米国従属国家による「敵基地攻撃能力の保有」とは? 間違ってミサイル戦争になりかねない官邸の「アイデア」 イージス・アショアなき新たなミサイル防衛

「アベノマスク」といい、実現性も経済効果も希薄な「GO TO トラベルキャンペーン」といい、冗談のように派手な看板を掲げては、世論の反発を受けている安倍政権の「アイデア」政策である。

だが、こと国防問題においては、これが単なる冗談では済まなくなる。イージス・アショワ設置が停止になったあとの、ミサイル防衛戦略である。

安倍政権は17日にNSC(国家安全保障会議)の4大臣会合を首相官邸で開き、地上配備型迎撃システム、イージス・アショアに代わる新たなミサイル防衛について協議した。政府は9月をめどに方向性をまとめたい考えだという。

◆トランプに媚を売った安倍総理の失敗

そもそもイージス・アショアは、きわめて杜撰な計画だった。秋田県男鹿市の設置場所では、死角になる本山への仰角をグーグルアースで計測した(三角系数で試算しなかった)ために、ミサイルを発射できないというチョンボを犯し、山口県においてもブースター(第一段ロケット)が住宅地に落下することが判明したのだ。

しかも、高額(トランプに押し付けられた)のうえ、当面は役に立たないという頼りなさである。設置予定だった迎撃ミサイルSM3ブロック2Aは2200億円以上、じつに12年の開発期間を要するものだったのだ。河野防衛大臣は6月16日の記者会見で、計画停止の理由を「約束を実現するためにコストと時間がかかり過ぎる」「(ブースターが地上に落ちるので)計画どおりに運用できない」「ハードウェアを改修すれば倍のコストがかかる」などと説明した。

ようするに、安倍総理の「思いつき」(トランプからの押し売り)で設置を計画してみたものの、あまりにも杜撰で使いものになりそうになかった、というものだ。12年間もの空白が生まれることに、安倍総理は契約時に思いをめぐらせなかったのだろうか。日米同盟の健在(トランプとの蜜月)をアピールするあまり、押し売りでしかない防衛装備を大量に買い入れ、効率の悪い防衛戦略を抱え込んでしまったのだ。

◆敵基地への先制攻撃?

ところで、このチョンボを奇禍とするがごとき動きが、安倍政権内部に起きつつあるのだ。冒頭に紹介したNSC(国家安全保障会議)の4大臣会合こそ、新たなミサイル防衛戦略にほかならない。それはしかし、専守防衛の壁をこえて一気に先制攻撃に道を開こうとするものなのだ。

安倍首相は6月18日の総理会見でイージス・アショアの配備計画停止について「わが国の防衛に空白を生むことはあってはならない」などと言い、敵基地攻撃能力の保有について「抑止力とは何かということを、私たちはしっかりと突き詰めて、時間はないが考えていかなければいけない」「政府においても新たな議論をしていきたい」と発言していた。その発言につづいて、政府高官のあいだから「守るより攻めるほうがコストは安い」(テレビ報道)という発言が飛び出すなど、従来の防衛戦略を突き崩す動きが顕著になっているのだ。

敵基地の先制攻撃論は、北朝鮮がミサイル実験をはじめた当初から議論されてきた。発射されてからでは遅い。ミサイル(液体)燃料の注入が始まった段階で、攻撃の意志ありとみなして攻撃すべきだと。実験のためのミサイル発射準備も「攻撃意志ありとみなす」じつに危険きわまりない発想である。北朝鮮のミサイルが固形燃料になった今、どうやって敵の攻撃意志を確認し、どの基地をどう叩くというのだろうか。

この点については、軍事評論家の香田洋二氏(元自衛艦隊司令官・統合幕僚会議事務局長や佐世保地方総監などを歴任。著書に『賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門』など)が警告を発している(ネットマガジンなど)。

「イージス・アショアの配備断念を決定する段取りが拙速との評価を免れ得ない一方で、その善後策として敵基地攻撃能力の議論が始まるのも同様に拙速」であると。

◆偶発的「戦争の準備」よりも外交努力を

「敵基地攻撃は、やる以上、相手のミサイル能力を殲滅(せんめつ)する必要があります」(香田氏)

当然のことであろう。北朝鮮は500発以上の弾道ミサイルを保有し、そのうち数十個の核弾頭を装着可能だといわれている。攻撃の意志ありと「判断」し、先制攻撃したとして、一個でも撃ち漏らせば核弾頭が日本を襲う可能性があるのだ。北朝鮮のミサイル反撃はアメリカの応戦を呼ぶかもしれないが、核の応酬は惨劇を招くいがいの何ものでもない。核時代の戦争に勝者はないのだ。

香田氏はまた、ワイドショーのインタビューでは「日本には北朝鮮のミサイル基地を把握するスパイもいません。基地を叩こうにも、肝心の情報がないのです」と、指摘する。けだし当然である。

すでに北朝鮮は、潜水艦からの弾道ミサイル発射に成功している。自衛隊のP3C(早期警戒機)が領海をこえて、北朝鮮のミサイル潜水艦を索敵するのは、もはや戦争行為である。

いや、日本を仮想敵国にしている韓国・中国の防衛攻撃を受けかねない。その方面(歴史認識と島嶼領土問題)では、日本の政治的孤立は深刻である。安倍政権の外交努力の貧困こそ、問題にしなければならない。アメリカにすり寄るだけを外交だと思い込んでいる人物を、総理の座から引き下ろすのでなければならない。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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「Go To トラベル キャンペーン」こそ、安倍政権の本質である ── 危機管理に「耐える力」がなく、景気の良い掛け声で「弱気を隠す」

◆日本は防疫後進国だった

コロナ禍がいっこうに収束しないまま、わが国の防疫政策は迷走をきわめている。第二波ともいわれる感染者数の増大のなかで、すでに明らかになっているPCR検査の決定的な不足も解消されていない。本欄でも明らかにて来たとおり、厚労省の医系技官=保健所の消極性、そしてこの問題に限っては官邸政治主導の立ち遅れによるものだ。

PCR検査を増やしたい官邸の意向にもかかわらず、官僚組織と現場が動かないのである。デイリー3000~4000のPCR検査という日本の立ち遅れは、第二波を封じこめた武漢や北京とくらべれば明らかである。

すなわち武漢においては、第一波の収束後40日目に1人の陽性者が出たが、その陽性者の居住団地5000人を一斉検査している。そのうち密接交際者5人を割り出して隔離している。さらには、わずか19日間で全市民990万人にPCR検査を実施したのだ。じつに1日あたり50万人である。その結果、300人の陽性が判明し、これをただちに隔離。その後(6月1日以降)2人の陽性者が出たものの、市外からの旅行者であった。つまり、再発を完全に封じ込めたのである。なぜ中国にできて、わが国にはできないのか?

◆動かすべき組織(厚労省)を動かせず、思いつきで勝負せざるをえない

上述したとおり、それは厚労省医系技官がその要を占める保健所および国立感染研の消極性にほかならない。PCR検査そのものに及び腰(医療従事者の感染の危惧)であること、そして厚労大臣・副大臣・政務官ら政治家ばかりか、安倍総理の意志すら貫徹しない組織に欠陥があるのだ。医系技官たちのセクショナリズム(縄張り主義)、パワーゲーム(事務系官僚との抗争)は、『さらば厚労省』(村重直子、講談社)に詳しい。

官邸・官庁中枢だけではない。感染者数の集計にFAXを用いるというアナログ体質、二か月経ってもマスクひとつ満足に配れない役所と郵便網、持続化給付金を民間に丸投げし、二次受け三次受けを追跡できない体たらくなのだ。思い起こして欲しい、厚労省および社会保険庁のアナログ管理によって消えた年金を。

日本は80年代後半から国鉄・郵便局の民営化によって、親方日の丸体質ともいうべき公的分野の改革を行なってきた。だがそれは、官公労の労働運動を破壊するのが主目的で、赤字部門の清算が副次的な目的であった。鉄道においては赤字路線の廃止、郵便においては公務員的な体質を宿したまま、違法な保険契約でノルマを達成するという弊害を生んだ。

そしていま、官庁中枢において「動かない組織」が明らかになってきたのだ。そして動かない組織を横目に見ながら、なんら策を打ち出せない官邸が思いついたのが、まさに思いつきの「アベノマスク」であり「GO TOキャンペーン」なのだ。動かない組織の問題点を切開(組織と人事編成の再編)するのではなく、ほんらい向かい合うべき政策に背を向けた「アイデア」で勝負しようというのが、安倍総理とその補佐官・秘書官たちなのである。

アベノマスクを発案したのは、佐伯耕三総理大臣秘書官であるといわれている。総理に対して「全国民に布マスクを配れば不安はパッと消えますよ」と進言したとされ、これを「実現」させたのが大型補正予算を仕切る今井尚哉総理秘書官だったという。

◆実現しても危険が大きいアイデア

そして今回の「Go To トラベル キャンペーン」を総理に提案したのは、その今井秘書官の指揮のもと、新原浩朗経産省産業政策局長だといわれている。この新原局長は内閣官房で日本経済再生総合事務局長代理補の肩書もあわせ持ち、今井氏と働き方改革や教育無償化など、総理肝いりの政策を実現させてきた人物だ。タレントの菊池桃子さんと2019年11月に結婚したことでも知られている。


◎[参考動画]菊池桃子さんと結婚の新原氏が会見(NNnewsCH 2019/11/05)

さてその「Go To トラベル キャンペーン」は、東京への観光旅行および東京都民の観光旅行には適用されないという、骨抜きの内容になってしまった。東京で毎日300人近い感染者が出ているというのに、観光旅行なんかやって拡散するつもりか? という世論の批判および東京都の反発に屈したかたちである。その結果、準備をすすめていた観光業者はキャンセルによって打撃を受けている。

いや、そもそも「Go To トラベル キャンペーン」は、収束後の政策ならぬアイデアだったはずだ。

じつはここに、安倍政権の本質が顕われているといえるのだ。危機管理にからっきし弱く、天災や今回のような疫病禍など困難には耐えられない。それゆえに、なるべく明るい話題に飛びつく。早すぎるアイデアの実行に飛びついてしまうのが、安倍総理の抜きがたい体質なのである。

JTBの「Go To トラベル キャンペーン」サイトより

現実には感染者ゼロの岩手県のほか、コロナ感染を収束させた他県への観光を推奨するこのアイデアは、失敗に終わる可能性が高い。35%の旅行費補助や15%のクーポンを目当てに、危険を冒して旅行に出かける人々が多いとは思えない。そもそも歓迎されない観光地に、何を楽しみに行けばいいというのだろうか。

もしも安倍政権が想定したとおりに観光が動いたとして、もしもコロナ感染がその観光地で拡散、死者が出たらどするのだろうか。総理を辞任して済むような話ではないのだ。「Go To トラベル キャンペーン」の予算は1兆7000億円だという。持続化給付金同様に、大手代理店が中抜きをするのだという。

そんなことであれば、その巨額予算はただちに観光業界の支援金に回すか、ホテルや旅館を感染者の一時待機施設として確保する。そんなアイデアこそ実現するべきではないか。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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天皇制はどこからやって来たのか〈11〉古代女帝論-3 皇極帝(斉明天皇)── 愛と強権の女帝

◆乙巳(いっし)の変──王家独裁のためのクーデター

推古天皇のあとをうけた舒明天皇の后が、皇極帝(宝皇女たからのひめみこ)である。夫の舒明天皇が崩御すると、彼女は四十八歳で帝位に就いた。

もともと蘇我蝦夷が舒明帝を擁立したこともあって、蘇我氏の後見のもとに即位した女帝だったが、古代史上もっとも有名な政変劇が彼女の眼前でおきる。近臣の者たちが斬り合う、突然の惨劇だった。乙巳(いっし)の変(大化の改新のはじまり)である。

殺されたのは蘇我入鹿、殺したのは女帝の実の息子・中大兄皇子(のちの天智)である。

剣で斬られた入鹿は、女帝に「なぜだ?」と問う。女帝は「わたしは何も知らない」。

そして、わが子・中大兄皇子を叱責するが、息子は入鹿の悪行を並べ立てて弾劾するのだった。入鹿が殺されたことを知った蝦夷は、自邸に火をかけて自死する。

この政変は従来、専横をきわめる蘇我氏を排除するための改革とみられてきたが、どうやら天皇親政、端的に言うと王家独裁のためのクーデターだったと思われる。

というのも、律令制は蘇我氏を中心にした豪族の連合政体(官僚システム)をめざしていたからだ。蘇我馬子と聖徳太子が描いてきた政権構想である。律令のもとで豪族は位階のある貴族(公家)となり、天皇を頂点とした官僚制度がつくられつつあったのだ。

ところが、中大兄皇子は中臣鎌足とともに、筆頭貴族の蘇我氏を排除することで、律令の官僚制を骨抜きにしたのである。のちに藤原氏の祖となる鎌足にとっては、当面する政敵の打倒にほかならなかった。

◆女帝によって築かれた古代王朝の全盛時代

なお、皇極が最初に結婚した相手とされる高向王が、蘇我入鹿である可能性を指摘する説もある(『日本の女帝』梅澤恵美子)。梅澤さんによれば、信州の善光寺には、皇極が地獄に堕ちたという伝承があるという。伝承の根拠は、殺された入鹿の呪詛だろうか。だとしたら、中大兄皇子は母親の不義、奸臣との癒着を断罪したことになり、事件は甚(はなは)だ生々しい気配をおびてくることになる。

政変ののち、皇極女帝は譲位して弟の軽皇子(孝徳天皇)が即位する。皇統史上はじめての譲位だった。孝徳天皇は大化と元号をさだめ、大化の改新がこのもとで行なわれた。中大兄皇子と中臣鎌足の独壇場である。遣唐使がもたらす書物によって、律令制はさらに整備されたが、なぜか政権は空中分解してしまう。

皇太子となった中大兄皇子・鎌足・皇祖母尊(皇極)の三人が、孝徳帝が遷都したばかりの難波宮から、飛鳥に引き上げてしまったのだ。天皇は失意のうちに亡くなった。蘇我氏から人材を得た孝徳帝を、中大兄皇子らが見限ったのだといわれている。してみると、大化の改新はやはり、蘇我氏をはじめとする豪族の官僚制を掘り崩す、古代朝廷権威の発揚とみるべきであろう。その古代王朝の全盛時代は、男性の帝によってではなく、歴代の女帝によって築かれたのである。

斉明帝として重祚(ちょうそ)した女帝は、巨大な公共事業をくり広げる。香具山の西から石上山まで水路を造り、二〇〇艘の舟で石を運ばせたという。水路の掘削に要した水工夫が三万人、石垣の造営に七万人の工夫が動員された。人びとはこれを「狂心の渠(たぶれごころのみぞ)」と批判した。近年、酒船石遺跡の石積みが発掘された。それが儀式のための施設なのか、城砦なのかをめぐって古代史の議論を呼んでいる。

いずれにしても、独裁的に進められた公共事業は、天皇の強権への意志を感じさせるものがある。そして韓半島の騒乱に軍事介入し、百済復興のために出兵したものの、敗退して権益をうしなった。そして女帝も、遠征先の九州朝倉の地で没した。

◆シャーマンと官僚の闘い

政治家としてはともかく、人物はいたって優しかったようだ。母・吉備津姫王が病をえたとき、女帝は母が亡くなって喪葬がはじまるまで、そのかたわらを離れなかったという。可愛がっていた孫の健王が八歳で亡くなったときは、挽歌でその気持ちをのこしている。

飛鳥川 漲らひつつ 行く水の 間も無くも 思ほゆるかも
(飛鳥川があふれるように盛り上がって流れている、その水のように間もなく健王のことが思い出されることか)

山越えて 海渡るとも おもしろき 今城のなかは 忘らゆまじき
(山を越え海を渡って旅をしていても、健王の墓所のことが忘れられないでしょう)

女帝はまた旅行好き、温泉好きでもあった。有馬温泉、道後温泉、紀伊白浜の湯崎温泉に行幸したことが記録に残っている。

乙巳の変のまえのこと、蘇我入鹿が雨乞いをしても雨が降らなかったところ、女帝が跪いて四方を拝み天に祈ると、雷鳴とともに降雨があったという。シャーマンとしての資質もあったようだ。このシャーマンという女帝の特性を、読者諸賢はおぼえていて欲しい。古代王権をめぐる女帝と律令官僚の争闘はまさに、シャーマンと実務官僚の闘いとして帰結するのだから。

◎[カテゴリーリンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など多数。

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最新月刊『紙の爆弾』8月号詳報 総理官邸・自民党本部の強制捜査が焦点に?

◆検察VS官邸

河井容疑者夫妻逮捕によって、自民党本部の犯罪・安倍総理の犯罪(「買収目的交付罪」の適用)が明らかになりつつある。いま、最もホットなテーマである安倍訴追の可能性を暴くのが、
「河井夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日」(山田厚俊)
「安倍政権のために黒川弘務は何をしたか」(足立昌勝)
「『検察再生』が問われる“安倍犯罪”立件」(青木泰)
および「黒川前検事正と記者3人起訴でキシャクラブ解体を」(浅野健一)であろう。

『週刊文春』(オンライン)によれば、河井容疑者の捜査は7月中の『勇退』が決まった稲田伸夫検事総長、元東京地検特捜部長の堺徹次長検事、元特捜部副部長の落合義和最高検刑事部長のラインが主導する形で、現場の広島地検を動かして行われていたという。そして水面下で特捜部を動かしながら、広島地検を使って河井夫妻の捜査を実質的に指揮していたのは、実質的に最高検刑事部長の落合刑事部長だったとされる。

2010年の大阪地検特捜部証拠改竄事件、小沢一郎元民主党代表の秘書取り調べで東京地検特捜部が『虚偽』の捜査報告書を作成などで、「仮死状態」だった特捜検察が復権したのである。それというのも、安倍総理肝いりの黒川弘務の定年延長・検事総長昇進構想が、ほかならぬ黒川自身の賭博常習癖の露呈(内部リーク)によって潰えたからである。

この先、検察に「再生」の道があるとしたら、自民党本部・総理官邸の容疑にかぎりなく近づく(総理を逮捕できないまでも警鐘を鳴らす)ことであろう。安倍一強・党本部一元支配の構造がゆらぎ、自民党が「本来の分権的な多様性と寛容さ」を取りもどす可能性はそこにある。そして三権分立(報道をふくめて四権)の原則と健全さも、安倍総理の退陣とともに回復される可能性があると指摘しておこう。

◆再開発という「まちこわし」に異議申し立てする立石・十条の住民たち

「せんべろ立石・十条不屈の闘い」(取材・編集部)は、葛飾区立石の再開発との闘いを紹介したものだ。立石はわたしも自転車でとおる猥雑な街で、記事のタイトル「せんべろ」は1000円で満足できる呑み屋が連なるという意味である。近年はB級グルメガイドにも紹介され、地方からの観光客が東京スカイツリー見学の延長で観光飲みすることも多くなっていた。そしてタイトルにある「不屈の闘い」は、ながらく計画されていたタワーマンション・高層ビル化(再開発)がひとつの矛盾とともに行き詰っていることを明らかにする。

すなわち、先行する京成線の高架化によって、立石駅の南北に計画されていたバスターミナルが、高架の下に確保されることだ。阪神電鉄本線や京浜急行の例にみられるように、高架化には交通渋滞の解消とともに、多角的な駅前再開発を可能にする利点がないではない。いっぽう、タワーマンションは武蔵小山で豪雨災害にたいする脆さ、管理費の高騰によるスラム化が取りざたされている。とくに大規模修繕工事(ゴンドラ設置など)における億単位の支出が、管理組合会計を大幅にこえる例が多発しているのだ。再開発でスラム化するのでは意味がない。

立石のような再開発計画は、東京では北区十条・板橋区大山でも起こっている。再開発が「まちこわし」では、ゼネコンのためのスクラップ&ビルド。壊すための経済がはてしなく繰り返されることになる。長期にわたる住民の異議申し立てこそが、地域にとっての希望だ。

◆広告業界経験者が書く、電通の不思議

「なぜ『電通』に委託するのか 巨大化する電通と官公庁の癒着」(本間龍)は、持続化給付金をめぐる「中抜きシステム」を謎解きする。1500億円の巨額案件で、電通に抜かれたのは数十億円。全体では20%に近い金額になると推定している。通常の広告マージン20%というわけだ。しかしこれは広告ではなく、血税で中小企業を救済するたけの公的な支援事業なのである。レポートする本間氏は「彼ら(電通マン)の常識は世間の非常識である」と喝破する。

われわれの疑問は、記事中にある「なぜ広告代理店がこういう仕事を受注するのか」であろう。この疑問に、本間氏は「デンパク(電通と博報堂)」の巨大化と官庁との結びつきの強さであると解説する。それはデンパクが官僚の天下り先であり、多数の業者に事業を説明するよりも効率的に進められる、つまり官僚がラクをできるからだと。そして「週刊文春」でも明らかになった電通の「下請け圧力問題」である。徹底した公金使途の透明化が、今後のジャーナリズムの使命であろう。そして政治によるルールづくりである。

◆セックスワーカーへの視点

「セックスワーカーを含む すべての人の尊厳を守れ」(小林蓮実)は、「AWASH」代表・栗友紀子氏のインタビューで構成されている。AWASH(Sex Work And Sexual Health)はセックスワーカーの健康と安全のための、当事者によるグループだ。日本におけるセックスワーカーの法的な位置が、合法化と非犯罪化(合法化と犯罪化という法概念がある)にあることを、この記事で改めて確認できた。

非合法化とは、一般労働者と同じ権利を確保するというものだ。しかし風営法などで、一部合法化されているのも事実である。物議をかもした「岡村発言」への批判も、視点によって微妙なものをもたらす。このあたりは21世紀のジェンダーを考えるうえで、記事を手にとって欲しい。栗友氏の「労務自主管理」という提案は斬新だ。小林氏の仕事にも敬意を表したい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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明日にも起訴? 河井克行・元法務大臣と河井案里・元参議院議員の〈政治とカネ〉 要は安倍総理が主導した〈官邸と党本部の犯罪〉ではないのか? 横山茂彦

◆安倍総理の名でカネを配っていた河井夫妻は7月8日に起訴される見通し

マスコミ報道によると、河井案里容疑者が選挙スタッフに、少なくとも200万円の違法な報酬を支払っていたことが明らかになった(捜査関係者情報)。

これによって、案里容疑者の公職選挙法違反は決定的になった。広島選挙区の自治体首長への「陣中見舞い」など、名目不明の「買収」とは異なり、原則無報酬の運動員に報酬をあたえる、直接的な違法行為であるからだ。

とくに河井克行容疑者においては、法務大臣として公選法を熟知していながらの確信的な犯行である。悪質極まりないというべきであろう。この結果、河井案里容疑者と河井克行容疑者は、7月8日に起訴される見通しだ。

◆主導したのは安倍総理ではないのか?

そもそも自民党総裁としての安倍総理の参院広島選挙区へのテコ入れ自体、みずからに批判的な(安倍総理のことを「過去の人」と発言)溝手顕正氏を追い落とすことにあった。名目的には2議席獲得を掲げながら、案里容疑者に1億5,000万円もの軍資金(政党助成金=血税である)を投入し、溝手顕正氏陣営の有力者を狙い撃ち的に買収するという、まことに不格好かつ強引な手口であった。その結果、割を食ったのは自民党広島県連および溝手氏である(下記の選挙結果)。

当選 森本真治 無所属 現 329,792票 32.31% 立憲・国民・社民・連合推薦
当選 河井案里 自民党 新 295,871票 28.99% 公明推薦
落選 溝手顕正 自民党 現 270,183票 26.47% 公明推薦

その実態も明らかになっている。

「現金を受け取った自民党の地方議員らが、克行容疑者の妻案里容疑者(46)の推薦はがきを用意するなどの支援に動いていたことが3日、関係者への取材で分かった」(中国新聞、7月4日)という、カネで裏切りを強要するものだった。

まさに党本部と官邸の思惑どおり、安倍一強・党本部支配が貫徹され、総理に逆らう者は血祭りにあげられるという個人独裁制を党内外にアピールしたのである。
だがそれは、総理官邸(および党本部)の犯罪でもある可能性が高いのだ。現金を受け取った北広島町の宮本裕之町議会議長は「しんぶん赤旗」の取材にこう答えている。

「受け取ってはいけない金と思ったが、安倍総理の名前を出して強引に渡され、返せなかった。後悔している」(7月5日付)

府中町の繁政秀子町議も「『安倍さんから』と30万円入った封筒を渡された」「『もらえない』と拒否したが、安倍総理の名前を聞いて断りきれなかった」(前出)と証言している。まさに、総理の名による買収だったのだ。


◎[参考動画]「安倍さんから」河井夫妻“買収”めぐり証言続々と(ANNnews 2020年6月25日)

◆買収目的公布罪の立件も視野に

共産党の志位和夫委員長は、安倍総理に「買収目的公布罪」の疑いが浮上したとしている。いや、安倍総理の犯罪を指摘するのは、ひとり共産党だけではない。元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士も、河井夫妻に現金を供与した自民党関係者に「買収目的交付罪」が適用される可能性に言及している。

郷原氏は「それ(買収)が行われることを認識し、目的を持って金銭の交付をする行為は交付罪になる」と説明し、「交付を決定した人」が罪に問われる可能性を指摘した(立憲民主、国民民主、共産、社民の野党4党の「実態解明チーム」の会合で。6月24日)

その「買収目的交付罪」の条文を挙げておこう。

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき。」(公選法221条1号)

「第一号から第三号までに掲げる行為をさせる目的をもつて選挙運動者に対し金銭若しくは物品の交付、交付の申込み若しくは約束をし又は選挙運動者がその交付を受け、その交付を要求し若しくはその申込みを承諾したとき。」
(公選法221条5号)

「三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」(公選法第十六章 罰則【買収及び利害誘導罪】)

そしてこの犯罪の構成要件をみたす、重要な事実関係も明らかになっているのだ。すなわち、このときの選挙で安倍総理の秘書団が、河井陣営を支援するために広島入りしている事実である。

安倍秘書団は河井陣営の先頭に立って、溝手顕正氏陣営の有力者の切り崩しに奔走したとされている。また、河井陣営の運動員を引き連れて企業回りをしては、安倍総理の名を出して強引に面会をもとめたという。


◎[参考動画]検察は“ルビコン川”を渡った!河井前法相事件、今後の展開は?(郷原信郎の「日本の権力を斬る!」#19 2020年6月23日)

◆カネの動きは明白である

参院選前に党本部から計1億5,000万円が送金されていたのは、すでに動かない事実である。検察はこの1億5,000万円の一部が違法報酬の原資になった可能性があるとみて調べているという。

そもそも河井容疑者の自己資金(歳費4,200万円)と自民党から交付された選挙資金(1億5,000万円)に、区別がつくものなのだろうか。検察がいまこの区別をつけようとしているのは、自民党本部および官邸にその責を及ばせようとしているからにほかならない。

森友・加計疑惑、そして桜を見る会における公選法違反疑惑、そして河井選挙買収事件においても、安倍総理(総裁)の関与が疑われている。そうであるがゆえに、安倍総理は賭博常習者の黒川弘務の定年延長を押し通し、検事総長に押し上げることでみずからへの訴追を回避しようと画策したのである。もはや安倍総理の逃げ道は、巷間噂されている今秋の解散総選挙による訴追逃れしかないのかもしれない。


◎[参考動画]2020年6月30日 野党合同国対ヒアリング「河井買収事件実態解明チームヒアリング」(原口一博 2020年6月30日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

本日発売!月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日

天皇制はどこからやって来たのか〈番外編〉中世の女たち-2 武士の台頭が女性を表舞台に?

やがて武力をともなう政争が、京の都を覆うようになる。

私兵をたくわえた、武士の発生である。われわれが最初の節でみてきた、奈良の都の政争も軍事力によるものだが、それらは律令制の兵役者の動員が焦点だった。国家の兵を動員しようとした手続きが漏れることで、反乱はいとも簡単に露顕してしまっている。奈良朝の貴族たちは、ほとんど私兵を持っていなかったからだ。

皇族の末裔である源氏と平氏が地方に土地をもとめ、あるいは武装した農民たちが荘園を押し取って地侍となったのが武士である。京都においては上皇の警護役として、北面の武士たちが、律令制下の検非違使庁や弾正台に取って代わっていた。

平安末期の保元・平治の乱をつうじて、まず平氏が中央政界に進出する。平氏の政権掌握は、藤原氏のそれと変わらない。娘を皇后や女御として天皇のもとに送り、外戚となることで実権をふるうものだ。平清盛の次女徳子(建礼門院)は、高倉帝の皇后となって安徳天皇を生んだ。武家の女性といえども、政治に関与できるのは子を産むことに限定されていた。

ところが武士の世となるにつれて、女性の政治への関与が大きくなってくる。男性的な戦乱が女性を表舞台に上(のぼ)せるという、一見して矛盾する現象が起きてくるのだ。あるいは女性たちを律令の位階・身分のくびきから、荒ぶる武士たちの時代が解き放ったというべきであろうか。

中世において際立つ女性政治家といえば、源頼朝とともに「鎌倉殿」と呼ばれ、夫の死後は「尼将軍」と呼ばれた北条政子であろう。彼女の荒々しくも情のある生きざまに、わたしたちは中世女性の逞しさを感じる。

政子が頼朝と恋愛関係になったのは、父の北条時政が京都大番役(警護)に出向いていた時期である。のちに政子は「暗夜をさまよい、雨をしのいであなたの所へまいりました」と、逢瀬の苦労を述懐している。父の反対にもかかわらず、頼朝を一途に想う大恋愛。最後は子(大姫)を宿し、堂々たるデキちゃった婚である。

したがって、気性の烈しい政子は嫉妬も並みではない。夫の頼朝も悪い。こともあろうに、彼女が妊娠中に頼朝は浮気をしていたのだ。相手は亀の前という女性だった。頼朝の側近・伏見広綱が彼女を屋敷に置いているのだという。

これを知った政子は、牧宗親に命じて亀の前が寄宿している伏見広綱の屋敷を打ち壊させた。これに怒った頼朝は、牧宗親の髻を(もとどり)を切るという恥辱を与える。牧宗親は北条時政の後妻の父親である。政子も黙ってはいない。

とうとう事態は、北条家と頼朝の対立にまで発展してしまった。北条時政は一族をひきいて鎌倉から伊豆にひきあげ、政子は伏見広綱を遠江に流罪にしてしまうのだ。武家の棟梁が何人も女性を囲うのは、後継者としての男子を得るための常識的な行為であるから、政子の嫉妬は並はずれていたというべきだろう。

そのいっぽうで政子は、義経を想う靜御前を哀れむなど、やさしい女性としての一面もみせている。静が生んだ男の子を、助命しようとしたのは有名な逸話だ。

頼朝亡き後の政子は、まさに尼将軍にふさわしい活躍だった。わが子で二代将軍の頼家は分別がさだまらない若武者で、きわめて独裁的な執政をおこなった。御家人の反発を抑えるために政子がしのんだ苦労はしかし、鎌倉が第一であってわが子のためにするものではなかった。

◆尼将軍

頼家の失政がつづき、さらに乳母の夫の比企能員を重用するにおよんで、北条氏と二代将軍頼家の対立は頂点にたっした。北条氏は政子の名で兵を起こし、謀叛の動きをみせた比企能員を討伐する。頼家は政子の命で出家させられ、伊豆修善寺に幽閉されたのちに暗殺された。それも政子の意志であっただろうか。

幕府を確固たるものにするために尼将軍政子の戦いは、実家の北条時政をも相手にせざるをえなかった。時政の後妻・牧の方という女性がなかなかの陰謀家で、三代将軍実朝を廃して女婿の平賀朝雅を将軍にしようとしたのだ。政子はやむなく弟の義時とともに、父を出家させて伊豆に追放した。だが、わが子実朝は頼家の子・公暁に殺されてしまう。

一族が相撃つ悲劇に苦しむ政子は、後鳥羽上皇に使者をおくり、上皇の皇子を鎌倉将軍として迎えようとする。

ところが、上皇は皇子を下らせる交換条件として、みずからの側室の荘園の地頭の罷免をもとめてきたのだ。この上皇の要求は、征夷大将軍の専権事項をくつがえしかねないものである。ここに、幕府と朝廷は冷戦状態に入った。

承久三年、後鳥羽上皇は京都守護を攻めて挙兵した。義時追討の院宣が発せられたのである。承久の乱である。このとき政子は、御家人たちに頼朝への恩義を言い聞かせ、彼らに鎌倉への忠義をもとめた。『吾妻鏡』にある、政子の演説を掲げておこう。高校生の歴史の史料問題でおなじみの一文だ。

皆、心を一にして奉るべし。これ最期の詞(ことば)なり。
故右大将軍、朝敵を征罰し、関東を草創してより、このかた、官位と云ひ俸禄と云ひ、
その恩すでに山岳よりも高く、溟渤(めいぼつ)よりも深し。報謝の志浅からんや。
しかるに今 逆臣の讒(ざん)によって、非義(ひぎ)の綸旨(りんじ)を下さる。
名を惜しむの族(やから)は、早く秀康(ひでやす)、胤義(たねよし)らを討ち取り、
三代将軍の遺跡(ゆいせき)を全うすべし。
ただし、院中に参ぜんと欲する者は、只今申し切るべし。

※秀康は藤原秀康、胤義は三浦胤義で、三浦は亡き頼家の妻を娶っていた関係で、在京中に鎌倉に造反した。

政子の檄にしたがった東国の軍勢は、19万騎といわれている。帝の錦旗を前にしてもひるむことなく、軍勢は北陸と美濃(墨俣)で朝廷軍をやぶった。京都は関東勢に蹂躙され、後鳥羽上皇は隠岐に配流となった。この乱に勝利することによって、鎌倉幕府の権威は全国に達することになったのである。

同時にそれは、天皇制が地に堕ちた時代の始まりである。所領(荘園)と座(専売権)を武士に押し取られた朝廷と公家は困窮し、受領名が勝手に名乗られるなど、天皇の権威は崩壊する。

ところで、承久の変は政子のように武家の棟梁となった人物の夫人であればこそ、果たすことができた女性政治家の壮挙なのかもしれない。それにしても、乱世のはじまりは、女性が家に籠って夫が通ってくるのを待つ受け身の状態から解放した。
女性たちは武器をとることも厭わなかったようだ。前述した二代将軍頼家が、建仁二年に修善寺に幽閉されたとき、警護したのは十五人の女騎だったと記録がのこっている(『日本の中世4』細川諒一)。

時代をくだって新田義貞が鎌倉を攻めたときに、材木座海岸で合戦になっているが、この合戦場跡地から249体の遺骨が発掘され、そのうち76体が女性のものだったと判明している(『骨が語る日本史』鈴木尚、『合戦場の女たち』横山茂彦、情況新書)。南北朝争乱の時期の記録『園太暦』(洞院公賢)にも、山名勢の残存兵は女騎ばかりだというものが残っている。中世は女性の時代だったのかもしれない。

◎[カテゴリーリンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など多数。

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《深層検証》大物宮司「怪死」事件 神社本庁と神道政治連盟の闇 横山茂彦

5月20日に発表された宮司の死について、ここでは「怪死」としておこう。殺人など事件性のある「怪死」という意味ではない。おもて向きの発表が「病死」でありながら「自殺」が疑われているからだ。そしてじつは、そこにこそ宮司の死の真の原因が顕われているからである。

というのも、このかん神社本庁の実態を報じてきた「ダイヤモンド」(6月12日付/編集部・宮原啓彰)によれば宮司の死を、
「神社本庁は『存じていない』とし、岩手県神社庁は『心筋梗塞による病死と聞いている』とダイヤモンド編集部の取材に答えた。」
「だが、複数の神社本庁や岩手県神社庁、盛岡八幡宮の各関係者によれば自殺だったという。直前には、盛岡八幡宮の宮司を休職、神社本庁や神政連にも辞表を提出しており、覚悟の上での自死だったのではないかと見られている。」
としているのだ。もしも「自死」だとしたら、その原因は何なのだろうか?

 
岩手県神社庁長・盛岡八幡宮宮司だった藤原隆麿氏の訃報(2020年5月20日付中外日報)

「怪死」したのは藤原隆麿氏(岩手県神社庁長・盛岡八幡宮宮司・66歳)である。肩書のとおり岩手県神社界のトップであるとともに、藤原氏は全国7万9000社の神社を統括する神社本庁の理事、そして憲法改正を推進する神道政治連盟の総務会長なのだ。まさに大物宮司の謎多き「怪死」である。

だが、これを詳報した「ダイヤモンド」によれば、前出の宮司職の休職も、神社本庁や神政連への辞表にも、有力な動機がある。藤原氏を刑事告訴する動きがあったというのだ。したがって自殺である可能性が高い。

神社本庁といえば、不動産売買(職員用宿舎の売却)をめぐって、執行部(田中恆清総長・小野崇之総務部長=当時)の背任疑惑があり、内部告発が行なわれている。その告発者への処分も行われている。

◆三角不倫疑惑

藤原氏を刑事告訴する動きとは、それでは何だったのだろうか。その動きが明らかになるのは、3月に暴露されたスキャンダルにさかのぼる。

そのスキャンダルとは、神社本庁の秘書部長兼渉外部長の小間澤肇氏(57歳)とその部下の女性職員(51歳)の不倫疑惑である。ふたりは新宿歌舞伎町のラブホテルから出てきたところを、張り込んでいた取材陣に活写されたのだ。ふたりは焼き肉屋で飲食ののち、ラブホテルに2時間滞在したという。計画的な取材であることから、内部からのリークによるものであるのは明白だ。(2020年3月16日付『週刊ポスト)

そしてじつは、「怪死」した藤原氏を刑事告訴しようとしていたのは、ほかならぬこの不倫疑惑のある女性職員なのだ。藤原氏から何らかの被害を受けた彼女は、小間澤氏にラブホテルで「相談していた」というのだ。なぜ焼き肉屋で「相談」は終わらなかったのだろうか。三角不倫を想像させるが、それはともかく、事件の概要を整理してみよう。

藤原氏→何らかの犯行?→女性職員→相談?(焼き肉屋・ラブホテル)→刑事告訴の準備?→藤原氏→怪死(病気か自殺) という構造なのだ。

藤原氏と女性職員のあいだに何があったのかは、もはやわからない。だがたとえば、元テレビ局の記者で自称ジャーナリストによる昏睡レイプ事件が、民事では有罪になっても刑事では立件もされない現実を考えると、相応の事実があったのだろう。事実無根として戦う余地がなかったのだと考えられる。その意味では、藤原氏は神職者らしく恥を生きることを拒否して、帰幽(逝去の神道用語)されたのかもしれない。

不倫がいけないとか、神職でありながらけしからんとかの道徳者視点で批判をするつもりはない。しかるに、神社本庁およびその政治団体である神道政治連盟は、夫婦別姓に対して「家族崩壊」につながる。あるいは「不倫の温床になる」と批判をくり広げてきたはずだ。その意味では、死に値する事態だったのかもしれない。

 
ラブホテルから出て来る小間澤肇氏と部下の女性職員(2020年3月2日付地球倫理:Global Ethics)

◆その利権と内部抗争

そして問題なのは、小間澤氏が神社本庁不動産不正取引疑惑を告発した元総合研究部長の稲貴夫氏を懲戒免職処分に、同じく財政部長の瀬尾芳也氏を降格処分にした責任者であることだ。このことからラブホテルの一件(リーク)は、おそらく反執行部側の人物によるものであろうと考えられるのだ。不倫疑惑事件の背後に、明らかな内部抗争がみてとれる。

じっさいに、稲氏と瀬尾氏が処分無効等を求めて東京地裁へ提訴したさいに、小間澤氏は「処分は妥当」とする神社本庁側に立って陳述書を提出しているのだ。そうすると、今回の事件(ラブホスキャンダル・藤原氏の怪死)は、三角不倫と思われる三人のうごきをつかんだ反執行部派がリークした上に、執行部の重鎮でもある藤原氏を刑事告発するうごきがあったと考えるべきであろう。

ここで、上述した神社本庁不動産不正取引疑惑を解説しておこう。疑惑が露見したのは、2015年のことである。全国の神社から選出される評議員会において、神社本庁所有の「百合丘職舎」の売却が承認された。売却先はディンプルインターナショナルという不動産会社で、その額は1億8400万円であった。ところが、ディンプルは百合丘職舎を転売し、最終的には3億円をこえる物件として大手ハウスメーカーの所有となったのだ。

転売した売却益はどこへ行ったのか? いや、それよりも問題となったのは、基本財産目録に記された百合丘職舎は、簿価ベースで土地建物合わせ7億5616万円だったのだ。この一件をめぐって、背任との内部告発が行なわれ、告発者が処分されたのは前述のとおりだ。

民間の財団である神社本庁が憲法改正を掲げ、日本会議など右翼団体に大きな位置を占めているのは、一般にも知られるところだ。あるいは日本遺族会の一部とともに、天皇の靖国参拝を求めている。きわめて政治性の強い組織であるいっぽう、じつに穢れた利権抗争をその内部にはらんでいることが鮮明になってきた。継続して、神社本庁および神道政治連盟の実態を明らかにしていきたい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年7月号【特集第3弾】「新型コロナ危機」と安倍失政

天皇制はどこからやって来たのか〈番外編〉中世の女たち-1 古代・中世母系社会と通い婚

ここまで呪術・神託などのシャーマンを媒介に、古代女性が祭司的な権力を握っていたことを探ってきた。その権力の基盤となっていたのは、日本が世界史的には稀な、母系社会だったことによる。われわれの祖先の社会全体が、母親を中心にした家族構成を認めていたからにほかならない。

万葉集の両親を詠った歌は、母親を主題にしたものがほとんどである。父親を詠ったものはきわめて少ない。そのいっぽうで、夫が来ないことを嘆く女性の歌は、おびただしい数にのぼる。ここに古代(明日香・奈良)から中世にかけて(平安期を中古ともいう)の、日本人の生活様式が明らかだ。

古代の日本は夫が妻のもとに通う、通い婚だったのである。庶民のあいだに家という単位はまだなく、集落で共同して労働に取り組んでいた。そして家族のわずかな財産は、母から娘へと受け継がれたのだ。女性が家にとどまり、男性は外に家族をもとめたからである。財産を継承するには、まだ男性の生産活動は乏しすぎた。母系社会とは集落の中の家を存続するためにはかられた、まさにこの意味である。

この婚姻形態は、平安時代にも引きつがれた。右大将藤原道綱の母による『蜻蛉日記』にはときおり、夫の藤原兼家が訪ねてくるくだりがある。彼女は『尊卑分脈』に本朝一の美女三人のうちの一人とされている。

のちに摂政関白・太政大臣に登りつめる兼家はしたがって、美人妻を放っておいたことになる。ちなみに他の美女二人は、文徳帝の女御・藤原明子(染殿后)、藤原安宿媛(光明皇后)であるという。光明皇后は前節でみた孝謙女帝の母だから、かの女帝も美人だったのだろう。

◆宮中文化も、もとは庶民の文化だった

それはともかく、平安の女性たちは奈良の都の女帝たちにくらべると、いかにも穏やかでおとなしい。彼女たちは実家にいて、夫が通ってくるのを待つのみだ。宮仕えをすれば、それなりに愉しいこともあったやに思えるが、道綱の母の姪にあたる菅原孝標の娘は「宮仕えは、つらいことが多い」(『更科日記』)と嘆いている。

この時代に、世界に冠たる女流文学『源氏物語』(紫式部)や名エッセイ『枕草子』(清少納言)が世を謳歌したけれども、女性の政治的な活躍は見あたらない。いや、それは政治の舞台に視線を定めているからであって、じつは詠歌こそが宮廷内の政治だったとすれば、平安の女性の活躍もめざましい。詠歌は今日も宮中歌会に引き継がれる、天皇制文化の根幹でもあるのだ。武家の花押が閣議の場に引き継がれ、和歌が宮中儀礼に引き継がれる。しかしいずれも、もとは庶民の文化であった。読み人知らずと呼ばれる庶民、もしくは名前を伏せられた詠歌は万葉集の圧倒的多数であって、君が代もまた読み人知らずなのである。天皇制を無力化するというのなら、庶民の対抗文化を創出・流行させないかぎり、擬制の「伝統」に勝てないのではないか。

◆平和とは何かを考える

三十六歌仙には小野小町、伊勢の御息所、その娘である中務、三条帝の女蔵人であった小大君、皇族では徽子女王(村上帝の女御)と、名だたる女流歌人たちがいる。和泉式部は『和泉式部日記』、赤染衛門は『栄華物語』の作者に擬せられる。

ほかに名前を挙げてみよう。佑子内親王家紀伊、選子内親王家宰相、待賢門院堀河、宜秋門院丹後、皇嘉門別当。しかし、いずれも仕えた権門の名、出身家の名前であって、彼女たちの本名がわからない。

そして、いずれもが下々の者だからわからないのだと言えるが、彼女たちが仕えた氏姓(うじかばね)も諱(いみな)もある女人たちは、これまたいずれも史料がなくてわからないのである。やんごとなき姫君たち、あるいは帝の后たちは、歌人としてはいまひとつだったようだ。

平安時代は江戸時代とともに、日本史史上きわめて平和な時代だった。死刑が廃された時代でもある。政治である以上は政争や暗殺もあったし、僧兵(学僧)の反乱はおびただしかったが、平和だからこその騒乱なのである。社会が安定しているからこその、あだ花の学生運動みたいなものだろう。防人の制度(徴兵制度と軍隊)も解散し、死刑もなく、戦争や紛争がなかったから女性の活躍があったはずなのに、それは歌道と小説・エッセイにかぎられていた。

◎[カテゴリーリンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など多数。

月刊『紙の爆弾』2020年7月号【特集第3弾】「新型コロナ危機」と安倍失政
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

感染病と天災は帝の責任だった 天皇制はどこからやって来たのか〈番外編〉

「感染症と人類の歴史」の日本編を書こうとしていたところ、やはり王権史と不可分になる。よって、本稿は「天皇制はどこからやって来たのか」の続編となった。ということで、中身は古代王権および近世の絶対王政における西欧との比較史にならざるをえない。天皇史については、女性天皇および女性宮家の議論に引きつけて、古代女帝論を連載していますのでご一読ください。

◆安倍総理は大丈夫か?

国家の危機管理が政治の責任である以上、感染病をふくめた災害がすべて「人災」と評価されるのはやむを得ないところだ。わが安倍総理においては、もはや意識も朦朧とした状態で、記者会見では官僚が書いた文書を読むことしかできない。わずかに激情的なところは健在で、アベノマスクをあげつらわれると、答弁が激昂する。などと、世間の酷評もある。危機管理のきわめて苦手なこの宰相が、第一次政権のときのように体調を崩さなければよいのだが……。

『金枝篇』の著者ジェームズ・フレイザー(1854年1月1日-1941年5月7日)

◆自然との調和をもとめられる王権

さて、古代王権である。

古代のヨーロッパには、宗教的権威を持つ王が弱体化すると、新たな王を戴く「王殺し」の風習があった(ジェームズ・フレイザー『金枝篇』)。

そのいわれは、イタリアのネミ村の故事である。断崖の真下にある金の枝を手にすることで、逃亡奴隷は森の王となれる。ただし、新たに森の王となるには、金枝だけでなく現在の森の王を殺さなければならないのだ。王を殺す風習はしたがって、古い王が自然との調和を欠いた時、新たな王が取って代わることによる。この寓話は古代において、王朝交代の大義名分となった。

すなわち、自然災害や疫病はこれすべて王の不行状によるものだとして、新たな王は古い王の罪状をあげるのだ。とくに暴君が廃されたところに、われわれは古代ギリシャ・ローマの民主主義のつよさを感じる。

本連載の3回目「院政という二重権力、わが国にしかない政体」の第1項、「殺されるヨーロッパの王たち」において、「歴代ローマ皇帝七十人のうち、暗殺された皇帝が二十三人、暗殺された可能性がある皇帝は八人である。ほかに処刑が三人、戦死が九人、自殺五人。自然死と思われるのは二十人にすぎない」と解説してきたとおりだ。

もともと民主制を基礎にしたローマ皇帝の場合は、上級貴族である元老院の承認が必要であって、王朝交代もふくめて世襲は限られている。世襲が独裁をまねき、民主制をくつがえす潜主をまねくと考えられてきたからだ。事実、11代皇帝のドミティアヌス、賢帝マルクス・アウレリウスの息子のコモドゥスなど、世襲の息子には暴君が多く、かれら暴君はことごとく暗殺されている。

イギリスを創ったとされるアーサー王

東西ローマ帝国においては、キリスト教の受容によって教皇庁および教皇という教会権力が、政治システムとして王の上に君臨した。それは現在のローマ教皇庁につながり、汎世界的な宗教センターとなっている。ローマは皇帝から教皇庁の支配するところとなった。中世の終わりまでこれは神聖ローマ帝国としてつづく。

中世的な王権が成立するのは、ローマ教皇が兼務したフランク王国(現在のイタリア・フランス・ドイツ・ベルギー・オーストリアなど)から諸民族の王が分立してからである。それは近世的な民族国家の萌芽でもある。

中世においても、王は人間の身でありながら宇宙の秩序を司る存在であるから、その能力を失った王を殺害して新たな王を擁立して秩序を回復することが、王朝交代の名分となっていた。中世は司祭の職能者としての王が殺され、王朝は取って代わられる時代だったのだ。

不可侵の王権神授説が登場するのは、絶対制権力としての近世王朝を待たなければならない。イギリスを創ったとされるアーサー王は5世紀の人物(伝説)であり、ローマ帝国を破ってブリテンに自由をもたらした。その意味では天地創造などキリスト教の聖書世界に属するものではない。したがって、ヨーロッパの諸王は王権を神から授かったという宗教理論をもって、その正統性を説明することになったのだ。爾後、国王殺しは大罪となったのである。

◆天子相関説

古代の東洋においても、王(皇帝)の責任は天変地異と疫病におよんでいた。天子が行なう政治が天と不可分であるとする「天子相関説」である。天子の為すところは自然現象に反映され、したがって悪政を行なえば大火や天変地異や疫病をもたらす。天子が善政を行えば、瑞獣や瑞雲の出現などさまざまな吉兆として現れるというのだ。こういった主張は、天子(君主)の暴政を抑止するために、一定の効果があったものと考えられる。

じつは「万世一系」とされる本朝の皇統においても、天子(帝)は天変地異や疫病の責任を問われた。奈良朝の聖武帝が天然痘の猛威によって遷都をくり返し、国分寺と国分尼寺を全国に、奈良に盧舎那大仏を建立したのはすでに述べたが、くり返しておこう。

奈良朝の735年から737年にかけて発生した天然痘の流行は、当時の日本の総人口の30%にあたる100万~150万人が感染により死亡したとされている。この天然痘は735年に九州で発生したのち全国に広がり、首都である平城京でも大量の感染者を出した。737年6月には疫病の蔓延によって朝廷の政務が停止される事態となる。藤原不比等の4人の息子が、相次いで病に斃れた。

いっぽうで、古代天皇権力と藤原氏に代表される貴族(荘園領主)との争闘が、仏教事業をめぐってくり返されていた(長屋王の変、藤原広嗣の乱、橘奈良麻呂の乱、恵美押勝の乱)。最終的には藤原氏の陰謀(弓削道鏡の宇佐神宮神託事件)によって、女帝(巫女)の神託政治が廃され、同時に摂関政治への道がひらかれるわけだが、祟りを怖れ吉兆を尊ぶ政治が終わったわけではない。平安の世の貴族政治は、古代王朝以上に神仏を敬い、その怒りを怖れていた。したがって帝たちは、つねに陰陽師の差配をうけ、あるいは天変地異にその政道を左右されたのである。天変地異にその地位を揺さぶられた、平安朝の典型的な天皇を紹介しよう。

◆天変地異に祟られた天皇

清和帝の人生は、幼い頃から波乱含みだった。

即位したのはわずか9歳、日本史上初の幼帝である。政治の実権を握っていたのは母方の祖父藤原良房で、藤原北家全盛の礎を築いた人物である。また、帝の息子である源経基は源氏の初代であり、清和源氏という血脈でもその名を知られる。
その清和帝の「治世」をざっと年表で確認してみよう。

天変地異に祟られた清和帝(850年-881年)

858年 即位(9歳)
864年 富士山が噴火
866年 応天門の変。大干ばつ
867年 別府鶴見岳・阿蘇山が噴火
868年 京都で有感地震(21回)
869年 肥後津波地震、貞観大地震★
871年 出羽鳥海山の噴火
872年 京都で有感地震(15回)
873年 京都で有感地震(12回)
874年 京都で有感地震(13回)。開聞岳噴火
876年 大極殿が火災で焼失。譲位
878年 関東で相模・武蔵地震
879年 出家。京都で有感地震(12回)
880年 京都で地震が多発(31回)。死去(享年31)

ほとんど毎年、天変地異に襲われていたことになる。

869年の貞観大地震と9世紀の大地震分布図

このうち最も有名なのは、869年の貞観大地震である。地震の規模は少なくともマグニチュード8.3以上であったとされる。地震にともなって発生した津波による被害も甚大であった。東日本大震災はこの地震の再来ではないかと言われている。
日本紀略、類聚国史(一七一)から、その態様を伝えておこう。

「5月26日癸未の日、陸奥国で大地震が起きた。空を流れる光が夜を昼のように照らし、人々は叫び声を挙げて身を伏せ、立つことができなかった。ある者は家屋の下敷きとなって圧死し、ある者は地割れに呑まれた。驚いた牛や馬は奔走したり互いに踏みつけ合い、城や倉庫・門櫓・壁などが多数崩れ落ちた。雷鳴のような海鳴りが聞こえて潮が湧き上がり、川が逆流し、波が長く連なって押し寄せ、たちまち城下に達した。内陸部まで果ても知れないほど水浸しとなり、野原も道も大海原となった。船で逃げたり山に避難したりすることができずに千人ほどが溺れ死に、後には田畑も人々の財産も、ほとんど何も残らなかった」

◆不徳の天子

この貞観地震の教訓は「中通り」と呼ばれる内陸地への居住、街道の発達となった。しかしながら現地(東北太平洋側)では伝承がとぼしく、東日本大震災後にあらためて注目されることになったのだ。

清和帝時代は、このほかに京都でも三年間に40回の有感地震が記録され、大極殿が火災で焼失されるにいたり、帝は譲位を余儀なくされる。31歳で病没まで、地震の多発に悩まされた。

貞観大地震が起きた869年(貞観11年)はまた、祇園祭が発祥した年でもある。京都八坂神社の伝承によると『貞観11年に全国で大流行した疫病を抑えるためにはじめた』とされている。大地震と疫病の発生は、偶然であろうか。朝廷内にも、帝の責を問う者は少なくなかったという。ために、清和帝は退位後に得度し、仏教修行にこれ努めている。天災は天子の責任なのである。

神戸大震災と東日本大震災をその在位期に体験した平成上皇は、当時であればさしずめ「不徳の君子」と言わざるを得ないのであろう。そして令和天皇もまた、感染禍の君子であろうか。

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▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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コロナ禍で隠される日本人の死因 ── 4月の東京都の「超過死亡数」が約1500人 コロナ死119人の12倍=やはり全国で1万人以上が死んでいる? 横山茂彦

東京都の発表によると、今年の4月の死亡者数は10107人だった。ここ数年(平成27年~令和元年)の平均死者数(8626人)を、じつに1481人も上回る「超過死亡」が出ていることがわかったのだ。そして3月の死亡者数も、ここ数年で最多だった。

[図表]平成27年から昨年までの平均死亡者数と今年の比較(出典=産経新聞6月12日)

これは都が発表した、新型コロナによる両月の死者数計119人の約12倍になる。ぎゃくに、2月が例年よりも少なかったことから、3~4月の死亡者数の多さは、そのままコロナ関連死ではないかと考えられるのだ。

この数字を日本全体(東京都は14000万人弱・日本は1億2700万人)とすると、累計1万4000人近くが死亡している可能性があることになる。政府発表の942人の12倍とすれば、1万1000人以上がコロナ関連死していることになる。いずれにしても、1万人以上の死者が出ていることを、東京都の3・4月データはしめしているのだ。

◆隠された死因

わたしは本欄の『紙の爆弾』(7月号)紹介書評において、拙文を「数万人単位の隠されたコロナ死(肺炎死)はウルトラ仮説ながら、根拠がないわけではない。じっさいに、法医学病理学会の調査では医師から要請があっても、保健所と国立感染研は遺体のPCR検査を拒否しているのだ。肺疾患の場合、病院の医師は肺炎を併発していても、ガン患者の死因を肺ガンにする。ガン保険を想定してのことだ。

しかし今回、遺体へのPCR検査を避けたかった厚労省医系技官(保健所を管轄)および国立感染研においては、意識的にコロナ死者数を減らす(認定しない)のを意図していたのではないか。その答えは年末の『人口動態統計』を参照しなければ判らないが、年間10万人の肺炎死の中に、コロナ死がその上澄みとして何万人か増えているとしたら、日本はコロナ死者を隠していたことになるのだ。」と紹介した。

[図表]世界のコロナウイルス死者数(外務省・現地集計)

今回の東京都の3・4月の死亡者数はまさに、肺炎をはじめとする他の死因に新型コロナウイルスによる死者が隠れている可能性を顕したのだ。

日本政府はコロナ罹患の少なさ(じつは検査数の圧倒的な少なさによる)、および死者数の少なさをもって、「基本的に防疫に成功した」(安倍総理)、「日本人の民度の高さを誇るべき」(麻生財務相)などと喧伝してきた。

とりわけ「民度の高さ」などという、上から目線の言辞を批判されたものだ。死者の数だけを言うならば、死亡者ゼロのウガンダやベトナム、モンゴル、カンボジアなどのほうが日本よりもはるかに「民度が高い」ということになる。死亡者ゼロはドミニカ、フィジー、セーシェルなど、枚挙にいとまがないのだ。

◆今の日本に欠けているもの

菅直人元総理は『NO NUKES voice』24号(最新号)において、歴史学者のユヴァルノ・ノア・ハラリの言葉を紹介している。

「今回の危機で私たちは重要な二つの選択に直面している。一つには『全体主義的監視』と『市民の権限強化』のどちらを選ぶのか。もう一つは『国家主義的な孤立』と『世界の結束』のいずれを選ぶのか」

中国(武漢)が「全体主義的監視」のもとに都市をロックダウンし、韓国と台湾においても「戦争継続(休戦)国家」ならではの管理の徹底による防疫が成功したといえよう。麻生副総理の「民度」発言は、戦争継続国家でもない日本が「良くやった」と言いたいのであろう。

◆日本はIT後進国だった

だが、上記三国と日本の決定的な違いもまた、明らかになった。わが国がITインフラおよびその完熟力において、はるかに遅れた国だったことである。中国や韓国が義務教育レベルでネット授業を行なったのに対して、わが国は小中学高校生を自宅自習(じつは有休)にとどめた。大学などの高等教育においてすら、慌ててIT環境をととのえる試行錯誤に終始した。このどこが「民度が高い」というのだろうか。
アジア諸国とのIT受容力の違いは、じつは近代化・現代化の曲線によるものだ。すなわち、アジア諸国に先駆けて電線網(および公衆電話)を整備した日本において、ぎゃくに携帯電話の普及が遅れたのである。携帯電話の普及の遅れはそのまま、PCおよびスマホの普及の遅れ、とりわけ高齢層のIT受容力が低いままの社会となったのだ。初等教育における携帯電話の禁止、あるいはSNSの制限なども作用し、国民全体がネット社会を成熟させられない現状がある。

◆ITを使いこなせない行政府

IT受容力の低さは、定額給付金におけるネット申請時のサーバーのダウン、あるいは持続化給付金(ネット申請のみ)の遅配(当局の無応答も多い)として顕われている。いやそもそも、コロナ感染者数の情報伝達すらも、FAXに頼るがゆえに数値に誤差が顕われるなど、防疫行政の中枢から「アナログ状態」を露呈していた。じつに「IT民度の低さ」こそが、いまだに感染が収まらない一因なのだといえよう。
『紙の爆弾』(7月号)において、わたしはPCR検査を抑制した原因を厚労省医系技官、および国立感染研OBのデータ独占にあると指摘した。当初それは、オリンピックの無事開催を見すえた、国策的な検査抑制であった可能性も高い。そしてそれは、現在も継続していると改めて指摘しておこう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年7月号【特集第3弾】「新型コロナ危機」と安倍失政

〈原発なき社会〉をもとめて 『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機