《殺人事件秘話10》冤罪・東広島女性暴行死事件 隠された「別の真犯人」の証拠

捜査機関が被告人に有利な証拠を隠す「証拠隠し」は、冤罪が起きる原因の1つとして批判されてきた。私が過去に取材した様々な冤罪事件を振り返っても、捜査機関による「証拠隠し」の疑いが浮き彫りになった事件はいくつもある。

中でも印象深いのは、10年余り前に東広島市の短期賃貸アパートで会社員の女性が探偵業者の男性に暴行され、死亡したとされる事件だ。私は取材の結果、この事件を冤罪だと確信するに至ったが、取材の過程では「別の真犯人」の存在を示す証拠を警察、検察が隠している疑いも浮上しているのだ。

◆短期賃貸アパートで見つかった遺体

東広島駅近くの短期賃貸アパートで被害女性(当時33)の遺体が見つかり、事件が発覚したのは2007年のゴールデンウィーク中のことだった。遺体はバスルームで発見されたが、服は着たままで、水をはった浴槽に頭から突っ込んでいた。顔面や頭部に鈍器で殴られた跡が多数あり、上唇が裂けるなどした無残な状態だったという。

被害女性の遺体が見つかった短期賃貸アパート

女性は事件発覚の少し前、現場の短期賃貸アパートを契約していたが、そのことは一緒に暮らす家族すら知らないことだった。ただ、事件後に女性の携帯電話がなくなっており、警察は当初から顔見知りによる殺人事件だと疑っていたようだ。そして事件発覚から約2週間後、1人の男性が殺人の容疑で検挙される。広島市でコンビニを経営しつつ、副業で探偵業を営んでいた飯田眞史さんという男性(同51)だ。

なぜ、飯田さんは疑われたのか。事情はおおよそ次の通りだ。

被害女性は事件前、妻子ある男性と不倫関係にあったのだが、そのことが男性の妻にばれ、トラブルになっていた。そして事件発覚の10日余り前、電話帳で探偵業を営む飯田さんの存在を知り、相談にのってもらっていたという。

警察が捜査を進める中、被害女性の携帯電話の発着信履歴や東広島市内のファミレスの防犯カメラ映像などから飯田さんが事件当日も被害女性と会っていたことが判明。さらに現場アパートの室内から飯田さんのDNAも検出され、警察は飯田さんを容疑者と特定したのだ。

飯田さんは逮捕後、事件当日に被害女性と会い、現場アパートに立ち入ったことは認めつつ、殺人の容疑は一貫して否認した。飯田さんによると、被害女性が家族にも告げずに短期賃貸アパートを契約したのも飯田さんの助言だったという。

「被害女性は、不倫相手の妻から慰謝料のほか、印鑑登録証明書の提出を求められており、印鑑登録証明書に記載された住民票の住所から不倫相手の妻に自宅を知られるのを嫌がっていました。そこで短期賃貸アパートを契約し、住民票の住所を一時的に移せば、印鑑登録証明書に記載される住所は短期賃貸アパートのものになると助言したところ、被害女性はその通りにしたのです。そして私は事件当日もアパートの室内で、被害女性に示談書の書き方を教えてあげていたのです」(飯田さんの主張の要旨)

しかし、飯田さんはこのような言い分を警察、検察に信じてもらえずに起訴され、裁判でも広島地裁の第一審では懲役20年の有罪判決を受ける。広島高裁の控訴審では、犯行時の殺意が否定され、傷害致死罪が適用されて懲役10年に減刑されたが、上告審でも無実の訴えを退けられ、懲役10年が確定。現在も山口刑務所で服役生活を強いられている。

飯田さんが服役している山口刑務所

◆被告人には一見怪しい事実があるにはあったが・・・

私がこの事件を取材したきっかけは、獄中の飯田さんから冤罪を訴える手紙をもらったことだった。飯田さんは当時、広島高裁に控訴中だったが、調べたところ、飯田さんには怪しいところが色々あるにはあった。だが、よく検討すると、色々ある一見怪しい事実は、飯田さんが犯人であることを何ら裏づけていないのだ。

たとえば、飯田さんは事件の数日後、埼玉で暮らす不倫相手の女性に現金書留で100万円を送っており、このお金について「事件当日に被害女性から預かったものだが、(不倫相手の女性には)車の購入資金として送った。被害女性には、あとで自分の預金から返せばいいと思った」と説明していた。これなどはかなり怪しさを感じさせる事実だが、よくよく調べてみると、飯田さんは金を送った不倫相手の女性に口止めなどはしておらず、金の送り方も現金書留を使っているなど非常に無防備で、犯人らしからぬ点が散見されるのだ。

また、現場アパートの室内から飯田さんのDNAが検出されたという話については、鑑定資料が血痕なのか、ツバなど血痕以外のものなのかで争いがあるのだが、いずれにしてもきわめて微量のDNAがテレビのスイッチに付着していただけのことだった。飯田さんは事件当日、被害女性に示談書の書き方を教えるためにアパートに立ち入ったことを認めており、このDNAはその時に遺留したと考えても何らおかしくない。

そもそも、飯田さんは被害女性と事件の10日余り前に知り合ったばかりで、被害女性の顔面や頭部を執拗に攻撃し、殺害しなければならない動機があったとも思いがたかった。そんなこんなで私はこの事件について、次第に冤罪の心証を抱くに至ったのだ。

そして取材を進める中、期せずして浮上してきたのが、捜査機関による重大な「証拠隠し」の疑いだ。それはすなわち、飯田さんとは別の真犯人が存在することを示す事実がありながら、警察、検察が握りつぶしたのではないかという疑惑である。

逮捕によって閉店に追い込まれた飯田さんのコンビニ

◆警察が「複数犯」を前提に「黒い車」を探していた謎

「警察はなぜだか、飯田さんの共犯者を探していました」「そういえば刑事が話を聞きにきた時、『あれは一人ではできない犯行なのだ』と言っていました」

私の取材に対し、飯田さんの周囲の人たちは異口同音にそう言った。つまり、警察は飯田さんを容疑者と特定しながら、この事件を複数犯の犯行だと思っていたということだ。

一体なぜなのか。謎を解く鍵は次のような証言だ。

「刑事から『飯田に黒い車を貸さなかったか?』と聞かれたので、貸してないと答えたら、その刑事、今度は『あなた以外で誰か飯田に黒い車を貸せるような人はいないか?』と聞いてきたのです。とにかく刑事は『黒い車』にこだわっていましたね」

これは飯田さんの知人男性から得られた証言だが、同様の証言は他でも複数得られた。これはつまり、警察が何らかの証拠に基づき、この事件は複数犯によるもので、犯行には黒い車が使われたと考えていたということだ。ちなみに飯田さんが乗っていた車の色は「白のスカイライン」である。

私は、おそらく事件現場周辺の「防犯カメラ」の映像などを根拠に、警察は犯人が複数存在し、犯行に黒い車を使っていたと断定していたのだろうとにらんでいる。そこで実際、事件現場周辺でそのような防犯カメラの映像を警察に任意提出した会社などがなかったか探してみたが、残念ながら現時点で見つけられていない。

私は今後もこの事件の取材は続けるつもりなので、もしも気になる情報をお持ちの方がいれば、下記の私のメールアドレスまでご一報頂けたら幸いだ。

kataken@able.ocn.ne.jp
※メール送信の際、@は半角にしてください。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

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2018年注目の冤罪裁判〈2〉名古屋の小学校教師「強制わいせつ」事件

前回は2018年の注目冤罪裁判として、「今市事件」と「千葉18歳少女生き埋め事件」を紹介した。この2事件はいずれも第一審で無実の被告人に対し、有罪判決が出て、被告人たちが現在、控訴審で無罪判決を求めて闘っている。

一方、私が取材している冤罪事件の中には、まだ有罪判決は出ていないものの、無実の被告人が無罪を勝ちとるために裁判の第一審を闘っている事件もある。その被告人は名古屋市の喜邑(きむら)拓也さん、37歳。小学校教師だった喜邑さんは2016年11月、勤務していた小学校の1年生の女児に対する強制わいせつの容疑で逮捕され、2017年1月に起訴された。しかし一貫して無実を訴え、現在は名古屋地裁で無罪を求めて裁判中だ。

そんな喜邑さんの裁判は公判があるたび、無実を信じる支援者たちが多数傍聴に駆けつける異例の事態になっており、地元ではすでに冤罪を疑う声が広まっている。全国的にみれば、まだ事件の存在自体を知らない人のほうが多いだろうが、今年中に全国的注目を集める冤罪事件となる可能性は十分なので、冤罪に関心のある人は今から要注目だ。

◆「現場」には約20人の生徒がいながら目撃者はなし

喜邑さんは子供の頃から教師になることを目指していた人で、音楽大学を卒業後は地元の愛知県で一貫して小学校教師として働いてきた。プライベートではエレクトーン奏者としても活躍し、「名古屋のキムタク」と呼ばれた。そんな喜邑さんは、熱心な指導により生徒たちから人気を集め、保護者からの信頼も厚い教師だった。

この喜邑さんが2016年11月、強制わいせつの容疑で逮捕された。容疑内容は、前年度まで勤務していた小学校の教室で2016年1月、1年生の女児の服の中に手を入れ、胸を触った疑い。この時、保護者たちが受けた衝撃は大変大きいものだったようだ。

しかし、喜邑さんは容疑を一貫して否認した。そしてこのように無実を訴えたのだった。

「掃除の時間、教室の事務机で漢字ノートの採点をしていたら、女児がちりとりにゴミをたくさん取っているのを見せてきました。そこで、頭をなでて褒めてやろうとしたところ、手が女児の首からあごのあたりに触れてしまったのです」

この喜邑さんの主張を聞いただけでは、信じていいのか否かわからない人が大半だろう。しかし、「事件」があったときの現場の状況を踏まえれば、喜邑さんが容疑内容のような強制わいせつ行為をしたとは考え難いことはすぐわかる。何しろ、掃除の時間だった現場の教室には、「事件」があったとされるとき、約20人の生徒がいたのだ。そんな場所で、教師が1人の女児の服の中に手を入れ、胸を触る強制わいせつ行為に及ぶということは通常ありえないだろう。

実際、裁判が始まると、「事件」があったとされる現場には、約20人の生徒がいたにも関わらず、検察側は目撃証言を一切示せないなど証拠の乏しさが次第に明らかになった。法廷外でも昨年2月に結成された「喜邑拓也さんを支援する会」が冤罪を訴える街頭宣伝などの支援活動を熱心に繰り広げ、次第に地元では冤罪を疑う声が広まっていったのだ。

昨年9月の公判の際、支援者たちと名古屋地裁に入る喜邑さん(右から4人目)

◆大きなポイントは2月にある認知心理学者の証人尋問

裁判では結局、「被害者」の女児の証言が唯一の直接的証拠となる見通しだ。しかし、弁護人の塚田聡子弁護士によると、唯一の直接的証拠である「被害者」の女児の証言も変遷や矛盾があるという。

「女児はまだ小1で、認知や記憶の能力が高くありませんでした。母親に『こんなことがあったのでは』と誘導的に聞かれ、事実と違う記憶が形成された可能性も十分あります」

弁護側は女児の証言の信頼性について、認知心理学者に鑑定を依頼しているが、その鑑定人も証人として採用され、2月に証人尋問が行われる予定だ。この鑑定が有罪無罪を分ける大きなポイントになりそうだ。

喜邑さんは私の取材に対し、「逮捕勾留されていた時に自白せずに堪えられたのも、いま前向きに進めているのも支援のおかげです」と感謝の思いを述べ、「いまはとにかく無罪をとり、学校に戻りたいという思いです」と語った。支援者の中には、保護者たちも名を連ねているが、「本当にまじめな先生で、逮捕された時は何かの間違いと思いましたが、裁判を傍聴し、改めて無実を確信しました」「早く冤罪とわかって欲しいです」と誰もが喜邑さんの教師復帰を願っていた。

この事件の動向については、今後も折を見て、報告したい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

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2018年の注目冤罪裁判〈1〉「今市事件」と「千葉18歳少女生き埋め事件」

昨年暮れ、当欄で冤罪の疑いを伝えていた「滋賀人工呼吸器外し事件」の西山美香さんに対し、大阪高裁が再審開始の決定を出して大きな話題になったが、今年も袴田事件、大崎事件、日野町事件、恵庭OL殺害事件など冤罪が疑われる数々の再審請求事件で再審開始可否の決定が出る見通しだ。

一方、私が取材している冤罪事件の中には、被告人が第一審で冤罪判決を受けながら、今も無実を訴えて裁判中の事件もいくつかある。その中から、2018年の注目冤罪裁判2件を紹介する。

◆今市事件は2月にDNAの重要審理

まず、当欄では2016年から冤罪事件として紹介してきた「今市事件」。2005年に栃木県今市市(現・日光市)で小1の女の子・吉田有希ちゃんが殺害されたこの事件では、同県鹿沼市の勝又拓哉被告が2014年に逮捕され、2016年4月に宇都宮地裁の裁判員裁判で無期懲役判決を受けた。しかし、有罪証拠は事実上、捜査段階の自白しかなく、当時から冤罪を疑う声は決して少なくなかった。

そんな今市事件では、昨年10月から東京高裁で勝又被告の控訴審の公判審理が行われており、「殺害現場や殺害方法に関する勝又被告の自白内容は現場や被害者の遺体の状況に整合するか否か」「被害者の遺体に付着していた獣毛は、勝又被告の飼い猫とミトコンドリアDNA型が一致するか否か」という2つの争点において、すでに審理が終わったが、いずれの争点においても弁護側が優勢だったという見方がもっぱらだ。

とりわけ12月21日の公判では、藤井敏明裁判長が検察官に対し、「殺害現場について、訴因変更をしなくていいのですか?」と確認をしていたが、一審で有罪判決が出ている事件の控訴審で裁判長が検察官にこのような確認をするのは極めて異例だ。藤井裁判長ら控訴審の裁判官たちが一審の有罪判決の筋書きに疑問を抱いていることは間違いない。

勝又被告の控訴審では、2月にも2度の公判審理が予定されているが、その中では、被害者の遺体に付着していた粘着テープ片から検出された「第三者のDNA」について、真犯人のものである可能性があるか否かなどが法医学者らの証言によって争われる。裁判の結果を大きく左右する審理になるはずだ。

◆2人の被告人に無罪が出てもおかしくない「千葉18歳少女生き埋め事件」

もう1つの注目冤罪裁判は、当欄で昨年11月に紹介した「千葉18歳少女生き埋め事件」だ。

2つの注目冤罪裁判が行われている東京高裁

この事件は2015年に発生した当時、「生き埋め」という残酷な手口がセンセーショナルに報道されて社会を震撼させた。その報道のイメージが強いためか、一審・千葉地裁の裁判員裁判で3人の被告人のうち2人が殺人については無実を主張していたにも関わらず、3人全員に無期懲役判決が宣告されたことに疑問を呈する声はまったく聞かれなかった。

だが、実際には、生き埋め行為は、軽度の知的障害がある実行犯の中野翔太受刑者(すでに無期懲役判決が確定)が他の2人の意向とは関係なく、焦って自分1人で勝手にやったことだというのは、私が当欄の昨年11月10日付けの記事で報告した通りだ。無実を訴えていた井出裕輝被告、事件当時未成年だったA子の2人は、そもそも中野受刑者が被害者を生き埋めにした時には、現場を離れていたのだ。

井出被告とA子はいずれも無期懲役判決を不服とし、東京高裁に控訴中だが、A子の控訴審の公判審理はすでに始まっており、1月18日には第2回の公判が開かれる。井出裕輝被告の控訴審も1月23日に初公判が開かれる予定だ。

2人に対する有罪認定については、様々な疑問がある上、実行犯である中野受刑者自身が「1人で見張りをしている時、掘った穴に入れていた被害者が泣き出したので、焦って砂をかけてしまったんです」と証言しており、生き埋めは自分1人で勝手にやったことだと打ち明けているに等しい状態だ。

井出被告、A子共に控訴審で逆転無罪判決を受けても何らおかしくないだけに、冤罪に関心がある人には要注目の事件だと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

死刑・原発・東京新聞 ── 不整合な一年が暮れる

これは12月20日頃ネット上での東京新聞Webの冒頭画面だ。

 

この切り取りの中には、平然としているが、本来かみあわないはずの突合が無理やり詰め込まれている。東京新聞(中日新聞)は明確に原発に疑義を呈している。福島第一原発事故の後に東京新聞は契約部数を増やした。契約増の理由は、事実を伝えない他の全国紙よりも信憑性が高いと評価されたからだ。

ところが、このネット上の記事にはあろうことか「東京電力」の広告が画面中心に登場する。東京電力の広告は東京新聞が選択し、広告掲載契約を結んだものではないだろう。多数の閲覧者があるHPやブログでスポットCMのように、次々とかわるがわる入れ替わる方式の広告表示形態が、ある瞬間このようなマッチングとなっただけのことなのだろう。それにしても媒体の性格やブログの主張している内容と、まったくそぐわない広告が偶然にしても並び立つこの表象は、情報錯乱時代の意味論の視点からは示唆的な光景である。

反自民を標榜するある個人のブログを見ていたら、総選挙期間中しきりに安倍の顔が映し出される自民党の広告が表示されていた。紙媒体であれば、あのような現象はおこらない。反自民を主張するビラや冊子に自民党が広告を出すことはないし、発行元は仮に広告掲載の依頼があろうと断るだろう。

ネット上のスポットCMは媒体性格など関係なしに、おそらくは広告主からポータルサイトに支払われた広告代金にそった頻度で登場するのだろう。画面上での本来の主張との不整合は、いまのところ別段問題にされてはいないようだ。ただし、この画面を見て、「なんかへんだなぁ」とあやしさを感じ取る感性は保持しておきたいと思う。

◆犯行時19歳の死刑執行と光彦君の友人

そしてタイトルの「犯行時19歳の死刑執行 92年の市川一家4人殺害」記事に、「ああ」と声をあげたのは私だけではなかった。辺見庸は自身のブログで12月19日「絞首刑」直後にタイトルも「絞首刑」とし、絞り出すように書いている。

◎さようなら、光彦君・・・

友人が殺されるというのは、つらいものだ。

今朝、光彦君らが死刑に処された。
予感があったのであまりおどろかなかったが、やはりくるしい。重い。
気圧や重力や光りの屈折のぐあいが、このところ、どうもおかしい。

きみは〈やめてくれ!〉〈たすけてくれ!〉と泣き叫んだか。
あばれくるったか。〈お母さん〉と叫んで大声で
泣いたか。刑務官をどれほど手こずらせたか。
それとも、お迎えがきて、あっけなく失神したか。まさか。

きみは何回、回転したか。ロープはどんなふうに軋んだか。
宙でタップダンスを踊るように、足をけいれんさせたか。
鼻血をまき散らしたか。
舌骨がへし折られたときどんな音がしたか。
脱糞したか。失禁したか。目玉がとびでたか。
首は胴から断裂しなかったか。

けっきょく、再審請求も犯行時未成年も考慮されはしなかった。
考慮されたのは、「適正に殺す」ために、
きみのせいかくな体重とロープの長さくらいか。
さて、なぜ、けふという日がえらばれたか、知っているか。
平日。国会閉会中。皇室重大行事なし、だからだ。
国家は、ごく静かな朝に、ひとを「公式に」くびり殺すのだ。

やんごとないかたがたのご婚約、ご成婚、ご懐妊発表の日には
絞首刑はおこなわれない。
おことば発表の日にも、ホウギョの日にも、絞首刑はおこなわれない。
聖人天皇もマドンナ皇后も、死刑はおやりにならないほうがよい、
などというお気持ちのにじむおことばをお話しあそばされたことはいちどもない。
なぜか。

連綿たる処刑の歴史のうえに、ドジンのクニの皇室はあるからだ。
ひとと諸事実(そして愛の)の多面性と多層性について、
光彦君、ずいぶんとおしえられたよ。ありがとう!
ひとと諸事実(そして愛)の多面性と多層性については、
法律もジャーナリズムも、ほとんどの文学も、
まったくおいつかないことをとくと学んだよ。

災厄でしかない国家のなしうるゆいいつの善政とは、死刑の廃止であった。
死刑をつづける国家と民衆は、さいだいの災厄ー戦争をかならずまねくだろう。
にしても愚劣なマスコミ!

今夜はNirvanaを聴くつもりだ。
さようなら、光彦君・・・。

◆辺見庸と東京新聞

辺見と2017年12月19日、日本国から合法的に「殺された」関光彦さんのあいだに、10年を超える親交があったことは以前から知っていた。『いま、抗暴のときに』をはじめ辺見のエッセーには、匿名ながら幾度も関さんが「私の作品をもっとも深く理解する読者」として記されている。でも、死刑にはもとより反対の立場である私は、関さんの挿話を「死刑反対」の意を強くする補完材料として読んだのではない。逆だ。「殺す」とはいったいどういうことなのか、「死刑」判決を受け拘置所でいつ来るともしれない「その日」を待つひとの心のありようを自分は自分のこととして、これ以上ムリだと言い切れるほど思いを巡らしたのか。そして被害者(関さんであれば関さんがあやめた4名の)へどう立ち向かうのか。それらすべてを整理できなくとも、覚悟をもって「撤回のきかない最終回答」として「死刑反対」といいきれるのか、を問われ、鍛えられた命題だった。

一方、東京新聞の記事本文は、
〈法務省は十九日、一九九二年に千葉県で一家四人を殺害し、強盗殺人罪などに問われた関光彦(てるひこ)死刑囚(44)=東京拘置所=と、九四年に群馬県で三人を殺害し、殺人などの罪に問われた松井喜代司(きよし)死刑囚(69)=同=の刑を同日午前に執行したと発表した。上川陽子法相が命令した。関死刑囚は犯行当時十九歳の少年で、関係者によると元少年の死刑執行は、九七年の永山則夫元死刑囚=当時(48)=以来。二人とも再審請求中だった。(中略)
 上川氏は十九日に記者会見し「いずれも極めて残忍で、被害者や遺族にとって無念この上ない事件だ。裁判所で十分な審理を経て死刑が確定した。慎重な検討を加え、執行を命令した」と述べた。(中略)
 日弁連は昨年十月七日、福井市で人権擁護大会を開き、二〇年までの死刑制度廃止と、終身刑の導入を国に求める宣言を採択。組織として初めて廃止目標を打ち出した。
<お断り> 千葉県市川市の一家四人殺害事件で強盗殺人などの罪に問われ、十九日に死刑が執行された関光彦死刑囚について、本紙はこれまで少年法の理念を尊重し死刑が確定した際も匿名で報じてきました。しかし、刑の執行により更生の可能性がなくなったことに加え、国家が人の命を奪う究極の刑罰である死刑の対象者の氏名は明らかにするべきだと考え、実名に切り替えます。〉

東京新聞は「国家が人の命を奪う究極の刑罰である死刑の対象者の氏名は明らかにするべきだと考え、実名に切り替えます。」と結んでいる。この記事末尾を一片の「良心」ととらえるか「いいわけ」と判断するかは見解が分かれよう。本質はそんなことではない。

「死刑」は重大な問題だ。私は確信的に「死刑」」に反対する。その原点の延長線上に「原発反対」も位置し、「原発反対」を旗印にする「東京新聞」への「一定の評価」も付随する。天皇制への異議も同様だ。しかし東京新聞の名前の横に「東京電力」の広告が表示され、関さんへの「死刑」記事が8割がた記者クラブ発表記事として文字化され、最後に<お断り>で結ばれる。この不整合が不整合ではなく、あたかも体裁が整っているかのように完結する(私にとって意味はまったく完結していないけれど)流れが2017年を物語っているように思える。

不整合な一年だった。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』14号【新年総力特集】脱原発と民権主義 2018年の争点
『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』

2017年冤罪事件回顧 逆転無罪2件、再審開始1件をはじめ空前の当たり年に

私はこれまで様々な冤罪事件を取材してきたが、今年は取材してきた冤罪事件にかつてないほど多くの朗報がもたらされた1年だった。逆転無罪判決を受けた事件は2件、再審開始の決定を受けた事件が1件、さらに日本弁護士連合会の再審支援が決まった事件が2件あった。この空前の当たり年をここで総括したい。

◆当欄で冤罪の疑いを報告していた2事件で逆転無罪

まず、3月10日には、最高裁第2小法廷(鬼丸かおる裁判長)で、銀行店内で他の客の置き忘れた現金を盗んだ濡れ衣を着せられていた広島の放送局「中国放送」の元アナウンサー・煙石博さんに逆転無罪判決がもたらされた。

この事件については、私は当欄で裁判が1審段階にあった2013年から冤罪の疑いを報告してきたが、この約4年間、煙石さん本人はもちろん、家族や大勢の支援者が署名集めや街頭宣伝など、無罪を勝ちとるためにたゆまぬ努力をしていた。それが最高裁での逆転無罪という数千件に1件あるかないのか極めて異例の結果をもたらすことにつながったのだと私は確信している。

最高裁で逆転無罪判決を受け、喜び合う煙石さん、弁護人の久保豊年弁護士、支援団体の佐伯穣会長(左から)

次に、3月27日には、当欄でそれ以前に2度、「知られざる冤罪」として紹介していた米子ラブホテル支配人殺害事件で、2審・広島高裁松江支部(栂村明剛裁判長)が被告人の石田美実さんに対し、1審・鳥取地裁の懲役18年の判決を破棄したうえで逆転無罪判決を宣告した。

この事件については、証拠は乏しく、1審で明らかになった事件当日の現場ラブホテルの状況などを見ても、石田さんが無実なのは明らかだった。しかし、事件翌日に23万円のお金を銀行口座に入金しているなど、石田さんには一見怪しく疑わせる事実があり、1審では結局、有罪が出てしまったという事件だった(詳細は今年2月17日の当欄を参照頂きたい)。

2審・広島高裁松江支部も初公判で即日結審し、逆転無罪は難しいのではないかと思っていたので、逆転無罪判決が出た時、私は正直、少し驚いた。しかし判決では、「~の可能性もある」「~とは断定できない」などという言い方で、一審判決の有罪認定をことごとく否定しており、推定無罪の原則に従った妥当な判断だった。

◆日弁連の再審支援が決まった事件も2件

そして暮れも押し迫った12月20日、大阪から飛び込んできたのが元看護助手・西山美香さんの再審開始決定のニュースだった。西山さんは、2003年に寝たきりの男性入院患者の人工呼吸器のチューブを外し、殺害したとされ、懲役12年の判決を受けて服役した。この事件についても当欄では2012年に紹介しているが、有罪証拠が事実上自白のみで、その自白内容にも不自然な点が多いという明白な冤罪事件だった。しかし、第1次再審請求は実らず、第2次再審請求も大津地裁に退けられていた。

今回、再審開始決定が出た大阪高裁(後藤眞理子裁判長)の第2次再審請求の即時抗告審では、弁護側から患者の本当の死因が「致死性不整脈」であることを示す複数の医師の意見書が提出されており、再審開始への期待が高まっていた。その後、大阪高検が特別抗告し、最高裁で改めて再審可否が判断されることになったのは腹立たしいが、私はこの事件については、最終的に必ず西山さんの雪冤が果たされると確信している。

その他、当欄で紹介していた冤罪事件では、鶴見事件、恵庭OL殺害事件という2つの事件について、日本弁護士連合会が再審請求の支援を決定するという朗報が飛び込んできた。恵庭OL殺害事件については、現在、第2次再審請求審で弁護側の攻勢が続いていると伝えられており、来年は再審開始決定のニュースが飛び込んでくることもおおいに期待される。

以上、今年はこれまで取材してきた冤罪事件に次々と朗報がもたらされ、個人的に大変喜ばしい一年となったが、実は来年以降も朗報が期待できる冤罪事件はいくつもある。それについては、また年明けに書きたいと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

和歌山カレー事件新展開 鑑定人が再審請求棄却決定に反論する論文発表の衝撃

1998年に和歌山市園部で4人が死亡した毒物カレー事件で、殺人罪などに問われた林眞須美死刑囚(56)は今日まで一貫して無実を主張してきた。今年3月、和歌山地裁に再審の請求を棄却されたが、すぐさま即時抗告し、現在も大阪高裁で再審可否の審理が続けられている。

そんな林死刑囚の再審請求をめぐり、密かに興味深いことが起きていた。和歌山地裁の再審請求審に弁護団が「無罪の新証拠」として提出した鑑定書や意見書の作成者である京都大学の河合潤教授(分析化学)が連載中の法律雑誌に、和歌山地裁の再審請求棄却決定に反論する論文を寄稿したのだ。

◆裁判官たちの自信の無さが窺えた再審請求棄却決定

林死刑囚の裁判では、一審段階から「林死刑囚の周辺で見つかった亜ヒ酸」と「犯行に使われた亜ヒ酸」が同一と認められるか否かが常に大きな争点だった。結果、東京理科大学の中井泉教授(分析化学)が兵庫県の大型放射光施設スプリング8で行なった鑑定などをもとに、これらの亜ヒ酸が同一だと認定され、無実を訴える林死刑囚は死刑が確定した。

ところが、林死刑囚が再審請求後、弁護団の依頼を受けた河合教授が中井教授の鑑定データを解析したところ、中井鑑定に関する様々な疑問が浮上。河合教授は解析結果に基づき、「林死刑囚の周辺で見つかった亜ヒ酸」と「犯行に使われた亜ヒ酸」が異なるとする鑑定書や意見書をまとめ、弁護団がこれを和歌山地裁の再審請求審に提出した。そしてこの一連の動きの中、林死刑囚の冤罪を疑う声が世間で広まっていったのだ。

結果、先に述べたように和歌山地裁は今年3月、林死刑囚の再審請求を棄却したのだが、実はその決定書をよく読むと、裁判官たちの自信の無さが窺える。死刑判決の最大の拠り所となった中井教授らの鑑定について、〈証明力が減退したこと自体は否定しがたい状況にある〉と述べるなど、河合教授の鑑定書や意見書で指摘された様々な問題を否定し切れなかったことがわかる記述が散見されるのだ。

河合潤=京大教授(分析化学)の論文
河合教授の論文が掲載された「季刊刑事弁護」92号(現代人文社2017年10月20日)

◆「季刊刑事弁護」の連載で発表

そんな和歌山地裁の再審請求棄却決定について、鑑定人である河合教授が自ら反論した論文が掲載されたのは、現在発売中の「季刊刑事弁護」92号(現代人文社)だ。河合教授は、2015年10月に発売された同誌84号から和歌山カレー事件の鑑定を例に「鑑定不正の見抜き方」という連載を手掛けてきたのだが、92号に掲載された最終回(第7回)で、再審請求棄却決定の内容に詳細に反論したのだ。

たとえば、河合教授は和歌山地裁に提出された鑑定書で、犯人がカレーの鍋に亜ヒ酸を入れる際に使ったとみられる紙コップに付着していた亜ヒ酸が、林死刑囚の周辺で見つかった亜ヒ酸より濃度が高いという矛盾を指摘していた。和歌山地裁の再審請求棄却決定はこの矛盾を否定するため、林死刑囚が周辺にあった亜ヒ酸をいったん、押収されている容器「以外の容器」で保管した後に紙コップに入れ、犯行に及んだ可能性があると指摘した。

しかし、河合教授が同誌に寄稿した論文によると、仮に林死刑囚が周辺にあった亜ヒ酸をいったん「以外の容器」なるものに保管したとしても、それで亜ヒ酸の濃度が高くなることはないという。

また、和歌山地裁の再審請求棄却決定は、河合教授が中井鑑定に関して指摘した問題点について、中井教授が1回しか計測を行っていないことを根拠に〈何ら不自然ではない〉と述べている。河合教授はこれに対し、論文で〈人間ドッグで異常値を示したとき「1回しか計測されていない」から大丈夫といって翌年の人間ドッグまで再検査せずに済ますであろうか〉と喝破しているが、このたとえは分析化学の知識がない人間でもわかりやすいはずだ。

再審請求の審理は非公開で行われるため、公正な審理が行われたのか否かを検証するための情報は通常の裁判に比べて乏しい。鑑定人が自ら裁判所の決定に反論した論文を発表するというのは、この現状に風穴をあける試みだと私は思う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

最新刊『NO NUKES voice』14号【新年総力特集】脱原発と民権主義 2018年の争点
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

《殺人事件秘話09》フリーライター殺人事件 今も忘れがたい主犯格の両面性

私はこれまで数多くの殺人犯を取材してきたが、取材させてもらった人物がのちに殺人犯になったという経験も1度ある。木原武士(事件当時42)という人物で、2003年に起きたフリーライター殺人事件の主犯格である。木原とは20年近く前に一度会っただけだが、その時のことは今も忘れがたい。

被害者の染谷悟さん(筆名=柏原蔵書)の著書『歌舞伎町アンダーグラウンド』(ベストセラーズ2003年)

◆インタビュー取材のために訪ねたが……

この事件の被害者・染谷悟さん(同38)は、柏原蔵書(くらがき)という筆名で「歌舞伎町アンダーグラウンド」という著書があるフリーのライターだった。2003年9月、その刺殺体が東京湾で見つかり、ほどなく都内で鍵会社を経営する木原が2人の共犯者と共に検挙された。主犯格の木原は裁判で2006年に懲役16年の判決が確定したが、染谷さんを殺害した動機は、染谷さんが自分を誹謗する本を出版する計画だと聞いたことなどだとされる。

私がそんな木原に取材させてもらったのは、事件の数年前のことで、たしか1998~1999年頃だった。当時はピッキング被害が続発していた時期で、木原は「防犯アドバイザー」のような形でマスコミに頻繁に登場し、ちょっとした有名人だった。当時20代後半だった私は月刊誌の仕事で、そんな木原の元に成功体験を語ってもらうインタビュー取材に訪ねたのだ。

だが、実を言うと私はこの時、木原のもとに取材に訪ねながら、結果的に何も取材せずに記事を書いてしまったのである。というのも、私はこの日、下調べをほとんどしておらず、木原に対して要領を得ない質問を繰り返した。そんな私に苛立っていた様子の木原はこう言って、過去に取材を受けた雑誌記事のコピーを差し出してきたのだ。

「これを見て、書いてよ。よく書けている記事だから」

本当にその記事をほぼ丸写しにする形で原稿を書いた私もいい加減なものだが、木原は逆らわないほうが無難そうに感じさせる人物だった。

◆面倒見や金離れは良さそうだが……

そんな感じで木原への「取材」は10分程度で終わり、1時間かそこら四方山話をしたのだが、木原からは若い頃に派手に儲けた話や派手に遊んだ話を色々聞かされた。そして適当に話を合わせていたら、木原は「君は27歳か。いいなあ」と、こんなことを言い出したのだった。

「君は今、何をやっても楽しいだろう。俺も27くらいの時はそうだった。30代半ばを過ぎると、いくらお金があっても感動できなくなるんだよ。今、俺が君と替われるんだったら替わりたいもん」

当時は金回りが良かったとされる木原が人生に少々退屈している様子が窺えた。

被害者の染谷さんは元々、木原と良好な関係で、木原から金を随分引っ張りながら裏切り行為を続けて殺害されたように伝えられている。振り返れば、たしかに木原は「面倒見や金離れが良さそう」「怒らせると怖そう」という両方の雰囲気を感じさせる人物で、事件後の報道は得心できるものが多かった。

私は今もたまにこの時の木原の様子を思い出すが、そのたびに下手なことはしないでよかったとつくづく思う。と同時に、46歳になった今の私は、私の若さを羨んだ木原の当時の気持ちがわかるようになった自分に気づくのだ。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

駐車取締りで不当逮捕、19日間勾留された二本松さんが16日に講演!

本を持つ二本松氏

駐車違反をめぐる警官とのささいな口論から、男性は公務執行妨害で逮捕され19日間の勾留。妻は真実を明らかにするために目撃者探しに奔走する――。突然、「犯罪者」にでっち上げられた夫と無念を晴らそうとする妻が、国家賠償請求訴訟で真実を明らかにするまでの9年1か月のドキュメント。それが、拙著『不当逮捕―築地警察交通取締りの罠』(同時代社)である。

同書が発売開始になったのを機に、当事者である二本松進氏を迎えての講演会を12月16日14時から、東京都豊島区の雑司が谷地域文化創造館第2会議室で開催する。

共謀罪が施行され、警察権限が強大化されるなかで、一般市民が警察相手の国賠訴訟で勝訴した稀な事件の当事者である二本松氏に語ってもらう。この事件を通して、一般市民対権力(国・地方自治体)の構図になる国賠訴訟の実態と問題点を世に問うのが講演会の目的だ。交通取締りをめぐるささいな口論で起きた事件だから、車に乗る人なら「明日は我が身」と思っていただきたい。

◆「女性警察官に暴行し公務執行妨害」という捏造ストーリー

2007年10月11日、新宿で寿司店を経営する二本松進氏は、妻の運転で築地市場に仕入に来て帰ろうとしていた。すると車の前に立っていた髙?眞智子巡査が「法定禁止エリアだ」と一言発した。

ドライバーが運転席に座りエンジンをかけて出発しようとしているのに、警察官は発車をうながすどころか、妨害したのである。築地市場周辺の路上には、仕入関係の車が多数駐車されており、運転手不在で長時間駐車されているのが日常である。いちいち取締をしていたら市場が機能を果たさなくなる。

実は、「法定禁止エリアだから早く移動してください」とか「違反だから切符告知します」と具体的に警察官が取り締まろうとしてのではなく、ただ一言「法定(駐車)禁止エリアだ!」と言っただけなのだ。
 
二本松氏は交通取締だと思い、「運転手も不在で長時間放置されている何台もの車をそのままにして、運転手が座ってエンジンをかけ出発しようとしている車を取り締まるなんておかしくない!?」と口論が始まったのである。

興奮状態に陥った髙?巡査は「暴行を受けています!」と緊急通報してしまった。4~5分には、何台もの警察車両に乗った警察官が現場に駆けつけ、有無を言わさず二本松氏を逮捕。築地警察署に連行して19日間勾留し、起訴猶予処分となって釈放された。

起訴猶予とは、有罪だが起訴して裁判にかける必要はないという意味であり、前科はつかないが「前歴」はつく。

◆嘘のオンパレードのポリス・ストーリー

理不尽な警察官の対応に抗議して口論になっただけで、暴行も公務執行妨害も何も起きていない。しかし築地警察が急遽作成した供述調書はじめとする各種の文書では、二本松氏が車に乗って逃亡を図った、女性警官の胸を7~8回突いて暴行した、ドアで髙?巡査の手を挟み負傷させたなど、完全に虚偽の内容だった。

現行犯人逮捕手続書などを見ると、二本松氏は暴行しただけでなく「あの程度の暴行で大騒ぎして警察は横暴だ! 逮捕できるならやってみろ! ふざけんじゃねえ!」と怒号したことになっている。まるでならず者だ

さらに、車と半開きのドアの間に入った髙?巡査に対し、ドアの外側にいた二本松氏がドアを強く閉めて髙?巡査の右手首を負傷させたなど警察は主張していた。しかしドアの内側に立っていたのは二本松氏だった。

釈放された二本松氏は法律の勉強に励み、2年後の2009年10月29日に東京都(警視庁)と国(検察庁・裁判所)を相手取って彼は国賠訴訟を起こした。2016年3月18日、東京地裁で二本松氏に240万円支払う判決が言い渡され勝訴。原告被告双方が控訴し、事件から9年1か月、2016年11月1日に東京高等裁判所で勝訴判決。この判決は確定している。

◆トカゲの尻尾切判決で警察・検察・裁判所の冤罪づくりはお咎めなし

判決で驚くのは、現場警察官の暴行に関する主張・証言を一切認めなかったこと。つまり最大の焦点であった暴行の有無に関しては、二本松氏側の完勝だったのだ。

しかし、現場警察官だけでは冤罪づくりは不可能であり、築地警察署捜査員、検察官、裁判官の存在がなければあり得ない。だから二本松氏は「トカゲの尻尾切判決」と言う。もっとも事実認定に於いて警察官の主張を全面的に否定した判決には驚いた、というのが筆者の率直な感想である。

当日の講演では、事件現場で何が起きたか詳細に語ってもらい、裁判になってからのポイントに言及してもらう。加えて、警察署、検察、裁判所の問題にも切り込み、国家賠償法そのものの不備や、国賠訴訟で権力側代理人になる「指定代理人」という重大問題についても問題提起する予定である。

■講演会「不当逮捕~築地警察交通取締りの罠」
講師:二本松進氏(寿司店経営者)
日時:12月16日(土)13:30開場、14:00開演、16:45終了
場所:雑司が谷地域文化創造館
京都豊島区雑司が谷3-1-7千登世橋教育文化センター内
資料代:500円
交通:「副都心線 雑司が谷駅」2番出口直結「JR山手線 目白駅」より徒歩10分

▼林 克明(はやし・まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)ほか。林克明twitter 

鹿砦社新書刊行開始!『歴代内閣総理大臣のお仕事 政権掌握と失墜の97代150年のダイナミズム』(総理大臣研究会編)

《殺人事件秘話08》久間氏と菅家氏のDNA型を「同一」と鑑定していた科警研

重大な問題の答えが目の前にわかりやすく示されていると、人は案外、その答えを素直に信じられないものである。「こんな重大な問題の答えが、まさかこんなにわかりやすく示されているとは……」と妙な疑心暗鬼に陥ってしまうからである。

私が取材している冤罪事件の中にも、そのような状況に陥っている事件がある。無実の人が死刑執行された疑いが根強く指摘されている、あの飯塚事件がそれである。

◆無罪の立証に苦労を強いられているが……

1992年に福岡県飯塚市で小1の女の子2人が何者かに殺害された飯塚事件で、殺人罪などに問われた久間三千年さん(享年70)は、捜査段階から一貫して無実を訴えていた。しかし2006年に最高裁で死刑が確定し、2008年に収容先の福岡拘置所で死刑を執行された。久間さんは当時、再審請求を準備中だったという話は有名だ。

そんな久間さんが冤罪を疑われる一番の理由は、あの「足利事件」との共通性である。

1990年に栃木県足利市で4歳の女の子が殺害された足利事件では、当時は技術的に稚拙だった警察庁科学警察研究所(科警研)のDNA型鑑定のミスにより、無実の男性・菅家利和さんが犯人と誤認されて無期懲役判決を受けた。久間さんも菅家さんと同時期、科警研のほぼ同じメンバーが行ったDNA型鑑定を決め手に有罪とされているため、鑑定ミスによる冤罪を疑う声が後を絶たないわけだ。

だが、久間さんの場合、科警研がDNA型鑑定に必要な試料を全量消費しているため、菅家さんのように再鑑定で冤罪を証明することはできない。そのため、現在行われている再審可否の審理では、弁護側はDNA型鑑定の専門家に科警研の鑑定写真を解析してもらったり、血液型鑑定や目撃証言を再検証したりするなど、無罪を立証するために多角的なアプローチをせねばならず、大変な労力を費やしている状態だ。

だが、実を言うと、久間さんの裁判で示された科警研のDNA型鑑定が間違っていたことは、すでに実にわかりやすく示されている。というのも、科警研のDNA型鑑定では、①足利事件の犯人、②菅家さん、③飯塚事件の犯人、④久間さんの四者のDNA型がすべて「同一」と結論されていたのだ。

◆科警研のDNA型鑑定では久間氏も菅家氏も「16-26型」

順を追って説明すると、こういうことだ。

足利事件、飯塚事件共にDNA型鑑定は、当時主流だったMCT118型検査という手法で行われている。その結果、足利事件の犯人、菅家さん、飯塚事件の犯人、久間さんの四者のDNA型はいずれも「16-26型」と判定されていたのだ。

ちなみにこのDNA型の出現頻度は、菅家さんの一審判決文では0.83%、久間さんの一審判決文では0.0170(1.70%)とされている。10の20乗分の1の精度で個人識別できるといわれる現在のDNA型鑑定に比べると精度はかなり低い。しかし、当時のMCT118型検査が本当にこの程度の精度で個人識別できていたとすれば、別人である菅家さんと久間さんのDNA型が一致し、さらに足利事件と飯塚事件の両事件の犯人まで同じDNA型であるという偶然が起こりうるだろうか?

そんな偶然が起きるわけがなく、これ1つとっても科警研のDNA型鑑定が間違っていたことは明らかだ。実際、足利事件のDNA型鑑定のほうはすでに間違っていたことが証明されているが、飯塚事件のDNA型鑑定だけは間違っていなかったということも考え難いだろう。死刑執行された人が冤罪か否かという重大な問題の答えは、かくもわかりやすく示されているわけだ。

久間さんの再審可否の審理は現在、福岡高裁で行われており、近く決定が出るとみられている。冤罪死刑により奪われた久間さんの生命は戻ってこないが、せめて一日も早く再審が実現し、久間さんの名誉が回復されなければならない。

久間さんの再審可否の審理が行われている福岡高裁

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

鹿砦社新書刊行開始!『歴代内閣総理大臣のお仕事 政権掌握と失墜の97代150年のダイナミズム』(総理大臣研究会編)
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

《殺人事件秘話07》大阪パチンコ店放火殺人 死刑被告が訴えた「超能力被害」

社会の注目を集めた殺人事件の犯人が裁判中に奇異な言動をしたことが報道されると、「刑事責任能力が無い精神障害者を装うための詐病」ではないかと疑う声があちらこちらでわき上がる。また、そういう大量殺人犯が実際に刑事責任能力を否定され、無罪放免になることを心配する人も少なくない。

だが、私の取材経験上、現実はまったく逆である。私はこれまで犯人の刑事責任能力の有無や程度が問題になった様々な殺人事件を取材してきたが、精神障害者のふりをしているように思える殺人犯はただの1人もいなかった。むしろ、明らかに重篤な精神障害を患っている殺人犯たちがあっさりと完全責任能力が認められ、次々に死刑や無期懲役という厳罰を科せられているのが日本の刑事裁判の現実なのである。

その中でも印象深かった殺人犯の1人が「大坂パチンコ店放火殺人事件」の高見素直だった。

現場のパチンコ屋があったビルの1階は事件後、ドラッグストアに

◆『みひ』や『マーク』への復讐だった……

高見は41歳だった2009年7月、大阪市此花区の自宅近くにあるパチンコ店で店内にガソリンをまいて火を放ち、5人を焼死させ、他にも10人を負傷させた。そして山口県の岩国市まで逃亡し、岩国署に出頭して逮捕されたのだが、犯行に及んだ動機については当初、次のように語っていると報道されていた。

「仕事も金もなく、人生に嫌気が差した」「誰でもいいので殺したかった」(以上、朝日新聞社会面2009年7月7日朝刊)

「誰でもいいから人を殺したいと思い、人が多数いる所を狙った」「やることをやったので、罰はきちんと受けようと思い、出頭を決めた。死刑しかないと思っている」(以上、読売新聞大阪本社版2009年7月8日夕刊)

こうした報道を見て、負け組の40男が起こした身勝手な事件だと思った人は多かったはずだ。だが、2年余りの月日を経て2011年9~10月に大阪地裁であった裁判員裁判で、高見は次のような「真相」を明かした。

「自分に起こる不都合なことは、自分に取り憑いた『みひ』という超能力者や、その背後にいる『マーク』という集団の嫌がらせにより起きています。世間の人たちもそれを知りながら見て見ぬふりをするので、復讐したのです」

重篤な精神障害を患っていることを疑わざるを得ない供述だが、このように高見が「超能力者の嫌がらせ」を訴えていることはほとんど報道されていない。そのせいもあり、当初はこの事件の取材に乗り出していなかった私がこのような高見の供述を知ったのはかなり遅い。高見がすでに一、二審共に死刑判決を受け、最高裁に上告していた頃、私はようやく一審判決を目にし、高見が法廷でこのような奇想天外な供述をしていたのを知ったのだ。

高見が出頭した岩国署

◆統合失調症だったと診断されても死刑

一、二審判決によると、高見は捜査段階から3度、精神鑑定を受けていた。その中には、高見が妄想型の統合失調症だと診断し、「善悪の判断をし、それに従って行動することは著しく困難だった」との見解を示した医師もいたという。

また、他の2人の医師も高見について、統合失調症だとは認めなかったものの、覚せい剤の使用に起因する精神病だと判定し、高見が「『みひ』や『マーク』のせいで、自分の生活がうまくいかない」という妄想を抱いていたのは認めていたという。

それでいながら高見は一、二審共に完全責任能力を認められ、死刑判決を受けていた。そのことを知った私は最高裁で、高見の上告審弁論が開かれた際に傍聴に赴いた。そこで弁護人が繰り広げた弁論は独特だった。

「いま、イスラム国が人質の首を斬り落とす場面の映像をユーチューブで見て、残虐だと思わない日本人はいません。それ同じで、いま、絞首刑が執行される場面の映像をユーチューブでアップすれば、残虐だと思わない日本人はいないはずです」

つまり、弁護人は絞首刑について、公務員による残虐な刑罰を禁じた憲法第36条に反すると主張したのだが、そのためにイスラム国を例に持ち出したのはわかりやすいといえばわかりやすかった。

◆「今もそばにいます」

そして弁護人は最後にこんなことを訴えた。

「先日、高見さんに接見した際、「『みひ』や『マーク』はどこにいますか?と尋ねてみたのです。すると、高見さんはこう答えました。『今もそばにいます』」

最高裁の法廷には被告人は出廷できないので、その場に高見はいなかった。そこで高見と実際に会い、本人の病状を確かめてみたいと思ったが、収容先の大阪拘置所で何度面会を申し込んでも、高見は一度も応じてくれなかった。ただ、弁護人の弁論を聞く限り、かなり重篤な精神障害を患っているのは確かだろう。

しかし結局、最高裁は2016年2月、犯行時の高見に完全責任能力があったと認め、上告を棄却して死刑を確定させた。「動機形成の過程には妄想が介在するが、それは一因に過ぎない」。それが最高裁の山崎敏充裁判長が示した見解だった。

このように重篤な精神障害者はどんどん刑事責任能力を認められ、厳罰を科されていく。それが日本の刑事裁判の現実なのである。

高見が死刑囚として収容されている大阪拘置所

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

鹿砦社新書刊行開始!『歴代内閣総理大臣のお仕事 政権掌握と失墜の97代150年のダイナミズム』(総理大臣研究会編)
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)