月刊『紙の爆弾』7月号本日発売! 特集第3弾「新型コロナ危機」と安倍失政

 
『紙の爆弾』7月号本日発売 !

第3弾目となるコロナ禍と安倍政権の失政である。緊急事態の終結が宣言され、まがりなりにも「収束」の兆しが見えはじめた今、といっても東京ではここ数日二桁の感染者が出ているのだが、いずれにしても第2波、第3波のパンデミック襲来にそなえて、防疫失敗の総括を行なうべきであろう。本号は「専門家会議」など危機管理の「司令塔」となったシステムに焦点をあて、その信頼性を検証するものとなっている。以下、わたしの好み・興味のおもむくまま寸評していこう。

野田正彰(構成・本誌編集部)の「政府・専門家会議・マスコミ 素人たちが専門家を僭称して」は、まさに「専門家」の知見のなさを暴露したものだ。傷口(罹患による症状の確認)の状態を差し置いて、原因(どこで発生したウイルスか)の確認に走った段階で、厚労省も日本医師会も「論理の踏み外し」があったという指摘には、溜飲を下げないわけにはいかない。専門家会議の司令塔ともいえる、尾身茂副座長(国立感染研所長)が医系技官出身で、しょせんは役所をうまく生きてきた技官にすぎないと、野田と本誌編集部はいう。重要なのは、医療の現場で基本的な防禦を行ない、経験ゆたかな臨床医がその経験を実地に伝えることであろう。「患者の話を丹念に聞いて、身体をしっかりと目で診て、聴診し、詳しい経過から病気を考えていくという臨床医学の基本がなおざりにされ、診断を補助するものでしかなかった血液検査が優先される逆転現象が起きている」と、近年の医療に警告を発する。これこそ、今回の最大の教訓ではないだろうか。政府が言う「専門家」の実態、近年の医療のゆがみについて、記事を詳読されたい。

「経済専門家による政府の中小企業切り捨て」藤井聡(構成・林克明)は、緊急事態宣言への条件つきだが、3つの観点から批判をくだす。そのひとつは宣言の時期の遅れ(ピークが3月下旬だったのに、4月にずれ込む)、延長の早さ(5月連休明け)である。出口戦略において、専門家会議に入った「経済の専門家」は消費税増税賛成派だった。「コロナによってダメな企業は潰れてもしかたないと主張している東京財団政策研究所主幹の小林慶一郎慶応大学経済学部教授がいる」ことが問題だという。自粛が消費を消し去り、カネが動かない状態で耐えられる「ダメ」ではない企業とは、おそらく内部留保を毎年数十兆円単位で貯めこんでいる大企業のことなのだろう。中小企業はすべてダメ企業ということになる。

記事にはその小林慶一郎をはじめ、専門家会議に参加した竹森俊平(慶応義塾大学経済学部教授)、大竹文雄(大阪大学大学院経済学研究科教授)、井深陽子(慶応義塾大学経済学部教授)のそれぞれの見解がまとめられている。いずれも抜きがたい緊縮派であり、安倍政権が「異次元の金融緩和」などと口にしつつも、危機に際して頼っているのが緊縮派だったという歴史的な証明になるはずだ。

そして怖いのは、コロナと緊縮財政による自殺者が27万人増(年間1万人増)という試算であろう。これはゴールドマンサックスの経済予測をもとに、京都大学レジリエンヌ実践ユニットのシュミレーションを、さらに楽観シナリオと悲観シナリオで想定した後者のケースである。その場合の失業率は2021年末に8%となり、失業率や自殺者数が2019年水準に回復するのは27年後になるということだ。いうまでもなく、スペイン風邪から10年後に世界恐慌が到来したことを想起させる、長期不況がこの試算からはじき出されるのだ。

鈴木直道北海道知事とともに、成長株との評価が高い吉村洋文大阪府知事。じつは大坂が深刻な医療崩壊を招いていたこと、そしてそれがほかならぬ吉村知事と松井一郎大阪市長の維新ツートップの初動ミスによるものだったと指摘するのは「吉村洋文知事に騙されるな 維新が招いた大阪・医療崩壊」(西谷文和)である。その初動における遅れ、あるいは紆余曲折以前に、維新による大阪改革がコロナとの開戦前に、医療を崩壊させていた現実を西谷は指摘する。二重行政の統合、行政合理化のための医療切り捨ての惨たんたる現状を読まされると、維新という政治勢力がいかに新自由主義の負の側面を体現してきたかがよくわかる。

フランス在住の広岡裕児は、フランスの外出禁止が憲法によるものではないことを指摘し「『感染対策に“緊急事態条項”必要』という改憲勢力の嘘」をあばく。足立昌勝は「『自粛』から『強制』へ進行する監視社会」で、不法な監視や自粛警察に警鐘を鳴らす。

最後は拙稿で恐縮だが、このかん日本がコロナ防疫に成功したと喧伝する裏側に、数万人単位の隠されたコロナ死(肺炎死)があるのではないか。掲載していただいた「誰がPCR検査を妨害したのか 隠された数万人『肺炎死』」では、医系技官および国立感染症OBによるPCR検査抑制について、その実態と背景にあるセクショナリズムをあばいた。そして数万人単位の隠されたコロナ死(肺炎死)はウルトラ仮説ながら、根拠がないわけではない。じっさいに、法医学病理学会の調査では医師から要請があっても、保健所と国立感染研は遺体のPCR検査を拒否しているのだ。肺疾患の場合、病院の医師は肺炎を併発していても、ガン患者の死因を肺ガンにする。ガン保険を想定してのことだ。しかし今回、遺体へのPCR検査を避けたかった厚労省医系技官(保健所を管轄)および国立感染研においては、意識的にコロナ死者数を減らす(認定しない)のを意図していたのではないか。その答えは年末の「人口動態統計」を参照しなければ判らないが、年間10万人の肺炎死の中に、コロナ死がその上澄みとして何万人か増えているとしたら、日本はコロナ死者を隠していたことになるのだ。

その他、東京五輪の不開催も視野に入れた「日本を包み込む『東京五輪バイアス』」(森山高至)「『東京ビッグサイト』使用停止が生む巨額損失」(昼間たかし)は鳥肌ものの記事だ。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

本日7日発売!月刊『紙の爆弾』2020年7月号【特集第3弾】「新型コロナ危機」と安倍失政

黒川元検事長を訴追せよ! 検察の自浄作用こそ、民主主義を担保する 横山茂彦

安倍総理の「卑怯な法案」すなわち検察庁法の捻じ曲げが国民世論の前に頓挫し、その法案が意図していた黒川検事長の定年延長も、ほかならぬ本人の違法行為(賭け麻雀)でお釈迦になった。納税者が自粛を余儀なくされていたときに、公僕たる者が御用新聞記者たちと密接交遊の博打に興じていたのだ。まさに噴飯物の顛末だが、さらに追及の手を休めてはならない。


◎[参考動画]【news23】賭け麻雀 黒川検事長が辞表提出(TBS NEWS 2020年5月22日)

なぜならば、安倍政権は黒川「容疑者」を訓告(注意)処分で免罪し、6000万円の退職金で慰労しようというのだ。本来ならば逮捕・起訴処分相当の賭博罪の犯罪者にたいして、大企業並みの退職金で報いようとしているのだ。
さっそく告発の動きがあったので注目したい。

「辞職した黒川弘務前東京高検検事長(63)が知人の新聞記者らと行った賭けマージャンは賭博罪に当たり、立件するべきだとして、市民団体が26日、黒川氏と記者ら3人に対する告発状を東京地検特捜部に提出した。」(共同通信. 2020/05/26 11:42)

この告発によって、検察が黒川の逮捕・立件に動かないとしたら、この国の司法は闇である。賭け麻雀について、じつは2006年に鈴木宗男議員が外務省職員のあいだで麻雀賭博が行なわれている(週刊誌の投稿欄による)との指摘があり、その答弁で「賭博罪が成立しうるものと考える」と、安倍政権は麻雀賭博の定義を答弁しているのだ。

また、防衛省では平成26年ごろから28年ごろにかけて、陸上自衛隊青野原駐屯地内で賭け麻雀を行なった事件がある。このときは自衛隊員9人が停職処分となり、一部書類送検されている。すなわち「懲戒処分」を受けているのだ。

「週刊文春」(6月4日号)によれば、黒川元検事長は10年以上前から、新橋や虎ノ門、時には渋谷にまで足を延ばして、雀荘に足しげく通っていたことが分かった。「黒川さんは、週に1~2回、多い時には週3回もいらっしゃいました」(雀荘の元店員の証言)というのだ。軽い遊びとしての賭け麻雀などではなく、その常習性・犯罪性は明らかだ。

にもかかわらず、今回は5月22日の衆院法務委において、法務省の川原隆司刑事局長は、黒川元検事長が参加した賭け麻雀のレートが1000点当たり100円の「点ピン」だったとして「必ずしも高額とは言えない」と答弁。森雅子法相も「常習とは一般に賭博を反復累行する習癖が存在すること。そのような事実は認定できなかった」などと、犯罪性を打ち消す答弁を展開したのだ。これでは法の正義は地に堕ちたも同じである。

◆法務省が賭け麻雀を「合法化」

つまり賭け麻雀は、法務省によって「合法化」されたのだ。「日刊ゲンダイ」(5月25日)によると、《SNSでは「堂々と賭けマージャンしよう」という呼びかけが広がっている。》という。

《ツイッターでは、「【祝レート麻雀解禁!】検察庁前テンピン麻雀大会」と題し、参加者を募集する人まで現れた。「1000点100円=黒川レート」なんて言葉も出現している。皮肉を込めたイタズラかもしれないが、参加者に「政府は黒川レートならOKなんでしょ」と反論されたら、捜査機関はどうするのか。》

まさに法が実行されない、犯罪容認政権による犯罪奨励がまかり通っているといえよう。


◎[参考動画]黒川前検事長に告発状(テレ東NEWS 2020年5月26日)

◆産経リークと官邸内部の暗闘

ところで、黒川賭博事件は、産経新聞の政治部のリークだと判明している(関係者談)。社内人事で社会部に敗れた政治部が、腹いせ的に「週刊文春」に垂れ込んだというものだ。政治部「記者クラブ」の御用記事体質にどっぷり漬かっている産経政治部にどれほどの正義感があったのかはともかく、ジャーナリズムとしての自浄作用があったのは僥倖である。

そして官邸サイドでは、菅義衛官房長官がやり玉にあがっているという。黒川の身体検査が不十分で、その責は人脈的に菅長官にあるというわけだ。

その菅義偉官房長官は26日の記者会見で、黒川弘務元検事長の退職金が「自己都合退職の扱いになって、退職手当は減額された」と釈明した。また「一般論」とした上で「(黒川氏と同様の)勤続37年の東京高検検事長が自己都合退職になった場合、定年退職よりも800万円程度低くなる」と述べた。

公表されていないが、退職金は約5890万円と試算される。この「自己都合」ではなかった場合は約6727万円だったとみられる。菅官房長官は黒川の退職金を「削る」ことで、自分の責任を明らかにしたのであろうか。

それにしても、黒川「容疑者」への訓告(注意)処分は、辞任による「自己都合退社」となったのだ。なんと都合のいいことか。

刑事訴追されるべき賭博常習者が自己都合退職で(庶民にとっては)高額の退職金を受け取るというのは、とうてい看過できるものではない。検察庁は黒川元検事長を逮捕・訴追せよ。検察への国民の信頼感の回復とは、まさにこのことにかかっているのだ。

◆誰が処分を決めたのか

それでは、誰が黒川元検事長の処分「訓告」を決めたのか、である。

安倍総理はこう明言してきた。

「検事総長がですね、検事総長が、事実、事案の内容等、諸般の事情を考慮して処分をおこなったわけでございます」(5月22日、衆院厚生労働委員会)。


◎[参考動画]総理「責任は私にある」黒川氏に退職金で野党批判(ANNnewsCH 2020年5月22日)

ところが、同じ日に森雅子法相は記者会見で、

「最終的に内閣で決定された。私が検事総長に『こうした処分が相当』と伝え、総長から訓告処分にする、との知らせを受けた」と説明したのである。

安倍総理は「検事総長が決めた」と言い、森法相は「内閣で決定した」というのだ。

この閣内不一致ならぬ事実関係の齟齬について、森法相は25日の参院決算委員会で発言を修正する。

「法務省内で協議を行い、任命権者である内閣とも並行して協議しました。検事総長に法務省から『訓告相当だ』と伝え、総長からも『訓告相当だ』と連絡があった」自身の「内閣で決定」発言を軌道修正したのだ。安倍内閣に特有の、総理の発言に合わせた(忖度した)発言修正である。

醜い責任の押し付け合い、発言の修正はもはやどうでもいい。問題なのは黒川元検事長の常習賭博罪(3年以下の懲役)を、法の番人として立件できるかどうかに、この国の民主主義・法の下の平等がかかっているということだ。


◎[参考動画]黒川氏の訓告処分 森大臣「勤務態度など考慮」(ANNnewsCH 2020年5月26日)

冒頭に「この告発によって、検察が黒川の逮捕・立件に動かないとしたら、この国の司法は闇である。」と書いていたところ、5月27日の午後になって、安倍総理への告発が不受理となった。以下のとおりだ(朝日新聞報を要約)。

安倍総理主催の「桜を見る会」について、憲法学者らが1月に安倍総理を背任の疑いで告発した件で、東京地検が告発を不受理にしていたことが分かった。26日の衆院法務委員会で、共産党の藤野保史氏が明らかにした。不受理の通知は1月31日で、「代理人による告発を受理できない」などの理由だったという。

藤野氏は「森友問題などでも代理人による告発が行われて受理されているのに、なぜ受理しなかったのか」と質問。法務省の川原隆司刑事局長は「捜査機関の活動内容に関わる事柄なので、答えは差し控える」として「一般に、告発については刑事訴訟法の規定をもとに代理を認めないと解している」と答弁した。

手続きの形式問題で、告発を受理しなかったというのだ。ふたたび、畳みかけるような国民的な運動が必要だ。

すでに安倍総理が1億5000万円の血税を投じた政治家夫婦(河井克行・案里夫妻)の外堀は埋まっている。そしていままた、6000万円の血税が、安倍総理の法的担保であった元検事長、賭博常習者の退職金として支払われようとしているのだ。

水に落ちた犬は叩け! 桜を見る会における公職選挙法違反、政治資金法違反の「容疑者」安倍晋三を取り調べよ! 検察は黒川元検事長を賭博罪で取り調べよ。その先に、安倍晋三本人の逮捕・公訴が待っている。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

衰亡の北九州と繁栄の博多(福岡市) 工業都市の凋落に見る昭和の歩み

衝撃的なニュース。いや、予期されていた大型百貨店の閉店である。

2020年5月20日付西日本新聞

【北九州市八幡西区の百貨店「井筒屋黒崎店」が入居する商業ビルを運営する「メイト黒崎」が、東京地裁から破産手続き開始決定を受けたことが20日、分かった。決定は11日付。破産管財人の弁護士によると、負債総額は約25億2600万円。井筒屋黒崎店は同じビル内の専門店街「クロサキメイト」(約80店)とともに8月に閉店する。】(西日本新聞・5月20日)

「北九州市の衰亡」とでも表現しておこう。2000年の小倉そごう、2001年の門司山城屋、2002年の小倉玉屋の閉店につづき、北九州からまたひとつ、商業・情報発信の拠点がうしなわれたことになる。

いっぽう、福岡市(博多)はこの5月に人口が160万を超えた。政令指定都市の中で160万人をこえるのは、横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市についで5番目だという。福岡市の年間移入者数は1万4千人あまりで、じつにその8割が15歳から24歳である。つまり、高校・大学進学と就職の両面で、地方における一極集中が加速しているのだ。

2020年5月20日付西日本新聞

北海道における札幌市、東北における仙台市、中国地方における広島市と、ミニ東京への人口集中が、その他の地方の衰亡を招いている。そんな中でも、北九州市の衰亡は昭和型工業都市の凋落、福岡市は商業都市の隆盛として典型的であろう。

◆重厚長大産業の崩壊

北九州の凋落と福岡市の隆盛は、まさに戦後の日本の歩みを象徴しているといえよう。もともと福岡市(博多)は黒田52万石の城下町で、戦国時代いらいの博多商人の商業地でもあったのは史実である。

しかし、わたしが北九州に生まれた昭和30年代には、博多は単なる地方の商業都市にすぎなかった。というのも、北九州が五市合併(小倉・八幡・門司・若松・戸畑)で沸き立ち、県庁所在地(福岡市)を圧倒するいきおいで人口が増えていたからである。東京都の向こうを張って「西京市」という新市名が検討されたほどである。なぜ博多(福岡市)のように地味な町に県庁があるのか、子供ごころに不思議だと思っていたものだ。

合併のなった昭和38年に、三大都市圏(京浜・阪神・中京)以外では、初の政令指定都市となった。世に言う「日本四大工業地帯」のひとつでもある。すごいのは工業だけではなかった。門司鉄道総局とその機関区は九州の国鉄の司令部であり、西鉄の路面電車は80年代に全国最長を誇った。3大新聞の西部本社が存在するという意味でも、北九州市は博多(福岡市)を圧倒していたのだ。※松本清張は朝日新聞社の嘱託だった。

だが、その産業構造は石炭(炭田)と鉄(八幡製鉄)・セメント(石灰石産地)・化学工場(三菱・住友)・窯業(TOTO・黒崎播磨)など、重厚長大そのものであった。※佐木隆三は八幡製鉄、草刈正雄は東洋陶器の社員だった。

♪天に炎をあぐる山 鉄の雄叫び洞海に

わが母校の校歌の一節である。炎をあげている山は筑豊炭鉱(炭田)のぼた山、洞海湾にとどろく鉄の雄たけびは、いうまでもなく八幡製鉄である。なんともワイルドで、高度成長下の昭和を感じさせる歌詞ではないか。じっさいに校舎の近くには石炭列車の引き込み線があり、教室の窓から洞海湾が望めたものだ。

往時の八幡製鉄は2交代制勤務で、八幡の山沿いに住んでいる労働者たちは、リポビタンDを早朝・深夜営業の薬局でもとめ、ゾロゾロと工場の門に吸い込まれていた。また、小倉の繁華街では明け方まで、夜勤の新聞印刷労働者たちが酒を酌み交わしていたという。

若松港や門司港は、火野葦平の父親・玉井金五郎親分の時代から、港湾労働者(沖仲士)のメッカでもあり、喧嘩っぱやい気質は「北九モン」(北九州者)と、他県の人々から怖れられていたものだ。その地に仕事をもとめて、日豊線・筑豊線・日田彦山線・山陽線からの労働力が集中したのである。

だがその重厚長大な産業構造は、高度成長の限界とともに下降線を描くことになる。博多(福岡市)にくらべて、土地の狭隘さも仇となった。北九州市は海に面しているとはいえ、旧五市の中心地が山に遮られた盆地のような形状なのだ。住宅地は山裾に貼りつき、風光明媚な風景の反面で住みにくい町でもあった。

工業地帯としての凋落は、八幡製鉄と富士製鉄の合併(新日本製鐵・昭和45年)から始まった。このとき、多くの鉄鋼労働者家族が千葉県の君津(新日鉄君津工場)に移住し、北九州市の100万都市「崩壊」がはじまった。オイルショックのさなか、八幡製鉄所の溶鉱炉が消える。いよいよジリ貧である。

現在では、ネットのまとめサイト(Wiki)によると、工業地帯(地域)としての産業規模も凋落している。

【京浜工業地帯約55兆円、中京工業地帯約48兆円、阪神工業地帯約30兆円、北関東工業地域約25兆円、瀬戸内工業地域約24兆円、東海工業地域約16兆円、北陸工業地域約13兆円、北九州工業地帯約7兆円となり、工業地帯とは大きな差が開き、5工業地域との比較でも最少の北陸工業地域の半数程度まで低下した。】

ちなみに、現在の北九州市は自動車産業(郊外に工場誘致)が主要な産業だという。都市特有のドーナツ現象で、小倉魚町いがいの商店街はシャッター通りと化している。

北九州市観光情報サイトより

◆天神というブランド

北九州市の凋落のいっぽうで、博多(福岡市)は広大な筑紫平野とアジアへの航路を背景に、商業都市としての発展をとげてきた。天神は東京・横浜発の流行情報を真っ先に取り入れ、中洲は歓楽・観光拠点として全国に知られるようになった。

凋落の始まった北九州が、パンチパーマとノーパン喫茶、競輪発祥の地として、社会の仇花のような名を売っていた時期である。六本木とそん色のない天神の繁華街、プロ野球ダイエーホークスの誘致によって、両者の勝負は決定的なものになった。かたや旧100万工業都市、かたやアジア経済の拠点である。

もともと、黒田52万石時代に旧領の中津などから移住がおこなわれ、とくに美女を集めたといわれている。この事情は、佐竹氏(茨城→秋田)が美女を新領地の秋田に移住させたとする説「秋田美人」と重なる、いわゆる「博多美人」である。北九州の女性の「ケバさ(関西風の厚化粧)」にくらべて、いかにも東京風に洗練されている。このあたりも一因となって、若者の北九州離れ、博多流入が加速されたとみていいだろう。

いまや北九州は全国の政令指定都市のなかで、老齢化率ナンバーワンとなって久しい。じっさいに小倉や黒崎の街を歩くと、お婆さん率の高さに驚かされる。

そんな北九州市が生き残る方法は、もはや観光しかないのだ。門司港(レトロ地区)を中心に、映画のロケ誘致、古い倉庫群の保存などが、ようやく実を結びつつあるものの、広大な市域が不均等な発展、すなわちスラム化をもたらしている。その結果が、今回の黒崎井筒屋の閉店であろう。

あまりにも希望がなさすぎるので、宣伝用に観光広告を貼らせていただく。どうか、衰亡いちじるしい北九州市をよろしく。

◎北九州市観光情報サイト https://www.gururich-kitaq.com/
◎門司港レトロ http://www.mojiko.info/


◎[参考動画]わたしの北九州 ~近代産業発祥の地に刻まれた近現代建築を訪ねて ~(北九州市観光情報ぐるリッチ北九州)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

コロナ時代の経済学 おカネをまわすために、もっとお札を刷れ! 横山茂彦

◆コロナ自粛で明らかになった経済の本質とは、「消費」である

新型コロナウイルス対策としての「自粛」によって、現代経済の本質が誰の目にも明らかになったはずである。

経済の本質は「労働」でも「生産」でもない。われわれ消費者の「消費」なのである

その本質は「労働」でも「生産」でもない。あるいは「商品」や「サービス」でもなく、われわれ消費者の「消費」なのである。

店を開けなければ、おカネはまわらない。おカネを使わなければ、社会がまわらないのだ。商品生産も在庫も、労働力も流通も以前と変わりはないのに、おカネがまわらない(消費がない)から食べていけない。そして小規模事業者は資金繰りに行き詰まる。経済とはそもそも、おカネがまわることなのである。

じつに単純な原理だが、その原理をないがしろにしてきた結果、不況でも食べられる(貯蓄がある)人々と食えない(貯蓄がない)人々を、われわれの社会はつくってしまっていた。はなはだしい「富の偏在」である。

政治家たちは、需給バランス(生産と消費)やプライマリーバランス(税収と財政)を信奉する古典主義経済学(旧大蔵省官僚)の経済規律に縛られたまま、富の配分(賃金)を怠ってきたのだ。ピケティが言うとおり、富を独占した者たちは、けっしてそれを明け渡そうとはしない。

◆造幣局はおカネを刷れ!

だが、解決策がないわけではない。ことさらMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)に拠らずとも、事業者(資本家)が借金を返す意志と事業計画さえあれば、銀行は金を貸し続ける。それを国家レベルに行なうのが「赤字国債」であり、カネを行きわたらせる金融緩和・財政出動(リフレーション)である。

企業が事業資金を融資されることを「赤字融資」などとは呼ばないであろう。決算も赤字にすることで、わが国の大手企業は法人税をまぬがれてきた。財務省が言う「国の借金」をひたすらまじめに返済しているのは、われわれ納税者なのである。マクロ経済政策(金融政策や財政政策)を通じて、有効需要を創出するケインズの思想を呼び起こせ。

ちょうどニュースが入った。財務省は5月8日に、国債と借入金、政府短期証券を合計した国の借金が2019年度末時点で1,114兆5,400億円となり、過去最大を更新したと発表した。2020年4月1日時点の総人口1億2,596万人(総務省推計)で割ると、国民1人当たり約885万円の借金を抱えている計算になるという(共同通信)。

べつに何の問題もない。物資不足・食料不足にならないかぎり、ハイパーインフレは来ないのである。もう20年以上もこの議論はやってきたではないか。戦間期ドイツも敗戦後の日本も、物資不足からハイパーインフレを体験したのである。それがまた、好況への起爆剤になったもの史実である。

わが国の資本家と安倍政権は、日本型経営(終身雇用)を解体するいっぽう、その補完物としての労働市場の自由化(非正規)を拡大し、消費経済は逼塞してきた。買い手におカネを配らないで、商品(およびサービス)が売れるはずはない。

そもそも大量生産は大量消費によって支えられる経済構造であるのに、片方を潰してしまったのが80年代以降の新自由主義なのである。日本型経営がじつはフォーディズム(労働者に余暇と賃金を与え、クルマと生活を保証する)であり、労使が共同体として経済成長を達成してきた原理であることを、80年代後期のバブル崩壊によって破壊してしまったのだ。

◆生産者を食べせる賃金が、資本を回転させる

にもかかわらず、安倍政権は「働き方改革」として「同一労働同一賃金」をスローガンに掲げた。この心地よいスローガンを取り入れる安倍総理のパフォーマンスを、われわれは社会主義的な労働証書制として解釈しようではないか。

1991年にソビエト連邦が崩壊し、中国も市場経済(資本主義)の道をきわめた今日、資本主義の政治的代理人が労働証書制を口にしたのである。財界・労働界・諸政党も、そして国民もこれに異論はないという。

共産主義の第一段階(社会主義)における労働証書制とは、工場委員会やコミューン(地区ソビエト)が、この労働者は何時間労働したという証明書を発行し、労働者はその範囲内で自分が必要とする生産物を、労働協同組合の倉庫から取り出すというものである。

資本主義における賃金が労働力の価値(価格)であるのに対し、労働証書は労働そのもの時間数(量)である。資本主義の労働力の価値(価格)とは、労働者が生きて明日も労働者として働ける今日の労働力の再生産費であって、実際に行なった労働の量とは異なる。この差が「剰余労働」であり、資本家が労働者から搾取している。と、マルクス主義経済学は説明する。この搾取をなくせ、というのがマルクスの主張である。

ようするに、資本+労働-賃金=剰余労働(価格)をなくしてしまえば、そこに労働量(労働証書)が残る。それは同一の労働に対して、同一の賃金で報いるということだ。

それでは、安倍政権の提唱する「共産主義の第一段階(社会主義)」は、どうすれば実現できるのだろうか。大目標(共産主義的にいえば最大限綱領)ではなく、最小限綱領(実現可能な政策)として、可能性はあるのだろうか?

方法はそれほど難しくない。国民(成人)ひとりあたり20万円のベーシックインカムを実施し、年間40兆円といわれる企業の内部留保を財源に充てればよいのだ。それができない企業は潰して(国有化して)しまえ。

問題は「同一労働同一賃金」を時間で測るのか、それとも労働の質を「同一労働」とするのかであろう。いますぐに、政府は「自粛後」の生活資金を支給せよ。配るカネがない? いや、刷ればいいのだ。


◎[参考動画]【財源の話】れいわ新選組代表 山本太郎(2019年国会質問&スピーチ集より)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

ついに民意が追い詰めた! 安倍政権が「卑怯な法案」の今国会成立を見送る

安倍政権が「検察庁法改正案」の今国会での成立を、見送る方向で調整に入ったという。政府高官が5月18日に明らかにしたところによると、準司法権(検察)の独立を脅かす恐れがあると同改正案に反対する世論が高まる中で、採決を強行して批判を招くのは得策ではないと判断したようだ。自民党関係者も「検察庁OBの反発で官邸内の風向きが変わった」と話したという(18日、朝日新聞WEB報)。


◎[参考動画]“検察庁法”成立見送る方針 政府与党世論に配慮も(ANNnewsCH 2020年5月18日)

政府筋によると「束ね法案」になっている「国家公務員法改正案」などと併せ、秋に開会が予想される臨時国会で仕切り直す考えだという。これで、自己保身の「卑怯な法案」にたいする民意が、政権を追い詰めたことになる。新型コロナウイルス防疫の危機管理失敗によって、もはや死に体となっている安倍政権にとって、秋の舞台があるかどうかであろう。朝日新聞は18日、世論調査を発表した。以下のとおりだ。

▼「検察庁法案」反対    64%
        賛成    15%

▼同法案を急ぐべきではない 80%
        急ぐべきだ 5%

▼同法案に関する総理の説明を
       信用できない 68%
       信用できる  16%

▼「安倍総理はコロナ対策に指導力を発揮しているか」
していない         57%
している          30%

▼「安倍政権を支持しますか」
しない           47%
する            33%

前信において、安倍政権の私利私欲を担保する「卑怯な法案」、そして三権分立をも揺るがしかねない前代未聞の暴挙は「自民党の凋落を招きかねない」と指摘したとおりだ。まさに「消えた年金」いらいの党的な危機感に、安倍政権も法案成立延期へと舵を切らなければならなかったのである。

◆「戦後レジームからの脱却」は頓挫した

今回の「卑怯な法案」が日本という国家の基本的な枠組み、すなわち戦後民主主義の三権分立を侵すものであったこと。それはとりもなおさず、安倍晋三の「戦後レジームからの脱却」の内実が、近代民主主義の破壊にほかならなかったことを端的にしめしたのである。
そしてそれ以上に、新型コロナによる「国家的な危機」にもかかわらず、みずからの刑事訴追の回避を画策するという、あまりにも情けない策謀に国民は怒りを隠さなかった。芸能人たちの公然たる批判、検察OBの明快な指弾をはじめ司法人たちも声をあげ、安倍総理の暴挙を批判したのである。

「安保法制の時とおなじく、何も変わらなかったと思えるはずです」などと、安倍総理は国民の怒りの声をいなそうと懸命だった。何ごとも上からの統制や変更に、わが国民が唯々諾々としたがうと思い込んできた安倍総理にとって、ここ数日間は悪夢のような事態だったにちがいない。

これでいちおう、わが国にも民主主義社会が根付いていることを、われわれも知ることが出来た。「ほかにふさわしい政治家がいないから」とか「経済政策に期待したい」などという虚構ないしはネグレクトされた国民の政治観・政治家観に乗って、選挙でのずば抜けた強みを発揮してきた安倍政権も、いよいよ先行きが見えてきたのである。

このうえは、ウイルス防疫に失敗することで日本経済を崩壊の危機に陥らせた「戦犯」として、最終的な引導を渡すのでなければならない。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

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あまりにも卑怯! 自分の保身・お友だち利権を担保する法改正 検察官定年延長法は、安倍を退陣させられない自民党の凋落をまねく 横山茂彦

これほど法案反対が国民的な運動になったのは、いつ以来だろうか。いうまでもなく、検察定年延期法案(検察庁法改正)に対する批判である。

ネット上では法案反対の声が1000万ツイートにもおよび、安倍政権への国民の怒りを象徴している。小泉今日子や東ちづるなど、国民的人気の芸能人が反対を訴えることで、コロナ不作為とはまた別の意味で、安倍政権の致命傷となりそうな気配だ。政府は強行採決も辞さない構えだが、そのことが「消えた年金」以来の自民党凋落の予兆となることを、ここに指摘しておこう。

とくに安倍政権にというよりも、官房長・事務次官時代をつうじて、政権一般に協調的・親和的といわれる黒川弘務検事長の定年延長(閣議決定)を、安倍総理はさりげなくやったつもりだった。森友・加計・桜を見る会という具合に、総理自身の利益供与、公職選挙法違反という刑事訴追の可能性も浮上してくる中、おそらく軽い気持ちでやったのではないか。じっさい、市民運動家や弁護士による安倍総理刑事告発が、複数回にわたって官邸を悩ませてきた。


◎[参考動画]東京高検のトップに黒川弘務氏が就任 抱負語る(ANNnewsCH 2019年1月21日)

◆あまりにも卑怯

しかしそれは、卑怯な戦術として国民の目に映った。国民の目には、官邸が訴追を怖れるあまり、三権分立を侵す検察官の人事権を掌握する挙に出たと映ったのは、あまりにも当然のことだった。

黒川検事の定年延長をきめた閣議が法的担保のない、行政行為(法解釈の変更)であるのとは違って、停年延長法は検察に対する官邸の優位を決定づける。もはや形式的な任命権。すなわち検察官を内閣の指名により天皇が任命するという、法手続きの域を超えてしまうがゆえだ。まさに訴追権を時の政権が掌握するという、ナチス政権ばりの独裁法(全権委任法)である。

それゆえに、松尾邦弘元検事総長は「内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更」することが「フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『朕は国家である』という中世の亡霊のような言葉を彷彿とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない」とまで安倍政権を批判しているのだ。

まさに「今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる」(検察定年延長 OB有志意見書)。まさに正鵠をえた批判であろう。定年延長という人事権をもって、政権が検察を支配しようとしているのだ。


◎[参考動画]検察OBが定年延長可能にする検察庁法改正に反対し記者会見(朝日新聞社 2020年5月15日)

◆安倍総理の検察支配は目論見通りにはいかない

検察庁法22条には「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定められている。

国家公務員法第81条の3は「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」は最大3年の勤務延長を認めている。

そして国家公務員法の定年制度には「法律に別段の定めのある場合」は除かれるという規定がある。したがって検察庁法に、この「別段の定め」があるのだから、今回の黒川検事長の定年延長には、そもそも違法の疑いがあった。

国家公務員の定年制度導入を論議した1981年の衆議院内閣委員会においても、政府は「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております」と、国家公務員法での定年制度に検察官は含まれないと明言しているのだ。

こうした違法の疑いを、停年延長法で乗り切ろうとしたところに、安倍総理の浅はかさが露呈した。

自分の保身のため(桜を見る会における公職選挙法違反)に、あるいはスキャンダルにも等しいお友だち利権(森友・加計)のためにする閣議とそれを担保する法案に、だれが賛意をしめすというのだろうか。

安倍総理のもうひとつの弱点として、いったん言い出したことは曲げない。絶対に誤りは認めない、謝罪をしないというものがある。謝れば負けを認めたことになると、彼の狭隘な政治感性がそうさせるのだ。それゆえに人事権を官邸ににぎられた官僚は政権に「忖度」し、政権も国民的な常識からかけ離れた言動を繰り返してきた。

新型コロナウイルス防疫の遅れや不作為もあり、いまや安倍政権は第一次政権時のような衰亡に晒されている。であるがゆえに、安倍総理が辞任するとともに、刑事訴追されるのではないかという観測が高まっているのだ。すでに河井克行元法務大臣、河井案里参院議員にたいする公選法違反での立件も現実性をおびてきた。そう遠くない時期に、そして自民凋落という情勢の中で、総理が逮捕されるという事態があるかもしれない。すくなくとも安倍総理においては、その危機感故に、「指揮権発動」にもひとしい検察人事に手を染めたのだから。


◎[参考動画]【アベの大嘘】黒川の定年延長は法務省が言い出した事。我々はそれを承認しただけ【隠蔽】(FckAbe 2020年5月16日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

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迫る7月都知事選、小池百合子が狙う国政復帰? ポスト安倍をめぐるコロナ政局

◆ポスト安倍をめぐるコロナ対応評価の明暗

「非常時」ともいわれるコロナウイルス防疫のなかで、政治家の資質と能力が試されている。そしてその評価も定まった感がある。

晴れの席での見栄えがよいばかりで、危機管理にからっきし弱いところを露呈した安倍総理。マスコミ露出とともに「都民の母」のごとき存在感をみせる小池百合子都知事。彗星のごとくメディアを席巻し、独自の緊急事態宣言で危機管理能力を発揮してみせた鈴木直道北海道知事。そして、緊急事態解除の「大阪モデル」を提唱し、橋下徹元府知事をして「次期首相候補」と言わしめた吉村洋文大阪府知事。国民的人気は安倍総理をしのぐ石破茂元防衛大臣。かつては赤い自民党員と呼ばれ、いまや総裁選本命の位置を確保しつつある河野太郎。あるいは大宏池会構想のもと、挙党体制で安倍総理からの禅譲が保証されたはずの岸田文雄政調会長。もうひとり、ナンバー2の存在をゆるさない安倍総理との距離を噂されつつも、現実的な次期総理を噂される「令和おじさん」こと菅義偉官房長官。若手では小泉進次郎環境相、女性では根強い人気をほこる野田聖子元総務大臣。れいわ新撰組の躍進だけではなく、野党共闘の繋ぎ目として、あるいは与党との連立すら展望できるほど柔軟性がある山本太郎。

このうち、小泉進次郎は圧倒的な人気にもかかわらず、大臣就任後の経験不足が露呈した。次の次の次、あたりが妥当なところだろう。鈴木道知事や吉村府知事の台頭によって、もはや「過去のひと」という印象も生まれてしまった。

FNN世論調査より

給付金30万円が一律10万円となって、立場をうしなった岸田文雄政調会長。19人しかいない派閥が内輪もめ(徳島1区選出の後藤田正純と衆院比例四国ブロックの福山守が公認争い)の石破茂元防衛大臣も、見識や国民的人気だけではどうにもならないだろう。

関西の一部で待望される橋下元府知事も、総理の線はないだろう。そもそも彼は政治家としての粘り腰、打たれ強さがない、批評の人なのである。ワイドショーのインタビューに答えて「田崎(史郎)さんに批判されるので、政治家をやるのは疲れた」などの告白がその証左だ。批判につよい、象のような皮膚感覚こそが、政治家の必須条件である。ちなみに、FNN世論調査は右記のとおりだ。

◆コロナ禍の首都は都知事選を行えるか?

まず、7月にせまった東京都知事選挙は行なわれるのだろうか。わが国に先んじて感染ピークをクリアし、いまやコロナ以前に復帰した韓国は総選挙を何事もなく実施した。アジアの先進国を自任し、アメリカ流民主主義の模範であるはずの日本の首都が、選挙を行なえないでは面子まるつぶれであろう。

自民党が独自候補をあきらめ、山本太郎が「小池さんには勝てない」と表明したとおり、小池百合子の再選(本人は出馬表明していない)は確実なところだ。注目されるのは、小池知事の国政復帰であろう。彼女の国民的な人気をたよって、自民党が次期総理にかつぐ可能性はないでもない。

10万円一律支給であきらかになったとおり、政局を左右するのは公明党の意向であり、影の総理ともいえる二階俊博幹事長の仕掛けが気になるところだ。政治家は自分でトップを演じるよりも、日陰にいてトップを操るのがいい。「院政」をもって政治を操るのが、平安朝いらいわが国の政治的な伝統である。それをふまえて、いくつかのケーススタディを提示しておこう。

◆岸田文雄の発信力のなさ

自民党総裁でいえば、本命は岸田文雄政調会長である。この人の問題点は、あまりにも乏しい発信力であろう。発信力のなさは存在感と言い換えてもいい。わずかにチラシのような季刊誌(4ページ)があるだけで、その政治主張はほとんど自民党の広報を薄めたような内容だ。これでは首班を取ったとしても、最初の選挙で負けると思う。

そもそも岸田さんが何をやりたい人なのか、わかる人はいないのではないだろうか。そのうえ選挙に強みがないのではどうにもならない。選挙での弱さは、昨年の参院選の地元広島選挙区での敗北(溝手顕正元防災相の落選、秋田・山形・滋賀での敗北)、この4月の静岡衆院補選の投票率の低さで証明された。

考え起こしてほしい。右派的な主張いがい、政策にこれといった中身のなかった安倍総理が、圧倒的な選挙戦での強さを背景に、独裁的な政権運営を行なったことを。政治家の力とは、選挙での強さなのだ。タイミングと布陣の双方から本命すぎるがゆえに、短命な政権で終わると予言しておこう。

◆女性と首長から総理が

自民党の稲田朋美幹事長代行(衆院福井1区)は3月19日、TBSのCS番組において、自分が取り組む女性政策の推進に向けて「党の『おじさん政治』をぶっ壊す」と決意を表明した。男性議員を中心に伝統的価値観を重んじる党の変革を訴える狙いとみられる。 番組ではひとり親の税負担を軽減する「寡婦控除」に未婚の親を加える税制改正を実現したエピソードを紹介した。「若い男性議員、考えが柔軟な人は賛成してくれた」と、女性施策への理解拡大に期待感を示した。安倍総理のお気に入りでもあり、保守系右派の若い男性層、保守系のおばさん層の支持があれば、念願の総理の座も不思議ではなくなる。

最近は存在感こそ希薄だが、条件さえあれば野田聖子の総理登用も不思議ではない。渡米して体外受精で子宮を失いながらも高齢出産したエピソードは、保守リベラル系の支持があれば大化けする。その場合は保革大連立であろう。

前述した小池百合子の国政復帰も、自民凋落による大連立が前提である。思い起こしてみてほしい。小池と細野豪志の「(民主党から)まるごと来てもらうつもりはない」という発言で瓦解するまで、日本の政界は二大政党政治へのギリギリの展開を見せていたことを。最初にふれた山本太郎の政権入りも、反原発を掲げる自民党政治家(河野太郎・小泉進次郎)が首班となった場合である。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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天皇制はどこからやって来たのか〈10〉古代女帝論-2 本朝初の女帝・推古天皇

◆仏教・砂鉄・蘇我氏の時代

6世紀(500年代)は仏教が伝来し、他方では砂鉄から鉄器が精製される方法が確立した。いわば文化的な革新と技術の進歩に、社会が大きな衝撃をうけた。現代でいえば、IT革命や素材革命が起きたようなものだ。

そのような活力のある時代に、堅塩媛(推古天皇)は第30代敏達天皇の后となった。この時期、仏教を奉じる蘇我氏と、古神道の家柄である物部氏とのあいだに、政権をめぐる暗闘があったのは周知のとおり。その有力豪族である蘇我馬子の姪・堅塩媛が34歳のときに、敏達天皇が崩御してしまう。用明天皇が帝位を継承するも、これも2年後に亡くなる。

そのかん、蘇我氏と物部氏の抗争が勃発して、勝利した蘇我氏が崇峻帝を擁立した。その崇峻帝も、蘇我氏の手によって弑逆される。崇峻天皇は皇統史上ゆいいつ、暗殺された天皇ということになっているが、真相はよくわからない。背後には蘇我氏の政権運営と、それに反発する帝との確執があったとされる。

蘇我馬子の思惑はおそらく、聡明な厩戸皇子を皇太子に、すなわち聖徳太子にすることにあった。蘇我系の帝をいただき、仏教の保護と外交政策を継続する。そんな狙いが、姪の堅塩媛(推古)を即位せしめたのではないか。推古即位ののちに亡くなってしまう日嗣(ひつぎ)の皇子竹田(推古の実子)はおそらく、馬子にとっての本流ではなかっただろう。

◆なぜ、皇太子厩戸(聖徳太子)は即位しなかったか

蘇我氏のバックアップがある、安定した推古政権のもとで、摂政厩戸皇子はその能力を開花させた。十七条憲法、官位十二階など法令の整備、法隆寺の建立、遣隋使の派遣、『天皇記』『国記』を編纂したのがそれである。

しかしながら、待望された厩戸の即位は実現しなかった。推古30年、皇子は49歳で薨去。

ところで馬子と厩戸の影に隠れてみえる推古帝だが、伯父でもある実力者の馬子が葛城県を望んだ時に、私情をはさまない対応でこれを退けている。

それにしてもなぜ、皇太子厩戸(聖徳太子)は即位しなかったのだろうか。崇峻帝のように暗殺されるのを怖れたのか、あるいは摂政という立場で自由に政権を運営したかったのか。それとも、臣下の合議による政権運営という、律令国家の理想がすでに厩戸の政治構想のなかに胚胎していたのか。

もしかしたら推古こそが、馬子と厩戸を使いわけるように君臨した、実力派の女帝だったのかもしれない。「日本書紀」の推古記は、容姿端麗で身のこなしも乱れがなく美しかった、と伝えている。

◎[カテゴリーリンク]天皇制はどこからやって来たのか

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鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

感染症と人類の歴史〈03〉パンデミックが変える社会 ── ウイルスの世界的流行が文明の均一化と進化をもたらした 横山茂彦

◆インカ帝国滅亡のなぞ

インカ帝国を滅ぼしたスペイン人のピサロ

マチュピチュ遺跡で有名な南米のインカ帝国は、スペインのピサロによって滅ぼされたのはよく知られている。ピサロが初めて南米に渡ったのが1524年、金を求めての探検であった。

1531年に180人の兵と37頭の馬を引き連れて再訪し、翌年には皇帝のアタ・ワルパを捕縛、そのまま殺害してしまう。インカ帝国の首都クスコを1533年の秋に無血開城させ、現在のリマに拠点を築く。ピサロの兵はわずか180人だったという。

当時のインカ帝国は1600万人と推定されているが、なぜわずか180人の兵士に屈したのか。これは歴史の大きな謎とされてきた。

インカ帝国に内紛がありピサロにそれが利用されたのは事実だが、それにしても皇帝アタ・ワルパの手勢だけでも数万の兵力があったのだ。じっさいに1526年の西海岸上陸では、インカ兵の襲撃をうけて十数名のスペイン兵が惨殺されている。平和を謳歌してきたインカ人(インディオ)たちも、侵略者を許さない暴力を持っていたことになる。

歴史家たちは、初めて馬を見たインカ人たちがそれを怖れ、精強なスペイン兵を前に敗走したと説明する。あるいは平和な繁栄を遂げてきたインカ帝国には、戦闘的な兵士がいなかったという。そうではない。

先住民を虐殺するスペイン人

ピサロのインカ征服は、カルロス1世から総督の地位を承認されるなどの手続きをふくめ、足かけ9年もの年月をかけている。そのかんに、ヨーロッパでは免疫制圧された天然痘やペストなどの感染症が、インカ帝国を襲ったのである。一説には、人口の60%が失われたとするものもある。

最近の研究としては、マチュピチュ遺跡から出土した人骨から、天然痘や寄生虫の痕跡がみとめられている。マチュピチュは王族や貴族の神殿と考えられ、標高2,430メートルの高地にある。感染症は帝国の中枢にまで至っていたのだ。

金をはじめとする財宝、そしてトウモロコシやジャガイモなどがヨーロッパにもたらされ、南米はスペイン・ポルトガル(イベリア両王国)が支配するところとなった。この略奪戦争はしかし、人類史的には文明の進歩でもある。古代・中世においては、戦争が生産様式(総体的奴隷社会=マルクス)であるゆえんだ。「コロンブス交換」からそのことを説明していこう。

◆コロンブス交換

大航海時代以前からアメリカ大陸に住んでいた主な先住民たち

新世界(アメリカ大陸)を発見したコロンブスによって、もたらされた物と奪った物をコロンブス交換という。植物、動物、銃、そして病原菌である。大航海によって海が征服され、分断されていた文明が交流する。新自由主義のグローバリゼーションがウイルスのパンデミックをもたらしたように、15世紀末からの植民地化は世界を一新した。

病原体にかぎって、列記しておこう。

ヨーロッパからアメリカ大陸にもたらされたのは、コレラ、インフルエンザ、マラリア、麻疹、ペスト、猩紅熱、天然痘、結核、腸チフス、黄熱、百日咳などである。

いっぽう、アメリカ大陸の風土病もヨーロッパにもたらされた。梅毒、フランベジア(イチゴ腫)、黄熱 (American strains)である。

インカ帝国の人口が60%失われたかどうかは、現代の疫学研究に基づいた推定にすぎないとしても、東西大陸の人類は上記の感染症を体験(集団免疫)することでそれを克服し、病魔にまさる新たな食料資源を得たのである。

前述したジャガイモやトウモロコシ、トマト、落花生やキャッサバがヨーロッパを経由してアジアにもたらされるまで要したのは、数十年だったとされている。じつは18世紀にいたるまで、人類の最大の脅威は疫病ではなく凶作だったのだ。いまも飽食の日本においてすら、餓死する貧困層は存在するし、世界では6億人の人々が飢えに苦しんでいるという。

ヨーロッパから新大陸に持ち込まれた馬や銃、耕作用の鉄器は広大な南北アメリカで農業の隆盛をもたらした。

われわれが今日、スーパーで手にする肉や野菜はどうだろう。アメリカ産、カナダ産、ブラジル産の農産物の何と多いことか。コロンブスやピサロの「発見」や「侵略」によって、世界はひとつ(均一)になったのである。しかるに、人類の開発が密林におよび、そこで生息していたウイルスたちを眠りから起こしてしまった。その亜種が変異をくり返し、いまやわれわれに寄生しようとしているのだ。

そこでわれわれは、広がりすぎた世界を「閉じる」必要を思いつく。クラスター防止のために都市は「ロックダウン」され、県域を越えるなと政府は言う。

そうであれば、鉄道通勤をやめてしまえばいい。テレワークに必要な電力は、自然光発電を自前にしてしまえばいいではないか。各地の産品を全国にもたらす物流システムは、本当に必要なのか。人的な移動を必要としない、ITとAIを駆使した経済モデルはどこまで可能なのか。就業と賃金システムを効率的に実現できる方法は何なのか? 公平な労働と分配は可能なのか。初歩的な疑問から出発し、コロンブス交換に匹敵する革命を模索したいものだ。

◎[カテゴリー・リンク]感染症と人類の歴史 

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

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天皇制はどこからやって来たのか〈09〉古代女帝論-1 保守系論者の「皇統は歴史的に男系男子」説は本当か?

女性天皇・女系天皇論議は、なかなか俎上にのぼらない。というのも、世論の動向がはなはだしく、女性天皇容認に傾いているからだ。産経新聞とFNN(フジテレビ)が昨年5月に行なったアンケートによると、女系天皇(単に女性天皇ではなく、女性天皇の子女が皇位に就く)に賛成が62.3%、女性宮家の創出は67.8%だった。朝日新聞の世論調査(昨年4月)では、女性天皇に賛成が76%、女系天皇74%の賛成だった。毎日新聞の調査でも、女性天皇の賛否は、賛成が68%、反対は12%にとどまった。2017年のデータになるが、共同通信による女性天皇賛否の調査では、じつに86%が賛成だった。

世論の圧倒的多数は、女性天皇・女系天皇に賛成しているのだ。それゆえに、安倍政権はみずから呼びかけてきた「国民的な議論」を封じるかのごとく、国会でもこの議論を避けている。たとえば「週刊朝日」(3月6日号)に掲載された「有識者会議の座長代理を務めた2人が皇位継承問題を語る」において、園部逸夫(元最高裁判事・外務省参与)と御厨貴(東大名誉教授・人サントリー文化財団理事)は、国民の圧倒的な女性天皇支持、女性宮家創出賛成の世論を怖れて、安倍晋三総理が議論を封印したと批判している。

つまり国民的な議論をしてしまえば、あっさりと女性天皇が認められてしまいかねない。これは自衛隊合憲論(9条加筆案)と同じく、国民投票にかけることによって、自衛隊の非合憲が決定されかねない、政権にとってはアンビバレンツな問題だということなのだ。

いっぽう、女性天皇賛成論について、左翼系の天皇制廃絶論者からは「天皇制をみとめることになる」「女性天皇賛成ではなく、天皇制の廃絶を」という批判がある。これは本土移転による沖縄基地の撤去論(沖縄米軍基地引取り運動)に対する「基地の存在をみとめるのか」という批判にかさなる。議論はおおいに尽くすべしというのが私の立場だが、天皇制廃絶や米軍基地撤去を、ただ念仏のように唱えていても何も動かないのは、戦後の歴史が教えるとおりであろう。

むしろ保守系の論者の中から、第三皇位継承権を持つ悠仁親王の帝王教育を、自由主義的な秋篠宮家に任せていていいのか。「昭和天皇の杉浦重剛や上皇陛下の小泉信三のような外部の教育掛(教育係)が必要なのではないか」(宮内庁関係者、週刊文春デジタル)という矛盾すら生まれている。その自由主義的な秋篠宮家においてすら、眞子内親王の自由恋愛結婚において矛盾が生じているのだ。すなわち、皇室と天皇制の民主化がそれ自体の危機につながる、ということにほかならない。したがって女性天皇の実現は、単に女権拡張的なフェミニズムの課題だけでなく、天皇制がほんらい持っている矛盾、つまり擬制の身分制・封建制が象徴天皇のアイドル化という自由化のなかで、崩壊をもたらす危機をもたらすのだ。このような視点のもとに、女帝論をめぐる議論のために史料研究が必要である。

◆女帝議論の動向

保守系の論者は「歴史上の女帝は中継ぎにすぎない」「皇統は歴史的に男系男子である」というが、じつは史実はそうではない。意志的に皇位を獲得し、あるいはみずからの皇位を冒す者を排した古代の女帝たち。そして女系女帝(母親が天皇の女帝)すら存在したことを、史実を知らない者たちが議論しているのが現状なのだ。

そこで、あらためて一次史料と最新の研究書・論考を読み込みんだレポートを送りたい。さらには大学や学会など、研究機関の研究者にはとうてい成しえない大胆な仮説をもとに、古代の女帝たちからの証言を明らかにしていこう。あなたも目から鱗が落ちる、衝撃的な歴史体験をともに味わってほしい。

◆神託の巫女

 「元始、女性は実に太陽であった」(『青鞜』平塚らいてう)。

わたしたちが知る神話世界では、天照大御神が母なる神であって、皇祖は女性神ということになる。これは現実の歴史(持統天皇の時代)を、神話の物語に反映したものであろうか。日本神話の世界は謎にみちている。神話をなぞりながら、史実に近づいてみよう。

そこで神話から現実の歴史に降り立つと、史実の女王が卑弥呼と呼ばれた文献に行きあたる。卑弥呼という蔑称は、魏史の編纂者による当て字であろう。おそらく日巫女(ひみこ)、もしくは姫皇女(ひめみこ)、姫子(ひめこ)などが本来の呼び名だと考えられる。

よく「卑弥呼」という名前が好きだという方もいるが、ひらたく訳せば「卑しいとあまねく呼ばれている」というのが「卑弥呼」の語意なのである。「魏志」篇者の悪意すら感じられる。

その「魏史」の「倭人伝」につたわる邪馬台国の女王は、卑弥呼から台与に代をかえて、三十余国からなる連合国家の統治を行なった。いずれも男王のもとでは「相誅殺し」「相攻伐する」状態になった結果、和平のために女王が共立されたのである。

卑弥呼は「鬼道につかえ、よく衆をまどわす」と、倭人伝に記述されている。鬼道については諸説あるが、呪術であり神のお告げ。すなわち神託であろう。
そう、巫女の神託こそが、古代国家統合の背骨だったのだ。神のお告げをつたえる女性は、その意味では国家(共同体)の太陽だったといえよう。その太陽はしかし、王国の実権者だったのだろうか。

魏史倭人伝はこう伝える「夫婿なく、男弟あり、たすけて国を治める。女王となっていらい、姿を見た者は少なく、婢(ひ)千人を仕えさせている。ただ男子あり、飲食を給し辞をつたえ居処に出入りする」

どうやら弟が政治を行ない、給仕をする男性が彼女の神託を宮殿の外につたえていたようだ。倭国は三十余国からなる連合国家なので、諸国王たちが合議したものを卑弥呼に占なってもらい、その神託を決定事項とした。このような統治形態が考えられる。

その場合、卑弥呼は女王でありながら、呪術をもっぱらとする祭司ということになる。つまり太陽ではあったが、政治的な実権者ではないようだ。にもかかわらず、千人の婢(女性奴隷)を使い、その死にさいしては径百歩(歩いて百歩の大きさ)の塚がつくられ、百余人の奴婢が徇葬(殉死)した。祭司の権力が、政治的な実権者に劣らない証しである。

卑弥呼・台与のつぎに巫女の神託が政治舞台に登場するのは、古代王朝最後の女帝・孝謙(称徳)天皇の世になる。それまでしばらくは、古代王朝の辣腕女帝たちの活躍を紹介しよう。保守系の論者が「歴史上の女帝は中継ぎにすぎない」「皇統は歴史的に男系男子である」というのが、いかに史実を知らない主張であるかを、明らかにしていこうではないか。

◎[カテゴリーリンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など多数。

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