朝日新聞6月17日夕刊

帰宅し夕食前に朝日新聞6月17日夕刊を見て驚きました。われらが野間易通が写真入りで登場しているではありませんか。一気に食欲を失くしました。朝日は、いまだにこういう記事を書くのか――「北野隆一」名の署名記事です。なんだ駆け出しの記者かと思いきや、なんと編集委員だということです。

記事を読むと、目新しい内容はなく、私たちから見れば、どうということもない記事ですが、逆に綺麗事で粉飾されているからこそ、事情を知らない人が読めば、野間易通という人に良いイメージを抱き、“ヘイトスピーチと闘う正義の人”と誤認するでしょう。

この北野編集委員は、野間が、ヘイトスピーチと見紛うような汚い言葉を、自らの意に添わない人たちに浴びせ、リンチ被害者M君や某地方公務員から提訴され、裁判所は野間の不法行為を断罪し賠償金を課したこと(2件とも確定)や、あるいは何度もツイッターでアカウントを変えたりして汚い言葉(言葉の暴力!)で相手を攻撃したり誹謗中傷したことで相次いでアカウントを閉鎖され、「永久追放」されたとも聞きますが、こういうことを知った上で、こんな歯の浮くような記事を公にしているのでしょうか。「在日コリアンを助けるためではなく、自分たちの問題として取り組む」(本文より)──失笑せざるをえません。少しは事情をご存知の方なら、私と同じく感じられることでしょう。

私が「しばき隊」とか「カウンター」とかいわれる人たち、さらにはこれに繋がる「反原連」「SEALDs」に疑問を持ったのは、2015年、彼らによる、韓国から親子で日本に研究に来ていた京都大学研修員(当時。現在も日本で大学の非常勤講師を務め滞在)だった鄭玹汀(チョン・ヒョンジョン)に対する激しい攻撃、誹謗中傷、ネットリンチでした。詳しい内容は、野間らによる「誹謗中傷・罵倒の限りをきわめ、彼女の全人格を根本的に否定するものでした。果ては名誉毀損や脅迫とおぼしき行為にまで至り」、鄭の研究者仲間が鄭を守るために奮闘し支援者らが作ったサイト「社会運動上の人権侵害を許さない」(https://www.facebook.com/groups/1612146335704041/1618038885114786/?notif_t=group_activity)をご覧ください。野間は「闇のしばき隊@kdxn」なるハンドルネームで先頭になって鄭攻撃を行い、カウンター/しばき隊/SEALDs関係者がこぞってこれに倣っています。これこそ、言葉の真の意味で、まさに〈ヘイトスピーチ〉そのものだと思いました。

リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』(2018年5月28日発行)P79~83

それまでは深い事情も知らず「反原連」(首都圏反原発連合)に毎月相当の資金援助も行っていました(1年間で300万円余り!)が、私が『NO NUKES voice』誌上に書いた記事(6号「解題 現代の学生運動──私の体験に照らして」2015年11月25日発行)が彼らの意に添わないということで有無を言わさず公に絶縁宣言を出され、そうこうしているうちに(2016年2月~3月頃)彼らと連携する者(李信恵ら)によるM君リンチ事件を知り、「いくらなんでも、これは酷いだろ」とM君救済と真相究明に取り掛かり、それまでの蜜月関係から一気に対立関係へと転換しました。一時は多額の経済的支援をしたのなら、少しは感謝してもよさそうなものですが、感謝の気持ちなどなく、国会周辺では「たんぽぽ舎」に委嘱した『NO NUKES voice』のチラシの配布は妨害されるということです。まあ、これが彼らの人間性でしょうが……。

野間は、一貫して加害者側に立ち、このリンチ事件の被害者M君を執拗に攻撃し、M君から提訴され敗訴しています。朝日の編集委員ともいう者が、こういうことはちょっと調べればすぐに判るはずなのに、全くスルーしています。いや、知っていてスルーしているのなら、さらに悪質と言わねばなりません。こうしたことをスルーして、歯の浮くように野間を美化する記事を書くことに問題はないのでしょうか? 社会の公器としての大手新聞人がやることではありません。

野間らは言う、「リンチはなかった」! まさに「南京大虐殺はなかった」、あるいは「ガス室はなかった」などというに等しい三百代言です。

野間による〈言葉の暴力〉=〈ヘイトスピーチ〉は数限りなくあります。リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』で、ほんの一部を掲載してみました。「糞チョソン人」「南洋土人」──沖縄で機動隊が現地住民に「土人」と詰(なじ)りマスコミに大きく報じられ問題になったことがありましたが、野間が言ってもマスコミはなぜ黙っているのでしょうか? 大いに疑問です。北野編集委員、どう思われますか? ぜひお答えいただきたいものです。

リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』(2018年5月28日発行)P79~83

リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』(2018年5月28日発行)P79~83

◎翌日の6月18日夕刊にも安田浩一、李信恵、上瀧浩子といったリンチ事件加害者(擁護者)が登場しています。もうこの人らのしらじらしい言説には飽き飽きしました。後日、この記事に対してもコメントいたします。(本文中敬称略)

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 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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ずいぶん前に話題になった『平気でうそをつく人たち~虚偽と邪悪の心理学』(M・スコット・ペック著、草思社刊、1996年。現在は草思社文庫)というタイトルの本を思い出しました。出版直後、タイトルに惹かれて購読した記憶がありますが、書棚に見当たらず、今は文庫になっているというのでアマゾンで取り寄せました。思ったように分厚い本で、今読み直しているところです。「平気で嘘をつく人」の心理や気持ちを知るために。

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

先の李信恵の「陳述書」でも、例えば「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長の要職にありリンチ事件直後に加害者らに対する事情聴取の場に同席した岸政彦教授が「『リンチ事件』と称する暴行事件に関して、事実関係も何も全く知らないのです」という記述は誰が読んても嘘だと判ります。

私たちが事情を知らないと思ってか、李信恵という人は、こうした嘘を平然と書く──取材などで会った多くの人から、李信恵が「平気で嘘をつく人」だとたびたび言われました。当初は半信半疑だったのですが、別掲のツイートで、「ああそうか、こういうふうにして、この人は物語を作り嘘をつくのか」と思った次第です。

ここで李信恵は、「月曜日の裁判の日、早く到着したので入った喫茶店で。ずっとこっちを見て立ち上がったり、辺りを見回したり、近くまで来る男性がいて。怖いし何だろうかと思ったら、鹿砦社の松岡氏ってことを後で知ったり。」とツイートしています。

残念ながら、こういう事実はありません。虚偽のツイートで、まさに名誉毀損ものです。私松岡が初めて彼女の顔を拝したのは、この裁判の本人尋問ででした。それまでは一面識もありませんでしたし、当日の尋問の前に喫茶店で会ったこともありません。顔かたちも知りません。何という名の喫茶店ですか?この件をネットで批判しましたが、李信恵からの反応はなく、沈黙し逃げています。よくこんな見え透いた嘘が平気でつけるものです。

そして今回の「陳述書」での岸政彦教授が「『リンチ事件』と称する暴行事件に関して、事実関係も何も全く知らない」という、誰が読んても嘘と判ることを平然と、まことしやかに記述しています。

くだんのリンチ事件が発生するまで李信恵や上瀧浩子弁護士の仲間で昵懇だった凜七星(上瀧弁護士とは「友だち守る団」というグループで一時一緒に活動)は、『真実と暴力の隠蔽』(134ページ)で、「たぶんねぇ、悪いのはだいたい李信恵なんですよ。彼女は言い訳だとか、話を捻じ曲げて自分の都合のいいようにするのが得意」と私に仰いました。なるほど、合点がいきました。

さらに、このたびリンチ事件について調べ直す過程で、神原元弁護士と、しばき隊/カウンターグループのボス・野間易通のツイッターのやり取りが出てきました。

リンチ被害者M君が必死で録音した音声データを、あろうことかリンチがなかったことの「証明」だと、恣意的に事実を捻じ曲げています。この人たちの頭の構造が理解できません。この音声データが明るみに出るや、こうした三百代言を思い付き、まことしやかに公言しています。

リンチの最中の音声データが「リンチがなかった」ことの「証明」だと言い張る神原弁護士と野間易通のツイート

ナチスの宣伝相・ゲッベルスは、「ウソも百回つけば本当になる」との有名な言葉を遺していますが、いやしくも「人権」だ「反差別」だと声高く語る人がやる手法ではありません。

このように彼らにかかっては、いかなる証拠も自分らの都合のいいようにこじつけられ偽造されてしまいます。

みなさん、リンチの最中の録音(『真実と暴力の隠蔽』に付けたCD)をお聴きください。ちょっと聴いただけで吐き気がしますが、これがなんでリンチがなかった「証明」になるのでしょうか?

しかし、賢明なみなさんは、私たちが額に汗し這うように調査・取材しまとめ上げた5冊の本によって、彼らがいくらまことしやかに言い募っても、その中のウソを見抜いているでしょう。もうウソは通用しません。(本文中敬称略)

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李信恵の「陳述書」は、これまで述べてきましたように、リンチ被害者M君への謝罪もなく、リンチ事件を惹き起こし反差別運動、社会運動に汚点を残したことへの反省もなく、ただ一貫して鹿砦社の出版物や「デジタル鹿砦社通信」の記事で「被害」を受けた、「恐怖」を感じたなどと臆面もなく書いています。これでは読む者には響いてきません。

李信恵「陳述書」5ページ目

同 6ページ目

全6枚の「陳述書」に対して、私はこれに沿って逐一批判しコメントを書き記してきました。果たして私の言っていることは間違っているでしょうか? 

「陳述書」の残りについて私見を述べてみましょう。──

【13】「明らかに事件について何も知らない相手に出す質問状に事実を明らかにするという目的はなく、ただただ、私が『リンチ事件』に関与しているという印象を与えるだけのものとしか思えません。」との記述について

失礼なことを言わないでください。私たちが李信恵に対して、あたかも嫌がらせでやったような発言です。断じてそうではありません。「質問状」は、まず李信恵支持者や周囲でリンチ事件を知り、また隠蔽活動に関与していると思われる人たち、国会議員や「ジャーナリスト」、研究者など社会問題に関心があると思われる人たちを中心に送りました。費用の問題もあるので、さほど多くはありませんが、心ある人の目に止まり、外に向かい報じたり発言してもらいたいという目的もありました。

当初は30人ほどに送りましたが、送った先は第2弾本『反差別と暴力の正体』に名を出しています。本も一緒に送ることで事件を知らなかった人には事件の存在を知ってもらいたいと考えました。第3弾、4弾、5弾と送付先は増えていき、80人ほどになりました。これも第5弾本『真実と暴力の隠蔽』に名を記していますので、ご一覧ください。

「質問状」を送った人の中には、鈴木邦男のように長年交流があり何冊も著書を出版してきた者、安田浩一、池田香代子らのようにイベントに招いた人、北村肇(元『週刊金曜日』発行人)、矢野宏(『新聞うずみ火』編集長)、山田洋一(『人民新聞』編集長)ら日頃交流があり広告も出している媒体の者など広く多岐に渡っています。

親密さがうかがえる辛淑玉(左)と鈴木邦男(右)

こういう時こそ、しっかりした対応をしてくれる人こそ、真の知識人、ジャーナリストだと私なりに思っていましたが、そうではありませんでした。「なぜ逃げるの?」「なぜ黙るの?」と思いましたが、特に長年付き合いがあった鈴木邦男の態度には失望し、断腸の想いで義絶せざるをえませんでした。「のりこえねと」の共同代表の一人として辛淑玉らと親交があり、私よりも著名な辛淑玉のほうを採ったと多くの人たちから言われましたが、遺憾です。

鈴木邦男は、1980年代前半、組織(正確には鈴木が代表の「一水会」を中心とする「統一戦線義勇軍」)内にリンチ殺人、死体遺棄事件があり、これを転機に言論を中心にした闘いに方針転換しました。その頃からの付き合いですが、その主体的反省から、他の軟弱な「知識人」にはない独特の智恵を出してくれるものと期待しましたが、そうではありませんでした。残念です。 

【14】「被告(注:鹿砦社)の取材していた『リンチ事件』と私の反ヘイトスピーチ裁判とは何の関係もありません。」との記述について

いい加減なことを言わないでください。くだんのリンチ事件は、反ヘイト運動、いわゆる「カウンター」運動の中で、李信恵ら5人が、それまで仲間だったM君に対し行ったものですから、大いに関係があると言わざるをえません。

そもそも李信恵ら、つまりリンチ事件に居合わせた5人、また神原、上瀧両 弁護士ら、号令一下、敵と見なした人物に一斉に攻撃をする者らは「ヘイトスピーチ」に反対して行動を起こす中で知り合い、関係性を深めた人物の集まりです。この集団はある時期「ヘイトスピーチ」を法律で規制しようとの運動に熱を入れ「ヘイトスピーチ対策法」が成立しました。この過程でリンチ事件が起き、李信恵も(おそらく一夜明け酔いが覚めた時に)、彼女の仲間ら周囲の者らも慌てふためき、当初は謝罪し和解の方向で行くことだったと思われますが、途中から方向転換を行います。

この法律については表現の自由を高らかに謳う出版人の立場からの意見があります。しかし、ここでは、あえてコメントはしませんが、李信恵らはこの法律を何がなんでも成立させようと、M君リンチ事件を隠蔽する活動に努めたと言えるでしょう。

私たちは“いかなる差別にも原則的に反対する”がゆえに、〈嘘と誇張〉を多用し事件を無かったものにしようとする李信恵らの蠢動を取材し、出版化したのであり、李信恵は「陳述書」で自身の内面について事実を曲解し縷々述べているものの、私たちが出版化した内容について、誤りがあるとの事実の摘示は行えてはいません。前述の岸政彦や木下ちがやの例と同様、李信恵が述べる物言いはいずれも事実ではありません。

【15】「被告(注:鹿砦社)の私(注:李信恵)に対する強い悪意を感じ、非常に恐ろしいと感じています。」との記述について

笑止千万です。言うに事欠いていい加減なことを言わないでください。これも何度となく言っていますが、私たちには李信恵に対して私怨や遺恨など全くありませんし、「強い悪意」などもありません。

鹿砦社、またこの代表の私がM君リンチ問題に関わっているのは、まずは彼に対する同情で、次には、この国の社会運動や反差別運動にとって、このリンチ問題をどう解決するかが問われ、真摯に反省し将来に禍根がないようにすべしということ、この点で、極めて公共性、公益目的があることなどです。

私も、40年余り出版活動をやって来て、個人に対する「悪意」や、私怨、遺恨で本を作ることなどありません。私なりに矜持があります。私は65歳を過ぎたら、以前からまとめたいと思っていたテーマをやりたいと予定していましたが、偶々このリンチ事件に出会い、放っておけなくて関わることにした次第です。全く失礼千万なことを言う前に、リンチ被害者M君に対して真摯に謝罪しろ、と言いたいです。

【16】「口では言い表せないほどの恐怖と苦痛を感じました。」との記述について

集団リンチで激しい暴行を受けた被害者M君が言う台詞です。M君がリンチの最中どれほど「口では言い表せないほどの恐怖と苦痛を感じ」たか、李信恵さん、理解できますか? 同じ台詞をあなたが言っても深刻には伝わってきません。

【17】M君が李信恵を訴えた訴訟の判決について

話が前後しますが、李信恵は、リンチ被害者M君が彼女を訴えた民事訴訟について「平成30年3月19日、大阪地方裁判所は、私は暴行もしていないし、共謀もなかったと判断しました」と、まるで鬼の首でも取ったかのように記述していますので、この判決に対して簡単にコメントしておきます。

私に言わせれば、この部分は誤判です。最近、冤罪問題がクローズアップされ、私たちも積極的に関心を持ち月刊『紙の爆弾』でもほぼ毎号採り上げていますが、裁判所が判断したからと言って、それが絶対に真実であるとは限りません。「真実はお天道様は知っているぞ」と言いたいですが、裁判所もリンチがあったことまでは否定せず、だからこそ直接手を下した2人には刑事、民事共に罰金、賠償金を課しているわけでしょう。 

少なくとも、李信恵はリンチの現場に同座し、泥酔し「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう?」との“名台詞”を吐いています。リンチの最中、M君は、この“名台詞”をどのような気持ちで聞いたのでしょうか、絶句します。表向きには「人権」という言葉で欺き、裏ではリンチを是認する李信恵の人格を象徴する言葉です。この“名台詞”、まともな人間が言う言葉でしょうか!? 

何度も言いますが、李信恵さん、あなたは、リンチの口火を切り、暴行が続く中でも止めもせず、リンチが終わるや救急車を呼びもせず、すぐ近くのタクシー営業所で車に乗せることもせず、師走の寒空の下に瀕死の重傷を負ったM君を放置し立ち去っていますよね? 加えて、「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう?」との“名台詞”――ここに至り、李信恵さん、あなたに人権や良心の欠片もない、と断言します。

みなさん方も、また裁判所も、李信恵の田舎芝居に騙されてはいけません。最も「恐怖と苦痛」を身をもって感じたのはリンチ被害者M君であることを第一義に考えるべきです。そうではないでしょうか?

李信恵「陳述書」への批判は、ひとまずこれで終了します。この連載は続きます。(本文中敬称略)

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ハンドルネーム「こたつぬこ」こと木下ちがやとの一件については、勘違いしている向きもあるようですので、これについても事実に沿って申し述べておきます。

木下が田中を攻撃したツイート。のちに同様の攻撃をされる

木下も、自分に正直にあってほしいと思います。たかが査問されたりバッシングされたぐらいで腰砕けになったら情けないぞ。

しばらく前までは、逆の立場だったようで、例えば「世に倦む日々」田中宏和に対する攻撃的ツイートが残っていて、これを見れば、ずいぶん酷いことをやっています。逆の立ち場になると、攻撃された側の気持ちがわかろうというものです。

【12】「木下ちがやさんは『note』で、被告の『取材』の執拗さと自分がいかに追い詰められていったかを記載しています。」との記述について

木下ちがやは、清義明ともども、清が段取りし、あらかじめ約束を取り、私が上京し直接会って話を聞いた人物です。彼は終始上機嫌で自分から積極的に発言しました。

座談会での木下ちがや(奥)と清義明(手前)

最初の座談会はアルコールを入れず(飲酒なし)にコーヒーのみで真面目に行いました。彼は真正面からリンチ事件について憮然として自身の意見を率直に述べ、さらにその後、清が予約してくれた高級料理屋で友好裡に夕食を共にし、さらに三次会になるラウンジでの歓談にも夜遅くまで機嫌良く付き合っていただきました。これが「被告の『取材』の執拗さ」ですか? ちなみに、この時の費用(10万円余り)は全額は私が支払いました。

第5弾本発売直後の「無量光」なる人物からの激しいバッシング)

あえなく屈服した木下のツイート

第5弾本『真実と暴力の隠蔽』(153ページ~176ページ)にあるように木下は、私が「執拗」に「取材」したのでは決してなく、みずからの意志で積極的に発言されました。木下の見立てや歯に衣着せぬ意見には考えさせられることも多く好感を持ちました。

みなさん方も、これを「一般読者の普通の注意と読み方」で一読されたら、「被告(注:鹿砦社)の『取材』の異常さ」を感じるでしょうか? また、どこに「追い詰められていった」木下の姿があるのでしょうか? 木下を「追い詰め」ていったのは、李信恵さん、あなたたちではないんですか?

木下はM君に対するリンチ事件について、李信恵を批判する内容の発言を少なからず行ったことから、後日李信恵周辺の人物から、厳しい攻撃がありました。木下が関わるとされる政党に呼び出され査問されたのではないかとの噂もあります。この政党は、古くから反対派や批判者を激しく査問することでつとに知られています。木下を「追い詰め」たのは、李信恵と連携する者らによる、こうしたバッシングだったのではないでしょうか。

木下が発言した内容は、削っている箇所はあっても(座談会は長時間に及び、かなりの分量になりましたので、掲載したのはこの半分ほどです)、恣意的に加筆はしていません。求められれば、いつでも録音全部を公開しても構いません。もっとディープな発言もあります。

木下から鹿砦社への抗議文

編集段階から木下の発言が、出版後李信恵らの批判に晒されるであろうことは予想できなかったわけではありませんが、木下も、それなりに名の有る「知識人」で立派な著書も数冊あり、根拠のない発言はされていませんし説得力のあるものです。以後の批判も予想されていたかと思いますし、それぐらい耐えられるものと考えておられたのではないでしょうか。

繰り返しますが、私たちは公式に取材の場で木下が語ったことを原稿化したまでです。しかし残念ながら木下は周囲からの激しいバッシングに耐えられず、謝罪、発言撤回に至ります。

真っ当な政治学者で思想問題を扱う「知識人」なら「武士に二言はない」と言って突っぱねて欲しかったところです。発言は表向き撤回しても、座談会での発言は木下の本音だったと推認いたします。

以降私たちは「デジタル鹿砦社通信」で木下への言及は行っても、木下の立場に配慮し直接の接触や取材は行っていません。

ただ第5弾本『真実と暴力の隠蔽』発行後、唯一の連絡の類は、木下や私たちへのバッシングが一段落した頃に、取材協力者全員に謝礼として百貨店の商品券を簡易書留で送付しただけです。

取材協力者の中には「これは受け取る筋合いではない」と商品券の受け取りを固辞された方もおられましたが、木下は鹿砦社が送った商品券を受領されています。

伊藤大介のFB。松岡が「諸悪の根源」ということです

池田幸代(元・福島みずほ秘書。しばき隊メンバーと昵懇で福島秘書を解雇される)のツイート。「法的措置」はどうなりましたか?

上記が嘘偽りのない事実であり、木下が私たちに対し本気で怒っているのであれば、その相手から送られた商品券を受け取ることなど、常識的には考えられません。「こんなもん、受け取れるか!」と直ちに送り返せばいいだけです。

いずれにせよ、李信恵自身に不都合な事実は、歪曲や捏造で誤魔化そうとして、周囲の人間を用いてSNS上での“印象操作”を行うのが李信恵の基本的な行動パターンです。それに加担した人物として李信恵代理人の神原、上瀧両弁護士も挙げることができるでしょう。

また、「原稿チェックをさせなかった」という批判もありました。第5弾本『真実と暴力の隠蔽』には他に、この座談会を手配し参加してくれた清義明、中川淳一郎、凜七星、三輪吾郎らへのインタビューも掲載しているが、全員事前の原稿チェックはしませんでした。文句を言う方はいません。

これには、第3弾本『人権と暴力の深層』で、津田大介に電話インアビューした際、リライト原稿を見せてほしいということで送ったところ、全面的に書き換えられておりインタビューした際のぶっつけ本番のやり取りのリアリティがなくなっていたという苦い経験があったからです。時々、政治家のオフレコ発言が暴露されて問題になることがありますが、畢竟こういうことです。

くだんの座談会、私は新幹線代を使い関西から上京し、座談会からラウンジまで大金を使いましたが、遊び半分でやったんじゃないんですよ。私は思うところを責任を持って発言しました。木下も、新進気鋭の若手政治学者、「知識人」として責任ある発言をしたのではないんですか? 発言したことはみな虚言だったのですか?

ちなみに、その後木下は、木下や神原、上瀧弁護士らが支持する政党系列の出版社から著書を出版しています。発言を取り消し李信恵に謝罪した“ごほうび”でしょうか。(本文中敬称略)

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私たちは、李信恵らによるM君リンチ事件を隠蔽しようとする著名人にも直撃取材や対面取材、電話取材を行ってきました。出版社として当然の取材で、長年やって来たものです。李信恵らが、批判者らにやっている恫喝ではなく、あくまでも取材として行ったもので、他の出版社や雑誌がやっていることと同類のことです。決して特異なものではありません。

李信恵「陳述書」3ページ目

同 4ページ目

ここで、李信恵らと関わる著名人らが登場します。以下、コメントしておきます。

【10】「岸(政彦)先生は、被告(注:鹿砦社)が『リンチ事件』と称する暴行事件に関して、事実関係も何も全く知らないのです」との記述について

取材班の直撃取材に狼狽し逃げ惑う岸政彦教授

完全な虚偽です。岸政彦(当時龍谷大学教授)は、「李信恵さんの裁判を支援する会」の事務局長を務めており、事件直後コリアNGOセンターが加害者に行った聞き取り調査に同席しています。李信恵さん、そうではないですか?

加害者の口から(その内容の正確性はともかく)事件についての何らかの情報を、事件後早期に知った人物の一人だということは間違いないでしょう。何より、龍谷大学の研究室で岸教授は、「事件について知らない」とは述べておらず「今ちょっと言えないんですよ」などと言葉を濁しながら、取材者を暴力的に研究室の外へ押し出しました。岸教授が事件と無関係であれば、取材者に体をぶつけるという行為までに及ばないでしょう。「私は関係ないし、知りません」と冷静に述べれば済むことです。取材者は、なんら荒い言葉を用いるわけでもなく(録音で記録していますのでいつでも公開できます)、岸教授の要請に沿ってIDの撮影にまで応じているのです。

直撃取材に狼狽し逃げ惑う岸政彦教授。「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長なら堂々と答えよ!

このように事あるごとに〈嘘と誇張〉を弄し事実を捻じ曲げるのが李信恵の特徴です。この点、5冊の本や他の資料の精査においても、みなさんにも裁判所にも是非充分注意していただきたく望みます。

【11】「そのほかにも金明秀関西大学教授や、師岡康子弁護士、ジャーナリストの安田浩一さんなど、私の裁判を支援してくれた人たちに対しても『取材』していました。」との記述について

一流大学教授の文面とは思えぬ金明秀教授の恫喝ツイート。恫喝ツイートを発信したり暴力を振るう者を放置する関西学院大学の罪は大きい

金明秀教授や、師岡康子弁護士、安田浩一らは、李信恵が述べるように、彼女の裁判に対する熱心な支援者であったようです。と同時にM君へのリンチ事件隠蔽についても熱心な動きをしていた人物です。

金明秀教授は「泥酔して」(本人談)リンチ被害者M君の名前をツイッターに書き込んだ人物です。このツイートで、M君、特に当時付き合っていた女性に恐怖を抱かせノイローゼにさせたとのことです。さらには勤務先の同僚教授に暴力を働き、被害者の教授はユニオンと共に闘っています。金教授は勤務先の大学から何らかの処分を受けたようです(が、勤務校が明らかにしないので詳細はわかりません)。さらには木下ちがやにも暴力を働いたことを木下本人が認めています(第5弾『真実と暴力の隠蔽』156ページ)。

師岡康子弁護士は『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)の著書もある反ヘイト・スピーチ運動の理論的支柱ともいうべき弁護士ですが、M君とも親しかった金展克に驚くべき内容のメールを送付したことが第5弾本『真実と暴力の隠蔽』刊行直後に金展克が当該メールを公開し明らかになっています。到底「人権」を語る弁護士の発言とは思えない無理筋な内容で、泣き寝入りを求め事件隠蔽を金展克に教唆した人物です。一部引用しておきます。――

師岡康子弁護士と神原元弁護士

「その(注:ヘイト・スピーチ規制法制化の)取り組みが日本ではじめて具体化するチャンスを、今日の話の告訴(注:リンチ被害者M君による加害者の李信恵らへの告訴)が行われれば、その人(注:M君)は自らの手でつぶすことになりかねません。(中略)その人は、(中略)これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たち(注:李信恵ら)を権力に売った人、法制化のチャンスをつぶしたという重い批判を背負いつづけることになります。そのような重い十字架を背負うことは、人生を狂わせることになるのではないでしょうか。」

頭の中が倒錯していると言わざるをえません。「重い十字架を背負う」のはリンチ加害者の李信恵らでしょう。リンチの加害者が「反レイシズム運動の破壊者」というのならまだしも、なんで被害者が「重い十字架を背負」い「反レイシズム運動の破壊者」になるのでしょうか? そうならないために泣き寝入りを求めるとは常識的には到底考えられません。

これが「人権」を標榜する弁護士の言い草か!? 存在を噂されながらも、ようやく公になった「師岡メール」

安田浩一は、李信恵と個人的にも昵懇で、リンチ事件の隠蔽活動の中心人物であることが、取材を進める中で分かってきましたが、事件周辺にいた人物として、また被害者・加害者双方を知る人物として重要な人物です。さらには鹿砦社主催の講演にも招いたりしたこともあり、リンチ事件を私たちが知るまでは関係は悪くはありませんでした。私たちがリンチ事件の存在を知らないうちは、水面下でいろいろ蠢き、ベロを出していたのを思うだに不愉快になります。

ですから、安田にリンチ事件への感想を聞くのは当然中の当然、取材の基本であり、安田への取材を仮に行わなければ(その結果どのような出版物や原稿が完成しようとも)充分な取材が果たされた記事とは言えません。さすがに安田も「ジャーナリスト」の端くれ、これまでの私たちとの関係を思い出したのか、回答書を送ってくれ、電話取材にも応じてくれました。この点は私たちも評価し、逃げたり回答をしない者らとは区別していることを書き添えておきます。

しかし、今回、あらためて彼の発言や回答書を読み直してみると、やはり大いに疑問を感じます。

安田は、リンチ事件をその直後から知っていたが、ずっと黙っていました。それは李信恵との個人的に昵懇の間柄もあってかどうか、あるいは李信恵周辺の人たちと事件隠蔽で意志統一していたのかどうか分かりませんが、取材班の電話取材に対し彼は、「なんでそんなことに興味を持つのですか。仮に少し暴力があっても昔の新左翼の内ゲバみたいなものではないと思います。こんな些細なことに拘っていたら運動に分断を持ち込むだけです」と言い、さらには「ひょっとしてこれ『紙の爆弾』に書かれるおつもりですか。松岡さんの意趣返しのようなつもりで」と語ったそうです(録音が残っています)。

「運動に分断を持ち込む」とか「意趣返し」とか私には理解できません。事件の真相を追及することが「運動に分断を持ち込む」とでも言うのでしょうか? 「意趣返し」? 意味不明です。 

また、回答書では、「あたかも『大事件』のごとく騒ぎ立てる意図が私にはわかりません」と書き記し私たちの活動を批判しながら、他方で「繰り返しますが、M君の被害を過少に捉えているわけではありません」と矛盾したことを言っています。

安田の矛盾した言説はまだあります。

「私自身はM君の被害を無視しているわけではありません。M君が受けた精神的、肉体的な苦痛に対し、早い段階で私から何かできることがあればと、悔やんでいるのは事実です」

としながら、「一方、加害者の側は法的処分のみならず、社会的制裁も受けてきました。仕事を失った者がいます。ネットを通じたヒステリックな攻撃により、心身の偏重をみた者もいます」と李信恵ら加害者たちを擁護することも忘れてはいません。そうして、「『ヘイトと暴力の連鎖』もまた、そうしたネットの暴力を増殖するに十分であったと考えています」と、ここでも理解不能なことを書き記しています。この時点ではまだ第1弾の『ヘイトと暴力の連鎖』を発行しただけで、これを同封して質問書を送付したのですが、李信恵の間近にいて解決のために動ける立場にいながらリンチ事件から1年以上も放置し、この程度の浅薄なことしか言えないのでしょうか。安田よ、「ジャーナリスト」である前に人間であれ!と苦言を呈しておきます。

安田はフリージャーナリストとしての道は平坦ではなかったようですが、『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』でブレイク、この本で日本ジャーナリスト会議賞、講談社ノンフィクション賞を受賞し、ようやくジャーナリストとしての地位を築きます。

この『ネットと愛国』、確かによく出来ていて、ネトウヨ活動家やその自宅をアポなしで直撃するという手法を採っています。なあんだ、私たちと同じではありませんか!? 李信恵らは、私たちの取材手法を「恐怖を感じた」などと非難してやみませんが、ならば安田浩一の取材手法はどうなんですか? 自分らの仲間の取材手法はよくて、鹿砦社の取材手法はダメということですか? ずいぶんご都合主義ですね。当事者に直撃取材するということはノンフィクションの取材の基本で、安田もやっているように、決して特異なことではありません。(本文中敬称略)

左から、安田浩一、松岡、浅野健一。「浅野健一ゼミin西宮」(主催・鹿砦社)にて。この時の様子は、浅野編『冤罪とジャーナリズムの危機』に収録されている

 

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前記しましたが、対李信恵第2訴訟で彼女は4月8日付けで「陳述書」を提出しました。これは4月28日に予定されていた期日のためですが、ご承知のように新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言によって延期されました。

これを一読し、老いて少しは丸くなったと言われる私も怒りが込み上げてきましたので、逐一批判し、事実でない重要な点に反論しておきます。これが「反差別」や「人権」を声高に叫ぶ者の陳述書かと思うと情けなくなります。「反差別」や「人権」とはこんな薄っぺらなものだったのでしょうか?

裁判関係の書面を出すことに躊躇しないではありませんが、この「陳述書」(全6枚)に李信恵の人間性が表われていることと、正確に引用していることを証するために、あえて原文をアップし、これに沿って記述していきます。

◆李信恵は反省も謝罪もなく、弁解ばかりし、鹿砦社の出版物で「被害」を受けた受けたとばかり強弁しています

まずもって前提的に押さえておくべきことは、次の点です。

《1》くだんのリンチ事件において最大の被害者はM君であること。原告の「陳述書」では、このことがすっぽり抜けています。

《2》半殺しと言っても過言ではないような激しい暴行に遭いリンチ事件後もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされているリンチ被害者・M君の苦しみに比べれば李信恵の「被害」や「苦痛」などは取るに足りないこと、そして李信恵が言い張る「被害」なるものは上記《1》に記した、リンチ事件の最大の被害者がM君であることをカモフラージュするものであること。

《3》リンチ現場に同座した李信恵ら5人全員に連帯責任があること。

《4》このリンチ事件の中心人物は李信恵であり、彼女以外には考えられないこと。

李信恵「陳述書」1ページ目(全7ページ)

李信恵の「陳述書」に沿って以下逐次的に反論、及びコメントいたします。

【1】「『S(注:原文では実名)さん』が鹿砦社のライターである~」との記述について

李信恵のこの記述は正確な事実ではありません。彼は鹿砦社の社員でもありませんし、フリーライターで、ペンネームである「田所敏夫」あるいは本名で、当社のみならず鹿砦社以外の媒体(週刊金曜日、朝日新聞、京都新聞、あるいは韓国のネットニュースなど)でも執筆、投稿を続けてきています。正確に言っていただきたいものです。

【2】「『リンチ事件』と称する暴行事件は私が関わっている事件ではなかった」との記述について

論外です。大阪市北区北新地のワインバーにM君を呼び出し、M君が到着するや「なんやねん、おまえ!」と胸倉を掴んでリンチの口火を切り、リンチの一部始終そこに居たんじゃありませんか?

【3】「『リンチ事件』の首謀者であると断定的に書かれていた」との記述について  

李信恵は、彼我の関係から「一般読者の普通の注意と読み方」=常識的に見て、M君リンチ事件の中心にあり「首謀者」としか言いようがありません。李信恵が「首謀者」でなければ、誰が「首謀者」でしょうか? 

【4】「この『リンチ事件』は事実とは違う」との記述について

どう「事実とは違う」のでしょうか? こちらから問います、ぜひお答えいただきたい。私たちは5冊の本を出す過程で、これまでの鹿砦社の出版にはないほどに、真相究明のために取材と調査を重ね事実を積み上げてきましたので、記述は真実であり、真実と見なすに相当の自信と自負を持っています。みなさん方も「一般読者の普通の注意と読み方」をされたら、きっとそうだと思います。

【5】「書籍の記事では、直接暴行を加えた人のことにはほとんど言及していません」との記述について

本当に5冊の本を読まれたのでしょうか? 「直接暴行を加えた人」=「エル金」「凡」についても可能な限り詳細に「言及」しています。

【6】「私の名前が繰り返し本に載っていました。」、「私は最初から本名で記載されていました。」との記述について

当たり前です。李信恵はこのリンチ事件の中心にいる人物と見なされますから「名前が繰り返し本に載ってい」るのは当然です。また、諸々の社会活動や運動、執筆に「李信恵」の名で積極的に行っていますし、メディアにも頻繁に登場しています。社会的にも言動に責任を持たねばならない著名人、いわば準公人ですから本名で記載されるのも当然です。これが嫌なら本名で活動したり発言しなければいいでしょう。

ちなみに、「エル金」「凡」に対して、日本では生きにくい在日であること、すでに刑事事件で前歴があること、これらが公になれば不利益を蒙る等を私たちなりに配慮して、出版物では、当初は本名は使いませんでしたが、私たちの配慮など考えることなしに全く反省のない言動を続けるので、そこまで配慮する必要はないと考えるに至り、後々になって本名も使うようになりました。

同 2ページ目

【7】「いつ何時自宅に突撃『取材』がくるのか分からないという恐怖に苛まれました。」との記述について

伊藤大介の恫喝ツイート

語るに落ちるとはこのことです。李信恵の支持者や周辺の仲間らは、李信恵が敵と見なした人物や意に添わない人物らの自宅を突如襲ったりしてはいませんか? 特にこのリンチ事件に連座した伊藤大介はどうですか? 恫喝目的で四国の自動車販売会社・合田夏樹社長宅には伊藤大介の指示で有田芳生参議院議員の宣伝カーで訪れて(直撃しようとして)いましたが(『ヘイトと暴力の連鎖』88ページ~98ページ、『反差別と暴力の正体』巻頭グラビア2ページ~3ページ、同143ページ~156ページ参照)、これについて李信恵さんのご意見をお聞きしたく思います。

【8】国会議員などに出した「質問書」(あるいは取材依頼書)について

李信恵は、私たちが当時民主党党首だった岡田克也や蓮舫らに「質問書」を出したことを詰っています。確かに「質問書」は郵送しました。それは、直接には李信恵に強く協力的で前出の四国の自動車会社販売会社合田社長宅を威嚇訪問しようとした者らに宣伝カーを貸したとされる有田芳生参議院議員が所属する政党の代表者(党首)だったからですし、日本共産党の志位和夫(委員長)、吉良よし子(参議院議員)、池内さおり(当時衆議院議員)らに「質問書」を送り電話取材を試みたのも、李信恵らと集会やデモなどで連携していたからです。

「質問書」(取材依頼書)はこの方々だけでなく、全員ではありませんが、少なくない国会議員にも送付しました。それは、この非人間的なリンチ事件を知ってもらい、調査し国会で採り上げて欲しかったからです。残念ながら全く無視されました。

この「質問書」(取材依頼書)は、国会議員のみならず「ジャーナリスト」や「知識人」らにも、本を出すごとに、この本を付けて複数回送付しました。そのどこが悪いというのでしょうか? 逆に、ふだんは「暴力はいけない」などと言いながら、実際にみずからが知る者らがリンチ事件に連座していることを突き付けられればこれを無視したり蔑ろにしたり逃げたり沈黙したりした人たちこそ問題ではないでしょうか? 誠実に答えてくださった方がいなかったわけではありませんが、大方は無視しました。仕方ありません、一人ひとり直接当たっていくしかありません。それはそうでしょう、返事もくれなく無視したわけですから。

【9】「被告(注:鹿砦社)は、私の裁判に関しても、『李信恵という人は在特会・ネトウヨと闘うに足る人格を持っているのか?』など、私の在特会らを相手取った裁判も正当性がないように書いていました。」との記述について

李信恵の恫喝ツイート

李信恵が差別言辞を発した相手に対して提起した損害賠償訴訟にはコリアNGOセンターを中心とする多くの支援者が集まり、裁判に関する支援金(カンパ)も呼びかけられています(このカンパの収支報告が行われた形跡を私たちは見つけることができません)。さらにテレビ、全国紙の記者や弁護士、大学教員らが支援に加わっていました。当然でしょう。私たちも、この所期の目的を否定するのではなく、むしろ“一切の差別に原則的に反対する”という立場から積極的に評価します。

しかしながら、上記のカンパの会計報告が一切なされていないことや、裁判ごとに懇親会を開くのはいいとしても、その後4軒も5軒も飲み歩き、挙句の果てにM君リンチ事件まで惹き起こしたこと、善意で支援会に結集した人が李信恵を批判したり、彼女の意に添わないと嫌味を言ったり度を越したバッシングをしたりしたこと(例えば別掲ツイート。その他にも多くの証言があります)等々、彼女の不遜な態度はいかがなものでしょうか。はっきり申し上げれば、もっと人格的に優れた人が神輿に乗っていれば、運動はもっと広がりを持ったでしょうし社会的にも理解されたと思います。

まともな指導者なら、少なくとも、泥酔の挙句、リンチ事件を惹き起こしたりしないでしょうし、これに弁解や言い訳ばかりすることもないでしょうから。

「これら記事を読みながら泣き崩れました」?――下手な田舎芝居はやめていただきませんか。激しいリンチを受けたM君の涙に比べれば何のことはありません。同じ泣くのなら、M君の身になって泣いていただきたいと思います。
(本文中敬称略)
 

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

大学院生M君に対する凄絶なリンチがあったことは厳然とした事実です。これが、あたかもなかったかのように偽造されようとしています。M君が必死で録音したリンチの一部始終の音声データも、李信恵らによるリンチがなかった証拠のように偽造されようとしています。三百代言という言葉がありますが、古人はよく言ったものです。

◆私たちは短期間に集中的に取材し5冊の本を世に出し真実を確信した

この写真を見て、「リンチはなかった」「ただの喧嘩」と思う人はいないでしょう。「反差別」「人権」を語る者がやることではない! なんとも思わない人は人間の血が通っているのか!?(『カウンターと暴力の病理』巻頭グラビアより)

李信恵や、彼女の周囲の人たちは、私たちが精魂込めて取材し編集、製作した出版物に対して、きちんと論評したり批判するのではなく、「デマだ」「嘘だ」「ゴミだ」「クソだ」等々と、まともに批判にならないレベルの悪罵を投げつけ誹謗中傷してきました。李信恵や代理人の神原元弁護士らは、いわば“あら捜し”をするために熟読したでしょうが、李信恵の仲間や周囲の人たちは、それら5冊の本をきちんと読んだ形跡はさほど感じられません。

私たちは、全くの白紙の状態から、また李信恵らやリンチ被害者M君に対する利害関係もなく、取材、調査に取り掛かりましたが、白紙の状態から始めたのが良かったと思います。李信恵には私怨、遺恨などなく(今でもありません)、むしろ、李信恵に繋がる団体(首都圏反原発連合。略称「反原連」)やカメラマン(秋山理央)には毎月相当額の金銭的支援をしてもきましたし、さらに李信恵に繋がる元当社社員には李信恵ら関係の裁判の傍聴には申し出があれば早退を許可するなど便宜も図ってきました。このリンチ事件や李信恵らの背後関係も知らず、「差別に反対する」という大義名分に私なりに理解を示してきたつもりでした。

そうした私なりの、いわば“良心的な”振る舞いも、李信恵らによる蛮行を知ることによって打ち砕かれました。さらに取材すればするほど、調べれば調べるほど、李信恵やこの周囲の人たちの運動に強い疑問を抱かざるをえませんでした。前出の前田教授が「脱力感に襲われる」と嘆いたのは理解できます。

それでは(前項とダブるところもありますが)私たちの取材や調査、そして出版の目的や意義は何だったのでしょうか? まずは、孤立し村八分にされネットリンチに晒され続け治療費さえもらっていなかったリンチ被害者M君の救済・支援です。弁護士さえも、断られ続けていました。そして、このリンチ事件の真相究明です。事実関係や真相を知らないと善悪の判断もつかないからです。

李信恵のツイート。このツイートひとつとっても彼女の人間性が表れています

しかし、李信恵や関係者らによる隠蔽活動はかなりのもので壁は厚く感じられました。私たちがこの事件を知るまで1年余りも経ち、隠蔽の“イチジクの葉”は幾重にも重ねられていました。綿密な取材・調査によって、これを一枚、一枚剥いでいく作業に着手しました。

手前味噌ですが、私たちの取材には、手を抜かず徹底的にやることでメディア業界、出版界では一定の評価があります。中途半端な取材をやっていては、この業界では淘汰されます。大小問わず、中途半端な気持ちと取材故に淘汰された出版社を何社も知っていますし、鹿砦社は徹底した取材をやって来たからこそ、淘汰されずに50年も生き延びてこれたのです。

それでも、近年評価が高い、いわゆる「文春砲」には敵いません。以前、文春編集部とは交流がありましたが、鹿砦社以上に人も金もかけ取材は徹底しているのに感心しました。また、他の大手雑誌とも一緒に仕事をした経験もありましたが、私たちもこれらから学んでいますし、決して特異なものではありません。

李信恵側は準備書面で長々と真実(相当)性について“講釈”を垂れていますが、長年の出版人としての経験から多くの訴訟を経験し、小出版社でありながら1億円以上もの訴訟費用を費やしてきた鹿砦社にとっては“常識”の類いで、この訴訟とは直接関係のないことに紙幅を費やす意味が理解できません。

私たちは2年ほどで5冊の本を発行してきましたが、短期間に5冊も出版したテーマや企画はこれまでにほとんどありません(例外的には4冊の本を出したパチスロ大手アルゼ告発シリーズぐらいです)。しかし、李信恵側が言う「本件では、不定期の雑誌やインターネットの報道記事であるから迅速に報道する必要はない」との認識は誤っています。本件リンチ事件は「迅速に報道する必要」があるからこそ、不定期の雑誌の増刊号(第4弾本『カウンターと暴力の隠蔽』のみCDを付けたこと等で書籍扱い)やインターネットなどで連続的に報じてきたわけです。私たちが、この忌まわしいリンチ事件を知ったのは事件からすでに1年以上経っていましたし、日毎に忘却されることを考慮すると、「迅速に報道する必要」がありました。

それに加え、M君が李信恵らリンチの現場に同座した5人を提訴し、この支援の意味からも、当初は裁判のポイントとなる期日の前後に発行することを目指し取材を徹底し真相究明に努めることが急務となりました。さらに法廷という、社会から閉ざされた空間での争いにせず広く社会に訴えるためにも雑誌の増刊号として緊急出版する必要があり、また出版物の編集・製作には数カ月かかりますから、ポイントポイントでインターネットを使い報道することも必要でした。

リンチ隠蔽に蠢いた人たち。この人たちの表情や目を見よ!(『カウンターと暴力の病理』巻頭グラビアより)

◆リタイアを考えていたところでリンチ事件を知って被害者救済・支援と真相究明を決意し早速動き始めた

私は長年出版の仕事に携わり、体もガタガタになり(特に目の疾患で一時失明の恐怖を感じたこともあり高額注射を繰り返しており、こうした長い文章を書いたり読んだりするのには難儀します)、そろそろリタイアを考えていたところで、誰もが知る著名人、研究者、国会議員、「知識人」、「ジャーナリスト」らが多く関係する隠蔽活動に対し、「相手に不足はない!」と思い、いささか大袈裟に言えば、これまでの出版人生の〈総決算〉を懸けたものとしてやることを決意いたしました。

私の呼びかけに、少なからずの人たちが取材班に結集してくれました。中には、大手消費者金融「武富士」(この時の武富士側代理人の一人は吉村洋文現大阪府知事です)との裁判で勝訴したことで有名な、ジャーナリスト・寺澤有も応じてくれ、第2弾本『反差別と暴力の正体』で、寺澤の居住地の東京から遠く四国まで遠征取材し具体的かつ詳細なレポートを寄稿してくれました。取材記録には記事にしていないこともあるということです。

これまで(本件以前)の取材活動で、本人に取材することはなかなか困難でしたが、今回は何としても李信恵本人に取材するように取材班に指示し、これはできました。李信恵もみずからの「陳述書」で記している通りです。まともに答えず逃げています。

次いで李信恵を除く4人ですが、伊藤大介には寺澤が事務所を訪問し取材を試みました(『反差別と暴力の正体』153ページ)。なぜか丁寧に対応され抱き込み策を取られたようです。松本英一には、こちらも寺澤が取材を試みました。2度ほど自宅を訪問したそうですがいずれも留守でした。その後、松本みずから連絡があり、その様子は『反差別と暴力の正体』(152~153ページ)に記載されています。寺澤は李信恵にも取材を申し込みましたが拒否されたそうです。こうした経緯について寺澤は、必要であればいつでも証言すると言ってくれています。

「エル金」こと金良平と「凡」こと李普鉉には、直接暴行の加害者ですし、すぐに暴力を振るうということもいろいろな人たちから忠告されましたので、私としては責任者として取材に動いてくれる者を危険に晒すわけにもいかず苦慮し私たちもかなり用心しましたが、なんとか直接取材を試みようと決断しました。金良平には自宅アパートを訪問しましたが、もぬけの殻で、第1回弁論直前まで住所が特定できませんでした。当初訴状も届かず裁判所も苦労したようです。もう一人の李普鉉については、そうこうするうちに裁判が始まり、裁判への影響を考慮し、リンチの中心人物でもないし、あえて取材を止めたのです。強引にやれば裁判妨害などと詰られることも懸念しました。李信恵以外にも積極的に取材を試み、私たちなりに最大限の取材・調査に尽力した次第です。今後も必要があれば取材を試みるにやぶさかではありません。

また、寺澤有が、李信恵らの仲間の石野雅之の自宅を訪れ取材を試みようとしたところ警察を呼ばれましたが(同書151~152ページ)、取材スタッフにこの懸念がありましたので、以後は直接取材の対象者をさらに絞っていきました。

もう一つ付言しておきますと、リンチの舞台となった大阪北新地のワインバーにも、取材班や寺澤も訪れ経営者に話を聞いていますし、先の前田教授も電話で話を聞かれたそうですが、この善意の市民を事件に巻き込むのは憚られ、話の内容を記事にはしていません。記事にすれば、確かにM君の訴訟でも少しは有利になったかもしれませんし現在進行中の訴訟でも有利に作用するとは思います。そうすると、これまでの経緯から、例によって李信恵らの仲間、「カウンター」とか「しばき隊」といわれる連中に店や経営者が攻撃されることもありえます。そういう理由で、あえて私たちはバーの経営者が苦労してオープン(事件当時オープン直後だったとのことです)し維持されていることを慮り胸の内に留めておいています。裁判所や読者には、このことを配慮いただきたく願う次第です。

李信恵の暴言の一部。ほんの一部でも、よくこんなにも暴言を吐けるものです(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

◆総ページ800ページに及ぶ5冊の本に異議があるのなら言論には言論で反論せよ!

そうして、できるだけ多くの関係者、特に著名人、積極的に動いた人らを中心に直接取材を試みました。途中から、出来上がった本も付けて「質問書」、あるいは「取材依頼書」を郵送いたしましたが、自分から回答を寄せてくれた人はほんの少数でした。これは本に掲載している通りです。

この事件について、これまで5冊の本にまとめ世に出していますが、発行部数も少なく、隠蔽活動に関与した人たちも真摯に対応せず、李信恵や仲間らによって隠蔽された“イチジクの葉”を剥いでいく作業は困難を極めました。

それでも、私たちの粘り強い取材、調査、そして出版によって理解者や協力者も少しずつ現われ、日本の反差別運動、健全な社会運動に大きな汚点となった、このリンチ事件の真実が徐々に明らかになったと考えています。

確かに「文春砲」など大手メディアに比べれば格段に劣り、私たちの力不足もあり、まだまだ取材したい人たちすべてに取材できたわけではありませんが、これまでの私の出版人生の中で、5冊の本になるほど、これだけ取材、調査した事件は他にありません。主要な資料、重要資料は、かなり本に収録できたと自負しています(その後入手し未掲載の資料は第6弾本に収録予定です)。特にリンチ被害者M君が必死に録音した音声データをCDにして付けるなど、これまでほとんどありませんでした。CDを付けたことに対しては李信恵らも驚いたことと思います。

これら5冊の本を合計するとなんと800ページほどになります。これだけやったら「一般読者の普通の注意と読み方」をすれば、事件の真実性、あるいは真実と信じるに足ると認識できるのではないでしょうか。これだけやって、真実(相当)性がないと言われれば、どうしたらいいのでしょうか? 

李信恵らも、言うに事欠いて「クソ鹿砦社」「鹿砦社はクソ」などと、とても差別に反対し人権を語る者とは思えない汚い言葉を言い放ち裁判所に不法行為を認定(上告を取り下げ確定し賠償金を支払った)されたり、「ゴミ」だ「デマ本」だと反論にもならない言葉を連呼するのではなく、このリンチ事件が反差別運動、社会運動に与えた深刻な問題を真摯に反省し、異議があれば言論には言論で反論すべきだと思いますが、いかがでしょうか? 私の言っていることは間違っていますか? (文中敬称略)

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《6月のことば》雨にぬれて ひとり 紫陽花 凛と咲く(鹿砦社カレンダー2020より/龍一郎・揮毫)

コロナ旋風は収まりつつあるようですが、日本社会は根底から覆りました。

不謹慎な物言いですが、おそらく夏から秋にかけて倒産、事業停止、失業など大不況がやって来るのではないかと懸念しています。その後は増税です。

ひとり閉じ篭って思い詰めると悲観的になりますが、明るく前向きに進んでいきましょう!

われわれはこれまで多くの修羅場を乗り越えてきましたので。

もう紫陽花の季節です──。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

◆M君リンチ事件に対する私の基本的スタンス
 
李信恵らが関わった集団リンチ事件を偶々知った時、リンチ直後の被害者M君の顔写真を見、リンチの最中さんざんM君が殴られる音声データを聴いて、正直仰天しました。

そして、社会運動、反差別運動において、こんな酷い暴力沙汰が、いまだにこの民主社会日本で行われていたこと、にもかかわらずメディアがなぜか報じず隠蔽され闇に葬られようとしていることに義憤を感じました。

私なりにリスペクトし、なかには講演に招いてきた「知識人」や「ジャーナリスト」らが、この野蛮なリンチ事件の加害者を叱責するのではなく、逆に、あたかも「反差別運動の旗手」として李信恵を祀り上げていることに違和感、嫌悪感を覚えました。いやしくも老出版人として、この事件の実態と真実を世に知らしめ被害者救済・支援をしなければならないと素朴に感じました。

私たちの世代、つまり1970年前後に学生時代を過ごした者は、学生運動内の内ゲバや連合赤軍のリンチ殺人事件などを、いやがおうでも見てきました。私が知っている人や、尊敬する先輩(現在ニューヨーク州立大学教授)の親友もリンチの犠牲になり亡くなっています。私もノンセクトの学生運動の末席を汚しましたが、早朝ビラ撒き中に、武装した連中に襲われ重傷を負い入院した経験がありましたし、私の1年先輩でノーベル賞作家の甥のSさんは、酷寒12月の早朝襲撃され激しいリンチを受け瞳孔が開き一時は医者も見放した事件もありました(奇跡的に一命は取り止めました)。

有田芳生参議院議員

ちなみに、李信恵と昵懇で、このリンチ事件直後に来阪し、以後隠蔽活動の一端を担っているとされる有田芳生参議院議員は、大学は違いますが私と同期で、私やSさんらを襲撃した組織(神原・上瀧弁護士が支持する政党の学生組織)に属し、この中心的活動家でしたが(襲撃事件に直接関わっていたかどうかは不明ですが、彼の大学は当時、私の大学の近くに在り全国屈指の拠点で、毎週2、3度多勢で情宣に登場し、時に集団で暴力的に襲撃してきましたので、何らかの関わりがあると推察するのが普通でしょう)、今回のリンチ事件で李信恵を擁護し嘘をついて隠蔽活動の一端を担っているのを見、さらには脅迫目的で四国の自動車販売会社・合田夏樹社長の自宅を訪問しようとした(訪問したが家人留守とされる)事件で、宣伝カーを貸し出したりして蠢いていることから、「相変わらずだな」と感じた次第です。

合田夏樹脅迫事件を追った寺澤有作成のイラスト(『反差別と暴力の正体』巻頭グラビア)

合田夏樹脅迫事件資料(伊藤大介のツイート)

その後、そうした反省から、この国の社会運動や反差別運動内で暴力による制裁やリンチなどなくなっていったはずだと思っていました。かつての悪夢が甦ってきました。幸いにM君が学生時代にラクビーをやっていたということで死に至ることはありませんでしたが、死に至っても不思議ではありません。上記のSさんと同じケースです。ひ弱な私だったら死んでいるでしょう。

私も今年69歳、来年には70歳です。出版人としてのみならず人間としても老境にありますが、それなりに名の有る「知識人」や「ジャーナリスト」らの体たらくを叱責しなければ死んでも死に切れません。

私は偶々知ったこの集団リンチ事件に対して、学生時代に体験し見聞きした内ゲバやリンチ事件と重ね合わせ、みずからの問題として追究してきましたし、リンチ被害者M君の苦しみには到底及ばないものの、私なりに思慮してきました。M君が李信恵らを訴えた訴訟は、一応全て終結しましたが、鹿砦社関係の訴訟もありますし、この国の社会運動内においてなぜ暴力が発生するのか、その根絶は可能なのか?──このリンチ問題への関わりを契機に、もうしばらく思慮していきたいと考えています。

◆鹿砦社の出版活動への信頼度

この通信の読者のみなさんならご存知のように、鹿砦社は創業して昨年で50周年でした。東京と西宮双方で開いた記念集会には多くの方々がお祝いに駆けつけてくださいました。

さらに、鹿砦社の100パーセント子会社(株式会社エスエル出版会)に編集・発行を委嘱し被告が発売する月刊社会時評誌『紙の爆弾』誌が、この4月発行号で創刊15週年を迎えました。また、同誌の増刊号として季刊で発行する反原発雑誌『NO NUKES voice』も6月発行号で24号に至り6年が経とうとしています。こちらにも多氏斉々の著名な方々が寄稿やインタビューに応じてくださっています。鹿砦社が創業50周年を迎えることができたのも、月刊社会時評誌『紙の爆弾』が創刊15周年を迎えることができたのも、『NO NUKES voice』が多くの著名人も寄稿・インタビューに応じてくださり創刊6周年を迎えることができるのも、鹿砦社の出版活動への信頼があるからこそだと信じています。

また、私も、出版の仕事に携わって40年が過ぎました。あっというまに、もうすぐフェイドアウトする時期になろうとしています。

鹿砦社、及びこの代表の私は、そうした長い歴史を踏まえ、M君リンチ事件の問題について一人の血の通った人間として関わってきましたし、今も〈社会運動と、リンチという内部暴力〉に対して思索を続けています。やはり健全な社会運動、とりわけ李信恵が関わるとされる反差別運動に、李信恵らが連座したリンチなど不要で害悪でしかないということだけは断言できます。この点、李信恵はどう考えるのでしょうか? 

◆李信恵や神原弁護士らは私たちを口汚く罵るのではなく、真摯に反省し被害者の身になって考えてあげてください──屁理屈はどうでもよい、このことが先決です

私は血の通った人間として、李信恵みずからが連座したリンチ事件に、なんら反省もなく開き直る李信恵と、彼女を守るため必死に論を張る神原、上瀧両弁護士を弾劾し反省を求めます。まずは被害者の身になって考えていただきたいと申し述べるのはおかしいですか? 神原弁護士に至っては、私(たち)に対して「私怨と妄想に取りつかれた極左の悪事」とまで詰っています。「極左」とは公安用語だと聞いてきましたが、まがりなりにも「左派」を自認する神原弁護士が使う言葉ではありません。

さらに、それが「手が込んでるだけに、右翼のそれより質が悪いね。売名と集金が動機に加わればなおのこと。文字通り、魑魅魍魎だね、こいつら」とまで詰っています。「売名と集金」だって? いやしくも私は「売名と集金」でM君救済・支援をやってきたわけでは断じてありません。失礼な物言いです。支援会に集まったカンパについては、大川弁護士が厳密に管理し私たちは1円のお金にも触れていませんし公明正大に公に報告しています。「売名と集金」──どういうことか説明してください。M君関係の2件の訴訟以外には心ある皆様がカンパしてくださった浄財を使ってはいませんし、李信恵らとの鹿砦社の訴訟は、鹿砦社自身の資金で賄っているということも明言しておきます。

また、弁護士たる者が使うには不適当な「こいつら」とは誰のことを言っているんですか? いい加減にしていただきたいものです。

ちなみに「集金」云々を言うのであれば、李信恵の裁判支援会の会計報告はなされた形跡がありませんが、どうなっているのでしょうか? 李信恵や、この裁判の代理人を務めた上瀧弁護士らは明確に答えるべきです。(文中敬称略)

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私たちが「カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)について第5弾本を発行したのは、ちょうど2年前の2018年5月28日でした。以降2年間、出版物を出さず、わずかにこの「通信」で時折節目節目でコメントをする程度でした。このかんにリンチ事件被害者M君が加害者5人を訴えた民事訴訟は、控訴審、最高裁も終わり、満足のいく内容ではありませんでしたが、M君勝訴で終結しました。

また、鹿砦社がリンチ事件の中心人物・李信恵による誹謗中傷、暴言に対し訴えた民事訴訟も、李信恵の不法行為を大阪地裁‐高裁も認め鹿砦社勝訴で終結しました。

さらに、対李信恵訴訟は、結審を前にして李信恵が「反訴」を起こし、これが反訴とされず「別訴」として現在も大阪地裁で審理中です。もう一つ、“隠れしばき隊”として業務時間の大半を使いこっそりと業務外のツイッターや私的メールを繰り返していた鹿砦社元社員・藤井正美に対する訴訟も係争中で、これも反訴してきて、今後も続いていきます。M君の訴訟にしろ対李信恵、対藤井正美の訴訟にしろ、しばき隊の守護神・神原元弁護士が代理人に就いており、どうやら反訴という手法は神原弁護士の戦術のようです。

この2年間、私たちは手を拱いていたわけではありません。本を出せなかったのは、2018年後半は私の重篤な目の疾患により編集作業ができない状態だったこと、2019年になると鹿砦社創業50周年記念行事(東京と関西双方で)と記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』刊行、後輩の書家・龍一郎講演などに追われたことによります。2020年の本年も、私たちが10年来応援している女性デュオ「Paix2(ぺぺ)」の「プリズン・コンサート」と称する獄内ライブ活動500回記念出版の作業に追われて来ました。

決して、くだんのリンチ事件を忘れていたわけではありませんが、不器用な私たちは、並行して複数の仕事を遂行することが十分にできないことで、あっというまに、気づいたら出版物を出していませんでした。

このGWを挟んでPaix2のプリズン・コンサート500回記念出版も一段落し、さらには、くだんの対李信恵第2訴訟もさらなる陳述書を執筆する必要に迫られ、次の本(第6弾)の準備もあり、これまでの資料を整理し5冊の本を再読し、思いつくまま書き綴ってきました。

私たちの力不足もあって、くだんのリンチ事件、及びこれから派生した諸問題は、なんら本質的に解決がついておらず、このままでは、同種同類の事件が起きることを懸念しています。加害者らや、この支持者らに真摯な反省などありませんから。

この問題について、いわゆる「ジャーナリスト」や「知識人」といわれる徒輩の体たらくを見るにつれ、放置しておけない! と、取材、検証作業を再開することにしました。

幸い、この2年間、対李信恵、対藤井正美との訴訟を進めながらも(これらの訴訟があったお蔭で問題意識は持続できました)、いささか距離を置いて思索してきました。そうして、リンチ事件の被害者救済・支援と真相究明に関わり始めてから5冊の本を出す過程では気づかなかったことがありましたが、この2年間で気づいたことも少なからずありました。

そうして思いつくまま文章を書き綴ってきました。言いたいことが堰を切ったように出てきて長大なものになりました。ここでは、もちろん一挙に掲載できませんので、分載していきます。(本文中、M君を除いては基本的には敬称は省かせていただきましたが、他意はありません)

◆李信恵らに、血の通った人間の心があるのか!? みずからの「被害」なるものを強弁するのではなく、まずは真摯に反省せよ!

李信恵が関わり連座した集団リンチ事件、みずからが中心になって惹き起こした、この事件に、彼女はいまだに何の反省もなく、開き直っている感が私には否めません。このかんの相次ぐ訴訟や社会的批判で少しは反省したかと思っていましたが、そうではなかったようです。これは、最近提出された彼女の2020年4月8日付け「陳述書」を一読しても、反省や人間としての誠実さなどは感じられません。あたかも自分が鹿砦社の出版物の「被害者」であるかの態度を強弁し、李信恵らによる暴虐の被害者=M君への謝罪の気持ちが、ただの一言もないのは彼女の人間性故でしょうか。自分が鹿砦社の出版物で「被害」を受けたというのであれば、まずはM君への謝罪が最優先になされるべきではないでしょうか。

李信恵は鹿砦社の出版物やこの通信の記事による「自分の受けた被害」で、「苦しい気持ちになりました。」「不安と苦痛でいたたまれません。」「恐怖に苛まれました。」「恐怖心でいっぱいになりました。」「これら記事を読んで泣き崩れました。」「非常に不安になりました。」「不安感や苦痛はとうてい言葉にできません。」「怒りと悲しみでいたたまれなくなります。」「私に対する強い悪意を感じ、非常に恐ろしいと感じています。」等々言いたい放題です。いい加減にしろ! 集団リンチの被害者M君が言うのであれば判りますが、集団リンチ事件に連座した彼女が言うのには違和感があります。

李信恵らは「リンチ」という言葉が嫌いのようですので、集団暴行傷害事件と言い換えてもいいですが、いずれにしても大の大人が5人で深夜に大学院生M君を呼び出し、集団で(うち2人を直接の暴力行使役として)暴行を加え、まさに半殺しともいうべき瀕死の重傷を与え、何の介抱もせず、救急車やタクシーも呼ばず師走の寒空の下に放置し立ち去った事実には変わりはありません。5人の中には、あまり注目されていませんが、格闘技の達人(松本英一)もいました。強面(こわもて)で鳴る伊藤大介と共に、いわば“用心棒”的な役割を果たしたといえるでしょう。

そもそも李信恵らが嫌う言葉「リンチ(linch)」とは何なのでしょうか? 『広辞苑』(第七版。2018年)には「法によらない私的制裁。私刑」とあります。ですから、李信恵ら5人が連座した暴行傷害事件は、まさしく〈私刑=リンチ〉です。〈私刑=リンチ〉以外の何物でもありません。

私は、全く白紙の状態で、この事件の被害者M君の救済・支援と真相究明に携わって頂度4年、あらためて李信恵の人間としての不誠実さを感じています。

李信恵「謝罪文」の1ページ目(全7枚)

事件直後、李信恵はM君に署名と捺印のある手書きの「謝罪文」を出し活動自粛も約束しています。曲がりなりにも謝罪と反省の気持ちはあったものと察します。ところが、しばらくすると、これを撤回し、「リンチなどなかった」「自分は無関係だ」等々と翻意しています。ならばなぜ「謝罪文」を出したのでしょうか? 李信恵さん、なぜですか?

李信恵さん、リンチ事件から一夜明け酔いが覚めた時、「しまった!」と思いませんでしたか? 自筆で書かれた「謝罪文」に嘘はないものと信じます。人間として、天地神明に誓って、どうですか? 自分は暴力を振るっていないとかを言い張ることも、あなたにとって重要でしょうが(少なくとも到着したM君に最初に「なんやねん、おまえ!」と詰め寄り胸倉を掴んだことは李信恵自身も認め、これがリンチの口火を切ったことは確かでしょう)、リンチの現場に李信恵ら5人が居て、M君が殴られ続けているのを止めもせず、悠然とワインをたしなみ、さらには、あろうことか、それをSNSで流しています(『カウンターと暴力の病理』の巻頭グラビア参照)。まともな人間がやることではありません。

さらには、重傷を負った被害者M君を師走の寒空の下に放置して立ち去っています。なぜ救急車を呼ばなかったのですか? 偶然ながら、私は、リンチ現場の隣のビルに同郷の知人が飲食店を出していて、同郷人や同窓会の集まりなどで時折行っていたのですが、すぐ近くにタクシー会社の営業所があります。電車がなくなるまで遅くなったら私も利用していました(1年に1、2度ですが)。にもかかわらず、李信恵らはなぜタクシーに乗せようともしなかったのでしょうか? これだけの瀕死の重傷を負った被害者を見て、なぜ救急車を呼んだりタクシーに乗せなかったのでしょうか? 李信恵さん、ぜひお答えください。

こうしたことを見るだけでも、李信恵らに血の通った人間の心、人権や良心があるとは、私には到底思えません。

◆私李信恵らは、私たちがリンチ被害者M君を救済・支援してきた意味と想いを誤認しています

辛淑玉書簡の1ページ目(全7枚)

また、李信恵の、いわば姉御分の辛淑玉は事件直後、「Mさんリンチ事件に関わった友人たちへ」という長文の書簡を書き配布しました。ここで辛淑玉は「これはリンチです。まごうことなき犯罪です」と李信恵らを強く叱責しています。これは自らの若い頃の体験に基づいた、いわば魂の叫びといったもので、読む者を感動させます。私も胸打たれました。重要なので裁判の書証として提出予定です。しかし、遺憾ながら、これものちに撤回されます。

このように、辛淑玉はじめ李信恵の周囲の人たち、「カウンター」といわれる人たち、「反差別」運動に関わる人たちも、事件直後は「なんということをやってくれたんだ」と思ったということは容易に想像できます。裁判所が好んで使う「一般読者の普通の注目と読み方」をすれば、そうではないですか?

おそらく事件直後は、李信恵にも謝罪や反省の気持ちは多少なりともあっただろうし、李信恵の周囲の人たちにも、辛淑玉の書簡のように良心の欠片はあったものと思われます。

しかし、M君は、一部の知人を除き彼を応援する者は皆無に近く、私たちと知り合うまでの1年余り孤立しさらなるセカンド・リンチ(ネット・リンチ)を受けたり村八分状態にありました。おそらくこれを見透かして李信恵らは「謝罪文」や活動自粛の約束を撤回したり開き直ったものと推認されます。卑怯極まりありません。今の世の中に村八分は許されません。村八分は差別ではないんですか?

李信恵らは日頃から頻繁に「人権」という言葉をあまりにも軽々しく使っていますが、前述の如き行為は、逆に一人の人間の人権を蔑ろにするもので、そこには血の通った人間としての真摯さや誠実さといったものは感じられません。それはそうでしょう、あれだけの暴虐をやっておきながら(あるいは連座しておきながら)、自己弁護や弁解ばかりで、人間としての真摯さや誠実さを見ることができないからです。いかがですか、李信恵さん!

私たちは、原則的にいかなる差別に反対し、たった一人の人間の人権をも尊重するというスタンスを堅持し、このように日頃から努めてきました。差別に反対し人権を尊重するという崇高な営みに関わる人には尊敬の念を持ってきましたし、これは今も変わりはありません。だがしかし、かつて「エセ同和」といった言葉があったように、世の中にはエセや偽物があることも見極めなければなりません。美辞麗句やキレイ事に惑わされてはなりません(が、けっこう騙されたり誤認します)。

私は、李信恵が真に人権を大事にするというのならば、まずは「謝罪文」の地点に立ち返って欲しいと願っています。これは私が繰り返し述べていることです。私たちは、私たちが言っていることや出版物などに書き連ねていることに間違いはないのかと自問自答しつつ、謙虚にこの問題に関わってきましたし、綿密な取材と調査を行い事実を積み上げてきました。もし間違いなどがあれば指摘してほしいとも幾度となく申し述べていますが、5冊も本を出しても、事実関係などについて、きちんとした批判や反論などは皆無です。李信恵や彼女の訴訟代理人の神原、上瀧両弁護士には著書も複数あり、出版ができる環境にあるにもかかわらず、なぜ「言論には言論で」批判、反論されないのでしょうか?

反論らしき反論は、鹿砦社が李信恵による誹謗中傷、暴言に対して起した訴訟の反訴(→別訴)でようやくなされました。この時点ですでに4冊の本が出版されていました。

しかし、これはあくまでも、裁判所という限られた場での議論にすぎず(それも、ずっと非公開で進められてきました)、公の議論ではありませんし、4冊の本が既に出版された後で時期的にも遅いんじゃないでしょうか。鹿砦社による訴訟の対抗上反論したものといえます。

さらに私は李信恵が「謝罪文」の地点に立ち返り李信恵らが和解のテーブルに就くのであれば、このために汗を流すのを厭わないことも、何度となく申し述べています。いたずらに諍い合っても社会運動、なかんずく反差別運動にとっては決して有益ではない、むしろ無益だと考えるからです。一例を挙げれば、―

松岡 もう今年いっぱいで、事件から三年が経つわけでしょう。やはり『このまま裁判を続けていっていいのかな』と思うのは一つです。M君本人は、『裁判を続ける』という気持ちがあるんだろうけど、一定のところで何らかの手打ちをしないとね。
 清(義明)松岡さんがそういうことを言うとは思わなかったな。
 松岡 僕はそう思うし、そういうことを本にも書いているじゃないですか。
   いや、僕も手打ちさせたほうがいいと思う。
 木下(ちがや) いや、俺もそう思う、絶対そう。
 松岡 なぜかというと、これヤクザの抗争じゃないんですよ。やはり社会運動の中でのトラブルなわけだから、そうしないと絶対『反差別運動』に良いことはない、と思うんですよね。
 木下 まったくないです。」(『真実と暴力の隠蔽』170ページ)

リンチ被害者のM君は瀕死の重傷を負ったわけですから李信恵らリンチ現場に同座した5人に対して多かれ少なかれ恨みつらみなどがあることは致し方ないとしても、私、および私の呼びかけで取材などに協力してくれた者らには最初から私怨や遺恨などありません。ましてや、私たちはリンチ事件に対する被害者救援と真相究明に携わるまで李信恵を知らなかったわけですから彼女に私怨や遺恨などあるわけがありません。

こうしたことを李信恵らは全く理解していないようです。

◆李信恵の「唾棄すべき低劣さは反差別の倫理を損なう」!

私は、このリンチ事件に対しては、李信恵はじめリンチ現場に同座した5人全員に〈連帯責任〉があると考えています。常識的に見、「一般読者の普通の注意と読み方」をすれば共謀関係もあったものと推認できますし、私たちはそう確信しました。M君が起こした民事訴訟や刑事事件で、確かに李信恵(と伊藤大介、松本英一)は損害賠償や罪を免れていますし共謀関係も認められませんでした。

だからといって、法的云々以前に人間としての責任を免れることはありませんし、この点は裁判所や検察庁は判断を誤っていると私は思います。法律とは、あくまでも人間の幸福追求のためにその行為の是非を公正に判断するためのものであり、一人の暴力の被害者を救済するための一つの手段として法律があり裁判所があるのではないでしょうか? 裁判所の法的判断で罪を逃れたからといって、人間としての言動が全て判断されたり放免されたわけではないのです。

こうした意味で、一部の識者も指摘するように(一例として前田朗東京造形大学教授執筆「反差別運動における暴力(二)」参照)、リンチ被害者M君が李信恵を訴えた一審大阪地裁(及び上級審)判決は「不自然な事実認定」「結論を先取りするために強引な認定」と批判される由です。

この論文において前田教授は李信恵(本文では「C」と表記)に対して「唾棄すべき低劣さは反差別の倫理を損なう」とまで非難されています。

前田朗論文「反差別運動における暴力(二)」(『救援』2018年5月10日号)

李信恵が在特会らのヘイト行為を訴えた訴訟で上瀧弁護士らは弁護団を結成し、前田教授は上瀧弁護士ら弁護団から依頼を受けて裁判所に「意見書」を提出するほど強く関わりましたが、「それだけに、本件訴訟(注:M君が李信恵を被告として訴えた民事訴訟)の経緯と内容を見ると脱力感に襲われる」と記し、「被告(注:この場合、李信恵)らの弁護人には知り合いが多い。かねてより敬愛してきた弁護士たちであるが、彼らはいったい何のために何をやっているのだろうか。依頼人のために仕事をしただけかもしれないが、あまりにも情けないという自覚を有しているだろうか。差別と暴力に反対し、人権侵害を許さない職業倫理をどう考えるのか。」と上瀧弁護士らを強く叱責しています。

それでいながら前田教授は、東京在住の故か本件リンチ事件の実態をほとんどご存知なかったようで、私が3冊の本を送って初めて実態を知り、そのショックは文面に表われている通りです。おそらく本音でしょう。李信恵の周囲の人たちや弁護士らをよく知っていながら、件のリンチ事件をご存知なかったというのも、上瀧弁護士らが「意見書」まで書いてくれた前田教授にリンチ事件の存在を言わず、李信恵らによる、事件をなかったことにしようとする隠蔽活動がうまくいっていたのでしょうが、悪いことは必ずバレます。(尚、この論文は「三」まであり、私とのやり取りで質問に答えず途中で逃げたり、のちのち態度が豹変しますが、少なくとも「二」までは真っ当な意見だといえます。)

◆李信恵は、まずは「謝罪文」に立ち返れ!

李信恵さん、あなたの「陳述書」には反省の念が感じられません。あなたに一片の良心があれば、今からでも「謝罪文」の地点に立ち返り、血の通った人間として真に反省されることを強く望みます。先の前田教授に「唾棄すべき低劣さは反差別の倫理を損なう」とまで叱責された李信恵さん、あなたが、真に差別に反対し、一人の将来ある若き大学院生の人権を尊重するというのであれば、今からでもやるべきことは歴然です。李信恵さん、あなたは鹿砦社の本で「被害」を受けたとか「不安や苦痛」「恐怖心」でいたたまれなくなったなどと被害者然としていますが、最大の被害者はM君です。このことを決して忘れないでください。

神原元弁護士のツイート

みなさん方も、第4弾本『カウンターと暴力の病理』の巻頭グラビアに掲載されているリンチ直後の顔写真をご覧になり、CDにして付けている音声データをお聴きください。まさに地獄絵、阿鼻叫喚です。みなさんも人間なら、これらを見聞きして何も感じないのなら人間ではありません。判決文でよく使われる「一般読者の普通の注意と読み方」をされたらいいだけの話です。

李信恵らはこのCDについても、あろうことか、これが李信恵の無実や、リンチ事件の首謀者でないこと等々を証明する証拠だと論理をすり替えています。狡知に長けた神原弁護士の智恵かもしれませんが、李信恵らはどこまで神経が腐っているのでしょうか、常人には到底理解できません。おそらくこの音声データがリンチの証拠として世の中に公開されたので、逆にリンチがなかったことの証拠と言い張ることで、形勢逆転を狙ったものと思われます。

私たちは、李信恵らが関わった、M君に対する集団リンチ事件について、リンチ被害者M君の救済・支援、そしてこの集団リンチ事件を負の遺産として主体的に反省し今後の社会運動のために活かすために、この事件の真相究明をするという、シンプルな想いこそ、この事件に関わる私(たち)の目的で、李信恵を貶めようとかいうような邪悪な政治的目的はありません。神原先生、あなたは私たちに対し、「私怨と妄想にとりつかれた極左の悪事」などとツィートしておられます。傷つき孤立した青年の魂の叫びを聞き、治療費はじめなんの弁済もなされず村八分にされていたことについて、救済・支援をし、真相究明をすることが「私怨と妄想にとりつかれた極左の悪事」ですか? 取材班や支援会で、多少なりとも学生運動に関わった者は私だけですから、おそらく私に対して詰(なじ)っておられるものと思わざるをえませんが、これはどういうことでしょうか? ぜひ私の面前で説明してください。

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