アベッチサンの鬼退治……の巻
犬腰犬介アナ 「こんばんワ! イヌエッチケー“ニュースセンター9”。キャスターの犬腰犬介(いぬこし・けんすけ)です。」
犬飢ゆうひアナ 「同じくキャスターの犬飢ゆうひ(いぬうえ・ゆうひ)です。」
犬腰犬介アナ 「まずお約束の、いつものシュプレヒコールから始めましょう。……アベッチサン!万歳(マンセー)!」
犬飢ゆうひアナ 「アベッチサン!マンセー!」
犬腰犬介アナ 「最初のニュースです。……偉大なるイヌエッチケー会長さまであられる揉威斬人(もみい・かっと)将軍さまのご命令で、この番組では毎週『勝利の記録』コーナーを放送しております。」
犬飢ゆうひアナ 「『勝利の記録』は、前の週に放送された大本営の戦果発表や現地での実況録音などをまとめて、毎週月曜日のこの番組内で放送されており、国民戦意を高揚に貢献しております。」
犬腰犬介アナ 「本日の『勝利の記録』は、あの憎むべき鬼畜米英の首魁であるエゲレス王族の、ウィリアム王子を日本に呼びつけて、思いっきり放射能に汚染させ、さらに子供たちの“鬼畜一投一殺”ボール投げの標的にしたという、帝国臣民にとってはまことに痛快な快挙のご報告であります。」
犬飢ゆうひアナ 「これほどの快挙を実行しえたのは、まさに大将軍アベッチさまの威徳でありますワネ。」
犬腰犬介アナ 「ふたたび大将軍アベッチさまを讃えて万歳三唱いたしましょう!」
犬飢ゆうひアナ 「よっしゃ! アベッチサン!マンセー! マンセー! マンセー!」
犬腰犬介アナ 「では、きょうの『勝利の記録』です。」
犬飢ゆうひアナ 「ちょっとその前に……」
犬腰犬介アナ 「なんですか? 台本にないですけど?」
犬飢ゆうひアナ 「今回もあんたの手が邪魔ですけど……」
犬腰犬介アナ 「ケンチャナヨ~っ! 将軍さまからの御指示でないから今回も無視ね。……さて『勝利の記録』に行きましょう。八百田嘘記(やおた・うそき)記者に伝えていただきます。八百田さんどうぞ!」
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八百田記者 「ハイ!八百田でんがな! ハイハイハイ! ちょうど……あっ! ちょうど今、今週の『勝利の記録』の“完パケ”が入りましたで~! ほな行こか~!」
犬腰犬介アナ 「……えっ? 完ハゲがどうしたって? ……えっ、ちがうの? ……えっ、なんだおい! 今までパッケージ作ってたのかよ、ホントにイヌエッイケーエンタプライズは能なしぞろいだな~おい! 定年退職したジジババばかり飼ってる利権企業だから、うちら神南本店の足ばかり引っぱりやがって!」
ディレクターの怒声カットせずに入る 「イヌスケこの馬鹿ヤロー! マイク入ってんだよ馬鹿! 会社の悪口いうな馬鹿!」
犬腰犬介アナ 「あっ! ……では今週の『勝利の記録』、ごらん下さい。(涙声)」
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糸居九郎ナレーター 「ゴーゴーゴー、糸居九郎! 満州の新京(シンキン)・ハルビン股にかけ、京都放送、それでまたニッポン放送と、あっちこっちで苦労を積んできたニッポン初の本格DJ・糸居九郎がお送りする、ほとんどライブの戦争宣伝番組、『勝利の記録』っ! いってみよう! ゴーゴーゴー! ゴーズオン! (BGMは軍艦マーチ) ……さて今回はわれらが大将軍さま、アベッチサンが、ブリテン王子のウィリアムズを、われらが絶対防衛圏である本土に誘い込み、ボッコボコに叩きのめしたという痛快な戦いの報告であります! その報告に入るまえに、帝國(ていこく)臣民のリスナー諸君に一曲きいて頂こう! 鬼畜米英は、かように堕落した音曲(おんぎょく)に酔い痴れているから、わが帝國との戦争で負けるのである! その曲とは、ビートルズの『エイトデイズ・ア・ウィーク』、邦訳すれば“月月火水木金金”という英国の鬼畜どもの勤労歌なんだから、日英かくも真剣さが違うのかとビックリであります!」
英國の「ゴキブリ連中」などと自称する「The Beatles」なる不良どもが
連中の言葉で『月月火水木金金』を唄うと、かくもふざけた作品となる。
これは最早クラシツクのやうな洗練された音楽とは到底言へない。
かういふことだから英國は今回の世界大戦で大日本帝国に負ける運命にあるのだ。
糸居九郎ナレーター 「さて本題に戻りましょう。このたび、わが國(くに)と交戦中の“連合国”の一端をなす大英帝国の、なんとウィリアム王子がじきじきに、わが帝國を訪問したいと言ってきたのであります。ウィリアム王子は王立英國軍の兵士に志願した男であります。かの國ではこんなふうに貴族が兵隊に志願するのを“ノブレス・オブリージュ”と言うそうで、大昔に野蛮な戦いで勝ってそれで貴族になれたのだから、戦争がおきたら貴族の息子が兵役に就くのは当然だとかいう、なんともトチ狂った発想であります。そんなことしたら、せっかく築いた巨万の富を継いでくれる跡継ぎが戦死して居なくなってしまうのに、毛唐はそんなことすら思い至らないのであります。その点、わがニッポン帝国はエラい! 貴族皇族の皆さまもたしかに兵役にはお就きになるが、それは名目だけのもので、危険な前線には決して出ていかない。前線は、百姓とか、都会の魔窟で低賃金労働に甘んじている賃労働家庭の若者とか、世間じゃ使い物にならない大学生の青臭い若者とか、そういう連中に戦わせてきた。それがニッポン帝国の英知でありまして、この点は明治維新の時からカネ儲けの仕方を学んできたアメリカ合衆国の支配層の生活信条を、しっかりと踏襲しておるのであります。
さてここで、帝国臣民のリスナー諸君に一曲きいて頂きましょう! 鬼畜米英はかように堕落した音曲に酔い痴れているから、わが帝国との戦争で負けるのである! その曲とは、ランナウェイズの『チェリーボム』、邦訳すれば“同期の桜”という米国の鬼畜どもの同窓歌なのであるから、日米かくも真剣さが違うのかと驚嘆せざるを得ないのであります!」
米國の「脱走者ども」などと自称する「The Runaways」なる不良女子どもが
連中の言葉でいう『同期の桜』を唄うと、かくもふざけた作品となる。
これは最早クラシツクのやうな洗練された音楽とは到底言へない。
そもそも新興国のアメリカ合衆國にはクラシツクすら存在せぬのである。
かういふことだから米國は今回の世界大戦で大日本帝国に負ける運命にあるのだ。
糸居九郎ナレーター 「さて本題に戻りましょう。イギリス政府からウィリアム王子の訪日希望の連絡をうけた我らがアベッチサン政府は、アベッチサン大将軍じきじきにウィリアム王子と会見し、その場で『もし福島訪問を望むのなら、現地でピカを食え! その気がないのなら偽善の見世物などまっぴらだから日本に来なくてヨロシイ! イエスか? それともノーか?』と厳しい態度で腑抜けた王子に決断を迫ったのであります。 この真剣勝負のような会見は、まさに今からちょうど73年まえ、真珠湾奇襲の成功から3ヶ月たった昭和17年、すなわち1942年の2月15日に、帝国陸軍の山下奉文(ともゆき)大将が、シンガポール攻略に成功して宿敵連合軍の英國軍司令官・アーサー・パーシバル中将と会見を行ない、『イエスかノーか』と降伏を迫った逸話を彷彿(ほうふつ)とさせるのであります。」
日本を訪れたウヰリアム王子の一行に対して、
我らがアベツチサン大将軍は「福島に行くならピカを食え!
イエスかノオか!」と迫り、ちやうど今から七三年前の戦時下、
山下パアシバル会談で見せた日本の破竹の強さを、いま再び
英國に示したのであります。
糸居九郎ナレーター 「事前の会見でウィリアム王子にピカを食うことを確約させたアベッチサン大将軍さまは、その後、東京から福島までウィリアム王子の訪日団を徒歩で行進させたのであります。ウィリアム王子もこの試練によく耐えた! 敵ながらあっぱれであります。ここでまた一曲聴いていただきましょう、今度はトルコの軍楽隊の行進曲であります。イギリス王子も、楽器のひとつでも持参しておれば、悲惨な行進をせずに済んだでありましょうに……。こういうところに、おのおのの文明が育んできた文化の奥行きや深さの違いが現れるのであります。じゃあ曲いってみよう! ゴーゴーゴー! ゴーズオン!」
英国皇族の御一行も、このトルコの軍楽隊のやうに何か楽器のひとつでも
持っておれば、福島までの惨めな旅程を歩まずに済んだであろう。
アベツチサン大将軍さまの命令一下、徒歩で福島に向かう
英國ウヰリアム王子とその部下たち。王子らが履く粗悪な
英国製短靴はすぐに壊れて使い物にならなくなつたが、
「セカセカ歩け!」の叱咤を受けてなんとか福島に辿り着いた
英國皇族だつたのであります。
糸居九郎ナレーター 「さて、福島に到着したウィリアム王子ら御一行は、例によって幼い子供たちが遊んでいる場所を慰問したのであります。マスコミ報道に乗っけて庶民の安心やら賛同やらをとりつける“戦略的メディアイベント”の実施においては、子供とか動物のような“なごみキャラクター”を用いた見世物が絶対的に有効であり、必要なのであります。なにしろこれは、ナチスドイツがユダヤ人強制収容所を正当化するために利用した宣伝手法ですからねぇ。……そんなわけでアベッチサン大将軍さまとウィリアム王子は広告代理店の定石を踏まえて、チビッコたちが遊んでいるスポットを訪問したのでありますが、ここでハプニングがありました。……なんと、チビッコたちは、子供らに愛想よく接近したウィリアム王子を警戒して、その場にあったボールを投げつけたのであります。節分からほぼ一か月たった後のことではあったけど、福島の賢明なチビッコたちは、いみじくも鬼畜の親玉に、ボールを投げつけて撃退の意思を示したのであります。さすが日本の子供たち! あっぱれであります! しかもこの子供たちは、敵国イギリスの王子に、金魚の糞のようにくっついてヘラヘラとお愛想わらいをしていたアベッチサン大将軍さまにも、抗議のボールを投げつけたのでした。……独裁者の本性を、その場で直感的に見抜いてボールを投げつけて撃退した子供たちの感性の鋭さ! これこそが日本の宝であります。
……ここでまた一曲、聞いてもらいましょう! 大英帝国に乗っ取られて尻の毛まで抜かれてきたけれど、独立して独自の文化を育んでいるカリブ海の島国・ジャマイカのポップスター、ボブ・マーリーの大ヒット曲『アイ・ショット・ザ・シェリフ』です。直訳すると『オレが撃ったのは警官だよ』ってことです。……これは、ニッポンでいえば岡っ引きのような下っ端の警官を正当防衛で撃ち殺してしまったけれど『警察署長を射殺した』などと大げさにデッチ上げられて重罪にされた男が、我が身にふりかかった冤罪を訴えた歌であります。……でもまあ、お役人だというだけで無茶苦茶に権力を乱用する奴らには、鉛のボールでも撃ち込んでやったほうが世のためになるというのは、世界普遍の真理であり、小学校に上がるか上がらないかの幼児でさえ知っている自然の法理なのであります。……これを教えてくれたウィリアム王子の訪日は、まことに有益だったと言えましょう。……じゃあ曲いってみよう! ゴーゴーゴー! ゴーズオン!」
大英帝国の植民地だったジャマイカの、大衆歌謡の王子であった
ボブ・マーリーの『アイ・ショット・ザ・シェリフ』。自分を殺そうとした
警察の下っ端をやむなく成敗したけど、エライ人には手を出してないぞ、
と冤罪を主張する正義の歌であります。
第二次大戦時に獨逸のヒトラア閣下が宣伝相ゲツベルスに
作らせた宣伝映画のように、今回の英國皇族の福島訪問でも
我らがアベツチサン大将軍は幼気な子供たちが愉しく遊ぶ様子を
ウヰリアム王子らに見せつけたのであります。子供たちは
「鬼畜米英」の実物を目の前にして、手にした軟球を「鬼畜」
に投げつけて愛国心旺盛な闘志を自ら示したのであります。
更に子供の天才的嗅覚は邪悪な偽善者をも見事に嗅ぎつけて
ボオルを投げて排撃したのであります。
糸居九郎ナレーター 「アベッチサン大将軍さまは、ウィリアム王子が福島県訪問を終えた直後に、記者たちの前でこう語りました――『殿下の福島訪問は東北の被災者に勇気を与えていただいた。福島のおいしい食材を堪能(たんのう)していただきたい。風評被害を払拭(ふっしょく)する上で大きな力になる』。……これで明らかなように、アベッチサン大将軍さまは福島県の食材の放射能汚染という、もはや隠しようのない現実に、『風評被害』という奇妙な呼び名をつけて、それを払い拭(ぬぐ)うための道具として、英國の王子を利用したのでした。自国の恥ずべき現実をごまかすための“煙幕”やら“道化役”として、よその国家の皇族とか王子とかを利用した国が、これまでどこにあったでしょうか? アベッチサン大将軍さまは、あえて未曾有の蛮勇に踏み出し、それまで世界の歴史で類例のなかった“他国の皇族を汚名ぬぐいの雑巾(ぞうきん)”として使うという勇気ある行動を実行したのです。……なんと勇猛果敢な行為でありましょうか!」
鬼畜英國の皇族が這々(ほうほう)の体(てい)で退散した後、
我らがアベツチサン大将軍は今回の歓迎行事を勝利的に総括する
声明を発表したのであります。
それによれば「我が帝国の名誉を汚す風評被害を払拭するボロ雑巾として、
英國の王子を掃除の道具に使ってやつたワイ、あゝ愉快愉快!」という
痛快なものだつたのであります。我らが大将軍アベツチサン万歳!
神よアベツチサンに御加護を授けよ!
糸居九郎ナレーター 「……以上が本日の『勝利の記録』であります。英國のウィリアム王子をボロ雑巾のように利用したアベッチサン大将軍さまが、大英帝国を滅ぼす日はきっと遠からずやってくるでありましょう。だって一国の皇族をゾウキン扱いにしたのですからね。これほど痛快な外交があるでしょうか? ……ではリスナーの諸君、最後にウィリアム王子のおバアちゃんのことを唄ったビートルズの曲を聴いていただこう。……『女王様はかわいいお嬢ちゃんだぜ、めったにしゃべらないスケだけど。女王様はかわいい娘さ、毎日コロコロ気分が変わるけど。愛してるって言いたいとこだが、ワインをガブ飲みしなきゃ言えないな。女王様はかわいい娘、いつかオレのものにする、オレのものにするぞ』。……これ、ザ・ビートルズの『ハー・マジェスティー』です。彼らの最終アルバム『アビーロード』の、最後にポツンと張りつけられていた“しょうもない曲”ですよ。われらがニッポンであれば、こんな唄は不敬罪で登場しえなかったでありましょう。たとえ“不敬罪”という法律が廃止になっていても、死のぞこないのゾンビどもが死滅した法律を掲げて生者に嫌がらせをしているのが、われらが黄泉(よみ)の国・ニッポンなのですから。……まぁ、ゾンビどもは世の終わりが来なきゃ始末がつかんわけですし、困ったもんですワ。……じゃあ曲いってみよう! ゴーゴーゴー! ゴーズオン!」
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八百田記者 「……ということで、今週の『勝利の記録』。おもろかったな! じゃあ犬腰キャスター、まとめ頼むで!」
犬腰犬介アナ 「バカヤロー! 今日もあと30秒で番組終了じゃねえか! 完パケが長すぎるだろ、イヌエッチケースペシャルじゃねえんだぞ!」
ディレクター(怒鳴り散らす声がそのまま番組に入る) 「犬介てめえキャスターのくせに何やってんだ! てめえやっぱし今日かぎりでクビだわ! 地方局に飛ばされて一生ローカルニュース読んでろバカ!」
犬飢ゆうひアナ 「きょうもニュースが一本しかお伝えできませんでしたが、そもそも数万人の職員を抱えているイヌエッチケーが日々カネをかけて製作しているニュースを、一時間のうちに何本も見たいのなら、受信料が月々数千円というのは安すぎます。テレビからもラジオからもインターネットからも、さらにありとあらゆる情報端末機器から、何重にも受信料をいただかなくては、とってもやる気になりません。視聴者の皆さまは、この時間帯に一本でも価値あるニュースを見れただけで、われわれを感謝せねばなりません。……皆さまのテレビ生活は受信料で支えられています。イヌエッチケー東京放送。……《ニュースセンター9》、明日もお楽しみに……」
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(この物語はフィクションであり登場人物その他はすべて架空のものです。
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