象徴天皇制の終わりの始まりか? 小室氏の「有資格問題」は、憲法違反である

小室圭さんがフォーダム大学のロースクールで学位を取得し、来年度からの弁護士基礎コース(英語で受講)に備えて、夏休みを返上して講座を受けることになった。夏休みを大学で過ごすことで、母親の借金問題を「先送りした」と批判的に報じられている。


◎[参考動画]小室圭さん 卒業式は欠席 夏休みも日本に戻らず?(ANNnewsCH 2019/5/21公開)

テレビのワイド番組は、アメリカ留学事情と併せて、覗き見的に小室氏の動向を報じているが、大半の視点は借金問題でのバッシングである。皇室の子女に「ふさわしからぬお相手」というわけだが、視聴者は必ずしもそうではない。眞子内親王と小室氏の結婚を支持するというアンケート結果が出ているのだ。

テレビ朝日のモーニングショーの街頭アンケートでは、100人中で「応援できない」は、わずか19人だった。「応援できる」が42人、金銭問題の解決が条件で39人である。じつに80%の人々が二人の結婚を応援しているのだ。言うまでもなく、恋愛・結婚は個人の意思によるものだという、近代的な人権感覚による自由恋愛を支持するからであろう。昨年の秋篠宮の「納采の儀」の延期、上太皇后による不快感という報道にもかかわらず、自由恋愛を認めよという「世論」が圧倒的なのである。

本欄でも触れたとおり、秋からの女性宮家の創出、女性天皇および女系天皇の可否をめぐる議論に、小室氏問題は大きな比重を占めてくる。すなわち、天皇家に皇統以外の男子の血が入ることを、たとえば安倍総理は蛇蝎のごとく嫌っている。その象徴として、小室氏のような母親に借金がある男が皇族になってもいいのか。というロジックが浮き彫りになるのだ。ただし、議論の前提として女系女性天皇(元明女帝の娘である元正天皇)女系男性天皇(元正の弟の文武天皇)が皇統に存在することは、あらためて指摘しておきたい。

◆自由恋愛の禁止は、憲法違反である

象徴天皇制の矛盾として、対米関係で指摘されているのが憲法9条との安保バーター論がある。現人神から人間天皇となり軍備を持たない代わりに、安保条約で「日本を属国化」したというものだ。沖縄の現実を考えるごとに、この象徴天皇制が日米安保とリンクしているのは明白となってくる。国家の暴力装置を米軍にたよる、わが国は半植民地なのである。もうひとつ、人間天皇自体の矛盾である。人間でありながら、あらかじめ一般国民とは分離された、特権的な身分を持った存在なのである。であるがゆえに、基本的人権があるのかどうか、よくわからない存在なのだといえよう。憲法上はどう考えたらいいのだろうか。憲法学者の横田耕一九大名誉教授は、こう語っている。

「根本的に、皇族に人権を認めるかについては議論がありますが、私は認めるという立場です。よって皇族女子の結婚は自由でいいと考えます」

「結婚は、あくまでもご本人たちの自由意思によります。お相手の小室圭さんについて色々言われているからといって、お二人の結婚に何らかの制約をすることは憲法違反となるのです」

「象徴天皇制において『象徴』とされるのはあくまで天皇だけで、皇族はそれに含まないというのが私の考えです。眞子さまの結婚に関しても、皇族という概念を持ち出す必要はなく、あくまで個人のこととして扱われると思います」(以上「女性自身」5月3日)。

横田氏の立場は、天皇(国民の総意としての象徴)いがいの皇族には、基本的人権が適用されるべきというものだ。おそらく国民レベルの意識では、天皇もふくめて基本的人権はあるべきだというものではないか。2016年8月8日の平成天皇の「お言葉」つまり、退位の自由を国民に訴えたのを、国民は厚意的に受け容れたことが、その証左である。

かりに眞子内親王と小室氏の結婚に、一億円の一時金(税金)が支障になるのなら、それを放棄すれば国民は納得するのだろうか。元皇族の品位を保つのがその目的なのだから、おそらく放棄しなくとも国民の多数は納得するはずだ。筆者のように天皇制に反対する立場であっても、この婚姻で象徴天皇制の矛盾が露呈し、あるいは皇族の減少で政治と天皇家の分離に向けた議論が始まるのを期待したい。その意味では、小室氏と眞子内親王の婚儀は、ぜひとも自由恋愛の立場から貫かれるべきだと思う。いまの若者たちが恋愛で傷付くのを忌避するように、恋愛というものが美しいロマンばかりではなく、政治(制度)や社会(差別など)の制約と戦い、勝ち取られるものだということを、ぜひとも眞子内親王と小室圭氏には実践していただきたいものだ。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

山田悦子、弓削達ほか編著『唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて』

大相撲「トランプ占拠」は神事の政治利用 露わになったみじめな属国の「国体」

G20に参加するトランプ米大統領が、大相撲の千秋楽を観戦する。それ自体はスポーツ好きであれば何の違和感も感じさせないが、おどろくべき準備が進められているという。観戦にあわせて急遽「アメリカ合衆国大統領杯」あるいは「トランプ杯」がでっち上げられ、正面升席を数百単位で「占拠」するというのだ。

これまでにトランプ大統領が相撲好きだという報道は、管見のかぎり聞いたことがない。視聴率の高い千秋楽を狙って、あるいは「国技(法的根拠はない)」である相撲に親しむパフォーマンスをもって、親日ぶりをアピールする。これは神事(相撲)の政治利用ではないのか。とって付けたような親日家ぶりに不快な感情を抱く日本人は少なくないはずだ。

政治家が何ごとかすれば、かならず政治利用になるという意味では、単にスポーツや神事の政治利用それ自体が非難されるべきではないかもしれない。しかし今回の「トランプ杯」はあまりにもご都合主義であり、メッキが剥がれるような厭らしさがある。


◎[参考動画]トランプ大統領来日時 大相撲で賞の授与検討(ANNnewsCH 2019/04/12公開)

◆大相撲ファンに溶け込んでいたシラク大統領

たとえば、来日回数がじつに46回。縄文土器を愛し、麦焼酎を飲み、芭蕉の句や万葉集を諳んじたフランス大統領ジャック・シラクならば、その在職中(7年間)に「フランス共和国大統領杯」が設けられたのもうなづける。シラクは在東京大使館員に特別任務として、毎日の取組結果(中入り後)をエリゼ宮の執務室にファックスさせていたという。1999年にフランスを訪問した小渕総理から、貴乃花が明治神宮に奉納した綱と軍配を贈られ「これほど嬉しいプレゼントは初めてのことだ」と語ったのも有名な話だ。その綱と軍配はしばらく、エリゼ宮の会議室を飾ったという。

来日時に大相撲を観戦するときも、わずかな側近をつれて一般の升席に座り、気づいた日本人も大統領一行が退席するさいに「シラク」コールを上げるなど、大相撲ファンに溶け込んでいた。その意味では、シラクの大相撲観戦とフランス共和国大統領杯は彼の個人的な嗜好の反映であって、政治的なパフォーマンスは従属的なものだったといえよう。

パリに日本文化会館がつくられたのもシラク時代だったし、興福寺展(1996年)や百済観音像特別展(1997年)には時間を割いて鑑賞し、専門的な質問をしたという。単に親日家というよりも、日本通であるシラクにわれわれは驚かされることのほうが多かった。大統領に就任する前の1994年夏には、夫人とともに日本に一か月滞在し、奥の細道の史跡をたどったという。ベルナルド夫人も日本通で、貴乃花ファンのシラクと曙ファンの夫人は、しばしば火花を散らしたと伝わっている。

◆升席に椅子を持ち込む?

しかるに今回のトランプ大統領の観戦は、安倍総理夫妻とのセットで、その親密ぶりを政治的にアピールしようというものなのだ。しかも300席以上が一般に売られないまま、千秋楽のチケットは完売している。ということは、正面席にポッカリと空席のまま、その中央に安倍総理夫妻とトランプ大統領夫妻が、関係筋によると椅子を持ち込んでの観戦になるという。升席に椅子である。神事(取組)が行われている土俵を、椅子席に観るというのだ。もはや観戦のマナーもあったものではない。せっかく貴賓席があるというのに、テレビに映りやすい升席を占拠したとしか言いようがないではないか。

◆みじめな属国のすがた

ここに至って、わが国の国体の正体があらわになったというべきであろう。白井聡が「国体論」で云うとおり、敗戦後にわが国は天皇制の存続と引き換えに、憲法9条を与えられ、アメリカの属国に組み入れられたのだ。

令和最初の国賓として、アメリカ大統領が天皇に迎えられ、しかも「国技」の場に土足(比喩)で礼儀も何もなく踏み込んでくるのだ。その大統領のしもべよろしく、わが安倍晋三は、その無礼きわまりない観戦方法を歓迎するのだ。

そこに政治的な理念はひとかけらもない。口ばかりとはいえ、核兵器の廃絶を世界に呼びかけ、ノーベル平和賞を受けたバラク・オバマ前大統領の功績を消し去り、ヘイトと軍拡、そして中国との貿易戦争を煽り立てるトランプを、まったく同じ位相で歓迎する無定見に、われわれはあきれ返るしかない。

ようするに、アメリカ大統領なら誰でもいい、相手が何を云おうと同じなのだ。みじめな属国のすがたを見るとき、われわれは思いがけず「自主独立」という言葉を記憶の向こうからすくい上げたくなる。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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「領土を戦争で取りもどす」政治家丸山穂高のせこい現実

あえて「戦争で失われた領土は、戦争でしか取りもどせない」という暴論にも、政治の真理があると評価しておこう。元維新の会、衆議院議員の松山穂高の発言である。「戦争で」という発言も、ある意味では正しい。領土交渉で相手国に遅れをとる政治家を、国民はけっして許さない。外交的な方法でおこなう領土交渉では、絶対に何も解決しないからだ。

例外的にあるならば、ヒトラー執政下のドイツがチェコのボヘミア地方をスデーテンとして割譲した、いわばドイツ系住民の民族自決権行使がある。それ以前にも、オーストリア併合がある。現在のロシアによるクリミア併合問題に見られるように、大陸は多民族が混住するがゆえに、民族問題と領土問題が不可分なのである。


◎[参考動画]「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか反対ですか」維新・丸山議員の音声データ(朝日新聞社 2019/5/13公開)

 
丸山穂高議員のHPより

◆平和憲法の否定

しかし、日本の領土問題は島嶼である。領土それ自体が意志を持っているわけではなく、住民の意志であれば北方領土はロシア人のものだ。そこで、ロシアの混乱につけ込んで四島を取りもどしてしまえ、戦争でしかどうにもならないですよね。ということになったわけだ。そしてその言動が、平和憲法にそむく。したがって、国会議員にふさわしくないものであるのは自明だ。

丸山穂高は稚拙なその意図はともかく、戦争という外交手段を扇動することで平和裏にすすめられてきた日露交渉、積み重ねられてきた経済交流を破壊しようとしたのだ。維新の会が即座に除名処分としたのは、至極当然の話である。もしも過去の砲艦外交や領土問題の困難で戦争に言及するのなら、紛争島嶼の共同統治論(過去に本欄で筆者が提言した)を考えてみるべきであった。

除名された丸山議員はしかし、野党の辞職勧告決議案を批判し、徹底抗戦のかまえを見せている。それはそれで、政治家の出処進退はみずから決すると、ある意味では思想信条は譲らない見識というものかもしれない。しかしながら、その丸山議員に不正蓄財の噂があるのだ。

◆通信交通費を政治団体に還流か?

政治家がなかなか議員辞職をしないのは、辞職が失職を意味するからだ。失職するのは、ひとり議員だけではない。3人いる公設秘書、すくなくとも数人はいる私設秘書も、同時に失職するのだ。歳費は年棒だが、支給は月単位である。丸山議員およびそのスタッフは、辞表した翌月から給与がなくなるわけだ。

 
日刊ゲンダイ(2019年5月18日付)より

そしてそれ以上に、丸山議員を執着させているものがあるようだ。日刊ゲンダイが報じるところを紹介しよう。

問題ではないかとされているのは、月額100万円支給される「文書通信交通滞在費」である。日刊ゲンダイ(2019年5月18日付)によれば「丸山議員は15年10月から毎月74万~90万円の幅の文通費を『資金管理団体の繰入(寄付)』として計上。主な内訳は『事務所賃料』『駐車場代・複合機リース費・等』と記載している。ところが、丸山議員の資金管理団体『穂高会』の政治資金収支報告書のうち、現在閲覧可能な15~17年分をどれだけめくっても、『複合機リース費』なる支出は一切、出てこない」というのだ。日刊ゲンダイの云うところをつづけよう。

「報告書に計上されている月々5万円の『事務所賃料』と月々1万6,000円の『駐車場代』を差し引くと、15年10月~17年12月の27カ月間で総額2,016万9,676円の税金の使途が『宙に浮いている』状況である」という。2年3カ月で2,017万円、つまり月額約75万円をプールしているのだ。これを不正蓄財と呼ばずして何であろう。

日刊ゲンダイの調査によると、資金プールには穂高会が利用されているようだ。上記の架空の「複合機のリース料」などとして蓄財されるにつれて、穂高会の繰越金が多くなっている。

「穂高会の収支報告書をチェックすると、新たに不可解な点が浮かび上がった。穂高会の収入が14年末からの3年間で急増しているのだ。15年分の収支報告書を見ると、『前年からの繰越額』には約374万円と記され『翌年への繰越額』には、約1,709万円と記載があった。それが16年末には約2,989万円となり、17年末は約3,701万円に。3年間で10倍近くに膨れ上がっている」というのだ。

◆ツィート(つぶやき)だけではなく、記者会見を

辞職勧告が「この国の言論の自由が危ぶまれる」「言論府が自らの首を絞める行為に等しい」(丸山議員のツィート)というのなら、テレビでもラジオでも、あるいはネットメディアでも「北方領土問題についての意見」を堂々と論じればよい。じっさいに「議員辞職勧告」に対しても「言われたまま黙り込むことはしない」と言うのだから、記者会見を開くべきであろう。そのさいに、歳費の政治資金への流用、および使途不明金についての質問がおよぶのは間違いないと指摘しておこう。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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女性宮家・女性天皇の可能性は? 維新の会の党内議論で深まるか皇室改革

平成から令和への代替わり(譲位)をうけて、女性宮家および女性天皇の議論が日程にのぼった。政府は秋口にも国会での議論を行なう予定だという。とくに皇族男子が秋篠宮と悠仁親王、日立宮しかいなくなったことから、女性宮家の創出が現実性を帯びてきている。親善外交や慈善事業など、国事行為や公的行為の担い手が、親王(皇室直系の娘)、女王(皇族の娘)が結婚して皇籍を離脱することで減少する、皇族存続の危機を迎えるからだ。

女性宮家の議論は小泉政権時代に行なわれ、諮問機関から「女性宮家の創出を早急に検討すべき」「女性天皇の実現にむけて議論すべき」と、皇室典範の改定が急務であるとされた。議論は悠仁親王の誕生で沙汰やみとなり、次期天皇が愛子内親王なのか、それとも悠仁親王なのか、議論は尽くされないままの状態だった。第一次安倍政権では女性宮家の議論も封印され、民主党野田政権において議論が復活。さらに第二次安倍政権でふたたび封印されるという流れだった。その安倍総理は、根っからの女性宮家反対論者である。


◎[参考動画]【解説】 なぜ女性は天皇になれないのか(BBC News Japan 2019/4/26公開)

◆皇統の伝統が男系であるという史実誤認

安倍総理は選挙で敗れて下野したあとに「皇室の伝統と断絶した『女系天皇』には、明確に反対である」と「文藝春秋」(2012年2月号)で語っている。

「女性宮家を認めることは、これまで百二十五代続いてきた皇位継承の伝統を根底から覆しかねないのである」「二千年以上にわたって連綿と続いてきた皇室の歴史は、世界に比類のないものである。そして皇位はすべて『男系』によって継承されてきた。その重みを認識するところからまず議論をスタートさせなければならない」「仮に女性宮家を認め、そこに生まれたお子様に皇位継承権を認めた場合、それは『女系』となり、これまでの天皇制の歴史とはまったく異質になってしまうのである。男児が生まれたとしても、それは天皇系の血筋ではなく、女性宮と結婚した男性の血統、ということになるからだ」

女性宮家の創出は、そのまま女系天皇へとつながり、皇統の伝統をおびやかすというのだ。しかし、これは史実を知らない不見識というものだ。

女系天皇が存在する史実は、こうである。天皇にならずに亡くなった草壁皇子の正妻・元明天皇(43代天皇)が譲位して、即位したのが娘の元正女帝である。元正には結婚経験がなく、独身で即位した初めての女帝である。文武天皇の遺児・首皇子(のちに聖武天皇)がまだ幼かったので、母とおなじく中継ぎということになるが、父親が草壁皇子であるから、彼女は男系天皇ではない。皇統史上唯一の女系天皇なのである。そして飛鳥・奈良王朝は、安倍総理の忌み嫌う女帝の時代であった。
女帝は推古・皇極(斉明)・持統・元明・元正・孝謙(称徳)と、六人八代をかぞえる。このうち、孝謙女帝は弟の基王(もとのみこ)が早世したことから、20歳の時に立太子している。皇太子であった女帝は、保守派の言うような「中継ぎ」ではない。事実、孝謙女性は称徳として重祚してもいる。

皇統史上、重祚したのは皇極(斉明)と孝謙(称徳)の二人の女帝だけである。平安期の摂関政治が行なわれるようになるまで、古代王朝においては女帝はふつうのことだったのだ。いや、むしろ律令体制を軌道に乗せた持統女帝、圧政をふるったとされる皇極女帝、たび重なる貴族の叛乱(橘奈良麻呂の乱・恵美押勝の乱)をくぐりながら意志的な仏教政策を推し進めた孝謙女帝という具合に、古代の女帝たちは一流の政治家だったといえよう。神話世界でも神功皇后のように、天皇にかぞえられるほどの辣腕政治家があった。ある意味で、野太い執政をものにしてきたのが古代の女帝たちであり、わが皇室の伝統と言ってもいいのだ。


◎[参考動画]「女性天皇・女系天皇検討すべき」共産・志位委員長(ANNnewsCH 2019/5/9公開)

◆神話を前提にした皇室観のむなしさ

ところで、安倍が言う「百二十五代続いてきた皇位継承の伝統」「二千年以上にわたって連綿と続いてきた皇室の歴史は、世界に比類のないもの」も神話(フィクション)を前提にしたもので噴飯ものだが、そこはお愛嬌と言うべきか。

世界では多数の王朝交代があったとはいえ、エジプトのファラオはクレオパトラ(七世)のプトレマイオス朝まで3000年の歴史を持っている。わが近代皇室が範をとったイギリス王室は、アングリア(イングランド)の王権が8世紀には成立している。ちなみにわが朝における実在の天皇は継体天皇(26代・在位507年~531年)、とされ、その前史でも三輪王朝(崇神天皇)、河内王朝(応神天皇)、近江王朝(継体天皇)など王朝交代があったとする説が有力だ。歴史家(古代オリエント史専攻)だった三笠宮崇仁が、紀元節(建国の日)復活し反対の論陣を張ったのは、まさに神話を歴史にしてしまう愚を批判してのことだった。

◆小室問題で迷走する議論

それはともかく、ここにきて維新の会が女性宮家創出の議論をすることで、秋の国会論戦が展望されている。すなわち「馬場伸幸幹事長は8日の記者会見で、女性皇族が結婚後、宮家を立てて皇室に残り、皇族として活動する『女性宮家』の創設に関する党内議論を開始すると述べた。「『不測の事態に備え、きちんと国会で議論し、皇室典範などの改正が必要であれば、そのような働きかけも行っていかなければならない』と強調した」(産経新聞、5月9日)というのだ。

そこで問題になるのが、眞子内親王と小室氏の「婚約問題」である。眞子内親王が宮家を設けると、小室氏は正規の皇族の一員になるのだ。眞子内親王だけではない。佳子内親王の「個人の幸福を優先する」「姉の意志が尊重されることを希望する」への批判、悠仁親王への「帝王学」の欠如など、秋篠宮家へのバッシングは、女性宮家を何がなんでも阻止しようとする政治的な思惑を感じさせる。

国民の80%が賛成という女性天皇および女性宮家問題に、時代に応じた議論が行なわれなければならないだろう。それはまた、改憲をふくめた国の将来を左右する内容をはらんでいるといえよう。


◎[参考動画]自民・二階幹事長 女性天皇を容認「時代遅れだ」(ANNnewsCH 2016/8/26公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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追い詰められた安倍政権 条件抜きの日朝首脳会談は可能か?

天皇代替わりに覆われた10連休は、まさに皇室ウィークともいうべき報道に包まれた。そのいっぽうで、安倍政権はいよいよ「条件抜きの日朝首脳会談」の開催にむけて動き出している(5月2日付報道)。すなわち、従来の「日本人拉致問題の進展を前提条件に、日朝首脳会談にむけた外交交渉」を投げ捨て、会談実現の事実づくりに動き出したというのだ。

 
2019年5月2日付産経新聞

日朝首脳会談への新たな対応方針は以下のとおりだという。

〈1〉条件を付けずに金氏と会う。
〈2〉2002年の日朝平壌宣言に基づき国交正常化を目指す姿勢を強く打ち出す。
〈3〉北朝鮮が求めるあらゆる議題に関し、腹を割って話し合う、というものだ。

そもそも手詰まりの外交交渉に、打開のメドがあるのかどうかはともかくとして、朝鮮半島をめぐる各国の首脳外交に後れをとったばかりか、完全に孤立しつつあることへの危機感が観測気球を上げさせたとみるべきであろう。

昨年1月に朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の金正恩委員長が平昌(ピョンチャン)冬季五輪に参加表明すると同時に、南北首脳会談を提唱して以降、安倍政権は一貫して非核化抜きの和平交渉に反対してきた。ところが南北融和が進むとともに米朝首脳会談が二度まで開かれ、中朝および露朝首脳会談が開かれるにおよんだ。ここに至って、わが国の孤立は国際社会に明白となっていた。条件抜きでの日朝首脳会談とは、まさにこの危機感によるものにほかならない。

 
2019年5月2日付朝日新聞

◆またしても政治的ポーズか

だがこれだけならば、2002年の平城宣言に基づいた独自の日朝交渉として、昨年らい安倍政権が模索してきたことである。米朝首脳の対話に拉致問題を託しつつ、北朝鮮の歩み寄りを期待してきた安倍政権にとって、米朝会談の物別れは「完全非核化の原則を守った」という評価とは別に、拉致問題の凍結を意味するものだった。

拉致被害者家族会の内部からも、安倍政権は何もしていないとの批判が噴出しているという。事務局長を辞任した蓮池透氏の「安倍晋三による拉致事件の政治的利用」という批判が、いまや現実性をおびて感じられる空気になっているのだ。

安倍総理は3月6日に官邸で家族会と面会し、拉致問題の解決にむけて「つぎは私自身が金委員長と向き合わなければならない。あらゆるチャンスを逃さない」と語っている。だがそもそも、交渉の糸口はあるのだろか。外交筋では、米朝会談の行き詰まりによって、北朝鮮も日本を窓口にする可能性がある、としている。あくまでも「可能性」などの希望的観測にすぎないのだ。

米朝首脳会談において、トランプ大統領は「完全な非核化を実現すれば経済制裁は解くが、本格的な経済支援を受けたいならば日本と協議するしかない」と金氏に説明したと、日本の外交筋は明らかにしている。その上で「安倍首相は拉致問題を解決しない限り、支援には応じないだろう」と述べたとされる。

この説明を受けて、金委員長は、安倍首相との会談に前向きな姿勢を示したとされているが、これはどこまでが事実なのか。会談中に北朝鮮側は「拉致問題は解決済み」という従来の見解は一度も示さなかったというが、それは本当なのか。アメリカとの交渉のなかで、あえて何も言わなかったという見方もできる。つまり、すべては伝聞の憶測にすぎないのだ。

◆日本は「永遠にひざまずけ」(北朝鮮宣伝サイト)

このかん、北朝鮮が韓国向け宣伝サイト(わが民族同士)に公表しているのは、慰安婦問題および徴用工問題への言及である。そしてそれは、真っ向からわが国を批判する内容なのだ。

すなわち、韓国の文喜相(ムンヒサン)国会議長の「日王(明仁天皇)が慰安婦に謝罪するべき」という発言に安倍総理や河野外相が強く反発していることに対して「虚偽と欺瞞(ぎまん)を体質化した島国の種族にのみ見るずうずうしさの極致にほかならない」「20万人の朝鮮女性を連れ回して性奴隷生活と生き地獄を強要し、840万人余りの朝鮮人を強制連行し、100万人余りを虐殺した」

「日本は永遠にわが民族の前にひざまずいて謝罪しても許されようのない境遇だ」
「全同胞は、過去の罪悪へのわずかの反省もなく、鉄面皮に振る舞う日本反動らの妄動を徹底的に粉砕してしまうべきだ」と、徹底的に批判しているのだ。

つまりこういうことだ。アメリカ(トランプ)が経済制裁を解いたあとは、日本はアメリカの代わりに経済援助をする。そして北朝鮮は「永遠にわが民族の前にひざまずいて謝罪しても許されようのない境遇」の日本に、永遠に無償の援助を行なわせる。なぜならば日本は戦犯国であり、アメリカの属国であるからだ。

◆対話は可能なのか?

すくなくともレーダー照射事件や慰安婦問題、徴用工問題で韓国と最悪の関係にあり、中国やアメリカ、ロシアとの関係においても主導的な外交関係にない日本を、北朝鮮が地域における主要なプレイヤーと位置付けているとは、とうてい思えない。アメリカとの交渉のあとに付いてくる、「賠償責任のある戦犯国」あるいは「援助国」にすぎないのだ。

すでに拉致問題は、2014年のストックホルム合意を受けての北朝鮮当局による調査は終わっている。その結果は「8名死亡およびその他は死亡」だった。日本政府は要員を送り込みながらも、この調査報告書を覆せなかった。その結果、調査報告は受け容れられないとして、日本の側からのみ「調査は中断されている」ことになったのだ。したがって、平壌宣言に立ち返ろうとも拉致問題は一歩も前進しない。したがって、今回の安倍政権による「条件抜きの首脳会談」はあらかじめ画餅であり、何もできないことを前提の政治的ポーズであると指摘しておこう。


◎[参考動画]トランプ大統領に総理明言「無条件で日朝首脳会談」(ANNnews 2019/5/7公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
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〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来

「BLACK BOX」のその後 山口敬之反訴で新段階の「レイプ裁判」〈後編〉 「同意のない性交」だけでは刑法上罰則もない「強姦天国」

「BLACK BOX」(伊藤詩織著・文藝春秋)がふたたびスポットライトを浴びている。ほかならぬ「加害者」とされている山口敬之元TBS記者が、1億3000万円の損害賠償請求の訴訟を起こしたからだ。これに対して、伊藤詩織の支援者は「オープン・ザ・ブラックボックス」というサイトを立ち上げて、支援団体(伊藤詩織さんの民事裁判を支える会)を発足させた。

以下は本稿〈前編〉に続き、山口敬之の反訴で新段階をむかえた「レイプ裁判」の〈後編〉だ。

伊藤詩織『Black Box』(2017年10月文藝春秋)

「私の意識が戻ったことがわかり、『痛い、痛い』と何度も訴えているのに、彼は行為を止めようとしなかった」「何度も言い続けていたら、『痛いの?』と言って動きを止めた。しかし、体を離そうとはしなかった。体を動かそうとしても、のしかかられた状態で身動きが取れなかった。押しのけようと必死であったが、力では敵わなかった。私が『トイレに行きたい』と言うと、山口氏はようやく体を起こした。その時、避妊具もつけていない陰茎が目に入った」

しかし、それでもなお、山口の「行為」は終わらなかったようだ。

「抵抗できないほどの強い力で体と頭をベッドに押さえつけられ、再び犯されそうになった」「体と頭は押さえつけられ、覆い被さられていた状態だったため、息ができなくなり、窒息しそうになった私は、この瞬間、『殺される』と思った」

いわばセカンドレイプを覚悟で、血を吐くような思いで書かれたから『BLACK BOX』の記述が正しいわけではない。「下腹部に感じた裂けるような痛み」「再び犯されそうになった」と、具体的なこ事実関係を書いているから、信ぴょう性が感じられるのだ。したがって、山口がとくにおもんぱかる必要もない。

◆なぜ不起訴になったのか

上記のとおり、両者の言い分をふまえて、その後の司法手続きをたどってみよう。
2015年4月9日に伊藤は警視庁に相談し、所轄の高輪警察署が4月末に準強姦容疑で告訴状を受理した。6月初めに逮捕状が発行された。逮捕状が警察の要請にしたがい、裁判所の責任で発行されたのは言うまでもない。しかるに、山口の身柄はアメリカにあった。執行は翌2016年、山口が帰国する6月8日に、成田空港で行なわれるはずだった。

 
BBC「Japan's Secret Shame」レビュー(2018年6月28日付けガーディアン)

ところが逮捕する直前に、警視庁刑事部長の中村格が執行停止を命じたのだ(「週刊新潮」)。7月22日に、検察が不起訴処分とした。嫌疑不十分がその理由である。のちに伊藤詩織は出勤途中の中村格を直撃取材したが、中村は全速力で逃走。何らの説明もしていないという。その後、検察審査会で審議されたが、9月21日に不起訴相当となった。

安倍晋三の意を受けた警察官僚が暗躍したと、週刊誌は警察・検察の不可解な動きを批判する。だがいまや、この国の社会および司法の仕組み自体に問題があると、わたしは思う。というのも、レイプされた女には「隙がある」「性ビジネスである」などと、男性のみならず女性(たとえば杉田水脈議員)からも批判が浴びせられるジェンダーの硬い障壁があるからだ。とりわけ、性暴力をめぐる司法判断に疑問の声がひろがっている。

4月11日の夜、東京駅付近に400人以上が集まって「MeToo」「裁判官に人権教育と性教育を!」などのプラカードが並んだという(朝日新聞4月17日夕刊)。娘の同意なく性交をした父親に無罪判決が出されるなど、強姦事件の無罪判決が続いているというのだ。そもそも実の娘と「同意」があっても、やってはいけない行為ではないのか。

いや、そうではない。日本では1873年に制定された改定律例には親族相姦の規定があったが、1881年をもって廃止されているのだ。刑法に盛り込まれなかった理由は、日本近代民法の父と言われるボアソナード博士が、近親相姦概念は道徳的観念の限りにおいて有効であると反対したためだとされている。

強姦罪もきわめて緩い。日本の刑法は「同意のない性交」だけでは罰則がなく、「暴行または脅迫」が加わった場合の性交に「強制性交罪」が成立するのだ。今回、実の娘を強姦した男は、娘が「抵抗が著しく困難ではなかった」ことで、無罪とされたのだ。そして酔って抵抗できない場合にも、同意があったとされる可能性があるというのだ。伊藤詩織事件にも、これが検察の判断となった可能性がある。裁判官の資質だけではないようだ。なんと、日本は法的にも強姦天国だったのだ――。

◎「BLACK BOX」のその後 山口敬之反訴で新段階の「レイプ裁判」
〈前編〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=30267
〈後編〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=30272


◎[参考動画]#MeToo in Japan: The woman speaking out against rape(FRANCE 24 English 2018/06/28公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来

「BLACK BOX」のその後 山口敬之反訴で新段階の「レイプ裁判」〈前編〉 山口敬之と伊藤詩織──両者の言い分を再検証する

「BLACK BOX」(伊藤詩織著・文藝春秋)がふたたびスポットライトを浴びている。ほかならぬ「加害者」とされている山口敬之元TBS記者が、1億3000万円の損害賠償請求の訴訟を起こしたからだ。これに対して、伊藤詩織の支援者は「オープン・ザ・ブラックボックス」というサイトを立ち上げて、支援団体(伊藤詩織さんの民事裁判を支える会)を発足させた。

伊藤詩織『Black Box』(2017年10月文藝春秋)

本欄の読者諸賢におかれても、事件のことも記憶が薄くなっているのではないだろうか。山口敬之は上記のとおり元TBS記者だが、現在は一般財団法人日本シンギュラリティ財団の代表理事である。財団の住所は東京都渋谷区恵比寿3丁目31-15、つまり山口敬之の実家なのである。評議員に山口博久弁護士(敬之の実父)がいることから、山口家を中心とした人脈で形成されたものとみていいだろう。そしてこの財団の理事に、斎藤元章という名前がみえる。

この斎藤元章という人物は、巨額助成金詐取問題で2017年暮れに逮捕されたPEZY社の代表である。この事件は「科学技術振興機構」からの助成金60億を、事業外注費を水増しで計上していたものだ(別件で法人税法違反=所得隠しでも逮捕され有罪判決を受けている)。詐取事件の背後には財務省、つまり麻生太郎の存在が噂された。山口自身も、このPEZY社の顧問になっているという。

それにしても、ジャーナリストでありながら時の権力におもねる「総理」「暗闘」(いずれも安倍総理に近い見城徹の幻冬舎刊)などの著書しかない点で、すでにアウト(政治権力の随伴者)だが、TBS退社後の「事業」も怪しい人脈で作ったものだったのだ。

山口敬之から訴状が届いた旨を伝える小林よしのりのブログ(2019年2月7日)

事件について、それを漫画化した小林よしのりが、山口敬之に訴えられた(2月9日)。この小林よしのりに対する訴訟は、「レイプ犯」などと勝手に決めつけると、相応の法的な責任を取らせるぞという、いわゆるスラップ訴訟であろう。メディアはまさに、触らぬ神に祟りなしという具合に山口敬之の動向を報道しようとはしない。じっさいに、小林よしのりも「この件については反論も議論もしない」としている。この小林の宣言は戦線を拡大しない、という意味にほかならない。

だからといって、世を騒がせた「レイプ裁判(準強姦被疑事件)」の報道を止められるわけではない。スラップ訴訟であれ正当な反訴であれ、みずからの主張はかならず報道と議論によって検証されなければならないからだ。もうひとつ付け加えておけば、相応の思いこむに足る条件があれば、名誉棄損の構成要件は成立しない。それは食品や商品に対する批判が、たとえば週刊金曜日の「買ってはいけない」などの企業批判が有効であるのと同様である。ほんらい「レイプ事件」は社会的な公共性が高くなくてはならない。少なくともまったくの冤罪ではなく、事件現場(ホテルのベッド)に山口本人がいたのは事実であり、そこでの事実関係こそが裁判の焦点である。

◆両者の言い分

そこで「レイプ事件」の経過、というよりも両者の言い分を復習しておこう。以下は「BLACK BOX」による。

2015年4月3日、伊藤詩織はニューヨークでの就職相談や就労ビザの相談のため、当時TBSの政治部記者(ワシントン支局長)だった山口敬之と会食した。その後、居酒屋で瓶ビール2本を2人でのみ、別にグラスワイン1杯を飲んだ。山口は安倍総理や鳩山元総理の人脈話をするばかりで、就労の話はしなかったという。2人は寿司屋に移動したが、そこで伊藤は気分が悪くなった。

伊藤はワインを3本空けても平気な上戸であり、このときの気分の悪さを「レイプドラッグ」ではないかとしている。何を食べたのかも、ブラックアウト(意識が飛ぶ)で記憶にないという。

その後、タクシーに乗って伊藤は「駅で降ろしてくれ」と言ったが、山口は「まだ仕事の話があるからホテルに行こう。何もしないから」と言い、運転手にホテルに向かうよう指示した。運転手は、山口が伊藤を抱きかかえるように連れ込んだと証言している。2018年の民事訴訟の弁論においても、この事実はホテルの防犯動画が証拠として提出されている。伊藤は意識がもどると、全裸あおむけの状態で山口が体にまたがっているところだったという。避妊具を付けていない山口の陰茎も見ている。激しいやり取りがあったのち、伊藤はホテルから脱出した。

山口敬之元TBS記者が「私を訴えた伊藤詩織さんへ」と題した手記を掲載した『月刊Hanada』2017年12月号

これに対して、山口敬之は「月刊Hanada」(2017年12月号)において、「私を訴えた伊藤詩織さんへ」と題した手記で、事件の態様をあきらかにしている。まず山口は「誰が見ても、一人で電車に乗って帰すことは困難な状態だった」と、ホテルに同道させた理由にしている。山口はホテルで仕事を終えたあとに、送っていくつもりだったという。伊藤が「駅に行ってください」とタクシーの運転手に要求したことは、山口も認めている。「嘔吐し、朦朧とした泥酔者が『駅で降ろしてください』と言ったからと言って、本当に駅に放置すべきだと思いますか?」と、山口は自分の行動を正当化している。ここまでは、そういう理由も成り立つかもしれない。しかし、部屋に入ってからの事実関係には、おおいに疑問が残るところだ。引用しよう。

「部屋に入ってどのくらい時間が経ったのか。私がまどろんでいると、あなたが突然起き出して、トイレに行きました。ほどなくトイレが流れる音がして、下着姿のあなたが戻ってきました」「そして、ペットボトルの水を何度かごくごくと飲んだあなたは、私が横たわっているベッドに近寄ってきて、ペットボトルをベッドサイドのテーブルに置くと、急に床に跪いて、部屋中に吐き散らかしたことについて謝り始めました。面食らった私は、ひとまずいままでにあなたが寝ていたベッドに戻るよう促しました。ここから先、何が起きたかは、敢えて触れないこととします。あなたの行動や態度を詳述することは、あなたを傷つけることになるからです」

ようするに、何があったのかは「あなたを傷つける」から詳述できないというのだ。一見して、女性の立場をおもんぱかっているような記述だが、一度は逮捕状を裁判所に発行された人物の手記とは思えない。伊藤詩織の告訴によって、世の人々に「あいつ(山口)は卑劣な強姦魔だ」と思われているのに、何があったか、事実関係を詳述しないのである。とりわけ、強姦か合意の上の性交渉であったかが、この「事件」の論点であり構成要件である。その重要な点を山口は記述していないのだ。

いっぽう、伊藤詩織の『BLACK BOX』は具体的である。

「目を覚ましたのは、激しい痛みを感じたためだった。薄いカーテンが引かれたベッドの上で、何か重いものにのしかかられていた。頭はぼうっとしていたが、二日酔いのような重苦しい感覚はまったくなかった。下腹部に感じた裂けるような痛みと、目の前に飛び込んできた光景で、何をされているのかわかった。気づいた時のことは、思い出したくもない。目覚めたばかりの、記憶もなく現状認識もできない一瞬でさえ、ありえない、あってはならない相手だった」

この「二日酔いのような重苦しい感覚はまったくなかった」実感が「レイプドラッグ」ではないかという疑惑につながるのだ。いずれにしても、彼女はレイプされていたと証言する。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

創業50周年!タブーなき言論を!『紙の爆弾』5・6月合併号【特集】現代日本の10大事態
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統一地方選・地方の反乱 自民党ボス政治の衰退と大阪で維新大躍進の意味

分裂選挙がどんなものになるか、当事者たちにはわかっていたはずだ。それを承知で自民党同士の一騎打ちは行なわれた。そこには組織としての統制や政治判断はなく、ただひたすら恨みつらみ、感情に支配された迷走があった。

◆麻生財務大臣が「造反」と呼んだ福岡県知事選は「私怨」による分裂選挙

周知のとおり、島根と福岡の県知事選で、自民党は公認候補が敗北した。勝ったのは地元県議が支援する候補だった。このうち、福岡県知事選は完全に私怨による分裂選挙である。すなわち、8年前にみずからが担ぎ出した小川洋知事が、衆院選で「手駒」のように動かなかったことを恨みに思い、対立候補(竹内和久)を自民党本部に「公認」させたものだ。

このみっともない立ち居振る舞いをしたのはわが副総理、麻生太郎財務大臣その人である。本欄でもふれたとおり、麻生が推した竹内候補の集会では塚田一郎国土交通副大臣(当時)が下関北九州道路の推進を「忖度した」ことでケチがついた。当初、2倍から3倍の得票差で負けるだろうと思われていたところ、130万票(小川知事)にたいして35万票(竹内候補)、すなわち4倍以上という惨敗だった。

告示の過程で、麻生太郎は記者の質問に「分裂とは思いません、造反だと思います」と語っていた。造反した連中に惨敗したのである。造反したのは地元の県議・市議クラスばかりではない。古賀誠宏池会会長、山崎拓元副総理など、地元の大物も麻生副総理の振る舞いに反発して、小川知事を支援した。怒気の感情とメンツで突っ走った先が、求心力を低下させる惨敗だったのだ。

人間、加齢とともに経験を積み、その意味では洗練された政治感覚になるはずだと、わたしは人間の成長力を肯定的に考えている。もっとも、高齢化することで忍従やこらえ性がなくなり、思ったことを何でも言ってしまう傾向があるのも確かなことで、そのような老人を見るたびに反面教師として自重するよう努めてもいる。今回の麻生太郎の暴走は、まさしく感情を抑制できなかった「老害」であろう。

◆自民党ボス政治の衰退

いっぽう、島根県知事選挙も地元の県議・市議が推す丸山達也が初当選を果たし、県連が「推薦」自民党本部が「支持」した大庭誠司候補を破った。故竹下登元首相や「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄・元自民党参院議員会長を輩出し、「自民王国」と呼ばれた島根県に激震が走ったのだ。党本部が「指示」にとどめたのは、党議拘束することで組織の分裂につながるのを避けたからだ。今回の島根知事選挙で明らかになったのは、県連の執行部および中央の政治家の思惑だけでは地方は動かない、ということであろう。ほかにも県連推薦の候補が当選したとはいえ、福井県知事選、徳島県知事選でも、一部の県議が対立候補を支援した。

あるいは地方創生をうたいながら、官邸主導の政治で地方をコントロールし、地元の大物(じつは中央政治)を「忖度」したつもりで、利益誘導を公然と口にしてはばからない、実質のともなわないパフォーマンスを地方は拒否したのである。それは長らく自民党を支配してきた「ボス政治」の衰退にほかならない。ボス政治の衰退という意味では、今回の分裂選挙を官邸とともに「静観」してきた二階幹事長にも及んでいる。すなわち、二階幹事長の元秘書(中村裕一元県議)が共産党の候補に敗れるという事態が起きているのだ。

◆大阪維新の会の躍進が意味すること

中央に対する地方の反乱という意味では、大阪府知事選・市長選挙における維新の会の躍進、名古屋市議選挙における河村たかし市長の減税の躍進(14議席)が挙げられる。とくに大阪維新の会は、危ないといわれていた松井氏の当選をはじめ、府議選挙では過半数、市議選でも過半数にせまる勝利を達成した。全国的に議席を減らしているのに、大阪では大勝したのだ。

これは知事と市長が入れ替わるダブル選挙を「図に乗っている」(自民党幹部)と評され、中央およびマスコミに批判されたことが、かえって原動力になったと言われている。その通りであろう。維新の会は国政政党としてはイマイチでも、地方政党としての地歩を確かなものにした。こういう政治構造は、たとえば沖縄における社会大衆党などの先行例もあり、地元の利益を主張する独自性があって良いのだと思う。その政治スタンスはともかく、地方党が躍進するのは中央の「独裁」をけん制するうえで、必要なものではないだろうか。


◎[参考動画]【報ステ】統一地方選 大阪・福岡・北海道は(ANNnewsCH 2019/04/08公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

タブーなきスキャンダリズム・マガジン『紙の爆弾』5・6月合併号【特集】現代日本の10大事態
〈原発なき社会〉を目指す『NO NUKES voice』19号

ついつい喋ってしまったがゆえに、詰め腹を斬らされた軽量級の政治家 塚田一郎元国土交通省副大臣の選挙演説の真相

「忖度」し、しかもそれが「ウソ」だったという閣僚が辞任に追い込まれた。

「わたくしは渡世の義理だけで生きている麻生派、根っからの麻生派であります」
渡世の義理で選挙の応援に来た閣僚は、こう口火を切ったのだった。

「みなさんよく考えてくださいよ。下関は誰の地盤ですか。安倍晋三総理ですよ。安倍晋三総理から麻生副総理の地元でもある北九州への道路事業が止まっている。……私、すごく物分かりがいいんです。すぐ忖度します。……今回の新年度の予算に国で直轄の調査計画に引き上げました」「吉田(参院)幹事長が大家(聡志)さんと一緒にやって来て『塚田、わかってるな。総理と副総理の地元なんだぞ』と言うんです。わたしは物分かりがいいんです。総理や副総理が自分では言えないから忖度します」(4月1日、福岡知事選挙応援の演説)

こう演説したのは、元国土交通省副大臣の塚田一郎だ。利益誘導を「忖度」する。総理と副総理の地元だから、停止している道路事業を再開させると喧伝し、国会でマスコミでおおいにその名を売った。辞任の顛末はともかく、事実関係をたどっておこう。

 
◎[参考資料]下関北九州道路の早期実現に係る要望(2018年3月28日)

4月1日(エイプリルフール)の発言だからか、この発言は「事実ではありませんでした」つまり「ウソ」だったとしている。だとしたら、公職選挙の運動の場において「ウソ」で集票しようとしたことになる。

この道路事業というのは、山口県下関市彦島から福岡県北九州市小倉北区に至る約6キロメートル(海上部の吊り橋約2キロ)の地域高規格道路である。かつて「第二関門橋」と呼ばれた30年来の計画で、安倍晋太郎の時代から熱烈な運動がくり広げられてきた。道路は全線が候補路線であり、建設を行うためには計画路線への格上げが必要となっていた。それを政権首脳に「忖度」して、国レベルの調査として、一気に計画路線にしてしまおうというのが、応援演説の真意である。

この「忖度」発言およびそれが虚偽だった件について、参議院決算委員会において、安倍総理は「過去にいくつかの要望事項のひとつとして、設置要望の大会に出たことはある」、麻生副総理は「記憶に定かではない」などとはぐらかして、自分たちの要望が「忖度」されたものではないかのように答弁した。

事実はそうではない。安倍総理は「関門会」なる政治団体の一員として、道路実現のための「要望書」に名を連ねている。総理官邸で大家聡志参院議員に推進のための「指示」もしているのだ。麻生太郎副総理は「下関北九州自動車道路の早期実現に係る要望書」(平成30年版)には整備促進期成同盟会の「顧問」として名を連ねているのだ。ちなみに、この要望書は毎年提出されているが、すくなくとも28年度以降、麻生は「顧問」となっている。

したがって、塚田元副大臣の発言はきわめて事実に近いのではないか。

◎[参考資料]下関北九州道路の早期実現に係る要望(2018年3月28日:PDF)

総理および副総理への「忖度」で政策をゆがめたのであれば、政治の私物化にほかならない。そして「忖度」をしたという演説が「ウソ」だったとしたら、虚偽の宣伝、選挙民への裏切りである。どちらにしても副大臣を辞任するしかないのが、塚田一郎国交副大臣の立場だった。そして、どうやら野党が「辞任」に向けて問責決議などの猛追をかけず、やんわりと話題にしつつ、おそらく参院選挙までこの話題を引っ張ろうとしていることに、自民党は気づいたのだった。そこで一転、更迭となったものだ。

すでにこの欄でもふれたとおり、新元号「令和」は法(令)による支配とそれに対する和(反抗しない)がもう一つの意味である。いわば規律を国民にもとめる政府が、身内の「利益誘導」や「ウソ」には寛大であるという、醜い姿をさらしてしまっていたのだ。

塚田元副大臣の「忖度」発言によって、下関北九州道路は「忖度道路」という印象を持たれてしまった。今後、国レベルでの調査・建設計画が進むにつれて、国民は「あれは忖度で進んでいる工事だ」「ゆがんだ利益誘導によって造られている橋」となってしまうであろう。それにしても、新たな橋が必要かどうかである。

私の実家は、対岸に彦島(下関市)を眺める門司区と小倉北区の境い目にあり、響灘と呼ばれる静かな海を遠望できる。母校(九州国際大学付属高校)の校歌に「♪遠く玄海荒れるとも 波静かなる響灘」とあるように、穏やかな風景のなかに馬島などの小島が見える。瀬戸内海の延長でもあるがごとき環境で、そこに巨大な橋を架けるのは無粋との反対意見もある。海底トンネル(自動車道)は老朽化による修理の頻発があるとはいえ、関門大橋はあと100年は使用可能だとされている。鉄道の海底トンネル(鹿児島本線)、新幹線の海底トンネルも健在である。

その意味では、地元の財界が数千億円といわれる建設費を見込んでの促進運動ともいえるのだ。今回の利益誘導の裏側にはしたがって、政財界の癒着という構造が見え隠れしている。そしてその中枢に、現役の総理大臣と副総理大臣が名を連ねているという由々しき事実だ。この案件から目が離せない。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

いまこそタブーなきスキャンダリズムを!月刊『紙の爆弾』5・6月合併号【特集】現代日本の10大事態
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新元号「令和」には「法令の下に国民を従わせる」という意味もある

◆いかに出典を意味付けても、漢字は表意文字である

政府は新しい元号「令和」を、万葉集の大伴旅人による「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」から採ったとしている。安倍総理は「わが国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書」からの出典であると、独自性を誇った。

しかし「令月」が「めでたい月」という意味であっても「令」それ自体は「律令」の令、すなわち行政法という意味である。律が刑法であるのにたいして、令は訴訟法や民事法もふくむ法体系である。

◆お上への反抗を許さないという意味なのか?

したがって「令和」を文字どおりに解釈すれば、法の下に国民を「和」さしめる。つまり和を「協力し合う」「争いをやめる」「協調させる」と解した場合、行政令に国民を従わせると解釈することもできるのだ。つまり「お上に従え」「お上のもとに、反抗せずに協力しろ」と言っているのだ。

もちろんこれは極訳であって、こういうふうにも解釈できるぞということに過ぎないが、漢字はしばしば争いの根拠となってきた。徳川家康が豊臣家を政治的に追いつめたのは、方広寺大仏殿の鐘銘に「国家安康」「君臣豊楽」とあったのを、家康の名を引き裂く、豊臣を君とすると解釈できる、というものだった。京都の五山の僧侶および林羅山がこのように曲解し、弁明につとめる豊臣側に「秀頼の大阪退城」「淀殿を江戸に人質として出すこと」を要求したのである。これを拒否した豊臣家は、大坂の陣で滅亡した。

◆過去にも例があった「令」

漢字が表意文字である以上、こうした曲解は避けられない。漢字が多様な意味を抱え持った文化であるからだ。というのも、ほかならぬ元号の採用にさいして、幕末にも同じような事態が発生しているのだ。しかもそれは「令」という漢字をめぐる問題だったのだ。すなわち、慶応の前の元号が元治と改元されたさいの第一案が「令徳」だったのだ。

政府が説明するように「令」という漢字はこれまでの元号にはなかった。唯一、採用されかけたのが「令徳」なのである。ではなぜ、「令徳」は採用されなかったのだろうか。「令徳」とは美徳であり「弱国を侵さず、小国を憐むは、大国の一なるを知る」(矢野竜渓「経国美談」)にも明らかな、覇道をいましめる王道思想である。ところが、朝廷が一に「令徳」を、二に「元治」を提案したところ、徳川幕府は「とんでもない」と一蹴した。「(朝廷が)徳川に命令する」と読めるからだ。


◎[参考動画]新元号 共産党「元号は国民主権になじまない」(ANNnewsCH 2019/04/01公開)

◆安倍のいう「美しい文化」とは?

上述したとおり「令」は行政法だが、そのほかにも「地方長官」という意味もある。明治政府の「県令」は府・県の首長であった。鎌倉時代には政所の次官が「令」、律令制のもとでは京の四坊ごとに置かれた責任者が「坊令」だった。漢和辞典をめくってみよう。「令」は「言いつける」「命じる」「おきて」「おさ(長)」「お達し」である。熟語は「指令」「禁令」「勅令」「伝令」「発令」「布令」「令旨」「御布令」などである。

安倍総理はいう「日本の国民が協力し合い、美しい文化を作り上げていくこと」だと。おそらく「美しい文化」とは「令」にひたすら従う「政治文化」のことなのであろう。専制的な政権に、唯々諾々としたがう国民。じじつ、わが国民は歓呼を持ってこれを受け容れている。令和時代の何ともいやな始まりとなった。

いっぽうで「和」は「平和」の「和」だと、誰もが思っている。しかし「昭和」が「平和」な時代だっただろうか。前半は軍部ファシズムと戦争の災禍に蹂躙され、国民は塗炭の苦しみにあえいだ。後半はイデオロギー対立が国を二分し、経済成長のいっぽうで公害が国民をくるしめた時代だった。

じつは「和」という言葉は、語源においては必ずしも「平和」の「和」ではないのだ。わが国はながらく、中国から「倭国(わこく)」と呼ばれてきた。これを日本人は「倭(やまと)」と読んだ。もとは「やまと」(山の裾という意味)だったが、漢字文化が入ってくると「倭」に代わって「大倭」「大和」がこれに当てられる(元明天皇の治世)。つまり「和」は「倭」だったのである。

したがって「和」を「やまと」と読むことで、新しい元号「令和」は「大和が(世界に)命じる」「日本に(天皇が)命ずる」と解釈することも可能なのだ。政府の言う「協調」だとか「美しい文化」の衣の下に、安保法制など海外に軍隊を派遣する「鎧」が覗いていることを、われわれ国民は忘れてはならないだろう。


◎[参考動画]新元号「令和」を書くオタリア「レオくん」(時事通信社 2019/04/01公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
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