もう今まで通りの生き方はできないと思った ── 福島原発事故避難者に聞く〈3〉田中里子さん

◆妊娠6ケ月のとき、原発事故が起こった

「私の場合、避難も夫が勧めるくらい理解があったし、もともと将来は夫の両親がいる大阪に住むつもりだったので、時期が早まっただけ。他の避難者の方々の話を聞くと、私は苦労が少なくて、言い方は変ですが、申し訳ない気がしてた時期もあったんです」と話すのは、東京からの避難者・田中里子さんだ。

8年前の事故当時、里子さんは、東京都江東区豊洲で夫と2人暮らし、妊娠6か月だった。東京での震度は5強で、里子さんは勤務する29階のオフイスで、死ぬかと思うくらいの強い揺れを感じたという。

「テレビで原発が爆発する場面を見ました。絶対に起きてはいけない大変なことが起こったと思ったものの、実感はありませんでした。原発の仕組みがよくわかっていないので。原発が爆発するってどれほど恐ろしいことか、良くわかってなかったからです。政府の発表やテレビでの専門家の解説だけを充てにしていましたが、テレビでは『心配ない、ただちに影響がない』といっているので、その通りなんだと、不安半分ながらも自分に言い聞かせながらそれなりに納得させていました。」と当時の心境を語る。

あとで知ったのだが、夫は昔から原発に少し疑問をもっていたという。3・11後は休日に講演会などに行き、聞いた話を家で話すようになった。のちに原発について意見が違う夫婦や家族もいると聞いたので、そういう意味でもラッキーだったと話す。
そんな夫の勧めもあり、5月半ば、予定を早め実家の岐阜に里帰り、7月に娘を無事出産した。初めての子育てをしながら、夫が置いて行った原発関連の資料をよんだり、講演会の録音を聴いたりする日が続いた。

◆「住んでいた江東区が汚染エリアとわかり、強いショックをうけました」

5月下旬、共産党都議団が行った東京都内全域での放射線量調査の結果が発表された。そこで里子さんが普段から買い物などで良く行く足立区、葛飾区、江戸川区に高線量地域が集中していること、とりわけ事故時に住んでいた江東区が被曝限度である年間1msvを超える汚染エリアと判りショックを受けた。

それでもまだ、東京でもなんとか気を付ければ住めるんじゃないか、と言う気持ちが捨てきれない里子さんだったが、夫が言った「君は原発の敷地内で子育てをするつもりか。将来、とりかえしがつかないことになった場合、子供にどう詫びるんだ!」のひとことで、避難する決心がついたという。

2012年3月、娘が8ケ月のとき、静岡県の三島に避難した里子さん家族。夫は里子さんを岐阜に置いたまま、二度と東京に戻させたくないと、引っ越し作業を全部ひとりでやった。避難後、夫は新幹線で東京に通勤、里子さんは子育ての傍ら、反原発や脱被ばくの活動をする地元の住民や、首都圏から避難してきたママ友だちと知り合い、勉強会や交流会の中で、様々な情報を交換するようになった。

「でも原発には反対だが、被ばく問題を共有できる人は多くはなかったですね。私はやはり被ばくのことが気になった。被ばくしてどうなるかは、日本ではとくに隠されていると思いました。調べると世界中でもいろんな事実が隠されている。もうこれでは、いままで通りの生き方はできないと思いました。有難いことに、私たち家族は健康被害が全くなかった。でも三島で会った避難者たちは、私以外全員、なんらかの健康被害がでていて、だから必死で逃げてきたことが分かったんです。鼻血、皮膚炎、目の不調は当たり前、心臓がチクチクするとか、それまでなかった喘息が出てきたとか。で、皆さん、三島に来てしばらくしたら治ったという。ただ三島の土壌汚染は10ベクレルほどですが、少し離れると高線量なので、ずっと住むことは出来ないが、まずは第一ステップと思って住んでいました」。

三島にいたころこんなことがあった。里子さんが、ネットで探したクリニックに、「自覚症状はないが、東京で被爆しているので甲状腺検査してほしい」と頼んだところ、「東京からだったら、被害なんてありえないよ。検査の必要なんかないよ」と強い口調で断られたのだ。「福島でも出てないし、山下俊一さんも大丈夫といっているでしょう」とまでいわれ、驚いたという。

「結局検査はしてもらいましたが、放射能に関しては、予防するとか身体を心配するとかがなぜ許されないのか、憤りを感じました。インフルエンザなど他のことに関しては、予防原則が基本なのに、なぜ放射能にだけはないのか、全く理解できませんでした」。

◆「3・11を境に何も変わらない人がいることが疑問です」

里子さん家族は、2016年3月、子供が「年中さん組」に入るタイミングで大阪に引っ越した。三島にいたころから繋がっていた関西の「避難ママのおちゃべり会」というグループから、様々な情報も得ていたうえ、夫の両親も住み、住居があったこともあり、移住はスムーズにできたという。

「娘の学校給食は、先生には『子どもの口にいれるものなので、自分で責任もってやります』と話して許可をとり、献立表で産地を調べ、東北や関東のものは避けて、代わりのものを持たせています。子どもには『あなたが産まれる年にこういう事故があって、身体によくない食べ物がたくさん出回っている。ママはあなたに身体に良いものは食べてほしいが悪いものは食べてほしくない。でもみんながそうしているわけではない。気にしないおうちのひともいる。何かいわれても、自分は正しいことをやっているのだから、気にしなくていいと思うんだけど、どうしたい?』と聞きました。
 娘は『からだにわるいものをいれたくないから、ママのいうとおりにする』と答えてくれました。今のところ、他の子に何かいわれることはないみたい。子どももあまり気にしてないみたい。いろいろ出てくるのはこれからかも…。三島のときは、そういうことで子どもが虐められ、心配していたママもいました。なかなか代替え品やお弁当を認めない学校もあったようで、わざわざ越境通学する人もいました」。

三島と違い、関西では母子避難の人が多い。二重家賃に苦しむ人、何年かして経済的な理由から泣く泣く帰る人も多いことなども、大阪に来て初めてわかったという。避難者が直面している問題は、自分が考えていたよりももっと切迫していて深刻なものだと改めて感じ、何か自分に出来ることないか、と考えるようになったという。

「大阪にきたら、いろんな講演会などに行こうと思っていました。梅田でサンドリ(東日本大震災避難者の会 Thanks&Dream)が行っていた3・11の関連イベントに行ったとき、展示物を見て愕然としました。そこには避難生活の実情や健康被害などが赤裸々に語られていました。三島ではそこまで健康被害などは話されてなかったので。ほかにも家族が引き離されたり、生活に困窮したり、離婚したりする避難者もいることを知り、ショックでした。そこで避難者のつながりも広がって、4月に初めて『イモニカイ』という避難者交流会に参加しました。そこで、そのまま自然にスタッフとして主催する側になりました(笑)」。

サンドリでブースを出し、避難者の報告集などを販売する田中里子さん (左)

会には避難者の他、原発賠償訴訟の支援者の方や、保養活動をしている方の参加も多い。

お互いに情報交換をしたり、悩みを相談したり、イベントの告知をしてお手伝いを募ったり、と賑やかな集いの場になっている。

「『イモニカイ』に参加する人は、いろんな意味でまだ力があるんだと思います。こういう場にも来る余力のないほど、苦しんでいる人もいるはずで…。経済的な理由やご家族の問題で仕方なく避難元に帰った人もいますし…」。

「3・11を境に何も変わらない人たちがいることがすごく疑問です。まだ、相変わらず『国が守ってくれる』を思っているのでしょうか? 私にとっては3・11で、見える世界が一変したといってもいい。原発は選挙でも票にならないと聞くけど、とんでもない。一番大事なのはこの問題だろうと思います。誰かを犠牲にしたまま、回る経済や社会、原発はその最たるもの。それをいやというほどみせつけられ、そして今も続いている。黙っていたら、これを許し続けることになる。そんなのは嫌だから、やっぱりNOの声は上げ続けたいと思っています」。

サンドリ川柳 避難者あるある五七五

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』22号では高浜原発現地レポート「関西電力高浜原発マネー還流事件の本質」を寄稿

『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

『NO NUKES voice』Vol.22
紙の爆弾2020年1月号増刊
2019年12月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて
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[グラビア]山本太郎「原発事故の収束の仕方も分からないのに滅茶苦茶だ」(鈴木博喜さん)ほか

[インタビュー]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所理事・所長)
2020年・世界の正体 何が日本を変えるか

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)+編集部
関西電力高浜原発マネー還流事件の本質

[資料]編集部
《全文公開》関西電力幹部を辞任に追い込んだ「告発文」

[インタビュー]井戸謙一さん(弁護士)
関電・東電・福島原発訴訟の核心

[インタビュー]水戸喜世子さん(子ども脱被ばく裁判共同代表)
刑事告発で関電から原発を取りあげる

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとは何か〈17〉
東京五輪・崩壊の始まり──IOC「マラソン・競歩札幌移転」の衝撃

[報告]小林蓮実さん(ジャーナリスト/アクティビスト)
山本太郎の脱原発政策は新党結成で変わったか?
「政権交代」が脱原発を可能にする唯一の選択肢

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
福島〈水害〉被災地を歩く
懸念される放射性物質の再浮遊と内部被曝リスク

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈6〉
本気で「防災・減災」に取り組まなければ、被災者は同じ苦痛を繰り返す

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
原発潮流・二〇一九年の回顧と二〇二〇年の展望

[報告]平宮康広さん(元技術者)
経産省とNUMOが共催する説明会での質疑応答

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
天皇の即位に伴う一連の儀式に思うこと

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
悪書追放キャンペーン第五弾
ケント・ギルバート『天皇という「世界の奇跡」を持つ日本』

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
熟年層の活躍こそ、わたしたちの道しるべだ
かつての革命運動の闘士たちがたどった反原発運動

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈6〉記憶と忘却の功罪(中編)   

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク(全12編)
関西電力「原発マネー」─東京電力「二二〇〇億円援助」─日本原電「東海第二原発」
三つを関連させ、くし刺しにして原発廃止を迫ろう!

《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
日本の原発はこのまま「消滅」へ 
日本の原子力政策は嘘だらけでここまでやってきたから
田中俊一(原子力規制委員会前委員長)語る(月刊『選択』11月号)

《東北電力》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
女川2号機の審査「合格」が目前
東日本大震災でダメージをうけた「被災原発」を動かすな!

《日本原電》玉造順一さん(茨城県議会議員)
東海第二原発を巡って-当初から指摘されてきた日本原電の経理的基礎の無さを露呈
日本原電を含む電力業界 これまで反対運動に対峙してきたノウハウの蓄積もあり、決して侮れない

《東京電力》斉藤二郎さん(たんぽぽ舎)
東電による日本原電支援(二二〇〇億円)に反対する 
「巨額の支援」おかしい、反対意見多い、電気料金が上がる
東海第二原発は事故原発-再稼働はムリだ

《東海第二原発》たんぽぽ舎声明
東海第二原発再稼働への資金支援をするな 日本原子力発電に対する三五〇〇億円
日本原電は廃炉管理専業会社となるべき

《原発マネー》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関電も東電も原電も徹底追及するぞ! 
原発マネー、二二〇〇億円支援、東海第二原発再稼働を許さない

《市民立法》郷田みほさん(チェルノブイリ法日本版をつくる郡山の会=しゃがの会)
次の世代に責任を果たすために、やらなければならないこと

《関電高浜》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
関電不祥事を、原発全廃の好機にしよう!

《玄海原発》吉田恵子さん(原発と放射能を考える唐津会世話人)
水蒸気爆発を起こす過酷事故対策、トリチウムと使用済みMOXの危険性

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
規制委による新たな原発推進体制の構築を止めよう
~「原子力規制委員会設置法」の目的と国会付帯決議を守れ~

《本の紹介》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『原発のない女川へー地域循環型の町づくり』(篠原弘典・半田正樹編著 社会評論社)

《浜岡原発》鈴木卓馬さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
浜岡原発は世界で最も危険な原発-南海トラフの震源域の真上に建つ
JR東海のリニア新幹線を懸念-トンネルで地下水が流出か?

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

私の山本太郎観──優れた能力を有するからこそ、山本太郎は「独裁」と紙一重の危険性を孕んでいる政治家である

 
『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

ことし脇役から一転、政界再編成の中心人物として、クローズアップされた人物といえば、山本太郎氏である。参議院議員選挙で新党(わたしはその党名を書くことができない)を設立し、山本氏自身は当選を果たせなかったものの2名の参議院議員を誕生させた。

改選前に自由党の共同代表として、小沢一郎と同じ所帯にいた山本氏は、持ち前の瞬発力で新党を結成。野党にこれといって受け皿が見当たらない「反安倍」の世論をすくい上げる形で一躍「ときの人」となった。

◆それぞれの山本太郎評価がある中で私が山本太郎氏に危機感を持つ理由

山本氏に対する評価は様々だ。本通信や鹿砦社の媒体のなかでも、小林蓮実氏は『紙の爆弾』に同党の人物を紹介する連載を持っているほど、明確な支持を表明しているし、横山茂彦氏もMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)支持を明らかにしているので山本氏の考えに近いであろう。公式に聞いたわけではないが鹿砦社代表の松岡は「とにかくかき混ぜる勢力が必要」との立場から一定の期待をもっているようだ。

わたしは、現在の山本氏と将来の山本氏に対して、かなりの危機感を持つものである。まずは率直に生前譲位が行われた年に、新党を発足させたからか、彼が冠した党名が話にならない。わたしは、党名が発表された直後に一度だけ、痛烈に批判する意味でその党名を記したことがあるが、それ以降は文字にするのはおろか、口頭でも発語したことがない(山本氏が設立した新党に限らず、わたしは新しい元号を発語したくないからだ)。

政策云々のまえにあの党名を語ったり、記したりすることでその党名の一部をなす「元号」を承認してしまう仕組みに、わたしは乗じたくはない。「それはそれ、これはこれ」で済む話ではなしではないのだ。天皇制を承認したり称揚する党名などは、議論の対象に置くことができないひとをも巻き込んでしまう、あの党名のからくりと、政策に大きな違和感と今後の懸念をは増すばかりである。


◎[参考動画]れいわ・山本代表「寝たきりでも豊かに生きられる」(2019年7月21日)

◆山本太郎氏が100人単位の議員を抱える政党の党首に就任したらどうなるか?

 
『NO NUKES voice』Vol.22より

もちろん、偽物ばかりで異なる価値観が存在しない国会内に、違う価値観が持ち込まれることは歓迎する。自民党も、なんとか民主党も「われらが本当の保守」と保守争いしかない国会に、政策的に「保守」ではない勢力が誕生し大きくなることは望ましい。しかし、山本新党が果たしてそうなりえるかといえば、そうはいかないだろう、というのわたしの予想である。

何故そうはいかないのか? 第1の理由は、同党は政策で評価されているようにもみえるが、実際には山本太郎という人物の個性により注目を集めている側面が非常に大きいことだ。山本氏は俳優として一流であったし、頭の切れも相当なものだ。アドリブで演説させても1時間なんの資料も見ずに、語り続けひとびとの関心を引くことができる、ある種アジテーターとして優れた能力を持っている。

しかし、それは下手をすると結果的に「独裁」と紙一重の危険性を孕むことと大きく違いはない。わたしは彼の街頭演説を生で100回以上聞いているから、この点には自信が持てる。山本氏ほど弁舌鋭く、また現在では特に弱者に向けて、簡単な言葉で熱を持って語れる話者を現職の国会議員の中にわたしは知らない。ときには荒っぽい言葉も交え、乱暴と思われる表現も使い、相手を指弾してゆく質問力は野党にあっては非常に貴重である(実は感情の起伏などなくすべて計算されているのであるが)。

しかし山本氏が100人単位の議員を抱える政党の党首に就任したらどうだろうか。彼に匹敵する弁舌の持ち主はないない。しかし山本氏以上に「政治屋」として身の振り方に長けている人間はいくらでもいる。金に汚い人間もいれば、青いバッチを胸につけている人間も出てくるだろう。その100人を今の政策のまままとめきれるだろうか。


◎[参考動画]街頭演説会はやらせ!? 山本太郎 疑惑の真相を語る!!(れいわ新選組2019年12月1日)

◆山本太郎氏の力がどのような方向に振るわれるかで180度違う結果を生じせしめる

民主的な党運営をしていれば、必ず「現実路線」の名のもとに、原発廃止などの政策は「2030年に廃止を目標とする」などといった後退を強いられるだろう。もう過去の人(過去の人ではなかった、今年の参議院議員選挙で当選していた)嘉田由紀子元滋賀県知事が「未来の党」代表に就任したとき、反原発を掲げていながら嘉田氏は党首討論会で「2030年ごろには廃止」と素っ頓狂な発言をして、「未来の党」は未来を見る前に消滅してしまった。

必ず強烈な圧力と現世利益(議席数の獲得から政権奪取へ)に直面し、政策変更を余儀なくさせられる場面が近くあらわれる、とわたしは推測する。その際山本氏は「脱原発」すら公約の中から排除する可能性を、わたしは感じている。仮にそうでなければ、公開討論会でのディベートで彼が反対派を圧倒し、より一層熱狂的な支持を生む(その光景はすでにファシズムめいている)。彼はすでにタレント議員ではない。非常に緻密かつ冷静に将来の展望をもち、政治家としての方向性を描いている。その究極の目標は政策実現よりも、政権奪取にある。そのためにはかなりの危険も冒す。山本氏にはその勇気(あるいは見極め)の力がある。力はそれがどのような方向に振るわれるかにより、180度違う結果を生じせしめる。

多様な議論を交わすのが言論の場であり、意見が異なるからといって、それで議論を排除したり、人間付き合いができなくなるほど、鹿砦社は窮屈な空間ではない。競争をしているわけでもなく、個々人が思ったことを素直に述べあう。そのことによりバランスや多様性が確保される。山本太郎氏への評価ひとつをとっても十人十色でよいだろう。

わたしの見立てはかわらない。


◎[参考動画]山本太郎 街頭記者会見 神戸市三ノ宮(れいわ新選組2019年12月3日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

『NO NUKES voice』Vol.22
紙の爆弾2020年1月号増刊
2019年12月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて
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[グラビア]山本太郎「原発事故の収束の仕方も分からないのに滅茶苦茶だ」(鈴木博喜さん)ほか

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2020年・世界の正体 何が日本を変えるか

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)+編集部
関西電力高浜原発マネー還流事件の本質

[資料]編集部
《全文公開》関西電力幹部を辞任に追い込んだ「告発文」

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原発プロパガンダとは何か〈17〉
東京五輪・崩壊の始まり──IOC「マラソン・競歩札幌移転」の衝撃

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山本太郎の脱原発政策は新党結成で変わったか?
「政権交代」が脱原発を可能にする唯一の選択肢

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福島〈水害〉被災地を歩く
懸念される放射性物質の再浮遊と内部被曝リスク

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈6〉
本気で「防災・減災」に取り組まなければ、被災者は同じ苦痛を繰り返す

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
原発潮流・二〇一九年の回顧と二〇二〇年の展望

[報告]平宮康広さん(元技術者)
経産省とNUMOが共催する説明会での質疑応答

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
天皇の即位に伴う一連の儀式に思うこと

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
悪書追放キャンペーン第五弾
ケント・ギルバート『天皇という「世界の奇跡」を持つ日本』

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
熟年層の活躍こそ、わたしたちの道しるべだ
かつての革命運動の闘士たちがたどった反原発運動

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈6〉記憶と忘却の功罪(中編)   

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク(全12編)
関西電力「原発マネー」─東京電力「二二〇〇億円援助」─日本原電「東海第二原発」
三つを関連させ、くし刺しにして原発廃止を迫ろう!

《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
日本の原発はこのまま「消滅」へ 
日本の原子力政策は嘘だらけでここまでやってきたから
田中俊一(原子力規制委員会前委員長)語る(月刊『選択』11月号)

《東北電力》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
女川2号機の審査「合格」が目前
東日本大震災でダメージをうけた「被災原発」を動かすな!

《日本原電》玉造順一さん(茨城県議会議員)
東海第二原発を巡って-当初から指摘されてきた日本原電の経理的基礎の無さを露呈
日本原電を含む電力業界 これまで反対運動に対峙してきたノウハウの蓄積もあり、決して侮れない

《東京電力》斉藤二郎さん(たんぽぽ舎)
東電による日本原電支援(二二〇〇億円)に反対する 
「巨額の支援」おかしい、反対意見多い、電気料金が上がる
東海第二原発は事故原発-再稼働はムリだ

《東海第二原発》たんぽぽ舎声明
東海第二原発再稼働への資金支援をするな 日本原子力発電に対する三五〇〇億円
日本原電は廃炉管理専業会社となるべき

《原発マネー》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関電も東電も原電も徹底追及するぞ! 
原発マネー、二二〇〇億円支援、東海第二原発再稼働を許さない

《市民立法》郷田みほさん(チェルノブイリ法日本版をつくる郡山の会=しゃがの会)
次の世代に責任を果たすために、やらなければならないこと

《関電高浜》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
関電不祥事を、原発全廃の好機にしよう!

《玄海原発》吉田恵子さん(原発と放射能を考える唐津会世話人)
水蒸気爆発を起こす過酷事故対策、トリチウムと使用済みMOXの危険性

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
規制委による新たな原発推進体制の構築を止めよう
~「原子力規制委員会設置法」の目的と国会付帯決議を守れ~

《本の紹介》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『原発のない女川へー地域循環型の町づくり』(篠原弘典・半田正樹編著 社会評論社)

《浜岡原発》鈴木卓馬さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
浜岡原発は世界で最も危険な原発-南海トラフの震源域の真上に建つ
JR東海のリニア新幹線を懸念-トンネルで地下水が流出か?

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ワイロよりハイロ!12.8関電包囲大集会報告 『NO NUKES voice』ルポ〈9〉

12月8日、大阪市内の関西電力本店で「老朽原発うごかすな!関電包囲大集会」が開催された。9月末、関電の原発マネー不正還流問題が発覚して以降、はじめての大集会に、16都道府県から1100人が結集、約30人が発言した。福井や女性の方の発言を要約して紹介する。

関西電力本店ビルを、全国から集まった1100人で包囲した

◆関電本店まで延べ150人が14市町を歩いてきた「サヨナラ原発福井ネットワーク」リレーデモ

 
「さよなら原発福井ネットワーク」の若泉さん

関西電力と政府は来年、運転開始から45年超え、44年超え、43年超えの老朽原発・高浜1、2号と美浜3号の再稼働を画策している。これに対して10月1日~11月22日「老朽原発うごかすなキャンペーン」と題して、関西、福井、名古屋などで様々な行動が行われてきた。キャンペーンが明けた11月23日に高浜原発前から始まった200キロに及ぶリレーデモが、12月8日14時前、関電前に到着し、集会が始まった。

福井県の「サヨナラ原発福井ネットワーク」の若泉政人さん。リレーデモのゴールに向け、県内の世論・関心を高めるため、14市町をつなぎながら延べ人数150人で歩いてきた。途中、各自治体に「老朽原発動かすな」などの申し入れを行ってきた。

関電は老朽原発について、新聞で「きちんと対策をとっている」と報告するが、脆化している原発をどう検査しているか全く書いていない。裏金問題では、かつての高浜町助役が関わっていた吉田開発の受注・発注の件で、特に土木部門では全体の半分以上が随意契約。随意契約は今、合理的な理由がなければ簡単には出せないはず。そうした不明な部分も追求しなくてはならない。このように問題だらけのなかで、原発を動かそうとしている関電を、原発から撤退させ、福井を違うやり方で模索する、そのために世論を盛り上げていきたい。

途中、リレーデモで200キロ歩き続けた橋田秀美さんからカンパ要請が行われた。リレーデモの道中、大勢の子どもたちがチラシを受け取ってくれた。こういう子どもを原発から守るのが、私たちの責任だ。この運動は今日が始まりだ!老朽原発を動かそうとする関電を追い詰めていこう。長い闘いが続くので、皆さんの熱い思いをカンパの形で、「私たちはワイロは受けとりませんが、カンパは受け取ります」。


◎[参考動画]2019-12-08関電包囲集会 若泉政人さん(越前市)

◆東海第二原発の社長は東電、副社長は関電から派遣

 
福島県から「原発いらない福島の女たち」さん

「老朽原発を動かすな!」の各地元から。茨城県の東海第二原発の地元の方から、敦賀、東海第二を所有する日本原電は、電力9社の子会社ということで、東海第二の社長は東電から、副社長の木村は関電から派遣されている。取締役だった岩根(関電社長)は、還流問題発覚で退任した。

東海第二は東電と日本原電の共同開発という理由で、発電しなくても東電から維持費が毎年出ている。原発マネーの利権構造の公然たる典型だ。利権は必ず腐敗を生む。今回の件もその一端でしかない。庶民から集めた金をクルクルと自分たちで回しあう、その構造を壊さないといけない。本丸(関電)への闘いも大変だが、私たちは茨城で、その子会社と闘っていく。

◆安全対策費に1兆200億円投入しても「安全とはいえない」高浜原発

 
福井県高浜町議の渡辺さん

福井県から、高浜町議の渡辺孝さん。関電の高浜、大飯の安全対策工事で人身事故が相次いで起きている。いずれも「特重施設」いわゆるテロ対策施設の工事現場。これは関電が安全対策工事や特重施設の完成に焦っている結果ではないか。関電は再稼働のために、安全対策工事、特重施設工事、定期検査と3本の工事を同時に手掛けている。ヒューマンエラーがいつおきても不思議ではない。そうまでして老朽原発を動かす必要はあるのか。高浜4号は、定期検査中に蒸気漏れが起きたが、原因がわからない。美浜の事故のこともあり、とても不気味だ。関電は高浜原発の安全対策費に1兆200億円投入しているが、前・規制委員長・田中俊一氏は「安全審査に合格しても安全とはいえない」と繰り返し言っていた。原発は欠陥商品であり、老朽原発はもちろんすべての原発を動かすのをやめるべきだ。

◆滋賀県からは「福井原発訴訟・滋賀」の井戸謙一弁護士がアピール

滋賀県から「福井原発訴訟・滋賀」の弁護団でもあり、「告発する会」の弁護団でもある井戸謙一弁護士。関電の原発の安全性に対する考え方の問題について、事故前、電力会社は、原発は絶対事故は起こさないと言ってきたが、その言い方が明らかにかわってきた。規制委は、原発に求められるのは絶対的安全性ではなく、相対的安全性で良いに変わり、裁判所もその言い方に乗っかってきている。典型的なのが、先日の東電幹部の刑事裁判の無罪判決だ。大津地裁の裁判でも、私たちの絶対的な安全性を求める主張に対して、関電は「それは失当」と反論した。若狭の原発で事故が起きてもしょうがない。そのときはごめんなさいねという姿勢だ。これを許すかどうかが問われている。許せないという声を広めよう。


◎[参考動画]2019-12-08関電包囲集会 井戸謙一さん(福井原発訴訟・滋賀)

◆「関電の不正還流を告発する会」の宮下正一さん

「関電の不正還流を告発する会」の宮下正一さん。9月27日の朝、朝刊を見てびっくりした。高浜の吉田開発に入った金が、森山助役に渡り、その後知事などに渡るならわかるが、なんと関電に還流された。1人で1億超の金を受け取った人が2人いて、うち1人が北新地で毎月500万使っていた。滅茶苦茶なことがおきた。絶対許せんと思い、河合弁護士に相談したら、告発運動で日本中から千人の告発人を集めようといわれた。千人は福井の運動からは、考えられない数だった。でも10月24日大阪市内で開催したキックオフ集会を、その後東京、福井でやり、ひと月半で47都道府県から3千人を超す告発人が集まった。13日、大阪地検に告発する(大阪地検前に12時半集合)。検察権力によって、関電の行った行為をきっちり調査し、起訴して処罰させよう。これからが本番です。

 
避難者を代表して「原発賠償関西訴訟」の森松明希子さん

◆避難者を代表して「原発賠償関西訴訟」の原告・森松明希子さん

次に避難者を代表して「原発賠償関西訴訟」の原告・森松明希子さん。今、原発安全神話から放射能安全神話にすりかえられ、「原発に絶対安全基準はいらないんだ」とされている。私たちが原発で手放そうとしているのは、命や健康、生きる権利そのものなのだ。関電はまだ原子力にしがみつこうとしているが、それは私たちの憲法で保障された権利を手ばなすことであり、それを認めるか認めないかの闘いだ。事故から9年経ち、私の0歳だった子どもももう9歳、話がわかる。全国の子どもたちを、私たち大人が責任もって、原発をこの世の中から廃絶させなくてはいけない。核との共存は核兵器だけではない、原発とも共存できない。命を守りましょう。


◎[参考動画]2019-12-08関電包囲集会 森松明希子さん(原発賠償関西訴訟)

◆グリーンアクションのアイリーン・美緒子・スミスさん

 
グリーンアクションのアイリーン・美緒子・スミスさん

グリーンアクションのアイリーン・美緒子・スミスさん。今、原発の再稼働はずっと押さえつけられている。私たちの闘いは半分勝っている。原発は日本の電気の8%しか作っていない小さな力なのに「エライ」と威張り続けている。2年間ゼロだったのに、「これがなければ日本が成り立たない」みたいなフリを未だにしている。温暖化問題が深刻化しており、世界の専門家は「原発は温暖化対策にはならないどころか、温暖化対策を妨害している」といっている。私たちの脱原発行動は、温暖化対策でもあり、日本を安全にするためでもある。そんななか、関電は金品授受問題を起こしたが、第三者委員会の調査結果が出る前に、高浜4号を動かそうとしていた。そんななか蒸気発生の深刻な問題が起こり、12月から2月に延びた。関電は当初「蒸気の原因はわからないが動かす」と言ったが、いつもは全然ダメな規制委員会が「あかん」と言った。たった1・3ミリの伝熱管が0・5ミリになっていた。それでも関電は動かそうとした。高浜4号機の再稼働には絶対NOといいましょう。

ほか、労働組合などからたくさんのアピールが続き、最後に関電に向けて力強いシュプレヒコールがあげられた。

「老朽原発動かすな!」「危険な原発、今すぐ廃炉!」「ワイロよりハイロ!」「原発なくても電気は足りる!」「原発政策すすめる政権はいらない!」


◎[参考動画]2019-12-08関電包囲集会 橋本あきさん(郡山市)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』22号では高浜原発現地レポート「関西電力高浜原発マネー還流事件の本質」を寄稿

『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

『NO NUKES voice』Vol.22
紙の爆弾2020年1月号増刊
2019年12月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて
———————————————————————-
[グラビア]山本太郎「原発事故の収束の仕方も分からないのに滅茶苦茶だ」(鈴木博喜さん)ほか

[インタビュー]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所理事・所長)
2020年・世界の正体 何が日本を変えるか

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)+編集部
関西電力高浜原発マネー還流事件の本質

[資料]編集部
《全文公開》関西電力幹部を辞任に追い込んだ「告発文」

[インタビュー]井戸謙一さん(弁護士)
関電・東電・福島原発訴訟の核心

[インタビュー]水戸喜世子さん(子ども脱被ばく裁判共同代表)
刑事告発で関電から原発を取りあげる

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとは何か〈17〉
東京五輪・崩壊の始まり──IOC「マラソン・競歩札幌移転」の衝撃

[報告]小林蓮実さん(ジャーナリスト/アクティビスト)
山本太郎の脱原発政策は新党結成で変わったか?
「政権交代」が脱原発を可能にする唯一の選択肢

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
福島〈水害〉被災地を歩く
懸念される放射性物質の再浮遊と内部被曝リスク

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈6〉
本気で「防災・減災」に取り組まなければ、被災者は同じ苦痛を繰り返す

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
原発潮流・二〇一九年の回顧と二〇二〇年の展望

[報告]平宮康広さん(元技術者)
経産省とNUMOが共催する説明会での質疑応答

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
天皇の即位に伴う一連の儀式に思うこと

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
悪書追放キャンペーン第五弾
ケント・ギルバート『天皇という「世界の奇跡」を持つ日本』

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
熟年層の活躍こそ、わたしたちの道しるべだ
かつての革命運動の闘士たちがたどった反原発運動

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈6〉記憶と忘却の功罪(中編)   

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク(全12編)
関西電力「原発マネー」─東京電力「二二〇〇億円援助」─日本原電「東海第二原発」
三つを関連させ、くし刺しにして原発廃止を迫ろう!

《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
日本の原発はこのまま「消滅」へ 
日本の原子力政策は嘘だらけでここまでやってきたから
田中俊一(原子力規制委員会前委員長)語る(月刊『選択』11月号)

《東北電力》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
女川2号機の審査「合格」が目前
東日本大震災でダメージをうけた「被災原発」を動かすな!

《日本原電》玉造順一さん(茨城県議会議員)
東海第二原発を巡って-当初から指摘されてきた日本原電の経理的基礎の無さを露呈
日本原電を含む電力業界 これまで反対運動に対峙してきたノウハウの蓄積もあり、決して侮れない

《東京電力》斉藤二郎さん(たんぽぽ舎)
東電による日本原電支援(二二〇〇億円)に反対する 
「巨額の支援」おかしい、反対意見多い、電気料金が上がる
東海第二原発は事故原発-再稼働はムリだ

《東海第二原発》たんぽぽ舎声明
東海第二原発再稼働への資金支援をするな 日本原子力発電に対する三五〇〇億円
日本原電は廃炉管理専業会社となるべき

《原発マネー》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関電も東電も原電も徹底追及するぞ! 
原発マネー、二二〇〇億円支援、東海第二原発再稼働を許さない

《市民立法》郷田みほさん(チェルノブイリ法日本版をつくる郡山の会=しゃがの会)
次の世代に責任を果たすために、やらなければならないこと

《関電高浜》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
関電不祥事を、原発全廃の好機にしよう!

《玄海原発》吉田恵子さん(原発と放射能を考える唐津会世話人)
水蒸気爆発を起こす過酷事故対策、トリチウムと使用済みMOXの危険性

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
規制委による新たな原発推進体制の構築を止めよう
~「原子力規制委員会設置法」の目的と国会付帯決議を守れ~

《本の紹介》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『原発のない女川へー地域循環型の町づくり』(篠原弘典・半田正樹編著 社会評論社)

《浜岡原発》鈴木卓馬さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
浜岡原発は世界で最も危険な原発-南海トラフの震源域の真上に建つ
JR東海のリニア新幹線を懸念-トンネルで地下水が流出か?

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

2020年〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』22号本日発売!

 
『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

本日12月11日、『NO NUKES voice』22号が発売される。国内唯一の反(脱)原発雑誌として、2019年も本誌の発行を続けられたことに、読者の皆さんをはじめ、寄稿者の皆さんや取材にご協力いただいた皆様へ御礼を申し上げる。

そして、皮肉を込めて最大の謝辞は、『NO NUKES voice』発行の根拠をやめようとはしない、電力会社各社、とりわけ福島第一原発事故を起こしながら、東海第二原発再稼働のために2,200億円もの支出を決めた東京電力に送らねばならないだろう。政府から20兆円(!)もの支援をうけて、実質国営化されながらも、まだ懲りずに原発の再稼働に借金から金を出す。

この厚顔無恥さ、無責任さを形容するに適切なことばを、われわれは持ち合わせない。犯罪集団であり、経済的には「税金の身勝手な流用」にもなんの痛痒も感じていない東電の許されざる行為は本日発売される『NO NUKES voice』のなかでももちろん取り上げられている。

◆高浜原発利益還流劇の中心はあくまで関西電力である

関西電力は高浜原発などで、今年もトラブルを起こしたが、なによりの激震は、金銭・物品の還流により、会長・社長以下多数の役員が辞任したことである。

報道ではこの事件の中心人物が、元高浜町助役であったかのように扱われているが、本誌はそうは見ない。利益還流劇の中心はあくまで電力会社である。そうでなければ、あのように億単位の現金を長年にわたり個人が準備できる道理がないからだ。

 
『NO NUKES voice』Vol.22より

であるとすれば、関電の幹部総辞職に追い込んだ「利益還流構造」は全国の原発立地に(形態の違いはあるとはいえ)生じている問題である可能性が高い。

今回の関電幹部総辞任には「怪文書」のような「告発文」の存在が、取りざたされていた。編集部では中嶌哲演住職のご厚意により、その全文の入手に成功したので、一文字残らず読者に公開することとした。中嶌住職がどのように「告発文」を入手されたのか。入手後どう対処されたのかは、本誌を手に取ってご確認いただきたい。

各電力会社に対する正面からの闘いや、法廷闘争、地道な街頭宣伝活動など様々な形で原発に反対する運動は展開されているが、「告発文」の送付先を確認すると、それらの運動が着実に受け皿の役割を果たしていることが判明する。

◆反原発と対峙する「東京五輪」

来年はいよいよ反原発と対峙する「東京五輪」開催が予定されている。しかし、既に政府は当初負担を予定していた開催費用7,000億円が3兆円に膨れ上がっていることを発表した。毎号本誌が指摘してきた通り、開催費用は最終的にはさらに膨張し、その負債は最終的に国民の税金で賄われることになる。そして多額の「使途不明金」が生ずるも「シュレッダーに明細はかけてしまい、復元ができない」と子どもの言い訳レベルの弁解で、誰も責任を追及されることはないだろう。

要りもしないのに建設された、新国立競技場の維持費は、旧来の国立競技場の比ではなく、破綻が確実視されている。

どこを向いて進んでいるのだ? どうして学ばない?なにを求めているのか?

目の前で展開される、現象にはめまいがするほどの倒錯を感じさせられる。どこにも理性や論理性が見当たらないからだ。

本号も孫崎享、尾崎美代子、井戸謙一、水戸喜世子、本間龍、小林蓮実、鈴木博喜、伊達信夫、山崎久隆、平宮康広、三上治、板坂剛、横山茂彦、山田悦子(敬称略、掲載順)の各氏や全国からの活動報告が、以下の内容で師走の日本列島に“檄”を入れる。

◆少なくともあと半世紀は『NO NUKES voice』を刊行し続けなければならない

先週東京で行われた鹿砦社創業50周年パーティーには、現場で地道に活動される方から元首相まで実に様々なかたがたにお集まりいただき、われわれは勇気を得た。

『NO NUKES voice』は正直に申し上げればいまだに赤字である。これは困る。なぜなら東京電力が表明している福島第一原発事故の廃炉工程ですら、50年以上を予定しているからだ。われわれは、少なくともあと半世紀は『NO NUKES voice』を刊行し続けなければならない。残念ながら目の前の事実がそう要請している。

読者の皆さん! 創業50年を迎えた鹿砦社は、原発の完全廃絶を目指して全力で今後も力の限り『NO NUKES voice』を発行し続けることを宣言する。しかし、そこには圧倒的な支持の広がり(読者増加)が不可欠である。ともに反原発を闘う皆さんの武器として、来る2020年は『NO NUKES voice』購読者の倍増を実現したい。われわれは営利を求めるものではない。収支の安定なしに雑誌の継続が困難であるから、そして本誌はさらに広範な皆さんに読まれるべき価値を有すると確信するからである。さらなる飛躍の年へ! みなさんの支持とご協力もお願いいたします。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

『NO NUKES voice』Vol.22
紙の爆弾2020年1月号増刊
2019年12月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて
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[グラビア]山本太郎「原発事故の収束の仕方も分からないのに滅茶苦茶だ」(鈴木博喜さん)ほか

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関西電力高浜原発マネー還流事件の本質

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関電・東電・福島原発訴訟の核心

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原発プロパガンダとは何か〈17〉
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「政権交代」が脱原発を可能にする唯一の選択肢

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福島〈水害〉被災地を歩く
懸念される放射性物質の再浮遊と内部被曝リスク

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈6〉
本気で「防災・減災」に取り組まなければ、被災者は同じ苦痛を繰り返す

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
原発潮流・二〇一九年の回顧と二〇二〇年の展望

[報告]平宮康広さん(元技術者)
経産省とNUMOが共催する説明会での質疑応答

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
天皇の即位に伴う一連の儀式に思うこと

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
悪書追放キャンペーン第五弾
ケント・ギルバート『天皇という「世界の奇跡」を持つ日本』

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
熟年層の活躍こそ、わたしたちの道しるべだ
かつての革命運動の闘士たちがたどった反原発運動

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈6〉記憶と忘却の功罪(中編)   

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク(全12編)
関西電力「原発マネー」─東京電力「二二〇〇億円援助」─日本原電「東海第二原発」
三つを関連させ、くし刺しにして原発廃止を迫ろう!

《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
日本の原発はこのまま「消滅」へ 
日本の原子力政策は嘘だらけでここまでやってきたから
田中俊一(原子力規制委員会前委員長)語る(月刊『選択』11月号)

《東北電力》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
女川2号機の審査「合格」が目前
東日本大震災でダメージをうけた「被災原発」を動かすな!

《日本原電》玉造順一さん(茨城県議会議員)
東海第二原発を巡って-当初から指摘されてきた日本原電の経理的基礎の無さを露呈
日本原電を含む電力業界 これまで反対運動に対峙してきたノウハウの蓄積もあり、決して侮れない

《東京電力》斉藤二郎さん(たんぽぽ舎)
東電による日本原電支援(二二〇〇億円)に反対する 
「巨額の支援」おかしい、反対意見多い、電気料金が上がる
東海第二原発は事故原発-再稼働はムリだ

《東海第二原発》たんぽぽ舎声明
東海第二原発再稼働への資金支援をするな 日本原子力発電に対する三五〇〇億円
日本原電は廃炉管理専業会社となるべき

《原発マネー》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関電も東電も原電も徹底追及するぞ! 
原発マネー、二二〇〇億円支援、東海第二原発再稼働を許さない

《市民立法》郷田みほさん(チェルノブイリ法日本版をつくる郡山の会=しゃがの会)
次の世代に責任を果たすために、やらなければならないこと

《関電高浜》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
関電不祥事を、原発全廃の好機にしよう!

《玄海原発》吉田恵子さん(原発と放射能を考える唐津会世話人)
水蒸気爆発を起こす過酷事故対策、トリチウムと使用済みMOXの危険性

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
規制委による新たな原発推進体制の構築を止めよう
~「原子力規制委員会設置法」の目的と国会付帯決議を守れ~

《本の紹介》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『原発のない女川へー地域循環型の町づくり』(篠原弘典・半田正樹編著 社会評論社)

《浜岡原発》鈴木卓馬さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
浜岡原発は世界で最も危険な原発-南海トラフの震源域の真上に建つ
JR東海のリニア新幹線を懸念-トンネルで地下水が流出か?

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

自主避難者への住宅無償提供うちきりと闘って ── 福島原発事故避難者に聞く〈2〉羽石敦さん

福島第一原発事故からの避難者は、幼い子どもらを抱えた若い女性が多いが、じつは高齢な方、単身の女性、そして単身の男性もいる。単身男性で、しかも福島県以外からというと、「男性のくせに気にしすぎ」と思う人もいるかもしれない。

しかし前回森松さんが訴えたように、「避難の権利」は、すべての人に等しく与えられなければならない。そうした意味で、彼らの取った行動は、今後避難を考える人たちに、大きな勇気を与えてくれるだろう。今回は、茨城県から単身で大阪に避難してきた羽石敦さん(43才)にお話を伺った。

◆日立の企業城下町で育ち、チェルノブイリに衝撃を受ける

羽石敦(はねいし あつし)さん

羽石さんは、3・11の事故時、茨城県ひたちなか市に母親と弟の3人で住んでいた。ひたちなか市は1994年勝田市と那珂湊市が合併して編成された町で、その名の通り、「日立製作所」の企業城下町である。市の中心部には東海原発や東海村JCOがあり、羽石さんの実家のある、ひたちなか市(旧勝田市)の「勝田音頭」では「今じゃ 科学の花が咲く」と歌われるように、日常生活の中で徐々に原発に「洗脳」されるような状況があった。

そんな町に育った羽石さんは、一方で子供の頃見た「はだしのゲン」や、1986年発生のチェルノブイリ原発事故などに大きな衝撃を受けたことで、原発や放射能、被ばく問題に関心を強め、独自に知識を得てきた。

◆1997年の3・11と2011年の3・11

1997年3月11日には、地元実家の近くの東海村、動燃(現・日本原子力研究開発機構)東海事業所再処理工場で、火災爆発事故が発生し、建屋内にいた作業員129名のうち37名の体内から微量の放射性物質が検出されるという事故があり、その2年後、東海村JCOで臨界事故が発生、のちに2名の作業員が被ばくで死亡した。事故は、国際原子力事象評価レベルでレベル3、レベル4であった。工場から10キロ圏内にある羽石さんの実家でも、丸1日屋内退避を強いられた。

2011年3月11日の原発事故後は3日間、電気が止まっていたが、4日目につけたテレビで福島第一原発の3号機が爆発した映像を見た。当時の線量が通常の100倍になったことを知り、羽石さんは避難を決意、身の回りのものを積め込んだバッグ一つでバスに飛び乗ったという。

◆西成、高槻、再び西成

2日かけて関西にたどり着き、10日ほど西成の1日1500円の簡易宿泊所(通称ドヤ)で過ごしたあと、谷町4丁目にある大阪府庁の建物内の、スポーツジムのような場所に、開設された避難所に入った。当時の食事はチキンラーメンとアルファ米のみだったという。

しかし羽石さんは、その後まもなく高槻市の雇用促進住宅に入居できた。当時の大阪知事・橋下徹氏が、比較的柔軟に避難者の受け入れを進めたこと、その後茨城県が「災害救助法」に適応されたこともあり、罹災証明書もスムーズに取ることができたからだ。

しかし、その年の9月までに突然、福島県以外からの避難者は退出してくださいと言われる。仕方なく羽石さんは二度目の避難先を探し、急きょ泉北ニュータウンの府営住宅に移り住んだ。しかし住んでみて初めてそこが、市内から遠く離れ、大阪市内に出るのに、電車賃が往復約1000円もかかり、非常に不便なことがわかった。
さらにごみ問題などで、元からの住民と軋轢が生じため、再び引っ越しを考え、その後、一番長く住むことになる、西成区長橋の市営住宅に引っ越すことになった。当初役所からは、200戸ほどの住宅リストを紹介されたが、うち7割~8割には風呂がついてなく、約20万円の風呂釜を自腹で用意しなければならない住宅だった。

経済的に風呂釜を買う余裕のない避難者らは、仕方なく、同じ市営住宅でも風呂のついている事業者用住宅を選ばざるをえなかった。それがのちの住宅無償提供うちきりのさい、一つの大きな弊害になったという。羽石さんの入居した西成区の事業用(再開発)住宅には、地元の高齢者が住む1階以外の2、3階には福島、宮城、岩手、茨城からの避難者で埋まっていたという。

1年ごとの更新はあるが、ようやく落ち着いてきたと思っていた、6年目の2016年7月中旬、大阪市役所から一通の通知が届いた。そこには「今年度いっぱいで住宅支援、家賃無償提供は終了する」という通知と、「今年度で支援住宅を打ち切ります。大阪から出ていきますか・それとも家賃を払って住みますか?」というアンケート用紙が同封されていた。

当時羽石さんの入っていた住居は、中堅層向けの住宅で家賃が6万円と高いうえに、減免もきかなかった。こんな重要な、避難者の将来に関わることを、当事者らとの話し合いや説明会もなく、紙切れ1枚で一方的に通告される……「これでいいのか」、羽石さんはどうしても納得できなかった。「結果がどうあれ何かしら抗っていかなければ…」と考え、まずは地元の維新の会の議員事務所にアポイントもとらず、飛び込んだ。結果、なかなか難しいとの回答だったため、つぎに共産党の議員事務所に駆け込み、ようやく話を聞いてもらえることになった。

◆「大阪避難者の会」の立ち上げ

そうした活動をきっかけに、避難者10人と支援者らを含め20人ほどが集まり、「大阪避難者の会」を立ち上げ、羽石さんは代表となった。その後、市議会議員や府議会議員への訴え、議会への請願書・陳情書の提出、大阪市の行った住宅支援打ち切りについてのパブリックコメントへの取り組み、大阪市との協議、役所との個別面談など、考えられる限りのことを支援者らと取り組んできた。

大阪市との協議は3回行ったが、そこで羽石さんらは、第一に家賃の無償提供を継続すること、第二に、引っ越す場合の引っ越し費用を出してもらうこと、第三に、無理やり追い出すようなことはしないこと、最後に羽石さんらの経験から風呂釜を要求するという内容の要望書を提出した。

その後、山形の避難者が闘っている追い出し裁判で住民側の代理人を務める井戸謙一弁護士からアドバイスされ、「一時使用許可申請書」を作成、役所に提出した。対応した市の職員は「なんでこんなことをするんだ。裁判をする気なのか、あなたは」と顔を真っ赤にして怒り、押し問答が1時間くらい続いたが、その後受け付けさせることができた。それ以降、羽石さんらへの市の対応が少し柔軟になったという。

「家賃無償提供終了」の通知がきた2016年7月から2017年3月末までの9ケ月間、支援者と共に必死で闘った結果、家賃無償は打ち切られたが、希望する人が避難を続けられる「特定入居」(継続入居か住み替え入居)を勝ち取ることができた。

原発賠償関西訴訟 第24回口頭弁論は11月21日(木)大阪地裁にて

◆沈黙は容認、反対の声を記録を残す

── ここまでお聞きすると、 避難して以降の羽石さんの闘いは、避難に一番大切な「住居を確保する闘い」であったわけですね? 具体的にはどのような内容を勝ち得たのでしょうか? また9ケ月の闘いの中で、羽石さんはどんなこと考え、学んできましたか?

羽石 1番は入居要件の緩和を勝ち得たことです。具体的には、大阪市営住宅の60歳以下の単身入居が、可能になったことです。家賃減免制度も利用できるようになりました。これは、避難者だけでなく、一般の大阪市民も利用できるようになったので、本当に良かったです。それから、事業用住宅の応能応益家賃も認めさせました。風呂付住宅にも入居できました。

最初に考えたことは、沈黙は容認であるということです。とにかく、反対の声を上げようと思いました。記録を残すためです。それが後に、裁判や国際問題にも影響すると思ったからです。実際に国連では4カ国(ドイツ、オーストリア、ポルトガル、メキシコ)が、日本政府に改善するよう、勧告をだしています。学んだことは、当事者が声を上げる事の大切さです。当事者不在では、支援者ができることに、どうしても限界があります。

── 京都や奈良ではどうだったのでしょうか?

羽石 京都は2012年12月28日の受付終了から、6年の入居としました。奈良は特別なケースで、震災後の早い段階に条例を改正して、対応しました。

── 大阪市は当初、避難者の家賃を国に求償していないと言っていたのですね?それが情報公開請求で嘘だとわかったと。

羽石 はい。大阪市は国に近傍同種家賃で求償し、何億円も得ていました。それなのに、最初求償していないというので、私たち避難者は「税金でお世話になって……」と肩身の狭い思いをしていました。

── 羽石さんは、「原発賠償関西訴訟原告団」の幹事も務めておられますが、この裁判を闘うに当たって、決意、訴えていきたいことなどをお話ください。

羽石 1番は被曝を避ける避難の権利を求めることです。今の日本では、移住か帰還の選択を迫られて、避難を続けることが難しい状況です。国内避難民を消したい国と、裁判を通して抗う決意です。

◎福島原発事故避難者に聞く
1〉いま、起こっていることは「風化」でなく、「事実の矮小化」と「隠ぺい」です 森松明希子さん 

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。『紙の爆弾』、『NO NUKES voice』にも執筆。

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原発利権構造の主語はあくまで関西電力である! ── 大阪で開催された10・14緊急集会「関電の原発マネー徹底究明と原子力からの撤退を求める!」報告

10月14日、大阪国労会館で「関電の原発マネー徹底究明と原子力からの撤退を求める!」と題された緊急集会が開催された。関電幹部の原発マネー還流問題が発覚して以降、初めての集会だけあり、関西はじめ和歌山、四国からの参加者含め、大勢の方々があつまり、会場は怒りで溢れかえった。

「ふるさとを守る高浜・おおいの会」の東山幸弘さん

◆1987年、58才で役所を退職していた森山氏

最初に「ふるさとを守る高浜・おおいの会」の東山幸弘さんが発言された。事件発覚後の町と町民の様子、また森山元助役が町で何をやってきたかなどが離されたが、以下、マスメディアが余りとりあげない、しかし非常に重要な点をいくつか紹介する。

3、4号機増設を進める中で、関電との密な関係を築いていった森山氏だが、実は1987年に58才で早めに退職している。その理由が、あちこちから金品を受け取っていたことで、警察が動き出したことが背景にあったという。東山さん自身は、退任後の森山氏が原発にそう関わってないとみていたが、今回の件で、退任後のほうが一層深く関わっていたことが力をもっていたことが、驚いたという。

背景には、高浜の下請け業者が森山氏に頼めば、仕事が回してもらえるということがあった。高浜町の50~60歳以上の人はみな森山氏を知っている。「町に貢献した」「いい人だった」とはいうが、本音はいわない、いえないという状況がある。

◆元請けは常に大手ゼネコンやプラント会社である

問題なのは、今報道されている「吉田開発」だけではないということだ。森山氏が筆頭株主となっている警備会社「オーイング」(同社には福井県警の退職者が大量に入っている)や、同じく森山氏が役員を務めていた姫路の「柳田産業」など含め問題を解明すべきだ。

そもそも原発の元請けは大手ゼネコンやプラント会社で、地元の会社はそこの2、3次業者から仕事をもらう仕組みだが、そのことが余り表に出てこない。それこそが、この原発問題で一番大きな問題だ。

高浜原発では、1、2号機建設で前田、ハザマ、大成、3、4号機で竹中、大林、大成、ハザマ、前田などが入っている。大きな「特需」はほとんど竹中がやっている。今も竹中の社旗を付けた下請け会社のトラックが町中を走り回っている。

1、2号機の改修工事と、3、4機裏手の山の工事は特需で請け負っているのは安藤ハザマ。吉田開発はハザマの下請けで、土捨て場の開拓・管理工事で35憶円の工事を受注した。

これらの工事全体で関電は、5,000億円をつぎ込んだと言われているが、「5,000億かかるわけない、半分とは言わないが、相当な額で水増しされているのではないか」と話す建築関係者もいる。

「こんなことが起きるのも、原発はいくら金をかけてもいい「総括原価方式」になっているからだ。これは兵器産業、軍需産業と一緒だが、軍需産業の場合は税金なので、軍事費という数字で出るが、原発の場合は、この金額の工事が妥当だったかはわからない。こうして原発建設で大きな金を使うことで、ゼネコンに金が回るという仕組みになっているため、なかなか辞められない。これが原発をめぐる大きな問題ではないのか」(東山さん)。

◆主語はあくまで関西電力である

福島県浪江町から兵庫県に避難した菅野みずえさん

「主語は関西電力に置くということをはっきり確認していきましょう」。次の主催者「避難計画を案ずる関西連絡会」の報告では、登壇者が冒頭、宣言するようにそう発言した。

メディアの多くは、亡くなった元助役の経歴、関電に対する高圧的で異常な態度に注目するが、問題は被害者ヅラし続ける関電側にあるのだ! 主催者の報告から重要な部分を、一部を紹介する。

「関電は現在、トップが辞任と12月下旬に調査報告を出すことで批判をかわそうとしている。しかし第三者委員会の弁護士4名を指名したのも関電であり、委員会そのものの権限も不明、調査の範囲も、関電の書面では、関電と協議して決めていくとなっている。これでは真実は明らかにならない。しかも今これだけのことが起きているのに、高浜3号、大飯3号は動いたまま、定期検査で停止中の高浜4号も、予定通り12月中旬に起動すると言う。調査報告が出る前だ。これについてはぜひ止めていきたい。一方で関電は、40年越えの老朽原発の工事も進行中、使用済み燃料の中間貯蔵施設の場所を探すことも諦めてはいない。国会では野党の合同チームが追求を強めているが、政府与党は、関電幹部の国会招致を拒否するという無責任な対応を続けている。監督官庁の警察庁も、すべて関電任せ、原子力規制委員長は「自分たちは技術的、科学的問題についてやることで、それとは違うとコメントし、工事中止の命令も出さず、淡々と進めている。しかし、関電の原発推進派がこれまでにない窮地に追い込まれているのも確かだ。中間貯蔵施設について関電は『信頼回復が第一歩で、すぐには進められない』と述べているが、私たちはこれを一つの契機に運動を強め、関電の原発からの撤退を具体的に進めていきたいと思う」

「吉田開発への税務調査が2011年から始まっている。福島の事故後、被災者や避難者の苦労も全く顧みることなく、原発邁進してきた関電の推進策、その隠蔽策が、今回の問題の根源にあると思う。発端は原発マネーの還流であり、この原資が電気料金であり、それを関電らが懐にいれたということだ。今回の件で、関電の隠ぺい体質と異様なまでの傲慢さが、改めて浮きぼりになった。企業のコンプライアンスやガバナンスの欠如も底なしである。この問題はまた、過去の原発の長期にわたる深い闇の一環であることも明らかにした。これを国策として進めてきた政府の責任も追及していかなければならない」

10月14日、大阪国労会館で開催された緊急集会「関電の原発マネー徹底究明と原子力からの撤退を求める!」

「関電の資料から判るのは、吉田開発の2014年から2018年の売り上げのうち約9割が関電発注分であるが、関電は吉田開発に発注した121件中、75%にあたる91件で、森山助役を介して詳細な概算額を事前に伝えている。しかも競争入札ではなく特命発注。吉田開発の売上が上がるのと符号する形で、関電への金品供与が行われていたことが明らかにされている。この多額発注の背景は大きく2つある。1つは、福島の事故後に作られた新基準にあうような安全対策が求められたこと。老朽原発の工事、重要施設、テロ対策の施設などの関連工事、いわゆる「再稼働特需」と言われる工事に、報道されているだけでも1兆円近く使われてきた。もう1つが、2004年、美浜3号機で11名が死傷した事故後、関電の原子力事業本部が、当時の知事の要請で大阪から美浜町に移ったが、このことが関電と地元の癒着を一層深めるものになった」

「高浜原発の再稼働について。高浜再稼働は、2016年だが、この時期、福井地裁では運転差し止めの仮処分が出され、その後大津地裁が3、4号の仮処分を出すということで、高浜原発は、住民の運動と裁判所の決定によって、長く動かせずにいた。こうした事態をなんとかしたい関電は、元助役や、金品が渡っていたという警察などを使い、住民対策を強化していったのではないか」

◆関電に危険な原発をこれ以上運転させてはならない

最後に、関電の責任を追及し、関電に危険な原発をこれ以上運転させてはならないとして、以下を要求していく集会決議(案)が読まれ、参加者からの拍手を得て了承された。

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関電の「原発マネー還流」を徹底究明し、金品を受領した20名は辞任せよ!

高浜4号機の12月中旬原子炉起動阻止!運転中の高浜3号、大飯3、4号の運転停止!

高浜1、2号、美浜3号の老朽原発延命工事を中止へ、廃炉へ!

原発推進のための使用済燃料「中間貯蔵施設」、サイト内乾式貯蔵施設の建設を断念せよ!

関電は原子力から撤退を!


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当面の活動として、怒りの声を集めようと始めた署名は10月14日で3810筆集められた。

署名提出は10月17日(木)午後15時、関電本店前に集まろう!

最後にネット署名に寄せられた声から、1つ紹介する。

「今回の事案により、関西電力だけでなく、検察や国に対する不信も高まっています。私たちはこの不透明なお金の流れがどこまで精査されるのかについて、最後までしっかり監視しています。このような不透明なお金の流れを生み出す原発の稼働は、今すぐ停止するべきです」(鳥取)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

〈原発なき社会〉を求める雑誌『NO NUKES voice』21号 創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟
タブーなき言論を!絶賛発売中『紙の爆弾』11月号! 旧統一教会・幸福の科学・霊友会・ニセ科学──問題集団との関係にまみれた「安倍カルト内閣」他

いま、起こっていることは「風化」でなく、「事実の矮小化」と「隠ぺい」です 福島原発事故避難者に聞く〈1〉森松明希子さん

3・11からまもなく9年、「復興五輪」と銘打った東京オリ・パラの開催まで1年をきった。国は「復興五輪」で、福島の事故は終わったものしようと企んでいる。そんな中で避難者の存在が消されようとしている。原発事故の被害を無かったものにするためだ。しかし実際は、今も福島や関東など高線量地域から、被ばくを逃れてきた人たちが大勢いる。

そうした避難者らが現在、どんな状況に置かれているかを同通信では追っていく。第1回目は、森松明希子さん(45)です。

森松明希子さん

◆「私は幸運にも避難できたが……」

「2011年の3月11日、金曜日でした。私は家で、生後5ケ月の赤ちゃんをベビーチェアに乗せながら、ゆったりした時間を過ごしていました」。

あの日のことをそう話し出す森松明希子さんは、事故当時、福島県の郡山に夫と3才の息子、生後5ケ月の娘と4人で暮らしていた。事故でマンションが壊れ、夫の勤務する病院へ避難し、1ケ月間不自由な生活を余儀なくされた。

関西出身で、中学校の修学旅行で広島、高校で長崎を訪れており、「被ばく」の意味を知っていた森松さんは、原発が爆発したと知り、原爆でまき散らされた放射能のことを思い出し、遊び盛りの上の子には、外遊びを禁じていた。休日は新潟や山形のありふれた公園で、子供を外にだして遊ばせるためだけに、往復3時間かけて出かけるような生活だった。

事故後10km圏、20km圏へと「屋内待避」が命じられるなか、福島第一原発から60km離れた郡山にも放射能が広がるのは時間の問題だと思っていた。夫の車のガソリンを満タンだったので、いつ逃げるべきなのか、いつ避難指示を政府は出してくれるかと思っていた。

しかし地元のニュースは「通行止めだった道路が開通した」「●●スーパーが再開した」「〇〇病院が通常通りの営業時間に戻った」などばかり。原発が爆発したニュースは、全国一律で報じられる事以上の詳細は、放射線量も放射能汚染から身を守るべきことも伝えられなかった。

地元のローカル局の報道は、原発が爆発したニュースも一瞬画面に映しだされたが、4月に入ると小中学校や幼稚園の入学式・入園式が通常通り行われると報じ始めた。避難は政府の指示に従って、汚染の激しい原発に近いところから順番に、というのが合理的だと考えて順番を待っていたが、一向に被ばくに対する警鐘も注意喚起もなされないなか、子どもたちを一歩も屋外に出さないという生活に極度のストレスが溜まった。

幼稚園が休みになるゴールデン・ウイークに外遊びさせられる場所を求めていた森松さんに、実家の関西にいくことを進めたのは夫だった。両親、親戚らが住む関西に向かったのは、5月の連休だ。そこで初めて関西のローカル局のテレビの情報番組を見た。番組で福島とチェルノブイリの比較をやっていた。福島では知ることのない情報だった。郡山に残る夫と電話で話し合い、避難を決意、そのまま5月の長い連休を使い、母子避難の準備を一気に進めた。

「私は目の前に3才と0才の子どもがいたから、避難を決意できたのかもしれません。あと関西は土地勘もあり、両親や親戚もいたし。子どもが就学していたら、できなかったかもしれない」と森松さんは話し、さらに「私は子どもを守りたい一心で避難した。私の目の前には、守りたい子どもがいる。だから我慢できる。守りたい子どもが目の前にいない夫は、どうやって精神状態を保っているのだろう」と、仕事で福島に残り続ける夫を思いやった。

勤務医の暁史さんは、家族、とりわけ子どもたちとのコミュニケーションをとるために、毎週でも大阪に行きたい思いでいっぱいである。しかし患者の様態が急変することもあり、早め早めに予定を決めるのは難しい。月に一度が精いっぱいの時もある、勤務が終わった金曜日、夜行バスに飛び乗り、朝大阪に着く。土、日を家族と過ごし、日曜日深夜バスで福島に戻り、朝到着したそのまま仕事に就く、ということもしばしばあった。

◆支援が切られ、泣く泣く帰った仲間……

事故後、自主避難者へも住居などに行政の手が差しのべられたが、それも2017年で打ち切られた。森松さんが代表を務める東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream (通称サンドリ)は、月1回、避難仲間や支援者が自由に集まり、情報交換したり、とりとめのないおしゃべりをする「イモニカイ」をやっている。そこへ集まるメンバーも最初のころからは随分変わってきたという。避難元に帰った人、福島には戻らないが、実家のある宮城に移った人、関東近郊に移った人など、さまざまだ。

「帰った人の理由はさまざまです。戻らないと離婚させられるという人もいた。一番多いのは、やはり経済的な負担が大きいからだと思います。でもそうしたことは人には言いにくい。こちらも聞きにくい。とにかく泣く泣く本意ではなく帰った人が多くいたことだけは確かです」。

◆メディアに伝えてほしいこと

「メディアの中には、私たちのことを取材してくださるところもあり感謝しています。でも、言いたいことも山ほどあります」と森松さんは話し始めた。

例えば「原発事故」という表現。事故はアクシデント、「それはちょっとしたアクシデントだね」という軽い感じに思われがちだ。チェルノブイリ被害国ではカタストロフィー(大惨事)という。森松さんは、「放射能ばらまき事件」と言うようにしている。今でこそ声を大にして、そのように表現することができるようになってきたが、8年前そう言うと、大バッシングにあったという。「放射脳」と揶揄されたり、「非国民」呼ばわりされたり……。

2つめは、「自主避難者」というメディアがつけた表現に起因すると森松さんは分析する。「自主」は 「自主トレ」などのように一見前向き、主体的に聞こえるし、そういう先入観を植え付ける。または「やらなくてもいいのに、わざわざ自主的にやっている」という印象もある。しかしそのことで、福島が未だに放射能に汚染されている「実態」が隠されてしまう、と森松さんは危惧している。

「私たちは汚染があるから、福島から出て来たのです。『自主』ではなく『自力』避難と言って欲しいくらいです。また、国連の勧告でも指摘されている通り、原発避難者は国内避難民(IDP)に該当します。政府には保護義務があるということ、国際社会から日本という国はどのようにみられているかということを、もっとマスメディアは報じるべきです」。

◆「風化」ではなく、被害事実の矮小化と隠蔽

事故から8年経ち、原発関連や福島の汚染状況などを伝えるメディアが徐々に減っている。こうした傾向は、来年の五輪開催へ向けて一層強まるだろう。人々はそれを「風化」という。しかし森松さんはきっぱりこう言う。

「『風化』ではありません。風化とは、形あるものがなくなっていくこと、時の経過とともに忘れ去られることです。放射能汚染の事実も被害の実相も、放射能が目に見えないことを良いことに被害の実相も認知されていない。つまり風化ではなく、それは単なる事実の矮小化と隠ぺいです」。大阪に避難するまでの2ケ月間、放射能に襲われるという被ばくの恐怖を「肌感覚」で感じてきたからこそ、そう言えるのだという。

「私は『歩く風評被害』といわれた時もあります。でも『風評』ではなく『実害』です。確かに線量は下がったが、放射能は土壌に深く積もったまま。そこに住まわすことを『人体実験だ』『モルモットだ』という人もいる。福島の人たちを差別するなという人もいる。以前に「フレコンの前で子育て、私ムリ」という川柳を作りました。これを読んで辛い人もいるのだからという批判も受けました。ですが、私は、でもこれ以上事実が封じ込められてはいけない、『私はフレコンバッグの前で子育てはしたくない』と誰もが堂々と被ばくを拒否する権利をコトバにできる社会であるべきだと思ったのです」。

原発賠償関西訴訟 第24回口頭弁論は11月21日(木)大阪地裁にて

◆子どもとともに裁判へ

森松さんの頭の中には、泣く泣く戻ったママたちのこと、様々な事情で避難できず福島にとどまった人たちのことが、いつもあるという。お金が欲しいだけなら、個人で訴えることもできるが、福島にとどまった人たちも救われる、そして避難した私たちも含め、すべての被害者が救われるための施策に結びつけたい、そして同じ過ちを繰り返さないで欲しい。

そんな思いから、「避難の権利」を求めて、2013年9月17日、大阪地裁に提訴、「原発賠償関西訴訟原告団」の代表も引き受けた。第一次提訴者数は27世帯80人、森松さんの家族は子ども2人と森松さんと夫の4人が原告となった。現在原告は238人、うち3分の1が子どもだ。

「私たちは、国が『国策』で進め、万が一にも事故を起こさないと公言していた原発から無差別に漏れ出た放射能のことを問題にしています。国策で進めてきたのだから、避難したい人には避難させ、その生活を保障する、そういう制度がつくれればと考えています」と裁判の意義と将来の展望を語ってくれた。

最後に、9月19日、東電の3役員に原発事故の刑事責任を問う裁判で、3人に無罪判決が下されたことについてお聞きした。

「東電は『万が一』といいます。17メートルの津波が来ることがわかっていたなら、万が一でも万が三でも(原発を止めないにしても)やるべきことがあったはずです。実際ちゃんと対策し、被害を免れた原発もあるのですから。ただあの判決を見た人たち、つまり市民社会が、今度はどう本気になって動くか、あるいは世論がどのように喚起するのかが、カギになると思います」。

森松明希子さん

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

〈原発なき社会〉を求める雑誌『NO NUKES voice』21号 創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟
タブーなき言論を!絶賛発売中『紙の爆弾』11月号! 旧統一教会・幸福の科学・霊友会・ニセ科学──問題集団との関係にまみれた「安倍カルト内閣」他

関西電力・裏金事件は組織的な犯罪! 裏金で動かす原発はいますぐ止めろ!  福島第一原発事故以後も「焼け太り」し続けた関電・原子力ムラ癒着構造の衝撃

◆電力会社と地元原子力ムラの切っても切れない癒着構造

福井県高浜町で、元助役を勤めた森山栄治氏(今年3月90歳で死亡)が、関西電力の八木誠会長や岩根茂樹社長はじめ幹部ら20人に、2011年から7年間で約3億円2000万円もの金品を提供していたという、驚くべきニュースが飛び込んできた。2018年金沢税務署が、高浜原発や大飯原発の関連工事を請け負う高浜町の複数の建設会社に税務調査を開始、これらの建設業者から、仕事を発注した森山氏に、3億円が手数料として流れていることがわかった。


◎[参考動画]関電役員の金銭授受 会見から見えた“癒着の構図”(ANNnews 2019年9月27日公開)

森山氏は、1969年高浜町役場に入庁後、総括課長(現総務課長)、収入役を経て、1977年から退職する1987年までの10年間、助役を務めた。関西電力は1960年後半から高浜原発の建設に着手し、1974年1号機、75年2号機の営業運連を開始。森山氏はその後の1980年3号機、84年4号機の誘致に尽力し、その間に関電との関係を強めたと言われている。地元では「天皇」と呼ばれ、「関電が大きくなったのは、あの人のおかげ」と言う元町議までいるそうだ。原発関連工事に関しても、地元業者の下請け参入に影響力を持ち「あの人に頼めば、100%仕事が出る」と言う関係者もいた。

森山氏が関電幹部らへ金品の提供を始めたのは、2011年以降だが、福島第一原発事故後の新規制基準に沿った安全対策工事が増え、高浜の建設業者にもバブルが訪れたという。実際、森山氏に3億円を渡した吉田開発にも原発関連の工事が増え、2013年8月期で3億5,000万円、2015年8月期10億円、2018年8月期21億円と、売上高を6倍にも伸ばした。

じつは森山氏は退任後、いくつもの原発関連会社の顧問や相談役を務めたが、吉田開発もそのうちの1社であることが判明した。森山氏が顧問を務めた吉田開発の主な仕事は、前述の通り3・11後強化された安全対策工事だ。いわば福島の原発事故で「焼け太り」したようなものだ。

後述する会見で、このような発注業務に不正はないか問われた社長は、「そのような認識はない。対価的行為もなく、工事の発注も社内ルールに基づいて適切に実施した」と説明した。これだけコンプライアンスが叫ばれるご時世に、「現金の入った菓子箱」「スーツの仕立て券」などの「賄賂」を平気で受け取る人物の発言を、だれが信用するというのか?

野瀬豐高浜町長はこの件について「非常に遺憾。町民の民さんに信頼してもらえるような組織文化の再構築を図っていただくよう強く申し上げたい」と語った。高浜原発は、3、4号機が2017年に再稼働、稼働から40年超を超えた1、2号機についても再稼働に向け、現在安全対策工事が進められている。それについて町長は「今回の事案は当然プラスには働かない。信用、信頼と言う部分で関電の対応を見極めていきたい」として、「経緯や詳細が十分にわからない部分もある」と、近く関電側に説明を求めていくと言う。

◆原資は私たちの払った電気料金、「返した」ではすまないぞ

9月27日午後から関電の記者会見が行われた。岩根社長は金を受け取った事実を認め、理由について「元助役は地元の権力者でお世話になり、関係悪化を恐れて、一旦お預かりした」などと説明。「コンプライアンス上、疑義をもたれかねないと厳粛に受け止めている」と謝罪する一方で、金品の詳細や、誰が幾ら授受したか、社内処分、返却時期などについては具体的な説明を避け、会長とともに自身の辞任を否定した。更にそうした事実を、昨年9月に実施した社内調査で把握していたのに、公表しなかったことについて「(金品授受は)不適切だが、違法とまでは行かないと判断した」と釈明した。

会見で「関電が、森山氏に世話になっているという感じだったのに、実際は森山氏が世話になっている関電に金品を渡していた。それは何故か?」と質問された岩根社長は「本人が死亡しているので、我々にもわからない」と答えた。まさに「死人に口なし」だ。

またこの事態を受け経済産業省は翌28日、関電に対して、ほかに類似の事案がないか調査するよう命じた。「ほかの事案」もだが、今回の事案にも厳しい調査が必要ではないか。じっさい八木会長は「(金品を受けたのは)2006年から4年間」と、岩根社長の説明と食い違う説明をしている。そもそもこの金は、関電が工事費用として原発立地に流した金で、それが再び関電幹部に還流されているのだ。原資には当然私たちの払った電気料金も含まれている。「返した」で済まされるものではない


◎[参考動画]関電 金品受領問題で会見へ(テレ東NEWS2019年9月30日公開)

◆一刻も早く原発から脱却する福井へ舵をとれ!「反原発福井コラボレーション」の若泉政人さんに聞く現地の声

毎週金曜日、福井県庁前で「再稼働反対!金曜デモ!」(9月27日で第364回を迎えた)を行う「反原発福井コラボレーション」の若泉政人さんに電話でお話を伺った。9月27日、若泉さんら「オール福井反原発連絡会議」は、関電に「原子炉容器脆化の進んだ老朽原発(高浜1、2号機、美浜3号機)の廃炉及び企業に社会的責任を果たすことを求める要望書を関電に提出する予定だった、

9月27日午後、美浜町の関電原子力事業本部で、要望書と抗議文を提出した

── どういう内容の要望書ですか?

若泉 原子力安全保安院の「原子炉圧力容器の中性子照射脆化について」(2012年1月23日)によると、(廃炉の玄海1号機を除き)高浜1号が最も脆化が進んでおり、高浜2号機、美浜3号機も危険性が高まっていることが示されています。関電からこの致命的な問題に、どんな対策をとるのかの説明がありません。私たちはこれを原子炉の危険性を隠すものではないかと考えています。また新聞に入っている関電の広告物にも「取り替えが難しい設備の劣化状況を把握するための特別点検などを行なっている」とありますが、具体的な説明はありません。これは福井に住む私たちを欺いているとしか思えないので、高浜1、2号、美浜3号機の廃炉を求めています。あと大飯3、4号機については、昨年度、関電が、福井県と交わした「使用済み核燃料の中間貯蔵施設設立地点公表」の約束を果たせなかったということがありました。私たち、大飯原発から出る使用済み燃料の中間貯蔵施設を県外へと要求し、関電は昨年度内に場所を決めると約束しましたが、それが果たせなかった。それについて私たちは、企業の社会的責任(CSR)に基づき、大飯3,4号機の運転を停止しろと要望しています。

2019年9月28日付け福井新聞

── そうした中、急遽、この裏金問題が発覚したため、その抗議もあわせて行うとなったのですね?

若泉 はい。要望書とともに、裏金問題への抗議文も渡しました。抗議文では「原発の建設費は電気料金や国からの補助金で賄われており、いわば国民の金を裏金ルートに乗せ着服したもの。組織的に行われた犯罪としか考えられない」と強く抗議しています。要望書についてはこちらから返答期日を伝えましたが、毎度のことですが、担当者は返事をせずに受け取っただけです裏金に関しても何も言わなかったです。参加者の中には裏金について「うすうす気づいていた」という人もいました。

── 高浜原発では、9月19日に敷地内のトンネルで作業員9人が、酸欠状態の症状で重軽傷を負うという事故がありました。裏金よりも現場の作業員の安全ですよね?

若泉 そうですね。昨日のデモの途中、原発関連ではないが、どこかの作業員の人たちから「お願いしますよ」と声をかけられました。原発関連で働く人たちの中からも「一体金がどこに使われているのか?俺たちの安全対策は大丈夫か?」と声を上げる人たちが出てくればと思います。

── 皆さんの運動の中で、この裏金問題をどう考えていくつもりでしょうか?

若泉 来年4月から新検査制度が施行されます。これは「若狭ネット」の長沢先生も指摘していますが、「『ひび割れた機器・配管を補修せずとも次回定期検査まで耐えられる』と電力会社などが評価すれば、そのまま運転を継続でき、運転期間も13ケ月から24ケ月まで延長できる」というとんでもないものなのです。こうした制度と老朽原発の危険性が悪い方に重ならないとは言えません。こうした面と使用済み燃料の問題を併せて追及し、一刻も早く原発から脱却する福井に舵をきるよう、福井県や立地自治体に求めて生きたいと思います。

2019年9月28日付け県民福井

◆裏金問題の闇を徹底的に暴いていこう!

若泉さんらは、申し入れを行った9月27日のデモ行進では「関西電力は裏金で原発を動かすな!」とコールし、「危険性は地域に、裏金は関電幹部。それでいいんですか!?」と行進の際にアピールした。

高浜町の住民、福井県の住民、作業員、そして電力を消費する関西の人たち、すべての仲間と共に、裏金問題の闇を徹底的に暴いていこう!

9月27日夕方、県庁のある福井市に移動し、デモと抗議行動を行った

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

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3・11から7年間、福井県美浜町で撮り続けられた映画「40年 紅どうだん咲く村で」と「鉄塔」という詩 『NO NUKES voice』ルポ〈8〉

 
映画「40年 紅どうだん咲く村で」

ドキュメンタリー映画「40年 紅どうだん咲く村で」の上映を、大阪市九条の「シネ・ヌーヴォX」で観た。3・11から7年間、福井県美浜町で40年間反原発を闘っている松下照幸さんを撮り続けた作品だ。

監督の岡崎まゆみさんは、福島の原発事故の惨状を目の当たりにし、「原発を原子力村を『知ろうとしなかったのだ』ということを、そのときに『知った』」と悔やみ 、「ドキュメンタリー映画を作るということは、まず『知る』ことから始めよう」と、松下さんを訪ねた。その後美浜町に通い続け、この作品を完成させた。

◆松下さんが反原発に変わったきっかけ

若狭湾の南東部に突出した敦賀半島にある美浜町には、1970年に1号機、1974年に2号機、そして1976年に3号機の計3基の原発が造られた。この町で生まれた松下さんは、もともとは原発反対ではなかったという。

反原発に変わったきっかけは、20代の頃、家から100メートルも離れていない家の青年(22歳)が白血病を発症したことからだ。関電の原発で働いていた青年は、入院した地元の舞鶴市民病院から、半ば強引に大阪の関電病院に移送され、そこで亡くなったと聞かされた。

「地元の病院で亡くなったなら、データは地元に残るが、大阪の関電病院で亡くなったら、データはどうなるのか? 何かが隠されないか?」。松下さんはそう疑問を持ち始め、独自に原発問題を学習し、反原発に変わっていった。

◆運転開始から28年間、一度も検査や交換をしていなかった伝熱管

 
映画「40年 紅どうだん咲く村で」

美浜原発では、1991年2月2号機で、蒸気発生器の伝熱管の1本が破断したため、原子炉が自動停止し、非常用炉心冷却装置が働くという事故が発生、5年後の2004年8月には3号機で、タービンを回すための二次冷却水の配管が破裂し高温の蒸気が噴出、11人の死傷者を出すという大事故が発生した。

破損した配管は相当摩耗していたが、1976年の運転開始から28年間、一度も検査や交換をしていなかったという。配管は、水流や腐食によって厚みが減る「減肉」を起こしており、通常10ミリある厚みが、最も薄いところで0・4ミリしかなかった。

1991年の事故のあと、松下さんは、神戸で反原発を闘う仲間から送られてきたチラシを、初めて居住地域でまいた。暗くなった夜遅く、妻と娘とともに1軒1軒、こっそり入れてまわったという。

映画でこの話をするとき、松下さんは突然何かを思い出したように涙ぐんだ。村の中で、原発反対を口にすることがいかに困難だったことか。驚くのは、当時お元気だった松下さんのお母さん(故・松下八千代さん)が、家の前で道行く人に平気で「読んで」とチラシを渡していたというエピソードだ。松下さんはそれを「息子の言っていることを信じてくれたから」だと話す。

◆「原発のせいだ」とは言えずに生きてきた原発立地の住民たち

もとより原発立地の住民は、手放しで原発を誘致したわけではない。橋1本、道路1本つけてもらうために、仕方なくそれを選択してきた。福島も福井も、そして私の故郷・新潟も、原発がきたことで、出稼ぎに出なくて済むようにはなった。地元にも原発関連の仕事が出来たからだ。莫大な交付金は、しかし住民の生活を直接潤すことはなく、立地自治体に不釣り合いなでかい「ハコモノ」などに次々に化けて、維持費が追い付かず、結局「もう一基作ってもらおう」と原発への依存体質を強めていった。

家族や親せき、隣近所の人たちが原発関連の仕事に就いているため、原発に関することは半ばタブーとされてきた。大熊町で農業を営みながら、反原発の歌を詠み続けてきた佐藤祐禎さん(2013年避難先で死去)の歌集「青白き光」(いりの舎)にも、そうした歌が多数詠まれている。

「サッカーのトレセン建設を撒餌とし原発二基の増設図る」
「鼠通るごとき道さへ鋪装され富む原発の町心貧しき」
「原発事故にとみに寡黙になりてゆく甥は関連企業に勤む」
「危険なる場所にしか金は無いのだと原発管理区域に入りて死にたり」
「子の学費のために原発の管理区域に永く勤めて友は逝きにき」

 
松下さん、木の成長が待ち遠しくて笑顔(映画「40年 紅どうだん咲く村で」より)

生活の為、うすうす危険を承知で原発を選び、結果大切な家族、身近な人を亡くした人も多いことだろう。しかし周囲に気兼ねし、「原発のせいだ」とは言えずにきた。美浜町もそうであったろう。

しかし、そうした町も少しづつ変わってきた。91年の美浜2号機事故後は「一体どうなっているのか?」と松下さんに聞いてくる人が増えたという。3・11後、故郷・美浜町に戻った青年が「町はまるで茹でガエルのようだ」と悲観し、2014年、2003年以降12年ぶりの町長選挙に出馬を決意した。松下さんも応援した選挙では、現町長約3500票に対して青年は2000票強。敗れたとはいえ、この数字は原発依存からの脱却を考える、町民の民意の反映ではないだろうか。事故を経験し、原発の危険性に気がつきはじめ、それに伴い町の人たちの松下さんを見る目がかわってきたという。過去には、まるで汚い物見るような視線があったと、松下さんは語る。

松下さん、地域の八朔祭に参加(映画「40年 紅どうだん咲く村で」より)

◆「反対」だけでは原発を止められないとの思いで始まった松下さんの反原発の闘い

「都会で反原発をいう人は『なぜ原発立地の人たちは危険な原発に反対しないの』という。しかし原発立地の人たちにとって原発をなくすということは、原発関連産業で働く『地域の仲間たち』の職を奪うことだ。そこに私はずっと負い目を感じてきた。だから反原発と言うだけでは解決しない。原発に依存しない経済や生活を作ることと一緒に行わないといけない」と、松下さんは自身の反原発のスタンスを語る。松下さんは現在、原発にかわる地場産業になればと、「紅どうだんつつじ」という花木を栽培、販売する事業を手掛けている。

そして「福井の原発が事故を起こしたら、放射性物質は風下の太平洋側に流れていきます。チェルノブイリ事故では、2000キロも遠くへ放射性核種が飛散している。現地がいくら反対しても原発は止められない。全国の人たちと、原発立地の人たちがともに闘わないと止められません」とも。「私の誇りは40年間負けなかったこと」、映画の中でそう話し、再び目を潤わせた松下さん。「反対」だけでは原発を止められないとの思いで始まった松下さんの反原発の闘いは、いよいよその重要性を増している。


◎[参考動画]『40年 紅どうだん咲く村で』予告編(mayumi okazaki 2019/8/10公開)

※映画「40年 紅どうだん咲く村で」HP https://benidoudan.themedia.jp/

◆「鉄塔」という詩

小浜市明通寺の中嶌哲演さんらが発行する「はとぽっぽ通信」に、いぜん掲載された「鉄塔」という詩がある。福井県の原発で作られた電力は、鉄塔と送電線を使い、はるか遠い、最大の電力消費地・関西に運ばれる。遠くに運ぶための鉄塔と送電線には膨大な費用がかかり、しかも長い送電線で送るため、せっかく作った電力は消費地にたどり着くまでにロスを生じさす。ならば、電力を大量消費する都会の近くに作ればいいものを。そうしない、いや出来ないのは、原発事故が起きたとき、失うものが余りに大きすぎるからという理由に他ならない。電力を大量消費する私たちが、どう反原発を闘うかが問われているのだ。

「鉄塔」というこの詩は、美浜原発3号機で息子さんを亡くしたご遺族か、関係者が詠んだものと思われる。美浜3号機の事故のことは私も知ってはいたが、メディアで報道されないことが、詩の中にあった。長い詩の一部を紹介したい。岡崎監督が述べたように、原発立地の町で何が起きたかを「知る」ために。

「鉄塔」 小浜市f.t

透き通った小魚を煮えたぎる湯の中に入れると
一気に白く茹で上がるのを知っているだろうか

あの日、発電所は古くなった配管の損傷を見落としていた
あの日の朝「いってらっしゃい」と見送った息子が
真っ白い遺体になって自宅に運ばれた時の母の気持ちがわかるだろうか

発電所の下請けの、また下請けの地元の若者が
高温の蒸気を浴びて一瞬にして命を落とした

若者の葬儀のために 電力会社の人間が本社から大勢やってきた
昼飯に、海辺の町の寿司は旨いといってたらふく食べたあと
神妙な顔に作り変えて葬儀で頭を下げた

海と田園を持つ田舎のこの町は電気を作ることだけを受け持っているけど
命に代えるほどのメリットが有るはずはないのだけど
電気は必要だけど
ウランは一度怒りだしたら百万年鎮まらない難儀な男
電力会社に もう一度見詰め直してほしいんだけど。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

「風化」に楔を打ちこむ『NO NUKES voice』21号  創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟

福島民報、福島民友が紹介しない飛田晋秀さんの写真集「福島の記憶 3.11で止まった町」に写る福島復興の真実 『NO NUKES voice』ルポ〈7〉

1947年、福島県三春町に生まれた写真家の飛田晋秀さんは、2009年全国の職人さんを撮って欲しいと依頼され、翌年から北海道を皮切りに全国の職人を撮って回り、最後に長崎から九州を一回りしたのち、いよいよ編集作業に入ろうとしていた矢先、東日本大震災と原発事故にあった。当初「報道カメラマンでもないから」と、被災地の写真を撮ることを躊躇していた。しかし4月中旬、小名浜に訪ねた知人から、津波で7名の仲間を亡くした話を聞き、こうした記憶を風化させてはならないと、写真を撮ろうと決めた。

帰還困難区域に初めて足を踏み入れたのは2012年の1月。しかし、変わり果てた町並みを目の当たりにした飛田さんはシャッターが押すことが出来なかった。そんな飛田さんが、今では既に100回以上、帰還困難区域などに入り、写真を撮り続けている。

富岡町。車も人もいない街路、信号だけが機能している(2012.1.31)
富岡町。国道6号電光掲示板2.409マイクロソフトシーベルト(2018.4.11)

そのように変わったのは、2012年8月、避難所で会った小学2年生の女の子に「大きくなったら、お嫁にいける?」と聞かれたからだ。心臓が止まりそうになったという飛田さん。しばらく何も言えず、ようやく口にできたのは「ごめんね」のひとことだった。

号泣しながら車で帰りながら「自分には何ができるのだろうか?」と悩み続け、飛田さんは決意した。「命がある限り、被災地に入り、人がいなくなった街を撮り続けていこう。あの女の子のような若い人たち、それから後世に生きていく人たちに、福島の真実を伝えていくために…」と。

国道6号線、放射線量は、電光掲示板でも0.92マイクロシーベルト~2.409マイクロシーベルトの場所があり、福島第一原発に近くなる程高くなる。国道脇の民家に人が侵入しないよう、バリケードが設けられているが、警備する警察官は防護服もマスクも着けていない。富岡から浪江までの14.1キロは、歩行もバイクも禁じられている。車で走行中も車外に長く留まってはいけない。

除染で出た汚染物を入れたフレコンバックを、中間貯蔵施設(大熊町、双葉町)に搬入する作業が急ピッチで進む。昨年1200台から、今年は倍近い2400台に増えたトラックが、粉塵を撒き散らしながら走っている。国道6号線と同じく、一部が帰還困難区域を走行する国道228号線で、3月27日、大きな交通事故が起きた。写真では、車が脱輪しているのがはっきりわかるが、環境省は東京新聞の記者の取材に、「脱輪はしていない」と頑なに否定した。高線量のため、長時間車外にいてはいけないことになっているが、警察官らは、レッカー車が到着するまで4時間も道路に立ち続けていた。全員マスクもなしに。

大熊町。事故を起こして脱輪してしまった大型ダンプ(2019.3.27)

4月に町の一部が避難指示解除された大熊町役場の新役場の建設現場(施工は鹿島建設)。1月3日、役場前で0.35マイクロシーベルトを計測した。7月12日に完成した新役場の総工費用は約31億円。町には事故前、11000人いたが、戻るのはわずか約25名程度だと町会議員の人がいう。(ただし、役場近くの大河原地区の東電社員寮の社員と、住民票を町に移している建設現場の作業員を含めて『帰還者数』は700人プラスしてカウントされるという)

役場職員は会津若松市を朝5時半に出て車で通う。他の職員も郡山、いわき、南相馬などから通っているという。住民には「帰れ!帰れ!」と言うくせに…。今後31億円かけた新役場をどう維持していくのか?

1月3日撮影。大熊町大川原地区、役場から1.5キロ、福島第一原発から9キロの場所に、2018年に完成した給食センター。地元の人を中心に100人雇用すると言われた。福島第一原発の作業員に、1日3000食の給食を提供している。空調設備の整った調理場は、0.07マイクロシーベルト程度だろうが、工場の外は1.1マイクロシーベルト。給食を福島第一原発に運ぶ作業員の被ばくはどうなるのか?あるいは運搬する途中、給食への影響はないのだろうか?影響があるとしたら、被ばくを強いられながら作業をする労働者を一層被ばくさせることにはならないか?

大熊町役場建設中(2019.1.3)
大熊町に建設された給食センター。1日3000食の給食を作っている(2017.1.3)
雨どいの線量27.4マイクロソフトシーベルト(2014.3.27)

帰れない、入ってはいけない帰還困難区域を、防護服もマスクもつけずに除染する作業員。飛田さんの線量計は、車中で0.5マイクロシーベルト。「入れないところをなぜ除染するの?そこで何を作るの?」。飛田さんは現場の監督に聞いた。「(上から)やれと言われたことをやっているだけです」という返事が返ってきた。

帰還困難区域の飛田さんの知人の家。2014年から2018年の4年間で、玄関に入るのが困難なほど木が大きくなった。2014年撮影時、玄関先で2.24マイクロシーベルト、線量が高くなりやすい雨どい付近は、27.4マイクロシーベルトだった。同じ雨どい付近で昨年は測ったら、なんと43マイクロシーベルトと倍近くあった。国は徐々に下がってくると言うが、逆に上がる場所もある。

大熊町。帰還困難区域の田んぼを除染してどうするのか(2018.7.27)
大熊町。4年前に撮影。木が背丈よりも伸びている(2018.7.26)
飯舘村。除染作業員が昼寝被爆が心配(2015.8.4)
一時帰宅してくると斑点ができ物凄く痛痒い。原因は解らない。避難先に戻ると4.5日位から消えていく(2017.1.6)

飛田さんの車中で0.96マイクロシーベルトもある場所で、休憩中の除染作業員が道路で昼寝している。被ばく防護の安全教育はきちんと受けているのだろうか? 今後、被ばくが原因の健康被害は増えるだろうが、そもそも「放射能は危険」の教育も受けていなければ、体調を崩しても、除染(被ばく労働)が原因とは思いつかないのではないだろうか? 

50代男性の知人は、帰還困難区域の自宅に戻ると、必ず腕にぶつぶつが出る。かゆくて痛い。60代女性の知人も、このように赤くなる。線量の低い自宅に戻ると何日かで、すーと治る。病院でも原因はわからないという。こういうことはマスコミには一切でない。すべて隠されてしまう。

飛田さんの写真展は、地元紙(福島民報、福島民友)では掲載されないし、取材もされない。地元紙に掲載されるのは「復興した」という記事ばかり。2020東京五輪に向け、「復興した」と演出される被災地には、しかし、多くの戻れない、戻ってはいけない場所がある。飛田さんの新しい写真集「福島の記憶 3.11で止まった町」が訴えるのは、多くのメディアがもう伝えなくなった、そうした福島の「真実」だ。

飯舘村(2014.11.21)
 
飛田晋秀写真集『福島の記憶 3.11で止まった町』(2019年旬報社)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

※本記事掲載の写真はすべて福島県三春町在住のカメラマン、飛田晋秀さんによるもので、飛田さんはこの2月に写真集『福島の記憶 3.11で止まった町』(旬報社)を出版している。

9月11日発売!「風化」に楔を打ちこむ『NO NUKES voice』21号 創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟


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NO NUKES voice 21号
創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟
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[グラビア]
福島で山本太郎が訴えたこと(鈴木博喜さん
原発事故によって自殺に追い込まれた三人の「心象風景」を求めて(大宮浩平さん

[報告]野田正彰さん(精神科医)
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福島第一原発事故後の現場で私が体験したこと

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[報告]尾崎美代子さん(「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主)
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[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
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ケント・ギルバート『「パクリ国家」中国に米・日で鉄槌を!』

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
原発“法匪”の傾向と対策~東電・国側弁護士たちの愚劣を嗤う~

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
原発は危険!「特重ない原発」はさらにもっと危険! 安全施設(特重)ができていない
原発を動かしていいのか? 安全施設ができるまでは動いている原発はすぐ止めよ!
《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
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《東京》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
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《関西》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
来年4月から、原発稼働は電力会社の意のまま?
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《書評》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
安藤丈将の『脱原発の運動史 ── チェルノブイリ、福島、そしてこれから』(岩波書店)

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