毎日新聞・網干大津勝原店(姫路市)の元店主から、筆者が入手した預金通帳や「取扱票」を調べたところ、元店主から毎日新聞社の担当員の個人口座に繰り返し金銭が振り込まれていることが判明した。金銭どのような性質のものなのかは現時点では不明だが、この販売店は昨年の12月に、「押し紙」が原因で廃業に追い込まれており、金額の中に「押し紙」により発生した金額が含まれていた可能性もある。

元店主は、次のように話している。

「山田幸雄(仮名)担当から個人口座への金銭の振り込みを命じられました。『押し紙』代金の支払いに窮しており、指定された個人口座に新聞代金を振り込めば、特別な取り計らいをすると言われました」

筆者は、毎日新聞・東京本社の山田担当に電話で事実関係を確認した。まず、本人が毎日新聞社販売局に所属している山田幸雄氏であることを確認した。次に山田氏が大阪本社に在籍した時代に、網干大津勝原店を担当した時期があることを確認した。さらに元店主と面識があることを確認した。

しかし、山田氏は元店主による告発内容については、「記憶にない」と話している。

「毎日新聞」の「押し紙」(ビニール包装分)、折込チラシ(新聞包装分)。いずれも秘密裡に廃棄されている

◆総額約420万円の内訳明細

元店主が山田担当の個人口座に送金した日付と金額は次の通りである。

※記録性を優先して預金通用が採用している元号で表示する。

平成30年4月10日:200,000
平成30年6月7日: 100,000
平成30年7月2日: 550,000
平成30年7月23日: 80,000
平成30年9月3日: 900,000
平成30年10月1日:900,000
平成30年11月1日:900,000

令和2年1月17日: 50,000
令和2年2月6日: 20,000
令和2年2月17日: 300,000
令和2年3月6日: 90,000
令和2年4月7日: 50,000
令和2年5月19日: 50,000

平成30年度(2018年)の合計は、363万円である。また令和2年度(2020年度)の合計は、56万円である。総計で419万円が山田担当の個人口座に振り込まれたことになる。

個人口座への振り込みを裏付ける資料の一部。取扱票

◆里井義昇弁護士が新聞代金・約3,900万円を請求

既に述べたように元店主は昨年12月に販売店の改廃に追い込まれた。その際に、毎日新聞社から、里井義昇弁護士(さやか法律事務所)を通じて、3,915万5,469円を請求された。請求の中身は、里井弁護士によると、「未払新聞販売代金」である。仮に元店主が山田担当の個人口座に振り込んだ金額に、「押し紙」で発生した卸代金が含まれていたとすれば、里井弁護士が行った約3,900万円の請求にも問題がある。

実際、元店主は同店には大量の「押し紙」があったと話している。「押し紙」を排除してほしかったから、担当員の個人口座に金銭を振り込んだのである。

「押し紙」の程度については、現在、発証数などを過去にさかのぼって調査しているので、詳細が判明した段階で公表する。

◆背景に新聞社の優越的な地位
 
新聞社の系統を問わず、販売店主が担当員の個人口座に金を振り込まされたという話は、しばしば耳にしてきた。昔は、「担当員になればすぐに家が建つ」と言われた。店主が担当員を接待するのは当たり前になっている。網干大津勝浦店の店主も新聞社の担当員らを姫路市の魚町で接待することがあったという。

今回、筆者が得た預金通称など内部資料により、金銭の流れについての裏付けが得られた。

新聞社の販売店に対する優越的地位の濫用はここまでエスカレートしているのである。

【毎日新聞・社長室のコメント】
 調査中であり、社内で適切に対応していきます。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号

昨年の11月に総務省が公開した2021年度の政治資金収支報告書によると、新聞業界は政界に対して、総額で598万円の政治献金を行った。献金元は、新聞販売店の同業組合である日本新聞販売協会(日販協)の政治連盟である。さすがに日本新聞協会が政治献金を支出するわけにはいかないので、パートナーの日販協が献金元になっているのである。

わたしが知る限り、献金が始まったのは1990年代の初頭である。当時は、元NHKの水野清議員や、元日経新聞の中川秀直議員らに献金していた。

2021年度の献金先は、延べ103人の政治家(政治団体)である。献金先が100件を超えたのは、同年の秋に衆院選が実施されたことが影響している。実際、献金先の政治家の大半は衆院選の候補者だった。

献金先の候補者が所属する政党の大半は自民党だった。公明党の候補と立憲民主党の候補も若干含まれていた。

次に示すのが献金の実態である。(掲載の都合上、2つの表に分割して表示した)

セミナー料金等

寄付金1

◆自民党安倍派へ64万円

献金の実態について、何点か特徴を指摘しておこう。
 
最も献金額が多いのは、清和政策研究会(現在は安倍派)に対するものである。64万円である。清和政策研究会は「保守本流」、「親米」、「タカ派」、「復古主義」などのキーワードで特徴づけられる自民党の派閥である。前会長は、改めて言うまでもなく、故安倍晋三首相だった。

高市早苗議員に対して、セミナ料―16万円と寄付5万円の総計21万円を献金している。また、中川雅治議員に22万円、柴山昌彦議員に25万円の献金を実施している。

日販協による献金の支出で最も特徴的なのは、小遣い程度の金額(5万円)を多人数の政治家にばら撒いていることである。このばら撒きスタイルは昔から一貫して変わらない。

◆政治献金と引き換えに「押し紙」政策の黙認

献金の目的は、わたしの推測になるが次の4点である。

 ①新聞に対する軽減税率の適用措置継続
 ②新聞に対する再販制度の継続
 ③NIE(教育の中に新聞を運動)の支援
 ④「押し紙」政策の放置

いずれも新聞社経営に直接かかわる問題である。消費税は、「押し紙」にも課せられるので軽減税率の適用措置の継続は、大量の「押し紙」を抱えている新聞業界にとっては不可欠である。

【参考記事】新聞に対する軽減税率によるメリット、読売が年間56億円、朝日が38億円の試算、公権力機関との癒着の温床に

また、再販制度は、新聞販売店を新聞社の下部組織としてコントロールする上で重要な制度である。再販制度が撤廃されて販売店相互が自由競争を展開すれば、販売網が崩壊するからだ。

NIEは、若年層に向けた新聞の有力なPR手段となっている。NIEが実を結び、現在の学習指導要綱(小・中・高校)には、授業での新聞の使用が明記されている。新聞を卓越した「名文」と位置づけて使用する。

さらに献金により、独禁法違反の「押し紙」の取り締まりを回避することで、新聞社が莫大な利益を得る構図がある。次の記事を参考にしてほしい。

【参考記事】「押し紙」を排除した場合、毎日新聞の販売収入は年間で259億円減、内部資料「朝刊 発証数の推移」を使った試算 

ここにあげた①から④の殺生権を政府などの公権力機関が握った場合、新聞ジャーナリズムに負の影響が生じることは言うまでもない。日本の新聞が政府広報の域をほとんど出ない最大の理由である。

新聞業界から政界への政治献金の提供は、両者の癒着関係を物語っている。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年1月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2022年冬号(NO NUKES voice改題 通巻34号)

企業には広報部とか、広報室と呼ばれる部門がある。筆者のようなルポライターが、記事を公表するにあたって、取材対象にした企業から事実関係や見解などを聞き出す時にコンタクトを取る窓口である。新聞社の場合は、ある程度の記者経験を積んだ者が広報の任務に就いているようだ。

 

毎日新聞大阪本社(出典:ウィキペディア)

今月に入って、兵庫県姫路市で毎日新聞・販売店の改廃にともなう事件が起きた。店主が、新聞の仕入れ代金などで累積した約3916万円の未払い金の支払いを履行できずに、廃業に追い込まれたのである。公式には双方の合意による取引の終了である。

請求は、さやか法律事務所(大阪市)の里井義昇弁護士が販売店主に内容証明で催告書を送付するかたちで行われた。里井弁護士は、催告書の中で、店主が積み立てた信認金(約80万円)を未払い金から相殺することや、12月分の読者からの新聞購読料は毎日新聞社のものであるから、店主が集金してはいけない旨も通知していた。

集金した場合は、「株式会社毎日新聞社としましても、民事上のみならず、それにとどまらない刑事上のものを含めた法的対応を講ずることを検討せざるを得ませんので、たとえ購読者の方より申し出がありましても、一切収受等することなく、後任の販売店主への支払いをと伝えられるようご留意ください」と述べている。
 
かりに請求金額に「押し紙」による代金が含まれていれば、実に厚かましい話である。

◆「押し紙」問題に向き合わない毎日新聞の社員

 

毎日新聞の「押し紙」。ビニール包装分が「押し紙」で、新聞包装分が折込広告。記事とは関係ありません

毎日新聞社は、この販売店に対する新聞の供給を15日から停止している。そして別の拠点から配達を始めた。

毎日新聞が請求している約3916万円の中身については、今後、筆者が調査して、「押し紙」が含まれていれば、「押し紙」裁判を起こす方向で検討する。クラウドファンディングで裁判資金を募る予定だ。

また、里井弁護士に対しては、懲戒請求を視野に入れる。「押し紙」であることを認識していながら、高額な金銭を請求した可能性があるからだ。里井弁護士は過去にも「押し紙」裁判にかかわった経緯がある。従って「押し紙」とは、何かを知っている可能性が高い。

筆者はこの改廃事件についての毎日新聞の見解を知るために、同社の東京本社・社長室広報ユニットに対して2度に渡って問い合わせた。(質問状は、文末)しかし、返ってきた答は、いずれも「個々の取引に関することは、お答えできません。」というものだった。たったの1行だった。回答者は、石丸整、加藤潔の両社員である。

わたしは2人の社員が「押し紙」問題から逃げていると思った。自分たちが制作した新聞を配達してくれる人が、借金を背負ったまま露頭に放り出されようとしているのに、何の声もあげない冷酷さに驚いた。

筆者は、「押し紙」問題は、商取引の問題であると同時に、人権問題である旨を2人にメールで知らせ、再度回答するように求めたが、やはり回答しなかった。筆者は、2014年12月17日にしばき隊が起こしたリンチ事件の後、識者の多くが事件の隠蔽に走ったことを思い出した。

これは日本が内包する深刻な社会病理なのである。企業社会の中で身体にしみ込んだ処世術に外ならない。

ちなみに日本新聞協会の会長は、毎日新聞社の丸山昌宏社長である。

◆弁護士が資金回収の最前線に

かつてサラ金や商工ローンの厳しい取り立てが社会問題になったことがある。「目の玉を売れ」とか、「腎臓をひとつ売れ」といった罵倒を浴びせて、借金を取り立てることもあった。幸いにこの問題には、メスが入った。武富士は倒産し、同社の代理人を務めていた弘中惇一郎らに対する信用も堕ちた。

かつて社会問題の矢面に立ったサラ金の武富士(出典:ウィキペディア)

「押し紙」の取り立ても、サラ金や商工ローンと同様に凄まじい。毎日新聞・網干大津勝原店の場合は、弁護士が資金回収の最前線に立っている。幸いに現時点では、催告書の送付以外に毎日新聞社の目立った動きはないが、今後、どのような手段に出てくるのかは予断を許さない。

店主には、妻子がいる。

「自分はどうなってもいいが、妻子を露頭に迷わすわけにはいかない」

と、話している。

失業の不安が頭から離れないらしく、毎日、筆者のところに電話がかかってくる。筆者も新聞業界の裏金問題を取材していて業界紙を解雇された体験がある。失業後は、未来が描けないことが苦痛だった。店主も同じ気持ちではないか。

これまで何人もの店主がみずから命を絶っている。失踪者もいる。週刊誌もたびたび店主の自殺を報じているので、新聞社の社員が「押し紙」の悲劇を知らないはずがない。だが、毎日新聞の2人の社員は、自社の問題であっても、逃げの一手なのである。

筆者は2人に対して、会社員としてではなく独立した個人として「押し紙」を告発するように書き送ってみたが、やはり回答はなかった。

この問題は、今後、内部資料を精査し、現地を取材して、続報を出していく。筆者が毎日新聞社に送付した2通目の質問状は次の通りである。回答は、既に述べたように、「個々の取引に関することは、お答えできません。」の1行だった。

筆者は、新聞社の社員が1行の作文しかできない事実に驚愕した。

◆毎日新聞社に対する公開質問状

               公開質問状

毎日新聞 社長室
石丸整様
加藤潔様

発信者:黒薮哲哉
連絡先:xxmwg240@ybb.ne.jp 電話:048-464-1413

 先日、毎日新聞・網干大津勝原店の改廃問題について問い合わせをさせていただきました。これに対して、貴殿らは「個々の取引に関することは、お答えできません。」と回答されました。

 改めて質問させていただきますが、貴社の「押し紙」問題をわたしが報じる際に、今後、貴社の見解を確認する必要はないと理解してもよろしいでしょうか。この点について、必ず回答していただくようにお願い申し上げます。

 さらにこの機会に、「押し紙」問題について貴社社長室の見解を教えてください。

社長室は、毎日新聞社で最も功績があるジャーナリストで構成されている機関だと理解しております。特に毎日新聞グループホールディングス社長の丸山昌宏氏は、日本新聞協会の会長を兼任するなど、日本を代表する新聞記者です。それを前提に次の4点についてお尋ねします。書面でご回答ください。貴社のジャーナリズムの信用性にかかわる重大問題なので、必ず回答ください。

1、貴社が網干大津勝原店に対し、里井義昇弁護士(やさか法律事務所)を通じて請求されている金額は、約3915万円になります。店主は、この金額は残紙の代金が大半を占めていると話していますが、同店に残紙があったことは認識しておられたのでしょうか。それとも残紙以外の請求なのでしょうか?

2、貴社長室が考える「押し紙」の定義を教えてください。

3、仮に網干大津勝原店の残紙が「押し紙」であっても、貴社は今後も店主に対する新聞代金の請求を続ける方針なのでしょうか? 残紙が「押し紙」であることを知りながら、請求を続ける行為は、サラ金業者の借金取り立てと性質が変わらない蛮行だとわたしは考えています。まして貴社は過去の「押し紙」裁判の中で、和解というかたちで販売店に慰謝料を払ったことが繰り返しあり、「押し紙」の存在を認識しているはずです。実際、貴社の出身である河内孝氏も『新聞社』の中で、「押し紙」の存在に言及されています。

4、貴殿らのジャーナリストとしての「押し紙」についての見解を教えてください。会社員としてではなく、ジャーナリストとしての見解です。

※なお必要であれば、貴社の販売政策を裏付ける内聞資料等を提供させていただきます。
 
回答は、12月22日(木)の夕方までにメールでお願いします。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「押し紙」裁判に新しい流れが生まれ始めている。半世紀に及んだこの問題に解決の糸口が現れてきた。

11月14日、西日本新聞(福岡県)の元店主が、「押し紙」で損害を被ったとして約5700万円の損害賠償を求める裁判を福岡地裁へ起こした。訴状によると元店主は、2005年から2018年までの間に3店の販売店を経営した。「押し紙」が最も多い時期には、実配部数(実際に配達する部数)が約1300部しかないのに、約1800部の新聞が搬入されていた。

他の「押し紙」裁判で明らかなった「押し紙」の実態と比較すると、この販売店の「押し紙」率は低いが、それでも販売店経営を圧迫していた。

この裁判には、どのような特徴があるのだろうか?

◆多発する「押し紙」裁判、読売3件・西日本2件・日経1件

 

販売店の店舗に積み上げられた「押し紙」と梱包された折込広告

「押し紙」裁判は、今世紀に入ることから断続的に提起されてきた。しかし、新聞社の勝率が圧倒的に高い。裁判所が、新聞社の「押し紙」政策の存在を認定した例は、わたしが知る限りでは過去に3例しかない。2007年の読売新聞、2011年の山陽新聞、2020年の佐賀新聞である。

※2007年の読売新聞の裁判は、「押し紙」が争点になったが、地位保全裁判である。

現在、わたしが取材している「押し紙」裁判は、新たに提起された西日本新聞のケースを含めて次の6件である。

・読売新聞・東京本社VS販売店(東京高裁)
・読売新聞・大阪本社VS販売店(大阪地裁)
・読売新聞・西部本社VS販売店(福岡地裁)
・日経新聞・大阪本社VS販売店(大阪高裁)
・西日本新聞VS販売店1(福岡地裁)
・西日本新聞VS販売店2(福岡地裁)

販売店主の中には、新聞社の販売局員から面と向かって、

「あんたたちが裁判を起こしても、絶対に勝てないから」

と、冷笑された人もいる。確かにここ1年半ぐらいの間に裁判所が下した判決を見ると、残紙の存在が認定されているにもかかわらず販売店が3連敗しており、「押し紙」裁判を起こしても、販売店に勝算がないような印象を受ける。その敗訴ぶりも尋常ではない。いずれの裁判でも、判決の言い渡し日が2カ月から3カ月延期された末に、裁判所が販売店を敗訴させた。しかも、3件のうち、2件では最高裁事務総局が裁判官を交代させている。つまり裁判の透明性に明らかな疑問があるのだ。

◎参考記事:産経「押し紙」裁判にみる野村武範裁判長の不自然な履歴と人事異動、東京高裁にわずか40日http://www.kokusyo.jp/oshigami/16016/

新聞社が日本の権力構造の歯車に組み込まれ、世論誘導の役割を担っているから、裁判所や公正取引委員会などの公権力機関が「押し紙」問題を放置する方針を取っている可能性が高いと、わたしは考えている。認識できないだけであって、ほとんどの国でメディアコントロールは国策として巧みに組み込まれているのである。

 

新聞拡販で使われる景品。「押し紙」を減らすために、販売店は新聞拡販に奔走することになる

◆新聞特殊指定の下における「押し紙」とは?

しかし、販売店を敗訴させる判決は、原告の理論上の弱みに付け込んでいる側面もある。その理論上の弱みとは、新聞の「注文部数」の定義に関する不正確な見解である。

通常、「注文部数」とは、販売業者が卸問屋に対して発注する商品の数量のことである。たとえばコンビニの店主が、牛乳を10パック注文すれば、注文数は10個である。同じように新聞販売店の店主が新聞を1000部注文すれば、それが注文部数ということになる。このような「注文部数」の定義は、半ば空気のようにあたりまえに受け入れられている。わたし自身も「押し紙」問題を扱った旧著や記事で、「注文部数」をそのように捉えてきた。しかし、これは誤りである。

今、この旧来の「注文部数」の定義の再考が始まっている。

「押し紙」問題に取り組んできた江上武幸弁護士は、新聞は特殊指定の商品であり、特殊指定の下での「注文部数」の定義は、コンビニなど一般的な商取引の下での「注文部数」の定義とは異なると主張している。

実際、1964年に公正取引委員会が交付した新聞特殊指定の運用細目は、「注文部数」を次にように定義している。

「注文部数」とは、新聞販売業者が新聞社に注文する部数であって新聞購読部数(有代)に地区新聞公正取引協議会で定めた予備紙等(有代)を加えたものをいう。

※注:文中の地区新聞公正取引協議会とは、日本新聞協会に加盟している新聞社で構成する組織である。実質的には日本新聞協会そのものである。

この定義によると新聞の商取引における「注文部数」とは、実際に販売店が配達している部数に予備紙の部数(搬入部数の2%とされている)を加えた総部数(「必要部数」)のことである。この「必要部数」を超えた部数は、理由のいかんを問わず機械的に「押し紙」という分類になる。販売店と新聞社が話し合って「注文部数」と決めたから、残紙が発生しても「押し紙」には該当しないという論理にはらないらい。

新聞特殊指定の下における「注文部数」とは、「実配部数+予備紙」の総数のことなのである。

江上弁護士は、独禁法の新聞特殊指定が作成された経緯を詳しく調べた。その結果、一般に定着している「押し紙」の定義--「押し売りされた新聞」という定義が、微妙に歪曲されたものであることが分かった。この誤った定義の下では、新聞社は販売店の「注文部数」に応じて、新聞を提供しただけで自分たちに新聞を押し売りした事実はないと主張できる。「押し紙」問題の逃げ道があるのだ。

公正取引委員会は、新聞特殊指定の下で、「注文部数」の定義を厳格にすることで、社会問題になり始めていた「押し紙」を取り締まろうとしたのである。

◆佐賀新聞の独禁法違反を認定

この理論を江上弁護士が最初に提示した裁判は、2020年5月に判決があった佐賀新聞の「押し紙」裁判である。この裁判で佐賀地裁は、佐賀新聞社に対して1066万円の損害賠償を命じた上に、同社の独禁法違反を認定した。

江上弁護士が打ち出した「押し紙」の定義を裁判所が無条件に認めたわけではないが、裁判官は法律の専門家なので、法律が規定している客観的な定義を考慮に入れて、判決を書かざるを得なかった可能性が高い。新聞特殊指定の下における客観的な「押し紙」の定義が示されているのに、それを無視して判決を下すことは、プロの法律家としての良心が許さなかったのだろう。

11月14日に提起された西日本新聞の「押し紙」では、「押し紙」の定義が、重要な争点のひとつになる可能性が高い。それを前提として、新聞社の公序良俗違反や押し売りなどの不法行為などが検証される。新聞社の詭弁は、徐々に通用しなくなっている。

この裁判の原告代理人を務めるのは、江上弁護士らである。

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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年12月号

2022年7月時点における全国の朝刊発行部数(一般紙)は2755万部(ABC部数)である。このうちの20%が残紙とすれば、551万部が配達されることなく無駄に廃棄されていることになる。30%が残紙とすれば、827万部が廃棄されていることになる。1日の廃棄量がこの規模であるから、ひと月にすれば、おおよそ1億6530万部から、2億4810万部が廃棄されていることになる。年間に試算すると天文学的な数字になる。「押し紙」は重大な環境問題でもある。

しかし、裁判所も公正取引委員会も、いまだに「押し紙」問題に抜本的なメスを入れようとはしない。新聞社の「押し紙」政策を保護していると言っても過言ではない。新聞社を公権力機関の歯車として取り込むことによりメディアコントロールが可能になるから、「押し紙」を黙認する政策を取っている可能性が高い。

 

東京大手町の日経ビル(左)(出典:ウィキペディア)

◆書面で20回にわたり減紙を申し入れるも……

筆者は、日本経済新聞(以下日経新聞)を扱う販売店(京都府)が起こした「押し紙」裁判(4月22日判決)の判決文を入手した。判決からすでに半年が過ぎているが、興味深い判決なので内容を紹介しておこう。

この「押し紙」裁判は、販売店主のBさんが2019年の春に起こした。「押し紙」により損害を被ったとして約4700万円の損害賠償などを求めたものである。

判決によると原告のBさんは、「平成28年9月から平成31年3月まで少なくとも合計20回にわたり、被告の担当者に対し減紙を求めるファクシミリを送信」した。つまり書面で新聞の「注文部数」を減らすように繰り返し申し入れていたのである。

請求の期間は2016年4月から2019年3月の3年間だが、それ以前から「押し紙」は存在したという。最も「押し紙」の量が多かったのは、2012年9月だった。次のような部数内訳である。

朝刊送り部数=3259部
朝刊実配数=2285部
残紙=974部

夕刊送り部数=3131部
夕刊実配数=1657部
残紙=1474部

残紙率は朝刊で30%、夕刊で47%である。

書面で減紙の申し入れをしたのは、弁護士のアドバイスに従った結果だった。独禁法の新聞特殊指定は、「販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む)」を禁止しているので、減紙を申し出た書面の証拠を残しておけば、裁判になった場合に、独禁法違反で請求が認められる可能性が高いからだ。

◆絶望的な判決

判決は、4月22日に下された。結果は、原告Bさんの敗訴だった。損害賠償は全く認められなかった。減紙を申し出た事を示す書面が23通も残っているにもかかわらず、杉山昇平裁判長は敗訴の判決を下したのである。

その理由として杉山裁判長は、Bさんからの書面による減紙要求を受けて、日経新聞の担当者とBさんが話し合いの場を持っていたから、「原告の減紙を求めるファクシミリは被告との協議の前提となる減紙の提案に留まるというべきであり、これをもって確定的な注文とみることはできない」というものだった。

しかし、Bさんは、「話し合いは毎月の訪店時の定例的なものであり、減部数を求めるファクシミリをたたき台にした話し合いではなかった」と話している。

 

「押し紙」の写真。新聞で包装されているのは折込チラシ。本文とは関係ありません

◆新聞特殊指定の下での「押し紙」とは

この裁判では、「押し紙」行為が不法行為にあたるかどうかが争われた。わたしは、今後の「押し紙」裁判のために、原告と被告の双方が新聞特殊指定の定義そのものを明確にする必要性を感じた。それは、2016年に起こされた佐賀新聞の「押し紙」裁判から、販売店の原告弁護団が着目した点である。

従来、「押し紙」の定義は、なんらかの形で「押し売りされた新聞」とされてきた。わたしもかつてはそんなふうに考えて、自著でも、「押し紙」の定義を「押し売りされた新聞」と説明している。しかし、佐賀新聞の「押し紙」裁判で、「押し紙」の定義に新しい観点が加わった。結論を先に言えば、「押し売りされた新聞」という定義は、正確ではない。

独禁法の新聞特殊指定の下における「押し紙」の定義は、新聞の実配部数に予備紙を加えた部数を「必要部数」と位置づけ、それを超える部数のことである。理由のいかんを問わず「必要部数」を超過すれば「押し紙」なのである。「押し売りされた新聞」かどうかは、2次的な問題に過ぎない。「必要部数」を超えて、新聞を提供すれば独禁法違反なのである。新聞社と販売店が話し合いをしたから、「必要部数」を超えて新聞を提供してもいいという論理にはならない。

京都地裁は、この点に関しては、何の言及もしていない。裁判所は、最も肝心な点についての判断を避けたのである。新聞社を保護する姿勢が露呈している。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年12月号

日本新聞協会は、10月18日、山梨県富士吉田市で第75回「新聞大会」を開催して、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う大会決議を採択した。議決は、「私たちは平和と民主主義を守り、その担い手である人々が安心して暮らせる未来を築くため、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う」などと述べている。(全文は文末)

新聞報道を見る限り、今年の新聞大会でも「押し紙」問題は議論されなかった。

「押し紙」問題がいかに深刻な問題であるかを認識するためには、旧統一教会による高額献金や霊感商法による被害額と「押し紙」による被害額を比較すれば明白になる。試算の詳細は省略するが、35年ペースで比較すると、旧統一教会がもたらした損害の総額は1237億円で、「押し紙」による黒い資金は、32兆6200億円になる。

32兆6200億円のグレーゾーンは尋常ではない。

(注:試算の根拠については、次のURLを参考にされたい。http://www.kokusyo.jp/oshigami/17238/

秘密裡に回収されている「押し紙」。新聞社は、「押し紙」により莫大な不正な販売収入を得てきたが、公権力機関は黙認を続けている

◆新聞ジャーナリズムの衰退を考える唯物論の視点

新聞社が公権力機関に対してジャーナリズム性を発揮できない原因を考えるとき、大別して2つの視点がある。まず第一は、記者個人の職能や記者意識の欠落に求める視点である。この視点に立って新聞を批判する人々にとっては、東京新聞の望月衣塑子記者や朝日新聞の本多勝一記者のような人物が次々と登場すれば、問題は解決するという論理になる。きわめて単純な論理である。従って、それを鵜のみにしてしまう層が意外に多い。実際、ネット上には「東京新聞望月衣塑子記者と歩む会」もある。

これに対してジャーナリズムが機能しない原因を、新聞社経営にかかわる客観的な制度の中に探る視点がある。具体的には次のような着目点である。

〈1〉再販制度により販売店相互の競争を防止して、新聞社経営を安定させている事実。

 

日本新聞協会が中心になってNIE運動(教育に新聞を)を推進している

〈2〉学習指導要領が学校の授業で新聞の使用を奨励している事実。これと連動して、「学校図書館図書整備5か年計画」の下で、新聞配備の予算が5年間で190億円講じられた事実。(『新聞情報』10月19日付け)

〈3〉新聞に対する軽減税率で、新聞社が莫大な額の税金を免除されている事実。

〈4〉「押し紙」を柱としたビジネスモデルで、莫大な利益を得ている事実。

〈1〉から〈4〉は、新聞社が高い利益を得て社員たちの高給を維持する上で欠くことができない制度である。このうち〈4〉の「押し紙」は、既に述べたように35年間で、少なくとも32兆6200億万円の黒い販売収入を生んでいる。諸悪の根源にほかならない。

◆新聞に対する消費税の軽減税率

本稿では、〈3〉についての試算を紹介しよう。軽減税率が8%の場合と10%の場合を、中央紙(朝日、読売、毎日、産経)をモデルとして比較した。

試算の前提は、次のような設定である。新聞の購読料は中央紙の場合、「朝刊・夕刊」のセット版がおおむね4000円で、「朝刊単独」が3000円である。新聞の公称部数を示すABC部数は、両者を区別せずに表示しているので、全紙が「朝刊単独」の3000円という前提で試算してみる。誇張を避けるための措置である。

消費税が10%に引き上げられた直後の2019年12月におけるABC部数は次の通りである。

朝日:5,284,173
毎日:2,304,726
読売:7,901,136
日経:2,236,437
産経:1,348,058

税率が8%の場合、次のような消費税額になる。いずれも月ぎめの数値である。

朝日:12億6820万円
毎日: 5億5313万円
読売:18億9627万円
日経: 5億3674万円
産経: 3億2353万円

これに対して税率が10%の下では次のようになる。

朝日:15億8525万円
毎日: 6億9142万円
読売:23億7034万円
日経: 6億7093万円
産経: 4億 442万円

8%と10%の違いにより生じる差額は次のようになる。()内は、年間の差異である。

朝日:3億1705万円(38億 460万円)
毎日:1億3829万円(16億5948万円)
読売:4億7407万円(56億8884万円)
日経:1億3419万円(16億1028万円)
産経:  8089万円( 9億7068万円)

これらの数字が示すように新聞社は、国会が承認した消費税率の軽減措置により、大きなメリットを得ている。しかも、消費税は(架空)読者から新聞購読料が徴収できない「押し紙」にも課せられるので、販売店にとっては軽減税率のメリットは大きい。

◆国会、公正取引委員会、裁判所

最大の問題は、新聞社経営に影響を及ぼす客観的な諸制度の殺生権を国会や公正取引委員会、それに裁判所(最高裁事務総局)などの公権力機関が握っている実態である。こうした条件の下で、日本新聞協会が、「ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う」などと宣言しても、公権力を監視する役割を果たすことはできない。

考え方によっては、こうした「ジャーナリスト宣言」は逆に「新聞幻想」に世論を誘導する。世論誘導には、ジャーナリズムの看板を掲げながらも、肝心な問題には踏み込まない「役者」が必要なのだ。しかし、「空手の寸止め」では意味がない。

新聞衰退の問題を観念論の視点で議論しても、何の効果もない。客観的な制度上の事実の中に新聞衰退の原因を探る視点が必要なのである。

◎参考記事:http://www.kokusyo.jp/oshigami/16016/

【大会議決の全文】

戦後の国際秩序を武力によって大きく揺るがす事態や、選挙期間中に元首相が銃撃されるという暴挙が発生した。平和と民主主義を破壊する行為を、私たちは決して容認できない。

感染症の流行による社会・経済活動への打撃は、物価の上昇と相まって、国民生活に多大な影響を及ぼしている。相次ぐ自然災害に備え、地域の防災、減災の力を高めることも急務である。

報道機関は、正確で信頼される報道と責任ある公正な論評で、課題解決に向けた多様で建設的な議論に寄与しなければならない。私たちは平和と民主主義を守り、その担い手である人々が安心して暮らせる未来を築くため、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年11月号

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

全国の新聞(朝刊単独)の「押し紙」率が20%(518万部、2021年度)で、卸価格が1500円(月間)として、「押し紙」による販売店の損害を試算すると、年間で約932億円になる。「朝夕セット版」を加えると被害はさらに増える。

これに対して、旧統一教会による高額献金と霊感商法による被害額は、昨年までの35年間で総額1237億円(全国霊感商法対策弁護士連絡会」)である。両者の数字を比べると「押し紙」による被害の深刻さがうかがい知れる。

しかし、公正取引委員会は、これだけ莫大な黒い金が動いていても、対策に乗り出さない。黙認を続けている。司法もメスを入れない。独禁法違反や公序良俗違反、それに折込広告の詐欺で介入する余地はあるはずだが黙認している。

わたしは、その背後に大きな政治力が働いていると推測している。

次の会話録は、2020年11月に、わたしが公正取引員会に対して行った電話インタビューのうち、「押し紙」に関する部分である。結論を先に言えば、公取委は、「押し紙」については明確な回答を避けた。情報を開示しない姿勢が明らかになった。

個人情報が含まれる情報の非開示はいたしかたないとしても、「押し紙」に関する調査をしたことがあるか否か、といった「YES」「NO」形式の質問にさえ答えなかった。

以下、公取委との会話録とその意訳を紹介しよう。「押し紙」を取り締まらない理由、日経新聞店主の焼身自殺、佐賀新聞の「押し紙」裁判などにいついて尋ねた。

◆公取委の命令系統

──  「押し紙」を調査するかしないかは、だれが決めていますか?だれにそれを決める権限があるのか?

担当者 どういう調査をするかによって変わるので、なんともいえません。ただ、事件の審査は審査局が行います。

──  そうすると審査局のトップが最終判断をしているということですね。

担当者 しかるべきものが、しかるべき判断をするということになります。

──  そこは曖昧にしてもらってはこまります。

担当者 何を聞きたいのでしょうか。

──  どういう命令系統になっているのかということです。

担当者 命令系統というのがよく分からない。

──  公正取引委員会として(「押し紙」問題を)調査するのかどうかの意思決定をする権限を持っている人のことです。だれがそれを最終決定しているのですか。

担当者 「押し紙」とかなんとかいうことは離れまして、

──  では、残紙にしましょう。

担当者 残紙でもなんでも。個別の事件に関して、お答えするのは、適当ではないと思います。

──  どういう理由ですか?

担当者 誤解が生じることを防ぎたいからです。

──  誤解しないように質問しているのです。

担当者 言葉の揚げ足を取られていろいろ言われるのもちょっと。わたしどもの本位ではないので、お答えを差し控えさせていただきます。(略)わたしどもは、個別の事件について、申告があったかとか、なかったとか、についてはお答えしないことにしています。それは秘密を保持する必要があるからです。申告の取り扱いについては、対外的にお答えしないことになっています。

──  そういうことを聞いているのではなく、

担当者 ですから具体的に聞かれても、わたしどもはなかなか答えることができないということをご理解いただきたい。

──  答える必要はないというのが、あなたの立場ですね。

担当者 そうです。個別の事件については、お答えしないことにしています。

 

◆「押し紙」の実態調査の有無

──  では、「押し紙」の調査を過去にしたことがありますか。

担当者 「押し紙」の調査?

──  残紙の性質が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかの調査を過去にしたことがありますか。

担当者 「押し紙」の調査を過去にしたかしていないかについては、これまで公表していません。

──  はい?

担当者 こちらから積極的にそういう広報はしていません。

──  広報ではなく、調査をしたかどうかを聞いているのです。

担当者 したかどうかの事実の確認もしません。

──  事実の確認ではありません。

担当者 もちろん個別の事件の情報を寄せられれば、必要に応じて調査をして、さらに調査が必要だということになれば、本格的に調査をしますし、そうでないものについては、そこまでの扱いになります。それ以上のことは申し上げられません。

──  その点はよくわかっています。わたしの質問は、過去にそういう調査をしたことがありますか、ありませんかを聞いています。YESかNOで尋ねています。

担当者 「押し紙」の調査をしたことがあるかないか? 公表はしていません。

──  はい?

担当者 公表はしていないので、お答えは差し控えさせていただきます。

──  これについても答えられないと、命令系統についても、答えられないと。

担当者 はい。

◆日経新聞の店主の焼身自殺

──  それから、日本経済新聞の店主が、本社で自殺した事件をご存じですか。

※【参考記事】日経本社ビルで焼身自殺した人は、日経販売店の店主だった!

担当者 承知しておりません。

──  知らないのですか。

担当者 知りません。

──  新聞を読んでいないということでしょうか?

担当者 そうかも知れませんね。

──  この件は、全然把握していないということですね。

担当者 そうです。不勉強だといわれれば、甘んじて受けます。

 

◆「押し紙」の存在を認識しているか?

──  新聞販売店で残紙とか「押し紙」といわれる新聞が、大きな問題になっているという認識はありますか。

担当者 それ自体は承知しております。

──  いつ聞きましたか?

担当者 わたしも公正取引委員会で働いているので、また、取引部にいたこともあるので、またネットなどにも出ています。黒薮さんのものも含めて。こうしたことは存じ上げおります。

──  問題になっているのに、なぜ、動かないのですか。

担当者 問題になっているということは知っていますが、じゃあなぜ動かないのかということについては、わたしどもからお答えすることは控えたいと思います。わたし個人としては、「押し紙」の事象があることは知っていますが、なぜ公正取引委員会が動かないのかということについては、申し上げる立場にありません。公正取引委員会として、なぜ取り締まらないのかということを、個別の事件について申し上げることはありません。

──  個別の事件について質問しているのではなく……

担当者 「押し紙」についてなぜ取り締まらないのかということは、基本的に述べないという立場です。

──  これまで3つの質問をしましたが、命令系統につても答えられない、調査をしたかどうかも言えない、「押し紙」については聞いたことがあると。

担当者 「押し紙」については、個人の経験としては聞いたことがありますが、「なぜ調査しないの」ということについては、申し上げられない。

──  新聞販売店の間で公正取引委員会に対する不信感が広がっていることはご存じですか。

担当者 まあ色々な考えの方がおられるでしょうね。

──  知らないということでよろしいですか。

担当者 知らないといいますと?

──  販売店が(公取委について)「おかしい」と思っているという認識はないということですね。

担当者 そういう見解を申し上げる立ち場ではありません。

──  いえ、あなた自身がおかしいと感じないですかと聞いているのです。

担当者 「押し紙」とか、残紙といった話があることは認識していますが、それについてどう思っているかという点に関しては、個人の見解もふくめて、ここで申し上げることは控えたい。

◆佐賀新聞の「押し紙」裁判

──  佐賀新聞の「押し紙」裁判の判決が、今年の5月にありましたが、この判決については聞いたことがありますか。

担当者 はい。それは聞きました。

──  独禁法違反が認定されましたが、どう思われましたか?

担当者 それは裁判でしかるべく原告がだされた資料と主張を踏まえて判断されたということだと思います。わたしどもからコメントする立場にはありません。

──  今後とも、佐賀新聞についても、調査する気はないということですか?

担当者 佐賀新聞の事案を公正取引委員会がどう扱うかは、個別の案件ですので、コメントは控えたいと思います。

──  原告の弁護団から公正取引委員会にたくさんの資料を提出されていますが、それは把握しているわけですね。

担当者 それについては、申告がされたかどうかという話に該当しますので、こちらから何か申し上げることは差し控えたいと思います。

──  これについても答えられないと・

担当者 答えられません。

──  「押し紙」問題は、重大になっていますが、今後も取り締まる予定はないということですか。

担当者 取り締まる予定があるかどうかをお答えするのも不適切ですので、回答は差し控えます。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年11月号

日本ABC協会が定期的に公表しているABC部数は、新聞社が販売店へ搬入した部数を示すデータである。残紙(広義の「押し紙」)も、ABC部数に含まれている。従って第三者からみれば、ABC部数は、「押し紙」を隠した自称部数である。実配部数との間に乖離があり、広告営業の基礎データとはなりえない。

筆者は、都府県を対象に各新聞社のABC部数の長期的変化を調査している。今回は、岡山県における読売新聞のABC部数を調べてみた。その結果、ABC部数が1年、あるいはそれ以上の期間、固定されるロック現象を頻繁に確認することができた。新聞社が販売店へ搬入する部数が、一定期間に渡って増減しないわけだから、読者数が減れば、それに反比例して「押し紙」が増えることになる。

新聞販売に関連した1980年代の記録。新聞業界は半世紀以上にわたって「押し紙」政策を維持している

たとえば次に示すのは、瀬戸内市のABC部数である。

2016年4月 :1040部
2016年10月:1040部
2017年4月 :1040部
2017年10月:1040部
2018年4月 :1040部
2018年10月:1040部
2019年4月 :1040部
2019年10月:1040部
2020年4月 :1040部
2020年10月:1040部

瀬戸内市の読売新聞の場合、5年にわたってABC部数が1040部でロックされている。しかし、この期間に瀬戸内市の読売新聞の購読者が1人の増減もない事態は通常はありえない。販売店に配達する予定がない新聞が搬入されていた可能性が高い。

同じような部数の動きを、ABC部数の規模がより大きな自治体を対象に検証してみよう。例として取り上げるのは、浅口市である。

2016年4月 :3537部
2016年10月:3537部
2017年4月 :3537部
2017年10月:3537部
2018年4月 :3537部

浅口市の場合は、2年半にわたってABC部数が3537部でロックされていた。読者数の増減とはかかわりなく、同じ部数の新聞が販売店に搬入されている。

さらに中国地方の大都市である岡山市のデータを示そう。

2016年4月 :24557部
2016年10月:24557部

岡山市の場合は、1年にわたってABC部数が2万4557部でロックされている。ロックの規模は極めて大きい。繰り返しになるが、岡山市の読売新聞の読者数に1部の増減も発生していないのは不自然極まりない。何者かが販売店に対して、新聞の「注文部数」を指示した可能性が高い。もし、それが事実であれば、独禁法に抵触する。

次に示す表は、岡山県全域の調査結果である。

岡山県全域のABC部数調査結果

◆部数のロック現象に関する新聞人の主張

しかし、ABC部数のロック現象が観察できるのは、岡山県における読売新聞だけではない。たとえば兵庫県の場合、朝日、読売、毎日、産経、日経、神戸の各新聞で、程度の差こそあれ、ロック現象が観察できる。読者は、次の記事に掲載した表を参照にしてほしい。

◎新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑

ロック現象についての新聞人らの主張は、販売店からの注文部数に応じて新聞を搬入した結果で、自分たちには何の責任もないというものである。しかし、新聞の提供元である新聞社が、ロック現象の不自然さを認識できないはずがない。実際、読売新聞に対して、配達予定のない新聞の搬入を断ったという店主も少なくない。

販売店側の主張は、これらのロック部数は、新聞社が販売店に課したノルマ部数に外ならないというものである。「注文部数」を指示されたというものである。「押し紙」政策の結果として生じているという主張である。

ロック現象の責任が新聞社にあるにしろ、販売店にあるにしろ、「押し紙」により広告主は被害を受ける。とりわけ地方自治体は、ABC部数の信頼性を過信している傾向があり、広報紙の新聞折り込みで、水増し被害を受ける事件が多発している。

「押し紙」問題は、半世紀以上も未解決のままだ。旧統一教会の問題と同じように、新聞・テレビが延々と報道を避けてきた問題なのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

新聞社と警察の連携は、ジャーナリズムの常識では考えられないことである。「異常」と評価するのが、国際的な感覚である。本来、ジャーナリズムは公権力を監視する役割を担っているからだ。

読者は、全国読売防犯協力会という組織をご存じだろうか。「Y防協」とも呼ばれている。これは警察とYC(読売新聞販売店)が連携して防犯活動を展開するための母体で、読売新聞東京本社に本部を設けている。こうして警察と新聞社が公然と協力関係を構築しているだ。他にも読売新聞社は、内閣府や警視庁の後援を得て、「わたしのまちのおまわりさん」と題する作文コンクールを共催するなど、警察関係者と協働歩調を取っている。

これらの活動のうち、住民にとって直接影響があるのは、Y防協の活動である。
その理由はYCの販売網が、全国津浦々、街の隅々にまで張り巡らされているからだ。それは住民を組織的に監視する体制が敷かれていることを意味する。

全国読売防犯協力会(Y防協)のウエブサイト、福知山の「青色防犯パトロール」を紹介した記事

「防犯活動」について、Y防協の清水和之会長は次のように述べている。

わたしたちの防犯活動の基本は「見ること」と「見せること」です。街をくまなく回って犯罪の予兆に目を配ります。そして、防犯パトロールの姿を犯罪者に見せつけ、「この街は犯罪をやりにくい」と思わせることも狙っています。さらに、新聞のお家芸である情報発信なども含め、活動の目標は次の4点に集約できると思います。

・配達・集金時に街の様子に目を配り、不審人物などを積極的に通報する

・警察署・交番と連携し、折り込みチラシやミニコミ紙などで防犯情報を発信する

・「こども110番の家」に登録、独居高齢者を見守るなど弱者の安全確保に努める

・警察、行政、自治会などとのつながりを深め、地域に防犯活動の輪を広げる

日ごろから地域のみなさんのお世話になっているYCスタッフたちは、少しでも地元のお役に立ちたいと思っております。街で見かけたときは、気軽に声をかけていただければ幸いです。

※出典 https://www.bouhan-nippon.jp/about/greeting.html

Y防協は、セイフティーネットとして機能する半面、「防犯」の定義が不明で、拡大解釈によっては、根拠のないことで住民が警察へ密告されるリスクもある。たとえば集金員が訪問した民家で、人々が集まって議論してる光景に遭遇して、不審者と思い込み、警察に通報する可能性もあるかも知れない。

新聞販売店やセールス団のスタッフがなにを基準に「不審人物」と判断するのかも分からない。路上での押し売り、不法投棄、恫喝、暴力などは通報対象になっても、市民のプライバシーに関することが保護されるとは限らない。

◆北海道のローカル紙が読者の個人情報を収集

もう10年以上も前になるが、北海道のあるローカル紙の販売店を取材したことがある。驚いたことに、販売店のコンピューターには、読者の個人情報を入力するフォーマットがあり、そこには読者の宗教や組合活動の有無に関する情報を記入する欄もあった。記入欄は細かく分類されていた。名目上は、営業のための資料ということになっていたが、この新聞社の場合は、コンピューターがオンラインで発行本社とつながっていた。読者の個人情報が新聞社に筒抜けになっていたのだ。

読者の個人情報が新聞社に入った後、どのように処理されているのかはまったく分からななかった。おそらく読者も自分の個人情報がどのように扱われているのかは把握していない。

Y防協が集めた情報につても、警察に入った後の扱いはよく分からない。本人が知らないうちに記録・保存されている可能性もある。「通報」は、あくまでも通報者の主観に基づいた一方的な行為で、情報の評価は警察の手に委ねられているからだ。

◆Y防協と連携している都道府県警察

現時点で全国読売防犯協力会は、新潟県を除く46の都道府県の警察と覚書を交わしている。2005年11月の高知県警を皮切りに、締結の順番は次の通りである。

高知県警:2005年11月2日
福井県警:2005年11月9日
香川県警:2005年12月9日
岡山県警:2005年12月14日
警視庁 :2005年12月26日
鳥取県警:2005年12月28日
愛媛県警:2006年1月16日
徳島県警:2006年1月31日
群馬県警:2006年2月14日
島根県警:2006年2月21日
宮城県警:2006年2月27日
静岡県警:2006年3月3日
広島県警:2006年3月13日
兵庫県警:2006年3月15日
栃木県警:2006年3月23日
和歌山県警:2006年5月1日
滋賀県警:2006年6月7日
福岡県警:2006年6月7日
山口県警:2006年6月12日
長崎県警:2006年6月13日
茨城県警:2006年6月14日
宮崎県警:2006年6月19日
熊本県警:2006年6月29日
京都府警:2006年6月30日
鹿児島県警:2006年7月6日
千葉県警:2006年7月12日
山梨県警:2006年7月12日
大分県警:2006年7月18日
長野県警:2006年7月31日
福島県警:2006年8月1日
佐賀県警:2006年8月1日
大阪府警:2006年8月4日
青森県警:2006年8月11日
秋田県警:2006年8月31日
神奈川県警:2006年9月1日
埼玉県警:2006年9月14日
山形県警:2006年9月27日
富山県警:2006年9月29日
岩手県警:2006年10月2日
石川県警:2006年10月10日
三重県警:2006年10月10日
愛知県警:2006年10月16日
岐阜県警:2006年10月17日
奈良県警:2006年10月17日
北海道警:2006年10月19日
沖縄県警:2008年6月12日

全国読売防犯協力会(Y防協)のウエブサイト、都道府県警察との覚書締結のリスト

◆読売内部から疑問はあがらない

改めて言うまでもなく、新聞社は言論機関である。少なくとも表向きは、独立したジャーナリズム企業である。

わたしが不思議に思うのは、読売新聞社の内部から警察との県警を断ち切ろうという声が上がらないことである。少なくともわたしはそのような声を聞いたことがない。新聞社は公権力と連携してはいけない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

新聞のCMに使われる場面のひとつに、新聞を満載したバイクが明け方の街へ繰り出すイメージがある。透明な空気。笑顔。闇がとけると、動き始めた街が浮かび上がってくる。しかし、記者の視点を持って現場に足を運ぶと、新聞販売店に積み上げられた「押し紙」が、日本の権力構造の闇として輪郭を現わしてくる。だれが注意しても、疑問を呈しても、新聞社はそれを黙殺し、「知らむ、ぞんぜぬ」で押し通してきた。時には司法の土俵を使って口封じを断行し、同じ夜と昼を延々と繰り返してきたのである。

が、今この社会問題を照らすための新しい視点が生まれ始めている。その先駆けとなったのは、2020年5月に佐賀地裁が下した判決である。この判決は、佐賀新聞社による「押し紙」を不法行為として断罪しただけではく、独禁法違反を認定したのである。その後、全国各地で元販売店主らが次々と「押し紙」裁判を起こすようになっている。

現在、わたしは3件の「押し紙」裁判を取材している。広島県の元読売新聞の店主が起こした裁判(大阪地裁)、長崎県の読売新聞の元店主が起こした裁判(福岡地裁)、それに長崎県の西日本新聞の元店主が起こした裁判である。取材はしていないが、埼玉県の元読売新聞の店主も裁判(東京地裁)を起こしている。

これらの裁判で浮上している2つの着目点を紹介しよう。それは、「押し紙」の定義の進化と、「定数主義」を柱とした新聞社の販売政策の暴露である。

◆「押し紙」の定義に変化

従来の「押し紙」の定義は、新聞社が販売店に「押し売り」した新聞というものだった。たとえば新聞購読者が1000人の販売店に対して、新聞社が1500部の新聞を搬入した場合、500部が残紙となる。この500部から若干の予備紙を引いた部数を「押し紙」と定義するのが一般的だった。

しかし、この定義を根拠に「押し紙」裁判を起こした場合、販売店は残紙が押し売りの産物であることを立証しなければならない。それは実は至難の技である。と、いうのも帳簿上は販売店が新聞の注文部数を決めたことになっているからだ。新聞社が高圧的な押し売りを行った証拠を示さない限り、注文部数は販売店が自主的に決めたものと見なされ、損害賠償は認められない。

佐賀地裁で販売店が勝訴した勝因のひとつに、原告側が進化した「押し紙」の定義を示したことである。とはいえ、それは我田引水にでっちあげた定義ではない。公正取引委員会がこれまで交付してきた新聞関連の公文書を過去に遡って調査し、独禁法の新聞特殊指定に基づいた忠実な定義を示したのである。

その定義は端的に言えば、「新聞購読者数に予備紙を加えた部数」を超える残紙は、理由のいかんを問わずに「押し紙」とするものである。「押し売り」があったかどうかが一次的な問題ではなく、「新聞購読者数に予備紙を加えた部数」を超えてるかどうかが、最大の着目点になる。

新聞特殊指定でいう新聞の注文部数とは、店主が「発注書」に記入した部数のことではない。1964年に公正取引委員会が交付した特殊指定の運用細目は、新聞の注文部数を次のように定義している。

【引用】「注文部数」とは、新聞販売業者が新聞社に注文する部数であって新聞購読部数(有代)に地区新聞公正取引協議会で定めた予備紙等(有代)を加えたものをいう。

※地区新聞公正取引協議会は、実質的に日本新聞協会の下部組織である。

公正取引委員会がこうした運用規則を定めたのは、「押し紙」を取り締まることが目的だと思われる。「注文部数」の特殊な定義を示すことで、一般の商取引でいう「注文数」から区別したのである。この発見が、「押し紙」裁判を変え始めている。

ただ、どの程度の予備紙部数が適正なのかという議論は依然としてある。新聞社は、残紙はすべて予備紙であるという主張を繰り返してきたが、大量の残紙が古紙業者により回収されている事実があり、予備紙としての実態はほとんどない。(下記動画を参照)


◎[参考動画]Collection of unopened bales of newspapers – possible oshigami

◆5年間に渡り注文部数を3132部で定数化

最近の「押し紙」裁判のもうひとつの特徴として、新聞社が「定数主義」を柱とした販売政策を採用していることが、データにより暴露されたことである。ここでいう「定数主義」とは、「押し紙」裁判の原告弁護団が仮に命名した呼び方である。

次に示すのは、長崎県の読売新聞の元店主が起こした裁判で明らかになっている注文部数の変遷である。5年2カ月に渡って注文部数3132部で定数化(ロック)されていた。定数主義を柱とした販売政策の結果にほかならない。

2011年03月:3132部
2011年04月:3132部
2011年05月:3132部
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2015年11月:3132部
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2016年11月:3132部
2016年12月:3132部

読売新聞社は、実に5年間に渡って注文部数を3132部でロックしていた。新聞の購読者数が減っても、「注文部数」は変化しない。定まっている。それにより全国のABC部数の減部数を最小限に留めていた可能性が高い。

◆新聞社は地域単位で注文部数をロックしているのではないか?

しかし、注文部数のロックは読売新聞だけに見られる販売政策ではない。わたしは同じようなケースを他の新聞社系統の販売店でも多数確認している。この点にヒントを得てわたしは、新聞社は地域単位で注文部数をロックしているのではないかという仮説を立てた。

この点を確認するために、わたしは兵庫県全域をモデルとした調査を実施した。兵庫県全域をモデル地区として選んだのは、同県は多様な形態の自治体から構成されているからだ。神戸市などの大都市から、日本海沿岸の漁村まである。また、中央紙から地方紙までが、一定の勢力を維持している地域でもある。

調査で明らかにする点は、各自治体における中央紙5紙(朝日、読売、毎日、産経、日程)と地方紙(神戸)の部数の変遷である。それを確認することによって複数月にわたり、あるいは複数年にわたり部数が定数化されていないかを確認できる。

調査の結果、凄まじい実態が浮かび上がった。次に示すのは、読売新聞の部数ロックの詳細である。マーカーで示した部分が定数化された部数と期間である。

読売新聞の部数ロックの詳細

調査全体のまとめは、わたしのウエブサイトで紹介している。

【参考記事】新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑 http://www.kokusyo.jp/oshigami/16859/

◆戦前からあった「押し紙」

『新聞販売百年史』(日本新聞販売協会)に、「押し紙」について次のような記述がある。「昭和4年」から「昭和5年」にかけての「押し紙」の実態を記述したものである。

【引用】「増紙競争の結果による乱売や弊害は昭和四年、五年にかけて最も激しかった。この残紙、抱紙のために乱売が行われるだけでなく、それは従業員を苦しめ、主任を泣かす場合が多い。たとえば某直営出張所主任に向かって、増紙の責任部数三百を負わせたとすると、その店が十区域に分かれていれば、主任は十人の配達にこれを分担させる。配達一人に責任数三十部が課され、これを悉く勧誘して売れ口を求めれば問題は起こらぬが、仮に二十五部しか勧誘出来ぬとなれば、五部に対する代金の支払いは配達が負担する。そして給料から引かれるのである。」

「押し紙」問題は戦前からあった。それが極端にエスカレートしたのは、1998年から後である。それまで新聞業界は内部ルールで、予備紙の割合を搬入部数の2%と定めていた。しかし、この内部ルールを撤廃して、残紙はすべて予備紙ということにしてしまった。「押し紙」の概念そのものを書面から削除したのだ。その結果、販売店に残紙が溢れるようになったのである。新聞社が販売店に搬入する新聞の4割から5割が残紙という例も少なくない。

※だたし熊本日日新聞は、現在でも予備紙の割合を搬入部数の1.5%と定めている。

しかし、「残紙=予備紙」の詭弁も通用しなくなってきている。予備紙としての実態がほとんどないからだ。

新聞産業が戦前から今日まで「繁栄」してきたのは、公権力に保護されてきたからにほかならない。日本の権力構造を維持するための広報部として、世論誘導の役割を担ってきたから、一大産業として成立してきたのだ。

戦後、公権力は「押し紙」問題を不問に付してきた。その一方で、新聞人との癒着を強めた。新聞人と首相の会食が当たり前になった。このような構図こそが、紙面に有形無形の影響を及ぼしてきたのである。新聞ジャーナリズムの衰退は、記者個人の職能に原因があるのではなく、新聞のビジネスモデルの中に客観的な原因があるのだ。

「押し紙」は、ジャーナリズムの根源にかかわる問題なのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

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