《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏〈3〉 民の声新聞 鈴木博喜

復興や風評払拭に貢献するような団体は喜んで知事室に招き入れる内堀雅雄知事。逆に原発事故で福島県外に避難した県民とは頑なに面会しようとしないが、その姿勢は汚染水問題でも同じだった。梶山弘志経産大臣が去った福島県庁では、県議会の4つの会派が内堀知事に緊急申し入れを行ったが、共産党県議団だけ原子力安全対策課長に対応させたのだ。これにはある県議も「そこが役人。全ての会派と会えばいいのに」と呆れた。

知事が最も手厚く迎えたのは当然、最大会派・自民党福島県議会議員会(29議席)だ。

「国内外に対して科学的根拠に基づく海洋放出の安全性・妥当性についてのていねいな説明を繰り返すとともに、専門家によるトリチウムの性質や処理水に関する正確な情報の発信に全力で取り組むよう国に求めること」などを要望されると、わざわざ佐藤憲保県議に「よろしければ」と水を向け、マイクを握らせるサービスぶり。そして「ひとつ踏み込んで申し上げますと、東京電力の信頼性の問題があります。先般、小早川(智明)社長がこの部屋に来られて最近、さまざまな不祥事あるいはトラブルが相次いでいる事について謝罪がありました。私自身、特に柏崎刈羽原発の核物質防護策の問題、これは極めて重大な問題だと受け止めております。そういう状況下における今回の方針決定について県民の皆さんには不安、懸念がある、これが現実だと思います。こういった点を十分に考慮に入れ、国に対して今後県として言うべき事を伝えて参ります」と答えてみせた。

自らの考えを県民に示す事はせず、県民の見ていないところで海洋放出を〝容認〟する。民主主義もどこ吹く風。これが〝オール与党〟の弊害か。それとも支持率8割のおごりなのか。しかし、議会側も弱腰だった。第二会派・県民連合議員会(立憲民主党系、18議席)は結局、「海洋放出反対」を明確に打ち出す事は出来なかった。「慎重な判断を求める緊急申し入れ」では「処分方法を含め安易な判断は避け、責任をもって県民に説明するよう国に強く求めること」などを内堀知事に要望するにとどまったのだ。

申し入れ後に会派控え室を訪ねると、所属県議たちは一様に歯切れが悪かった。

「汚染水を海に流しちゃ駄目だとは言ってない? そうだね。断言はしていない。要は慎重に判断しろって事で…駄目だと文字では言ってねえけど、やっぱり基本的には賛成出来ないっていうかな。んだ。海に流して良いとは思ってはいないけれども、思ってないよ。うん。だけど、そういうのも含めて、良く県民の意見を聴いてもっと過程を大事にしてまとめるようにしなさいと。まだ努力が足りないし、認識もまだ…」

「まだ考える時間もありますし、そういったところは県民の立場で慎重な判断をしろってことで…」

「県議会なので、やっぱり県民の意識がどうなっているかが一番大事で、例えば大方の県民が海に捨てろと言えばわれわれ単独で判断する問題では無いし、今の段階では7割近い県民が駄目だって言っているわけだから…われわれとしてはそれを大切にしているということです」

県議会への対応では露骨に差をつけた内堀知事。自民党など3会派からの申し入れには自身で対応したが(写真上)、共産党からの申し入れは原子力安全対策課長に受け取らせた(写真下)

実は、立憲民主党の金子恵美衆院議員(福島県伊達市出身)は前夜の緊急街宣にリモート参加し、海洋放出反対を明言している。

「私たちは復興庁、環境省、農水省に申し入れをしました。経産省には9日に申し入れました。昨秋の申し入れから全く何も進んでいないじゃないかという事です。十分な国民的議論も無い。陸上保管を続ける間に海洋放出以外の処分方法を検討せよと求めてきましたが、この半年間何もやって来なかったじゃないですか。恐らく明日の午前中には海洋放出方針が決定されるでしょう。でも、それであきらめてはいけない。安易な海洋放出はあってはならないと言い続けたいと思います」

自分たちが担ぎ上げた知事と身内の国会議員との間に板挟みになりながら苦し紛れに出した申し入れ。一方、公明党福島県議会議員団(4議席)も民意と国政とのはざまで決して「海洋放出反対」を打ち出す事はしなかった。幹事長を務める伊藤達也県議が廊下で取材に応じた。

「公明党福島県本部に『ALPS処理水海洋放出検証委員会』を設置しましたので、そこで風評対策や処分方法、環境モニタリングなど、しっかりと安全性の担保をとれるように検証をして(容認するか否かを)決めていきたいと思っています。科学的な安全性とかその辺は理解していますし、双葉町や大熊町が『タンクがある事自体風評が続いている』と言っている事も理解していますので………それは分かるのですが、風評対策とかそれをしっかりしないまま流されると大変な福島にとっては復興が遅れますので、そこをしっかり見ながらやっていきたいと思います」

結局、明確に「海洋放出方針の撤回」を申し入れたのは日本共産党福島県議団(5議席)のみ。しかし、内堀知事に代わって申し入れを受け取った原子力安全対策課の伊藤繁課長は、取材に対し知事と同じような物言いをした。

「基本方針の決定については梶山大臣から報告を受けました。その中身についてはこれから精査をして県としての意見を国に伝えるという事になりますので、あの内容でOKだとか駄目だとか、そういう判断をするものではありません。これから必要な意見は国に申し上げていくので、海洋放出に対してイエスでもノーでもありません。ですが、処理水の問題はこれまでも『海洋放出反対』とか『タンク保管継続』とか、あとは『早くタンクを無くしてくれ』とかいろいろな意見があってですね、やっぱりそれぞれの地域とかそれぞれの立場、業種に応じてやっぱりそれぞれの意見というのがあるんですね。知事もたびたび言いますけれども、特に原子力に限っては、やはり一つの意見として取りまとめるのは難しい問題があるのです。なので単純にイエスとかノーとか言えるものでは無いというところがあります」

県民に何も語らないまま、一方で県議会には露骨な態度を見せながら、内堀知事の言う「政府の基本方針の精査」が始まった。いつまでに県の意見を取りまとめるのかも分からない。そして2日後、ついに内堀知事が記者団の前に立った。(つづく)

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
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▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏〈2〉 民の声新聞 鈴木博喜

4月13日昼。心配された雨予報は外れた。来県する梶山弘志経産大臣に直接、海洋放出反対を伝えようと福島県庁前には多くの人が集まっていた。そこに浪江町からやって来た吉沢正巳さん(希望の牧場・ふくしま)の街宣車「カウゴジラ」も加わり、普段は静かな庁舎前は熱気に包まれていた。時折、雲の間から太陽が顔をのぞかせた。この時、よもや内堀知事が梶山大臣に何も意見を述べなかったとは、誰も考えていなかった。

そもそも、なぜ反対の声があがっているのか。いわき市小名浜で11日に緊急スタンディングを行った「これ以上海を汚すな!市民会議」共同代表の佐藤和良さん(いわき市議)は、「決定過程」、「実害」、「陸上保管の可能性」の面から次のように語っている。

「汚染水の海洋放出方針は閣議決定しないんです。閣議決定すれば大きな意味を持ちますが、閣議決定しないで原子力災害対策本部の下部組織である『廃炉・汚染水関係閣僚等会議』で基本方針を決定して、それを東電に実施させようという事なのです。これは一見、当たり前のように見えて実は無責任きわまりない決定の手法です。政府のどこが責任をとるのか分からないような、そういう決め方というのはいかがなものか。責任ある政治ではありません」

「彼ら(国や東電)が言う『風評被害』。しかし『風評』では無いんですね。『実害』がずっと続いている、『実害の連続』なんですよ。それで、必要があったら賠償しますよと。これは、事故以降続いている被災者切り捨てそのものではないでしょうか。絶対に認めるわけにはいきません」

「(汚染水を溜める)タンクを置く場所が無いと言いますが、あります。燃料デブリの保管庫を5、6号機の陸側につくるというんです。あの空間だけでも相当数のタンクを保管出来る。それと、そもそも汚染水が発生しているのは水冷しているからですよね。水冷しないで空冷に転換するのはいつなんだ。実際には崩壊熱は相当下がっていますから。空冷に転換すれば汚染水自体は発生しなくなるわけです。タンク貯蔵を続けていっても可能だという事です」

4月13日昼、梶山経産大臣に直接、海洋放出反対を伝えようと福島県庁前には多くの市民が集まった。陸上保管継続を訴えたが、政府も内堀知事も耳を貸さなかった

一方、福島県の内堀雅雄知事は県議会の答弁で、何度も「トリチウムに関する正確な情報発信」という言葉を使っている。まるで海洋放出を後押ししてきたかのようだ。

昨年6月議会では「トリチウムを含む処理水の取扱いにつきましては、4月に関係者の御意見を伺う場が開催され、その取り扱い方針を決めるに当たり、具体的な風評対策の提示とトリチウムに関する正確な情報発信に国及び東京電力が責任を持って取り組むよう意見を申し上げてまいりました」と延べ、9月議会でも「私は、これまで国及び東京電力において、具体的な風評対策の提示とトリチウムに関する正確な情報発信に責任を持って取り組むとともに………求めてまいりました」と答弁。12月議会でも「トリチウムを含む処理水の取扱いにつきましては、これまでも機会を捉え正確な情報発信に取り組むとともに………国と東京電力に求めてまいりました」

では、トリチウムだけが問題なのだろうか。昨年2月には、当時の県危機管理部長が汚染水について「燃料デブリを冷却するために注入した水が放射性物質に汚染され、この水と建屋に流入する雨水や地下水が混ざることにより発生」と定義したうえで、次のように答弁している。

「タンクには放射性物質を含む汚染水を多核種除去設備で浄化した、いわゆる『ALPS処理水』が約94%、多核種除去設備で浄化する前のいわゆる『ストロンチウム処理水』が約6%の割合で貯蔵されております。『ALPS処理水』はトリチウムを除く62種類の放射性物質の濃度を低減した処理水のことであり、約111万トンが貯蔵されております。多核種除去設備でトリチウムを除く放射性物質を告示濃度未満まで低減することが可能とされております」

「『ストロンチウム処理水』はセシウム吸着装置等でセシウムやストロンチウムの濃度を低減した処理水のことであり、約7万トンが貯蔵されております。『ALPS処理水』に残存する放射性物質につきましては、コバルト60、ストロンチウム90、セシウム134などのいわゆる主要7核種などがあり、告示濃度を超える処理水の貯蔵量は約78万トンとされております」

これについて、福島大学共生システム理工学類の柴崎直明教授(地下水盆管理学・水文地質学・応用地質学)は、12日夜に福島駅前で行われた「DAPPE」(Democracy Action to Protect Peace and Equality=平和と平等を守る民主主義アクション)の緊急街宣に参加し、「トリチウムトリチウムと言われますが、タンクの中にはトリチウム以外にもALPSで除去し切れていない放射性物質がまだたくさん残っています」と警鐘を鳴らしている。

「ALPS(多核種除去設備)では62核種を除去できると言っていますが、これまでの東電の評価ではそのうちの主要7核種だけを測って、他は推定して放出出来る濃度を下回っているかを判断しています。ところが昨年、いくつかのタンクのサンプルを細かく測ったところ、ALPSでは除去出来ない核種も含まれている事が判明しました。海に流すと言うのなら、きちんと測るべきです。福島県の『原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会』専門委員を2013年から務めていますが、今もってどのような技術的方法で薄めて流すのかという説明は全くありません。非常に心配になります」

海洋放出容認派の多くが、トリチウムだけを取り上げ「国内外の他の原発からも日常的に海に放出されている」と口にする。だが、前述の佐藤さんは次のように反論する。

「IAEA体制、ICRP体制の下で原発推進側がやっている事であって、世界の原発がやっているから安全が担保されているかと言えばそうではない。過酷事故を経験した福島こそ一番安全な原子力防護策をとるべきではないか。それが私たち被災者の義務だと思います」

内堀知事との面談の後、福島県庁内の廊下で「大臣、海洋放出に反対する市民の声は聞こえませんでしたか?」と声をかけた。梶山大臣はにらむようにこちらを一瞥しただけで何も答えなかった。そして、反対の声をあげる市民を避けるように、次の目的地である浜通り(双葉町、大熊町、福島県漁連)に向かった。(つづく)

 

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
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▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏〈1〉 民の声新聞 鈴木博喜

昨秋の正式決定先送りから半年。ついに「汚染水の海洋放出」が政府の基本方針として正式決定された。今月13日昼過ぎ、決定を伝えるべく梶山弘志経産大臣が福島県庁を訪れた。部屋を埋め尽くした取材者の関心はただ一つ。正式決定を伝えられた内堀雅雄知事が何を語るのか。これまで自らの言葉で賛否を明確にして来なかった内堀知事も、さすがに経産大臣の前では(たとえそれがポーズであったとしても)海洋放出に少しでも否定的な言葉を述べると思われた。だがしかし、内堀知事は思いもよらぬ言葉を発して取材陣を驚かせた。

「この処理水の問題は、福島県の復興にとって重く、また困難な課題であります。県としてこの基本方針について今後精査を行い、改めて福島県としての意見を述べさせていただきます」

時間にしてわずか30秒。会談もわずか6分で終了した。感染症対策のため距離を空けて相対した内堀知事は、梶山大臣が官僚の用意したペーパーを棒読みするのをひたすら聴くだけだった。原発事故発生から10年が過ぎ、県内の漁業者だけでなく国内外からも反対の声があがっている「汚染水の海洋放出」はこうして、首長が言葉を発しないという形で〝容認〟を示し、2年後の放出開始に向かって大きく動き出したのだった。

福島県庁を訪れ、汚染水の海洋放出方針決定を伝えた梶山経産大臣(右)。内堀知事は何も意見を語らぬまま、事実上容認した

内堀知事は日頃から、意見が鋭く対立するような懸案に対する自身の考えを口にしない。汚染水問題でも、業を煮やした県政記者クラブがどれだけ質しても、のらりくらりの内堀話法は健在だった。

「海洋放出にかなり傾いているという報道もありますが、海洋放出とされた場合、2021年4月の本格操業は可能だと思われますか」

「仮定の話にお答えする段階にはないと思います」(2020年10月12日)

「先日、政府の決定後には見解を述べたいと知事は話しておりました。それは今も変わりありませんか」

「現時点においては、そういった状況にはないと思いますが、国から何らかの対応方針が示されれば、それに対する県としての意見は申し上げてまいります」(2020年10月19日)

「県は、これまで処理水の処分方法については賛否を示しておりませんが、その情報が十分に伝わって風評対策が整えば、処分を容認するというお考えでしょうか」

「現時点において、仮定の前提に対してお答えをする段階にはないと考えております」(2020年11月2日)

地元紙が号外を出した後に行われた今月12日の定例会見で、河北新報記者から「知事は以前から『方針決定がされた後に県として言うべき事を言う』とご説明されてきましたが、その点はお変わりありませんでしょうか」と問われても、「現在まだ国として最終的な方針が出ているわけではありません。今後の国の動向を注視して参ります」とかわしたほどだった。

海洋放出方針決定報道を受けて、既に郡山駅前やいわき市小名浜での抗議行動が始まっていた。県内の7割の市町村議会からは、昨秋の段階で海洋放出に否定的な内容の意見書が国に出されている。それら県民の想いをふまえた言動をするどころか、完全に無視する知事。今月13日午前には、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が海洋放出方針を県として拒否する事などを申し入れたが、席上、水藤周三さん(福島市在住)は業を煮やしたようにこう訴えた。

「内堀知事はこれまで、『政府の方針決定後に意見を述べる』、『処理水の処分については、まだ具体的に言及する段階には無い』などと記者会見等で述べ続けてきました。しかし今、時は来ました。今こそ県民に寄り添った意見、『海洋放出は容認出来ない』という意見を明確に述べるべきだと思います。これ以上、意見表明の先延ばしは許されません」

海洋放出を拒むよう福島県に申し入れた「これ以上海を汚すな!市民会議」。水藤周三さんは「今こそ県民に寄り添った意見を国に伝えるべき」と語ったが、内堀知事には届かなかった

郡山市議の蛇石郁子さんも「内堀知事自らがしっかりと発言していただきたいと思います。それが県知事の役割です。当然の事です。私たちの想いをきちんと国に伝える。そういう知事の姿を見せていただきたいと思います」と語気を強めた。

だが、そこは県職員も〝わきまえて〟いる。要請書を受け取った原子力安全対策課の加藤英治副課長は「本日、海洋放出の方針が決定されたという事はマスコミを通じて承知をしておりますけれども、まだ国の方から説明を受けておりませんので『詳細については不明』という事になっております。今後、正式な申込書を確認したうえで、今後の取り組み、対応について検討していきたいと思います」と述べるにとどめた。

三春町から駆け付けた大河原さきさんは、誰もが抱いている疑問をストレートにぶつけた。

「内堀知事が海洋放出に反対の立場をはっきりと示さないのはなぜなのでしょうか?」

加藤副課長は答えられない。答えられるはずが無い。15秒ほどの沈黙が続いた後、力無い声で「海洋放出は国の責任において決定するものだというふうに考えております」と答えるのが精一杯だった。そんな言葉で納得出来ない大河原さん。こみあげる怒りを必死に抑えるように、涙声で想いをぶつけた。

「国の方針を聴いてからでしか答えられないというのは、国の方だけを向いているからではないですか。市町村議会の7割が否定的なのに、なぜ県知事はそれに応えないのでしょうか。(処分方針を)早く決めろという意見はあったけれども、海に流して良いという意見はひとつもありませんでした。この場に知事に来てもらって、県民の意見を聴いてもらいたいんです。梶山大臣とだけ会うのでは無くて、知事が会わなくてはいけないのは県民なんですよ。きちんと意見を聴くべきですよ。本当に怒っています。県民の方を向かない知事でとても哀しいです。県民は怒っているという事を内堀知事に伝えてください。次の世代に対して本当に申し訳が立たない。2年後に流すと政府は言っていますが、県も県民と一緒になって動いて欲しいと思います」

加藤副課長は黙ったままだった。梶山経産大臣が到着する時刻が迫っていた。(つづく)

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
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『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

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《NO NUKES voice》長崎大学原爆後障害医療研究所の高村昇教授は、福島・双葉の「伝承館」館長として、何を「伝承」させようとしているのか

翌日に「3・11」を控えた10日、その人は大凧揚げに興じていた。

新潟県三条市から駆け付けた凧揚げ職人が強風で苦労する中、軍手を借りて太いロープをつかむ。凧が上昇気流に乗って大空に舞い上がる。凧に書かれていたのは「伝承」の二文字。笑顔で青空を見上げていた人物こそ、「東日本大震災・原子力災害伝承館」(以下、伝承館)の館長、高村昇氏だった。

伝承館が2020年9月に開館してから半年が経つ。菅野典雄氏は15日に行った講演で「テレビや雑誌などでずいぶんと話題になっていたので来てみたが、大変素晴らしい。いろいろな意見に惑わされないように頑張って欲しい」と称賛してみせた。だが、開館前から疑問や批判の多い施設だ。

その一つが、高村氏の館長就任。

1993年に長崎大学医学部を卒業した高村氏は、2013年度から長崎大学原爆後障害医療研究所の教授を務めている。原発事故直後の2011年3月19日、山下俊一氏とともに福島県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任。福島県内各地を巡って講演し、次のように語った。

「100ミリシーベルトを下回る場合、現在の科学ではガンや疾患のリスクの上昇が証明されていない。一方、煙草を吸う人のガンになるリスクは、1000mSvの放射線を被曝するのと同程度のリスクと考えられている」

「鼻血が止まらなくなったとか、同じような質問をよく受けます。そのような急性の症状が出現する被曝線量は500から1000mSv以上と言われています。福島の人がそのような線量を被曝しているとは考えられないので、放射線の影響ではないと思う」(公益財団法人福島県国際交流協会発行の講演録より)

2013年6月の第11回委員会からは、福島県の「県民健康管理調査」検討委員も務めている。復興庁が2018年3月に発行した冊子「放射線のホント~知るという復興支援があります。」では、「作成にあたり、お話を聞いた先生」に名を連ねている。冊子は「原発事故の放射線で健康に影響が出たとは証明されていません」と断言している。

凧揚げに興じる高村昇館長。原発事故発生直後から山下俊一氏とともに被ばくリスクを否定し続けている

そもそも、博物館や「アーカイブ」の専門家では無い。その上、事故発生当初から放射線被曝のリスクを否定し続けている。しかし、福島県の担当者は選定理由をこう説明した。

「考え方に偏りが無い、人格的に温厚で高潔な方である。これが1つ目の理由です。もう1つは本県の復興、避難地域等の支援に関わってこられた方であるという事です。そして、伝承館の運営に必要な能力を持っている方であるという事。これらの3点が推薦理由です。検討過程で何人かの名前が候補に上がりましたが、最終的に高村先生が適任だろうという結論に至りました。高村先生には数カ月前に推薦の打診をし、『ご協力出来るのであれば』と快諾していただきました」

そうして初代館長に就任する事になった高村氏は、福島県の内堀雅雄知事を表敬訪問した際、囲み取材で筆者にこう答えている。

「ご指摘の通り、私自身はいわゆるアーカイブを専門としているわけではございません。それは事実。しかし、この伝承館の1つの主眼というのが、原子力災害からの復興に関する資料収集という目的がある。それを展示する。収集して展示して情報発信するという目的がある。原発事故直後の説明会から、地域の復興、県民健康調査もそうですが、そういった形で原子力災害からの復興に多少なりともかかわった人間としてですね、そういった側面から伝承館の館長としての役割を果たしていきたいと考えています」

「私も最初、この依頼があった時はかなり驚きました。まさに今おっしゃったとおり、私はアーカイブの専門家ではありませんので、自分で良いのかなと確かに思いました。ただし、今言ったように伝承館というのは原子力災害からの復興という事を主眼としていると聞きましたので、それであれば、この9年間福島で地域の復興に携わってきた者としてお手伝い出来る事があるんじゃないかと考えました」
果たして「復興PR館」と化した伝承館は、展示スペースの3分の1が「復興」と「イノベーションコースト構想」に割かれた。だから、来館者から不満の声が上がるのも必然だった。

凧には「伝承」と書かれていた。だがしかし、今の展示内容では原発事故被害の実相は伝わらないとの指摘は多い

館内に置かれたノートには「子どもの健康を考えて自主避難している人もいます。復興だけではなく、まだまだ復興できていない部分も伝えることが、この館の役目かと思いました」、「誰に何を伝えたいのか。教訓は何なのか分からなかった。もっとできることは多いと思う」、「この建物は『原子力被害伝承館』ではなかったの?」、小学校5年生の時に、栃木県と福島県の境で原発事故の被害を受けました…展示は正直、大大大落胆でした…なんできちんと見せてくれないのですか?」など厳しい書き込みも多い。いまだ避難を強いられている人たちの多くは「あんな所、見に行ったってしょうがない」と口にする。

50億円超の金を出した国も、都合の悪い事には言葉を濁す。平沢勝栄復興大臣は昨年11月の記念式典に出席した際、筆者の質問に「これは福島県のあれなんで、福島県の方でこれから展示物のやり方、内容等についてはこれからしっかり検討して行かれる事と思います」と投げ、この展示内容で原発事故被害の実相が伝わると思うか、との問いにも「それは福島県の方で御判断されるだろうと思いますけどね」と言い放つばかりだった。

凧上げがひと段落した後、高村館長に声をかけると「『復興のあゆみを伝える』という役目は変わらない? そうですね、はい」と答えた。

「福島イノベーションコースト構想」のPRには大きなスペースを割く。一方、避難指示区域外も含めた原発避難者の苦悩や怒り、哀しみを伝えようとする努力は感じられない

伝承館の入り口に設置されたモニターには、こんな言葉が映し出されている。
「この東日本大震災・原子力災害伝承館は、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故による災害の記録と記憶を後世に伝えるとともに、復興に向けて力強く進む福島県の姿や国内外からいただいたご支援に感謝する思いを発信していく施設です」

「記録」、「記憶」、「伝える」、「福島県の姿」、「感謝」は赤い字で書かれている。しかし、区域外避難者も含めて避難者の想いや、様々な葛藤を抱きながら福島県内で暮らす人々の苦悩など伝わらない。何を「伝承」するのか。考え直さないと本当に「53億円のハリボテ」で終わってしまう。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

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『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

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《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
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[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
《書評》哲学は原子力といかに向かい合ってきたか
戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
《提案》乱 鬼龍さん(川柳人)
『NO NUKES voice』を、もう100部売る方法
本誌の2、3頁を使って「読者文芸欄」を作ることを提案

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《NO NUKES voice》被ばく回避とコロナ感染防止は両立できないはずが…… 関電7基の原発運転差し止め仮処分申し立てを大阪地裁が却下 尾崎美代子

3月17日、大阪地裁(内藤裕之裁判長)は、昨年5月18日、福井県、大阪府、兵庫県、京都府に居住する6名が申し立てた、新型コロナウイルスが収束するまで福井県の7つの原発を止めよとの仮処分の申し立てを却下した。決定は、避難計画の不備だけでは、原発差し止めの理由にならないと判断したが、弁護団は緊急声明で以下のように反論と抗議を行った。

大阪地裁の不当決定を受けて

「船舶安全法は救命ボート不備の時は、ほかの部分が完璧でもその船舶の運航を禁止し、航空法は、脱出シュート、酸素吸入器不備の時は、ほかの部分が完璧でもその航空機の運航を禁止している。原発は、それらよりもはるかに甚大な被害をもたらす。原発の運転に際して、万が一の事故に備える避難計画の実行性を求めないことは極めて不合理であり、人の生命、健康を軽視する判断である。避難計画に実行性がない場合はそれのみで原発の運転を禁止すべきことは、上記船舶安全法、航空法の精神から明らかである。(中略)本件決定が、福島原発事故を経験してもなお、住民らの命、健康に直結する避難計画の実行性の判断から逃げたことは決して許されるものではなく、強く抗議する」。

申し立て人の菅野みずえさん(左)と水戸喜世子さん

◆被ばく回避とコロナ感染防止は両立できない

今回の仮処分の申し立ては、コロナウイルスの感染拡大の危険性のみを争点にしていた。コロナウイルス感染拡大防止には、こまめな消毒、うがい、マスク着用、換気のほか、「密集」「密閉」「密接」の3つの「密」を避けることが重要とされている。申立人らは、コロナ禍で原発事故が起き、避難を余儀なくされた場合、放射能からの被ばく回避と、コロナの感染予防対策は両立できない、避難計画に実行性がないから止めるべきと訴えてきた。

3・11の教訓から、日本国内でも「5つの深層防護」の重要性が求められてきた。「5つの深層防護」とは、1979年アメリカのスリーマイル島事故や86年チェルノブイリ事故をきっかけに、96年IAEAが確立してきた原発の安全対策で、第1層、機器の故障・異常の発生を防止する。第2層、機器の故障・異常が発生したとしても設備などへの異常の拡大を防止し、事故に至るのを防ぐ。第3層、異常か拡大したとしても、その影響を緩和し、過酷事故に至らせない。第4層、維持が緩和できず、過酷事故に至っても、外部への放射性物質の漏出による影響を緩和する。第5層、過酷事故による外部への放射性物質の漏出による影響から、公衆の生命・健康を守る(避難計画)、というものだ。

IAEAはこれら5つの防護策の関係について「異なる防護策の独立した有効性が、深層防護の不可欠な要素である」としている。つまり「第3層で防護するから第4層は心配しなくてよい」と考えたり、過酷事故にならないから避難の計画をしなくてよいと考えるのは間違いで、逆にいえば、避難が安全にできないなら、それだけで原発は止めなければならないということだ。

大阪地裁の不当決定を受けて

◆通常でも困難な「避難計画」、コロナ禍では不可能

 
決定前、地裁前の公園での集会で「老朽原発再稼働を許すな」と訴える木原壯林さん

通常の原発事故での避難でも、計画通りに進まないことは、3・11の経験からも明らかだ。申し立て人の一人、福島県浪江町から兵庫県に移住してきた菅野みずえさんは、事故当日、大熊町の職場から自宅まで、普段車で45分の道のりを約3時間30分かかったこと、避難所では自分の布団と隣の人の布団の端が折り重なるほど密状態だったと話された。そこにコロナ対策が加わるのだ。

昨年6月内閣府が出した「新型コロナウイルス感染拡大を踏まえた感染症の流行下での原子力災害時における防護措置の基本的な考え方について」によれば、「自宅などで屋内退避を行う場合などには、放射性物質による被ばくを避けることを優先し、屋内退避の指示が出されている間は、原則換気は行わない」とある。「自宅など」には避難所も含まれるが、大勢の人たちが集まる避難所で換気しないということは、コロナの感染拡大を進めてくれというようなものだ。

また福井県の「新型コロナウイルスに備えた避難所運営の手引き」によれば、避難所のスペースは、一般避難者には従来の2倍の約4平方メートル(2m×2m)が必要とし、その上約2メートルの通路を確保するとある。これを美浜原発が事故を起こしたと想定した場合、美浜町のPAZ及びUPZの人口37万9,446人に必要な避難所のスペースは、東京ドーム44.6個分となる。このような避難所を確保することは、事実上不可能なのだ。

◆コロナ禍での原発運転は危険がいっぱい

昨年のコロナ発生後、各地の原発で感染者が続出したが、1月24日にはついに、玄海原発でクラスターが発生し、400人の作業員が出勤停止になった。原発は通常の運転時で1日1,500人、定期検査時には3,000人もの作業員が働くが、通勤時の車両、待機場所、脱衣場、休憩室など、いずれも3密状態を強いられる。

福井県の原発には、感染者が多発する大阪などから作業員がいくことも多いが、末端の下請け業者などでは、作業員の健康管理などまともにやれてないことが多く、感染者が一人でも紛れ込めば、感染は一挙に拡大するだろう。しかも平時でなく過酷事故が起きた有事であるならば、「工事の遅れ」などでは済まされない。事故後、緊急対策室で吉田所長が大声で作業員に指示する動画を見た人も多いだろうが、コロナ禍では、ソーシャルディスタンス2メートル取った離れた場所から、唾を飛ばさないように小声で「ベント! ベント!」「注水しろ!」などと指示しなくてはならないのだ。そんなことでは、原発の暴走は止められない。しかし、コロナ対策を無視し、マスクを外し唾を飛ばしながら、大声で作業員に指示し続ければ、あっという間に作業員間にコロナが蔓延するだろう。

◆コロナ禍で原発を動かす危険性

関電の原発は、昨年末にはすべて止まっていたが、今年に入り1月大飯原発4号機が稼働し、3月7日には高浜3号機が軌道、高浜1,2号機、美浜3号機の老朽原発の再稼働が画策されている。

今回、申立書と同時に提出された意見書で、原子力コンサルタントの佐藤暁氏は、地震など自然災害が発生した際の、コロナ対策と原発事故対応の困難さを「難度の高いジャグリング」にたとえ、こう表現した。「原子力災害の被災者、自然災害の被災者、そして感染者の3個の球を、どれも地面に落とさないよう器用に回し続けなければならないのだが、少し手元が狂うとあっというまに3個とも落ちてしまう」と。

そしてこう訴える。「パンデミックも自然災害も人間がコントロールできないが、唯一コントロールできるのは原発事故のリスクであるのだから、原発をどうしても諦めないにしても、せめて手の中にすでにパンデミックという1個の球があるとき、原発事故の発生リスクを排除し、もう1個がこれに加わるのを予防するという案に合意できないか」と。

今回大阪地裁は、この合意にノーをつきつけた訳だが、そもそも福島の事故の収束もできない国が、コロナを収束できるはずもなく、最悪の事態を回避させるには、私たちが、原発を止めさす闘いを、(昨日、菅野みずえさん、水戸喜世子さんらから何度も発言されたが)地道に地道に広めていくしかないのだ。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

《NO NUKES voice》3・11で美辞麗句を並べる東電が、被害者を愚弄し続けた10年間の軌跡 民の声新聞 鈴木博喜

嘘つき東電ここに極まれり、とも言うべき内容だった。

「2021年の3月11日を迎えて」と題した小早川智明社長名のコメント。そこには、もはや定型文になっているであろう空虚な言葉が並べられていた。

 
東京電力が3月11日に公表した社長コメント。「3つの誓い」はもはや空虚な定型文になっている

「原子力損害賠償につきましては、『3つの誓い』でお示ししている『最後の一人まで賠償貫徹』との考え方のもと、引き続き、『最後の一人まで賠償貫徹』を実現すべく、しっかりと取り組んでまいります」

これだけでは無かった。

「福島の復興に向けては、未だ避難指示が解除されていない地域や住民の方々のご帰還が進んでいない地域等が多くある中、今後も、復興の加速化に向けて積極的に取り組んでまいります」

「これからも、事故の当事者である当社が、復興・廃炉に向けた責任を果たしていく方針に変わりはありません」

「当社は、10年を区切りとせず、福島第一原子力発電所の事故を決して風化させることなく、事故の反省と教訓を私たちの組織文化に根付かせていくとともに、廃炉関連産業を活性化し、地元企業の廃炉事業への参入を一層促進するなど、福島の地域の皆さまと共に歩ませていただき、地域に根差した活動をさらに展開してまいります」

「そして、「福島の復興と廃炉の両立」に全力で取り組み、福島への責任を全うしてまいります」

公式な場で必ず口にされる「3つの誓い」。それが言葉通りに実行されていると考えている原発事故被害者などいないだろう。

実は11日の地元紙・福島民友に、こんな記事が掲載された。

「東京電力社長、3.11取材拒否 福島来県せず、訓示はオンライン」

記事は「福島民友新聞社などは東電に対し、小早川社長に当日のオンライン取材の対応を申し入れていたが、10日に『限られた時間の中、オンライン取材に応じれば報道各社への対応に差が出る』と拒否回答があった」と報じた。

公の場では「最後の一人まで賠償貫徹」と言う小早川社長(右)だが、法廷などでは原発事故被害者を愚弄し続けている

東電の企業体質が露骨に表れているが、実は「3つの誓い」を自ら足蹴にするような言葉で常に原発事故被害者を愚弄してきたのがこの10年間だった。「民の声新聞」が各地の訴訟を取材しただけでも、それは数知れないほどあった。

2016年9月の東京地裁。「南相馬20mSv訴訟」の女性原告(南相馬市原町区)は、夫の死に対する東電の対応の酷さを意見陳述で訴えた。

自宅の放射線量を少しでも下げようと、夫は自宅周辺の木を伐った。妻が持たせてくれたおにぎりを食べながら一服していると、1本だけ残っていることに気付いた。午後には血圧の薬をもらいに病院に行かなければならない。「病院に行く前に伐っちまうか」。立ち上がり、再び作業に取り掛かった夫の首に、伐ったばかりの木が落ちてきた。夫はそのまま帰らぬ人となった。享年65。2012年2月1日のことだった。

「原発事故が無ければ木を伐る必要も無かった。私は絶対に許さない」

当然、東電に賠償金を請求した。だが、東電の答えは「ご主人の死と原発事故に関連性はありません」。暮れも押し迫ってきた2012年12月に、電話一本で申請却下を告げられた。「せめて書類ぐらい出すべきだ」と迫った。原発事故のせいで夫が亡くなった事を東電に認めさせたかった。特定避難勧奨地点に指定された自宅は、2011年6月の南相馬市職員の測定で3.4μSv/hもあった。しかし、それは玄関先と庭先だけの話で、実際にはさらに高い数値も測定されていた。だから夫は木を伐ったのだ。「原発事故が無ければ…」と考えるのも当然だ。しかし、東電はそれを完全否定した。

夫の命を軽視した東電。たった1本の電話で済まされた。東電の結論は「賠償金0円」だった。書類を提出した後、何をどう審査したのか。過程も決定理由も全く分からない。

2017年7月。福島から都内に原発避難した人々が起こした訴訟で、証人として東京地裁の法廷に立った辻内琢也教授(心療内科医、早稲田大学「災害復興医療人類学研究所」所長)に対する反対尋問。東電の代理人弁護士は「原発事故がストレス度に大きな影響を与えた」という原告側の主張を否定しようと、辻内教授にこう迫った。

「”自主避難者”の中には、原発事故を受けてとっさに逃げたというよりも、自治体も冷静な対応を呼びかけている中で、事故後に時間をかけて避難するかどうかを検討し、最終的に避難をしたという人も少なくないと思う。そういう、放射線の恐怖や死の危険を感じていない人のストレス度を測る事に意味があるのか」

「中通りに生きる会」が起こした損害賠償請求訴訟では、東電は準備書面で住民たちの精神的苦痛を全否定してみせた。

「低線量被ばくの健康影響に関する科学的知見については本件事故直後より新聞報道や専門機関のホームページなどを通じて公表されて広く知られており、原告らの被ばくへの不安については、客観的な根拠に基づかない、漠然とした危惧感にとどまるものである」

「自主的避難等対象区域は政府による避難指示の対象となっていない区域であり、そこでの空間放射線量は避難を要する程度のものではなく、通常通りの生活を送るに支障のないものであり、時間の経過とともにさらに低減している実情にある」

「客観的根拠に基づかない漠然とした不安感をも法的保護の対象とすることになりかねない」

別の準備書面でも「正しい知識を得ることにより不安が解消されるという性質の不安にとどまる(客観的危険に基礎付けられない心理状態である)」、「原告は自己の判断によって避難するかどうかを決めたものであって、中通りにとどまり生活せざるを得なかったという事実は認められない」、「原告が自主的避難を巡って逡巡したとしても、そのこと自体によって、原告の具体的な法的権利・利益の侵害に当たると解することはできない」などと言い放った。

神奈川県内に避難した人々の訴訟では、「コンビニや常磐線も再開された浪江町になぜ戻らないのか」と原告に迫る場面があった。

浪江町津島地区の住民たちが起こした訴訟では、本性をむき出しにした。

「現在の状況としては、下津島の御自宅で生活が出来ない。それと、それに伴って原発事故前に行っていたような地域での、下津島での活動も出来ない。という事だと思うんですが、この点を除けば、あなたの行動や活動自体には特に制約はありません。例えば『ふるさとを失う』と言う場合、村が丸ごとダムの底に沈んでしまうという『公用収用』がある。この場合は、物理的に水面の下になってしまう。立ち入りすら出来ない。こういうケースが世の中では現実に起こっています。物理的に村が無くなってしまうという事。仮にこういうケースと比較した場合、津島地区は帰還や居住は制限されているわけですが、立ち入りは出来ている。接点が全く無くなってしまったわけでは無い…」

こうも言った。

「まだまだ高い、怖い、危険と言うが、具体的な根拠はあるのか。例えば、国際組織であるIAEA(国際原子力機関)は20mSv/年以下、3.8μSv/h以下であれば健康に影響は無いという数字を出している」

これが美辞麗句に隠された原発事故加害当事者の真の顔、本音なのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

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《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
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[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
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戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

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「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
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山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
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《NO NUKES voice》東電と国に事故の責任を明確にさせるまで「節目」はない 菅野哲さんに聞く、飯舘村民たちの新たな闘い (聞き手=尾崎美代子)

東日本大震災と福島第一原発事故から10年目を迎えるの直前の今年3月5日、国と東電を相手にした新たな裁判が始まった。福島県飯舘村の村民29人が、国と東電にに対して、「原発事故で初期被ばくを強いられ、故郷を奪われた」として、一人当たり715万円の損害賠償を求めた裁判だ。


◎[参考動画]「避難指示遅れ被ばく」飯舘村29人が国と東電提訴(ANN 2021年3月6日)

原発から30キロ~50キロ離れた飯舘村は、事故が起きるまで原発とは無関係だった。しかし3月15日、飯舘村上空へ流れついた放射性物質が雨や雪とともに大量に降り落され、事態は一変。役場前のモニタリングポストは15日、毎時44.7マイクロシーベルトに跳ね上がったが、菅野典雄村長(当時)は村民に知らせることも避難させることもしなかった。

その後、村に調査に入った今中哲二氏らも、村が高線量の放射性物質に侵されている事実を知り、村長に避難を訴えたが聞き入れられなかった。あげく「笑っていれば放射能は怖くない」発言の山下俊一氏や高村昇氏など御用学者を村に呼び「安全講和」を行わせ、高線量の村に村民を住まわせ続けた。

村が「計画的避難区域」に指定されたのは4月22日、ひと月をめどに避難せよというものの、福島市内などのアパート、仮設住宅には、先に避難した人たちが入居しており、村民の避難はさらに遅れた。そしてこの間も、村民は無用で大量の初期被ばくを強いられ続けた。

 
筆者ツイッターより

2014年11月14日、村の約半数の人たちが参加し、原発ADRが申し立てられた。2017年センターは、初期被ばくの慰謝料について一人10万円と低く抑えた和解案を出したが、東電は拒否、センターの受諾勧告にも応じなかった。生活破壊慰謝料や、田畑・山林など不動産に関する「ふるさと喪失」の慰謝料について、センターは和解案さえ出さなかった。原告らは、こうした結果を不服として提訴、初期被ばくとふるさと喪失についての慰謝料の2点に絞って改めて闘うこととなった。

原告団代表の菅野哲(72)さんにお話を伺った。菅野さんは1948年飯舘村生まれ。飯舘村の開拓農家に生まれ、役場職員を定年退職した2009年以降、農業に復帰。荒れた田畑を開拓し、野菜などを栽培し、新たなシニアライフを始めた矢先、原発事故が起こったのである。

現在は福島市内に共同農園を作り、約60人の仲間と野菜作りなどを行っている。

福島市の共同農園(写真提供=菅野哲さん)

◆金が目的ではない

―― 2014年のADRへの申し立てには、私も同行させて頂きましたが、今回の提訴はADRに納得がいかないということで始まったのでしょうか?

菅野 そうですが、最初にお金が目的ではないということを知っていただきたい。ADRが終わってからどうなるか悩んでいました。世間では「10年目の節目」「10年目の節目」というが、事故を起こした原発はまだまだ収束にはほど遠く、この先何十年何百年と続くのですから、私たちに節目はない。「何が節目だ、そんなこと言っているなら、国と東電の事故の責任を明確にすべきだ」と、昨年12月に提訴を決意しました。

弁護団には前のADRの弁護士もいるので、ADRのときの80ページの資料全てを訴状にいれました。そうしないと、事故前の飯舘村がどんな村で、我々がそこで安心安全に暮らしていたんだということが理解してもらえない、そうした生活が事故で一瞬にして潰され、一からやり直す訳ですから。節目なんてないですよ。もう戻らないんだもの。前に進むしかないと意識を切り替えるしかない。ただ、それに対して行政や政治家は正しかったのかと、今回の裁判で問うていきたいと考えています。

── 原告の中に子どもさんがいましたね?

菅野 私の孫、小学6年生です。事故当時村に住んでいましたから。最高齢は、畑に来ている87歳の男性、「どうしても気が収まらない」と。いやあ、元気な方です。

同上(写真提供=菅野哲さん)

◆「被ばくしているのでは」との不安がずっと続く

―― 初期被ばくそのものを争う初めての裁判ということですが、計画的避難区域に指定され、村を出るときスクリーニングも線量検査をなかったのですね?

菅野 そうです。なぜやらなかったのか?国・県の災害対応のマニュアルには書いてあったはず。何もせずにそのまま「逃げろ」となったのだから、被ばくしているのではという不安が、生きている間ずっと消えずに続く。だから今回、その部分も提訴しました。

報道も甲状腺がんと被ばくの因果関係はないと言い続けている。今回国連のアンスケア(UNSCEAR)の報告書も因果関係はないとしてしまった。それは本当なのか、分からないだろと言いたい。

―― むしろこれから増えてくると思いますが?

菅野 そうですね。私自身、2年前前立腺癌になりましたし、今、眼に緑内障がでて治療しています。治らないし、手術もできないから、進行を送らせる薬(点眼薬)つけるくらい。でも70過ぎてると「年でしょう」と言われてしまう。

―― 被ばくの問題は福島の中では話しにくいと良く言われますが、菅野さんの周辺ではどうですか?

菅野 私の周辺では話し合いますよ。わかってくれる人がいないと話さなくなるでしょうね。周辺には、癌になって苦しんでる人、亡くなった人、若い人で亡くなった人も出てます。 

福島味噌づくりby高山(2018年4月8日)(写真提供=菅野哲さん)

◆菅野典雄元村長は村民に何をしたか?

―― 会見で菅野さんは「(村の)いたるところで真っ黒いソーラーパネルで埋め尽くされていますから、異様に見えて涙がでます」と話されていました。先日テレビで飯舘村は自分たちで電力を賄っていると「美談」で紹介されてましたが。

菅野 だって、黄金色や緑の農地に真っ黒のソーラーパネルは似合わないでしょう。飯舘村を美しい村にしたのは、菅野(典雄)元村長じゃない、それぞれの村民が手を加えて、その努力で作られてきたのだから。

―― でも「美しい飯舘村」は、菅野村長時代に作られたように宣伝されていますね?

菅野 基礎を作ったのは、菅野村長の前の前の村長からです。前の前の村長が「緑とふれあいの村」をキャッチフレーズにうちだし、お金はなくても皆が生きられる美しい村をつくろうと始めた。そしてその後の村長が「クオリティ・ライフ」、質の高い暮らしを求めよう、お金じゃないよ、経済行為だけじゃなく、もっと自分の暮らしを良く見つめてみようと続けた。その続きで菅野典雄さんが「までいの村づくり」を始めたが、まず「までい」のスペルが違うと私は言った。本当は昔からの言葉は「までえ」なんです。地元の言語がわからなかったのかも。やっぱり、高齢者と一緒に育った人でないとわからないんですよ。

―― 3・11以降菅野典雄さんのやったことをどう評価していますか?

菅野 うん、この10年、菅野村長は村民の生活再建のためになることは何をやったのかな。

 
菅野哲『〈全村避難〉を生きる: 生存・生活権を破壊した福島第一原発「過酷」事故』言叢社2020年

―― ハコモノを作って赤字だけを残した。

菅野 私は、人がいて初めて村が成り立つと思っているので、菅野村長の「戻らない人はいい。移住してきた人で、新しい村を作る」みたいな考え方は間違いだと思います。自分の家庭なら嫁でも婿でも養子で入れればいい。でも村はそうじゃない。村に住めないようにさせた人への追及もしないで、新しい村を作ろうなんておかしいと思います。それより村民がどこに暮らそうと、自立して生活出来るようにするのが行政の仕事だと思いますよ。そういうことを8年掛けて「〈全村避難〉を生きる」(言叢社2020年)という本に書きました。 

── かなり分厚いですよね。 

菅野 あれこれ忙しいので、その合間に書きました。自分の歩んできた道や村作りの部分などは書いていたので、それを出版社が上手く分類してまとめてくれました。私も東京に行って面談しましたし、出版社も私の思いを知りたい、村の現状を知りたいと何度も福島に来てくれました。
 
── 2014年ADRへ申し立てたあとの記者会見で「棄民になりたくない」と語ってましたが、今も同じ思いですか?

菅野 当時、このままでは棄民にされると思い、そう話したが、その後も全くかわらなかった。一番は自立して生活再建できる政策を求めていたが、支援は打ちきり、住宅も打ちきり、除染したから戻れというだけ。生業の施策も何もない。戻ったところで店もない、医療機関もない、買い出しに行かないといけない、戦時中みたいな話ですよ。だから今も棄民にされたくないという思いは同じです。今回東京地裁に提訴した理由は、福島第一原発事故による電気を使っている関東の人たちにも、こうした飯舘村の現状を知ってほしいとの思いがあったからです。でも、そこがなかなか理解してもらえない気がします。ネットをみると、今回の提訴について「またお金をとるのか」と誹謗中傷だらけです。

── そうですか? 私は、これからも飯舘村の村民の思い、金ではないんだ、国と東電の責任を明確にしたいんだということを、ちゃんと書いて行きます。今日はありがとうございました。


◎[参考動画]福島県民の訴え 飯舘村管野哲さん 3・11福島県民大集会(映像ドキュメント 2012年3月25日)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

————————————————————————-
《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
————————————————————————-

[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
《書評》哲学は原子力といかに向かい合ってきたか
戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
《提案》乱 鬼龍さん(川柳人)
『NO NUKES voice』を、もう100部売る方法
本誌の2、3頁を使って「読者文芸欄」を作ることを提案

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

《書評》『NO NUKES voice』27号 震災列島から原発をなくす道を探り続ける ── 持続する反原発運動の中で、いま語るべきこと

3.11大震災・原発事故10周年に、『NO NUKES voice』Vol.27が発行された。2014年の創刊から6年半、日本で唯一の反原発雑誌が持続していることは、そのまま反原発運動の持続力あってのことだ。そして運動の持続性に応える版元の努力も讃えられてしかるべきであろう。

 
『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

おやっ、と思ったのは、本誌表2(編集用語で表紙裏です)に東洋書店新社という出版社の広告が入っていることだ。書名は『原発「廃炉」地域ハンドブック』(尾松亮・編)である。ロシア・東欧をテーマにした版元のようで、出版物をみると版元のこだわりが感じられる。版元の親会社をみると、わたしのような編集者には「あぁ、なるほど」とわかるわけだが、何にしても出版不況のなかで、こだわりを持った版元が頑張っているのは心強いというか、かたちだけでも応援したくなる。

『紙の爆弾』の先行誌ともいうべき『噂の眞相』も暴露雑誌ゆえに、とくに編集長の岡留安則氏(故人)の周辺や、編集部行きつけの居酒屋の広告は入っても、一般企業や出版社は限定的だった。その事情は『紙の爆弾』も本誌『NO NUKES voice』も同じで、なかなか広告取りはかなわない。万単位の配本があるのに比してである。

一般に雑誌の採算が取れるのは、紙広告の衰退(ネット広告の全盛による)にもかかわらず、最低限の編集費・製作費はAD(広告)でまかなわれる。ないしは現在ではコンビニ販売を取り付けて、安価大量販売(といっても2万部前後)をはかる以外に、なかなか雑誌の販路は開けない。

そんな中で、運動関係であれ反原発書籍限定であれ、本誌を広告が支えていくのであれば、さらに持続力は増すであろう。

◆読み応えがある菅直人、孫崎享、小出裕章の論考

前置きが長くなった。本誌の中身に入ろう。

巻頭カラーは「双葉町原発PR看板標語」運動の大沼勇治さんの10年を写真で追う。そして菅直人元総理による、原発事故からの10年をふり返って、である。さすがに読みごたえがある。

とくに「原発から再生エネルギーへ」「農地を利用した営農型太陽光発電」の提言は、この10年間の省エネ発電の普及、長島彬さん考案の「ソーラーシェアリング」など、具体性があって良いと思う。

※長島さんの『日本を変える、世界を変える!「ソーラーシェアリング」のすすめ』(発行:リックテレコム)に詳しい。

オンカロを視察する菅直人元首相(写真提供=菅直人事務所)

孫崎享さん(東アジア共同体研究所所長)の「二〇二一年 日本と世界はどう変わるか」は、国民の決定権の問題、報道の自由など、民主主義の根幹にかかわる問題を提起する。アメリカの衰退のなかで、世界はどう変わっていくのか。左派のシンクタンクともいえる分析に加えて、いくつかの提案も含まれている。

たんぽぽ舎で講演する孫崎享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)

小出裕章さん(元京都大学原子炉実験助教)は「六ヶ所村再処理工場の大事故は防げるのか」として、六ヶ所村で事故が起きたとのシミュレーションである。講演録をもとにしているので、パワーポイントの図表がわかりやすい。さてその仮定の結果は、本誌をお読みいただきたい。その悲劇的な結末は、思わず人に話したくなるものだ。

大阪で講演する小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)

◆コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」鎌田慧×「たんぽぽ舎」柳田真の対談

鎌田慧さんと柳田真さんの対談は、コロナ下で制約されている大衆運動について、運動の内部まで検証するものになっている。内部の弊害では、先行する運動体の前衛意識と防衛本能。運動もまた、人間の縄張りなのである。

もうひとつは、若者の参加が一時的にはシールズのようなものはあったが、やはり少ないということだろう。鎌田さんは労働運動の弱体化をその原因のひとつに挙げ、いっぽうで生協運動の大きなプラットホームの有効性を語っている。今後の課題は、やはり対面の集会、小さくてもいいから顔を合わせる活動の再開であろう。

左から鎌田慧さん(ルポライター)と柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)

◆哲学は原子力といかに向かい合ってきたか

板坂剛の「新・悪書追放シリーズ 第1弾」の歯牙にかかるのは、ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』である。この本に「真実」がないことを揚げ足取り的に、完膚なきまでに論破する。一服の清涼剤である。

拙稿「哲学は原子力といかに向かい合ってきたか」は、『原子力の哲学』(戸谷洋志)と『3.11以降の科学・技術・社会』(野家啓一)を扱った。哲学書(今回は解説書)を簡単に読む方法、お伝えします。

同じく、哲学の歴史的考察から、その現代への適用をわかりやすく解読したのが、山田悦子さんの「人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か」である。この論考は前号(Vol.26)の後編である。よく勉強しているなぁ、という印象だ。

SDGs(持続可能な開発目標)も人類の欲望の亜種にすぎず、地球の尊厳を歴史の理念基盤にするべきだとの主張は、もうすこし具現化されるべきであろう。男女二項対立の図式も、やや古いリブの思想に見えてしまう。おそらく生産力主義を批判するあまり、論者の人類の将来が多様性の視点に欠ける(抽象化される)からであろう。とはいえ、その男性社会への批判的視点には正当性がある。

最後に、乱鬼龍さんの「読者文芸欄」をつくる提案は良いと思う。ただし、運動の表現としてのみ、川柳や俳句を扱ってしまうと、運動への芸術文化の従属という、古い課題に逢着するはずだ。文化活動に尊厳を持つ選者や評者があっての文化コーナーではないだろうか。この批評の冒頭にあげた、雑誌の持続力が読者参加にあるのは言うまでもない。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

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《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
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[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
《書評》哲学は原子力といかに向かい合ってきたか
戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
《提案》乱 鬼龍さん(川柳人)
『NO NUKES voice』を、もう100部売る方法
本誌の2、3頁を使って「読者文芸欄」を作ることを提案

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

『NO NUKES voice』Vol.27発行にあたって

2011年3・11東日本大震災‐福島第1原発事故から10年が経ちました。長いようで速かった10年でした。

3・11後、私たちは本誌の前に書籍を数点出しましたが、福島の復旧・復興と共に、福島の想いをわがものとして福島現地からの生きた報告を中心に定期的に発行していこうという決意で後先顧みず本誌を創刊しました。3・11から3年半が経った2014年8月のことでした。

これ以前に、震災後の2011年暮れから福島を忘れないという決意で、魂の書家・龍一郎の力を借りて「鹿砦社カレンダー」を制作し、(当社、たんぽぽ舎への)本誌や『紙の爆弾』の定期購読者、ライターや書店の方々らに無料頒布してまいりました。好評で、当初1,000部から始め現在は1,500部、来年版は1,700部の予定です(内容は毎月1日の「デジタル鹿砦社通信」をご覧ください)。

本誌は、まだまだ採算には乗りませんが、何度も繰り返し申し述べているように、たとえ「便所紙」を使ってでも継続する決意です。

この10年にはいろいろなことがありました。私たちにとって最もショックだったのは、本誌の精神的支柱だった納谷正基さんが急逝されたことです。納谷さんは、お連れ合いが広島被爆二世で若くして亡くなり、その遺志を全うするために、生業の高校生進路指導と、この宣伝媒体のFM放送(仙台)を行っておられ、なんとこの場を使い原発問題を語っておられました。少なからずのバッシングがあったということですが、我関せずで持続しておられました。“志の頑固者”です。本誌の趣旨をも理解され2号目から連載を続けてくださり、毎号100冊を買い取り、学校やFM視聴者らに配布しておられました。

その納谷氏も3年近く前に亡くなられ、娘さんが遺志を引き継ぎ、放送枠を半減させたりして頑張ってこられましたが、矢も底を尽き、この2月、3・11から10年を前にして終了となりました。このかん、どんどんスポンサーは離れ、最後まで支えてくれたのは関東学院大学だけだったということです(あえて名を出させていただきました)。本誌は、そうした納谷さんの遺志を継続することを、あらためて誓います。納谷さんの言葉(警鐘)を1つだけ挙げておきます。──

「あなたにはこの国に浮かび上がる地獄絵が、見えますか?」

この10年の活動で、原発なしでも日本の社会や私たちの生活はやっていけることがわかりました。もうひと踏ん張り、ふた踏ん張りし続け、この国から原発がなくなるまで私たちは次の10年に向けて歩み続けなければなりません。本誌は小さな存在ですが、志を持って反(脱)原発運動や地域闘争に頑張っておられる皆様方の、ささやかな精神的拠点となっていければ、と願っています。

2021年3月
NO NUKES voice 編集委員会

『NO NUKES voice』Vol.27
3月11日発売開始 『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

《NO NUKES voice》福島県でのモニタリングポストの配置存続を「復興の邪魔」と全否定した原子力規制委員会初代委員長・田中俊一氏の「復興」とは?

2月13日夜、「3・11」から3627日に福島県沖を震源として起きたM7・3の大地震は、廃炉作業中の原発への不安とともに、万が一の際の空間線量確認手段としてのモニタリングポスト(リアルタイム線量測定システム、以下MP)の必要性を改めて認識させられた。3年前、原子力規制委員会が避難指示区域外のMP約2400台を撤去する方針を示した際、反対した住民の多くが「有事の際の『知る権利』を保障して欲しい」と訴えていたが、その想いが図らずも証明された形になった。

福島駅西口のモニタリングポスト。今回の大地震で多くの人が必要性を再認識した

だが、住民の想いを当初から全否定していた人がいる。。田中氏はどんな言葉で原発事故後の福島県民を愚弄して来たのか。筆者の取材に対する発言を振り返っておきたい。

MP撤去計画は震災・原発事故から4年後の2015年にさかのぼる。

同年11月25日の原子力規制委員会第42回会合で当時の田中委員長が、会合の終盤に「私の方から少し御報告したいことがある」として、次のような発言をしている。

「原子力規制員会は、これまで(中略)モニタリングの実施とかデータの公表を行ってきましたが、事故から5年が経過しようとする中で、これまでの取組をもう少し整理した上で、先ほどの帰還困難区域の問題もありますので、それを少し見直していく必要があろうかと思います。今までどおりのモニタリングでいいかどうかということも含めてです(中略)是非事務局で、どうすべきかを含め、関係省庁との協議も含めて取り組んでいただくよう、私からお願いしたいと思います。それを受けて、また原子力規制委員会でどうすべきか議論させていただきたいと思いますので、よろしくお願いします」

翌2016年1月6日の第48回会合でも「事故から5年が経過しようとする中で、これまでの取組を整理し、必要な見直しを行う、よい機会であると考えています。事務局においては3月をめどに福島第一原発のリスクマップの改訂と総合モニタリング計画における規制委員会のモニタリングの見直しが行われるよう、検討を進めていただくようにお願いしたい」と改めて発言。それを受ける形で2018年3月、2021年までの撤去方針が正式に示された。MP撤去は3年越しの〝悲願〟だったのだ。

モニタリングポストに対する福島県民の想いを否定し続ける田中俊一氏

撤去反対の声が高まり始めた2018年7月、飯舘村で田中氏は筆者にこう強調した。

「あんな意味の無いものをいつまでも配置し続けたってしょうがない。数値がこれ以上、上がる事は無いのだから。早く撤去するべきだよ。廃炉作業でどんなアクシデントが起こるか分からない?そんな〝母親の不安〟なんて関係ないよ。そんな事ばかりやっているから福島は駄目なんだ」

「福島県庁にしたって非科学的な人間ばっかり。不安があるからMP配置を続けるなんて単なるポピュリズムだよ。ガバナンスが無い。おたくはどこの会社? フリーランス? そんな事も分からないようじゃジャーナリストをやめた方が良いよ」

筆者の資質にまで言及してくださる姿勢には、違う意味で〝感服〟した。

住民説明会では、ほぼ全ての意見が「撤去反対」「配置継続」だった

その年の10月には、福島市内で開いた講演会に登壇。「不安を抱いている事が復興の妨げになっている」と語気を強めた。

「復興のキーワードは『さすけね』。福島の方言で、そんな事は気にしなくて良いよという意味です。今の福島の状況は『さすけね』なんです。全国の皆さん、変な言葉ですけど福島の方言ですので、ぜひ覚えて帰っていただいて、これから福島のものを買うときは『さすけね』と言っていただければありがたい」

終了後に田中氏を直撃すると、再び住民たちの想いを踏みにじる発言に終始した。

「MPを撤去しても『さすけね』だ。設置を継続して欲しいと言っているうちは復興出来ない。不安を抱いている事を美学のように思っているのが間違いなんだよ。それをまた、あなたたちが煽り立てるところもいけない」

「不安に思うのはしょうがないが、福島の復興を考えたら不安に思っていても何の意味も無い。前に進まなくて良いんだったら別に放っておけば良いんだけど。MPなんか値は下がるしか無いんだから。『廃炉作業で何があるか分からない』なんていうのも何の根拠も無い。中通りも双葉町も、廃炉作業でのアクシデントで環境中の放射線量が上がるなんて事は無い。それに(設置し続けるには)お金がかかるんだよ」

もう止まらない。

「MPの撤去も、汚染土壌の再利用も、汚染水の海洋放出も、反対する方がおかしいんだよ。それしか方法が無いんだから…。それしか無いですよ。陸上保管なんてあり得ないですよ」

「当たり前の事が出来ないとね。そんな事をやってたらあんた、『いちえふ』の廃止(廃炉)なんて出来やしないですよ。廃棄物は山ほどあるし、もっともっとリスクの大きい事がいっぱいある。MPもそう、汚染土壌の再利用もそう。もっとリスクを合理的に考えないと。反対してたら福島の復興なんて出来ないですよ。原発事故は原発事故なんだけれども、それをどう克服するかという視点が全く無いのが、あなたとは言わないけど、あなたたちマスコミの…およそ大学で学んだ人たちとは思えない思考力しか無い」

そして、次のような言葉で住民たちにとどめを刺した。

「まるで反対している人が悪いみたいだって? そうですよ。反対するのは構わないけれど、福島の復興の妨げになるような事はやめなさいって。妨げてますよ、ものすごく」

中通りの女性からはこんな言葉が聞かれた。

「地震の後、『MPの値がいつもより高い。原発大丈夫かな?』という声を聞きました。やはり意識して見ているんですよね」

こういう想いも、田中氏には「復興の邪魔」なのだろう。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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