数少ない死刑存置国の日本では、2019年も様々な事件の裁判で死刑か否かが争点になった。また、東京五輪が終わるまで死刑の執行は難しいのではないかという大方の見方を覆し、今年も新たに2人の死刑囚が死刑を執行された。そんな1年の死刑に関する重大ニュースTOP5を筆者の独断と偏見で選び、回顧する。
◆【5位】新潟小2女児わいせつ殺害事件の裁判員裁判で死刑回避の判決
2009年に始まった裁判員裁判では、被害者の人数が1人の事件でも死刑判決が出るケースが増えていた。たとえば、松戸女子大生殺害放火事件(2009年)や南青山マンション男性殺害事件(2009年)、神戸小1女児殺害事件(2014年)などがそうだ。
したがって、この新潟の事件でも、検察官は死刑を求刑したのだが、それは当然の流れだった。小林遼被告は、女児に軽乗用車をぶつけて車に乗せ、わいせつ行為をしたうえ、首を絞めて殺害、さらに遺体を線路に放置して電車に轢かせるなど、残虐非道の限りを尽くしていたからだ。
しかし、山崎威裁判長が宣告した判決は無期懲役だった。まれに見る凄惨な事件だと認めつつ、被害者が1人の殺人事件では、わいせつ目的の殺人は無期懲役にとどまる量刑傾向があるとして、公平性の観点から死刑を回避したのだ。
被害者が1人の殺人事件について、裁判員裁判で死刑判決が出ても、控訴審で覆り、無期懲役に減刑されることが繰り返されてきた。上記の松戸女子大生殺害放火事件や南青山マンション男性殺害事件、神戸小1女児殺害事件もそうだった。その傾向を踏まえ、山崎裁判長をはじめとする新潟地裁の裁判官が死刑の適用に慎重になり、裁判員たちもそれに従ったのではないかと私は見ている。
◆【4位】熊谷6人殺害事件控訴審で一審死刑の被告が「心神耗弱」を認定されて無期に
2015年に熊谷市内の住宅に次々侵入し、男女6人を包丁で刺すなどして殺害したペルー人のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告は、裁判員裁判だった一審・さいたま地裁で死刑判決を受けていたが、東京高裁の控訴審で12月5日にあった判決で、犯行時は統合失調症のために心神耗弱だったと認定され、死刑判決が破棄、無期懲役を宣告された。
この被告人は、事件を起こした当初から言動が異常なのは明らかで、心神耗弱と認定されても別におかしくはない。ただ、日本の刑事裁判では、被告人が極めて重篤な精神疾患に陥っていたとしても、死刑に相当するような罪を犯している場合には、裁判官が強引に完全責任能力を認め、死刑を宣告するのが慣例化していた。その慣例がなぜ破られたのかは不明だが、裁判員裁判は死刑適用のハードルが下がっていることに対し、控訴審の裁判官たちが何か思うところがあったのかもしれない。
◆【3位】犯行時に現職の福岡県警警察官だった被告に死刑判決
犯行時に現職警察官だった中田被告に対し、死刑が宣告された福岡地裁
2017年に福岡県警の巡査部長・中田充被告が福岡県小郡市の自宅で妻子3人を殺害したとして殺人罪に問われた事件は、福岡地裁の裁判員裁判で12月13日、中田被告の「冤罪」主張が退けられ、死刑が宣告された。マスコミは「直接証拠がなく、有罪、無罪の判断は難しい事件だった」という論調で報じたが、筆者が取材した限り、有罪の証拠は揃っており、有罪、無罪の見極めは特別難しい事件だったとは思えなかった。
この事件が特筆すべきは、中田被告が犯行時、現職の警察官だったことだ。元警察官が死刑判決を受けた例としては、元警視庁の澤地和夫死刑囚(病死)、元京都府警の広田(現在の姓は神宮)雅晴死刑囚、元岩手県警の岡崎茂男死刑囚(病死)らの例があるが、筆者の知る限り、犯行時に現職だった警察官に死刑判決が宣告された例は無い。あったとしても極めて異例だろう。
中田被告は現在、控訴しているが、このまま死刑が確定する公算は大きく、歴史的な事件と言えるかもしれない。
◆【2位】「死刑執行は難しい」との予想に反し、今年も2人の死刑執行
8月、2人の死刑囚が新たに死刑執行された。1人は、2001年に神奈川県大和市で主婦2人を殺害した庄子幸一死刑囚、もう1人は、2004~2005年に福岡県で女性3人を殺害した鈴木泰徳死刑囚だ。これで、第2次安倍政権下での死刑執行は計38人となった。
このニュースを2位に挙げたのは、今年は死刑執行が難しいのではないかという見方が強かったためだ。元号が令和に変わり、天皇陛下の「即位の礼」などの皇室関連行事があるうえ、来年は東京オリンピックも開催されるためだ。そんな中、死刑を執行したのは、政府が「今後もどんどん死刑を執行する」という考えを表明したとみるのが妥当だ。
今後も安倍政権下では、死刑はこれまでの通りのハイペースで執行されていくだろう。
◆【1位】寝屋川中1男女殺害事件の控訴取り下げが無効に
山田死刑囚が死刑確定直前に綴った手記をまとめた電子書籍「さよならはいいいません」
自ら控訴を取り下げ、一審・大阪地裁の死刑判決を確定させていた大阪府寝屋川市の中1男女殺害事件・山田浩二死刑囚について、大阪高裁は12月17日、控訴の取り下げを無効とし、控訴審を再開する決定をした。山田死刑囚の弁護人が高裁に取り下げ無効を求める申し入れ書を提出していたのを受けてのことだ。
山田死刑囚が控訴を取り下げた原因は、拘置所に借りたボールペンの返却が遅れたことで刑務官と口論になり、自暴自棄になったことだった。大阪高裁はそれを前提に、山田被告が控訴を取り下げたら法的な帰結がどうなるかを忘れていたか、明確に意識していなかった疑いを指摘し、「控訴取り下げの効力に一定の疑念がある」と判断したのだ。
大阪高検は、この決定を不服として最高裁に特別抗告し、大阪高裁にも異議申し立てを行った。そのため、現時点で控訴審が再開されることは確定していないが、このように殺人犯1人の死刑を確定させるか否かについて、裁判官が慎重な判断を下すのは珍しい。というより、このような決定は前代未聞で、筆者にもまったく予想できないことだった。
ただ、この大阪高裁の裁判長の名前を聞き、合点がいった。村山浩昭氏。袴田巌氏に対して再審を開始し、死刑と拘置の執行を停止する画期的決定を出した静岡地裁の裁判長(当時)だ。村山氏はその後、名古屋高裁の裁判長だった時、冤罪を疑う声が非常に多い藤井浩人美濃加茂市長に逆転有罪判決を出すなど、良し悪しは別にして空気をまったく読まない判決を下す裁判長だ。
山田死刑囚の控訴の取り下げは、その経緯からして無効と判断されてもおかしくはないが、世間の空気を読むタイプの裁判官であれば、控訴審を再開する決定はなかなか出せないだろう。それが出せたのは、村山氏の空気を読まない性格があってこそだと思う。
▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著「さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて―」(KATAOKA)に、原作コミック『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。
月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)