国民的批判を浴びた検察庁法改正案が今国会での成立が見送られるまでの一連の騒動では、法案に反対の声をあげた元検事総長の松尾邦弘氏ら検察OB14人がヒーロー扱いされる「異常事態」が起きた。筆者はこの件について、当欄で繰り返し問題性を指摘してきたが、今回は大企業2社の不祥事の実例に基づき、くだんの検察OBたちがヒーロー扱いされる危うさを改めて指摘しておきたい。

◆なぜ、東芝、関電に捜査のメスが入らないのか

くだんの検察OBたちは法務省に提出した意見書(※朝日新聞デジタルに全文が掲載されている)において、検察が「政財界の不正事犯」を捜査対象にしていることを根拠に、検察への内閣の介入を許す恐れがある法案への反対意見を述べた。次の一文には、そんな彼らの熱い思いがほとばしっている。

〈時の政権の圧力によって起訴に値する事件が不起訴とされたり、起訴に値しないような事件が起訴されるような事態が発生するようなことがあれば日本の刑事司法は適正公平という基本理念を失って崩壊することになりかねない〉

これは正論と言えば、正論だ。だが、この正論に基づいて批判されるべきは、安倍政権だけではない。他ならぬ検察もこの正論によって批判されるべき存在だ。なぜなら、検察は時の政権の圧力を受けるまでもなく、起訴に値する事件を不起訴としたり、起訴に値しないような事件を起訴するような事態を頻発させているからだ。

近年では、東芝と関西電力の事件で実際にそういうことが起きている。

まず、東芝の事件。2015年に証券取引等監視委員会の立入調査により発覚した同社の粉飾決算は、総額が実に2000億円超に及んだ。不正発覚時の経営陣は揃って引責辞任に追い込まれ、粉飾決算が行なわれた間の社長3人、最高財務責任者2人は東芝や株主たちから損害賠償請求訴訟を起こされている。しかし、これほどの大事件を起こした東芝に対し、なぜか検察は捜査のメスを入れていない。

続いて、関西電力の事件。原発が立地する福井県高浜町の助役だった森山栄治氏(昨年3月に死去。享年90)から同社の役員ら75人が総額約3億6000万円相当の金品を受領していたとされる事件は、昨年9月、共同通信のスクープで表面化した。同社が森山氏の要求に応じ、工事を発注した事例があり、金品を受領した役員らは特別背任や総収賄などの罪で捜査されて当然の事件だ。しかし現時点で、検察はこの事件も本格的に捜査しようとする気配がない。

一体、検察はなぜ、この2社の事件に捜査のメスを入れないのか。事実関係を調べると、背景に「邪な事情」があることを疑わざるをえない。この2社は事件の発覚前から現在に至るまで大物検察OBの天下りを受け入れ続けているからだ。

◆東芝、関西電力に続々と天下る検察OBたち

まず、東芝。粉飾決算が発覚する14年前の2001年から2004年まで同社で社外監査役、社外取締役を歴任した筧栄一氏は、元検事総長だ。さらにこの筧氏の後任で、2004年から2009年まで社外取締役を務めた清水湛氏は、元最高検検事である。

そして東芝は2015年に粉飾決算が発覚すると、「特別調査委員会」を設置したのだが、元大阪高検検事長の北田幹直氏が同会の委員として名を連ねている。さらに同会の調査では真相解明が進まず、東芝は次に「第三者委員会」を設置したのだが、その委員長を務めたのは元東京高検検事長の上田廣一氏だ。大物検察OBが役員に名を連ねた大企業で粉飾決算が発覚したのをうけ、その調査を任せられたのも別の大物検察OBたちだというわけだ。

さらに東芝は粉飾決算発覚後、新たに社外取締役として、元最高検次長検事の古田佑紀氏を迎え入れている。大物検察OBが役員に名を連ねながら重大な不正が行われたにも関わらず、それ以後も東芝では検察OBたちが利権を拡大させていたわけだ。こうした事実が揃う中、東芝の粉飾決算が事件化されないのでは、検察の公正さが疑われても仕方ない。

東芝の粉飾決算発覚後、社外取締役についた古田氏(東芝ホームページより)

一方、関西電力はどうか。

昨年6月に退任するまで同社で長く社外監査役を務めた土肥孝治氏は、「関西検察のドン」との異名を持つ元検事総長だ。そしてその後任として同社の社外監査役についたのは、元大阪高検検事長の佐々木茂夫氏だ。この2人の社外監査役の交代があった時点で、社内ではすでに役員らの金品受領事件が発覚していたので、この人事はそれと無関係ではないだろう。

しかも、この事件は社内の調査委員会の調べにより発覚しているのだが、その委員長を務めた小林敬氏は、大阪地検の特捜部がフロッピーディスク改ざん事件を起こした時の検事正だ。小林氏は役員らの不正を知りながら、公表するなどの措置を講じていなかったわけだ。

関西電力の役員らの不正発覚後、社外監査役についた佐々木氏(2019関西電力グループレポート)

さらに共同通信のスクープでこの不正が表面化すると、関西電力は「第三者委員会」を設置して真相解明にあたったが、その委員長を務めた但木敬一氏も元検事総長だ。そして事件発覚後、土肥氏から社外監査役の地位を引き継いだ佐々木氏は、この6月の株主総会で社外取締役に選任される見通しだ。大物検察OBが監査役を務めながら役員らが重大な不正に手を染めたのに、また新たに別の大物検察OBたちの天下りを受け入れ、刑事責任を追及されずじまい……、関電も東芝とまったく同じ道をたどっているわけだ。

こうした事実関係からすると、検察は「大企業を食い物にする組織」だとみなされても仕方ないだろう。そんな検察のOBたちをヒーロー扱いしていたら、彼らは調子にのり、東芝や関西電力の事件で起こしたのと同じようなおかしなことを今後も続発させることだろう。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

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原発事故以降、福島県が行っている「県民健康調査」。甲状腺検査ばかりに目が向きがちだが、調査のひとつに「こころの健康度・生活習慣に関する調査」がある。福島県内の市町村のうち広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村、南相馬市、田村市、川俣町、伊達市のうち特定避難勧奨地点に指定された区域に2011年3月11日時点で住民登録をしていた約20万人を対象に続けられている調査(調査票に記入する方式)で、設問の中に「放射線の健康影響」や「放射線の次世代影響」(遺伝的影響)もある。今回は、依然として根強い被曝リスクに対する不安に着目したい。

5月25日午後に福島市内のホテルで開かれた第38回県民健康調査検討委員会。新型コロナウイルス感染拡大防止の一環としてweb会議形式(委員は全員リモート参加)で行われたが、席上、2018年度「こころの健康度・生活習慣に関する調査」の結果も報告された。

web会議形式で行われた第38回県民健康調査検討委員会。議題は甲状腺検査にとどまらない

配布資料によると、自身や津波、原発事故の被災で生じた「トラウマ反応」に関する設問では、支援が必要と判断された人の割合は9.7%だった。2011年度の21.6%と比べると半減しているが、ここ3年は横ばい。依然として10人に1人は地震や津波、原発事故によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性がある事が分かった。

また、「放射線の健康影響」については、「可能性は極めて低い」と「可能性は低い」が合わせて66.4%に達した(2011年度は51.9%)。一方で「可能性は高い」と「可能性は非常に高い」の合計は33.5%で2011年度の48.1%と比べると減ったが、依然として3人に1人が被曝による健康影響を心配している事が分かる。

「放射線の次世代影響」(遺伝的影響)を懸念する回答も2011年度の60.2%より減って36.0%だったが、こちらも下げ止まり。依然として不安が少なくない。自身の放射線被曝が子や孫に遺伝して悪影響を及ぼすのではないか──。事故発生から9年が経過しても3人に1人が遺伝的影響への不安を抱いているというデータは非常に重い。「中通りに生きる会」が東電を相手に起こした損害賠償請求訴訟でも、この点に触れた原告が複数いた。しかし、国も福島県も遺伝的影響を否定するばかりで不安に寄り添わない。

「こころの健康度・生活習慣に関する調査」では、原発事故による被曝の健康影響や遺伝的影響について、依然として3人に1人が不安視している事が分かる

高村昇委員(長崎大学・原爆後障害医療研究所教授)は、一貫して放射線被曝の遺伝的影響を否定している。

今年2月の第37回会合でも「前もたしか申し上げた記憶があるんですけれども、例えば母子健康手帳の中に情報を入れていくであるとか、そういったものを含めた情報発信というものも今後お願いできればというふうに思います」と発言。不安払しょくを促していた。今回、筆者は記者会見で高村委員に認識を質したが、答えはやはり全否定だった。

「例えば広島であるとか長崎の原爆被爆者の二世調査ですね。こういったもの。あるいはチェルノブイリもそうですし、ガン治療で放射線治療をなさった方。いろいろな人における遺伝的調査というのは行われていますけれども、これまでのところですね、そういう意味では放射線の遺伝的影響は証明されていない。これは現時点での科学的な重要な知見だというふうに思います」

「さらに言えば、福島県における外部被曝線量を考えるとですね、福島において遺伝的影響が起こり得るか。私は考えにくいだろうと、これまでの科学的知見から考えても言えるのではないかというふうに私は思います。前回会合で母子手帳の話をしましたけれども、そういったこれまでの知見をふまえた説明をこれからもきちんと継続してする事が必要ではないかと考えております」

ちなみに、高村氏は7月にもオープンするアーカイブ施設「東日本大震災・原子力災害伝承館」の初代館長に就任した。「リスクコミュニケーション」の重要性を説き、遺伝的影響を含めた被曝リスクを全否定する人物が原発事故を後世に伝える施設の初代館長に就任するあたりに、福島県の被曝リスクへの向き合い方が表れている。

一方、遺伝的影響が生じる可能性を無視してはいけないという意見もある。

内科医として2011年4月から毎月のように福島に通い、診療や健康相談を続けている振津かつみさん(チェルノブイリ・ヒバクシャ教援関西)もその1人。2018年2月に福島市内で開かれた 「飯舘村放射能エコロジー研究会」 の第9回シンポジウム「原発事故から7年、不条理と闘い生きる思いを語る」にパネリストとして参加。福島県だけでなく周辺自治体も含めた「被曝者健康手帳」の必要性を強調した上で、次のように語っている。

「放射線被曝の遺伝的影響は、マウスなどの動物実験では証明されています。差別につながるとの指摘もあって非常にデリケートな問題ですが、ヒトでも次の世代への影響が起こり得ると考えて対策を講じていくという姿勢が被害の拡大を防ぐことであり、本当の意味で被害者の人権を守ることにつながるのです。科学というのはそういうものだと思います」

振津さんは、2019年7月に行われた原水爆禁止世界大会の福島大会でも「原発事故が起きた途端に『大した事は無かった』という動きが始まりましたが、原発事故から10年になるのを前に、被災者に必要な生活再建支援を打ち切り、切り捨てていく姿勢が強まっています。どうはね返していくかが問われています」と発言。放射線被曝の健康影響について、「人権」の側面からこう語った。

「国策で進められてきた原発の事故で被曝で強いられました。日本の法律では、一般公衆の年間被曝線量限度は1mSvです。福島県中通りでも、少なくとも2011年1年間だけで大半の人が1mSvを超えています。明らかに法律に違反した人権侵害です。ただちに健康上の問題は無いかもしれませんが、リスクを負ったという事なのです」

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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原発が立地し、その原発の爆発事故で大きな痛手を負った福島県自ら、東京に避難した県民を追い出すための訴訟を起こすという異常事態。筆者は、福島県の情報公開制度を利用して、3月25日付で福島地方裁判所に提出された訴状(開示が決定された時点で被告が受け取っていた1人分)を入手した。5月にも予定されている第1回口頭弁論期日を前に、改めて県の主張と問題点を整理しておきたい。

A4判にして、わずか7ページ。これが、政府の避難指示が出されなかった区域からの原発避難者(俗に言う〝自主避難者〟)を国家公務員宿舎「東雲住宅」(東京都江東区)から追い出す訴状だった。

「請求の趣旨」も至極単純。①建物を明け渡せ、②駐車場を明け渡せ、③退去までの家賃を支払え、④訴訟費用は避難者が負担しろ──。この4点。訴状には堅苦しい言葉が並んでいるが、要するに「早く国家公務員宿舎から出て行け」、「出て行くまでの家賃は耳を揃えて払え」、「こんな裁判を起こす原因をつくったのは退去に応じない避難者なのだから、費用も負担しろ」というわけだ。

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

「請求の原因」では、福島県側から見たこれまでの経緯と、福島県から見た「損害」が約3ページにわたって書かれている。福島県の言い分はこうだ。

国家公務員宿舎「東雲住宅」は、東京都が所有者である国から使用許可を受け、原発避難者である被告に、駐車場も含めて応急仮設住宅として無償提供された。

2017年3月31日で避難指示区域外からの避難者に対する応急仮設住宅としての無償提供が終了。本来であれば避難者は使用する権利を失ったが、その時点で新しい住まいが確保出来ていない(新しい住まいの見通しが立っていない)避難者に関しては、原告・福島県が国から一定の条件で使用許可を受けた上で、避難者との間で賃貸借契約(いわゆる「セーフティネット使用契約」)を締結する事で新たな住まいが見つかるまでの住まいとして(最長で2年間、有償)引き続き住む事を認めた。

この際の意向調査で被告は、「セーフティネット使用契約」の申し込みをしたにもかかわらず契約書の調印を拒否。原告・福島県は契約の締結などを求めて東京簡易裁判所に民事調停を申し立てたものの、調停は不成立に終わった。原告・福島県は被告・避難者に対して部屋や駐車場の明け渡しと2017年4月1日以降の家賃支払いを求めているが、有償での入居についても2019年3月31日で既に権利を失っているにもかかわらず被告・避難者は退去せず、国家公務員宿舎の部屋と駐車場を占有し続けている。

被告・避難者が退去に応じず住み続けているため、原告・福島県は国に対して使用許可に基づく使用料を支払っている。訴状では、原告・福島県が立て替えている「損害」について、2017年4月1日から2018年3月31日まで、2018年4月1日から2019年3月31日まで、そして2019年4月1日から現在までの3つに分けて示しているが、開示された文書では黒塗りになって伏せられている。請求額は数百万円に上るとみられ、金利を含めた支払いを原告・福島県は求めているのだ。

訴状には、数十ページに及ぶ附属書類が添付されており、昨年9月の福島県議会に提出された議案や「国家公務員宿舎セーフティネット使用貸付に関する要綱」(2017年2月21日付)、当該避難者が記入したとされる「住まいに関する意向調査」(2017年1月20日付)、「国家公務員宿舎セーフティネット使用申請書」(2017年3月5日付)などが揃えられている。「契約で定められた期限までに退去します」と書かれた誓約書や、昨年8月20日付で送付された明け渡し請求書(提訴予告)も添えられた。

訴状だけを読めば、被告となってしまった避難者について「ルールを守らず居座るわがまま者」と考えてしまうだろう。「実際、多くの避難者は家賃も支払って退去しているではないか」と言う人もいるだろう。

しかし、考えてみて欲しい。そもそも「原発事故など起こらない」と言われていた事故が起きた。ずっと〝安全神話〟に寄りかかっていたから備えなど出来ているはずも無く、国も福島県も市町村も混乱を極めた。避難指示は単純に福島第一原発からの距離で同心円状に出され、いわき市や中通りは避難指示の対象区域とならなかった。

放射性物質は避難指示の有無などお構いなしに降り注いだ。福島市や郡山市の空間線量は10μSv/hを軽々と超えた。わが子の被曝リスクを心配した多くの親が動いたが、原発事故避難に関する法律など無い。無理矢理、災害救助法を適用して支援は住宅無償提供ぐらいしか無く、それも入居先を選んでいる余裕など無かった。結果として国家公務員宿舎に入居した人だけがなぜ、わがまま者扱いをされなければいけないのか。

しかも、福島県はずっと「提訴先を東京地裁にするか福島地裁にするかは決まっていない」と説明していた。しかし、訴状が提出されたのは福島地裁。いくら弁論期日には弁護士が代理人として裁判所に向かう事になるとしても、経済的に苦しんでいる避難者に交通費を工面してでも福島まで来いと言う福島県には、本当に血も涙も無い。

避難者も支援者も「追い出すな」の声をあげ続けて来たが、とうとう福島県が追い出し訴訟を起こした

3月27日午後に福島県庁会議室で行われた緊急要請。「福島原発事故被害者団体連絡会」(ひだんれん)と「『避難の権利』を求める全国避難者の会」の2団体が次の4項目について県に求めた。

① 国家公務員宿舎入居者に対する「2倍家賃請求」を止めること
② 国家公務員宿舎入居者に対する立ち退き提訴を止めること
③ 帰還困難区域からの避難者の住宅提供打ち切り通告を撤回し、すべての避難当事者の意向と生活実態に添った住宅確保を保障すること
④ 新型コロナウイルスによる経済状況が改善するまで避難者への立ち退き要求や未退去者への損害金請求を行わないよう、民間賃貸住宅の家主や避難先自治体に対し要請すること

これまで何回も話し合いの場が持たれ、申し入れも行われたが、福島県の意思は変わらなかった

「避難の協同センター」世話人の熊本美彌子さん(福島県田村市から都内に避難継続中)は席上、「非正規で働いている避難者は雇い止めや収入減に直面しているのに、福島県から2倍の家賃を請求され続けている。避難者に寄り添うどころか窮状をさらに深めている」と県職員に訴えた。記者会見では「なぜ東京地裁でなく福島地裁に提訴したのか。避難者は交通費をねん出するのも難しいのに…」と県の姿勢を批判した。

被告となってしまった避難者が出廷のために東京~福島を新幹線で往復すると2万円近くかかる。「お前たちのせいで裁判沙汰になったのだから、そのくらい負担しろ」。それが「最後の1人まで寄り添う」内堀県政の本音なのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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ジャズピアニストの河野康弘さん(66歳)と出会ったのは、震災から4年目。2015年10月にTwitterの私のアカウントに「地球ハーモニー」という知らない方からリプが届いた。アカウント「地球ハーモニー」を主宰する河野さんは、矢沢永吉さんのバックバンドや中村雅俊さんの伴奏などを務めたのち、1983年ジャズピアニストとしてアルバムを発表してきた方と知った。また2011年3月11日の震災と原発事故後、東京から京都に移住してきたことも知り、その後、私たちが主催する講演会などで演奏していただいたりしてきた。(聞き手=尾崎美代子)

◆そのとき音楽があったら、共感の輪が広がります

河野康弘さん

── 河野さんは事故当時は東京でしたね?

河野 はい。JR中央線国立駅近くの自宅に家族と一緒にいました。かなり大きく揺れたので首都圏壊滅と思いました。それまで演奏の旅先で芸予地震、薩摩地震、中越地震に会いましたが、それ以上の揺れでした。テレビで震源地が東北、津波の映像を見て驚いたが、まだ原発のことまでは考えていませんでした。

── 河野さんは91年の湾岸戦争をきっかけに平和と環境問題をテーマに活動するようになったそうですが?原発を考えるきっかけもそのころからですか?

河野 湾岸戦争に日本が参加し残念だったので、平和・環境コンサートを始めました。平和・環境運動が「特定な人」だけの活動のように感じたので、音楽で広範な人が考えるきっかけを作っていきたいと思いました。ダム反対でも、「反対! 反対!」だけでは前に進まない。そのとき音楽があったら、共感の輪が広がります。

演奏活動で福井県敦賀市、福島県田村市に演奏に行った時、周辺に白血病などの病気が増えた話を聞きました。また静岡県牧之原市では神奈川県に住んでいた青年が浜岡原発に就職。息子さんが最新のエネルギーシステムでの仕事を誇りにしてたので御両親も浜岡に移住。移住してから息子の体調が悪くなり、とうとう亡くなりました。原因は原発作業での被ばくだったのです。そんな現実を知り原発は無くしたいと思いました。

◆2011年4月、南相馬の避難所では、匂いもしないし、食事も美味しい。放射能の事がピンとこなかった……

── 福島第一原発が気になりだしたのはいつ頃からですか?

河野 津波が福一を襲い全電源停止になった時です。

── 福島の危険性について考えたのはいつからですか?

河野 葛飾区の浄水場や静岡のお茶からセシウムが検出された頃です。チェルノブイリと同じなのか? もっと酷い状況になるのか?

4月下旬に福島の避難所が落ち着いてきたから、心のケアがして欲しいと演奏を頼まれ、事故後初めて福島へ行きました。福島市で友人に会い、市内から車で飯舘村を通って、南相馬の避難所に行きましたが匂いもしないし、食事も美味しい。放射能の事がピンとこなかった。

連れ合いが心配して「福島へは行かないほうがいいんじゃない」と言い始めたのですが、呼ばれたら行かないわけには行かない、と悩み簡易ガイガーカウンターを購入し、福島へ行った時に放射線量を測りました。高いところでは0.7マイクロシーベルトもあり福島での被ばくを実感しました。 

◆2012年2月、37年住んでいた東京を離れ、家族4人で京都へ移住

── 東京の生活はどうでしたか?

河野 連れ合いの体調が悪くなり下痢がずっと続き被ばくが原因では、と思い始めました。本やネットでいろいろ調べ内部被ばくの事を知り、食べ物を西日本、北海道の物に限定。近くのスーパーでは、あまり置いていないので電車に乗って買いに行き、西日本・北海道へ演奏旅行に行った時は現地の食材を家に送りました。

3月21日、金町浄水場からセシウムが検出された時は鹿児島県霧島市にいて水を送ろうと大きなスーパーに行きましたが、まったく無くなかったので山の中の水の販売所に行き買って送りました。

水、食べ物はどうにかなるが、空気だけはどうしようもない。今のコロナと一緒。目に見えない、匂いもしないから。東京には沢山の放射能が降り積もったので無くなる事はありませんのでリスクを減らすには移住をしなければ、と考えました。
 ネットで西日本を沖縄まで探し京都の嵐山に良い部屋が見つかり、2012年2月に家族4人(私、連れ合い、息子、義母)で移住しました。東京に37年住んでいたので移住することを知り合いの皆さんに伝えたら、ビックリされました。

── そうですね。小さい子どももいるわけでもないしね。

河野 被ばくの影響が出るのは子どもだけではないんですよね。チェルノブイリでも、最初に亡くなったのはお年寄り。全員に影響があります。

── 京都に来てから変化はありましたか?

河野 連れ合いは体調が良くなりました。あと実は、セキセイインコも連れてきたのです。2001年に飼ったから10年目でしたが、事故後元気がなくなり、止まり木にも上がらなくなりました。ところが京都に来たら、いきなり元気になって止まり木にも上がるようになり驚きました。小さな動物は影響が大きんですね。

── その後、京都、関西のいろんな活動に関わっていったのですね?

河野 はい、いろんな団体から連絡がきたり呼ばれたり、こっちから「一緒にやりませんか?」と声をかけたり……。

── 私に連絡あったのもその頃ですかね? 

河野 確か、堺市に避難してきた現代美術家と「原発ゼロ」写真展&ライブをやりたいと思ったときかな?

河野康弘さん

◆福島だけでなく、首都圏も同じ

── そうでしたかね? ところで河野さんはその後福島へは?

河野 京都へ来てからも福島に行っていましたが、あることがあって、それから行っていません。

2014年に、福島から京都に避難している知り合いからメールがきました。「福島を忘れないでください。でも福島には来ないでください。福島のものを食べないでください」と書いてありました。福島に行くと福島は安全だから福島の子どもたちは避難できない。福島の食材を食べると福島の子どもたちは福島の物を食べなければいけなくなり内部被ばくする。福島だけでなく首都圏も同じ。なのでそれ以降、福島、首都圏へは行かないことに決めました。私の「意思表示」です。医師の三田茂医師も東京都小平市から岡山市に移住し首都圏の被ばく状況、危険性を訴えてくださっています。

── 一方で日本の反原発運動の中では時間が経つにつれ、被ばくの問題への関心が薄れていってる気がしますが?

河野 それは原爆が落とされた時の爆発の被害だけに目を囚われすぎ、その後に続いた被ばくの被害を問題にしてこなかったからです。ビキニ環礁の核実験の問題でも、第五福竜丸だけが取りざたされましたが、あの周辺には約1000漕の日本の船がいたんです。でも漁師の人たちは知らされなかったり、魚が売れなくなるから「被ばく」した事を言わないようにしていました。そして「核の平和利用」と言って原発を作り毎日、放射能が放出され全国の人が被ばく者になり4人に一人がガンになりました。福一事故後は2人に1人がガン。ガンの原因は被ばくが大きな要因になっています。

私は原爆の事を考えていただきたく’97年から被ばくピアノコンサートを始めました。その時は被ばくの事をあまり知らなかったのですが、福一事故後の情報収集で自分も被ばく者である事に気づきました。そして日本のすべてのピアノは被ばくピアノだったのです。そこで2011年7月に浜岡原発の近く牧之原市で現地のピアノを使った「被ばくピアノコンサート」をしました。京都に来てからは毎月「HIBAKU PIANO LIVE」をしています。被ばく情報資料をカバンに入れてあり興味を持ってくださった方にはお知らせしています。

被ばくの問題を皆さまに知っていただきたい。被ばくで福島の人を差別するのでは無く福島の人たちを守っていく為です。このままでは広島がそうであったように、福島が人体実験の場にされてしまいます。

── 今後も一緒にやっていきましょう。ありがとうございました。


◎[参考動画]河野康弘コンサート05052012 My Favorite Things”

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

「10・12水害」で50万トンを上回る災害廃棄物が生じた福島県。本宮市で生じた災害廃棄物で600Bq/kgを超えたために県外搬出が見送られていた事、新潟県五泉市での焼却処理のために運び出された廃棄物の測定結果も含めて県民に広く周知されていない事については「民の声新聞」2月16日号(リンク)で報じた。

その後も、少なからず汚染されている災害廃棄物が100Bq/kgを下回っているという理由で新潟県へ搬出され続けている事が、改めて情報公開制度で入手した文書で分かった。

◆受け入れ先自治体との調整が行われているものの結果が黒塗りされた開示文書

今月3日付で開示されたのは、2月と同じ「県外搬出調整中の市町村における災害廃棄物の放射能測定結果一覧」。

2月12日に開示された際には昨年12月に測定した本宮市内の2か所の仮置き場での測定結果のみが示され、開示時点で「受け入れ先との調整が進行中」(福島県一般廃棄物課)のものに関しては黒塗りになっていた。

今回は、それに加えて石川郡石川町(昨年12月2日測定)と伊達市(今年2月18日測定)に仮置きされた災害廃棄物の測定結果が開示された。今回も、受け入れ先自治体との調整が行われているものの結果は黒塗りされた。

福島県から開示された放射能測定結果一覧。県民には公開されていない

開示文書によると、石川町総合運動公園「クリスタルパーク」に仮置きされた災害廃棄物では、「紙くず」が最高で36・3Bq/kg、「木くず」は最高で27・1Bq/kgだった。

これらのうち90トンが3月11日から3月末まで、車で新潟県三条市の「清掃センター」に運ばれ、燃やされた。

また、伊達市「やながわ希望の森公園」の災害廃棄物は、「紙くず」で最高67・6Bq/kg、「木くず」では最高で23・0Bq/kg。このうち70トンが新潟県新発田市の「新発田広域クリーンセンター」で既に燃やされている(測定値は、いずれも放射性セシウム134、137の合算)。

◆「なぜそんな事を尋ねられるのか分からない」と当惑した口調の新潟県三条市環境課

福島県一般廃棄物課の担当者によると、災害廃棄物を県外で燃やすために搬出する場合、「目安」として「100Bq/kg」という基準を自主的に設けているという。「東日本大震災以降、他県も100Bq/kgを県外搬出の目安としていると聞いています。原子炉等規制法に基づくクリアランスレベルも参考にしていますが、あくまで『目安』です」(担当者)。今回の測定結果はいずれも100Bq/kgを下回るため、「問題無し」と判断されて新潟県で燃やされた。しかし、県外処理の具体的な中身や放射能測定結果も福島県は記者クラブには〝投げ込み〟するものの、ホームページなどでは周知していない。

それは受け入れ側でも同じ。新潟県三条市環境課に電話取材すると、「お互い様だから、困った時に災害廃棄物を受け入れるのは当たり前です。今回は石川町とまず3月末までの受け入れについて金額も含めて契約を交わし、4月以降も来年3月末まで受け入れる契約を再度、交わしました。災害廃棄物ですし、安全上問題は無いので、特に市民への周知も記者発表も行っていません」と担当者は答えた。

担当者は、明らかに「なぜそんな事を尋ねられるのか分からない」と当惑した口調だった。筆者が「せめて市民に周知する必要はあるのではないか」と何度も口にすると「検討させていただきます」と言って電話を切った。

水害で生じた災害廃棄物が仮置きされている「本宮運動公園」。量はかなり減ったが、背景には県外も含めて燃やしている現実もある

◆福島県の〝焼却主義〟に警鐘を鳴らす「ちくりん舎」

新潟だけでは無い。県外に運び出すものについては福島県が放射能測定するが、県内で処理されるものは測定すらされずに焼却炉で燃やされる。なぜ測らないのか。福島県の担当者は、こう説明する。

「水害に伴って生じた〝生活ごみ〟ですので、日ごろ福島県内で燃やされている一般ごみと(放射能汚染という意味では)何ら変わりません。少しずつ始まった家屋解体の廃棄物も同じです。県外に持ち出すからといって、本来は測る必要は無いのかもしれません。ただ、受け入れてくれる側(今回であれば新潟県の市や組合)から求められた時に備えて、搬出する側として自主的に測っているのです」

むしろ、福島県にとどまらず、広く測定を続けるべきなのではないか。そして、焼却前提での処理を続けて良いのだろうか。

放射能測定などを通じて原発事故後の福島をウォッチし続けている「NPO法人市民放射能監視センター・ちくりん舎」副理事長の青木一政さんは「焼却せず、コンクリートで囲まれたごみ処分場などで保管するしかありません。設置場所など実現に大変な問題があることは分かりますがこれが原発事故の現実です」と、福島県の〝焼却主義〟に警鐘を鳴らしている。

「汚染された廃棄物を焼却炉で燃やすと、排ガスとして出てくる細かい灰の粒子(飛灰)の放射性セシウムは、約200倍濃縮されることが一般的に知られています。県外搬出が見送られた192~662Bq/kgで単純計算すると、3万8400~13万2000Bq/kgと高濃度に濃縮されるのです。焼却炉にはバグフィルターが付いているので大丈夫だと言われますが、それでは粒径1ミクロン以下の微粒子を補足する事は出来ません。フィルターをすり抜けて焼却炉周辺に飛散する事が、私たちの『リネン吸着法』での測定でも明らかになっています。直近の私たちの調査では、リネン吸着法で捕捉した微粒子はほとんどが水に溶けない事も分かりました」

福島県は、原発事故後に環境省が設置した仮設焼却炉も使って処理する方針。市民団体からは「燃やさずコンクリートで囲まれた処分場で保管するべき」との声もあがっている(福島県の「災害廃棄物処理実行計画」より)

不溶性放射性微粒子については、「子ども脱被ばく裁判」で証人尋問を受けた河野益近さん(京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻の元教務職員)が「呼吸で肺に取り込んだ場合、体外に排出されにくく、長期間にわたって沈着する。しかも内部被曝の評価方法が確立されていない」などと危険性を訴えた。

青木さんも「災害ごみとはいえ、ほとんどのごみには残念ながらセシウムが含まれています。焼却灰を食べるわけではないから100Bq/kg以下ぐらいであれば問題ない、というのは大きな間違いです。焼却炉の煙突から漏れてくる放射能を含んだ細かい粒子を吸い込むことは危険です」と語る。

「新型コロナウイルスの感染拡大で、政府は経済と国民の生命を天秤にかけて大胆な拡大防止策を講じることを躊躇していますが、放射能ごみ問題も全く同じです。多くの人が声をあげることでしか政府の経済優先・人命軽視の政策を変える事は出来ません」と青木さん。しかし、福島県は水害で生じた災害廃棄物の焼却を続けている。しかも、原発事故後に環境省が県内に設置した仮設焼却炉も使い始めた。マスクで防護する必要があるのは、新型コロナウイルスだけでは無さそうだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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いまだ終息が見通せない新型コロナウイルスの感染拡大。39人の陽性者が確認されている福島県で、多くの人が口にする言葉がある。

「あの時と似ている」

あの時、とは未曽有の大震災と大津波、原発事故が起きた2011年の事だ。誰もが思い出す9年前。しかし、良く話を聴くと相違点も見えてくる。何が似ていて何が似ていないのか。

原発事故で放射性物質が拡散されて来年で10年。福島の保護者たちは、再び〝見えない敵〟からわが子を守らなければならなくなった(福島県立博物館で撮影)

◆原発事故でまき散らされた放射性物質と同じだね……

福島駅近くのラーメン店。日曜の昼下がりだというのに店内は閑散としていた。男性店主は店先で日向ぼっこをしている。周囲の居酒屋やカラオケ店は軒並み、休業中。店主は苦笑いを浮かべながら話した。

「福島は車社会だから、日曜日だからと言っても、もともと決して人通りが多いわけじゃ無い。でも、今はさらに人が歩いていなくてガラガラ。売り上げ? 4分の1に減ってしまったよ。緊急事態宣言が出されてから一気に人通りが減ったね」

男性店主は言う。「目に見えない物への恐ろしさという意味では原発事故でまき散らされた放射性物質と同じだね。でも、今回の方がより恐ろしい気がするなあ。放射線はすぐに健康状態に変化は現れないけれど、コロナは命にかかわるからね。有名人も亡くなったし……」

◆今年の高校1年生たちは、2011年に卒園式や入学式が出来なかった世代

県立高校の入学式が行われた今月8日、中通りのある高校では、新入生の母親が複雑な表情を浮かべていた。

「難しいですよね。今を大事にするべきかどうか……。学校に行かれないのはかわいそうだなという気もするし、通学する事で拡がってしまってはいけないし。もっと単純な事を言えば、娘が家で毎日ぐうたらしているのもどうかという想いもあります」

実は、今年の高校1年生たちは、2011年に卒園式や入学式が出来なかった世代。「だから余計に、高校の入学式くらいは予定通りにさせてあげたかったという想いがあるんですよ」と母親は言った。

「子どもによっては卒園式が無くなってしまったりしましたからね。うちの子は日程をずらしてやってもらいましたけど。まさか9年経ってこういう事になるなんて考えもしませんでした」。

◆「再び選択を迫られている親」のいら立ち

そして、あの時の「選択」に想いを馳せた。表情も口調も、それまでより一段と険しくなった。そこには「再び選択を迫られている親」のいら立ちのようなものが表れていた。

「逃げるのか残るのか。私たちは原発事故後に選択を迫られました。毎日、そればかりを考えながら生活をしていました。それで結果として中通りでの生活を選びました。あの時も様々な情報が流れて、子を持つ親の間でも意見が分かれて。食べ物に関しても、『検査しているのだから大丈夫』と思いたい自分がいる。あの頃のように、また子どもを学校に行かせるかどうかの選択を迫られるのですね。でも、学校はやっているのにうちの子だけ通わせないで家に居させるというのも……」

小学校の入学式では、ほとんどの新入生たちがマスク姿。被曝リスクも感染リスクも〝風評〟や〝大げさ〟では無い。出来る防護を各自がするしか無い(福島市内の小学校で撮影)

◆ウイルスにも放射性物質にも色が付いていたら良いのにね……

福島市内の理髪店で働く女性は「ウイルスにも放射性物質にも色が付いていたら良いのにね。真っ赤に見えるとかさ。そうすれば感染や被曝のリスクから遠ざかる事が出来るのに……」と苦笑した。

別の女性は「放射線は線量計で数値として可視化出来るからまだ良かった。線源から子どもを遠ざける事が出来ました。でも、ウイルスの存在は数値化出来ません。モニタリングポストでも分からない。だから余計に防ぎようが無くて怖いです」と表情を曇らせた。

同じようで違う〝目に見えない物への恐怖〟はいつまで続くのか。放射線防護への意識が高い人ほど新型コロナウイルスへの意識も高く、既に疲弊しているように映る。

◆10年目に繰り返される「子どもをどう守るのか?」

そんな苦悩をよそに、福島県が毎日のように発しているメッセージがある。感染者が新たに判明した際に開かれる記者会見。最近では、もはや早口での棒読みにすらなってしまっている言葉にこそ、内堀県政の方向性が透けて見える。

「県民の皆様にとっては不安や恐れの気持ちがあろうかと思いますが、原発事故による風評に苦しめられている福島県民だからこそ、新型コロナウイルスの陽性となった方やその関係者に対する差別や偏見は、なさらないよう切に願います」

もちろん、感染してしまった人への中傷や攻撃は許されるものでは無い。どれだけ用心していても感染してしまう事もあろう。しかし、それと「原発事故後の風評」とは全く異なる。

福島県の内堀雅雄知事は、〝風評〟の名の下に放射能汚染の現実から目を逸らし続け、「もはや問題無いのに」と避難者切り捨てを着々と進めている。それを混同するあたり、「群馬訴訟」の控訴審で、「低線量被ばくは放射線による健康被害が懸念されるレベルのものではないにもかかわらず、平成24年(2012年)1月以降の時期において居住に適さない危険な区域であるというに等しく、自主的避難等対象区域に居住する住民の心情を害し、ひいては我が国の国土に対する不当な評価となるものであって、容認できない」と避難指示区域外からの避難継続の相当性を否定してみせた国と同じだ。

子どもをどう守るのか。原発事故から10年目に突入した福島は、再びあの頃と同じ課題に直面している。そして、行政が子どもたちを積極的に守ろうとしているように見えないのもまた、あの時と同じだ。

県保健福祉部の幹部は「迅速で正確な情報発信に努めるので、県民の皆さんも正しく理解していただきたい」と話す。福島市保健所の担当者も「過剰に不安を抱かず、正しく恐れていただきたい」と市民に求める。これも、あの時と同じ。県や市町村、そしてアドバイザーと呼ばれる専門家が不安の鎮静化に力を注いでいるのも原発事故後の構図と重なる。そして、高校生たちが求める県立高校の休校は実現していない。

ある県議は「県政は狂ってるよ。内堀知事では県民は守られないと、そろそろ気付いて欲しい」と語気を強めた。「あの頃と同じ」とため息交じりに振り返るのは、これで終わりにしたい。

今なお進行形の放射能汚染。福島ではこれにコロナ禍が新たに加わった(二本松駅前で撮影)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「土のう等を運搬しています」

工事現場でよく目にする看板。青字で大きく書かれた文言だけを目にして、ここで言う「土のう等」が何を指しているのか分かるだろうか? 「土のう等」に何が詰め込まれているのか、どこに運搬するのかを理解出来る人はどれだけいるだろうか。

看板には「収集・運搬業務」とも書かれており、発注者は「福島市輸送対策課」。そして請け負った業者名。原発事故後の動向に関心のある人ならともかく、これだけを見て、これが除染で生じた汚染土壌を掘り返し、仮置き場まで運んで再びさら地に戻す作業である事は伝わりにくい。

通常、どんな工事をしているのかを伝えるはずの看板が、本来伝えなければいけない要素を伏せている。これが福島市に設置されている看板だ。なぜ、こんな分かりにくい表現にしているのか。福島市環境再生推進室に取材すると、「住民感情に配慮している」と説明した。

「おっしゃる通り、ここで言う『土のう』は、除去土壌の入ったフレコンバッグを指しています。ひな形というか、現場に看板を立てる場合にはこういう表現で作って下さいよというマニュアルがあるのです。定期異動で職員が入れ替わってしまいましたが、どうして『土のう等』という表現になったのかというのを長く在籍している職員に確認しました。当時、かなりナーバスになっている市民の方がたくさんいらっしゃいましたので、決して隠すわけでは無いんですが、(汚染土壌の搬出をしている事を)直接的な表現で言ってしまう事に抵抗感のある方もいらっしゃったので、看板の表現を『土のう等』で統一させていただいたという経緯がありました」

福島市の担当者が言う「マニュアル」とは、発注者支援室連絡協議会名義で発行された「除去土壌等の収集・運搬業務 業務マニュアル(第2版)」。日付は「令和2年4月」になっている。この中で、看板の表現についても「土のう等」とカラーイラスト入りで明記されており、請け負った業者はマニュアルに従って看板を設置しているというわけだ。

除染で生じた汚染土の搬出を知らせる福島市の広報紙。ここでは「除去土壌」という表現を使っている

しかし、実際に現場に設置されている看板は「土のう等」。住民感情に配慮したという

一方で、同じ中通りの郡山市は(汚染土という表現を使っていないという点で物足りなさは残るものの)現場に設置される看板には「除去土壌等の搬出作業を行っています」と明記。事業名も「郡山市除去土壌等搬出作業等業務委託」で、発注者も「原子力災害総合対策課」。これなら、少なくとも原発事故後の除染で生じた汚染土壌を掘り返し、仮置き場まで運ぶ作業を行っている事は伝わる。いわき市も同様だ。しかし、福島市民はそのような直接的な表現を嫌うのだという。

「郡山など他市の状況は分かりませんが、福島市の場合は仮置き場を設置する時も、あまり公にしないで欲しいという声が対策委員会でもあって、なるべくそれに配慮して進めて来たという経緯がありました。協力していただく際の条件と言いますか、『自分の土地を仮置き場として提供しても良いけれど、周囲には(汚染土壌の仮置き場になっている事を)知られたくない』という地権者など地元の方々の感情もありました。その流れの中で、搬出に関してもあまり大っぴらにして欲しくないという声があったのです」(福島市環境再生推進室)

郡山市やいわき市は、看板でも「除去土壌等」という表現を使い、一目で伝わるようになっている

実は、これに非常に良く似たケースが福島市にはあった。2018年9月7日の市議会本会議。除染後の「フォローアップ除染」に関して、小熊省三市議が支所別のフォローアップ除染実施箇所数を質している。しかし、市環境部長の答弁はこうだった。

「フォローアップ除染の実施箇所ですが、市全体で48カ所となり、結果的に少ない数字となったところでございます。支所ごとの実施箇所数につきましては、地域除染等対策委員会の方から『該当する地区や地域の特定につながり、さらなる風評被害を生じさせるおそれがあるので、取り扱いには十分留意して欲しい』旨のご意見もいただいておりますことから、地域の実情に鑑み、公表は差し控えさせていただきますので、ご了承願います」 

これも全く同じ構図だ。住民が公にしないで欲しいと願っているから公表しない。小熊市議は当然ながら「私たちの住んでいる地域の放射線量がどんな状態なのか知りたいという、こういう市民の声があるのも事実」、「住民が知らないうちに被曝するという危険を避ける上でも必要」などと食い下がり、改めてフォローアップ除染の実施箇所数の提示を求めた。しかし、環境部長の姿勢は変わらなかった。

「先ほども答弁申し上げましたけれども、実施箇所が多い場合、まだ危険な箇所が地域に残っているといった印象を与えることも事実であります。それによってさらに放射線に対する住民の不安を助長させることも想定されていますので、その辺も含めて、先ほど答弁しましたとおり、公表のほうは差し控えさせていただきたいということでございます」

福島市は原発事故後、環境部の中に「除染推進室」を設置。除染に関わる業務を担ってきたが、2019年4月に「環境再生推進室」に改称した経緯がある。

原発事故前は当然、除染に関する部署など無かったため、2011年10月に「放射線総合対策課」が設置され、それが「除染企画課」、「除染推進課」(2013年4月)に変更。2014年4月からは「除染推進室」として業務にあたってきた。そしてとうとう、部署名から「放射線」や「除染」の文字が消えた。

「原発事故の風評払拭」を掲げる木幡浩市長(元復興庁福島復興局長)が2017年12月に就任した事も背景にはあるようだが、〝復興五輪〟に位置付けられた東京五輪を控え、野球・ソフトボールの試合開催自治体に「放射線」や「除染」の文字が残っていたら不都合なのだろう。

たかが「土のう等」。されど「土のう等」。汚染土壌の掘り出しや運搬を行っている現場の看板からも、10年目に突入した原発事故からの脱却を図りたい自治体の思惑が透けて見える。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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〝復興五輪〟と銘打たれた東京五輪の「延期」が正式に決まった。新型コロナウイルスの世界的感染拡大が理由だが、そもそも五輪と「原発事故からの復興」を結び付け、「原発事故から立ち直った福島の姿」を国内外に発信する場として利用する事には批判の声が多かった。

しかも、2013年9月の招致プレゼンで安倍晋三首相が「フクシマについて、お案じの向きには私から保証をいたします。状況は統御(アンダーコントロール)されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことはありません」と言い放って、原発事故被害者の怒りを買った。五輪延期を機に改めて3年前の講演を振り返り、「アンダーコントロール発言」の意味するところを考えたい。

「アンダーコントロール発言」を解説したのは、アメリカ生まれの詩人アーサー・ビナードさん(52)。2017年7月30日に福島市内で行われた「全国作文教育研究大会 福島大会」の中で講演した。講演の終盤、アーサーさんはこう切り出した。

2017年7月、福島市内で行われた講演会で「アンダーコントールなのは国民だ」と語ったアーサーさん

2017年7月、福島での講演会の様子

「時局はいつでもあるんです。今、僕らも時局の中にいる。安倍政権が崩壊するのか続くのか。稲田朋美防衛大臣(当時)がどういうところに再就職するのか。時局は動いているんです。この『時局』は、僕らが最近、体験した事の中にも出てきます。実は今、日本の政治家は本当に大きなごまかしをやりたいときには英語でしゃべります。覚えていますか? ブエノスアイレスで大事な会議(IOC総会)が開かれて、滝川クリステルさんが『おもてなし』って言ったんだよね。あの時に一番輝いていたのが安倍総理大臣で、たぶん2週間くらい英語の特訓をしたんだと思いますよ」

「その時に安倍総理は、大量に漏れている放射性物質を含んだ水の事に微妙に触れるふりをして、それで Let me assure you. the situation is under control と言った。私は皆さんに保証します。約束します。間違いないんですよ、皆さん大丈夫なんですよと」

首相官邸のホームページによると、安倍首相の発言はこうだった。

Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you,the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo.


◎[参考動画]安倍晋三総理大臣のプレゼンテーション IOC総会(ANNnewsCH 2013/09/08)

この時のメディアも含めた反応をアーサーさんは「違う」という。

「これを日本のマスコミとかはunder controlに注目して『under controlじゃ無いだろう』と批判的に取り上げた。だって汚染水は漏れてるじゃないかと。コントロール下に置かれているっておかしいじゃないかって皆言ったんだよね。それは僕も理解は出来るけれど、読解力の全く無い、文脈を理解していない奴の批判だと思う。『アベコベ語』をちゃんと学んでからでないと、あの発言は理解出来ない。これ『アベコベ語』だからね」

アーサー・ビナードさん

そして、話は太平洋戦争の敗戦を告げた玉音放送にさかのぼった。

「あの発言は、ちゃんと8月15日の玉音放送の流れを汲んでるんだ。これは『時局ヲ収拾セムト欲シ』という玉音放送からの直接の引用なんだよ。『時局』って何?玉音放送の時の『時局』って何かというと、東京都千代田区0番地の人たちが処分される事無く再就職出来るための『国体護持』ですよ。革命とか暴動が起きないように収拾するための放送だったんです。世界の情勢とかでは無くて、日本の特権階級の再就職が保証される事。安倍晋三がおじいちゃんの後を継ぐ事が保証される事。吉田茂の孫も総理になれるのが保証される事が『時局ヲ収拾セム』という事だったんだ」

アーサーさんの言いたい事は「コントロール下に置かれている国民」だった。

「じゃあ、安倍総理は何を言ってるかというと『汚染水』じゃ無いんです。福島の問題じゃ無いんです。福島はもう放置。彼の知ったこっちゃありません。the situation つまり『時局』なんです。分かりやすく翻訳すると、日本国民が福島第一原発の1号機、2号機、3号機がメルトダウンしてメルトスルーして手がつけられない人類最悪の袋小路に入ったとしても立ち上がりませんから。どんなに被曝させられても、どんなに馬鹿にされても、どんなに共謀罪で脅かされても日本国民は抵抗しませんから。つまり、日本国民はコントロール下に置かれてますから大丈夫です。だからオリンピックちょうだいって。で、オリンピックを使えば日本国民はより操作しやすいから、ぜひお願いしますって。まあ、僕の翻訳が100%正しいかどうか分かりませんけど。時局ってそれくらいの物を含むんですよ」

騙されてはいけないよ、とアーサーさんは警告する。

「the situationはいろんな場面でまやかしの言葉として見事に使われます。オリンピックが日本にやって来るのは福島第一原発でメルトダウンが起きた時に既に決まっていたんです。なぜかというと、原発事故は100年、1000年の問題。決して明るい話題じゃ無い。そこで明るい話題を用意して、皆をだまくらかさなきゃならないから。広島の中国新聞には先週、『夢の祭典まで3年』って載ってたよ。良かったね、夢の祭典。夢の祭典が新聞の1面だよ。広島の新聞だよ。いやーこれは深刻です。時局があまりにも収拾されちゃって、コントロール下に置かれているのです」

浪江町を視察し、小女子を食べる安倍晋三首相。こうやって被災地の食べ物を口にするのも、民をコントロール下に置く手段の1つなのだろうか

そして、まるで今回の延期を〝予言〟するかのように、こうも語っていた。

「皆、東京オリンピックを語る時に1964年の事を言いますね。あの時はいろいろなまやかしがまかり通って成立しました。でも今回のオリンピックは、僕は1964年じゃなくて1940年のオリンピック(日中戦争などの影響で日本が開催権を返上)に似ていると思います。ヒトラーの鶴の一声もあったという話ですけど、東京でやるやると言って、とうとうキャンセルになった。やるやる詐欺。1938年の夏にやめた。その代わりに何をやったかというと、奈良県の橿原神宮で1万人の集団体操をやった。ラジオ体操の前身です。直前まで英語でも世界中にやるやるとメッセージを発していて、それで最終的にやらなかった。運動会すら開催できない組織が、その3年後にパールハーバーを攻撃したんです。僕らは先人たちの体験から矛盾を見抜く力を身に付けなければいけません。その視点を大事にしていけば見抜けます。でも、夢の祭典にいつまでも注目しているとコントロール下に置かれます。大事な視点は僕らの周りにたくさんあるんですよ」

今回も、日本政府は五輪を「やるやる」と強気の姿勢を見せ続けていたが、すでに「延期」は決定された。私たちは一度、頭を冷やして〝復興五輪〟について再考するべき時に来ているのだろう。為政者のコントロール下に置かれないためにも。


◎[参考動画]「オリンピックのつくりかた」アーサー・ビナード Radio Bhim!:02 前編(歌島舎 2019/11/28)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

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JR常磐線が全線再開した3月14日。冷たい雨が降り続く中、JR常磐線・双葉駅ホームの一角で行われた囲み取材。記者クラブメディアに混じって内堀雅雄福島県知事や赤羽一嘉国交大臣に質問しながら、私は一方の耳を、駅舎の外から雨音に負けじと聞こえてくる怒鳴り声に集中させていた。怒鳴り声は、華やかな式典のすき間をぬうように、しかし、はっきりと聞こえた。

「オリンピックはんたーい!」

たった1人でマイクを握り、大手メディアに黙殺されながらも抗議の声をあげていた人こそ、「希望の牧場・ふくしま」(浪江町)の吉沢正巳さんだった。事前に「今日は大きな音は出せないな」と言っていたが、十分な音量だった。

JR常磐線・双葉駅前で抗議行動をした「希望の牧場・ふくしま」の吉沢正巳さん。常磐線全線再開の先にある〝復興五輪〟強行について「玉砕だ」「皆でお陀仏だ」と怒りを口にした

吉沢さんは午前8時すぎには双葉駅前の駐車場に街宣車を停め、牧場の写真や「福島を忘れるな」などの横断幕を広げて静かに抗議の意思を表明していた。手には「カウテロ」、「コロナ爆弾」「2020五輪返上」と書かれた赤い〝時限爆弾〟。不謹慎だと叱られかねない表現ではあるが、そこには原発事故から9年間、闘ってきた吉沢さんなりの強い想いがあった。その前日、電話で次のように話していた。

「大勢集まっているマスコミに対して『オリンピックは玉砕だ』と訴えたいんだ。延期や中止ではなくて〝玉砕〟のコースを歩んでいるとね。安倍晋三首相やその取り巻きは何がなんでも五輪を開催するという事で突き進んでいるけれど、世界からは『1人で勝手にやったら?』という話になると思うよ。無理にやれば玉砕。あの戦争の頃と同じですよ」

「もはや〝五輪玉砕〟だよ。ここまで来ると止めようが無くて、開催に向けて神がかっている。だいたい、皆も映画『Fukushima 50』を観て感動なんかしちゃってるくらいだからね。皆で〝復興五輪〟に突入するしか無いんだよ。それで、世界を巻き込んで皆でお陀仏だ。今まで震災も原発事故も他人事だと思っていた人たちにも降りかかって来るんだよ。皆で仲良くお陀仏さ。一億総玉砕。歴史は繰り返すんだよ。安倍晋三のルーツは岸信介だからね」

一見、とっぴで乱暴な物言いだが、事態は吉沢さんの言葉を笑って聞き流せないところまで来ている。今月の双葉町は〝復興ラッシュ〟の真っ只中である事が、その1つだ。

3月4日に避難指示が部分解除され、駅周辺の通行規制が緩和された。7日には常磐自動車道・常磐双葉インターチェンジがオープン。14日にJR常磐線の運行が再開され、双葉駅を含む全ての駅で乗り降りが可能となった。そして、26日には〝復興五輪〟の露払いとも言える聖火リレーが行われる。

当初、福島県内の聖火リレーには双葉町は含まれていなかったが、まるで聖火リレーを実施するためであるかのように避難指示が部分解除され、福島県の実行委員会で聖火リレーへの追加が決められた。赤羽国交大臣は沖縄タイムス記者の質問に対し「安全をないがしろにして、東京オリパラにあわせたというのは全くの事実誤認。そういった事は全く無いという事だけははっきりと申し上げておきたい。被災者一人一人の生活をないがしろにしているような、そんな想いで私はここに関わって来たわけでは無いと政治家生命をかけて断言したい」と気色ばんで見せたが、ではなぜ、避難指示解除日を今月末に設定しなかったのか。その疑問には誰も答えない。

双葉駅での「特急列車出迎え式」に出席した赤羽一嘉国交大臣(右から二番目)。聖火リレーのために安全を無視して全線再開をするのではないかとの質問に「政治家生命をかけて事実誤認だと断言する」と声を荒げた

赤羽一嘉国交大臣(右)と内堀雅雄福島県知事(左)

◆負けると分かっていても反対できない空気

吉沢さんと話をしていると思い出す言葉がある。

2016年9月、福島復興局で行われた今村雅弘復興大臣(当時)の囲み取材。「そもそも、これだけ放射能汚染が酷い帰還困難区域を除染して、人が住めるようにする事など出来るのでしょうか?」という筆者の問いに、今村大臣はこう答えたのだった。

「出来るか出来ないかじゃないんです。とにかくやるんだ、という事です」

そこには理路整然とした理論や裏付けなど無い。あるのは精神論のみ。まるで戦時下のような精神性は、今回の〝復興五輪〟や聖火リレーも同じだ。橋本聖子五輪担当大臣は国会で「延期はあり得ない」と答弁し、安倍晋三首相や菅義偉官房長官も「予定通りの実施」を強調する。

日本オリンピック委員会(JOC)理事の山口香氏が朝日新聞の取材に対し「コロナウイルスとの戦いは戦争に例えられているが、日本は負けると分かっていても反対できない空気がある。JOCもアスリートも『延期の方が良いのでは』と言えない空気があるのではないか」などと延期をするべきと答えているが、それに対しても、JOCの山下泰裕会長は「いろいろな意見があるのは当然だが、JOCの中の人が、そういう発言をするのは極めて残念」(朝日新聞)と不快感を示した。もはや五輪開催に異を唱えるのは〝非国民〟であるかのような空気。それを吉沢さんは「玉砕」という言葉で表現しているのだ。

吉沢さんは昨年暮れ、渋谷スクランブル交差点を見下ろすようにマイクを握り、道行く人々に語りかけていた。

「東北の福島県がこの東京の電力を支えているにもかかわらず、私たちは放射能差別の眼を向けられています。福島県の農産物が売れない。そういう差別は今なお根深く続いております。私たちは、東京オリンピックを心から喜べる状態ではありません。東京五輪を応援する気分にはなりません。オリンピックなんか勝手にやってください。オリンピックなんか東京の、大都会のエゴの極限の姿ではないだろうか。私たちには関係ない!」

怒鳴るように語る吉沢さんの向こう側では、ファッションビル「渋谷109」のきらびやかなネオンが光っていた。その電気を支えているのは誰かなど、道行く人々は考えまい。

「原発が生み出した電気を使って来た皆の連帯責任だろ!原発が生み出した電力で便利な暮らしを送ってきたんじゃないか!この豊かな大都会は、福島県の電力供給によって今も成り立っているという事を忘れないでいただきたい!」

〝復興五輪〟などと言葉ばかりが躍っているが、その陰で今なお原発事故被害が続いている事を忘れて欲しくないのだ。だから、吉沢さんは渋谷で双葉駅前で声をあげるのだ。

汚染も被曝リスクも、そして新型ウイルスまでも覆い隠すように26日から聖火リレーが始まる。内堀知事は常日頃「光と影の両方を発信したい」と口にしているが、聖火リレーでは福島の「光」ばかりが国内外に伝えられる。聖火は通常、車で次の市町村まで運ばれるが、双葉駅まではランタンの炎をJR常磐線の車両を貸し切って運び、聖火ランナーの持つトーチに点灯される。

そんな「演出」までする聖火リレーが、本当に「福島の光と影」を伝えられるのだろうか。これが、吉沢さんの言う「玉砕」や「皆でお陀仏」の序章で無い事を願うばかりだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

『NO NUKES voice』Vol.23
紙の爆弾2020年4月号増刊
2020年3月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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総力特集 〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故
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[グラビア]福島原発被災地・沈黙の重さ(飛田晋秀さん

[インタビュー]菅 直人さん(元内閣総理大臣)
東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと

[インタビュー]飛田晋秀さん(福島県三春町在住写真家)
汚染されているから帰れない それが「福島の現実」

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
元東電「炉心屋」木村俊雄さんが語る〈福島ドライアウト〉の真相

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
車両整備士、猪狩忠昭さんの突然死から見えてくる
原発収束作業現場の〈尊厳なき過酷労働〉

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈7〉
事故発生から九年を迎える今の、事故原発と避難者の状況

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
奪われ、裏切られ、切り捨てられてきた原発事故被害者の九年間

[対談]四方田犬彦さん(比較文学者・映画史家)×板坂 剛さん(作家・舞踊家)
大衆のための反原発 ──
失われたカウンター・カルチャーをもとめて

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとは何か〈18〉
明らかになる福島リスコミの実態と功罪

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
「特定重大事故等対処施設」とは何か

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
停滞する運動を超えて行く方向は何処に

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈7〉記憶と忘却の功罪(後編)   

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
5G=第5世代の放射線被曝の脅威

[報告]渡辺寿子さん(核開発に反対する会/たんぽぽ舎ボランティア)
「日本核武装」計画 米中対立の水面下で進む〈危険な話〉

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
原発廃絶に「自然エネ発電」は必要か──吉原毅氏(原自連会長)に反論する  

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
老朽原発を止めよう! 関西電力の原発と東海第二原発・他
「特重」のない原発を即時止めよう! 止めさせよう!

《関電包囲》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
「5・17老朽原発うごかすな!大集会inおおさか」に総結集し、
老朽原発廃炉を勝ち取り、原発のない、人の命と尊厳が大切にされる社会を実現しよう!

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
1・24院内ヒアリング集会が示す原子力規制委員会の再稼働推進
女川審査は回答拒否、特重は矛盾だらけ、新検査制度で定期点検期間短縮?

《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎・再稼働阻止全国ネットワーク)
原発の現局面と私たちの課題・方向

《北海道・泊原発》佐藤英行さん(岩内原発問題研究会)
北海道電力泊原子力発電所はトラブル続き

《東北電力・女川原発》笹氣詳子さん(みやぎ脱原発・風の会)
復興に原発はいらない、真の豊かさを求めて
被災した女川原発の再稼働を許さない、宮城の動き

《東電・柏崎刈羽原発》矢部忠夫さん(柏崎刈羽原発反対地元三団体共同代表)
柏崎刈羽原発再稼働は阻止できる

《関電・高浜原発》青山晴江さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関西のリレーデモに参加して

《四国電力・伊方原発》名出真一さん(伊方から原発をなくす会)
三月二〇日伊方町伊方原発動かすな!現地集会 
レッドウイングパークからデモ行進。その後を行います。圧倒的結集をお願いいたします。

《九州電力・川内原発》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟事務局次長/杉並区議会議員)
原発マネー不正追及、三月~五月川内原発・八月~一〇月高浜原発が停止
二〇二〇年は原発停止→老朽原発廃炉に向かう契機に!

《北陸電力・志賀原発》藤岡彰弘さん(命のネットワーク)
混迷続く「廃炉への道」 志賀原発を巡る近況報告

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『オリンピックの終わりの始まり』(谷口源太郎・コモンズ)

◎紙媒体版   https://www.amazon.co.jp/dp/B085RRT815/ 
◎電子書籍版 https://www.amazon.co.jp/dp/B07RX7H5XQ/

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

3月14日、JR常磐線が華々しく全線再開された。再開直前の10日に駅周辺のごく一部が避難指示解除され、〝復興五輪〟の聖火リレーも26日から予定通りに行われる。原発事故から10年目の福島県・浜通りは〝復興〟に大きく前進したと国内外に発信される。

もちろん、鉄道の再開などインフラの整備は原発事故前の生活を取り戻すのに大きな要素となる。一方で厳しい現実もまだまだある。9年ぶりに乗り降りが始まった夜ノ森駅の周辺をほんの少し歩くだけでも、原発事故が奪っってしまった日常がそこにはある。祝賀ムードに水を差すようで申し訳ないが、やはりJR常磐線再開の「影」をきちんと確認しておきたい。

3月22日投開票の町議会議員選挙でも「夜ノ森駅周辺の活性化」を子や国掲げる候補者がいるが、現実は厳しい

閑散とした夜ノ森駅前。駅には自動販売機もトイレも無く、駅舎の外に仮設トイレが設置されている。目に入るのは立ち入りを制限するバリケードばかり

「自由に乗り降り出来るようになった」のは駅周辺の限られた区域だけ。夜ノ森駅を降りると、「通行証」と書かれた看板がすぐに目に入る。常磐線の乗務員も「全ての駅で降りる事は出来ますが、何もありませんよ」と話していた

夜ノ森駅前の酒店も理容室も、あらゆる日常がバリケードの向こう側に行ってしまった。原発事故が奪ったものは、鉄道が再開されても簡単には戻らない

「のこすもの!」があれば「泣く泣く残せなかった物」がある。夜ノ森駅で降りる人たちには、そういう事にも思いを馳せて欲しい

「原子力災害時避難・集合場所」に身を寄せれば終わりでは無かった。避難生活は9年を超えた

富岡町が設置した線量計は0.57μSv/h。「ここまで下がった」ととらえるか「まだこんなに高い」と考えるかは住民の間でも分かれるだろう

夜ノ森駅構内の空間線量は0.210μSv/h。中通りに設置されているモニタリングポスト(リアルタイム線量測定システム)の数値より高い

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

『NO NUKES voice』Vol.23
紙の爆弾2020年4月号増刊
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定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと

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[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈7〉
事故発生から九年を迎える今の、事故原発と避難者の状況

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奪われ、裏切られ、切り捨てられてきた原発事故被害者の九年間

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大衆のための反原発 ──
失われたカウンター・カルチャーをもとめて

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二〇二〇年は原発停止→老朽原発廃炉に向かう契機に!

《北陸電力・志賀原発》藤岡彰弘さん(命のネットワーク)
混迷続く「廃炉への道」 志賀原発を巡る近況報告

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『オリンピックの終わりの始まり』(谷口源太郎・コモンズ)

◎紙媒体版   https://www.amazon.co.jp/dp/B085RRT815/ 
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