前号では、10月中旬頃に安倍首相が直々に電通社長に注意を与えたことを書いた。電通が独占受注しているオリンピック業務への影響を懸念しているからだが、安倍の心配をよそに、事態はさらに悪化の一途を辿っている。
◆呪縛が解け始めているメディア
何よりも、労働局が遂に強制捜査に踏み切ったことは、電通経営陣に相当な衝撃を与えたはずだ。前回の10月14日に実施された調査とは異なり、今回は捜査令状と強制力を伴う捜査であり、これで書類送検は決定的になったからだ。僅か一ヶ月足らずで捜査に切り替えたのも、当局が立件できる自信があるからだろう。
少し前まで電通については腫れ物に触るようだったメディアも、徐々に呪縛が解け始めている。先週号の週刊現代(2016年11月26日号)は『逮捕におびえる天下の電通「屈辱の強制捜査」全内実』の記事で、労基法の122条2項を根拠(違法状態を知っていて是正しなかった事業主は処罰される)に、石井社長の逮捕もあり得ると書いている。
ちょっと前なら「電通の社長を逮捕」など、絶対にあり得なかった記事で、僅か数ヶ月前と隔世の感がある。とはいえ気を吐いているのはもっぱら活字メディアだけで、電波(テレビ・ラジオ)は相変わらず第一報は流しても、番組内のコーナーなどで取り上げたりはしていない。NGワードがありすぎて、コメンテーターが発言できないからだろう。
◆事件の影響は次の決算に反映される
また現状では、一連の事件の影響はまだ数字となって現れてはいない。11月14日に発表された1~9月期の電通の業績は17%増となっている。不正請求の記者会見が9月24日だったのと、新入社員過労死の労災認定による騒ぎが巻き起こったのは10月以降だから、その影響が反映されるのは次の決算発表においてだろう。
だがこの決算で目を引いたのは、「リオデジャネイロ五輪や東京五輪関連のスポンサー収入が利益を押し上げた」という発表部分だ。私は再三に渡って五輪関係のスポンサー収入の巨大さを指摘しているが、今期の電通はまさしくその数字の恩恵に浴していると言っていいだろう。逆に言えば、もしその独占が崩れれば、相当な痛手となるということだ。
そこで、この一連の事件で電通の社長が逮捕されたり、会社が刑事訴追を受けた場合に、電通の官庁関連業務が停止となる可能性がクローズアップされてくる。それが直結するのが、電通が独占している五輪関連業務だ。これだけ「ブラック企業」としての悪評が確立し、さらに刑事訴追まで受けるような企業が税金を使った業務をするなど、国民の理解を得にくくなるのは当然だ。だが細かく考えると、労基法違反を根拠とするペナルティ条項を設けている官庁や公益法人は殆どないと考えられ、どの法律を根拠に業務停止とするのかが問われることになる。
◆他代理店への五輪業務移管は相当困難
また、実際問題として今まで全ての業務を遂行してきた電通を業務停止にすることは、法律的には有り得ても、実行面では相当な困難が伴う。先ず、いきなり全ての業務をとって変われるマンパワーが日本国内に存在しない。もちろん博報堂やADKにもスポーツ事業の専門家はいるが、オリンピックは他の業務と兼業できるようなレベルではなく、専業にして出向させなければならない。その人数も数十人単位が必要だ。
そして業務内容も、これからいよいよオリンピック実施に向けた様々なプロモーションやイベントが開始される時期に差し掛かっている。量的には、少なくとも現在スポンサーになっている42社に加えてさらに数十社のプロモーションを同時進行で動かしていかなくてはならない。こうした作業を途中だけ手伝って、業務停止期間終了後にまた元に(電通に)戻すなど、過去には全く例がないことだ。つまり、もし本当に電通が業務停止になったら、スポンサー契約を他の代理店に切り替えて業務を全部任せるか、業務ごとに(業務停止中のCM制作、その他広告制作、イベント等)細かく委託し、時間的に間に合わない作業だけを他代理店にやらせ、電通の謹慎空けを待つしか方法はない。
◆この先にまだ何が出てくるのか分からない
以上のように、現実的な視点で考えれば、このタイミングでの電通の業務停止や、それに伴う他代理店への業務移管は相当困難であることが分かる。しかし、だからといって、国の行政機関が強制捜査まで実施し書類送検した「ブラック企業」に、世界的な採点である五輪を任せて良いのかという「道義的責任追及論」が台頭することは避けられない。もし五輪業務が電通の一社独占でなく複数の代理店が絡んでいれば、電通が業務から外される可能性は十分にあった。電通が抜けても、他社がその穴埋めを出来るからだ。
しかも、現時点でも電通のブランドイメージは完全に失墜しているのに、この先にまだ何が出てくるのか分からない状況だ。労働局による捜査結果の発表はこれからだし、ネット業務の不正請求の最終報告もまだだ。つまり、これから先数ヶ月に渡って、電通にとって更なるネガティブ情報が出る恐れはあっても、信頼回復の目途は全く立っていないのだ。
◆労働局による書類送検で始まる電通事件第2章
以前私は、電通はコンシューマーを直接相手にしていないから、なかなか痛手を受けないと書いた。しかしこれには逆の作用もあって、コンシューマーを相手にしていないから企業としての謝罪姿勢が届きにくく、その取組みも見えにくいという側面がある。一般的な企業なら、不祥事を起こしたら謝罪広告を打つとか、店頭で配るパンフにお詫びを入れるという手段があるが、電通にはそれがない。つまり、イメージ回復のための、起死回生の一手などないということだ。
いま現在、上記のような電通の業務停止可能性について論じた記事はサンデー毎日(2016年11月27日号)しかない。全国紙4紙は揃って五輪スポンサーになっており、五輪盛り上げムードに水を指すようなこの話題にはなるべく触れたくないだろう。しかし、労働局による書類送検が行われた時点で世論の関心は一斉にこの問題に集まる。そこからがこの電通事件第2章の開幕となるのだ。
◎[参考動画]元博報堂・本間龍氏がスクープ証言!(Movie IWJ 2016/11/12公開)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。