チェルノブイリ原発を奪取したプーチンのウクライナ侵攻と核による威嚇に対し、広島・長崎から同時に断固抗議! さとうしゅういち

2022年2月24日、ロシアのプーチン大統領は「平和維持活動」と称してウクライナへの侵攻を開始。ロシアが世界最大の核兵器保有国であることを強調しています。プーチン大統領の行動は、核兵器による威嚇という、核兵器禁止条約(ロシアは加入していないが、50ヶ国以上の批准で国際法としては発効している)で禁じられている行動でもあります。相手を切りつけまではいかなくとも、日本刀を抜いて見せびらかしているような話です。さらに、ロシア軍はチェルノブイリ原発を奪取。ウクライナには14の原発があり、万が一「原発戦災」になれば、それこそ地球滅亡にもつながりかねません。

これに対して被爆地の広島と長崎の市民有志がよびかけて、開戦3日目の2月26日、広島の原爆ドーム前と長崎の爆心地公園で同時に以下のプラカードを掲げ、プーチン大統領に侵攻をやめるとともに、威嚇を含めて核兵器を使わないよう求めました。

11時2分、60人の参加者は一斉にプラカードを掲げました。これは、長崎に原爆が投下された時間に合わせたもので、「核兵器使用は長崎で最後にしてほしい」(呼びかけ人のひとりの安彦恵里香さん、写真)との願いをこめてのものです。

2003年のイラク戦争のときは、2ヶ月前からアメリカがイラクを攻撃することが火を見より明らかでしたので、抗議デモも多くの人が参加しました。しかし、今回のロシアによるウクライナ侵攻は急なことです。それでも「どれだけ人が集まるか心配だっただがSNSなどを通じておもったより多くの人が参加」(安彦さん)しました。

今回の行動は「ロシアの人(一般市民)も巻き込まれただけだとおもう。市民同士でつながっていきたい」と、ロシアでもデモなどに参加して戦争に反対する人が少なくないことを念頭に、市民の連帯を重視したものです。

以下はステートメント《日本語》です。

私たちは、77年前に被爆した広島・長崎に暮らす市民です。

2月24日、ロシアはウクライナへの軍事攻撃を開始しました。プーチン大統領は、今回の軍事攻撃開始にあたって、核兵器使用の可能性を繰り返し述べています。また、ウクライナには15基の原発があり、ロシアはすでにチェルノブイリ原子力発電所を占拠したとの報道があります。私たちは、核兵器がもたらす破滅的な被害を知る被爆地の人間として、今回の争いが核による惨事を引き起こさないか憂慮しているとともに、核による脅威を振りかざすロシアに強く抗議します。

被爆から77年、未だ被爆者たちは原爆による健康被害とその不安に苦しみ続けています。被爆者たちはこうした自分達や家族が受けた苦しみから、核兵器を「人間として生きることも死ぬことも許さない」兵器であると訴えてきました。もう二度と、ヒロシマ・ナガサキをくり返してはなりません。

戦争で傷つくのはいつでも力のない市民です。私たちは、ロシアに国際法と国連憲章のもとに、市民の命や生活を脅かす全ての軍事行動を今すぐに停止することを求めます。そして、国際社会に軍事力ではなく、外交努力による平和を追求することを求めます。

NO MORE HIROSHIMA
NO MORE NAGASAKI
NO MORE WAR

2022年2月26日
広島・長崎の有志一同

広島:安彦恵里香、川崎梨乃、田中美穂、高垣慶太、高橋悠太
長崎:林田光弘

以上

◆ウクライナが核兵器を放棄しかったら偶発的核戦争の危険が増大するだけ

さて、今回のウクライナ侵攻をめぐって、日本でも「ウクライナは核兵器を放棄したから、ロシアに侵攻された」「だから、日本も核武装、憲法9条改正を」という意見が強まっています。このことについては、参加者の中からも危機感を感じました。

たしかに、ソビエト崩壊時にウクライナには世界第三位の核兵器が「放置」されました。しかし、中英仏を上回る核兵器を人口が4000万程度いわゆる中進国のウクライナが維持でできるかといえばそれはできないでしょう。核兵器をソビエトの後継国家であるロシアに返すしか、選択肢はなかったわけで「たら、れば」はナンセンスです。

よしんば、核兵器をウクライナが所持していればむしろ全面核戦争の危険はまします。キエフとモスクワはミサイルで数分の近さです。モスクワとワシントン、北京とワシントンの距離なら正体不明の飛翔体が確認された場合、相手国を問いただす時間があります。しかし、モスクワとキエフの距離だと時間はないです。正体不明の飛翔物体がうちあがった場合、「問答無用」で核ミサイルを相手にぶっ放すしか生き残る道はない、という判断を指導者がすることになります。誤解による偶発的核戦争の危険が非常に高まります。

また、そもそも、旧ソビエトが崩壊した時点ではNATOは無用の長物でした。解体するか、ロシアもふくむOSCEを主たる欧州の集団的安全保障の枠組みにするか?また、ウクライナなどについては、中露(つい最近まで国境が確定しないなどかなり緊張関係もあった)に挟まれたモンゴルのような非核兵器地帯にするなどの方策もあったはずです。それをせずに、ロシア抜きのNATOをロシアに接するところまで拡大した西側も調子にのりすぎた感はいなめません。反作用としての、ロシアのウクライナへの圧力を招いたのも否定できません。こうした外交プロセスがどうだったか?検証もせずに、核武装だ、憲法9条改正だ、というのはナンセンスです。

もちろん、だからといって、プーチンが一般市民も巻き添えにし、原発事故の危険すら顧みずにウクライナを攻撃したのは全く正当化できません。今の時点ではとにかく、戦争をやめさせるのが最優先です。ともかく、まるで、核兵器を放棄したのが悪いなどという議論は、一歩間違えれば、核保有国は非核国に対して何をしてもいい、ということになりかねません。あるいは、核戦力の増強に突き進む朝鮮の金正恩総書記を喜ばせるだけです。

◆戦闘停止と核不使用を迫ることが最優先 余計な核武装・改憲議論は核へのハードルを下げるだけ

核兵器の悲惨さは、核保有国も非核兵器国への核兵器の使用を躊躇する背景になってきました。

「こんなひどいものを使えば国際的な非難をあびて自分は失脚するかもしれない。」と思って核兵器の使用をためらった例は少なくありません。有名な例は、朝鮮戦争で当時は非核国だった中華人民共和国(国連的にはまだ中華民国が正統性を認められていた時代)への核兵器の使用をアメリカが検討したが断念した例はあります。あるいは、ブッシュ政権時代のアメリカはイラン、イラクやシリアなどについては「核兵器の使用をふくむ先制攻撃」を国家戦略としていました。イラクやシリアは攻撃しましたが核兵器は結局使いませんでした。核保有国に対してはとくに日本政府も広島・長崎の市民も先頭に立って、核兵器の非人道性をきちんと訴え、使用をあきらめさせる国際世論を維持・強化していくべきです。日本政府があまりやる気がない以上は市民がやるしかないでしょう。 

世界で最初の核兵器被害を受けた日本が、プーチンの土俵に乗って、核武装、憲法9条改正などと言い出せば、核保有国の核兵器使用や、非核国の核兵器開発へのハードルを下げることにもなりかねません。

もちろん、日本には石油などの値上がりの影響も及びます。それについて、たとえば、ガソリン税ゼロとか消費税ゼロなどで市民生活のこれ以上の困窮を防ぐのも大事な議論です。

ロシアでも26日現在でデモが60都市で行われ、1800人以上が拘束されたそうです。日本は事実上の一党独裁下とはいえ、言論の自由はロシアに比べればまだまだあります。しっかり行使をしていきましょう。ロシアの国内外の声でまず、核兵器の使用という最悪の自体を食い止めていきましょう。

◆長崎市民も参加してビキニ・デー講演会 「長年の核被害の軽視がプーチン暴走を後押し」

同じ26日は、午後には広島県原水協の主催で3.1ビキニ・デーの集会がオンライン併用で行われました。オンライン併用という特色を生かして、長崎の市民の方も参加しました。

1954年3月1日のビキニ環礁における水爆実験は、筆者の小学生時代には「第五福竜丸事件」と言われたものでした。しかし、実際には高知県など、多くの日本漁船、そして現地住民が被害を受けたことから、ビキニ・デーという呼称が定着しているようです。この事件を契機に原水爆禁止運動が高まったのは周知の事実です。

2022年ビキ二デーは、元広島平和研究所職員で今は奈良大学教授史学科の高橋博子さんが「封印された放射性降下物~黒い雨・ビキニ水爆被災」と題して講演されました。

40数年にわたる運動の結果、「黒い雨」訴訟は広島高裁でも“全面勝訴”しています。地裁判決をさらに踏み込み、11疾病に罹患していなくても当時その地域に居住し、放射性降下物にさらされた人全員を「被爆者」と認定することを命じています。しかし政府は、11疾病に罹患していることにこだわり、司法の判断を無視しようとしており、広島市もこれに屈しています。ビキニ水爆被災の真相をわずか7億2000万円の見舞金と引き換えに隠蔽・封印、福島原発事故の放射線被害の解明にも後ろ向きの日本政府の責任を厳しく批判する趣旨です。

高橋さんは、1950年に米軍が長崎の西山地区という場所で放射性降下物質を調査したにもかかわらず、全くそれが報告されていないこと、また、仁科博士が同じく1950年の遺稿で「西山地区の放射能は強い」「住民の白血球が高」と書き残していることを紹介。しかし、こうしたことが最近まで隠蔽されてきており、その隠蔽工作を2021年8月9日のNHKスペシャルがあばいたが、政府は現在でも「塩対応」だそうです。

そもそもが、ヒバクについての研究がアメリカ主導で、放射性兵器の開発のために行われてきたわけです。また、民間防衛のためにも行われてきたそうですが、その内容は「6000ミリシーベルトの放射能を浴びても何人か生き残る可能性がある」などというお粗末なものでした。

冷戦が終わったとき、核兵器がなくなるかも、という期待が広がりましたが、実際には「アメリカは力で冷戦に勝った」という神話がひろまってしまった、と高橋さんは、指摘。核の非人道性が十分問題とされないまま現在にきてしまった。日本政府も及び腰の中で、プーチンら旧東側も、バイデンら西側も核兵器の非人道性を十分認識しないまま、今に至っていることが、今回のウクライナの事態の背景にある、と厳しく批判しました。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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ゼレンスキー VS メドヴェドチュク ── 東西に挟撃されたウクライナ権力闘争の深層 横山茂彦

◆1年以上前から綿密に計画されてきた軍事征服・政権転覆

ロシアによるウクライナ侵攻は、ウクライナ軍およびウクライナ国民の反撃に遭い、現地は膠着状態だという(2月28日現在)。一説には、ロシア軍の安易な侵攻計画によるものだという。ロシア軍の装備はともかく、兵員に経験不足の新兵が多く、ベラルーシでの共同訓練で練度をかさねたものの、ウクライナ軍の士気の高い反撃に遭った。新兵たちがとまどっているのではないか、というものだ(軍事評論家)。

じっさいは、ロシアの作戦計画は政治的に安易だったとはいえ、計画そのものは1年ほどかけて練られてきたものだった。英王立防衛安保研究所のジャック・ワトリング(主任研究員)によると、ロシア軍の侵攻作戦は1年以上前から綿密に計画されてきたという。その計画には何段階もの軍事征服・政権転覆の計画があるという。

渋谷ハチ公前広場でのウクライナ支援集会(2022年2月26日筆者撮影)

◆ウクライナ騒乱の歴史的な流れ

ウクライナ騒乱の歴史的な流れを、ここで簡単に解説しておこう。

1991年 ソビエト連邦崩壊により、ウクライナ独立 
2004年 オレンジ革命でユシチェンコが大統領に
    ※ロシアとの対立が顕在化する
2010年 親ロ派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチが大統領に
2014年 ウクライナ騒乱
    ※親ロ派のヤヌコーヴィチ大統領が失脚
    親ロシア派騒乱 (2月~ 5月)で、ロシアによるクリミア併合
2014年 9月5日、ミンスク議定書=ウクライナ・ロシア・ドネツク人民共和国・ルガンスク人民共和国(調印したが休戦に失敗)
    ※ドンバス戦争(=東部内戦は、現在まで継続)
2015年 2月11日、ミンスク2(ミンスク合意)調印
2022年 2月25日、ロシアがウクライナ危機に侵攻

ソ連邦崩壊後の東欧民主化では、ポーランドやバルト三国をはじめ、軒並みに旧ソ連邦諸国がNATOに加盟した。ウクライナでもオレンジ革命以降、親西ヨーロッパ派が政権主流を占めてきたのである。

2010年にヤヌコーヴィチが大統領になったものの、反政府運動で姿をくらますなど、親ロ派は東部でも少数派に転落する。

◆ウクライナ侵攻の引き金となったメドヴェドチュク自宅軟禁事件

さて、そのかんの政治舞台では脇役だったが、ロシアにとって重要なキーパーソンが、昨年の5月に自宅軟禁される事態が起きた。じつは、これが今回のロシアによるウクライナ侵攻の引き金となったのだ。そのキーパーソンとは、「プーチンの傀儡」と言われる大富豪政治家、ヴィクトル・メドヴェドチュク(Viktor Medvedchuk)ある。

メドヴェドチュクは、自宅軟禁に先立つ2月に、国家反逆罪・国家領土に対する侵害罪で公訴されている。野党プラットフォーム「人生のために」の集会で「ドンバス地区を自治区にしなければならない」と発言したことが根拠となったものだ。この公訴こそ、1年前から侵攻が計画されたことに符合するのだ。


◎[参考動画]Russia: Putin says Medvedchuk has ‘noble mission’ after Vladivostok meeting(Ruptly 2019年9月6日)

◆全住民による抵抗

ウクライナ軍の意外な抵抗は、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領がキエフにとどまり、軍と国民を激励しているからだという。大統領はコメディアン出身らしく、その立ち居振る舞いに訴求力がある。

若いカップルが戦闘現場に行く前に結婚式を挙げ、同僚の兵士たちがそれを祝福する。花嫁も「女性にも出来ることがある」と現地にとどまる姿は、思わず涙をさそう。全世界がプーチンを糾弾し、ウクライナに同情的なのはもう勧善懲悪主義のストーリーを観ているようだ。

いっぽうで、ウクライナ政府は火炎瓶の作り方を指導し、AK47(カラシニコフ)をかたどった木製銃で国民たちが訓練をする。18歳以上、60歳以下の男性には国外脱出が禁止された。このあたりはコミューン(ソビエト)原則、住民が武装して外敵と戦う、ヨーロッパの伝統が、われわれ平和に慣らされてきた日本人には「怖い」。

◆軍事的な決着か、それとも政治的な妥協はあるのか

さて、その侵攻作戦の収拾はどうなるのか。プーチンの前時代的な戦争発動が、ほかならぬプーチン政権の終わりの始まりになる、との観測がメディアの論調になっているが、きわめて楽観的なものというしかない。

20年以上も独裁者に政権をゆだねてきたロシア連邦という国家が、簡単に民主化できるとは思えないからだ。17年革命から数えれば100年以上も、かの国は独裁者を称賛、高度な管理国家機能に従属してきたのだ。いや、共産主義政権時代よりも、よりいっそう独裁的な国家になったと言えるかもしれない

すなわちロシア連邦は、ソビエト連邦時代のロシア共和国ではなく、85の連邦構成体(46の州・9の地方政府・3つの連邦市・22の共和国・5つの自治管区および自治州)からなる連邦国家なのだ。生産手段の国有化が独占資本の管理下に代わったものの、その国家と経済組織を牛耳るのは、ソ連時代と変わらないノーメンクラツーラ(技術官僚・国家官僚)なのである。共産主義の理念がなくなった分だけ、その搾取と強権は、資本主義的な剥き出しのものになっているといえよう。

ロシア軍がウクライナ全土を制圧するにしても、侵攻作戦の頓挫で和平交渉になった場合(ベラルーシで開催が決定)でも、メドヴェドチュクがキーパーソンになるのは間違いないであろう。メドヴェドチュクとプーチンの関係は極めて親密で、プーチンはメドヴェドチュクの娘の名付け親でもあるという。

◆スタグフレーションの危機

最後にもうひとつ。ウクライナ情勢による天然ガス・石油不足である。ロシアに対する経済制裁(とくに3大銀行の資産凍結)が、ロシア資本の決裁を困難にする結果、エネルギー不足が日本にも波及している。

エネルギー系物資不足による日用品の高騰が、インフレと不況(スタグフレーション)をもたらそうとしているのだ。昭和時代の不況の再来となる可能性が高まっている。ウクライナ情勢から目が離せない。


◎[参考動画]小泉悠=東京大学先端科学技術研究センター特任助教2021年7月16日講演「プーチン・ロシアの『2024年問題』独裁色強まる内政と板挟みの外交」(公益財団法人 日本証券経済研究所「資本市場を考える会」 2021年9月22日配信)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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核兵器使用を明言した妄執の独裁者、ウラジーミル・プーチンとは何者なのか? ── 個人が世界史を変える可能性 横山茂彦

◆どういう人物なのか?

ウクライナのNATO加盟阻止。および東ウクライナの独立承認をもって、東西の緩衝地帯獲得をねらった侵略戦争の動機は、プーチンの個人的な体験にあるという。

ウラジーミル・プーチンはレニングラード国立大学を卒業後、KGBに就職して情報将校として16年間勤務している。そのかん対外情報アカデミー(赤旗大学)で諜報活動をまなび、東ドイツのドレスデンに派遣されている。

東ドイツでの勤務中は、情報機関・秘密警察である国家保安省(シュタージ)の身分証を持っていたことが、2018年になって明らかになっている。

ソ連邦共産党員でありKBG情報将校、同時に東ドイツの秘密警察だったのだ。この筋金入りの諜報員あがりの政治家は、ソ連邦時代を理想にしているという。

自身のトラウマになっているのは東ドイツの崩壊のとき、民衆が政権を崩壊させるために立ち上がった「壁の崩壊」だったというのだ。秘密警察の事務所で、勤務後にドイツビールを飲むのが楽しみだった男は、民衆の行動に驚愕し、恐怖したという。これがプーチンのトラウマとなった。

1991年8月の共産党解体までは共産党を離党せず、本人曰く党員証は今も持っているという(ロシアビヨンド)。


◎[参考動画]プーチン氏、ウクライナ2地域の独立を承認 軍派遣を命令(BBC News Japan 2022年2月22日)

共産党崩壊後はロシア大統領府総務局次長として、旧共産党資産の市場移行の管理を行ない、エリツイン政権の中枢に地位を築いてきた。そこから先は、チェチェン紛争(爆弾テロ)の鎮圧に辣腕をふるい、記者会見では「テロリストはどこまでも追跡する。便所にいてもぶち殺す」と発言して物議をかもした。いや、つよいロシアを待望する国民の拍手喝さいを浴びたのだった。エリツインによる禅譲後は、中央政権の権限の強化をはかりつつ大統領職を独占してきた。メドヴェージェフと大統領を交代しながらの、すでに20年にわたる長期専権となっている。

大統領権力の基盤が確立されたのは、エリツイン時代のオリガルヒ(新興財閥)との対決を通じてであった。

生産性の低下を小手先の国債乱発で乗り切ろうとしたエリツイン政権は、ハイパーインフレと軍の崩壊を招いていたが、プーチンはオリガルヒの脱税を取り締まることで、財閥の一部を取り込むことに成功したのである。もともとロシア経済の基幹産業は、豊富な天然資源と軍事産業である。警察と軍を再建することで、国家資本主義モデルともいうべき新体制を回復したのである。

◆民族主義と愛国主義

警察と軍、軍需産業を基軸にした国家である以上、民主主義は形がい化している。今回、ロシア国内ではウクライナ侵攻に反対する行動をした1700人が、治安当局によって拘束されたという。まさにKGB・シュタージの手法で民主主義を弾圧しているのだ。

プーチンが理想とするソ連邦の再来はしかし、共産主義ではなくロシアショービニズムともいうべき、民族主義的・愛国主義的な貌をしている。

20世紀がイデオロギーの時代だったと総括するならば、21世紀は宗教と民族主義・愛国主義(一国主義)の時代なのであろうか。民族主義と愛国主義には、じつはイデオロギーがない。誰もが民族の繁栄と国益を大義名分に、あるいは愛国者であることを誇る。プーチンにとってそれは、壁の崩壊というトラウマを払しょくし、共産主義に代わる大義名分となった。

ウクライナ侵攻を皮切りに東欧圏のロシア化を段階的にすすめ、西側ヨーロッパとアメリカ中心の世界を変える。その野望のためには、核兵器の使用すらいとわない。いやすでに、チェルノブイリ原発を制圧下におくことで、核を人質にしているのだ(実際に職員が拘留されているという)。

われわれは80年数年前を思い起こす。ヒトラーとその政権が、誰も思わなかった世界大戦を引き起こしたことを。そのとば口はオーストリア併合であり、ズデーデン地方の割譲によるチェコスロバキアの解体だった。アドルフ・ヒトラーもトラウマは、ウイーン時代の貧困とユダヤ人たちの裕福さへの羨望だった。個人のトラウマが歴史を動かす。われわれは、いまそれを現認しようとしているのかもしれない。
NATO諸国と交戦した場合は、ただちに第三次世界大戦に突入する危険があることだけは、今の段階で指摘しておかなければならないであろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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風雲急を告げる、ウクライナ戦争の本質 ── 戦争をもとめる国家・産業システム 横山茂彦

「平和の祭典(休戦期間)」オリンピックの終了とともに、事実上ウクライナ戦争(ロシアの侵攻)が始まった。

一部の報道によれば、プーチン大統領は21日、ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州の一部地域の独立を承認し、「平和維持」を目的として、この地域に対し、軍を派遣する命令書に署名した。

すなわち、ロシアのプーチン大統領が、親ロシア派が支配するウクライナ東部の一部地域の独立を承認し、同地域への軍の派遣を命令したというのだ。動員された規模は19万人で、第二次世界大戦いらいの規模だとされている。

ドネツク州とルガンスク州の一部地域は、2014年に人民共和国として一方的に親ロシア派が独立を宣言していたが、国際的には承認されておらず、独立を承認するよう今月21日にプーチン大統領に要請したものだ。

これに先立つ20日、アメリカのバイデン大統領は「プーチン大統領がウクライナ侵攻を決意した」と、記者会見していた。まるでバイデンがプーチンの決意を代弁し、それにプーチンが正面から応えたかたちで、戦争の火ぶたが切られようとしている。


◎[参考動画]Moscow Orders Troops To Ukraine’s Separatist Regions(MSNBC2022年2月22日)

◆地域覇権主義と軍産複合体

単純に言えば、ロシアの伝統的な拡張主義とアメリカの軍産複合体が、ウクライナ内戦の延長に軍隊を動かした、ということになる。

ロシアの拡張主義(地域覇権主義)は、それ自体は国家の本質的意志であり、旧共産党政権、プーチンなど独裁的な政権をこのむ国民性に支えられた強権外交である。

いっぽう、ロシアのウクライナ軍事侵攻をことさら過剰に喧伝し、みずからも数千人単位の兵員を周辺地域に動員したアメリカには、10年に1度は戦争をしないと、軍需商品が回転しない事情がある。したがって、国民の3000万人におよぶ軍産複合体の構成員たちの要望によるものだ。

そして、戦争発動の大義名分は東ヨーロッパ特有の、多民族の混住という特性において、自民族住民の保護を名目としている。この事情は、ナチスドイツの30年代後半の併呑主義の例をあげて、19世紀・20世紀いらいの国家と民族の矛盾にあると指摘してきた。

『平和の祭典』北京冬季五輪とウクライナの危機(2022年2月4日)
 
オリンピックが武器を持たない国家間の競争であるのとパラレルに、戦争は民族の防衛を名目とした国家間の闘争である。したがって、時期的にふたつのイベントが重なったのは、まったく偶然というわけではない。西側(米日・EU)が北京五輪を外交ボイコットするなか、プーチンは習近平との会談で合意を取り付けつつ、西側への圧力をつよめてきた。

そしてこの侵攻は二度目であり、前回とまったく同じ構造である。

北京オリンピックが閉幕したことで、現地メディアのなかでは、2014年のクリミア併合が、ソチオリンピック・パラリンピックの直後に行われたことを挙げて、歴史は繰り返されると予測されていた。まさにその通りになろうとしているのだ。

◆国境のない国

ここ数日間に、確認されているだけで1500件以上の「停戦合意違反」が生起し、ロシア系ウクライナ国民の大半が国境をこえているという。いや、事実上の国境は東ウクライナと首都キエフの中間にあって、武力制圧が国境線を決めることになる、いわば内戦下の国なのだ。

正規軍(ウクライナ軍)とロシア軍の衝突が、どのくらいの規模で起きるかは不明だが、ロシア軍が平和維持を名目に大軍でドネツク州とルガンスク州を制圧し、東ウクライナの事実上の支配権を確立することになるだろう。

ウクライナの全人口のうち、ロシア人は17.3%を占める。ほかに少数民族としてクリミア・タタール人、モルドヴァ人、ブルガリア人、ハンガリー人、ルーマニア人、ユダヤ人、高麗人(ロシア系朝鮮人)が4.6%。ウクライナ人は77.8%である。そして困難なのは、ロシア人の3分の1がロシア国籍(二重国籍)を持っていることだ。

このあたりが、われわれ日本人にはピンとこないところかもしれない。わが国の在留・在住外国人は280万人とされているが、帰化申請者は年間数千人(中国人・韓国人・朝鮮人など)におよぶが、国籍取得者は毎年千人前後である。

基本的に国籍条項で二重国籍が禁じられている(罰則なし)ので、積極的な二重国籍取得者はいない。

つまり、出生地主義の国(アメリカなど)で生まれた帰国子女、協定永住権取得者(在日韓国・朝鮮人)が帰化したさいに母国国籍を離脱しない場合など、特殊なケースを除いては二重国籍は発生しない。これがじつは島国の特性なのである。

ヨーロッパの、とくに東欧においてはたび重なる国境の書き替え(ウクライナの場合は、第一次大戦後のブレスト・リトウスク条約)によって、混住地域に国境線が引かれてきた。これが内戦の主要因であり、それに生じて大国間の地域覇権の争奪の大義名分となるわけだ。

いずれにしても、ウクライナが欧米に支援をもとめたことで、アメリカの軍事介入が日程に上りそうな勢いだ。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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「平和の祭典」北京冬季五輪とウクライナの危機 横山茂彦

2月2日に先行する競技(カーリング)が始まり、3日にはフリースタイルスキーをはじめとする協議が開始。4日には開会式が行われる。北京冬季五輪である。

クリスマスと五輪開催中は、全世界で戦火がやむ。これが様々な批判を浴びつつも、現在のオリンピックが「平和の祭典」と呼ばれるゆえんだ。

というのも、年初いらい緊張の度を高めてきたウクライナ情勢が、ひとまず本格的な銃火をまじえる危機を回避したかにみえるからだ。北京大会閉会後にも予想される、東ウクライナ騒乱をどのように捉えるべきか。危機がいったん回避されたいまこそ、その詳細を解説しておきたい。


◎[参考動画]【コロナ禍五輪】開催国・中国の選手団ら「防護服」で選手村入り 北京オリンピック(日テレNEWS 2022年2月2日)

◆ドンバス戦争は内戦なのか?

おもてむきは「ウクライナのNATO加盟に対する防衛的な圧力」とされるロシア軍の国境集結は、いっぽうでウクライナのクリミア奪還という陣地戦を背景にしている。その意味では、2014年のウクライナ騒乱とロシアによるクリミア自治共和国の併合いらい、ウクライナ国内ではドンバス戦争(東部紛争)といわれる内戦がその核心部分なのである。

今回の「危機」も、単に米ロ対立を政治的な軸にした、ウクライナのNATO加盟問題ではないのだ。ウクライナ国内のドネツク人民共和国およびルガンスク人民共和国を自称する分離主義勢力とウクライナ政府側との武力衝突。これが現在も継続していることを、世界のメディアは報じてこなかった。

クリミア騒乱(2014年)のときは、国章をつけていない軍服を着てバラクラバ(覆面)を着けた兵士たちが「ロシア軍部隊とみられる謎の武装集団」と、西側のメディアでも報じられていた。その後、内戦を装いながら、ロシア軍の侵攻が行なわれていたことが明らかになっている。

これらの実態がよくわからないまま、ロシア軍の侵攻で半月後には、クリミア自治共和国最高会議とセヴァストポリ市議会によるクリミア独立宣言(2014年3月)が採択されたのだった。契機となったのは、親ロシア派のヤヌコーヴィッチ政権の崩壊だった。

その後、2014年6月には大統領選挙によってペトロ・ポロシェンコ(親欧米派)が大統領に就任したが、東ウクライナでは親欧米の政権側と親ロの分離独立派が上記のドンバス戦争をくり広げてきたのだ。その犠牲者は5000人以上とされ、旧ユーゴ内戦いらいの激戦といわれている。

島国に育ったわれわれには想像しにくい感覚だが、東ヨーロッパは民族の混住が戦争の原因となる。たびかさなる戦争の結果としての国境線と、住民(民族)の居住地域が一致しない、混住化しているからだ。たとえばナチスドイツのオーストリア併合、ズデーデン併合によるチェコスロバキアの解体は、ドイツ系住民の民族自決権がその論拠だった。

◆なぜロシアは「東側」なのか?

それにしても、なぜロシアはウクライナのNATO加盟を問題にするのか。ソ連崩壊後、ロシアは資本主義国家(自由主義)になったのではなかったのか。という疑問が、極東の島国に暮らすわれわれの疑問を惹起する。

その意味では中国も資本主義(市場経済)化し、政治こそ共産党独裁だが、国家資本主義と呼べるものに開放されたのではなかったか。政治が共産主義で、経済が資本主義という政治経済体制を、社会主義国と呼ぶべきかそれとも資本主義国と呼ぶべきか、従来の政治観では解釈できないところまできている。

いや、逆にいえば日本も戦後成長を経る中で、国家独占資本主義(金融資本主義)として、社会的には大いに社会主義化(古典的な意味での、王権主義に対する社会主義)されてきた。ヨーロッパ諸国はもともと、19世紀的な社会主義(社会民主主義)である。経済面だけでいえば、国民皆保険制度のないアメリカだけが、社会形態的には純粋な資本主義国家といえるのだろう。メディアはあいかわらず「西側諸国」と対立する「東側」とロシアとその同盟国を報じている。


◎[参考動画]「真の目的はロシアの発展阻止」プーチン氏・米側の回答に“不快感”(ANN 2022年2月3日)

◆民主主義と人権

ロシアに限って言えば、プーチンという独裁者(国民が選挙で選んだ専制者)が君臨し、大統領令という強大な統制力で独占企業体をコントロールする。そこに社会主義時代にはなかった国家独占資本主義(レーニンの帝国主義論における規定)が、イノベーションと致富欲動を源泉に、新たな社会主義体制を構築してきたとはいえないだろうか。

その体制は人的な資源をもとにした中国型の官僚制国家資本主義と、領土および天然資源をもとにしたロシア型の違いはあれ、国家独占資本主義=高度な社会主義体制と定義することが可能だ。

残されたものは「民主主義」ということになるが、高度なアメリカ型民主主義を導入したとされる日本においても、民主主義はかなりレベルが低い(選挙の投票率の低さに集約される)のだから、あとは「人権」ということになるのだろう。人権問題が大いに問題視され、「西側諸国」が外交的ボイコットを発動した北京五輪を通じて、その片鱗を見せてもらいたいものだ。オリンピックと戦争、そして人権。それが当面の注目すべきテーマである。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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米国が台湾で狙っていること 台湾問題で日本のメディアは何を報じていないのか? 全米民主主義基金(NED)と際英文総統の親密な関係 黒薮哲哉

赤い絨毯(じゅうたん)を敷き詰めた演壇に立つ2人の人物。性別も人種も異なるが、両人とも黒いスーツに身を包み、張り付いたような笑みを浮かべて正面を見据えている。男の肩からは紫に金を調和させた仰々しいタスキがかかっている。メディアを使って世論を誘導し、紛争の火種をまき散らしてきた男、カール・ジャーシュマンである。

 
蔡英文総統と勲章を授与されたカール・ジャーシュマン(出典:全米民主主義基金のウェブサイト)

マスコミが盛んに「台湾有事」を報じている。台湾を巡って米中で武力衝突が起きて、それに日本が巻き込まれるというシナリオを繰り返している。それに呼応するかのように、日本では「反中」感情が急激に高まり、防衛費の増額が見込まれている。沖縄県の基地化にも拍車がかかっている。

しかし、日本のメディアが報じない肝心な動きがある。それは全米民主主義基金(NED)の台湾への接近である。この組織は、「反共キャンペーン」を地球規模で展開している米国政府系の基金である。

設立は1983年。中央アメリカの民族自決運動に対する介入を強めていた米国のレーガン大統領が設立した基金で、世界のあちらこちらで「民主化運動」を口実にした草の根ファシズムを育成してきた。ターゲットとした国を混乱させて政権交代を試みる。その手法は、トランプ政権の時代には、香港でも適用された。

全米民主主義基金は表向きは民間の非営利団体であるが、活動資金は米国の国家予算から支出されている。実態としては、米国政府そのものである。それゆえに昨年の12月にバイデン大統領が開催した民主主義サミット(The Summit for Democracy)でも、一定の役割を担ったのである。

◆ノーベル平和賞受賞のジャーナリストも参加

民主主義サミットが開催される前日、2021年12月8日、全米民主主義基金は、米国政府と敵対している国や地域で「民主化運動」なるものを展開している代表的な活動家やジャーナリストなどを集めて懇談会を開催した。参加者の中には、2021年にノーベル平和賞を受けたフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサも含まれていた。また、香港の「反中」活動家やニカラグアの反政府派のジャーナリストらも招待された。世論誘導の推進が全米民主主義基金の重要な方向性であるから、メディア関係者が人選に含まれていた可能性が高い。(出典:https://www.ned.org/news-members-of-us-congress-activists-experts-call-to-rebuild-democratic-momentum-summit/

この謀略組織が台湾の内部に入り込んで、香港のような混乱状態を生みだせば、米中の対立に拍車がかかる。中国が米国企業の必要不可欠な市場になっていることなどから、交戦になる可能性は少ないが、米中関係がさらに悪化する。

◆国連に資金援助して香港の人権状況をレポート

香港で混乱が続いていた2019年10月、ひとりの要人が台湾を訪問した。全米民主主義基金のカール・ジャーシュマン代表(当時、)である。ジャーシュマンは、1984年に代表に就任する以前は、国連の米国代表の上級顧問などを務めていた。

ジャーシュマン代表は、台湾の蔡英文総統から景星勳章を贈られた。(本稿冒頭の写真を参照)。景星勳章は台湾の発展に貢献をした人物に授与されるステータスのある勲章である。興味深いのは、台湾タイムスが掲載したジャーシュマンのインタビューである。当時、国際ニュースとして浮上していた香港の「民主化運動」についてジャーシュマンは、全米民主主義基金の「民主化運動」への支援方針はなんら変わらないとした上で、その活動資金について興味深い言及をした。

【引用】NED(全米民主主義基金)は、香港の活動家に資金提供をしているか否かについて、ジャーシュマンは「いいえ」と答えた。同氏は、NEDは、香港について3件の助成金を提供しているが、それは国連が人権と移民労働者の権利についての定期レポートを作成するためのものだと、述べた。(出典:https://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2019/12/14/2003727529

 つまり全米民主主義基金が、国連に資金援助をして香港の人権状況を報告させていたことになる。国連での勤務歴があり、国連との関係が深いジャーシュマンであるがゆえに、こうした戦略が可能になったと思われるが、別の見方をすれば、全米民主主義基金は、国際的な巨大組織を巻き込んだ世論誘導を香港で行ったことになる。その人物が、香港だけではなく、台湾にも接近しているのである。

カール・ジャーシュマンが景星勳章を授与されてから1年後の2020年8月、中国政府は香港問題に関与した11人の関係者に対し制裁措置を発動した。その中のひとりにジャーシュマンの名前があった。他にも米国系の組織では、共和党国際研究所のダニエル・トワイニング代表、国立民主研究所のデレク・ミッチェル代表、自由の家のマイケル・アブラモウィッツ代表の名前もあった。(出典: https://www.ned.org/democracy-and-human-rights-organizations-respond-to-threat-of-chinese-government-sanctions/

◆米国の世界戦略の変化、軍事介入から世論誘導へ

意外に認識されていないが、米国の世界戦略は、軍事介入を柱とした戦略から、外国の草の根ファシズム(「民主化運動」)の育成により、混乱状態を作り出し、米国に敵対的な政府を転覆させる戦略にシフトし始めている。その象徴的な行事が、米国のバイデン大統領が、昨年の12月9日と10日の日程で開催した民主主義サミットである。

トランプ大統領は、大統領就任当初から、「米国は世界の警察ではない」という立場を表明するようになった。同盟国に対して、軍事費などの相応な負担を求めるようになったのである。

その背景には、伝統的な軍事介入がだんだん機能しなくなってきた事情がある。加えて、米国内外の世論が伝統的な軍事介入を容認しなくなってきた事情もある。

 
アントニー・ブリンケン(出典:ウィキペディア)

バイデン政権が発足した後の2021年3月4日、アントニー・ブリンケン国務長官は、「米国人のための対外政策」と題する演説を行った。その中で、対外戦略の変更について、過去の失敗を認めた上で、次のように言及している。

「われわれは、将来、費用のかかる軍事介入により権威主義体制を転覆させ、民主主義を前進させることはしません。われわれは過去にはそうした戦略を取りましたが、うまくいきませんでした。それは民主主義のイメージを落とし、アメリカ人の信用失墜を招きました。われわれは違った方法を取ります。」

「繰り返しますが、これは過去の教訓から学んだことです。 アメリカ人は外国での米軍による介入が長期化することを懸念しています。それは真っ当なことです。介入がわれわれにとっても、関係者にとっても、いかに多額の費用を要するかを見てきました。

とりわけアフガニスタンと中東における過去数十年間の軍事介入を振り返るとき、それにより永続的な平和を構築するための力には限界があることを教訓として確認する必要があります。大規模な軍事介入の後には想像異常の困難が付きまといます。 外交的な道を探ることも困難になります。」(出典:https://www.state.gov/a-foreign-policy-for-the-american-people/

実際、米国軍は2021年8月、アフガニスタンから完全撤廃した。そして既に述べたように昨年12月、バイデン大統領が民主主義サミットを開催し、そこへ全米民主主義基金などが参加して、その専門性を発揮したのである。

◆第11回世界の民主主義運動のための地球会議」が台湾で

しかし、実態としては米国政府が本気で非暴力を提唱しているわけではない。ダブルスタンダードになっている。事実、外国で「民主化運動」なるものを展開して、国を混乱させた後、クーデターを起こす戦略がベネズエラ(2002年)やニカラグア(2018年)、そしてボリビア(2019年)で断行された。香港でも類似した状況が生まれていた。米国の戦略は、当該国から見れば内政干渉なのである。

筆者は、台湾でも米国が香港と同様の「反中キャンペーン」を展開するのではないかと見ている。火種は、米国側にある。香港と同じような状況になれば、中国も反応する可能性がある。

今年の10月には、「第11回世界の民主主義運動のための地球会議」が台湾で開催される。主催者は、「民主主義のための世界運動」という団体だ。しかし、この団体の事務局を務めているのは、米民主主義基金なのである。(出典:https://www.ned.org/press-release-11th-global-assembly-world-movement-for-democracy/

【参考記事】全米民主主義基金(NED)による「民主化運動」への資金提供、反共プロパガンダの温床に、香港、ニカラグア、ベネズエラ…… 

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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憲法改正ではなく、日米地位協定の改正を! 広島でもオミクロン株でのコロナ感染爆発! 拡張強化後の米軍岩国基地が「震源」か? さとうしゅういち

広島県内でも役所や企業が仕事始めだった2022年1月4日、広島県内の新型コロナウイルスの新規感染者数が109人と聞いて、筆者は腰を抜かしました。たった1週間前の2021年12月28日、すなわち役所の仕事納めだった日に1人だった感染者数が、指数関数的に爆発しています。こうした中、1月10日の成人式を広島市や大竹市は延期するなどの対応に追われています。広島県は宿泊療養施設の受け入れを開始しました。

今回の感染爆発の主役はオミクロン株とみられます。南アフリカなどでは死亡率や重症化率は従来型より低いというデータもありますが、反面で感染力が強いために、患者が桁違いに増えて、重症や死亡の「絶対数」は多くなる危険もあります。

◆隣接する岩国市との関連が多い広島県内感染例

そして、広島県の分析では、西隣で、広島市から直線距離でわずか30kmあまりの山口県岩国市との往来が関係する感染例が多いとのことです。

岩国市は広島県に隣接します。広島カープの2軍の本拠地も岩国市の由宇というところにあります。岩国からわたしの事務所がある広島市の安佐南区に通勤してこられる方も多くおられます。大昔、わたしが、岩国の酒場で県外だからと油断して大酒をのんで遊んでいたら、突然、となりの席の方に声をかけられ、「古市橋駅前でよく演説している人でしょう」と声をかけられ、驚愕して酔いが覚める、という不覚を取ったことがあります。また、それなりの有名な雑誌などでも「広島県岩国市」と誤記していたりすることがみられました。

◆拡張強化された岩国基地で先行して感染爆発

そして、その岩国市では一般市民に先行して、米軍岩国基地で感染爆発が起きています。米軍岩国基地は、現在は、軍人、軍属、家族をあわせて10000人以上の方がおられます。昔は、3000人規模だったのが、2013年度ころに空中給油機、さらには2014年度ころに厚木基地の艦載機が移駐して10000人にふくれあがりました。その岩国基地では2022年1月5日にはなんと182人もの新規感染者が出ています。

広島県内(県内)、岩国市内(岩国)、米軍岩国基地(基地)の新規感染者数は以下のように推移しています。

     県内-岩国-基地
12/01~20 0-0-0
12/21   0ー0-1
12/22   2-0-1
12/23   3-1-0
12/24   1-0-0
12/25   5-1-0
12/26   1-1-0
12/27   1-1-8
12/28   1-1-5
12/29   3-7-80
12/30   6-7-27
12/31   23-8-23
01/01   21-14-0
01/02   57-13-0
01/03   40-44-50(岩国基地は3日分をまとめて発表)
01/04   109-62-47
01/05   138-70-182

広島県の人口は280万弱(2021年に280万を割り込んだ)、岩国市が14万人弱、米軍岩国基地が上述のとおり1万人強です。

12月27日に岩国基地で8人の感染を確認すると、2日後には、80人に急増。岩国の一般市民でも1→7人に増えます。31日には、広島県内でも23人感染となりますが、これは県東部の尾道市でのクラスターによるものです。岩国とは関係がない可能性が高いでしょう。しかし、2022年元日。広島県で21人を記録。そして、わずか3日後の4日に109人、5日には138人を記録します。

◆人口あたり感染数、今の岩国基地は2週間後の広島か?

5日時点では、1週間の人口10万人あたりの新規感染者は岩国基地が3000人くらい、岩国市が150人くらい、広島県が14人くらいです。12月30日では、岩国基地が1200人くらい、岩国市が13人くらい、広島県内が6~7人くらい。12月28日では、岩国基地が150人くらい、岩国市が4人くらい。広島県内でも5人くらい。

岩国基地についていえば、毎日100万人が感染しているアメリカ本土と同等であるのはうなずけます。米軍兵士らは、パスポートもなしに、自由に日米を往来できるのです。

その岩国基地に遅れること8日で岩国市が基地と同程度の人口あたり感染数になる。さらにおくれること6日くらいで広島県内が岩国市と同程度になる。こういう関係が読み取れます。いまの岩国基地は2週間後の広島県という予測はできます。

◆変えるなら憲法よりも日米地位協定を変えるべき

広島県知事はすでに、岩国基地に対して、対策の強化を求めています。米軍基地を震源とする感染爆発はすでに沖縄県で起きています。沖縄県知事も米軍に対して激怒し、政府にはまんえん防止措置を求めていますが当然です。

コロナ対策に関連して、自民党など右派勢力からは、緊急事態条項創設を求める声が強まっています。しかし、まずは、米軍基地をなんとかするのが先ではないでしょうか?

米軍兵士らは、パスポートもなしに自由に日米を往復できています。これまでと桁違いの感染状況にある岩国基地からも事実上、自由に出入りできてしまいます。日本人は困窮者急増にみられるように、生活を犠牲にしてまで協力をしている。しかし、米軍にぶっ壊されてはたまったものではありません。

2008年岩国市長選挙の様子。この時、井原勝介前市長が打倒されたことが、14年後にコロナ災害の拡大につながろうとはおもいもよらなかった

日本政府は、コロナを災害指定し、全住民に、大水害や大震災の被災者と同様の生活再建支援をすればいいのです。緊急事態条項などいりません。日本全国を激甚災害に指定すれば、自治体が仕事をしやすいように、国が思い切った補助ができます。

それとともに、日米地位協定を変えるべきです。日本の国内にいる以上、米軍兵士の皆様にも、日本人同様にご協力をいただかなければなりません。今後も、コロナに限らず感染症が世界的な流行をみることは十分に想定できます。

岩国基地の地元の岩国市民は、2006年、いったんは艦載機の移駐を拒否する住民投票結果を出しました。しかし、自民党政府が財政面での執拗な締め上げを行ったのです。それに市議会多数派が屈して、当時の井原勝介市長の市政運営の脚をひっぱりました。

2008年の出直し市長選挙で議会多数派は、自民党代議士だった福田現市長をかついで井原市長を打倒。福田現市長が、交付金と引き換えに米軍基地強化を受け入れた経緯があります。基地の規模は人員ベースで3倍以上になりました。

それ以降、筆者が住む広島市内でも米軍機が我が物顔で飛ぶようになり、爆音が増えるなど被害が増えていました。その矢先の米軍によるコロナ災害拡大です。岩国市民も広島県民もこれ以上、米軍になめられてはいけん。日米地位協定改定を今回のことも教訓に強く求めていきましょう。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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特攻は志願制ではなかった ── 76年目に明かされる特攻隊の真実 テレビ朝日の終戦特番「不死身の特攻兵」の実相 横山茂彦

◆戦史は歴史観か、それとも史料になるのか

年々、新たになるのは古代史や中世史だけではなく、現代史においてもその中核である日中・太平洋戦争史でも同じようだ。今年の終戦特集番組はそれを実感させた。

 
『不死身の特攻兵(1)生キトシ生ケル者タチヘ』(原作=鴻上尚史、漫画=東直輝、講談社ヤンマガKCスペシャル2018年)

個人的なことだが、父親が予科練(海軍飛行予科練習生)だったので、本棚は戦史もので埋まっていた。軍歌のレコードもあって、聴かされているうちに覚えてしまい、昭和元禄の時代に軍隊にあこがれる少年時代であった。そういうわたしが学生運動にのめり込んだのだから不思議な気もするが、じつは両者は命がけという意味で通底している。

たとえば三派全学連と三島由紀夫へのシンパシーは、一見すると真逆に見えるが、三島研究を進めるにつれて、そうではなかったとわかる。自民党と既成左翼に対抗するという意味で、三島と三派および全共闘は共通しているのだ(東大全共闘と三島由紀夫の対話集会)。

つまり過激なことが好きで、戦争に興味があるのも、ミリタリズムへの憧れとともに、そこに人間の本質が劇的に顕われるからではないだろうか。およそ文学というものはその大半が、恋愛と戦争のためにある。

◆特攻は志願制ではなかった

戦史通には改めて驚くほどのことではないかもしれないが、テレ朝の「ラストメッセージ“不死身の特攻兵”佐々木友次伍長」は、戦前の日本人の死生観を考えるうえで興味深いものがあった。

その特攻隊は、陸軍の万朶隊という。日本陸軍は基地招集の単位で動くので、万朶隊は茨城県の鎌田教導飛行師団で編成され、フィリピンのルソン島リパへ進出した。そこで特攻隊であることを命じられ、岩本益臣大尉を先頭に猛特訓に励む。ときあたかもレイテ海戦で海軍が敗北し、フィリピンの攻防が激化していた。

最近の特集番組で明らかになったのは、特攻隊がかならずしも志願制ではなかったという事実だ。

従来、われわれの理解では部隊単位で各自に志願を問われ、全員が手を挙げて志願することで、特攻は志願者ばかりだった。と解説されてきたものだ。ところが、実態は「どうせ全員が志願するのだから、命令でいいだろう」というものだったようだ。

レイテ決戦のときの「敷島隊」の関行男中佐も「僕のような優秀なパイロットを殺すようでは、日本も終わりだ」と言い捨てたと明らかになっている。従来、敷島隊は「ぜひ、やらせてください」という隊員の反応(これも確かなのだろう)だけが伝わっていた。

 
大貫健一郎、渡辺考『特攻隊振武寮 帰還兵は地獄を見た』(朝日文庫2018年)

さて、特攻を命じられた岩本隊長は、ふだんの温厚さをかなぐり捨てて、大いに荒れたが、部下には「大物(空母や戦艦)がいないなら、何度でもやり直せ。無駄死にはするな」と命じていた。特攻の覚悟はあったが、暗に通常攻撃を督励していたといえよう。

岩本は特攻機を改造もさせている。特攻機は爆弾をハンダ付けし、機体もろとも突入することで戦果が得られる。爆弾を内装する爆撃機仕様の場合は、起爆信管が機体の頭に突き出している。

その「九九式双発軽爆撃機」の3本の突き出た起爆管を1本にする改造を行っている。このときに爆弾投下装置に更に改修が加えられ、手元の手動索によって爆弾が投下できるようになったのだ。

これは番組では岩本の独断とされていたが、鉾田飛行師団司令の許可を得てあったのが史実だ。

だが、その岩本大尉は同僚の飛行隊長らとともに、陸軍第4航空軍司令部のあるマニラに行く途中に、米軍機に撃墜されてしまう。万朶隊の出撃を前に、司令部が宴会をやるので招いたというものだ。

クルマで来るように指示したのに、飛行機で来たからやられたとか、ゲリラがいるのでクルマで行ける行程ではなかったとか、これには諸説ある。

◆9回の特攻命令

雨に祟られた甲子園大会も、なんとか再開したが野球のことではない。

9回特攻を命じられたのは、下士官の佐々木友次伍長である。佐々木は岩本大尉の教えに忠実に、大物がいなかったから通常攻撃(爆弾投下)で戦果を挙げていた。つまり突入せずに帰還したのである。

ところが、大本営陸軍部は佐々木らの特攻で「戦艦を撃沈」(実際は上陸用揚陸艦に損害)と発表し、佐々木も軍神(戦死者)のひとりとされていた。軍神が還ってきたのである。

第4飛行師団参謀長の猿渡が「どういうつもりで帰ってきたのか」と詰問したが、佐々木は「犬死にしないようにやりなおすつもりでした」と答えている。

第4航空軍司令部にも帰還報告したところ、参謀の美濃部浩次少佐は大本営に「佐々木は突入して戦死した」と報告した手前「大本営で発表したことは、恐れ多くも、上聞に達したことである。このことをよく胆に銘じて、次の攻撃には本当に戦艦を沈めてもらいたい」と命じた。

 
鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社現代新書2017年)

ようするに、天皇にも上奏した戦死なので「かならず死ぬように」というのだ。機体の故障、独断の通常攻撃、出撃するも敵艦視ず、また故障。という具合に、生きて還ること9回。正規の命令書に違反しているのだから軍規違反、敵前逃亡とおなじ軍法会議ものだが、なにしろ岩本大尉の「無駄死にするな」という命令も生きている。戦果も上げる(突入と発表される)から故郷では二度まで、軍神のための盛大な葬式が行なわれたという。詳しくは、鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社現代新書2017年)を参照。
そうしているうちに、フィリピンの陸軍航空団もじり貧となり、第4航空軍の富永恭次中将が南方軍司令部に無断で台湾に撤退した。この富永中将は特攻隊員を送り出すときに「この富永も、最後の一機に乗って突入する」と明言していた人物である。

海軍の特攻創始者である大西瀧治郎は、敗戦翌日に介錯なしで自決。介錯なしの自決には、陸軍大臣阿南惟幾も。連合艦隊参謀長(終戦時は第5航空艦隊長官)の宇垣纏は、玉音放送後に17名の部下を道連れに特攻出撃して死んだ。

本当に特攻は有効だったのか、アメリカ海軍の記録では通常攻撃の被害のほうが大きかった。というデータがあり、従来これはカミカゼ攻撃の被害を軽微にしたがっているなどと解説されてきた。だが、海軍の扶桑部隊などの歴史を知ると、訓練不足の若年兵はともかく、ベテランパイロットによる通常(反復)攻撃のほうに軍配が上がりそうだ。ともあれ、特攻が将兵の自発的・志願制ではなく、日本人的な暗黙の強制だったことは明白となってきた。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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8月9日長崎 青い空だけが変わらない 田所敏夫

わたしは知っている。奴らが「忘却」を武器に時間の経過を利用しながら、あのことを「なかった」ものにしようとたくらんでいることを。

わたしは、ずっと昔から気が付いている。どの時代でも「マスメディア」などは信用するに値せず、少数の例外を除いては、いつでも扇情的で、事実の伝達よりは、体制補完に意識的・無意識的に結果、熱心に作用していることを。

わたしは痛めつけられてきた。異端に対するこの島国の住人からのまなざしに。無言のうちに成立する不気味な「調和」、「規律」、「統一行動」。それから精神的に逸脱するもの、行動で逸脱するものへ、情け容赦なく加えられる、あの集団ヒステリアともいうべき、排他の態度に。目は血走り、殴り蹴飛ばすこともいとはないあの狂気。

わたしは見抜いている。「地球温暖化」を理由とした「脱炭素社会」の大いなる欺瞞を。「炭素」は人間の体を構成する元素じゃないのか。わたしたちは吐息をするごとに二酸化炭素を吐き出しているだろう。一酸化炭素を人間が吸いこめば、下手をすれば死ぬ。でも二酸化炭素がなければどうやって「光合成」は行われるのだ。「光合成」が止まってしまっても、人間や動物は生きていられるのか。「炭素」全体を悪者扱いする議論は、人間だけではなく生態系の否定に繋がるんじゃないのか。違うというのであれば、下段にわたしのメールアドレスを示しているので、どなたかご教示いただきたい。この議論は「地球温暖化」→「二酸化炭素犯人説」→「脱炭素」→「原発容認」→「核兵器温存」とつながる、実に悪意が明確でありながら、当面世界経済に新たな市場を生む分野として、末期資本主義社会には期待されている。わたしは資本主義を激烈に嫌悪し、早期に滅びてほしいと願うものである。

わたしは、激高している。76年前のきょう、灼熱に焼かれた、瞬時に焼き殺された、時間をかけて苦しんで死んでいった、長年被爆の後遺症に苦しんだ、体の記憶を、薄っぺらで限られた時間の中だけで扱えば、それで事足れりと始末してしまう、人々のメンタリティーに。

わたしは、半ばあきれながら軽蔑し、いずれは「矢を撃とう」と考えている。わたしが、被爆影響の可能性が高い症状であることを、明かしたことに対して、ろくな覚悟もないくせに、難癖をつけてくる、ちんけで気の毒な人間に。体の痛みがどれほどのことかもわからないくせに、軽々しくもわたしの体調をあげつらう人間。それは現象としてはわたし個人が対象であっても、そこから射程をひろげれば、被爆者(原爆・核兵器・原発)に対するある種の共通性を持った社会的態度と通じる。「黒い雨裁判」は高裁勝訴を勝ち取るまでに、どれほどの時間を要したことか。個人による侮蔑、行政による不作為または無視。わたしの価値観ではどちらも同罪だ。

2021年8月9日。毎年震度7クラスの地震が起き、原発4基が爆発し、ゲリラ豪雨により毎年河川氾濫は当たり前。世界中で感染症が波状的に襲ってきて、「軽症患者は入院させない」と棄民宣言を平然とのたまう政府。これは「地獄図絵」ではないのか。

わたしは、30年前にこんな「地獄図絵」は予見できなかった。大きな天災や人災の一つ二つはあるだろうとはおもった。人間の知性が総体として崩れゆくだろうとも予感した。毎日が「あたりまえ」のように流れてゆくゆえ、人間は鈍感になる。徹底的に鈍感になっていると思う。2021年8月9日は1945年8月9日と、表情は違うものの「地獄図絵」が展開されていることにかわりはない。

「地獄」におかれてもまだ「地獄」だと感知できず、高らかに乾いた笑い声をあげるひとびとは、さらにそぞろ寒い光景を際立させる。

青い空だけが変わらない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

*「祈」の書は龍一郎揮毫です。
下の「まだ まにあう」は、チェルノブイリ原発事故の翌年に、龍一郎と同じく福岡の主婦が、原発の危険性を説いて人々の自覚を促す長い手紙を書き、これが『まだ、まにあうのなら』という本になりました。佐藤雅彦『まだ、まにあう! ―原発公害・放射能地獄のニッポンで生きのびる知恵』は、これに触発されて、福島原発事故後の2011年11月に急遽刊行されました。ご関心があれば、ぜひご購読お願いいたします。お申し込みは、https://www.amazon.co.jp/dp/4846308472/ へ。

龍一郎・揮毫
佐藤雅彦『まだ、まにあう! ―原発公害・放射能地獄のニッポンで生きのびる知恵』

佐藤雅彦『まだ、まにあう! ―原発公害・放射能地獄のニッポンで生きのびる知恵』
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台湾の武力併合を射程に、香港民主化を圧殺する習近平 米中の軍事的衝突を孕んだ危機 横山茂彦

◆北戴河会議で何が話し合われたのか

台湾出身の評論家・黄文雄のメールマガジン「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」によれば、習近平のアジア戦略が急展開を見せるだろうと観測されている。

黄氏の分析によると、現在の香港に対する締め付けは、じつは台湾との統一に向けたものだとしている。そして香港での一連の騒動(国家安全維持法反対デモ)のなかで、中国では恒例の北戴河会議が行われたという。

この北戴河会議とは、渤海湾に面した中国河北省の保養地・北戴河に毎年7月下旬から8月上旬ごろにかけて、共産党の指導部や引退した長老らが避暑を兼ねて集まり、人事などの重要事項を非公式に話し合う会議である。毛沢東時代から開かれてきたが、会議の開催や結果は公表されない。胡錦濤・前国家主席時代の2003年にいったん中止を決めたものの、数年後には復活した。

今年はコロナウイルスの関係で開かれない見通しだったが、開かれたことに習政権の危機感が感じられる。習政権に批判的な長老が参加する会議を、あえて開いた意味は大きいとみられる。

会議の内容は言うまでもなく、米中問題や香港問題、そして2022年の共産党大会での習近平の続投問題などであろう。

黄氏の分析では、台湾との統一がこれまでの「平和統一」ではなく、武力をふくめた強硬なものに変化しつつあるという。

「5月末に行われた中国の全国人民代表大会での李克強首相の政府活動報告では、昨年までの『平和統一』を目指すという表現から、『平和』が抜けて、『統一』を目指すという表現になりました。そしてこのときの全人代で、香港への国家安全維持法制定を決定したのです」(黄氏)

習近平は2022年の共産党大会で、総書記3期目を狙っているという。マルクス・レーニン主義、毛沢東思想につづき、自分の思想・路線を「習近平路線」として個人崇拝的に打ち出し、個人独裁をもめざす習総書記にとって、いまだ足りないのは対外的な実績である。

そのための実績づくりとして、台湾併合を急ぎたい。その併合は、武力をふくめた強硬なものに変化しつつあるのだ。そのいっぽうで香港立法会議員の任期を1年延期している。いま香港で選挙を行えば、民主派による反中キャンペーンで香港が再び大混乱するという懸念からである。

台湾では今年1月の総統選挙で蔡英文が再選し、あと4年は民進党政権が続く見通しだ。しかも蔡英文は、新型コロナ対策の封じ込めに成功したため支持率が高く、これが急速に低下することも考えにくい。

そこで、習近平政権による軍事行動をふくむ強硬策が考えられると、黄氏は言う。

「台湾国防部は2018年に『中共軍事力報告書』を発表しましたが、そこでは、中国は2020年までに全面的な侵攻作戦能力の完備を目指しているという見方を示しました。そして、中国が武力侵攻する可能性があるのは『台湾による独立の宣言、台湾内部の動乱、核兵器の保有、中国との平和的統一を目指す対話の遅延、外国勢力による台湾への政治介入、外国軍の台湾駐留などが起きた際だ』と分析しています」

その「外国勢力による台湾への政治介入、外国軍の台湾駐留」が、アメリカを想定したものであることは言うを待たない。当面の中米の「戦場」は東シナ海であろう。


◎[参考動画]中国で海軍創設70周年行事 初の空母参加 北朝鮮も(ANNnews 2019年4月23日)

ここ数年の空母(遼寧ほか)をふくむ海軍の増強は、東シナ海(第一列島線)での制海権の確立、および南沙諸島の拠点化を見すえたものにほかならない。沿海海軍から、外洋艦隊(第二列島線越え)への脱皮、そして空軍力でも対台湾力関係の逆転が展望されている。

香港の民主化運動を締めつけ、返す刀で台湾の武力併合をめざす。この戦略は南沙諸島への軍港・飛行場建設などを見れば、中国の太平洋戦略はきわめて現実的なものとなってくる。

◆アメリカの動きをみれば、中国の戦略が浮き彫りになる

中国の太平洋戦略を見すえた、アメリカの動きも急ピッチである。

アメリカのアザー厚生長官が8月10日、台北市内の総統府で蔡英文(ツァイ・インウェン)総統と会談した。アザー長官は「台湾を強く支持し、友好的であるというトランプ大統領の意向を伝えにきた」と表明し、蔡総統も長官の訪台を「台米にとって大きな一歩だ」と歓迎している。

アメリカの閣僚の台湾訪問はじつに6年ぶりで、米台高官の相互訪問を促す米「台湾旅行法」成立後では初めてとなる。トランプ政権はアザー長官の訪台を1979年の国交断絶いらい、最高位の高官派遣としている。いうまでもなく、トランプ政権の「歴代アメリカ政権の中国政策の誤り」を是正するものとして、対中包囲網の一環を形成したことになる。

この15日にも空母ロナルド・レーガンとニミッツをふくむ空母打撃群が、東シナ海での演習を行なった。この空母打撃群は7月にも2度にわたり、空母以外の4隻の艦艇をともなう、本格的な水上訓練をおこなっている。

いっぽう、中国も7月1日から5日までに西沙諸島周辺で海軍演習を行なっている。このときは3つの戦区海軍(北部戦区海軍、東部戦区海軍、南部戦区海軍)から、それぞれ黄海、東シナ海、南シナ海に同時に大演習を実施させている。中でも南部戦区海軍は、南シナ海の中でも領土紛争を抱える機微な海域で演習を実施した。
中国は8月にも海南島沖の南シナ海で、東沙島奪取を想定した大規模な上陸演習を計画している。これについて、日本の防衛省防衛研究所はつぎのように分析している。

「海軍陸戦隊を主体にして南海艦隊の071ドック揚陸艦、Z8ヘリコプター、大型ホバークラフトなどを動員した本格的なものになるだろう」と。

このかん、自衛隊も公開訓練のなかで「島嶼奪還を想定した」上陸訓練や降下訓練をくり返している。アメリカ海軍との水上訓練も積み重ねてきている。この分野では、完全にシビリアンコントロールは機能していないとみるべきだろう。


◎[参考動画]USS America Conduct Flight Operations in South China Sea, F-35B Lightning II, CH-53E Super Stallion


◎[参考動画]USS Gabrielle Giffords On Patrol in the South China Sea

◆主役として巻き込まれることに、無自覚な日本政府

領土問題など政治的に緊張のある海域での演習・訓練は、そのまま軍事をふくむ外交戦略である。戦争が別の手段をもってする政治の継続(クラウゼヴィッツ)である以上、高度な政治戦の段階にあるとみるべきであろう。

とくに大統領選挙をひかえたトランプ政権において、外交上の実績づくりはそのまま得票を左右するものとなる。10年に一度は戦争をしなければならない、軍産複合体(人口3000万人)をその内部に抱えるアメリカにとって、それはトランプの単なる思いつきが契機になるわけではない。アメリカ社会そのものが戦争を必要とし、その格好の材料として中国の挑発、あるいはその第二戦線としての朝鮮半島情勢。すなわち北朝鮮の核・ミサイル武装の問題が浮上してくるのだ。

日本のシビリアンコントロールが機能していないというのは、アメリカ海軍の動きに自衛隊が自動的に巻き込まれ、いっぽうで日本政府が米中の政治的緊張とまったく別のところにいる、という意味である。あるいは無為と言い換えても良い。

アメリカの軍事的・政治的パートナーである日本は安倍政権という、からっきし危機管理に弱い反面、アメリカの言いなりになる意志薄弱な政権を抱えている。戦後75年において、わが国の事情とは関係なく戦争の危機はすぐそこにある。にもかかわらず、その戦争の危機の主役は無自覚なままなのだ。


◎[参考動画]中国建国70周年 最大規模の軍事パレード(テレ東NEWS 2019年10月1日)


◎[参考動画][中華人民共和国成立70周年] (CCTV 2019年10月1日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】 新型コロナ 安倍「無策」の理由
『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機