ムエローク2017.3rd 伊藤紗弥、天才少女から伝説の女王への飛躍!

ワイクルーも綺麗だった両者の舞い
崩れないファチャンライに蹴り負けない展開を見せた伊藤紗弥
後半はロープに詰める攻めが目立った伊藤紗弥

伊藤紗弥(尚武会)がミニフライ級で世界統一を目指す第一歩、WMC世界ミニフライ級王座奪取。今後同級でWPMF世界王座、WBCムエタイ世界王座を狙い、ムエタイとして世界主要3団体となる王座統一を目指しています。

試合はやや体格差が影響したか、蹴り返してくるファランチャイに突破口が見い出せない印象も、次第に追う展開に導きスタミナ豊富にポイントで優った勝利で世界王座奪取。

久世秀樹(レンジャー)はムエタイの壁に阻まれる展開。2ラウンド後半からコチャサーンが始動開始、主導権を奪われジワジワと攻められていく。久世がパンチで攻めるところは優位に見えてもゴチャサーンは体幹がブレず冷静。久世はヒジ打ちを貰って口の中を切ったと思われる中、攻めてもバランスの悪い体勢。内容的にも大差が付いた世界挑戦でした。

山田航暉(キングムエ)は、スピーディーな展開で挑戦者.鳩(=あつむ/TSKJapan)に判定勝利。鳩は蹴り負けず追い上げるも一歩及ばず、テクニックを酷使した見応えある攻防の末、山田航暉が王座初防衛。

翔センチャイジムは首相撲に持ち込めば独壇場、DAIJUに何もさせない展開で左ヒジ打ちで倒す。離れた展開ならDAIJUも蹴り技があるが、そうさせない翔センチャイのムエタイ技が優り王座復帰に成功。

◎ムエローク2017.3rd / 8月11日(祝)
八王子市富士森体育館14:30~18:25
主催:尚武会 / 認定:WMC

◆WMC女子世界ミニフライ級(105LBS/47.627kg)王座決定戦 5回戦(2分制/両者計量はパス)

伊藤紗弥(元・WPMF世界ピン級(45.359kg)C /尚武会)
VS
ファチャンライ・ソー・サンチャイ(タイ)
勝者:伊藤紗弥 / 判定3-0
主審:テーチャカリン・チューワタナ
副審:ナルンチョン49-48. ノッパデーソン49-48. ソンマイ49-48

世界統一への第一歩を果たした伊藤紗弥、WMC立会人(左)と尚武会・今井勝義会長に囲まれて撮影
日本で王座奪取のコチャサーンの今後はどう展開するか

◆WMC世界フェザー級王座決定戦 5回戦(両者計量はパス)

ルンピニー系フェザー級2位.コチャサーン・ウォー・ウィワッタナーン(タイ)
VS
久世秀樹(前・WPMF日本同級C/レンジャー)
勝者:コチャサーン・ウォー・ウィワッタナーン / 判定3-0
主審:ナルンチョン・ギャットニワット
副審:テーチャカリン、ノッパデーソン、ソンマイ / 49-48. 50-47. 50-47. 担当三者の該当採点は不明

パンチ、前蹴りのヒットもあったテクニシャンの久世、しかし体幹いいコチャサーンは怯まず上手かった

◆WMC日本スーパーフライ級タイトルマッチ 5回戦(両者計量はパス)

チャンピオン.山田航暉(キングムエ)vs挑戦者.鳩(=あつむ/TSKJapan)
勝者:山田航暉 / 判定3-0
主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:テーチャカリン49-48. ナルンチョン50-47. ヌンポントーン49-48

山田航暉の蹴りが優っていき、好ファイトとなる激闘を制す
左から2人目はキングムエジム佐藤孝也会長
組み合ったらムエタイ技活きる翔センチャイの独壇場、ヒジ打ちが勝負の決め手となる
最後はヒジ打ちを放ったところで崩れ落ちたDAIJU
初代から3代目へ王座復帰した翔センチャイジム(=佐藤翔太)

◆WMC日本ライト級王座決定戦 5回戦(両者計量はパス)

翔センチャイジム(=佐藤翔太/初代C/センチャイ)vsDAIJU(尚武会)
勝者:翔センチャイジム / TKO 3R 0:37 / 左ヒジ打ちでノックダウン、カウント中のレフェリーストップ
主審:ソンマーイ・ケーウセーン

◆ピン級(100LBS)3回戦(2分制)

小宮山怜虎(尚武会)vs石渡悠真(エイワスポーツ)
引分け / 0-1
主審:ヌンポントーン・バンコクストアー
副審:ノッパデーソン29-29. ソンマイ28-29. ナルンチョン29-29

◆ウェルター級3回戦

柿沼慶(ボゴナクラブ)vs J(TSK Japan)
勝者:J=ジェイ / TKO 3R 0:20 / 右ハイキックでノックダウン、カウント中のレフェリーストップ
主審:テーチャナリン・チューワタナ

◆ウェルター級3回戦

千里KissMe(安曇野の会)vs 誠(レンジャー)
勝者:誠 / TKO 2R 2:26 / 左ストレートでノックダウン、カウント中のレフェリーストップ
主審:ナルンチョン・ギャットニワット

◆68.0kg契約3回戦

駒形けんた(レンジャー)vs 引間羅普(尚武会)
勝者:駒形けんた / TKO 2R 1:17 / パンチのラッシュでスタンディングダウン、カウント中のレフェリーストップ
主審:ソンマイ・ケーウセーン

他、アマチュアカード5試合は割愛します。

《取材戦記》

計量結果は入手出来ず、ウェイト競技として不完全な記録掲載となってしまいました。前日計量では全員正式にリミット内パスしています。

当初、アトム級(102LBS/-46.266kg)で世界統一を目指すとされた伊藤紗弥の世界戦が、前日になってミニフライ級(105LBS/-47.627kg)に変更されました。前日計量で、WMC側との契約の解釈違いがあった模様。プロボクシング世界戦ではこんな解釈違いが起こったことはありません。

試合後に今井会長が「伊藤紗弥は今後もこの階級(ミニフライ級=-105LBS)で世界統一狙います」と言ってくれましたので、そう捉えましたが、今後の成り行きによって狙う階級は流動的と感じました。

公表されている限りにおいて、元々ムエタイ世界主要3団体にアトム級は無いものの、今後新設される可能性があり、その場合はアトム級で世界統一を目指し、無ければミニフライ級で世界統一を目指すことになるでしょう。

体格差というのは軽量級に於いては、1ポンドの差でも大きな差になるといいます。
今回の試合もファチャンライはミニフライ級リミットを大きく下回るも、アトム級を少し超えた状態で来たので、若干の体格差が出たようでした。しかし伊藤紗弥の実力から言って、ライトフライ級(108LBS=-48.987kg)でもいける可能性があり、実力発揮して今後はミニフライ級統一成れば、上位階級も狙って欲しいものです。

日本のキックボクシング・ムエタイで、多くの興行プロモーションが存在すること自体は、プロボクシングと同じで何も間違ったことではありません。ただ協会(団体)がひとつではないこと、団体加盟しないフリーの興行でも充分成り立つことで、多くのタイトル組織認定化が進んでしまいました。

そんな中、本場タイ国で発祥したタイトル組織の傘下で位置付けされる権威の下、活動されているのが、WPMF、WMC及びWBCムエタイの傘下となる日本3団体で、この中でも生き残りが展開されている現在、尚武会の今井勝義会長が期待を掛ける伊藤紗弥は、女子軽量級に於いて主要3団体制覇を狙うのは最も価値ある頂点でしょう。

次は11月にNJKF興行に於いて、WBCムエタイ・インターナショナル・ミニフライ級王座を狙うことになります。WBCムエタイは、いきなり世界挑戦は出来ないので段階的に中間のインター王座を狙うことになります。

更に来年4月にはタイ国でのWPMF認定のビッグマッチ興行出場と、戦う路線は決定済。那須川天心と対戦したこともある “天才少女”と言われたジュニアムエタイ時代からプロデビュー後、順調に成長しテレビで扱われることも増え、シュートボクシングのRENA以上の注目を集めたり、3団体世界王座統一に成功すれば、“伝説の女王”の称号に相応しい存在となることでしょう。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

私の内なるタイとムエタイ〈4〉 テラワーダ仏教の得度式に立ち会う(後)

得度式の前に、比丘にお布施を捧げる儀式
親族への出家の報告をするワサンくん

さて、ここからが得度式の本番です。本堂内に親族とともに全員が入ると、比丘(びく=僧侶)総勢が仏陀に三拝(三度拝礼)しました。そして親族から出家志願者のワサンくんへ黄衣(僧衣)を授け、そのまま比丘と同じ台座に上がり、和尚の前に座り、その黄衣を捧げます。式に入る前、本堂を三周歩いたのは、三帰依(仏・法・僧へ帰依)を意味します。

◆口伝で受け継がれる問答と説法

得度式においての説法の中では、パーリ語による経文どおりの問答で、簡単な指示や誘導に入る場合はタイ語が使われますが、出家志願者側からの出家願いの言葉、三帰依と二二七の戒の誓いの言葉、和尚や先輩比丘が「私に続け」と誘導してくれる口移し的な問答が続きます。

比丘側からの出家願いの言葉や、和尚側からの資格の確認、比丘の心構え、黄衣の三つの衣(上衣・下衣・大衣)の説明など、和尚からの説法を2時間近くに及ぶ、汗だくになりながら続く長い得度式となります。

形式的な流れでも、この “プロ”たちの行なう姿勢は真剣で、信仰心の薄い日本人が安易に立ち会うことは知らぬ間に、無知な行動を起こし、大迷惑を掛けていると察する状況でもありました。本来、親族や在家信者は比丘の上がる台座より後方で座って待つのが常識で、さすがに台座には上がってはならない一線は越えぬも、ここにいてはいけないであろう比丘の後ろにまで回って私はカメラを向けていました。

親族から出家者へ黄衣を授けているところ
出家を認めた上で捧げられた黄衣を授けています

実際、高僧の説法の場では「ここは下がれ!」とベテラン比丘に手で追い払われる仕草をされ、「やばっ、睨まれたな」と思うも、高僧の問答が終わると、また手招きで「また入っていいよ!」という仕草をくださり、「俺って経験者であるせいか、特例だろうな」と思いつつ、カメラマンの本能を抑え、なるべく謙虚に撮り続けました。

◆比丘が纏う黄衣の意味──敬意と非暴力

比丘になることを許され、黄衣に着替える際は仏壇の後方に回り、先輩比丘が三僧居る中、真新しい黄衣を解き、新米比丘に纏わせてあげます。さすがベテラン比丘は手早く上手く折りたたみ巻き付けていきます。俗人のそれまでの人生では黄衣に触れる機会も無く、これを明日の朝から自分で纏わなければなりません。

儀式用纏い方が得度式で纏っている姿で肩掛け帯があり、「ホム・ドーン(HOM DONG)」と言います。外を歩く場合の纏いは両肩を覆う纏い方になり、「ホム・クルム(HOM KLUM)」と言います。通常、寺に居る場合は右肩を出す姿になり、「ホム・ロッライ(HOM LODLAI)」と言います。個々の比丘がよその寺に行った場合も寺に入る前に門の陰で右肩を出す纏いに変えなければいけません。この纏いは寺に入り、相手方に敬意を表する意味と、攻める意思は無いことを表す意味があるようです。

黄衣を纏った新米比丘は、誓いや教えを受ける為に再び台座に戻り、説法が続きます。最後に比丘総勢で三拝して得度式は終了。列席した20名近い比丘は出家志願者を認める立会人のような存在となります。誰も反対する比丘はいませんが、我が身の為に列席してくれたことに感謝の念が沸いてくるものです。

ここからワサン僧は立派な比丘として日々を送ることになります。“君”や“様”という敬称は比丘には使われません。日本語で言えば“僧”になります。

和尚との問答
問答は長く続きました
次に比丘となるべく、黄衣を身に着けるよう指示します

◆「解脱を達成した」と自ら話すことは虚言の罪

本来は得度式の経文はすべて覚えて挑まなければなりません。厳しい戒律を厳格に守ると言われるタマユットニカイ派の学問寺や瞑想寺など格式高い寺では厳しい得度式となり、御丁寧な口移し問答はありません。そんな格式高い寺はバンコクのパクナム寺が有名です。もうひとつが大多数派と言われるマハーニカイ派と言われ、比較的緩い日常になっています。

「タイ語が出来なくてもいい、経文を覚えなくてもいい」と言われて得度式を行なえる寺でも、比丘と認められた後は修行の身であることは同じで、重罪となる過ちは僧院から追い出されることになります。許されない罪は、性交、盗み、殺傷、虚言の四つで、虚言とは軽いものやジョークではなく、「解脱を達成した」などと多くの俗人に話すことであるそうです。

軽罪と言える範疇で、生き物を殺してはならないという戒律では、蚊を追い払っていても、俗人の居ない場所では蚊取り線香も焚き、腕にとまった蚊を“パチン”と叩く行為を、私も日々やっていました。それらの行為は懺悔という形で日々反省の儀式を行なわねばなりません。托鉢の際、気付かぬ間に歩いていて蟻を踏んで殺してしまった場合もあるかもしれません。そんな不可抗力な行ないまで懺悔がなされます。

本堂の裏に回って先輩僧にサボン(下衣)を着けてもらいます
儀式の場に戻って続く比丘としての問答
また問答は続きます
これはバーツ(鉢)である、その意味を教えていく、黄衣もひとつひとつ教えられました
これで全員比丘の立場で仏陀に報告の参拝
ワサン僧としての、はじめの一歩

◆比丘の品格

このテラワーダ仏教の比丘の立場は崇高で、国王に対しても頭を下げる必要はなく、人から挨拶をされても返す必要はありません。托鉢や読経の場など神聖な場所ではより一層静粛になります。街を歩けば俗人からの視線が違い、バスに乗れば席を譲られ、旅先の屋台で朝食を食べれば誰かがその飯代を払って行ってしまう。その人にとっては徳を積む機会になる訳です。

そういう立場である比丘になると俗人とその立場が違うことを認識するでしょう。その置かれた立場に恐縮し、より一層修行に励まなければ申し訳ない気持ちになるものです。俗人は“人間の私”に敬い崇めくのではなく、比丘の後ろに立つ仏陀に敬い崇めいており、仏陀の弟子の立場となるのが比丘なので、そこに比丘としての品格が伴わなければなりません。

ワサン僧は、おそらくは短期出家僧として還俗されるでしょうが、比丘の中には短期出家のつもりが30年以上になってしまった比丘もいます。私が再びこの寺を訪れた時、比丘としてのワサン僧と出会うことになったら、また互いの経験値を語り合いたい再会となるでしょう。

今回の得度式に立ち会った様子を中心に披露したもので、タイ仏教の在り方を説くには程遠く、私自身の勉強不足があること御容赦ください。

比丘となってまだ数日の新米僧はまだ纏い方がわからず、先輩僧に手伝ってもらっています

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

私の内なるタイとムエタイ〈3〉 テラワーダ仏教の得度式に立ち会う(前)

朝食の儀式を経て食事です
托鉢で喜捨された品々

わずか一人の若者が出家するだけの得度式に、大勢の親族・知人が集まり、他の寺から身分の高い僧侶までやって来る格式高い儀式の始まり。

◆寺の朝──托鉢から帰ったばかりの比丘(僧侶)のバーツ(お鉢)

朝、7時半に剃髪が始まるという前日の予定で、すぐには始まらないだろうと思いつつ、予定どおり7時少し回って寺に入りました。

寺の様子は、托鉢から帰ったばかりの比丘(僧侶)のバーツ(お鉢)には喜捨された白い御飯、直接、しゃもじで掬い入れられたものや、市場などで売られている一般人朝食用のビニール袋に入った御飯(喜捨であっても可)だったり、オカズとなる炒め物などもビニールに入れられて売られていたものをバーツとともに、持ち歩く頭陀袋に喜捨されたりします。それがクティ(宿舎)の比丘の朝食の場となる台座に置かれていました。

剃髪に入る前のワサンくん

そこで短い読経が始まり比丘たちの朝食が始まります。得度式を控えるワサンくんの姿はまだ見当たらず、時間どおりいかないのは想定内でした。

「オーイ日本人、飯食え!」

写真を撮って、後は邪魔にならないよう下がっていたものの、やっぱり比丘から声が掛かりました。懐かしい比丘の食卓です。俗人は比丘と一緒に食事の場に座ることはできません。他の低い場所に俗人用の食事か、比丘の食事の後、その席に着くことになります。

「衛生的にどうなのか」と気にする者はおらず、私も過去にもこんな感じで比丘が箸を付けた残り物という形ですが、美味しく頂いたことが何度もありました。

主にデックワット(寺小僧)が比丘の身の回りの世話をして、食事の後片付けも行ないます。

◆剃髪はじまる──ここまで来たら後に戻れない

この後、ワサンくんの親族が下の階に集まって来た様子。

朝8時20分を回った頃、クティの玄関口に椅子が置かれ、そこにワサンくんが座りました。正に大相撲の断髪式のように剃髪は始まります。まずお父さんが髪にハサミを入れ、少々の髪を蓮の花の器に入れていく。すべての親族がハサミを入れるのに7~8分かかっていました。最後にこの寺のベテランの比丘がカミソリで剃り始めます。

まず父親がハサミを入れます
剃り味は心地意良くも、不安がつのります
親族が見守る中での剃髪が進みます
眉毛も剃ります

剃られている身としては、髪をカミソリですいているような心地よい振動と気持ち良さが漂います。しかし胸中は落ち着きが無く、「ここまで来たら後に戻れないんだ」という緊張感に襲われるでしょう。

剃髪も7~8分で終わりました。元々髪が短かったワサンくんですが、剃り終わると精悍さが増しました。この後、クティ階下でワサンくんと親族一同の朝食が始まりました。車で前もって親族が調理された食材やテーブルと椅子を運ばれており、賑やかにお祭り騒ぎとなっていました。

いろいろな料理がある中、私も誘われ食べたのがタイ特有の御粥。塩味やダシが効いていて美味しいのです。テーブルの周りには着色料満載のファンタが大量にありました。日本も昔、こんな多彩に赤や緑は無かったですが、こんなグレープとオレンジの濃い色鮮やかなファンタがあったものです。

◆蛇が脱皮して大人になる前の姿

出家者のワサンくんは白い衣に着替えており、この状態を人でも僧でもない、蛇が脱皮して大人になる前の姿を例え、人から僧へ移る前の姿となっています。

朝食後はゆっくりと次の儀式の準備に入りました。クティの読経の場にあたる台座で、僧志願者に仏門の作法を教える儀式が約1時間あまり続きました。寺によってや戒派によってや親族の財力によって、執り行なわれる得度式のやり方は違うので、行なわない場合もあるかと思います。

これが終わると出家の挨拶の親族に行ない、その親族との記念撮影が始まりました。みんな持つのは100%スマートフォンで、一眼レフカメラを持つのは本当にプロカメラマンしかいない状況で、この辺は日本のいろいろな儀式でも同じような状況です。

前日には自宅の敷地に、祝いに駆けつける親戚縁者や近所の知人など縁者さんへのもてなしの会場も造り、スピーカーで大音量の音楽を流し、歌い踊り飲んだり食ったりの大宴会となる場合もありますが、出家には親の財力が試される一大事業となり、これをやれる家、やれない家、または予算に関わらずやらない家もあるので、そんな家が貧乏とは言い切れません。

精悍な顔つきに変わりました

日本では結婚式でも葬式でもない出家に、考えられないぐらいの騒ぎですが、これが徳を積む行為となるので惜しみない儀式を親は行なうのでしょう。特に母親は出家できないので、息子を出家させることが最大の徳を積む行為となるので積極的に行ないます・・・、

ということを実際に見たり、または聞いたりしましたが、この日以前の、過去の儀式に於いてはそんな功徳を持ちつつ、まあドンチャン騒ぎが好きなタイ人たちでした。

そしてこれからがメインの得度式に移ります。比丘たちはすでに本堂に移り、出家者を待ちます。クティの外には親戚縁者が黄衣や花と供え物を持って、出家者のワサンくんが中心に立ち、サポーターが傘を持ってワサンくんを誘導します。先を歩くのは親戚関係の叔母さんたちが踊りながら前に進みます。

出家者を送る儀式を行なうことで、出席者が徳を積む機会となるので、多くの縁者さんが進んで得度式に参列されます。寺にある2ヶ所の仏塔に立ち寄り参拝し、本堂を3週して入り口に立ちます。本堂に入る前もやたら賑やかしく時間をかけ、花嫁が後ろ向きにブーケを投げるように、出家者も似たような形で後ろ向きに、細かく切り分けられた花を投げていましたが、後に聞いておくのも忘れたのですが、何の意味があるのか分かりませんでした。

そしてここからはワサンくんを先頭にゆっくり本堂へ入って行きます(その前に私が入っていましたが)……。

親族とともに本堂へ向かう祝いを踊りで表しています
寺の周りを歩くワサンくんと親族

◎私の内なるタイとムエタイ
〈1〉14年ぶりのタイで考えたこと
〈2〉 22年ぶりのペッブリー県、タムケーウ寺再訪

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!8月7日発売『紙の爆弾』9月号!さよなら安倍政権【保存版】不祥事まとめ25

ムエタイ1976年名勝負の両雄、シリモンコンさんと藤原敏男さんが感動再会!

藤原敏男さん(左)とシリモンコン・ルークシリパットさん(右)。両者のチャンピオンベルトはすべて御本人の名前入り、本物です。アマチュアボクシングのメダルはシリモンコンさんの物

名勝負を展開した名チャンピオン同士の戦い。シリモンコン・ルークシリパット(タイ)vs 藤原敏男(黒崎)戦はムエタイの後世に語り継がれる激闘でした。ムエタイ殿堂チャンピオンの名勝負の中に日本人が絡む試合はごくわずかな中でも、ベストファイトはこの試合しかないでしょう。

◆7月17日「ムエタイの日」、41年ぶりの両雄再会

昨年から始まり、今回で8回目となる、月刊ゴング誌・元編集長の舟木昭太郎(現・株式会社アッパー代表取締役)氏が主催する「キックボクシングを語るトークショー」のひとつ、「ムエタイの日」が7月17日(月・祝)に銀座セントポールズサロンにて開催されました。

参加者には、藤原敏男氏と対戦経験ある二人である佐藤正信氏と増沢潔氏、重量級では猪狩元秀氏、軽量級ではアトム鈴木氏、ミッキー鈴木氏のツインズ、若い世代では土屋ジョー氏、ソムチャーイ高津氏も列席されました。

ムエタイを重視する意味で催されたワイクルーを舞う土屋ジョーさん

◆伝説のムエタイボクサー、シリモンコン・ルークシリパットさん

特別ゲストで来日された伝説のムエタイボクサー、シリモンコン・ルークシリパット氏は、藤原敏男氏との再会を祝し、乾杯の音頭をとり「ムエタイの日」は開幕。
両者は1976年(昭和51年)3月8日にラジャダムナンスタジアムで、ノンタイトルで対戦。当時、シリモンコン氏はルンピニースタジアム・ライト級チャンピオン(ラジャダムナン系同級2位)、藤原敏男氏は全日本ライト級チャンピオンで、激しい攻防の末、僅差でシリモンコン氏が勝利しました。その映像もこの“ムエタイの日イベント”で上映されました。

この試合の採点は後々タイでも話題になり、「どちらが勝っていたか」の意見が盛り上がった大接戦の展開で、「引分けが妥当だったのではないか」という意見も多かった激闘でした。

引分けの少ないムエタイにおいて、珍しく引分けとなった試合は、月間ベストバウトや年間ベストバウトに選ばれる可能性が高いと言われます。それは公式記録の同点とは違う意味で“両者とも勝者”という評価の表れということです。

シリモンコン氏は「もしこの試合結果が、引分けだったとしたら、ムエタイ界において藤原もシリモンコンも、もっと高く評価されていたのではないかな。引分けだったら、この試合が私のベストバウトだったかも知れない」と話されたようです。

シリモンコン氏は現役当時に、プミポン国王からムエタイ国民栄誉賞を直々に授かっており、タイ国のスポーツ殿堂入りをも果たし、藤原敏男氏も1997年頃、ムエタイを世界に広めた功績により、タイ国のスポーツ殿堂入りしています。

シリモンコン氏はこの以前に、ルンピニー系フェザー級王座も奪取している2階級制覇チャンピオンで、藤原敏男氏はこの試合の2年後の1978年3月18日に、ラジャダムナンスタジアム・ライト級王座を奪取し、外国人初のムエタイ殿堂チャンピオンに上り詰めています。

左から藤原敏男さん、ソムチャーイ高津さん、シリモンコンさん。通訳のソムチャーイ高津さんは藤原さんの愛おしい弟分であり、シリモンコンさんともお友達、羨ましい!

◆1977年元旦の佐藤正信 vs シリモンコン戦

このイベントに参加された中の一人に第8代全日本ウェルター級チャンピオン.佐藤正信氏がいらっしゃいましたが、この二人の再会も興味深い因縁がありました。

藤原敏男戦の翌年の1977年元旦、後楽園ホールでシリモンコン・ルークシリパット(タイ)は、佐藤正信(山田)にノンタイトル戦でKO負けしており、その意外な敗北にファンも関係者も驚いた様子だったと言われます。寒い日本で体調を崩されたことが敗因と言われますが、タイでの制裁は厳しいもので、シリモンコンは王座剥奪の運命を辿ってしまいました。

続く土佐源(山田)戦にも判定負けしたシリモンコンは、これで後に控えていた藤原敏男との再戦は無くなりましたが、後々の引退後来日し、東金ジムでトレーナーを務め、越川豊選手や山崎通明選手を日本チャンピオンまで育てた功績は有名です。

佐藤正信さん、シリモンコンさん、佐藤夫人。佐藤さんへの敬意を表して最初に握手を求めたのはシリモンコンさん
藤原さん(右)は佐藤正信(左)さん、増沢潔(中央)とも対戦した戦友

またトレーナーや通訳、日本選手のタイ遠征やムエタイツアーなどの世話役で、タイと日本の関係者のパイプ役も果たし、両国の多くの関係者から尊敬されているという名誉挽回した話題もあり、シリモンコン氏の人懐っこい性格から、世代を越えて若いファンからの声援も多いようです。

ウェルター級では猪狩元秀さん(右)も現地で現役チャンピオンを倒したことがあります。毎度「荒くれ者多いキック界には珍しい人格・品格・性格No.1の猪狩元秀さん」と主催者の舟木昭太郎さんに紹介され、毎度“ひがむ”藤原さんがいます(笑)

◆藤原敏男氏のような日本人ムエタイ選手はいつ現れるのか?

こんな名勝負が行なわれていたことに当時、地方に住んでいては観れないファンも多かったでしょう。後々語り継がれる“激闘の名勝負”は、名選手同士がぶつかってこそ出来上がる名勝負となります。何十年後かに、このようなイベントが開催されて再会が出来るような感動の試合を、タイの殿堂スタジアムで展開できるか、今後そんな選手が日本で何人現れるかが、日本のキックボクシング系競技の重要な鍵となるでしょう。

ムエタイ選手に於いて、戦うのは対戦相手だけではない、レフェリーとプロモーターと、ギャンブラー(賭け屋)に好印象を与えていかわねばならないプレッシャーとの戦いが多くの名選手を生む土壌が出来上がっているタイ国です。

日本に於いて、国民栄誉賞を受けられるのはメジャー競技のスーパースター級選手でなければ有り得ないことで、日本人選手としては、タイ国のムエタイ殿堂入りを、藤原敏男氏に次ぐ選手が現れることを期待したいものです。

舟木昭太郎さん(中央)のインタビューに応じ、最後は握手する盟友

[撮影・文]堀田春樹
※以上での一部はソムチャーイ高津氏の通訳によるシリモンコン氏のコメントを引用しています。

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

ルンピニースタジアムを頂点に戦い続ける MuayThaiOpen!

センチャイ会長の若い頃(1979年)。全日本キックでトップクラスの酒寄晃と戦う
現在のMuayThaiOpenロゴ

  
Lumpinee Boxing Stadium of Japan設立会見からほぼ2年。初タイトルマッチ開催から1年が経過しました。毎度申すところ、このルンピニージャパン王座を獲得すれば「本場タイ国ルンピニースタジアムランキングに反映される」といった設立時の発表どおりなら、そんな上位王座へ突き進む進展が欲しいところです。

ルンピニージャパン(LBSJ)スーパーライト級王座決定戦は、前田将貴(RIKIX)は初回から橋本悟(橋本)と重いパンチを交錯させ、KO決着を予感させる出だしでした。偶然のバッティングによる両者の負傷はあったものの、前田の勢いは増していきパンチ連打、接近戦でのヒジ落としと攻勢が続き、橋本の負傷箇所の悪化でTKO勝利。勝利後の前田の号泣は、周囲の協力、応援は凄まじいものだったと感じられます。

周囲の練習仲間への感謝を述べた後、そんな仲間によって王座奪取に漕ぎ着けたことで「僕は本当に恵まれています。ありがとうござました」と号泣を堪え感謝を述べました。所属のRIKIX会長の小野寺力氏もそんな協力者の一人で嬉しかったことでしょう。

ムエタイオープン・バンタム級王座は、3ラウンドまでやや宮坂が蹴り勝っているかに見える展開からヒジでカットに成功したユウ・リバイバル(リバイバル)がTKO勝利。「まだまだ弱いですけど、これからも頑張っていくので応援宜しくお願いします」と締め括りました。

ムエタイオープン・ウェルター級王座を3度防衛している喜入衆(フォルティス渋谷)は在日ベテランのノーナクシンの老獪なテクニックの壁に阻まれ惜敗。

貴センチャイはガードが空くところをポンの左ヒジ打ち(と見える)カウンターを貰ってダウン。奪取した王座は多いが惜しい負け方も多いところです。

喜入衆vsK・ノーナクシン。ベテラン、ノーナクシンを倒す期待が掛かった喜入衆だが、牙城を崩せず

◎MuayThaiOpen.39 / 2017年7月9日(日)新宿フェイス16:30~20:50
主催:センチャイムエタイジム / 認定:ルンピニーボクシングスタジアムオブジャパン(LBSJ)
後援:タイ国大使館

◆メインイベント 67.0kg契約 3回戦

MuayThaiOpenウェルター級チャンピオン.喜入衆(フォルティス渋谷/38歳/66.7kg)
VS
K・ノーナクシン(タイ・サラブリ出身/35歳/66.05kg)
勝者:K・ノーナクシン / 0-2 / 主審:秋谷益朗
副審:大沢29-29. 田中29-30. 桜井29-30

◆セミファイナル バンタム級3回戦

LBSJスーパーフライ級チャンピオン.貴・センチャイジム(センチャイ/32歳/53.4kg)
VS
ポンチャンOZジム(タイ/26歳/53.35kg)
勝者:ポンチャンOZジム / 0-3 / 主審:北尻俊介
副審:秋谷28-30. 田中28-30. 桜井28-30

貴センチャイジムvsポンチャンOZジム。いつも積極性は変わらない貴センチャイだが接近戦でのガードがあまい
前田将貴vs橋本悟。ペースを握った前田将貴の攻勢
橋本悟vs前田将貴。打ち合い激しかった両者、前田の伸びるパンチが橋本悟にヒット
劣勢になった橋本悟へヒジを落とす前田将貴も必死に攻める

◆ルンピニージャパン(LBSJ)スーパーライト級王座決定戦 5回戦

MuayThaiOpenスーパーライト級チャンピオン.橋本悟(橋本/31歳/63.4kg)
VS
前田将貴(RIKIX/27歳/63.35kg)
勝者:前田将貴 / TKO 4R 1:05 / 主審:大沢武史
ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ / 3Rまでの公開28-29. 28-30. 28-30

◆MuayThaiOpenバンタム級王座決定戦 5回戦

1位.44・ユウ・リバイバル(リバイバル/23歳/53.15kg)
VS
4位.宮坂桂介(ワイルドシーサー群馬/21歳/53.4kg)
勝者:44・ユウ・リバイバル / TKO 5R 1:25 / 主審:桜井一秀
ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ / 3Rまでの公開29-29. 29-29. 29-30

◆70.0kg契約3回戦

エミール・ソーサ(Emile Souza/フランス/31歳/69.8kg)vs 清水武(29歳/69.5kg)
勝者:清水武 / 0-3 / 主審:田中浩明
副審:桜井29-30. 大沢28-29. 北尻29-30

これまでの道程を回想したか 歓喜の前田将貴
小野寺力会長と前田将貴。最高のツーショット

◆ライト級3回戦

笠原淳矢(フォルティス渋谷/39歳/60.9kg)vs コンゲンチャイ・エスジム(タイ/28歳/60.75kg)
勝者:コンゲンチャイ / 0-3 / 主審:秋谷益朗
副審:桜井29-30. 大沢28-30. 田中28-30

◆フェザー級3回戦

NOWAY(NEXTLEVEL渋谷/36歳/57.05kg)vs 出口優佑(AXSPEAR池袋/34歳/56.6kg)
勝者:NOWAY / 3-0 / 主審:北尻俊介 /
副審:桜井30-28. 秋谷30-27. 田中30-27

◆ルンピニージャパン(LBSJ)U-15. -45kg級3回戦(2分制)

花岡竜(橋本/13歳/43.0kg)vs 石渡悠真(チューティンムエタイ/14歳/44.8kg)
勝者:花岡竜 / 2-0 / 主審:大沢武史
副審:北尻29-28. 秋谷29-28. 田中29-29

◆ルンピニージャパン(LBSJ)U-15. -45kg級3回戦(2分制)

小宮山怜虎(尚武会/13歳/42.8kg)vs 馬場由輝(AXSPEAR池袋/14歳/43.5kg)
勝者:小宮山怜虎 / 3-0 / 主審:桜井一秀
副審:北尻30-28. 秋谷30-28. 大沢30-28

◆スーパーフェザー級3回戦

角谷祐介(NEXTLEVEL渋谷/27歳/58.7kg)vs 飯島直己(OZ/21歳/58.6kg)
勝者:角谷祐介 / 2-0 / 主審:田中浩明
副審:北尻30-28. 桜井29-29. 大沢30-28

宮坂桂介 vs 44・ユウ・リバイバル。ユウ・リバイバルが攻めるが衰えぬ宮坂桂介の前進
宮坂桂介 vs 44・ユウ・リバイバル。一進一退の展開
44・ユウ・リバイバル vs 宮坂桂介。この一撃かは微妙なところ、あと一発交差があってレフェリーが割って入る

◆ルンピニージャパン(LBSJ)U-15. -45kg級3回戦(2分制)

野口優心(京都野口/15歳/44kg)vs 永井天馬(AXPEAR池袋/14歳/44kg)
勝者:永井天馬 / 0-3 / 29-30. 29-30. 28-29

◆ルンピニージャパン(LBSJ)U-15. -40kg級3回戦(2分制)

近藤流玖(橋本/13歳/36kg)vs 吉成士門(エイワスポーツ/12歳/39kg)
勝者:近藤流玖 / 2-0 / 30-29. 29-28. 29-29

《取材戦記》

進展の無いルンピニージャパンですが、Under15に出場している45kg以下の少年たちが将来、このルンピニージャパンを経て本場に挑むなら、その選手とこのシステムに期待したいところです。

王座は獲っても返上の多いチャンピオンの中、3度防衛の喜入衆には褒めたい存在。

この興行プロモーターとなるセンチャイ・トーンクライセーン氏はかつてムエタイランカーとして1980年頃来日、全日本フェザー級チャンピオン.酒寄晃(渡辺)との対戦経験があります。ルンピニージャパンのロゴマークにある写真がその試合です。そんな若い頃は結構二枚目で日本の女性ファンも居たようです。大々的にタイボクサーがモテだしたのはナパ・キャットワンチャイが全国的に有名になりました。遡れば昭和のキックブームの頃にもそんな存在が他にも大勢居ただろうと考えられます。国際結婚に至ったケースも多いですし、そんなエピソードも聞いてみたいところです。

MuayThaiOpenの40回目を迎える興行は11月26日(日)に新宿フェイスにて開催予定です。

MuayThaiOpenの興行用横断幕

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

MAGNUM.44 キックの原点は、「打倒ムエタイ」にあり!

ヨードヤーンガームvs江幡塁。どんな技でも倒せるひとつの試運転パンチで圧倒
ヨードヤーンガームvs江幡塁。ローキックをブロックされても問題無し

今興行テーマは「より強く」──。江幡塁、緑川創、重森陽太、喜多村誠、ラジャダムナン王座挑戦を目論む臨戦態勢の選手たち。緑川以外は挑戦経験ありますが、再度挑戦を狙う立場でもあります。「打倒ムエタイ」は選手個人の目標であり、キックボクシング発祥の老舗団体を受け継ぐ新日本キックボクシング協会の野望でもあります。

江幡塁は第1ラウンドに左ハイキックでダウンを奪い、ローキックも鋭くヒット。2ラウンドには、ヨードヤーンガームにそれまでにダメージあったか、左ローキック一発で倒し、レフェリーが即座に試合を止めました。「どんな技でもどんな相手でも倒すことができます」──。圧倒的勝利後のアピールに、いよいよ近いかと予感させる、塁にとって4年ぶりのラジャダムナン王座挑戦が見えつつあるところです。

江幡塁vsヨードヤンガーム。この左ローキックで悶絶ノックアウト
緑川創vsゲン。手応えあったと言う左右ボディブローを打つとゲンは苦痛の表情で倒れ込んだ

  

左右フックのボディブローで悶絶ノックアウトした緑川創は、8月20日の「KNOCK OUT vol.4」出場予定で、対戦相手がWBCムエタイ・スーパーウェルター級チャンピオンの宮越宗一郎(拳粋会)に決定。「70kg級ではいちばん強いこと証明します」と宣言していた緑川。宮越との対戦も過去、実現し難かった団体間の壁がありましたが、ここに来てKNOCK OUTに於いて道開けました。いずれ、一度勝利しているT-98(=今村卓也/前・ラジャダムナンSW級C)との再戦も実現すればラジャダムナンへ向けても興味ある対戦が続くでしょう。

緑川創vsゲン。KOに結び付ける上下を揺さぶるローキックの緑川
緑川創vsゲン。ボディブローは息苦しさで心折られる苦痛、とりあえずコーナーに戻ること促されます

重森陽太も鋭い右ローキック一発で仕留める圧勝。苦痛の表情で倒れ込んだタヌーペットでした。重森も「KNOCK OUTvol.4」出場予定で、話題豊富な村田裕俊との対戦が予定されており、フェザー級路線の戦いに注目が集まる存在となるでしょう。

喜多村誠は、昨年12月に緑川がKO勝利しているイッキュウサンを、終始威圧的に攻め、パンチやミドルキックのヒットでイッキュウサンをたじろがせるも返してくるイッキュウサンのしなりある蹴りに喜多村の脇腹が腫れ上がり、攻められながら凌ぎきったイッキュウサンのしぶとさもあって僅差となりましたが、キック的には喜多村誠の圧勝の流れでした。

◎MAGNUM.44 / 7月2日(日)後楽園ホール17:00~20:15
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会

◆56.0kg契約 5回戦

WKBA世界スーパーバンタム級チャンピオン.江幡塁(伊原/55.8kg)
VS
ヨードヤーンガーム・デットラット(元・ラジャダムナン系バンタム級2位/タイ/55.6kg)
勝者:江幡塁 / TKO 2R 0:56 / ノーカウントのレフェリーストップ
主審:椎名利一

◆70.0kg契約 5回戦

緑川創(前・日本W級C/藤本/70.0kg)
VS
ゲン・ペットプームムエタイ(元・アーウナーンスタジアムSL級C/タイ/69.2kg)
勝者:緑川創 / TKO 1R 2:13 / カウント中のレフェリーストップ
主審:桜井一秀

タヌーペットvs重森陽太。重森のこのローキックで悶絶KO
タヌーペットvs重森陽太。2歩ほど後退して痛々しく倒れ込んだタヌーペット

◆59.0kg契約 3回戦

日本フェザー級チャンピオン.重森陽太(伊原稲城/58.9kg)
VS
タヌーペット・ペットプームムエタイ(タイ/58.65kg)
勝者:重森陽太 / KO 1R 1:02 / カウント中のタオル投入
主審:仲俊光

◆70.0kg契約 3回戦

喜多村誠(前・日本ミドル級チャンピオン/伊原新潟/69.7kg)
VS
イッキュウサン・ペットプームムエタイ(タイ/69.5kg)
勝者:喜多村誠 / 判定3-0 / 主審:少白竜
副審:椎名30-29. 仲30-29. 桜井29-28

イッキュウサンvs喜多村誠。喜多村の攻勢も脇腹には痛々しい腫れが残る
イッキュウサンvs喜多村誠。パンチでは負ける要素無し、喜多村の攻勢

◆68.0kg契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.渡辺健司(伊原稲城/67.6kg)
VS
MA日本ウェルター級チャンピオン.為房厚志(二刀会/68.0kg)
勝者:渡辺健司 / 判定2-1 / 30-29. 29-30. 30-29.

◆53.0kg契約3回戦

泰史(前・日本フライ級C/伊原/53.0kg)
VS
森下翔平(M-BLOW/52.65kg)
勝者:泰史 / 判定:3-0 / 30-26. 30-25. 30-25.

他、6試合は割愛します。

《取材戦記》

揺るぎない新日本キックの永きテーマ、「打倒ムエタイ」に重点を置くことで、
これを目指して来ました。近年は外国人選手のラジャダムナン王座獲得が目立ちましたが、現役の中では、T-98は防衛1度、梅野源治は初防衛成らず、厳しい洗礼が待ち受けている殿堂スタジアムです。

この日勝利した4名と江幡ツインズ兄、睦を含む5名で一気に挑戦ができれば ビッグマッチとなる、そんな興味も沸く新日本キックボクシング協会へのファンの声も聞かれます。

“イッキュウサン”は日本での試合用リングネームかと思いましたが、タイでの通常のリングネームであるようです。在日タイ選手に使われることも多い、日本語混じるリングネームですが、タイ選手にはタイ現地で使っている、そこで支持を受けたリングネームの方が実績が解りやすく、本物である証明のような気がします。

しかし考えてみれば、タイは頻繁にリングネームが変えられる場合があり、日本人もタイに渡ると現地の名前に替えられたりしますので、仕方ないかと思うこともあります。

プロボクシングでさえ、勇利アルバチャコフや、グッシー・ナザロフ、マル・マトベイなど、あまり違和感無く、分かる人には分かる”日本用”リングネームがありました。

考え方が古くなると、頑固な拘りになりつつあることに気付く日々であります。という反省も心に想い、キックテーマもイッキュウサンとなって(一休みして)、タイの旅レポートに気分転換している日々となっています。

「タイは若いうちに行け」、若い選手にそんな忠告もあった昔、今や幼いうちからタイに行かせている現状も見に行きたいものです。

勝利者賞を受けて記念撮影に収まる江幡塁

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!最新刊『紙の爆弾』8月号! 安倍晋三 問われる「首相の資質」【特集】共謀罪を成立させた者たち

神風シリーズ vol.3 NKBを背負いし者たちの戦い!

高橋一眞vs村田裕俊。村田のパンチもヒット、後に引けない両者の交錯
村田裕俊vs高橋一眞。打ち負けない我慢比べが一眞に傾く
村田裕俊vs高橋一眞。ムエタイ技でも蹴り負けなかった一眞のヒザ蹴り
村田裕俊vs高橋一眞。一眞の返し技、村田より強く蹴り返したヒザ

またも感動を呼ぶ試合を行なった高橋一家。4度目の対決となる、因縁膨らむ村田裕俊vs高橋一眞のNKBライト級王座決定戦。新人3回戦時代に2度KOで勝利している高橋一眞は、昨年4月、NKBフェザー級王座決定戦で村田に判定で敗れる失態。続けて対森井洋介戦、対鷹大戦と3連敗を喫する。その後ライト級に上げ、今年2月に洋介(渡辺)に5Rにハイキック一発KO勝利し復活を遂げるも、心理的にもライト級としての体格に於いてもまだ不安の残る状況でした。

昨年の村田裕俊は、ムエタイ修行の成果を出してチャンピオンになって以降、10月にノンタイトル戦でWMC日本同級チャンピオン.久世秀樹(レンジャー)に判定勝利、12月に優介(真門)に5R・KOでNKBフェザー級王座初防衛。更に調子を上げ、今年2月に「KNOCK OUTイベント」において実績ある森井洋介と引分ける善戦で存在感アップさせるも、4月に高橋三兄弟三男・聖人に判定で敗れる意外な敗北で評価は大きく後退。互いに階級アップしたライト級での実績不足と、それぞれの敗戦から精神的に立ち直れているか不安定な中での再戦は王座を争う戦いでもあり、それまでの展開はファンの関心を高める中、一眞が接戦の攻防を制する展開を見せました。

一旦劣勢になれば挽回は苦しくなる為、互いに打ち負けない踏ん張りが見られました。一眞はこれまでよりガードを固め、首相撲では組み負けない圧力、微妙な差でしたが、攻められても返し技が早く、一発当てた後の繋ぎ技が効果的でした。
苦戦強いられる試練が続き、一戦一戦が感動を呼ぶ三兄弟というのも注目集まる要因でしょう。

次、目指すものは「“KNOCK OUT”に出たい」と語る一眞でした。また三兄弟での同時チャンピオン君臨も近い将来の目標。「KNOCK OUTイベント」も三兄弟で同時出場できれば、それも叶わぬ夢ではない大きな目標となるでしょう。

◎神風シリーズ vol.3 / 6月25日(日)後楽園ホール17:30~21:10
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆第15代NKBライト級王座決定戦 5回戦

NKBフェザー級チャンピオン.村田裕俊(八王子FSG/61.1kg/27歳)
VS
NKBライト級1位.髙橋一眞(真門/61.2kg/22歳)
勝者:髙橋一眞 / 判定1-2
主審 前田仁 / 副審 川上50-49. 鈴木48-49. 佐藤友章48-49

高橋一眞vs村田裕俊。一眞の前蹴りも好印象を与える
村田裕俊vs高橋一眞。多彩に攻めヒジ打ちもヒットさせた一眞
西村清吾vsチャンデー。技は健在、チャンデーの底力

◆ミドル級3回戦

NKBミドル級1位.西村清吾(TEAM-KOK/72.4kg/38歳)
VS
チャンデー・ソー・パランタレー
(元・ルンピニー系ライト級チャンピオン/タイ/70.0kg/44歳)
勝者:チャンデー / 判定0-3
主審 川上伸 / 副審 佐藤彰彦29-30. 鈴木29-30. 前田29-30

おそらく20年以上前のルンピニーチャンピオンだったチャンデーは速くて重い蹴り、ヒジ打ちと接近戦でのヒザ蹴りの上手さが目立つ。ミドル級での試合、ブランクを経た勘の鈍りはあるにしても西村を突き放すテクニックは充分でした。5回戦だったら展開は変わっていたかもしれない西村のパンチと蹴りの踏ん張りもあり、互角に近い攻防で会場を沸かせました。

チャンデーvs西村清吾。パンチしか勝機がなかった西村の反撃

◆フェザー級3回戦

NKBフェザー級2位.優介(真門/57.0kg/32歳)
VS
同級9位.坂本秀樹(大塚/56.7kg/30歳)
勝者:優介 / KO 1R 2:26 / カウント中のタオル投入による棄権
主審 佐藤友章

◆ウェルター級3回戦

NKBウェルター級4位.稲葉裕哉(大塚/66.5kg/29歳)
VS
チャン・シー(SQUARE-UP/66.6kg/33歳)
勝者:稲葉裕哉 / 判定2-0
主審 鈴木義和 / 副審 前田30-29. 川上30-30. 佐藤友章30-29

◆バンタム級3回戦

NKBバンタム級3位.海老原竜二(神武館/53.2kg/26歳)
VS
同級6位.佐藤勇士(拳心館/53.2kg/25歳)
勝者:佐藤勇士 / 判定0-2
主審 川上30-30. 前田29-30. 佐藤友章29-30

◆57.0kg契約3回戦

NKBフェザー級4位.安田浩昭(SQUARE-UP/57.0kg/30歳)
VS
NKBバンタム級1位.松永亮(拳心館/56.1kg/27歳)
勝者:安田浩昭 / TKO 2R 2:38 / カウント中のレフェリーストップ
主審 鈴木義和

他、5試合は割愛します。

元・NKBミドル級チャンピオン.若生浩次が高橋三兄弟を育てました

《取材戦記》

6月4日(日)に、興行本部長の小野瀬邦英氏が東京ドームホテルで結婚式・披露宴が行なわれました。新婦は真季さん。列席者総勢200名。梅野源治氏、小野寺力氏、かつてのライバルで、今もライバルのガルーダ・テツ氏も列席され盛大に行なわれた披露宴でした。

「やっぱりこの男強いなあ」と思ったのは、人生に於いて、私生活においていろいろ苦難が圧し掛かる中、興行を継続していくことの難しさに音を上げそうになるも、渡辺信久連盟代表から「男なら言い出したことは最後までやれ」と檄を飛ばされたことや、「苦しい時に支えてくれたのが妻・真季でした」と13分に渡る締めの挨拶の中のカッコいい言葉でした。

心が強ければ嫌でも音を上げることなく、星一徹のような頑固者の渡辺代表を越え、他団体興行に負けない、小野瀬体制興行は延々続いていくということになるでしょう。

私が、キックボクサー現役時代の試合や実績を見て、この男は引退しても次の世界で大きなことをやると予感できる選手が何人かいました。その内の一人が小野瀬邦英氏でした。SQUAER-UPジムを経営し、連盟興行本部長を務める今後もキックボクシング界を改革できる中の一人になるでしょう。

高橋三兄弟をやたら引き上げるのは、注目を浴びる三兄弟としての話題とチャンピオンを狙える強さ、彼らの素直さ、直向きさにあります。NKBに於いては彼らが必要な時代でしょう。ただこの先が順風満帆には行かない大きな壁が立ちはだかります。国内でのその壁を乗り越えた上、活性化している世界タイトルやムエタイ殿堂王座まで行けたら凄いものです。真門ジムや小野瀬氏の力も必要になりますが、この連盟の鎖国状態で過去に全く無かった飛躍をして欲しいものです。

日本キックボクシング連盟次回興行「神風シリーズvol.4」は9月23日(土)後楽園ホールにて17:30より開催されます。メインイベントはNKBミドル級タイトルマッチ、チャンピオン.田村聖(拳心館)の初防衛戦は王座決定戦で争った西村清吾(TEAM-KOK)です。過去、田村聖の1勝1分です。

NKBを背負いし小野瀬邦英の結婚式。祝福の拍手の中を歩く新郎新婦

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!7月7日発売『紙の爆弾』8月号! 安倍晋三 問われる「首相の資質」【特集】共謀罪を成立させた者たち
一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

6月18日興行、WBCムエタイを舞台に戦い続けるNJKF!

インター王座奪取し、健太と並んでNJKFのエース格へ進出のMOMOTARO

MOMOTAROは技の多彩さが勝機を導く展開でした。初回は勢いあったカルロスでしたが、MOMOTAROは蹴りの伸びやスピードが優っていました。蹴り勝つMOMOTAROは、2ラウンドに連打から左ストレートパンチでカルロスのアゴを捉え、ダメージ深いカルロスは立ち上がれず、担架で運ばれる衝撃の終了でインター王座奪取となりました。

20代最後の試合となった健太は、初回は様子見で、浅瀬石はパンチで威圧的に攻めるが、劣勢には至らない健太。2ラウンドから健太が出始める。パンチからヒジと圧力を強め、経験豊富な修羅場の底力を発揮、3ラウンドにはヒザ蹴りでダウンを奪う。4ラウンドも多彩に攻め、ヒジで浅瀬石を流血に追い込むTKO勝利で初防衛に成功。 今後もブランクを空けないハイペースで、他のイベント興行出場も含め世界進出を狙う意欲を感じます。

前田浩喜が蹴りとパンチでの速攻で2度のダウン奪ってレフェリーストップによる2階級制覇。金子貴幸は勢いに乗る前に仕留められてしまいました。

玖村修平は2度のバックハンドブローによるダウンを奪うこと含むパンチでの3度ダウン奪って王座獲得しました。

◎NJKF 2017.2nd 6月18日(日)後楽園ホール 17:05~20:50
主催:ニュージャパンキックボクシング連盟
認定:WBCムエタイ日本実行委員会、NJKF

◆WBCムエタイ・インターナショナル・フェザー級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.カルロス・セブン・ムエタイ(スペイン/27歳/56.75kg)
VS
WBCムエタイ日本フェザー級チャンピオン.MOMOTARO(OGUNI/26歳/56.95kg)

勝者:MOMOTARO / TKO 2R 2:04 / カウント中のレフェリーストップ
主審 多賀谷敏朗

カルロスの技量を見極め、グングン蹴り込んだMOMOTARO
ハイキックで攻めるMOMOTARO
カルロスは立ち上がれず、MOMOTAROの完勝
健太がヒジで追い込むも流血しながら諦めない浅瀬石

◆WBCムエタイ日本ウェルター級タイトルマッチ 5回戦

第6代チャンピオン.健太(E.S.G/29歳/66.68kg)
VS
挑戦者NJKFウェルター級チャンピオン.浅瀬石真司(東京町田金子/37歳/66.45kg)

勝者:健太 / TKO 4R 1:54 / タオル投入による棄権
主審 竹村光一

健太がしぶとい浅瀬石を追い込むが、簡単には倒れない頑丈な浅瀬石
浅瀬石真司vs健太。健太の最後の一撃、この後タオルが投入された
いつもの健太ポーズを加藤愛香さんととる健太
前田浩喜のハイキック、距離感が一気に勝利に導いた
NJKF2階級制覇した前田浩喜のベルト姿
日下滉大vs玖村修平。バックハンドブローでKO勝利した玖村修平
玖村修平のベルト姿

◆58.0kg契約 3回戦

NJKFフェザー級チャンピオン.新人(E.S.G/28歳/57.7kg)
VS
Bigbangスーパーフェザー級チャンピオン.駿太(谷山/35歳/58.0kg)
勝者:駿太 / 1-2
主審 少白竜 / 副審 竹村30-29. 大澤29-30. 多賀谷29-30

◆NJKFスーパーバンタム級タイトルマッチ 5回戦

第5代チャンピオン.金子貴幸(GANGA/28歳/55.2kg)
        VS
挑戦者同級1位.前田浩喜(CORE/36歳/55.2kg)
勝者:前田浩喜(第6代C) / TKO 1R 2:52 / カウント中のレフェリーストップ
主審 山根正美

◆第10代NJKFバンタム級王座決定戦 5回戦

1位.日下滉大(OGUNI/22歳/53.4kg)
VS
2位.玖村修平(K3B/20歳/53.2kg)
勝者:玖村修平(第10代C) / KO 4R 2:59 / 3ノックダウン
主審 大澤武史

◆69.5kg契約3回戦

NJKFスーパーウェルター級チャンピオン.YETI達朗(キング/32歳/69.2kg) 
     VS
NJKFウェルター級3位.山崎遼太(OGUNI/25歳/69.5kg)
勝者:YETI達朗 / KO 2R 1:39 / 3ノックダウン
主審: 多賀谷敏朗

◆女子(ミネルヴァ)55.0kg契約3回戦(2分制)

NJKF女子スーパーバンタム級チャンピオン.杉貴美子(TenClover/36歳/54.75kg)
VS
同級5位.和乃(新興ムエタイ/29歳/54.4kg)
勝者:杉貴美子 / 3-0
主審 竹村光一 / 副審 大澤30-27. 多賀谷30-27. 山根30-27

他、3試合は割愛します。

健太vs浅瀬石真司戦はダブルタイトルマッチではありません。下位タイトルの浅瀬石が上位タイトルの健太に挑んだ試合です。ボクシング的に言えば、負けた浅瀬石の王座剥奪はありません。いずれにせよ、この展開での剥奪ルールは無いキック団体です。

《取材戦記》

この団体での国内王座からインターナショナル王座へ挑むこと多くなったWBC傘下のタイトルを狙う選手たちです。そしてヨーロッパ勢との絡みが多くなるインター王座ですが、ムエタイ技術とパワーを持った強さが目立ち、苦戦すること多く簡単には獲れない王座です。

しかし、強豪ヨーロッパ勢に打ち勝つ技術を持った日本人選手が居ることも確かで、過去には2012年9月に大和哲也(大和)がスーパーライト級で奪取、2014年4月に梅野源治(PHOENIX)がスーパーフェザー級で王座奪取し、昨年7月、テヨン(キング)がスーパーライト級で、TOMONORI(OGUNI)フライ級で奪取しました。

11月には期待の健太(E.S.G)はウェルター級王座決定戦で強豪サモン・デッカーに敗れ惜しくも奪取成らずでした。世界の前に立ちはだかる壁としては良い試練となるインター王座なのかもしれません(他にも奪取した選手いたと思いますが割愛させて頂きます)。

しかし、キック系世界王座はWBCムエタイだけではない現実があり、更にそれを越える伝統のムエタイ最高峰があり、そこまでにそれぞれが目指す方向が違って日本人頂上決戦が行なわれ難い現実があります。選手同士は戦いたくても、プロモーターの権力と思惑が大きく遮る結果ともなっています。ファンの夢を噤む、そんな事態はもう終わらせたい今後のキック界でしょう。

NJKF 2017.3rdは9月24日(日)後楽園ホールで17:00より開催予定です。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

私の内なるタイとムエタイ〈2〉 22年ぶりのペッブリー県、タムケーウ寺再訪

クティ(僧宿舎)内。22年前、この壇上で日々の食事をしていました
献上される寄進物。私もこんなふうにバーツ(お鉢)と黄衣を買って来ました。贈ってくれる親族が居ないので自分で買うのです
和尚のアムヌアイさん。私、貫禄で負けそうです
タムケーウ寺の境内。寺の敷地内もこんな綺麗になりました
タムケーウ寺の憩いの場。バス停のような佇まい

なぜ22年もお世話になった寺に足が向かわなかったのだろう。今回、その寺に向かうことになった導きは何だったのだろう。藤川さんが導いたのか、ムエタイ絡みの友達の縁がそうさせたのか。

バンコクからペッブリー県に向かう朝、同行していた友人は仕事でシンガポールへ向かい、22年ぶりの出身寺に向かうのは私一人でした。

サイタイマイという南方行きバスターミナルにムエタイジム経営の友達に車で送って貰い、バスのチケットを買う。以前はエアコンの青色高級大型バスだったのに見渡すとワゴン車が並んだ乗り場しか見当たらない。経費節減でこんな運送手段に変わったのか。真相は分かりませんが係員に言われるがまま、この車に乗り込みました。いずれにしてもペッブリー県まで2時間ほど掛かります。

◆私が出家したタムケーウ寺

着いたところは、私が出家したタムケーウ寺の隣のバスターミナル。何も迷わず寺に着きますが、宿泊地を探してやや遠回り。すると周りをうろつく野良犬が唸りながら寄ってきます。何もしなければ咬まないまず。しかし煩いので、振り返ってカメラを向けると途端に逃げ出す。コンパクトカメラなのに怖いのか。以前、夜に絡まれた際はフラッシュ焚いてやったら途端にシッポ巻いて逃げたものでした。野良犬にフラッシュは効果的です。

私が寺に居た当時に寺の脇にローカル型(エアコン無し)長距離バスターミナルが新たに開設されましたが、今は無く、それとは違う位置にこの日に乗ったワゴン車型バスターミナルが開設されていました(エアコン高級バスはもっと離れた集落にターミナルがありました)。

昔は舗装の無い土埃のたつ路地と草の生える空地でしたが、今や立派な飲食店を含む団地が立ち並ぶ街となっていました。「お前が今度来た時は街の変貌に驚くぞ」と言っていた藤川氏の手紙を思い出す街並みでした。

プラ・ナコーン・キーリー(歴史公園)という観光地の山の麓にある、この寺の中も新たな仏塔が幾つか増え、寺の敷地内に舗装された歩道が引かれ、クティ(僧宿舎)も改築された綺麗さが目立ち、本堂周りも裸足で歩けば尖った地面に痛い思いをするザラつくコンクリート造りからタイル張りのような石畳に変化。これなら裸足で歩いても痛くないはず。お寺もお金が無ければ新たな建築物は建ちませんが、それなりに“儲かっている”と言ってはかなり語弊あるところ、信者さんが寄進する結果の発展をしていることが伺えました。

以前から藤川さんに教わり知っていたことですが、私の出家を認めて下さった以前の和尚さんは十数年前、ニーモン(信者さんの招きでの寄進)に向かう途中に交通事故で亡くなっており、今の和尚は私の初めての剃髪をしてくれた、当時の寺では中間管理職的なお坊さんで、現在51歳。厳しさある歳の取り方が表情に表れている貴乃花親方のような貫禄を感じました。

22年ぶりの再会ツーショット

◆笑って迎えてくれた和尚さんに感謝

笑顔で懐かしそうに迎え入れてくれましたが、最初に出た言葉が「よく来たな、もう嫁はもらったか?」。

「居ねえよ!」とは思えど、そんな目くじら立てることではなく、「居ない居ない、一人で居る自由奔放な人生だから」と言うと、「お前はホモか、ワッハッハッハ!」。

イラつく会話ではなく、「お前らこそホモ集団だろ、何十年も寺に居やがって!」とはギャグ的に思っても声には出していませんが、笑って迎えてくれた和尚さんに感謝でありました。

「今度、出家したいと言う友達を連れて来たら、この寺で出家させてくれますか?」と尋ねると、いとも簡単に「いいよ!」という返答。タイ人は先を読まず簡単に了解する民族であります。後になって「ダメダメ!」と言い出すこと当たり前なので再度交渉が必要です。

しかし、「で、いつ来るんだ?」とは気の早い展開。いやいや、その想定で聞いてみただけで実際に身近に出家志願者が居る訳ではない。しかしそんな心に悩みを持つ人生転機に、志願者がいつ現れてもおかしくない状況でもあるのです。そんな前準備的相談の訪問でもありました。

献上される寄進物。お坊さんに渡すグッズ数、15名分でしょうか
得度式を行なう本堂。懺悔の式もここで行ないました。懐かしい場所です
フェイスブックに夢中のメーオさん

◆また一人懐かしい僧侶と再会

そんな話は先延ばしとして、また一人懐かしい僧侶と再会。私より10歳若いお坊さんで22年前は23歳ぐらい。今は45歳と言う“メーオ”というニックネームで呼ばれていたお坊さん。まだ居たか、お互いハグまでした懐かしさでした。

「こいつは学も無いし、坊主やっているしか無いやろうなあ。還俗したところで就職先も無いやろうし」とは私がまだこの寺に居た頃の藤川さんの言葉。そんなことを思い出したのは、このメーオは数年前、一回還俗したことがあるという。たった5日で再出家したと言うメーオ。その理由を教えてはくれなかったが、藤川さんの言葉を思い出してしまうのでした。

しかし、こんなお坊さんは知能が低い訳ではありません。田舎では幼い頃に学校に行く機会が無かった者が多かったのです。今とはまた時代が違うので比べられないですが、メーオが持っていたのは“スマホ”。いとも簡単にフェイスブックを使いこなす。その中でも友達の多いこと。私は専門学校まで出ていても未だに使いこなせない。

外から見たクティ(僧宿舎)。藤川さんの部屋もここにありました
寺周辺でたまたま祭りの露店が並んだ店

◆「寺に泊まるか」とは誘われたが……

そんなクティの中で、早速翌日、得度式(出家式)を迎える青年が経文を暗記している姿を発見。これは撮って行こうと早速、得度式の撮影許可依頼をしました。ここでも「いいよ!」と誰もが言う簡単な了解。和尚は以前の私の撮影姿を見たことがあるお坊さん。どんな撮り方をするか、おおよそ想定出来たと思いますが、なかなか一般人として高僧の前をどこまで踏み込めるかは難しい問題があるのは承知の上でした。

その青年の親族が石鹸や歯ブラシなどの日用品を包んだ、寺での必需品を持って現れ仏壇に献上。といってもそんな僧侶グッズが街で売っている必需品であります。更に僧志願者に与える黄衣も同様に捧げていました。

僧志願者の若者は21歳で“ワサン”と言う名前でした。この得度式のため、過去に藤川氏が移籍したサムットソンクラーム県の寺に向かうことは中止として、スケジュールどおりにはいかないのがタイの常識ではありますが、機転を利かせて動く心構えで翌日の得度式に準備を整えました。

「寺に泊まるか」とは誘われましたが、寝る部屋も固い床に毛布一枚だったり、水浴びも想定も出来、懐かしい寺の造りの中ですが、先に近くにとったゲストハウスに戻ることにして、賑やかな寺周辺のターミナルや、たまたまお祭りの露店が連なっており、見て歩き食事もして、この日を終わりました。(つづく)

よそ者に吠えて向かってくるがカメラを向けると逃げる犬

◎ 私の内なるタイとムエタイ 〈1〉14年ぶりのタイで考えたこと

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『紙の爆弾』7月号!愚直に直球 タブーなし!【特集】アベ改憲策動の全貌
一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

私の内なるタイとムエタイ〈1〉 14年ぶりのタイで考えたこと

タートゥトーン寺の本堂。タイ街並みで必ず見れるお寺の佇まい
スクンビット通りの朝の露店。御飯のオカズとなる惣菜がビニール袋に入れられて売られています
エカマイ地区路地の露店。ぶっ掛け御飯のオカズとなる惣菜
エカマイ地区路地の露店。串焼き
BTS電車の車体、外からは中が見えない構造。プラットホームで写真を撮影していたら警官に怒られました

14年ぶりのタイ。17年ぶりのラジャダムナン・スタジアム。22年前に自分が出家したお寺を再訪し、ラオスへも足を延ばす旅──。ある旅行社関係から依頼があり、この5月、久々にタイへ出かけました。

ムエタイの試合とジムの様子、僧侶とお寺、歓楽街と売春婦、トゥクトゥク(サムロー)のボッタクリ、市場の賑わい、屋台の飯、市内バスと渋滞と排気ガス、買い物の値切り、チャオプラヤー河やメコン河の優雅な風景、街の野良犬野良猫、歩道橋の乞食……。タイを訪れるにあたり、思い出される景色には枚挙の暇がありません。

◆1993年、「オモロイ坊主」藤川清弘僧侶との出会い

1993年のことでした。ある偶然の導きから藤川清弘氏というタイ仏教の僧侶に出会いました。藤川氏はもともと京都で地上げ屋をやっていて、その後タイで事業を営み、51歳の時にタイで出家したという「オモロイ」経歴の持ち主でした。

私は、当時一時僧経験者だった藤川清弘氏と出会い、その後、タイ仏教のもと、ペッブリー県で再出家に至った藤川氏にお願いして、私自身も短期間出家したことがありました。その頃のお話は、いまから10年以上前に藤川氏のホームページ「オモロイ坊主を囲む会」で一度レポートしたこともありました。

藤川氏は2008年以降、胃癌を患い(それと直接的ではないようですが)、2010年2月に脳内出血で倒れ、永眠されています。

私の先導でタイ、ラオスを訪問するという今回の旅程を打診された時、当初それを受けるか否か躊躇しました。しかし、「悩んどらんと行ってみんかい!」と、藤川氏ならば、そう言うであろう言葉に背中を押されるかのように、14年ぶりのタイ行きを決心しました。その意味で今回の旅は、かつて私を指導してくれた藤川清弘氏と一緒に歩いた街並みを再び歩く旅でもありました(※藤川清弘氏との思い出は今後、別の機会に詳しく書かせていただきます)。

とはいえ、行きたくて指折り数えていた訳ではありません。夢にまで見たのとはむしろ逆でちょっと憂鬱。期待と不安がないまぜとなったままでの旅立ちでした。

◆エカマイ駅南側地区市場──早朝、市場に僧侶の托鉢姿を見に行くも……

タイでの滞在期間、ちょうどラジャダムナンスタジアムチャンピオンのT-98(=今村卓也)のムエタイ王座防衛戦も重なりました。試合は前回お伝えした通り、残念ながらT-98(今村卓也)は判定負けでムエタイ王座から陥落しましたが、それを取材することができました。

T-98取材当日の早朝、宿泊先のホテルから二つ先の駅、スクンビット通り“ソイ42”のBTS(高架鉄道)エカマイ駅南側地区にある市場に行きました。「僧侶が大勢、托鉢をする姿が見られる」といった同行者の誘いで行ってみたのですが、寝坊してしまい市場に着いたのは朝8時。すでに僧侶の托鉢時間は過ぎており、朝のラッシュの姿に変わっていました。

とはいえ、市場にはまだ賑わいが残っていて、旅行者が楽しめる風景が目白押しです。ソイと言われる路地には車が通る中、露店が連なります。衣料品も日用品も装飾品も並び、犬も寝転がる呑気さ。ぶっ掛け飯屋もあり、注文するがまま、御飯にオカズをのせてくれます。

エカマイ地区路地の露店。焼き鳥と焼きおにぎりでしょうか
エカマイ地区の路地の露店。ここで御飯に掛けて奥のテーブルで食べることもできます

次に訪れたのはエカマイ駅北側にあるタートゥトーン寺。ここはかつて藤川僧とバンコクに出た際、一泊だけさせて頂いた寺でした。しかし、その寺の面影の記憶が少なく、新築・増築された真新しい光景が目に入りました。かなり広い寺で22年前もどう歩き、どの辺りのクティ(僧宿舎)で泊まったかも全くわからなくなっていました。

タートゥトーン寺の本堂。読経の際は僧侶が壇上に座ります。一般人は低い後方の地べたに座ります
タートゥトーン寺側から見た至近距離にあるエカマイ駅。寺の門に迫る門より高い高架鉄道の駅、こんな時代となりました

◆言い値で乗ったトゥクトゥクもマイペンライ(大丈夫)

夕方にはT-98の試合のため、ラジャダムナンスタジアムへ向かいました。しかし、、フアランポーン駅前でしつこいトゥクトゥク(サムロー=三輪タクシー)に言い寄られながら「行くにはトゥクトゥクが楽だな」と同行者と決心し交渉。

「100バーツで行ってやるがどうだ?」と言う運転手に、「100でも高いだろうな、昔なら50バーツかな」と一瞬思いました。とはいえ、現在の相場もよくわからない。なので、運転手の言い値でトゥクトゥクに乗り込みました。

というのも、他の運転手は「200バーツ!」と言って来た。これはさすがに高い。私が選んだトゥクトゥクの運転手も「いや、100でいいよ」と笑っていたほどです。「旅行者が値を吊り上げている」と言う現地滞在者の話も聞きますが、私は根っから交渉下手。「ちょっとぐらい許して」と思って、そのトゥクトゥクに乗りました。

運転は思った通りの昔ながらの暴走モード。慣れればそんなに荒れた運転ではないのですが、滅多に乗らないとやはりそう感じます。多少ボッタくられたかもしれませんが、笑顔で人のいい感じの運転手さんでした。

フアランポーン駅に陣取るトゥクトゥクの群れ。旅の気分を味わうにはこの乗り物が最高
ただし、かなりスピードを出す奴もいます

◆大らかなタイ時間のおかげで出会えた懐かしい友

ラジャダムナンスタジアムのチケット売場。観光客は案内係りに導かれることでしょう

ラジャダムナンスタジアムでは、タイの知人カメラマンの来るのが遅い、さすがおおらかタイ人。リングサイドには知らないカメラマンが一人。日本の早田寛カメラマンも現れ、協力的な雑談。

タイ知人のカメラマンがやってきたところで打ち合わせをしていると、先に居た知らないカメラマンから声が掛かりました。実はそのカメラマン、知らないどころか懐かしい友人カメラマンでした。気付かなかったのはお互いが歳を取ったからで、昔一緒にムエタイの写真を撮っていた仲間でした。懐かしいあまりいろいろ話しかけてくれ、いざリングサイドに入る頃はカメラマン皆が「大丈夫だ、ハルキはここに居ろ」と補助してくれる有難さ。

こんな形でT-98撮影は無事終わりました。やれやれ、ひとつの目的は達成。これで帰国してもいいと思ったところ、同行者である友人は当然ながら“本番はこれから”と「明日から宜しく!」と気合充分でした。(つづく)

ラジャダムナンスタジアム最終試合の背景。なかなか観易い構造のスタジアム
指で賭けを誘う賭け屋の迫力はいつも凄い。観光客には分かり難いです

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』7月号【特集】アベ改憲策動の全貌