筆者は今年も当欄であれこれと冤罪に関する記事を書いてきた。そこでこの1年を総括し、2021年の冤罪ニューストップ5を報告したい。なお、この選考は筆者個人の完全なる独断と偏見によることをあらかじめお断りしておく。

◆第5位 布川事件・桜井昌司さんが国家賠償請求訴訟で勝訴確定

29年の獄中生活を送ったのち、再審で無罪を勝ち取った布川事件の冤罪被害者・桜井昌司さんが国と茨城県を相手に起こしていた国家賠償請求訴訟は今年8月、東京高裁の控訴審で判決があり、村上正敏裁判長は国と県に連帯して約7400万円を支払うように命じた。判決では、一審判決でも認められていた警察捜査の違法性に加え、一審判決では認められなかった検察官取り調べの違法性も認定された。その後、国と県が上告しなかったため、桜井さんの勝訴が確定した。

勝訴という結果は予想通りだったが、一審判決以上に捜査の違法性が詳しく認定されたこと、体調が心配された桜井さんが無事に勝訴を確定させられたことが喜ばしいニュースだった。

◆第4位 飯塚事件で第2次再審請求

1992年に福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」で死刑判決を受け、2008年に絞首刑に処された男性・久間三千年さんについては、DNA型鑑定のミスによる冤罪の疑いを指摘する声が根強い。筆者も10年以上この事件を取材してきて、久間さんは冤罪だと確信している。

第1次再審請求は今年4月に最高裁で請求棄却が確定したが、弁護団と遺族は7月に早くも第2次再審請求を実施。この際、久間さんとは別の真犯人とみられる人物を目撃したという男性の証言を新証拠として福岡地裁に提出した。証言内容の信ぴょう性もさることながら、こういう有力な目撃証人が今になって現れるのは飯塚事件が冤罪であることが社会に浸透したことを示している。

長く取材している事件でもあり、個人的に弁護団や遺族を応援したい気持ちもあり、第4位に選んだ。

冤罪の可能性を伝える報道が続出(上段左・まいどなニュース、同右・東スポweb、下段左・日刊SPA!、同右・東洋経済ONLINE)

◆第3位 鶴見事件の高橋和利さんが獄中で死去

高橋和利さんは、1988年に横浜市鶴見区で起きた金融業者の夫婦に対する強盗殺人事件の容疑で検挙され、2006年に死刑が確定した男性だ。捜査段階に自白したものの、裁判では無罪を主張し、死刑確定後も冤罪を訴え続けていた。しかし雪冤の願いはかなわず、今年10月、収容先の東京拘置所で肺炎のために亡くなった。享年87歳。

高橋さんは、世間一般にはあまり知られていないが、専門筋の間では有名な冤罪被害者だった。2017年には日弁連が再審請求を支援する決定をしたことも話題になった。この際、真犯人の可能性がある人物が証拠から浮上したという話もあっただけに、高橋さんの死去により事件の真相が闇に葬り去られることになってしまったのも残念だ。

なお、拙編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』(鹿砦社)には、高橋さんが獄中で捜査や裁判に対する批判や怒りを綴った遺稿が掲載されているので、関心がある方はご参照頂きたい。

◆第2位 米子ラブホテル支配人殺害事件の石田美実さんが3度目の控訴審で控訴を棄却される

米子ラブホテル支配人殺害事件については、当欄では何度か注目の冤罪事件として紹介した。今年11月、被告人の石田美実さんは広島高裁松江支部であった「3度目の控訴審」で控訴棄却の判決を受けたが、ここに至るまでに、(1)一審で懲役18年、(2)控訴審で逆転無罪、(3)上告審で控訴審に差戻し、(4)2度目の控訴審で一審に差戻し、(5)2度目の一審で無期懲役――という異例の経過を辿っていた。

検察官が無罪判決を不服として上訴し、そのために冤罪被害者が一度は勝ち取った無罪判決を破棄され、その後も延々と身柄を勾留されて苦しめられているという点において、検察官上訴が制度上許されている日本ならではの酷い冤罪事件だと言える。それにもかかわらず、世間的にほとんど注目されていないので、少しでもこの事件の存在を世に広めたく第2位に選んだ。

そして、いよいよ第1位だが…。

◆第1位 紀州のドン・ファン事件で冤罪説が渦巻く

2018年に和歌山県田辺市の資産家で、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた男性(当時77)が亡くなった事件では、55歳年下の元妻・須藤早貴さん(25)が当初から疑いの目を向けられていた。そして今年4月、ついに和歌山県警が須藤さんを殺人などの容疑で逮捕した。

しかし、警察が確たる証拠を確保した様子は見受けられず、そのために早くもメディアでは冤罪の可能性をほのめかす報道が相次ぎ、あのダウンタウン松本人志氏もテレビで冤罪の疑いを示唆するような見解を示した。ひいては、現在はネット上でも冤罪説が渦巻く事態になっている。

このニュースが第1位に選ばれるとは誰も思っていなかったろうが、これは決してウケ狙いではない。このような、かつてならメディアが容疑者を犯人扱いして騒ぎ立てることが確実な事件で、逮捕当初から冤罪の可能性を疑う声が渦巻く現象は、冤罪問題に対する日本人の見識がかなり向上したことを示している。そのような理由で1位に選ばせてもらった。

冤罪の話題など存在しないほうが良いのは間違いないが、冤罪は決して無くなるものではない。来年以降も当欄で埋もれた冤罪の話題を少しでも多く取り上げたいと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』(MC石井しおりさん)に出演中。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)。

◎片岡健のデジタル鹿砦社通信掲載記事 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=26

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年1月号!

『紙の爆弾』『NO NUKES voice』今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

1992年に福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」は、その犯人とされて2008年に死刑執行された男性・久間三千年さん(享年70)に冤罪の疑いがあることで有名だ。そして近年、一部の人たちがこの久間さんの冤罪処刑疑惑にからめ、あれこれと陰謀論的な説を主張するようになっている。

たとえば、「久間さんは口封じのために死刑執行された」という説や、「警察が足利事件の真犯人を捕まえないのは、飯塚事件で無実の男性を死刑執行したのがばれるからだ」という説だ。

私は10年余り前から飯塚事件を取材してきて、久間さんが冤罪であることは確信しているが、一方でこれらの陰謀論的な説に信ぴょう性が感じられないでいる。私が以前、久間さんの死刑執行手続きに関与した法務・検察幹部らを取材した際のエピソードを紹介しつつ、その理由を説明しよう。

◆死刑執行に関与した検事長2人は「飯塚事件」を知らなかった…

死刑は法務大臣の命令によって執行されるが、法務大臣が死刑執行の命令を出す前後では、法務省と検察庁の多数の幹部が死刑執行の手続きに関わっている。私は、久間さんの死刑執行手続きに関与した法務省と検察庁の幹部の大半に取材したが、中でも印象に残っている人物が2人いる。

1人目は検察OBのA氏だ。A氏は福岡高検の検事長を務めていた2007年、当時の長勢甚遠法務大臣に対し、久間さんへの死刑執行命令を発するように求める上申を行った人物だ。

このA氏に対し、久間さんの死刑執行に関する取材を申し入れたところ、最初は文書で「その事件には関わってないので、お答えできない」と断られ、私は「ごまかしているのかな?」と思った。私は事前に法務省に情報公開請求し、A氏が長勢法務大臣に対し、久間さんへの死刑執行命令を発するように求める上申を行った文書を入手していたからだ。

そこで、この文書をA氏に郵送し、改めて取材を申し入れたところ、A氏は久間さんへの死刑執行命令を発するように長勢法務大臣に上申していたことを認め、電話でこう釈明した。

「あれはたしかに僕の名前になっているけど、執行事務手続きなんで、僕はこの事件のことは何も知らないんだな」

A氏によると、長勢法務大臣に対し、久間さんへの死刑執行命令を発するように求める上申を行ったのは、たくさんの決裁の一部。記録の点検などもしないため、記憶になかったというのだ。その口ぶりは自然で、嘘をついているようにはまったく感じられなかった。

印象に残っているもう1人は、同じく検察OBのB氏だ。久間さんの死刑が執行された2008年当時の福岡高検検事長だった人物である。久間さんに対する死刑執行を指揮したのは福岡高検の検察官だが、同高検の検事長だったB氏は当時の森英介法務大臣が発した死刑執行命令書の名宛人となっている。

しかし、久間さんの死刑執行に関する取材を申し入れたところ、このB氏も電話口で「僕は知らないなあ、その事件」とサラリと言った。飯塚事件のことも、久間さんのことも、そもそも本当に存在すら知らないような口ぶりだった。

私は法務省への情報公開請求により、森法務大臣の死刑執行命令書を受領したというB氏名義の文書も入手しており、その文書には福岡高検検事長の職印も押されているのだが、B氏はそのような文書にも覚えがないという。

B氏によると、検察庁では、そのような事務手続きの決裁文書は事務官が作成しており、福岡高検検事長の職印を押すのも事務官に任せていたそうだ。

福岡拘置所。ここで久間三千年さんの死刑が執行された

◆本質的な問題を見失わせる不確かな陰謀論

とまあ、このように久間さんの死刑執行手続きに関わった2人の福岡高検検事長経験者の話を聞く限り、久間さんの死刑執行は流れ作業的に行われていたことは明白だ。私が久間さんの死刑執行をめぐる陰謀論的な説について、信ぴょう性を感じられない事情はそこにある。法務省や検察庁にとって1人1人の死刑囚の死刑執行は単なる事務手続きに過ぎず、あれこれと陰謀を企てるほど手間をかけているとは到底思い難いのだ。

妙な陰謀論が渦巻くと、本質的な問題が見失われてしまう。久間さんの死刑執行に関し、法務省や検察庁が本当に触れられて欲しくない問題は、むしろ冤罪性の検証をろくにせず、流れ作業的に死刑を執行したことだとみるのが妥当だ。この本質的な問題が見失われないように、不確かな陰謀論が広まらないことを願う。

なお、私は上記の通り、久間さんの死刑執行手続きに関与した法務省と検察庁の幹部の大半に取材したが、その詳細は9月に発行された拙編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集』電子書籍版(鹿砦社)に収録されている。同書では、A氏、B氏も実名で登場するので、関心のある人は参照して欲しい。

▼片岡 健(かたおか けん)

ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』12月号!

フィギュアスケート元五輪代表の織田信成氏(34)が一昨年(2019年)11月、「モラルハラスメントを受けた」などと主張し、関西大学アイススケート部の濱田美栄コーチ(61)を相手に1000万円の損害賠償などを求めて大阪地裁に起こしていた訴訟で、気になる動きがあった。

織田氏がこの紛争に関する自身の主張を伝えるなどした出版社1社と新聞社4社に対し、「訴訟告知」を行ったのだ。あまり報道されていない話のようなので、ここで紹介したい。

織田の主張を伝えた週刊新潮2019年10月31日号 ※修正は筆者による

◆濱田コーチも反訴して反撃

まず、この訴訟の経緯を簡単にまとめておく。

織田氏は日本を代表するフィギュアスケーターの1人だが、かたや濱田コーチも宮原知子選手や紀平梨花選手ら多くのトップフィギュアスケーターを育てた有名な指導者だ。織田氏がこの濱田氏からモラルハラスメントを受けたと主張しているのは、2017年4月から2019年9月まで母校の関大でアイススケート部監督を務めた時期のことだ。

織田氏の主張によると、当時、濱田コーチは自分の指導に意見した織田氏に対し、「あなたの考えは間違っている!と激怒し、それ以来、織田氏を無視するようになった。さらに「監督に就任して偉そうになった」「勝手に物事を決める」などと真実と異なる噂を流布するように。織田氏はそのせいで40度を超える熱が出て、動悸、目眩、吐き気などの体調不良に陥ったため、選手を指導できなくなり、監督を辞任せざるをえなかったという。

一方、訴訟が始まると、濱田コーチが「織田氏へのモラハラは事実無根だ」と主張。そのうえで、織田氏がブログや週刊誌のインタビュー、提訴時の会見でモラハラを受けたと主張したせいで名誉を棄損されたとして、織田氏に対して330万円の損害賠償を求め、反訴したのだ。

そんな訴訟は今年3月、デイリースポーツで「双方が和解に向かっている」と報じられた。しかし、濱田コーチが「自分が織田氏にモラハラや嫌がらせをしたことは証拠上明らかになっていない」と謝罪を拒否。そのうえで、「自分は織田氏のせいでマスコミに追われ、街中でも後ろ指を指されるなどした」と主張し、和解の条件として織田氏が自分に謝罪することを求めた。そのため、和解は成立しなかったのだ。

◆「訴訟告知」は敗訴した場合に備えた措置

こうして訴訟が続く中、織田氏の代理人弁護士が講じた措置が出版社1社と新聞社4社への「訴訟告知」だった。モラハラ被害に関する織田氏の主張を伝えた週刊新潮、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞の発行元各社に対し、書面で次のような告知を行ったのだ。

「週刊誌や新聞の記事については、編集、発行を担った出版社、新聞社が不法行為責任を負うべきだ。織田氏の主張を伝えた週刊誌や新聞の記事により、織田氏が濱田コーチへの損害賠償を強いられた場合、織田氏は発行元の出版社と新聞社に対し、訴訟を提起せざるをえない」(告知内容の要旨)

つまり、織田氏が敗訴した場合、今度は織田氏が出版社や新聞社相手に訴訟を起こすことになる可能性を伝えたというわけだ。

もっとも、新聞各紙は織田氏が提訴時に会見で主張したことを伝えただけで、織田氏から責任を追及される筋合いがあるかは疑問だ。一方、織田氏の代理人弁護士によると、週刊新潮は織田氏が濱田コーチのことを「関大の女帝」と呼んでいるかのように書くなど、記事中に編集部が創作した表現を数多く使用していたという。それが事実なら、織田氏が「あの記事の内容について、自分に責任はない」と主張したくなる気持ちもわからないでもない。

訴訟告知を受けた各社はどのように対応しているのか。織田氏の代理人弁護士はこう説明した。

「訴訟告知に対し、何か対応してきた社はありません。それぞれ検討されたうえでのことと思うので、各社のことを無責任だと思うことはありません。我々は、粛々と裁判を進めるだけです」

フィギュアスケート界の有名人同士の訴訟は、はた目には不毛な争いが続いているように見える。早く解決して欲しいと他人事ながら思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』12月号!

先月初め、車で移動中に「弟子入り志願者だった男」からツルハシで襲撃される被害に遭ったビートたけし(74)。とんだ災難に見舞われたものだが、一方で少し前にマスコミで騒がれた「元弟子とのトラブル」が人知れず解決していたことがわかった。

◆報道では、元弟子が「被害者」のようなイメージだったが……

元弟子とは、石塚康介氏(43)。たけしの運転手を8年務め、たけしの監督映画にも出演していた人物だ。石塚氏は一昨年11月、たけしが社長を務める所属事務所『T.Nゴン』とたけしの再婚相手A子さんを相手に損害賠償1千万円などを求めて東京地裁に提訴した。その主張によると、『T.Nゴン』で役員を務めるA子さんからパワハラを受け、自律神経失調症に陥ったとのことだった。

そして石塚氏は当時、週刊新潮誌上でこんな「告発」も行っていた――。

〈カメラで監視され、24時間、いつ理不尽なメールや電話が来るか分からない地獄の生活が続いたことで、ストレスで胃が痛み、夏なのにどうしようもなく寒く感じられ、鼻水が止まらなくなってしまい、私は仕事の途中に公園で倒れ込むようになってしまいました〉(同誌19年11月21日号)

これが事実なら酷いパワハラだ。実際、当時はそのような論調で後追い報道をしたメディアも散見され、石塚氏は「被害者」のようなイメージになっていた。

ただ、実際にはA子さん側にも色々言い分があった。それは昨年、筆者が当欄で次のように伝えた通りだ。

●2020年3月17日:元弟子に訴えられた「ビートたけし再婚相手」が訴訟の書面で過激反論〈前編〉

●2020年3月24日:元弟子に訴えられた「ビートたけし再婚相手」が訴訟の書面で過激反論〈後編〉

この訴訟の現状を取材したところ、実は今年3月、すでに「和解」という形で終結していたのだ。

◆ツイッターアカウントを削除していた元弟子

では、和解はどんな内容なのか。東京地裁で訴訟記録を閲覧したところ、「和解条項」として、まずはこんなことが挙げられていた。

〈被告ら(引用者注・『T.Nゴン』とA子さんのこと)は、長年弟子として被告会社代表者(前同・たけしのこと)に仕えてきた原告(前同・石塚氏のこと)が、被告らに対して本訴の主張をするに至ったことに思いを致し、遺憾の意を表する〉

これだけを見ると、A子さんと『T.Nゴン』に落ち度があったような印象だ。しかし一方で、以下のような記述もある。

〈原告(前同・石塚氏のこと)は、得難い機会を与えてきた被告会社代表者(前同・たけしのこと)等に対して、自らの言動によりその社会的評価に影響を及ぼし、それによって負担をかけたことについて遺憾の意を表する〉

これを見ると、石塚氏も自分の落ち度を認めたような印象を受ける。さらに注目すべきは、以下の記述だ。

石塚氏は和解成立後、ツイッターカウントを削除していた……

〈原告(前同・石塚氏のこと)は、本和解成立後3日以内に現在原告がツイッターアカウント(@ki_szk)で行っている各投稿を削除するとともに、今後相互に名誉棄損又はプライバシー侵害となる内容の発信や言動は行わないと誓約する〉

石塚氏は提訴後、ツイッターで自分の告発に関する記事を拡散するなどしていた。そのツイッターの投稿を削除することが和解条項に盛り込まれたことは、石塚氏にとって決して喜ばしいことではないだろう。

しかも確認すると、石塚氏はツイッターの一部の投稿を削除したのみならず、ツイッターアカウントそのものを削除していた。そして今年6月、ラッパーのARK2として活動をスタートさせ、YouTubeに動画を発表したり、新しいツイッターアカウントをもうけたりしていたが、本稿入稿時点でYouTubeの視聴回数は299回、ツイッターのフォロワー数は2人にとどまっている。その活動はとても順調とは思い難い。

◆和解に至った真相はもはや藪の中だが……

双方の代理人弁護士に、この和解をどう受け止めているのかを質した。

「守秘義務が和解条項に入っているため、取材対応はできません」(石塚氏の代理人弁護士)

「ノーコメントとさせて頂きます」(『T.Nゴン』とA子氏の代理人弁護士)

和解に至った真相はもはや藪の中だというほかない。しかし、1つだけ確かなことがある。たけしの監督映画にも出演していた石塚氏が今後、芸能界で再浮上する可能性は極めて低いだろう。

私には、石塚氏がマスコミに利用されるだけ利用され、使い捨てられたように思える。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

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8月27日、読売新聞の男性記者(32)の不祥事が各メディアで一斉に報道された。報道を総合すると、男性記者は司法記者クラブに所属していた昨年8、9月、取材で得た情報を週刊誌の女性記者に漏えいし、不適切な関係を迫っていたという。読売新聞は、この男性記者について「厳正に処分する」とコメントしたそうだ。

しかし、本当にこの男性記者は悪いことをしたのだろうか?

◆検事総長秘書官のセクハラ疑惑は闇に葬り去られたほうが良かったのか?

まず、大前提として踏まえる必要があるのは、記者クラブに所属する新聞記者が取材で得た情報を週刊誌の記者に提供するというのは、日常的に行われているということだ。週刊誌の事件記事では、よく「社会部記者」とか「司法担当記者」などという肩書の人物がコメントしているが、あれがそうである。

これを「取材情報の漏えい」と表現すれば、いかにも悪いことであるような印象だ。しかし、記者クラブに所属する新聞記者がその特権的地位により得た情報について、記者クラブ非加盟のメディアに提供することが「悪いこと」と言い切れるだろうか? 

これを「悪いこと」と言い切れるとすれば、新聞記者が記者クラブに所属しているがゆえに知り得た公的機関の不祥事について、何らかのしがらみにより自社で報道できなかった場合、週刊誌などの記者クラブ非加盟メディアに報道させることも「悪いこと」になってしまう。それは明らかにおかしいだろう。

実際、今回の読売新聞の男性記者の場合、週刊誌の女性記者に漏えいしたのは、検事総長秘書官のセクハラ疑惑に関する取材情報だそうだ。そしてこの検事総長秘書官のセクハラ疑惑は、読売新聞では報じられず、男性記者が情報を漏えいした女性記者の週刊誌で報じられたという。

検事総長秘書官という公的機関の重要ポストについている人物のセクハラ疑惑は、闇に葬り去られても良い情報とは思い難い。それを週刊誌に報じさせ、明るみに出した読売新聞の男性記者の取材情報漏えい行為は公益にかなっていると言える。

 

◆男性記者が下心から情報を漏えいさせたような報道もあるが……

一方、今回の読売新聞の男性記者については、取材情報を漏えいした週刊誌の女性記者に不適切な関係を迫っていたとか、「女性記者によく思われたかった」と話しているとかいう情報も報じられている。また、男性記者はテレビ局の女性記者に対しても、検察などの捜査にかかわる取材情報を漏らしたと説明しているとの報道もあった。このあたりの情報がクローズアップされ、男性記者が下心から他社の女性記者に取材情報を漏らす人物であるようなイメージが形成されている。

しかし、不適切な関係を迫っていたということについては、一体何をしたのかが明確ではない。「女性記者によく思われたかった」というのも同様だ。テレビ局の女性記者に検察などの捜査にかかわる情報を漏らしたという話についても、どのような情報をどのような事情から漏らしたのかがまったくわからない。

しかも、各メディアの報道を見ると、これらの情報はいずれも読売新聞側が発信したものであることは明白で、その点からも鵜呑みにできない情報だと言える。検事総長秘書官のセクハラ疑惑を知りながら報じなかった読売新聞にとって、それを週刊誌に報じさせた男性記者は内部告発者的な存在だからだ。読売新聞から発信される男性記者に関する情報は、ネガティブなものばかりになって当然なのである。

現時点で明らかになっている情報だけでは、この男性記者の行為が正しいことだと断定するわけにもいかない。しかし、少なくとも悪いことだと断定できないのは明らかだ。できれば、男性記者本人が公の場で事情を説明し、反論すべきことは反論してくれたらすっきりしそうだが、それは難しいのだろうか。

▼片岡 健(かたおか けん)
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注目された池袋暴走死傷事故の裁判で9月2日、東京地裁は「上級国民」こと飯塚幸三被告(90)に禁固5年の実刑判決を宣告した。何かと注目を集めた裁判だったが、厳罰を望む世論に沿った判決が出たと言えるだろう。

ただ、この事故に関しては、見過されている問題がいくつかある。そのうち、とくに気になる3点をここで指摘しておきたい。

◆事故が社会に与えた「好ましい影響」

見過されている問題の1つ目は、この事故が社会に「好ましい影響」を与えていることだ。それは、この事故が起きて以来、高齢者による運転免許証の自主返納が増えていることだ。

マスコミはこの現象について報じながら、「そのような社会的影響がある」と表現するにとどめ、「好ましい影響」だとは伝えてこなかった。そのような伝え方をすれば、批判されることは火を見るより明らかだからだ。

しかし、高速道路での逆走をはじめ、高齢者の常軌を逸した運転により大事故が起きる例は今回の池袋の事故以前から多かった。それを思えば、世の高齢者たちが自分も飯塚被告と同様の事故を起こす可能性があるのではないかと想像し、運転免許証を自主返納するケースが増えたことはまぎれもなく「好ましい影響」だ。

見過されている問題の2つ目は、そのように自分自身が飯塚被告と同じような事故を起こす可能性を想像できる人たちが多くいる一方で、そのような想像力がはたらかない人も多いことが顕在化したことだ。

それに該当するのが、ヤフーニュースのコメント欄やツイッターなどで飯塚被告のことを何の遠慮もなく「人でなし」のように批判している人たちだ。自分や自分の見回りの高齢者が飯塚被告のような事故を起こす可能性を少しでも想像できれば、飯塚被告のことを無遠慮に批判できるものではない。そういう想像力がはたらかない人は、自分自身が高齢になっても車を運転し続ける可能性は当然高いだろう。少なくとも、社会にとって好ましい人たちではないのは確かだ。

飯塚被告の裁判が行なわれた東京地裁の入る建物

◆飯塚被告が衰えているのは運動能力だけではない

見過されている問題の3つ目は、高齢者は運転能力だけが衰えているわけではないということだ。たとえば、高齢者の能力の低さが顕著なのは「理解力」だ。

これは、私がこれまで様々な人に取材をしてきて、強く実感していることである。人は高齢になっても、話す力は意外と衰えず、昔のこともよく憶えている。一方で、高齢者は総じて理解力は乏しい。高齢者に少し事情が込み入った質問をすると、質問の意味や意図を理解してもらえないことが非常に多いのだ。

飯塚被告の場合、事故の原因は「ブレーキとアクセルの踏み間違え」であることが証拠上動かし難いにもかかわらず、無罪を主張し続けたため、無反省な人物であるかのように批判されてきた。しかし、飯塚被告はかつて通産省で要職についていた秀才とはいえ、もう90歳の老人だ。ブレーキとアクセルを踏み間違えたことを証拠に基づき、ゆるぎなく証明されたとしても、それを理解できなくとも当然だ。

飯塚被告の「理解力」を考慮に入れず、飯塚被告のことを無反省な人間だと批判するのは、この悲惨な事故が起きた最大の原因である「高齢者の能力」を誤って認識しているということでもある。そのような批判をする人が多ければ、再発防止の観点からマイナスだと私は思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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先日、野球評論家の張本勲氏、お笑い芸人の宮迫博之氏という2人の著名人がその言動により世間から激しい批判にさらされた。批判の対象となった2人がとった事後的な対応は好対照だったが、2人の騒動は1つの教訓を示したように思う。

◆もう過去の話になった張本氏の女性蔑視発言

張本氏の発言は日本ボクシング連盟が正式に抗議する事態にまでなったが……(サンデーモーニングHPより)

まず、張本氏。女子ボクシングの入江聖奈選手が金メダルを獲得したことに関し、レギュラー出演するTBS系『サンデーモーニング』で2月8日、「女性でも殴り合いが好きな人がいるんだね」などと発言し、「女性蔑視だ」と批判された。張本氏はこれをうけ、「言葉足らずだった」と釈明したが、「見苦しい言い訳だ」と再び炎上。同15日の放送で改めて謝罪したが、番組が若い女子アナに謝罪文を読み上げさせたため三度、批判が集まった。

一方、宮迫氏。いわゆる「闇営業問題」でテレビに出演できない中、ユーチューバーとして活躍していたが、相方の蛍原徹氏と心の溝が埋まらず、ついに「雨上がり決死隊」が解散に。このことで「すべては宮迫が悪い」とばかりに大炎上。宮迫氏は事態を重く受け止め、改めてユーチューブで謝罪すると共に活動を休止した。

さて、こうして見ると、2人が起こした騒動はまったく異なるが、事後的な対応は宮迫氏のほうが「誠実」だったのは間違いない。張本氏の場合、最初の発言よりむしろ事後的な対応が「不誠実」だという印象を与え、批判された感もある。

では、騒動の後、2人がどうなったかというと、ここが興味深い。事後的な対応が「誠実」だった宮迫氏はいまだに活動を自粛中なのに対し、事後的な対応が批判された張本氏は現在、何事もなかったように問題の番組サンモニにレギュラー出演し続けているのである。

張本氏は22日放送のサンモニに出演中、暴力行為により日本ハムから巨人に移籍した中田翔選手に対し、「新天地で頑張って欲しい」とエールを送るようなことを言ったという。もはや自分の騒動など完全に忘れ、他人の心配をするまでに立ち直っているのである。

◆著名人の言動を批判する人たちというのは……

この2人の騒動が示した教訓、それは「世間の評判なんか気にしても仕方ない」ということだ。

張本氏、宮迫氏共にその言動が世間の人たちに批判されても仕方ない面はあったかもしれない。しかし、メディアの情報だけをもとに著名人の言動を批判するような人たちは、結局、その時だけ無責任に盛り上がり、すぐに自分が怒っていたことすら忘れてしまうのだ。

自分と無関係な人を不快にさせて何も問題ないということはないだろうが、大事なのは結局、自分が自分のことをどう思うか。世間の無責任な批判に対し、まともに取り合わなかった張本氏のほうが、深刻に受け止めた宮迫氏により早期に復活しているのを見ると、筆者は心底、そう思う。

人生は短い。他の誰かが自分の人生に責任を持ってくれるわけではない。他者の評判など気にせず、自分の人生を生きたいものである。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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2014年9月に福岡県警が特定危険指定暴力団「工藤会」の壊滅作戦に乗り出してからまもなく7年。4つの市民襲撃事件で殺人などの罪に問われた同会の総裁・野村悟被告と会長・田上不美夫被告に対する判決が8月24日、福岡地裁で宣告される。野村被告は死刑、田上被告は無期懲役を求刑されながら、ともに全事件で無罪を主張しており、どんな判決が出ようとも大きく報道されることだろう。

かくいう私は今年3月、福岡地裁で弁護側が最終弁論を行った野村、田上両被告の公判を傍聴した。それを聞く限り、捜査や検察側の有罪立証にはあまり報じられていない問題も色々あり、両被告の無罪主張も無下に否定できないように思えた。この場でそのことを少し紹介してみたい。

◆総裁は「隠居」、会長は「象徴」

野村、田上両被告が裁判で罪を問われている事件は、(1)1998年2月の元漁協組合長射殺事件、(2)2012年4月の福岡県警元警部銃撃事件、(3) 2013年1月の看護師刺傷事件、(4) 2014年5月の歯科医刺傷事件――の計4件。検察はすべての事件について、両被告の指示や了承のもと、工藤会の組員が実行した組織的な犯行だと主張しており、対する両被告はすべての事件について関与を否定する構図となっている。

もっとも、裁判では、少なくとも(2)(3)(4)の3件は工藤会の組員が実行したことに争いはない。したがって、同会の最高幹部である野村、田上両被告は道義的な責任を免れないだろう。ただ、両被告が刑事責任まで負わねばならないかはあくまで別の話だ。そして事実関係を見る限り、4つの事件で両被告から実行犯に対し、犯行の指示や了承が本当にあったかというと極めて微妙な印象なのだ。

まず疑問なのは、そもそも野村、田上両被告が事件当時、工藤会の組員らに重大な犯行を実行させるほどの権限を本当に有していたのか、ということだ。

というのも、野村、田上両被告の主張によると、工藤会では、総裁は「隠居」、会長は「象徴」という立場であり、会の運営は部下でつくる「執行部」が担っていたという。そして実際、両被告のこの主張を支持する証言も存在する。裁判に証人出廷した当時の工藤会幹部で、対立関係にあった別の幹部を殺害した罪により無期懲役刑に服する木村博受刑者が「(両被告は)口を出したりすることはなかった」と証言し、両被告の主張を裏づけているのである。

田上被告は福岡県警元警部の銃撃事件について、「元警察官を銃撃すれば、警察が全力を挙げて工藤会の壊滅に動くのはわかる。そんな愚かなことはしない」と主張していたが、この主張にも特段おかしなところはない。犯行を主導していたのは執行部であり、「隠居」や「象徴」という立場の両被告が執行部の犯行を止められなかったのが組織の内実だという可能性も充分にありえるように思われた。

野村、田上両被告の裁判が行われている福岡地裁

◆10年以上前に不起訴になった事件で改めて逮捕、起訴

1つ1つの事件に関する弁護側の主張を聞いていると、そもそも警察、検察の捜査に無理があったように思える点も散見された。

とくに1998年2月の漁協組合長射殺事件については、田上被告は2002年に一度、実行犯とされる3人と一緒に逮捕されながら不起訴になっている。それにもかかわらず、10年以上経ってから福岡県警が工藤会の壊滅作戦に着手した際、田上被告は同じ事件の容疑で改めて逮捕され、起訴されたのだ。

弁護側はそのような事実を指摘し、「検察官が起訴したこと自体が違法だ」と主張していたが、確かにこのような警察、検察のやり方は相手が工藤会だということで無理をした感が否めない。

誤解なきようにことわっておくが、工藤会が一般市民を襲撃する凶悪事件を繰り返していたことは確かで、私はそれを「なかった話」にしたいわけではない。そもそも、そんなことをしても私にメリットは何も無い。被告人が誰であろうと、事実は事実として正確に伝えたいと思うだけである。

ということで、今後も当欄では、この裁判について適時、取り上げていきたいと思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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昨年は一件もなかった死刑執行だが、今年はオリンピックが終われば、死刑執行が行われる可能性が高いと予想する声が散見される。私もそう予想する1人だが、最近強く思うのは、「最初の1人」にあの相模原知的障害者施設殺傷事件の植松聖死刑囚が選ばれる可能性がますます高くなっているのではないか――ということだ。

私がそう考える事情は2点ある。

◆上川法務大臣がいかにも「最初の1人」に選びそうな植松死刑囚

1点目は、現在の法務大臣が上川陽子氏であることだ。

昨年9月に発足した菅内閣で4回目の法務大臣就任を果たした上川氏だが、過去3回の法務大臣在任中は次々に話題性のある死刑執行を行ってきた。

中でも有名なのは、麻原彰晃死刑囚をはじめとするオウム死刑囚13人の大量執行だろうが、他にも闇サイト殺害事件の神田司死刑囚や、犯行時に少年だった市川一家4人殺害事件の関光彦死刑囚など、上川氏が法務大臣在任中の死刑執行はことごとく社会の耳目を集めそうな死刑囚が対象とされてきた。

そういう意味では、19人の知的障害者を殺害したうえ、裁判では犯行を正当化するような発言をしてきた植松死刑囚は、上川氏がいかにも死刑執行の対象として選びそうなタイプだと言える。

さらに植松死刑囚は昨年3月、横浜地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けると、弁護人が行なった控訴を自ら取り下げ、死刑を確定させている。一審のみで死刑を確定させた死刑囚はただでさえ通常より早く執行される傾向があるうえ、確定から2年も経たないうちに死刑執行を行えば、当然話題になるだろう。その点からも上川氏がオリンピック後、死刑執行の「最初の1人」に植松死刑囚を選ぶ可能性はいかにも高そうなのである。

国民ウケするインパクトのある死刑執行を行ってきた上川陽子法務大臣(かみかわ陽子オフィシャルサイトより)

◆小山田問題が植松死刑囚のスピード執行を後押しする理由とは……

もう1点の事情は、小山田圭吾氏を巡る一連の騒動の影響だ。

学生時代に行っていたいじめの問題によりオリンピック開会式の作曲担当を辞任した小山田氏だが、当時は同級生の障害者に対しても悪質ないじめを行っており、知的障害者の家族がつくる団体からも強く抗議されている。知的障害者を差別したという点において、植松死刑囚に通じるものがあり、小山田氏の騒動を見ていた上川氏の脳裏に植松死刑囚のことが蘇らなかったはずはないだろう。

小山田氏の問題は海外でも詳しく報道されたようなので、日本のイメージが悪くなっているのは間違いない。そんな中、植松死刑囚をスピード執行すれば、障害者を差別するような人間に対し、日本は決して甘いわけではなく、むしろ厳しい態度をとる国だと国内外にアピールできる。国民ウケするインパクトのある死刑を繰り返してきた上川法務大臣がいかにも発想しそうなことだと思われる。

次に執行される死刑囚は誰か…と予想するのは、決して気持ちの良いことではない。ただ、死刑執行の順番は明らかに恣意的に決められているにもかかわらず、その決め方はベールに包まれている。死刑執行という究極の刑罰が適正に執行されているのかを検証するため、公になっている事実に基づき、死刑執行の順番がどのように決められているかを推測することにも意味があると思う。

オリンピック後、最初の死刑執行が行われた際には、その対象とされたのが予想通りに植松死刑囚であろうとなかろうと、当欄でまた何か私の見解を述べさせてもらいたいと思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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それにしても、なぜ、あんな記事が雑誌に載ったのか? ミュージシャンの小山田圭吾氏が過去に雑誌で行っていた「いじめ自慢」で大炎上した問題をめぐり、そんな疑問を抱いた人は少なくないはずだ。

何しろ、当該雑誌2誌のインタビューで小山田氏が自慢していたいじめはまさに犯罪的だった。全裸にしてグルグルにヒモを巻いたうえ、オナニーをさせたり、ウンコを食べさせたり、バックドロップをしたとか(ロッキング・オン・ジャパン1994年1月号)、障害者の同級生を段ボール箱にとじこめたとか(1995年8月発行のクイック・ジャパン第3号)、小山田氏はそんなことを楽しく語っているのだが、現代の感覚で考えると、小山田氏も雑誌関係者もあんな記事が出れば、凄まじい批判を浴びることはわかりそうなものだからだ。

ただ、当時を知る世代の人間からすると、雑誌であのような記事が載っていたことはさほど不思議なことではない。1990年代のメディアの倫理観は今とはずいぶん異なるからだ。

小山田氏の「いじめ自慢」が載ったロッキング・オン・ジャパン1994年1月号(左)とクイック・ジャパン第3号

◆売春の広告、殺人被害女性のヌード掲載、性犯罪者のインタビュー記事も当時は普通だった

たとえば今、新聞に売春業者の広告が載っていたとすれば、大問題になるだろう。しかし当時、タブロイド紙の「三行広告」というものが集まった蘭には、ホテトルや大人のパーティーなどという売春業者の広告がいつも多数載っていた。「社会の公器」たる新聞社が公然と売春業者の宣伝に手を貸し、利益を得ていたのである。

事件報道も今と比べると、当時は人権意識など無いに等しかった。たとえば、1997年に起きた東電OL殺害事件では、被害女性が売春をしていたことが大々的に報じられ、被害女性のヌード写真を掲載した週刊誌まであった。今であれば、被害女性の勤務先や職業が事件名として使われること自体が批判の対象になりそうだし、被害女性のヌード写真を載せた週刊誌は即廃刊に追い込まれてもおかしくない。

ちなみに当時、殺人事件の加害者や被害者になった女性が性風俗業に従事していた場合、週刊誌がその裸の写真を掲載するのは東電OL殺害事件に限らず日常的に行われていたことだった。

また、痴漢や覗きを常習的に行う性犯罪者のインタビュー記事が週刊誌に載るのも当時は普通だった。中には、「痴漢日記」の著者である山本さむ氏のように本まで出すカリスマ的な扱いの痴漢常習犯もいた。

ちなみに当時、このように痴漢をもてはやしていたのは、週刊誌などの「低俗」と評価されるメディアだけではない。山本氏の「痴漢日記」は、大手映画会社グループの東映ビデオにより映像化され、主にVシネマとして人気を博していたほどだ。

このようなことが許された…というか、普通にメディアで行われていたのが1990年代だったのだ。

◆小山田氏や「いじめ自慢」掲載の雑誌だけが問題なのか?

私が思うに、小山田氏の「いじめ自慢」の問題は、このような当時の時代背景もセットで考えたほうがいいのではないかと思う。

こんなことを言うと、小山田氏やその「いじめ自慢」を載せた雑誌及び関係者を擁護しているように受け取られるかもしれないが、そうではない。

あのような記事が出ても、雑誌が何も問題なく存続し、小山田氏も現在に至るまで一線で活動できていたということは、世間もそれを受け入れ、容認していたということだ。あれは、小山田氏一人の問題ではなく、雑誌だけの問題でもなく、日本人全体の問題ではないだろうか。

たとえば、国民がみんなで「鬼畜米英」と叫び、バンザイをしながら兵隊たちを戦場に送り出していた時代、兵隊たちが戦場で非戦闘員を殺害したり、略奪行為をしたりしたことを「兵隊たちだけの問題」だと考える人はあまりいないだろう。今回の小山田氏の問題もそれと通じるものがあると私は思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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