【緊急報告!】『週刊金曜日』植村隆社長による、再三にわたる鹿砦社に対する村八分、排除の論理の行使に断固抗議します! 言論の多様性をみずから棄て教条主義的に森奈津子編『人権と利権』を「差別本」扱いすることの危険性 鹿砦社代表 松岡利康

『週刊金曜日』発行人にして株式会社金曜日社長の植村隆氏がまたしても鹿砦社に対し執拗に“決別宣言”し、鹿砦社の出版活動を非難されています。

植村社長は、同誌最新号1435号(8月4日/11日合併号)に「さようなら、鹿砦社! 長い付き合いに感謝」なる、人を食ったようなコラムを掲載され、言葉は表向き丁寧で、まさに“真綿で首を絞め”ようとするかのような表現で、あらためて森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』を「差別本」として規定して詰り、この本を製作・発行した鹿砦社の広告を、今後掲載しないことを内外に公言し、まさに鹿砦社を「ヘイト出版社」扱いし排除、出版メディアの世界において村八分に努めています。まるで『週刊金曜日』は良い雑誌、これを発行する株式会社金曜日は良い出版社で、一方鹿砦社の本『人権と利権』は「差別本」であり鹿砦社は悪い出版社であるかのような口ぶりで、それを判断するのは『金曜日』でありボスの植村社長と言わんばかりです。実際にこう触れ回っている徒輩もいます。

植村社長のコラムが掲載された『週刊金曜日』1435号(2023年8/4、8/11合併号)
問題となった広告 『金曜日』1450号(6月16日号)

この際、植村社長が基にするのが同社の2019年6月20日制定の「『週刊金曜日』広告掲載基準(内規)」なるもので、ここに記載された「差別、プライバシーの侵害など基本的人権を侵害するおそれがあるもの」は「掲載できません」としています。さらには「本誌の編集方針に合致しない企業は掲載しない」とも記載されています。

制定の日付からして、これは植村氏が社長就任してから制定されたものと推察できます。これに基づき、何をもって「差別」とするかの規定、基準を明らかにもせず(『金曜日』と植村社長が「差別」と言えば「差別」?)、『人権や利権』を「差別本」、鹿砦社を「ヘイト出版社」とするのでしょうか? その「内規」で教条主義的に「差別本」「ヘイト出版社」と判断されてはたまったものではありません。そういう「内規」というものは〈死んだ教条〉ではなく、〈生きた現実〉の中で、その時々で検討され改善されていくものではないでしょうか。『金曜日』の体質としてよくいわれるのは教条主義的ということですが、まさに〈左翼教条主義〉といえるでしょう。

人の世には、人それぞれ多様な意見や生き方があります。私たちは多様な言論を尊重し最大限それらを汲んで雑誌や書籍を編集・発行しているつもりです。『金曜日』や植村社長はこのことを自ら否定し、異論を排除せんとしています。異論や多様な言論を主張する私たち鹿砦社を、いわゆる「リベラル」「左派」界隈において村八分にしようとしています。排除はやめろ! 村八分はやめろ! 

植村隆社長(2019年12月7日の鹿砦社50周年の集いにて)

◆鹿砦社の広告をめぐる問題

長いこと(創業54年)出版社をやっていれば広告が問題となることは何度かありました。いい機会ですので、2件ほど挙げてみます。

一つは、古い話ですが、鹿砦社第二次黄金時代(第一次は1969年の創業から70年代前半、第三次は2010年代前半)の1995年、毎日新聞との訴訟です。別掲の記事の上部の広告ですが、毎日新聞に念願の全面広告を出すことになり、代金(内金)300万円も代理店を通じ支払い、版下も送り、東京本社版、大阪本社版ともに日程も決まっていたのに、その数日前にドタキャンになりました。これも毎日新聞の内規に触れ「品位を汚す」ということでした。やむなく東京地裁に提訴、高裁まで争いましたが、結果は敗訴。勝ち負けの問題ではなく、異議申し立てが目的の提訴でした。

『週刊現代』2018年5月15/12日合併号 この左上の広告が毎日新聞社により掲載拒否された

もうひとつは、『金曜日』です。これは鹿砦社の広告の掲載日が、偶然に映画監督・原一男とSEALDs奥田愛基との対談の号とバッティングし、これに原一男監督が激怒、当時の北村肇社長を何度も呼び出し理不尽な抗議を行い、すでに病に冒されていた北村社長の死期を早める結果となりました。われわれの世代にとってカリスマだった原監督が実は器の小さい人間だったことがわかり私(たち)を落胆させました。

この件では、鹿砦社になんの非もありません。また、『金曜日』についても、広告掲載の号を前週か次週にするなどの工夫はしたほうがよかったかもしれませんが、それは結果論で『金曜日』にも非はありません。原監督の子どもじみた“抗議”こそ批判されるべきでしょう。

『週刊金曜日』1100号(2016年8月19日号)

そして、今回の問題、これは『金曜日』が鹿砦社の広告をしっかりチェックせず掲載したことが問題ではなく、広告主の鹿砦社や、くだんの本の編者・森奈津子になんの打診もなく、Colabo仁藤代表や取り巻きらの抗議にあわてふためき、安易にColabo仁藤代表に謝罪し、さらには、あろうことかイエローカードを飛び越して一気にレッドカードへ、今後の鹿砦社の広告を掲載しないことを決定したことが問題ではないでしょうか。

今よく使われる言葉に「多様性」という言葉がありますが、これはどこの世界でも尊重されねばなりません。「釈迦に説法」かもしれませんが、多様な言論は、創刊30年、本多勝一という著名な記者になよって設立された『週刊金曜日』こそが大事にすべきではないんじゃないですか? 『金曜日』に比べ歴史が浅い創刊18年の『紙の爆弾』は、松岡利康と中川志大という無名の二流編集者によって創刊されましたが、そんな私たちに“説教”されるようではダメですよね。

◆私たちの危惧

『週刊金曜日』やブックレット/書籍などの出版物と、『紙の爆弾』をはじめとする鹿砦社の出版物の読者は重なっている部分があります。かつて北村肇さんに聞いた話ですが、『金曜日』の読者は、①共産党支持者、②社民党支持者、③無党派の3つに分けられるとのことです。このうち①共産党支持者が「極左」とする鹿砦社の出版物を支持するわけはありませんから、②の社民党支持の一部と③の無党派の方々が『紙の爆弾』や鹿砦社出版物の読者と重なると思われます。

この意味で、植村社長による、このかんの再三にわたる鹿砦社非難は、とりわけ無党派の方々へ鹿砦社があたかも「ヘイト出版社」であるかのような強い印象を与え、打撃が大きいです。

さらには、寄稿者や著者も『金曜日』と重なっている方々もおられます。『金曜日』の編集者や関係者が、『紙の爆弾』、反原発情報誌『季節』の寄稿者らに、本件のことをたずねられたら、どう答えるのか? 多様な言論を自ら棄てた人たちの物言いがみものです。

鹿砦社は創業50数年、独立独歩、自律した小出版社として、芸能から社会問題までの中で大手メディアが報じない領域の出版物を数多く世に送り出してきました。今20年遅れで大手メディアが取り組んでいるジャニー喜多川未成年性虐待問題も、文春報道・訴訟の以前の95年から取り組んでいます(なので英BBC放送は逸早く鹿砦社に連絡してきたわけで私たちは多くの書籍や資料を提供したわけです)。また、「名誉毀損」に名を借りた逮捕・勾留によって壊滅的打撃を被ったこともありました。しかし、それでも挫けず這い上がってきました。

『週刊金曜日』というカリスマ雑誌のトップに詰られると、『金曜日』と重なる無党派の読者や寄稿者の方々にマイナスイメージを与え、これこそ名誉毀損で被害も決して小さくありません。

昨今よくいわれる、マジョリティ、マイノリティの物差しで言えば、『金曜日』は圧倒的にマジョリティであり、鹿砦社は遙かにマイノリティです。しかし、真理が常にマジョリティに在るのではなく、時にマイノリティに在ることもあります。この点、心ある読者や寄稿者、著者の皆様方のご判断に委ねたいと思います。

◆『金曜日』は他人を詰る前に自らを律せよ! 脚下照顧、内部矛盾を解消してこそ他人を批判できる!

 
中島岳志編集員辞退の言 『週刊金曜日』1453号(2023年7月7日号)

長年『金曜日』の編集委員を務めてこられた中島岳志氏が、時を同じくして編集委員を辞退されました。鹿砦社の問題とは直接関係はないとは思いますが、まずは『金曜日』は自らの足元や内部を反省し改善することが先決ではないでしょうか。

中島氏は「保守派」を自認されていますが、多数いる編集委員の中で『金曜日』でこの立場を堅持することは大変です。「リベラル」、あるいは「左派」を自称する人たちが多い『金曜日』の編集委員の中では調整役として中島氏の存在は貴重だったと思われます。

そうした中島氏がいなくなり、一時は親密だった鹿砦社を排除した『金曜日』がますます「しばき隊」化し、偏狭化していくことが懸念されます。他人の家の中のことにあれこれ口出すわけではありませんが……。

偶然かもしれませんが、鹿砦社広告掲載拒否、中島岳志編集委員辞退は、『金曜日』の今後の行方にとってターニング・ポイントになるかもしれません。

◆「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)について植村社長の見解を問う!

2016年以来、私たち鹿砦社が、会社の業績に影響があることを承知で関わってきた事件が、「しばき隊リンチ事件」ともいわれる「カウンター大学院生リンチ事件」です。事件から来年で10年が経とうとしています。激しいリンチを受けたM君はいまだにPTSDに苦しんでいます。

私と植村社長に共通するのは、「慰安婦訴訟」の植村社長の代理人と、「大学院生リンチ事件」関係訴訟の加害者側代理人に神原元弁護士が中心的に関わっていることでしょうか。神原元弁護士は大学院生M君リンチ事件を「でっちあげ」と強弁していますが、2014年師走に大阪北新地で、李信恵ら5人によって集団リンチが行われたことは厳とした事実であり、これは一連の訴訟の最後になって大阪高裁がリンチがあったこと、李信恵らが連座し、被害者の大学院生が瀕死の重傷を負っているのに放置して立ち去ったこと等を認定し、訴訟の骨格ともいえるこの部分が鹿砦社の逆転勝訴となりました。

被害者の大学院生(その後博士課程修了)の訴訟も併せ、被害の程度からすると遙かに低額の賠償金を加害者5人のうち2人に課しながらも「勝訴」とはいえ決して納得のいくものではありませんでしたし、裁判所は、決して被害者や市民の側に立って判断しないことを、あらためて思い知りましたが、このことは「慰安婦訴訟」で敗訴が確定した植村社長なら同じ想いを持たれることでしょう。

私見ながら、植村社長の「慰安婦訴訟」も、この大学院生リンチ事件に関する一連の訴訟も、黒薮哲哉氏が指摘されるように「報告事件」(詳しくは生田暉雄元大阪高裁判事著『最高裁に「安保法」意見判決を出させる方法』を参照してください)だと思っています。

『金曜日』や植村社長が「人権」を口にするのであれば、神原弁護士はじめリンチ事件(と、この隠蔽)に直接、間接に関わった人たちが『金曜日』の誌面に何人も登場していること、一時は毎回鹿砦社の『金曜日』広告には、一連のリンチ事件関係書(6点)の広告を出広していたことなどから、この事件について植村社長の見解をぜひお聞かせいただきたいと要請し拙稿を閉じたいと思います。

株式会社 鹿砦社 代表
松岡利康

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市民運動に対するタブー 『週刊金曜日』と『人権と利権』の書籍広告をめぐる事件 黒薮哲哉

株式会社金曜日の植村隆社長が鹿砦社の『人権と利権』に「差別本」のレッテルを張った事件からひと月が過ぎた。7月の初旬、両者は決別した。事件は早くも忘却の途に就いている。重大な言論抑圧事件が曖昧になり始めている。

事件の背景に、市民運動に依存した『週刊金曜日』の体質がある。ジャーナリズムの視点から市民運動の在り方を客観的に検証する姿勢の欠落がある。

この点について自論を展開する前に事件を概略しておこう。

◆Colaboの仁藤氏らによるSNS攻撃

Colaboは、仁藤夢乃氏が代表を務める市民運動体である。「中高生世代の10代女性を支える活動」を展開してきた。日本最大の歓楽街・東京の歌舞伎町などで、売春などに走る少女を保護・啓蒙する活動を続けてきた。そのための公的資金の援助も受けていた。

事件の発端は、鹿砦社が『人権と利権』の書籍広告を『週刊金曜日』に掲載したことである。この中にColaboの不正経理疑惑に関する記述も含まれていた。

これに反発した仁藤氏らが、SNSなどで、『人権と利権』の書籍広告を掲載した『週刊金曜日』を激しく非難した。仁藤氏も、『週刊金曜日』を指して「最悪」と投稿したという。

謝罪に訪れた植村社長(左)、右はColaboの仁藤氏

こうした動きに動揺した『週刊金曜日』の植村社長は、文聖姫編集長と共に仁藤氏のもとを訪れ、『人権と利権』の広告掲載を掲載した事に対して謝罪したあげく、『週刊金曜日』誌上で謝罪告知を行った。植村社長らは、『人権と利権』の編著者である森奈津子氏と鹿砦社に対する聞き取り調査は行っていない。『人権と利権』を一方的に差別本と決めつけ、その旨を公表したのである。

さらに植村社長が鹿砦社を訪れ、今後は鹿砦社の広告を『週刊金曜日』に掲載しない旨を申し入れた。

事件を総括すると、植村社長がSNSの激しい攻撃に屈して、鹿砦社との決別を宣言したということになる。反戦映画を上映する映画館に対して、右翼が街宣車などで妨害し、それに屈して映画館が上映を中止するのと同じ構図が、「ネット民」と『週刊金曜日』の間で起きたのだ。ある意味ではSNSの社会病理が露呈したのである。

わたしは、自著『新聞と公権力の暗部』(鹿砦社)の書籍広告が問題となった『人権と利権』の書籍広告と同じ枠に掲載されていたこともあって、植村社長に質問状を送った。そして植村社長からの回答を待って、「週刊金曜日による『差別本』認定事件、謝罪告知の背景にツイッターの社会病理」と題する記事を、みずからのウェブサイトに掲載した。

この記事は、フェイスブックの「FB『週刊金曜日』読者会」にも投稿したが、公表の承認を得ることはできなった。

◆公的資金の検証は納税者に許される当然の権利

さて、この事件を通じてわたしは、市民運動とジャーナリズムのあり方を再考した。市民運動を無条件に「正義」と決めつけていいのかという問題である。やはりちゃんと取材して、市民運動のやり方に問題があれば、それを指摘すべきだというのが、わたしの考えだ。

鹿砦社が『人権と利権』の企画を通じてColaboを検証対象にした背景には、この市民運動体が東京都から多額の公金を得ていた事情がある。しかも、その公金に対する住民監査請求が通った。最終的に東京都は、不正経理は無かったと結論づけたが、都の発表が真実とは限らない。住民の視点から公的資金の使途を再点検するのは納税者に許される当然の権利である。

ところが植村社長は、当事者を取材せずに、一方的に謝罪告知を行ったのである。市民運動体=正義という偏見と、『週刊金曜日』が多くの市民運動体に支えられている事情が背景にあるようだ。

◆過去のしばき隊の問題でもトラブル

実は、今回の事件と類似した出来事が過去にも起きている。これについて植村社長は、鹿砦社の松岡社長に送付した書面の中で次のように述べている。

2016年8月19日号の弊誌でも、今回と似たようなトラブルがありました。同号はSEALDs の解散特集でした。代表の奥田愛基さんと映画監督の原一男さんとの対談がメインで、表紙は両氏が並んでいる写真でした。その裏表紙には『ヘイトと暴力の連鎖 反原連─SEALDs─しばき隊─カウンター』と題する貴社の書籍の広告が掲載されていました。

「SEALDs を特集しておいて、SEALDs を叩く本の広告を載せている」などと、弊社は様々な批判を受けました。北村肇前社長時代のトラブルですが、その記憶は、弊誌の読者に強く残っており、私が社長になった後も、「鹿砦社の広告を出すべきではない」という批判の手紙などが私の手元や編集部に送られてくることもありました。

『週刊金曜日』に、鹿砦社の『ヘイトと暴力の連鎖 反原連─SEALDs─しばき隊─カウンター』の書籍広告を掲載した際に、同社に市民運動の関係者から批判が殺到し、それが今回の植村社長の方針にも影響しているというのだ。ただし、北村前社長は植村社長と異なり、外圧には屈しなかったが。

◆市民運動に対するタブー

『週刊金曜日』が創刊されたのは1993年だった。本多勝一氏らが中心になり、最初は日刊紙を創刊する方向で可能性を探っていたのだが、その壁は高く、前段として週刊誌を立ち上げたのである。当時は、広告に頼らないタブーなきメディアを目指す方針を打ち出していた。実際、既存のメディアが取り上げない事件を扱うようになった。ジャーナリズムとして一定の役割を果たすようになっていたのである。

(左)しばき隊、(右)反核運動の闘士。いずれも健全な社会運動の足を引っ張っている

記事の内容について抗議があった場合、反論を掲載する方針もあったように記憶している。「FB『週刊金曜日』読者会」が、わたしの投稿を受け付けなかったことからも明白なように、現在は、反論権の尊重という考えも捨てたようだ。

しかし、市民運動はそれほど崇高なものなのだろうか。もちろん模範となる市民運動が存在することも紛れない事実である。だが、問題を孕んでいる運動体があることも否定できない。たとえばしばき隊である。

周知のようにこの市民運動体は、2014年12月に大阪市の北新地で暴力事件を起こした。ニセ左翼という評価もある。被害者の大学院生は、鼻骨を砕かれるなど瀕死の重傷を負った。事件現場の酒場にいたリーダー格の女は、自分は暴行には加わっていないと逃げとおしたが、大阪高裁の判決で次のような事実認定を受けた。

被控訴人(リーダー格の女)は、Mが本件店舗に到着した際、最初にその胸倉を掴み、AとMが本件店舗の外に出た後、聞こえてきた物音から喧嘩になっている可能性を認識しながら、飲酒を続け、本件店舗に戻ってきたMがAからの暴行を受けて相当程度負傷していることを確認した後、「殺されるなら入ったらいいんちゃう。」と述べただけで、警察への通報や医者への連絡等をしないまま、最後は負傷しているMを放置して立ち去ったことが認められる。

被控訴人(リーダー格の女)は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。

ところが『週刊金曜日』はこの事件をタブー視していて、事件の概要すらも報じていない。同誌の支援者にしばき隊の関係者が多いこともその原因かも知れない。

この事件を扱った『ヘイトと暴力の連鎖 反原連─SEALDs─しばき隊─カウンター』の書籍広告を『週刊金曜日』に掲載したところ、抗議が殺到したことは、先に植村社長の書面を引用して説明した通りである。

しばき隊の他にも、過激な市民運動は存在する。たとえば「喫煙撲滅運動」を推進している人々である。彼らは喫煙者に対して憎悪に近い感情を持っていて、自宅で窓を閉めて煙草を吸った住民に対して、4500万円の損害賠償を求める裁判を支援した。支援の具体的な方法として、たとえば市民運動のリーダーである医師が裁判の原告のために偽診断書を作成した。この診断書交付は、「裁判の中で医師法20条違反の認定を受けている。この事件については、拙著『禁煙ファシズム』に詳しい。

電磁波問題に取り組んでいる市民運動体の中にも、首をかしげたくなる運動体がある。たとえばAという団体は、体の不調の原因を全て電磁波のせいにする。本当の「電磁波過敏症」と精神疾患の区別もしない。誰でも自分たちの運動に巻き込んで、会員を増やして、会費(機関紙代)収入を増やす意図があるからだ。科学的根拠に基づいた情報発信とは無縁と言っても過言ではない。情報の信憑性という点でも鵜呑みにするのは危険なのだ。

わたしが観察する範囲では、有益な市民運動体がある反面、反社会的な性質をした市民運動体もかなり多い。となれば市民運動も当然ジャーナリズムの監視対象にしなければならない。

『週刊金曜日』は、創刊の原点に立ち返って、あらゆるものに対するタブーを排除すべきではないか。

【付記】

上記に触れられている、過去の広告問題について、当時の「デジタル鹿砦社通信」(2016年9月10日号)の記事を以下再録しておきます。この通信のコピーは植村社長来社の際に手渡ししています。(松岡利康 鹿砦社代表)

原一男監督のブログ記事について──松岡利康(鹿砦社代表)

2016年9月10日 付け「デジタル鹿砦社通信」再録

伝説的な映画『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督がそのブログ(2016年9月8日付)で「週刊金曜日『鹿砦社広告問題』に触れて」と題して執筆しておられます。私たちにとって原監督は雲の上の存在です。こういう形ではありますが採り上げていただいて、ある意味、感慨深いものがあります。

同時に、いってしまえば、たかが広告如きで、原一男ともあろう名監督が不快感を覚えられ、『金曜日』と激しくやり合われている様に驚くと共に忸怩たる想いです。

原監督は今後、『金曜日』に連載されるということですが、その連載と当社の広告が再びがち合うこともあるやと思われます。その際も、いちいち『金曜日』とやり合われるのでしょうか?

くだんの広告は、もう数年前から毎月1度(2度の時期もあったり、毎週文中に出広していた時期もありましたが)定期出広していて、SEALDs解散特集とがち合ったのは偶然で、掲載誌が送られてきて私たちも初めて知り驚いた次第です。

もし、SEALDs解散特集とがち合うことが予め判っていたならば、右上の広告は『SEALDsの真実』にしたでしょうし、また掲載をずらして欲しい旨打診があれば、これは契約違反で、私どもが『金曜日』に抗議したことでしょう。

これまで新聞などでは内容を検閲されて広告掲載を拒否されたことは何度かありますが、『金曜日』は比較的自由で拒否されたことはありません。だからといって、内容については私たちなりに考慮し、“金曜日向け”に版下を作成しているつもりです。

当社が7月に刊行した『ヘイトと暴力の連鎖』は、一読されたら判りますが(原監督は当然すでにお読みになっているものと察しますが)、タイトルに「ヘイト」の文字を付けているとはいえ、決して、俗に言う「ヘイト本」ではありません。

私たちは、知人を介して当社に相談があった集団リンチ事件に対して、被害者の大学院生は、弁護士やマスコミなどにも相談しても相手にされず、「反差別」の名の下にこんなことをやったらいかんという素朴な感情から取り組んでいるものです。
ネット上では本も読まずに非難の言説が横行しておりますが、全く遺憾です。

SEALDsにつきましては、当初は「新しい学生運動」という印象で好意的に見ていましたが、徐々に疑問を感じるようになりました。実際に奥田愛基君にも話を聞き(『NO NUKES voice』6号掲載)、次第に否定的になっていきました。これも同誌に書き連ねている通りです。

SEALDsにしろ、リンチ事件を起こした「カウンター」にしろ、バックに「しばき隊」とか「あざらし防衛隊」なる黒百人組的暴力装置を控えて、やっていることには疑問を覚えます。作家の辺見庸が喝破した通りです(が、しばき隊や、SEALDs支持者らからの激しいバッシングに遭い、そのブログ記事は削除に追い込まれました)。「しばき隊」の暴力を象徴しているのが集団リンチ事件です。これでいいのでしょうか? 原監督は、しばき隊やあざらし防衛隊の暴力の実態を知った上で発言されておられるのでしょうか?

原監督には本日(9月9日)、上記の内容で手紙と『ヘイトと暴力の連鎖』等関連出版物を送りました。これらをしっかり読まれ、認識を新たにされることを心より願っています。

問題になった『週刊金曜日』(2016年8月19日号)表紙と、裏面の鹿砦社広告

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉のタブーなき最新刊!『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

「週刊金曜日」植村隆代表への質問状 ── 安易な謝罪に疑問を感じて 森 奈津子

私が編者をつとめた『人権と利権』(鹿砦社、税込990円)は、おかげさまで5月23日の発売直後より話題の書となり、ネット書店では幾度も品切れと入荷を繰り返し、6月末に配信開始のKindle版をはじめとする電子書籍も、売れ行き好調と聞く。

寄稿や対談でご協力くださった方々と共に力を合わせ、俎上にあげたのは、弱者の人権保護を叫ぶ次の三つの勢力だ。

① 若年被害女性支援団体である一般社団法人Colabo。そして、若草プロジェクト(一社)、BONDプロジェクト(NPO)、ぱっぷす(NPO)。

② LGBTの人権のために闘うLGBT活動家とLGBT団体。

③ 在日外国人差別に対抗するために生まれた、旧レイシストをしばき隊(現C.R.A.C)。別名カウンター、ANTIFA。

出版妨害を警戒しての緊急出版だったが、抗議らしい抗議は、鹿砦社に届いた一通のFAXのみだったと聞く。
 
ところが、発売から一ヶ月近くが経過した6月19日、突然、Colabo代表の仁藤夢乃氏が、ツイッターで『人権と利権』の表紙を批判(ウェブ魚拓https://archive.md/jVcWu)。しかも、私をブロックした状態で、だ。

ちなみに、ツイッターで著名人がこのような名指しの批判をした場合は、それが「犬笛」の役割を果たし、手下のような有象無象が対象の人物を叩こうと群がり、ネットリンチ状態になるのが常ではあるが、どうしたことか、私のところには一人も批判者は来なかった。

[左]謎のタイミングでの『人権と利権』表紙批判ツイート。6月15日には参議院で四党(自・公・維新・国民)合意案でのLGBT理解増進法を通すべく、LGBT当事者である森が日本維新の会の参考人として答弁したことで、どこからか「叩き指令」でも出たのだろうか? [右]ブロックの壁の向こうであれこれ言われましても……(困惑)

それに続き、今度は、「週刊金曜日」が『人権と利権』の広告を掲載したことを仁藤氏に抗議されたとかで、植村隆代表が謝罪。その様子は、仁藤氏が6月27日に写真つきで誇らしげにツイート。

[左]全員がいい笑顔すぎて、正直、ジワりました[右]「週刊金曜日」誌面だけでなく、公式サイトでも謝罪

そして、植村氏は「週刊金曜日」におわび広告を出したうえで、コラム「ヒラ社長が行く」でもColaboに謝罪し、『人権と利権』を重ねて批判。

7月7日にはわざわざ兵庫県西宮市の鹿砦社を訪ね、旧知の間柄であった松岡利康代表に絶縁宣言。つまり「今後は広告掲載はお断り」ということだ。なんだそりゃ?(苦笑)

植村隆氏のコラム「ヒラ社長が行く」vol.223。仁藤氏に叱られてからはジャンピング土下座並みの素早い対応

植村氏の弱腰かつ非礼な対応に関しては、鹿砦社松岡代表が、次の記事で批判を展開している。

【緊急報告!】『週刊金曜日』6月16日号掲載の鹿砦社広告について──『金曜日』への筋違いの抗議に抗議し、一方的に「おわび」文を掲載した『金曜日』のメディアとしての自律性と主体性の喪失を批判します!

【緊急報告!】さらば、『金曜日』! 「私はあなたの意見には反対だ。 だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール)『週刊金曜日』6月16日号掲載広告問題続報

また、ルポライターの黒薮哲哉氏も、「MEDIA KOKUSYO 」にて「週刊金曜日」とColaboを批判、植村氏と仁藤氏に質問状をメールしている。

『人権と利権』の書籍広告をめぐる『週刊金曜日』植村社長の謝罪、市民運動に忖度してジャーナリズムを放棄

『人権と利権』の「差別本」認定事件、Colabo代表・仁藤夢乃氏と週刊金曜日・植村隆社長に質問状を送付、具体的にどの箇所を問題視したのか?

『人権と利権』の「差別本」認定事件、週刊金曜日・植村隆社長から回答、Colabo代表・仁藤夢乃氏は回答せず

そして、こちらは、『人権と利権』で私と対談してくださったジャーナリスト・須田慎一郎氏の動画。人気You Tube番組「別冊!ニューソク通信」の一本だ。


◎[参考動画]【左派VS左派】仁藤夢乃・Colabo問題が原因で左派分裂!?リベラル本「週刊金曜日」が窮地に追い込まれた“お詫び騒動”とは?

『人権と利権』にご寄稿くださった三浦俊彦東大教授も、須田氏の動画をブログ「三浦俊彦@goo@anthropicworld」でご紹介したうえで、皮肉たっぷりにコメント。

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黒薮氏に遅れて私も、コラム「ヒラ社長が行く」の中で特に理解に苦しむ点をピックアップし、植村氏に質問状をメールしたので、皆様にもご覧いただきたく思う。以下がその文面である。

*     *     *     *     *

植村 隆 様

 はじめまして。
 『人権と利権』(鹿砦社)の編者を務めました、作家の森奈津子と申します。
 突然のメール、失礼いたします。

 貴誌「週刊金曜日」が『人権と利権』の広告を掲載したことで、多くの抗議があり、また、Colabo代表の仁藤夢乃氏からの抗議に対しては植村様直々に謝罪されたとのことですが、残念ながら、私はツイッターでは仁藤氏にブロックされているため、他の方々からその「事件」をお知らせいただきました。
 仁藤氏にブロックされていることからもおわかりいただけるかと思いますが、私は仁藤氏から直接の抗議は受けておりません。
 そんな状況の中、私は「週刊金曜日」7月7日号掲載の植村様のコラム「ヒラ社長が行く」vol.223を拝読し、首を傾げざるをえませんでした。
 大変失礼ながら、理解不能な点だらけでしたが、お忙しいことと存じますので、以下5点に関し、質問をさせてください。

質問1
 コラム「ヒラ社長が行く」の中で植村様は、『人権と利権』を「一般社団法人『Colabo』の仁藤夢乃代表やLGBT関係者を誹謗中傷する書籍」と評されていますが、Colaboの会計に不明な点があることを指摘・批判するのは、決して誹謗中傷ではないと、私は考えます。確かにColaboが掲げる若年被害女性支援の理念は素晴らしいものです。しかし、だからといって、全面的に礼賛しなくてはいけないとなると、それは単なるカルトではないのでしょうか?
 一体『人権と利権』内のどの部分が仁藤夢乃氏への誹謗中傷であると、植村様はお考えになりますか?
 また、「この部分は誹謗中傷ではなく、正当な批判や論評」とご判断する部分がありましたら、ご教示いただければと思います。

 
『人権と利権』の表紙デザインに関してはこのような解釈も……

質問2
 植村様がコラム内でおっしゃっている「LGBT関係者の皆様」とは、どなたのことですか?
 「異性愛者関係者の皆様」「シスヘテロ関係者の皆様」という表現同様、「LGBT関係者の皆様」などという言葉は、私は見たことも聞いたこともございません。植村様は、同じ表現を、「週刊金曜日」のおわび広告でもされていますので、ケアレスミスのたぐいではなく、本気でそのような表現をされているのだと、私は判断しました。
 なお、私は90年代なかばにバイセクシュアルとしてカミングアウトした作家です。デビューは1991年ですが、それ以前には、会社員をしながら、ゲイ&レズビアン解放運動の末端で活動をしてきました(当時はLGBTなどという言葉はありませんでした)。その後も、東京都青年の家事件の抗議集会に参加したり、性的マイノリティ団体の会合に出席したり、団体が発行するミニコミ誌を購読したりしてきました。
 およそ35年前から性的マイノリティの運動に関わってきた私ですら、「LGBT関係者の皆様」などという表現は見たことも聞いたこともありません。『人権と利権』で誹謗中傷された「LGBT関係者の皆様」とは一体何者なのでしょうか?
 どうか、私が納得できる形でのご返答をお願いいたします。もし、可能であれば、その方々のお名前もご教示いただければ、幸いです。

質問3
 『人権と利権』の表紙デザインに関し、植村様のコラムには「同書の表紙には、Colaboのバスの写真。それが傷つけられているように見える」とありますが、実際には、バスの写真の前に置かれたガラス板が割れたデザインであると私は判断しますが、いかがでしょうか?
 また、ある方は次のようにツイートしています。

 「人権と利権」。Colaboバスが破壊されていると見間違えて糾弾しているアホが多い。実際は手前に配置されたガラスだけが割れてる。近年「不可侵と信じられてきたものをガードしているバリアが崩壊しつつあり、不可能だった議論もできるようになった」現状をよく表現できている優秀な作品だろう。
https://twitter.com/nekohachi1/status/1671080920219279365
(ウェブ魚拓)https://megalodon.jp/2023-0710-1752-13/https://twitter.com:443/nekohachi1/status/1671080920219279365

 他にも、バスの背後に巨大なレインボーフラッグが配置されていることから、「LGBTの人権を叫ぶ者たちが、女性の人権を叫ぶ者を抑圧している状況(=女性スペース問題)を示している」と解釈した方もいました。割れたガラスから「利を求める者たちがColaboに群がり、ピザを切り分けるようにColaboを切り分けようとしている状況」と解釈している方も、ネットで目にしました。
 デザインはひとつでも、解釈は様々です。植村様は、これを「傷つけられたバス」と解釈し、さらには、「ナイフでバスが傷つけられた事件は実際に起きており、それを想起させる」とまでおっしゃっていますが、それはいささかうがちすぎであり、印象操作であるとのそしりもまぬがれないのではないかと、私は愚考いたしますが……。
 なお、Colaboのバスが傷つけられた卑劣ないやがらせは私も存じあげていますが、それがナイフによる犯行であると、なぜ、植村様はご存知なのでしょう?……という些末な点は、置いておくといたしまして。
 植村様は、『人権と利権』表紙デザインに関してご自身とは違う解釈をされる方々に対しては、どうお考えですか? 愚かであると思われますか?
 あるいは、解釈は様々であるとご判断されますか? だとしたら、『人権と利権』の表紙デザインを悪意があるものと決めつけるのも、早計ではございませんか?
 その点をどうお考えであるのか、植村様の解釈をお聞かせいただければ、幸甚です。

質問4
 植村様は『人権と利権』に関し、「同書は、LGBTは『生産性がない』という趣旨の発言で批判された杉田水脈氏を繰り返し擁護する」と記されていますが、それのどこがいけないのでしょうか?
 拙稿「LGBT活動家としばき隊の蜜月はどこまで続くぬかるみぞ」では、杉田水脈議員批判が、立憲民主党の尾辻かな子議員(当時)の印象操作ツイートによる大衆扇動であることを、きちんと証拠を並べて論じました。まさに、植村様による批判「同書は、LGBTは『生産性がない』という趣旨の発言で批判された杉田水脈氏を繰り返し擁護する」というような、特定の人物を悪魔化して一切の擁護を受けつけない姿勢をこそ、私は批判しております。
 また、LGBT当事者である私が、LGBTの運動にしばき隊/C.R.A.C./カウンター/ANTIFAと呼ばれる過激な活動家が入り込み、LGBT当事者をおびやかしている現実を憂い、LGBTの運動に自浄作用を求めて、なにがいけないのでしょうか?
 LGBT当事者すらLGBTの運動を批判してはならないというのであれば、それこそカルトではないのでしょうか?
 その点について、ぜひとも、植村様のご見解をお聞かせください。

 
Colabo弁護団の太田啓子弁護士も森をブロック

質問5
 「ヒラ社長が行く」vol.223では触れられてはいないことですが、植村様のご見解をうかがいたい「事件」がございます。
 『人権と利権』で私と対談してくださった加賀奈々恵(ななえ)富士見市議に対し、Colabo支持者(しばき隊系活動家含む)から激しい集団ネットリンチがなされ、それは加賀市議が新型コロナで療養されている間にも続きましたが、これを植村様はいかがお考えですか?
 この集団ネットリンチには、Colabo弁護団の太田啓子弁護士も加わっていたと、私は聞き及んでおります。「聞き及んでおります」というのは、私はツイッター上では太田弁護士にブロックされているからです。つまり、太田弁護士からは私へは、一切の抗議はありませんでした。
 なお、植村様は把握されていることと存じますが、『人権と利権』では加賀市議は主に埼玉県のLGBT条例と女性スペースについて問題提起されており、Colaboや仁藤夢乃代表に関しては一切触れてはおられません。真っ向からColabo問題をとりあげ、批判したのは、ジャーナリストの須田慎一郎氏です。

 以上、お忙しいことと思いますが、ご返答をお待ちしております。
 まことに勝手ながら、お返事は一週間後の7月18日までにお願いいたします。

 2023年7月11日
 森奈津子

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▼森 奈津子(もり・なつこ)
作家。1966年東京生。立教大学法学部卒。1990年代よりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラー等を執筆。ツイッターアカウント:@MORI_Natsuko
https://twitter.com/MORI_Natsuko

【緊急報告!】さらば、『金曜日』! 鹿砦社代表 松岡利康

「私はあなたの意見には反対だ。 だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール)

『週刊金曜日』6月16日号掲載広告問題続報 ── たった1冊の本の広告で10数年続いた鹿砦社広告掲載を打ち切り! 

創業50年余の苦闘の歴史で培った〈タブーなき言論〉に立脚し、芸能から社会問題まで左右硬軟織り交ぜて多種多様に出版するという鹿砦社の出版スタンスが理解されず、左翼教条主義に凝り固まった『金曜日』を乗り越え、月刊『紙の爆弾』はじめ多種多様な出版をさらに推し進めます! 株式会社 鹿砦社代表 松岡利康

6月29日付けの本通信に関連しますが、『週刊金曜日』6月16日号掲載の鹿砦社広告(別掲)ついての続報です。

7月7日に『週刊金曜日』発行人兼株式会社金曜日社長の植村隆氏が鹿砦社本社を訪れ、10数年続いた鹿砦社広告を今後は打ち切ることを告げられました。6月16日号が最後の鹿砦社広告となりました。

『週刊金曜日』6月16日号掲載鹿砦社広告

◆『週刊金曜日』への広告掲載について

問題とされる、5月23日発売の『人権と利権──「多様性」と排他性』(紙の爆弾6月増刊号)は、総じて評価も高く、発売直後から売行きは快調です。元々フォロワーが多い編者の森奈津子さんがTwitterで積極的に発信されたことで、発売直後Amazonから700冊余の発注があり、その後在庫切れの状態が続くや、私たちの意に反しAmazonでは2倍以上の高値を付けて出品されているほどです。

ところが、発売後1カ月近く沈黙していたColabo仁藤夢乃代表が6月19日突然、その表紙とグラビアに対し言い掛かりをつけてきました。Colabo問題について言及した須田慎一郎さんと森奈津子さんの対談に対してはまったく批判も言及もしていませんが、せっかくならそこまで批判、言及していただきたかったものです。

仁藤夢乃Colabo代表の6月19日付けツイート

この仁藤代表のツイートを合図に、仁藤代表とつながりの強いColabo弁護団・太田啓子弁護士や影書房らが先頭になりColabo支持者らによって、対談者の一人、加賀奈々恵(ななえ)埼玉県富士見市議に対してネットリンチをするに至り炎上した感があります。

さすがに、こうしたことで長年の有力な支援者がColaboへのカンパを停止するに至ったといいます。加賀市議は、その直後コロナに罹り療養されていますが、彼女への激しいバッシングを私に向けるために6月23日付けの「緊急アピール!」を発信した次第です。

Colabo支持者、特に影書房や太田啓子弁護士らによる加賀市議に対するネットリンチを植村社長はどう思われるか、あらためて明らかにされたい。

さらに『週刊金曜日』6月16日号に掲載した鹿砦社広告の4分の1のスペースにすぎない『人権と利権』の部分に対しクレームが殺到し、あろうことか『金曜日』の植村隆社長(慰安婦訴訟の代理人かつ事務局長はColabo弁護団の一人でもある神原元弁護士)が、広告主や編者を飛び越して、編集長ともども仁藤代表を訪ね謝罪しています。株式会社対株式会社間の取引に於いて、商習慣上、道義上、信義上、長年有料広告を出広してきた鹿砦社を先に訪問し協議するのが筋でしょう。順序が逆です。植村社長はビジネス経験が皆無の中、社長職に就かれたことで世事に疎い方のようです。

世事に疎いといえば、植村氏が『金曜日』の社長に就任された直後、鹿砦社は歓迎の食事会を東京ドームホテルの高級日本料理店の個室で準備しながらも、待てど暮らせど現われず、来られたのは約束の時間から40分ほど後でした。お店の方も料理の準備があり渋い表情をされていました。常識的にこれはない!さらには、私たちが友好の気持ちを込めて歓迎会を催したのですから当然料金は私たち鹿砦社が全額支払うべきで、そのつもりだったのですが、何を思われたのか、割り勘にしてくれと言われ、とんだ大恥をかきました。ビジネス上の常識がわからない人とは付き合えないな、と思った次第です。

ここで、ちょっとした行き違いがあったことを申し述べておきます。

6月23日(金)夕方、植村社長からお電話があり、『人権と利権』が載った広告で抗議が殺到し困っているという主旨でした。午後にもあったそうですが、私は神戸にちょっと大事な取材に行っており、帰社してから2度目の電話で話しました。この際、植村社長は、「謝罪文を出す」旨言われたということでした。私にこの記憶がなく、おそらく「言われた」というのであれば言われたのでしょうが、私は取材から戻って疲れていたこと、来客中だったこと、あるいはまさかすぐに謝罪文を出すとは商習慣上も道義上も信義上も思ってもみなかったことなどで、それを聞き逃がしていたかもしれません。

週が明けた6月27日(火)午後15時29分、私のほうから植村社長に、
「せっかくおみえになるのですから、議論を密なものにするために、
(1)どこがどう問題なのか具体的にご指摘ください。事前に(前々日ぐらい前までに)メールで送ってください。
(2)抗議のメールやファックス等をお示しください。当日コピーをご準備いただければ幸いです。」
とメールしました。植村社長が当地に来られて諸々「議論」するのかと思い込んでいましたので、(1)のような文言となったのです。

すると、同日18時19分に植村社長から、
「メールありがとうございます。
お電話で先日説明しました通り、『週刊金曜日』6月30日号『おわびの社告』を出します。本日、同号が刷り上りましたので、『おわび』の部分のコピーを添付で送らせていただきます。」
との返信メールが届きました。

一気に「おわびの社告」を『週刊金曜日』6月30日を掲載することを聞き逃していて、同誌6月30日号に「おわびの社告」が掲載するとあり驚いた次第です。

そして、もっと驚いたのは、仁藤代表と植村社長の2ショット画像が仁藤代表のツイッターに掲載され、仁藤代表の“勝利宣言”ともいえる一文が27日夜に発信されていたことです。これは知らず、翌28日、ある方が教えてくれて知った次第です。当初から、広告主の鹿砦社とは話し合うつもりはなかったのですね。本社訪問は善後策を話し合うのではなく、広告掲載打ち切り(取引停止)を伝えに来られたということでしょうか。

[左]『週刊金曜日』6月30日号掲載「おわび」。[右]Colabo仁藤夢乃代表の『週刊金曜日』に関する6月27日付けツイート

とはいえ、植村社長が、電話一本、メール一本で通告するのではなく、わざわざ東京から関西の鹿砦社本社を訪問され誠意を示さたことには敬意を表します。

植村社長は、前社長の北村肇さん(故人。私と同学年)の指名で社長に就任されたと認識していますが、北村さんと私との合意で開始した『金曜日』への広告出広が、こういう形で今後なくなるというのは遺憾です。広告出広をどちらから持ち掛けたか、確たる記憶がありませんが、定期購読者が減ったり200万部の超ベストセラー『買ってはいけない』で得た“備蓄米”(資本蓄積)も底が見えてきたような時期でしたので、北村さんからの提案だったのではないかと思います。そうでないと、私から敷居の高い『金曜日』に広告を出させていただくという話にはならないでしょう。

北村さんは、『サンデー毎日』編集長時代、「芸能界のドン」といわれたバーニングプロダクションと、この創業者社長・周防郁雄追及キャンペーンを張り、『週刊文春』の告発以前の1990年代半ばからジャニーズ事務所と、この創業者社長・ジャニー喜多川の未成年性的虐待を追及してきた私たち鹿砦社のスタンスを理解され、学年も同期ということもあり懇意にさせていただきました。つまり、お互いに芸能界のメディア・タブーを追及したことへの共感です。

そうして、死期が近づいていた頃、私が上京した折、長く時間を割いていただき、これが生前お会いした最後となりました。北村さんからは「私がいなくなっても『金曜日』をこれからもよろしく」と言われ、「勿論です。広告もこれまで通り続けます」と返したことを覚えています。

北村さん、御意に添えないことになりましたよ。『金曜日』にはもう広告を出せず残念でなりません。

『金曜日』前社長・北村肇さん(故人)

◆『人権と利権』への評価と誤読・誤解

本書『人権と利権』は、ちょうど「LGBT理解増進法案」の国会審議に入る時期とも重なり、永田町界隈ではよく読まれていたようです。このことにより、編者の森奈津子さんが突然、参議院内閣委員会参考人質疑前日朝に電話で依頼があり参考人として呼ばれ発言しています(この評価についてはここでは述べません)。

そういうことが複合的に次々と起こり話題を呼んでいて、結果売上に貢献したようで皮肉なものです。

さて、植村社長が仰るように果たして『人権と利権』は「差別、プライバシーの侵害など基本的人権を侵害するおそれのあるもの」でしょうか? 私はそう思いません。各々の世界でそれなりの経験も名もある何人もの方の力を借りて一所懸命作った本をそう詰(なじ)られると力が抜けます。

私や森さん、その他の対談者、寄稿者らは、きのうきょう出てきた編集者や作家、研究者、ジャーナリストではありませんから、「差別」や「プライバシーの侵害」のイロハぐらいは周知しています。私は1970年代、狭山裁判が盛り上がり、同時に糾弾闘争や八鹿(ようか)高校事件以来差別問題については私なりに長年思慮してきました。八鹿高校事件では私の大学の先輩が暴行を受けたことで尚更です。

また、グラビアページで仁藤代表の顔写真を撮影し掲載したことを「肖像権の侵害」だとおっしゃっていますが、これは(仁藤代表のような)著名人や公人は、自らが大衆の強い関心の対象となる結果として、必然的にその人格、日常生活、日々の行動等を含めた全人格的な事項がマスメディアや大衆等による紹介、批判、論評等の対象をなることを免れませんから、そして表現の自由や言論・出版の自由が優先し、それを「肖像権」の名の下に拒絶、統制したりすることが許されない場合がありえます。これには確立した判例もありますが、おそらく植村社長が過去に在籍した朝日新聞でも、あるいはAERAや他社の週刊誌なども、そうした考えを元に、時に隠し撮りを行ったりし、紙面での写真掲載をなされていると思われます。そうでないと、写真一枚一枚被写体の人に許諾を取らないといけなくなります。無名の市井人ならいざしらず著名人や公人にとっては受忍の範囲内です。『人権と利権』に限らず、これまでこうした取材やグラビア、本文構成など行ってきました。植村社長にはお見せしましたが、ある本では、東電の勝俣会長が早朝、孫と自宅周辺を散歩しているところを隠し撮りし直撃取材を行っています。こうした取材はどこの雑誌も行っています。植村社長のような海千山千の新聞記者を経験された方が何を仰ってるんですかね。

思い返せば、これまで創業50年余の鹿砦社(関連会社のエスエル出版会含め)が出版した書籍・雑誌は年間100点として(50年余の社史の中で前半はさほど多くありませんでしたので)単純計算で3千点ほどになるでしょうか。そのうち『人権と利権』のように私が直接的に手がけた本もそれなりの数になります。芸能から社会問題まで、まさに多種多様、玉石混交で、内容的に良い本もあれば、そうでない本もありました。それでいいんじゃないでしょうか。忘れている本はほとんどなく、一冊一冊に想い出があります。出版差し止め(5回!)や訴訟になった本も何点かありますが、それがどうしたというのでしょうか。『金曜日』も敗訴した事件もありました。植村社長自身も、いわゆる慰安婦訴訟では敗訴が最高裁で確定していますよね。来社された際に対李信恵訴訟で敗訴したことを仰っていたので一応記しておきます。裁判所(官)と市民感覚が乖離する現今の司法にあって、敗訴は恥ずべきことではありません。

長年多くの訴訟を争いましたが、時に裁判所は市民感覚とずれている場合が往々にしてあり、裁判所の判断がすべて正しいとはいえず、冤罪や「報告事件」(植村社長、ご存知ですか?)もあります。18年前のちょうど今頃の7月12日に「名誉毀損」容疑で私が逮捕された際の対象の『アルゼ王国はスキャンダルの総合商社』という本もありました。一時ある大学の非常勤講師を拝命され、学生全員にこれを配布し後日意見を聞いたところ、問題はないという意見がほとんどでしたが、裁判所では刑事で懲役1年2カ月(執行猶予付き)の有罪、民事では賠償金600万円の判決が下され確定しました。

『人権と利権』が特段問題になるとは思えません。

本書について、ある方は次のようなメールを送ってこられました。

「わたしは、『人権と利権』はLGBT問題を提起した優れた本だと考えています。
 もちろん全ての発言や記述に同意するということではありませんが、ひとそれぞれに異なった読後感や受け止め方があるわけですから、細部にまで強いこだわりを持てば、出版企画そのものが成立しなくなります。多様な言論を尊重するのが、鹿砦社のスタンスですから、今回の企画も何の問題もないと思います。」
 
こういう評価もあるのですから、一方的に自身の価値観=左翼教条主義で「差別、プライバシーの侵害など基本的人権を侵害するおそれのあるもの」と本書『人権と利権』を断じられることには賛同できません。『週刊金曜日』という雑誌、植村隆という言論人は、そんなに度量が浅かったのでしょうか!? 太っ腹だった北村さんとは大違いです。

一昨年末の『抵抗と挫折の狭間──一九七一年から連合赤軍へ』(『人権と利権』と同じ「紙の爆弾増刊」)以来久し振りに企画から原稿や対談を依頼し、一時は失明の危機にあった目の疾患をおして編集実務まで関わり、多くの方々の力を借りて完成させることができました。売行きも快調、多くの方々の評価も悪くない中で、皆様方には素直に受け入れていただき、その上で喧々諤々議論して欲しかったところです。

言論人、出版人であれば誰でも知っているヴォルテールの有名な言葉、「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」を、あらためて『金曜日』と植村社長に捧げます。今回の『金曜日』の処置〈排除の論理〉は、ヴォルテールの精神に反し、今後禍根を残すことでしょう。

後日、問題箇所を書面で送っていただけるということですのでお待ちしたいと思います。

◆『人権と利権』出版の経緯

以下、本書を出版するに至る経緯を申し述べます。

① 昨年11月、対藤井正美訴訟(藤井は元鹿砦社社員でカウンター/しばき隊の中心的活動家。ここでは詳しく述べませんが、本通信バックナンバーや大学院生リンチ事件関連書を参照してください)が終結し、すべてのM君リンチ事件関係の訴訟が終わり、ホッとしていたところに、M君リンチの加害者側に立って弁護した神原元弁護士らが元ゲームクリエーター暇空茜(仮名)さんに対し、有名になった「リーガル・ハラスメント」だとして訴訟を起こしたと記者会見、「Colaboと仁藤夢乃さんを支える会」が結成され、その賛同人に李信恵、辛淑玉、北原みのりらМ君リンチ事件加害者とこれに連がる者たちが名を連ねていることで自然と注目しました。

それまでColaboについては、その活動舞台が東京だったこともあり、詳しくは知らなかったのですが、私なりに調べたら1千万円単位の大金(補助金)が毎年どんどん入っていることに驚きました(問題になった2021年度は2600万円。22年度は4000万円余とされますが、この会計問題は不明)。他のボランティア団体やグループは、自己負担で慎ましくやっているところがほとんどで、なんでColaboや、Colaboと連携する「ぱっぷす」「若草プロジェクト」「BONDプロジェクト」ら一部の団体だけが優遇されるのか、疑問を覚えました。

また、ちょうどコロナで猶予されていた国税の納税に四苦八苦し(零細企業の鹿砦社の規模で毎月最低150万円、時に250万円納付)、これがあと1回でようやく終わりに近づいていたところで、苦しんで税金を払ったのに、一方で簡単に公金を手にし杜撰な使途と管理をしていることに怒りさえ覚えました。暇空さんが公金の使い道に疑問を持ち、この住民監査請求を行ったことは理解できました。おそらく神原弁護士や李信恵らが関わっていなければ注目することもなかったかもしれません。

② 年が明けると「LGBT理解増進法」の成立がリアリティを帯びて来ました。LGBT問題と同法について、Colabo同様、それまでほとんど真剣に考えてきませんでしたし、同法の内容にも無知でした。今でもまだ十分に理解しえていないところがありますが、「性の多様性」「マイノリティの人権」などの美名に惑わされ、この裏を知るにつけ、疑問は沸くばかりでした。ここでも利権が発生しています。ColaboにしろLGBTにしろ裏では利権だらけではないか。この法律が利権団体の集まり「LGBT法連合会」+野党案で成立すれば、世の中、大変なことになると思いました。加えて、中核派の区議が反対した東京杉並区のように地方・地域行政では先行してLGBT条例がどんどん成立したり利権団体が侵食しつつあり、公教育への進出や女性トイレの廃止などの現実も知りました。果たしてこれでいいのか? まだコロナで落ち込んだ会社立て直しに四苦八苦しているさなかでしたが、疑問がどんどん煮詰まり居ても立ってもおれませんでした。

「LGBT理解増進法」は、利権団体の集まり「LGBT法連合会」、超党派の国会議員の集まり「LGBT議員連盟」(岩屋毅会長=自民党、稲田朋美副会長=自民党)らが右、左関係なく蠢き、国民的な議論も合意もなく短期間の審議で通ろうとしていました。岸田首相の側近の失言や首相謝罪、駐日米大使のプッシュなどで「LGBT法連合会」などはみずからが盛り込んだ法案で、首相側近の失言と首相謝罪をいいことに与党も抱き込み国民にあまり知られる前に成立させたかったとさえいわれています。

③ この「LGBT理解増進法」の野党案は「LGBT法連合会」の意向を100%丸飲みした「性自認至上主義」(トランスジェンダリズム)に基づく極端なもので、これまでの日本の文化や規範などを全否定し、女性トイレの廃止(ジェンダーレストイレへ)、女子更衣室、女湯の問題など女性・女児の人権、安心・安全を保障せず、さらに男女の肉体的性差を顧みず同等に争わせる女子スポーツの問題……こうした問題を曖昧なまま成立されようとしていました。この私の疑問は、最近意見を明らかにされた白井聡、倉田真由美らと似ていて、人間考えることは同じだと思いました。

結局、自民、公明、維新、国民4党の「与党案」が成立しました。議員連盟がどう動き幹部の岩屋、稲田議員らがどちらに投票したかは不明です。「性自認至上主義」に歯止めを掛けたことには一定の評価ができるかもしれませんが、上記したように短期間に決めるべきではなかったと今でも思っています。しかし「野党案」と「与党案」の2択しかなく、もっと時間を取り議論を尽くし女性・女児の不安を払拭し内容豊かなものにすべきだったのではないでしょうか。政治的妥協で2択しかない中で「与党案」が成立してしまいました。今後は、この「与党案」を元に成立した法律をどう改善していくべきか、もっと広く周知させ国民的議論を尽くすべきだと考えます。女性トイレにしろ更衣室にしろ女子スポーツにしろ身近な問題なのですから。少なくとも『人権と利権』は、そのために賛否はあれど問題提起したと自己評価しています。

④ 本年初めからColabo問題とLGBT問題が切迫化してきつつある中で、こうした問題に真正面から取り組んだ本もほとんでないことから、本年2月から動き出しました。当初、企画から寄稿、対談の交渉まで私が行い、『季節』春号校了後からは同誌編集者のK君にも手伝ってもらい、さらに「虎の威」を借りようと、著名な作家でLGBT問題にも詳しく、これまで多少の面識があった森奈津子さんにも参画いただき「編者」として協力していただきました。森さんとは、これまで小さな仕事しかやってもらってはおらず、さほど親しい付き合いでもなく、丸々一冊やってもらうのは『人権と利権』が最初でした。

私たちは手当たり次第に対談や寄稿の依頼を行い、年度末の慌ただしい時期もあったりして、ことごとく断られました。こうした中で、Colabo問題を追及していた須田慎一郎さんが対談を承諾され、そうこうしているところで必死に女性・女児の人権、安心・安全、女性トイレ廃止などの問題を訴えていた加賀奈々恵市議の動画を偶然見て感銘を受け当たってみたところOKをいただきました。

さらに、三浦俊彦東大教授が寄稿を、橋本久美元豊島区議が対談を引き受けてくださいました。

他にも入ってほしかった方もいますが、欲を言えば切りがありません。森さんはじめ皆さん方に、頑張っていただき「短期間でよくやった」と自己評価しています。

以上が、私が『人権と利権』を出版するに至る経緯です。ともかく、前記したようにColabo問題が社会問題化し「LGBT理解増進法」が成立しようということに対して問題提起することが目的でしたし、たとえ不十分ではあったにせよ、少なくともそれは果たすことができたと、認識しています。

⑤ 『人権と利権』の対談等を開始した当初、「LGBT理解増進法案」は「連合会+野党案」が脚光を浴び、与党や議員連盟もこれに乗り決まるのかと思っていました。それは「性自認至上主義」(トランスジェンダリズム)そのもので到底支持できるものではありませんでした。

野党3党(立憲、共産、社民)がなぜ「性自認至上主義」(トランスジェンダリズム)に毒され、これ以外の案を出せなかったのか、理解できません。野党がもっと女性の意見を聞き、これを法案に反映させていたならば、もっと支持を得たでしょうが、そうではなくLGBT利権団体の主張を100%丸飲みしてしまったところも問題です。マスメディア総体、なかんずく『金曜日』や植村社長らも「LGBT当事者」と表現されますが、私から見れば「LGBT利権団体」としか思えません。「LGBT当事者」といえば森さんらもそうで、他にもたくさんいますが、「LGBT利権団体」の一部エリートが無名無数の「LGBT当事者」の声や想いを代表しているとは言い難いと私は思います。

さすがにこれではいかんだろうと出てきたのが、のちに決まる与党+維新・国民案です。このあたりは政治的思惑も入り乱れて、複雑で、すんなりと理解できません。ここにも私たち国民総体の理解がなされない一因があるようです。

先の国会で「LGBT理解増進法」が成立した事実は事実として認め、今後国民的な議論を尽くし、より良い法律に改変、豊富化されていくことを望みます。この場合でも、一部団体への利権は排していかなければなりません。

◆とりあえずのまとめとして──

長く書き連ねてまいりました。そろそろまとめに入りましょうか。

『人権と利権』に於いて私たちは、これまで〈聖域〉とされメディア・タブーとなっていたColaboとLGBTの問題に触れ、時に厳しい批判を行っています。私たちは「攻撃」(「ヒラ社長が行く)など行っておらず、あくまでも批判、公正な論評を行ったつもりです。それを「攻撃」と詰られれば、何とも言えませんが、『週刊金曜日』や書籍・ブックレットなどで丸ごと反論していただくことを望みます。

『週刊金曜日』7月7日掲載「ヒラ社長が行く」

植村社長らは、ColaboやLGBTが絶対善として思い込み、これらをちょっとでも批判することは許さない、たとえ小さな広告でも許さない ── まるで言論統制です(広告も言論です)。

『人権と利権』という本が『週刊金曜日』という、権威あるオールド左翼雑誌によって事実上「ヘイト本」「差別本」認定され、編者の森奈津子さんも「ヘイト本作家」、鹿砦社も「ヘイト出版社」の汚名を着せられました。遺憾なことです。逆の評価もありますから救われますが、定期購読1万人(植村社長談)の影響力ある老舗雑誌にそう認定されたのですから、影響は決して小さくありません。「ヘイト出版社」には「ヘイト出版社」の意地があります。不当な〈排除の論理〉に抗し、創業50年余の苦難の歴史で培ってきた意志を持って、私たちは私たちの道を突き進み汚名を払い除けねばなりません。

さて、編者の森奈津子さんについて少し触れておきます。

森さんといつ出会ったか記憶にありませんが、2018年に「デジタル鹿砦社通信」にて6回インタビュー記事を掲載していますので、この前だと思います。その後、「デジタル鹿砦社通信」に11回連載し、これは『人権と利権』に再録されています。また、大学院生リンチ事件関連本『暴力・暴言型社会運動の終焉』に9ページほど寄稿いただいています。『人権と利権』まではそれぐらいですで、『人権と利権』が当社では初めてのまとまった仕事になります。

森さんもみずからカミングアウトされていますが、森さんのお連れ合いは難病で森さんが24時間介護をやっておられることと、森さん自身乳がんで片方の乳房を切除していながら、このような困難な情況にも負けず頑張っておられます。しかし、森さんの言論活動をよく思わない一部の者が、こうしたことを揶揄し非難しているツイートを見かけます(特に共産党党員、及び同党支持者)。「人権」を嘯くなら、これはいただけませんし、即刻やめるべきです。

昨今亡くなりましたが、現在、鈴木邦男氏は、右左関係なく評価されています。私たちが氏の代表作『がんばれ!新左翼──「わが敵・わが友」過激派再起へのエール』(1989年)を出版した頃は、(特に新左翼周辺から)かなりバッシングされました。理解者や味方はほとんどいませんでした(リベラル/左派系で理解者といえば遠藤誠弁護士、筑紫哲也、田原総一朗氏ぐらいでしょうか。遠藤、筑紫氏は故人)。ちょっと似たケースです。

『人権と利権』、そしてこの編者・森さんは、しばき隊系は無論、いわゆる「リベラル」「左派」「野党」系からもバッシングの嵐にありますが、いつか「リベラル」「左派」「野党」系の方々の中から理解される日が来るものと信じています。今でも一部理解されている方はいますがごく少数です。

最後にもうひと言──。「顰蹙は金を出してでも買え」とは、カリスマ編集者の幻冬舎・見城徹社長の有名な言葉ですが、『人権と利権』がオールド左翼雑誌と左翼教条主義者らに「顰蹙」を買ったのであれば、まさに言いえて妙だといえるでしょう。(本文中、一部を除いて敬称略)

※読者の皆様へ。長い文章となりました。一所懸命書きました。最後までお読みくださり有り難うございました。事実誤認の箇所など発見されましたらご指摘ください。また、誹謗中傷ではなく、前向きなご意見、ご批判もお寄せください。

送り先:matsuoka@rokusaisha.com ファックス 0798(49)5309 です。

植村社長へ。7月7日の面談で、6月23日のような記憶違いや誤認などがございましたら、ご指摘ください。
 
株式会社 鹿砦社 代表
松岡利康

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』 定価990円(税込)。最寄りの書店でお買い求めください

【緊急報告!】『週刊金曜日』6月16日号掲載の鹿砦社広告について──『金曜日』への筋違いの抗議に抗議し、一方的に「おわび」文を掲載した『金曜日』のメディアとしての自律性と主体性の喪失を批判します! 鹿砦社代表 松岡利康

『週刊金曜日』6月16日号に掲載した小社広告(別掲①)について、広告を出広した鹿砦社に抗議するのではなく、『金曜日』に抗議が殺到し困ったと同誌発行人(社長)の植村隆氏(別掲②)から先週末の6月23日にお電話がありました。何を抗議したのか分かりませんが『金曜日』に抗議した人たちに抗議します。文句があるなら広告元の鹿砦社に言え!

①『週刊金曜日』6月16日号に掲載した小社広告
②『週刊金曜日』発行人兼社長の植村隆氏(2019年12月7日、鹿砦社創業50周年の集いにて)

さて植村社長、来週(つまり6月26日~30日の週)に小社を訪問したいということでした。どこの中小企業でもそうでしょうが(『金曜日』は違う?)、月末は支払いなどで慌ただしく月明け(7月第1週)にしていただきました。

なので、商取引の常識においても、あるいは道義上、信義上、植村社長と話し合うまでは、本件を伏せておき発言も控えておくつもりでした。

しかし、植村社長は小社を差し置いて先行的にColabo仁藤夢乃代表を訪問し一方的に謝罪し「おわび」文(別掲③)を同誌6月30日号に掲載されたということです。これを植村社長から聞いたわけではなく、仁藤代表のSNS(別掲④)で知りました。まずは、商習慣上、あるいは道義上、信義上、まずは長年の取引先で出広元の小社と協議すべきではなかったのではないでしょうか。

[左]③『週刊金曜日』6月30日号に掲載されたという植村隆発行人兼社長による「おわび」文。[右]④Colabo仁藤夢乃代表のSNS(2023年6月27日付)

『金曜日』には前発行人(社長)の北村肇さん(故人)の時代から10年以上にわたり広告を出広してきました。北村さんとは同期(1970年大学入学)で、世代が同じということもあり妙にウマが合い懇意にさせていただきました。亡くなる直前には上京した私のために無理を押して長い時間を割いていただきました。当地(兵庫県西宮市)での講演や市民向けのゼミなどにも複数回お越しいただきました。

今、『金曜日』には小社以外に有料広告は入っていません(見過ごしであればご指摘ください)。「広告に依存しない」と言っておられるようですが、「依存」するもなにも広告が入らないのですから、やせ我慢でそう言っているにすぎません。

当事者(広告主)である小社と話し合う前に一方的に、Colabo仁藤代表に勝手に謝罪し「おわび」文を掲載することは道義上、信義上、いかがなものでしょうか?

月が明けて植村社長と協議し、本件についてあらためてご報告いたしますが、とりあえず本日の報告は手短にとどめておきます。

広告の上部に記しているように私たちの出版活動のモットーは「タブーなき言論」です。これを基本に創業から50年余り出版活動に勤しんでまいりました。本年創刊18年を迎えた月刊『紙の爆弾』もその具体的な営為です。『金曜日』には及ばないかもしれませんが、長年多くの読者に支えられてきました。ですから、2005年の「名誉毀損」に名を借りた出版弾圧で壊滅的打撃を受けた際も、また近年新型コロナで苦境に落とされた際も、少なからずの方々にご支援いただき「命拾い」(ある方の言葉)することができました。

また、『金曜日』と重なる読者もおられます。なので一方的に「差別、プライバシーの侵害など基本的人権を侵害するおそれのあるもの」(「おわび」文より。内規にもあるそうです)と断じられると小社への信用を毀損することにもなりかねません。おわかりですか?

くだんの『人権と利権』は、これまでメディアタブーとされてきた「Colabo」「LGBT」に対してタブーなしに採り上げ思い切った誌面づくりをいたしました。しばき隊界隈で飛び交う誹謗中傷や汚い言葉は排し、真正面から問題に向き合い公正な論評に努めたつもりです。私たちなりに自信を持って世に送り、左右問わず多方面の方々にお読みいただき大きな反響があり多くの方々のご賛同も得ることができました。

かつて『金曜日』には、「大学院生リンチ事件」(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)関係の出版物の広告を発行ごとに掲載させていただきました。そうした際に、『金曜日』編集部から咎められることも掲載拒否されることもありませんでした。さすがに『金曜日』、度量があることに感心した次第です。

ところが『金曜日』とあろうものが、今回は一体どうしたんですか!? あまりにも偏狭、北村肇さんも草葉の陰で泣いてますよ! メディアとしての自律性や主体性があれば、尚急に一方に謝罪するのではなく、意を尽くし公正に判断すべきではなかったでしょうか。

月末の慌ただしいさなか、こんなことに時間を割いている場合ではないのでしょうが、黙っているわけにはいかず一言呈させていただいた次第です。

株式会社 鹿砦社 代表
松岡利康

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』 定価990円(税込)。最寄りの書店でお買い求めください

【緊急アピール!!】森奈津子=編『人権と利権 ──「多様性」と排他性』について、対談者の加賀奈々恵・埼玉富士見市議に対するバッシングを即刻やめよ! 鹿砦社代表 松岡利康

上記『人権と利権』は5月23日発売以来話題を呼び圧倒的な勢いで売れています。ちょうど、いわゆる「LGBT理解増進法案」が国会に上程され審議に入るということもあったかと思いますが永田町界隈でもよく読まれていたようです(このこともあってか編者の森奈津子さんは参議院に参考人として呼ばれています。この件では賛否ありますが、ここでは触れません)。発売直後にAmazonから700冊余りの注文が来、これが捌けると在庫がなくなりAmazonでは古書業者が高値で出品し定価の倍近くになっているほどです。

こうした情況に不快感を覚えたのか、発売から1カ月近くにもなって突然Colabo仁藤夢乃代表が、同書(特に表紙、グラビア)を非難し、そしていつものように彼女の周辺から、対談者の一人で、「女性に対する暴力を想起させる表紙」について「謝罪」した加賀奈々恵さんに誹謗中傷が集中しています。甚だ遺憾であり怒りを禁じえません。私たちは断固加賀さんを守り共に在り続けます。全国でも特にLGBT化が進む埼玉県で、覚悟を決め、女性・女児の人権、安心・安全のために、たった一人でLGBT化(具体的には公衆トイレから女性トイレをなくし「ジェンダーレストイレ」化)に異を唱えた加賀さんの志に連帯します! 加賀さんのツイッター(およびyoutube)にアップされた意を決した加賀さんの凛々しさを見よ!


◎[参考動画]加賀ななえ【政策の変遷について/埼玉県LGBT条例基本計画パブリックコメントについて】(2023年2月26日)

当然私たちとしては理不尽な攻撃に対して最後まで加賀さんを見放さず守ることは言うまでもありません。当社への抗議は今のところファックスが1枚来ているだけです。

ここで、表紙について少し説明させていただきます。

【1】仁藤代表が仰るような、Colaboのバスの画像を「切り刻まれ」たというのは全くの誤認です。バスは、取材班メンバーが4月末に駐車場を突き止めそこに赴いて撮影したものでネットから採ったものでもありません。その写真をグラビアと共に、表紙のバックに使っています。本文で記事に採り上げているからです。そのどこがいけないのでしょうか? バスに「肖像権」があるのでしょうか? 私たちが昨年そのバスに傷つけたというツイートもありましたが、昨年私たちの取材班は動いておらず悪質なデマです。

現地に赴くということは、基本的に当社がよくやっている手法で今に始まったことではありませんし、当社に限らず他社の週刊誌などでもよくやっている初歩的な取材方法です。鹿砦社として最近では東電の幹部、原発事故の関係者や「大学院生リンチ事件」(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)関係者を直撃したりしています。

【2】バスの前のガラスが割れているのは、LGBTの象徴であるレインボーのガラスが割れている様子で、特段意味はないです。見る人によって受け取り方はいろいろあるとは思います。決して「女性に対する暴力を想起させる表紙」を目論んだわけではありませんが、加賀さんがそう感じられたのであれば残念です。男目線と女目線では感じ方が異なるのかもしれません。「派手目に」やればやったでアレコレ言われ、また綺麗に大人しくやれば目立ちませんし、むずかしいところではあります。

【3】本書は月刊『紙の爆弾』という雑誌の増刊号ですが、雑誌は決められた発売日を1日も遅らせることはできず、今回は特に「緊急出版」ということでかなりタイトなスケジュールでした。『紙の爆弾』など他の雑誌も同様にタイトですが、多人数が寄稿したりするので、表紙のチェックについて『紙の爆弾』は編集長1人の独断で、他の雑誌も2~3人がチェックするだけです。寄稿者全員に回していれば取次搬入日に間に合わなくなります。例えば『世界』という雑誌がありますが、寄稿者全員がチェックするわけでないことは当然です。その表紙にも好き嫌いはあるでしょうが。加賀さんバッシングに加担している太田啓子弁護士は、実は鹿砦社発行の反原発雑誌旧『NO NUKES voice』(誌名変更し現在『季節』)に座談会で登場されたことがありますが、太田弁護士に事前に表紙を見せたことはありません。

【4】今回は5月18日に取次搬入で、23日に発売でした。加賀さんら寄稿者・対談者らには18日発送、19日か20日に届きご覧になったと思います。逆に言えば、それまで加賀さんに表紙をご覧いただくことはありませんでした。また、他の方々の原稿の内容も、いたずらに別の方々に見せることはできませんから見本が届くまでは知る由もありません。

【5】表紙、グラビア、他の方々の対談や寄稿の内容については、5月19日 or 20日に見本をご覧になるまで加賀さんは一切ご存知なかったし、一切の責任は鹿砦社にありますので、誹謗中傷や文句があれば鹿砦社の私松岡にお願いいたします。お名前、ご連絡先などを明記の上、メールmatsuoka@rokusaisha.comかファックス0798-49-5309にてお送りください。

◇    ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

もう少し言わせてください。加賀さんを誹謗中傷する人たちは仁藤代表はじめ果たして『人権と利権』の内容をよく読んだ上で批判しているのでしょうか? 「言論には言論で」というではありませんか。仁藤代表は著書も多く反論本を出版できる環境も能力もあるのですから、きちんと反論されたらいかがでしょうか。Colaboに繋がる人たちに「大学院生リンチ事件」(しばき隊リンチ事件)に直接・間接的に関わった人たちもいます。ここでも私たちは地を這うような取材/調査を元に6冊の本にまとめ出版しましたが、1冊も反論本はありませんでした。

最近鹿砦社に対し「ヘイト出版社」、本書編者・森奈津子さんに対し「差別者」と詰っている者がいます(杉並から差別をなくす会・谷口岳)。本書において私は、
「こうした風潮に異を唱える者に対しては『差別者』『レイシスト』『ヘイター』などと口汚い悪罵を浴びせ、謝罪と沈黙を強いる。本書出版後、当社や森奈津子、あるいは対談者らに対して、そうした悪罵が投げつけられるかもしれない」
と“予言”していますが、現実化しつつあるのは極めて遺憾です。

尚、本書についての私の問題意識、なぜ本書を出版するに至ったのかなどについては本書巻末の「解題」において申し述べていますのでぜひご一読いただきたく望みます。

株式会社 鹿砦社 代表
松岡利康

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』 定価990円(税込)。最寄りの書店でお買い求めください

LGBTのダークサイドを語る〈3〉チンコは股にはさめば女湯OK! 森 奈津子

前回「トランス女性は女性ですか?〈2〉」では、男性器をお持ちだが心は女性であるというトランス女性活動家・尾崎日菜子氏による衝撃のツイートをご紹介した。

「あたしとか、チンコまたにはさんで、『ちーっす』とかいって、女風呂はいってんのやけど、意識が低すぎ? あと、急いでるときのトイレは男。立ちションの方が楽やからね」

まだ、性自認問題が広く知られる前の2012年のツイートだったので、尾崎氏にも多少の油断があったのだろう。

これが発掘されて本格的に炎上したとおぼしき2017年には、尾崎氏は逆上ギレツイート。

「俺が女湯に入ったのは事実やけど、痴漢行為を一回もしたことはないわ」

だが、「なーんだ、痴漢行為はしてないんだ! よかった!」と納得する人がいるわけもなく、炎上は続いた。

その後、尾崎氏は「あのツイートはフィクション」と弁解したという。「俺が女湯に入ったのは事実」って断言してたのに、発言、変わりすぎでは?

こんな調子なので、炎上はおさまることはなく、いつの間にか尾崎氏はツイッターアカウントを削除していた。

ウェブ魚拓サイト「archive.today」で最後に尾崎氏のツイートが記録されたのは、2021年7月2日(https://archive.is/2oZll)。おそらく、この頃に、尾崎氏はツイッター上から姿を消したのだろう。

[左]チンコを股にはさめば女湯OKというご認識らしい[右]チンコを股にはさんで女湯に入るのは痴漢ではなく当然の権利というご認識らしい

さて。
我が国の最高学府・東京大学には、清水晶子教授というお偉い先生がいらっしゃる。この方が「トランス女性は女性です(だからチンコあっても女湯に入ってOK)」派の親玉と言っても、おそらく過言ではないだろう。

性自認至上主義を批判した東京大学の三浦俊彦教授、武蔵大学の千田有紀教授に対する集団バッシングでは、リーダー的な役割を果たしたのが、この清水教授だった。お偉い先生なので、清水教授の周囲には、子分のような学者・知識人がワラワラ存在し、「右向け右、左向け左」とばかりに、敵とみなした学者・知識人・文化人を寄ってたかって叩くのである。

なお、私が学者先生たちに集団ネットリンチされることなく、予防ブロックされる一方であるのは、私を学者・知識人・文化人ではないと認識したうえでの対処なのだろう。そんな「雑魚」に反撃されては赤っ恥であると恐怖し、頭のよろしい先生方が「予防ブロック」でコソコソしていらっしゃるのだとすれば、頭がいいのも大変だ。

ただし、これは、浅学の徒である私が学界の外からながめた所感であるので、事実と反する点があったら、LGBT活動家と共闘しておられる学者先生の皆様にご指摘いただければ幸いだ。

[左]私を予防ブロックしている学者の一人。歴史学者・呉座勇一氏の仕事をつぶしたことで知られる「オープンレター事件」の中心的人物・さえぼうこと北村紗衣教授(武蔵大学)。[中央]なにを恐れていらっしゃるのか、ノンバイナリー(身体男性)の高井ゆと里准教授(群馬大学)も私を予防ブロック。[右]「あんた、だれ?」レベルで存じあげなかった西田彩先生は、複数の大学で講師をなさるトランス女性だと聞く
 
清水教授は私の批判に対してブロックしてきたのであり、予防ブロックではないという点は、教授の名誉のために申し添えておきたい

清水晶子教授は、チンコを股にはさんで女湯に入った尾崎日菜子氏の味方である。味方であるがゆえに、歴史ある学術雑誌「思想」(岩波書店)2020年3月号に、「埋没した棘 ―― 現れないかもしれない複数性のクィア・ポリティクスのために」という尾崎氏擁護の論文を発表された。

重要な事実なので、もう一度、念を押しておきたい。

「東大の清水晶子教授は、チンコを股にはさんで女湯に入った尾崎日菜子氏を擁護するために、歴史ある学術雑誌『思想』(岩波書店)2020年3月号に、『埋没した棘 ―― 現れないかもしれない複数性のクィア・ポリティクスのために』と題した論文を発表した」

※岩波書店公式ページ「思想」2020年3月号 

私は実際に「埋没した棘」を読んでみた。17ページの論文を要約、だれにでもわかる表現に変換して内容を要約すると、こうである。

「レズビアンでも白人と黒人がいるように、女性の中にもまんこがある人とチンコがある人がいますよねっ」

「同じカテゴリーに属する女性でも、まんこ持ち女性がチンコ持ち女性を怖がるのって、まんこ持ちゆえの『傷つけられやすさ』を戦略として使っているってことね! でも、それ、よくないネ」

「チンコがある女性は、すでにまんこがある女性に埋没して、女子トイレや女湯に入ってるよ! 気づいてないのなら、最初からそんなことは気にするな!」

「尾崎日菜子氏がチンコを股にはさんで女湯に入ってもトラブルにならなかったっていうことは、周囲の女性たちに女性だと思われていたということ。だから、問題ないね!」

「つまり、埋没していれば(周囲に気づかれなければ)、棘は棘として他者を傷つけることはないってこと。女湯の尾崎日菜子氏は埋没した棘! 股にはさんだチンコも埋没した棘!」

「以上!」

え……? 私がアホすぎて、誤読してるの? これ、東大教授が綴り、岩波書店の「思想」に掲載された論文ですよね?

しかし、どう読んでも、「股にはさんだチンコは埋没した棘!」という結論なのである。もし、これが私の誤読ならば、清水教授から直接「あなた、間違っていますよ」とご指摘いただきたいと思うし、素直にそれを受け入れる気持ちもある。

ただ、それでも、チンコを股にはさんだ尾崎日菜子氏が女湯でトラブルにならなかったという点に関しては、絶対、女性たちは怖くて見て見ぬふりをしていただけだと、私は思う。

女子トイレで女装家に出くわした女性たちだって、よく言っているではないか。「怖くて見て見ぬふりをしてしまった」と。

実際に、女子トイレでは、これらのツイートで語られているような気持ち悪い事件だって起きている。

[左]男性だって、自分より体格がよく力もありそうな不気味な全身タイツ男とトイレで遭遇し、ツーショットを求められたら、自分の身を守るために要求に応じてしまう可能性もあるのでは? [右]「嫌がって逆上されると怖い」……まさにその通りである

全身タイツに女装した男が数年前からたびたび商業施設の女子トイレに出没し、そこで自撮り。時にはその場に居合わせた若い女性たちとツーショットを撮るが、後に女性たちが「怖くて従うしかなかった」と証言しているのだ。

こちらのブログ記事には、顔はぼかしたうえで、その全身タイツ女装男と女の子たちのツーショット写真が掲載されている。

全身タイツ女装また女子トイレへ行き炎上(2023.2)
(ウェブ魚拓 https://archive.md/Qirc5

[左]新宿区議をつとめた経験もあるトランス女性政治家・よだかれん氏のご認識も、このレベル。[右]尾崎日菜子氏のお写真。本当に女湯で埋没できましたか?

尾崎氏への援護射撃だったはずの清水教授の「埋没した棘」は、炎上を鎮めるどころか、いわばガソリンの役割を果たした。それは、炎上中だった尾崎氏にぶっかけたガソリンだったのだ。

以来、「尾崎日菜子さんは、女湯に入ったというツイートはフィクションだとすでに断言しているのに、いつまでもしつこく蒸し返すのは、どうなんですかっ?」という怒りの声に対しては、私はこうこたえている。

「あのツイートだけなら、尾崎氏がフィクションだと明言した後には、炎上も少しずつ鎮まっていった可能性はあります。しかし、最大の問題は、清水晶子東大教授がチンコを股にはさんで女湯に入るという犯罪を肯定し、『埋没した棘』という論文を書き、それをまた岩波書店が『思想』に掲載してしまったことでしょう」

私は、ふと思う瞬間がある。自分は「埋没した棘」を誤読しているのではないか、と。あるいは、「埋没した棘」自体が、私の見た悪夢の一部だったのではないか、と。そんなときには、こちらのレビューを読み、そして、おのれの正気を確信する。

清水晶子氏著『埋没した棘』の読書感想文  Moja Mojappa(@MojaMojappa)

清水晶子「埋没した棘」を読んで。 千石杏香(@Sengoku_Kyouka)

なお、Moja Mojappa氏は性自認女性の身体女性で異性愛者、千石杏香氏は両性自認の身体男性でバイセクシュアル。そして、私はXジェンダーの身体女性でバイセクシュアル。私を含め、異なる属性の三人が、同じようなツッコミを入れているという点は、読者諸氏にもご留意いただきたいと思う。

◎LGBTのダークサイドを語る
〈1〉トランス女性は女性ですか?[上]http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46763
〈2〉トランス女性は女性ですか?[下]http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46815
〈3〉チンコは股にはさめば女湯OK! http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46978

▼森 奈津子(もり・なつこ)
作家。1966年東京生。立教大学法学部卒。1990年代よりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラー等を執筆。
ツイッターアカウント:@MORI_Natsuko

森奈津子編『人権と利権 「多様性」と排他性』 定価990円(税込)。最寄りの書店でお買い求めください

LGBTのダークサイドを語る〈2〉トランス女性は女性ですか?[下]森 奈津子

トランス女性を自称する身体男性が堂々と女子トイレを使い、時には女湯に入っている? 海外ではなく日本でも、そうなりつつある? そんな、まさか!

──と思った皆様には、次のツイートをご覧いただきたい。「私の性自認は女性」と主張する「身体男性」は「女性」として扱うべき、と主張する女性たちのツイートだ。

弁護士 上瀧浩子「トランス女性のペニスは、男根じゃなくて女根でしょ」

yoko_counter「ペニスだと思うから怖いのかな。基本的にトランス女性についてるのはペニスではなくクリトリスだと思ってるんだけど。ちょっと大きいかもしれないけど、なんの害もないよ」

[左]しばき隊界隈弁護士・上瀧浩子氏による、ペニス=女根説。[右]しばき隊界隈活動家・yoko_counter氏による、ペニス=大きなクリトリス説

ここで、鹿砦社が何年にもわたり追及してきたしばき隊/カウンター/C.R.A.C./ANTIFA等と呼ばれる暴力的な反差別運動体の問題、特に「しばき隊リンチ事件(カウンター大学院生リンチ事件)」の情報に触れたことがある方なら、「ん?」と引っかかるはずだ。

なお、ここで「しばき隊? なにそれ?」という方々にひとことでそれをご説明するならば、「反差別チンピラです」とお返事したい。

2010年代、在日特権を許さない市民の会(在特会)等による悪質な排外主義デモに対抗し、反差別を叫ぶと同時に彼らと同レベルでオラつくことで一定の成果をあげたレイシストをしばき隊(現C.R.A.C.)だが、在特会が弱体化してもオラつき癖が治まらず、しばき隊の暴力性を批判しただけの無辜の市民にまで大いにオラつき、結局は嫌われまくってしまったという、残念な皆様。それが反差別チンピラである。

上瀧浩子弁護士(@sanngatuusagino)は、「しばき隊リンチ事件」の現場にいた反差別活動家で在日韓国人女性の李信恵氏と公私にわたって親しく交流しており、しばき隊リンチ事件裁判やその他の裁判で、しばしば李氏の代理人弁護士をつとめてきた方だ。

 
赤ペンyoko先生の親身な添削で、君もしばき隊現役合格!

今ではこの「女根ツイート」がネット上で有名になり、「女根弁護士」などと揶揄されたりもしている。

そして、yoko_counter氏(@yoko_counter)は、ご自身で名乗っておられる通り、カウンター/しばき隊系の女性活動家だ。バイセクシュアルでありフェミニストでもある。

2018年にはまんこアートの第一人者・ろくでなし子画伯のツイートを差別的であると無料で添削、以降は「赤ペンyoko先生」の愛称でも親しまれている。

しかし、そんなに女根だ、大きなクリトリスだと主張するのならば、ご自身が「私の心は女」と主張しているだけの見知らぬおっさんたちと一緒に、毎日風呂に入っていればよろしいかと思うが、しばき隊界隈の女性たちがそのような反トランス差別的チャレンジをされているという話はうかがっていない。

実行に移さないのであれば、そのようなツイートはきれい事であり、机上の空論であり、単なる言葉遊びにしかすぎないと考えるが、そんな私の心が狭すぎるのだろうか?

さて。ここで、超有名なトランス女性活動家による「女風呂に入っている」という証言をご覧いただこう。

尾崎日菜子「あたしとか、チンコまたにはさんで、『ちーっす』とかいって、女風呂はいってんのやけど、意識が低すぎ? あと、急いでるときのトイレは男。立ちションの方が楽やからね」

[左]このツイートから、チンコを股にはさんで女湯に入る行為を指す新しい表現「ちーっす」が爆誕![右]チンコを股にはさんでいれば女湯に入ってもセーフ! 痴漢行為ではない!

この男性器をお持ちの尾崎日菜子氏は、トランス女性活動家として学術誌にも寄稿されているような方だ。そんなトランス女性活動家(身体男性)が、「私の心は女」と主張すれば女湯に入るのも許され、それは犯罪ではないと考えている。

なので、私はスローガン「トランス女性は女性です」を次のように言い換え、たびたびツイートしている。

「トランス女性は女性です(だからチンコあっても女湯に入ってOK)」

これならば、「トランス女性」が「性別適合手術を済ませて男性から女性になった人」という誤解を招くことも回避できる。「トランス女性は女性です」派が隠したい本音も、丸括弧内できちんと述べてあげるという、親切設計だ。

実は、すでに自分のパソコンで「とらんす」と入力したら「トランス女性は女性です(だからチンコあっても女湯に入ってOK)」と変換するよう、辞書に単語登録もしてある。

[左]チンコを股にはさんで女湯に入るというトランス女性活動家・尾崎日菜子氏は『コロナ禍をどう読むか』(亜紀書房)にご寄稿。[右]尾崎氏はご自身の写真を「女哲学者」とツイート。しかし、このような人物(チンコを股にはさんでいる)と女湯で出くわして「あっ。女哲学者だ!」と思う女性は一体何人いることだろう?

さらに申しあげると……しばき隊ウォッチャーを自認する方々なら、尾崎日菜子氏の名になにか引っかかりを感じないだろうか?

おそらく、すでにお気づきの方もいることだろう。尾崎日菜子という名は、しばき隊リンチ事件関連の流出資料「ITOKENの声かけリスト」の中にあった、と。

「声かけリスト」とは、しばき隊リンチ事件(2014年12月17日深夜発生)に関し口止めすべき関係者を、しばき隊系活動家ITOKENこと伊藤健一郎氏(当時立命館大学大学院生)がリスト化、配布した文書である。これを見れば、しばき隊につながる人物がひとめでわかるという、貴重な資料でもある。

ITOKENの声かけリストの中に尾崎日菜子氏の名。しばき隊界隈関係者としては古株か?

それにしても、声かけリストの中に、なんでまた尾崎日菜子氏の名が? 加えて、しばき隊界隈弁護士・上瀧浩子がなぜ、女根発言を? さらには、しばき隊系活動家yoko_counter氏が「大きいかもしれないけどクリトリス」発言をしたのは一体……?

答えは単純だ。LGBTの運動にしばき隊界隈活動家が「寄生」し、暗躍……いや、堂々と活躍しているということだ。

今や、ネットでもリアルでも、しばき隊界隈活動家は「トランス女性は女性です(だからチンコあっても女湯に入ってOK)」派として、LGBT活動家と共に大いにオラついている。

だが、私はバイセクシュアル当事者であり反差別でもある立場から、しばき隊界隈の皆様に申しあげたい。「無能な味方は不要だ」と。

現在、しばき隊と一緒になってオラついているLGBT活動家は、市民から忌避されつつある。当然だろう。

そのうちLGBTはヘイトデモのターゲットになるのではないかと、私は危惧しているのだが、そうなったとしても因果応報でしかないと、なかばあきらめの境地だ。

残念だが、LGBT活動家はしばき隊系活動家の暴言・恫喝を大いに利用してきたのだから。そして、我々LGBT当事者はそれを止められなかったのだから。(おわり)

◎LGBTのダークサイドを語る
〈1〉トランス女性は女性ですか?[上]
〈2〉トランス女性は女性ですか?[下]

▼森 奈津子(もり・なつこ)
作家。1966年東京生。立教大学法学部卒。1990年代よりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラー等を執筆。
ツイッターアカウント:@MORI_Natsuko

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LGBTのダークサイドを語る〈1〉トランス女性は女性ですか?[上]森 奈津子

LGBTがらみの人権問題に関心がある方なら、一度は「トランス女性は女性です」というフレーズをネットでご覧になったことがあるだろう。実際、ツイッターでは、現在確認できるかぎりでは2018年末から「#トランス女性は女性です」というハッシュタグが盛んに使われている。

 
2023年6月現在で確認できる、ハッシュタグ「#トランス女性は女性です」を使った最古のツイートは、2018年12月30日のもの

これは文字通り、「トランス女性は女性なので、女性として扱いましょう」という意味だ。ところで、今さらではあるが、「トランス女性(トランスジェンダー女性)」とは一体、どんな女性を指すのだろうか?

いまだに多くの人が、トランス女性を「男性として生まれたが、自分の身体の性別に耐えがたい違和感をいだきつづけ、性同一性障害と診断された後に性別適合手術を受け、体も戸籍上も女性になった人」と解釈しているように見受けられる。しかし、それは、LGBT活動家とその支持者が誘導する事実誤認に見事にはめられた結果だ。

事実は、以下の通り。

①性同一性障害の診断を受けていなくてもトランス女性
②性別適合手術どころか女性ホルモン投与すら受けていなくてもトランス女性
③戸籍上は男性でもトランス女性

そもそも、「トランスジェンダー」とはアンブレラターム(傘言葉)に分類される表現だ。聞き慣れない言葉だが、アンブレラタームとは、「ある共通点が存在するいくつもの言葉を傘のようにおおう表現」と説明される。

ゆえに、上記①②③の状態のような方々でも、「私の性自認は女性」と主張すれば、トランス女性になれる。なにしろ、「私の性自認は女性」と自己申告すること自体が、男性から女性へのトランスなのだから。

トランスジェンダー女性というアンブレラタームには、「私の性自認は女性」と自己申告しただけの身体男性から、性別適合手術を受けて戸籍も女性に変更した方までが含まれる。

ネットで「トランスジェンダー アンブレラターム」で画像検索すると、秀逸な傘の絵がいくつかヒットするが、ここでは、自作の図を「ご自由にお使いください」と公開してくださっている、千石杏香氏作のものをご紹介したい。

 
「トランスジェンダー」はアンブレラターム(図作成・千石杏香)

「トランスジェンダー」という傘の下には、「女装家」「男装家」や「女っぽい男」「男っぽい女」まで含まれている。そのような方々はホルモン投与や手術を受けてはいないどころか、性同一性障害との診断も出てはいないし、そのような自認もない。

「MtF(男から女)」「FtM(女から男)」は一般的に性同一性障害(トランスセクシュアル)を指すが、ぶっちゃけ、「私の心は女」と自称する身体男性、あるいは反対に「私の心は男」と自称する身体女性でも、そのカテゴリーに入る。自称なので、それが真実なのか偽りなのかは、第三者にはわからない。

「Xジェンダー」は女でもなく男でもないという性自認。実は、私は厳密にはこれに相当し、幼い頃から自分は女ではないという感覚が強かったが、とりわけ声高に宣言する必要は感じてはいない。

「性分化疾患(俗に言う『両性具有』)」に関しては、「トランスジェンダーの範囲に入れるな。私たちは男か女、どちらかである」と主張する当事者も多く、「両性具有」という表現も拒絶する人が多数だ。

「第三の性」は性分化疾患を表現する言葉ではあったが、今では身体の性だけではなく性自認(心の性)も含む。

以上のことから、筋肉ムキムキの大柄なヒゲ男であっても、「私の性自認は女」と主張するだけで、トランス女性になれるということが、おわかりいただけたかと思う。

実際、海外では、性別適合手術も女性ホルモン投与もせず、ヒゲ面に派手な化粧をした「トランス女性」が大勢いる。

主に欧米では、体は男性でも「私の性自認は女性」と主張すれば、法的に女性になれる(この制度を『セルフID制』という)国々がいくつもあるし、そんな彼らを「男」と呼ぶのは差別だ。下手すると、ヘイトスピーチで逮捕されたり、社会的に抹殺されたりもする。

ここで、実際のヒゲあり男性器ありのトランス女性の画像をご紹介しよう。

[左]イギリスのトランス女性活動家アレックス・ドラモンド。ヒゲあり。[右]こちらもヒゲのトランス女性。胸毛もペニスもある
[左]TikTokで自分語りをするヒゲのトランス女性。こんなビジュアルの方でも「おっさん」と呼ぶのはトランス女性差別とされる。[右]ブライダル雑誌のモデルにもなったインドのトランス女性活動家。体毛もヒゲもご立派

……ヒゲがない分、懐かしのドリフターズの女装のほうが女らしいと言えはしないか?

こんな人たちが堂々と女子トイレを使い、時には女湯に入り(米国の『Wi Spa事件』が有名)、出ていってくれと抗議の声をあげた女性たちを「トランス女性差別」認定して、オラついているのだから、大問題だ。

そして、日本でも、以前よりこの問題はちらほら浮上しているのである。

Wi Spa事件(No!セルフID  女性の人権と安全を求める会)

(つづく)

▼森 奈津子(もり・なつこ)
作家。1966年東京生。立教大学法学部卒。1990年代よりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラー等を執筆。
ツイッターアカウント:@MORI_Natsuko

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中核派現役区議会議員、洞口朋子氏に聞く「LGBT法案」の問題点〈2〉絶えざる差別・抑圧を産み出す今の社会を表層的に変えれば良くなるとのものの見方は、甘いのではないか 田所敏夫

本通信ですでにお伝えした通り「LGBT平等法」が国会で審議されている。国政政党の中に明確な「反対」は見当たらず、自民党から共産党までがこの法案に関しては「推進勢力」である。時あたかも「広島G7」。「G7の中でLGBT法がないのは日本だけ」との言説も聞かれるが、果たして「グローバルスタンダード」(?)はこの国のひとびとを幸せにするのだろうか。

ある筋から「中核派がLGBT法に反対しているよ」と教えてもらった。マスコミでは「過激派」と称される中核派であるが、中核派が「LGBT平等法」に反対する理由はどのようなものだろうか。中核派であることを隠すことなく杉並区会議員として2期目の再選を果たしたばかりの洞口朋子さんに電話でお話を伺った。後編の〈2〉を公開する。

 
洞口朋子=杉並区議会議員

洞口 たしかに性的マイノリティーをどう考えるかについては、私たち中核派の中でも、かなり討論し学習を重ねているのが正直なところです。その中で杉並区議会に「性の多様性条例」が出されましたので、私たち中核派の見解を2、3月の議会で出しました。

田所 わたしは共産党にもこの件で質問をしました。「バイセクシュアル」の人はいまのでデメリットを被っているでしょうか」と質問したところ、共産党のお答えは「バイセクシュアルについては考えたことがない」でした。LGBTとの言葉で括られていますが「多様性」とは文字どおり「多様」なのだからLGBTに収まらない人もいます。今の社会通念からすれば逸脱する人もいるが、仮に法律を作ればそのような指向の人をどう考えるのか、との議論が欠如していませんか。

洞口 表面的な「改善」や啓発活動をすれば差別がなくなるかのような、幻想を描いている。国政政党で言えば与党から野党まで皆さんが推進している。分裂がありながらも国として進めていく。広島でのG7を控えて「LGBTの制度がないのは日本だけだ」と言っていますが、私たちがまったく評価しないG7に向けて進んでゆこうとしている。しかも野党の人たちが進んで行っている疑問はもちろんあります。

女性や性的マイノリティーに対する絶えざる差別・抑圧を産み出す今の社会を表層的に変えれば良くなるとのものの見方は、甘いのではないかと思います。根本的な部分を変えないと。根本的な部分により絶えざる差別・抑圧が生み出される、と私は考えていますので政治的であれ経済的であれ社会的であれ、根本を問題にしないと、社会の構造として性的な差別・抑圧を産み出している根拠を経つことは出来ないのではないかと思います。

その立場から国が進めている、また杉並区や自治体が進めている「性の多様性」には反対です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

洞口氏からは「LGBT法案」の問題点だけでなく、杉並区政の現状についての見解や、社会全般についてのも意見を伺ったが、今回の議論からやや論旨が離れるのでその部分は割愛させていただだいていることをお伝えする。一見左派、リベラル層が賛成で保守層が反対しているかの様相を呈している「LGBT平等法」についての議論は、洞口氏(中核派)が見解を明示したように必ずしもそのような構図ではない。そもそも性自認と身体的性差、あるいは性指向と性趣向の区別すら冷静に考えず、若しくは知らずなんとなく「LGBT平等法」は論じられているのではないか。日本共産党と洞口氏へのインタビューを通じてそのことを感じた。

かたわらで原発推進法であるGX法が成立し、近く「少子化対策のために」社会保険料が増額されるらしい。国民総背番号制であるマイナンバーカードに健康保険と免許証の記録まで統合するという無茶を通すために、国民を2万円(マイナポイント)で釣って国民情報・資産の完全管理を進めているが、早くも住民票や健康保険で過誤が発生している。「武器ではないから」といいながら自衛隊の車両をウクライナに提供し、NATOの事務所を日本に設置する計画もあるという。これらどれをとってもわたしには「LGBT法案」より重大な課題に感じられる。けれどもことの軽重が完全に逆転しこの国の「総論」は迷走している。(了)

【付記】本通信5月20日掲載の《中核派現役区議会議員、洞口朋子氏に聞く「LGBT法案」の問題点〈1〉「性の多様性」の名の下に、これまで女性が勝ち取ってきたものが解体されようとしているのではないか(聞き手=田所敏夫)》の洞口氏の発言で、

「『性自認』よりも身体的な性差を上位に置いてしまうと」、との記載は、

「身体的な性差よりも性自認を上位に置いてしまうと」が正しい見解であると洞口氏から掲載後に訂正要請を受けました。本原稿で洞口氏の真意を伝えるとともに、20日掲載原稿の当該部分を訂正いたします。

◎中核派現役区議会議員、洞口朋子氏に聞く「LGBT法案」の問題点
〈1〉「性の多様性」の名の下に、これまで女性が勝ち取ってきたものが解体されようとしているのではないか
〈2〉絶えざる差別・抑圧を産み出す今の社会を表層的に変えれば良くなるとのものの見方は、甘いのではないか

◎洞口朋子(ほらぐち ともこ) 1988年宮城県生まれ。法政大学経済学部除籍。革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)幹部。都政を革新する会(旧:杉並革新連盟)メンバー。2019年より杉並区議会議員(2期目)。公式HP https://horaguchitomoko.jp/

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』