぶ複合犯、光秀とは無関係の複合犯など、ちょっと無理なものまでふくめると、十数件にのぼる。

まず、黒幕ではないかとされる人物たちである。

【かなり疑わしい】
徳川家康・足利義昭

【疑わしいが、本人たちにとって意味がない】
イエズス会・朝廷(公卿たち)

【疑わしいが、その実力がない】
津田宗及(堺商人)・島井宗室(博多商人)らの茶人たち

【疑わしいが、黒幕である意味がない。むしろ前面に立ちたかったのでは?】
本願寺教如・長宗我部元親・安国寺恵瓊

【誰でもいいからという説】
濃姫(帰蝶)・森蘭丸

【阿吽の呼吸はあったかも説】
秀吉と家康、光秀の共謀説

このうち、徳川家康の関与説(黒幕説)は長らく信ぴょう性をもって唱えられてきた。

◆家康黒幕説の信ぴょう性

意外史観の八切止夫が『本能寺の変 光秀ではない』、最近では明智光秀の子孫と自称する明智憲三郎が『本能寺の変431年目の真実』で評判を呼んだ。織田信長が明智光秀に徳川家康殺害を命じたものの、却って光秀と家康が協力して本能寺の変を起こした(信長を殺した)というのだ。

明智氏は史料的には、家康殺害計画の史料上の裏付けとして『本城惣右衛門覚書』の「(本能寺の変直前に、光秀配下の兵卒が信長ではなく)家康を襲うのだと思っていた」という記述を挙げている。これが唯一の文献的な根拠である。

光秀と家康の謀議の場は、安土城だったとする。信長の監視下にある安土において、光秀と家康が二人きりで密談するのは、ほとんど不可能に近いかもしれないが、その内容は興味深い。信長が家康を本能寺に呼び寄せて殺そうとしているから、光秀としては家康を討つふりをして信長を殺す。

また、明智氏の説にはないが、この密議の背景に武田攻めのさいに光秀が謀議をはかり、それを穴山梅雪が知っていると家康が持ちかけていれば面白い。まもなく信長の知るところとなるので、信長の隙を衝いて殺しましょうとなった。その結果、穴山は伊賀越えのさいに服部半蔵の配下に殺された。家康は無事に三河へ帰り、出兵の準備に取り掛かるも、形成が不利とみて出馬をとりやめる。という顛末である。これに羽柴秀吉が一枚かんでいれば、中国大返しの謎も解けるというものだ。非常に面白い。が、史料的な根拠はなにもない。

家康黒幕説は、家康の息子(信康)と本妻(築山殿)が武田氏と通じているがゆえに、信長の命令で殺されたという軍記書の逸話がもとになっている。家康が信長に恨みを抱き、その気配を感じた信長が家康暗殺を決意。本能寺に呼び寄せて殺す、という筋書きである。

しかし、信康の死(家康が死に追いやる)は父子の派閥対立という説が有力である。織田家から嫁いだ徳姫が書状で、信康と築山殿の武田氏内通を告発したというのは「三河物語」の記述で、何らかの対立を嫁姑の人間関係に置き換えたのではないか。「信長公記」の「信康の処置は、家康の思うとおりに」という記述を信用したい。

◆秀吉黒幕説は、ありえない

ついで、家康と秀吉、光秀の三人が共謀していたという説も、壮大稀有な発想で面白いと思うが、ちょっとそれはない。

羽柴秀吉を黒幕とした場合、なぜ秀吉と光秀が共同して天下を治めなかったのか。少なくとも、柴田勝家および織田信長の息子たちを共同して駆逐しないかぎり、謀反人として織田家臣団に排撃されるのは目に見えている。史実は秀吉が光秀を、信長の息子たちとともに排撃したのである。秀吉が利を得たのは、光秀との謀議ではなく、光秀の変後の不手際(味方が集まらない)を衝いたに過ぎないのだ。

◆イエズス会はそんなに凄い団体だったのか?

イエズス会黒幕説は、民間研究者の立花京子(故人)が唱えた説である。この説が魅力的なのは、大航海時代に世界の大半を支配下においたイベリア両国(スペイン・ポルトガル)の国王・フェリペ2世がイエズス会の後ろ盾であり、スペイン無敵艦隊が精強を誇っていたことだ。

そんなに強大な勢力であれば、信長が不遜にも「余を神と崇めよ」という神を畏れぬ言動をおこなったとき、神の意志で罰をあたえた。ということも考えられないではない。鉄砲も大砲も、その玉薬である硝石も、イエズス会の支配地域からもたらされているのだから、かれらの力は凄まじい。と思いがちだが、さにあらず。

スペインのピサロがインカ帝国を征服したのは、軍事力(わずか180人)ではなく感染症だったことを考えれば、それほどのものではないことがわかる。
詳しくは「インカ帝国滅亡のなぞ」(本欄2020年5月7日)を参照して欲しい。

じっさいのイエズス会は、会士が全世界で1000人ほどのグループにすぎなかったのである。当時はプロテスタントの宗教改革運動がさかんで、カトリックの側から宗教改革でこれに対抗したのが、イエズス会に代表される流れだったのだ。スペインの無敵艦隊(自称にすぎない)も、本能寺の変の数年後にはイングランド海軍に惨敗している。

それよりも、日本のイエズス会が本能寺の変の結果、どうなったかが興味深いところだ。安土城かから追い出され、琵琶湖に逃れていたところを海賊まがいの漁民に囚われ、その挙句に明智光秀麾下の兵に助けられる。しかも無礼な扱いを受けて、散々な目に遭っているのだ。そもそもイエズス会は信長に庇護されていたのであって、明智光秀には批判的であった。以下、ルイス・フロイスの「日本史」から引用する。

「信長の宮廷に十兵衛明智殿と称する人物がいた。その才略、思慮、狡猾さにより信長の寵愛を受けることとなり、主君とその恩恵を利することをわきまえていた。殿内にあって彼はよそ者であり、ほとんど全ての者から快く思われていなかったが、寵愛を保持し増大するための不思議な器用さを身に備えていた」という具合に、フロイスの光秀評は辛らつである。

「彼は裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった。また築城のことに造詣が深く、優れた建築手腕の持ち主で、選り抜かれた熟練の士を使いこなしていた」

やはり光秀は、能吏ではあったようだ。

「信長は奇妙なばかりに親しく彼(光秀)を用いたが、権威と地位をいっそう誇示すべく、三河の国主(家康)と、甲斐国の主将たちのために饗宴を催すことを決め、その盛大な招宴の接待役を彼に下命した」

「これらの催し事の準備について、信長はある密室において明智と語っていたが、人々が語るところによれば、彼の好みに合わぬ案件で、明智が言葉を返すと、信長は立ち上がり、怒りをこめ、一度か二度、明智を足蹴にしたということである。だが、それは密かになされたことであり、二人だけの間での出来事だったので、後々まで民衆の噂に残ることはなかったが、あるいはこのことから明智はなんらかの根拠を作ろうと欲したのかも知れぬし、あるいはその過度の利欲と野心が募りに募り、ついにはそれが天下の主になることを彼に望ませるまでになったのかも知れない。ともかく彼はそれを胸中深く秘めながら、企てた陰謀を果たす適当な時期をひたすら窺っていたのである」

このあたりに、光秀の動機らしきものが観察されて興味ぶかい。フロイスの推察が正しいとすれば、光秀は信長の専横を大義名分にしたかったのかもしれない。

つぎは、本能寺の変後のことである。

「都の住人たちは、皆この事件が終結するのを待ち望んでおり、明智が家の中に隠れている者を思いのままに殺すことができるので、その残忍な性格に鑑みて、市街を掠奪し、ついで放火を命ずるのではないかと考えていた。我々が教会で抱いていた憂慮も、それに劣らぬほど大きかった」

「というのは、そのような市の人々と同様の恐怖に加え、明智は悪魔とその偶像の大いなる友であり、我らに対してはいたって冷淡であるばかりか、悪意をさえ抱いており、デウスのことについてなんの愛情も有していないことが判明していたから、今後どのようになるかまったく見当がつかなかったからである」

「司祭たちは、信長の庇護や援助があってこそ今日の立場を得たのであるから、彼が放火を命じはしまいか、また教会の道具にはすばらしい品があるという評判から、兵士たちをして教会を襲撃させる意志がありはしまいかと、司祭たちの憂いは実に大きかった」

やがて、司祭たちの危惧は的中する。かれらは安土を逃れたあと、散々な目に遭うのだから。

そしてこれらの記述のなかにこそ、イエズス会が信長を裏切る黒幕ではないこと。光秀を「明智は悪魔とその偶像の大いなる友」つまり「仏教徒」である、と批判的に指摘していることを確認できるのだ。イエズス会は黒幕どころか、本能寺の変の犠牲者だったのである。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】 新型コロナ 安倍「無策」の理由

「麒麟がくる」の史実を読む〈1〉 人物像および本能寺の変に難点あり!

新型コロナウイルスの影響で、撮影が行なえなかったNHK大河「麒麟がくる」の放送が再開される。人気の戦国大河だけに、歴史もの好きの視聴者は大歓迎であろう。ここ十数年、神がかり的な人気をほこる織田信長に謀反した明智光秀を主人公にしたところに、NHKの野心的な試みが評価できる。

◆歴史愛好家をガッカリさせるNHKのダメキャスティング

NHK大河ドラマ・ガイド『麒麟がくる 前編(1)』

だが、キャスティングには難がある。長谷川博己はキャリアも演技力も十分な俳優だが、演技巧者であるがゆえにこそ、主役級の華はないと言わざるをえない。彼は名わき役なのである。前半の斎藤道三役の本木雅弘の熱技に、まるっきり呑まれてしまったのが、その明白な証左と言えよう。

それにしても、このところNHKのキャスティングは、一年間の大河というごまかしの効かない主役ゆえに、ミスキャストが多いのだとわたしは思う。どうしても頭脳明晰で正義漢にあふれる、という主役の類型に合わせてしまうのだ。そこに無理がある。

たとえば「真田丸」真田信繁(幸村)役の堺雅人と真田信之役(幸村の兄)の大泉洋は、史実とはまったく逆の人物設定だった。

真田幸村といえば、当時の一次史料を知らない人でも、池波正太郎の「真田太平記」や一連の上州ものを読んだことがあればわかるとおり、寡黙で朴訥な人物である。小柄ながらなぜか強い武勇はともかく、高野山(流罪)で焼酎を国元に無心するような、寡黙な酒飲みのイメージである。それゆえにこそ大坂入城後、すぐに大野治長ら秀頼側近に主導権を握られてしまうのだ。

いっぽうの兄・真田信之こそが頭脳明晰な政治家で、それゆえに大坂の陣後も真田の名跡を後世に伝え得たのである。頭脳の兄・信之、勇猛の弟・幸村というのが歴史愛好者の常識なのだ。その意味でNHK「真田丸」は人物設定が180度ちがっていた。これでは歴史好きは白ける。

今回の明智光秀は、長谷川博己の生真面目きわまりない雰囲気とあいまって、将軍家復興という政治工作者たるイメージや謀反という悪意を感じさせない。まるでウラのない善人で、正義漢なのである。

これでは本能寺の変が、たとえば信長をよほどの悪逆な主君にしないかぎり、うまく描けないのではないだろうか。染谷将太の信長は神がかり的ではないだけに、いまのままでは単なる無能な殿というイメージになってしまう。無能な信長像というのは、NHK大河のみならず初めてではないか。

そもそも「麒麟(平和のシンボル?)がくる」ためには、悪逆の王(信長)を滅ぼさなければならない。という設定自体、当の光秀が秀吉に滅ぼされてしまうのだから、どだい無理があるというものだ。明智光秀は天海僧正だった説でも採らないかぎり、「戦乱のない世を」というテーマがけっして果たされないのは自明である。

長谷川博己の光秀はすこぶる有能、かつ計算高い雰囲気だが、それでは光秀の三日天下(じっさいには11日)の政治的無能ぶりを説明できない。したがって、本能寺の変そのものが、徳川家康および羽柴秀吉の謀略でないかぎり、みじめな着地になりそうな気がするのだ。

◆黒幕説を愉しもう

そこで視聴者の愉しみは、本能寺の変の「動機」および「黒幕説」ということになるわけである。

巷間、ワイド番組(歴史特集)の話題になっている「本能寺の動機説」は、どうでもいいだろう。本当の「動機」など、光秀がそれと書き残していない以上、だれにも確定することはできない。

唯一、細川藤孝に送った書状のなかに「この度の思い立ちは、他念はありません。五十日か百日の内には近国も平定できると思いますので、 娘婿の忠興等を取りたてて自分は引退して、十五郎(光秀の長男)・与一郎(細川忠興)等に譲る予定です」とある。これが文献史学における「光秀の動機」ということになる。

じっさい、細川氏を味方に誘うための書状ながら「動機」は「他念はありません」「自分は引退します」としているのだ。これが偽らざる心境だったのであろう。
たとえば信長への「怨恨説」(人質の母親を殺させた説・足蹴にされた説・領地召し上げ説)は、いずれもその史実ではない(一次史料にない、江戸時代の軍記書の記述)だからだ。

うざい上司に下剋上を突きつけるのが怨恨であるとするならば、それはいいのではないか。サラリーマンに限らず、誰もが感じているフラストレーションなのだから。

「野望説」もまた、どうでもいいかもしれない。主君を裏切る動機に、怨恨(うざい上司)野望(上司にとって代わる)はある意味で当然のことである。

直接の動機として、歴史学界のコンセンサスを得られているのは、信長の四国政策の変更である。重臣の斎藤利三が四国の長曾我部氏と結んでいた関係(縁戚)で、四国担当から外された光秀は公私ともに面目をうしなった。これがきっかけで、信長への謀反の決意をかためたのは想像に難くない。

それにしても主君を裏切るか、という問題だが、戦国時代にはけっして珍しい話ではない。ましてや、信長においては。

◆裏切られる信長

じつは信長に謀反した人物はといえば、ひとり光秀だけではない。じっさいに信長を裏切った男女は10人を下らないからだ。名前を列記しておこう。

織田勘十郎信行(信長の弟)
柴田勝家(信行の謀反に加担するが、許される)
林秀貞(同上。許されるも、のちに追放処分)
浅井長政(信長の義弟。朝倉氏と結んで反旗をひるがえす)
十五代将軍、足利義昭(信長追討の挙兵)
別所長治(三木城に籠城)
松永久秀(二度にわたり謀反)
荒木村重(本願寺に内応)
織田つや(信長の叔母。敵将の遠山景任と結婚)
樋口直房夫妻(木目峠の砦から逃亡し、秀吉に討ち取られる)

どうです。部下に裏切られまくりのバカ殿(あるいは嫌な上司)信長の実像が浮かび上がってくるではありませんか。

これほど大量の謀反人を出した戦国武将を、わたしは管見のかぎり信長以外に知らない。上杉謙信や武田信玄も家臣から謀反人(大熊朝秀、勝沼信元)を出しているが、自主的なものではなく相手方に調略されたものである(大熊は信玄に、勝沼は謙信および秩父藤田一門に)。

しかも松永久秀や荒木村重の謀反にさいして、信長は「いかなる理由か?」とその謀反の原因を理解できていないのだ。安国寺恵瓊が「高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候(いずれは、高転びに滅ぶであろう)」と指摘していたとおり、家臣の気持ちがわからない人だったのだ。

したがって光秀に「怨恨」や「野望」は、大いにあったであろう。それはほかでもない、「怨恨」を突き払うように合戦にいどみ、おのれの「野望」を実現するものが戦国武将だからだ。

だが、黒幕説となると問題はちがってくる。そこには本人の「感情(怨恨や野望)」だけではない、第三者の具体的な関与と行動がなければならないからだ。そこで多数ある「黒幕説」を簡単に検証してみよう。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】 新型コロナ 安倍「無策」の理由

「はだしのゲン」には存在し、テレビや新聞の戦争報道には欠けている重要な視点

今年の夏は終戦75年ということで、テレビや新聞では、戦争の悲惨な経験を伝えたり、平和の大切さを訴えたりする報道が例年以上に多かった。だが、それらの報道は型どおりのものばかりで、重要な視点が欠けている感が否めなかった。

それは、「平和な世の中で平和を訴えることは簡単だが、戦時中に平和を訴えることは難しい」という視点だ。誰もが知ってはいるが、つい忘れがちな視点である。

一方、筆者がこの時期に読み返し、改めて感銘を受けたのが、原爆漫画の代名詞「はだしのゲン」だ。自分自身も被爆者である広島出身の漫画家・中沢啓治が実体験をもとに描いたこの作品には、型どおりの戦争報道に欠けている上記の重要な視点が存在するからだ。

◆戦時中の自分自身のスタンスを語らない「歴史の証人」たち

たとえば、テレビや新聞が毎年夏に繰り広げる戦争報道では、広島もしくは長崎の被爆者が「歴史の証人」として登場し、原爆や戦争の悲惨さを語るのが恒例だ。今年も例年通り、そういう報道が散見された。こういう報道も必要ではあるだろうが、残念なのは、被爆者たちが戦時中、自分自身が戦争に対して、どのようなスタンスでいたのかということを語らないことだ。

その点、「はだしのゲン」はそういうセンシティブな部分から目を背けない。この作品では、原爆の被害に遭った広島の町でも、戦時中は市民たちが「鬼畜米英」と叫び、バンザイをしながら若者たちを戦場に送り出していたことや、戦争に反対する者たちを「非国民」と呼んで蔑み、みんなで虐めていたことなどが遠慮なく描かれている。

テレビや新聞に出てくる被爆者たちが仮に当時、そのようなことをしていたとしても、それはもちろん責められない。当時の日本で生きていれば、そういうことをするのが普通だし、むしろそういうことをせずに生きるのは困難だったはずだからだ。しかし、「歴史の証人」に被害を語らせるだけの報道では、日本に再び戦争をさせないための教訓としては乏しい。

◆必ずしも戦争に反対せず、朝鮮人差別もしていたゲン

「はだしのゲン」がさらに秀逸なのは、他ならぬ主人公の少年・中岡元やその兄たちも戦時中、必ずしも戦争に反対していなかったように描かれていることだ。

反戦主義者の父親に反発していた元。中沢啓治作「はだしのゲン」(汐文社)第1巻28ページより

元の父親は反戦主義者だったため、元たちの家族は広島の市民たちから「非国民」扱いされ、凄まじい差別やいじめを受けていた。そんな中、元も自分たちの置かれた境遇に耐え切れず、父親に対し、「戦争にいって たくさん敵を殺して 勲章もらってくれよ」「戦争に反対する とうちゃんはきらいだ」などと泣きながら、だだをこねたりする。さらに元の兄・浩二は、家族が非国民扱いされないようにするために海軍に志願したりするのである。

父親が反戦主義者のため、元の家族は広島の人たちから差別されていた。中沢啓治作「はだしのゲン」(汐文社)第1巻50ページより

さらに元は他の少年たちから非国民扱いされ、差別される一方で、自分自身も朝鮮人のことを差別する言動を見せている。たとえば、顔見知りの朝鮮人男性と一緒にいるところを他の少年たちにからかわれ、その朝鮮人男性に対し、一緒にいたくないということを直接的に伝えたりするのである。

元が朝鮮人を差別する場面もあった。中沢啓治作「はだしのゲン」(汐文社)第1巻60ページより

この漫画では、元は強さと明るさ、ユーモアを兼ね備え、誰に対しても優しく、分け隔てなく接する少年として描かれている。しかし一方で、このような過ちを犯したりもしているのである。作者自身の実体験に基づいているからだろうが、こういうシーンを読むと、「平和な世の中で平和を訴えることは簡単だが、戦時中に平和を訴えることは難しい」ということを再認識させられる。この1点において、「はだしのゲン」はテレビや新聞の型どおりの戦争報道とは一線を画していると思うし、後世に残すべき作品だと思う。

▼片岡健(かたおか けん)

全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第11話・筒井郷太編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】新型コロナ 安倍「無策」の理由
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

『ジェーン・ピットマン/ある黒人の生涯』と記者クラブ

◆43年ぶりに蘇った記憶

『ジェーン・ピットマン/ある黒人の生涯』……。

何十年も前に見たテレビ番組のタイトルを突然、思い出した。中学か高校のころNHKで見た記憶があるが、いつだったろう。そのタイトルとラストシーンの衝撃をいまだに忘れない。 

気になってインターネットで調べてみると、1974年にアメリカで制作されたテレビ映画だった。NHKの記録を確認すると、1977年8月30日(土)20時(再)と表示されている。再放送なのだが、おそらく私が観たのは、この日だったろう。

◎[参考動画]Jena Louisiana

 
それにしても、40年以上も前に1回だけ観たテレビ番組のタイトルや、ラストシーンを鮮明に覚えているのは不思議だ。当時高校2年生だった私は、それほど強烈に感情を動かされたのに違いない。

1962年当時、110歳だった黒人女性がインタビューを受け回想するという構成だ。黒人の苦難の歴史と同時代に生きた個人史が交錯するような演出だったと思うのだが、さすがにテレビで一度きり観ただけなのでほとんど覚えていない。ただひとつ鮮明に覚えているのは、ラストシーンである。 

当時のアメリカは、バスなどの交通機関には白人専用席があったし、公共の場所の水飲み場も白人専用のものがあった。黒人が白人専用の水を飲む運動がおこり逮捕者も死者も出るほど緊迫していた。日本の公園にもよくある、石かコンクリートの土台の上についているミニ噴水型の水飲み場である。

ラストで主人公のジェーンは、焦点となっていた屋外の水飲み場(裁判所の庭)に水を飲みに行く。

黒人の知人たちが、裁判所敷地と路面の境界あたりでとどまり、ジェーンを見送る。彼女はひとり、杖を突きながら、ヨロヨロ、ふらふらと一歩、また一歩と水飲み場に近づいていく。

建物前では白人たちが大勢その姿を見守り、銃を手にした警察官のような人もいる。

建物の入り口に近い場所にあるWhite Onlyと書かれた水飲み場にたどり着くと、じっと見ている白人を一瞥して、ジェーンはそっと口を近づけて一口水を飲む。

そして踵を返し、来た時と同じように杖をつきながらヨロヨロとゆっくりと去っていく……。
 
いま思い出しても心を揺り動かされる場面だが、43年もの間、頭の中から完全に消え去っていた。ところが、一気に記憶がよみがえる「事件」が起きたのだ。

◆白人専用の「鹿児島県政記者クラブ(清潮会)」

その事件は、7月28日に起きた。

『カメラを止めるな! 7月28日(前編)』(塩田康一鹿児島県知事の就任記者会見をめぐる県政記者クラブ「青潮会」とフリーランスとの戦いをスマホのカメラで撮り続けたドキュメンタリー)


◎[参考動画]カメラを止めるな! 7月28日(前編)

1時間56分ころから、早回しで20~30分が見どころだ。

編集なしの生々しい動画は、記者クラブはジャーナリスト集団というよりも、権力機構・統治機構の一部であることを示している。

この動画を見た私は、日本特有の「記者クラブ制度」が、日本社会を相当ゆがめているとの思いを新たにした。

中央官庁や地方自治体の庁舎や機関には、記者クラブというものがある。新聞社や放送局の記者たちがつくった任意団体であり法人格のある団体ではない。

その記者クラブが、一等地の建物に広いオフィスを無償で開設し、行政からの情報を独占的に得て、権力者が望む内容を報道するのがメインになっている。かつては電話代やファックス代その他もただ(つまり税金使用)だった。

クラブ付きの職員もいるが、それは各クラブが所属する行政の職員であり公務員である。まったく法的根拠のない構成員がちがつくった「内規」により記者クラブは運営されている。このような記者クラブにより”大本営発表”がいま現在も続いているのだ。

法的根拠なく白人(記者クラブ)が牛耳る記者会見からは、有色人種(一般人、SNS等で報道する人、フリーランス)を排除している。言ってみればアパルトヘイト(人種隔離政策)だから、私は『ジェーン・ピットマン/ある黒人の生涯』を思い起こした。

鹿児島県政記者クラブ(清潮会)への参加と質問権を求めてきた中心人物が、フリーランスの有村眞由美氏である。福島原発事故後から、鹿児島県知事の記者会見参加を記者クラブに申請しはじめ、足掛け10年にもわたり記者クラブに働きかけてきた。

そのかいあって、途中で記者会見出席は許されるようになった。

◆源泉徴収票を提出すれば白人専用の水道で水を飲んでもいいetc

とはいっても「オブザーバー参加で質問は禁止」ということであった。そのほか清潮会(鹿児島県政記者クラブ)が規約なるものを作成し、記者会見参加を望む外部の人間に内規を強要してきた。
 
一つ条件をクリアすれば、次の課題を設定する、というやり方である。

・源泉徴収票を提出すれば水飲み場を使える(会見室に入室できる)。
・提出しても源泉徴収票に印鑑がなければ水飲み場使用はできない(普通、源泉徴収票には印鑑はない)
・水道の蛇口をひねって水を出すのは許可するが、飲んではいけない(会見室に入場はできるが質問は禁止)。

なお、今回の記者会見前日、質問可能と記者クラブは連絡してきたが、様々な条件が課せられているという。
 
このような10年間を経て、今年7月の鹿児島県知事選で当選した塩田康一知事の就任記者会見に参加しようと有村氏は鹿児島にとび、冒頭のように会見室前の人間バリケードによって入室を阻まれたのだ。

ジェーン・ピットマンは最後に一口水を飲むことができたが、有森眞由美はまだ渇きをいやせていない。

ちなみに、7月28日は、記者クラブのオープン化ないし廃止を求めるジャーナリスト3人(畠山理仁・寺澤有・三宅勝久)が有村氏に同行した。

◆記者クラブは災害級の被害
 
記者クラブをめぐる新聞社やテレビ局社員とフリーランスの攻防とアメリカの人種差別を描いたテレビ映画を比較するのは、強引だと思う人もいるであろう。

確かに、奴隷として人権を奪われ、解放後も恒常的な暴力・差別・弾圧にさらされている黒人の状況とは違う。記者クラブをめぐって、非クラブ員がリンチで殺されてもいない。

だが、属性の違いによって一部の人たちが権力を握り利益を独占し、それ以外の人々を排除するシステムは共通する。いや、むしろアパルトヘイト(隔離政策)が記者クラブ制度の根幹にあると認識しない限り、問題は解決しない。

今年5月25日、全米どころか全世界を揺り動かした、警察官によるるジャージ・フロイト虐殺事件が起きたときでさへ、私は古いテレビ映画のことをまったく思い出さず、「7・28鹿児島県政記者クラブ人間バリケード事件」を動画で目の当たりにしたとき、43年ぶりに記憶が蘇った。それを素直に文章に書き留めているだけである。

記者クラブは災害レベルであり、日本ピープルにとって「禍」である事実を今こそ認識すべきではないか。

政治・経済・社会など各分野の問題を追及することはもちろん大切だが、様々な問題を伝える土台(報道)が土砂崩れを起こし、災害が起きていることを認識するほうが先決かもしれない。

そこで、10年にわたり記者クラブとの攻防を続けているフリーランスの有森眞由美氏に依頼し、下記の講演会を開催することにした。

7月28日、鹿児島県知事の就任記者会見参加をこばまれた有村眞由美氏(ジャーナリスト寺澤有氏のYouTubeより)

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■講演情報
『記者クラブ禍』~記者クラブとフリーランスの10年戦争
講師:有村眞由美氏(フリーランス)

日時:2020年8月22日(土)
13:30開場 14:00開始 16:30終了
場所:文京アカデミー「学習室」(文京シビックセンター地下1階)
東京都文京区春日1丁目16番21号
https://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/civiccenter/civic.html
交通:東京メトロ 丸の内線・南北線 後楽園駅 徒歩1分
   都営地下鉄 三田線・大江戸線 春日駅 徒歩1分
   JR総武線 水道橋駅(東口) 徒歩10分
資料代:500円

【申し込み】30名限定
氏名と「8月22日参加」と書いて下記のメールアドレスに送信してください。
kusanomi@notnet.jp
【参加にあたってのお願い】
◎受付で氏名と連絡先を確認してください。
◎会場入りするときは手洗いをお願いします。(消毒ジェルも用意します)
◎参加者はマスク使用をお願いします。
◎発熱している方や体調の悪い方は、今回は参加をご遠慮ください。

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▼林 克明(はやし・まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

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75年目の夏 読み直す終戦詔書(大東亜戦争終結ニ関スル詔勅)

終戦から75年目の夏がめぐってきた。

とはいっても、本欄の読者のほとんどが、75年前を直接には知らないであろう。わたしも直接は知らない。いまや日本の国民の大半が、敗戦(終戦)の日を、直接には知らない時代なのである。

しかしながら、祖母や両親から聞かされた戦時の苦労、当時の現実を伝聞されるかぎりにおいて、次世代につなぐ責任を負っているのではないだろうか。

わたしたちは75年前のこの日、国民が頭をたれて聴いた「終戦の詔勅」を、おそらくその一節においてしか知らない。

とりわけ、以下のフレーズ

「然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」の中から、「万世のために太平をひらかんと欲す」という結論部を「子孫のために、終戦(平和)にします」と読み取ってきたのではないだろうか。

だが、詔勅はこの部分だけではないのだ。

詔勅は広く天皇の意志を国民(臣民)に知らしめ、天皇の命令(勅)として、国民に命じるものである。そのなかに、当時の天皇と国民の関係が明瞭に見てとれるので、ここに全文を掲載してみたい。

真夏の一日、わが祖母や祖父、父母の時代に思いをはせながら、われわれの来しかたと将来を見つめなすことができれば。

と言っても、原文は以下のごとく読みにくい。書き下しのひらがな文になれたわれわれには、少々息苦しい漢文体である。原文は冒頭部だけにして、訳文を下に掲げてみました。

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官報号外(1945年8月14日)

 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ 茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ 其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
 抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ 皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦 実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ 他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

【現代語訳】

わたし深く世界の大勢と帝国の現状とにかんがみ、非常の措置を以て時局を収拾しようと思い、ここに忠良なる汝ら帝国国民に告げる。

わたしは帝国政府をして米英支ソ四国に対し、その共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させたのである。

そもそも帝国国民の健全を図り、万邦共栄の楽しみを共にするのは、天照大神、神武天皇はじめ歴代天皇が遺された範であり、わたしの常々心掛けているところだ。先に米英二国に宣戦した理由もまた、実に帝国の自存と東亜の安定とを切に願うことから出たもので、他国の主権を否定して領土を侵すようなことは、もとよりわたしの志ではなかった。しかるに交戦すでに四年を経ており、わたしの陸海将兵の勇戦、官僚官吏の精勤、一億国民の奉公、それぞれ最善を尽くすにかかわらず、戦局は必ずしも好転せず世界の大勢もまた我に有利ではない。こればかりか、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、多くの罪なき民を殺傷しており、惨害どこまで及ぶかは実に測り知れない事態となった。しかもなお交戦を続けるというのか。それは我が民族の滅亡をきたすのみならず、ひいては人類の文明をも破滅させるはずである。そうなってしまえば、わたしはどのようにして一億国民の子孫を保ち、皇祖・皇宗の神霊に詫びるのか。これが帝国政府をして共同宣言に応じさせるに至ったゆえんである。

わたしは帝国と共に終始東亜の解放に協力した同盟諸国に対し、遺憾の意を表せざるを得ない。帝国国民には戦陣に散り、職場に殉じ、戦災に斃れた者及びその遺族に想いを致せば、それだけで五臓を引き裂かれる。かつまた戦傷を負い、戦災を被り、家も仕事も失ってしまった者へどう手を差し伸べるかに至っては、わたしの深く心痛むところである。思慮するに、帝国が今後受けなくてならない苦難は当然のこと尋常ではない。汝ら国民の衷心も、わたしはよく理解している。しかしながら時運がこうなったからには堪えがたきを堪え忍びがたきを忍び、子々孫々のために太平をひらくことを願う。

わたしは今、国としての日本を護持することができ、忠良な汝ら国民のひたすらなる誠意に信拠し、常に汝ら国民と共にいる。もし感情の激するままみだりに事を起こし、あるいは同胞を陥れて互いに時局を乱し、ために大道を踏み誤り、世界に対し信義を失うことは、わたしが最も戒めるところである。よろしく国を挙げて一家となり皆で子孫をつなぎ、固く神州日本の不滅を信じ、担う使命は重く進む道程の遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、道義を大切に志操堅固にして、日本の光栄なる真髄を発揚し、世界の進歩発展に後れぬよう心に期すべし。汝ら国民よ、わたしの真意をよく汲み全身全霊で受け止めよ。

裕仁 天皇御璽
昭和二十年八月十四日
   各国務大臣副署

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詔勅における昭和天皇の国民に対するまなざしは、政治機関としての主権代行者(昭和天皇自身は、天皇機関説の支持者であった)として、忠良なる臣民に告げるもの(命令)である。その内容の評価は、それぞれの視点・立場でやればいいことかもしれないので、ここでの論評はひかえよう。

そしてそれを受け止めた国民が、どのように行動したのか。ここがわれわれの考えるべき点であろう。

その大半は「やっぱり負けたんだ」「軍部のウソがわかった」「明日から電気を点けて眠れる」であったり、「われわれは陛下のために、死んで詫びるべきだ」「鬼畜米英の辱めを受けるものか」との決意であったりした。

これらは父母から聴かされた話である。しかしその「感想」や「決意」も、すぐに生死にかかわることではない。しょせんは銃後のことである。

しかし最前線で終戦を迎え、どのように身を処するべきかという立場に立たされた者も少なくなかった。いや、前線の将兵の大半がそうだったのだ。

そこで二つだけ、わたしが知っている事実をここに挙げておこう。

そのひとつは、宇垣纒(うがきまとめ)海軍中将の終戦の日の特攻である。宇垣は海軍兵学校で大西瀧治郎(特攻攻撃の立案者とされる=8月16日に官舎で割腹自決)、山口多聞(ミッドウェイ海戦で空母飛龍と運命を共にする)と同期で、連合艦隊(日本海軍)の参謀長だった人である。

終戦時には第三航空艦隊司令長官の地位にあり、大分航空隊(麾下に七〇一海軍航空隊など)にいた。広島と長崎に原爆を受けたのちの8月12日に、みずから特攻作戦に参加する計画だった宇垣は、15日の朝に彗星(雷撃機)を5機準備するよう、部下の中津留達雄大尉らに命じた。

そして終戦の詔勅を聴いたあと、予定どおり出撃命令をくだす。滑走路には命令した5機を上まわる11機(全可動機)と22人の部下が待っていた。宇垣がそれを問うと、中津留大尉は「出動可能機全機で同行する。命令が変更されないなら命令違反を承知で同行する」と答えたという。結果、宇垣をふくむ18人が帰らぬ人となった。

もうひとつは、年上の友人の父親の談(志那派遣軍)で、部隊名もつまびらかではない。南京の要塞に立てこもっていたところ、終戦の詔勅を聴くことになる。玉砕を主張する古参兵がいる中、部隊長の将校は兵たちにこう言ったという。

「お前たちは生きろ。生きて家族のもとに帰れ」「わが部隊は、ここで解散する」と。

その瞬間、それまで思考停止に陥っていた兵たちは、われ先に要塞から飛び降りた。三階建てほどの建物を要塞にしていたが、そこから無事に飛び降りていたという。どこをどう逃げ、引き揚げ船に乗ったのか、あまり記憶にないと語っていたものだ。

住民が巻き込まれる、悲惨な事件も起きている。

沖縄の久米島では、有名な住民スパイ虐殺(米軍の投稿勧告状を持ってきた住民を、海軍の守備兵がスパイ容疑で、軍事裁判抜きで処刑した事件=事件は6月以降、守備隊が米軍に投降したのは9月4日)も起きた。全島が戦場となった沖縄のみならず、満蒙開拓団のソ連軍からの逃避行も惨憺たるものだった。戦争はあらゆるものを巻き込んだのである。

あるいは生死が紙一重で死んだり、あるいは生き延びたりしたのであろう。悲劇なのかどうかも、すべては今にして言えることだ。合掌。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】 新型コロナ 安倍「無策」の理由
『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

韓国・平昌市の安倍晋三土下座像から見えてくる〈閉ざされる世界〉

◆従軍慰安婦像と土下座彫像

コロナ禍のなかで、世界が閉ざされようとしている。

水際防疫である検疫・入国禁止措置だけではない、政治的な相互鎖国が始まっているのだ。米中は「スパイの拠点」として、相互に領事館(テキサス州ヒューストン・四川省成都)の閉鎖を命じ、事実上の準交戦体制に入った。

韓国・平昌(ピョンチャン)市につくられた「永遠の贖罪」像

いっぽう、米朝対話・朝鮮南北対話は遠のき、日韓関係もまた「決定的な影響を受ける」(菅義偉官房長官)事態となっている。この「決定的な」事態を生起させようとしているのは、平昌(ピョンチャン)市の韓国自生植物園につくられた「永遠の贖罪」像である。従軍慰安婦を象徴する少女像に、ひざまずいているのが安倍晋三総理であるという。

植物園は「安倍首相が植民地支配と慰安婦問題について謝罪を避けていることを刻印し、反省を求める作品」としている。

そのいっぽうで、個人的にこれを作った園長のキム氏は、一部メディアの取材に「安倍首相を特定してつくったものではなく、謝罪する立場にある全ての男性を象徴したものだ。少女の父親である可能性もある」と話しているという。このコメントはおそらく、内外からの議論噴出・賛否の声が大きくなったことへの対応であろう。土下座像の近影をみると、どう見ても安倍総理の面影・姿勢であることは印象は否定できない。デフォルメされたものではない、きわめて写実的につくられた彫刻なのである。

◆日本政府の無策が泥沼化をまねいた

いずれにしても、冷え込んだ日韓関係がさらに深刻な状態になるのは必至だ。

というのも、この8月4日には徴用工裁判で凍結された日本企業資産が公示を終えて「現金化」されるからだ。これが実施されれば、韓国における日本企業のまともな企業活動は不可能となる。さらには軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の契約更新も控えている。

ところが、もはや泥沼と化した日韓関係にもかかわらず、日本政府は「(土下座像は)国際儀礼上、許されるものではない」(菅官房長官)とコメントするだけで、何ら手を打とうとしない。

そもそも慰安婦少女像は民間で作られたものであり、韓国政府に「国際儀礼」をもとめても始まらない。民間人の政治表現であるがゆえにこそ、特使を派遣して韓国社会に直接うったえ、日本の立場を理解させる外交上の努力が必要なのだ。外交当局・韓国政府のみならず、韓国市民との対話を通じて「日本の謝罪の真意」あるいは「日本の誠意」を表明することこそ、日本政府が責任をもって行なうのでなければならない。

にもかかわらず、安倍政権は「不快感」を表明するだけで、何ら行動を起こそうとしないのだ。元来、きわめて政治的な韓国の司法において、世論に働きかけるより他に方法はない。司法判断を文政権にせまることで、三権分立を掘り崩そうとする安倍政権の対応が滑稽に見えてしまう。

文政権になって、初めて首脳会談が行なわれたのは一昨年の5月、日中韓サミットの付随的な会談だった。50分の首脳会談ののち、ワーキングランチが約1時間、形式的な「日韓関係を未来志向で発展させていくことを確認し」たにすぎなかった。

昨年12月の会談も安倍総理の訪中のさいに行なわれた付随的なもので、わずか45分という短さだった。通訳を通しての会談であれば、実質的な会話は半分以下、それぞれが10分程度の発言となる。事前の事務方協議がある会談とはいえ、じつに無内容な会談となったのである。

しかも「日韓両国はお互いに重要な隣国同士であり、北朝鮮問題をはじめとする安全保障にかかわる問題について、日韓、日米韓の連携は極めて重要だ」「この重要な日韓関係を改善したい」(安倍総理)。これにたいして「直接会い、正直な対話を交わすことが重要だ。両国がひざを交えて知恵を出し、解決方法を早く導き出すことを望む」(文大統領)という聞こえの良い共同記者会見の中身が、継続されることはなかった。

◆不可逆的なモニュメント

2015年8月、韓国・西大門刑務所の跡地で頭を垂れる鳩山友紀夫元総理

それにしても、従軍慰安婦問題は「不可逆的に解決」したはずである。その結果、新たに完成したのは、安倍総理をかたどった「非可逆的なモニュメント」だった。

前政権を訴追ないしは殺す韓国を相手にした交渉において、そもそも「解決」など望むべくもなかったのだ。

それがたとい国際条約法上あるいは国際慣習上、不思議な事態であっても、韓国の世論が日本の謝罪をみとめないかぎり、けっして歴史観の一致はありえないのだ。

したがって、今後は金色の安倍晋三像にひたすら謝罪してもらい、足りない分は安倍総理自身が韓国の国民との対話をつうじて、その真意を理解してもらうほかない。安倍総理に「謝罪の真意」があれば、という仮定になるとしても、元総理・鳩山友紀夫氏がかつて中国、韓国において、頭を垂れたように。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日
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故郷・熊本の豪雨被害に涙する ── 新型コロナ感染と共に、この国難を乗り越えよう! 鹿砦社代表 松岡利康

熊本県民に愛されている歌に『火の国旅情』があります。1年に1度行われる関西の熊本県人会総会では最後にこの歌をうたうことが定番になっているほどです。県内の地域に因んで30数番までありますが、この中で、今回豪雨被害を受けた球磨地方と熊本市の部分を引用しておきましょう。──

「球磨のしぶきに泣きながら
古城に独り君憶う
落ち行く先は 九州の
相良さびしや霧が湧く
霧が湧くふるさとよ」
*ここの「古城」は人吉城、「相良(さがら)」は球磨郡相良村で平家の落人が住み着いたといわれる。

「風よ吹け吹け雲よ飛べ
越すに越されぬ田原坂
仰げば光る 天守閣
涙をためて ふりかえる
ふりかえる ふるさとよ」
*ここの「天守閣」は熊本城のそれ。


◎[参考動画]ばってん荒川 火の国旅情

わが故郷・熊本が未曾有の豪雨被害に遭いました。4年前の熊本地震は、熊本市を中心とする県内北部での被災でした。今回は人吉市を中心とする球磨川沿いの県内南部の被災でした。亡くなられた皆様に心より追悼申し上げ、被災された皆様方に心よりお見舞い申し上げます。

震災直後の熊本城

4年前の地震で、私の青春の象徴だった熊本城の天守閣や「武者返し」といわれる石垣が損壊いたしました。爾来こつこつと修復中ですが、4年経った今でも完遂していません。自慢するわけではありませんが、例の特別給付金10万円が振り込まれましたので、即全額熊本城修復のために寄付いたしました。もたもたしていると、こういうお金は、何に使ったかわからないうちになくなるものですから、あまり深く考えずに送金しました。

良いことを行えば、なぜか良いことがあるもので、GW前に目の疾患で手術入院した際の保険金35万円が出ました。さらに最近は、このかんの売上減少を見かねてか、在庫の書籍・雑誌を各1冊づつ(1600冊余り)を購入したいという申し出があり、失礼ながらウソかと思っていたところ、ぽんとに140万円が振り込まれ驚きました。こういうこともあるものですね。

在庫リストにない本もありましたので、実際に出版した本は、もっとあり多分2000点近くになると思いますが、今回、あらためてチェックすると、よくもこれだけ硬軟織り交ぜて出版したものだとわれながら感心した次第です。

一方、故郷・熊本では、新型コロナの影響で知人や同級生が経営していた飲食店も2つ閉店しました。残念ですが、これからも、帰郷した折には旧交を温めたいと思います。年初からのコロナ蔓延と併せ故郷・熊本の頑張りを見守りたいと思います。「がまだしなっせ」(がんばりなさいという意味の熊本弁)

同上

手前味噌で恐縮ですが、年初からのコロナ蔓延で、当社も例外ではなく売上減少に見舞われています。近くのショッピングモールの2つの書店は4月、5月とまるまる休業し売上ゼロに近いので、出版社に響かないわけはありません。書店さんや飲食業などのように直接販売ではないので90パーセント減というようなことはありませんが、書店さんの売上減少が反映し、当社もかなり売上減少していることは否定いたしません。どこの出版社もそうでしょう。さらには、本年前半期で出版社・書店で20社余りが倒産したと報告されています。『商業界』とか「おうふう」といった老舗出版社もあります。

「事業継続給付金」は月に50%以上の売上減が対象ですが、さすがに月に50%減といえば1千万円以上の減となりますので、ここまでは落ちていません。ここまで落ちて200万円もらっても夜逃げ資金ぐらいにしかなりません(苦笑)。これに対し、安易に借入するのではなく、まずは「身を切る改革」、私の役員報酬を半額にしたり、広告出広を削減したり、さらに生命保険を解約し、この返戻金を得たりし、月々の保険負担を圧縮したり……このようにして月に150万円ほど圧縮できました。まだまだ圧縮できる余地はあると思います。考えられるどのような手を使ってでも何としてもこの国難ともいうべき災厄を乗り越えようと努めています。諦めずに生き延びてさえいれば、きっと良いこともあります。

基本は、あくまでも社員ファースト、第一は社員の雇用を守ることです。それも金額を減らさず遅れずに。今のところは、それはクリアし、また印刷所、ライターさんら取引先への支払いも遅れることなく迷惑を懸けないでいけています。本年後半は不透明ですが、社員と一致団結して、この困難を乗り越えていきたく考えております。売上が減少したとはいっても、豪雨被害やコロナ感染で亡くなられたり甚大な被害を蒙られた方々に比べれば圧倒的にましです。

私や鹿砦社はこれまで、壊滅的打撃を受けた15年前の出版弾圧(2005年)、その前の阪神大震災(1995年)など、幾度となく困難に見舞われてきましたが、その都度、皆様方のご支援を賜り運良く乗り越えてまいりました。会社を再興したここ10年は、ヒットが続いた際には、高校の同級生がライフワークとして始めた島唄野外ライブ「琉球の風」はじめ志あるイベントや運動に利益を還元してきました。寺脇研さんの映画や3・11東北大震災(日本赤十字社)などにも100万円単位で寄付しました。中には還元する相手を見誤ったこともありましたが(苦笑)。今はそうもいかなくなりましたが、何卒ご容赦ください。

そのようにお金に執着しない生き方をしてきた私もそろそろリタイアーを考えないといけない歳になりましたが、こんなことをやってきましたから、建売の23坪の自宅1軒が残ったぐらいで資産も預金も残せませんでした。無計画な中小企業経営者には退職金もありません。3千万円も4千万円も退職金をもらえる公務員が羨ましくないわけではありませんが、小役人的生き方を拒否してこの仕事に入ったわけなので、まあ仕方ありませんね。今のところはまだましなほうでしょう。なにしろ15年前は地獄に落とされ、「もう終わったな」と思ったぐらいですから──。

とりとめのない話になりましたが、自分を鼓舞するために書いています。たまにはご容赦ください。ともかく今が踏ん張りどころ、「がまだす」しかありません。

訪れた、ある避難所に貼られた寄せ書き
月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日
〈原発なき社会〉をもとめて『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

侵略を脱し、自分たちの夢を追うということ ── 劇映画『世宗大王 星を追う者たち』を観て 小林蓮実

2020年6月30日、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は「香港国家安全維持法(国家安全法:国安法)」を全会一致で可決・成立。香港政府はこれを即時施行し、それと同時にようやく条文が明らかになった。中国当局による香港での統制強化が可能となり、「一国二制度」は葬られた。最高刑は終身刑だ。翌7月1日の抗議行動では370人が逮捕され、3日に1名が起訴された。亡命の動きもある。

韓国の劇映画『世宗大王 星を追う者たち』を観て、まず、これらの報道を想起した。世宗(セジョン)大王とは、「聖君」として知られる李氏朝鮮の第4代国王だ。ハングルの生みの親であったことは映画やドラマをきっかけに知っていたが、鑑賞後に調べると、本作の主人公ともいえる科学者チャン・ヨンシルとともに実際、天文台・簡儀台の設置、日時計と水時計の製作などを手がけている。

(C)2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

◆李氏朝鮮と現在の香港との共通性

なぜ香港の報道を想起したかといえば、やはり当時の宗主国である明の支配、そして長いもの=権力をもつ明にまかれようとする中央官職に就く人々が、世宗やヨンシルの敵として描かれているからだ。

もちろん実際、強大な国である中国は過去から現在にいたるまで拡大志向であり、いっぽうの朝鮮半島はアジア大陸の東端にあって侵略され続けた歴史のなか、幾度も立ち上がってきた。個人的には、現在の共和国の姿勢も、そのような歴史を抱えながら他の社会主義国が追いこまれていく様子を目の当たりにしてきたことが背景にあると考えている。結果、主体(チュチェ)思想が生まれたのではないだろうか。

話を戻せば、時代は変われど、また作品としてタイミングを意識したわけではないにせよ、この中国の属国として葛藤しながら耐え続けた朝鮮と、現在の香港の状況とが重なるように感じたというわけだ。

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◆「星を追う」名シーン

ちなみにお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、わたしは韓流ファンでもある。ドラマに始まり、映画、K-POP、バラエティーにもはまっているのだ。特に、最初に心を奪われた韓流ドラマの時代物では、下層から人柄やセンス、能力や努力によって這い上がっていくストーリーが多く、そこにはまった。

本作でも、奴婢(賤民)だったヨンシルが能力や努力を買われ、世宗と交流していくさまは、BL(ボーイズラブ)否、男2人の深い友情物語として満喫できる。ヨンシルは北極星は世宗だと言い、世宗はその脇の明るい星(四輔星:サボソンだったか)をヨンシルだと言う。星の見えない夜にも、ヨンシルは世宗に「星空」を見せる。これらのシーンはとても美しく、本作のみどころの1つといえるだろう。ただし、ラストシーンは、思い入れをもって観るほどに、複雑な心境となるかもしれない。だが実は、ここにもまた史実の一片が含まれていることを、鑑賞後に調べて知った。

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韓流映画やドラマのファンとしては、やはりスタッフや俳優陣のチェックも楽しみとなる。『世宗大王 星を追う者たち』の監督であるホ・ジノは『八月のクリスマス』『四月の雪』や最近Abema TV でも時々放送されている『オガムド 五感度』などを手がけている。世宗役のハン・ソッキュは、映画なら同じく『八月のクリスマス』やあの『シュリ』など、ドラマでは実は『根の深い木 世宗大王の誓い』でも世宗を演じていたのだが、『根の深い木』も大変興味深い作品なので、ぜひご覧いただきたい。ヨンシル役のチェ・ミンシクも映画では『シュリ』『オールドボーイ』『バトル・オーシャン 海上決戦』などの出演するほか、ドラマでも活躍している。もちろん脇役にも、見た顔がちらほら。そんなチェックも楽しみたい。

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◆ともに夢を見る者の間に育まれた友情

さて、侵略に話を戻す。日常でも人は、他人を味方につけ、敵でないと安心したいものかもしれない。しかし、侵略には限りがなく、現代においては多くの国家においては基本的に否定されている。ところが、武力・財力など、さまざまな武器を用い、いろいろな侵略をおこなっているのだろう。それに対抗するにはどうすればよいかという話の先に9条の議論もあるのかもしれない。

しかし少なくとも、壁と卵なら壁の側が武力を行使してはならず、また卵であるところの現場に生きる1人ひとりの市民・民衆の声に耳を傾けねばならないだろう。その点で、世宗は民が学べるようにと独自の文字を編み出したように、香港の民主化・独立を求める大きなうねりをつぶしてはならず、中国は香港の市民の声を聞かねばならない。香港には知人の活動家もいて心配であり、これは国内での思想の左右を問わない問題であるように思われる。

『世宗大王 星を追う者たち』を観て改めて、夢をともに追い求める人間の姿やその間にある愛情をぜひ感じてほしい。そして、あなたにも「星」を追い続けてほしいと思う。


◎[参考動画]映画『世宗大王 星を追う者たち』日本版予告(株式会社ハーク)

2020年9月4日シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
監督:ホ・ジノ 出演:ハン・ソッキュ、チェ・ミンシク、シン・グ、キム・ホンパ、ホ・ジュノ、キム・テウ
【2019年/韓国/韓国語/133分/スコープサイズ】 英題:Forbidden Dream 配給:ハーク
公式HP: http://hark3.com/sejong/

▼小林 蓮実(こばやし はすみ)
フリーライター、アクティビスト。映画ファン、韓流ファンでもあり、ソウル訪問のほか訪朝も3回。『現代用語の基礎知識 増刊NEWS版』に「従軍慰安婦問題」「嫌韓と親韓」、雑誌『neoneo」No.08に「朝鮮を外から描くドキュメンタリーが抱える妄念」、ここ『デジタル鹿砦社通信』に「闘う姿に胸を打たれ、自らの闘いを問われる2作品 ── チェ・スンホ監督『共犯者たち』『スパイネーション/自白』」などを寄稿。

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