GW最終日、晴天の若狭湾で500人超の「5・7高浜原発動かすな!現地集会」

5月7日、福井県高浜原発前で「5・7高浜原発動かすな!現地集会」が行われた。新緑の美しい季節、山並みには藤の花の薄紫や、遅咲きの山桜がいたるところに見られる。若狭湾の天候は晴天。絶好の観光日和といいたいところだが、「再稼動抗議行動日和」となった。

 

◆昨年とは明らかに様子が違う高浜原発1、2号機

高浜原発の正面玄関前で抗議

高浜原発周辺には、東京、福井、滋賀、京都、神戸などから大型バスで、また自家用車や自転車で目算500名ほどの人が集まった。高浜原発に近づくと1、2号機の様子が昨年と明らかに違う。足場が組まれ大掛かりな作業が行われている。この日高浜原発の正門は三重のゲートが閉じられ、ご丁寧に新品の鉄条網までが巻かれていたが、地元の人によると、最近平日は1日何10台もトラックが出入りを繰り返し、たいそう慌ただしい様子だという。

大阪高裁の「人間性、論理性皆無」な山下郁夫裁判長により再稼働が認められた3,4号機ではなく、既に稼働40年を超える1、2号機の継続運転を企む関西電力が、もうくたびれ果てて本来ならば廃炉にしなければならない事故・故障必至の老朽原発の「補強工事」を行っているのだ。

取水口付近から見た高浜1、2号機

◆集会、デモ終了まで海上には警備船、上空には福井県警のヘリコプター

海上を警備する船舶

高浜を訪れると、過去すべて悪天候にたたられていたので気が付かなかったのかもしれないが、この日は海上には2隻の警備船、そしてはるか上空には、ゲート前の抗議行動から、集会、集会後のデモ終了まで常に福井県警のヘリコプターが飛んでいた。税金の無駄使いであることを指摘しておく。当然機動隊員は常にデモ隊につきまとう。

◆形ばかりの関電「コミュニケーション課長」

正面ゲートから1キロほど離れた広場から正面ゲートに向かいデモが始まった。この日の警備には若手女性の警察官が多数動員されていたのが印象的だった。若手女性警察官の実地訓練のつもりだろうか。デモ隊が原発正面ゲート前に到着すると、中島晢鴛さん、木原壯林さん、柳田真さんら4名が関西電力、コミュニケーション課長吉田氏へ申し入れを行った。

「コミュニケーション課長」と珍しい、あたかも物わかりの良さそうな肩書の吉田氏は直立不動で瞬きもわずかに、申し入れ書を読み上げる各氏を睨みつけ、文章を手渡す際には形ばかりの深い礼で応じた。しかし、その顔には一切の感情もうかがえない。まったくの無表情、つまり形ばかりの「要請文受け取り」だということは、そばで見ていて、一目瞭然だった。話をする気さえないのであれば「コミュニケーション課長」などという紛らわしい肩書など作るな! 関西電力!

原発正面へ向けデモ出発

◆福井原発訴訟(滋賀)原告団長、辻弁護士が「高浜原発大阪高裁決定」を斬る

正面ゲート前での抗議行動が終わると、高浜町文化会館に移動して全国からの参加者の発言や報告が行われた。そして大阪高裁で福井原発訴訟(滋賀)原告団長の辻義則弁護士が「高浜原発再稼働を進める大阪高裁決定を斬る」と題して、かなり詳細に決定の問題点を解説した。

大阪高裁の決定は要するに、「規制基準」を絶対のものとして持ち上げ、住民側の意見を一切聞き入れない不当極まりない、過去の判例に照らしても逆行・反動以外の何物でもない無茶苦茶な決定であることが解説された。山下郁夫という裁判官は安倍晋三並みの人間のようだ。

◆デモ隊を好意的に迎えてくれる通り沿いの住民たち

集会後は文化会館から高浜駅に向けてのデモだ。このコースは狭い民家の間を通過するのが特徴で、私自身は過去に何度か歩いたことがある。その折には文句をいう人がわずかにいたけれども、窓からデモの様子を眺める人、わざわざ玄関の外に出てきて手を振ってくれる人などが印象的だった。この日は好天も幸いしてか、これまでにもまして好意的に迎えてくれるデモコース沿いの住民が多かった。デモ隊に手を合わせている高齢女性の姿は特に印象深かった。

町を練り歩くデモ隊を好意的に迎えてくれる通り沿いの住民も多かった

◆ふざける小学生たちが教えてくれた安倍晋三ら推進派の幼稚性

そして、デモの解散地点高浜駅に着いた時のことだ。駅前は小さなロータリだが、デモ隊が最後の声を上げている姿を小学生数人が道の逆側で見ていた。小学生は物珍しそうにデモ隊を見ながら「原発反対」とか「原発賛成」と小声でふざけていたが、デモ隊が声を出さなくなると、一斉に「原発賛成!原発賛成!」と大声を出しながら路地の中に駆けていった。

あの小学生たちにとっては原発よりも、大声をあげて道を練り歩くデモ、大人の姿が珍しかったのだろうか。それとも小学校や家庭ですでに「原発」信者に仕立て上げられているのだろうか。

その姿を反転して考えてみると、たとえば大阪高裁の山下郁夫や電力会社の経営陣、原子力規制委員会、さらには経産省、安倍晋三らはつまるところ「小学生」だということを高浜駅前での小学生たちは教えてくれた。そうか。奴らは子どもか。なら怒鳴りつければいいんじゃないか。

◆再稼働反対の行動は「5・12高浜原発動かすな!福井集会」へと続く

なお高浜原発3,4号機再稼働に反対する行動は5月12日まで連続で行われる。8日は高浜町、大飯町、小浜市に申し入れ。9日は若狭町、美浜町、関西原電本部、原子力規制委員会(敦賀)申し入れ。10日は敦賀市、南越前市、越前市申し入れ。11日は池田町、鯖江市申し入れ。そして12日は越前町、福井市へ申し入れのあと「5・12高浜原発動かすな!福井集会」へと合流の予定だ。移動の間毎日各地でデモも行う。参加される方の再稼働阻止に向ける熱意に敬服するばかりだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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4・26チェルノブイリから31年目の日に想う3・11福島〈絶望の物語〉

ノーベル賞の「功罪」を総体で評価すれば、政治から離れることができず「罪」が「功」を上回るのではないかと思う。原発推進の世界組織、IAEA(国際原子力機関)が「ノーベル平和賞」を受賞していることを見てもそれは明らかだ。でも、時に「これは!」と唸る受賞者を選出するので、ノーベル賞の価値を全否定することができない。

◆『チェルノブイリの祈り 未来の物語』──文学のような読後感を抱かされるルポルタージュの秀作

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(1998年12月18日岩波書店単行本)

2015年にノーベル文学賞を受賞した、スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(岩波書店 翻訳=松本妙子)は世界中の人に読まれる価値のある作品だ。『チェルノブイリの祈り』は徹底した取材に基づくルポルタージュ作品なのだが、文学のような読後感を抱かされる、濃密かつすぐれた作品だ。
同書の著者、スベトラーナ・アレクシエービッチさんが昨年来日し、「福島現地を訪れたドキュメンタリーがNHKで放送されたよ」と同番組を録画していた友人がDVDを貸してくれた。前後編2本に分かれていて、前編は「チェルノブイリの祈り」、後編「フクシマ 未来の物語」だ。チェルノブイリと福島を訪れたスベトラーナ・アレクシエービッチさんは、通訳を介してながら、普通のインタビュアーでは、聞きづらそうな内容を、現地の人々にズバズバ聞いてゆく。相当な修羅場をくぐってきた人だということが、その問答から分かる。

「ベラルーシでは情報が統制されている」、「事故が起こればどこの国でも同じ」、「国家はその責任を取ろうとしない」などとNHKがよく放送させるな、と思われるセリフを次々と語る(本当のことを語っているだけなのだから、こんな感想を持たざるを得ないことが不幸なのであるが)。

◆「絶望」を示唆する言葉のかけら

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(2011年6月16日岩波現代文庫)

「チェルノブイリの祈り」日本語版の解説を書いたフォトジャーナリストの広河隆一さんにインタビューした時、「ソ連では医師や警察、地元の代表と軍も混じり避難すべきかどうかが事故直後に話し合われたが、避難を妨げたのは医師で、軍は避難に積極的だった」という主旨のお話を伺って、驚いた経験がある。

軍隊、とくに旧ソ連の軍隊には何の根拠もないが「冷徹」なイメージがあり、彼らが原発事故被災者の避難に、医師よりも積極的であった理由がわからなかった。が、広河氏から理由を聞いて、ああなるほどと納得した。「当時は核戦争の危機が迫っていた時代ですから、軍には『核』の危険性の知識があった、だから住民の避難は『核戦争』が発生した時の前提で軍は考えたのです」

恐ろしい理由ではあるが、結果として事故後の近隣住民避難体制は、福島よりもチェルノブイリの方が、はるかに手際が良かったとの評価は現場を取材した人々から異口同音に聞いた。しかし、避難はチェルノブイリの方が敏速であったとしても、事故後の対応は基本的には変わらない。スベトラーナ・アレクシエービッチさんはベラルーシの情報統制ぶりを何の躊躇もなく批判していたし、「フクシマ」の将来についても、楽観的ではない予想を語った。至極当然な冷厳たる現実を彼女が語ると言葉が文学的であり、それゆえ、より重い迫力で画面の向こう側から「警鐘」と「冷厳な分析」が伝わってきた。そしてこれは私だけの感想かもしれないが、あえて言えば「絶望」を示唆する言葉のかけらもあった。

◆「4・26があったから3・11はあの程度で済んだ」という発言を耳にしたことはない

きょう4月26日は旧ソ連でチェルノブイリ原発が爆発事故を起こして31年目にあたる。ゴールデンウイーク直前のこの時期、福島第一原発事故が起こる前、原発の危険を懸念する人びとの間では、決して忘れることのできない、悪夢の記念日だった。そこに3・11が加わってしまい4・26はこの国では少し色あせた感はあるけれども、実は事故後6年経った現在、チェルノブイリ事故で残された記録や情報の数々は、悲しいことではあるが、フクシマで被害拡大を阻止しようと尽力する人びとに援用されている。

国家もまた「いかに被害を隠すか」の先例として、旧ソ連、ウクライナの手法を参考にしているようだ。だが一党支配の「共産主義国」だった旧ソ連よりも、自由に発言ができて、国際的にも医療や技術の援助を求めやすいはずの、この国におけるフクシマ事故の処理は場当たり的で、稚拙に思える局面が多すぎる。

「4・26があったから3・11はあの程度で済んだ」という関係者の発言を耳にしたことがない。学ぶ姿勢がないのか、学んでいないのか。ウクライナは電力が圧倒的に不足しているので今でも原発が動いている(この事実には驚かされるが)。一方この国では電気は有り余っているのに、電力会社の利益のためにのみ、原発の再稼働が次々と目論まれている。高浜原発3、4号機の運転停止を言い渡した大津地裁の判断は、ごく自然な危険に対する姿勢を示したが、大阪高裁ではその判断が翻った。佐賀県知事も玄海原発再稼働の同意を出した。関西電力、九州電力をはじめ、司法や知事「原発再稼働」グループを罵(ののし)る言葉を探しているが見当たらない。

近しい年配の親せきが「どうして原爆を落とされて、痛い目を経験しているのに。福島ではあんな事故が起きて、ひどい目にあっている人がいるのに、再稼働なんて『馬鹿』としかいえない。私は年寄りだけど電力会社や再稼働を認める役人が目の前にいたら堂々と『あなたは馬鹿だ』と言ってやりますよ」と語った。私もそれ以上適切な表現が思い浮かばない。


◎[参考動画]2016年11月28日、東京外国語大学で行われたスベトラーナ・アレクシェービッチさん名誉博士号授与記念講演「とあるユートピアの物語」(OPTVstaff 2017年1月12日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!
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鹿砦社代表・松岡が老舗の脱原発市民組織「たんぽぽ舎」講座にて講演!

久しぶりの講演に会場は満員!
「共謀罪」が政治過程に上る中、
「名誉毀損」に名を借りた自らの逮捕・勾留事件の体験を話す!

松岡利康=鹿砦社代表

4月15日(土)夕刻、東京・水道橋の「たんぽぽ舎」が運営する会議室「スペースたんぽぽ」に多くの方々に集まっていただきました。久しぶりに私が12年近く前(2005年7月12日)の自らの逮捕・勾留事件について話す機会を与えていただいたからです。会場は、予想を越えて90名近くの方々で満員、熱気溢れる講座でした。菅直人元首相の講演以来の盛況だったとのこと、当初用意したレジメ・資料30セットでは足りずに、慌てて増刷りをしたほどでした。

この集まりは、たんぽぽ舎が3・11以来適宜継続的に行っている講座の一環で、実に今回が460回目だということです。今回は「浅野健一が選ぶ講師による『人権とメディア連続講座』」の第8回で、テーマは「表現の自由弾圧事件--懲罰としての逮捕、長期勾留」。私は「私が巻き込まれた、『名誉毀損』に名を借りた出版弾圧事件」について自らの体験と、逮捕以来12年近く思ってきたことを話させていただきました。

単なる地方小出版社の経営者にすぎない私の話になぜ多くの方々が関心を抱き参加されたかというと、「共謀罪」なる稀代の悪法が政治過程に上り国会審議が始まったからだと思われます。主催のたんぽぽ舎や浅野健一さんの狙いもここにあるのでしょうか。

つまり、私が逮捕・勾留された当時は、これに至るには刑事告訴→検察(あるいは警察)受理→捜査という一定のプロセスを経るわけで、それなりの日数もかかりますが、「共謀罪」が制定されれば、法的なお墨付きが出来るわけですから、そのプロセスは必要なく、すぐに逮捕することが可能になります。参加者が多かったのは、この危機感をみなさんが感じ取られていたからでしょうか。

◆「表現の自由」「言論・出版の自由」は〈生きた現実〉の中で語るべきだ

講座の内容は、追ってYou Tubeでも配信されるということですから、詳しく知りたい方はそれをご覧になっていただきたいと思いますが、私の話の概要は次の通りです。

一 事件の経緯、二 人権上問題となること、三「表現の自由」「言論・出版の自由」とは何か?、四「表現の自由」「言論・出版の自由」上の問題
ということでした。

私が最も言いたかったことは、憲法21条に高らかに謳われながらも形骸化、空洞化しつつある「表現の自由」「言論・出版の自由」──耳障りの良いこれらの言葉を机上でこねくりまわすのは簡単ですが、それではまさに〈死んだ教条〉になってしまいます。「共謀罪」や権力弾圧がリアルに〈生きた現実〉として迫っているのですから、私たちも〈生きた現実〉として語らなければならないということです。

事件の経緯を振り返れば、事件の一因となった書籍を刊行したのが2002年4月、それから出版差止仮処分、刑事告訴、逮捕→勾留、有罪判決(懲役1年2カ月、執行猶予4年)と民事訴訟での高額賠償金(600万円+利息)、控訴審、上告審を経て確定、執行猶予を不服とする再告訴、これが不起訴となる2011年6月まで9年間の月日が掛かり苦しめられました。本当にきつかった。これは体験した者でないとわかりません。

この間に、私が経営する出版社「鹿砦社」は壊滅的打撃を蒙り、いちどは地獄に堕ちました。正直「もうあかん」と思いましたし、弁護士もそう思ったとのことでした。しかしながら多くの方々のご支援により運良く再起できました。私も「このままでは終われない」と死に物狂いで働き運良く再起できましたが、普通は死に物狂いにもがいて地獄に堕ちたままでしょう。

「こいつはイジメたらんといかん」と警察・検察・権力に目をつけられたら、それは凄まじいものです。当時「ペンのテロリスト」を自称し、「巨悪に立ち向かう」と豪語、これが当時警察キャリアを社長に据えていた警察癒着企業や警察・検察を刺激し、警察のメンツにかけて本気にさせてしまったようです。

今でも「われわれにタブーはない!」をモットーとする私たちの出版活動に対しては批判も少なからずありますが、私たちを批判する人たちの多くは、自らは〈安全地帯〉にいてのものです。果たしてどれだけ体を張った言論を行っているのか!? 私は半年余り(192日間)ですが、1カ月でも2カ月でも拘置所に幽閉されたらキツいぞっ!

◆心ある方々のご支援で奇跡的再起を果たした私たちは〝支援する側〟に回ります

私、および私の出版社「鹿砦社」は、奇跡的ともいえる再起を果たすことができました。私も死に物狂いに働きましたが、保釈後挨拶に出向き塩でも撒かれ追い返されるかと思いきや高級すし屋に招いてくれ、「人生にはいろんなことがあります。私は支援しますので頑張ってください」と激励し仕事を受けてくださった印刷所の社長(当時)はじめライター、デザイナーさんら多くの方々のご支援の賜物と言わざるをえません。私の能力など、出版業界では並で、大したことはありませんから。本当に有り難い話で、事件から12年近く経ち、あらためて感謝する次第です。

私たちは今、再建なった中で、3・11以降、たんぽぽ舎はじめ幾つかの脱原発の運動グループを継続して些少ながら支援しています。いちどは壊滅的打撃を蒙りながら地獄から這い上がってこれたことへの〝恩返し〟です。かつて支援された側が、今度は支援する側に回ります。もう支援される側には戻りたくありません。

また、私たち鹿砦社は脱原発を今後の出版方針の一つとして定め、たんぽぽ舎のお力を借りて脱原発情報マガジン『NO NUKES voice』を創刊し、すでに11号を数えました。脱原発の老舗市民グループ・たんぽぽ舎はもう30年近くになるということですが、脱原発をライフワークとされる柳田・鈴木両共同代表はじめスタッフの方々のピュアな想いにも励まされ、齢65になった私の今後の方針も見えてきました。鹿砦社東京編集室の〝隣組〟ということもありますが、今後共、最大限共同歩調を取っていきたいと思います。

最後になりましたが、今回の講座で東京で久しぶりに、くだんの「名誉毀損」逮捕事件について話す機会を与えてくださったたんぽぽ舎のみなさん、及び逮捕直後から支援され今回も自身の連続講座の一つに組み入れてくださった浅野健一さんに感謝いたします。 

(鹿砦社代表・松岡利康)

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!
『NO NUKES voice』11号

自民党「改憲草案」と3・11後も揺るがない「電力会社の地域経済界支配」

自民党憲法改正草案表紙

この世の中は誰が支配しているのだろう。神か、国際金融か、各国においてはその政府か。地域社会においては何の肩書も持たないけれども、世襲的に力を持つ地域ボスであろうか。市長や村長、地方行政か、それとも……。

◆自民党「改憲草案」前文に表れたこの島国の支配者

自民党の改憲草案の前文をご覧になったことがあるだろうか。この中には自民党の望む国家像が描かれている。支配権力を縛るはずの憲法の前文の書き出しが「日本国は」で始まるなど、現行憲法の精神とは全く異なるトーンは明確だが、この極め付きの悪文の中には、誰がこの島国を支配しているか、支配したいのかを知るのヒントがある。

【自民党憲法改正草案前文】http://constitution.jimin.jp/draft/

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。

我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。

自民党憲法改正草案(上段が改正草案、下段が現行憲法)

日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。

日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

◆国民の権利や幸福より「経済成長」を重視する自民党「改憲草案」前文の意味

将来到達しようとする国家像がいかに貧弱で、おそまつな発想にとどまっているかは現行憲法の前文と比較すれば明らかである。それはともかく、ここでは、「我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」に注目をする。

この期に及んで「経済活動を通じて国を成長させる」という文言は、その到達目標の低さや、即物性剥き出しの格調の低さもさることながら、現体制、自民党の本音を語っているといえよう。つまり国民の権利や幸福よりも「経済成長」を憲法前文で謳うほどに重視しているということである。

自民党憲法改正草案(上段が改正草案、下段が現行憲法)

国の形や到達目標を掲げる憲法前文で、一内閣の施政方針演説ではあるまいに「経済成長」など、文言にしても、まったく格調の低い言葉が用いられているが、これが現在の支配実態を示すものであり、さらなる「経済による国民支配」を目指していること示していると理解できる。

◆歴代経団連会長の思想と行動

そこで、いまこの島国の経済に強い力を持っているのはどのような勢力か、人物かを点検してみようという動機が湧く。全国的には経団連や日経連といった企業の集まりが政府に対して相当強い発言力を有していることは、周知の事実だ。歴代経団連の会長の顔ぶれを振り返ってみよう。

初 代  石川一郎(日産化学工業社長)
2代目  石坂泰三(東京芝浦電気社長)
3代目  植村甲午郎(経団連事務局)
4代目  土光敏夫(東京芝浦電気会長)
5代目  稲山嘉寛(新日本製鐵会長)
6代目  斎藤英四朗(新日本製鐵会長)
7代目  平岩外四(東京電力会長)
8代目  豊田章一郎(トヨタ自動車会長)
9代目  今井敬(新日本製鐵社長)
10代目  奥田碩(トヨタ自動車会長)
11代目  御手洗冨士夫(キャノン会長)
12代目  米倉弘昌(住友化学会長)
13代目  榊原定征(東レ会長)

ざっと見渡すと重厚長大産業からの会長輩出が多いことに気が付くが、東京芝浦電気=東芝関連の石坂と土光が会長の座にあったのは、東芝破たんを目の前にした現在からは隔世の感がある。経団連には会長に次ぐ評議員会議長、審議員会議長のポストがあり、そこへ名を連ねているのも重工業関連者中心であるが、東京電力関係者の名前も散見される。平岩は第7代会長(1990年12月21日~1994年5月27日)の座におり、菅礼之助、那須翔の二人も幹部の中に見つけることができる。平岩は2002年の原発トラブル隠し事件に関与した人物で、菅礼之助は鉱山畑を歩んできた人間、那須翔は平岩同様2002年の原発トラブル隠し事件に関与し、東電会長を辞任した人物だ。

◆地方経済界の電力会社ヘゲモニー

経団連の会長はその人物の個性にもよるが、常に政権に対して財界からの要求を突き付ける役割は発足以来一貫している。時に政権に取り入り(土光が臨調に重用されたように)、時には大企業の利益確保のために政権に圧力をかける。御手洗や米倉の業つくぶりはまだ読者の印象にも残っているかも知れないが、経団連は常に政権に対する最大ともいえる圧力団体として君臨し続けている。

しかし、「さすがに3・11後の経済団体の重要な役職に電気事業者が名を連ねることは難しくなった」とスラスラ筆を進めることができるのが当たり前なのだけれども、実は地方においては、電力会社の地域経済界支配は、まったく揺らいではいない。2011年3月11日時点で、全国の経済連合会の会長は全員が電力会社の社長もしくは会長だった。現在はどうだろう。本年3月末時点で以下の通りだ。

北海道経済連合会 会長=髙橋賢友(北電興業取締役会長) 
  ※筆者注:北電興行は北海道電力の関連会社

東北経済連合会 会長=海輪誠(東北電力会長)

中部経済連合会 会長=豊田鐵郎(豊田自動織機会長)
  副会長=水野明久(中部電力会長)

北陸経済連合会 会長=久和進(北陸電力会長)

関西経済連合会 会長=森詳介(関西電力相談役)

四国経済連合会 会長=千葉昭(四国電力会長)

九州経済連合会 会長=麻生泰(麻生セメント会長)  
  副会長=貫正義(九州電力会長) 石嶺伝一郎(沖縄電力会長)

中部と九州を除いて、相変わらず電力会社の人間が会長の座にある。中部と九州にしても副会長には、しっかりと中部電力と九州電力の会長が居座る。各地方の「電力会社の経済界支配」はまったくといってよいほど変化していない実態が明らかだ。

これでは、「新電力会社」が参入しようにも、有形無形で既存勢力からの牽制や、新たなハードルが待ち受けることは想像に難くない。新電力に原発事故の処理代金を電気代に上乗せして、電気料金の高止まりを強いているのもこのような勢力図の影響が波及していると容易に想像できる。

「経済に理性を求めること自体が愚かである」とある著名な経済学者から聞かされたことがある。こうした顔ぶれを見るにつけ、「人間に理性を求めること自体が愚かである」と言い換えなければならいのか、とすら感じさせられる。私の知る少なくない数の理性のある方々はどうお感じになるであろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
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全国各地で続々再上映 映画『遺言 原発さえなければ』が伝える真実


◎[参考動画]映画『遺言 原発さえなければ』 2017年劇場用予告編(映画『遺言』プロジェクト)

東日本大震災が起こった2011年3月12日から福島第一原発の事故に際して取材に駆けつけたフォトジャーナリスト二人が、3年にわたり記録し続けてきた250時間の映像をまとめたドキュメンタリー映画『遺言 原発さえなければ』(監督/豊田直巳、野田雅也)。総時間225分に渡り、全5章。「第一章 汚染 取り残された住民たち」「第二章 決断 酪農家人生の崩壊」「第三章 避難 ご先祖さまを残して」「第四章 故郷 つなぐ想い」「第五章 遺言 原発さえなければ」だ。

 
『遺言 原発さえなければ』

それぞれの章を紹介しよう。第一章では、原発から約30キロ離れた飯舘村が、京都大学の今中哲二助教が強い放射能に汚染されていることを村に報告する。何も知らされていなかった村民だったが、徐々に村全体が汚染されていることを知り……。
第二章は酪農家たちのドキュメンタリーだ。飯舘村計画的避難区域に指定され、酪農家たちも避難を余儀なくされる。だが酪農家にとって避難は牛を捨てての廃業を意味する。苦悩にさいなまれる酪農家たちだったが、人の命には変えられないと悩んだ末に決断を下す……。

第三章は飯舘村から避難する住民に焦点を当てている。福島市内から山形、横浜まで避難する人もいる。原発によって家族がバラバラになってゆく姿をみて、原発事故が奪っていったものを知っていく……。

第四章は、お盆に合わせて飯館村に帰郷してきた各地に避難している村民たちの記録だ。バラバラになってしまった村民たちだが、久しぶりに会ったことからか皆の顔に笑顔が浮かんでいる。バーベキューをしながら近況報告をする人たちの中には涙を浮かべる人たちもいて……。

そしてラストの第五章だ。この映画のタイトルにも関連する言葉「原発さえなければ」がテーマになっている。この言葉は酪農家が自ら命を絶った際に、堆肥小屋の壁にチョークで書き残したもの。「残った酪農家は原発に負けないで頑張ってください」という遺言を守るために酪農家たちは新しい生活を続けるが、故郷の汚染は続いていて……。

グリーンイメージ国際環境映画祭大賞、江古田映画祭グランプリ受賞。現在第二弾を6年経った飯舘村で撮影している。バラバラになった村民たちのかねてから懸念されていた帰村は始まるのだろうか。

現在日本の脱原発運動は危機にあるといってもいい。一部の人たちは精力的に活動しているものの、かつてのような国民運動的な勢いが原発運動にはなくなってきてしまっている。それは忘れやすい、水に流すという文化がある日本人ならではないのだろうか。イタリアにおける原発再開の中止、ウェスチングハウスの倒産、アメリカも原発から撤退傾向にあるなど一部の国を除いて世界は脱原発に流れつつある。

事故当時の思いを忘れないためにも、この映画を見て、原発事故直後の飯舘村で暮らす人々に思いを馳せてもらいたいものだ。

◎『遺言 原発さえなければ』HP http://yuigon-fukushima.com/
◎『遺言 原発さえなければ』facebook https://www.facebook.com/yuigon.fukushima

(渋谷三七十)

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』11号

鎌田慧さんと神田香織さんが東電本店前で叫ぶ──『NO NUKES voice』ルポ〈2〉

東京電力が引き起こした原発事故から6年。2017年3月11日には東京電力ホールディングス本店前で抗議行動が行われた。前回に続き、現場の様子と参加者の声を紹介する。まずは、ルポライター・鎌田慧さんのスピーチだ。

鎌田慧さん

◆早く帰れという政府に対して、少しでも文句を言いなさい
 ルポライター・鎌田慧さんのスピーチ

あれから6年が経ち、福島の人たちの生活はますます苦しくなっています。そして、みなさんご存知のように、3月いっぱいで自主避難者の住宅補助を削るということになっています。こういう非人道的なことが許されるのか。20mSv以内であればとにかく帰れという、こんな無情な国家、非情な国家があるかということです。

今の内閣には、人の悲しみとか苦しみとか主権とか未来とかそういう考えが全く無い。彼らには全く考える力がない。3月いっぱいで終わるという自主避難者に対する住宅援助の打ち切りをやめさせるために、私たちはあらゆる力を尽くしていかなくちゃいけない。

また、東電はあれだけの大災害を発生させておいて、一言も反省しないで原発を再稼動しようとしている。事故を起こしておきながら、被害者に責任を押し付けている。東電はここへ出てきて謝れ。被災者に謝れ。6年間も故郷を追われた人たちに謝れ。そして、早く帰れという政府に対して、少しでも文句を言いなさい。全く君たちはのほほんとしている。

それから、核兵器につながる道を確保していこう、というのが政府の指針としてあります。私たちの原発を潰す運動は、日本が核武装しないという運動に直接繋がっている訳です。そういう意味でも、私たちは自分たちの運動に自信を持って断固として戦っていく。再処理工場は認めない。原発の再稼動を認めない。決して挫けてはいけない。決して諦めてはいけない。みなさん寒い中大変ですが、今日も1日頑張りましょう。

◆抗議行動中、俄かに騒がしくなる

抗議行動中、俄かに騒がしくなる場面があった。“天皇制反対”を唱えるグループがデモ行進で側を通りかかったことによるものだ。周りを取り囲む警察官の数も多く、また、それに続く右翼の街宣車などもあった。主題とは関連が薄いが、いくつかの写真を掲載しておく。

 
 
 

◆最後に見た景色はカモメの群れか、原発建屋の破片か
 講談師・神田香織さんのスピーチ

もう一人、講談師の神田香織さんを紹介しよう。聞き取りやすい声と力強い言葉選びはさすがといったところだろうか。

忠臣蔵という有名なお話があります。責任を取って全員切腹をするんです。それがどうですか。この原発事故で最も責任の重い会社では誰一人責任をとってないし腹も切ってないじゃないですか。こんなことじゃ亡くなった方は報われませんよ。新しい仕事っていうのは、必ず責任の所在をはっきりにして、それからじゃなきゃ始まらないんです。

私たちはもう6年間も待ってるんですよねえ。もう限界だと思いませんか。避難者の皆様への住宅支援を打ち切るという暴挙にすら出ようとしております。苦しめられて苦しめられて、そしてまた住まいを奪うというような、こんなイジメってないじゃないですか。まず責任を取るべき自分たちがそこに移り住むべきなんですよ。

この間飯舘村に行ってきました。なんと、あの美しかった村のほとんどのところにフレコンバッグの山ですよ。そこへ戻れ戻れって、いったいどういう神経でそういうことが言えるのかと思いますよ。

責任を取るべき人たちが全く責任を取らないがために、このようにおかしなことが起きてるんですよねえ。国民の税金の使い方、間違っていると思いませんか。

今からでもいいから早く裁判を初めて、東電の幹部達の責任をはっきりさせること。それを早急に始めてもらって、そして今政府が進めているやり方も撤回してもらう。それからじゃなきゃ話は始まらないと思うんですよ。

みなさん、私、ほんとに悔しいんですよ。6年前の原発事故の後、避難命令が出ために、津波で海岸に打ち上げられた人たちや、車の中でクラクションを鳴らして助けを待っていた人たちを助けることができなかった。全く無傷、傷ひとつない遺体が後でたくさん見つかったそうですよ。ガリガリに痩せて、あばら骨が見えるぐらい痩せて、助けを待って待って待って、亡くなっていったんですよ。消防隊員も警察も、もうみんな悔しい思いをしてるんです。身内を失った家族の悲しみ、苦しみたるや、もう想像がつかないぐらいでございます。本当なら助かったはずの命がたくさんたくさん亡くなってるんですよ。

その人たちが最後に見た景色はなんだったのでしょうか。空に飛ぶカモメの群れでしょうか。それとも爆発で吹き飛んだ原発建屋の破片でしょうか。最後に聴いた音はなんだったのでしょうか。爆発音でしょうか。それとも寄せては返す波の音だったのでしょうか。

原発事故の責任を取ることと再稼動を絶対にやめること。もう一度でも事故が起きたらこの国は破滅ではありませんか。チェルノブイリの苦しみや福島の悲しみを教訓にしないで再稼動するとはなにごとでしょうか。

講談の世界では、悪者はやっつけられることになってるんですよ。勧善懲悪っていって、正しいことをしてる人が助かることになってるのに、今の世の中真逆じゃないですか。なんですか、強きをどんどん助けて弱きをどんどんくじいてゆく。講談師としても、許せません。

日本には抵抗の文化が無い、と言われることがありますが、昔から抵抗はしてきたんです。このように言われるのは、抵抗がまだ文化になっていない、ということなんだと思います。私たちは、抵抗の文化を打ち立てていきましょうよ。

そして、庶民が痛い目にあっていく弱肉強食の世の中が続いていく限り、私たちの抵抗の文化を昇華させていきましょうよ。そのためにもですね、私は講談で訴えていきます。微力ですけれども、理不尽な目にあった人のお話をどんどんどんどん語っていきます。

私たちは決して諦めない。呆れ果てることが雨あられと降ってきても、呆れ果てても諦めないで参りましょう。みなさん一緒に、いいですか。呆れ果てても諦めない。呆れ果てても、諦めないぞ!

神田香織さん

[撮影・文]大宮浩平

▼大宮 浩平(おおみや・こうへい)
写真家 / ライター / 1986年 東京に生まれる。2002年より撮影を開始。 2016年 新宿眼科画廊にて個展を開催。主な使用機材は Canon EOS 5D markⅡ、RICOH GR、Nikon F2。
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〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』11号

この国の夜と霧──福島避難解除と東芝破綻で始まる新年度を前に

明日から、地獄の上にさらなる地獄を強いられる人々がいる。福島第一原発事故の避難指示解除地域に住んでいて自主避難していた方々への住宅補助が本日31日で打ち切られるのだ。28日には、関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)について、大阪高裁(山下郁夫裁判長)は、大津地裁が出した運転差し止め仮処分決定を取り消し、運転再開を求めて保全抗告していた関電側の訴えを認めた。「安全性が欠如しているとはいえない」と判断した。この決定を受け、関電は近く運転停止中の高浜3、4号機の再稼働に向けた手続きを進める方針だ。

◆二つの現実を前に──徹底した「無答責」が行き渡っている

ことには軽重がある。この二つの現実を前に私たちはどちらを優先的に思慮し行動すべきか。軽重があってもやはり双方を無視するわけにはゆかない、との凡庸な回答しか私の貧弱な頭脳からは引き出せない。

避難者にとっては既に原発事故は起こってしまっていることで、それにより流浪生活を強要されている。どうして加害者が勝手に補助の打ち切りを決めることが許されるのか。それはおそらく、この島国には法の支配がなく、徹底した「無答責」が行き渡っているからであろう。

だとしても法哲学議論の前に「生活をどうしてくれるのだ」との問いに為政者や東電は答えねばならない。しかし彼らは答えない。おそらく答えないのではなく、答える「能力がない」と言ったほうが適切だろう。


◎[参考動画]日本テレビ「町には戻れない」避難解除の町の“苦悩”(FujioTv 2017年3月28日公開)

◆山本太郎議員が問うたJCOレベル4と福島レベル7の対応矛盾

一貫して原発問題を追及する山本太郎参議院議員が3月21日復興特別委員会で質問を行っている。質問で茨城県のJCOで1999年に起こった事故を引き合いに出している。鋭い注目点だ。この事故では臨界を目にするという、恐るべき体験をした被害者が亡くなり、1ミリシーベルト以上の被爆をした人が政府発表で119人茨城県の調査では666人出ている。事故はレベル4と認定され、茨城県はその後、3億円の基金を設け被曝した人々、または不安を感じる人々対して、健康診断が無料で受診できる体制を整える。そして1999年生まれの新生児には生涯無料での受診の権利を与えている。

果たしてこの対処が充分なものであるのかどうかには議論があろうが、他方レベル7事故で住処を追われた人々には「勝手にしろ」と言い放つのがこの島国の政権である。1ミリどころか、「20ミリシーベルト以下ならば大丈夫」なのだから、もう理性も科学も論理も倫理も何もない。住宅支援を打ち切られた避難者には失礼に当たるが、国際的にも伝わるように「原発事故難民」とでも名付けてはどうだろうか。


◎[参考動画]山本太郎議員 東日本大震災復興特別委員会質疑(山本太郎事務所2017年3月21日公開)

何の落ち度もない被害者が避難先では、無知と無意識という名の悪意により差別され、子供がいじめの対象になっている。子どもの態度は大人社会の合わせ鏡で、言葉では決して罵倒したり、けなしたりしはしないが、政策的に「棄民」される人々には絶望か怒りのほかにどのような感情の選択の余地があるというのだ。これはまがうことなき行政による「緩慢な殺人」行為であり、殺されようとしている人々を傍観している者もまた同罪だ。いわんや、東京オリンピックだの原発輸出だの妄言を吐いている連中には早晩罪状が言い渡されるだろう。

◆東芝の崩壊で新年度を迎える日本の経済界

東芝はその露払い役として、実に1兆円の損失を出し、実質上崩壊を迎える。三菱、日立にも同様の宣告がなされる日が必ずやてくる。「経済界」は東芝の崩壊をどう考えるのだろう。人格や人間性を失った「大企業利潤追求唯一主義団体」の経団連は、連鎖倒産を想像しないのか。それによる大不況の心配はないのか。さしあたりの利潤確保以外にお前たちには関心事はないのか。

JRは本気で日本アルプスの下に長いトンネルを掘り、リニアモーターカー運行ができると考えているのか。乗車運賃が新幹線の1.5倍になると言われる延々と続くトンネルの中で安穏と過ごす乗客がいると本気で思っているのか。

日常に埋没してゆく理性や人間性が表面上悪意なさそうに「緩慢な殺人」を支える。こんな社会の一員でいることに恥を感じなければ理性ある人間とは言えないと、新年度を迎えるにあたり自戒を込めて断言する。


◎[参考動画]東芝が米原発子会社WHの破産申請承認受けて記者会見(THE PAGE 2017年3月29日公開)


◎[参考動画]株主「上層部だらしない」東芝巨額損失に怒りの声(ANNnewsCH 2017年3月30日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』11号

3・11東電本店前抗議行動──『NO NUKES voice』ルポ〈1〉

東京電力が引き起こした原発事故。あれから6年を経た今日も、悲惨な状況は続いている。2017年3月11日、東京電力ホールディングス本店前にて東電に対する抗議行動が行われた。蟻の目で記録した現場の様子と参加者の声。ビジュアルと文章でお伝えする。

◆福島返せ! 命を返せ! 情報隠すな! 原発反対!

東電本店が所在する内幸町は、千代田区の南東端に位置し、中央区・港区との区境にあたる。歩くことの好きな筆者は東京の道をそこそこ知っている。すこし離れた東京駅で電車を降り、銀座中央通りを南へ。新橋の手前で右折すれば山手線の下を潜って内幸町へ出ることができる。見つけた。山手線の“内側”に沿って建つ、これが東電本店だ。東電を背に、南を向いて集まっているのが警察と公安。道路を挟んで南側。角地に集まっているのが抗議活動参加者。間の道を走る高級車は、少し速度を緩め、なんとなく様子を眺めて銀座へ向かう。

たんぽぽ舎・柳田真さんの挨拶を経てシュプレヒコールが始まった。
福島返せ! 命を返せ! 情報隠すな! 原発反対!

たんぽぽ舎共同代表の柳田真さん
福島返せ! 命を返せ! 情報隠すな! 原発反対!

◆経産省前テント広場の共同代表、淵上太郎さん

午後2時から始まった抗議活動。シュプレヒコールに続いてマイクを握った淵上太郎さんは、経産省前テント広場の共同代表として活動している方だ。

「今日、あの福島の事故から6年が過ぎました。私たちはこの6年間、原発事故における東電の責任を追及してきました。そして原発政策へ反対するために、40回以上にわたってここ東電本店前で抗議行動を行ってきました。本日は3月11日。改めて東京電力に対して抗議の意思を示したい。そう思うわけです。
 なぜ抗議を続けるのか。それは、反省というものがまるで為されていないからであります。政府や行政は、福島をはじめとする原発事後被災地へ、極めて巧妙なやりかたで被災者を帰還させようと強行しています。4月1日から、避難者に対する住宅補償を打ち切ると言っている。ある福島の女性が『頭の中では帰還したいと思っているけれども、体が許さない』と話していました。帰るにしろ帰らないにしろ、極めて厳しい選択を迫られているわけです。それを迫っているのは、東電であったり日本の政府であったりするわけです。
 聞くところによれば、福島では放射能の“ほ”の字も口に出すことができない。こんな風になっている。そういう社会的な雰囲気が、東京電力や政府によって作られているということを、私たちは暴露しなければならないし、またこれと戦っていかなければいけない。これからも戦い続けるためには、大勢が声を揃え、肩を組んで進んでいくことによって、必ず新しい時代を切り拓くことができるだろう。そういう確信の下で本日の抗議行動も続けていきたいと思います」(淵上太郎さん)

経産省前テント広場の共同代表、淵上太郎さん

◆札幌の大規模集会で活躍した“自転車隊”の皆さんも

参加者のなかには、これまでの取材でお会いしたことのある方もいる。札幌での大規模集会で活躍した“自転車隊”の皆さんもそうだ。

札幌の大規模集会で活躍した“自転車隊”の皆さんも
双葉町からの避難者、亀屋由紀子さん

◆双葉町からの避難者、亀屋由紀子さん

東日本大震災の地震発生時刻が近づき、参加者による黙祷が捧げられた。写真左端に映るのは、福島県双葉郡双葉町から避難してきた亀屋由紀子さん。力ある声だと感じたのでここで紹介する。

「みなさんこんにちは。ふるさと双葉町を離れてもう6年です。この6年間、すごく辛い、耐えられない、なんぼ嫌な思いしたか分かりますか。この東電が無かったら、こんな苦しみは無かったんです私たちは。私は、再稼働に反対です。なぜかというと、自分が3・11で避難してくるときが地獄でしたから。なんにも持たない、テーブルもない、ダンボール拾ってきて新聞敷いて、ほんとうに地獄でした。同じ痛みを味わいさせたくないから、私は再稼働に反対なんです。絶対に再稼働させないでください。一番悔しいのは、双葉町とか浪江町なんですよ。原発から10kmくらいしか離れていないのに、なんで避難解除するんでしょうか。こんな危ないところに帰れない。わたしは絶対許せない。一言でいうと、双葉に帰りたい。今すぐにでも帰りたい。帰られるものなら今すぐにでも。でも帰れない。どんなことがあっても再稼働させないように、みなさん、これからもよろしくお願いします」(亀屋由紀子さん)

次回は集会に参加してスピーチを行った、ルポライターの鎌田慧さんと講談師の神田香織さんを紹介する。

[撮影・文]大宮浩平

▼大宮 浩平(おおみや・こうへい)
写真家 / ライター / 1986年 東京に生まれる。2002年より撮影を開始。 2016年 新宿眼科画廊にて個展を開催。主な使用機材は Canon EOS 5D markⅡ、RICOH GR、Nikon F2。
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〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!
 

行動する精神科医、高木俊介氏が見た福島──『NO NUKES voice』11号

あの時、小学校に入学直前だった子供が中学校へ進学する。小学校6年生で卒業式を終えた児童の大半は高校を卒業したことだろう。20歳だった青年も26歳。皆年齢だけは、毎年1つづつ平等に重ねてゆく。彼らの中であの日の記憶はどうなっているのだろうか。震災直後東京の少なくない高校生は「原発反対デモみたいに」という言葉を、異形のものを示す侮蔑表現として使っていたが、成人した彼らの認識に変化はあるだろうか。

◆6年の年月を経ても変わらない(変えることのできない)風景

高木俊介さん(精神科医)1957年、広島県生まれ。京都大医学部卒業。日本精神神経学会で、精神分裂病の病名変更事業にかかわり「統合失調症」の名称を発案。2002年に正式決定された。04年、京都市中京区にたかぎクリニック開設。著書に「ACT-Kの挑戦」(批評社)、「こころの医療宅配便」(文藝春秋)など

6年の年月を経ても変わらない(変えることのできない)風景がある。15日発売の『NO NUKES voice』に登場して頂いた精神科医、高木俊介氏は、震災後何度も福島に足を運び、診察所の開設や子どもの保養を独自に進めてきた方だが、その高木医師が震災5年後(昨年12月)、国道6号線の光景を目にしてあっけにとられたという。

まったく手が付けられずに放置された膨大な地域。道路だけは名目上「除染」されたことになってはいるが、その周辺には人の手が及ばない。本当は人が入ってはならないほど汚染はいまでも深刻だが、国道6号線は「開通」してはいる。ただし通行を許されるのは車両のみで、バイクははいれない。言わずもがな、いまだに空間線量が高いので「体が剥き出しのバイクは危険」というのが、国(あるいは県)の判断だ。だが飛んでくる放射線は、紙一枚で止められるアルファー線だけではない。車の薄いボディーやガラスなど無関係に透過してしまうベーター線やガンマー線だって飛んでるだろう。それに空間の数値とは関係なく、地面には膨大な核種が積もっているのだ。

色も、匂いも、手触りもない。いや、正確にはそれらが感じられるほどの量を目視できる場所に立てば、人間は即死してしまうから知ることが出来ない。それが放射性物質の猛烈な「殺傷力」の本質だ。

◆この国は持つのか?

どうするつもりなのだろうか。政府や東京電力は。さしあたり除染や廃炉、補償に必要な額として「20兆円貸してくれ」と東京電力は国にすがりついている。20兆円は2016年度国家予算の約25%に相当する。そんな巨額を1私企業に無担保で貸し付けても大丈夫なのか。

しかもこの金額は「さしあたって」のものであり、これだけで済むものではない。最近になって「本当は40兆円」という噂が流れている。40兆円なら国家予算の約半分弱。国家予算の半額を1私企業の犯罪を贖(あがな)うために投入するような予算は、さすがに表向きできない。そうでなくとも公債(国・地方あわせ)の発行残高が1500兆円を超え、国民総資産を間もなく凌駕(りょうが)しようという、破産寸前の財政状態にあって、この国は持つのか。

◆私たちが生きている国の政権は「愚か」の極みである

高木医師は自分自身が被災地に関わる中から体感した、被災地の惨状と、原発への危機感、さらにはこの国の行く末について、重大な警鐘を語りかけてくれている。

「どうすればよいのかを、誰か知っていたら教えてください」

脱原発に長年かかわる人びとは、示し合わせたようにそう口にする。でも、そう語りながらも原発の危険性を一人でも多くの人に理解してもらおうと、血のにじむような思いで、何十年もひたすら語り、行動することをやめたり、あきらめたりはない。おそらくその行動の中にしか回答はないのだろう。

ドイツや台湾のように人間として標準的な判断力を有している政府であれば、「こんな危険なものは国を滅ぼし人びとに惨禍を与えるだけだ」、と福島第一原発事故を見て気が付く。真逆に残念ながら事故を起こしたこの国の政権は、それでも原発を続けるという。日本語でこの様な行為を「愚か」と表現する。しかしながら残念なことに私たちが生きている国の政権は「愚か」の極みである。そうであるのであれば「愚か」さに相対してゆくしか方法はない。

◆被災当事者の痛みを私たちはまだ十分に理解していない

1月21、22連日大阪で「再稼働阻止全国ネットワーク」主催による、「全国相談会」と集会、デモ、関電包囲行動があった。「全国相談会」は毎度のことではあるが参加者の平均年齢が高い。平均年齢をぐっと引き下げているのは福島から避難してきたお母さんや子供たちだ。避難して「闘う」ことを決意したお母さんたちの目の奥にはある種の「覚悟」がある。「全国相談会」で議論が散逸しそうになると、「私たちさっきから議論を聞いていて、本当に大丈夫なのかなというのが正直な感想です」と厳しい批判をで議論を軌道修正する。

そうだろうな、と同感する。まだ被災当事者の痛みを私たちは、十分に理解していないのだ。自省を迫られた気がした。しかし「十分理解できていなかった」ことを認識することは大きな前進であり、社会運動の成長はそれを構成する個々の人格的向上や、専門知識の吸収度合いと軌を一にするのであろう。

「全国相談会」の参加者200名は集会で400名に、デモと関電包囲行動には1000人に膨れ上がった。雨中のデモであったがあの長い列は、組織動員もない中、圧巻であった。しかしその様子を伝えたマスメディアはない(本誌を除いて)。震え上がるほど気温は低かったが「原発を止める」い熱い意志に揺るぎはないことを再度認識する2日間であった。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!
『NO NUKES voice』11号発売開始!

那覇地裁で本日初公判『NO NUKES voice』は山城博治さん即時保釈を求める!

不当逮捕で長期勾留されている沖縄平和運動センター議長の山城博治さん

15日に発売された『NO NUKES voice』第11号には福島現地からの声も当然満載されている。特集Ⅰは「3・11から6年──福島の叫び」だ。原発事故をきっかけに大熊町の町会議員になった、木幡ますみさんは震災が起きたあの日、あの時刻に偶然にも友人たちと「原発震災」の話をしておられたそうだ。まさかの偶然が現実の悪夢となって、どれほど恐ろしい思いをされたことであろうか。木幡さんは静かに、ひたひたと怒りをつづっている。

原発推進標語「原子力明るい未来のエネルギー」が街に飾られる標語に採用された経験を持つ大沼勇治さんは、この6年間、被災地で脚光を浴びた方の一人でもあった。自身が「騙されて」作った標語を未来への教訓として残すべく、双葉町に働きかけたり、本誌でご紹介した通り、元の標語の前に立ち原発を批判するメッセージを掲げたり様々な行動をしてこられた。大沼さんだからこそ味あわなければならなかった、苦渋と決意があかされる。佐藤幸子さんは事故後早い時期から文科省をはじめとする政府機関や東電への抗議の先頭に立ち、鋭い批判や行動力を発揮されてきたが、運動の中でも過酷な事態に直面したことを告白されている。福島敦子さんは京都へ避難し裁判闘争に直面せざるをえなくなる。

被災者は異口同音に政府の欺瞞を糾合し、健康被害への過小評価、事故は「無かったこと」にしようとする政府を中心とする動きに真っ直ぐな異議を申し立てている。健康被害同様、事故の「風化」への危機感も同様だ。何よりもまず、被災しながらくじけることなく闘い続ける人たちの声を聞こう。専門家と自称し嘘を語って儲けにしている人間に対しての対抗言語の最強の反撃は、闘い続ける被災者の声の中にある。

特集Ⅱは「逆流の原発輸出 本流の原発破綻」だ。間もなく上場廃止が避けられない状況まで屋台骨が傾いた「東芝」。優秀な電気関連機器、半導体メーカーとしてその名を世界にとどろかせていた「東芝」は原発に深入りし過ぎたために、破たんを迎える。山崎久隆さんの解説は日経新聞よりも正しく詳細にその原因を解き明かす。

森山拓也さんはトルコへの原発輸出策動を現地の人がどのように受け止めているかを、トルコの反原発運動家の声を通じて紹介している。井田敬さんは先日憲法裁判所がパククネ大統領弾劾を決定するに至った韓国における市民運動と原発産業の現状を、昨年11月自身が訪韓した際の取材を中心に報告する。100万人を超える集会が開かれている大事件を多くの日本人は知らない。井田さんの報告はパククネ弾劾に至る韓国の多様な市民運動の姿を知る格好のテキストだ。佐藤雅彦さんは「原発ゼロの世界地図」を解説、須藤靖明さんは主として九州の火山と原発の危険性を指摘する。

その他各地の運動情報や報告も満載だ。『NO NUKES voice』は絶対に福島第一原発事故を風化させない。

国際的にも不当な長期勾留が問題視される中、一刻も早い山城さんの保釈を!

◆山城さんの「訂正と謝罪」文をそのまま1頁掲載

ところで、本号には少し異色な1頁がある。本日17日、那覇地裁で初公判をむかえる沖縄平和運行センター議長、山城博治さんからの「山城博治インタビュー記事に関する訂正及び謝罪」だ。山城さんには『NO NUKES voice』10号にご登場頂き、私が伺ったお話をそのまま掲載した。ところが取材直後に山城さんは不当逮捕されてしまい接見禁止とされたために、ご本人にインタビュー原稿を確認して頂くことが出来なかった。

編集部としては問題なしと判断しそのまま前号に山城さんのインタビューを掲載したのであるが、拘置所にいまだに閉じ込められている山城さんが前号をお読みになり、弁護士の先生を通じて「訂正をしたい」旨のご連絡があった。通常の取材であれば、取材に応じて頂けた方に確認をして頂いた後に記事を掲載するのだが、上記の事情により山城さんご本人に確認することなくインタビュー記事を掲載し、それにより山城さんには大変なご心配をおかけしたことを、私自身深く反省し、お詫びを申し上げたい。

山城さんの「訂正と謝罪」は頂いた文章をそのまま1頁掲載した。「訂正と謝罪」にも山城さんのお人柄が溢れている。重ねて山城さんと、訂正記事掲載にご協力いただいた沖縄平和運動センターの皆様と弁護団の先生方にお詫びとお礼を申し上げる。国際的にも不当な長期勾留が問題視される中、一刻も早い山城さんの保釈を!


◎[参考動画]脱原発集会での山城博治さんのスピーチ(2016年3月26日原発のない未来へ!全国大集会)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求める『NO NUKES voice』11号
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