冤罪説根強い今市事件 上告棄却の勝又拓哉氏が手記に綴った「再審無罪への決意」

勝又氏が勾留されている東京拘置所

2005年に栃木県今市市(現在の日光市)で小1女児が殺害された「今市事件」について、筆者は当欄で、被告人の勝又拓哉氏(37)が冤罪であることを繰り返し伝えてきた。

だが、残念なことに、3月4日、勝又氏は最高裁に上告を棄却され、無期懲役の判決が確定することになった。

そんな勝又氏から筆者のもとに、現在の心境などが綴られた手記が届いたので、ここに紹介したい。

手記では、勝又氏は裁判への不満などを率直に語りつつ、再審で無罪を勝ち取るまで無実を訴え続けることを宣言している。台湾出身の勝又被告の言葉はたどたどしいが、無実の人間ならではの自信が行間からにじみ出ている。ぜひご一読頂きたい。

勝又氏から届いた手記

◆上告書をちゃんと読んでいるとは思えない

3月5日の午後3時頃、いきなり看守から書類が届けられ、わけがわからずに受け取ってみたら、最高裁の決定書で「棄却決定」とありました。支援者から差し入れてもらった本を読んでいる最中のことでした。

決定書は1枚だけしかなく、「中身この1枚だけ??」と思いました。自白の任意性はあると認め、法令違反や事実誤認の主張は上告理由に当たらないとあり、理解できませんでした。自白の任意性よりも信用性が問題であり、信用性は控訴審で否定されたはずなのに、この点には触れていないし、事実誤認の主張が上告理由に当たらないというのも理解できませんでした。

もしも控訴審判決を精査しての判断であるなら、犯人は本当は私ではないという重大な事実誤認が読み取れなかったか、無実の証明ができなければ、上告理由に当たらないということだと思います。

決定書は裁判で争点になった「Nシステム」「手紙」「取調べ」の録音録画などについても何ら触れていませんでした。最高裁の決定書から読み取れるのは、裁判官が事件を右から左に流しただけで、上告趣意書をあんまり見ていないということでした。1年半かけて、上告趣意書の中身にまったく触れていない決定書に、先日の森法務大臣の発言にあった「無実なら無実を立証すべき」との言葉が蘇りました。

有罪証拠がこれだけ無いうえに、控訴審で最後の最後に検察が禁じ手の訴因変更、それを当たり前のように認めた控訴審裁判官、そして、それについて、何ら触れない最高裁。99.9%の有罪率は恐ろしいとあらためて思いました。悪くても差し戻しになり、控訴審をもう1回やると思っていました。

決定書を受け取った初日は本当にショックが大き過ぎました。「ありえない」と目の前が真っ暗になりました。2日目は落ち着きを取り戻し、判決文をよく読み返し、いかに理不尽な文章なのか、なんとか理解できるようになりました。弁護団が提出した大量の上告書に対し、決定理由は6行の文章しかないのです。上告書をちゃんと読んでいるとは到底思えません。

◆「やってない」と胸を張って言い続ける

警察や検察の関係者から状況証拠の積み重ねで有罪にしたとのコメントがありましたが、そこまで自信のある証拠を集めていたのなら、控訴審での検察の訴因変更は何だったのでしょうか。ただの訴因変更ではなく、死亡時間や場所、これらがまったくわからない変更です。

殺害方法も控訴審で自白通りでは不可能と証明されていますし、Nシステムにしても検察が証拠開示に応じていないので、どれほどのセダン車やワゴン車が通ったのかわからないし、警察や検察が自信があるなら、捜査資料などあらゆる証拠を開示してもらいたいです。

何年かかろうと、やっていない殺人を認めるわけにはいきません。東住吉冤罪事件の青木恵子さんの記事によると、刑務所では罪を認めない人は何かと不自由だったり、なかなか階級を上げてもらえなかったりするそうです。でも、たとえ階級が上がらなくて、家族と会える時間が増えなくても、私はやってない殺人について「やってない」と胸を張って言い続けます。

国会が冤罪調査会のようなものを作ってくれたらいいのですが、今の国会(というか、国会議員)には期待できそうにありません。だから、今のままの司法で再審を求めて、無罪を勝ち取ります。私は、やってないから強気でいられるのです。弁護団はどうなるのかという点について不安はありますが、堂々と胸を張って、再審請求を粛々としていきます。

私の再審無罪が決定した日、警察や検察が記者会見で何を言うか、今から大変気になります。再審無罪になったら、誰が悪かったのか、責任の所在を明らかにしてもらいたいです。そして取調べでは、せめて弁護士の立ち会いを認めるようにしてもらいたいです。弁護士が全ての取調べに立ち会いできれば、録音録画をしていない時に警察や検察が変なマインドコントロールをする心配がなくなります。

私の場合、最初の数日の取調べで、警察や検察はまず私を屈服させることに全力で取り組みました。そして、その後はやさしく洗脳されました。こういう取調べに弁護士が立ち会いをしていれば、冤罪はかなり減ると思います。また、その前に警察や検察が無罪が出た冤罪事件に対して、素直に「申し訳ありません」の一言を発する時代がくることを願うばかりです。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

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「ホリエモン」堀江貴文氏のネット発言が露呈する90年代以降の「知性」の浅底

◆日本の「人質司法」問題が論じられるきっかけとなったゴーン被告の日本逃亡

堀江貴文(ホリエモン)氏がカルロス・ゴーン被告の日本脱出劇について、元刑事被告人であり、有罪を受け、刑務所にも収監された立場からコメントを連撃している。わたしは、堀江氏には生理的な嫌悪感を覚え、これまで彼の発言や発信を真剣に聞いたことがなかった。「新自由主義」を体現している人間。簡単すぎるが、これがわたしの堀江氏に対する人物評価だった。

Youtubeは視聴者を多数得たYoutuberにとって、よほど収益性が良いようで、お手軽な料理のレシピ紹介から、現役を退いた(とくにプロ野球選手が目立つ)ひとたちの「暴露話」、バックパッカーとして世界を旅しながら自分の旅行を伝える人など、実に幅広い動画がアップロードされている。時間潰しにはありがたいリソースでもある。そこにいまでも商魂逞しい堀江氏も参戦しているのであるから、「宇宙開発」同様に充分に収益性のある「ビジネス」の場所なのでもあろう。

さて、本通信でわたしは私見を述べたが、わたしと同様あるいは反対の見解も含め、カルロス・ゴーン被告の日本からの逃亡劇には各界の専門家も、素早く反応している。その結果、日本の「人質司法」が一般の日本人に突きつけられることになった。カルロス・ゴーン被告の日本からの逃亡が、日本の「人質司法」問題が論じられるきっかけとなったことは、副産物ではあるが望ましい傾向だ。一般人にとって「刑事司法」は、犯罪に手を染めるか、冤罪被害者に仕立て上げるか、裁判員裁判としてお声がかかりでもしない限り、関心の対象としては薄いものであろうから。

◆堀江氏の刑事司法や刑務所体験や知識には説得力のあるものが多いのだが……

その観点から堀江氏が、どのようなことを発信しているのか、初めて彼の発信する動画をいくつか真面目に見た。自身が逮捕・長期勾留・収監の経験があるだけに、堀江氏の刑事司法や、刑務所内における体験や知識には、説得力のあるものが多く、頭が良いだけに「旧監獄法」とそれ以降の変化や、カルロス・ゴーン被告が受けてきた容疑事実についての分析もレベルが高い。


◎[参考動画]カルロス・ゴーンが見た日本の腐った司法システムについてお話します【ゴーン第4弾】

堀江氏が東京大学に入学した1991年わたしは、企業から転職して京都の小さな私立大学に事務職員として着任した。あの年の入学生はわたしにとっては、大学職員として、初めて接する入学生であったから、いわば「同級生」のような感覚がある。彼が動画の中で「1991年に東大に入ったあと」と語ったので、本筋と関係はないが、私的な経験と堀江氏の年齢が交錯した。

◆新自由主義の寵児が露呈する「知性」の浅底

カルロス・ゴーン被告についての堀江氏の発信を一通り確認したあと、その件とは無関係な動画も何件か視聴してみた。その結果判明したことは、やはりわたしの堀江貴文人物評価は、間違っていなかったということである。その証拠示す動画(もしくは音声)にいくつも出くわした。

筆頭は地球温暖化を論じた、以下の動画である。


◎[参考動画]ホリエモン、グレタ氏を批判!日本の温暖化対策はどうすべき?【NewsPicksコラボ】

この動画の中で堀江氏は、同じ番組に出演しているお馬鹿さんと一緒に、地球温暖化への対策が「原発」だと言い切っている。もっともその前段となる、世界的に情報商品として過剰に取り上げられているスウェーデンのグレタ・エルンマン・トゥーンベリさんへの評価には部分的にわたしも同意する部分はある。どうして同様の主張を多くのひとびとが何年も前から、続けているにもかかわらず、突然スウェーデンの高校生(?)がこのように、脚光を浴びるようになったのか。

グレタさんの主張すべてをわたしは否定、しないけれども、どうして「彼女だけが」世界中の同様の意見主張者の中から注視されているのかについては、落ち着いて考える必要があろう。地球温暖化に人類の営為が影響を与えていることは事実だろう。だが、「二酸化炭素が地球温暖化を進めている」とする説に、わたしは全く納得がゆかない。フロンガスをはじめ、名称通り「温室効果」をもたらすガスや人工物はあるあろう。しかし二酸化炭素がなければ、植物はどのようにして光合成をするのだ。植物の光合成なしに、どのように新たな酸素が生まれ出るのか?

地球は温暖化しているだろう。人為的な原因もあろうが、その主たる理由は地球がこれまで繰り返してきた「温暖期」を迎えているからだとの説に、わたしはもっとも合理性を感じる。

地球温暖化はいずれ別の場所で論んじよう。グレタさんを持ち上げる勢力の腹黒さについても。きょうの原稿はホリエモンを斬るのが主眼であった。堀江氏は、紹介した動画の中で「第4世代の原子炉開発も進んでいる」などと述べているが、たぶん彼の頭のなかには基礎的な、放射線防御学の知識もないのだろう。市場分析や、商品開発の将来性について(わたしはまったく興味はないが)堀江氏は自身が発信する動画の中で、実に多角的な分析と見立てを表明している。しかし、堀江氏が断言する将来像や分析は、いずれも経験則や自身が勉強した知識に基づいている。

このことは、堀江氏が「イカサマ師」ではないことを示す証拠にもなろう。彼の見解や、見立てにわたしは相当程度、異議がある。だが自分で商品開発や、商品の将来性を見定めた(その負の結果も負った)堀江氏の発言には、ある種の一貫性がある。

それは、「知っていること(経験したこと)を強く主張するが、知らない世界でドツボにはまる」ということだ。新自由主義の寵児のような堀江氏と東浩紀氏が語り合った音声がある。


◎[参考動画]【天才】東浩紀の頭がよすぎてホリエモンが言い返せない状況に…!

この中で堀江氏は「一生懸命会社で働いているあいだ、忙しくて『ベーシックインカム』なんて知りませんでしたよ。知ったのはこの1年くらいですよ」と述べている。わたしは東浩紀氏の支持者ではない。堀江氏からこの一言(彼の限界)を引き出した人物として紹介するまでである。1年前まで「ベーシックインカム」すら知らなかった人物が論じる世界観など、信用に値するか?

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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《2020年展望・死刑》最大の注目は一審死刑の淡路島5人殺害事件の控訴審判決

昨年は死刑に関する重大な出来事がいくつもあったが、2020年も死刑に関する大きな出来事が色々起こりそうだ。以下、展望する。

◆今年死刑が確定する可能性がありそうな被告人は2人

植松被告の裁判員裁判が行われる横浜地裁

死刑適用の可否が争点になる裁判は今年も複数ありそうだが、まずは1月8日から横浜地裁において、相模原障害者施設殺傷事件の植松聖被告に対する裁判員裁判が開かれる。判決は3月16日の予定だから、かなりの長期審理となる。裁判員たちの負担は相当なものだろう。

報道によると、弁護側は「犯行時に心神喪失だった」として無罪を主張するそうだが、19人もの人間を殺害した被告人に対し、責任能力の全部又は一部を否定し、死刑を回避するほど日本の裁判官は甘くない。裁判員裁判でもそれは変らない。筆者が植松被告と面会した印象では、植松被告本人は自分のやったことを正義だと信じて疑っていないが、確実に死刑判決を受けるだろう。

では、今年中に新たに死刑判決が確定する被告人はいるだろうか。

死刑判決は通常、裁判の第一審や控訴審で確定することはない。死刑判決を受けた被告人は、たいてい上訴するので、死刑は最高裁で確定するのが一般的だ。そこで、死刑判決を受け、最高裁に上告している被告人の顔ぶれを見てみると、今年中に死刑が確定する可能性がありそうな被告人が2人いる。前橋市高齢者連続強盗殺傷事件の土屋和也被告と、伊東市干物店強盗殺人事件の肥田公明被告だ。

裁判の迅速が進んだ今も、最高裁は控訴審までの結果が死刑の事件については、判決を出すまでに大体2~3年かけている。その点、土屋被告は2018年2月、肥田被告は2018年7月にそれぞれ控訴棄却の判決を受けているので、今年中に最高裁が判決を出してもおかしくないわけだ。

肥田被告のほうは無実を訴えているが、最高裁が死刑判決を破棄し、最終的に無罪判決が確定した前例は大阪市平野区の母子殺害事件など極めて少数だ。確率的に言えば、肥田被告は苦しい状況に置かれていることは間違いない。

一方、死刑執行があるか否かについては、今年も当然のように「ある」だろう。これまでハイペースで死刑を執行してきた安倍政権が死刑執行の無い年を作るとは考え難いからだ。ただ、さすがに海外の目もあるので、東京五輪が終わるまで死刑執行は控えるだろうと思われる。

◆「あの裁判長」がまた世間を驚かせる判決を出すか

最後に、筆者が今年、最も注目している死刑関係のトピックを紹介したい。3月9日に大阪高裁である淡路島5人殺害事件の平野達彦被告の判決公判だ。

平野被告の控訴審が行われてる大阪高裁

平野被告は一審・神戸地裁の裁判員裁判において、被害者のことを「工作員」だと言い、「(犯行は)ブレインジャックされてやったことだ」などと特異な主張を展開した。弁護側は、平野被告が犯行時に心神喪失状態だったと主張し、無罪を求めていたが、判決では完全責任能力が認められ、死刑を宣告されていた。ここまでは、日本の刑事裁判では通常の流れだ。

ところが、大阪高裁の控訴審では、裁判所が職権で精神鑑定の再鑑定を行った。その結果、この再鑑定を担当した精神科医が平野被告について、「薬物性の精神障害」という一審までの精神鑑定の結果を否定し、「妄想性障害」にり患していたと結論したのだ。

一般論を言えば、裁判で被告人が妄想性障害と認定されつつ、完全責任能力は備わっていたと認められることもある。だが、今回の場合、控訴審の再鑑定により一審までの精神鑑定の結果が否定されたわけで、再鑑定の結果が判決に影響を及ぼしてもおかしくない。

そもそも、被告人の責任能力の有無や程度が争点になった裁判の控訴審において、弁護側が精神鑑定のやり直しを求めても、通常、裁判官はあっさり退け、控訴棄却の判決を出すものだ。控訴審で精神鑑定の再鑑定が行われたこと自体、裁判官が一審判決に疑問を感じている表れとも言える。

被告人に死刑を適用するか否かが争点になるような重大事件の裁判では、被告人が明らかに重篤な精神障害者でも強引に完全責任能力を認められ、死刑とされるケースが圧倒的に多い。もしも平野被告が心神喪失を認められ、無罪判決を受けるようなことがあれば極めて異例だ。

ちなみに大阪高裁の村山浩昭裁判長は過去、袴田巌さんの再審開始を決め、死刑の執行と拘置を停止したり、寝屋川中1男女殺害事件で死刑が確定した山田浩二死刑囚の控訴審再開を決めたりするなど、世間を驚かせる決定や判決を出してきた。その点からも平野被告の控訴審であっと驚く判決が出ても不思議はない。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて―」(KATAOKA)、原作コミックに「マンガ『獄中面会物語』」(笠倉出版社)。

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ゴーン氏保釈逃亡──あっぱれと言うしかない出国劇 訴訟手続きの近代化以外にわが国の司法が回復する道はなし

◆人質司法を忌避したゴーン氏の快挙

ある意味で、快哉と批判が相反する年末最大の事件だった。カルロス・ゴーン被告が非合法に出国し、彼の出生地であるレバノンに入国したのだ。日本のメディアはこぞって「卑劣」「検察の努力を台無しにした」(検察幹部)「世界的に活躍した経営者がこういう人だったのかと、呆れかえって言葉もない」(日産幹部)と、批判的な報道をくり返している。

だが、わたしは人権を無視した「日本の人質司法制度」を批判してきたゴーン氏、および海外メディアの日本司法への批判に同調したい。手錠と腰縄で引きまわし、捜査員(警官)と取調官(検察官)は「黙って(黙秘して)いるようだと、起訴するぞ」「質問に答えないと、反省がないということになるぞ」などと、被疑者を責め立てる。これら戦前の特高警察ばりの取り調べ、および長期拘留という実刑の先取り(判決によらない刑罰)は、体験した人間にしかわからない「現代の悪逆非道」である。


◎[参考動画]Ex-Nissan CEO Carlos Ghosn flees trial in Japan for Lebanon (DW News 2019/12/31)

わたしの体験からいえば、18歳で学館闘争で逮捕されたときに、やはり「何を黙ってるんだ?」「黙秘します」「お前はもうダメだ! 刑務所に送ってやる」と、年輩の検事に怒鳴られたのを覚えている。学校で習った黙秘権はないに等しいのか、と思ったものだ。20歳で逮捕されたときは、実行行為も明らかな闘争だったから、警察官も検事も、学生運動をやめさせようとする以外の話はしなかったものだ。しかし、しゃべれ(自白すれ)ば不起訴か早期保釈、完黙すれば起訴(第一回公判=一年後)という落差は、わが国に「黙秘の権利」「非逮捕者の防衛権」がないことを実証している。

その意味で、人質司法のもとでの裁判におよそ公平性はなく、ゴーン氏が選んだ「保釈逃亡」には、そのかぎりで敬意を表したい。これまでの日本で保釈逃亡が有効に行なわれた(長期逃亡)のは、新左翼事件(思想的確信犯)いがいになかった(短絡的な逃亡は多発している)。

ウォールストリート・ジャーナルによれば「(ゴーン前会長は)日本では公正な裁判は受けられないと考えて逃亡した。政治的な人質でいることに疲れた」というゴーン氏の知人の言葉を紹介している。現地ベイルートでは、ゴーン氏が合法的に入国したというレバノン当局者の発言が報道されている。前近代的な「人質司法」と批判された司法当局こそ、明治いらいの刑法・刑訴法・監獄法に安住してきた自分たちを恥じるべきであろう。

◆出国方法は?

それにしても前代未聞の、手際よい逃亡劇である。当初、日本国内からプライベートジェットで出国したと伝えられたが、カーゴ便で出国して経由地(専用ジェットへの乗り換え)があったとの情報もある。音楽バンドに扮したグループがゴーン氏の自宅をおとずれ、演奏をおえて引き上げるふりをして楽器箱にゴーン氏を入れて連れ出したという。そのまま荷物として出国したのだろうか。

いずれにしても手際のよい日本脱出、監獄司法国家からの脱獄ではないか。国交省幹部は「CIQ(税関・出入国管理・検疫)の検査を受けずに出国することは100%できない」(朝日新聞1月1日)と、明言しているという。まったくもって、映画になりそうな事件である。

さてゴーン氏の事件の問題点は、日産のルノーとの経営権をめぐる確執、それに検察が介入するかたちで、ゴーン氏がスケープゴートにされた。というのが、ゴーン氏にかけられた金融商品取引法違反容疑、会社法違反容疑の実質である。わが国の自動車産業の柱である日産自動車の経営権がフランス(ルノーおよび政府)に奪われる。それ自体、グローバル化した現在の国際資本のもとでは役員人事にすぎないにもかかわらず、日産日本人経営者の内部告発をうけた検察当局において、日本の財界および政界の意向を忖度した逮捕劇が強引になされた。これが事件の本質である。

その意味でゴーン氏が「政治的な人質」と指摘するのは間違っていない。検察においては立件の要件が何とかなれば、強引な訴訟手続きでも何でもできると思っていたところ、相手が一枚上だったというわけだ。

ゴーン被告と連絡をとっていた在日フランス人の友人たちは「週刊朝日」の取材に対してこう語ったという。

「ニュースを聞いて驚いた。だが、ゴーン被告がこういう行動をとることはやむを得なかったと思う」

「ゴーンさんは、様々な点で検察、日本に怒りを感じていた。妻と長く会うことも許されず、最初から有罪ありきの検察の捜査にも非常に憤りを感じていた。当初は日本で裁判を戦い、無罪を勝ち取ると意欲的だった。だが、保釈中、いかに日本の司法制度全体が検察主導で、有罪ありきの構造になっているかを知り、絶望感を感じていた」

絶望を感じた人間にとって、15億の保釈金も逃亡という危険も取るに足らないはずだ。今回の驚嘆すべき逃亡劇によって、前近代的な日本の司法制度が痛烈な批判をたたきつけられたのは間違いない。誤認逮捕をけっして認めない警察(築地誤認逮捕事件)、誤判をけっして認めない裁判所(袴田事件再審取り消し)という現実があるのだ。訴訟手続きの近代化以外に、世界の笑いものになった事件からわが国の司法が回復する道はない。


◎[参考動画]ゴーン被告出国 数週間前に準備か(テレ東NEWS 2020/01/01)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

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買弁富豪カルロス・ゴーン被告の国外逃亡が表象させた国権機能の劣化と衰弱

本通信読者の皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくご愛読お願いいたします。

ルノー・日産・三菱アライアンスの社長兼CEOだったカルロス・ゴーン被告が逃げた。レバノンに行ったようだ。詳しい経緯はわからないが、年末年始の出来事としては、意外性と大胆さにおいて刺激が充分な事件でもある。

◆大金持ちだけに可能な手法で相当大きな組織が動かないと難しい

「カミソリ弘中」といわれる弘中惇一郎弁護士のインタビューを確認してみた。さすがに歴戦のつわもの、動揺した様子はなかった(が、弘中弁護士にとっては「顔を潰された」ことになったに違いない)。弘中弁護士が髪の毛を染めるのをやめたのは、いつごろだろうか。四谷の事務所には、何度かお邪魔したことがあるが、広い面談室で課題を考えるときの弘中弁護士は、数秒間目を閉じて何事かを口ごもるのが癖だった。

カルロス・ゴーン被告はレバノンを含む3か国のパスポートを所持しており、そのすべては弁護団が保管していると弘中弁護士は発言している。「これだけのことをするのだから、相当大きな組織が動かないと難しいでしょう」と、弘中弁護士は今回のゴーン被告逃亡劇について、感想を述べている。


◎[参考動画]「寝耳に水」ゴーン被告“無断出国”に弁護士も困惑(ANNnewsCH 2019/12/31)

保釈金15億円は早速没収されたが、ゴーン被告にとって15億円などどうでもいい額であったのだろう。ゴーン被告はレバノン到着後に、日本の「人質司法」についての批判を展開している。その内容(が発信通りであれば)中心部分にわたしは異議を感じない。ほかならぬ鹿砦社も代表松岡が、名誉毀損で逮捕され192日も勾留された事実を知っているからだ。

ただし、「人質司法」の問題と、国外逃亡を図る資金的、人的準備を整えることができる人物と、そうでない人間の「格差」についても考えざるを得ない。大胆さには「あっぱれ」と感じる面もあるが、こんな活劇は膨大な資金と弘中弁護士が指摘するように相応の組織がなければなしえるものではない。

ルパン3世は独力と、創意工夫(それからアニメーションゆえに可能な事実なトリック)で、爽快な逃亡や活劇を演じて見せてくれる。ゴーン被告の日本からの逃亡は、大金持ちだけに可能な手法であるので、インパクトはあるがスカッとした気分にはさせてはもらえない。

正月の新聞テレビは、準備している企画ものが主要部分を占めるから、年末年始の出勤にあたった、社員はきっとイライラしていることだろう。「なんでよりによって、こんな時に大事件を起こしやがるんだよ!」と。

30分近くに及んだ弘中弁護士へのインタビューで、ゴーン被告逃亡は、弁護団をも煙に巻いた計画であったろうことは判明した。ゴーン被告逃亡は権力闘争ではない。日本に対して、大金持ちが愛想をつかして、逃亡を図っただけのことだろう。ほんとうはこの時間、わたしは寝付いているはずであった。が、妙に気にかかる。2020年の幕開けになんらかの示唆を与える事件であるような気がする。「日本に愛想をつかして」がキーワードだ。


◎[参考動画]ゴーン被告出国は妻主導か レバノン政府は関与否定(ANNnewsCH 2020/1/1)

◆日本の「劣化」が明示されたゴーン被告逃亡

弘中弁護士はインタビューの中で、記者に逆質問をした。

「あなたたちだったらべイルートに支局を持っているんじゃないの? そこは動かないの?」

さすがに百戦錬磨の「カミソリ弘中」である。受け身だけで黙っているわけではない。だが、弘中弁護士も、少々著名顧客や高額顧客ばかりを相手にしすぎではないか。日産が無茶苦茶な会社であることは、ゴーン被告のべらぼうな給与だけではなく、その後釜におさまった社長もあっという間に辞任に追い込まれることで確認できた。日本の「人質司法」批判もその通りだ。けれども弘中氏はお金のない依頼者を最近相手にしているだろうか。

ゴーン被告がどうなろうと、わたしには関係ないから、さっさと布団に入ればよいのだが、なにかが気にかかる。その「なにか」はたぶん大胆さの裏づけとなる、日本の「劣化」が明示されたことではないかと推測する。検察、司法の旧態依然とした後進性が、世界中にぶちまけられたのだ。

弁護団への信頼の低さも理由かもしれない。日本政府が金持ちが外国に逃げないようにと、富裕層の税制優遇など(逆に庶民への増税)を積み重ねてきた。そういった表層的な政策を、あざ笑うようなゴーン被告逃亡劇は、繰り返すが2020年の年始にあたり、ある種示唆的な事件ではないかと、わたしは感じる。

2020年は、良くも悪くも、これまで記録にはないにないストーリーが、待ち受けているのではないか。そんな予感を抱かされた。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
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《2019年回顧・冤罪》冤罪を疑う声が多い「あの事件」の上告審が異例の長期化

筆者が当欄で取材結果を報告してきた様々な冤罪事件のうち、いくつかの事件で今年は大きな出来事があった。一年の最後に、それをここに回顧する。

◆湖東記念病院事件で事実上、再審無罪が確定

西山さんの再審が行われる大津地裁

当欄で繰り返し取り上げてきた湖東記念病院事件では、懲役12年の判決が確定し、服役した元看護助手・西山美香さんの再審開始が3月に最高裁で確定、さらに10月、検察が再審で有罪を立証しないことを弁護側に書面で通告した。これにより、無実を訴えていた西山さんが再審で無罪を受けることが確定的となった。

この事件について、当欄で初めて記事を書いたのはいつだったかと思い、検索してみたら、2012年10月8日に「刑事への好意につけこまれた女性冤罪被害者が2度目の再審請求」という記事を書いたのが最初だった。感覚的にはそんなに昔のことだと思っていなかったので、あれからもう7年になるのかと軽く驚いた。西山さんや家族、弁護団、支援者ら関係者の方々にとっては長い戦いだったはずで、苦労が報われて本当に良かったと思う。

事件の詳細については、もう何度も書いていることなので、改めて振り返らないが、1つ指摘しておかないといけないことがある。西山さんを虚偽自白に追い込み、この冤罪を作った最大の加害者である滋賀県警の山本誠刑事が現在、長浜署の刑事課長(階級は警部)にまで出世していることだ。これほど酷い冤罪を作った人物が何の責任もとらずに済むのでは、滋賀県警は県民から「冤罪を軽く考えている」と思われても仕方ないだろう。

◆無罪判決を破棄された米子ラブホテル支配人殺害事件で裁判員裁判がやり直しに

石田さんの差し戻し控訴審が行われた広島高裁

控訴審で逆転無罪判決を受けた石田美実さんが最高裁で無罪判決を破棄され、控訴審に差し戻しになった米子ラブホテル支配人殺害事件では、今年1月、広島高裁の差し戻し控訴審で一審の有罪判決が破棄され、鳥取地裁で裁判員裁判をやり直すことになるという異例の事態となった。

鳥取地裁で最初に裁判員裁判が行われたのは2016年の6、7月のことだ。それから3年を超す年月が流れ、再びイチから裁判をやることになった石田さんは、現在、鳥取刑務所に勾留されている。一度は無罪判決を受けた男性がこれほど長く被告人という立場に置かれ続け、有罪判決を受けたわけでもないのに獄中で拘束されているのだから、冤罪か否かという話を脇に置いたとしても、理不尽な印象は否めない。

この事件も何度も当欄で取り上げたので、今回は事件の内容については触れないが、関係者の情報によると、裁判員裁判は来年5月に始まることが決まっているそうだ。何か大きな動きがあれば、今後も当欄で報告したい。

◆最高裁で行われている今市事件の上告審が長期化

勝又さんの上告審が行われている最高裁

筆者が取材している様々な冤罪事件のうち、多くの事件は世間の人たちから冤罪だと気づかれていない。そんな中、裁判では一、二審共に有罪判決が出ながら、世間的にも冤罪を疑う声が非常に多いのが今市事件だ。この事件も当欄で何度も取り上げたので、今回は事件の内容には触れないが、実は被告人・勝又拓哉さんの裁判で今後、大きな動きがあるのではないかと筆者はにらんでいる。

その理由は、控訴審判決が昨年8月に出て以来、すでに1年4カ月余りの年月が過ぎているに、まだ最高裁の上告審が続いていることだ。最高裁は審理を書面のみで行い、公判を開かないため、裁判の進行状況がわかりにくい。しかし、現在は裁判が迅速化しており、控訴審で無期懲役判決が出ているような重大事件でも、被告人の上告が半年もしないうちに棄却されるようなケースが多い。つまり、今市事件に関する最高裁の審理は長期化しており、これはすなわち、少なくとも最高裁から簡単には上告を棄却できない事件だと受け止められているということだ。

最高裁の審理が長期化した冤罪事件と言えば、筆者は以前、当欄で次のような記事を書いたことがある。

前回五輪の年から冤罪を訴える広島元放送局アナ 最高裁審理が異例の長期化!

この広島元放送局アナ窃盗冤罪事件では、最終的に被告人の煙石博さんが最高裁で起死回生の逆転無罪判決を受けたということは周知の通りだ。今後、今市事件でも勝又さんに同様の吉報がもたらされるのではないかと筆者は感じ始めている。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて―」(KATAOKA)、原作コミックに「マンガ『獄中面会物語』」(笠倉出版社)。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

《2019年回顧・死刑》死刑運用が慎重になった司法、ますます強気になった政府

数少ない死刑存置国の日本では、2019年も様々な事件の裁判で死刑か否かが争点になった。また、東京五輪が終わるまで死刑の執行は難しいのではないかという大方の見方を覆し、今年も新たに2人の死刑囚が死刑を執行された。そんな1年の死刑に関する重大ニュースTOP5を筆者の独断と偏見で選び、回顧する。

◆【5位】新潟小2女児わいせつ殺害事件の裁判員裁判で死刑回避の判決

2009年に始まった裁判員裁判では、被害者の人数が1人の事件でも死刑判決が出るケースが増えていた。たとえば、松戸女子大生殺害放火事件(2009年)や南青山マンション男性殺害事件(2009年)、神戸小1女児殺害事件(2014年)などがそうだ。

したがって、この新潟の事件でも、検察官は死刑を求刑したのだが、それは当然の流れだった。小林遼被告は、女児に軽乗用車をぶつけて車に乗せ、わいせつ行為をしたうえ、首を絞めて殺害、さらに遺体を線路に放置して電車に轢かせるなど、残虐非道の限りを尽くしていたからだ。

しかし、山崎威裁判長が宣告した判決は無期懲役だった。まれに見る凄惨な事件だと認めつつ、被害者が1人の殺人事件では、わいせつ目的の殺人は無期懲役にとどまる量刑傾向があるとして、公平性の観点から死刑を回避したのだ。

被害者が1人の殺人事件について、裁判員裁判で死刑判決が出ても、控訴審で覆り、無期懲役に減刑されることが繰り返されてきた。上記の松戸女子大生殺害放火事件や南青山マンション男性殺害事件、神戸小1女児殺害事件もそうだった。その傾向を踏まえ、山崎裁判長をはじめとする新潟地裁の裁判官が死刑の適用に慎重になり、裁判員たちもそれに従ったのではないかと私は見ている。

◆【4位】熊谷6人殺害事件控訴審で一審死刑の被告が「心神耗弱」を認定されて無期に

2015年に熊谷市内の住宅に次々侵入し、男女6人を包丁で刺すなどして殺害したペルー人のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告は、裁判員裁判だった一審・さいたま地裁で死刑判決を受けていたが、東京高裁の控訴審で12月5日にあった判決で、犯行時は統合失調症のために心神耗弱だったと認定され、死刑判決が破棄、無期懲役を宣告された。

この被告人は、事件を起こした当初から言動が異常なのは明らかで、心神耗弱と認定されても別におかしくはない。ただ、日本の刑事裁判では、被告人が極めて重篤な精神疾患に陥っていたとしても、死刑に相当するような罪を犯している場合には、裁判官が強引に完全責任能力を認め、死刑を宣告するのが慣例化していた。その慣例がなぜ破られたのかは不明だが、裁判員裁判は死刑適用のハードルが下がっていることに対し、控訴審の裁判官たちが何か思うところがあったのかもしれない。

◆【3位】犯行時に現職の福岡県警警察官だった被告に死刑判決

犯行時に現職警察官だった中田被告に対し、死刑が宣告された福岡地裁

2017年に福岡県警の巡査部長・中田充被告が福岡県小郡市の自宅で妻子3人を殺害したとして殺人罪に問われた事件は、福岡地裁の裁判員裁判で12月13日、中田被告の「冤罪」主張が退けられ、死刑が宣告された。マスコミは「直接証拠がなく、有罪、無罪の判断は難しい事件だった」という論調で報じたが、筆者が取材した限り、有罪の証拠は揃っており、有罪、無罪の見極めは特別難しい事件だったとは思えなかった。

この事件が特筆すべきは、中田被告が犯行時、現職の警察官だったことだ。元警察官が死刑判決を受けた例としては、元警視庁の澤地和夫死刑囚(病死)、元京都府警の広田(現在の姓は神宮)雅晴死刑囚、元岩手県警の岡崎茂男死刑囚(病死)らの例があるが、筆者の知る限り、犯行時に現職だった警察官に死刑判決が宣告された例は無い。あったとしても極めて異例だろう。

中田被告は現在、控訴しているが、このまま死刑が確定する公算は大きく、歴史的な事件と言えるかもしれない。

◆【2位】「死刑執行は難しい」との予想に反し、今年も2人の死刑執行

8月、2人の死刑囚が新たに死刑執行された。1人は、2001年に神奈川県大和市で主婦2人を殺害した庄子幸一死刑囚、もう1人は、2004~2005年に福岡県で女性3人を殺害した鈴木泰徳死刑囚だ。これで、第2次安倍政権下での死刑執行は計38人となった。

このニュースを2位に挙げたのは、今年は死刑執行が難しいのではないかという見方が強かったためだ。元号が令和に変わり、天皇陛下の「即位の礼」などの皇室関連行事があるうえ、来年は東京オリンピックも開催されるためだ。そんな中、死刑を執行したのは、政府が「今後もどんどん死刑を執行する」という考えを表明したとみるのが妥当だ。

今後も安倍政権下では、死刑はこれまでの通りのハイペースで執行されていくだろう。

◆【1位】寝屋川中1男女殺害事件の控訴取り下げが無効に

山田死刑囚が死刑確定直前に綴った手記をまとめた電子書籍「さよならはいいいません」

自ら控訴を取り下げ、一審・大阪地裁の死刑判決を確定させていた大阪府寝屋川市の中1男女殺害事件・山田浩二死刑囚について、大阪高裁は12月17日、控訴の取り下げを無効とし、控訴審を再開する決定をした。山田死刑囚の弁護人が高裁に取り下げ無効を求める申し入れ書を提出していたのを受けてのことだ。

山田死刑囚が控訴を取り下げた原因は、拘置所に借りたボールペンの返却が遅れたことで刑務官と口論になり、自暴自棄になったことだった。大阪高裁はそれを前提に、山田被告が控訴を取り下げたら法的な帰結がどうなるかを忘れていたか、明確に意識していなかった疑いを指摘し、「控訴取り下げの効力に一定の疑念がある」と判断したのだ。

大阪高検は、この決定を不服として最高裁に特別抗告し、大阪高裁にも異議申し立てを行った。そのため、現時点で控訴審が再開されることは確定していないが、このように殺人犯1人の死刑を確定させるか否かについて、裁判官が慎重な判断を下すのは珍しい。というより、このような決定は前代未聞で、筆者にもまったく予想できないことだった。

ただ、この大阪高裁の裁判長の名前を聞き、合点がいった。村山浩昭氏。袴田巌氏に対して再審を開始し、死刑と拘置の執行を停止する画期的決定を出した静岡地裁の裁判長(当時)だ。村山氏はその後、名古屋高裁の裁判長だった時、冤罪を疑う声が非常に多い藤井浩人美濃加茂市長に逆転有罪判決を出すなど、良し悪しは別にして空気をまったく読まない判決を下す裁判長だ。

山田死刑囚の控訴の取り下げは、その経緯からして無効と判断されてもおかしくはないが、世間の空気を読むタイプの裁判官であれば、控訴審を再開する決定はなかなか出せないだろう。それが出せたのは、村山氏の空気を読まない性格があってこそだと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著「さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて―」(KATAOKA)に、原作コミック『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

死刑回避の大阪通り魔殺人「裁判官はむしろ遺族の思いに応えた」と言える理由

2012年6月に大阪・ミナミの路上で音楽プロデューサーの男性・南野信吾さん(当時42)とスナック経営者の女性・佐々木トシさん(同66)の2人を包丁でめった刺しにし、殺害した男・礒飛(いそひ)京三(44)が死刑を免れることになった。

礒飛は、裁判員裁判だった1審・大阪地裁で死刑判決を受けたが、2審・大阪高裁で破棄されて無期懲役判決を受けていた。そして今月12月2日、上告審・最高裁の小池裕裁判長が検察側、弁護側双方の上告を棄却する判決を出したため、2審の無期懲役判決が事実上、確定したのだ。

これをうけ、ネット上では、「裁判官は相変わらず浮世離れしている」「裁判官も被害者や遺族と同じ目に遭ってみろ」などと、案の定ともいうべき裁判官批判が繰り広げられている。その気持ちはわからないでもない。筆者も自分がこの事件の遺族であれば、礒飛が死刑にならないと納得できないだろうと思うからだ。

もっとも、礒飛が死刑を免れたことについて、裁判官を批判するのはお門違いだと言うほかない。なぜなら、この事件の裁判官たちはむしろ遺族の思いに応えているからだ。

◆裁判官が頑張らなければ、無罪もありえた

では、なぜ、この事件の裁判官が遺族の思いに応えていると言えるのか。法律を厳格に適用すれば、礒飛は死刑を免れるどころか、無罪になりうる被告人だったからである。そのことを説明するうえで、まず裁判で認定された事実関係を見てみよう。

礒飛は覚せい剤取締法違反で2度の服役歴があり、この事件を起こしたのは2度目の服役を終え、出所した翌月のことだった。生まれ育った栃木で仕事が見つからず、刑務所内で知り合った男から「仕事を紹介してやる」と言われて大阪に赴いた。しかし、紹介された仕事は詐欺や覚せい剤の密売人だったため、礒飛は失望した。そして翌朝、覚せい剤精神病による「刺せ。刺せ」という幻聴に促されるまま、上記のような犯行に及んだのである。ちなみに犯行に使った包丁は、10分ほど前に近くの大丸百貨店で購入したものだった。

事件があった大坂・ミナミの路上

このような事実関係を素直に見れば、刑法第39条が適用されるのが妥当な事案だと言える。刑法第39条では、責任能力(=物事の善悪を判断し、それに従って行動する力)が無い者の行為は罰せず、責任能力が著しく減退した者の行為はその刑を減軽すると定められている。この事件の裁判官たちが礒飛に対し、この法律を厳格に適用していれば、礒飛は無罪や有期刑になっていてもおかしくなかったろう。

しかし、1審・大阪地裁の死刑判決はもとより、2審・大阪高裁の無期懲役判決、その2審判決を是認した最高裁の判決のいずれにおいても、礒飛は完全責任能力を認められている。それもひとえに、裁判官たちが礒飛は犯行時に完全責任能力があったと認めるため、判決であれこれと強引な理屈を重ねて頑張ったからである。

1審・大阪地裁の裁判官たちは、一緒に審理した裁判員たちの後ろ盾があったため、かろうじて礒飛に死刑を言い渡すことができたが、2審・大阪高裁と上告審・最高裁の裁判官たちは裁判員の後ろ盾がなかったため、そこまでは叶わなかった。しかし、「死刑は無理でもせめて無期に」と彼らが頑張ったからこそ、礒飛は無期懲役になったのだ。

この話が信じられない人は、裁判所のホームページにアップされた大坂高裁の2審判決と最高裁の上告審判決を実際に見てみるといい(URLは後掲)。とりわけ大阪高裁の裁判官は、63枚に及ぶ長い判決文を書き連ね、責任能力の有無や程度を争った弁護側の主張を退けている。その文面からは、「遺族の思いに応えたい」という裁判官の切なる思いが読み取れる。

◆無期が納得できない人が批判すべき対象は法律

礒飛が勾留されている大阪拘置所

日常的に事件取材や裁判の傍聴をしていればわかるが、日本の刑事裁判では、重大事件の被告人が明らかに重篤な精神障害者であっても、刑法第39条が適用され、無罪になったり、刑が軽くなったりすることはなかなかない。礒飛が死刑を免れたことに関し、裁判官を批判している人たちもその現実を知れば、自分たちの批判がお門違いだとわかるだろう。

今回、礒飛の裁判の結果に納得がいかない人が批判すべき対象は裁判官ではなく、法律である。ヤフーニュースのコメント欄を見ていたら、「1人でも殺したら、自動的に死刑にすべき」という刑法の改正案を述べていた人がいたが、この意見は筋が通っている。筆者はこの意見に賛同しかねるが、この意見の主は少なくとも批判する対象を間違ってはいない。

【参考】
礒飛の2審判決 http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=86655

礒飛の上告審判決 http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89071

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

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女児誘拐は「精神障害者の犯行」? 大阪女児誘拐容疑者の発言が示唆する可能性

「SNSで助けを求めていた子を助けてあげた。正しいことをした」

共同通信の報道によると、大阪市の小6女児誘拐事件の容疑者・伊藤仁士(35)が、逮捕前の調べでそのような趣旨の供述をしていたという。これをうけ、ネットでは、伊藤が自分の犯罪を正当化している可能性や、刑事責任能力が無いと装って罪を免れようとしている可能性を疑う声が飛び交っている。

しかし、伊藤が取り調べでそのような異常な供述をしているのが事実なら、本当に精神障害を患っている可能性が高いとみるのが妥当だ。過去の同種事件でも、犯人が精神障害に陥っており、取り調べや法廷で異常な供述をした例が複数あるからだ。

◆精神障害でも有罪とされた2人の女児監禁犯

1人目は、埼玉県朝霞市の中1女児監禁事件の寺内樺風(27)。2016年に逮捕された当時、千葉大学の学生だった寺内は、被害女児を自宅で2年余り監禁していた間、アサガオの種で合成麻薬のようなものを作り、少女の食事に混ぜて食べさせていたとされる。これだけでも相当異常だが、さいたま地裁での公判でも裁判長に職業を聞かれ、「森の妖精」と答えたのをはじめ、「私は日本語がわからない」「ここはトイレです」などと意味不明な言葉を次々に発し、世間を騒がせた。

そして2人目は、2012年に広島市で小6の女児をカバンに入れ、タクシーで連れ去ろうとした小玉智裕(27)。小玉は当時、成城大学の学生だったが、事件を起こした時は運転免許を取得するために広島市に滞在していた。逮捕された時は小玉を取り押さえたタクシー運転手や社会人野球選手のお手柄が話題になったが、広島地裁の裁判では、「自分の手足になる人間をつくろうと思った」「植物工場を作って、研究者や労働者にしようと思った」などと特異な犯行動機を語った。

そんな2人はいずれも裁判で完全責任能力を認められ、寺内は懲役12年、小玉は懲役3年の判決がそれぞれ確定している。だが、寺内については、精神鑑定で発達障害の一種である自閉スペクトラム症の傾向があったと判定されており、小玉も精神鑑定で「広汎性発達障害を基盤とする空想癖」があり、それが犯行に影響した判定されていた。社会の注目を集めた重大事件では、被告人が犯行時、明らかに重篤な精神障害に陥っていた場合も裁判で完全責任能力を有していたと認定されるのが常だが、この2人もそうなったわけである。

◆伊藤が異常発言をしているのが事実なら・・・

翻って、今回の大阪女児誘拐事件の伊藤については、現時点でまだ責任能力について深く考察しうるに足る情報は報道されていない。しかし、寺内や小玉に続き、女児を誘拐したり、監禁したりしようとした犯人がまたしても精神障害を疑わせる発言をしている事実だけでも重要だ。

精神障害者の犯行というと、刃物を振り回して無差別に人を刺し殺すような事件のイメージが根強いが、女児を誘拐したり、監禁したりする犯行も精神障害者にありがちな犯行なのではないだろうか。伊藤が報道されているような異常発言をしているのが事実なら、少なくともその可能性が浮上していると言える。

重大事件で犯人が精神障害に陥っている可能性が論点になると、犯人が責任能力を否定されて罪を免れたり、刑が軽くなったりすることを想像し、冷静な思考ができなくなる人は少なくない。しかし、同種犯罪の再発防止のためには、まずは冷静に事実関係を見極める必要がある。

伊藤が身柄を拘束されている大阪府警察本部

▼片岡健(かたおか けん)

全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号
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《殺人現場探訪25》100年前に新潟であった「死刑冤罪」、その子孫との邂逅

ここで紹介する新潟の冤罪事件が起きたのは1914年だから、あの第一次世界大戦が勃発した年だ。「大昔の事件」と言っても過言ではないが、筆者は今から数年前、その現地を訪ねて取材したところ、無実の罪で処刑された青年の「子孫」に会うことができた。事件取材をしていると、奇跡のような出会いに恵まれることはままあるが、これはとくに忘れがたい経験の1つだ。

◆家族を救うために死刑になった模範青年

その事件が起きた場所は、新潟県中蒲原郡の横越村大字横越という所で、今の地名で言えば、新潟市江南区横越東町にあたる。被害者は、この村で農業を営んでいた細山幸次郎(当時50)という男性だ。2014年12月30日の早朝、この幸次郎が自宅の納屋で頭部を鈍器でめった打ちにされ、死んでいるのが見つかったという事件だった。

その容疑者とされたのは、幸次郎の義母ミタ(同68)、妻のマサ(同45)、長男の要太郎(同23)、次男の幸太(同19)の4人である。つまり、警察はこの事件を家族間の殺人事件だとみたのだが、実はその根拠は脆弱だった。幸次郎の遺体が見つかった時間は雪が降り積もっており、外部の者が細山家に出入りした足跡がなかった。それだけのことで、内部犯と決めつけたのだ。

横越東町の細山家があったあたり

実際には、事件当日はひどい雪で、雪の上に足跡がついても、すぐに消える状態だったから、外部犯も十分に考えられた。今の警察の捜査が何も問題ないとは言えないが、当時の警察の捜査は驚くほど杜撰なものだった。

もっとも、長男の要太郎と次男の幸太は、容疑者として新潟監獄に収監されたのち、父の殺害を自白するに至っている。それは、「予審」で予審判事から厳しく追及されたためだった。

予審とは、旧刑訴法時代、公判をすべきか否かを決めるためなどに裁判官が行っていた手続きだ。しかし実際には、非公開の法廷で裁判官が捜査の延長をしていたようなものだった。その予審の法廷で、まず幸太が「家族4人で父を殺害した」と自白した。すると、今度は長男の要太郎が「他の3人は関係ない。父は自分が1人で殺した」と自白したのだ。

その後、新潟地裁の第一審では、4人全員が無実を訴えたが、幸太の自白が真実と認められ、全員が死刑に。続く東京控訴院(現在の東京高裁に相当)の控訴審では、要太郎の自白が真実と認められ、要太郎のみが死刑維持、他の3人は逆転無罪となった。この判決が大審院(現在の最高裁に相当)で確定し、要太郎は1917年12月8日、東京監獄で処刑されたのだ。

しかし、その捜査は上記したように杜撰なもので、要太郎、幸太共に自白内容は客観的事実との矛盾点が多かった。そもそも、幸次郎は温厚な性格で、子供たちをかわいがっており、要太郎らが父を殺害する動機も見当たらなかった。地域で評判の模範青年だった要太郎は、接見に来た弁護士に、「他の3人を出獄させるため、自分1人で罪を引き受けた。公判へ回れば、事実の真相はわかるものと思っていたのです」と訴えていたという。

◆子孫が語る「事件のその後」

筆者がこの事件の地元・横越東町を訪ねたのは2015年の8月だった。この時点で、事件発生から101年の月日が流れていた。現場は田んぼが広がり、のどかな雰囲気だったが、当然というべきか、現場となった細山家のあった場所はすでに別の家族の家が建っていた。

その家の人に話を聞いてみたが、100年前、自分の家があった場所で、そのような事件が起きたことは全く知らなかった。それも当然だろう。筆者自身、自分の家がある場所やその近所で100年前に起きた出来事など何も知らない。大した収穫もなく、取材を終えることになりそうだと思いきや・・・現地で1人、処刑された要太郎の子孫が今も暮らしていたのだ。

「私が生まれる前のことなんで、詳しいことはわかりませんけど、そういうことがあったとは聞いていますよ。その死刑になった人は、いい子だったんで、なんとかしたいと裁判所に手紙やら何やらを出したけど、ダメだったってね」

そう聞かせてくれた女性Mさんは、要太郎の叔父の娘さんである。この時点で95歳。腰は少し曲がっていたが、話し方はしっかりした人だった。民謡をやっているという。100年前に起きた事件について、このように当事者の血縁者から話を聞けるとは、夢にも思っていなかった。

Mさんによると、要太郎の家族は群馬に移り住んだそうだが、その際、「一番下の弟」がこの地の寺にあった要太郎の墓を掘り起こし、「先祖の墓は自分が守る」と言って群馬に持って行ったという。その「一番下の弟」とは、幸太のことだと思われる。自分の生命を犠牲にして家族を守った兄・要太郎を強く尊敬していたことが窺えた。

「もうそろそろいいですか? 私も忙しいんですよ」

Mさんは迷惑そうにそう言うと、最後はそそくさと家の中に入っていた。自分が100年前の大事件の生き証人だという意識など微塵もなく、淡々と生きている感じの人だった。それがまた良かった。

細山家の近くにある寺の墓地。細山家の墓はここから群馬に移された

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