自宅で仕事をしていると、鹿砦社の編集者から「塩見さんが亡くなりましたので、往時の写真をお送りします」とのメールが入ってきた。送信いただいた方の名前も書かずに「え!うそでしょ!」とだけ書いて瞬時に返信してしまった。

◆塩見さんと鹿砦社『革命バカ一代 駐車場日記』

私は格別塩見さんと親しかったわけではない。お会いしたのは数回だったろう。初めてお会いしたとき、書籍や映画の中でしか知らなかった塩見さんは既に老境の域に入ってはいたが、相変わらず「革命」というべきか「社会変革」と表現すべきか、ともかく「何か」を指向する情熱は衰えていなかった。

ある宴席で「おい田所、タバコ1本くれよ」と言われ、一本進呈し、私がマッチで塩見さんのタバコに火をつけている写真が残っている。残念ながら読者諸氏には個人的(身体障害)理由で拙顔をご覧頂きたくないので、その写真掲載できないが、代わりに(と言っては失礼に過ぎるが)鹿砦社社長・松岡氏との写真をご覧頂こう。

塩見孝也さんと松岡利康(鹿砦社社長)

塩見孝也『革命バカ一代 駐車場日記』(鹿砦社2014年)

鹿砦社は塩見さんの著書『革命バカ一代 駐車場日記』を出版している。長期の服役後労働の現場を初めて経験した塩見さんの穏やかな日記帳のような現状報告だ。

◆まだ時代は若者が夢を見ることを許していた

ご本人にお会いする前、私にとっての塩見孝也のイメージは『宿命』(新潮社、高沢皓司)に登場する赤軍(派)議長としての「塩見孝也」であった。『宿命』は明らかに公安筋からの情報提供が多数含まれるなど、内容に数々の問題が指摘される作品であるが、『宿命』の冒頭でのちに「よど号ハイジャック」として世界を震撼せしめた計画を議論する、都内のある喫茶店での塩見さんの描写には、多くの先輩から聞いていた塩見さんの人物像が重なった。

また若松孝二監督による『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』に登場する塩見さんのイメージ(この映画の塩見さんや田宮高麿氏の配役はかなりミスキャストではあるが)も彼の人柄や思想を想像させる材料となっていた。

砂漠のように干からびた80年代に大学生としての時間を過ごしたものとしては、塩見さんに限らず、名のある闘士や活動家だけではなく、市井の若者が煮えたぎる思いを行動と直結することのできた「時代」が心底羨ましかった。『宿命』のなかには、

「まだ時代は若者が夢を見ることを許していた」

と、その後の時代を冷徹に突き放したフレーズがある。砂を噛みしめるような思いで過ごした80年代の不毛を見事に言い当てている。あのとき砂を噛んでいた私感と共振する。

以下は1969年8月に結成された赤軍(派)が同年9月3日に発した「世界革命戦争宣言」である。

ブルジョアジー諸君!
我々は君たちを世界中で革命戦争の場に叩き込んで一掃するために、
ここに公然と宣戦を布告するものである。
君たちの歴史的罪状は、もうわかりすぎているのだ。
君たちの歴史は血塗られた歴史である。
君たち同士の間での世界的強盗戦争のために、
我々の仲間をだまして動員し、互いに殺し合わせ、
あげくの果ては、がっぽりともうけているのだ。
我々はもう、そそのかされ、だまされはしない。
君たちにベトナムの仲間を好き勝手に殺す権利があるのなら、
我々にも君たちを好き勝手に殺す権利がある。
君たちにブラック・パンサーの同志を殺害し
ゲットーを戦車で押しつぶす権利があるのなら、
我々にも、ニクソン、佐藤、キッシンジャー、ドゴールを殺し、
ペンタゴン、防衛庁、警視庁、君たちの家々を 爆弾で爆破する権利がある。
君たちに、沖縄の同志を銃剣で突き刺す権利があるのなら、
我々にも君たちを銃剣で突き刺す権利がある。
  
君たちの時代は終りなのだ。
我々は地球上から階級戦争をなくすための最後の戦争のために、
即ち世界革命戦争の勝利のために、
君たちをこの世から抹殺するために、最後まで戦い抜く。
我々は、自衛隊、機動隊、米軍諸君に、公然と銃をむける。
君たちは殺されるのがいやなら、その銃を後ろに向けたまえ!
君たちをそそのかし、後ろであやつっているブルジョアジーに向けて。
我々、世界プロレタリアートの解放の事業を邪魔する奴は、
誰でも容赦なく革命戦争の真ただ中で抹殺するだろう。
世界革命戦争宣言をここに発する

塩見孝也『赤軍派始末記―元議長が語る40年』(彩流社2009年)

「まあ、なんと過激な」とそっけない反応が返ってくることは百も承知だ。「過渡期世界論」や上記の「世界革命戦争宣言」だって「世界」を知らないが故に「暴走」できた理論的には穴だらけのマニフェストと言われても仕方あるまい。それはわかる。

それでも「君たちにベトナムの仲間を好き勝手に殺す権利があるのなら、我々にも君たちを好き勝手に殺す権利がある」、「君たちに、沖縄の同志を銃剣で突き刺す権利があるのなら、我々にも君たちを銃剣で突き刺す権利がある」は法外な宣言であろうか?

このマニフェストを書いたのは塩見さんではないが、私は上記の引用は根源的には今日でも有効性を失なっていないと思う。

「やられたらやり返せ」との対等の関係ではない。巨大権力や国家が弱小国家に「戦争」を仕向けるとき、弱小国家は「問題は話し合いで解決しましょう」などという「正しい」論理で地域紛争や、侵略は公平・公正に解決されたのか? ベトナム戦争に米国が敗北したのは、とりもなおさず「君たちにベトナムの仲間を好き勝手に殺す権利があるのなら、我々にも君たちを好き勝手に殺す権利がある」が実践されたからではないのか。

◆ロシア革命から100年の年に「日本のレーニン」逝く

私は赤軍派でもなければ、どの党派に所属したこともない。学校で強制されるクラブ活動にすら嫌悪観を抱く人間だから、到底「綱領」のある組織などには所属できない。

しかし、塩見さんの生きざまには多くの苦渋や、過ち、辛酸もあろうが、獲得すべき目的を確信し行動した、清々しさを感じる。塩見さんと親しかった先輩は大勢の中では自己の運動について全くと言っていいほど語らなかった。それほどの「負債」があったのだろう。

戦果を派手に宣伝するのは本当の「闘士」ではない。「闘士」は必ず人には語り得ぬ「重荷」を背負っている。これは経験的に確信できる。その点塩見さんは突き抜けていたのかもしれない。なにせ「日本のレーニン」だったのだから。ロシア革命から100年の年に逝去された塩見さん、ご冥福をお祈りいたします。

合掌。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

塩見孝也『革命バカ一代 駐車場日記』(鹿砦社2014年)

トランプと安倍が会談し、その要旨は〈①核・ミサイル開発を進める北朝鮮の政策を変えさせるため、圧力を最大限に高める、②トランプが日米間の貿易不均衡の是正を要求。安倍は経済的対話を通じて成果を出すと説明、③トランプは米国製武器の輸入拡大を求め、安倍も意欲、④安倍が提唱した「自由で開かれたインド太平洋戦略」実現に向けた協力強化で一致。中国への懸念が念頭〉の4点だったと報じられている。

◆ここに理性があるとはどうしても考えられない

トランプが来日すれば「成り上がり実業家」として、商売の話をしてゆくに違いないと多くの人が予想した通り、今回の来日でトランプが日本に迫ったのは「貿易不均衡の是正」(米国産製品をもっと買え!)と、「対北朝鮮全ての選択肢」(戦争も排除しないぞ! 戦争になったらお前ら日本も加勢しろよ!)さらにそのためにはもっと「米国の武器を買え!」との要求だった。安倍は「はいはい、わかってまんがな、親分」とトランプの命令すべてを受け入れた。

別段驚くに値しない、予定通りの「セレモニー」ではある。にしても「すべての選択肢」には明確に「武力攻撃」=「戦争」も包含される。この島国に住む多くの人は本当に「戦争」を許容するのだろうか。望んでいるのだろうか?「北朝鮮の政策を変えさせるため、圧力を最大限高める」のであれば、すでに旧友好国中国との仲も不安定になっている朝鮮が「暴発」する可能性はますます増大する。「暴発」を意図して米国をはじめとするその「友好」周辺諸国がひたすら朝鮮に対する圧力を高めることに腐心しているとしか私には思えない。ここに理性があるとは、どうしても考えられない。

 

◆かくも不可解な安倍政権の対米完全服従姿勢

「もっと武器を買え」と言われて「はいはい、その通りでございますね。幾らでも買わせていただきますわ」との「公約」を先の総選挙で安倍は一度でも口にしただろうか。日米関係は最上にして不可侵の国是だと安倍は妄信している。誰に教えを請わなくても、祖父岸信介が A級戦犯で、本来は連合国により「死刑」を執行されても不思議ではなかった身から、どうしたわけか無罪放免された。それにとどまらず最高権力者にまで、引き揚げてもらった連合国(とりわけ米国)への「恩義」が人格形成に関わっているのだろう。仮に連合国が岸に「死刑」を執行していれば(死刑制度の是非についての議論は別にして)安倍は総理ににまで登りつめることはなかったろうし、安倍のかくも不可解な、対米完全服従姿勢が生じたか、にも疑問符が付こう。

ちょっと抽象的なようだけれども、この相関性を自分に置き換えて考えてみると、あちらさんが、いかに「逆らえない」相手かを想像することができる。連合国の思惑(岸信介の放免)がなければ「今の自分はなかった」。これは安倍にとって取り去ることのできない自己規定の前提と言ってよい。

だから現実も理屈も条約も憲法も、安倍にとって実は「どうでもよい」のだろう。
私たちにとっては比類なき不幸である。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなき『紙の爆弾』12月号 安倍政権「終わりの始まり」

東京駅に着くと、人混みはいつものことながら、駅のそこここで、外国人観光客に対応している駅の職員や係の姿が目に付く。揉め事の主たる原因は「コインロッカーの封鎖」だ。


◎[参考動画]“異色”補佐官イバンカ氏に熱狂 片や冷やかな海外(ANNnewsCH 2017年11月3日公開)

◆はじまりのオウム地下鉄サリン事件

あれはたしか、1995年オウム真理教の地下鉄サリン事件以降からだったのではないだろうか。一時は駅のゴミ箱が撤去された。以降、要人来日やサミット開催の時に「コインロッカー封鎖」は「あったりまえ」のように行われるようになった。

その否々(是非ではない)はともかく、私たちはもう「厳重警戒」に慣れてしまっているので、ぶったまげるほどのことではないが、事情を知らずに「運悪く」観光旅行にやってきた海外からのお客様にとって迷惑千万だろう。東京駅地下のコインロッカーコーナーには、トラブルを予想して担当者が配置されていたが、傍から見るところ海外からのお客様は英語が母国語ではなさそうで、担当者との間で意思疎通は全く成立していない模様。

大人を折り曲げたら1人入りそうな、大きな旅行鞄を2つも3つも持っての移動は想定していなかっただろうから、お客様にすればホテルへのチェックインまで「どうしてくれるのだ!」という苦情になっていたのだろう。そして残念ながらコインロッカーだけでなく、手荷預かり物所も「閉鎖」されている。

この「厳重警戒」に当たるに駅員さんや警備員さんもさぞご苦労が多いことと拝察されるし、そんなことを知らずやってきた観光客(国内外とも)には「迷惑」以外の何物でもない。


◎[参考動画]President Trump in Japan. President Donald Trump plays golf with prime minister Shinzo Abe (CHANNEL 90seconds newscom 2017年11月5日公開)

◆ドナルド来日で水かさが上がる「厳重警戒」のほうが気持ち悪いぞ!

どこぞの国のロシアの援助で当選したとの報道も絶えない大領領が来日している。首都圏の電車やバスは、年から年中「テロ特別経過中」だけれども、最近の彼らいうところの「テロ」は欧米で爆弾や銃だけでなく自動車を使うという、発想の転換による手法も用いられている。じゃあコインロッカーを封鎖しても無駄じゃないの「経済」的に損じゃないの?

東京を見回してごらんよ。

爆弾や薬物を使って「何事か」を準備している人がいるようには、さらさら見えない。そんな団体聞いたこともないし、近年起こる「凶悪事件」のほとんどは個的理由に帰結するように思えてならない。もちろん「あらゆる犯罪は社会的意味を持つ」とのテーゼは今日でも有効だとは思う。だから事件が起きてから「ああだの、こうだの」言い募ることは誰にでもできる(しかしその「ああだの、こうだの」が有効で次なる事件を事前に制止できた例は寡聞にして聞かない)。

それよりも毎年水かさが上がるこの「厳重警戒」のほうが気持ち悪く、実際に迷惑だ。偉大なる大統領さまは瑞穂の国の首相閣下と「ゴルフ」に興じられた由。夜は銀座での会食。銀座はその店だけでなく、近所が(歩道を含めて)立ち入り禁止になっていたぞ。制服警官からなんど「職務質問」受けたことだろう。まま、私たち庶民には関係のねー話でごぜーやすので、親方二人鳩首会談うまいことやってくださいなまし。


◎[参考動画]トランプ大統領来日 横田基地スピーチ Donald John Trump a visit to Japan(nbsc006 2017年11月4日公開)

◆「パナマ文書」と「パラダイス文書」──脱法資本主義と無縁の私たちの自由は?

あれこれうるさいなと思い、ちょっと不機嫌に目を覚ましたら「パラダイス文書」の文字が、朝刊1面に踊っていた。あれあれあれ。また出たぞ。「パナマ文書」はそっけないけど「パラダイス文書」はいい響きだ。

オフショアに税金逃れできる企業は一握りだよね。朝刊では、丸紅、住友商事、日本郵船・大阪ガス、三井住友火災保険、ソニー、生命保険、ソフトバンク・グループ、東京電力、KDDI、UHA味覚糖の名前があがっていた。その他総数日本関連で1056件の記載があるらしい。

コインロッカーの閉鎖に閉口している市民や旅行者。オフショアやタックスへイブン(租税回避地)とは金輪際無縁なわたしたち。ちゃんと読み解いてくれる分析者はいないものか? ロシアの核兵器はNYワシントンに向けられていて、米国ICBMもモスクワやサンクトペテルブルグに焦点を定めている。でも、そういう対立と別の水脈で(どうやらそれらは「国際金融」と呼ばれるそう)片側の大統領が誕生する。国家や資本の概念が徐々に確実に変容している。自由な個人にとっては、なんとも複雑で不快な時代である。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

7日発売!タブーなき『紙の爆弾』12月号 安倍政権「終わりの始まり」


◎[参考動画]Rohingya’s Exodus: A special report on Myanmar(Sky News2017年9月13日公開)

10月3日AFP通信は以下のようにビルマにおけるロヒンギャへの国連の視察の様子を伝えた。

〈国連(UN)は2日、ミャンマー政府の招きでイスラム系少数民族ロヒンギャ(Rohingya)への迫害が問題となっている西部ラカイン(Rakhine)州を視察し、同州におけるロヒンギャの住民の被害は「想像を絶する」と指摘した。 

ラカイン州では8月末、ロヒンギャの武装集団が警察施設を襲撃したことを機に軍が軍事作戦を強化。約50万人ものロヒンギャの住民が隣国バングラデシュに逃れる事態となっている。国民の間で国連や国際NGOはロヒンギャ寄りだと反発が強まるなか、政府はこれまで州内への外国人の立ち入りを厳しく規制してきた。 

外交官や国際NGO職員らを対象に政府が実施した今回の視察ツアーは、国連とミャンマー政府との関係改善を示すものとなった。国連からも3人が参加した。

国連は声明で今回の視察を「前向きな一歩」と評価する一方、「より広範囲に人道支援を行き渡らせることが必要だ」と強調。「人的な被害の規模は想像を絶する」と述べ、「暴力の連鎖」を終わらせるよう求めている。〉(ロヒンギャの被害「想像絶する」 国連、ミャンマー政府の招きで視察)

ビルマの長年にわたる困難、民族問題が最悪に近い形で推移している。近代におけるビルマ政権の成立は、英国の植民地としてのビルマを第二次大戦中に日本軍の「南機関」によって軍事訓練を受けたアウンサン将軍らがバーモウを大統領に就任させ1943年「ビルマ国」の独立を宣言する。しかし「ビルマ国」は満州同様、完全に日本の傀儡政権であったため、日本の敗戦を機にクーデタにより崩壊。現在「ミャンマー」と称している「ビルマ」の建国は1948年とされている。

その建国の父、国民的英雄の娘にして1988年以来軍事政権の弾圧下に置かれていたアウンサンスーチーがビルマの実権を握ったのが2016年3月だった。前年に行われた民政移管後初の選挙でアウンサンスーチーが所属するNLD(国民民主連盟)は8割を超える議席を獲得し圧勝。軍政時代に改正された憲法による規定で大統領には就任できないとの規定から、アウンサンスーチーは「国家顧問」、「外相」、「大統領府大臣」を兼任し、大統領にはティンチョーが就任した。

◆ビルマ軍事政権の民政移管と中国の脅威

アウンサンスーチーの名は国際的に広く知られているが、ティンチョーと聞いて顔が思い浮かぶ読者はどのくらいいるだろうか。現在ビルマ政権は実質的にアウンサンスーチー政権で、ティンチョーは飾り物と言っても過言ではない。20年以上にわたり弾圧を受けてきたNLDであるが、その間に海外に亡命した支持者の間では政治方針をめぐりかなりの論争が巻き起こっていた。NLD海外支部が実質分裂した地域も少なくない。日本に滞在して穏やかに活動していたNLDのメンバーからも、当時深刻な路線問題を聞かされた。

軍事政権が民政移管を決断した理由はいくつもあるが、主として欧米諸国からの経済制裁により、経済の疲弊が著しかったことが挙げられる。1980-90年代には欧米を尻目に、軍事政権に対して突出した援助を行い、ビルマ人からは陰で「犬」と陰口をたたかれ、軽蔑されていた日本は、その後あっという間に中国にその位置をかっさらわれる。中国はビルマに急接近し、多大な経済援助と投資で影響力を高めていった。ビルマ軍事政権にとって中国の影響力の過大な膨張も脅威と受け取られるようになった。

◆軍事政権顔負けの少数民族弾圧を行うアウンサンスーチー

ともかく2016年からアウンサンスーチー民主政権に移行したはずであったが、軍事政権下時代にも顔負けの少数民族への弾圧をアウンサンスーチーは行っている。ビルマにとって民族問題は極めて深刻だ。ビルマ在住の民族は単純に数だけでも100とも130ともいわれる。カレン、シャン、ワ、コーカンなどとは近年も政府軍との武力衝突が起きている。そして仏教徒であるビルマ族によるイスラム教徒ロヒンギャへの襲撃はAFPが伝える通り、隣国バングラディシュに50万人の難民が逃げ出すまで、事態は深刻化している。

ロヒンギャが民族的な集団をさす呼称なのか、宗教文化的な集団を称するものなのかの議論があるが、この地域でロヒンギャ語を使い、イスラム教を信仰している人びとであることは間違いない。そしてロヒンギャと仏教徒衝突、弾圧の歴史は18世紀にまでさかのぼる。根深いと言えば根深い対立と差別に置かれたのがロヒンギャである。


◎[参考動画]Myanmar: Soldiers kill at least four in hunt for border attackers(Al Jazeera English2016年10月12日公開)

◆「人びとの夢」を実現する社会の答えがロヒンギャ「暴虐」だったのか?

100を超える民族が混在する国の行政運営が困難を極めるであろうことは、容易に想像できる。1990年代アウンサンスーチーが自宅軟禁状態で、国際社会から軍事政権に批判が集中していた1998年に私は自宅軟禁中のアウンサンスーチーにインタビューをした。あの時彼女は撮影用のビデオカメラを止め、インタビュー収録が終わったあと、雑談の中で「私の仕事は、人びとの夢を実現することです」とさわやかに語ってくれた。

「人びとの夢」の人びとはビルマ族だけに向けられていたのか? 20年間軍事政権の弾圧で苦しんだあなたの仲間には獄中死や銃殺された人が無数にいることを忘れたか? ユダヤ人のように第二次大戦中に受けた地獄をパレスチナで同様に展開する愚を平然と犯すのか?

アウンサンスーチー、軟禁解除後の初来日は日本財団の招きによるものだった。会場の一聴衆として彼女の話を聞くことは可能だったけれども、足が向かなかった。この来日では安倍晋三や多数の経済人と面談している。

私は過剰な指導力や幻想を抱いているのではない。あなたが主張していた「民族融和」といま行っていることは丸切り逆ではないのか。民族問題の全面解決などとの無茶を期待しはしない。にしてもロヒンギャへの「暴虐」はひどすぎないか。

気のせいだろうか、あなたの目つきは2015年からどんどん濁ってきているように見える。


◎[参考動画]Rohingya crisis, explained(India Today2017年9月13日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』11月号【特集】小池百合子で本当にいいのか

『NO NUKES voice』13号 望月衣塑子さん、寺脇研さん、中島岳志さん他、多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

NHK2017衆院選開票速報より

相当昔の話だ。自動車免許を取得するために教習所へ通っているときに、当たり前のようで、いまになれば結構含意のある、自動車操作の際の原則を教わった。運転は「認知―判断―操作の連続だ」との原則である。運転者は周囲の状況を視覚で確認し(認知)、その状況ではどのようにハンドルを切るべきか、速度を上げるか下げるかを脳で瞬時に決定(判断)し、手足でハンドルやアクセル、ブレーキに適切な動きを伝える(操作)する。最近自動車教習所でどのように教えられているのかは不案内だが、当時は教習の初期段階で「認知―判断―操作」を講師は繰り返し受講生に説いていた。

なにを分かり切ったことを。と、繰り返される「認知―判断―操作」が耳障りに感じた記憶がよみがえる。「当たり前ではないですか、そんなこと」とまだ心身発達途上であった若年には響く言葉では決してなかったけれども、それが哲学的だなぁと思いだされたのは、今次の総選挙を総括するにあたり、どうも気が進まない原因をあれこれ思案していた際だ。

◆有権者の欲求が消し去られる小選挙区制間接民主主義

小選挙区制における間接民主主義は「認知―判断―操作」の手順を円滑に操作しえない制度ではないか、現況の惨憺たる有様の根本には構造的、また精神的にこの阻害要因がかなり強く作用しているのではないかとの疑義を私は抱いている。

また視点を変えると有権者が持つ要求や欲求が、それを達成するために手段であるはずの投票行動に繋がってはいないように思われる現象に思い至る。そもそも自身の要求がなんであるのか、自分は何を欲しているのか、自分の生活がどうして苦しいのか、客観的には生活が苦しいのに、「みんなそうだから」と理不尽な生活苦を、受け入れてしまう生理や精神がどうして定着したのか。これらにも重大な注意が払われなければならない。

雇用主が下請けに仕事を投げると、斡旋に入る人間が中間搾取を行い、働く人に本来支払われるべき金額が減らされる。請負の構造が二重三重と増すにつれ中抜きの額が増すから、働いた人が手にする賃金は請負構造が重層であるほど、少ないものになる。

間接民主主義、とりわけこの島国においては小選挙区制が導入されて以来、国政選挙で、有権者の要求、欲求が投票行動により反映される原則的な権利が構造的、精神的に破壊されつくされたのではないか。直近の選挙結果はもちろん重大な関心事である。けれども注視されるべきは、どのみち投票行動によって、要求や欲求が反映されることのない制度の定着により、有権者の精神に本来生理的に宿るはずの、欲求や怒り、不満などがあいまいに消し去られている現状だ。

◆小選挙区制導入で崩れさった「選挙制度の前提」

人は多様であるから個別全員の意見を社会に反映させることはできない。それで代議士制度が誕生し、投票による付託で共通項を政治に反映させる。この制度には合理性が認められる。ただし、制度の有効性は、有権者が100%とはいかなくとも一応の納得で自己の態度や要求、欲求を付託できる投票対象が選択肢として準備されていることが条件とされなければならない。民主主義が至上の制度だと私的には思わないけれども、政治は民主的であることが現行憲法では原則とされているのであるから、その原則は堅持されなければ制度の趣旨は無化される。

そして今回の総選挙に限らず、小選挙区制導入に伴い「選挙制度の前提」は崩れさっていた。2割以下の総得票で7割以上の議席を得られるのが小選挙区制度である。

得票を目指す候補者が次第に「現状肯定派」(原則肯定ではない)によって占められるようになることは当然の成り行きだ。多様な価値観などは切り捨てられ、異議申し立て勢力であった諸党派もその主張を「現状」に近づけ得票を狙う。つまるところ原則的な変化などこの制度の下では、起こりようがないのではないか。

NHK2017衆院選開票速報より

◆制度に並走して有権者の覚醒を抑止するマスメディア

制度に並走しマスメディア権力も有権者の覚醒を抑止する役割を進んで担う。それはきのうきょうに始まったものではない。強制によらずとも戦争を喚起し加担した1930年代の新聞の姿と敗戦をまたいでも、何途切れることなく連綿と続くこの島国のマスメディアの根腐れ的特質でもある。にしても報道自由度ランクで「国境なき記者団」により72位という名誉ある格付けを頂いている客観情勢を、それらに囲まれ日々生活をしている人びとは認識しておくべきだろう。この島国の報道自由度は「顕著な問題」(Noticable problems)に分類されている。

よって、今次の総選挙の結果は単一の選挙結果として分析しても優位な意義がなく、問題をはらむ選挙制度、および情報制限下で連続して行われる国政選挙の結実期に、どのような投票行動が見られたかとの視点から冷徹に眺められるのが妥当であろう。

顕著な傾向としては、「有権者の意識混濁と捻じれた投票行動」を見て取ることができる。現象面での結果には言及しない。偶然であろうか、大型台風の直撃が示唆的に語るべき総論(災害)を提示しているのだから。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

種目に限らず幼少のころ、あるいは中学、高校で熱心にスポーツに励む若者たちからは将来の目標として、自己記録の更新や地方、全国大会での優勝、果ては世界選手権やオリンピック出場、プロ選手での活躍が語られる。「将来政治家になって活躍したい」と公言したのは、私が知る限り、須磨学園時代に駅伝を中心に中距離で目覚ましい活躍をした小林祐梨子氏くらいだ。

私はスポーツ観戦が趣味である。それゆえに近年は複雑な思いに直面せざるをえない苦痛を強いられている。スポーツでは、個人やチームが勝利や自己の練達を目指し練習を重ね、その結実を果たすプロセスも見るものにとっては醍醐味である。アスリートが目的を達成し、観戦している人びとへの感動を引き起こす。動機はまったく純粋で「ある道で自分(自分たち)の限界を極めたい」。そのひたむきな姿にさして世間と比べてなにか秀でたものを持たない、私のような人間はすがすがしさを感じる。

◆活躍すればするほど「国家」の引力に抗えない

しかし、活躍が国内にとどまらず、他国の選手を凌いでの世界選手権やオリンピックの優勝となると「奴ら」は目標を遂げたアスリートに別の視線を送り始める。企業が社会人チームに優秀な選手を引き入れたい、プロのチームが同様にスカウト活動を行う。これはアスリートにとっても生活設計の上からメリットがあり、両者の目指すものあいだに、大きな乖離はない。

ところが、オリンピックでメダルを得たり、長年国際的に活躍をしたアスリートを待ち受けるのは前述のような目的合理性において両者が合致するものばかりではない。その中でもとりわけ厄介なのが「政治」からのスカウトだ。アスリートは成功を重ね、活躍すればするほど「国家」からの抗いがたい引力にからめとられる。

国際大会で優勝すると表彰式では「日の丸」が上がり「君が代」が流れる。アスリートはその種目に適した肉体を造り上げ、技術を磨くために、激烈な練習に日々打ち込む。そしていかに勝利するかのメンタルトレーニングも欠かせない。当然勝負に勝つためには「闘争心」もなければならない。

純粋に自己の目的達成のために日々のトレーニングをこなし、レベルが上がっていくとスポーツジャーナリズムを中心に取材を受ける機会が増す。競技だけに没頭したいと思っていても、スポーツ界とジャーナリズムの持ちつ持たれつの関係はそれを許してはくれない。世界大会前になれば「メダルへの自信は?」、「日本代表としての意気込みを」と何度も似たような質問にさらされなければならない。

そして晴れて好成績を収めた暁には、首相官邸などに招かれたり、○○栄誉賞を授与されたりと、いよいよがんじがらめにされていく。成功したアスリートが、現在の政治や社会体制に対して異議を申し立てることは、外堀(環境)内堀(思考)を埋められ、実質上不可能となる。「奴ら」は当該アスリートが引退後「使えるかどうか」の本格的な選別作業に入っている。

アマチュアのアスリートは、現役時代の大半を競技で好成績を残すことと、学業、もしくは仕事を中心目標とした生活(練習や移動)に費やすので、政治や社会問題について、「ああでもない、こうでもない」と議論したり、資料を漁ることに多くの時間を費やすことはできない。プロの選手となり長期間にわたり活躍すれば、それなりの社会経験を積み、生活の時間配分を自分なりにコントロールできるようになる。また、プロの団体競技では、いつ他のチームからの引き抜きや、所属チームからの契約打ち切りに直面するかわからないので、自分がより望ましい環境で活躍する、または有利な条件でプレーするために知恵を身につけることが必要になる。

◆鈴木大地、橋本聖子、馳浩──権力の都合に最適なアスリート出身政治家たち

国際大会で目覚ましい活躍をしたアスリートが引退後「奴ら」の引力に吸着されていった先例は、枚挙にいとまがない。顕著なところでは、現スポーツ庁長官の鈴木大地だ。鈴木大地はソウルオリンピック水泳で金メダルを獲得した。「バサロスタート」と呼ばれる長時間水面に潜りなかなか浮きあがってこない泳法で16年ぶりに水泳で日本に「金メダル」をもたらした。引退後は順天堂大学に教員としての職を得て、2015年に発足したスポーツ庁の初代長官に就任した。鈴木は現役時代、どことなく斜に構えたコメントを発することが多く、個性の強い人物との印象があったが「奴ら」は順調に権力中枢に鈴木を招へいすることに成功した。鈴木は自分が活躍をしたオリンピックの東京での開催を控え、世論の批判をかわすには絶好の人選だったといえる。

印象が強烈であったアスリートに「奴ら」からの触手が伸びたのは、たとえば以下の通りだ(古い例は除く)。日本スケート連盟及び日本自転車競技連盟の会長にして参議院議員の橋本聖子、釜本邦茂(サッカー・元参議院議員)、第20代文部科学大臣の馳浩(レスリング、プロレス、衆議院議員)、萩原健司(ノルディック複合、元参議院議員)、谷亮子(柔道、元参議院議員)、アントニオ猪木(プロレス、参議院議員)、朝日健太郎(ビーチバレー、参議院議員)、堀井学(スピードスケート、衆議院議員)、堀内恒夫(プロ野球・元参議院議員)、大仁田厚(プロレス、元参議院議員)、神取忍(女子プロレス、元参議院議員)以上は国会議員若しくは議員経験者である。上記の顔ぶれの中で所属が自民党以外なのはスポーツ平和党から維新などを渡り歩いているアントニオ猪木と、民進党圧勝で勝ち馬に乗った谷亮子だけだ。ほかは全員自民党公認で当選している。

◆スポーツは「国家意思」に吸収されていくしかないのか?

スポーツでの成功者は徐々に「国家」に絡めとられてゆき、根源的な問題では(例えば東京オリンピック開催の是非など)必ず「国家意思」と同意せねばならない、(あるいは自ら進んで強い同意の表明をする)運命を背負わされる。ある分野では極めて卓越した成功を収めた者が、必然的に「国家意思」に吸収されていくというまことに不健全で恐ろしい構造。実はこの島国においてスポーツと「国家意思」の間には相当昔から不健全な関係性が脈々と続いていたのではないか。

「2020年東京オリンピック・パラリンピック」は至極当然、話題や争点にすらならず総選挙が展開されている。


◎[参考動画]スポーツ庁発足 初代長官に鈴木大地さん(TOKYO MX 2015年10月1日公開)


◎[参考動画]第2期スポーツ基本計画 スポーツ審議会委員からのメッセージvol .1(mextchannel 2017年3月26日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

最新刊『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

『NO NUKES voice』13号 「反原発と反五輪──東京五輪が福島を殺す」(鵜飼哲さん)他

京都在住の読者の方から「サム(生)☆トゥッ(志)☆ソリ(歌)」公演のご案内を頂いた。チラシとDVDをお送りいただいたが、私は「サム☆トゥッ☆ソリ」の名前を目にするのも初めてだ。

韓国からやってくるグループなので、サムルノリを用いた楽団かなと、勝手に思い描きながらDVDを再生したら、全然違う。「サム☆トゥッ☆ソリ」は日本にはない「民衆歌謡」というジャンルの楽曲を奏で、歌うカルテットだ。「民衆歌謡」はチラシの説明によると、「韓国における音楽ジャンルの一つで韓国における民主化運動や労働運動、学生運動などの闘いの中から作られた歌」と解説されている。

◆ 日本にはない「民衆歌謡」

でも、肩に力が入っていて、背筋を伸ばして聴かないと、怒られるような堅苦しい雰囲気は微塵もない。昨年東京で行われた公演のダイジェスト映像からは、雰囲気としては日本の(このジャンルももう残っているのかどうか、不確かだが)「フォークソング」のコンサートを思わせる、ゆったりしながら、喜怒哀楽を歌う雰囲気が伝わってくる。

「サム☆トゥッ☆ソリ」が歌うのは、恋愛や演歌ではない。日本にはない「民衆歌謡」とは、民主化運動や、光州事件、学生運動などの中から生まれてきた闘争のうたの数々だ。そう考えればなぜ、いまこの国に「民衆歌謡」がないのかが、逆に理解させられる。運動の中から出てきた歌を、それほど政治に深いかかわりを持たない人びとでも、なんとなく耳にして知っている、そんな歌が韓国にはいくつもある。

もう20年近く前になるが、韓国人留学生たちと時々カラオケに遊びに行った。「この歌はね、光州事件の時にできた民衆の歌の歌なんですよ」、「これはね。虐殺されたデモに参加していた学生を追悼する歌です」と教えてもらった。いったいどどれくらいの「民衆歌謡」が現在もカラオケに収められているのか、最近の事情には疎いけれども、どうして韓国の「労働歌」や「学生運動」から生まれた歌はあるのに、この国の歌はないのだ、と驚くとともに少し不快になった記憶がある。国際的に歌われてきた「インターナショナル」や「ワルシャワ労働歌」の日本語版も見当たらない。楽曲一覧が載った分厚い冊子の後ろの方で、結構なページ数を占めるハングルの楽曲の中には「民衆歌謡」のメロディーが収められている。おかしいなと思った。

でも、この国で生まれ、この国に根付いた「労働歌」や「学生運動」の歌がそもそもあるのかどうかという、至極基本的な問答にすぐ突き当たった(もちろん運動展開の方法や文化背景の違いも無視はできないが)。それ以前に、いま(20年前にしても)「労働運動」や「学生運動」が「ある」といえるのかどうか。私が目にした光景だけからいえば、20年前、この国に「労働運動」や「学生運動」は皆無ではなかった。しかしそれはすでに圧倒的な劣勢だった。いまや法政大学や同志社大学を先頭に、かつて学生運動の一大拠点だった大学は、学内での集会やビラ配りを理由に学生を逮捕したり(法政大学)、大学敷地内に交番を設置し、学長が「戦争法」に賛成したり(同志社大学)、わずか半日のバリケードストライキを行った学生を退学処分としたり(京都大学)、この国の大学に「大学自治」などはもう実質、死滅している。

◆ この国のマスメディアはなぜ、お隣韓国の運動の姿を報道しないのか?

他方、韓国の大学を訪問した際、ある大学では「無期限バリケードストライキ」の最中だった。キャンパスの入り口に結構おしゃれな学生が見張りとして立っていて、最低限数の職員しか学内に入れない。私は通訳を兼ねて同行してくれた友人が、その筋では結構名前が通っていたらしく、「バリスト」を学生たちに笑顔で迎えてもらった。面会した職員の方は「何分こういう状態でして。お迎えするのにお恥ずかしいです」と言われたので「何をおっしゃっているんですか。学生が生き生きしている証拠です。韓国も国立大学の大学法人化など、日本の愚策同様の新自由主義政策を大学にも導入しようとされていますが、それは大いなる間違いです」と話したら、この日本人なにをいっているんだ、という呆れた表情が彼の目に明らかに浮かんだことが思い出される。

近いところでは朴槿恵を倒した民衆のデモは多い時にはソウルだけで100万人に達し、少子高齢化、格差の拡大などこの国同様の問題を抱えながらも韓国の労働運動はいまだ健在である。そういった姿がこの国のマスメディアで国民の目に触れることはほとんどない。中東やアラブ、欧州のデモは報道しても、お隣韓国の運動の姿をマスメディアは無視する。なぜか。

この国の政権やマスメディアは、韓国国民が決起している姿をこの国の人びとには見せたくないのだ。奴らはこの国の人びとが韓国の運動に影響されたら、学ばれたら困るのだ。

◆ 本コンサートチケットを5名の方にプレゼントします!

でも、見なくても聞けばわかる。11月16日(木)京都テルサホール、11月18日(土)滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールで「サム☆トゥッ☆ソリ」のコンサートが行われる。料金は前売りが一般3,500円、学生・障がい者2,000円(当日は500円増)だ。お問い合わせは「サム・トゥッ・ソリの会」高田さん(Tel.090-4763-0751)もしくは京都音楽センター(Tel.075-822-3437)へ。

尚、デジタル鹿砦社通信読者5名の方に本コンサートのチケットをプレゼントします。チケットご希望の方は下記の田所のメールアドレスに、住所、氏名、年齢、電話番号を明記の上、お申し込みください。
tadokoro_toshio@yahoo.co.jp

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

「サム☆トゥッ☆ソリ」コンサート2017 11月16日(木)京都、11月18日(土)滋賀

「サム☆トゥッ☆ソリ」コンサート2017 11月16日(木)京都、11月18日(土)滋賀

最新刊『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

22日、20時全国ネットのテレビ局は早くも当確を出しだした。「バンザーイ、バンザーイ」のあとに当確者のインタビューが始まる。こいつは極右与党の政務次官だった候補だ。

「これまでの安倍政権は、かえりみれば独断専行でした。憲法軽視、集団的自衛権なんかはとんでもない話です。アベノミクスという戯言。あれは国民を欺くための詭弁で、年金原資を株式相場につぎ込んで大企業を儲けさせるだけの愚策! そんな政策でこの貧富の差が埋まりますか! 私は消費税廃止! 累進課税税率の見直し! 護憲! この3本で頑張ってまいります」

渋谷にある半国営放送のアナウンサーがニコニコ顔で頷いている。「続いては同じく当確が出た希望の党の老狭候補の事務所から実況でお伝えします」、見ものだ。

「今回、護憲、反原発、反新自由主義を掲げて明真党にも加わって頂き、立派な戦いができたと思います。有権者はみなさん『北朝鮮とは戦争ではなく対話で、拉致被害者も帰してあげて』、『消費税を今さら大学無償化の一部に自民党は回すといっているけど、そもそも消費税は全額福祉目的税として導入されたんでしょ。何言ってるんだ』と強い怒りの声があふれていました。安保法案についても、検事として、弁護士として法律に携わった人間としては、『違憲』であるとしか判断しようがない。近く開かれる臨時国会で早速安保法案は廃止をいたします」

事務所に集まった支援者からは拍手が沸き上がる。次々に当確の出た候補者たちは、事務所からの中継で、選挙前や公示後に口にしていたことと真逆の内容を興奮気味にまくしたてる。どれもこれも似通ってはいるが、「反自民、護憲、反原発、安保法制廃止、消費税廃止」を異口同音に口にする。

山崎から電話が入った。

山崎 異常はないか。

ヤス ああ、予定通りだ。世間様には異常だろうがこちらの計画通りに行っている。そっちはどうだ。

山崎 誤算が生じた。代々木近辺に饅頭の影響が全く出ていない。Fに問い合わせたが、「理由は分からん」と言っている。

ヤス しばらく様子を見よう。

山崎 そうだな。また連絡をくれ。

俺は党本部に7日前から泊まり込んでいた。本部には実力を認められた欧米のハッカーたちが10人以上詰めっきりで、世界中の大手ポータルサイトから各政党本部、候補者、警察庁、法務省、総務省、全国すべての選管に徹底したハッキングを続けていた。完璧な翻訳ソフトで意志疎通するので俺とのコミュニケーションも問題ないし、日本語で書かれたマニフェストをドイツ人のハッカーがいともたやすく書き換えていく。それだけでは不自然だから、元のマニフェストよりも分かりやすく、庶民受けするサイトに作り変えてしまうのだ。

ハッキング初日は各政党本部や総務省に、候補者たちから苦情や問い合わせが相次いだようだが、次の日には落ち着いた。我々が行うハッキングが候補者事務所への好感度の現れとして顕在化したからだ。前日までと真逆な主張だが、我々は政策とその根拠、提示方法については6人で数年かけて素案作りに没頭してきた。公示期間の中、ハッキングで政策を丸切り変えたら投票行動がどうなるかは、スーパーコンピューターで何度も試算を繰り返してきた。準備は完璧だった。候補者たちは、急激な有権者の好反応にだけ関心が向いたのだ。

唯一の誤算、代々木方面への饅頭の効果不足はこの際大きな問題ではないといっていいだろう。共産党は「与党候補も野党候補も、マニフェストや選挙前半と全く主張を曲げて、我が党の政策を横取りするという、まことに恥ずかしい行為を恥じることなくきょうに至っている。この選挙結果は欺瞞だと言わざるをえない」といきり立っている。

しかし、護憲派が衆議院の9割を占め、安保法制、共謀罪、特定秘密保護法、個人情報保護法、周辺事態法などが廃止されることはもう必定だ。福島原発事故廃炉作業にかかった不明朗な出費を調査する特別員会の設置が決まり、すべての政党が東京オリンピックの返上と福島原発被害者救済を一体のものとして緊急に結論を出すべく「2020年問題特別委員会」も発足した。委員長には山本太郎参議院議員が就任した。議員バッチとともに青いバッチを付けていた保守系の議員も、全員が「虹色」のバッチに付け替えた。

肌寒さを強く感じだした臨時国会での首班指名の日、俺はミサと部屋でテレビを見ていた。

ミサ ね、ヤス政治って面白いでしょ?ワクワクする。ようやくこの日が来たんだよ。

ヤス 政権交代なら自民から民主、民主から自民があったじゃん。

ミサ そうじゃないんだって。意味が違うの、今回は。

ヤス どこが、どうちがうのさ(違うさ。当たり前だろう)。

ミサ 見てれば分かるって。

衆議院議長が投票結果を読み上げた。

ミサ やったー! 大池さん総理大臣だよ! 日本で初めての女性総理大臣すごいじゃん!

赤いスーツをまとった大池薔薇子は立ち上がり、微笑みながら何度も四方に頭を下げている。

ミサ でもさ、ヤス。「希望」の政策って、最初と全然違って共産党みたいなこと言いだしたのが不思議なんだよね。私政治よくわからないけどあれでいいのかなぁ。

ヤス 俺知らねえよ。

ミサ、いや党員じゃない誰もが饅頭の威力や党の行動を知るはずはない。饅頭は神経細胞を刺激しながらも脳神経を傷つけることなく、経験記憶と思考傾向を書き換える。遺伝子技術を主に、万能細胞も援用して、防衛省が極秘で開発を進めた極めて高度な最新技術をFが改良した、いわば生物兵器だった。

開発にあたり、俺たち6人は骨髄をFに提供した。どんな保守反動でも思考と思想が俺たち6人と同様な傾向を持つように遺伝子と感覚、感性までも瞬時に変化させる。自然風がなくても分速100mの伝播が確認されている。完成した饅頭の試験結果も申し分なかった。だから開票速報を報じたテレビキャスターをはじめとする報道機関の人間の表情も、翌朝朝刊の記事も、候補者の突然の変貌を違和感なく伝えることに成功していたのだ。報道機関の人間だけではない。饅頭の行き渡った東京近辺の住民にも同様の効果が生じているはずだ。

直後に議員が総立ちになり肩を組んで合唱を始めた。議員たちは「インターナショナル」を大声で歌っている。携帯が鳴った。山崎からだ。ミサが隣にいるが気にしていられない。

ヤス どうした? なんで奴らインターなんか歌いだすんだ?

山崎 バグだ。プログラムミスだ……。

ヤス わかりやすくいってくれ。

山崎 反帝・反スタは何度もプログラミングしたんだ。だがコマンドの一人が『資本論』、『レーニン全集』などの資料に紛れて『スターリン全集』を誤って打ち込んでいたことがわかった。

ヤス 打つ手はあるのか?

山崎 思いつかない……。

ミサ なんかこの歌元気が出るね。初めて聞くけど。なんていう歌だろう。かっこいい! みんな赤い旗を振ってるよ。ねえヤス、私興奮して涙出るよ。

議員総立ちでのインターナショナル合唱は、いくら何でもやり過ぎだ。しかし『スターリン全集』のバグだけで、ここまでの影響が出るだろうか。待て! まさか、俺たち6人の「骨髄交換」にそもそもの要因があるとしたら……。俺たちは「反スタ」だ、分かりやすく言えば統制と独裁を嫌悪している。6人ともそうなのは確信していた。でもまさか俺たちの血の中に自分では気づかない「権力欲」の要素が入っていたのだとしたら……。

ミサの声が遠くに聞こえる。

作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。

肌寒いのに俺はとめどなく冷や汗をかいていた。

どこで間違ったんだ。何が間違いだったんだ!

(了)


◎[参考動画]インターナショナル / 大工哲弘(1996年)
 
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

7日発売『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

ギリギリだ。フー。ミサはいい子だけど政治センスはゼロ。俺の党活動なんか理解出来るはずもない。もっともミサじゃなくても俺たちの党活動は非公然だから党員にしかその存在すら知られていない。公安も気づいていないはずだ。

わざわざ古めかしい「党」なんていう呼び方を提起したのは、小林だった。「そりゃないぜ」と一斉の反対に「古臭くて誰も使わないからいいんだよ。俺たちだって公然活動をするわけじゃないだろ。万が一公安に踏み込まれても、日共か中核の分派くらいにしか思われないさ」。この言い草には妙な説得力があった。

仲間たちは「党」、「党員」と苦笑いしながら呼ぶようになった。それだけじゃない。符牒や備品も敢えて古いものを選りすぐって使うようにした。水溶紙は常時持ち歩いているし、仲間の電話番号はすべて特殊な飛ばし(転送)を使っている。もちろん電話は偽名で購入したプリペイド携帯。ミリ、キリには細心の注意を払う。

政治局はもう全員が集まっている。

伊藤 また最後にお偉方の到着だ。

ヤス 嫌味言うなよ。定刻前だぜ。

山崎 ミサと会ってたんだろ?

ヤス ああ、部屋に来てた。選挙ボランティアやるんだってさ。

山本 ミサは本当に大丈夫だろうな?

ヤス その手の話は一切しないから大丈夫だよ。ミサの関心は、所詮プチブルレベルだから俺はオルグしない。

本多 今のうちに関係を綺麗にしておいた方がミサのためにはいいんじゃないか。

ヤス もう少し考えさせてくれ。それより時間がない。今日が最終打ち合わせになるかもしれないから、山崎、要点をまとめて話してくれ。

山崎 ああ。これまでの方針に大きな変更点はない。行動は10月22日、19時丁度だ。ブツの調達は順調だと考えてくれ。ルートがルートだから慎重に進めている。

伊藤 防衛省のFが日和ることは絶対にないんだな。

山崎 奴が死なない限り絶対といっていい。防衛省がどうしてFを割り出さないか。それを心配してるんだろ。

ヤス ああ。

山崎 Fの姻戚関係は複雑だ。俺も戸籍を見たが、あれじゃあ親父が誰かわからないよ。

本多 どういうことだ。

山崎 Fは戸籍上養子縁組で帰化したことになってるんだ。

伊藤 帰化? Fは日本国籍じゃなかったのか?

山崎 日本国籍さ。だが父親が父親だろ。あそこまでの有名人はそうはいない。父親は弁護士にこっそり「Fを一旦外国籍にして、それから縁戚の養子にしてくれ」と頼んでたんだ。絞首刑される直前にな。Fはまだ小学校に入る前さ。

ヤス だから姓が違うのか。

山崎 そういうわけだ。Fは父親の血だけじゃなくて、俺たちとは異質なルサンチマンを抱え込んでいる。だからわざわざ防衛大学に進学し、制服組を選んだ。そして俺たちのような人間との接触を待っていた、というわけだ。

本多 Fについてはわかった。先を続けてくれ。

山崎 饅頭の配給先は予定通りだ。担当は伊藤が渋谷と六本木、俺がお台場と汐留、本多が赤坂と永田町、本多の補佐に山本が付いてもらう。小林はバイクでその他4件に回ってもらう。本部待機及びサイバー担当は岡本だ。

山本 饅頭の効果はちゃんと確かめてあるんだよな。

山崎 ああ、既に理化学研究所とペンタゴンで確実な効果が確認されている。

山本 「されている」じゃないだろ。させたんだろ。

山崎 悪かった。山本の言うとおりだ。それぞれに潜り込ませた細胞に何度も臨床実験をさせて、効果は100%確認済だ。

本多 実験結果の詳細なデータは見られるか。

山崎 いまここにはない。だが間違いない。

伊藤 山崎、本多は物理の研究者だろ。だから確実な裏付けを見たいんだよ。俺もその気持ちは分かる。だが、山崎の計画指揮にこれまでは一点の落ち度もない。本多、ここは山崎を信用したらどうだ。

本多 仕方ないだろう。先に進めてくれ。

山崎 饅頭を届けたら、半径1キロには確実に効果が現れる。半径2キロの効果も50%以上の数値が確認されている。これが都心の地図なんだが、見てくれ。饅頭の届け先によっては半径2キロが重なってるだろ。つまり50+50のエリアで大手メディアはすべてカバーできる。

伊藤 理論上はそうだろうけど、風向きに影響されないのかい。

山崎 それもFがすべて防衛省で解析済みだ。大げさに言えば23区の中心部はすべて饅頭の影響を多かれ少なかれ受ける。

ヤス 首尾よくいけば「完全制圧もありうる」だろ、山崎。

山崎 そうだ。だがそこまで俺も楽観はしていない。で、重要なのが本部機能さ。

ヤス わかってる。でも、何度も言うぞ。俺はデジタルテクノロジーをまったく分からない男だ。そんな俺が指揮を執っていいのか。

本多 山崎がお前を選んだのには合理性がある。俺もこの人選には賛成だ。岡本は奴が言う通り理系音痴さ。ニュートン物理学の基礎も知らない。ましてやインターネットやハッキングの知識は皆無だ。だから適任なんだよ。作業をするのはコマンドだ。本部に必要なのはテクノロジーの知識じゃない。戦略と戦術だ。岡本はコマンドの作業を微塵も理解しないだろうよ。だから余計な心配もしないし、できない。ひたすら秒単位の即断に没頭できる。それが山崎の読みとみた。

山崎 さすが東大の博士課程。本多の説明に付け加えることはない。

伊藤 饅頭の受け渡しはいつだ。

山崎 22日15時にここだ。まだ現物は見せていないからイメージだけ知っといてもらった方がいいだろう。これをみんな見てくれ。

山本 外見は「もみじ饅頭」か(笑)

山崎 ああ、しかも老舗の「錦堂」だ。

伊藤 作戦のあと「錦堂」に迷惑かかるんじゃないか。俺は広島出身だからそんなことになったら里帰りできないぜ。

ヤス 伊藤さ、広島出身ってほんとかよ。有名なのは「にしき堂」だろ。「にしき」はひらがなが商標登録だぜ。何があろうと作戦後お前は堂々と帰郷すりゃあいいんだよ。もっとも政治も「にしき堂」も関係なく。カープ優勝で広島は浮かれてるから誰も気にはしないだろうけど。

山崎 饅頭は丁寧に梱包されて、金色の紐で結わえられている。ここが重要だ。よく聞いてくれ。結びは蝶々結びが二重だ。ごく軽く結んである。配達人は饅頭を置く際に、結び目を一回ほどかなきゃならない。その瞬間にオルゴールの「Over The Rainbow」がかすかな音で流れ出す。作動の合図だ。

伊藤 その手順は練習しとく必要があるよ、絶対。イメージだけじゃうまくいかない。

山崎 その通りだ。きょうは一人5個つづ饅頭の模型を用意してある。そう難しく考えないで、紐の端を5センチばかり引っ張るだけで緩い蝶々結びは解けるから、みんな試してみてくれ。

小林 山崎の手際よさには毎度恐れ入るよ。大企業に入ってたら今頃役員でもおかしくないよな。

山崎 小林、お前には俺の仕事を教えていなかったな。俺はお前の言う「大企業」、しかも、あの「四菱商事」の総務部長さ。

小林 う、嘘だろ! 「四菱商事」ってよりによって……。

山崎 理由は聞かないでくれ。でも事実なんだ。名刺をやろう。間違いないだろう。

小林 あ、ああ。でも平気なのかい。作戦に加わって。

山崎 平気? 馬鹿言わないでくれ。俺は晩稲田を出て迷うことなく「四菱商事」に入ったよ。出世も早かったと思う。それもこれもこの作戦のためさ。

ヤス コマンド手配は山崎に一任する。みんな、いよいよ俺たちが「虹をかけなおす」ときが来る。狼やサソリ、大地の牙を継承したとはとても言えんだろうが、今度は本当に虹をかけるんだ。

一同 異議なし!

末期帝国主義はマルクスの教科書通りに資本の寡占、労働力の収奪から、意識の収奪までを完成させようとしている。日本の政治はこのありさまだ。はっきりしているのは、我々はごく少数の極めて不利な状況に追い込まれている事実だ。言論では勝てない。武力(暴力)でも勝てない。この現実を直視することから「第二次虹作戦」が生まれたことはみんな知る通りだ。俺たちは非公然活動を行うが、複数の弁護士に確認したが、この作戦が成功したら俺たちを裁く法はない。だが失敗すれば逮捕は免れないだろう。

俺たちが生きてきた時代には、それなりの抵抗があった。しかし正視しなければならない。その抵抗は局地戦では勝利を獲得することはあっても、人民がこの国の権力を奪取した歴史はない。我々の作戦が成功すれば、この国初めての「無血革命政権」が成立する。しかしみんなも知る通り、これから生まれる政権はAIとITテクノロジーで奴らを洗脳する、「禁じ手」の革命と呼ばれても仕方がないだろう。それでも奴らの政治生命は数年持つはずだ。

作戦成功の暁に、我々の任務は、次なる革命勢力をAIやITによらず、真に人間の発想と思想により実現する永続革命を可能ならしめる次世代の用意だ。とはいってもここでもAIと近くIPS細胞の技術の助けを借りざるを得んが。

反動の波を押し返す力がわれわれには残念ながらない。奴らが非道を平然と進めるのなら、圧倒的少数であるわれわれは、ブルジョワが新たな資本の蓄積、または、戦争の兵器として開発した技術を先行して革命に導入する。見ろ、山崎、山本、伊藤、本多、小林、そして俺。この6人がまだどの国も公にしていない、「遺伝子交換」を敢行したから、深刻な意見の相違もなくたった6人で再び「虹」をかける手前まで来ているじゃないか。

「毒を食らわば皿まで」と吐き捨てた野合議員がいたよな。俺たちはその先を行っている。いわば6人は「アンドロイド」でもある。しかし、われわれには滾る血があるだろう。誰が見たって「遺伝子交換」で結ばれているとは見破られない個性もある。

(つづく)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか

総選挙を控え世の中がざわつく中。
以下の仮想は現実に起きる物語ではない。フィクションである。
しかし、現在の政治状況と全く無関係かといかといえば、そうではない。
幾分筆者の思想傾向が影響してもいよう。本作は3部に分けてご紹介する。
ありもしないフィクションが展開されることをあえて強調しておく。

 

ヤス それで。言いたいことはそれだけ?

ミサ うーん……。まだわかってくれてないんでしょ。どうせ。

ヤス さあ、どうだろう。ミサの話は耳で聞いて、脳に伝えた。俺の脳がそれをどう判断するかは「保留」なのかなぁ。

ミサ じゃあ、もう一回だけだよ。あのね、こんなチャンスってないんだって。絶対むりってあきらめてたのに、ヤバイくらい嘘みたいな展開なんだよ。これ逃したら次はないんだよ! マジで。

ヤス 俺さ、その「嘘みたい」っていうのがひっかかってるんだよな。

ミサ でも、現実じゃん。私だけが言ってるんじゃないことくらいわかるでしょ?テレビも新聞もネットも。みんな大騒ぎになってる。私なんかおかしい?

ヤス タバコ一本吸っていい?

ミサ また話をはぐらかして。約束違反! ほんとは罰金1000円だけど今回だけは許してあげる。一本だけだよ。ねぇねぇ、こんなこと、うちら産まれて初めてじゃん。

ヤス そうかなー?

ミサ 絶対そうだってば。ほら、ツイッターのトレンド見て。ね、芸能ネタとかなくて、みんなこれ一色でしょ!わかるよね。

ヤス うん、まあね。

ミサ だから、私がちょっとだけ仕事休むのも無理ないよね?いいよね?

ヤス それはミサの権利と判断だから俺、口出しはしないけど。

ミサ 「口出ししないけど」なんなの?

ヤス やめない? この話題。

ミサ どうしてヤスっていつもそうなの? 政治の話ってそんなにダサい? 私って変?

ヤス そうじゃないけど(おい、早く切り上げろ。今夜は党の重要な会議だろ。「女一人オルグ出来ない」お前の特務の最終打ち合わせじゃないか)。「そうじゃないけど」じゃないな。政治の話は大切だと思うよ。うん。

ミサ なら、どうして興味持たないの?

ヤス 興味持たないわけじゃないけど……。政治は大事だよ。大事だと思うよ。だから俺は明日もまじめに働くのさ。

ミサ 全然答えになってない! ヤス、なんでツイッターやフェイスブックやらないの? 意識の高い知り合いができるし、すごい勉強になるのに。街宣や集会にいきなり一緒に行こう、って私は言わないから、ちょとSNSしてみない?

ヤス SNSねぇ(俺はミサが好きだけどがSNSをしていることが気に入らないんだよ!)。

ミサ ヤスが妬くかなぁと思って内緒にしてたけど、私フォロワー1000人もいるんだよ。そんで、フォローしてる人の中には政治家もいっぱいいて、毎日DMしてくれる人もいるんだ。誰だと思う?

ヤス DMってなに?

ミサ ダイレクトメッセージ。直接その人とだけ会話できる、みたいな感じ。それで誰が私とDMしてくれてると思う?

ヤス 誰って言われてもね(おい、集合は9時だぞ。もう急がなきゃ間に合わない! わかってるのか!)。

ミサ 大池薔薇子さん! 嘘みたいでしょ。でも嘘じゃないんだ。これ、ほらきょうのDM。見て見て。「ミサさん応援いつもありがとう。きょうもオフレコですが大沢二郎さんに逢いました。候補者選定は順調です」って。ね!びっくりした?

ヤス (なーんだ。定型文の返信じゃないか)へー。ミサ、そんな大物と友達なんだ。じゃあ俺なんかと付き合ってる暇ないじゃん。

ミサ 友達じゃないよ。大池さんはこれからの日本政治のキーパーソンだから、私なんかにどうしてかまってくれるのかって思うけど、誠実な人なんだよ。それから私とヤスの関係と大池さんは別でしょ。

ヤス わかったよ。仕事休んで選挙手伝いな。

ミサ ほんとう! マジで賛成してくれるの! うれしい! ありがとうヤス!

ヤス うん。無理しないようにね。

(ミサがシャワーに向かおうとする)

ヤス あ、きょうはダメなんだ。

ミサ なんで、せっかくヤスが理解してくれたから泊ってもいいでしょ?

ヤス これから、田合さんに逢わなきゃいけないんだ。覚えてるだろ、鎌倉支店のときによく飲みに連れて行ってくれた、愛媛出身の内気な田合さん。結婚が決まったんだ。仲間内でお祝いに飲み会。新宿で。

ミサ なーんだ。でも田合さんの結婚祝いじゃワガママいえないね。私もお世話になったから。田合さんよかったね。あの人純粋すぎて彼女出来るか心配してたんだ。

ヤス 俺もだよ。田合さんの結婚も「嘘みたい」だろ? だから今夜は悪いけど。明日は泊っていっていいよ。

ミサ あ、明日から夜はダメなんだ。証紙張りとか電話かけとかもう始まるんだって。

ヤス そっか。じゃあミサの時間のある時に、電話入れて。

ミサ うん、わかった。ありがとうね。ヤス。あ、そうそう。ヤスってなんでメールも使わないの?

ヤス いつも言ってるだろ。「俺はすべてが時代遅れの人間」だって。

ミサ フン。でも、まいいや。じゃあきょうは帰るね。

ヤス 駅まで一緒に行こう。

ミサ うん。でも、意外だった。ヤスは絶対乗り気じゃないから、賛成してくれないと思ってたんだ。

ヤス もうその話はいいじゃん。ミサだってもう30なんだから。俺が私生活をあれこれ言うのも嫌なのはわかるさ。

ミサ そんなことないけど……。ヤスが心配してくれてるのは分かってるし。だからヤスに嫌な思いさせながら、は重かったんだ。

ヤス じゃあ気を付けて。俺は地下鉄だから。

ミサ じゃあね。

(つづく)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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