20代前半血気盛んな若者たちが「祭り」で酒を飲めば、乱痴気騒ぎは避けられない。昼間から飲み始め何時間も飲んでいれば、酩酊したり、軽度の急性アルコール中毒になる学生が出るのも毎回のことだった。学園祭を運営する学生組織は、もめごとや軽度のアルコール中毒学生のケアーも手が回る限り対応にあたっていたが、普段見たこともないような大勢の人波にあふれるトラブルの全てをコントロールすることはやはり学生には無理がある。
◆学園祭の危機管理に不可欠だった「ガムテープ」
学生が手におえないような状態が発生した時「待機」している教職員に助っ人を求めてくる。一番多いのが酩酊者の扱いだ。悪酔いして暴れだしたり、喧嘩を始めて血まみれになって気を失っていたり、程度の酷い酩酊者を相手にするのはこちら側にもそれなりの体力と工夫がいる。
元気のいい学生が暴れだしたら、私が一人で取り押さえるのは危険だった。一人で何とかなるだろうと過信して取り押さえようとしたものの、顔を蹴られるは、投げ飛ばされそうになるわ、散々痛い目を食らった経験があった。その時に先輩の職員から、「なんでガムテープ持っていかへんかったん?」と秘訣を授けられた。
酩酊者に限らないが、乱暴者を取り押さえるのに「ガムテープ」はとても使いやすい「武器」なのだ(布製のガムテープは粘着力が強過ぎて皮膚を傷つける恐れがあるので、紙製のガムテープを使用していた)。
3人程で2本のガムテープを準備して「酩酊学生鎮圧」にかかるわけだが、要領はこうだ。まず一人が頭を抱えるようにして上半身を押さえつけながら地面に倒す(頭を押さえるのは怪我をさせないためである)。もう一人が足の動きを押さえにかかり動きを止める。この状態で酩酊学生は二人に取り押さえられているが、当然抵抗を止めず、バタついている。こういう状態の人間はたいてい大声を出しながら暴れるので、少々乱暴だが3人目はまず口にガムテープを張る。声を出せなくなると不思議だが体の抵抗が少し収まるのだ。次に膝を手早くガムテープでグルグル巻きにする。膝を固定するともう大暴れは出来ない。膝から足先までを順次巻き上げていき、下半身を完全に封じ込む。最後に手首を押さえつけて両手を固定すれば、一応完了だ。
その後酩酊学生を3人で抱えて保健室のベッドへ搬送(?)する。ミノムシのように簀巻きにされ、さぞや不本意なのであろう体をくねらせて抵抗するが、ガムテープの粘着力には余程体力のある学生でも太刀打ちできない。保健室に連れて行き、口に張ったガムテープをはがし、一人が給水と見張りで付き添い残りの二人は引き上げる。最初暴れようとして大声を出したり、体を動かそうとしていても、相当な体力を使ったためと、アルコールにより、しばらくすれば大抵眠りにつく。
◆学内での集団乱闘をどう収束したか?
単独学生の酩酊ならば、このように対応可能なのだが、騒ぎが100人の単位を超えると事態の深刻さは比べものではなくなる。
ある日、学園祭の終了時間間近になって事務室に学生が飛び込んできた。
「大変です。メインステージ前で大乱闘になってます。すぐ来てください!」
急を告げに来た学生は学園祭を運営している顔見知りの学生だ。彼らは責任感から、学園祭が終了するまでは一切の飲酒を自主規制しているのでデマではない。取り急ぎ事務室に待機していた職員数人とメインステージに向かう。怒号が飛び交い角材を振り回している者もいる。学生同士であればこれほど大規模な混乱は起こらない。学園祭を運営する不文律は個人の酩酊者を出すことはあっても集団での乱闘を阻止するように学生の間に浸透していた。
事情が呑み込めない。近くで模擬店をやっている学生に何がどうなったのかを聞く。
「暴れているのは学生じゃなくて外部の人間で、怪我した学生は校舎の中に運び込まれているんです」
よく見ると確かに乱暴している連中は似たような衣装を着ており、学生ではない。
私は、「うちの学生!絶対手を出すなよ!」とあらん限りの大声を出す。
「うちの学生はその場に座れ!」
ざっと見渡して200人ほどはひしめいている混雑の中で暴力を振るっている学外者を特定しないと対処ができない。私の指示は徐々に伝達されてゆき、やがて6、7人の人間を残してその場の学生は皆しゃがんだ姿勢となった。
その時、門衛さんが息を切らして走って来た。
「警察が入れろ言うてます!20人くらい来とるんです。どうしましょうか。今は止めてますねんけど」
暴力沙汰にびびった学生が110番をしたのだろう、しかし、この状態では絶対に警察を入れてはいけない。双方怪我人がいることは確実だろうから警察は事情聴取で何人も引っ張るだろう。それにかこつけて模擬店の学生や学内の捜査を行うに決まっている。私ともう一人の職員をその場に残して他の教職員は校門へ向かってもらう。20人の警察官ということは、たぶん機動隊も何人か来ていると想像される。絶対に何があっても警察を学内に入れないように説得にあたってもらう。
こちらは乱闘騒ぎの収拾を図らなければならない。
「何人ぐらい怪我させられたんや」と顔見知りの学生に聞くと、
「10人位かな。校舎の中に運び込んで中から鍵かけてます。ビール瓶で頭割られたり、角材でボコボコにされて出血ひどい先輩もいるから、救急車呼ばないと・・・」
「あほ!救急車呼んだら、また警察来るやないか!今既に20人位校門に来とんねんぞ!お前ら110番したんちゃうやろな」
「俺たちちゃうけど、見てた女の子が何人か110番してました」
「しゃあないなぁ」
事情は分かったので派手な服装の学外者へ声をかける。
「この大学の職員です、喧嘩になったと聞きましたのでうちの学生がご迷惑をかけたのであればお詫びしなければなりません。会議室へお越し頂けませんでしょうか」
「おっさん!どないしてくれんねん!お!このジャケット10万したんやで!破れてもうてもう着られへんやないか!お?」
「ですから、学生に非があればその分大学として補償さえて頂きます」
「弁償してくれるんかい?」
「学生に非があれば大学が補償いたします」
「おい、このおっさん弁償してくれるんやて。ほんなら話にいこうやないか。ごっつい損失やもんな!」
しめしめ、これで学生と乱暴者を引き離せる。と安心した時、静かに座っていた学生の中から大声が上がった。
「なんでそんな奴らに頭下げなあかんねん!」
そう声を上げたのは顔見知りの卒業生だった。勿論酔っている。こいつがほかの学生に火を付けたら収まるものも収まらない。
「何ぬかしとんじゃ!どあほ!」
そう怒鳴ると私はその卒業生に張り手をかました。
「田所さん、興奮せんといといてください!」
後輩の職員が止めに入る。
「演技や演技。学生が怒り出してまた乱闘になったらもう手が打てないやろ。ここには学生200人はおるんやで。勢いで鎮圧しないと、こっつち2人しかいないんやで。全然興奮なんかしてへん」と小声で伝える。彼には学外者を事務棟の会議室へ引率してくれるように頼み、私は怪我人の様子を見に校舎へ向かう。見慣れた連中がへたり込んでいる。
「なんで、こんなことになったん?」
「昨日、あいつらの一人が来てて大道具を壊しよったから、Aがどついたんです。そしたら今日仲間連れてきて・・・」
「お礼参りか。だいぶ怪我ひどそうやな」
「俺はビール瓶で頭二回やられました」
「ほとんど一方的か?」
「反撃しようにも、あいつら慣れてますよ。喧嘩」
「たぶん顔の折れてるで、君。今から車で病院に運ぶし。病院では学生同士で喧嘩した、っていうとき、あとで見舞い行くから」
怪我と程度から見れば学生が一方的に暴力を振るわれたことは明らかだ。学外からの乱入者をうまく聴取して「お灸」をすえるしかない。
いかにも喧嘩慣れした連中が片側に座る会議室に到着すると、
「今回は誠に申し訳ございませんでした。学生に事情を聞きましたがこちら側にも問題があるようですので、詳細をお聞きしたいと思います」
と腰を低くへつらい口調で会話を始める。
「補償をさせて頂くにあたり、皆さんのお名前、ご住所、被害内容が必要ですので、順番にお願いいたします」
これは暴行傷害立件のためにこちらが必要とする人定なのだが、「金」に注意が向っている学外者は脇があまりにも甘かった。
「俺か?名前は○○○○、住所○○○○、電話は○○○○。被害やけどなグアムで買うたロレックス壊されたわ。160万や。あとジャケットやパンツ合わせて200万位や」
「はい、次の方」
「名前は・・・・」
と同様のやり取りが続く。学外加害者の被害申告はどう見ても嘘だ。こちらが弱気になっていると思い、過剰に申告してくる。一応の聴取を終え、
「大学として総合的に調査し至急ご連絡を差し上げます。今日は混乱もありましたからこれでお引き取り下さい」と伝えると彼らも抵抗の素振りなく帰路についた。
暴行を受けた学生の見舞いに私は出向けない。それは他の職員に任せて早速「通告文書」の作成にかかる。
「○○様 過日、本学の学園祭で本学学生より、物質的な被害を受けたとお話を伺いましたが、その後の調査で貴殿らは本学学生に対して極めて悪質な暴行傷害を行っておられたことが判明しました。被害学生には顔面を複雑骨折したものもいます。本学としては貴殿のこのような暴力行為に対してこれ以上不当な補償要求を続けられるのであれば、誠に残念ではありますが警察当局の捜査に委ねるしかないと考えております」
翌日、学長の了承を得てこの文章を学外の加害者全員に送付した。効果はてきめんだった。時を於かず暴行に関わった学外者の親から「今回は勘弁して欲しい」との懇願の電話がかかってきた。学生の治療費などをこちらが請求できる状況だったが、その時は大学の判断としてそれは見送り「以後このような事が決してないように」要請するに留めた。
学園祭にトラブルはつきものだ。その時、被害者は怪我をさせられた学生たちだったが治療費は保険でカバーされ、校門前で一時は30人近くに膨れ上がった警察の入校も防ぐことができた。
これは10年近く前の話であるが、学園祭での飲酒自体がほぼ禁止となっている今日、紹介したような乱暴な景色はもうほとんどないだろう。
(田所敏夫)
タブーなき『紙の爆弾』 話題の11月号!