ガンから生還!「国松警察庁長官を撃った男」から届いた決意表明の手紙

〈長らくご無沙汰していましたが、最近は手術の予後の休養生活に入り、テレビの特番の放送も二回実現したことで、状況も一段落しました〉

先日、10カ月ぶりに届いた彼の手紙はそんな書き出しで始まっていた。手紙の主は中村泰(ひろし)、85歳。あの歴史的未解決事件、国松孝次警察庁長官狙撃事件の犯人だという説が根強い男だ。

中村から10カ月ぶりに届いた手紙

国松長官が自宅マンション前で狙撃され、瀕死の重傷を負ったのは今から20年余り前の1995年3月のこと。全国警察約26万人のトップが狙撃されるという超重大事件だけに警察は犯人検挙のため、威信をかけて捜査に取り組んだ。しかし、捜査を主導した警視庁公安部はオウム真理教犯行説に固執して迷走し、結局、2010年に事件を迷宮入りさせてしまう。一方、この間に警視庁の刑事部が犯人とみて、追及を続けていたのが中村だった。

中村が国松長官狙撃事件の捜査線上に浮上したきっかけは、2002年に名古屋で銀行の現金輸送車を襲撃し、逮捕されたことだった。中村はその後、獄中にいながらマスコミと接触し、自分が長官狙撃犯だと訴えるようになった。その自白内容には犯人でないと語れないような内容も多く、中村こそが長官狙撃犯だと考える取材関係者も少なくない。かくいう筆者もその一人である。

筆者は今年1月4日に当欄で、この中村が病に冒され、医療施設で闘病中だということを報告した。この時には病名は伏せたが、実は中村が見舞われた病は直腸癌だった。筆者は正直、年齢も年齢だし、大丈夫かな……と心配していたのだが、無事と近況を知らせるために届いたのが冒頭の手紙だった。

◆抗癌剤治療を受けながら著書を執筆中

手紙によると、服役先の岐阜刑務所は医療体制が不十分なため、中村は昨年末に大阪医療刑務所に移送され、今年初めに手術。術後の経過はよく、現在は岐阜刑務所に戻され、抗癌剤治療を受けながら静養しているという。

〈抗癌剤なるものはいろいろ副作用がありまして、万全の状態とは言えません〉

手紙では、そんな苦労も綴っていた中村だが、一方でテレビ朝日が昨年8月と今年3月、特別番組で自分のことを長官狙撃犯であるかのように報じたことを喜んでいた。

〈私としてはこれで警視庁の大嘘つきどもに一矢なり二失なり報いてやれたわけで、どうやら病苦の埋め合わせができたように思います〉

中村の犯人説を追った本「警察庁長官を撃った男」(鹿島圭介著)。中村曰く、本の内容は大半が事実だという。

中村は国松長官を狙撃した目的について、地下鉄サリン事件発生後もオウムへの強制捜査に及び腰だった警察をオウム制圧に駆り立てるためだったと語ってきた。そして自分の謀略通り、警察はオウムが長官を狙撃したと誤認し、制圧に動いたが、この自分の功績を世に知らしめたくなり、我こそは真犯人だと訴えるようになったと説明している。今回は取材協力したテレビの放送により、自分を犯人と認めない警視庁公安部に一泡吹かせてやったという思いらしい。

そんな老殺人者は現在、自著の執筆も進めているという。

〈不自由きわまる環境ですから、なかなか大変なのですが、支援者の協力も得ながら先行き短い命の続くかぎり、努力を続けていく覚悟を固めています〉

警察庁長官が狙撃されるという日本の戦後史に残る重大事件がこのまま未解決で終わっていいはすがない。中村が本当に国松長官を狙撃した犯人ならば、命あるうちに事件の真実を書き残してもらいたい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

◎10月はなぜ未解決の重大事件が多いのか? 刺殺、放火、バラバラ殺人も迷宮入り
◎再審取り消し決定文書にもパクリ疑惑!──冤罪説が根強い鹿児島「大崎事件」
◎発生から15年、語られてこなかった関東連合「トーヨーボール事件」凄惨な全容
◎3月に引退した和歌山カレー被害者支援の元刑事、「美談」の裏の疑惑

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10月はなぜ未解決の重大事件が多いのか? 刺殺、放火、バラバラ殺人も迷宮入り

社会の耳目を集めた未解決事件については、毎年、事件が発生した日が近づくと、マスコミが捜査の現状や関係者の近況などを報道するのが恒例だ。そんな中、10月は重大な未解決事件がとくに多い月であるように筆者は感じている。

たとえば、警察庁が現在、捜査特別報奨金制度の対象にしている事件だけでも、
(1)2004年10月5日に起きた広島県廿日市市の女子高校生刺殺事件
(2)2009年10月26日に被害者が行方不明になったことに端を発する島根県立女子大生バラバラ死体遺棄事件
(3)2010年10月4日に起きた神戸市北区の男子高校生刺殺事件
と、3件がある。

また、あまり有名な事件ではないが、1999年10月2日に東京都目黒区の目黒不動尊の境内やその周辺で会社経営者の男性のバラバラ死体が見つかった事件や、2000年10月5日に札幌市豊平区でタクシー運転手の男性が刺殺されて現金を奪われた強盗殺人事件なども現在のところ未解決。それぞれ警視庁と北海道警のホームページで情報提供が呼びかけられている。

一方、世間一般には「解決済みの事件」と認識されているが、実際には未解決の事件もいくつかある。警察が犯人ではない人を間違って検挙し、そのまま有罪が確定してしまった冤罪事件がそれである。この「冤罪未解決事件」についても、実は10月に発生した事件は少なくない。

◆「冤罪の疑い」が指摘されている大量放火殺人犯

たとえば有名なのが、先日当欄で「再審取り消し決定のパクリ疑惑」を紹介した大崎事件だ。 1979年10月15日、鹿児島県大崎町で男性の死体が牛小屋で見つかり、原口アヤ子さん(88)ら親族4人が殺人などの容疑で検挙されたこの事件では、懲役10年の判決を受けた原口さんが一貫して無実を訴え、現在は鹿児島地裁に第3次再審請求を行っている。共犯とされる親族3人の信ぴょう性を欠く自白以外には有罪証拠は事実上存在せず、その再審請求活動の現状はマスコミでもしばしば取り上げられている。

16人が亡くなった大阪市浪速区の個室ビデオ放火殺人事件の現場は現在、駐車場に。

一方、世間一般ではあまり知られていないが、密かに冤罪の疑いが指摘されている重大事件もある。2008年10月1日、大阪市の浪速区で起きた個室ビデオ放火殺人事件がそれだ。

店内にいた16人が死亡する惨事となったこの事件では、火災発生時に客として店にいた小川和弘が殺人や現住建造物等放火の容疑で検挙され、裁判では無罪を訴えながら2014年3月に最高裁に上告を棄却され、死刑判決が確定した。確定判決では、小川は自分の現状を惨めに思い、衝動的に自殺を思い立ち、持参していたキャリーバッグに火をつけたとされた。しかし、めぼしい有罪証拠は捜査段階の自白だけ。しかも現場の個室ビデオ店では、火災発生時に小川が滞在した18号室より、その近くにある9号室のほうがよく燃えており、火元は9号室だったのではないかという疑いが指摘されていたのだ。

小川和弘死刑囚が収容されている大阪拘置所

実を言うと筆者は、最高裁の判決が出る半年ほど前、大阪拘置所に収容されていた小川と面会したことがある。マスコミ報道では、顔がやつれて、目がうつろな写真ばかりが紹介されていた小川だが、実際に会ってみると、顔はふっくらし、精悍な顔つきの人物だった。

「はっきり言うて、冤罪ですから。最高裁にも『火元が違う』言うて、(上告審の)弁護士さんが鑑定書出していますからね」

小川は面会室で筆者にそう言い切ったが、何らやましさを感じさせない堂々とした態度に、やはりこの人、冤罪なのではないか……という心証を抱いたものだった。

もうすぐ10月は終わるが、ここで紹介した事件が解決したというニュースは今年も聞かれなかった。容疑者が検挙されていない事件はもちろん、無実の容疑者が捕まっている事件も一日も早く真犯人の検挙に至って欲しいと願うばかりだ。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

◎再審取り消し決定文書にもパクリ疑惑!──冤罪説が根強い鹿児島「大崎事件」
◎発生から15年、語られてこなかった関東連合「トーヨーボール事件」凄惨な全容
◎3月に引退した和歌山カレー被害者支援の元刑事、「美談」の裏の疑惑

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再審取り消し決定文書にパクリ疑惑!──冤罪説が根強い鹿児島「大崎事件」

ノンフィクション作家の佐野眞一氏に、STAP細胞の小保方晴子氏、そして今年「渦中の人」となった東京五輪エンブレムの佐野研二郎氏など近年、大型のパクリ騒動が相次いでいる。そんな中、ある冤罪説が根強い事件に対する裁判所の決定文にも重大なパクリ疑惑が見つかった。

◆ほぼ丸ごと転用

その事件は、鹿児島県の大崎町で1979年10月、牛小屋で男性の死体が見つかった通称「大崎事件」だ。殺人罪に問われ、懲役10年の判決を受けた親族の原口アヤ子さん(88)は一貫して無実を訴え、現在は3回目の再審請求中。有罪証拠は共犯とされた他の親族3人(全員故人)の信ぴょう性を欠く自白しかなく、2002年に鹿児島地裁が再審開始決定を出したこともある。しかし2004年12月、福岡高裁宮崎支部が再審開始を取り消す決定を出したため、原口さんは88歳の今も雪冤を果たせずにいる。

この福岡高裁宮崎支部の再審取り消し決定は問題が色々指摘されているが、とくに有名なのが以下の一節だ。

<このような判断のあり方は、判決が確定したことにより動かし得ないものとなったはずの事実関係を、事後になって、上記のとおりそれ自体としては証拠価値の乏しい新鑑定や新供述を提出することにより、安易に動揺させることになるのであり、確定判決の安定を損ない、ひいては、三審制を事実上崩すことに連なるものであって、現行刑訴法の再審手続とは相容れないものといわなければならない。>

つまり、この決定を出した裁判官たちは確定判決で認定された事実関係が「動かし得ないもの」と決めつけ、再審制度の存在自体を否定しているわけである。大崎事件を冤罪だと信じる人たちがあちらこちらで批判しているが、それも当然の酷い判断だ。

そして実を言うと、この有名な一節はほぼ丸ごと転用により書かれていたのである。転用元は、東京高裁が2001年10月29日、別の再審請求事件の即時抗告審=事件番号は平成9年(く)第170号=で出した決定文である。その東京高裁の決定文の該当部分を示すと以下の通りだ。

<判決が確定したことにより動かし得ないものとなったはずの事実関係を、事後になって、それ自体としては証拠価値の乏しい新証拠を提出することにより、安易に動揺させることになりかねない。そのような事態は、確定裁判の安定を損ない、延いては、三審制を事実上崩すことに連なるものであって、現行刑訴法の再審手続とは相容れないものといわなければならない。>

2つの決定文のうち、同じ記述の部分を太字にしたが、福岡高裁宮崎支部の再審取り消し決定が東京高裁の決定文を転用しているのは一目瞭然。判決文や決定文には著作権はないが、「パクリ」と言われても福岡高裁宮崎支部の裁判官たちは否定しようがないはずだ。

◆パクリ裁判長はあの有名冤罪にも関与

この問題の決定文を書いた福岡高裁宮崎支部の裁判長は岡村稔氏といい、現在は東京で弁護士をしている人物だ。東京高裁に所属していた頃には、あの有名な冤罪・足利事件の控訴審で右陪席裁判官を務め、高木敏夫裁判長と共に菅家利和さんの控訴を棄却したこともある。そして実を言うと、転用元の東京高裁の決定を書いた裁判長がこの高木裁判長である。

このパクリ行為からは岡村氏がかつて上司だった高木裁判長を大変信頼していたことが窺えるが、いずれにせよ、めったなことでは出ない再審開始決定を取り消すにあたり、こんな手抜きをする感覚は理解しがたい。なお、筆者はこの件について、岡村氏に取材を申し入れたが、事務所の女性職員を通じ、取材を断ってきた。

コピペ決定により、雪冤の希望を一度絶たれた原口さんは、年齢的にも現在の第3次再審請求が雪冤の最後のチャンスになる可能性が高い。今度こそ真っ当な司法判断が下されて欲しいと思う。

岡村氏が現在所属する弁護士事務所の入ったビルは都心の一等地にある

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

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◎《我が暴走07》「プリズンブレイクしたい気分」マツダ工場暴走犯独占手記[後]

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動画公開!ハンスト学生らのシェアハウス「りべるたん」不当ガサ入れ現場!

本コラムで先日来、お伝えしていたハンスト学生関係者が暮らすシェアハウス「りべるたん」に警察が暴力的に押し入った動画が公開された。
この動画は現場で撮影を敢行したジャーナリスト藤倉善郎さん撮影によるものだ。この動画を見た方々はどうお感じになるだろうか。
私は敢えて多くをコメントしない。ご感想と判断は読者の皆さんの判断に委ねたい。


◎[参考動画]「りべるたん」家宅捜索(藤倉善郎さん2015年9月26日公開)

シェアハウス「りべるたん」に押し入る警官(写真提供=藤倉善郎さん他)
真ん中の男が辻則夫=警視庁公安部公安1課警部補(写真提供=藤倉善郎さん他)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎見せしめ逮捕のハンスト学生勾留理由開示公判──大荒れながらも全員釈放!
◎安保法採決直後に若者弾圧!ハンスト学生への「不当ガサ入れ」現場報告
◎快挙は国会前デモだけじゃない!──6日目124時間を越えた学生ハンスト闘争
◎8.27反安倍ハンストの大きな意味──開始直後の学生4人に決起理由を聞いてみた!
◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す

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見せしめ逮捕のハンスト学生勾留理由開示公判──大荒れながらも全員釈放!

「ガサ入れ」、「勾留理由開示公判」、「公妨」、「警備法廷」……。ご存知の方には耳慣れた言葉でも、興味のない方には何のことやらさっぱり意味が解らないかもしれない。でも、この島国に住む全ての人々がこれからは上記の言葉の意味を理解していなくてはならない時代になった。

◆9月16日国会前冤罪逮捕、24日不当ガサ入れに続き、25日は勾留理由開示公判!

9月16日国会前で「戦争推進法案」に反対して集まった多くの人びとの中から、まったくの「冤罪」で13名が逮捕される事件が起こった。

24日被逮捕者に関係する数か所が警視庁公安の「強制捜査」(ガサ入れ)を受け、私もそのうちの1か所「りべるたん」で公安警察と名乗る「暴力集団」の狼藉の一部始終に付き合った(24日付記事参照)が、25日は東京地裁310法廷でまだ釈放されていない6名のうち2名の「勾留理由開示公判」が行われた。

秋雨が降り一気に肌寒さを増す悪天候ながら、開廷予定10時の1時間前には約30名の支援者が集まり、支援集会が開かれた。今回の法廷は悪名高い常時警備法廷である「429号」法廷の隣、「430号」法廷だ。「429号」法廷には33席の傍聴席があるが、「430号」法廷には20席しか傍聴席がない。

傍聴者の数を制限しようとする、裁判所の悪意は明白だったので、事前集会でもそのことへの追求や糾弾発言が相次いだ。午前9時30分、傍聴券の抽選が行われた。日頃行いの悪い私は今回も抽選から外れてしまったが、支援者の皆さんのご協力で傍聴券を譲って頂き法廷内に入ることができた。

「経産省前」でやはり不当逮捕された3名の「勾留理由開示公判」は「429号」法廷で開かれたが、その時以上に裁判所は警戒度を高めていたのだろう。

傍聴券を手にして法廷に入ることが出来る20名の他、支援者たちも地裁4階に集結し、「どうしてもっと大きい法廷で開かないんだ!」、「裁判所は傍聴させろ!」と開廷時間前から裁判所職員に抗議の声をぶつけた。この日、午前10時から「429号」法廷では何の審理もおこなわれていないことが判明したので、抗議の声はより高まった。

◆傍聴者全員を犯罪者扱いするような金属探知機による身体検査

東京地裁(高裁)は建物に入る際に金属探知機で全員が「身体検査」を受けるが、「警備法廷」傍聴の者は、筆記用具以外全ての荷物を裁判所に預けなければならないという「身勝手」なルールがある。私は傍聴できない方に全ての荷物を預かって頂き、多くの職員の間を通り法廷前に進んだ。ここでまた改めて「金属探知機」による身体検査がある。まるで犯罪者扱いだ。

そして「430号」法廷の前に移動するが、傍聴に入った人が、「430号」法廷向かいの法廷の傍聴席に3名が着席していることを発見した。向かいの法廷は今日審理の予定が張り出されていない。つまり誰もいるはずがない、いてはならない場所に照明がともり「何者か」(警察の疑いが濃厚)が控えていることが判明した。

「おかしいじゃないか」の声が上がる。「開廷予定のない部屋に照明がともり不審者がいる。中を調べろ」と裁判所の職員に要求するが、一向に取り合う気配はない。開廷予定は午前10時であったが、弁護団の1名が他事件の接見で到着が遅れたために、開廷時間は30分ほど遅れた。到着した弁護士に、支援者が早速不審者が控えている旨を伝える。

定刻から約40分遅れで傍聴者の入廷を許されたが、開廷前にもかかわらず裁判官は「私語や拍手などあれば即退廷を命じます」と威圧的な発言をした。

◆拍手をしただけの傍聴者を法廷外へ排除する有賀貞博裁判官

この裁判官の名は「有賀貞博」 。そうだ。経産省前で逮捕された3名の「勾留事由開示公判」の際にも法廷を仕切り、多数の「退廷命令」を乱発し、挙句の果て「閉廷後の全員退廷命令」まで出した「退廷専門裁判官」だ。10時40分、被逮捕者が入廷してきた。拍手をした傍聴者に早速「退廷命令」が出される。まだ有賀は「開廷」を宣言していないのに、体格だけ大きくて暴力が大好きな裁判所職員が傍聴者1名を取り囲み、無理矢理法廷外へ排除した。

すかさず弁護団が「おかしいじゃないか、開廷も宣言していないのに何で退廷なんだ!」と抗議するが有賀は無視。続いて10時41分、被逮捕者に「頑張れ!」と声をかけた傍聴者がまたしても数人の「乱暴者」達により抱えられて無理矢理法廷外へ連れ去られた。

前回傍聴した「勾留理由開示公判」で有賀は弁護団の求釈明にほとんどまともに回答しなかった。この日も入廷して以来、1分に1度くらいの割合で法廷後部の壁に掛けられた時計をしきりに見ている。有賀には身柄を拘束されて非道な扱いを受けている冤罪被害者の「勾留理由」を説明するつもりなど最初からまったくなく、ただ形式的に弁護団の求釈明に「答えません」、「先ほど話した通りです」を繰り返し、この場を乗り切ろうとする姿勢がありありとうかがえた。しかも有賀の物言いは極めて高圧的だ「静かにしなさい」、「被疑者は黙りなさい」と命令口調に終始する。「お前は何様だ!」と怒った弁護士もいた。

不当拘束をされ、まともに「勾留理由」を開示しようともしない有賀に、被逮捕者が怒るのは当然だろう。何度も被逮捕者は有賀を糾弾する言葉を投げつける。

検察からは3名が出て来ていた。「全員名前を名乗れ」との弁護団の要請を、有賀は「発言した検察官に限り名前を名乗るように」と、裁判所=検察癒着体質を露わにする。そもそも「勾留理由開示公判」で検察が出廷していようとも発言することは稀だから、名前を名乗るチャンスはほとんどありはしないのだ。唯一「吉田純一」という検察の中でも「公安事件専門」と言われる検察官が苗字だけ名乗ったが、弁護団の「姓名を名乗れ」の要求を有賀は「その必要あありません」と却下した。

吉田のフルネームが判明したのは、傍聴席にかつて吉田に取り調べを受けた経験のある人がいたからだ。

弁護団は「求釈明を項目ごとに読み上げるので、その都度、理由の説明をして欲しい。そうでないと被疑者の人も傍聴席の人も訳が分からなくなる」と有賀に要求するも、有賀は「全て読み上げた後に回答します」と答えるのみだ。どうせ、「先ほど述べた通りです」、「これ以上は答えません」以外にこの裁判官という名の「国家権力の犬」(弁護団の表現)は語るつもりはないのだ。

私が知る限り、有賀の語彙は「前に述べた通りです」、「これ以上は答えません」、「被疑者は静かにしなさい」、「退廷を命じます」だけだ。

これだけの語彙で「裁判官」という職業は務まるらしいのだから、司法試験なんか不要なんじゃないか。有賀と同じ采配と発言なら私にだってできる。それほどこの男は許しがたく被逮捕者や傍聴人を冒涜する。本質的な意味において「悪人」である。

◆逮捕勾留は「弾圧のための見せしめ」だった!

11時06分、大した発言もないのにまたしても傍聴者に「退廷命令」が出される。

弁護団が緻密に用意した求釈明に有賀は一切まともに答えなかったのでその間のやり取りは割愛する。

が、ここで珍事が起きた。被逮捕者の両側に座り警備をしている警察官のズボンの中の携帯電話が鳴り出したのだ!

おいおい!法廷内には携帯電話持ち込み規制されて、傍聴者は全員入り口で預けさせられているんだぞ。お巡りさんよ。慌てふためく警察はどこのポケットに携帯電話が入っているのか探るがなかなか見つけられない。間抜けな呼び出し音が鳴り続ける。

おい!有賀!この警察官に何故「退廷命令」を出さなかったのだ!

百歩譲って、被逮捕者の警備が業務の警察官が携帯電話を持っていることまでは認めるにしても、法廷内で傍聴者の僅かな発言には「退廷」を命じるなら、少なくとも「携帯電話の電源を切るように」くらいの命令をすべきだろうが。

9月24日「りべるたん」ガサ入れの際に示された、被疑事実「被疑者は背中で機動隊を押した」には腰を抜かしそうに驚いたが、25日「勾留理由開示公判」に出廷した2名の被逮捕者の方々の嫌疑も、ほぼ同様に「背中で機動隊を押し暴行した」と有賀は冒頭勾留理由を読み上げた。

人権蹂躙と税金の無駄使い、そして不要な国家権力による暴力はたいがいにしろ!としか言いようがない。機動隊の虚偽の申告以外に証拠はないし、目撃証言もない。どう考えたって起訴できるわけがない! つまり、この逮捕勾留は「弾圧のための見せしめ冤罪逮捕」以外の何物でもない。

弁護団の意見陳述では3弁護士の怒りが爆発した。「話にならない。有賀!お前は裁判官であるまえに権力の犬だ!」との発言には私も思わず「よし!」と声を出しそうになったが、退廷を食らっては取材が続けられないのでぐっとこらえた。有賀の視線は相変わらず時計を追うばかりだ。

被逮捕者お二人の意見陳述は見事だった。お一人は裁判官ではなく傍聴席に向かって「今日ここに集結された全ての労働者・学生その他の皆さん!」から始まり、「犯罪者を切り捨てるような視点で平和や社会問題を語ってはならない、それは犯罪を犯さずにはいられないところまで社会から追い詰められた人を切り捨てることになる」ときわめて多くの示唆に富む内容だった。

もうお一方は着席のまま淡々と今日の社会情勢を読み解き、何故この逮捕事件が起きたのか、そしてその意味は何かを極めて高い格調でかたっておられた。

有賀の一本調子と全くの好対照が印象的だった。

閉廷の予感が近づくと傍聴席から多くの声が飛び出した。被逮捕者も裁判所職員に阻まれそうになりながらも、笑顔で傍聴席と握手やガッツポーズを交わす。

有賀はもたないだろう。今日釈放でほぼ間違いないだろうと私は確信した。

その時、「全員退廷」命令が出された。有賀得意技だ。私は検察官の態度が許せなかったので、少し彼らにアドバイス(?)を送った。そうすると若手二人の検察官は泣き出さんばかりにおののいている。何を怖がっているのだ。私如き善良な市民に。

◆私を足蹴りで転ばした東京地裁職員たちこそ暴力集団!

気が付いたら天井が見えていた。裁判所暴力職員に足蹴りで転ばされたのだ。「おい!暴力やないか!」と反撃すると3人がかりで手足を掴んで立ち上がらせようとするが、その際明らかに1名が私の脇腹を(強くはないが)殴ってきた。さすがに私もキレてしまった。それ以降の発言は私の人格に対する誤解を招くので割愛するが、25日の有賀及び東京地裁暴力職員の横暴を私は決して忘れない。

そして、その様子は法廷外でも多くの人びとが直接、間接に見聞きして知っている。この写真は傍聴できなかった人から提供頂いたものだが、閉廷後も抗議の声は暫く止まなかった。

13時から記者クラブで学生を中心に記者会見が行われた。20近いメディアが取材を行った。

14時30分頃、被逮捕者釈放の報が支援者に届き、歓声があがる。その後拘留されていた残り5名全員の釈放決定の連絡が入った。

釈放は当然と言えば当然すぎる。だが愚かにして罪深い警察、検察、裁判所よ。そしてその最終責任者である安倍よ。お前たちの妄動はこのように自立した個と、豊かな個性、人格とその連帯によってことごとく粉砕されていくことを心しておけ。

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▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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[総力特集]安倍晋三の核心!
体調悪化、原発回帰、カルト宗教、対米追従、芸能人脈、癒着企業の深層と真相

《我が暴走07》「プリズンブレイクしたい気分」マツダ工場暴走犯独占手記[後]

2008年6月、広島市南区のマツダ本社工場に自動車を突入させて場内を暴走し、1人を殺害、11人に重軽傷を負わせた引寺利明(48)。「マツダの工場で期間工として働いていた頃、他の社員らにロッカーを荒らされたり、自宅のアパートに侵入される集団ストーカーに遭い、恨んでいた」と特異な犯行動機を語ったが、裁判では妄想性障害ゆえの妄想だと退けられ、完全責任能力を認められて無期懲役刑が確定。現在は岡山刑務所で服役中だ。

この引寺が〈ここにマツダ事件から丸5年経った今のワシの気持ちを書きますので読んで下さい。〉と送ってきた手記を前回に続いて、紹介する。今回紹介する手記の後半部分では、犯罪者たちの服役生活の実情が前回紹介した前半部分以上に詳しく綴られている(手記の引用は基本的に原文ママだが、「行替え」「見出し」を加えた)。

引寺から2通の封書で届いた便せん13枚の手紙

================以下、手記================

◆逮捕時に90キロ近くあったメタボ体型が58キロになってしまった

今現在のワシのメンタルについてはここに書いた通りだが、身体については、この5年間で劇的に変わってしまった。逮捕時には90キロ近くあったメタボ体型が、広拘で70キロ台になり、ここに来てからもガンガンやせていき、ついには60キロを切って58キロになってしまった。(驚)まさしく文字通りのガリガリ君である。

シャバにいた頃には酒は全く飲まなかったが、毎日タバコ2箱ペースで吸いまくり、あま~~い缶コーヒーもガンガン飲んでいたので、20代後半頃から逮捕されるまでの間、数々の会社で働いていた時に受けた健康診断の血液検査では、毎回、肝臓と糖尿の数値がレッドゾーンだった。逮捕されて拘留生活となり、ポリ署ではタバコが吸えたものの、広拘に移管されてからは完全に禁煙となってしまった。(悲)2年ほど経った頃に、医務で血液検査をした所、なな、なんと!!あれほど何年間もレッドゾーンが続いていた肝臓と糖尿の数値が完全に正常値になっており、医師から「血液の数値は全て正常です。すこぶる健康ですよ」と言われてしまった。

ホンマ、人生とは因果なもんよのー。塀の中で強制的に規則正しい生活をする破目になり、その結果、健康になってしまった。

◆ここでは、いやし系よりいやらし系の映像がウケます

シャバとは違う塀の中での制限がキツイ禁欲生活ではあるが、1年2年と経つうちに慣れてしまった。人間とゆうものは、どんな環境においてもそれなりに順応するもんなんじゃのーと思う。住めば都とはこの事か。刑務所では筋トレをする受刑者がけっこー多いのだが、ワシは筋トレはたいぎいので全くしていない。

ここまでやせられたのは単純に飯のせいである。拘置所も刑務所も飯の量とカロリーが少なすぎる。もうちーたー喰わしてくれーー!!ギブミーカロリー!!って感じである。(笑)塀の中の飯は、文字通り生かさず殺さずである。ここで暮らしているとホリエモンが30キロ痩せたのも十分理解出来る。

雑居房でテレビを見ている時に、うまそうなステーキやスイーツが画面に写ると、みんな口々に「かあーー、うまそうなのーー」「喰いてーのー」「あーあ、もう一生喰う事は出来んのんかのーー」などと言っている。ここでは、いくら金を持っていても好きな食い物は買えない。出された物しか食べられない所がヒジョ~~~~にツライ!!

ちなみに、ナイスバディのイケてるオネーチャンが画面に写った時も「かあーー、えーのー」「たまらんのーー」「パフパフしたいのーー」などどワーワーゆーとります。(笑)ここでは、いやし系よりいやらし系の映像がウケます。

◆サーキットでレースを観る事が出来ないのがヒジョ~~~~に残念

事件当時の報道にあったように、ワシは無類の車好きです。もうこれから先、自分で車を運転することはないと思うが、やっぱ車が好きじゃのー。ワシが車好きという事と、事件に車を使った事については、ワシにとっては全く別の話じゃ。それはそれ、これはこれじゃ。

受刑者の中にはけっこー車好きな人が多く、工場での休憩時間や運動時間には、アーダコーダと車ネタで盛り上がる事がある。ワシはスーパーカー、チューニングガー、レーシングカーが好きなので、手元にあるゲンロク、オプション、オートスポーツなどの雑誌を、日々ヒマな時に眺めている。ワシはガキの頃からRX-7が大好きで、若い時には、SA22CやFC3Sを所有していた時期があったのだが、残念ながらFD3Sは所有する事が出来なかった。それがちょっと心残りじゃのー。

シャバにいた頃には、毎年数回ほど岡山国際サーキットやミネサーキット(現在はマツダのテストコースになっている)へ出向いて、スーパーGTやフォーミュラーニッポンのレースを観ていた。特に好きだったのがスーパーGTを走っていたRE雨宮のRX-7で、あのペリチューン独特のつんざくような高周波のエキゾーストノートにシビれていた。サーキット特有の非日常な世界の光景が大好きだった。もうこれから先、サーキットでレースを観る事が出来ないのがヒジョ~~~~に残念に思う。

ワシはスポーツカーやチューニングカーが好きなので、早いこと新型RX-7が見たいのだが、なかなか出てこんよのー。えーかげん待ちくたびれとるでえー。いつになったら出るんかのー。どの雑誌を見ても、新型ロードスターに関する記事はあっても新型RX-7の記事は全くない。マツダのエンジニアの皆さんには期待しとるけーのー。世界中のRX-7ファンがあっと驚くようなインパクトのあるカッコイイRX-7をデビューさせてくれ。塀の中にも熱狂的なRX-7ファンがいる事をお忘れなく!!

◆柩に入って静かに出所する事になるんじゃろーのー

ワシがここに来て一年半が過ぎた。刑務所にキッチリ管理された制限がきつくて刺激のない単調で退屈な日常生活が日々続いている事に、もう飽きてしまった。ホンマ、何だかなーって感じである。

以前見た新聞記事で、全国の刑務所を調査し、無期懲役の受刑者が入所する人数と仮釈で出所する人数の統計があったのだが、無期懲役の判決を受けて入所する受刑者の数は、毎年かるーく何十人かはいるのに、仮釈をもらって出所する受刑者の数は、年に数人ぐらいだった。このバランスの悪さは何なんや。まあー、わかりやすく説明すると、無期懲役で服役している受刑者の大半はシャバに出ておらず、世間に知られる事もなくひっそりと獄中死しとるゆーこっちゃ。

世間に知らされるのは死刑囚の執行だけじゃ。ワシの場合、事件の規模からして、これから先、いかにワシが10年20年30年と真面目に服役したとしても、仮釈なんぞ絶対にありえないだろうと思っている。おそらく大半の受刑者と同じように柩に入って静かに出所する事になるんじゃろーのー。

あーあ、な~~んかワシもプリズンブレイクしたい気分じゃのー。(笑)

================以上、手記================

筆者は過去様々な殺人犯に会ってきたが、誰もが引寺のように獄中で無反省の日々を送っているわけではない。しかし一方で、引寺のように刑罰すらも無力だと思わせるような殺人犯もたしかに存在するのである。

引寺が暴走したマツダ本社工場

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

《我が暴走》マツダ工場暴走犯の独占手記!
◎《06》「謝罪感情は芽生えてない」発生5年マツダ工場暴走犯独占手記[前]
◎《05》元同僚が実名顔出しで語る「マツダ工場暴走犯の素顔」
◎《04》「死刑のほうがよかったかのう」マツダ工場暴走犯面会記[下]
◎《03》「集ストはワシの妄想じゃなかった」マツダ工場暴走犯面会記[中]
◎《02》「刑務所は更生の場ではなく交流の場」引寺利明面会記[上]
◎《01》手紙公開! 無期確定1年、マツダ工場暴走犯は今も無反省

するな戦争!止めろ再稼働!『NO NUKES voice vol.5』創刊1周年記念特別号が8月25日発売開始!
反骨の砦に集え!『紙の爆弾』9月号絶賛発売中!

 

《我が暴走06》「謝罪感情は芽生えてない」発生5年マツダ工場暴走犯独占手記[前]

〈片岡さん、お元気ですか? ワシはボチボチ元気にやっております。ってゆーか、ホンマ、マジで、ここでの生活に飽きが飽きが飽きが飽きが飽きが飽きが飽きがきております。(笑)〉(筆者注:7つの飽きの右横には・・)

先日、男から久しぶりに届いた手紙は相変わらずハイテンションだった。名は引寺利明(48)。当欄で繰り返し近況をレポートしてきた暴走殺傷犯である。

引寺は2008年6月22日の朝、広島市南区のマツダ本社工場に自動車を突入させて場内を暴走し、1人を殺害、11日に重軽傷を負わせた。事件後ほどなく自首したが、その口から明かされた犯行動機は特異なものだった。

「マツダの工場で期間工として働いていた頃、他の社員らにロッカーを荒らされたり、自宅のアパートに侵入される集団ストーカーに遭い、恨んでいた」

そして引寺は裁判でも被害者や遺族に謝罪せずじまい。逆に公判廷で「ワシがマツダに黒歴史を刻んでやったでぇ!」と叫ぶなど、被害者、遺族の心情を逆撫でする言動を繰り返した。結果、集団ストーカー云々の話は妄想性障害ゆえの妄想だと認定されたが、完全責任能力を認められ、無期懲役が確定。現在は岡山刑務所で服役している。

当欄では、そんな引寺が無期懲役囚となった今も無反省の日々を過ごしていることはすでに紹介した。今回の手紙は便せん13枚に及び、2通の封書で届いたが、簡単な近況報告ののちに次のように綴られていた。

〈ここにマツダ事件から丸5年経った今のワシの気持ちを書きますので読んで下さい。〉

このあと、引寺は便せん約9枚に渡り、「今のワシの気持ち」を書き綴っているのだが、結論から言うと、引寺は今も徹底的に「無反省」だ。この手記を読めば、気分を悪くする人もいるだろう。

とはいえ、この手記が重大殺人犯の実像を知るための貴重な情報であることは間違いない。また、犯罪者の矯正の実情を窺い知れる記述も散見される。そこで、この手記を前後編2回に分け、紹介する(手記の引用は基本的に原文ママだが、「行替え」「見出し」を加えた)。

引寺から2通の封書で届いた便せん13枚の手紙

================以下、手記================

◆5年という時間の流れを遺族や被害者はどう感じとるんかのー

6月の22日でマツダ事件から丸5年が経ちました。この5年間とゆうのは、ワシにとっては長く感じました。

振り返れば逮捕後に南署での取り調べで一ヶ月ちょいかかり、精神鑑定で九州の精神病院に3ヶ月、広島の南署に戻ってから一ヶ月弱過ごし、その時に起訴された。広拘に移管されてから約3年ほど過ごした時には、弁護士に金を渡して買ってもらったロト6のくじで3等が当選してバブルとなり、その金でお菓子、パン、カップラーメンや雑誌などを買い漁り、独居房の中が小さなコンビニのようになったり、一審や二審の裁判の時には法廷で言いたい放題ブチまけたり、何人もの記者と毎日のように面会したりなど様々な出来事があり、今でも時々思い出す事がある。

ハッキリ言って今の時点においても、ワシには謝罪感情は芽生えておりません。ただ、事件から5年という時間の流れを、遺族や被害者の方々はどう感じとるんかのーと思う事はあります。

◆刑務所で精神障害の治療なんぞありゃーせん

広島地裁で行われた一審の判決日に、ワシに向かって無期懲役を言い渡した裁判長が「刑務所で精神障害を治療して治ったら、自分が犯した罪に向き合って考えて下さい」などと言っておったが、いざ刑務所に来てみると、精神障害と断定されたワシに対する治療なんぞありゃーせん。体調不良になった時に医務が薬をくれるだけで、専門医によるカウンセリングや投薬などの治療なんぞ全くない。あの裁判長は刑務所の現状なんぞ全く知らんのじゃろーのー。今でも裁判で精神障害と断定された事に対する怒りがある。

ショボイ捜査をしやがった警察、ワシをキチガイ扱いした検察や裁判所にはホンマ頭にくるぞ。その怒りのせいで謝罪感情がどっかへ飛んでいってしもーとる。結局の所、何年何十年と刑事や検事や裁判官をやっとっても、真実を見極める目なんか全く持っておらんゆーこっちゃ。事件の真相が一審の前に明らかになっていれば、ワシには精神障害なんぞ全く無い事になり、正当な裁判が行われたはずじゃ。

裁判所に関しては、裁判官には怒りがあるが裁判員に対してはそうでもない。裁判員は所詮素人じゃし、どうせ裁判官の連中にうまくのせられとるだけじゃろーけーのー、アーダコーダと言うつもりはない。

◆裁判員だったオッチャンが語った記事に笑ってしもうた

一審が終わった頃の中国新聞に、裁判員の一人だった年配のオッチャンが語った記事があり、裁判員を務めた感想についてアレコレと語った後に「また機会があれば裁判員をやりたい」と言っているのを見て笑ってしもうたで。ワシはそのオッチャンに対して、裁判員ゆーのは一人の人間が何回もやるもんじゃないんでえー、と突っ込んでやりたかった(笑)おそらくそのオッチャンは、法廷での裁判員とゆう非日常に味をしめたんじゃろーのー。ホンマ、困ったもんよ。

ワシが逮捕された後も、世間では様々な殺人事件が起こり、裁判の判決をテレビのニュースや新聞で見ていたが、1人殺害で死刑になる被告もいれば、2人殺害で無期になる被告もいる。いかに市民感覚を取り入れた裁判員裁判とはいえ、この判決のバラツキはいかがなものかと思う。マツダ事件の裁判も、真相が明らかになった上で正当な内容の一審が行われていれば、例え判決が死刑になったとしても、ワシは満足したじゃろーのー。

================以上、手記================

引寺は筆者の取材に対し、裁判で真相が明らかにならなかったことが不満であると以前からずっと主張し続けてきた。真相とは、自分がマツダで期間工として働いていた頃、集団ストーカー被害に遭ったことや、その犯人が誰だったのか、ということだ。しかし裁判では、引寺が訴える集団ストーカー被害は妄想性障害ゆえの妄想と認定され、引寺としては真相が明らかになったとは到底思えないことが反省の思いを持つことを妨げているわけだ。

それにしても、引寺が裁判で精神に障害があると認定されたうえ、裁判長から「刑務所で精神障害を治療して治ったら、自分が犯した罪に向き合って考えて下さい」と言われながら、刑務所で何の治療もされていないというのは、本当ならば日本の犯罪者矯正システムに疑念を抱かせる話である。(後編につづく)

引寺が服役している岡山刑務所

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

《我が暴走》
◎《05》元同僚が実名顔出しで語る「マツダ工場暴走犯の素顔」
◎《04》「死刑のほうがよかったかのう」マツダ工場暴走犯面会記[下]
◎《03》「集ストはワシの妄想じゃなかった」マツダ工場暴走犯面会記[中]
◎《02》「刑務所は更生の場ではなく交流の場」引寺利明面会記[上]
◎《01》手紙公開! 無期確定1年、マツダ工場暴走犯は今も無反省

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和歌山カレー事件発生17年、直接取材に逃げ回った「疑惑の主任検事」

当時の捜査関係者たちはいま、再審請求審の行方が気になって仕方ないだろう。もうすぐ発生から17年になる、和歌山カレー事件のことである。

札幌地検のホームページで検事正としてあいさつする小寺氏

1998年7月25日、和歌山市園部の夏祭りで何者かがカレーに猛毒のヒ素を混入し、60人以上が死傷した。捜査の結果、現場近くに住む主婦の林眞須美(当時37)が殺人などの容疑で検挙され、2009年に死刑確定したが、一貫して無実を訴える眞須美には冤罪の疑いが根強く指摘されてきた。そして今年、和歌山地裁の再審請求審で弁護側が「眞須美の周辺で見つかったヒ素」と「現場で見つかったヒ素」が異なるという京都大学・河合潤教授の意見書を提出。これに対し、地裁がどんな判断を下すかが注目されている。

そんな状況の中、今年の7月25日をいつも以上に特別な思いで迎えるに違いない捜査関係者がいる。小寺哲夫という。この事件の主任検事として捜査、公判を担当した人物だ。現在は札幌地検の検事正に出世しているが、今年3月で62歳になった。検察官の定年は63歳(検事総長のみ65歳)だから、小寺が現職の検察官として7月25日を迎えるのは今年が最後になる見通しだ。

そこで、筆者は今年の3月から小寺に対し、繰り返し手紙や電話で取材を申し入れた。検察を去る前に、和歌山カレー事件の捜査、公判で警察、検察が行った不正を洗いざらい打ち明けてもらうためである。

◆疑われているのは冤罪だけではない

というのも、この事件はかねてより冤罪の疑いのみならず、捜査、公判を通じて警察、検察が数々の不正を行った疑いも指摘されてきた。

たとえば、眞須美宅の台所で見つかったとされる「ヒ素の付着したプラスチック容器」はこの事件の最重要物証だが、捜査員によるねつ造説が根強い。事件発生から2カ月以上経ち、眞須美が逮捕されてから行われた家宅捜索で発見されたうえ、表面にヒ素を意味する「白アリ薬剤」という言葉が大きく書かれているという不自然なシロモノだからである。

また、眞須美は事件以前から夫の健治や知人の男らにヒ素や睡眠薬を飲ませ、保険金詐欺を繰り返していたとされ、この「事実」が裁判ではカレー事件の有罪の状況証拠とされている。しかし、これも実際には、保険金をだまし取るために詐病で入院を繰り返していた健治や知人の男らを警察、検察が「被害者」にでっち上げた疑いが指摘されている。そもそも健治は公判で「ヒ素は自分で飲んでいた」と告白しているし、知人の男らは捜査段階に警察官宿舎で数カ月に渡って捜査員らと寝食を共にしていたことなど不審な点が多いためである。

和歌山カレー事件の捜査、公判でこのような不正が行われた疑惑の真相について、捜査、公判共に担当した検事である小寺が何も知らないことはありえない。だからこそ筆者は小寺に取材を申し入れたのだ。

◆繰り返された場当たり的な回答

取材依頼の手紙は5回に渡り返送されてきた

結論から言うと、小寺は筆者の取材依頼に対し、逃げ回るような対応に終始した。筆者は3月から6月にかけて5回に渡り、小寺に手紙で取材を申し入れたのだが、そのたびに同封しておいた切手やテレフォンカードと一緒に手紙がそのまま送り返されてきた。筆者もそのたびに札幌地検に電話し、小寺に取り次ぐよう求めたが、小寺は広報担当者に対応を任せ、自分は一度も電話に出ないという姑息な態度を繰り返したのだ。

もっとも、こうしたやり取りの中で興味深かったことがある。小寺は筆者の手紙を返送してくるたび、広報担当者に指示し、取材を断るコメントをワープロ打ちした紙切れを同封してきたのだが、そのコメントがいつも場当たり的なごまかしの内容だったのだ。

まず、最初の2回の取材依頼の手紙に対し、小寺が返送する際に同封してきた紙切れのコメントは次のようなものだった。

〈具体的な事件の捜査、証拠関係についての取材には応じられません。〉

まさに木で鼻をくくったような回答だ。ただ、札幌地検の広報担当者に電話で確認したところ、筆者の取材依頼の手紙は地検に到着後、小寺本人に渡る前に他の職員が開封していたという。それでは小寺も部下の手前、このような取り繕ったコメントしかできないだろう。

そこで、小寺に対する3回目の取材依頼の手紙は、札幌地検の職員を使わずに自分自身で対応するようにしたため、封筒に「親展」と朱書きして送付したところ、返送されてきた手紙に同封された紙切れのコメントは次のようなものだった。

〈事件の取材は、検察庁の広報を通じて対応致します。
検察官には守秘義務があり、検察官が個別の事件について、個人として取材を受けることはありません。〉

小寺は個人として取材を受けないことを正当化すべく、このような弁明をしてきたのだ。しかし筆者は手紙で小寺に対し、取材を依頼する趣旨は和歌山カレー事件の捜査、公判で警察、検察が不正を行った疑惑に関する事実確認だと伝えてある。検察官が個人的に捜査、公判で行った不正を取材者に明かしても、それは通常、「正当な内部告発」や「犯行の自白」と認められ、守秘義務違反に問われることはない。小寺の弁明は明らかに失当だ。

4回目の手紙でそのことを伝えつつ、改めて取材を申し入れると、今度は返送されてきた手紙に次のようなコメントが書かれた紙切れが同封されていた。

〈捜査・公判において不正を行った事実はありません。
検察官には守秘義務があり、検察官が個別の事件について、個人として取材を受けることはありません。〉

要するに、小寺も捜査、公判での不正に関する取材依頼については、「守秘義務違反になるから個人で取材には応じられない」という弁明が通用しないことは理解したらしい。そこで今度は「不正を行った事実はない」と言い張って取材を受けずに済まそうとしたわけだ。

そこで筆者は小寺に対し、今度は取材で掴んだ事実をあててみた。それは、和歌山カレー事件の捜査、公判において、警察、検察が不正を行っていたことを裏づける次のような2点の事実である。

1、眞須美や健治と一緒に保険金詐欺をしていた人物の1人が検察官たちからその弱みにつけこまれ、眞須美に殺されかけた被害を訴えるように強要されていたことがこの人物の兄の証言により判明していること

2、眞須美が知人の男たちに睡眠薬を飲ませた現場とされる岸和田競輪場、近畿大学付属病院内の喫茶店、和歌山市内の喫茶店などにおいて、警察、検察が現場検証や目撃者探しなどの捜査をまったく行っていないことが現場関係者の証言などで判明していること

◆不正を認めたに等しい対応

5回目の手紙では、これらの事実を示したうえ、捜査、公判を担当した検事である小寺もこれらの事実を知らないはずはなく、小寺は本来なら証拠隠滅罪や犯人蔵匿罪などで処罰されるべきであることを指摘。そのうえで「反論したいことがあれば、反論するように」と求めた。すると、今度は返送されてきた手紙に次のようなコメントをしたためた紙切れが同封されていた。

〈検察官が個別の事件について、個人として取材を受けることはありません。〉

要するに決定的な事実を示され、小寺は不正を行っていないなどと言い張ることができなくなってしまったのだ。つまり小寺は事実上、和歌山カレー事件の捜査、公判において警察、検察が不正をはたらいていたことを認めたのである。

筆者はこの事件を長く取材し、林眞須美は冤罪だと確信しているが、今後、眞須美が冤罪であることが明らかにされる過程では警察、検察がはたらいた数々の不正も一緒に明らかにされなければならないと考えている。小寺ら捜査関係者に対する追及は今後も続けていく。

場当たり的なごまかしのコメントを繰り返した小寺氏

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

◎3月に引退した和歌山カレー被害者支援の元刑事、「美談」の裏の疑惑
◎「絶歌」で市民に「配慮」求めた明石市、不明瞭なアウト・セーフの線引き
◎発生から15年、語られてこなかった関東連合「トーヨーボール事件」凄惨な全容
◎国松警察庁長官狙撃事件発生20年、今年こそ「真犯人」の悲願は叶うか

「出所者が語る全面リニューアルの大阪拘置所」など話題満載『紙の爆弾』8月号絶賛発売中!

 

「絶歌」で市民に「配慮」求めた明石市、不明瞭なアウト・セーフの線引き

神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aの著書「絶歌」(太田出版)が発売されてから1カ月が過ぎた。この間、本は25万部を発行するベストセラーとなったが、被害者遺族が強く反発し、出版中止や回収を求めたのをはじめ、各方面から著者や出版社への批判が相次いだ。

市民に向け、市長が「絶歌」に関する「配慮」を呼びかけた明石市のホームページ

中でも同書に対し、とりわけ厳しい対応をしたのが、被害者の土師淳くんの墓がある明石市だ。泉房穂市長は出版について、「遺族を傷つける許されない行為」と批判し、市立図書館で同書を購入しないことを明言。さらに「売らないでほしいし、買わないでほしい」とコメントしたうえ、二次被害の防止を定めた犯罪被害者支援条例に基づき、市民や書店に「配慮」を要請する徹底ぶりだった。

そんな明石市や泉市長の対応には、好意的に評価する声が多い。しかし冷静に考えれば、違法性が認められたわけでもない特定の出版物について、権力者がここまで踏み込んだ対応をするのは異常である。表現の自由が無制限に認められないのは当然だが、今回の明石市や泉市長の対応は表現の自由の観点から問題はなかったろうか。

筆者はそのことを検証すべく、「絶歌」以前に犯罪被害者らの人権が問題になった出版物について、明石市にある公立図書館での取り扱い状況を調べてみた。すると、以下のような本が所蔵され、閲覧、貸し出し共に可能な状態にされていることがわかった。

* * * *

 

東電OL殺人事件(著・佐野眞一、新潮社から2000年5月発売)

(1)東電OL殺人事件(著・佐野眞一、新潮社から2000年5月発売)
仕事帰りに売春をしていた被害女性のプライバシーに関する報道合戦が加熱し、遺族がマスコミ各社に抗議した事件が題材のノンフィクション。被害女性の実名を表記し、そのプライバシーを改めて赤裸々に綴っている。

 

文藝春秋 2015年 5 月号(文藝春秋から2015年4月発売)

(2)文藝春秋2015年5月号(文藝春秋から2015年4月発売)
神戸連続児童殺傷事件の少年審判の決定全文を掲載。猟奇的な犯行状況が詳しく綴られており、遺族が「絶歌」の時と同じように二次被害を訴え、強く反発した。

 

僕はパパを殺すことに決めた(著・草薙厚子、講談社から2007年5月発売)

(3)僕はパパを殺すことに決めた(著・草薙厚子、講談社から2007年5月発売)
2006年に奈良で16歳の少年が自宅に放火、継母と弟、妹を焼死させた事件に関するノンフィクション。少年の供述調書が大量に引用されており、調書や鑑定書を著者に見せた精神鑑定医が秘密漏示罪で検挙される事態に。遺族も著者や鑑定医を強く批判した。

 

神戸酒鬼薔薇事件にこだわる理由―「A少年」は犯人か(著・後藤昌次郎、現代人文社から2005年2月発売)

(4)神戸酒鬼薔薇事件にこだわる理由―「A少年」は犯人か(著・後藤昌次郎、現代人文社から2005年2月発売)
松川事件や八海事件などの歴史的な冤罪事件の弁護を手がけた著名弁護士である著者が、神戸連続児童殺傷事件の犯人として検挙された少年Aの冤罪を訴えている。

 

捜査一課長(著・清水一行、集英社から1978年2月発売)

(5)捜査一課長(著・清水一行、集英社から1978年2月発売)
1974年に西宮市の知的障害児施設で園児2人が水死した通称「甲山事件」を題材にした小説。殺人罪に問われながら無罪判決を勝ち取った女性について、犯人扱いした内容になっており、女性に起こされた名誉毀損訴訟で著者側が敗訴した。

* * * *

以上の5冊のうち、(1)~(4)の4冊は「絶歌」同様、犯罪被害者や遺族が報道による二次被害を訴えているか、そうでなくとも読めば確実に気分を害する本だ。しかし、いずれも明石市の市立図書館で閲覧、貸し出し共に認められている。一方、(5)は神戸連続児童殺傷事件と同じ兵庫県で起きた事件が題材の本で、冤罪被害者の女性に対する名誉毀損が認定されている。「冤罪」は法的に犯罪ではないが、権力による犯罪とみる意見は少なくない。この本は明石市の市立図書館では所蔵されていないが、市内にある兵庫県立図書館で閲覧、貸し出し共に可能な状態だ。

ここで一応、誤解なきようにことわっておくが、筆者はこれらの本が公立図書館で所蔵され、閲覧、貸し出し共に可能な状態であることが許されないことだとは思っていない。しかし、「絶歌」にあれほど敏感に反応した明石市や泉市長がこれらの本について、何も対処せずに放置していることには違和感を覚えた。ありていに言えば、「絶歌」に対しては世間の雰囲気に流され、短絡的に規制するような対応をしたのではないかという疑念を抱かざるをえなかった。

そこで筆者は、明石市に対し、(1)~(5)の5冊についても今後、「絶歌」と同じように図書館から排除したり、貸し出しや閲覧を制限したり、市民に「配慮」を呼びかけるなど何らかの対応をする予定があるのか否かを質した。すると、市民相談室の担当者は「ありません」とのことだった。理由を質したところ、次のように答えた。

「『絶歌』については、ご遺族から市に対し、何とかできないかという申し入れがあったため、犯罪被害者支援条例に基づく対応をしました。(1)~(5)の本については、現時点で市に対して何も申し入れがありませんので、何か対応をする予定もありません」

「絶歌」に対する明石市や泉市長の一連の対応が、被害者遺族の申し入れを受けてのものだったという話は初耳だった。担当者によると、同市の犯罪被害者支援条例は第16条の規定に基づき、犯罪被害者らから申し入れがあった場合に限り、適用するか否かが検討されているという。要するに「個別具体的に判断している」ということであろうが、厳しい見方をすれば、アウト・セーフの線引きが曖昧な印象を受ける。これでは、たとえば痴漢の容疑で検挙された男性が無実を訴えるために出版した告発本が自称「被害者」の女性の要望により図書館から排除されるような事態もありえそうだ。

明石市でこの条例が適切に運用されているか否は注視されるべきだと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

◎「絶歌」騒動で見過ごされている問題
◎発生から15年、語られてこなかった関東連合「トーヨーボール事件」凄惨な全容
◎献花が絶えない川崎中1殺害事件と対照的すぎる西新宿未解決殺人事件の現場
◎国松警察庁長官狙撃事件発生20年、今年こそ「真犯人」の悲願は叶うか

自粛しないスキャンダルマガジン『紙の爆弾』話題の8月号絶賛発売中!

 

2005年7・12鹿砦社弾圧事件――関与した人たちのその後

7・12鹿砦社弾圧10周年復活の集い

朝日新聞広告掲載拒否に関連して、この事件に関与した人たちのその後を想起してみました。

まずは神戸地検にリークしてもらって“官製スクープ”で紙面を大きく飾った平賀拓哉記者。当時彼は27歳、その後、2010年、大阪地検特捜部による厚労省郵便不正事件の取材チームに入り、証拠改竄で当時の大坪弘道大阪地検特捜部長を逮捕・失職に追い込み、これは新聞協会賞を受けています。

この大坪検事が神戸地検特別刑事部長に就任して最初の事件が鹿砦社弾圧事件ですが、この時、平賀記者は神戸地検からリークしてもらい“官製スクープ”をものにするわけです。こういうことを、三井環氏によれば「風を吹かせる」というそうですが、平賀記者にリークしたのが、大坪検事か、それとも主任検事の宮本健志検事か判りませんが、いずれにしろリークしてもらった神戸地検特別刑事部のトップが大坪検事でした。

その5年後、平賀記者は大坪検事を追い落とす朝日の取材チームの一員となります。因果なものです。

大坪検事は鹿砦社弾圧の後、大阪地検特捜部長に昇り詰めますが、上記したように、厚労省郵便不正事件証拠改竄に連座し、東京地検と並び検察の雄、大阪地検特捜部長が逮捕・失職に追い込まれるという前代未聞の事件に巻き込まれます。

鹿砦社弾圧事件を指揮したのは大坪検事ですが、その直下の主任検事が宮本健志検事で鹿砦社の地元の甲子園出身です。

宮本検事は2005年7月12日当日、神戸地検に連行された私に直接手錠を掛け、取調を行った検事です。

その後、宮本検事は徳島地検次席検事に栄転し、その際、深夜に泥酔し一般市民の車を傷つけ平検事に降格、戒告処分を受けています。車の持ち主が示談に応じなかったならば懲戒免職ものです。なんとか検事の身分は守ったものの、その後、当時大坪検事が居た京都地検に平検事として赴任しています。

さらに、私をブタ箱送りにした大手パチスロ会社「アルゼ」(現ユニバーサルエンターテインメント)はフィリピンカジノ建設について汚職が報じられて、FBIなどの捜査がいまだに続いているといいますし国税も入っているそうです。これをスクープしたのが、これまた朝日、そしてロイターでした。「ユニバーサル」は朝日、ロイターを訴え、私たちの時とは桁違いの熾烈な裁判闘争が続いています。さらに巨額の株主請求訴訟も起こされています。早晩、なんらかの“結論”が出るものと思います。

平賀記者はともかく、私をハメた人たちには不幸が続きました。「マツオカの呪いか、鹿砦社の祟りか」と揶揄される所以です(苦笑)。「因果応報」――古人もよく言ったもので、人をハメた者は、いつかはみずからもハメられるということです。

先の私の逮捕記事と併せ、画像でアップした3つの新聞記事をご一覧ください。

(鹿砦社 松岡利康)

① 朝日新聞2010年10月2日付け 大坪検事逮捕記事
② 徳島新聞2008年3月26日付け 宮本検事泥酔事件記事

③ 朝日新聞2012年12月30日付け ユニバーサル比カジノ汚職記事

◎7・12「名誉毀損」に名を借りた言論弾圧から10年──鹿砦社は復活した!朝日新聞、当社広告を拒否!

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