日本人のコミュニケーション能力と「パワハラ」「いじめ」

まさに体育会系me tooとでもいうべき、スポーツ界の暴力・パワハラ告発の連鎖が始まっている。女子レスリング、日大アメフト部、女子体操、ウェイトリフティング、日体大駅伝部など、枚挙にいとまがない。コーチ陣みずからの利益を優先した権力構造的なものであったり、現場の暴力であったりするが、根はひとつであろう。すなわちコミュニケーション能力の欠如である。そしてこれは、親和的な社会といわれる日本において、いまだに再生される「いじめ」と同根なのである。

◆パワハラと「いじめ」は負のコミュニケーションである

「いじめ」はその対象への攻撃を共有することで、共同体の成員であることが確認される、排他的な因習である。負のコミュニケーションと言い換えてもいいだろう。そこには、些細な失敗をあげつらうことで、失敗の原因を共同体の成員全体に知らしめる、共同体の指導者の思惑が最初にある。会社組織であろうと地域社会であろうと、共同体が生産力を紐帯にしている以上、「いじめ」という違反者を排撃する「規則」からは逃れがたい。学校における「いじめ」も、一定の協同体規範(水準以下の者・底辺の者を排撃する)を源泉にしているのだ。

たとえば体育祭やスポーツ大会を「正のコミュニケーション」、つまり全体が一丸となる必要にせまられた団結だとしたら、「いじめ」は成員の団結を確認する「負のコミュニぇーション」の契機となるわけだ。反ヘイト運動内部のリンチ事件や内ゲバと呼ばれるものも、大半はこの構造の中にある。そして暴力の問題がそこに陥穽として存在する。「パワハラ」や「いじめ」の暴力と対峙することこそ、克服の第一の関門であろう。

◆暴力の再生産とその克服の道

いっぽう、個人競技でのパワハラと暴力は、個的な関係性の産物でありながら、やはりコミュニケーション能力の問題である。そして指導における暴力は軍隊式の教育方法であり、戦前の軍隊の体罰から来ている。戦争体験世代の父親を持つ男子の多くが、その成長過程において父親からの暴力をトラウマにしているとされる。

 
小倉全由『お前ならできる―甲子園を制した名将による「やる気」を引き出す人間育成術』 (日本文芸社2012年2月)

わたしもその一人である。「言ってわからなければ、身体で言うことをきかせろ」というのが、体罰の発動の契機となる。多くの男子が「父親を殺したいと思ったことがある」という。これは精神的な父親殺し(自立)をうながすという意味で、肯定的に評価されることが多い。さらに軍隊世代の教育(体罰)を受けた世代は、そのままコミュニケーションツールとして、暴力を用いる傾向が強いのだ。世代をこえた、暴力の再生産である。

思い出してみよう。野球部における「ケツバット」ウェイトリフティング部における試合前の「気合い入れ」の「ビンタ」。バレーボール部でもバスケットボール部でも気合入れの「ゲンコツ」はあった。暴力はたしかに「気合い」が入るコミュニケーションツールなのだ。

したがって、暴力を問題視する選手は少ない。そして選手の任免権と指揮権をにぎり、圧倒的な権力を持つ監督やコーチに、現場で反論できる選手はいないだろう。そこで告発という手段が採られるわけだが、その態度はスポーツマンとしては「姑息」に映る。かくして、暴力は再生産され温存される構造があるのだ。

◆理想の指導者像とは

問題なのは、理想的な指導者像の不在ではないだろうか。甲子園大会が100回をむかえた高校野球を例に取ろう。日大三高の小倉全由(まさよし)監督は夏の大会を2度制覇、春の大会2度の準優勝(取手一高時代をふくむ)の実績を持つ。

 
岩出雅之『常勝集団のプリンシプル 自ら学び成長する人材が育つ「岩出式」心のマネジメント』(日経BP社2018年3月)

単身赴任で野球部寮に住み、選手とのコミュニケーションを第一に指導してきた名将である。知り合いのスポーツライターによれば、誰にも温和で取材を歓迎するタイプ、そして褒めて育てる指導方法だという。

それでも、小倉監督は映画「仁義なき戦い」の啖呵が好きで「わりゃ、何しとるんじゃい!」「そんなんじゃ、甲子園は行けんけんのぅ」などという叱咤を好むという。みずから「瞬間湯沸かし器」であるともいう。戦績ばかりで評価される高校野球の監督だが、やたらと選手を壊さない、上で活躍するためには高校時代は基本練習の反復と体力の育成に努めるなど、指導方法の内実が評価されるべきである。

大学ラグビーの理想的な指導者では、帝京大学の岩出雅之監督である。9連覇の偉業もさることながら、選手に徹底して相手チームをリスペクトさせる指導思想がすばらしい。チームが大所帯になればなるほど、一本目(レギュラーチーム)ではない部員はくさる。部員が一丸になれるチームの思想風土、メンバーシップの確立は並大抵ではないはずだ。個人の指導者においても、小倉監督や岩出監督のような人が出てきて欲しい。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

衝撃満載!月刊紙の爆弾10月号

開港から40年の三里塚(成田)空港〈20〉団結小屋に、ご母堂をさそった活動家がいた

70年代なかばの学生運動といえば、内ゲバの要素がつよくて「うちの息子ったらもう、学生運動に熱中して、困ったものよ」などという話が極めて深刻なものとなっていた。年に十数人の死者を出す内ゲバは、学生運動の牧歌的なよそおいを彼方に追いやってしまっていた。すでにヘルメットをかぶって集団で殴り合うのではなく、サラリーマン風のスーツを着た活動家が、ひそかに隠し持った鉄パイプで対立党派の活動家の頭部を狙う。そんな殺人事件が内ゲバの実態だったのだ。※立花隆の『中核VS革マル』参照。

◆「こんどはちゃんと逃げなさい」

大学の先輩には「いまや非(合法)・非(公然)の時代だ」と、よく言われたものだ。したがって、学生運動をしているなどということを、誰も家族にも話さないのがふつうだった。「ベ平連の運動ならいいけど、全学連はダメよ」などと、70年前後にはベ平連の街頭カンパには応じていたわたしの母親も、「内ゲバが怖いから、気をつけなさい」とよく言ったものだ。

が、そのじつ、わたしが18歳で学館闘争で逮捕されたときは「こんどはちゃんと逃げなさい」などと言っていた。もともとジャーナリスト志望だった人だから、息子が東京の大学(文学部)に進んだのが、自分の夢の実現でもあったのかもしれない。そんなわけだから、わたしが開港阻止闘争で逮捕されたときも、それほど愕かなかったようだ。息子逮捕の報を聴いて東京にきてからは、北九州にはない多様な交通機関をつかっての行動が楽しかったと述懐してくれたことがある。

とはいえ、一ヶ月ほど行方不明(横堀要塞にろう城)で、世間を愕かせた開港阻止闘争で逮捕されたのだから、わが家にとっては大変なことだったと思う。国家(政府)が農民を苛めるのは怪しからんと、父親も三里塚闘争には好意的だったが、しょせんは保守思想の戦中派である。共産主義運動を理解できるはずもない。わたしが家族を三里塚に誘うようなことは、最後までなかった。それには少しばかり、左翼運動への思想的なアプローチの方法が、わたしについては素直ではなかったのかもしれない。

◆「反スターリン主義=反官僚主義」というロマン

ある有名な女優のお兄さんで、70年闘争をくぐった人がアルバイト先の先輩で、よく口にしていたのが「革命運動は、正義というわけじゃないからね」だった。早稲田解放闘争(革マル派との内ゲバ)に参加して逮捕されたとき、父親に「正義の闘いなんだろう?」と問われて、言葉に詰まった時のことを語ってくれたのだった。「革命が起きたら、そこで死ぬべきだ」とも言っていた。革命後の権力に居座ることを、潔しとしない「反スターリン主義(反官僚主義)」を標榜していたのだと思う。わたしはそれにロマンを感じた。称賛もされるべきではない、われわれの死をかけた闘い。つぎのような吉本隆明の詩を、学生時代のわたしは好んだ。

わたしたちはわたしたちの死にかけて
愛するものたちとその星を
わたしたちのもとへかえさなければならない
その時についての予感が
わたしたちの徒労をわたしたちの祈りに
至らしめようとする
(架空な未来に祈る歌)

フレーズのうつくしい響きを、そのままに味わっていただければいいと思う。解説を加えるとしたら、死をかけて徒労のような闘争を行なうわれわれ。それはほとんど、架空の祈りに近いものであろう、ということになろうか。20歳前後だから、そんなロマンチシズムも心地よく感じられたものだ。それはたぶんに精神的には不健全であって、いわゆる人民大衆の正々堂々とした運動にはもって似つかぬものに感ぜられる。あるいは戦士の思想とでもいうべきだろうか。

◆母親を三里塚の現闘小屋に招いた先輩活動家がいた

そんな雰囲気であるから家族を三里塚に誘うなどということは、わたしについては思いも浮かばなかったが、いたのである。母親を三里塚の現闘小屋に招いた先輩活動家が。それを知ったのは、わりと最近のことだ。心臓の持病で亡くなられたので、往時の仲間が集まって偲ぶ会をひらいたときに、当時の現闘の人から聞かされた。その先輩は学生会中執の副委員長、政経学部の委員長を歴任した、いわばオモテの活動家で見栄えのする好男子だった。映画「仁義なき戦い」を好み、コワモテを標榜するところはあったが、もともと地方の優等生で、お坊ちゃんタイプ。どちらかといえば、体育会系の健康な若者だった。

元現闘の方の話を紹介しておこう「彼のお母さまが、新潟から来られたわけです。そんなことは、われわれにも初めてなので、大歓迎はしましたが。この汚い部屋に泊まってもらうのもどうかなと思い、染谷の婆さんの家にご案内しました。染谷の婆さんはわれわれの庇護役でもありますから、心地よく引き受けていただきまして、さいわいでした」

早世する生がい者の妹さんを同道していたのかどうかは記憶にないが、付き合っていた彼女をそこで紹介したはずだ(遠距離交際の果てに、結婚には至らず)。今にして思えば、本当に自分たちがやっていることを信じていたならば、彼のように家族を三里塚に誘うのだろうなぁと、自分の覚悟のなさが思い起こされる。(つづく)


◎[参考動画]40年目の三里塚(成田)闘争(Kousuke Souka2012年11月2日公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。3月横堀要塞戦元被告。主著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)、『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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もはや圧倒的な独裁制 私物化された情報機関が生み出す政敵ヘイト工作の軌跡

最初から勝敗に意味があるわけではない。自民党総裁選のことである。誰がなろうと、という意味ではなく危険度の少ない人物が首班となるべきとはいえ、もはや圧倒的な独裁制を敷いている安倍晋三に、石破茂が太刀打ちできるものではないのは明白だろう。

しかしながら、選挙告示までの過程でその政治家が持っている本性も明らかになる。選挙とは政治家の本性がむき出しになるほど過酷であるがゆえに、その子細も報じられなければならない。

◆私物化された情報機関が石破茂と野田聖子のスキャンダル調査を行った?

じつは安倍陣営が内閣情報調査室(内調)を私物化することをつうじて、石破茂と野田聖子への身辺調査、すなわちスキャンダル調査を行なってきた形跡があるのだ。日本のアイヒマンこと北村滋情報官がほぼ毎日、首相官邸に出入りして調査報告を上げていたというのだ。7月27日には朝日新聞が「政府も党も 進む「私的機関」化」と題した記事の中で内調の実態をレポートしている。

 
2018年7月27日付朝日新聞より

「官邸で閣議などを終えた首相安倍晋三の執務室に、内閣情報官の北村滋が入った。(中略)スタッフ約400人から集約した内容を首相に報告するのが役目。北村は警察庁出身で、第1次安倍政権で首相秘書官を務めた。(中略)昨年の首相動静の登場回数が1位だったことは、安倍の信頼の厚さを物語る。北村に報告を上げる内調を米国の中央情報局になぞらえ、「日本版CIA」と呼ぶ人もいる」

ようするに、400人ものエージェントが暗躍し、石破や野田らの政敵、および野党幹部、諸政治勢力の動向を、内調トップである北村が報告しているというのだ。政治動向だけではない。衆院解散の風が駆けめぐった昨年の9月中旬、内調スタッフ20人ほどが全国に散ったと朝日新聞は報じている。安倍総理が地方で行なう選挙演説のネタを、かれら内調エージェントが探して歩いたというものだ。これはもはや情報機関の私物化ではないか。

 
2018年8月2日付ニュースサイト「リテラ」より

2014年に小渕優子衆院議員(後援会の明治座観光)や松島みどり衆院議員(ウチワ問題)など、当時の安倍政権閣僚に次々と政治資金問題が噴出した直後、民主党(当時)の枝野幸男幹事長、福山哲郎政調会長、大畠章宏前幹事長、近藤洋介衆院議員、さらには維新の党の江田憲司共同代表など、野党幹部の政治資金収支報告書記載漏れが次々と発覚し、読売新聞と産経新聞で大きく報道されたのは記憶に新しい。この時期、内調が全国の警察組織を動かして野党議員内調が全国の警察組織を動かして野党議員の金の問題を一斉に調査し、官邸に報告をあげていたことがわかっているという(ニュースサイト「リテラ」8月2日付による)

前川喜平元文科省事務次官の「出会い系バー通い」、安倍御用ジャーナリスト・山口敬之による伊藤詩織さんレイプ事件のもみ消しなども、内調の指示で行なわれたといわれている。

 
野田聖子『私は、生みたい』(2004年新潮社)

◆かつての野田聖子の存在感

今回、野田聖子に対しては金融庁の情報を漏洩した問題、および過去をほじくるように夫が元暴力団組員だったことが「週刊文春」によって報じられた。言うまでもなく、内調の動きを忖度し、かつ週刊誌独自の拡販のためにおこなわれたキャンペーンである。「週刊新潮」も後追いすることで、内調に義理を果たしたのではないか。

しかもその内容たるや、ことさらに夫の本名(韓国名)を暴露し、ネトウヨや排外主義イデオロギーに訴えるものだった。そもそも元夫は2000年以前に組織(会津小鉄会)を離れているし、安倍昭恵夫人のように政治的なファーストレディ活動をしているわけでもない。ただ単に、野田聖子がもしも総理に就任したら「ファースト・ジェントルマン」になるかもしれないという興味本位のものにすぎないのだ。

ぎゃくに明らかになったのは、野田氏の政治的なタフさではないか。たとえば『私は、生みたい』(2004年新潮社)の法律ギリギリの海外体外受精までしての出産と障がい児であるがゆえに懸命な子育てが必要だったこと、またそれに力づよく乗りこえた母親としての野田聖子。

そこにはわずかなことで政治的にうろたえてしまい、顔と言葉に感情が出てしまう安倍晋三よりも、はるかに頼りがいのある女性宰相の資質すら感じられるのだ。ところがその野田聖子も、みずからが出馬できないと諦めるや、安倍支持にまわってしまうという定見のなさを暴露した。いまからでも遅くはない、自身の政策を訴えることで存在感を示して欲しいものだ。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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開港から40年の三里塚(成田)空港〈19〉裁判闘争・判決のとき

久しぶりに、三里塚の裁判闘争をふり返ってみた。21歳から25歳にかけて、足かけ4年におよぶ裁判闘争は、わたしにとって論理的な勉強をする時期だったかもしれない。学部は文学部で現代文学(卒論は武田泰淳の「史記」)だったし、どちらかといえば感性的に運動に参加したほうである。未決の獄中1年のあいだに、刑事訴訟法や資本論の読書、ドストエフスキー、高橋和巳を読破したことは前に書いた。

未決拘置の卒論ともいうべき冒頭意見陳述は、京大教授佐藤進さんの『科学技術とは何か』をもとにした、今でいえばポストモダン的な資本制の近代合理主義批判だった。資本主義のもとでは、すべてが数量化されるがゆえに三里塚のような開拓農の苦労が個別には理解されない。そこに農民たちの政府への不信が組織されたのだと、かなり説得的な論述になった。思い起こせば、獄中の1年ほど勉強した時期はなかったなぁ、である。

 
秋葉哲さんの談(HP「懐古闘争の記録」より)

◆3・8分裂と裁判の終了

判決が出たのは、1983年の3月である。おりしも三里塚芝山連合反対同盟の分裂が明白になり、論告求刑の日(2月公判)はマスコミのカメラの放列を浴びたものだ。判決の当日は、傍聴券をめぐって北原派の支援と熱田派の支援が睨み合う事態となって、わたしたち被告団もなかなか裁判所に入れない有り様だった。フェンスを挟んで殴りあいも起きていた。それに公安刑事が介入しようとする。逮捕者こそ出なかったが、やはり内ゲバは良くない、とこの歳になって思う。

判決時の裁判長は民事畑の人で、訴訟指揮はきわめて温厚、反対同盟の三幹部に対する気遣いも素晴らしかった。「秋葉さんの畑は、やはり園芸農業なのですか?」と、秋葉哲救援対策部長が最終陳述を終えたあとに、語りかけた記憶がある。それでも判決を言い渡すときは、かなり緊張した語調になっていた。それを考えても、いい人だったんだなと。

◆裁判は体験するべきです

最初の裁判長は荒木さんといったが、なかなかロマンスグレイの見栄えがする方で、わたしは嫌いではなかった。訴訟指揮は弁護側に対しても、検察側に対しても厳しかった。ロイヤー(法律家)というのは、若い学生にとってすこぶるカッコいい存在だった。

4回生から裁判と法律に接したことになるが、他学部聴講ではいくつか法学部の選択科目を選んだものだ。後年、アパートの敷金問題(敷金の没収と多額な修繕金の請求に対して、内容証明を出し敷金を奪還)、あるいは出版社の契約不履行事件で本人訴訟をした時に、訴訟法の知識は大いに役立った。大学進学の時に母親から「法学部がいちばんツブシが利く」と言われたのは、こういうことだったのかと思ったものです。したがって出身学部を訊ねられると、文学部法律学科刑事訴訟法専攻と答えることもありますね。あるいは文学部経済学科マルクス主義経済学専攻とか。

裁判と縁が切れない鹿砦社のデジタルサイトならではのこと、いまもわたしは法律的な知識に恵まれている。これは悪いことではない。各種の法律および判例には、人類の叡智が詰まっているのだと思う。たといそれが、正義感やバランスを欠いた裁判の判決であっても、裁判官や裁判員の苦渋がにじみ出ていればいいと思う。いまわたしは、死刑制度をめぐる本を執筆中です。法律といえば、憲法「改正」が政治の焦点になるのだそうな。あらためて、日本国憲法を読み返しながら、その論点を探ってみたいと思う。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。3月横堀要塞戦元被告。主著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)、『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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黒幕の謀略説で粉飾されなければならない、信長という英雄の死 守旧派と改革派の構図が魅せる信長英雄史観 ―― 信長待望は現代社会の写し絵である

日本史上最大の英雄織田信長は、黒幕の謀略によって殺されたのでなければならない。これが「家来に殺されたバカ殿」ではない、求められる歴史ドキュメントなのである。

 
安部龍太郎 『信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変』(2018年7月幻冬舎新書)

◆安部龍太郎の『信長はなぜ葬られたのか』

直木賞作家・安部龍太郎の『信長はなぜ葬られたのか』https://www.amazon.co.jp/dp/4344985052/(幻冬舎新書)が読まれているようだ(公称7万部)。そこでさっそく読んでみたが、小説『信長燃ゆ』のモチーフをエッセイにしたようなものだった。

史料的には特筆するようなものはない。たとえば、幕末に匹敵する尊皇運動が起こり、関白近衛前久が信長殺しをくわだて、明智光秀に白羽の矢を立てたというもの。そのいっぽうで、イエズス会は神になろうとした信長を倒すために、これまた信長包囲網を形成する。そしてポルトガルを併呑したスペインとの交渉が決裂したとき、賽は投げられた。秀吉も密偵の知らせでこれを知っていたが、あえて動こうとはしなかった。と、作家が勝手に「思う」のがこの作品のすべてだ。

イエズス会とキリシタン勢力が大きな役割りを果たし、権力中枢(信長家臣団・朝廷と貴族たち)では守旧派と改革派がせめぎあう、テーマとしては面白いことこのうえないが、じつは歴史研究ではほとんど異端の「朝廷黒幕説」「イエズス会の陰謀説」を足してみたものの、戦国時代のゴッドファーザーこと黒田官兵衛や近衛前久らの動きが有機的に構成されているわけでもなく、買うんじゃなかった感がつよく残った。いや、初めて氏の作品を読む人にはおそらく新鮮に感じられるにちがいない。何しろイベリア両国(スペイン・ポルトガル)の植民地政策(外圧)に対して、信長が採った策が妄想されるのだから。

作家の歴史エッセイは、研究書よりもわかりやすいという原理からか、ベストセラーになることが多い。秋山駿の『信長』は流麗な文章で織田信長の足跡を追い、今日も隆盛な信長ブームをつくり出した。上杉謙信をあつかった津本陽の『武神の階(きざはし)』も史料を羅列したエッセイ風の読物だが、地方紙に連載時から評判を呼んでよく読まれた。

ただし、原史料や軍記ものをほとんど無批判に取り入れている結果、すこしでも歴史研究に馴染んだ向きには読み飽きてしまうのだ。安部龍太郎の妄想力と戯れるのは悪くないけれども、朝廷黒幕説やイエズス会黒幕説など、史料的な裏付けが希薄な論がはびこるのはよろしくない。というわけで、安部作品のバックボーンになっている立花京子(故人)のイエズス会黒幕説を俎上に上げてみよう。

◆立花京子のイエズス会黒幕説は『信長と十字架――「天下布武」の真実を追う』

 
立花京子『信長と十字架―「天下布武」の真実を追う』(2004年1月集英社新書)

立花京子のイエズス会黒幕説は『信長と十字架――「天下布武」の真実を追う』https://www.amazon.co.jp/dp/4087202259/(集英社新書)1冊である。その主要な論点は、南欧勢力(イエズス会・キリシタン・ポルトガル商人・イベリア両国国王=フェリペ2世)が信長に天下布武思想を吹き込み、信長はその軍事技術的な援助のもとに天下統一を進めた。信長が神になろうとしたので、光秀に信長を討たせた。さらに謀反人の光秀を後継者にはできないので、秀吉に光秀を討たせたというものだ。

イエズス会の軍事技術的な援助とは、鉄砲の開発と硝石の輸入に関するものだという。その論拠として、キリシタン大名大友宗麟の書状、すなわちイエズス会宛の「毛利元就に硝石を輸入しないように」というものを挙げている。

だが大友や毛利にかぎらず、鉄砲で武装した大名は無数にいた。イエズス会と結んでいなければ、鉄砲の玉薬の原料である硝石が手に入らないのであれば、東の上杉氏や武田氏、北条氏などの有力大名はどうしていたのだろうか。そもそも硝石が輸入するしかなかった、という史料はない。硝石を鉱物か何か埋蔵されたものと考えるから、輸入に頼らざるを得ないことになってしまうのだ。硝石は日本のような湿度の高い家屋でふつうに採取できる、有機化合物すなわちバイオテクノロジーなのである。人間や動物の排尿にひそむバクテリアが化学変化して結晶化したものが硝石なのだ。つまり床下から採取できる、きわめて身近な物質である。国内で大量生産されるようになるまで、輸入先はもっぱら東南アジアだった。けっきょく、イエズス会に依頼したにもかかわらず、大友宗麟は毛利元成との門司城をめぐる五次にわたる攻防で敗北しているのだ(門司城失陥)。イエズス会の実力がどれほどのものか知れるといえよう。

◆イエズス会という修道会がどのような組織なのか

そもそもイエズス会という修道会がどのような組織なのか、立花京子も安部龍太郎も調べた記述・形跡がない。イエズス会はカトリックだが、プロテスタントの宗教改革運動に対抗するために若い修道士を中心に組織されたものだ。日本の戦国時代には全世界に1000人の会士がいたという。

しかし、たった1000人なのである。日本には使用人もふくめて数十人といったところであろうか。イエズス会の会士がすべて、武器商人であったり技術者であったわけではない。ポルトガル商人をともなう場合はあったかもしれないが、ルイス・フロイスの『日本史』にも『イエズス会士日本通信』にも、商人として旺盛な活動を記したものはない。むしろ南米においてはイエズス会はポルトガル商人と奴隷の売買をめぐって激しく対立している。そしてナショナリズムの台頭したイベリア両国から、イエズス会は排除されていくことになるのだ。

◆立花京子と安部龍太郎は決定的なことを見落としている

本能寺の変後のイエズス会の動向について、立花京子と安部龍太郎は決定的なことを見落としている。本能寺の変が安土城に伝わった翌日、オルガンティーノをはじめとするパードレ(司祭)とイルマン(修道士)および信者の総勢28人は、琵琶湖の沖島に退避しようとする。なぜ信長謀殺の黒幕が退避しなければならないのか、もちろんイエズス会黒幕説は説明してくれない。安土城を脱出した一行は、途中で追いはぎにあってしまう。命よりも大切な聖書を奪われ、衣服も奪われたという。沖島に着いてみると、こんどは漁民たちが湖賊の正体をあらわし、イエズス会の面々を監禁してしまった。何のために黒幕として陰謀を働いたのか、これではわけがわからない。イエズス会の面々は信長からは多大な恩恵を受けたが、光秀からは何も得られなかったのである。そもそもイエズス会は光秀を反キリスト主義として忌み嫌っていた。庇護者である信長がみずからを神にたとえたとしても、逆らうだけの力も意志もなかったはずだ。

 
山岡荘八『徳川家康』文庫 全26巻 完結セット(講談社2012年5月)

それにしても、信長を英雄視するようになったのは、ここ20年ほどのことだ。安部作品も例にもれず、信長の合理主義的な発想とその偉大さが物語の主柱である。戦後、経済成長期には立身出世のスーパースターとして、豊臣秀吉がもてはやされた。高度成長で企業が安定的な業績をおさめるようになると、経営論としての徳川家康論が大勢を占めた。おりしも、山岡荘八の大河小説『徳川家康』がサラリーマンの愛読書となった。

戦前はじつは上杉謙信と楠木正成だった。戦国武将の人気はそのまま、世評を映しているのだといえよう。いま、信長がもてはやされるのは、強いリーダーが待望されているからであろう。

お友だち政治で失政だらけの安倍晋三の人気が、不思議なまでも保たれているのは、ほかに強気のリーダーが居ないからではないか。慎重で何もしない指導者よりも、危険だが改革と豪腕の指導者が望まれる時代。それはファシズムの時代によく似ている。(このテーマ、断続的につづきます)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

大反響『紙の爆弾』9月号
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

自民党総裁選展望〈3〉ある人物の参戦で、石破が逆転勝利? 負ければ傷を残す賭け 自民党プリンスの決断は?

ここにきて、自民党総裁選に興味ぶかい観測が浮上している。メディアの話題づくりがその大半の動機だとはいえ、石破茂が安倍に逆転勝利する可能性が出てきているというのだ。そう、自民党のプリンスが石破を支援することで、地方の党員票が雪崩をうって安倍を敗北に追い込む可能性が出てきた。自民党のプリンスとは、いうまでもなく小泉進次郎のことである。


◎[参考動画]総裁選の日程決定に石破氏「お互いに議論戦わせる」(18/08/21)(ANNnewsCH 2018/08/20公開)

ここまでの両陣営の陣地戦を解説しておこう。総裁選は衆参国会議員票(405票)と党員・党友票(405票)で争われる。安倍総理は細田派(94人)や麻生派(59人)など5派の支持を受け、議員票320票近くを固めたという。一説では党員票も優勢とみられる。いっぽう、石破氏は石破派(20人)と竹下派(55人)の衆参議員20数名を中心に50人前後の支持にとどまっているとされる。派閥の縛りがある議員票はともかく、党員・党友票は必ずしも安倍有利とはいえない。6年前の総裁選挙では、第一回投票で地方党員に人気のある石破が165票と他を圧倒した。

▼第一回投票
        得票数  議員票  党員票
 石破 茂    199   34   165
 安倍晋三    141   54    87
 石原伸晃     96   58    38
 町村信孝     34   27    7
 林 芳正     27   24    3

▼決戦投票(議員票のみ)
 安倍晋三    108
 石破 茂     89

決選投票が議員票のみとなったから、安倍がかろうじて勝利を拾ったといっていいだろう。石破が党員から支持される理由は、その全国行脚によるものだ。週末はかならず地方講演を行ない、農園や工場に足をはこぶ。けっして安倍のように大仰にアジ演説をするわけではなく、ていねいな口調で自民党の施策を説明する。そして現場の人々の声に耳をかたむける。その様子は、自身のツイート(ほぼ毎日)ブログ(毎週)に反映され、それへの意見にも目を通すという。地方での人気の理由がわかるというものだ。

◆地方創生かリフレか

この連載でふれてきたとおり、安倍政権の経済政策(アベノミクス)はインフレターゲットのリフレ(紙幣の増刷)と財政出動という、誰でも思いつくものだった。しかるに、マイナス金利まで踏み込みながら、事実上リフレは失敗した。財政出動はわが国の借金を増やしただけで、来年の秋にも消費税の引き上げ(10%)という苦難が待ちかまえている。第三の矢といわれる経済成長こそが、じつは肝心要の消費の拡大をうながす新商品の開発および賃上げ、それを可能にする融資と設備投資。いわゆる景気循環をうながす経済政策がもとめられていた。そのカギは地方経済の活性化をうながす規制緩和だとされてきた。事実、安倍政権は戦略特区という位置づけで、地方創生を掲げてきたが、その内実は自分のお友だちを優先して認可する(森友・加計事件)というチョンボを犯してきた。

いっぽう、石破は防衛大臣の印象が強いが、じつは農政に明るく地方に人脈の多い農林族でもある。麻生政権に農林水産大臣を経験し、第二次安倍政権では地方創生担当大臣としておもに農村を歩いてまわった。このとき、内閣府政務官として石破をささえたのが小泉進次郎なのである。その後、小泉は自民党農林部会長に就任し、全国の農村を駆けまわったことは知られるとおりだ。2012年の総裁選で「石破先生に投票した」(小泉)のも知られている。こうしたことから、小泉進次郎が7日の総裁選告示後に石破の応援にまわるのではないかとみられているのだ。

キリッとした容姿に、外連味(けれんみ)のない言動。左派系の農業関係者に評判を訊いてみたところ、政治と農業をつなぐ有力なパイプとして大いに期待されている。「TPP賛成であろうと農協に大鉈を振るおうと、正論の部分があるわけであって、大切にしたい政治家だ」という。

◆石破の傷

しかしながら、派閥をこえて将来を嘱望され、十年後の自民党を担うのはこの男しかいない、とまで言われている小泉進次郎が応援するには、石破の政治センスはあまりにも危険すぎる。というよりも、なぜ石破派が20人しかないのか。その原因は石破の変節歴にある。過去に自民党を離党(93年の総選挙敗北後)し、小沢一郎とともに新進党に走った石破に、いまも党内の長老たちは冷たい視線を向けている。いや、完全に無視しているといっていいだろう。

いまひとつは、安倍とは口も利かない我の強さであろう。安倍も我はつよいが、時と場所に応じた判断ができる。感情的になることはあっても、それを取り繕うセンスを持っている。石破にはそれがないから、徹底的に嫌われることも少なくないし、本人もそれを厭わない。かつては橋本龍太郎が、薀蓄好きで自民党の政治家たちに嫌われていた。何かというと「それは君、意味がわかっていないね」などと言う橋龍よりも、石破はさらに学者的な語り口をする。「それはどうなんでしょう」と疑問を投げかけてくる石破を、無学な自民党の政治家たちは「また学者気取りで」という雰囲気になってしまうのだ。そんな石破を小泉が支援するとしたら、相当な覚悟を持ってのこと。当然ながら周囲の反対を押し切ってということになるであろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)、『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

大反響『紙の爆弾』9月号
『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

雑協に入ってなくても雑誌なんですよ(笑) 鹿砦社と「紙の爆弾」のイジラれ方

けっして仲良しではないが、気になる相手というものがいるものだ。遊び仲間ではないけれども、いつも気になって仕方がないから、何かと内輪で話題にしてみる。そんな経験はないだろうか。鹿砦社および「紙の爆弾」とは距離を置いているけれども、どうも気になって仕方がない。そんなネット雀さんたちの面白いツィートがあった。どうやら、鹿砦社をイジっているらしい(苦笑)。

 

その内容は、旧流対協系の出版社80数社の代表が連名で発信した、杉田水脈のLGBT差別への抗議声明に、鹿砦社松岡利康の名前が入っていないではないか。という「疑問」から、鹿砦社が日本雑誌協会に入っていないことを探り当て、さらにはABC協会および雑誌広告協会にも入っていない。ゆえに「紙の爆弾」は雑誌ではないのではないか(笑)、というものだ。

べつにこのツィートをフェイクだとか、ネガティブキャンペーンだとか言うつもりはない。出版雑誌業界の知識がないゆえに、勝手に思い込むのも無理はないであろう。とはいえ、ブログにしろツイッターにしろ、全世界に発信しているのだ。ちょっと検索すれば「鹿砦社」「紙の爆弾」「雑誌ではない」というキーワードで拡散される怖れがある。どんな些細な情報でも、ネット上の情報源になりうるのだ。

つまりネット上の誤情報として、全世界にフェイクとして流布されることに想像力を働かせなければならない。無責任なフェイクニュースが飛び交う中、SNSや公開サイトに発信する人は、「ネットに書く責任」に自覚的でなければならないのだ。最近はネット上での誹謗中傷・名誉毀損・不法行為についても、訴訟や告発がなされるようになった。単に報道の道義的責任のみならず、法的な責任も発生しているのだと指摘しておこう。書きたいなら、裁判闘争を覚悟して書け。である。

◆LGBTの多様性は、従来の男女二項対立では解けない

ところで、杉田水脈のLGBT差別への出版各社代表の批判は、わたしも言論に関わる人間として大いに賛同するものだが、これらの出版人が本業の中でLGBTの多様性を広めるのでなければ、しょせんは一片の抗議文にすぎない。というのも、LGBTはあまりにも多種多様で、従来の反差別の視点では収まりきれないものがあるからだ。たとえば、よくフェミニストに「女性差別」だと指弾される「萌え絵」「美少女ゲーム」などは、じつは「やおい」「ボーイズラブ」の裏返しの表象なのである。つまり美少女になりたい、萌える美女になりたい。女性になって女性を愛したいという、男性のトランスセクシャルのバリエーションとして成り立っているのだ。ユング心理学における「アニマ」(内的女性性)である。

だとしたら「萌え絵」や「美少女ゲーム」を、男性による女性の隷属や性欲の発散などという文脈は的はずれになってしまう。なぜならば、女性がフィクションの中で男性になって男性を愛したい欲求としての「やおい」や「ボーイズラブ」が、女性による男性の隷属や性欲の発散ではない「アニムス」(内的男性性)と同じ原理だからだ。いや、性欲の発散であってもいいだろう。ただしそれは、トランスセクシャルとしての性欲なのである。それを性差別と言えるのだろうか。かように、LGBTの多様性は奥深い。

 

◆業界団体および雑誌コードと書籍コード

話を「紙の爆弾は雑誌ではない」にもどそう。ツィートの書き手の論拠は、鹿砦社が雑誌協会に加入していないからだという。そうではない。月刊「文藝春秋」とともに、わが国の論壇誌を代表する月刊「世界」の発行元である岩波書店も、日本雑誌協会には加入していない。岩波の「世界」「思想」とともに左派系の学術系雑誌として、全国の図書館に置かれている「現代思想」「ユリイカ」の発行元・青土社も雑誌協会には加盟していない。新左翼系の老舗雑誌「情況」(情況出版)も雑誌協会に入っていない。若者に人気のサブカルチャー雑誌「Quick Japan」の発行元・太田出版も雑誌協会に入っていない。

いや、この「Quick Japan」こそ、書籍コード(ISBN)で発行されている定期刊行物、雑誌(雑誌コード)ではない雑誌なのだ。中身は雑誌であっても、法的(出版ルール的)には書籍という意味である。雑誌コード(「紙の爆弾」は「雑誌02719」)の有無が、出版ルールでは雑誌なのである。この雑誌コードは飽和状態にあり、新規に得ようとすればムックコード(書籍コードと雑誌コードを併用)になると言われている。

そもそもツイッターの書き手が論拠にした日本雑誌協会とは、雑誌をおもな業態にしている大手出版社の業界団体にすぎない。任意の業界団体として取次や図書館行政と交渉したり、広告業界に向けて雑誌の刷り部数を公表したり、雑誌の利益のために任意の活動をしているだけなのだ。ABC協会と雑誌広告協会にいたっては、雑誌の部数を印刷会社の保障のもとにアピールし、広告価格の「適正化」をはかっているにすぎない。広告をとるための団体だと言っても、差しつかえないだろう。

現在5000社とも6000社ともいわれる出版社が、数千といわれる雑誌を出しているとされているが、総合誌(オピニオン誌)と呼べるものは、そのうちわずかである。講談社の月刊「現代」、朝日新聞出版の「論座」、文藝春秋の「諸君」、左派系の「インパクション」(インパクト出版会)、「atプラス」(太田出版)が姿を消し、週刊誌も部数を激減させている。そのような中で、「紙の爆弾」が貴重なのは言うまでもない。それは左右という垣根を越えて、あるいは膨大なネット上の書き手にも解放された誌面として、公共性をもっているがゆえに貴重なのである。わが国から論壇誌・総合雑誌が消えた日、それは民主主義が消える日であろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
著述業・編集者。酒販業界雑誌の副編集長、アウトロー雑誌の編集長、左派系論壇誌の編集長などを歴任。近著に『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)
月刊『紙の爆弾』9月号
『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す

自民党総裁選展望〈2〉虚構の経済政策で支持を得て、公約外の安保・改憲にひた走る安倍政権 経済オンチ・石破の決定的な弱点とは

 
2016年時日本の二国間政府開発援助の供与相手国上位10か国(外務省HPより)

◆安倍が行なってきた、大企業優遇の経済政策

リフレの失敗(インフレ政策の事実上の断念)と経済成長戦略(官民ファンド)の破綻など、旗印のアベノミクスが崩壊しているにもかかわらず、安倍政権への支持率は保たれている。これは安倍の政策説明のわかりやすさが、国民に受け容れられているからにほかならない。

わかりやすい例を挙げるならば、安倍による経済協力の営業外交であろう。従来の経済協力に加えて、日本企業の進出を商品として具体的に売り込みつつ、ODAを推し進めるパフォーマンスである。大手商社に勤務するわたしの友人は「安保政策は危険きわまりないと思うが、安部の経済外交には感謝せざるを得ない」と語っていた。

まさに大企業のためのアベノミクスであり、いっぽうで軍学共同や兵器輸出といった、軍事産業を育成・成長させることで、目に見える成果を上げようとしている。株価の維持と兵器輸出が、一般国民には何ももたらさないにもかかわらず「これらは、皆さんの生活を豊かにするために、やがてはめぐってくるのです」と安倍は力説する。歯の浮いた演説にもかかわらず、おそらく希望を託したくなる国民生活の現実があるのだ。

国民はひたすら経済を何とかして欲しい。あるいは中朝の潜在的な脅威にたいして「強い指導者」をもとめているのだといえよう。しかしアベノミクスの行き詰まり、中朝関係とくに共和国(北朝鮮)を敵視する東アジア外交の破綻も明らかになりつつある。にもかかわらず、ひん死の安倍政権に取って代る政権・指導者がいないのである。

主要援助国のODA実績の推移=支出総額ベース(外務省HPより)
主要援助国のODA実績の推移=支出純額ベース(外務省HPより)

◆政策論争が行なわれない、奇妙奇天烈な選挙

戦争法ともいえる安保法制を、自然法としての「自衛権」から導き出したのは、安倍ではなく石破茂である(自民党国防部会)。法律学者なみの法知識を持ち、オタク的なまでの軍事知識、精緻な思考方法を持っているがゆえに、安倍のようにアジテーションでごまかすことはしない。その意味では法の運用も政策決定も、はるかに慎重で信頼に足ると、わたしは安部政権との比較で「よりましな選択」として、石破に期待するものだ。「よりましな選択」を放棄してしまえば、ただちに戦争の危機に陥ることもあるのだから――。

ここにきて、石破は安倍の「臨時国会に憲法改正草案を提出するべきだ」という「スケジュールありきの提案は、民主主義の現場を知らない言動だ」と批判し、さらには「誰かのためだけの政治であってはならない、特定の人たちの政治ではいけない」「政策本位の討論会をやるべきだ」「自民党だけの政治でもいけない。幅ひろい世論を汲み上げなければならない」と、正論を安倍に叩きつけている。議員数で多数派におよばない現実から、政策論争をもとめたものだが、これが本来の政策論争のあり方であろう。

◆安倍にしかできないパフォーマンスに、石破は敗北するのか?

にもかかわらず、石破には決定的な弱点が存在する。学生時代から法律については、研究会を組織するなど熱心な石破だが、経済に弱すぎるのである。べつに経済に強くなくても政治家はやっていける。安倍がまったく経済オンチであるにもかかわらず、アベノミクスなるまやかしの経済政策を「やっている」かのように見せられる。

たとえば「同一労働、同一賃金」を、安倍は労働政策のスローガンに採り入れている。労働運動を経験された方はすぐにピンとくるであろう。「同一労働、同一賃金」は「地域同一賃金」などとともに、ILO(国際労働機構)などの労働組織が掲げているきわめて社会主義的なスローガンである。このスローガンを実現すれば、ただちに本工(正社員)と季節工(アルバイト・パート)の賃金格差は是正され、労働に応じた賃金、つまり労働証書制が成立する。すなわち社会主義社会が実現するという意味なのだ。

この「同一労働、同一賃金」の聞こえの良さを、安倍は何のためらいもなく採り入れているのに対して、石破は自身のブログで「誰か教えていただけないか」と疑問を呈した。当然であろう。実現の見込みも、そこに近づく道筋も見えない労働政策(ひいては経済政策でもある)に、ふつうの政治家なら立ちどまるはずだ。いや、ふつうの政治家では総理大臣にはなれないのだ。たとえば安倍のように、政治に利用できるものはすべて利用する。たとえ意味がわからなくても、理想を表現したスローガンならば何でも使う。その節操のなさが、長期政権を維持しているのだから――。

したがって石破が「候補者同士の討論を、ぜったいに実現して欲しい」というのに対して、安倍は応じられないはずだ。何も自分で考えたことがないのだから、討論で相手に説明できるはずがない。政治的なパフォーマーと慎重な学者の戦いが、今回の総裁選挙の本質なのである。

◆安倍を三選させてはならない

石破も地方創生担当大臣として、地方経済の活性化を現地で体験してきた。それはしかし、各地域に共通する経済政策とはならない、じつに個別的で具体的な経済活性化の成功なのである。しかもそれを「イシバノミクス」などという具合に、軽々しくネーミングできない生真面目さに、この人の決定的な弱点がある。

前回の記事でわたしは、たとえ再武装・準核武装論者であろうと、あるいは軍事オタクであろうと、民主主義的な手続きをおろそかにしないかぎり、その候補を支持するべきだと提言した。それは安倍というパフォーマンスしかない政治技術者がはびこる中では、石破茂のほうがよりましであるからだ。

重要な案件が「閣議決定」で済まされる安倍政権によって戦争に引きづり込まれることはないという意味で、いわゆる人民戦線戦術と呼称しておこう。古い言葉でいえば、自由主義的なブルジョア分子もファシズムに抗する意味では味方である。政治において「敵の敵は、味方」なのだから。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
雑誌編集者・フリーライター。著書に『山口組と戦国大名』など多数。

月刊『紙の爆弾』9月号
『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

自民党総裁選展望〈1〉ファシズムの危機(安倍)か、それとも軍事立国(石破)の本道か? 安倍が勝っても、まさかの石破が勝っても危ういが……しかし。

もうすぐ自民党の総裁選挙である(9月20日)。安倍晋三と石破茂の一騎打ちだが、どちらが勝っても変化はないという評価は、しかし現実の政治過程を投げ打った考えではないかと、わたしは思う。少なくとも、安倍のような政治技術主義(目的のためには手段を選ばない)は、石破にはない。その意味で石破に頑張って欲しいと思うのだ。いかに石破茂が軍事オタクの再軍備、核武装検論者であろうと、安倍のようにごまかさずに民主主義の手続きを踏むと考えるからだ。この民主主義の手続きとは、ちゃんと質問には答弁に答える、論点をはぐらかさないという意味である。いずれにしても、どちらが勝っても同じである、という議論はダメだと思う。

たとえば、よりましな政府と体制を選ぶことで、敵(資本主義? 天皇制?)を延命させる。あるいは政権に融和的になるという「左派」の批判は、現実の政治過程を投げやることで、ぎゃくに現状を容認しているのだと、わたしは思う。現在の安倍政治の延長に、それがさらに危険な後継者に引きつがれ、戦争を可能とする安保法制のもとに動き出す。それも本人が知らないうちに、事態が破局にまで突き進む。つまり戦争が起こってしまう可能性があるのだ。

何が言いたいのかというと、昨年の今ごろまでは安倍の「後継者」が防衛省をシビリアンコントロールできなかった稲田朋美だと目されていたからだ。安倍が党規約を変えてまで三選を可能とすることで、その先にもはや石破茂の目はないだろうと思われた。そうすると、当時の朝鮮半島情勢のなかで、共和国(北朝鮮)のミサイルが発射されたとき、そしてそれがSM3(洋上イージスシステム)やパック3(地上迎撃ミサイル――ただし射程は25キロほど)の対応を余儀なくされたとき。そして第二弾を防止するために、ミサイル発射基地を事前に攻撃したら、まちがって戦争が起こるではありませんか、ということなのだ。なぜならば、南スーダン派遣自衛隊の日報問題を掌握できない大臣に、ミサイルが飛び交う瀬戸際での指揮は、とうてい執れないからだ。

◆最終的には、政治の延長である戦争は個人が発動するものなのだ

けっきょく、戦争は個人の指揮による発動である。たとえばヒトラーがいなくても、1930年代のドイツは戦争に活路を求めたであろうと、よく云われる。なぜならば、莫大な賠償金とハイパーインフレによる国民経済の逼迫は、それを打開するための政策的なインパクトを必要としていたからだという。それが国民経済の破綻を外化する欧州制覇、ドイツ民族の生活圏の確保であるはずだからだと。

しかしそれは、ヒトラーのミュンヘン一揆による挫折ののちの鉄鋼資本との提携、国防軍と結んだレームの粛清(突撃隊を皆殺しにした「長いナイフの夜」)など、茨の道ともいえる政治過程を無視している。30年代のドイツは、アドルフ・ヒトラーという個性を抜きに論証することは出来ないのだ。偶然かもしれないが、政治危機にさいして個人が役割りを発揮することがあるのだ。ヒトラーなくして、ドイツの戦争発動はなかったであろう。わが国においても、戦争発動は個人が決断した。そこに逆らえない「空気」があろうと、しかし個人が決めたのだ。


◎[参考動画]2011年9月3日放送未来ビジョン73『安倍晋三元総理が訴える憲法9条改正論』(JapanMiraiVision2012/07/06公開)

◆安倍の政治センスの良さが危うい

かつて、わが国は軍部の暴走(関東軍の中国戦争)の延長に、アメリカおよび西欧列強との対立に追い込まれた。なし崩し的な日中紛争と対米矛盾を解決するために、近衛文麿と東条英機という、天皇の信任の厚い政権が国家を運営したのだった。近衛も東条も対米戦争慎重派であり、むしろ非戦派だったと多くの証言がある。昭和16年8月に行なわれた若手の官僚と将校のシュミレーション(『昭和16年の敗戦』猪瀬直樹)では、対米戦敗北の結果が出て、東条もその結果に納得していたという。しかるに、国内の海戦への「空気」と情勢(対米交渉)は、東条を立ちどまらせることを許さなかったのである。その「空気」は東条をして、開戦を決断させた。かくのごとく、戦争への道は危うい「空気」と情勢の混乱によるものだといえよう。

安倍とその政権の危うさは、その政治的なセンスの良さ、言い換えれば「政治家としての能力の高さ」にある。この能力の高さとは外見上はパフォーマンスのようなものだが、たとえば、安保法制を自分の肉声で説明できることだった。「敵が味方を攻撃したら、その味方を護ることは、自分を護ることになるのです」「ですから、平和のための法律なのです」と。このあたりのパフォーマンスが、勢いで戦争を始めてしまいそうだと、わたしは危惧する。戦争はつねに「平和」を名目に行なわれる。なにしろ安倍は、文民統制のできない防衛大臣に、後継を託そうとしたのだから――。

なるほど、安保法制は「自然法としての自衛権」を元にしているが、じつはこれは安倍が考えたものではない。自民党の安全保障部会を仕切ってきたのは、ほかならぬ安倍のライバル、石破茂なのである。そこで安倍は「自然法としての自衛権」が憲法九条にも「加筆」されることで、解釈改憲を成文改憲に持ち込めると、自民党の改憲草案を飛び越えて「加憲論」に走った。これは自民党の議論を経ていない。

◆「加憲」が憲法を崩壊させる

そもそも、憲法九条は「国際紛争の解決における武力の否定」である。そこに「ただし、この規定から自衛隊は除外される」とか「自衛権としての自衛隊の保持は排除しない」などと、条文の精神と相容れない条項(加憲)を入れてしまうと、解釈の整合性がとれないのだ。「ただし」とか「しかしながら」とかの逆接を入れると、条文自体に矛盾が生じる。そこで、矛盾した条項を入れるよりも、九条を撤廃して「国防軍(国防省)」の条項を明記したほうが、法の運用が正確になる。政治家の恣意性や情勢の変化に拠らない、誰がやっても間違えのない運用ができる。しかしながら、それらの改憲は国民的な議論をもって行なわれなければならない。これが石破の立場であろう。

こうしてみると、両者の違いは歴然としている。安倍においては、誰にも説明のできない脈絡で「自衛権」が「戦争放棄」と同居し、石破においては「自衛権」が「自衛戦争」に限定されるのだ。ただし、直ちの改憲は望めないはずだ。憲法九条の完全な否定は、国民的な議論が必要となるからだ。それを回避する安倍の「加憲」こそ卑怯な裏口改憲なのである。

総裁選に改憲論が持ち込まれれば、もはや自民党の機関を通じた議論は行なわれないであろう。おそらく安倍は、総裁選挙後に直ちに「改憲法案」を国会に提出して、数を頼んだ改憲になだれ込むはずだ。きわめて危険な水域に入ったというほかはない。心ある自民党員は、石破茂に投票せよ。である。


◎[参考動画]2018年8月10日、自民・石破氏、総裁選出馬表明会見(日仏共同テレビ局France10 2018/08/10公開)

※安倍と石破の経済政策については次回に詳述したい。そこでも安倍の政治センスが、否応なく発揮されているのは周知のとおり。石破茂の決定的な弱点が、その学者的なセンスと経済オンチにあることも、併せて解説していこう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
雑誌編集者・フリーライター。著書に『山口組と戦国大名』など多数。

月刊『紙の爆弾』9月号
『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

【急報‼】安倍晋三の暴力団スキャンダル事件を追っていたジャーナリストが、不思議な事故に遭遇し、九死に一生を得た! 誰かが謀殺をねらったのか?

◆安倍総理の暴力団交際・選挙妨害依頼時件

本サイトでは初出かもしれないが、ここにきて安倍晋三の暴力団スキャンダルが再燃している。1999年に下関の安倍総理(当時は衆議院議員)の自宅と後援会事務所が何者かによって火炎瓶放火され、3年後に主犯の会社経営者K氏と暴力団組員が逮捕された事件である。

裁判で明らかになったのは安倍事務所と会社経営者が、下関市長選挙において選挙妨害を謀議したこと。その対価の支払いをめぐって揉め、会社社長K氏が暴力団組員に火炎瓶攻撃を依頼したというものだった。事件から19年になる今年5月に出所してきた主犯の会社経営者K氏が「わしはハメられた。再審をするつもりだ」として、安倍事務所と交わした念書(確認書2通・願書1通)を、事件当初から取材してきたジャーナリストY氏に渡したのだった。K氏は大手週刊誌でも、この事件の裏側にあるものを暴露することになった。

◆忽然と姿を消したK氏

ところが、週刊誌の取材の直前になって、元会社経営者Kは忽然と連絡を断ったのである。そればかりではない。みずからのネットニュースやウェブ媒体で、この事件を報じてきたジャーナリストのY氏が8月7日の夜、不思議な事故に遭ったのである。

Y氏とともにこの事件を取材してきたT氏によると、「Y氏は『新宿のスタジオアルタの地下階段を降りようとしたところ、体が飛ぶようにして転落』したとのこと。右肩骨折、頭部7針を縫う重傷を負い、本人は『誰かに押された記憶はないが、どうしてあんなところで飛ぶのか』と話しているという」Y氏は酒を飲んでいたわけではない。

この事故の一週間前に、Y氏は「誰かの妨害なのかよくわからないが、前のツイートで紹介した安倍首相重大疑惑の講演映像と、公開した3つの証拠文書がブロックされ見えないとのことなので、古い「アクセスジャーナル」の方も紹介しておく。同じものを載せている。拡散願います」と、ツィートしていた。まさに「誰か」が動いているのであろう。ちなみに、Y氏は武富士事件の取材の過程で、自宅を放火されるという体験もしている。総裁選挙を9月20日に控えたこの時期に、こういう事故(事件?)が起きたのは見過ごせない。

◆過去にも記事もみ消しが

上記の安倍晋三暴力団スキャンダルについては、過去に共同通信が記事にしようとしたことがあった。それまで、休刊となった『噂の真相』などで報じられてきたが、これでいよいよ全国的に報道されるはずだったところ、共同通信の上層部が記事を潰したのだった。その背景には、平壌に開設されたばかりの共同通信の事務所に影響があるのではないかと、安倍総理(第一次政権)に忖度したものだと言われている。

その後、月刊『現代』でその顛末が報じられたものの、社会的には「安倍は被害者」ということになっていた。ところが、今回は念書が出てきたことで、安倍晋三および安倍事務所の「反社会的勢力」との交際が白日のもとに曝される可能性があるのだ。この事件のもう一方の主役である暴力団とは、特定危険指定暴力団として、警察庁の最重点壊滅対象となっている工藤會なのである。

その工藤會と「密接交際者」であったタケナカシゲル(「誰も書かなかったヤクザのタブー」鹿砦社ライブラリー)が、次号『紙の爆弾』10月号(9月6日発売)で工藤會の自民党人脈を暴露する予定だ。そこには、思いがけない人物の名前も登場するという。なお『紙の爆弾』が発売される前に事態が動けば、このサイトで詳報する予定だ。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

タブーなき『紙の爆弾』9月号
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)