大阪母子殺害事件は無罪確定? 被告男性が訴えていた大阪府警の拷問取調べ

2002年の大阪市平野区母子殺害事件で、一度は死刑判決を受けながら2012年に逆転無罪判決を勝ち取っていた大阪刑務所の刑務官、森健充さん(59歳・休職中)の第二次控訴審で3月2日、大阪高裁は検察側の控訴を棄却し、無罪判決を支持した。このことはすでに大きく報道されたが、実は見過ごされている重大な問題がある――。

朝日新聞2017年3月2日付
毎日新聞2017年2月27日付

◆乏しかった証拠

大阪市平野区のマンションの一室で住人の主婦(当時28歳)とその長男の1歳児が何者かに殺害されたのは2002年4月のこと。主婦の義理の父だった森さんは殺人の容疑で逮捕され、裁判では第一審で無期懲役、控訴審で死刑を宣告されたが、一貫して無実を訴えていた。そして最高裁が審理を差し戻した2度目の第一審でまさに起死回生の逆転無罪判決を獲得。検察がこれを不服として控訴したが、第二次控訴審で無罪判決が追認されたことにより、逮捕から14年余りの年月を経て、ようやく無罪が確定しそうな見通しだ。

この事件は元々、証拠が乏しく、現場マンションの階段踊り場の灰皿から見つかった森被告のタバコの吸い殻が事実上唯一の物証だった。しかし、その吸い殻は変色の仕方などから事件当日に森被告が吸ったものかは疑問が残り、本来はおよそ有罪の証拠にならないものだった。しかも第二次控訴審では、検察が逆転有罪を期して被害者の着衣などから採取した試料をDNA型鑑定したところ、森さんのDNA型は一切検出されず、逆に身元不明の第三者のDNA型が検出される結果に。このように審理の中では森さん以外の真犯人が存在する可能性まで浮上しており、無罪判決が維持されたのは大方の予想通りだった。

では、見過ごされている重大な問題とは一体何か。それは、森さんが捜査段階に大阪府警から「拷問」のような取調べを受けたと訴えていたことである。

森さんの取調べが行われた平野署
森さんの無罪を追認した大阪高裁

◆頭部にナイロン袋までかぶせられ・・・・・・

事件発生まもない時期から警察に疑われた森さんは、何度も平野署に呼び出されて「任意」で執拗に取り調べられていた。そして事件から約4カ月後の2002年8月には、睡眠薬を飲んで自殺するまで追い込まれ、一命を取りとめたあと、大阪府を相手に500万円の国家賠償を請求する訴訟を起こしている。結果的に森さんは請求が認められずに敗訴したが、この訴訟で森さんが訴えていた暴行被害の内容は実に凄まじかった。

何しろ、取調べを担当した3人の刑事は森さんを大声で怒鳴って自白を強要したり、顔や頭を殴る、下半身を足蹴にするなどの暴行をはたらいたばかりか、森さんの頭部にナイロン袋かぶせ、酸欠で気を失うまで追い込んでいたというのだ。結果、大阪地裁の第一審判決は「本件暴行の事実を認めるに足りる証拠はない」と森さんの主張を退け、森さんは控訴、上告も実らずに敗訴したのだが、本当にそれでよかったのか――。

この事件では、最高裁が審理を第一審に差し戻したのち、もっとも重要な争点だった「タバコの吸い殻」を大阪府警が紛失していたことが判明するなど、警察捜査はあまりにひど過ぎた。森さんが取調べで拷問があったと訴え、国家賠償請求訴訟まで起こしたことはあまり知られていないが、無罪確定が確実な状況になった今だからこそ、捜査の問題も改めてイチから総括すべきではないか。

いずれにしても逮捕から15年、死刑の恐怖に苦しめられながら、不屈の闘志で無罪を勝ちとった森さんがこれからの人生で幸多からんことを願う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

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法務省、内閣官房が「テロ」の定義をしないまま法制化を進める共謀罪の真意

「共謀罪」──。なんともおどろおどろしい響きであるが、法務省によれば正式名称は「テロ等準備罪」ということに、今のところなっているようだ。2月28日の京都新聞は1面トップで「共謀罪」の全容が明らかになったと報じ、法案のポイントとして、
・犯罪を実行するために結合している「組織的犯罪集団」が対象
・現場の下見や資金・物品調達などの「準備行為」が要件
・死刑や10年を超える懲役・禁錮を定めた罪で共謀した場合の法定刑は5年以下の懲役・禁錮
を挙げている。また「犯罪実行前に自首した場合は刑を減免する規定を盛り込む」予定だという。要するに「チクれば罪を軽くしてやるよ」ということか。

しかし、それ以前に世間知らずの私は、「テロ」の正確な定義を理解できていない。「戦争」と「テロ」の違いは何か、「ゲリラ」と「テロ」の違いは何か、「集団リンチ」と「テロ」の違いは何か……。

◆法務省刑事局に「テロ」の定義を聞いてみた

そこで法案の作成にあたっている法務省刑事局に電話で聞いてみた。電話口に出たのはやや中京地域の訛りがあるアンドウという若い声の男性だった。

―― 「テロ」の定義や概念について教えてほしいのですが。
アンドウ氏 法務省は現段階で『テロ』の定義を持っていません。

―― え! 国会でこの法案については今法務大臣なども答弁されていると思うのですが。
アンドウ氏 まだ法案の作成段階なので、中身については決まっていません。

―― 新聞に「共謀罪の全容が明らかになった」と報道がありますが、まだ法案の作成段階なのですか?
アンドウ氏 まだ閣議決定をしたわけでもありませんし、法案を提出したわけでもないので……。

―― 閣議決定をしたわけではない、ということは法案の原案が出来上がっているということではないのですか?
アンドウ氏 そうですね。こちらでは詳しくわからないのですけれど。

―― この法案は議員立法ではありませんよね。ということは閣議決定待ちならば、もう提出予定の法案が出来ていないとおかしいのではないですか?
アンドウ氏 そうですね。

―― あなた、さきほどはまだ「作成中」だと言われましたが、間違いですね?
アンドウ氏 そういうことになりますね。

―― もう一度伺いしますが「テロ」の定義とはどのようなものでしょうか? 「テロ特措法」というのは既にあるわけですからその定義を教えて頂きたいのですが。
アンドウ氏 テロ特措法はこちらの管轄ではなく内閣官房の担当なので、そちらにお聞きいただく方がよいかと思います。

―― でも既に「テロ等準備罪」の原案は出来上がっているわけですよね?
アンドウ氏 そうですね。ただ、まだこれから変わる可能性もありますので。

―― 原案段階では国民に内容を開示して頂けないということですか?
アンドウ氏 まだこれから変わり得るものですので……

というわけで、「知らぬ存ぜぬ」の一点張り。でも「共謀罪」の原案がすでに作成されていることくらいは素人にもわかる。アンドウ氏は役職上、知り得なかったか、もしくは知っていても私には教えて頂けなかったかのどちらかであるが、新聞記者は詳細を知っているのだから、ふざけた話である。

しかし、驚いたのは「テロ」について法務省が「定義や概念を持っていない」と堂々と回答したことである。

◆内閣官房にも「テロ」の概念を聞いてみた

「テロ特措法」を管轄する内閣官房に聞いてくれと流されたので仕方なく内閣官房に聞いてみた。代表番号に電話をかけて「テロ特措法」を担当している部署につないでくれと告げると、かなり待たされたあとに、ドスのきいた声の男性が電話に出てきた。

「テロ」の概念を知りたい旨告げると、「それはこちらの担当ではなりませんね」という。「法務省に聞いたら内閣官房の担当だと言われたのでこちらに聞いたのですが」というと「『事態室』の担当でもありませんし、他省庁の担当ではないでしょうか」と回答が帰って来た。内閣官房には「事態室」なる部署が置かれていることを不勉強な私は知らなかったが、これはこれでまた驚いた。

◆「事態室」って何だ?

「事態室」は「周辺事態」=「周辺有事」=「戦争」を想起させる。念のため再度内閣官房に電話をかけて正式名称を尋ねたら「(事態対処・危機管理担当)付室」というそうだ。しかし不思議なことにこの「(事態対処・危機管理担当)付室」は内閣官房の組織図には掲載されていない。

別のページでは説明があるが、やはり怖い部署であることに変わりはないようだ。

役所で頻繁に経験する縦割り行政(あるいはそれをを盾に取った)による、責任転嫁、たらいまわしをされた挙句、予想通り「テロ」の定義や概念を行政機関から教えてもらうことは出来なかった。

これ「自体」が実に恐ろしいことではないか? 定義も概念も曖昧に「テロ」という言葉が使われているが、行政機関によれば「その定義はない」もしくは「どこかほかの省庁」しか知らないのだ。曖昧にして極めて高圧的な殺し文句である「テロ」。「テロ」の語感は決して、緩やかだったり、安穏としていたりはしていない。内容は不確かであるけれどもどこかに「のっぴきならない事件」、や「衝撃」の感覚を含んでいるように私は感じる。だから「テロ防止」といえば、大方の人が理由なく黙って従うのだ。

首都圏で電車やバスに乗れば、1年中「テロ特別警戒中です」のアナウンスが流れている。あれだ。毎日毎日「のっぴきならない」単語を聞かされているとそのうち耳が慣れてしまう。そして不確かな語彙に無感覚に従うようになる。

国自体が明らかにできない「テロ」は妖怪のような言葉で、どんな行為にでも拡大解釈できるだろう。法案の内容を論じる前に体がすくんでしまった。

◎[参考資料]「共謀罪」法案、対象となる法律と罪名
(朝日新聞2017年3月1日付より転載)

犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法改正案の全容が判明した。対象は91の法律で規定した277の罪。政府の分類では、「テロの実行」に関するものはこのうち罪にとどまる。277の罪名は次の通り。

【刑法】内乱等幇助(ほうじょ)▽加重逃走▽被拘禁者奪取▽逃走援助▽騒乱▽現住建造物等放火▽非現住建造物等放火▽建造物等以外放火▽激発物破裂▽現住建造物等浸害▽非現住建造物等浸害▽往来危険▽汽車転覆等▽あへん煙輸入等▽あへん煙吸食器具輸入等▽あへん煙吸食のための場所提供▽水道汚染▽水道毒物等混入▽水道損壊及び閉塞(へいそく)▽通貨偽造及び行使等▽外国通貨偽造及び行使等▽有印公文書偽造等▽有印虚偽公文書作成等▽公正証書原本不実記載等▽偽造公文書行使等▽有印私文書偽造等▽偽造私文書等行使▽私電磁的記録不正作出及び供用▽公電磁的記録不正作出及び供用▽有価証券偽造等▽偽造有価証券行使等▽支払用カード電磁的記録不正作出等▽不正電磁的記録カード所持▽公印偽造及び不正使用等▽偽証▽強制わいせつ▽強姦(ごうかん)▽準強制わいせつ▽準強姦▽墳墓発掘死体損壊等▽収賄▽事前収賄▽第三者供賄▽加重収賄▽事後収賄▽あっせん収賄▽傷害▽未成年者略取及び誘拐▽営利目的等略取及び誘拐▽所在国外移送目的略取及び誘拐▽人身売買▽被略取者等所在国外移送▽営利拐取等幇助目的被拐取者収受▽営利被拐取者収受▽身の代金被拐取者収受等▽電子計算機損壊等業務妨害▽窃盗▽不動産侵奪▽強盗▽事後強盗▽昏酔(こんすい)強盗▽電子計算機使用詐欺▽背任▽準詐欺▽横領▽盗品有償譲受け等
【組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律】組織的な封印等破棄▽組織的な強制執行妨害目的財産損壊等▽組織的な強制執行行為妨害等▽組織的な強制執行関係売却妨害▽組織的な常習賭博▽組織的な賭博場開張等図利▽組織的な殺人▽組織的な逮捕監禁▽組織的な強要▽組織的な身の代金目的略取等▽組織的な信用毀損(きそん)・業務妨害▽組織的な威力業務妨害▽組織的な詐欺▽組織的な恐喝▽組織的な建造物等損壊▽組織的な犯罪に係る犯人蔵匿等▽不法収益等による法人等の事業経営の支配を目的とする行為▽犯罪収益等隠匿
【爆発物取締罰則】製造・輸入・所持・注文▽幇助のための製造・輸入等▽製造・輸入・所持・注文(第1条の犯罪の目的でないことが証明できないとき)▽爆発物の使用、製造等の犯人の蔵匿等
【外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律】偽造等▽偽造外国流通貨幣等の輸入▽偽造外国流通貨幣等の行使等
【印紙犯罪処罰法】偽造等▽偽造印紙等の使用等
【海底電信線保護万国連合条約罰則】海底電信線の損壊
【労働基準法】強制労働
【職業安定法】暴行等による職業紹介等
【児童福祉法】児童淫行
【郵便法】切手類の偽造等
【金融商品取引法】虚偽有価証券届出書等の提出等▽内部者取引等
【大麻取締法】大麻の栽培等▽大麻の所持等▽大麻の使用等
【船員職業安定法】暴行等による船員職業紹介等
【競馬法】無資格競馬等
【自転車競技法】無資格自転車競走等
【外国為替及び外国貿易法】国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなる無許可取引等▽特定技術提供目的の無許可取引等
【電波法】電気通信業務等の用に供する無線局の無線設備の損壊等
【小型自動車競走法】無資格小型自動車競走等
【文化財保護法】重要文化財の無許可輸出▽重要文化財の損壊等▽史跡名勝天然記念物の滅失等
【地方税法】軽油等の不正製造▽軽油引取税に係る脱税
【商品先物取引法】商品市場における取引等に関する風説の流布等
【道路運送法】自動車道における自動車往来危険▽事業用自動車の転覆等
【投資信託及び投資法人に関する法律】投資主の権利の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為
【モーターボート競走法】無資格モーターボート競走等
【森林法】保安林の区域内における森林窃盗▽森林窃盗の贓物(ぞうぶつ)の運搬等▽他人の森林への放火
【覚せい剤取締法】覚醒剤の輸入等▽覚醒剤の所持等▽営利目的の覚醒剤の所持等▽覚醒剤の使用等▽営利目的の覚醒剤の使用等▽管理外覚醒剤の施用等
【出入国管理及び難民認定法】在留カード偽造等▽偽造在留カード等所持▽集団密航者を不法入国させる行為等▽営利目的の集団密航者の輸送▽集団密航者の収受等▽営利目的の難民旅行証明書等の不正受交付等▽営利目的の不法入国者等の蔵匿等
【旅券法】旅券等の不正受交付等
【日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法】偽証▽軍用物の損壊等
【麻薬及び向精神薬取締法】ジアセチルモルヒネ等の輸入等▽ジアセチルモルヒネ等の製剤等▽営利目的のジアセチルモルヒネ等の製剤等▽ジアセチルモルヒネ等の施用等▽営利目的のジアセチルモルヒネ等の施用等▽ジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の輸入等▽営利目的のジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の輸入等▽ジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の製剤等▽麻薬の施用等▽向精神薬の輸入等▽営利目的の向精神薬の譲渡等
【有線電気通信法】有線電気通信設備の損壊等
【武器等製造法】銃砲の無許可製造▽銃砲弾の無許可製造▽猟銃等の無許可製造
【ガス事業法】ガス工作物の損壊等
【関税法】輸出してはならない貨物の輸出▽輸入してはならない貨物の輸入▽輸入してはならない貨物の保税地域への蔵置等▽偽りにより関税を免れる行為等▽無許可輸出等▽輸出してはならない貨物の運搬等
【あへん法】けしの栽培等▽営利目的のけしの栽培等▽あへんの譲渡し等
【自衛隊法】自衛隊の所有する武器等の損壊等
【出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律】高金利の契約等▽業として行う高金利の契約等▽高保証料▽保証料がある場合の高金利等▽業として行う著しい高金利の脱法行為等
【補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律】不正の手段による補助金等の受交付等
【売春防止法】対償の収受等▽業として行う場所の提供▽売春をさせる業▽資金等の提供
【高速自動車国道法】高速自動車国道の損壊等
【水道法】水道施設の損壊等
【銃砲刀剣類所持等取締法】拳銃等の発射▽拳銃等の輸入▽拳銃等の所持等▽拳銃等の譲渡し等▽営利目的の拳銃等の譲渡し等▽偽りの方法による許可▽拳銃実包の輸入▽拳銃実包の所持▽拳銃実包の譲渡し等▽猟銃の所持等▽拳銃等の輸入に係る資金等の提供
【下水道法】公共下水道の施設の損壊等
【特許法】特許権等の侵害
【実用新案法】実用新案権等の侵害
【意匠法】意匠権等の侵害
【商標法】商標権等の侵害
【道路交通法】不正な信号機の操作等
【医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律】業として行う指定薬物の製造等
【新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法】自動列車制御設備の損壊等
【電気事業法】電気工作物の損壊等
【所得税法】偽りその他不正の行為による所得税の免脱等▽偽りその他不正の行為による所得税の免脱▽所得税の不納付
【法人税法】偽りにより法人税を免れる行為等
【公海に関する条約の実施に伴う海底電線等の損壊行為の処罰に関する法律】海底電線の損壊▽海底パイプライン等の損壊
【著作権法】著作権等の侵害等
【航空機の強取等の処罰に関する法律】航空機の強取等▽航空機の運航阻害
【廃棄物の処理及び清掃に関する法律】無許可廃棄物処理業等
【火炎びんの使用等の処罰に関する法律】火炎びんの使用
【熱供給事業法】熱供給施設の損壊等
【航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律】航空危険▽航行中の航空機を墜落させる行為等▽業務中の航空機の破壊等▽業務中の航空機内への爆発物等の持込み
【人質による強要行為等の処罰に関する法律】人質による強要等▽加重人質強要
【細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約等の実施に関する法律】生物兵器等の使用▽生物剤等の発散▽生物兵器等の製造▽生物兵器等の所持等
【貸金業法】無登録営業等
【労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律】有害業務目的の労働者派遣
【流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法】流通食品への毒物の混入等
【消費税法】偽りにより消費税を免れる行為等
【日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法】特別永住者証明書の偽造等▽偽造特別永住者証明書等の所持
【国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律】薬物犯罪収益等隠匿
【絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律】国内希少野生動植物種の捕獲等
【不正競争防止法】営業秘密侵害等▽不正競争等
【化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律】化学兵器の使用▽毒性物質等の発散▽化学兵器の製造▽化学兵器の所持等▽毒性物質等の製造等
【サリン等による人身被害の防止に関する法律】サリン等の発散▽サリン等の製造等
【保険業法】株主等の権利の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為
【臓器の移植に関する法律】臓器売買等
【スポーツ振興投票の実施等に関する法律】無資格スポーツ振興投票
【種苗法】育成者権等の侵害
【資産の流動化に関する法律】社員等の権利等の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為
【感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律】一種病原体等の発散▽一種病原体等の輸入▽一種病原体等の所持等▽二種病原体等の輸入
【対人地雷の製造の禁止及び所持の規制等に関する法律】対人地雷の製造▽対人地雷の所持
【児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律】児童買春周旋▽児童買春勧誘▽児童ポルノ等の不特定又は多数の者に対する提供等
【民事再生法】詐欺再生▽特定の債権者に対する担保の供与等
【公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律】公衆等脅迫目的の犯罪行為を実行しようとする者による資金等を提供させる行為▽公衆等脅迫目的の犯罪行為を実行しようとする者以外の者による資金等の提供等
【電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律】不実の署名用電子証明書等を発行させる行為
【会社更生法】詐欺更生▽特定の債権者等に対する担保の供与等
【破産法】詐欺破産▽特定の債権者に対する担保の供与等
【会社法】会社財産を危うくする行為▽虚偽文書行使等▽預合い▽株式の超過発行▽株主等の権利の行使に関する贈収賄▽株主等の権利の行使に関する利益の受供与等についての威迫行為
【国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律】組織的な犯罪に係る証拠隠滅等▽偽証
【放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律】放射線の発散等▽原子核分裂等装置の製造▽原子核分裂等装置の所持等▽特定核燃料物質の輸出入▽放射性物質等の使用の告知による脅迫▽特定核燃料物質の窃取等の告知による強要
【海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律】海賊行為
【クラスター弾等の製造の禁止及び所持の規制等に関する法律】クラスター弾等の製造▽クラスター弾等の所持
【平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法】汚染廃棄物等の投棄等

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

ともに思想家で武道家でもある内田樹と鈴木邦男が、己の頭脳と身体で語り尽くした超「対談」待望の第二弾!!『慨世の遠吠え2』
残部僅少『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊)

鳥取の「知られざる冤罪」──米子ラブホテル支配人殺害事件、控訴審も結審

テレビや新聞で冤罪が話題になる機会が増えているが、全国各地には「知られざる冤罪」がまだまだ数多くある。1月19日、広島高裁松江支部で控訴審の第1回公判があり、即日結審した「米子ラブホテル支配人殺害事件」もその1つだ。被告人の石田美実氏(59)に対する判決は3月27日に宣告されるが、少しでも多くの人に注目して欲しい事件だ。

◆捜査段階から胡散臭かった

事件の舞台は、山陰地方の中心都市である鳥取県米子市。2009年9月29日夜10時過ぎ、同市郊外にあるラブホテル「ぴーかんぱりぱり」の事務所で支配人の男性(当時54)が頭から血を流して倒れているのを客室係の女性が発見。支配人は病院に搬送されたが、頭部を激しく攻撃されていたほか、ヒモのようなもので首を絞められていた。そして一度も意識が戻らないまま、約6年に及ぶ入院生活を送り、2015年9月27日に息を引き取ったのだった。

警察の調べでは、現場の事務所では、金庫の中などの金が事件前より減っており、犯人は支配人の首を絞める際、事務所にあった電話線かLANケーブルを使ったと推定された。警察は支配人が事務所に入った際、金目的で侵入していた犯人に襲われたとみて、捜査を展開。そしてこのホテルで店長をしていた石田さんを逮捕するのだが、それは事件から4年半も経過してからのことだった。

しかも当初の逮捕容疑は、「申込書に虚偽の記載をし、クレジットカードをつくった」という別件の詐欺の容疑。石田さんはその後、支配人に対する殺人未遂の容疑でも逮捕、起訴され、支配人が亡くなった時点で起訴罪名を殺人に変更されるのだが、こうした捜査の経緯を見ただけでも、胡散臭い香りがする事件だと言えるだろう。

現場のホテルの建物。現在は「ぴーかんぱりぱり」とは別のホテルに

◆動機に疑問、証拠も脆弱

第一審の裁判員裁判は昨年6~7月に鳥取地裁で行われたが、案の定、検察官の有罪立証は苦しかった。

まず、動機の問題だ。検察官は石田さんについて、「水道光熱費を滞納していた」とか「消費者金融に180万円の借金があった」と指摘し、石田さんには金目的で事務所に侵入する動機があったような主張した。しかし石田さんが水道光熱費を滞納するのは、奥さんと結婚以来、数十年に渡って繰り返されてきた日常的なことに過ぎなかった。また、消費者金融の借金についても、石田さんは事件当時、約100万円の「過払い」がある状態だったため、「返済は終わった」という認識だったという。そして実際、消費者金融から返済の催促は受けていなかった。

では、物証はどうか。検察官の主張では、事務所の金庫や事務所に通じる出入り口のドアのノブから石田さんの指紋が検出されており、これは犯行時に付着したものだとのことだった。しかし石田さんはこのラブホテルの店長として働いていたのだから、そういうところから石田さんの指紋が検出されても何もおかしくない。物証もゼロに等しい状態だった。

◆第一審判決のわかりにくいストーリー

かくも有罪証拠が乏しい中、石田さんに不利な事実は、
(1)事件の翌日に千円札230枚=23万円をATMから自分の銀行口座に入金していたこと、
(2)事件翌日から車で大阪に行くなどして家を1カ月以上あけ、警察からの事情聴取の呼び出しにも応じなかったこと――だった。

この2点については、いかにも疑わしいように感じられる事実といえるだろう。

しかし(1)については、石田さんは「ホテルの各客室にある自動精算機の釣銭の予備として千円札が必要なので、ホテルの各客室にあるスロットゲーム機から売上金を回収するたびに千円札を自分の1万円札として交換してストックしておいた。それを入金したものだ」と説明しており、この説明を裏づける事実も存在した。石田さんが店長の業務としてスロットゲームの売上金を回収し、ゲーム設置会社に売上金を送金する際、1万円札で送金していたことが銀行の記録に残っていたのだ。これはすなわち、石田さんがスロットマシンから回収した千円札を手元に残し、その代わりに自分の1万円札を送金していた証左である。

また、(2)については、石田さんは元々、長距離トラックの運転手だったために家を長期間あけることが多く、以前にも1カ月間、仕事とは関係なく車上生活をしたことがあった。そういう事実が存在するうえ、石田さんは事件当日、奥さんに浮気がばれて家にいづらい状況になっており、加えて、過去には警察に無実の罪でひどい取り調べを受けた経験もあり、警察の事情聴取に恐怖を感じていたという。このように事実関係を丁寧にみていくと、(2)も有罪の根拠にするのは苦しかった。

それにも関わらず、石田さんは第一審で有罪とされたのだが、第一審判決は石田さんが強盗目的でホテルの事務所に侵入したという検察側の主張も退けている。そのうえで石田さんが何らかの目的で事務所に侵入し、その場にいた支配人と何らかのいさかいが生じて暴行に及んだうえ、事務所の金を奪ったと認定。こうして起訴罪名の強盗殺人を否定し、石田さんに殺人罪と窃盗罪を適用して、懲役18年の判決(求刑は無期懲役)を宣告したのである。

このように判決が曖昧で、わかりにくく犯行のストーリーを認定するのは、冤罪事件ではよくあることだ。さらに事件直後に石田さんと接したこのホテルの従業員たちも第一審の公判では、「石田さんの様子は普通で、何ら普段と変わったところはなかった」と口を揃えていた。石田さんはまぎれもなく無罪を宣告されるべき被告人だった。

なお、最初の逮捕容疑である詐欺事件については、石田さんはガソリンスタンドでクレジットカードへの加入をしつこく勧誘され、勧誘員のノルマに協力するために適当な記載をして申し込みをしただけだった。詐欺事件については、無罪が宣告されている。

石田さんの控訴審が行われている広島高裁松江支部

◆年度内に判決を出したがった裁判長

そんな石田さんの裁判は第一審の終了後、弁護側はもちろん、強盗殺人罪の立証に失敗した検察側も控訴。1月19日にあった控訴審の初公判では、第一審の公判にも証人出廷したホテルの女性従業員の証人尋問と被告人質問が行われ、検察側は「強盗殺人罪を適用し、無期懲役を宣告するのが相当」、弁護側は「違法な第一審判決を破棄し、無罪判決を下すべき」と主張して結審した。そして冒頭で述べたように判決公判は3月27日の予定だが、栂村明剛(つがむら・あきよし)裁判長の判決公判の日時の決め方を見ていると、「年度内に判決を出したい」という思いが窺えた。それはきちんと証拠を吟味したうえで冤罪を見抜いているからなのか、それとも――。

私は公判も傍聴する予定なので、また続報をお伝えしたい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』

《本間龍17》Paix2(ぺぺ)はなぜ「刑務所の女神」と称されるほど人気なのか?

東京スポーツ2017年1月26日付

女性ボーカルデュオのPaix2(ぺぺ)が2001年からほぼ無給のボランティアで続けてきたプリズンコンサートが、昨年12月10日の千葉刑務所で400回を達成したという。これは世界的にみても例がなく、すでに幾つものメディアがこの偉業を伝えているが、なんとあの東スポまでもが(東スポ様、失礼!)が1月26日付けの紙面で記事にした。そこで私は、彼女たちの歌を塀の中で聞いた元受刑者としての思いを書いてみたい。

◆慰問公演は娯楽のない受刑者にとって貴重な機会

刑務所では懲役作業がない週末に、様々な人々が慰問に訪れる。歌手はもちろん、劇団やアマチュア楽団、落語、伝統芸能団体など多岐にわたり、月によっては毎週末に予定が組まれていることもある。娯楽がない受刑者にとって、同囚と刑務官以外の人々と接する貴重な機会だ。

Megumiさん
Manamiさん

翌月の慰問予定はその前の月にはプリントに印刷され、ムショ内の食堂等に掲示される。私がいた黒羽刑務所は2008年当時、過剰収容で2300名もの受刑者がいたから、こうした慰問への参加は自主的な申し込み制だった。受刑者はそれぞれ参加したい演目に申し込むが、定員オーバーの場合は、受刑年数が長い者が優先される。シャバから隔離されている年月が長いものへのささやかな配慮というわけだ。

だが逆に、残念ながら不人気の演目もある。毎年来てくれるのは有難いが、あまりにも前衛的すぎて何をやっているのか分からない劇団や、超高齢で全く声が聞こえない演歌歌手などは敬遠されて席が埋まらない。わざわざ慰問に来てくださっているのに無礼千万ではあるが、受刑者側にも好みがあるから仕方がない。でも空席があっては慰問に来てくださる方に失礼だということで、そういう場合は逆に入所年月が浅い者から強制参加させられ、会場を満員にするのだ。

◆古参受刑者ほど一日千秋の思いで待ちわびるぺぺのコンサート

そんな中で、ぺぺのコンサートは間違いなくダントツ1位の人気演目で、毎回申し込みが多すぎて抽選となり、それでも収容しきれずムショによっては午前・午後2回公演という所もあるという。私は入所時、迂闊にもぺぺを知らなかったのだが、同僚が「本間さん、今年もぺぺが来てくれます。これは絶対にオススメですよ!」と興奮気味に語ってくれたのを今でも思い出す。

彼女たちがほぼ1年に一回慰問に来てくれるのを受刑者たちは皆知っており、古参受刑者ほど一日千秋の思いで待ちわびるのだ。さらに、「ぺぺのコンサートの前は懲罰が減る」という伝説がある。これは懲罰を受けると慰問にも参加できなくなるから受刑者同士の喧嘩や諍いが減るというもので、確かに黒羽でもその通りだった。

『逢えたらいいな』の一文を朗読するManamiさん
Megumiさん

◆受刑者たちの心を捉えるMC(語り)の絶妙さ

ではなぜ、彼女たちは「刑務所の女神」と称されるほど人気があるのだろうか。その秘密は、美しいハーモニーもさることながら、受刑者たちの心を捉えるMC(語り)の絶妙さにある。年輪を重ねたことで、受刑者たちに向けたトークが彼らの心をわしづかみにするのだ。

例えば、舞台登場後すぐに、「こんにちは、ぺぺです。今年もここ○○刑務所にお邪魔することが出来ました。さて、私たちのコンサートが初めての人は挙手をお願いします。2回目の人は? 3回目の人は?・・・え、5回目の人もいる? ダメですよ、早く出所しないと!」などと言って笑わせる。

そうかと思えば、受刑者からの手紙を読んだり、出所してからぺぺに送られた感謝の手紙を読んだりして、涙を誘う場面もある。その緩急が絶妙なのだ。私も黒羽刑務所で彼女たちのコンサートを体験したが、一緒に声を出して歌い、手を振り上げ、体を揺らして楽しむなど、他の慰問の演目では考えられないほどの自由さに驚いた。そして、「早く家族や待っている人の元に帰ってくださいね」という優しい語りかけに、そこかしこですすり泣きが聞こえ、涙をぬぐう受刑者がいた。

◆慰問を続けてきた彼女たちに対する官側の信頼と敬意

慰問に訪れる人たちは多いが、ここまで受刑者の心に寄り添い、語りかけを続けてきた存在は稀だ。念のために言っておくが、このコンサート中の「挙手」などもぺぺだけに許されている特別な行為だ。通常、受刑者はコンサート中に手を振りかざしたり、体をゆすったり、声援を送ることは禁止されている。つまりはひたすら手を膝の上に乗せた姿勢で「拝聴」しなければならないのだが、ぺぺは話の仕方も上手く、経験も積んでいるのでムショ側も安心して受刑者たちとの「交流」を許しているという訳だ。これは10年以上に渡って慰問を続けてきた彼女たちに対する、官側の信頼と敬意の表明でもある。

「元気出せよ」を歌い始めると、刑務所内では通常、許されないアクションが起る

罪を犯した受刑者といえども家族がいて、待つ人がいる。だが長く辛いムショ生活で自暴自棄になり、その存在を忘れそうになる者も多い。そうした中で毎年、手弁当でムショに来てくれるぺぺは、自分たちの悩みや苦しみを本当に分かってくれている、と多くの受刑者が感じ、感謝している。ぺぺのお二人は意識していないかも知れないが、実は受刑者たちに人の心の温かさを思い出させ、もう一度社会に戻る勇気を与えるという、非常に重要で難しい役割を担っているのだ。プリズンコンサート400回に心からの感謝と、今後もさらに受刑者たちの心の拠りどころとして、活動を続けていって頂ければとせつに願う。

Manamiさん(左)とMegumiさん(右)


◎[参考動画]Paix2 逢えたらいいな 第二回 東京拘置所矯正展

Paix2(ぺぺ)公式チャンネル

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

Paix2『逢えたらいいな―プリズン・コンサート300回達成への道のり』(特別記念限定版)
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』
『NO NUKES voice』第10号本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」新潟知事選挙と新潟日報の検証!

「思い出すのは広島のことばかり」──春の訪れと共に思い出される死刑囚Aのこと

私はこれまで死刑判決を受けた様々な被告人に会ってきた。ここで紹介するA(50)は、その中でもとくに印象深かった1人だ。2年前にAの死刑判決が確定して以来、面会や手紙のやりとりができない状態が続いているが、私は春の訪れを感じる今日このごろ、「ある事情」からAのことを思い出す機会が増えている。

死刑囚Aが収容されている東京拘置所

◆凶悪犯のイメージとかけ離れた実像

裁判の認定によると、Aは2004年に不倫相手の女性(当時22)の金を使い込んだうえに殺害し、2010年にも別の不倫相手の女性(当時25)を別れ話のもつれから殺害したとされる。こうした犯行の概要だけを見ると、まぎれもない凶悪犯である。インターネット上には、色つきの眼鏡をかけた遊び人風の面持ちのAの写真が流布しているが、あれを見て、いかにも悪そうな男だと思った人もいるはずだ。かくいう私も最初はそうだった。

しかし、実際に会ってみると、Aの実像は凶悪犯のイメージからかけ離れていた。

私がAに取材依頼の手紙を出したうえ、Aが収容されている拘置所まで初めて面会に訪ねたのは2013年の秋のこと。Aは静岡地裁沼津支部の裁判員裁判で死刑判決を受けたのち、すでに控訴も棄却され、当時は最高裁に上告中だった。この日、面会室に現れたAの姿を一目見て、私ははっと息を飲んだ。Aは背こそ高かったが、髪が真っ白で、頬はこけ、半袖半ズボンの囚人服から伸びた手足はやせ細っており、あまりにも弱々しい雰囲気だったからである。

私が「突然訪ねて、すみません」と謝ると、逆にAのほうが深々と頭を下げてきた。「以前より痩せられましたか?」と聞くと、「はい。25キロくらい痩せました」と申し訳なそうに言い、「体調でも悪いんですか?」と尋ねると、「いえ、大丈夫です」とやはりまた申し訳なそうに言う。かえってこちらが恐縮させられるほど、Aはとにかく腰が低かった

「これまでマスコミの方とは一度もお会いしていないんですが、片岡さんがくださった手紙を読ませて頂き、心情を気づかってくださっている内容だったんで、一度お会いするだけお会いしようと思ったんです。正直、事件のことはお話できるかわからないんですが・・・」

Aはそんなことを話しながら、目をみるみる潤ませた。私が「事件のことを話すのは精神的に難しいですか」と尋ねると、「そうですね。正直、難しいです。『こうなんで、こうです』と簡単に話せることではないですから」とまた申し訳なさそうに言うのだった。

◆裁判で伝えたいこと

Aによると、裁判員裁判で死刑判決を受けた時、最初は控訴せずに刑を確定させようと思ったのだという。その考えが変わったきっかけは判決公判後、子供たちが面会に来てくれたことだったという。

「子供たちと色々話しまして、自分がなぜ、こんなことをしてしまったのかということを子供たちに残したいと考えるようになったんです。そして控訴審では実際、そういうことを話したんですが・・・判決ではそれに触れてもらえなかったんです」

私が「だから、最高裁に上告したんですか」と問うと、Aはまた申し訳なさそうに頷いた。

「判決に不服があるわけではないんです。私がしなければならないのは、責任をとることだと思います。死刑になったからといって、ご遺族の方々に許してもらえるわけではないですが・・・ただ、(犯行は)したくて、したことじゃなかったということ、なぜこういうことをしてしまったのかということを私は伝えたいんです」

そう声を振り絞るように話したところで、Aの両目から涙が溢れ出してきた。私はこれまで様々な殺人事件の犯人に会ってきたが、Aほど罪の意識に苦しむ様子が強く伝わってくる者はいなかった。とにかく私にとって、強烈な印象を残した初面会だった。

◆「今思い出すのは広島のことばかり」

私はこの日以降、断続的にAのもとに面会に訪ねるようになった。ただ、案の定というべきか、Aは事件のことを何も語れず、面会中の会話は当たり触りのない話題に終始せざるをえなかった。ただ、Aは必ずしも私に事件のことを話したくないわけではないようにも思えた。事件に関することは話したいが、話せない。面会中のAの様子からは、そんなもどかしい心情である様子が窺えた。

そんなAが「片岡さんが私のことをどこまでご存じかはわからないんですが・・・」と切り出したのは3回目の面会の時だった。

「私は元々、広島の人間なんです。それで親近感を覚えたのが、このように片岡さんと面会できるようになるうえで一番大きかったと思うんです」
 
後掲のプロフィール欄に書いてあるように私は広島市在住だが、Aは広島県の観光地として知られる尾道出身なのだという。Aは「私が広島で過ごしたのは高校までで、もう広島を離れてからの人生のほうが長くなりました。しかし、今思い出すのは広島のことばかりなんです」と懐かしそうに言うのだった。

多くの広島県民がそうであるように、Aも広島カープファンであるとのことだった。広島にいたころはよく旧広島市民球場に野球観戦に行っていたそうで、「最近一番うれしかったのも、カープがクライマックスシリーズに出られたことなんです」と心底うれしそうに言った。

また、Aは事件を起こす前、自分で車を運転して静岡の友人たちを広島に連れて行き、平和記念公園などを案内することがよくあったという。元々、友人は多い人物だったのだろう。

「今は弁護士の先生が面会に来てくれて、話ができるのが唯一の楽しみです。いつもは誰とも話さないので、ここの職員の方に話しかけてもらっても、うれしく感じるくらいですから」

Aはこの時、目に涙を浮かべながらも笑顔で話していたが、私はAの現在の境遇に思いを馳せ、身につまされた。

◆事件のことを話せなかった事情

最高裁は通常、公判を開かずに書面のみで審理を行うが、控訴審までの結果が死刑の事件については、弁護人と検察官の双方から意見を聴くための公判を開くのが慣例だ。Aの上告審で、この公判が開かれたのは2014年の秋のことだった。

その公判では、他の裁判所とは一線を画する最高裁の荘厳な法廷で、2人の弁護人が弁論し、Aの死刑回避を懸命に訴えた。殺害行為に計画性はなく、冷酷な犯行だとか残虐な犯行だとは言えないこと。Aは内省を深めており、更生の可能性があること。そしてAが最も訴えたかった「事件を起こした経緯」についても、弁護人は弁論の中で詳細に説明していた。

それを聞いていると、Aにとって、被害者2人の殺害はやりたくてやったわけではないことはよく伝わってきた。そしてそれと同時にわかったのが、Aが面会の際、事件のことを私に話せなかった事情である。A本人の意向を忖度して書くことは控えるが、要するにAは被害者の尊厳や遺族の心情への配慮から私に対し、事件のことを詳細に語ることができなかったのだ。それもまたAの罪の意識の深さの現れだと私には思えた。

Aも言うように、被害者の遺族はAが死刑になっても、決してAを許せないだろう。一方でAがこれ以上ないほど内省を深めているのは確かだ。だが、この日から約40日後の2014年12月2日、最高裁がAに宣告した判決は「上告棄却」。これによりAの死刑は事実上、確定したのだった。

◆最後の面会

私が最後にAと会ったのは、最高裁が上告棄却の判決を出した翌日だった。Aはこの日も面会室に静かな面持ちで現れた。死刑が事実上確定した直後であっても、取り乱した様子は見受けられなかった。

「(死刑という)結果が変わることを望み、上告したわけじゃないですから。伝えておきたいこと、言ってきたいことがあって、そのために上告してきたことですから。ただ――」

Aはそこまで話すと、感極まった。

「なぜ、こういうことをしてしまったのかを伝えたのに、それに何一つ返答がないというか――」

最高裁の上告棄却判決はA4でわずか3枚の短さで、弁護側が法廷で説明していた「Aが事件を起こした経緯」には何ら触れられていなかった。Aは、それが悔しかったのだ。

「こういうことなら、片岡さんに事件のことをお話しておけばよかったかもしれないですね」とAは言った。もしもAから事件のことを詳細に話されても、私に何かできたとも思えないが、たしかに私としてもAがなぜ事件を起こしたかはもっと聞いておきたかった。

「片岡さんがいつも面会の際、面会申請書で私との関係の欄に“友人”と書いてくれたでしょう。あれがうれしかったです。今の自分には、弁護士の先生以外に、そんなことを言ってくれる人がいないですから」 

そこまで言ったところで、Aは再び感極まり、泣き出した。私は何か言葉をかけたい思いだったが、適当な言葉が思い浮かばなかった。この日からしばらくして、弁護人が最高裁に行った判決訂正の申し立ても退けられ、Aの死刑は確定した。これにより東京拘置所におけるAの処遇が死刑確定者のものとなり、私はAと面会や手紙のやりとりができなくなってしまった。

◆「生きているうちにもう1回」

最後に面会した日から2年余りが過ぎた。日々の生活にかまけて、私の中から正直、Aに関する記憶は少しずつ薄れつつある。そんな私が再びAのことをよく思い出すようになったのは昨年、広島カープが快進撃を続けて社会現象にもなったことによる。前述したようにAがカープファンだったこともあるが、Aが面会中に述べた次のような言葉が私には大変印象深かったからである。

「生きているうちにもう1回、カープの優勝を見られればいいんですが」

カープは昨年、25年ぶりにセリーグのペナントレースを制し、このAの願いは叶った。しかしその後、カープが日本シリーズでパリーグ覇者の日本ハムに負けてしまったことをAはどう受けとめたのか。今はもう一度カープが日本一になる日を見たいとの思いを心の支えにしているのだろうか。プロ野球12球団の春季キャンプが始まり、プロ野球のニュースを目にする機会が増えた今日この頃、私はまたAのことをよく思い出すようになっている。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』

本当に「運転の誤り」だったのか? 松江女性転落死事件の危険すぎた現場状況

松江署が情報提供を求め、配布していたチラシ

2012年9月に島根県の松江市で飲食店従業員の女性、柏木佐知子さん(当時26)が失踪した事件は、2015年8月に柏木さんが運転していた車ごと川に転落していたのが見つかり、「解決」したような様相を呈した。だが、私はこのほど現場を取材し、ある重大な疑念を抱いた。事故当時の現場はあまりにも危険な状態で放置されていたのではないか――。

◆転落死事故として処理

柏木さんは2012年9月27日午前2時過ぎ、松江市内で知人らと別れたのち、運転していた車と共に行方が途絶えた。島根県警は同10月6日から公開捜査に切り替えたが、有力な情報は得られないまま時が過ぎ、いつしか全国の重大未解決事件の1つに数えられるようになった。

事態が一変したのは、柏木さんの失踪から3年余りが過ぎた一昨年8月のことだ。島根県警が同月4日から同市内を流れる大橋川を捜索したところ、川底に沈んでいる乗用車が見つかった。8日、車をクレーンで引き揚げたところ、車種やプレートのナンバーが柏木さんの車と一致。車内から見つかった白骨死体の一部をDNA型鑑定したところ、柏木さんだと判明したという。

県警が検証したところ、事件性を疑わせる点はなく、車はスピードを出した状態で川に転落したとみられた。こうして全国の注目を集めた重大未解決事件は、柏木さんが車の運転を誤ったことによる転落死事故だったとして処理されたのだ。

行き止まりのすぐ後ろは川。車を運転していた柏木さんはここから転落した

◆現場取材で浮上した疑問

私が現地を訪ねたのは今年1月中旬のことだが、柏木さんが転落した現場を見て、驚いた。柏木さんは道路の行き止まりになっているところから川に転落したとみられているのだが、写真のように車で直進していると、道路は突然無くなり、川に突っ込むようになっているのだ。

現在は行き止まりのところに注意喚起のための反射板や、「この先 河川あり 転落注意!」という看板が設置されている。しかし、地元の住人たちに聞き込みをしたところ、誰もが異口同音に「ああいう注意を喚起するものはすべて、事故当時は無かったもので、川で車と柏木さんの遺体が見つかってから設置されたんです」と述べた。さらにこのあたりの道路は「街灯がなく夜は真っ暗になる」という。

私は思った。これでは、車を運転していた柏木さんが、道路が行き止まりになっているのに気づかず、川に転落してしまったことについて、単なる「運転の誤り」として片づけるわけにはいかないのではないだろうか。

事故当時、「この先 河川あり」という看板や行き止まりの反射板は無かった

◆道路を実際に自転車で走ってみたが・・・

私は実際に自分でも、柏木さんが川に転落した際に車を走らせたのと同じように、動画を撮影しながら自転車で走ってみた。それが後掲の動画である。視聴してもらえばわかると思うが、行き止まりの間近まで来なければ、行き止まりの向こうが川になっているのを視認できない。現在は行き止まりの少し手前で道路上にUターンを促す矢印と共に「行き止まり」と書かれているが、これも地元の人たちによると、柏木さんが転落した当時には「なかった」という。

このような転落防止の措置がすべて事故当時に施されていれば、おそらく柏木さんの不幸な事故は起こらなかったろう。現時点で特定の誰かに事故の責任があったとも断定しかねるが、少なくとも事故の原因を柏木さんの「運転の誤り」と決めつけていいとは思えない。今後も調査を進め、何かわかれば、当欄でレポートしたい。


◎[参考動画]松江市「柏木佐知子さん転落死事故」現場検証

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年3月号

冤罪処刑決裁疑惑の大野恒太郎元検事総長、大手法律事務所に弁護士で天下り

2014年7月から法務・検察の実質的な最高位である検事総長のポストに君臨し、2016年9月に勇退していた大野恒太郎氏が日本弁護士連合会に弁護士登録していたことがわかった。当欄で2016年10月28日に既報の通り、大野氏は法務官僚時代、冤罪疑惑の根強い男性死刑囚に対する死刑執行に深く関与している。今後はその過去を伏せて日本有数の大企業に天下りすることが予想され、動向に要注目だ。

◆まずは「四大法律事務所」の客員弁護士に

検事総長を勇退以来、進路が注目されていた大野氏。最初に明らかになった勇退後のポストは、日本の「四大法律事務所」の1つである森・濱田松本法律事務所(東京都千代田区丸の内)の客員弁護士だった。同事務所のホームページによると、大野氏は2016年11月16日付けで入所。その後、2016年11月吉日(原文ママ)付けでホームページには、大野氏本人による入所の挨拶文も掲載された。

それを見ると、書き出しは〈拝啓 皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます〉と初々しいが、その後は〈内閣司法制度改革推進本部事務局次長として司法制度改革を担当〉したとか、〈裁判員制度や被疑者国選弁護制度の導入、法曹養成制度改革、法テラスの創設等を実現〉したなどという手柄話が連綿と綴られている。しかし当然というべきか、「あのこと」には一切触れられていない。

大野氏の挨拶文も掲載された所属弁護士事務所のホームページ

1992年に福岡県飯塚市で小1の女児2人が殺害された事件で、無実を訴えながら死刑判決を受けた久間三千年氏(享年70)が死刑執行されたのは2008年10月のこと。大野氏は当時、法務省の刑事局長だった。死刑は法務大臣の命令により執行されるが、その前に法務省の官僚たちが死刑執行の可否を審査し、決裁している。中でも中心的な役割を担うのが刑事局であり、そのトップだった大野氏は久間氏に対する死刑執行の実質的な最高責任者と言ってもいい。

私は大野氏が検事総長だった頃、この冤罪処刑疑惑に関する取材を申し入れたが、事務官を通じて、取材を断られたことがある。手柄話ばかりを連綿と綴った上記の挨拶文を見ても、大野氏は今後もこの冤罪処刑疑惑について、公に語ることはないと予想される。

◆大野氏同様に冤罪処刑への関与が疑われる1つ前の検事総長も・・・

そこで注目すべきは大野氏の天下り先だ。歴代の検事総長は誰もが大野氏同様に弁護士登録し、日本有数の大企業に天下りしているからだ。直近5代の元検事総長たちの天下り先を別掲の表にまとめたが、文字通り、日本を代表するような大企業ばかりだ。大野氏と共に法務事務次官として久間氏の死刑執行の決裁に深く関与した1つ前の検事総長である小津氏も、何事もなかったかのようにトヨタと三井物産で監査役のポストを得ている。大野氏も小津氏と遜色のない天下り先を得る可能性は高い。

久間氏の遺族は現在も裁判のやり直し(再審)を求めており、福岡高裁で再審可否の審理が続いている。その一方で、この冤罪処刑疑惑に深く関与した官僚たちが何事もなかったかのように恵まれた天下り先を確保し、ゆうゆうと余生を送る不条理。我々はこの現実を直視しなければならない。

直近5代の検事総長の天下り先

〈追記〉
大野氏をはじめとする久間氏の死刑執行に関与した法務・検察官僚たちに直接取材した結果や、大野氏らが決裁した久間氏に対する死刑執行関連文書が私の編著「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)に収録されている。一読の価値はあると思う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年2月号!
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
『NO NUKES voice』第10号[特集]基地・原発・震災・闘いの現場

妻殺害容疑で逮捕された講談社編集者に「冤罪」の疑いはないか?

講談社の漫画雑誌「モーニング」の編集次長が妻を殺害した容疑で警視庁に逮捕された事件が世間の耳目を集めている。まだ冤罪を疑う声はほとんど聞こえてこないが、私はこれまでの冤罪取材の経験からこの事件はとりあえず、冤罪を疑いながら動向を注視すべき事案だと思っている。そこで、この事件に関する報道の情報を読み解くポイントをいくつか挙げてみよう。

警視庁は朴氏が妻の殺害を自殺と偽ったと疑っているという(TBS「News i」より )

◆警視庁は事件の構図をどう描いたか?

報道によると、妻殺害の容疑で逮捕された編集次長は、東京都文京区の自宅で妻や4人の子供と暮らしていた韓国籍の朴鐘顕(パク・チョンヒョン)氏、41歳。2009年に編集長として「別冊少年マガジン」の創刊に携わったほか、様々なヒット作に関与した優秀なマンガ編集者なのだという。

そんな朴氏の逮捕容疑は、昨年8月9日に自宅で妻の佳菜子さん(当時38)を殺害した疑い。朴氏は同日午前2時45分頃、自ら119番通報し、当初は警視庁に「妻は階段から転落した」と話していたが、その後に「自宅にある服で首を吊って自殺した」などと説明が変遷。司法解剖により佳菜子さんの首に絞められたような跡が見つかり、部外者が侵入した形跡もなかったことから、警視庁は他殺との見方を強めていたという。

また、朴氏が子育てのことで佳菜子さんとトラブルになっていたとか、佳菜子さんが3年前、文京区の子育て支援センターに「夫が子育てを手伝ってくれない。教育観の違いからけんかになり、平手打ちをされた」などと複数回相談していたなどの情報も報道されている。朴氏は容疑を否認しているとされるが、警視庁は朴氏が子育てをめぐるトラブルから佳菜子さんを殺害したとみているのだと思われる。

◆警視庁が5カ月も逮捕に踏み切れなかった事情は何か?

では、こうした報道の情報からどのような冤罪の疑いが見出させるのか。

何よりまず、非常に単純なことだが、警視庁が妻の死亡から朴氏の逮捕まで5カ月も要していることである。報道されているような証拠が仮にすべて実在するとしても、その大半は事件から1カ月もあれば収集できるようなものである。にも関わらず、警視庁が5カ月も朴氏を逮捕できなかったのは、朴氏が妻を殺害したとは断定しがたい事情があったということだ。

では、その事情は何なのか。

それは第一に、朴氏には、妻の佳菜子さんを殺害する確たる動機が見当たらないことではないかと思われる。先述したように警視庁は子育てをめぐるトラブルを殺害の動機とみていると思われるが、子育てをめぐるトラブルなど、どんな夫婦にもあることだ。まして事件の起きた時間帯は深夜だから、佳菜子さんが死亡した時、家には4人の子供も在宅していたと思われる。そんな状況下で、朴氏がたとえ佳菜子さんと子育てのことでトラブルになって頭に血がのぼったとしても、殺害行為にまで及ぶかというと疑問だろう。

また、朴氏が「自宅にある服で首を吊って自殺した」と供述する前、「妻は階段から転落した」と証言していたことも疑われた理由になったとみられるが、妻に自殺された夫が妻は事故死だったと偽ろうとするというのは、良し悪しは別として普通にありそうなことである。朴氏が「妻にヘッドロックをした」と供述しているとの報道もあるが、この供述は司法解剖で見つかった妻の首の傷について、朴氏が妻の首を絞めたことをごまかすために嘘の弁明をしていると解釈できる一方で、朴氏が自分に不利になることを承知で真実を告白しているとも解釈できるものである。

警視庁は「子育てをめぐるトラブル」が動機とみているようだが……(毎日新聞HPより)

◆逮捕の決め手と考えられるのは2点

こうやって報道の情報を1つ1つツブしていくと、警視庁が朴氏の逮捕に踏み切る決め手となった証拠や事実関係もおのずと浮かび上がってくる。それはおそらく、

(1)佳菜子さんが亡くなった時間帯、朴氏宅に外部から第三者が侵入した形跡はないという「現場の密室性」、

(2)佳菜子さんの死因は首つり自殺ではなく、他者に首を圧迫されたことによる窒息死だとする「法医学者の鑑定意見」の2点だろう。

このうち、(1)の「現場の密室性」については、裁判になれば検察は、防犯カメラの映像や子供たちの証言から何の問題もなく立証できると思われる。そもそも朴氏側も「妻は自殺した」と主張している以上、外部から第三者が侵入した可能性がないことにはついては、特に争わないだろうと考えられるからである。

そこで裁判になれば、最重要争点になるのではないかと思えるのが、(2)の「法医学者の鑑定意見」だ。これについては、現時点では確たることは言えないが、一般的に法医学者の見解というのは裁判で争いになりやすいのものだ。それはすなわち、この事件においても、司法解剖を手がけた法医学者が「死因は他者に首を圧迫されたことによる窒息死だ」という見解だったとしても、別の法医学者が解剖所見などをみれば「死因は首吊り自殺と推定しても矛盾はない」という見解になっても何ら不思議ではないということだ。

いずれにせよ、ここまでの報道を見る限り、有罪証拠が乏しい事件であることは間違いないと思われる。動向を継続的に注視したい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』
『NO NUKES voice』第10号[特集]基地・原発・震災・闘いの現場

京都精華大生殺害事件から10年──花と共に供えられた1冊の本に込められた想い

2007年1月15日、京都市左京区岩倉幡枝町の歩道上で京都精華大1年生の千葉大作さん(当時20)が通りすがりの男に殺害された事件は容疑者が検挙されないまま、この15日で発生から10年を迎える。このほど事件現場を訪ねたところ、改めてミステリアスな事件だと思えたが、何より印象的だったのは現場に花と共に供えられた1冊の本だった――。

犯人に関する情報は多いのに未解決

事件が起きたのは2007年1月15日の午後7時45分頃だった。千葉さんは自転車で帰宅中、通りすがりの男とトラブルになり、胸部や腹部を刃物で10カ所以上刺された。そして通行人に「救急車を呼んでください」と助けを求めたが、搬送先の病院で亡くなったのだった。

千葉さんは当時、全国で京都精華大にしかないマンガ学部の1年生。マンガ家になる夢を叶えるため、故郷の仙台を離れて進学していたのだが、その夢は生命と共に凶刃に奪われてしまった。

目撃情報によると、事件直前、千葉さんは現場で犯人の男とトラブルになり、「あほ」「ぼけ」と怒鳴られていたとされる。男は20~30歳で、身長は170~180センチ。髪はボサボサだがセンター分けで、上下黒っぽい服装をしており、黒っぽいママチャリ風の自転車に乗っていた。目の焦点があっていなかったという。これだけ多くの犯人に関する情報がありながら、事件は10年経った今も未解決というのは不思議である。

現場を訪ねたところ、本当にのどかな田舎町で、よそ者がふらりとママチャリで訪れる場所とは思い難かった。犯人はどうやって逃げおおせたのか。そもそも、一体どこからやってきたのか。実際に現場を訪ねてみて、わかったのは事件が謎めいているということだけだった。

現場には今も献花が絶えない

◆事件は風化していない

そんな現場には、命日でもないのに複数の花や飲み物が供えられており、生前の千葉さんが友人にめぐまれた青年だったことが窺えた。そんな中、目を引かれたのが花と共に供えられた1冊の本だった。透明なプラスチックケースに入れられているのは、雨などをしのぐためだろう。この本のタイトルは――。

「君にさよならを言わない」

私は恥ずかしながら知らなかったが、ライトノベルの人気作品だった。おそらくは千葉さんの友人が、この本はタイトルが千葉さんに贈る言葉としてふさわしいと思い、供え物にしたのだろう。さらに調べてみると、この本の著者である七月隆文さんは京都精華大のOBらしく、学校全体で千葉さんの死を悼んでいるような雰囲気が伝わってきた。

年月が経つうちに証拠は散逸していくものだと言われるが、事件はまだ風化していない。それはつまり、犯人は決して逃げ切れたわけではないということだ。

花と共に供えられた本は「君にさよならを言わない」

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』

長崎ストーカー殺人事件発生から5年──死刑確定した男と私の対話の記録

東京拘置所の精神科医官として数多くの死刑囚と接した作家の加賀乙彦は著書「死刑囚の記録」で、「無罪妄想」にとらわれる死刑囚がいたことを紹介している。自分は無実だと嘘をつき続けるうちに自己暗示にかかるという症状らしいが、私が過去に会った死刑囚の中にもこれに該当すると思える者がいる。昨年12月で2011年の発生から5年を経過した長崎ストーカー殺人事件の筒井郷太死刑囚(32)である。

◆手紙だけでわかる特異な人格

長崎県西海市でストーカー被害を訴えていた女性(当時23)の自宅に何者かが侵入し、女性の母(同56)と祖母(同77)を刺殺する事件が起きたのは2011年の12月16日のこと。事件翌日、長崎県警が殺人などの容疑で逮捕したのが筒井郷太(同27)だった。

女性の父らは事件前、筒井による女性への度重なる暴力や脅迫メールなどのストーカー被害を警察に訴えていた。約1年半後に長崎地裁であった裁判員裁判では、筒井は無実を訴えたが、「不合理な弁解に終始し、良心の呵責や改悛の情は全く見い出せない」と死刑を宣告される。そして今年の夏、最高裁で死刑が確定した。

私が筒井に取材依頼の手紙を出したのは、長崎地裁で死刑判決が出てからまもない2013年の夏だった。ほどなく筒井から返事の手紙が届いたが、その文章は意味がわかりにくかった。ただ、「自分は無実」「真犯人はわかっている」「それらのことを証明する証拠があるのに、裁判に出させてもらえない」などと訴えていることは読み取れた。

また、手紙には、私の面会を歓迎するようなことが綴られていた。

〈疑問に思う事や、「お前それは嘘だろ」と思う事は、ハッキリと言って頂いてかまいませんので、気を遣わず質問して下さい。その分、僕も必死に説明するでしょうから。それでは、いづれ会いましょう!〉

この歓迎ぶりには、違和感を覚えた。というのも、私は取材依頼の手紙に都合のいいことを書いたわけではない。「報道を見る限り、あなたに不利な証拠が揃っているように思えるが、直接取材し、犯人か否かを見極めさせてほしい」と正直な考えを伝えていたからだ。筒井が特異な人物であることは、この手紙からだけでも容易に察せられた。

筒井死刑囚が収容されている福岡拘置所

◆満面の笑顔だったが・・・

その約2カ月後、福岡拘置所の面会室。グレーのジャージ姿で現れた筒井は、がっしりした大柄な男だった。照れたような様子を見せつつ、満面笑顔で「どうも」と会釈してきたが、私は正直、筒井の笑顔を薄気味悪く感じてしまった。筒井に対し、「クロ」の先入観を抱いていたせいかもしれない。

筒井はこの日、初対面の私にこんな頼みごとをしてきた。

「僕の2番目のお兄ちゃんに電話かメールで、僕に手紙を出すように伝えてもらえませんか?」

なぜそんなことを頼むのかと尋ねると、「お兄ちゃんに手紙を出したいんですが、今の住所がわからないんです」とのこと。私は「お兄さんはあなたに関わりたくないから、住所も教えないのだろう」と思いつつ、やんわり断ったが、案の定というべきか、筒井は人の気持ちを想像できない人間のようだった。

この時、もう1つ印象的だったのは、筒井から無実を訴えることへの「やましさ」が微塵も感じられないことだった。

◆本気の冤罪主張

ともかくこの日以降、筒井から無実の訴えが綴られた書面や手紙、ノートが次々送られてくるようになった。

〈ノートを読む人、みんな、信じてほしい。刑事や検事や弁護士が作った言葉じゃない、僕自身の、僕の心から出たそのままの言葉を書いたから、伝わってほしい!!〉

〈やってないことで長い間閉じ込められて、外の人には、凶悪犯と日本中に広められて、友人や家族まで思い込んでいて、死刑で殺される〉

こういうことがクセの強い字でノートなどに連綿と綴られているのだが、肝心の主張内容は、真犯人は被害者の身内の人たちだという荒唐無稽なものだった。ただ、筒井の文章からは本気で冤罪を訴えているような切実さが感じられた。筒井によると、自分の主張はDNA型鑑定やメールの履歴など数々の客観的証拠で裏づけられているが、弁護士が「名誉棄損になる」という理由で証拠を法廷に出してくれない――とのことだった。

弁護士も大変だろうと私は同情を禁じ得なかった。

◆怒らないと言いつつ怒る

やがて裁判員裁判の判決を入手できたが、有罪証拠は思った以上に揃っていた。

まず、筒井は事件当時、三重県の実家で暮らしていたが、事件翌日に長崎市内のホテルで警察に身柄確保されている。そして筒井の持っていたバッグからは血痕のついた2本の包丁が見つかり、筒井の着ていた衣服からも血痕が検出されたうえ、これらの血痕のDNA型は被害者のものと一致したという。しかもこの時、筒井は被害者の財布や手帳を所持していた――。

筒井が手紙で、〈僕の今までのコピーの手紙などを見て、どう思いました?〉〈怒らないので正直にお願いします〉と尋ねてきたので、私は手紙で正直に伝えた。

〈まず、内容がわかりにくかったです。また、最初にお手紙を差し上げた時にお伝えしましたように、私はこの事件では、筒井さんに不利な証拠が揃っているように思っていますが、コピーや手紙を見させて頂いても、まだその思いは変わっておりません〉

すると、次に届いた筒井の手紙では、怒っている雰囲気がひしひしと伝わってきた。

〈最初から、僕の書いたものは嘘だと決めて、まともにわかろうとしていないのでは?〉

〈それに、「筒井さんに不利な証拠が揃っているように思っていますが」と書かれていますが、それは、何の証拠のことを言っていますか? 実際にその証拠を手にして見て、(その周囲の関連証拠も)言っていますか?〉

確かに筒井の言う通り、私は有罪証拠の「実物」を手にして見たわけではない。また、警察や検察が証拠を捏造することもないわけではない。しかしこの事件に限っては、警察や検察に筒井を犯人に仕立て上げねばならない事情があったとは考えがたかった。

筒井死刑囚が嗚咽を漏らしながら無実を訴えた福岡高裁

◆無実の訴えは本気か直接質したが・・・

私は、福岡高裁であった筒井の控訴審を傍聴したが、筒井は法廷で「(死刑で)殺されても真犯人が誰かをばらします」と嗚咽を漏らしながら語るなど、逆転無罪に執念を見せていた。一体、どこまで本気で無実を訴えているのか。私がこの最大の疑問について、面会室で筒井に直接確認したのは2015年7月のことだ。

――色々筒井さんの書面を見せてもらいましたが、正直、あまり説得力を感じないんです
「(笑みをうかべ)えっ、あれが?」

――要するに筒井さんの主張は、本当は××さん(被害者の身内の人の名前)が犯人なのに、自分はハメられたということですよね?
「それはあんまり関係ないですね」

――じゃあ、何が問題なんですか?
「アリバイの証拠ですね。僕にアリバイがあるという」

――それもよくわからないんですが 
「ええっ(笑)」

――本気で自分のことを無実だと思っているんですか?
「思ってるとかじゃなくて、そうなんですけど」

――正直、私はやっはり筒井さんは「やってる」と思うんです
「わざと曲解しているんでしょう」

――証拠を捏造されたと言いたいんですよね?
「違います。そういう質問はいらないッ」

本人に直接確認してみても、筒井が「無罪妄想」に陥っているのか否かは断定しかねた。その後はどんな問いかけをしても「僕をビョーキということにしたいんでしょ」「気持ち悪いんですけど」「曲解されるからもういいです」などと言われ、会話にならなかった。そしてこの日以降、筒井は私の面会に応じてくれなくなった。

実を言うと、筒井は精神鑑定で非社会性パーソナリティ障害を有し、事件後の言動には演技性パーソナリティ障害の傾向が含まれると結論されていた。無実の訴えは単なる演技だったのか、それとも――。私は今も時折、面会室での筒井の様子を思い出しながら考え込んでしまう。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』