2010年6月、広島市南区のマツダ本社工場に自動車で突入して暴走し、社員12人を死傷させた引寺利明(47)。「現場の工場で期間工として働いていた頃、他の社員の集スト(集団ストーカー行為)に遭い、マツダに恨みがあった」という特異な犯行動機を語り、裁判では妄想性障害と認定されたが、責任能力も認められて昨年秋、無期懲役判決が確定した。引寺は今、どんな日々を過ごしているのか。前回に引き続き、引寺が今年9月に岡山刑務所の面会室で筆者に語った本音の言葉をお伝えする。
すでにお伝えした通り、今も被害者や遺族に対する罪の意識がまったく無い引寺。「刑務所は“更生”する施設じゃなくて、(他の受刑者と)“交流”する施設」とまで言い放った。だが、その語り口にはどこか達観したような様子も感じられた。
◆「仮釈のことは今は考えん」
── 引寺さんは仮釈放が欲しいとは考えないんですか?
「ワシは考えんね。いま考えてもどうしようもないけえ。(仮釈放が)あるとしても、だいぶ先のことじゃろう。たいぎい(=面倒くさい)けえ、考えんわ」
── 無期懲役ですからね。
「無期の場合、ここ(=岡山刑務所)から出る人は1年に1人おるかどうかじゃね。今は無期じゃと30年以上入るけど、ほとんど小さい箱になって(と言いながら骨壷を胸の前に抱くような仕草をして)、出るんじゃろう。無期で入ってくる人と出る人を比べたら、入ってくるほうがだいぶ多いもんね。無期の人間は出れれば、ラッキーいうことじゃろうね」
引寺は罪の意識がまったく無い一方で、「シャバ」への未練もあまり感じていないようだった。それにしても、と筆者は思う。引寺が現在、自分のアパートに侵入する「集スト行為」を行っていたのはマツダの社員ではなく、実は自分の父や不動産会社の社長だったと主張するようになっているというのはすでにお伝えした通りだ。仮にその主張が事実ならば、引寺は「集スト行為」とは無関係のマツダの社員たちを死傷させたことになるのであるが……。
── 引寺さんのアパートに侵入していたのがお父さんや不動産屋の社長だったと思うなら、無関係なのに被害に遭ったマツダの人たちに悪いことをしたと思わないですか?
「いや、そりゃ思わん。親父や不動産会社の社長がワシのアパートに侵入しよったんなら、ワシが言いよったことが妄想じゃなかったことになるじゃろう。つまり、ワシがマツダでロッカーや車にイタズラされよったこともホンマじゃったと証明されることになるんじゃけえ」
つまり、こういうことらしい。引寺の裁判では事実上、引寺が主張する集団ストーカー被害はすべて「引寺の妄想」だったと結論されている。だが、自分の父親や不動産会社の社長が引寺のアパートに侵入していたのなら、少なくとも引寺の主張のうち、「自宅アパートに何者かが侵入していた」という部分は事実だったと証明される。ひいては、マツダの工場での勤務時にロッカーや車にいたずらされたと主張している件も妄想ではなく事実だったと証明される――それが引寺の考えなのだ。
◆本心で話してはいるのだが……
筆者が賛同しかねていると、引寺は筆者の心中を察したのか、こう水を向けてきた。
「ホンマの話、片岡さんはどう思いよん? やっぱり少なからず、(集団ストーカーに遭ったという話は)ワシの錯覚じゃと思いよん?」
「……少なからず、そう思っていますね」と筆者は正直に答えた。
すると、引寺は「そうか……」と少し残念そうにしながらも念押しするようにこう言った。
「でも、ワシが(マツダに)何の恨みもないのに、ただデカイことをやってやろうという思いだけで事件を起こしたんじゃないんはわかってくれたかね?」
今度は筆者も「そうですね。それはわかりました」と答えた。昨年の春頃から一年半以上、面会や手紙のやりとりを重ねてきて、引寺が常に本音で話していることだけはわかっていた。マツダの工場で働いていた頃に集団ストーカー被害に遭ったことが犯行動機だという引寺の言葉は、間違いなく本心だ。
だが、しかし――と筆者は思う。引寺は事件を起こして以来、自分の犯行を誇示するような言動もしばしば見せてきた。公判で不規則発言を繰り返したのは、その最たるものだろう。控訴審の判決公判では閉廷時、裁判長に食ってかかった挙げ句、「このワシがマツダに黒歴史を刻んでやった! よう覚えとけ!」と大声で叫びながら退廷していった。それまでに何度も面会してきた筆者には、あれが引寺のパフォーマンスだということはすぐわかった。引寺は決して激高し、我を忘れてあのような発言をする人間ではない。
また、引寺は犯行直後に知人男性に電話した際、「ワシは秋葉原を超えた」と、2008年に7人が死亡した秋葉原無差別殺傷事件を意識したような発言をし、犯行を誇示していたと伝えられている。引寺という男の思考回路は一体どうなっているのか――。[つづく]
【マツダ工場暴走殺傷事件】
2010年6月22日、広島市南区にある自動車メーカー・マツダの本社工場に自動車が突入して暴走し、社員12人が撥ねられ、うち1人が亡くなった。自首して逮捕された犯人の引寺利明(当時42)は同工場の元期間工。犯行動機について、「マツダで働いていた頃、他の社員たちにロッカーを荒らされ、自宅アパートに侵入される集スト(集団ストーカー行為)に遭い、マツダを恨んでいた」と語った。引寺は精神鑑定を経て起訴されたのち、昨年9月、最高裁に上告を棄却されて無期懲役判決が確定。責任能力を認められた一方で、妄想性障害に陥っていると認定されている。
▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。