前号では、10月中旬頃に安倍首相が直々に電通社長に注意を与えたことを書いた。電通が独占受注しているオリンピック業務への影響を懸念しているからだが、安倍の心配をよそに、事態はさらに悪化の一途を辿っている。

ウェブ版週刊現代2016年11月17日

◆呪縛が解け始めているメディア

何よりも、労働局が遂に強制捜査に踏み切ったことは、電通経営陣に相当な衝撃を与えたはずだ。前回の10月14日に実施された調査とは異なり、今回は捜査令状と強制力を伴う捜査であり、これで書類送検は決定的になったからだ。僅か一ヶ月足らずで捜査に切り替えたのも、当局が立件できる自信があるからだろう。

少し前まで電通については腫れ物に触るようだったメディアも、徐々に呪縛が解け始めている。先週号の週刊現代(2016年11月26日号)は『逮捕におびえる天下の電通「屈辱の強制捜査」全内実』の記事で、労基法の122条2項を根拠(違法状態を知っていて是正しなかった事業主は処罰される)に、石井社長の逮捕もあり得ると書いている。

ちょっと前なら「電通の社長を逮捕」など、絶対にあり得なかった記事で、僅か数ヶ月前と隔世の感がある。とはいえ気を吐いているのはもっぱら活字メディアだけで、電波(テレビ・ラジオ)は相変わらず第一報は流しても、番組内のコーナーなどで取り上げたりはしていない。NGワードがありすぎて、コメンテーターが発言できないからだろう。

産経新聞2016年11月14日

◆事件の影響は次の決算に反映される

また現状では、一連の事件の影響はまだ数字となって現れてはいない。11月14日に発表された1~9月期の電通の業績は17%増となっている。不正請求の記者会見が9月24日だったのと、新入社員過労死の労災認定による騒ぎが巻き起こったのは10月以降だから、その影響が反映されるのは次の決算発表においてだろう。

だがこの決算で目を引いたのは、「リオデジャネイロ五輪や東京五輪関連のスポンサー収入が利益を押し上げた」という発表部分だ。私は再三に渡って五輪関係のスポンサー収入の巨大さを指摘しているが、今期の電通はまさしくその数字の恩恵に浴していると言っていいだろう。逆に言えば、もしその独占が崩れれば、相当な痛手となるということだ。

そこで、この一連の事件で電通の社長が逮捕されたり、会社が刑事訴追を受けた場合に、電通の官庁関連業務が停止となる可能性がクローズアップされてくる。それが直結するのが、電通が独占している五輪関連業務だ。これだけ「ブラック企業」としての悪評が確立し、さらに刑事訴追まで受けるような企業が税金を使った業務をするなど、国民の理解を得にくくなるのは当然だ。だが細かく考えると、労基法違反を根拠とするペナルティ条項を設けている官庁や公益法人は殆どないと考えられ、どの法律を根拠に業務停止とするのかが問われることになる。

NHK2016年11月17日

◆他代理店への五輪業務移管は相当困難

また、実際問題として今まで全ての業務を遂行してきた電通を業務停止にすることは、法律的には有り得ても、実行面では相当な困難が伴う。先ず、いきなり全ての業務をとって変われるマンパワーが日本国内に存在しない。もちろん博報堂やADKにもスポーツ事業の専門家はいるが、オリンピックは他の業務と兼業できるようなレベルではなく、専業にして出向させなければならない。その人数も数十人単位が必要だ。

そして業務内容も、これからいよいよオリンピック実施に向けた様々なプロモーションやイベントが開始される時期に差し掛かっている。量的には、少なくとも現在スポンサーになっている42社に加えてさらに数十社のプロモーションを同時進行で動かしていかなくてはならない。こうした作業を途中だけ手伝って、業務停止期間終了後にまた元に(電通に)戻すなど、過去には全く例がないことだ。つまり、もし本当に電通が業務停止になったら、スポンサー契約を他の代理店に切り替えて業務を全部任せるか、業務ごとに(業務停止中のCM制作、その他広告制作、イベント等)細かく委託し、時間的に間に合わない作業だけを他代理店にやらせ、電通の謹慎空けを待つしか方法はない。

◆この先にまだ何が出てくるのか分からない

以上のように、現実的な視点で考えれば、このタイミングでの電通の業務停止や、それに伴う他代理店への業務移管は相当困難であることが分かる。しかし、だからといって、国の行政機関が強制捜査まで実施し書類送検した「ブラック企業」に、世界的な採点である五輪を任せて良いのかという「道義的責任追及論」が台頭することは避けられない。もし五輪業務が電通の一社独占でなく複数の代理店が絡んでいれば、電通が業務から外される可能性は十分にあった。電通が抜けても、他社がその穴埋めを出来るからだ。

しかも、現時点でも電通のブランドイメージは完全に失墜しているのに、この先にまだ何が出てくるのか分からない状況だ。労働局による捜査結果の発表はこれからだし、ネット業務の不正請求の最終報告もまだだ。つまり、これから先数ヶ月に渡って、電通にとって更なるネガティブ情報が出る恐れはあっても、信頼回復の目途は全く立っていないのだ。

◆労働局による書類送検で始まる電通事件第2章

以前私は、電通はコンシューマーを直接相手にしていないから、なかなか痛手を受けないと書いた。しかしこれには逆の作用もあって、コンシューマーを相手にしていないから企業としての謝罪姿勢が届きにくく、その取組みも見えにくいという側面がある。一般的な企業なら、不祥事を起こしたら謝罪広告を打つとか、店頭で配るパンフにお詫びを入れるという手段があるが、電通にはそれがない。つまり、イメージ回復のための、起死回生の一手などないということだ。

いま現在、上記のような電通の業務停止可能性について論じた記事はサンデー毎日(2016年11月27日号)しかない。全国紙4紙は揃って五輪スポンサーになっており、五輪盛り上げムードに水を指すようなこの話題にはなるべく触れたくないだろう。しかし、労働局による書類送検が行われた時点で世論の関心は一斉にこの問題に集まる。そこからがこの電通事件第2章の開幕となるのだ。


◎[参考動画]元博報堂・本間龍氏がスクープ証言!(Movie IWJ 2016/11/12公開)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

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11月7日、遂に電通に労働局による強制捜査が入った。相手の同意が必要な「調査」と違い、強制力を持った「捜査」であり、10月14日の強制調査によって電通の不当労働行為が明らかになったための処置だ。同日午後には大規模な社員集会で社長による会見が予定されていたにも関わらず、それを真っ向から無視しての強制捜査実施であったから、当局が摘発への強い意志を示したものと言える。

◆労働局の強制捜査実施で電通ブランドは失墜

ここまで来ると、労働局による書類送検はもはや確定的だから、検察がこれを受理して捜査に踏み込み、刑事事件として立件するかどうかが次の焦点となる。現在、電通経営陣はそれを回避するために必死の工作を展開しているだろう。

9月末のネット業務不正取引会見から僅か1ヶ月の間に、一流企業としての電通ブランドは完全に失墜した。圧倒的な業界トップ企業でガリバーと恐れられ、就職先としても高い人気を誇った企業のイメージが、これ程の短期間で崩壊した例は非常に珍しい。

だが、実際の電通の収益が悪化したわけではないし、市場はまだそれほど先行きを懸念しているわけではない。その証拠に、電通の株価はさほど下がっていないのだ。しかし、電通の屋台骨を揺るがしかねない最悪の事態が、早ければ来年早々に火を吹こうとしている。今回はそれを解説しよう。

◆電通社長が官邸に呼ばれ、安倍首相から直々に注意を受けていた!

10月中旬、新入社員自殺の労災認定報道で電通パッシングの嵐が吹き始めた頃、電通の石井直(ただし)社長が密かに官邸に呼ばれ、安倍首相から直々に注意を受けていた。これは電通社内から得た情報である。そして首相の注意とは、

「一連の事件によるイメージ悪化は、電通が担当している東京オリンピック業務に支障を来すおそれがある。これ以上の事態の悪化を絶対に防ぎ、一刻も早く事態を終息するように」
というものだった。

国の最高権力者からの厳命に石井社長以下幹部は震え上がり、10月18日に時間外労働時間の上限を65時間に引き下げると発表、24日には22時以降の業務原則禁止・全館消灯を決定。さらに11月1日には「労働環境改革本部」を立ち上げるなど、なりふり構わぬ対策を講じ始めた。電通社内でさえ「あまりにも場あたり的だ」と批判が出るほどの拙速ぶりには、こうした背景があったのだ。

◆安倍首相が懸念する電通のオリンピック業務とは何か?

ワールドワイドオリンピックパートナー企業

東京2020オリンピックゴールドパートナー企業

東京2020オリンピックオフィシャルパートナー企業

では、安倍首相が懸念する電通のオリンピック業務とは何か。それは今後4年間、オリンピック実施に至るまでの広報宣伝の全業務を指している。なぜなら、東京オリンピックにおける広報宣伝、PR関連業務は、全て電通一社による独占契約となっており、博報堂など他代理店は一切受注できないようになっているからだ。

最も分かりやすい例を示すと、オリンピックを支えるスポンサー企業との契約も全て、電通が独占している。表向きはJOCが窓口だが、交渉は全て電通が行なっており、省庁からの寄せ集めであるJOCは、電通からの出向者や関係者がいなければ何もできない。 そして本番までまだあと3年以上もあるのに、すでに42社もの企業がスポンサーになっているのだ。そしてその窓口は全て、電通が一社で担っている。
オリンピックスポンサーは現在、3つのカテゴリーに分かれている。全世界でオリンピックマークを使用できる権利を有する「ワールドワイド」カテゴリーには現在トヨタやパナソニックなど12社が入っており、これらは5年間で各社500億円を支払う。これとは別に、東京五輪開催決定後に新たに設けられたのが「ゴールドパートナー」(現在15社)と「オフィシャルパートナー」(同27社)で、ゴールドは約150億、オフィシャルは約60億円をそれぞれ支払うとされている。そのカネで、各社はオリンピックという呼称の使用権、マーク類の使用権、商品やサービスのサプライ、グッズ等の利用権、選手団の写真使用や様々なプロモーション展開に関する権利を手中にするのだ。

◆1業種1社限定の五輪スポンサー規約を廃止させ、42社から3870億円

まとめてみると、ゴールドスポンサーで2250億円、オフィシャルで1620億円、合計で3870億円のスポンサー料を既に集めた計算になる。このうちの電通の取り分は公表されていないが、同社の通常の商慣習からいえば全体の20%あまり、774億円相当だと考えられる。支払いは複数年にまたがるとはいえ、これだけでも莫大な収益だ。さらに、この42社のCM・新聞雑誌等の広告制作・媒体展開・各種プロモーション・イベント関連も全て電通が独占するのだから、まだまだ巨額の収益が上がる仕組みである。

ちなみに東京が五輪誘致に立候補した当初計画では、総費用を約3400億円(実施費のみ、施設建設費含まず)、国内スポンサーシップを約920億円と計算していた。しかし、五輪開催までまだ3年以上もあるというのに、電通はすでにスポンサーシップを当初予定の4倍、約4000億円も集めている。これはリオやロンドン五輪の際のスポンサーがいずれも10数社程度であったことを考えれば、ありえないほどの巨額だ。これは今までの「オリンピックスポンサーは1業種1社に限る」という規約を変更し、同業他社でも参入できるようにしたことで可能となった。IOCと交渉してその規約を廃止したのも、もちろん電通である。

◆不祥事を起こしたゼネコンのように電通が業務停止を受けたとしたら

ワールドワイドパラリンピックパートナー企業と東京2020パラリンピックゴールドパートナー企業

東京2020パラリンピックオフィシャルパートナー企業

では、なぜ電通のイメージ悪化が「オリンピック業務に支障を来す」のか。それは、今回の一連の事件でもし刑事訴追されれば、電通は官庁関係業務の指名・受注停止となる可能性があるからだ。ゼネコンなどで談合が露見すると、該当した企業は数ヶ月~数年の間受注停止処分を受けるのと同じである。そうなれば、多額の税金が投入されるオリンピック業務も「官の業務」だから、こちらも一定期間の業務停止となる恐れがあるのだ。

そして最大の問題は、ゼネコンならば、どこかが指名停止を受けても替えはいくらでもあるが、オリンピック業務は電通一社のみの独占受注だから替えが効かない。もしそのような事態になれば、関連業務が全て停止してしまうということになるのだ。その危険性を見越したからこそ安倍首相は強い懸念を示し、石井社長を呼びつけたのだろう。自身が先頭に立って誘致した五輪の失敗はとんでもない悪夢であり、それを回避するためには一刻も早く電通の不祥事を終息させなければならないからだ。

しかし、小池都知事が発表した実施費用の高騰などにより、もはや東京オリンピックのイメージは悪化し、誘致時の熱狂が嘘のように消失している。それをあと数年で挽回し、国民をもう一度オリンピック応援の熱狂に巻き込まなければならない。その役割を果たすことこそが今後の電通の最大責任であったのに、万が一業務停止にでもなれば、その計画も破綻しかねない。これはブランドイメージだけでなく、電通の収益をも大きく毀損する可能性がある、同社にとってこれまでにない危機なのだ。では具体的に、どのようなことが起こる可能性があるのか。それを次回で検証したい。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

今週17日(木)衝撃の出版!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊)

 

商業出版の限界を超えた問題作! 全マスコミ黙殺にもかかわらず版を重ねた禁断のベストセラーが大幅増補新版となって発売開始!

 

『NO NUKES voice』第9号 好評連載!本間龍さん「原発プロパガンダとは何か?」

新入社員の労災認定記者会見から始まった電通の激震は、様々な拡がりを見せ始めた。労働局による10月14日の強制調査を受け、将来的な刑事訴追を何としても避けたい同社は、遂に10月24日から22時から朝5時まで全館消灯という、なりふり構わぬ異例の措置に打って出た。

さすがにこれは話題を呼び、テレビを含め多くのメディアで報道された。現実に目の前にある仕事量を減らさずに22時消灯にしても、自宅や他所での隠れたサビ残が増えるだけだが、とにかく目に見える形で労働局や厚労省に白旗を掲げて見せるという、電通一流の派手なパフォーマンスであるといえる。

テレビメディアの殆どはこの22時消灯を論評抜きで伝えていたが、朝日や東京新聞などの活字メディアは、現役や元社員の「サビ残が増えるだけで、何の解決にもならない」という証言を掲載し、その効用に疑問を呈している。


◎[参考動画]電通本社 夜10時に一斉消灯 過労死自殺受け(NHK2016年10月25日)

◆電通が高橋まつりさん自殺にいまだ一度も正式に謝罪しない二つの理由

NHK2016年10月25日

NHK2016年10月25日

しかしこのブログで再三指摘している通り、電通は高橋まつりさんの自殺に関してまだ一度も正式に謝罪していない。また、労働局による強制調査に関しても、公式な見解や会見を開いていない。同社は株式を上場しているれっきとした株式会社であり、ステークホルダーに対する説明責任もあるはずだが、それさえもしていないのだ。

電通自身がスポンサー企業広報に指南している「広報危機管理マニュアル」では、事件や事故に際して企業広報は迅速に情報を公開し、メディアの問い合わせには誠実に対応すべし、と教えている。また、責任がはっきりしている場合は、最高責任者(社長)がきちんと謝罪することが何よりも重要だとしている。それなのに、電通は完全にその真逆をやっているのだ。

これには2つの理由があると思われる。前回も書いたが、電通は高橋さんの自殺に関して会社としての責任を認めていない。認めていないから謝罪など出来るはずがない。だからこそ、広報は「遺族と協議中なので、個別質問には答えられない」と判を押したような回答に終始しているのだ。亡くなってから一年近く経つのに、何を延々と「協議」することがあるのか。

そしてもう一つは、沈黙することによって一切の情報を提供せず、それによってメディアの後追い報道を阻止しようという戦術をとっているのだ。

◆国内メディアを舐めきっている電通

電通は一般消費者を相手にしていないので、多少イメージが悪化しても、ただちに業績に響かない。しかし、謝罪や記者会見を開けば今以上に報道され、労働局の刑事訴追に繋がる恐れがある。さすがに刑事訴追や行政処分となれば、官公庁の競争入札や随意契約から締め出されるから、直接株価に影響する。それを未然に防ぐためには、「情報を提供しないことによる報道阻止」という戦術に出ているのだ。大昔からある、戦争で侵入してきた敵軍に兵糧や水を与えないため、敢えて田畑を焼いて井戸に毒を投げ込む「焦土戦術」のようなものだ。

もちろん、この戦術はメディアを舐めきっている電通だからこそ出来るやり方だ。他の企業なら、情報を出さない姿勢を猛烈に批判されるし、社長は社員の自殺や強制調査の責任を強く問われる。また、社長や自殺した社員の部署責任者への突撃取材なども行われる。しかし、今までの処、電通に対してそれをやったメディアはない。いうなれば今までの報道も、まだまだ堀の外側で騒いでいるに過ぎず、城の本丸には全く切り込めていないのだ。

報道メディアは、本人らの証言が取れない限り、憶測や予想で記事にすることはない。相手はそれを知っていて、黙秘することによって火事の沈静を狙う。そこを、地を這うような取材でひっくり返すことこそメディア側の使命なのだが、「まさかウチに対してそこまではやらないよな」と電通に完全に舐められているのだ。

◆2020年東京五輪の仕切役である電通の企業責任が国会で問われる日

民進党の石橋通宏参院議員(10月25日参院厚生労働委員会)

しかしそれでも、少しずつ「電通によるメディアの統制」という城壁に穴を穿つ動きは拡がっている。3年前にも男性社員が過労死し、労災認定されていたことをNHKが報じ、各社が追随して一斉報道された。

また、厚労省が過去3回にわたり電通を、育児をしながら働きやすい環境づくりに取り組む「子育てサポート企業」に認定していた茶番も明るみに出て、厚労省はこれを取り消す方針だ。さらに14~15年にかけて、東京本社や関西支社での違法な長時間労働があったとして、管轄の労基署から是正勧告を受けていたことも明らかになった。

塩崎恭久厚生労働大臣(10月25日参院厚生労働委員会)

そして遂に国会では、民進党の石橋通宏参院議員が10月25日の参院厚生労働委員会で「厚労省は電通と5年で約10億円の契約実績がある。過労死を出す企業については、状況が改善するまで契約を見直すべきだ」と指摘、塩崎大臣が対処を言明する事態となった。

まさに、このような国会での追及こそ、電通が避けたい「本丸への攻撃」なのだ。労働局による刑事訴追が決定すれば、他の官公庁の業務にも支障が出るし、場合によっては電通社長の参考人質疑もありえる。

刑事訴追を受けるような企業がなぜ広告業界でトップに立ち、官公庁の膨大な業務をはじめ2020年東京オリンピックの仕切役になっているのか。一体、日本の広告業界の構造はどうなっているのか。そしてどうしたら、このような一企業の寡占と横暴を排除できるのか。国民注視の国会の場で追及すべく、メディア各社は臆せず報道を続けるべきだ。


◎[参考動画]2016年10月25日の参議院厚生労働委員会では石橋通宏議員(民進党)が電通と厚生省の契約見直し検討を提起した(電通に関わる質疑答弁は動画09分30秒前後~19分30秒前後まで)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

電通のイメージ悪化が止まらない。9月末の不正請求事件から新入社員自殺の労災認定、そして労働局による全社一斉強制調査がほぼ一週間おきに発生し、日頃電通に関する報道を極力控えるメディアも、さすがに手の施しようもなく報じている。

NHK2016年10月20日

◆「電通タブー」の呪縛が解けて本格追及の兆し?

テレビメディアは基本的には第一報しか報じていないが、ここに来て雑誌メディアは週刊文春、AERA、フライデー、週刊朝日が記事を掲載した。また、ネットでは特に新入社員自殺事件が猛烈な勢いで拡散している。10月18日には、昨年8月に三田労基署が電通に対し是正勧告を出していたこと、さらに20日には、3年前にも男性社員が死亡して労災認定されていたとNHKが報じ、いよいよメディアも長年の呪縛が解けて本格追及に乗り出して来た感がある。

東京新聞2016年10月21日

東京新聞2016年10月21日

◆電通社長の公式謝罪なき社内緊急メール

そんな中、10月17日に電通は残業時間の上限を70時間から65時間へと引き下げ、24日からは社員の退社を促すため、22時に全館消灯すると発表した。また、石井社長が全社員に対しメールで緊急メッセージを発していたことも明らかになった。「社の経営の一翼を担う責務を負っている者として慚愧(ざんき)に堪えない」とし、「今私たちには具体的な行動を起こすことが求められている」などと記していたという。

これらの動きの中で私が非常に不自然に感じるのが、亡くなった高橋まつりさんの遺族に対し、いまだに電通が正式な謝罪を発表していないことだ。各メディアの取材に対し、「ご遺族との間で協議を継続中ですので、個別のご質問についてはお答えいたしかねます」と広報部は判を押したような返答しているが、死亡から既に1年近くも経っているのに、一体何をいまだに「協議」しているというのか。そもそも多くの場合、労災認定されても遺族は記者会見など開かない。電通に対する不信感、または対立点があるからこそ、遺族は批判や嘲笑覚悟で記者会見したのだ。

産経新聞2016年10月22日

産経新聞2016年10月22日

◆12月25日夜、社内で飲み会の予定あり?

では一体、何を揉めているのか。どのメディアも報じていないが、実は今回の件で、電通に初動対応のまずさがあったという。高橋さんに近しい方の情報では、当初電通は高橋さんの自殺は過労ではなく、恋愛問題のこじれが原因だとの社内調査結果をまとめ、今もその見方を崩していないというのだ。そのため、通常は亡くなった社員遺族に支払っている見舞金も出さなかったのだという。つまり電通はあくまで過労死を認めなかったため遺族と強く対立し、納得できない遺族側は弁護士を立て、独自調査結果も踏まえて労災認定を申請したのだ。

高橋さんの労災が異例の早さで認められた背景には、彼女が遺したツイートが大きな役割を果たしたと思われる。そこには過酷な残業によって消耗し、精神的に追い込まれていく様子がはっきりと見て取れる。そのような中に、確かに恋愛相手について書かれていると思われるものもいくつかある。電通側としては、それらのツイートや社内情報を根拠にして過労死を否定しているのだろう。さらに、自殺がクリスマスの日であったことも、恋愛のもつれの理由にしていたらしい。

しかし、恋愛を伺わせるツイートは、残業の多さ、仕事の過酷さを嘆くツイートに対し、実に僅かしかない。また、12月25日夜には社内での飲み会が予定されていたという情報もある。今の時代に、クリスマスの夜に新入社員を強制参加させて宴会を行う企業があるというのも実に驚愕するが、そうした会の司会進行や宴会芸を立案するのも新入社員の役目であり、高橋さんはそういう社内宴会を嫌っていたという。積もりつもった精神的・肉体的疲労と苦悩が、強制的な出席を求められる場から逃れるために爆発してしまった、と考える方が自然ではないだろうか。

結果的に、当初電通は高橋さんの自死を過労によるものとは認めず、遺族と揉めたことによって労災申請され認定されてしまい、しかもその過酷な労働実態が主にネットを介して非常な勢いで拡散、遂に労働局の強制調査まで招いたのだから、初動が完全に誤っていたとしかいいようがない事態に陥っている。

◆「コンプライアンスの徹底」を説く資格があるか?

電通は多くの企業広報に対し、「企業コンプライアンス徹底の仕方」や「事故や事件などの危機に際しての広報戦略」をパッケージにして売り込んでいる。その中では、危機に瀕した企業広報で最も大切なのはきちんと情報を開示すること、そして責任が明確な場合は責任者(社長)が一刻も早く謙虚な態度で謝罪することが何より重要、と教えているはずだ。それなのに、自社社員の自殺と労働局の強制調査に対し電通はいまだに謝罪会見も開かず、HPなどにも公式発表もしていない。これだけ社会で問題になっているのに、説明責任すら果たしていないのだ。得意先には「情報開示の徹底、すみやかな謝罪」が何より大切だといっておきながら、自社は全くその逆の姿勢を示している。これだけ社会問題化して電通のブランドイメージがズタズタになっても、なおも自分たちだけは特別だと思っているのなら、もはやコミュニケーションを語る資格など全くないと言うべきだろう。


◎[参考動画]「電通」過労死・・・過去にも 本社勤務の30歳男性(ANNnewsCH16/10/21)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

前回は電通の女子新入社員自殺事件について書いたが、10月14日、この事件を契機として東京労働局が電通に対し、抜き打ちの強制調査に乗り出した。本社だけでなく大阪や名古屋の支社に対しても一斉に実施しており、これは異例のことだ。朝日新聞は14日夕刊、15日朝刊共に1面で報道。15日の朝刊では2面も全部割いて詳報し、労働局は刑事責任を視野に入れていると踏み込んだ記事を書いている。

また、今回の調査にはブラック企業を専門に調査する東京労働局の「かとく」(過重労働撲滅特別対策班)が入っていることから、東京労働局や厚生労働省の本気度がうかがえる。


◎[参考動画]電通に東京労働局が立ち入り調査 新入社員の過労自殺受け(共同通信社2016年10月13日)

NHK2016年10月14日

毎日新聞2016年10月14日

◆電通のイメージが地に堕ちた

今回の抜き打ち調査には、正直少々驚いた。電通をはじめとする広告代理店業界の残業依存体質は昔からよく知られており、実際に自殺者も出ている状態が長い間放置されてきたからだ。

前回紹介した女子新入社員の労災認定と、その一連の報道や世論の動向を非常に的確に捉えた動きであろうし、業界トップ企業を狙い打ちにした「一罰百戒」としての意味もあると思う。そして今回の件で、揺らいでいた電通のイメージはすっかり地に堕ちた。圧倒的な業界首位であり、いわゆる「勝ち組」でもある有名企業で、短期間でここまでイメージが悪化した企業も珍しいのではないか。同社の手がけたCMやプロモーションを毎日紹介しているツイッターアカウント「電通報」は10日以降更新されておらず、「コミュニケーションのプロ」を自認する同社でさえ、もはや何をどう発信していいのやら苦悩している様子がうかがえる。

ファイナンシャル・タイムズ2016年10月14日

◆これでテレビも報道せざるをえなくなる

ここまでくると、「電通タブー」を貫いて来たメディア各社もさすがに報道せざるを得なくなるのだろうか。9月末の不正請求事件、7日の新入社員自殺、そして今回の強制調査と電通の名は一ヶ月の間に3度も世を騒がせており、これでも報道しないとなると、逆に不自然が際立ってくる。ここでいう「報道」とは、第一報の後の追跡報道、独自取材に基づく詳細報道のことだ。9月の不正請求事件もそうだったが、電通に関する報道は、ほぼ最初の「第一報」だけで終わってしまう場合が非常に多い。記者会見などは報道するが、その後の詳細な掘り下げ、追跡調査が行われないのだ。

特に世論に影響力の強いテレビ各局でその傾向が強く、不正請求事件や新入社員自殺事件は第一報を除いて殆ど報道されていない。現在ワイドショーは必ずと言ってよいほど、どの局も東京都の豊洲や五輪施設問題を遡上に挙げ、コメンテーターや専門家が都の対応を批判しているが、普通なら話題になりそうな女子新入社員の自殺事件でさえ、きちんと時間をかけて報道したテレビ番組はない。この一週間でのネット上での過熱ぶりに比べれば、テレビ局の「完黙」ぶりは明らかに異常である。

だが今回は一部上場で広告業界におけるトップ企業への「強制調査」は異例中の異例だから、さすがにこれは報道せざるを得ないのではないか。とはいえ、ワイドショーのコメンテーターの大半は何らかの形で電通のお世話になっているから、厳しいコメントが出しにくい。これまで電通を批判的に報道したことなど無く、さらにはそういう視点で話が出来る関係者や有識者を登場させたことがないのだから、そうした点でも各局は番組制作に頭を悩ませているだろう。

 

週刊朝日2016年10月28日号

◆注目記事は「週刊朝日」

雑誌関連も動きが鈍い。先週発売の週刊誌で女子社員自殺をきちんと報じたのは週刊文春とフライデーのみだった。過労死認定の記者会見が先週7日だったので月曜・火曜発売の雑誌は締め切りが厳しかったかもしれないが、それにしても少ない。自殺した女性は学生時代に週刊朝日のレポーターを務めていたこともあり、10月18日発売の週刊朝日(10月28日号)には「電通新入社員自殺が労災認定 本誌で活躍した24歳の無念」という記事が掲載される予定で、大いに注目している。(※本稿は10月16日執筆)

さてこうなると、私に出演依頼をして直前にキャンセルしてきた東京MXテレビの「電通に関する報道は全てNG」という社内コードがどうなるのかも見物だ。ここまできてもなお電通関連の報道をやらないのなら、もはや放送免許を返上すべきだろう。

◆複雑なまなざしの博報堂

それにしても、一連の騒ぎをもっとも複雑なまなざしで見ているのが、電通のライバルとされる博報堂だろう。一般的には、ライバル社の失態は歓迎すべきだと思われるが、こと労働時間にかけては博報堂もいつ調査を受けてもおかしくない状況であり、決して対岸の火事ではないからだ。仮にスポンサー各社が電通との取引を削減したいと思っても、すぐに全て取って代われるほどのマンパワーが足りない。電通から逃げる仕事は不正請求が発覚した高度で煩雑なデジタル領域の業務だから、それらをこなすにはそれなりの体制が必要だ。そこを無視してやみくもに受注すれば、それこそ職場が今以上の残業地獄となって、次は博報堂が労働局の標的となる可能性が高まる。電通が未曾有の不祥事で窮地になっても、その屋台骨を揺るがすほど売り上げを奪えないのが現実なのだ。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

MX出演中止事件についてもう少し書こうと思っていたら、10月7日の夕方、電通に勤めていた24歳の新入女子社員が昨年自殺し、しかもそれが過労死だったと認定されたというニュースが飛び込んで来た。

朝日新聞2016年10月8日付記事

さすがに死亡案件だけあってメディア各社も無視するわけにはいかず、新聞・テレビでかなり大きく取り上げられた。翌日、朝日新聞は一面でこれを報じた。

検索すればかなりの記事が見つかるので、事件の詳細は割愛するが、衝撃的だったのは2015年4月入社、10月本採用になったばかりの女性新入社員に過大な量の業務を背負わせ、その年の12月25日のクリスマスに投身自殺に追いやった、という凄まじいまでのブラック企業ぶりであった。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

◆1991年の電通社員自殺事件との類似点

電通や博報堂ではその重労働ゆえに毎年のように自殺者が出るが、中でも電通の場合は1991年にも新入社員が自殺し、遺族が10年近くかけて最高裁まで争い、過労死を認定させた事件があった。入社1年4ヶ月の男性社員が激務と社内パワハラの犠牲になって自殺したのだが、当時電通は遺族側からの和解要求を拒否し続け、裁判でも徹底的に争った末に敗訴した。

これは「電通事件」として日本の人権裁判史上、また過労死事件などの判例として必ず紹介されるほど有名な事件である。そして電通は敗訴後に過労死を防ぐための社内基準を新たに決めたなどとしていたが、今回それは何の役にも立っていないことが露呈した。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

男女の違いはあるが、91年と今回の事件には類似点が多い。まずは大学を卒業したばかりの新入社員であったのに、恒常的な残業過多の部署に配属されたこと。そしてその配属中に自分の担当得意先が増え、業務量がさらに増加したこと。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

そして本来は新入社員に気を遣うべき周囲や上司が、しばしばパワハラ的な言動を繰り返して本人を追い込んでいたこと、などである。91年当時も電通は残業における「月別上限時間」(60~80時間)が設けていたが、実際は名ばかりのもので、男性は月に140時間もの残業をこなしていた。今回の女性の案件でも、労基署は最高130時間もの残業があったことを認めている。凄まじいばかりの長時間労働である。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

今回の事件で女性が配属されたのは、9月末に不正請求事件が明らかになったデジタル広告(インターネット)部門であったことが注目された。朝日新聞の記事では、2015年10月になってから所属部署の人員が14人から6人に減った上で、担当得意先が増えたとある。これは9月の記者会見での「デジタル部門の人員が常に不足していた」との説明と符合する。

彼女の個別具体的な職務内容は明らかにされていないが、担当部署と時期からして、不正な書類作成に関わっていた可能性も有り得る。激務なのに人員を減らしたのは、03号(「電通不正請求問題 2つの重要な視点」 )でも書いたように、「儲からない部門」は社内評価も低いため、どんどん人員を削っていったと考えられる。人員を減らして業務も縮小するというのならまだ分かるが、営業収益を上げるために無理矢理人を減らした上で業務量は増大させるなど、およそ全く合理的でないことをやっていた。そしてそのあげくが、今回の女子社員の自殺を生んだのだ。

ANN=テレビ朝日系列2016年10月7日付報道より

◆軍隊のような上下関係を強制する企業体質に反省なし

彼女は東大文学部の卒業で、いわゆるコネ入社ではなかったようだ。電通は「コネ通」と呼ばれるほどコネ入社が多いのだが、当然そういう連中の多くは能力が低いため、いきなり難易度の高い部署には配属されない。逆に新卒で本当に優秀な者は、最初から激務の中に放り込まれる。即応性や順応性、業務処理能力が高いと判断されるからだ。これは博報堂でも同じで、東大卒だからと言って特に大事にされはしない。大事なのは激務の中を走りながらそつなく仕事をこなしていける能力であり、大学名や男女差などは関係ない。つまり彼女は本当に優秀だったがゆえに期待され、細かいチェック能力が必要で激務のデジタル部門に配属されたと考えられる。

しかし、そうやって配属された彼女を、担当部署はきちんと育てられなかった。電通は新入社員に富士登山をやらせたり、部内や得意先との飲み会の企画なども新入社員にやらせている。

毎日新聞2016年10月8日付記事

深夜残業の後でも飲み会を実施、そこも新入社員は必ず出席しなければならないという、まるで軍隊のような上下関係を強制する体質の会社であり、今回もそうした中で上司によるパワハラもあったようだ。そうした内情や、1年も経たずに過労死が認められたのは、彼女自身が残したツイッターがあったからだった。そのいくつかを転載する。

私は2015年12月25日に彼女が亡くなるまでの、約半年分のツイートを読んだが、確かに10月以降は業務が激増し、心身の余裕を失っていった様子が伺えて、読んでいて非常に辛いものがあった。希望に燃えて入社してきた若人をすり潰し、自殺まで追いやった電通の責任は大変重い。

◆ワタミ過労死では徹底糾弾し、電通過労死では沈黙するマスメディア

しかし同社はこれまでこの事件に関し正式な発表や謝罪もしていないし、同社のHPにさえ何ら経緯を載せていない。そしていつもの通り、メディア各社は第一報だけとりあえず報じたが、その後の追及は全くしていない。ワタミの同様の事件の際はあれだけ同社を糾弾しまくったメディア(例えば産経新聞2015年12月26日付記事「検証・ワタミ過労自殺和解(上)」)が、電通に対しては沈黙している。内部は反省せず、外部も強く批判しない。だからいつまで経っても、電通はまともな会社にならないのだ。


◎[参考動画]「死にたい」と家族に・・・電通社員の女性が過労死(ANN=テレビ朝日2016年10月7日)


◎[参考動画]電通新入社員の自殺 長時間勤務の「労災」(NNN=日本テレビ2016年10月7日)

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

電通に関する記事を書いていたら、まさしくその影響力を体験するような出来事に遭遇した。10月1日、TOKYO MXテレビ(東京メトロポリタンテレビジョン)で毎週月曜夜22時から放映中の「ニュース女子」という番組の制作会社から、同番組へのゲスト出演依頼があった。

TOKYO MXテレビ

この番組は毎回保守色の強い論客(大学教授、作家等)を4、5人揃え、3本程度の時事ネタを若い女性タレントに解説するというニュースバラエティ番組だ。一応ゴールデンタイムの放送であり、MXとしても力を入れている番組のようだ。今回は東京都の豊洲問題、ビットコイン、そして電通の不正請求問題を取り上げたいとのことだった。

DHCシアター『ニュース女子』

◆企画から制作まで外注で行われるテレビ番組制作の仕組み

ここで簡単に番組制作の仕組みを説明すると、現在の民放番組の殆どは、外注制作会社(プロダクション)によって作られている。番組を作る膨大な機材やスタッフを社内で抱えることが難しいためで、「○○テレビの番組」などと言っても、内実は制作会社が企画・制作した番組をテレビ局が電波に乗せているに過ぎない。テレビ局側は内容チェックと局の名義を貸しているだけで、実際の現場の殆どは制作会社に任せきりなのだ。この「ニュース女子」もまったく同様で、連絡をしてきた制作会社が番組の企画や人選を一手に引き受けているのだった。

とはいえ厳しく電通批判をする私にとって、最も電通の影響力が強いテレビ局への出演可能性は限りなく低いから、私は連絡をくれた制作会社のディレクター氏に「私なんか出して、本当に大丈夫?」と何度も確認した。

『ニュース女子』出演者

『ニュース女子』出演者

それに対し、「電通の不正請求事件は記者会見まで開いて大きく報道されたので、それを扱うのは何の問題もありませんよ」との返答であり、「制作に関しては全てMXから一任されているので大丈夫」とのことだったので、それならばとゲスト出演を了承した。収録は10月6日、放映は10月10日とのことであった。

◆制作側も扱いの難しさを十分に分かっていた

送付されてきた企画書では、いきなり「不正請求」という言い方は厳しいので、「電通の噂、本当ですか」というタイトルで最近の電通の様々な問題(五輪エンブレム騒動、五輪招致裏金疑惑、不正請求問題等)を提示して、ゲスト出演する私に意見を求める、という形式だった。司会者やレギュラーコメンテータなどは著名人ばかりで日頃電通にお世話になっている人が多いから、ゲストの私に喋らせることによって「あれは本間の意見だから」という体裁を作ることができるという訳だ。

ディレクター氏はテレビで電通の諸問題を扱うことの難しさは十分に分かっているようで、噂程度ではもちろん取り上げられないが、今回は既に放送されたネタなので大丈夫と判断していたようだった。企画書や台本が送られて来たので、問題なく収録までいくかと思っていた。

『ニュース女子』MCは長谷川幸洋=東京・中日新聞論説副主幹

◆MX側が「電通の不正問題を放送することは不可」と一蹴

しかし、やはりことはそう簡単には運ばなかった。10月4日の夜になってディレクター氏から電話があり、出演中止を告げられた。制作会社が収録用の台本と番組内で使用するフリップ案を局に提出したところ、しばらくして放送を中止するようにとの命令がMX編成局からあったという。

その理由としては、とにかく「電通ネタは放送するな」とのことであり、ゲストの私の出演拒否ということではなく、「電通のネタは放送できない」というものだった。ディレクターは「既に9月23日に各局で記者会見の模様が報道されたので問題ないのではないか」と食い下がったが、「電通の不正問題を放送することは不可」と一蹴されたという。

MXの態度自体は、ある程度予想されたことだったので私は特に驚かなかった。ディレクター氏の落胆や謝意は電話を通してよく理解できたし、放送中止は制作会社の雇用者たるMXの意向なので、彼には何ら責任はない。

私は今まで電通の威光にひれ伏すメディアの実態を随分聞いてきたが、遂に自分自身でそれを体験することになったのだ。それにしてもこの「電通のニュースは絶対に流すな」という見事なまでの自主規制は、まさしく現在のメディアの電通に対する盲従ぶりを示す好例ではないだろうか。

ライブドアニュース2016年3月31日付記事

◆「自主規制」の岩盤はとてつもなく厚かった

東京MXは関東ローカルのテレビ局で規模も小さく、それゆえに比較的自由な番組制作が出来るという評判だった。ところが最近はジャーナリストの上杉隆氏が出演番組を一方的に降板させられる事件も起き、その影にはやはり電通の存在があると囁かれている。

私の件は、ニュースを扱うとはいえ、ほとんどワイドショー的な番組であり、しかもたった一回限りなので可能ではないかと思ったが、やはり「自主規制」の岩盤はとてつもなく厚かったというべきなのだろう。

◆テレビが沈黙してもネットの流れは止まらない

出演中止を受け、早速この件をツイート発信したところ、2日間で3500リツイートを越えた。これは相当な数であり、ツイッターのインプレッション(ユーザーが当該ツイートを見た回数)は約30万回にもなるから、かなり大きな数字だ。

多くの人々が電通に関する情報に敏感になっているのにどのメディアも沈黙しているから、逆に私のような無名の者の告発でさえあっという間に拡散され、増幅される。多くの人々が「メディアの電通に対する自主規制」に気づきはじめており、もはやこの流れは止まらないだろう。

▼本間龍(ほんま・りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

フィナンシャルタイムズ2016年10月3日付記事

電通不正請求問題は9月23日夕に同社が記者会見した模様を新聞社や通信社が24日に報じて以来、広報やデジタルネタを扱うネットサイトではいくつか検証ページが立ち上がったものの、大手メディアはこの事件を全く報道していない。

雑誌メディアは発売日の関係でどうしてもタイムラグが生じるが、この問題の発生は約2ヶ月前のトヨタから電通への通報から始まっており、その間に多少情報は漏れていたから、取材時間は十分にあったはずなのに動きがないのだ。

そもそもトヨタが電通の不正を同社に糺し、被害が燎原の火のように広がっていった事実のリークは当初国内メディアに持ち込まれたが、どこも取り合わなかったので海外メディアに流れたと言われている。

フィナンシャルタイムズ2016年10月3日付記事

つまりその時点で大手メディアはこの事実を掴んでいたのであり、それを承知で報道を控えていたその体質に問題がある。

◆100社以上のスポンサーに不正請求を行っていたという事実

この電通問題には大きく分けて2つの重要な視点がある。まず一つは、国内最大手の広告代理店が100社以上のスポンサーに不正請求を行っていたという事実だ。この「不正請求」とは実態のない請求も含まれるから、そこに金銭のやり取りがあれば、それは「詐欺」を働いていたということになる。これは立派な犯罪行為で、刑法罰が科せられてもおかしくない事態だということだ。

発端となったトヨタは4~5年前まで遡って調査したとのことだから、他のスポンサーにもそれと同様の不正を働いていた可能性がある。

フィナンシャルタイムズ2016年10月3日付記事

それだけでもとんでもないことだが、さらに重大なのは、同社がそれをトヨタに指摘されるまで、そのままにしていたことだ。不正行為によって水増し請求をすることは詐欺と同義であり、同社は得意先に指摘されるまで詐欺行為を止めなかった、ということになる。

◆社員個人ではなく「会社ぐるみ」であったという事実

さらに悪質なのは、長期にわたって100社以上のスポンサーに不正請求を行っていたのは、一部社員の仕業ではないといういうことだ。そこまで広範囲のスポンサーが対象ということは、担当する複数の営業部門と、実際に請求書を発行する経理部門までがグルになっていなければ到底不可能だからだ。

フィナンシャルタイムズ2016年10月3日付記事

だからこそこの犯罪は「会社ぐるみ」であったと言うべきなのであり、その全社的な遵法精神と自浄能力の欠如は強く指弾されなければならない。しかし、記者会見における同社幹部の言動は、とてもこの「犯罪行為」を重く受け止めているようには見えなかった。もしその重さを自覚しているのなら、「不適切請求と言いましたが、まあ不正です」などという脳天気な発言など有り得ないだろう。

2つ目の視点は、上記のようにこの問題の重要性を一向に報じない、大手メディアの体質だ。メディアが電通に対し異常なまでの自主規制をする構造については前回までに指摘した通りだが、この事件に関しても各社は記者会見を報じただけで、本日(この稿を執筆中の10月3日まで)独自取材による調査発表を行なっていない。

フィナンシャルタイムズ2016年10月3日付記事

記者会見ではトヨタ以外のスポンサー名は一切不明、その不正内容や請求期間も曖昧なままなのに、どこもこれを後追い取材しないというのは、極めて異常な事態である。いうなれば、9月24日の報道は23日の記者会見とそこで配られたペーパーを鵜呑みにした、「大本営発表」のようなものなのに、どこも詳細を調査しようとしないのだ。

フィナンシャルタイムズ2016年10月3日付記事

◆沈黙する国内メディア、気を吐く海外メディア

しかし、このように国内メディアが揃って沈黙を守る中、気を吐いているのが海外勢だ。中でもフィナンシャルタイムズは10月3日、自社のHPで大きく「電通、日本における表現の支配者」という強烈な見出しの記事を掲載した。正月の電通賀詞交換会に日本のトップ企業が参集する異様さから、ライバルの博報堂の2倍以上もある規模の大きさ、オリンピック開催まで請け負う実施力、国内メディアに対する発言力などについて、私を含め数人の広告関係者からオンレコの証言を紹介、批判的な記事を発表している。

FTは世界でよく知られた経済専門紙であり、各国の経済に大きな影響があると判断したニュースを全世界の読者に配信している。つまり、この電通という会社の特異性が日本の経済社会に負の影響を与え、ひいては広告分野での日本市場の閉鎖性を招いているという実態を世界に向けて紹介しているのだ。これは海外での取扱高が50%を超えている電通に「アンフェアな、何かおかしな企業」というレッテルを貼り付けるから、株価や今後の海外展開などで相当な痛手となるのではないか。

そしてFTが示したとおり、海外メディアは電通に全く遠慮しないので、これからも痛烈な記事を発表することが予想される。それはそれで大変結構だが、そのたびに、何も報じない国内メディアの異常さが鮮明になっていくという図式は本当に情けない。一企業の犯罪行為を報道できないメディアに、存在価値などあるのだろうか。この事件に関しては、今後も情報収集し、積極的に発言していきたい。

▼本間龍(ほんま・りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

電通に関する悪事が露見する度に、非常に面白い現象が起こる。同社に関する第一報が報じられた後、いわゆる「後追い取材」が殆どないのだ。通常、業界トップ企業の不祥事はニュースバリューがあるので、独自取材をして続報を流す場合が多いのだが、電通と博報堂、とりわけ電通の場合は追跡取材が本当に少ない。

◆記者会見は週末に設定する──危機管理広報の裏ワザ

ファイナンシャル・タイムズ2016年9月27日付記事

電通が記者会見を開いた9月23日、さすがに日本最大の広告代理店の不祥事だけあって、その日はTV各社とも会見の様子を報じていた。ただ、記者会見は金曜の夕方であり、週末は特に影響力が強いテレビの報道番組やワイドショーが殆どないので、その影響は非常に限定的だった。緊急性がない限り、朝刊掲載を避けるために記者会見は可能な限り遅い時間に、しかも週末に開催するのは危機管理広報の裏テクニックであり、様々な企業の危機管理を扱ってきた電通は、自社にもその法則を適用したのだ。

そしてその戦略は見事に当たり、週明けのワイドショーで電通問題を取り上げたところは一つもなかった。また、各新聞社も社説や特報面で扱ったところは(筆者の見たところ)1社もない。形だけ第一報は報道するが、後追い取材はしない、という各社の電通に対する姿勢が見事に現れている。

しかし、この事件は第一報だけ報じれば良いという性質では決してない。同社が認めている通り、不正請求は110社以上の得意先に拡がり、しかも未だに調査途上だからだ。

もちろんあり得ないが、例えばこれがトヨタ1社だけへの不正であったなら、ことは電通のトヨタ担当チームだけの問題で片付けられた。しかし、現状だけでも110社に被害が広がっているということになると、これは営業から経理を巻き込んだ、完全に全社的な詐欺行為ということになり、関係部門の数百人が関係していたことになる。被害はまだまだ拡大するだろう。

電通の株式分布と主要株主(電通統合レポート2016年)

◆「一人バブル」を謳歌し続ける電通

会見では、デジタル関係業務の高度さや複雑さに対し、恒常的な人手不足がこの事件の原因だとされたが、これは確かに納得できる。ネット広告はその細かさや安価が売りである分、作業が非常に煩雑で儲からない。だから十分な人材を配置できず、結果的に無理な体勢で怒涛のような発注に対応するようになってしまっているのだ。

電通は、今でも一人バブルを体現しているような企業である。そしてその収益の根幹は、未だにテレビのタイムやスポットCMである。その収益力は非常に高く、例えば全国ネットのCM一本(1回)が300万円だとすると、その20-25%が電通の収益となる。この収益率は、戦後テレビ業界の黎明から発展期を一手に担った電通が自ら設定したものであり、その構造が未だに同社の屋台骨を支えているのだ。

しかし、これがネットのバナー広告だと1本が数千円、収益も数パーセントに過ぎない。つまり、ネット上で莫大な量の広告を打っても、収益率はCMにはるかに及ばないのだ。ところが電通内部の社内評価は、相変わらずテレビやプロモーション関連で稼ぐ高収益モデルが当然とされているので、その尺度で人員を配置する。その結果、収益の低いデジタル関連は常に人手不足になるのだ。

◆他の代理店でも一斉社内調査始動

そうはいっても現在の広告業界で売り上げが伸びているのはネット関連分野だけだから、電通もここに注力せざるを得ない。だがテレビCM草創期とは異なり自社で全てのルールを決めるわけにいかず、初期段階で高収益を確保する仕組みを構築することが出来なかった。そして大小の代理店が参入した結果、競争は激化し収益率は低いままだから、十分な人材を配置できず、結果的に「儲けのない繁忙」状態を続けざるを得ない。これが今回の事件の背景であり、第一線で業務に従事している社員の苦労は理解できる。

だが、「儲けのない繁忙」はどの業界にも存在し、だからと言って不正が許されるはずがない。ましてや業界トップに君臨し、高い信用を盾に仕事を受けている企業がこのような不正を働いては、同業他社にも計り知れない悪影響を与える。「業界トップが不正をしていたのだから」という理由で、博報堂以下の代理店でも一斉社内調査が始まっており、他社からはとんだとばっちりだと怨嗟の声も聞こえてくる。
 
◆電通の驕りを是正できない日本の広告業界構造

では、この問題が電通からのスポンサー離反に繋がるかというと、ことはそう簡単ではない。この問題の発端となったトヨタは、年間数百億円にのぼるデジタル関係領域の殆どを電通に任せていたと伝えられている。事件の発覚でトヨタ首脳部の怒りは相当なものだったらしいが、だからといってぺネルティとして全ての扱いを電通から博報堂に移したわけではない。

博報堂はライバル会社の日産の専任代理店となっているから、トヨタとしても全ての業務を任せにくいし、博報堂としても、突然年間数百億円分の業務を移されても、それをつつがなく進行できるマンパワーが足りないからだ。ましてや不正請求が確認された100社以上が一斉に扱いを移したら、今度は博報堂の現場がパニックを起こすだろう。そして博報堂が無理なら、業界3位のADKにも不可能だ。

つまり、電通が突然機能を停止しても、瞬時にその代りが出来る代理店は存在しない。それほど電通は巨大化し、他社との差は広がってしまっている。そして電通幹部はそれを十分承知していて、FTの取材に対し「(不祥事があっても)日本の企業はそう簡単に広告代理店(電通)を切ることはない」などと嘯いていられるのだ。この電通の驕りを是正できない現状こそ、日本の広告業界最大の問題なのだ。

▼本間龍(ほんま・りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

電通2016年9月23日プレスリリース

今回からこちらのデジ鹿通信で主に原発とメディア、広告代理店とメディアの関係について記事を書かせて頂くことになった。本来なら一回目は原発広告の現状について書こうと思っていたのだが、原発プロパガンダと非常に密接な繋がりを持っている広告代理店、電通の不祥事が発覚したので、今回はそちらについて書いてみたい。

ウォールストリートジャーナル2016年9月21日付

9月23日、電通は記者会見を開き、デジタル関係業務で不正請求が発覚し、対象企業は110社、不正に請求した金額は2億3千万円に上ることを明らかにした。

実はこの事件は先週あたりから海外のメディア(ウォールストリートジャーナルフィナンシャルタイムズ)などがWEBページに掲載し、業界関係者の間では話題になっていた。電通に頭が上がらない国内メディアはこれを黙殺していたが、遂に日経が書くに及んで(日経はFTを買収している)、急遽金曜の夕方に記者会見を開いたのだった。

さすがに会見の内容は大手メディアが報じているからそちらをご覧頂きたいが、驚くべきは、各社のタイトルであった。「電通、不適切請求(NHK)」「電通が不適切取引(朝日)」「不適切業務(産経)」「業界トップでなぜ不適切請求(毎日)」「電通、ネット広告対応で不備 不適切請求2.3億円(日経)」など、揃いも揃って「不正」という表現ではなく「不適切」という曖昧な表現に終始していたのだ。

朝日新聞2016年9月23日付

◆「不正」と「不適切」では印象が全く違う

当然のことだが、不正と不適切では読者に与える印象が全く違う。不正は明らかに悪事だが、不適切ではまるでミスか何かのような印象を読者に与えてしまう。電通に広告費を握られている大手メディアの腰の引けっぷりには毎度のことだから驚かないが、実は記者会見場では記者たちが厳しく追及しており、電通の副社長が今回の事案を「発表では不適切としているが、不正といえば不正ですね」と自ら認めているのである。

ここで問題なのは、例えば毎日新聞は、金曜夜の配信では「電通、ネット広告不正 2.3億過大請求」としていたのに、翌日の朝刊紙面では「不適切請求」とトーンが落ちていた。

速報では正しいタイトルをつけるのに、一晩置くとほとんどが「不適切」とトーンを下げて表現してしまうところに、日本のメディアが抱える大きな問題が潜んでいる。つまり、速報は上層部のチェックが少ないのでそのものズバリで書けるが、翌日の朝刊紙面となると様々な角度(役員や部署)のチェックが入り、表現が弱くなってしまうということだ。

毎日新聞2016年9月24日付

◆東芝巨額粉飾事件報道との類似点

そういえばこれによく似たことが、昨年大騒ぎとなった東芝の巨額粉飾事件でも起きた。明らかに売り上げをごまかし、株主に損害を与えていた粉飾事件を、大手メディアは「不適切会計」などと報じたのだ。その頃、朝日・毎日が「不正会計(決算)」、読売・日経が「不適切会計」、産経が「利益水増し問題」などと報じていたのはいまだ記憶に新しい。それぞれの社が色々と言い訳をしていたが、これなどは東芝の莫大な広告費欲しさに記事の表現を自粛しているとしか思えない事例だった。

さすがに殺人や大規模事故クラスのアクシデントでは手加減出来ないが、一般消費者に直接的な被害をもたらさないレベルのものなら、広告費の多寡がメディアの追及の尺度を決めるのは事実だ。東芝は年間で数百億円を広告に使う大スポンサーであり、この粉飾事件で痛手を被って一時的に広告が減っても、必ず立ち直れる。

メディア各社はそう考え、東芝追及の表現を弱めた。そしてそのようにメディアに入れ知恵したのが、電通や博報堂の巨大広告代理店だったのだ。通常はそうやって企業不祥事の火消しにまわる電通自身が謝罪会見を開く羽目になったのだから、強烈な皮肉である。

「権力より、愛だね。」(2012年トヨタ自動車クラウン広告)

◆トヨタでなければ電通は無視か誤魔化していた

このデジ鹿通信を読まれている方は殆どご存知だと思うが、中でも電通のメディアに対する統制力は強大であり、今回の報道でもその力が遺憾なく発揮されている。海外メディアでは、事件の発覚はトヨタが電通の請求に対し疑念を持ち、過去5年分の取引を精査して不正請求を見破ったことにある、とはっきり書いているが、そのことまで記事で言及したのは朝日と日経だけであった。

しかも記者会見でそのことを糾された電通の副社長は、「確かにその通りだが、できればそのことは書いて欲しくない」などと各社に対し「配慮を要求」、結果的に多くの社がそれに従う形となった。そういう要望を口にする電通の傲慢さも許し難いが、それに「配慮」し結果的に言うことを聞いてしまうメディアも心底情けない。

トヨタは常に日本の広告費ナンバーワンを争う超巨大スポンサーであり、さすがに電通といえどもその指摘を無視できなかった。これがトヨタ以外、例えば日本の広告費ベスト20位くらいに入るような大スポンサーでなければ、電通は指摘を完全に無視か誤魔化していただろう。日本最大の広告代理店の不祥事と、それを巡るメディアの姿勢はこの国の情報のあり方を考える上で非常に重要な要素をはらんでいるので、次回もこの事件について意見を述べてみたい。

▼本間龍(ほんま・りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)、『原発広告』(亜紀書房2013年)、『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

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