2月24日、国賠ネットワーク交流集会が東京・水道橋のたんぽぽ舎で開かれます。詳細は下記の案内をご参照ください。

この日は昨年、本社から『日本の冤罪』を出版された尾﨑美代子さんと、本通信にも執筆している鹿野健一(ペンネーム田所敏夫)さんが招かれ『日本の冤罪』について対談が行われます。ご興味のあるかたは是非お出かけくださいますようご案内いたします。ただし、会場の都合上残席はわずかで、先着順とのことです。

『日本の冤罪』出版に当たっては、昨年12月24日に大阪でも集会が行われ、同書に推薦文を寄せていただきた井戸謙一弁護士をはじめ、冤罪事件被害者のみなさんも集まり、大いに盛り上がりました。当日も尾崎さんと鹿野さんの対談が行われましたが時間の関係で10分ほどでした。今回は約1時間にわたる対談が予定されています。

第33回 国賠ネットワーク 交流集会
『日本の冤罪』を語る : 尾﨑美代子さん & 鹿野健一さん
2024年2月24日(土)13:30~17:00 ■スペースたんぽぽ(たんぽぽ舎)

◎国賠ネットワーク https://kokubai.net/

国賠ネットワーク さまざまな国賠裁判を結ぶネットワークは1989年に立ち上げられました。国賠裁判とは、国や自治体の公務員から不当な被害を蒙った人々が、その責任を追及し、謝罪や賠償を求める訴訟です。無実の罪で逮捕・勾留・起訴された冤罪被害者を中心に、国賠を闘う原告や支援グループの、穏やかな連携と支援交流を目指すネットワークです。

◆交流集会 年に一度、それぞれの国賠の当事者・支援者が集まって、互いに報告し、語り合い、情報や知恵を共有する全国的な交流集会です。①東住吉冤罪国賠、②星野獄中死国賠、③大垣警察市民監視国賠、④湖東病院事件・西山国賠、⑤よど号旅券発給拒否国賠&産経新聞損賠、など当事者から現状についての報告を予定しています。

◆特別対論 最新刊『日本の冤罪』の著者・尾﨑美代子さんに、フリーライター・鹿野健一さんがお話を伺います。尾﨑さんは足を使い、渦中の人に会って話を聞き現場に出向き、更には住み込んでその複雑さの中に身を置き考える。このように肌の感覚をとことん味わい、言葉で伝えようとする人は意外に少ない。集会に多くの諸兄姉が参加し、彼女の話に耳を傾けていただきたい。

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

以下は2018年11月にわたしが書いた原稿である。お笑いタレント(わたしは一度も面白いと思ったことはないけども)「ダウンタウン」への私見である。

このほど「ダウンタウン」の松本人志が芸能活動の休止を発表した。松本は「関西万博アンバサダー」であったが「アンバサダー」降板の可能性も高いといわれている。

いずれにしても、「まったく面白くないお笑いタレント」の頂上に君臨している感のある松本の芸能活動休止は、それにとどまらない意味を持つだろう。 

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 
東京のサル真似しかできない大阪万博ファシズムと笑えない吉本芸人たちの無様
(2018年11月27日掲載)
 
◆ダウンタウン・吉本のお家芸「行政の太鼓持ち」

11月23日深夜、新たな「税金の無駄遣い」の決定をうけ、「ダウンタウン」の2人が下記のようにコメントしたそうだ。

〈ダウンタウンの浜田雅功(55)、松本人志(55)は2017年から大阪万博誘致アンバサダーを務めている。大阪・御堂筋で開催される大イベント「御堂筋ランウェイ」に2年連続で出演するなど、万博誘致を懸命にPR。今回の開催地決定で、2年間の努力が実を結んだ。2人はこの日、所属事務所を通じてコメント。

松本「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に浜田(笑)」
浜田「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に松本(笑)」〉(2018年11月24日付けサンケイスポーツ)

行政のお先棒を担ぐような役回りを平然とこなす神経は、実によくわかる。「ダウンタウン」にはデビュー以来一度として「笑い」をもらったことがない。彼らの芸は、誰かを貶める、あるいは威張るか迎合する。パターンはいつも同じだ。生前横山やすしに「漫才師やから何をしゃべってもいいねんけれども、笑いの中に『良質な笑い』と『悪質な笑い』があるわけだ。あんたら二人は『悪質な笑い』やねん。テレビ出るような漫才とちゃうやんか。お父さんけなしたり、自分らは新しいネタやと思うてるかもしれんけど、正味こんなんイモのネタやんか」と看破された本質は、1982年からなんらかわっていない。


◎[参考動画]1982年末の『ザ・テレビ演芸』(制作=テレビ朝日)

明石家さんま、北野武、ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャンなど「全然おもしろくないお笑いタレント」が師匠ズラをして、より小物のひな壇芸人しか育たない。岡八郎や花木京、人生行路が生きていたら、かれらもおそらく「大阪万博」に乗っかるだろう。でもダウンタウンほどの破廉恥さは見せないに違いない。横山やすしが、言いえて妙なダウンタウンの本質を突いている。岡八郎や花木京は腹巻をして吉本新喜劇の舞台に登場して、誰を見下げるわけでなく「え?なに」の一言で観客から笑いが取れた。所詮芸人としてのレベルが違いすぎるのだろう。

西川きよしは大阪万博を決定を喜ぶコメントを発している。国会議員もそつなくこなし、順風満帆の西川きよしらしい態度だ。ここが西川きよしと横山やすしのまったく違うところだろう。横山やすしのような人格は、仮にトラブルやアルコール依存症がなかったとしても、今日のような「管理社会」では受け入れられるキャラクターではなかっただろう。

漫才ブームまで、関西の漫才が全国区で放送されることはそうあることではなく、吉本興業が東京に進出しても、当初は苦戦を強いられていた。大阪のどぎつい笑いは東京では受け入れらにくかったのだ。しかし、マーケットは広げたい。吉本興業を中心とするお笑い芸人が選択したのは、笑い質の転換である。東京を中心とする全国で通じる、視聴者に迎合した笑い。そこに彼らはターゲットを合わせてゆく。

◆古臭い集権政治の再現でしかない大阪地域ファシズム

地方分権だなんかといいながら、政治の世界で起こっていることも同様だ。石原慎太郎や、神奈川で先に火が付いた地域ファシズムを、大阪は橋下徹によって後追いする。何も新しくない。橋下が主張したのは「ヒト・モノ・カネを大阪に集め」との古臭い、集権政治の再現に過ぎない。その延長線上に愚の骨頂もいいところの「大阪万博」などを発想し、「東京五輪」の5年後に開催するなど、半世紀前の利権構造を同じようにたどっているだけだ。

こういう、的外れで体たらくな行政を許しているから、大阪の文化的地盤沈下には際限がないのだ。大阪と東京にはかつて、対立意識や概念が存在した。しかし今やそんなものはどこにもない。大阪人の計算高さを東京の企業も内面化し、東京人の「ええかっこっしい」を大阪人も恥じることなく真似ている。笑わせてくれる芸人の出現を求めるのが無理な文化状況は、そうやって形成されているのだ。

なにが「万国博覧会」だ。馬鹿もたいがいにしろ! まだ海外旅行が夢の世界で、「外国」が庶民にとっては、実際の距離以上に遠かった1970年と、ネットに向かえば瞬時に世界と対話できる、LCCを利用すれば数万円で地球の裏側に行ける時代の違いくらいは、誰にでもわかるだろう。

いや違った。その違いすら分からないから、きょうもダウンタウンが偉そうに、面白くもない姿をさらしているのだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年2月号

◆冤罪はきょうも続いている

 

尾﨑美代子『日本の冤罪』(鹿砦社)10月23日発売

警察に「逮捕する!」といわれ、手錠をかけられる。最近あるのかどうか知らないが「刑事ドラマ」は二世代ほど前には人気番組だった。しかしあの番組群は、警察権力に迎合し過ぎた。やりたい放題な拳銃の発砲や警察権力の過剰な暴力を英雄化・美化して視聴者の感覚を鈍化させる作用を担っていた。

そういったエンターテインメントで描かれる、警察の正義性や、苦闘、あるいはヒューマンドラマの裏面に「作り物」ではない現実として、冤罪は悲しい旋律を奏でながら現在進行形、きょうも続いている。

冤罪とは事件・事故の加害者ではないのに、まずは警察に加害者と決めつけられ、ほどなく、被疑者と呼称を変えられ(かつては「被疑者」とも呼ばれず氏名呼び捨てであった)、警察発表に従いマスコミが「こいつが犯人だ」、「こいつは劣悪非道な人間だ」と散々喧伝され、最悪の場合、無期懲役や死刑が言い渡された犠牲者を示す単語である。そこには司法の暴走・暴虐・組織防衛の力学が必ず働く。

◆著者は大阪市西成区の飲食店「はな」のママ

『日本の冤罪』著者の尾﨑美代子さんは、大阪市西成区に飲食店「はな」を経営する女性だ。西成といえば「釜ヶ崎」。「釜ヶ崎」はご存知の通り、日雇労働者が多く暮らす地域だ。著者は「どこにそんなエネルギーと発想が蓄えられているのか」と驚嘆させられる情熱の持ち主である。その情熱が『日本の冤罪』で二つ結実した。

一つ目は布川事件冤罪犠牲者桜井晶司さん(本年8月23日にご逝去)と著者の対談だ。この対談はおそらく桜井さんが遺された最後のまとまった意見表明だろう。二つ目は冤罪事件解決、原発訴訟や福島原発事故被害者救済の裁判など広範な分野で最先頭に立ち、闘う井戸謙一弁護士からの寄稿「弱者に寄り添い 底辺の実相を伝える」である。桜井さん井戸弁護士お二人の力添えが『日本の冤罪』の価値をより高めていることは間違いない。

本書に推薦文を寄稿してくれた井戸謙一弁護士(左)と著者

◆16の事件の冤罪犠牲者たち

『日本の冤罪』には16の事件、18本の取材報告が収録されている。殺人事件から1万円の窃盗そして痴漢事件まで。「事件の軽重にかかわらず幅広く冤罪は作られる」ことを知るために、本書が有益であることを著者は意識したであろうか。さらにこれまで一度として報道されたことのない「京都俳優放火殺人事件」まで取材・執筆の幅が広がっていることが数ある冤罪関連書籍の中で本書を際立たせるのだ。読者は驚かれるかもしれないがと「京都俳優放火殺人事件」の冤罪犠牲者は現在も獄中に囚われたままだ。

著者の冤罪事件取材の方法は独特だ。対談した桜井さんや他の冤罪犠牲者から「こんな事件がある、冤罪だ」と紹介を受け、当該事件の冤罪犠牲者や、弁護士、関係者に取材に赴く(冤罪犠牲者が獄中に居れば手紙を書く)。多くの場合取材のきっかけに冤罪犠牲者の紹介や、要請があり、それが次の事件取材へと繋がる。

『日本の冤罪』筆者の主たる生業は執筆ではない。著者は20年続く飲食店「はな」の店主である。つまり著者は少なくとも「二足の草鞋」を履いているのであるが、それだけではない。「はな」はしばしば勉強会、講演、音楽ライブの会場として地域だけではなく全国から人が集まる場所として機能する。仕切るのはいつも著者、でも必ずたくさんの人が手伝ってくれるという。

冤罪の犯罪性を市井の視点から解き明かし、その射程を未だに誰もが触れぬ領域にまで広げていった。本書のエッセンスと価値はそこにある。

◆取材者の洞察力

 

布川事件冤罪犠牲者桜井晶司さん(本年8月23日にご逝去)。本書収録の対談が桜井さんによる生前最後の意見表明となった

ひとつだけ『日本の冤罪』手に取る未来の読者に警告しておこう。冤罪取材は事実の確認作業が第一歩だが、その先にどんな恣意が隠されていたのかを洞察するのは取材者の洞察力に委ねられる。

さらには事件を文章化するにあたってはときに、凄惨な事件を描写しなければ全様を説明し尽くせない。冤罪を解き明かすには取材者が事件の全体像に踏み込む勇気が求められるわけだ。著者はどんな事件であっても全容を納得することなしには、文章を書いていない。冤罪の犯罪性同様、事件のむごたらしさも描かれていることを心して、読者は本書を手にしてほしい。

なお、著者は故桜井さんに「尾﨑さん、あの事件も書いてよ」と言われている冤罪事件をかなりの数抱えている。その取材が終わるまでは、桜井さんにお別れはできないという。ということは、冤罪事件がある限り、著者が桜井さんに「さようなら」を言える日は来ないのかもしれない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

[著者略歴]尾﨑美代子(おざき・みよこ)1958年、新潟県生まれ。中央大学中退。大学生時代の80年代、山谷(東京)の日雇労働者、野宿者問題の支援に関わる。90年代初頭大阪に移住して以降は、同じく日雇労働者の町・釜ヶ崎に住みながら、フリースペースを兼ねた飲食店「集い処はな」を経営。釜ヶ崎で知り合った仲間たちと、3・11以後福島支援、反原発運動を始め、講演会、上映会、支援ライブなどを続ける。その傍ら、かつてより関心のあった冤罪事件の取材・執筆活動を続ける。

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

◆優美な文体による悲劇と描写のコントラスト

『広島の追憶』は悲しく痛みに満ち溢れた物語であるが、全編優しい表現で描かれている。物語の激烈さを優美な筆致で書き上げる、内容と表現の見事なコントラストにより、この物語が発するメッセージはさらに輝きを増している。

 

1梓 加依『広島の追憶 原爆投下後、子どもたちのそれからの物語』(鹿砦社)四六判、上製カバー装、本文192ページ+巻頭カラー4ページ、定価1650円(税込み)0月12日発売

物語の登場人物には、ついぞ意地悪や性根の曲がった人物が見当たらない。子ども、大人を問わず一人も現れない。他方情景や食べ物、心理の描写は、輪郭が明確で色鮮やか、しかも繊細である。まるで万華鏡を覗くようだ。わたしはさながら追体験をしているかの如き感覚を抱きながらページをめくった。この作品が児童文学への造詣が深い著者の実経験と筆力、そして力強い意思で貫徹された物語だからであろう、美しくも繊細でありながら重大なメッセージを込めた作品の力量と、構想の精緻さに読者は圧倒されるだろう。

本書の帯には「担当編集者が何度も泣いた。」とある。わかる。素直に悲しく、可哀そうで落涙したり、優美な文体による悲劇と描写のコントラストに涙する読者は少なくないだろう。

◆苦痛や煩悶を丁寧で穏やかに描写

物語は、原爆投下後12年を経た広島市(現広島市南区あたりだと思われる)で同じクラスの小学校6年生4人がまず登場する。物語で主役を演じ、おそらくは著者の実体に基づくであろう「由美子」、八百屋の父親を手伝う元気な「和也」、細身で音大進学を望む「裕」、勉強も運動も得意、優等生の「進」。

小学校6年生の4人に「病」と「死」は容赦なく近づく。苦しかっただろう、怖かっただろう、悲しかっただろう。が、物語の中で著者は死者にも生き残った者にも、ほとんど強いトーンの発言や行動をとらせることがない。押し殺したわけではない。苦痛や煩悶が丁寧で穏やかに描写される情景こそが、かえって読むものに惨状の実態を強く感じさせるのだ。

近年わたしは映像でも文章(物語)あるいは音楽、つまりは文化一般における、揶揄競争、激烈さ競争、さらには圧倒的な痴呆化に飽きてしまっている。『広島の追憶』はそんなわたしの欠乏感と欲求を、ものの見事に埋めてくれるどころか、驚くべき展開を見せてくれた。漢字さえ読めれば年齢に関係なく誰にでも読む価値があるし、心が揺らされるのは必至だ。数十年ぶりに文学の名著に出会うことができて、わたしは満たされた。

◆「由美子」はおそらく幼少時代に長崎で被爆している

上記が『広島の追憶』への一般的な感想である。以下は『広島の追憶』とわたしの個人的接点だ。

一般的に読者が文学作品に接する際、個人的経験との接点(共有・または共振)が作品への同一感を強化することはありがちである。本書とわたしの間にもそれは生じた。

まず物語冒頭の主たる舞台である広島市南区翠町。そこは1945年8月15日にわたしの母及びその家族の居宅があった場所である。当時5歳の母は疎開しており原爆投下の日、同所には居なかったが、叔父たちは近所に下宿していて原爆の直撃を受けた。

直後に死んだり大怪我した叔父は居なかったが、50歳を超えると不思議なことに叔父は癌を発病し、短い治療期間で死んでいった。被爆と癌発症の因果関係を科学的には証明できないのかもしれないが、彼らが「被爆手帳」を持って事実は重たい。

そして物語の主人公「由美子」が転居する道程である。「由美子」は長崎から大阪そして広島から再び大阪へ移動する。「由美子」はおそらく幼少時代に長崎で被爆している。

わたしの母は長崎で生まれ下関を経て広島そして神戸へと転居を重ねた。上記の通り広島原爆投下の日には広島市内に家がありながら疎開して直撃弾は免れた。しかし、祖母から聞いた話によれば原爆投下からほどなく家のあとかたずけに一家総出で翠町に赴いている。母は100万人に1人と言われる珍しい癌に数年前罹患した。つまり、本書のテーマである原爆、被爆とわたしは無関係ではいられないのである。

まだ存命であるが最近母の見当識は相当に怪しい。

わたしの母の名は由美子だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

【著者略歴】梓 加依(あずさ・かえ)。児童文学・子どもの生活文化研究家。1944年長崎生まれ、小学校から高校まで広島市内に在住。公共図書館司書、大学非常勤講師、家庭裁判所調停委員などの仕事を経て、現在は物語を書く会「梓の木の会」主宰。

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315258/

新刊おすすめ『広島の追憶』
https://youtube.com/shorts/9xIPi_9ygwk?si=VgprqOQSqN_0M5E8

「小出裕章―樋口英明」対談を去る7月20日松本で両氏にお願いした。松本での対談は昼過ぎからはじまり、前半後半あわせると6時間近くに達した。

『季節』は脱・反原発を中心に据えた季刊である。対談の冒頭、小出さんは原発問題の重要性と同様に「戦争」について発言された。戦争についての認識はお二人の間に少し違いがある。そこが対談の妙味である。やや先ではあるが9月11日に発売される『季節』をぜひ手に取ってご覧いただきたい。

◆何が何でも仮想敵国を据えておきたい国

「反戦」と「反核」(あるいは「反原発」)を論じることが困難度を増している。日本が平和主義を謳った憲法を持つ国である実感は、意図的に限りなく希釈されている。

「敵地攻撃能力」、「集団的自衛権」、「秘密保護法」、「盗聴法」、「海外派兵」、「国旗国歌法」……。これらはいまから振り返ってこの20年ほどのあいだに生起した法律ならびに出来事だ。そして2023年8月、ロシアとウクライナの戦争ではロシアだけではなく、ついにウクライナも「クラスター爆弾」(ウクライナがクラスター爆弾を使うに至り新聞はその呼称を急に「集束爆弾」と言い換えている)を使用するに至っている。モスクワ近郊でも無人機による爆撃が相次ぎ、ここへきて国際社会の中にも「停戦」を進める声が高まってきた。


◎[参考動画]米国がウクライナへの「クラスター爆弾」供与の決定に各国から反対の声(TBS【news23】2023/07/11)

他方、日本は軍拡のためには何が何でも仮想敵国を据えておきたいようだ。最近の仮想敵国は中華人民共和国と朝鮮民主主義共和国そしてロシア。そうだ、韓国が尹錫悦政権(保守政権)に代わるまでは、韓国をも敵視していたことも忘れてはいけない。

中国と日本のあいだには「日中平和友好条約」が結ばれている。米国ニクソン政権の中国と国交回復を視野に入れて、日本は「中華民国」(台湾)との国交を断絶し、大陸の政権と手を結んだのだ。けれども、台湾と日本の関係は実態が変わったわけではなく、中国との国交樹立後も台湾、中国双方と懇意にしてきた。国際条約の上で「日本と台湾の間には国交がない」ことは日本の中で案外知られていないのではないだろうか。

かたや中国と台湾の交流は数値化するのが不可能なほど深く結びついている。先富論により経済が資本主義化した中国は、市場があれば世界中何処へでも物を売る。自動車の輸出台数はついに昨年世界一になった。その逆に食糧輸出国から輸入国になって久しい13億人の胃袋は、さらなるタンパク質と美食を求めて、世界中の食物原料確保先を日々捜し歩いている。

勿論言葉も通じるし小さいながらも技術大国、台湾との間には25年以上前から深い人的交流が交わされている。台湾の現政権は民主進歩党(民進党)で、民進党は台湾独立を指向しているが、国民党は前総統馬英九が中国政権と親しい関係を維持している。

わたしの素朴な疑問なのだが、このような中国と台湾の間で「戦争」を起こしたいと当事者が望むだろうか。相互に多大な投資をして、人的にも結び付きが深い中国と台湾が、のっぴきならない状態になるだろうか。もちろん将来の出来事などは予測できない。けれども、もしそのような危機を望む集団がいるとすれば、それは覇権に関しての争いではなく、「軍事産業」の利益に関わることではないだろうか。


◎[参考動画]【総火演】陸自最大「富士総合火力演習」“進化する戦い方”も公開(日テレNEWS 2023/05/27)


◎[参考動画]宮古陸自施設で射撃訓練公開 抗議する住民の姿も(沖縄テレビ 2023/7/10)

◆敗戦の日に考える「平和主義」

2023年敗戦記念日のきょう、日本では憲法で謳われた「平和主義」が、相当に弱っている。逆に根拠なき「好戦論」、「軍事拡張論」、「日本は素晴らしいナルシズム論調」はかつてなく、恥知らずに胸を張っている。戦後に生れた世代のわたしが「次なる戦争」を肌身に感じる居心地の悪さは、既に日本人の頭の中が1930年代初頭同様に洗脳されていると感じるからだ。

当時の情報統制に比べれて洗脳の度合いは情報機器(スマートフォン)の進歩・拡散により、さらに静かに深く進んでいまいか。インターネットにしても決して自由な言論空間だとは思えない。他方マスメディアは、相も変わらず体制の提灯持ちだ。国民が騙される(すでに騙されている)土壌はかつてよりも汚泥のように厄介だ。

平和を指向する意思が弱っている。好戦論が元気だ。なぜだろう。漫然とした虚構が徐々にあまねく言論空間を侵食しているから、このような幻想・妄想がまかり通るのだ。

虚構を振りまく連中の姿が見えるだろうか。奴らは「反戦」や「平和」に、後ろ足で砂をひっかかけて、日銭(といっても驚くほど高額な)を稼いでいる。凝視しよう。見定めよう。敵の本性や氏名を明らかにしよう。そして嘘をつかない、裏切らないひとびとの姿を確認しよう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年9月号

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2023年夏号(NO NUKES voice改題 通巻36号)

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0C6SZ247L/

私たちは唯一の脱原発雑誌『季節』を応援しています!

「ゆっさゆっさ」時代は揺れている。昨年よりも、一昨年よりも、もちろん10年前より40年前よりも気味悪く、不吉な方向にむかって。げんなりする。黙したくなる誘惑が襲う。

Long time ago 44年前
原子爆弾が落ちてきて
何十万人もの人が
死んでいったのさ

Long time ago 44年前
8月6日の朝 8時15分
何の罪も無い人が
殺されちまったのさ


◎[参考動画]LONG TIME AGO【THE TIMERS】Hiroshima 1989

Timers でZERRYこと忌野清志郎が「原子爆弾ブルース」を歌ってから34年、清志郎が逝ってから14年、広島原爆から78年目。

わたしの祖父は九州の生まれで、造船を学んだ後、造船技術者の職に就いた。複数の造船会社で働いたようだが、三菱造船に籍を置いたこともある。そういえば三菱のことを「ダイヤモンド」と呼んだ人たちがいた。美しさ幸せの象徴として名付けられたわけではないではない、ダイヤモンド。

彼は所用で出かけた東京で今から数えること100年前、1923年9月1日11時、予期せぬ大震災の最中に身を置く。酒が入らなければ多弁ではない彼が、関東大震災に驚嘆した体験は何度か自ら語りはじめ聞かせてくれた。

「ゆっさゆっさ、と揺れるんじゃのう。5分以上じゃったんじゃないかのう。長い揺れじゃった。長い。旅館の二階におった。ゆっさゆっさ揺れるんじゃのう。気持ち悪うてな」

そうか、大地震は「ゆっさゆっさ」揺れるものなのか。そう了解していたけれども、「ゆっさゆっさ」は彼の個性的な語彙選択による描写であった。大地震は「ゆっさ、ゆっさ」どころか「ドカーン」や「ゴー」であることを後年わたしは、阪神大震災と東日本大震災で二回、体験する。でも再び暗渠に時代が落ちてゆく今日を表す擬態語としてこそ「ゆっさゆっさ」がふさわしい気がする。

彼が九州大学の工学部で造船を学びだした時代、日本の国家的「ゆっさゆっさ」はすでに口火を切っていた。朝鮮半島を併合して中国大陸へも武力侵攻を続け、やがて太平洋戦争の破滅へと突っ込んでゆく前段階。「大正デモクラシー」との評価もあるけれども、外に向けてに日本は侵略と強奪の階段を上り始めたのではなく、すでに二階へあゆみを向ける「踊り場」にいたのだ。

大学で造船を勉強し当然造船業の技術者の職に就いた彼に、時代はどのように映ったのだろうか。彼にはマルキシズムやアナーキズムの風を受けた形跡はまったくないから、わたしが問えば過去の話はしてくれたのだと思う。そういえば退職後、テレビの国会中継を見ていて「今は、共産党しかまともなことは言えんね。もうほかの政党はダメじゃね」と頷き独り言のように話しかけられてちょっと驚いた記憶がある。まだ消費税が導入される前、社会党もあった時代だ。思考が混濁していたわけでもないのに、彼はどうして急に1980年代中盤に「今は、共産党しかまともなことは言えんね。もうほかの政党はダメじゃね」と発語したのだろう。

「天皇よりは長生きしたい」

あれはわたしの聞き違えだったのか。天皇ヒロヒトと同年に生まれた彼は、苦労はしただろうが社会的には明らかに成功者の範疇に入る。かといって軍国主義でも回顧の癖もなかった。まさか「虹をかけたい」などと思ったわけではあるまいに、「天皇(ヒロヒト)より長生きしたい」の真意はなにか。

Long time ago 44年前
人間の歴史で 初めてのことさ
この日本の国に
原子爆弾が落ちたのさ

知ってるだろ?
美少女も美男子も たった一発
顔は焼けただれ 髪の毛ぬけ
血を吐きながら
死んでいくのさ Oh


◎[参考動画]昭和天皇「原爆投下はやむをえないことと、私は思ってます。」

1945年8月6日、彼は広島市内にいた。市内中心近くにあった家にいたのか、造船所に近い別の場所に住居を求めていたのかはわからない。彼だけでなく息子数人はさらに爆心地近くに下宿していた。

Long time ago 44年前
原子爆弾が 落ちてきたことを
この国のお偉い人は
一体どう考えているんだろう?

Long time ago 44年経った今
原子爆弾と 同じようなものが
おんなじこの国に
つぎつぎと出来ている

8月6日や8月15日、それをはさむ戦中戦後についての記憶を彼から聞いたことはない。彼の記憶の中で歴史はどのように整理されていたのだろう。なにより、どこから「天皇よりは長生きしたい」思いが立ち上がったのだろうか。

ダイヤモンドが虹をかけたいと空を見上げるだろうか。そんなことはないだろう。

原爆はダイヤモンドめがけて落とされたとの解釈も象徴的に不可能ではないだろう。そしてダイヤモンドは「国防費2倍」の岸田政権独断決定に、表情を変えずに時代を超えて、歓喜しているに違いない。

「ゆっさゆっさ揺れる」関東大震災の話をしてくれたとき、彼に聞いておくべきだった。ダイヤモンドを始末しえたのか、そうではないのか、ひょっとして虹をかけたかったのか、あれは錯覚だったのか。


◎[参考動画]アニメ映画『はだしのゲン』(1983年/原作・脚本・製作者:中沢啓治/監督:真崎守/設定:丸山正雄)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2023年夏号(NO NUKES voice改題 通巻36号)

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0C6SZ247L/

私たちは唯一の脱原発雑誌『季節』を応援しています!

樋口英明元裁判官は鹿砦社が発刊する脱・反原発季刊誌『季節』にもたびたびご登場頂いている。このたび女川原発差し止め訴訟仙台地裁判決について樋口元裁判官からメッセージを頂いた。共同通信発で加盟社に配信された原稿は大幅に論旨が削られているとのことで、デジタル鹿砦社通信向けに寄せて頂いた、特別のメッセージである。(田所敏夫)

樋口英明さん

◆5月24日仙台地裁判決について 樋口英明

仙台地裁は、5月24日、東北電力女川原発2号機の再稼働差止めを求めた住民らの請求を退けました。今回の訴訟で原告の住民らは、早期の判決を求めるために、放射性物質が外部に漏れる事故が起きる具体的な危険性を主張せず、「原発事故が起きた場合の避難計画に不備があるから原発の再稼働は認められない」と訴えました。それに対して、仙台地裁は「事故の危険性は抽象的なものにすぎない。事故発生の具体的な危険性の主張立証がない以上、避難計画の不備だけでは差止めは認められない」としました。

2021年3月の水戸地裁判決が「事故発生の具体的危険性が認められないとしても、避難計画が不備であれば運転の差止めが認められる」としたのとは真逆の判断です。

仙台地裁の裁判官は原発の本質が分かっていません。原発の問題は決して難しい問題ではありません。次の二つのことさえ理解してもらえればよいだけです。一つ目は、原発は事故の時も自然災害に遭った時も運転を止めるだけでは収束せず人が管理し、電気と水で原子炉を冷やし続けなければ必ず事故になるということです。二つ目は人が管理できなくなった場合の事故の被害は極めて甚大だということです。現に福島第一原発事故では停電しただけで、「東日本壊滅」の危機に陥りました。

水戸地裁はこのような原発の本質を理解していたから避難計画の不備だけで原発の運転を差し止めたのです。地震大国日本で、避難計画が整備されていない原発を稼働させるということは、何千人もの乗客を乗せたタイタニック号が充分な救命ボートを用意せずに氷山の浮かぶ大海原に乗り出していくようなものです。いつどこで氷山にぶつかるかはわからないとしても、救命ボートは乗客の人数に応じて充分な数を備えるのは当然のことです。救命ボートが不足していることは出港を許さない十分な理由になるのです。

仙台地裁の判決は避難計画の不備は問題にしないとするもので、上の例によれば、救命ボートが一隻もなくてもタイタニック号の出航を認めるということになります。仙台地裁の判決は、「これが福島原発事故後の判決か」と我が耳を疑うあまりにも無責任な判決と言わざるを得ません。

樋口英明さん

◆原発廃絶のために静かに闘う樋口元裁判官

樋口元裁判官は原発に極めて強い危機意識を持ち、講演で全国を行脚し、原発運転差し止め訴訟などにアドバイザーとして関わっている。3月15日には参議院議員会館で国会議員にも向けた講演が実施された。樋口元裁判官は言う。

「原発問題は簡単なことなんですよ」

60分で原発問題の導入から、最先端までを語り尽くす樋口元裁判官の解説は、中立かつ司法の判断者としての経験を踏まえたものであるだけに、極めて訴求力が強いと感じる。

樋口元裁判官は単なる語り部ではなく「聞く側」がどうすれば理解しやすいかも模索されている。本公演は通常スピードで視聴しても決して長くは感じないが、見る人のためには「1.5倍速で再生してください。それが見る人にとっては快適です」とコメントを頂いた。細やかな心配りはなにより「脱原発を実現しなければ将来はない」との危機感に依拠しているのではないかと感じる。是非ご覧いただきたい。


◎[参考動画]院内集会 映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』上映後の元福井地裁 裁判長 樋口英明氏 講演(2023年3月15日)

▼樋口英明(ひぐち・ひであき)
元裁判官。1952年三重県生まれ。京都大学法学部卒。2014年、大飯原発3、4号機の運転差止判決、翌年、高浜原発3、4号機再稼働差止の仮処分決定を出した。2017年8月退官。主著に『私が原発を止めた理由』(旬報社、2021年)。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

6月12日発売開始‼ 〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2023年夏号(NO NUKES voice改題 通巻36号)

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0C6SZ247L/


〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌
季節 2023年夏号
NO NUKES voice改題 通巻36号 紙の爆弾 2023年7月増刊

《グラビア》原発建設を止め続けてきた山口県・上関の41年(写真=木原省治
      大阪から高浜原発まで歩く13日間230Kmリレーデモ(写真=須藤光男

野田正彰(精神病理学者)
《コラム》原子炉との深夜の対話

小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
《コラム》核のゴミを過疎地に押し付ける心の貧しさ

樋口英明(元福井地裁裁判長)
《報告》司法の危機 南海トラフ地震181ガル問題の重要性
《インタビュー》最高裁がやっていることは「憲法違反」だ 元裁判官樋口氏の静かな怒り

菅 直人(元内閣総理大臣)
《アピール》GX法に断固反対を表明した菅直人元首相の反対討論全文

鮫島 浩(ジャーナリスト)
《講演》マイノリティたちの多数派をつくる
 原発事故の被害者たちが孤立しないために

コリン・コバヤシ(ジャーナリスト)
《講演》福島12年後 ── 原発大回帰に抗して【前編】
 アトミック・マフィアと原子力ムラ

下本節子(「ビキニ被ばく訴訟」原告団長)
《報告》魚は調べたけれど、自分は調べられなかった
 一九五四年の「ビキニ水爆被ばく」を私たちが提訴した理由

木原省治(上関原発反対運動)
《報告》唯一の「新設」計画地、上関原発建設反対運動の41年

伊藤延由(飯舘村「いいたてふぁーむ」元管理人)
《報告》飯舘村のセシウム汚染を測り続けて
 300年の歳月を要する復興とは?

山崎隆敏(元越前市議)
《報告》原発GX法と福井の原発
 稲田朋美議員らを当選させた原発立地県の責任

——————————————————————–
山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
《報告》原発利用促進のためのGX脱炭素電源法案の問題点

原田弘三(翻訳者)
《報告》「気候危機」論についての一考察

井筒和幸(映画監督)×板坂 剛(作家)
《対談》戦後日本の大衆心理【後編】

細谷修平(美術・メディア研究者)
《映画評》シュウくんの反核・反戦映画日誌〈3〉
 わすれてはならない技術者とその思想 ──『Winny』を観る

三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
《報告》今、僕らが思案していること

佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
《報告》亡国三題噺
 ~近頃“邪班(ジャパン)”に逸(はや)るもの
  三重水素、原発企業犯罪、それから人工痴能~

山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
《報告》山田悦子の語る世界〈20〉
 グローバリズムとインターナショナリズムの考察

再稼働阻止全国ネットワーク
原発の全力推進・再稼働に怒る全国の行動!
福島、茨城、東京、浜岡、志賀、関西、九州、全国各地から

《福島》古川好子(原発事故避難者)
福島県富岡町広報紙、福島第一廃炉情報誌、共に現地の危険性が過小に伝えられ……
事故の検証と今後の日本の方向を望んでいるのは被害者で避難者です!
《東電汚染水》佐内 朱(たんぽぽ舎ボランティア)
電力需給予備率見通し3.0%は間違い! 経産省と東電は石油火力電力7.6%分を隠している! 
汚染水の海洋放出すべきでない!
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
運動も常に情報を受信してすぐに発信することが大事
4月5日定例の日本原電本店行動のできごと
《浜岡原発》沖 基幸(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
中電が越えなければならない「適合性審査」と「行政指導」
《志賀原発》藤岡彰弘(「命のネットワーク」事務局)
団結小屋からメッセージ付き風船を10年余飛ばし続けて
《高浜原発》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
「関電本店~高浜原発230kmリレーデモ」に延べ900人、
「関電よ 老朽原発うごかすな!高浜全国集会」に320人が結集
《川内原発》鳥原良子(川内原発建設反対連絡協議会)
「川内原発1・2号機の九電による特別点検を検証した分科会」まるで九州電力が書いた報告書のよう
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
原発延命策を強硬する山中原子力規制委員会委員長・片山規制庁長官
《読書案内》天野恵一(再稼働阻止全国ネットワーク事務局)
『3・11 大津波の対策を邪魔した男たち』(島崎邦彦・青志社)

反原発川柳(乱鬼龍選)

龍一郎揮毫

私たちは唯一の脱原発雑誌『季節』を応援しています!

本通信ですでにお伝えした通り「LGBT平等法」が国会で審議されている。国政政党の中に明確な「反対」は見当たらず、自民党から共産党までがこの法案に関しては「推進勢力」である。時あたかも「広島G7」。「G7の中でLGBT法がないのは日本だけ」との言説も聞かれるが、果たして「グローバルスタンダード」(?)はこの国のひとびとを幸せにするのだろうか。

ある筋から「中核派がLGBT法に反対しているよ」と教えてもらった。マスコミでは「過激派」と称される中核派であるが、中核派が「LGBT平等法」に反対する理由はどのようなものだろうか。中核派であることを隠すことなく杉並区会議員として2期目の再選を果たしたばかりの洞口朋子さんに電話でお話を伺った。後編の〈2〉を公開する。

 

洞口朋子=杉並区議会議員

洞口 たしかに性的マイノリティーをどう考えるかについては、私たち中核派の中でも、かなり討論し学習を重ねているのが正直なところです。その中で杉並区議会に「性の多様性条例」が出されましたので、私たち中核派の見解を2、3月の議会で出しました。

田所 わたしは共産党にもこの件で質問をしました。「バイセクシュアル」の人はいまのでデメリットを被っているでしょうか」と質問したところ、共産党のお答えは「バイセクシュアルについては考えたことがない」でした。LGBTとの言葉で括られていますが「多様性」とは文字どおり「多様」なのだからLGBTに収まらない人もいます。今の社会通念からすれば逸脱する人もいるが、仮に法律を作ればそのような指向の人をどう考えるのか、との議論が欠如していませんか。

洞口 表面的な「改善」や啓発活動をすれば差別がなくなるかのような、幻想を描いている。国政政党で言えば与党から野党まで皆さんが推進している。分裂がありながらも国として進めていく。広島でのG7を控えて「LGBTの制度がないのは日本だけだ」と言っていますが、私たちがまったく評価しないG7に向けて進んでゆこうとしている。しかも野党の人たちが進んで行っている疑問はもちろんあります。

女性や性的マイノリティーに対する絶えざる差別・抑圧を産み出す今の社会を表層的に変えれば良くなるとのものの見方は、甘いのではないかと思います。根本的な部分を変えないと。根本的な部分により絶えざる差別・抑圧が生み出される、と私は考えていますので政治的であれ経済的であれ社会的であれ、根本を問題にしないと、社会の構造として性的な差別・抑圧を産み出している根拠を経つことは出来ないのではないかと思います。

その立場から国が進めている、また杉並区や自治体が進めている「性の多様性」には反対です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

洞口氏からは「LGBT法案」の問題点だけでなく、杉並区政の現状についての見解や、社会全般についてのも意見を伺ったが、今回の議論からやや論旨が離れるのでその部分は割愛させていただだいていることをお伝えする。一見左派、リベラル層が賛成で保守層が反対しているかの様相を呈している「LGBT平等法」についての議論は、洞口氏(中核派)が見解を明示したように必ずしもそのような構図ではない。そもそも性自認と身体的性差、あるいは性指向と性趣向の区別すら冷静に考えず、若しくは知らずなんとなく「LGBT平等法」は論じられているのではないか。日本共産党と洞口氏へのインタビューを通じてそのことを感じた。

かたわらで原発推進法であるGX法が成立し、近く「少子化対策のために」社会保険料が増額されるらしい。国民総背番号制であるマイナンバーカードに健康保険と免許証の記録まで統合するという無茶を通すために、国民を2万円(マイナポイント)で釣って国民情報・資産の完全管理を進めているが、早くも住民票や健康保険で過誤が発生している。「武器ではないから」といいながら自衛隊の車両をウクライナに提供し、NATOの事務所を日本に設置する計画もあるという。これらどれをとってもわたしには「LGBT法案」より重大な課題に感じられる。けれどもことの軽重が完全に逆転しこの国の「総論」は迷走している。(了)

【付記】本通信5月20日掲載の《中核派現役区議会議員、洞口朋子氏に聞く「LGBT法案」の問題点〈1〉「性の多様性」の名の下に、これまで女性が勝ち取ってきたものが解体されようとしているのではないか(聞き手=田所敏夫)》の洞口氏の発言で、

「『性自認』よりも身体的な性差を上位に置いてしまうと」、との記載は、

「身体的な性差よりも性自認を上位に置いてしまうと」が正しい見解であると洞口氏から掲載後に訂正要請を受けました。本原稿で洞口氏の真意を伝えるとともに、20日掲載原稿の当該部分を訂正いたします。

◎中核派現役区議会議員、洞口朋子氏に聞く「LGBT法案」の問題点
〈1〉「性の多様性」の名の下に、これまで女性が勝ち取ってきたものが解体されようとしているのではないか
〈2〉絶えざる差別・抑圧を産み出す今の社会を表層的に変えれば良くなるとのものの見方は、甘いのではないか

◎洞口朋子(ほらぐち ともこ) 1988年宮城県生まれ。法政大学経済学部除籍。革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)幹部。都政を革新する会(旧:杉並革新連盟)メンバー。2019年より杉並区議会議員(2期目)。公式HP https://horaguchitomoko.jp/

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』

本通信ですでにお伝えした通り「LGBT平等法」が国会で審議されている。国政政党の中に明確な「反対」は見当たらず、自民党から共産党までがこの法案に関しては「推進勢力」である。時あたかも「広島G7」。「G7の中でLGBT法がないのは日本だけ」との言説も聞かれるが、果たして「グローバルスタンダード」(?)はこの国のひとびとを幸せにするのだろうか。

ある筋から「中核派がLGBT法に反対しているよ」と教えてもらった。マスコミでは「過激派」と称される中核派であるが、中核派が「LGBT平等法」に反対する理由はどのようなものだろうか。中核派であることを隠すことなく杉並区会議員として2期目の再選を果たしたばかりの洞口朋子さんに電話でお話を伺った。

 

洞口朋子=杉並区議会議員

◆なぜ「LGBT法案」に反対なのか?

田所 杉並区議会議員に2期目の当選をされた洞口さんにお伺いいたします。今の国会に「LGBT平等法」を成立させようとの動きが、野党、与党双方からあります。洞口さんは「LGBT法案」に反対の立場を明らかにされたと伺いました。その理由を教えて頂けますか。

洞口 杉並区議会においても今年の春の議会でひとつの焦点になりました。杉並区ではこの4月から「杉並区性の多様性が尊重される地域社会を実現するための取組の推進に関する条例」通称「性の多様性条例」が施行されました。それには私の所属する「都政を革新する会」、「中核派」も反対です。

この条例の問題点は様々ありますが、「多様性」との表現はいかようにも取れる、ということです。多くの女性が訴えていることでもありますが、女性が歴史的に勝ち取ってきた部分と衝突しうる。今の社会の中で厳然として存在している「女性差別」の問題を度外視している。性的少数者の方たちの権利を私たちはもちろん守らなければいけない、という立場ですが、それと「女性の権利」、「女性の安全」が衝突してしまうという問題が大きいと思います。歴史的に見ても「男女雇用機会均等法」や「労働者派遣法」とセットで「男女平等」をうたいながら女性労働者を安価な労働現場に送っている。

また「男女平等」や「多様性」は一貫していまの政府にとって都合の良いものとして使われてきたと思います。女性が勝ち取ってきた「保護規定」などが女性が家庭から引っ張り出されることにより、労働者全体の雇用が破壊され、結局女性に「賃金労働」と「家内労働」の両方が押し付けられる。この構造とまったく同じです。

「LGBT法」は女性差別を固定化してゆくものにしかならないし、性的マイノリティーのみなさんが生きやすい社会を作ることになるとは思えない。「女性差別を無視してはいけない」という立場です。

田所 性的マイノリティーの問題を無視するわけではないけれども、それ以前に「女性差別」が度外視される問題の立て方はおかしいのではないか、とお考えであるということでしょうか。

洞口 そうですね。一言で言えば資本主義社会において、「多様性」や「男女平等」は欺瞞である、と。

田所 ちょっと、洞口さんそのお話は次にお伺いしますので。ごめんなさい。

洞口 はい、ごめんなさい。

◆杉並区の「性の多様性条例」は女性差別や女性被害の歴史を踏まえていない

田所 先ほどお伺いした杉並区の通称「性の多様性条例」に「多様性」の名でこれまで女性が勝ち取ってきた様々な権利が無視されている、これが反対をなさる根拠の一つでしょうか。

洞口 はい、そうです。

田所 私は「LGBT」法案について日本共産党にお尋ねしましたが、お答えは曖昧でした。「LGBT」との言葉は耳にしますが、「性の多様性」というときに固定的な概念で括れる人たちばかりではないのではないか、と疑問を持ちます。日本においては性の問題と「家制度」、「家父長制」は不可分であると感じますが、いかがでしょうか。

洞口 私もまったく同じ問題意識があります。杉並区議会でも「パートナーシップ制度」の創設を求める陳情が出されました。「事実婚を認めるべきだ」、「同性婚を認めるべきだ」との内容です。これは私も大賛成、重要だと思います。

「性の多様性条例」と「パートナーシップ制度」がかなり混乱して語られていることに問題があると思います。「パートナーシップ制度」と「多様性条例」が同じであるかのように「洞口は反対した!」と結構、雑な言われ方をします。

「性の多様性」条例の核心的は問題は、私有財産制度や今の社会の政治、経済的な基盤である「家族制度」で、女性が産む性であるがゆえに「子産み道具」や「家内奴隷」という言い方もされますが抑圧されている、実際に社会の中で性暴力や差別を受けているのが99%以上女性だとの歴史と現実をまったく踏まえていない。「性の多様性条例」を作れば問題が解決するかのように、ある意味幻想を煽っている。女性差別や女性被害の歴史を踏まえていないことが問題だと考えています。

田所 実態と乖離しているといことでしょうか。

洞口 そうですね。それどころか差別が固定化されてしまう、と考えています。

◆LGBTすべての人たちが「性自認至上主義」を望んでいるかと言えば必ずしもそうではない

田所 「マイノリティー」という言葉は日本でも定着しているように感じます。少数者に対する懐の深い考え方である一方、「マイノリティー」を名乗れば「保護の対象とされてしかるべきだ」と議論を飛ばして結果に行き着く傾向がありはしないかと感じます。

洞口 性的マイノリティー当事者の声を聞くことがあります。身体的な性差よりも性自認を上位に置いてしまうと、結局犯罪に繋がる。それをしてしまうとLGBTと言われますが、様々あるわけです。LGBTすべての人たちが「性自認至上主義」を望んでいるかと言えば必ずしもそうではない。いまの社会の抑圧構造、この社会の現実について声を上げるべき相手を見誤るような動き、本来であれば性的マイノリティーの人たちも、女性も「家制度」や「家族イデオロギー」にそぐわないということで、ともに声を上げていく人たちが対立させられている状況があると思います。

「性の多様性条例」も誰が差別者、非差別者と認定するのか。条例全体で曖昧なので非常に危機感を持っています。実際女性スペースに身体男性が「心は女性なんだ」と、いまオールジェンダーレストイレとかありますが、女性が勝ち取ってきたものが解体されようとしているのではないかとの危惧があります。(つづく)

◎中核派現役区議会議員、洞口朋子氏に聞く「LGBT法案」の問題点
〈1〉「性の多様性」の名の下に、これまで女性が勝ち取ってきたものが解体されようとしているのではないか
〈2〉絶えざる差別・抑圧を産み出す今の社会を表層的に変えれば良くなるとのものの見方は、甘いのではないか

◎洞口朋子(ほらぐち ともこ) 1988年宮城県生まれ。法政大学経済学部除籍。革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)幹部。都政を革新する会(旧:杉並革新連盟)メンバー。2019年より杉並区議会議員(2期目)。公式HP https://horaguchitomoko.jp/

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』

◆ABC部数は数字自体に「押し紙」が含まれている

田所 ではABC部数はどうなのでしょう。ABC部数は新聞社が自己申告するのですよね。

 

黒薮哲哉さん

黒薮 ABC部数にも「押し紙」が含まれています。ABC部数が減っていることを捉えて「新聞が衰退している」と論じる人が多いのですが、正確ではありません。ABC部数は数字自体に「押し紙」が含まれているからです。「押し紙」を整理しなければABC部数は減りません。正しくは実売部数が減少しているかどうかで、「新聞が衰退している」かどうかを判断する必要があります。このような観点からすると、新聞社の経営は相当悪化しています。

田所 新聞は自分ではそのようなことを書きませんね。

◆販売店は奴隷のような扱いを受けている

黒薮 本当に販売店は奴隷のような扱いを受けています。たとえば販売主さんが、新聞社の担当社員の個人口座にお金を振り込まされたケースもあります。この事実については、店主さんの預金通帳の記録で確認しました。

田所 個人口座へですか。

黒薮 新聞社の口座に振り込むのであればいいけども、その店を担当している担当社員の個人口座に振り込んでいます。平成30年だけで少なくとも300万円ほど振り込まされています。それくらい無茶苦茶なことをされています。

田所 売り上げの全額ではないですね。一部を「私に寄こせ」と。

黒薮 証拠があるからその新聞社の広報部に資料を出して、内部調査するように言っているのですが、調査結果については現時点では何も言ってきていません。足元の問題には絶対に触れません。

◆新聞社の体質を変えなければ、今題は解決しない

 

田所敏夫さん

田所 逮捕されたら未決の人でも追っかけて報道するくせに、自分たちが取材されると逃げ回って答えない。不思議なことですが、私も同様の苦い経験があります。

黒薮 新聞社の人は、会社員としての意識しかないようです。それでは何のために記者になったのか意味がないと思います。後悔すると思いますよ。大問題があるのに黙ってしまったことに。記者を辞めて年を取ってから後悔すると思います。

田所 でも、後悔する人はまだ救われるでしょう。途中でそんなことたぶん考えなくなるのではないですか。メディア研究者の中にも「頑張っている記者を応援しましょう、ダメな記事には批判のメールや抗議をしましょう」という人は結構います。私にはそのような行為が有益だとは思えません。優秀な記者を応援して、ダメな記事を批判しても、新聞社の体質が変わるわけではないでしょう。「押し紙」を含め新聞社の体質を変えなければ、今題は解決しないと思います。

◆紙の新聞が無くなったから、自動的にネットのメディアが良くなるという訳ではない

田所 「新聞社の中ではそういう声は社内に広まるのです」という記者がいるのです。「新聞社は外部からの声にデリケートだ」という記者の人がいますが、私は嘘だと思っています。そんなことで良くなるのであれば、もっとましな新聞社になっているでしょう。経営構造の問題と「腰抜け」というか、そもそもジャーナリズムの意味が解っていない人、ジャーナリズムの仕事をしてはいけない見識・知識・問題解析能力・社会的態度を持ち合わせない人がたくさんその仕事に就いてしまっている。あるいは最初は志があっても挫けてしまう。これが合わさると日本の新聞には未来はない、ということですか。

黒薮 新聞に未来はないでしょうね。紙面内容もよくないし、「紙」という媒体も時代遅れです。これに対してインターネットは、賢明な人が使えば、使い方によっては強いメディアになるでしょう。

田所 ポイントは使い方ですね。情報量は膨大ですが使い方を知らないと、自分の趣味趣向のところに偏って、テレビのチャンネル位しか選択の幅がなくなってしまう性格もあります。問題意識と関心があれば発掘できるとても便利なものですが、意思がないと全く活かしきれない。たとえば動画投稿サイトなどは、一見自由に見えますが実はかなり細かい規制があったりする。決して自由な言語空間ではない。

黒薮 紙の新聞が無くなったから、自動的にネットのメディアが良くなるという訳ではない。そこもコントロールされて行きますからどうするかを考える必要があると思います。模範的な例としてはやはり、ウィキリークスがある。ああいうものが出てくると困るから設立者のジュリアン・アサンジンさんが逮捕され、懲役175年の刑を受ける可能性が浮上しているのでしょう。

◆2002年度の毎日新聞の「押し紙」は36%

田所 『週刊金曜日』の元発行人北村肇さんにかつてお話を伺いました。望ましいジャーナリズムの形は組織ジャーリストと中間規模のジャーナリズムとフリーランスが一緒になって、それぞれができることが違うのでチームを組めばよい成果を上げられるのではないかと指摘されました。ミニマムですが滋賀医大問題で元朝日新聞の出河雅彦さん、毎日放送、元読売新聞記者でのちにフリーライタに転身され昨年亡くなった山口正紀さん、そして黒薮さんに『名医の追放』(緑風出版)を書いていただき、私も少し加わりました。計画したわけではないですが自然の成り行きで、取材や取り組みができた例ではないかと思います。そのもっとダイナミックなことがインターネット上で実現できれば面白い展開ができる可能性がありますね。

黒薮 北村さんがその話をされたのは初めて聞きました。北村さんといえば毎日新聞の内部資料「朝刊 発証数の推移」を外部に流した方です。もう亡くなっているから言いますが、この資料を外部へ持ち出したのは間違いなく北村さんです。新聞の発証数(販売店が発行した新聞購読料の領収書の数)と新聞のABC部数を照合すると「押し紙」の割合が判明します。それによると2002年度の毎日新聞の「押し紙」は、36%でした。(【試算】毎日新聞、1日に144万部の「押し紙」を回収、「朝刊 発証数の推移」(2002年のデータ)に基づく試算 | MEDIA KOKUSYO)

田所 あの人だったらやると思います。

黒薮 毎日新聞の内部資料が外部へ流れたのは、北村さんがちょうど社長室にいらした時ですから、間違いなく北村さんでしょう。

田所 これは全然名誉毀損ではないですね。ジャーナリストとして北村さんへの尊敬の念ですね。

黒薮 その通りです。流出のルートもわかっています。最初は、さっきお話した滋賀県の沢田治さんに流しました。沢田さんから私のところに来て『Flash』や『My News Japan』などが記事にしてくれました。北村さんは自分の考えをそういう形で実践した人です。

田所 短い時間でもこちらが望む以上の答えをいつも頂けたのが北村さんでした。でも、あのように貴重な方から亡くなっていって。

黒薮 残念です。数少ない誠実な人です。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的
〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る
〈07〉「押し紙」驚愕の実態 新聞社不正収入35年で30兆円以上
〈08〉新聞社社員個人への振り込みを強要されえた販売店主

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

前の記事を読む »