2012年10月に広島の放送局「中国放送」の元アナウンサー・煙石博(えんせき・ひろし)氏(70)が自宅近くの銀行店内で他の客が記帳台上に置き忘れた封筒から現金6万6600円を盗んだ容疑で逮捕された事件について、本日(10日)午後3時から最高裁第二小法廷(鬼丸かおる裁判長)で煙石氏の上告審判決公判が開かれる。
煙石氏は一貫して無実を訴えながら、1審・広島地裁で懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を受け、2審・広島高裁でも無実の訴えを退けられたが、最高裁は本日、煙石氏に逆転無罪判決を宣告することが確実視されている。それに先駆け、7日に広島弁護士会館で弁護人・久保豊年弁護士と共に会見を開いた煙石氏は、改めて無実を訴えると共に自分を冤罪に貶めた警察、検察、裁判官たちの悪事を告発した――。
◆4年を超す人生の貴重な時間を奪われた
最高裁では1年に数千件の事件で判決や決定を出しているが、2審までの有罪判決を覆し、逆転無罪判決を出すことは年に1件あるかないかだ。そんな中、煙石氏が本日、最高裁で逆転無罪判決を宣告されるのが確実視されている理由は、先月17日、最高裁第二小法廷で弁護人と検察官がそれぞれ弁論する公判が開かれたことだ。最高裁は通常、審理を書面のみで行い、公判審理を行うのは、「2審までの結果が死刑の事件」と「2審までの結果を見直す事件」に限られる。煙石氏は後者に該当するとみられているわけだ。
当欄で2013年よりこの事件が冤罪であることを伝え続けた私としても、この明白な冤罪事件の裁判が逆転無罪という形で決着するのは大変うれしいことだ。だが、だからといって、おめでたいことだと喜んでばかりもいられない。なぜなら、このような明白な冤罪事件で逮捕、起訴され、2度も有罪判決を受けた煙石氏やご家族は4年を超す人生の貴重な時間と膨大な裁判費用など様々なものを奪われたからだ。
その煙石氏が7日に広島弁護士会館で開いた会見で読み上げた声明文について、今のところ全文公開しているメディアは見当たらない。警察、検察、裁判官がいかにひどかったかを詳細に訴えたその内容をより多くの人に知ってもらいたいので、いよいよ逆転無罪判決が出る今日、ここで全文を公開しよう。
・・・・・・・・・・以下、煙石氏の声明文・・・・・・・・・・
私は煙石博です。6万6600円を盗ってもいないのに、盗ったとされました。
私は無実です。この事件で、定年後の、人生の貴重な時間と仕事を失ってしまっただけでなく、長年、私の築いてきた信用と信頼を一気になくし、私の人権も社会的存在も失ってしまいました。さらに私の家族にも大きな負担をかけ続けてきました。私はお金を盗ってはいません。無実です。
最高裁が1審・2審の判決を見直すとして、弁論を開くということは、本当にまれなケースだそうですが、2月17日にその弁論を傍聴しました。弁論の後、司法記者クラブに移動して、共同記者会見に臨みました。その時、私の思いとこれまでの事の次第を20分余り話しましたが、この時の様子は、すでに私のホームページに立ち上げていますので、ぜひご覧下さい。
今日は、これに少し補足もしますが、かいつまんで申し述べます。
無実を訴えると共に捜査や裁判の不当性を告発した煙石氏(2017年3月7日、広島弁護士会館にて)
◆最高検検事の弁論に言い表せない怒りがこみ上げた
最高裁の弁論では、久保豊年弁護士は、論理的な説明によって、私の無罪を主張して下さいました。最高検の野口元郎検事は、1審・2審の論理的でない判決をそのまま信じて、上告棄却を求めてきましたが、すべて結論は「有罪」ありきの、防犯カメラの映像の真実にも背いた、あまりにもひどい、非常識な内容で、改めて、言い表せない程の怒りがこみあげてくる弁論でした。特に防犯カメラの映像に関しては、「防犯ビデオの映像自体によって被告人が封筒から現金を抜き取ったと断定することは困難であるが、他方で、防犯ビデオの映像は、被告人がそのような行為に及んでいないことを明らかにするものでもない。すなわち、被告人が、一旦記帳台を離れてから再び戻ってくるまでの間に封筒から現金を抜き取ったか否かという点に関して、防犯ビデオの映像は、どちらの側にも決定的な証拠となるものではない」と言いました。
そんな馬鹿な、と思いました。1審の広島地裁、2審の広島高裁はその防犯カメラの映像を証拠に、私に懲役1年・執行猶予3年という有罪判決を下しました。その後、私も防犯カメラの映像を何回も見ましたが、普通に見れば、私がお金を盗っているような動作やしぐさはありません。最高検の検事はそれを認めたのです。この4年4カ月は何だったんでしょうか?
私は、広島銀行大河支店で6万6600円を盗ってもいないのに、盗ったとされていますが、全く身に覚えがありません。広島地裁・広島高裁の判決は不当判決です。私は無実です。
◆机をたたいたり、すごんだりして自白を強要された
私は、2012年10月11日の朝、突然やってきた刑事2人に「防犯カメラの映像に証拠が映っている」と言って、逮捕状の呈示もなく逮捕され、広島県警の南警察署へ連行されました。取り調べ室で、「『防犯カメラの映像に、盗ったところが映っている』と言って、私をここへ連れて来たのですから、証拠の映像を見せて下さい」と何回も頼みましたが、聞いてもらえませんでした。
しばらくあって、刑事が、マスコミにニュースで出すようなことを言ったので、「私は犯人ではありません。容疑者ですから、マスコミには、まだ発表しないで下さい。よく調べて下さい」と頼みましたが、結局、私はお金を盗ってもいないのに、テレビでは当日、新聞では翌日、大きく報道されたことを家族との面会で知り、私は、人生も、すべてを失ったと思いました。
警察での取り調べは、尋常ではない取り調べで、最初から、私を犯人だと決めつけたストーリーを作っており、私はお金を盗ってもいないのに、刑事が作った「こうしてお金を盗ったのではないか」というひどい推測と、思い込みで、強引に話を進められました。私は、どうしても、私を犯人にしようとしている強い意志を感じ、恐怖感を覚えました。
「防犯カメラの映像は、誰が見ても、お前が盗っている。やったことを認めなければ裁判になって、法廷で防犯カメラの映像をみんなで見て、その映像がニュースで流されて、お前は恥をかくんだ!」などと、脅迫じみたことを言いながら、防犯カメラの映像は見せず、そうかと思うと、「6万6600円の窃盗はたいしたことはない。初犯だから刑も軽い、人の噂も75日、すぐに忘れる。すぐ社会復帰できる」と自白を誘導し、さらには、何度も「マスコミが報道したから、世間はお前を窃盗犯だと思っているんだ!!」「お前は頭がおかしいと思われるよ!」などと言ったり、机をたたいたり、すごんだりして、自白を強要されました。
◆検事はひたすら示談を勧めてきた
検察では、私は盗っていないと、一生懸命説明しましたが、検事は「盗ったか、盗らないかは別にして、6万6600円に色をつけて10万円位払えばすむことだ」と、とにかく最初から示談の説得ばかりされました。次の日もその検事は、「ゆうべも、防犯カメラの映像を何度も見たが、あなたは、お金を盗っている」などと言って、ひたすら示談を勧めました。おかしい話です。もし盗ったというのであれば、私が納得できる証拠をはじめから見せるべきではないでしょうか。取り調べの最後に、やっと防犯カメラの映像の一部を見せられましたが、もちろん、お金を盗っているところはありませんでした。
検事は「これ以上、事を荒立てないために、検事としては、変化球であるが、金を払って不起訴という方法を勧める」「これも有名税だと思え」などと言いましたが、私は絶対お金を盗っていないのですから、お金を払ってと言われても、どうしても納得がいきませんでした。私は、お金を盗っていないので、示談を断りました。すると検事は、その翌日に起訴しました。私は無実なのに、広島県警の南警察署の留置場に28日も勾留されました。
広島地裁での裁判は、1年近くかかって、防犯カメラの映像に、私がお金を盗っている映像がないのに、証拠がないのに、懲役1年・執行猶予3年という信じられない有罪判決が出ました。
もともと、刑事が「確たる証拠が防犯カメラの映像に映っているんだ」と言って逮捕したのに、その映像をなかなか見せず、裁判では、映像のクリア化を申し出ても拒否されました。さらに、証拠品の封筒には、私の指紋がついていませんでした。一番疑問に思うことは、「封筒に、お金が入っていなかったのではないですか」と初めから何回も刑事に言っていたのに、「もう調べてある」と言って、取り上げてくれなかったことです。
◆絶対に納得できません!
その後、2審の広島高裁では、専門の鑑定会社に依頼して、私が封筒にさわっていないということが明らかになりました。裁判官はその証拠を採用したにも関わらず、それを無視しました。裁判官は、「防犯カメラの映像には死角があり、封筒から現金のみを抜き取り、ポケットなどに隠匿するなどするのに十分な時間と機会があったといえる」などと無茶苦茶な推認で、1審の判決に誤りはないとして控訴棄却しました。
しかし、防犯カメラの映像を普通に見ていれば、お金を抜き取って隠す時間と機会はないことが、映像から十分確認できますし、お金を盗るような動きやしぐさは、防犯カメラの映像にはありません。納得できないことばかりです。以下の点は絶対に納得できません!
・封筒の中に現金が入っていたという、被害者の供述を鵜呑みにしていること
・防犯カメラの死角でお金を盗ったと言いますが、その死角がどこにあるか特定していないこと。私には、防犯カメラがどこにあるか、じろじろ様子を窺うことはできないし、ましてや、その死角がどこにあるかは、わかりません
・お金を盗ったと言うなら、いつ、どこで、どのように盗ったのかを特定していないこと
・1万円札6枚、千円札6枚、合わせて12枚のお札をポケットに入れたとすると、かなりの厚みになります。お札12枚と500円玉1枚と、100円玉1枚を、どうやって封筒から取り出し、どこに、どうやって取り込んだというのか、全く説明できていないこと
そもそも、常識的にも、500万円を下ろしに行って、他人のお金を、危険をおかしてまで盗りませんし、もし、お金を盗るなら、最初から封筒ごとポケットに入れて、そのまま持って帰るでしょう。お金だけ抜いて、元の記帳台にまで、わざわざ歩いて行って、証拠になる封筒を元に戻すなどという窃盗ストーリーは、絶対にあり得ません。
◆警察、検察、広島地裁・高裁に大変な不信感と激しい憤りを感じている
報道陣の質問に答える久保豊年弁護士(2017年3月7日、広島弁護士会館にて)
久保豊年弁護士は、最高裁への追加補充書に、防犯カメラの映像の確かな部分、最後に警備員が記帳台から封筒を取り上げた位置と、その前に私が再び記帳台あたりに戻って、記帳台に手を置いただけの私の手の位置は、全く交わる点はないということを検証したものを送りました。つまり「私が、最初に記帳台にあった封筒を手にして移動したのち、中から6万6600円もの現金だけを抜き取り、わざわざ元の記帳台に戻って、証拠となる市・県民税の払い込み用紙、つまり、セップを戻した」という、常識では考えられない窃盗の犯行ストーリーは、ありえないことを指摘しました。もちろん、持ったと決めつけた封筒には私の指紋はついていませんでした。
思えば、最初から一貫して、警察は、私を犯人だとするストーリーを作って、犯人だと決めつけ、自白を強要し、検察は、警察の誤りを正すことなく示談を勧めました。信じられない警察や検察の対応でした。そして、広島地裁、広島高裁に至っては、正義と真実を大切にする、神聖で崇高な所だと思っておりましたが、それとは逆に、非常識極まりない、とんでもない事実誤認をしたまま、有罪とされました。私は無実です。
私は、今、警察、検察、広島地裁、広島高裁に、大きな不信感と激しい憤りを感じております。最高裁においては、それを払拭して下さる様な、正義と真実に基づいた、公正なる判断をお願いするばかりです。
私を支援して下さっている仲間が、「煙石博さんの無罪を勝ちとる会」を立ち上げて、街頭行動での訴えや、最高裁の公正な裁判を求める請願署名の活動にも骨を折って下さり、これまでに9500名を超える署名をいただいております。ありがとうございます。私は絶対に6万6600円を盗っておりません。私は無実です。私の事件の経過は、「煙石博さんの無罪を勝ちとる会」のホームページに示しています。是非ご覧下さい。
2017年3月7日 煙石博
・・・・・・・・・・以上、煙石氏の声明文・・・・・・・・・・
さて、いかに警察、検察、裁判官が酷かったかおわかり頂けただろうか。煙石氏が逆転無罪という結果で裁判を終えられたのは良かったとしても、煙石氏を冤罪に貶めた警察官、検察官、裁判官が何の罰も受けず、今ものうのうと普通に暮らしているのは理不尽極まりないというほかない。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している
※事件のこれまでの経緯に関心のある人は、後掲の過去記事もご覧下さい。
◎「冤罪」と評判の広島地方局元アナウンサー窃盗事件(2013年9月20日)
◎広島の元アナウンサー窃盗事件で冤罪判決(2013年12月6日)
◎広島の元アナウンサー窃盗「冤罪」事件の控訴審がスタート(2014年5月30日)
◎広島の元アナ「冤罪」窃盗事件で「公正な裁判を求める」署名が1500筆突破!(2014年6月6日)
◎こんなところにも土砂災害の影響が・・・広島の注目裁判で記者の傍聴取材が激減(2014年9月2日)
◎高まる逆転無罪の期待──上告審も大詰めの広島元アナウンサー冤罪裁判(2015年5月13日)
◎前回五輪の年から冤罪を訴える広島元放送局アナ 最高裁審理が異例の長期化!(2016年8月20日)
◎2017年冤罪予測──飯塚事件、和歌山カレー事件、広島元アナ事件の新争点(2017年1月3日)
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
『紙の爆弾』タブーなきスキャンダルマガジン