6月東電株主総会で原自連は〈原発ゼロ〉提案『NO NUKES VOICE』ルポ〈5〉

第54回東京電力本店合同抗議行動(2018年3月11日千代田区内幸町)

2011年3月11日に発生した大震災は歴史の中にすでに確固とした座を占めている。ナショナル・ジオグラフォックが2012年に発行した『ビジュアル 1001の出来事でわかる世界史』でも、古代から続く人類の歴史で3・11が最新の1ページに記されているほどだ。

でも、福島第一原発事故はすでに歴史になったのか? 地震と津波が発生したのは7年前の3月11日で間違いない。けれど、そもそも福島第一原発の事故とはメルトダウンしたことなのか? それとも放射性物質の拡散? あるいは風評被害を与える言説も事故なのか? あれ、そもそも福島第一原発はいまだに“事故ってる”んじゃないのか!? だとしたら、歴史に刻まれる前にやらなければいけないことがあるはずだ。

第54回東京電力本店合同抗議行動(2018年3月11日千代田区内幸町)
2018年3月11日千代田区内幸町にて

2018年3月11日に東京電力本店前(東京都千代田区内幸町)で催された抗議行動『東電は原発事故の責任をとれ-第54回東京電力本店合同抗議行動-東電解体!汚染水止めろ!柏崎刈羽原発再稼働するな!』には前年の500人をはるかに上回る900人が参加し、現況を共有。東電に対する抗議と申し入れを行った。

集会では作家の落合恵子さん、ルポライターの鎌田慧さん、東海村(茨城)の元村長の村上達也さんなど多数のスピーカーが脱原発のスピーチを行った。今回は、当日の様子と共に、東京電力株主代表訴訟事務局長で「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(原自連)事務局次長を務めている木村結さんのスピーチを紹介する。

第54回東京電力本店合同抗議行動(2018年3月11日千代田区内幸町)

◆6月の東電株主総会では株主65万人に私たちの提案を届ける

「原自連」事務局次長の木村結さん
木村結さん

こんにちは。木村結でございます。私たちは30年も前から、東京電力に対して「原発をやめよう」という株主提案を続けてまいりました。いま、6月の株主総会に向けて提案を10件ほど準備しております。法務省は、10件は多すぎるから5件にしろとかですね、そういう具体的な数字で締め付けをしてきております。現在は3万株で提案できるのですが、そのハードルを上げるというようなことも言ってきております。

全国には東京電力の株主が65万人もいるんです。その65万人の株主に私たちの提案を届けることができるという、かなり壮大な運動なんですね。「原発を動かしてもいいじゃないか」っていう人たちにも声を届けることが出来るんです。

◆今がチャンスの〈原発ゼロ〉実現

もうひとつ、去年の4月に原自連というものを立ち上げました。『原発ゼロ自然エネルギー推進連盟』と名前が長いんですけれども、これは電自連(電気事業連合会)の向こうを張って原自連というふうにいいます。脱原発大賞というのを3月7日に発表したのですが、今日もこれから挨拶をします『さようなら柏崎刈羽プロジェクト』が金賞を獲りました。そして銀賞は『反原発議員市民連盟』です。審査員賞に『再稼働阻止ネット』も入りました。賞金も出ますので是非ご応募していただければと思います。

そしてですね、今皆さん気になってらっしゃるのが、立憲民主党、希望の党、そして共産党、社民党が共同して出している『原発ゼロ法案』です。1月10日に、私たち原自連も原発ゼロ法案を出しました。私たちのものは即時ゼロ。非常に明快な法案でございます。しかし、議員でない私たちには提案権がございません。そこで、全ての野党を回って「是非法案を出して欲しい」という呼びかけや意見交換会を重ねてきました。そうしましたら、立憲民主党、希望の党の心に響いたようで、ようやく法案を出すことができました。原自連は、普段声が届かない人たちに声を届けたいと考えております。あいつは嫌いだから手を組まないとか、あの時あんなことを言ったから許さないとか、そんなことを言っていたら脱原発はいつまでたってもできません。今がチャンスなんです! みんなで手を繋いで前に行きましょう! 進みましょう!

木村結さん

▼大宮 浩平(おおみや・こうへい) [撮影・文]
写真家 / ライター / 1986年 東京に生まれる。2002年より撮影を開始。 2016年 新宿眼科画廊にて個展を開催。主な使用機材は Canon EOS 5D markⅡ、RICOH GR、Nikon F2。
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『NO NUKES voice』15号 〈3・11〉から7年 私たちはどう生きるか
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

伊方原発2号機廃炉決定 ここには怒りがある 『NO NUKES VOICE』ルポ〈4〉

伊方原発のゲート前にて、原発に向かって声を張り上げる斉間淳子さん
 
伊方原発3号機の運転差し止め決定を下した広島高裁の野々上友之裁判長を賞賛して「ありがとう野々上裁判長」と書かれた手作りの旗を掲げる

四国電力が本日(3月27日)にも伊方原発2号機の廃炉を正式決定する。1号機に次ぐ廃炉決定で、伊方で再稼働可能な原発は3号機のみとなり、少なくとも四国では〈原発ゼロ〉が遠からず現実味を帯びてきた。

伊方では昨年12月13日、広島高裁抗告審決定で九州・阿蘇山の「噴火リスク」がまっとうに強調され、再稼働が差し止められた。とはいえ、この司法の快挙に喜んでばかりはいられないと現地では1月20日、21日の二日間、廃炉を求める集会が開かれた。以下、その現地レポートを『NO NUKES voice』15号から一部加筆転載する。

      ※   ※   ※  

伊方原発3号機は2015年7月、原子力規制委員会が東日本大震災後に策定した新規制基準による安全審査に合格し、2016年8月に再稼働した。住民側は、四国電力の安全対策は不十分で、事故で住民の生命や生活に深刻な被害が起きるなどとして広島地裁に仮処分を申請したが、広島地裁はこの申し立てを却下。住民側は即時抗告していた。そして昨年12月13日、伊方原発3号機をめぐっての抗告審が開かれた。広島高裁は、伊方原発から130キロ離れた阿蘇山の巨大噴火を挙げ、9万年前の破局的噴火の規模なら火砕流到達の可能性は否定できないとして広島地裁の決定を覆し運転停止を命じた。

原発の運転を差し止めた司法判断は高裁では初めてだ。伊方原発は愛媛県の伊方町に建てられている四国唯一の原子力発電所で、福島第一原発事故後の2012年に全三基が停止。その後1号機は廃炉されることになり、また2号機は再稼働に必要な審査を受けるための申請がされておらず、運転を停止したままだ(※3月27日にも四国電力は2号機廃炉を正式決定)。残る3号機は2016年8月に再稼働するも昨年10月からは定期検査のために運転を停止。この司法決定で伊方原発は2018年9月30日までは運転を再開することができない。

こうした状況にある伊方原発だが、立地する伊方町では引き続き抗議活動が行われている。1月20日に催された集会には現地の方のみならず全国各地から参加者が集まり、その数約250人。近くに駅も無いのによく集まるものだと思う。

◆沖縄から山城博治さんがやってきた!

開会直前に現場に到着した沖縄平和運動センター議長・山城博治氏に注目が集まる。愛媛新聞の記者やローカルテレビ局が取材のタイミングを見計らうなか、経験は浅いが決断と短距離走がやたらに早い私はまっさきに山城氏の元に駆けつけ、登壇するので解放してくれという付き添いの声が聞こえるまでの7分間だけ、直接インタビューを行うことができた。

壇上から連帯を呼びかける沖縄平和運動センター議長・山城博治さん。スピーカーが弾けてしまうような張りのある声で集会に熱を加えた
伊方でも叫び、歌い、踊りだす山城博治さん
沖縄平和運動センター議長・山城博治さん
1月20日(土)に催された集会場の様子
 
四国電力の用地買収に対して「原発反対、プルサーマル反対」を生涯貫き農地を売らなかった地主農家の広野房一さん(2005年、92歳逝去)の碑

◆ここには怒りが備わっている

伊方原発への反対運動には怒りが備わっている。人間そのものが発する怒りが備わっている。他方、首都圏の運動に欠けているのは、この怒りだ。たとえば国会前での抗議活動はまさにその典型。ふざけるな。よし殴る。今スグぶち壊してやろう。といったフィジカルな気迫はどこからも感じられない。それは結局のところ、当人たちが苦しんでいないからではないだろうか。社会に不満があるとはいいつつも、その中でそこそこの安寧を得ており、だからこその腑抜けた態度が身について、その取り組みがポーズだということにも気がつかない。彼らは既に漂白されている。

ところが伊方ではどうだろう。この伊方町に暮らす人々は、原発が誘致されたことによりおよそ非倫理的とも言える苦しみのなかに蹴落とされた。南海日日新聞社の斉間満さんが著した『原発の来た町』には、その事実と怒りが淀みなく記されている。魚を殺し職を奪い、暴力的に金をばら撒き人間とその生活を引き裂く。

これが原発だ。許せるはずがない。「もし事故が起きたら被曝して苦しい思いをするかもしれないからイヤだ」などという思いから発せられる行動とはまるで違う。事故を起こした福島第一原発と同じように、既に、そして常に暴力を振るい被害を生んでいるのだ。

◆福島からは大熊町議の木幡ますみさん

大熊町議会議員・木幡ますみさん。たんぽぽ舎代表・柳田真さんや大間原発反対現地集会実行委員会・中道雅史さんの姿が見える
大熊町議会議員・木幡ますみさん
壇上でマイクを握る木幡ますみさん

夜は八幡浜の公民館にて大熊町議会議員・木幡ますみさんの講演会が行われた。講演が始まって一時間もすると、日中の疲れのためか、ウトウトとしている人がチラホラ。そんな時、前に出て休憩の提案をしたのは愛媛有機農産生協理事の秦左子さんだ。

現場ではリーダーとして常に笑顔で動き回りとてつもないエネルギーを周囲に振りまく。2016年の夏に伊方を訪れたときには「市民運動というのは、思想とか哲学から始まっているものが多かったんです。現地の人たちは命の戦いをしているのに、私たちは思想や哲学で原発反対と言ってきた。そこには大きな距離がある。」という話を聞かせてくれ、私はそのことについて時間をかけて熟慮したのを覚えている。『原発の来た町』をプレゼントしてくれたのも秦さんだ。

そんな秦さんが、集会の終わりにチラッと声に出した「原則として原発に反対しています!」という言葉は、伊方の反原発運動の特徴をバシっと表現しているのではないだろうか。放射能は子供達の未来を……、差別被差別の構造が……、事故の起こる可能性がゼロでないのなら……等々の理由を飛び越え、とにかく原発には反対なんだ。もう検討の余地などない。償って償いきれるものではない。誰がなんと言おうと絶対に認めない。そんな本当の信念を、希望や期待では無く信念を、特別な意図なく発したであろう「原則」という言葉からはっきりと感じ取ることができた。

現場で誰よりも明るく大きな声で動き回る秦左子さん。斉間淳子さんと共に活動を続けるリーダー的存在だ
愛媛新聞の記者からインタビューを受ける二木洋子さん。40年以上前から伊方原発反対運動に参加している
集会を盛り上げる原発さよなら楽団、通称“原さよ楽団”のメンバー

◆ふるさとは原発を許さない

翌朝は8時45分に伊方原発のゲート前に到着した。天気は晴れ。怒声あり。警察とデモ参加者あわせて10人ほどで早速揉み合っている。さてさて、とカメラと共に駆け寄る。「せめて確認しろよ!勝手に何やってるんだ!」「車を止めることを認めていないんだから!」「メモした紙を破れ!いますぐここで破りなさい!」不承不承その通りにするリーダーらしき警察官。

到着したころには少なかった警察官の数がいつの間にか倍増していた。

「彼らが守っているのは原発です! 私たちを監視するためにここに来ている! まず君達が一番最初に守らなければならないのは憲法だ! そのことを忘れてここにいる資格はない! 原発ではなく国民を守るのが君たちの仕事だ!」

伊方原発を背に反対運動参加者を無表情に見つめる警察官の隊列。ゲート前近くから望む四国電力伊方発電所。中央に見えるのが1号機、右が2号機、そして左に見えるのが、昨年12月に広島高裁が運転差し止めの決定を下した3号機
原発に背を向け抗議行動を監視する警察官。全員がマスクをしており匿名性が保たれている
反対運動参加者に対峙する警察官の隊列。数がどんどん増えていく
1月21日の朝、伊方原発ゲート前に到着すると怒声が聞こえた。警察の対応への抗議の声だ。警察も簡単には引き下がらない
伊方原発に向かって抗議の声をあげる参加者たち

「伊方原発、廃炉! 伊方原発、廃炉!」と始まりの挨拶があるわけでもなく徐々に抗議活動は熱を帯びてきた。「西日本で事故が起これば日本には住むところがなくなるんだ!」

「我々は微力だが無力ではないことを証明し、原発を廃炉にしよう!」
「この故郷には誇ることのできないものがひとつある!」

集会の最後には『ふるさとは原発を許さない』が歌われた。

国道197号沿いに設えられたステージにあがりマイクを握る、伊方の家主宰・八木健彦さん

▼大宮 浩平(おおみや・こうへい) [写真・文]
写真家 / ライター / 1986年 東京に生まれる。2002年より撮影を開始。 2016年 新宿眼科画廊にて個展を開催。主な使用機材は Canon EOS 5D markⅡ、RICOH GR、Nikon F2。
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※伊方集会の詳細は木幡ますみさん、山城博治さんのインタビュー等を掲載した『NO NUKES voice』15号をご購読ください。

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大飯原発再稼働に中嶌哲演さん抗議の断食『NO NUKES VOICE』ルポ〈3〉

中嶌哲演さん
関電本店前にて(2018年3月13日)
子ども脱被ばく裁判の会共同代表の水戸喜世子さんと松岡利康・鹿砦社代表

関西電力は3月14日、大飯原発3号機の運転(再稼働)をはじめた。これに抗議する市民は、大飯原発現地をはじめ、全国各地で抗議行動を行った。なかでも関西電力本店ビル前で3月12日から14日にかけて、若狭地域の脱原発リーダーのひとりである明通寺(福井県小浜市)住職、中嶌哲演さんが「ハンスト(ハンガーストライキ)」に決起したので、激励と取材に13日関電本店を松岡社長とともに訪れた。

関西電力本店前には中嶌さんのハンストを、支援する人びとが30名ほどあつまり、希望する人が順次発言をおこなっていた。水戸喜世子さんの姿もある。ご挨拶をすると「これ読んでください。福島で田中俊一がとんでもないことを言い出しているんです」とご自身が作成されたビラを手渡してくださった。飯館村に移住した元原子力規制委員会委員長田中俊一の「罪」は後日じっくり追及する。

参加による発言に続いて、中嶌さんが次のようにお話された。

中嶌哲演さん

◆若狭をこれ以上いじめないでください

どうも皆さんいろいろな貴重なご意見や励まし、ありがとうございます。
実はきょうお昼の時間、社員が昼食に出掛ける時間帯に、社員の出入りする前のところでお付き合いをしまして、私なりにスローガンというのではないんですけれどもね、こういうことを訴えました。
「若狭をこれ以上もういじめないでください。美しい若狭をもうこれ以上汚さないでください。ぜひ再稼働をやめてください」

それともう一つ、
「もしあなた方が14日に強行突破されれば、そうでなくても関電の顧客が離れていっている中でますます顧客離れが起こりますよ」とこういうことを言ったんです。「もしあなた方がこの再稼働を中止断念し脱原発の方へ方向転換されるならば、多くの市民が共感し、今迷っている人たちが踏みとどまって関西電力をむしろ支持するようになるでしょう」

そういうことをちょっと訴えたんですね。皆さんは「若狭をいじめないでください」というイメージがもう一つピンと来ないかもしれませんが、昨日お配りした断食宣言の添付資料の中にあるんですけれども、若狭には関西電力の原発11基、出力にすると977万キロワット、この若狭の11基は3カ所に集まっています。美浜町、大飯町、高浜町のこの三町ですね。ところが右側を見ていただきますとわかるんですけれども、関西の兵庫、大阪、和歌山県の沿岸部には火力発電所が12カ所37基出力にして1636万キロワット、こういうふうになってるわけです。

現実です。これは何人も否定できない客観的な事実ですね。関西電力は原発は必要で安全だということを言い通してきたわけですけれども、若狭のこの11基の原発は若狭の住民も福井県民も全然使っていません。全部超高圧電線でたくさんの鉄塔を伝わって関西2府4県に送られてるということなんです。これが客観的な事実。とすると、原発が必要で安全ならね、なぜ火力発電所同様関西の沿岸部に造れないんですかというのは、反対してきた若狭の住民や福井県民の本当の気持ちなんですね。だからそのことに照らして私がなぜきょう関電に向かって、「もうこれ以上若狭をいじめないでください、若狭を汚さないでください」と申し上げたかということをご理解いただきたいと思うわけです。申し上げた今回の第一はこのことなんです。

この事態を作り出したのは関西電力だけでしょうか。極悪の関西電力だけでしょうか。こういう事態になるまで若狭の原発の電気を享受してこられた関西の市民の皆さんにも、「いやあれは関電がやったことだから我々には責任なにもないですよ、0%ですよ」と皆さんはみなされるでしょうか。あとで対話をさせていただければと思います。だからこの関電の無謀な暴力的な若狭に対する再稼働を認めない、ストップをかけるためにはですね、若狭の地元の住民は麻薬的なお金をばら撒かれて麻薬患者になってしまっているんです。末期患者になっているんですよ。だからそういう人たちに、止める行動に立ち上がれと言われても、お尻をたたかれても難しいところがあります。それで関西の皆様にこの「断食宣言」で申し上げましたように、三番目をもう一度読ませていただきます。

中嶌哲演さん

◆なぜ私はこの断食に入ってるか?

なぜ私はこの断食に入ってるか、もともと宗教的な断食は第一の欲望の食欲を、自らの心身の浄化を内密に図ることを見せびらかしたり、対外的にそのことを知らせる必要はないんです。宗教的な場合はね。そういうことを顧みます時に、対外的な抗議や要求を掲げて断食することは慙愧の念に堪えません。宗教的に言えばむしろ邪道かもしれない。でも私は現代的な宗教者の断食としていま行ってるわけですが、しかし私個人だけでなく多くの市民の皆さんが、たとえ一食、一日断食でも試み、原発ゼロ社会を目指す運動の共通口座を作り、その食費をそれに振り込むというような、いつでもどこでも誰でもできるアイディアが実現できないものでしょうか、という訴えをしているわけです。

ここにもこれまで私はさんざん訴えてきたんですけれども、なかなか具体化しませんでしたが、さいわい福井から原発を止める裁判の際の皆さんが私のアピール受け止めてくれて、「反原発断食一食分募金」というのを裁判の費用とは別枠で取り扱ってくれるようになりました。断片的に言い出しっぺの福井県からこの運動を広めていこうということなんですが、私はもっと全国版の運動が展開できればいいなと。反対運動のマイナーな勢力だけでやっているのではなしに、広汎多数の市民、なにもここに来てもらう必要はありません。自分の家庭であるいは職場で一食抜いてみようかと、その一食抜いた食費を反原発、脱原発の運動にカンパしようと。これは我々の反対運動体の枠を乗り超えるものすごく大きなの不特定多数の市民に対しての呼びかけになるわけです。

中嶌哲演さん

◆命を革める〈革命〉 これまでの生活や価値観に問い直してもらう

そしてその中で、皆さんが少しでも断食をし、カンパをしてもらえば、そのことをさっき坂本さんは「革命」という言葉を従来のイメージで革命はどうだろうということであったんですけれども、私の考えている革命というのは宗教的な面からいうと「命を革める」という文字なんです。

何もラディカルな軍事的なこと暴力革命を起こすというようなそういうイメージではなくて一人一人のまず命を革めていくという、これまでの生活や価値観に問い直してもらうそういう意味合いの、例えば一例として一食断食、その食費を反原発運動にカンパするというようなこと、これがどんどん集まってくれば不特定多数の皆さんと共に関電にブレーキをかけることができるという、そういう非暴力・不服従の静かな革命を、いつでもどこでも誰でもできることを私は訴えたいと思っています。

宗教者が非暴力ということをいうと、「とにかくおとなしくしていて何もしない、抵抗しない、権力、力のあるものがどんどん事を進めてもそれを傍観してる」というふうに、非暴力という言葉がややもすると受け止められて来たんですが、ところが非暴力、これはガンディーの言葉です。この精神でもって「権力なんかのやることに絶対服従はしないけれどもそれに対して抗議するのは暴力的なことはやらない」、非暴力平和的な手段を講じていく、ガンディーはインドの大英帝国の植民地からの解放を最終的に勝ち取ったわけですね。そういうことを私としては革命の中に意義を含ませたつもり。

今回の再稼働3号に対して、私たちは確かに興趣傍観しています。関電はこういう理不尽な暴力的なことをやってもスイスイ通っていくんだということをやっぱりそれは反省してほしいという願いを込めて私来ています。先程言いましたように、顧客は毎月毎月6万人離れていってるんですけれども、今回この3号の再稼働に抗議の声、力が強まれば強まるほど、この顧客離れが強行突破すれば増えると思ってます。それが4号機を食い止めていく上での、滅多に4号機を安易に動かせないというそういう空気を作っていくことにも繋がっていると思いますので、今日明日最大限なんとかここで皆様と共に声を上げたいと思っております。ありがとうございました。

関電本店前にて(2018年3月13日)

◆非暴力・不服従の静かな革命を

この日は中日新聞が取材に訪れ、中嶌さんに詳しい話を取材していた。翌日には共同通信の取材も予定されているとのことであった。しかしどうして中嶌さんが「ハンスト」に立ち上がられたのか。その詳細までを報じることは出来ないであろう。大飯原発3号機は3月14日に再稼働されてしまったけれども、「大飯原発3・4号機の再稼働中止を求める断食宣言―非暴力・不服従の静かな革命を―」の全文を以下掲載する。

中嶌哲演さんの断食宣言「大飯原発3・4号機の再稼働中止を求める断食宣言―非暴力・不服従の静かな革命を―」(1/2)
中嶌哲演さんの断食宣言「大飯原発3・4号機の再稼働中止を求める断食宣言―非暴力・不服従の静かな革命を―」(1/2)

この日は松岡と私が関電本店前を訪れ、ご挨拶と激励、さらに松岡が脱原発への決意と『NO NUKES voice』のご紹介をした。無料で差し上げようと4冊を持参したが、皆さんから「せっかくですから買わせてください」と貴重なお申し出を頂き、4冊が読者の手元にわたることとなった。

何度でもひるむことなく声をあげ、行動しよう。私たちは決して劣勢ではない。彼らは再稼働するのに全力を傾注するだけで精一杯だ。大飯原発3号機は再稼働されてしまったが、反(脱)原発に向けた市民の意思に揺らぎはない。

中嶌哲演さんと松岡利康・鹿砦社代表

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』15号 〈3・11〉から7年 私たちはどう生きるか
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

フクシマ以後のヒバク社会 ── 想起・報道されるべきは〈事実〉ではないのか

 
最新刊『NO NUKES voice』15号  〈3・11〉から7年 私たちはどう生きるか

2011年3月11日から7年目を迎えた。

まず確認しておこう。あの日から7年経ったきょうも、政府は「原子力緊急事態宣言」を取り下げてはいないことを。2011年以降、急激に「これから国民の死亡原因の2分の1は『ガン』になる」との厚労省からの通告が席巻するようになったことを(「ガンによる死亡原因が2人に1人」のレポートは10年ほど前に発表されていた)。技術面はともかく、採算性や、新幹線、航空機とのバッティングにより国も、JRも「営業運転」など本気では考えていなかった「リニアモーターカー」の建設が、なぜだか浜岡原発停止後、急に決定したことを。

そして、阪神大震災のあと、復興にとっては邪魔者でしかなく、当初より経営破綻が必定であった「神戸空港」が神戸市により建設され、予想通り経営破綻したのと相似形、否もっと悪辣に2013年9月に2020年「東京オリンピック」開催が決定されたことを。

その五輪招致演説で安倍は「放射能は敷地内で完全にブロックされており、過去も現在も未来も健康被害は生じません」と世界に向けて言い放ったことを。その安倍が総理の座に居座り続けることを、いまだわれわれが許していることを。

あの日の直後に、あたかも「行程表」があったかのごとく、すぐさま山下俊一がわざわざ長崎から福島県に入り、「100ミリシーベルトでも安全。子どもはどんどん外で遊ばせてください。笑っている人のところに放射能は来ません」と福島県内で散々吹聴して回った、挙げ句福島県立医大の副学長に就任したことを。

3月23日には東京の金町浄水場で1リットルあたり200ベクレルを超える放射性ヨウ素が検出され「乳幼児への摂取制限」が通達されたことを。「原発がないと停電するぞ」と脅迫するために、必要もない「計画停電」が大々的に宣伝され大混乱に陥ったことを。

想起されるべき、報道されるべきはそういった事実ではないのか。復興にまつわる明るい話題もいいだろう。不幸を悲しむ被災者の心情を追うのもよかろう。それを「やめろ」とはいわない。でも現実もしっかり認識して、伝えてもらわねば困る。

そしてわたしたちは「弱虫」だから、ともすると惨憺たる情景からは目を背ける傾向がある。この国の新聞やテレビには「死体(遺体)」が映されない。「死体」(遺体)は「けがらわしい」ものだろうか。誰だって最後は「死体」(遺体)になるじゃないか。生命が終焉した亡骸にだって、それなりの尊厳はないのか。「死体」(遺体)は話さないし、動かないけれども、そのありさまは、魂が宿っていた最後の瞬間から、魂が消失した理由を伝えはしないか。

◆「あらかぶさんはなぜ白血病になったのか」
 福島事故後、被ばくによる「労災」認定を受けた人は4名しかいない

2013年2月、福島第一原発4号機でベストなしでカバーリング作業をするあらかぶさん(写真提供=あらかぶさん)
 
同上(写真提供=あらかぶさん)
 
フランスの反核会議であらかぶさん支援が決議された。同会議で支援決議があがるのは珍しいと同行したなすびさんらも驚いた。『福島原発作業員の記』を著した池田実さんも参加した(写真提供=なすびさん)

昨日発売された『NO NUKES voice』第15号で、尾崎美代子さんが「あらかぶさんはなぜ白血病になったのか」の詳細なレポートを寄せてくださっている。「あらかぶさん」とは原発や原発事故現場での労働に従事していた方のニックネームだ。驚くべき事実が次々に紹介される。

表題の通り「あらかぶさん」は白血病に罹ってしまい、労災認定も受けた。厳しい治療を乗り越えて現在は裁判を闘っている。詳細は『NO NUKES voice』の尾崎さんの報告をお読みいただきたいが、ひとつだけ際立った事実を上げておく。原発事故後被ばくによる「労災」認定を受けた人は4名(そのうち2名は東電社員)しかいない事実だ。

誰も言わないから言っておこう。ガンで亡くなった福島第一原発の吉田昌郎元所長の死因すら「放射能との因果関係は分からない(もしくは「ない」)」、「ストレスが原因だったのではないか」という馬鹿医者もいる。公表されている吉田氏の被ばく総量は70ミリシーベルトとなっているが、この数値は極めて疑わしい。どちらにせよ、事故前から事故後長時間現場にとどまっての被ばくがガンを誘発し、吉田氏は亡くなったとみるのが妥当ではないか。

そうでないと主張するひとには、病院のレントゲン室がどうして「放射線管理区域」に指定され、「妊娠の可能性のある方は申し出てください」と注意書きがあるのかを、説明していただきたい。一度きりの外部被ばくでも「胎児には悪影響がある」から前記の注意書きがあるんじゃないのか。違うのか?

◆これは実験ではない、現実だ

「あらかぶさん」が白血病になり、労災認定されたのは氷山の一角で、猛烈な数のひとびとがすでに健康被害にあっているとわたしは感じる。『NO NUKES voice』に連載を続けている納谷正基さんは、福島第一原発事故後、生活には注意をはらい、基本的に海産物(産地を問わず)は口にしない生活を送っておられた。最愛の配偶者を被ばくで失ったご経験を持つ納谷さんにとって「放射能」・「原発」は長年絶対に度外視できない問題だった。その納谷さんが体調を崩しながら、それを告白し今号も寄稿をいただいた。そのなかに「近頃やたらと頻繁に報じられる有名芸能人やタレントの死亡・入院報道の多さ」という表現がある。納谷さんは同じ原稿の中で、政府発表では年間人口減は40万人発表されているが、火葬場や葬儀場の調査を積み上げたひとびとの調査によると、死亡者は昨年、一昨年とも200万人は下らない(この数値が正しければ人口減は100万人/年となる)との民間の調査もあると指摘している。

「数」に過剰にこだわるのではない。「事実」をもっと大事にしよう、直視しようとわたしは思う。そして思弁しようと。「これほどの被害が出ている」と話すと「疫学的にはどうなんだ?」と質問してくる科学経験者が少なくない。私は言い返す「これは実験ではない。現実だ。大切なのは『疫学的証明』よりも、『予防原則』じゃないのか? 数十年後疫学的に優位性が証明されたときに、死んだ命は科学的証明の証拠として扱われるだけじゃないのか。そんな科学は意味ないだろう」と。

『NO NUKES voice』は被ばく問題を今後も絶えることなく追求したい。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

最新刊『NO NUKES voice』15号 総力特集〈3・11〉から7年  私たちはどう生きるか

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『NO NUKES voice』15号目次
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総力特集〈3・11〉から7年
私たちはどう生きるか

[グラビア]伊方の怒りはやがて勝つ(写真・文=大宮浩平)

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
3・11から七年 放射能はいま……

[インタビュー]小出裕章さん一問一答
「原発を止めさせる」ならば、小泉さんとも共闘する

[講演]吉岡斉さん(前原子力市民委員会座長、九州大学教授)
《追悼掲載》原発ゼロ社会のための地域脱原発

[講演]米山隆一さん(新潟県知事)
原子力政策と地域の未来を問う

[講演]木幡ますみさん(福島県・大熊町議)
原発は人々の活力を奪う

[報告]尾崎美代子さん(「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主)
あらかぶさんはなぜ白血病になったのか

[インタビュー]山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)
国民の声がどれだけ大事か

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
「人間の尊厳」としての脱原発

[報告]田所敏夫(本誌編集部)
悪夢の時代を直視して

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとはなにか〈12〉
七年で完全復活した電力会社PR

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
福島事故・忘れてはいけない五つの問題

[報告]大宮浩平さん(写真家) 
《伊方撮影後記》ここには怒りがある

[報告]川村里子さん(大学生)
斉間淳子さんたちに聞く「伊方原発うごかすな」半世紀の歩み

[インタビュー]外京ゆりさん(グリーン市民ネットワーク高知)
「いかんもんは、いかん!」土佐・高知の闘い

[報告]浅野健一さん(ジャーナリスト)
「ふるさとは原発を許さない」伊方再・再稼働阻止高松集会

[報告]三上治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
持久戦とは言うけれど 石牟礼道子さん追悼

[報告]納谷正基さん(高校生進路情報番組『ラジオ・キャンパス』パーソナリティー)
反原発に向けた思いを次世代に継いでいきたい(14)
あなたにはこの国に浮かび上がる地獄絵が、見えますか?

[報告]板坂剛さん(作家・舞踊家)
月刊雑誌『Hanacuso』2月号を糺す!

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
大衆行動―国民運動が「原発やめる」の決め手だ
《東京》 柳田 真さん/《泊》 瀬尾英幸さん/《福島》 佐々木慶子さん
《東海》 大石光伸さん/《東電》 渡辺秀之さん/《規制委》 木村雅英さん
《再稼働に抗する》 青山晴江さん/《若狭》 木原壯林さん
《伊方》 秦 左子さん/《九州電力》 青柳行信さん/《自治体議員》 けしば誠一さん

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

本日発売『NO NUKES voice』15号 3・11から7年 私たちはどう生きるか

本日10日発売『NO NUKES voice』15号 〈3・11〉から7年  私たちはどう生きるか

3・11から7年を明日に控えたきょう、『NO NUKES voice』15号が発売される。能書きは並べずに本号の内容を紹介しよう。特集は〈3・11から7年 私たちはどう生きるか〉だ。

冒頭にご登場いただくのは小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)の講演を収録した〈3・11から7年、放射能はいま…〉だ。この講演の様子はすでにyoutubeでも見ることができるが、この日の小出さんは上品な言葉遣いの中に、いつもにも増して強い意志が感じられる講演だった。誌面からもその“熱”が伝わるだろう。

講演後に本誌編集長のインタビューに応じてくださった〈「原発を止めさせる」ならば、小泉さんとも共闘する〉は小出さんらしいお考えと覚悟が再度ご確認頂けることだろう。「小泉さんとも共闘する」と宣言した小出さんに小泉氏はどう応じたか?

小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)3・11から7年、放射能はいま…

次いで、1月14日に急逝された吉岡斉さん(前原子力市民委員会座長・九州大学教授)を追悼して2017年7月15日、新潟で行われたシンポジウムでの吉岡さんの基調講演を掲載した。吉岡さんには本誌に度々ご登場いただき、ご意見を伺ってきたが、あまりにも急なご逝去にご冥福をお祈りするばかりだ。本誌での吉岡さん最後の生の声は〈原発ゼロ社会のための地域脱原発〉だ。

在りし日の吉岡斉さん(2016年3月、九州大学の研究室にて)
米山隆一さん(新潟県知事)原子力政策と地域の未来を問う

新潟といえば、泉田裕彦元知事の辞任を受け、「原発再稼働慎重派」の後継候補として、与党候補を破り新潟県知事に当選し、活躍中の米山隆一さんが1月24日に行った講演を紹介する〈原子力政策と地域の未来を問う〉も必読だ。鹿児島で当選した「エセ脱原発派」三反園訓知事のように、当選後「原発容認、あるいは推進」に変身することはないだだろうか? 多くの人が米山氏の態度に注目をしているが、その回答がこの講演の中にはある。米山氏の覚悟やいかに?

福島現地からは大熊町議会議員の木幡ますみさんが登場。1月26日伊方原発の立地する八幡浜市で行われた講演が再現される。題して〈原発は人々の活力を奪う〉。全国を駆け回り被災地の実情を訴え続ける木幡さんは、事故から7年目を迎える福島の実情をどう語ったのだろう。

木幡ますみさん(福島県・大熊町議)原発は人々の活力を奪う
あらかぶさんはなぜ白血病になったのか

原発に反対する理由は様々だが、根底には「被曝は動物の命にとって極めて危険」であることが原則的な理由である。運動にはもちろんバラィエティーがあっていいが、被曝問題を語れない反(脱)原発は、まだ原則への理解が足りないと言わざるを得ない。

福島の事故地元に住む皆さんの被曝による健康問題同様、今後長らく1日約7000名が従事する福島第一原発の収束作業に関わる方々の「被曝問題」は大きな問題となろう。その問題を指摘するのが尾崎美千代さん(「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主)による報告〈あらかぶさんはなぜ白血病になったのか?〉だ。この衝撃レポートについては明日のデジ鹿で別途詳しく紹介したい。

沖縄の米軍基地反対運動のリーダーにして、不当逮捕ののち、長期拘留を強いられた山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)の肉声もお届けする。本誌が前回、名護でインタビューさせて頂いた直後に不当逮捕された山城さんの訴え〈国民の声がどれだけ大事か〉。1月20日伊方原発反対集会に参加した山城さんのスピーチとインタビューを一挙公開する。

山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)国民の声がどれだけ大事か
伊方で50年間、反原発を訴え続けている斉間淳子さん
外京ゆりさん(グリーン市民ネットワーク高知)「いかんもんは、いかん!」土佐・高知の闘い

今号で取材班は原発問題をより広い視点で捉えようと思案しながらある方に執筆の依頼をしたところ、予想外の快諾を頂けた。1974年3月に発生した「甲山事件」の冤罪被害者山田悦子さんだ。山田さんは冤罪被害にあったのち、みずから法哲学を学び、極めて高いレベルで司法の問題や、社会現象を読み解き、語ることのできる稀有な方だ。鹿砦社が主催した西宮ゼミにもゲストとしてご登場頂いた縁もあり、今回「日本国憲法と原発」をテーマに寄稿をお願いしたところ、重厚な論考を執筆頂けた。〈「人間の尊厳」としての脱原発〉はこれまで本誌でご紹介したあまたの論考と、少し趣を異にする。法哲学や人権思想の角度から原発問題を俯瞰したとき、浮かび上がる問題はどのようなものなのか。山田さんのご寄稿は極めて深い含蓄に富む。

12回目を迎える本間龍さん〈原発プロパガンダとはなにか〉。今回のテーマは〈7年で完全に復活した電力会社PR〉だ。文字通り電事連を中心に「あの日などなかったかのように」繰り広げられる電力会社広告の濁流復活。その実態と問題を本間さんが鋭く突く。

たんぽぽ舎副代表の山崎久隆さん〈福島事故・忘れてはいけない5つの問題〉で原則的な確認すべき問題を再度明らかに提示されている。大宮浩平さん(写真家)は1月20日の伊方での集会に参加・取材した手記を綴っている。若い写真家の大宮さんは編集長などから「もっと対象に寄れ!人を定めて表情を撮れ!」と厳しい指導を受けていたが、本号では見事な取材を貫徹してくれた。

大学生の川村里子さんが伊方原発反対の中心人物、斎間淳子さん、近藤亨子さん、秦左子さんにインタビューをした〈斎間淳子さんたちに聞く「伊方原発うごかすな」半世紀の歩み〉と、外京ゆりさん(「グリーン市民ネットワーク高知」世話人)にお話を伺った〈「いかんもんは、いかん!」土佐・高知の闘い〉は長年現地で闘ってきた方々に大学生がフレッシュな質問を投げかけるリアリティが伝わり、川村さんご自身も今回の取材で多くを学ばれたようだ。若い筆者の登場は嬉しい。

鬼才・板坂剛さんが糺す月刊『Hanacuso』とは?

伊方原発について長年反対の立場から取材を続けてきた浅野健一さん(ジャーナリスト)の〈「ふるさとは原発を許さない」――伊方再・再稼働阻止高松集会〉、につづき三上治さん(「経産省前テント広場」スタッフ)の〈持久戦とはいうけれど 石牟礼道子さん追悼〉が続く。

常連執筆陣の中で、納谷正基さん〈反原発に向けた想いを 次世代に継いでいきたい〉14回目〈あなたにはこの国に浮かび上がている地獄図絵が、見えますか?〉に多くの読者諸氏は息をのむだろうことを確信する。これまでもダイレクトな表現で放射能の危険性、原発の理不尽を高校生の前で、またラジオで語ってきた納谷さん。今号の文章はご自身に起きた重大な健康上問題を隠さず、いま目の前にある「地獄図絵」をあなたは見ているか? 見えているか? 見えないのか? と問いただす。「命の叫び」と言っても過言ではない文章から読者諸氏は何を感じるだろうか。

板坂剛さん〈月刊雑誌『Hanacuso』2月号を糺す!〉は硬派(?)な論考の多い本誌の中で、遊び心と痛烈な毒を盛って笑わせてくれる「清涼剤」と言ったら失礼だろうか。今号の板坂流「遊び」はこれまでで最高の出来栄えではないだろうか。請うご期待!

不肖拙著の〈悪夢の時代を直視して〉では歴史的時間軸と世界を俯瞰するとき、この国のシステムが持つのか、「将来」などあるのかを問いかけた。

その他に再稼働阻止全国ネットワークによる全国からの運動報告〈大衆行動―国民運動が「原発やめる」の決め手だ〉も北海道から九州まで盛りだくさんで、いま、現地はどう動いているか?の克明なレポートが届けられている。

15号目となった『NO NUKES voice』は皆様のご協力で、確実に成長できていることを実感する。この雑誌がさらに成長し、どの書店でも平積みとなり、そして発展的「廃刊」できる日がいつか必ずくることを信じて、編集長以下今号も全力で編纂した。お読みいただき、忌憚のないご意見・ご感想を頂ければ幸いである。(田所敏夫)

本日10日発売『NO NUKES voice』15号 〈3・11〉から7年  私たちはどう生きるか

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『NO NUKES voice』15号目次
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総力特集〈3・11〉から7年
私たちはどう生きるか

[グラビア]伊方の怒りはやがて勝つ(写真・文=大宮浩平)

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
3・11から七年 放射能はいま……

[インタビュー]小出裕章さん一問一答
「原発を止めさせる」ならば、小泉さんとも共闘する

[講演]吉岡斉さん(前原子力市民委員会座長、九州大学教授)
《追悼掲載》原発ゼロ社会のための地域脱原発

[講演]米山隆一さん(新潟県知事)
原子力政策と地域の未来を問う

[講演]木幡ますみさん(福島県・大熊町議)
原発は人々の活力を奪う

[報告]尾崎美代子さん(「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主)
あらかぶさんはなぜ白血病になったのか

[インタビュー]山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)
国民の声がどれだけ大事か

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
「人間の尊厳」としての脱原発

[報告]田所敏夫(本誌編集部)
悪夢の時代を直視して

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとはなにか〈12〉
七年で完全復活した電力会社PR

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
福島事故・忘れてはいけない五つの問題

[報告]大宮浩平さん(写真家) 
《伊方撮影後記》ここには怒りがある

[報告]川村里子さん(大学生)
斉間淳子さんたちに聞く「伊方原発うごかすな」半世紀の歩み

[インタビュー]外京ゆりさん(グリーン市民ネットワーク高知)
「いかんもんは、いかん!」土佐・高知の闘い

[報告]浅野健一さん(ジャーナリスト)
「ふるさとは原発を許さない」伊方再・再稼働阻止高松集会

[報告]三上治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
持久戦とは言うけれど 石牟礼道子さん追悼

[報告]納谷正基さん(高校生進路情報番組『ラジオ・キャンパス』パーソナリティー)
反原発に向けた思いを次世代に継いでいきたい(14)
あなたにはこの国に浮かび上がる地獄絵が、見えますか?

[報告]板坂剛さん(作家・舞踊家)
月刊雑誌『Hanacuso』2月号を糺す!

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
大衆行動―国民運動が「原発やめる」の決め手だ
《東京》 柳田 真さん/《泊》 瀬尾英幸さん/《福島》 佐々木慶子さん
《東海》 大石光伸さん/《東電》 渡辺秀之さん/《規制委》 木村雅英さん
《再稼働に抗する》 青山晴江さん/《若狭》 木原壯林さん
《伊方》 秦 左子さん/《九州電力》 青柳行信さん/《自治体議員》 けしば誠一さん

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

死刑・原発・東京新聞 ── 不整合な一年が暮れる

これは12月20日頃ネット上での東京新聞Webの冒頭画面だ。

 

この切り取りの中には、平然としているが、本来かみあわないはずの突合が無理やり詰め込まれている。東京新聞(中日新聞)は明確に原発に疑義を呈している。福島第一原発事故の後に東京新聞は契約部数を増やした。契約増の理由は、事実を伝えない他の全国紙よりも信憑性が高いと評価されたからだ。

ところが、このネット上の記事にはあろうことか「東京電力」の広告が画面中心に登場する。東京電力の広告は東京新聞が選択し、広告掲載契約を結んだものではないだろう。多数の閲覧者があるHPやブログでスポットCMのように、次々とかわるがわる入れ替わる方式の広告表示形態が、ある瞬間このようなマッチングとなっただけのことなのだろう。それにしても媒体の性格やブログの主張している内容と、まったくそぐわない広告が偶然にしても並び立つこの表象は、情報錯乱時代の意味論の視点からは示唆的な光景である。

反自民を標榜するある個人のブログを見ていたら、総選挙期間中しきりに安倍の顔が映し出される自民党の広告が表示されていた。紙媒体であれば、あのような現象はおこらない。反自民を主張するビラや冊子に自民党が広告を出すことはないし、発行元は仮に広告掲載の依頼があろうと断るだろう。

ネット上のスポットCMは媒体性格など関係なしに、おそらくは広告主からポータルサイトに支払われた広告代金にそった頻度で登場するのだろう。画面上での本来の主張との不整合は、いまのところ別段問題にされてはいないようだ。ただし、この画面を見て、「なんかへんだなぁ」とあやしさを感じ取る感性は保持しておきたいと思う。

◆犯行時19歳の死刑執行と光彦君の友人

そしてタイトルの「犯行時19歳の死刑執行 92年の市川一家4人殺害」記事に、「ああ」と声をあげたのは私だけではなかった。辺見庸は自身のブログで12月19日「絞首刑」直後にタイトルも「絞首刑」とし、絞り出すように書いている。

◎さようなら、光彦君・・・

友人が殺されるというのは、つらいものだ。

今朝、光彦君らが死刑に処された。
予感があったのであまりおどろかなかったが、やはりくるしい。重い。
気圧や重力や光りの屈折のぐあいが、このところ、どうもおかしい。

きみは〈やめてくれ!〉〈たすけてくれ!〉と泣き叫んだか。
あばれくるったか。〈お母さん〉と叫んで大声で
泣いたか。刑務官をどれほど手こずらせたか。
それとも、お迎えがきて、あっけなく失神したか。まさか。

きみは何回、回転したか。ロープはどんなふうに軋んだか。
宙でタップダンスを踊るように、足をけいれんさせたか。
鼻血をまき散らしたか。
舌骨がへし折られたときどんな音がしたか。
脱糞したか。失禁したか。目玉がとびでたか。
首は胴から断裂しなかったか。

けっきょく、再審請求も犯行時未成年も考慮されはしなかった。
考慮されたのは、「適正に殺す」ために、
きみのせいかくな体重とロープの長さくらいか。
さて、なぜ、けふという日がえらばれたか、知っているか。
平日。国会閉会中。皇室重大行事なし、だからだ。
国家は、ごく静かな朝に、ひとを「公式に」くびり殺すのだ。

やんごとないかたがたのご婚約、ご成婚、ご懐妊発表の日には
絞首刑はおこなわれない。
おことば発表の日にも、ホウギョの日にも、絞首刑はおこなわれない。
聖人天皇もマドンナ皇后も、死刑はおやりにならないほうがよい、
などというお気持ちのにじむおことばをお話しあそばされたことはいちどもない。
なぜか。

連綿たる処刑の歴史のうえに、ドジンのクニの皇室はあるからだ。
ひとと諸事実(そして愛の)の多面性と多層性について、
光彦君、ずいぶんとおしえられたよ。ありがとう!
ひとと諸事実(そして愛)の多面性と多層性については、
法律もジャーナリズムも、ほとんどの文学も、
まったくおいつかないことをとくと学んだよ。

災厄でしかない国家のなしうるゆいいつの善政とは、死刑の廃止であった。
死刑をつづける国家と民衆は、さいだいの災厄ー戦争をかならずまねくだろう。
にしても愚劣なマスコミ!

今夜はNirvanaを聴くつもりだ。
さようなら、光彦君・・・。

◆辺見庸と東京新聞

辺見と2017年12月19日、日本国から合法的に「殺された」関光彦さんのあいだに、10年を超える親交があったことは以前から知っていた。『いま、抗暴のときに』をはじめ辺見のエッセーには、匿名ながら幾度も関さんが「私の作品をもっとも深く理解する読者」として記されている。でも、死刑にはもとより反対の立場である私は、関さんの挿話を「死刑反対」の意を強くする補完材料として読んだのではない。逆だ。「殺す」とはいったいどういうことなのか、「死刑」判決を受け拘置所でいつ来るともしれない「その日」を待つひとの心のありようを自分は自分のこととして、これ以上ムリだと言い切れるほど思いを巡らしたのか。そして被害者(関さんであれば関さんがあやめた4名の)へどう立ち向かうのか。それらすべてを整理できなくとも、覚悟をもって「撤回のきかない最終回答」として「死刑反対」といいきれるのか、を問われ、鍛えられた命題だった。

一方、東京新聞の記事本文は、
〈法務省は十九日、一九九二年に千葉県で一家四人を殺害し、強盗殺人罪などに問われた関光彦(てるひこ)死刑囚(44)=東京拘置所=と、九四年に群馬県で三人を殺害し、殺人などの罪に問われた松井喜代司(きよし)死刑囚(69)=同=の刑を同日午前に執行したと発表した。上川陽子法相が命令した。関死刑囚は犯行当時十九歳の少年で、関係者によると元少年の死刑執行は、九七年の永山則夫元死刑囚=当時(48)=以来。二人とも再審請求中だった。(中略)
 上川氏は十九日に記者会見し「いずれも極めて残忍で、被害者や遺族にとって無念この上ない事件だ。裁判所で十分な審理を経て死刑が確定した。慎重な検討を加え、執行を命令した」と述べた。(中略)
 日弁連は昨年十月七日、福井市で人権擁護大会を開き、二〇年までの死刑制度廃止と、終身刑の導入を国に求める宣言を採択。組織として初めて廃止目標を打ち出した。
<お断り> 千葉県市川市の一家四人殺害事件で強盗殺人などの罪に問われ、十九日に死刑が執行された関光彦死刑囚について、本紙はこれまで少年法の理念を尊重し死刑が確定した際も匿名で報じてきました。しかし、刑の執行により更生の可能性がなくなったことに加え、国家が人の命を奪う究極の刑罰である死刑の対象者の氏名は明らかにするべきだと考え、実名に切り替えます。〉

東京新聞は「国家が人の命を奪う究極の刑罰である死刑の対象者の氏名は明らかにするべきだと考え、実名に切り替えます。」と結んでいる。この記事末尾を一片の「良心」ととらえるか「いいわけ」と判断するかは見解が分かれよう。本質はそんなことではない。

「死刑」は重大な問題だ。私は確信的に「死刑」」に反対する。その原点の延長線上に「原発反対」も位置し、「原発反対」を旗印にする「東京新聞」への「一定の評価」も付随する。天皇制への異議も同様だ。しかし東京新聞の名前の横に「東京電力」の広告が表示され、関さんへの「死刑」記事が8割がた記者クラブ発表記事として文字化され、最後に<お断り>で結ばれる。この不整合が不整合ではなく、あたかも体裁が整っているかのように完結する(私にとって意味はまったく完結していないけれど)流れが2017年を物語っているように思える。

不整合な一年だった。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』14号【新年総力特集】脱原発と民権主義 2018年の争点
『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』

2017年の『NO NUKES voice』と2018年の〈福島・原発〉VS〈五輪・改憲〉

◆広島高裁の野々上友之裁判長の覚悟が司法や社会へ灯火を輝かせてくれた

『NO NUKES voice』11号【特集】3.11から6年 福島の叫び(2017年3月15日)

2017年師走。ひさびさ胸のすく吉報が全国を駆け巡った。12月13日広島高裁の野々上友之裁判長が、四国電力伊方発電所3号機の運転差し止めを求め、広島市民らが申し立てていた仮処分の即時抗告で運転差し止めの決定をくだした。この決定によって伊方原発3号機は実質的に運転再開が不可能となり、仮処分とは別に争われている本訴で判決が覆らない限り運転を再開することはできない。

この決定が野々上友之裁判長の判断によるものであることは、報道から伝わっていたが、個人的に野々上裁判長を知る方が、野々上裁判長の人となりと、この「決定」に込められた意味を解説してくださった。野々上裁判長は良心的かつ在野精神を失わない裁判官として、法曹界の一部ではかねてより名前を知られていた方だそうだ。今回の「決定」を下すにあたっても、「完全でまったく抜け穴のない『決定』にすれば最高裁での逆転がありうることから、運停停止の期限をあえて『2018年の9月30日』とし、「決定」が確定するように智慧をしぼられたのではないか」とその方は分析しておられた。

伊方原発の危険性は日本最大の活断層「中央構造線」が目の前に走っていることが、最大の危険要素であり、万が一の事故の際には多数の住民が避難できない地理的条件もしばしば指摘されていた。野々上裁判長は運転停止決定の根拠を「あえて」阿曽山の噴火の危険性とした。これは「決定」が言外に川内原発や玄海原発の危険性にも広がりをもつことから、まさに「画期的」な判断と言えよう。野々上裁判長は間もなく定年退職を迎えられるそうだが、裁判官としての集大成として、このように人間の尊厳に立脚した判断を下された。裁判官としての覚悟が、この島国の司法や社会へ灯火を輝かせてくれた。

◆誰一人として無関係ではない福島と原発
 2018年、わたしたちはいかなる「哲学」がいま求められているのか

『NO NUKES voice』12号【特集】暗い時代の脱原発──知事抹殺、不当逮捕、共謀罪 ファシズムの足音が聞こえる!(2017年6月15日)

他方福島を中心に、東北や関東から避難された方々の筆舌に尽くしがたい苦難の日常を私たちは直視し続けたいと思う。福島で被災された方々はもちろんのこと、首都圏でも原発事故が原因ではないか、と疑われる健康被害が顕在化しはじめている。「因果関係」を証明できないのを奇貨として、為政者や悪辣な医師どもは「事故とは関係ない」と言い放つが、証明する責務は事故を起こした側にあるのではないか? 刑事司法では「疑わしきは罰せず」が原則であるが、被爆由来の疾病は完全にそのメカニズムが解明されていない以上「疑わしきはとことん調べる」を基本に据えるべきではないだろうか。

「原発には現代社会の矛盾が凝縮されている」、と『NO NUKES voice』 を編纂する中でわたしたちは学び、読者に伝えようと毎号全力を傾注している。原発じたいの明確な危険性、運転すれば必ず生み出される廃棄物(数十万年から百万年絶たないと無毒化できない)の処理方法が見つからない中で平然と行われる再稼働、「経済至上主義」=目の前の利益回収だけにしか興味がなく、自分の定年や世代だけの利益が回収できればよいとする、究極の無責任。その重大命題への関心を捻じ曲げるために躍起になる経済界、電力会社、広告代理店、御用学者。そして「平和の祭典」の名のもとに、あろうことか「東北復興」を錦の御旗に開催されようとしている「東京五輪」。日々7千名と言われる事故収束作業に従事する作業員の方々の被爆・健康管理への無関心。

原発を凝視すればそこから現代社会(文明)の根腐れした課題と、必要とされる「哲学」の欠如が必然体に浮かび上がる。2018年、わたしたちはいかなる「哲学」がいま求められているのか、も編集の課題に据えようと考える。誰一人として無関係ではない、無関係でいようと思ってもそうはさせてくれない。政治と市民同様の関係がいま生きるすべての人びとと原発のあいだには宿命づけられている。

◆「東京五輪」や「改憲策動」は福島復興の妨害物である

『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて(2017年9月15日)

「果報は寝て待て」では前進できないし「寝た子を起こす」ことなしに「原発」をとりまく巨大なシステムを打ち崩すことはできない。全国各地、世界中で地道に反・脱原発に取り組む皆さんと手を携え、文明・哲学の視点からも原発問題を徹底的に読み解き、いまだ示されぬ解決への道筋(それは多様で多岐にわたろう)を着実に探っていきたい。微力ではあるが『NO NUKES voice』 はそのための情報発信媒体としての役割を自覚し、みずからもさらなる成長の階段を上がらなければならないと自覚する。

さしあったってまったく福島の復興の妨害物でしかない「東京五輪」や「改憲策動」にも目配りをしながらみなさんとともに歩みを進めていきたいと覚悟を新たにするものである。道程は短くないかもしれないが、今日の1歩がなければ明日はやってこない。諦念に陥ることなく、地道にともに闘うみなさんを少しでも元気づけられる存在となれるよう、また原発に楽観的(無関心)な方々に「気づき」のきっかけとなれるよう、その一端を担いたい。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

最新刊『NO NUKES voice』14号【新年総力特集】脱原発と民権主義 2018年の争点(2017年12月15日)
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

三上治さんの『吉本隆明と中上健次』〈3〉「大衆の原像」と「路地」の基層

三上治さん

吉本隆明の一番弟子であり、また元ブント(共産主義者同盟)叛旗派の「親分」でもあり、さらに現在ではテントひろばメンバーとして活動を続ける三上治(味岡修)さん。2017年9月、彼の新刊『吉本隆明と中上健次』(現代書館)が上梓された。三上さんには吉本・中上との共著もあり、また雑誌『流砂』(批評社)でも繰り返し吉本などについて論じてきたのだ。

そして10月20日、「三上さんの『吉本隆明と中上健次』出版を祝う会」が、小石川後楽園涵徳亭にて開催された。今回、この書籍と「出版を祝う会」について、3回にわたってお届けする。今回はその最終回である第3回目だ。

◆「真実の世界が表現されることは、政治的な表現では不可能」

案内文は以下の通りだ。

「我らが友人、三上治さんが『吉本隆明と中上健次』を刊行しました。彼は今、経産省前での脱原発闘争や雑誌『流砂』の刊行を継続しながら、『戦争ができる国』への足音が近づくなか、それを阻止すべく奮闘しています。指南力のある思想がみえなくなっている現在、思想の存在と可能性を問う試みをしているのだと思います。

何はともあれ、出版のお祝いをしたいと思います。安倍政権のなりふり構わぬ解散の喧噪をよそに、都心の庭園を眺めながら歓談しようではありませんか。どうか万障お繰り合わせの上、お出かけください。心よりお待ち申し上げます。」

淵上太郎さん(「経産省前テントひろば」共同代表)

発起人は伊藤述史さん(東京女学館大学・神奈川大学講師)、今井照容さん(評論家・編集者)、菊地泰博さん(現代書館代表)、菅原秀宣さん(ゼロメガ代表取締役)、古木杜恵さん(ノンフィクションライター)。テントひろば、元ブント、元叛旗派のメンバーから、出版・文学関係者、評論家まで、三上さんの幅広い「友人」たちが、新刊の出版を祝うべく集まった。

◆「何のために生きるのか」という問い

10月20日の「三上さんの『吉本隆明と中上健次』出版を祝う会」では、多彩な顔ぶれによる挨拶がおこなわれた。

9条改憲阻止の会やテントひろばの仲間である淵上太郎さんは、「『味さんは、革命家ですか、評論家ですか』という質問をしたところ、『私は革命家だ』との答えを得た」と振り返る。また、「互いにテントに足を運ぶのは、吉本さんの現場主義と密接に連動するのではと最近改めて思う」とも語った。

橋本克彦さん(ノンフィクション作家)は、「三上さんは刑務所にいた頃、吉本の『共同幻想論』(河出書房新社)をボロボロになるまで読み、育ってきた」と伝える。

橋本克彦さん(ノンフィクション作家)

そして三上さんは、「若い頃、僕らは何のために生きるのか、どう生きたらいいのかについて、ずっと悩んでいた。これに回答を出してくれるのではないかと思い、吉本にこの質問をぶつけたら、彼は下を向いて困ったような感じでありながら、共同性と個人性に関する思想の話をした。それをまどろっこしいと思って聞いていたが、やはり共同性のこと、詩(作品)のこと、自分の身体や病気のこと、連れ合いや孫など家族のこと、政治のことなどを並行して考えながらやっていくしかないということを吉本さんはいったのだろうと改めて考えている。そして、吉本さんも回答を出しきれなかったのだろうと思っている」と語った。

また、中上については、「悩みの中にある人間が大事で、それが人間の本質であることを示したのではないかということに安心・共感してきた」という。

そして、二人の共通性として、次の言葉も口にした。

「吉本も中上も、積極的に他者に関わる形の自意識のあり方が苦手というか、どちらかというと受け身の方でした。これは人間の他者との関係でもありました。その受け身の意識という問題を抱えていた。これは自我の問題でもあるのですが、受け身の在りようを日本人の意識の形として否定的ではなく考えようとしました。これは日本人の歴史的な在りように関わることでそこで近代自我と格闘したのです。それを最初にやったのは漱石でした。夏目漱石は当時、ヨーロッパと遭遇し、意識としての人間のあり方を考えたのではないかと思います。この自意識についてまともに考え、書いたのはその後は太宰治です。自意識を積極的に展開することに拒絶反応があり、受け身の意識の形の人間の価値や意味をうちだそうとして、吉本と中上は苦しんだのではないかと思います。そういう人間に対する理解ややさしさがあったのです。吉本の大衆原像論や中上の路地論には根底としてそれがあったように思います。僕は、吉本や中上と会って、自由や安らぎを感じた。それにはこれがあったのだと思いますが、若い世代に伝わるのだろうかと、本書を書きながら思いました。もう少し違う形で書ければという気持ちが残ったところです」

福島泰樹さん(歌人)

◆「真実の世界が表現されることは、政治的な表現では不可能」

祝う会の後半では、福島泰樹さん(歌人)による「短歌絶叫コンサート」もあった。

そして、足立正生さん(映画監督・元パレスチナ解放人民戦線ゲリラ)は、「『人間は幻想の存在だ』と60年代から世間を惑わした吉本と中上について書いているが、もっと悪いのは味岡。自然と非自然(倫理学で、道徳的な判断の対象となるのは自然的事実・事物によって構成され、快楽や進化を善と考える自然主義と、自然的対象・存在ではないとする非自然主義)、永久革命論(社会主義革命は一国内では不可能で、世界革命にいたって初めて可能になるとする理論)。そういう具合にまとめるのではないが、三上がまとめねばならない。中上や吉本は中間点。墓でなく、生きた革命の博物館がここにある。アジテーターはオレでなく味岡。今後も書くということは、永続革命をやるということだ」とエールを送る。

菅原秀宣さんは、「弟子として、味岡さんからは、人のことを下げて自分を上げない、人を排除しないことを教わった」という。

足立正生さん(映画監督、元パレスチナ解放人民戦線ゲリラ)

伊達政保さん(評論家)は、「ジョンレノンはニューヨーク・コンサートで『叛』の字の入ったヘルメットを被った。『イマジン』は共同幻想論」と三上さんの功績を告げた。

また、金廣志さん(塾講師・元赤軍派)は、「連赤(連合赤軍)の後に一五年間逃亡。いちばん読み、苦しいときに助けになったのは、味さんの文章だった。味さんだけが自分の言葉を使った」と評価する。

私は三上さんと出会い、吉本隆明や谷川雁と出会った。記憶が正確でないかもしれないが、「自由を求め、あがき続け、日々を更新し続ける」という三上さんが伝えてくれた言葉は常に活動する私を支えてくれる。原発について、人間の存在について改めて問いかける本書。ぜひ手に取ってほしい。(了)

▼小林蓮実(こばやし・はすみ)[文]
1972年生まれ。フリーライター。労働・女性運動等アクティビスト。『現代用語の基礎知識』『情況』『週刊金曜日』『現代の理論』『neoneo』『救援』『教育と文化』『労働情報』ほかに寄稿・執筆。
◎「山﨑博昭追悼 羽田闘争五十周年集会」(『紙の爆弾』12月号)
◎「現在のアクティビストに送られた遺言『遙かなる一九七〇年代─京都』」(デジタル鹿砦社通信) 

 
『NO NUKES voice』14号【新年総力特集】脱原発と民権主義 2018年の争点 [報告]三上治さん「どこまでも続く闘いだ──塩見孝也さんの訃報に接して」他

三上治さんの『吉本隆明と中上健次』〈2〉『枯木灘』と世界の裂け目

 
三上治『吉本隆明と中上健次』(現代書館2017年9月)

吉本隆明の一番弟子であり、また元ブント(共産主義者同盟)叛旗派の「親分」でもあり、さらに現在ではテントひろばメンバーとして活動を続ける三上治(味岡修)さん。2017年9月、彼の新刊『吉本隆明と中上健次』(現代書館)が上梓された。三上さんには吉本・中上との共著もあり、また雑誌『流砂』(批評社)でも繰り返し吉本などについて論じてきたのだ。

そして10月20日、「三上さんの『吉本隆明と中上健次』出版を祝う会」が、小石川後楽園涵徳亭にて開催された。今回、この書籍と「出版を祝う会」について、3回にわたってお届けする。このテキストは、その第2回目だ。

◆「真実の世界が表現されることは、政治的な表現では不可能」

この3回分の原稿は、『NO NUKES voice』掲載予定が変更になったのだが、当初は中上について、あまり触れなかった。それは、中上の原発への言及は本書で特に記されていなかったからだ。ただし、本書の第4章は「中上健次へ」、第7章は「再び、中上健次をめぐって」の章タイトルがつけられている。たとえば4章では、「中上と三島の差異」として、三島由紀夫との比較が綴られているのだ。

そこでは、中上の長編小説『枯木灘』が取り上げられている。以下、『枯木灘』のいわゆるネタバレを含む。主人公・秋幸は海と山と川にはさまれた環境でありながらも食い扶持の得られない「路地」に生まれ育つ。彼は父・龍造を「蠅の王」「蠅の糞」と呼び、龍造は「一向一揆の苦しみを伝える」浜村孫一(鈴木孫一を指すとも)の子孫であると主張して碑を建てる。「蠅の王」といえば、ウィリアム・ゴールディングの小説が想起され、わたしもハリー・フック監督による映画化作品を観たことがある。秋幸は異母妹と知らず、さと子と関係を結んでしまうが、それに対して龍造は「しょうないことじゃ、どこにでもあることじゃ」と口にするのだ。秋幸は、この関係を含め、「誰にでもよい、何にでもいい、許しを乞いたい」と願う。そして彼は、浜村孫一を「男(龍造)の手から」「取り上げる」ことで「男を嘆かせ苦しめ」ようと考えもした。だが、「日と共に働き、日と共に働き止め、黙って自分を耐えるしかない」と思い、「徒労」を快と感じるような労働によって「無」になる日常を続ける。しかし、盆踊りの唄「きょうだい心中」が暗示するとおり、そして異母兄の郁男が秋幸も龍造も殺せず自死したことなどにも似たように追いつめられ、結局秋幸は異母弟の秀雄を殺してしまう。育ての親である繁蔵は、秋幸をかわいがってきた。ちなみに「きょうだい心中」は類似の歌詞を作者不詳とし、山崎ハコが曲をつけて歌っている。

▼三上治(みかみ・おさむ) 1941年、三重県生まれ。66年、中央大学中退。75年、共産主義者同盟叛旗派から離れ、雑誌『乾坤』を主宰し、政治評論・社会評論などの文筆活動に専念。編集校正集団聚珍社に参画し、代表を務める。同社を退職後、再び文筆の活動をおこない、「9条改憲阻止の会」で憲法9条の改憲阻止の運動を遂行。著書に『一九七〇年代論』(批評社)、『憲法の核心は権力の問題である──9条改憲阻止に向けて』(お茶の水書房)ほか多数

三上さんは、この作品と、三島の『太陽と鉄』を比較し、「秋幸は三島のこの世界を連想させるが、三島の人工性と違って、秋幸には自然性が感じられる分だけ魅かれるところがある」と述べる。『太陽と鉄』は未読で恐縮だが、吉本さん・中上さん・三上さんの共著『いま、吉本隆明25時』(弓立社)の中上健次「超物語論」の冒頭で吉本は「日本の物語は、よくよく読んでいきますと、人と人との関係の物語のようにみえていながら、大体人と自然との関係の物語です」と語っているのが興味深い。もちろん三上さんの「自然性」と吉本の示す「自然」に相違はあろうが、共通する部分もあると思う。

また、三上さんは、「真実を書くのは恐ろしいことである」として、「濃密な親子、あるいは兄弟関係、愛と憎しみとが表裏にある世界、この真実の関係性を表現したのである。これが中上の作品が現在でも色褪せず、輝きを失わない理由である」「真実の世界が表現されることは、政治的な表現では不可能である。それが言い過ぎなら部分的である。このことは確かであり、政治的解放が人間の解放にとっては部分的であるのと同じだ」と記す。これもまた、『いま、吉本隆明25時』の「超物語論」の後に登壇した吉本が「党派的思想というのは全部無効ですよ。真理に近いことをいったりやったりするほうが左翼ですよ」と発言していることと結びつく。

◆土地や血縁の呪縛

『枯木灘』から個人的に、田中登監督の劇映画『(秘) 色情めす市場』を連想した。人は、「血」や環境や条件を選んで生まれてくることができない。だが、それに抗おうとして生きる。しかし、抗おうとするほど、深くそこに飲み込まれていくのだろう。『枯木灘』で秋幸は、ある種の復讐を果たしたかもしれないし、せざるをえなかったのかもしれない。『(秘) 色情めす市場』でも、女性主人公が絶望したからこそ、あのラストがある。現在、貧困、環境による「不幸」、絶望は見えづらくなっているが、わたしは、このような世界と紙一重の世界に生きているという実感をもつ。ただし、『枯木灘』は、徹の姿で幕を閉じる。徹もまた土地や血縁の呪縛から逃れることはできないのかもしれず、奇妙な読後感が残るのだ。ちなみに龍造の視点で綴られる番外編『覇王の七日』も書かれた。

ところでわたしが好きな作家は、「無頼」で、世間的には「ダメな人間」というレッテルを貼られるような登場人物を描く作品を愛する。この登場人物たちは、時代や環境が変わろうとも、このようにしか生きられないのだろうと感じたりするのだ。いっぽう、中上作品の登場人物は皆、社会の被害者であるように感じた。ひとことで表現してしまうと薄っぺらで恥ずかしいかぎりだが、このあたりに中上さんが吉本さんや三上さんとつながったポイントのようなものがあり、当時はまたそのような人同士がつながる時代であったということでもあるのかもしれない。いずれにせよ、土地や血縁の呪縛のようなものに一時期恨みを抱いていた、そして社会運動を続けようとするわたしにも、中上作品は興味深いものであることはたしかだ。

◆24時間の世界と「25時間目」の世界との裂け目をどうするか

三上さんは『吉本隆明と中上健次』で、「日本国の『共同幻想』」を「超える共同幻想とは、日本人や日本列島の住民の幻想という意味である。文化といってもよい。大衆原像の歴史的な存在様式といってもいい」などと述べている。

『いま、吉本隆明25時』のイベント冒頭で中上は、「十代のころから吉本隆明を読んでいてずっと読み続けているのだけれども、吉本隆明という人間はもともとマルチプル(多様・複合的)なのだけれども、さらにもう少しいままでのレベルをメタのレベルみたいに展開しはじめた。それで吉本さんと突っ込んで話してみたいと思いました」「吉本隆明っていう存在は、もっと、こう、何か一つの事件なんじゃないか。あるいは、一つのプラトーを示している」「一人の思想家が、やっぱりマルチプルにものを考えていくっていうのは、やっぱりすごいことだと思うし、驚異だと思うんです」と挨拶している。そして彼自身は、この集会で、「超物語論」について語っているのだ。

また吉本は、「超物語論」の冒頭で、「典型的な中上さんの物語は、もの狂いの世界に集約されるべき心理的要素といいますか、狂いの要素っていうのが、死者の世界と前世の世界みたいなもののところへまで、拡張されている」ともいう。いっぽう中上は、物語というのは、「コロス(古代ギリシア劇の中で劇の説明をする合唱隊)の問題、あるいはポリフォニー(複数の独立したパートからなる音楽)の問題、それを同時にはらんでると思うんですよ。これは共同性の問題ですよね」と述べ、ミハイル・バフチンのドフトエフスキー文学は各人の思想や人格を尊重されているとする「ポリフォニー論」に触れる。また、質疑応答で島田雅彦が「乱入」するわけだが、これを今改めて読むと、自分の思想を問い直される。個人的には実は、ネイティブアメリカンの「グレイト・スピリット」に共感し、1人ひとりに内なる神が存在する、その内なる神同士を尊重するというコミュニティの考え方が、行き着いた先の2000年代、2010年代にわたしがしっくりくる考え方なのだ。だから、同世代にローカリゼーションや東アジア連帯、エコロジーなどの運動に携わっていく人が多いこともうなずける。そこに吉本は、最低綱領と最高綱領の話をもってくるわけだ。

『吉本隆明と中上健次』終章で三上さんが触れた、24時間の世界と「25時間目」の世界との裂け目をどうするかという、「25時間目」が革命を意味する時の課題。これに向き合うために、『吉本隆明と中上健次』『いま、吉本隆明25時』『枯木灘』を並べて読むということを試みてみた。道楽者仲間の通信読者の方がいらっしゃれば、おすすめの方法だ。感想やご意見もお聞きしてみたい。(つづく)

▼小林蓮実(こばやし・はすみ)[文]
1972年生まれ。フリーライター。労働・女性運動等アクティビスト。『現代用語の基礎知識』『情況』『週刊金曜日』『現代の理論』『neoneo』『救援』『教育と文化』『労働情報』ほかに寄稿・執筆。
◎「山﨑博昭追悼 羽田闘争五十周年集会」(『紙の爆弾』12月号)
◎「現在のアクティビストに送られた遺言『遙かなる一九七〇年代─京都』」(デジタル鹿砦社通信) 

 
12月15日発売『NO NUKES voice』14号【新年総力特集】脱原発と民権主義 2018年の争点 [報告]三上治さん「どこまでも続く闘いだ──塩見孝也さんの訃報に接して」他

三上治さんの『吉本隆明と中上健次』〈1〉 3・11の衝撃と「25時間目」の革命

 
三上治『吉本隆明と中上健次』(現代書館2017年9月)

吉本隆明の一番弟子であり、また元ブント(共産主義者同盟)叛旗派の「親分」でもあり、さらに現在ではテントひろばメンバーとして活動を続ける三上治(味岡修)さん。2017年9月、彼の新刊『吉本隆明と中上健次』(現代書館)が上梓された。三上さんには吉本・中上との共著もあり、また雑誌『流砂』(批評社)でも繰り返し吉本などについて論じてきたのだ。

そして10月20日、「三上さんの『吉本隆明と中上健次』出版を祝う会」が、小石川後楽園涵徳亭にて開催された。今回、この書籍と「出版を祝う会」について、3回にわたってお届けする。

◆吉本の思想を超えていく三上さんの反原発

『吉本隆明と中上健次』では、序章が「3・11の衝撃」、第1章は「死の風景・精神の断層」となっている。

序章では、たとえば「福島原発阻止行動隊」の結成についても触れ、以下のような注釈がつけられている。

「福島原発阻止行動隊」は、「福島第一原発事故収束作業に当たる若い世代の放射能被曝を軽減するため、比較的被曝の害の少ない退役技術者・技能者を中心とする高齢者が、長年培った経験と能力を活用し、現場におもむいて行動することを目的として、2011年4月に「福島原発阻止行動プロジェクト」として発足、以降『一般社団法人 福島原発行動隊』と改名し、さらに12年4月より『公益社団法人』の認定を受け活動を続けている」

▼三上治(みかみ・おさむ) 1941年、三重県生まれ。66年、中央大学中退。75年、共産主義者同盟叛旗派から離れ、雑誌『乾坤』を主宰し、政治評論・社会評論などの文筆活動に専念。編集校正集団聚珍社に参画し、代表を務める。同社を退職後、再び文筆の活動をおこない、「9条改憲阻止の会」で憲法9条の改憲阻止の運動を遂行。著書に『一九七〇年代論』(批評社)、『憲法の核心は権力の問題である──9条改憲阻止に向けて』(お茶の水書房)ほか多数

私は当初、三上さんからこの話を聴いた際、反対した記憶がある。周囲の30~40代による東北・関東から関西・九州・沖縄などへの避難・移転が相次いでいた時期で、60~70代とはいえ皆さんの体が心配だった。だが、三上さんの決意は変わらぬように見えたことも憶えている。本書では、この時の緊迫した状態についても記されている。まさに、当初「決死隊」とも呼ばれていた理由がよくわかるのだ。

また、「吉本が従来の見解を変えることを期待して」吉本の発言を確認し、彼のもとに足を運んでいたことが述べられる。3・11後、私は、やはり三上さんから、吉本は原発推進であることを聴いており、三上さんの思いの複雑さを勝手に想像したものだった。ただし、本書に、吉本の発言を追う背景として明確に、「僕が脱原発、あるいは反原発の運動をしていたからではない。吉本と梅原猛、中沢新一による鼎談集『日本人は思想したか』(新潮社/1995年刊)で、原発の技術的克服という問題に留保をしていたところがあったからだ」と記している。ただし、「あまり積極的に脱原発の運動に関与してこなかったのは吉本の影響だったと思えるところがある」とも吐露する。

吉本は『日本人は思想したか』で、「反原発ということに対しても反対です。その根拠はとても単純で、技術は必ず現在を超えると思っているからです」「原発よりも有効でありかつ安全であるという技術が出てきた時には、必ず自然廃滅されるんですね。僕はそういう意味で、技術を楽観的に考えていて、エコロジカルな思想、反原発の思想に反対であると言ってきたと思うんです」と述べている。

『吉本隆明と中上健次』に戻れば、3・11後、吉本の『毎日新聞』掲載の発言からも、三上さんは「科学技術の後退はあり得ないということと、原発の存続ということがあまりにもあっさりと結びつけられていることに疑問を感じるのである。ただ、吉本はこの時期に原発問題をどう考えるかで揺れ動いていたとも推察できる」という。そして、『思想としての3・11』(河出書房新社)での、吉本の「利用する方法、その危険を防ぎ禁止する方法をとことんまで考えることを人間に要求するように文明そのものがなってしまった」という言葉も紹介している。

◆原発をめぐる山本義隆と吉本隆明の科学論

さらに、山本義隆さん(科学史家、自然哲学者、元・東大闘争全学共闘会議代表)が『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』(みすず書房)で、「かつてジュール・ヴェルヌが言った〈人間に許された限界〉を超えていると判断しなければならない」と記述していることにも触れた。これは、『海底二万里』で知られるジュール・ヴェルヌの小説『動く人工島』のもつ「科学技術には〈人間に許された限界〉があるのではないか」というテーマ、問いかけを指す。そして三上さんは、「科学技術は無限に発展するという近代的な考えに疑念が出てきているのが現在ではないかと思う。原発事故の衝動がもたらしているのはこのことである。こういう人類的な課題を原発事故は象徴しているところがあるのだ」「現在の原発の存続の理由は、これまでの原発投資で形成されてきた既得権益のためである。独占的な電機業界と官僚(原子力ムラ)や政界の一部で出来上がっている既得権益の維持がその理由である」と記す。

私が3・11後に考えたことを一つ挙げるなら、「結局、答えが完全には明確でないなら、より知り、より考え、より感じるしかない」ということだ。三上さんは「科学技術としての可能性でなく現実性」という旨の表現を用いており、これこそが、わたしがより知ろうとしたことなのだろう。

そのうえ三上さんは、吉本の科学論をマルクスの自然哲学にもさかのぼって考える。「進むも地獄、撤退するも地獄」で「撤退してしまえ」なのだが、「吉本にはかつて科学技術者であったこだわりが強くあるのだろうか」と。マルクスに、人間は矛盾に満ちた地獄に引き裂かれる存在であるというものが含まれるのなら、私が「人間の美しさは葛藤にある」けれども「知り、考えて選び決意(して行動)することにこそさらなる美しさがある」と個人的に考えていることへと、本書は連なっていく。三上さんの言葉や文章は、常に「現実性」を経て「人間とはいかなる存在か」へと導いてくれる。

2017年10月20日、小石川後楽園涵徳亭にて開催された「三上さんの『吉本隆明と中上健次』出版を祝う会」

◆「25時間目」の革命

実は、この3回分の原稿は、『NO NUKES Voice』掲載予定が変更になったこともあり、本書にも多く取り上げられている原発問題に関する内容を中心に紹介してきた。ただし、本書には、ほかにも現在の運動にみられる「自立」のこと、吉本が参加していた「自由さと自立性」ある「ラジカルな行動」、80年代や『マス・イメージ論』、『最後の親鸞』と仏教思想などについても述べられている。

だが、ここでは、個人的な最近の関心から、吉本のいう「25時間目」について触れたい。本書を読んでいる際、運動の中で私は「The personal is political(個人的なことは政治的なこと)」という60年代以降のフェミニズムのスローガンにたどり着き、そしてこの「25時間目」という言葉を知った。三上さんの本書での説明によれば、「『25時間目』とは幻想という時間を意識し自覚することだ。そして幻想的世界を作り出す時間である」「24時間の世界との裂け目を生むものだった。この裂け目をどうするかが、『25時間目』が革命を意味する時の課題だった。別の言い方をすれば、生活と幻想を紡ぐことの矛盾の解決(対応)だった」という。

そして私は『いま、吉本隆明25時』吉本隆明・三上治・中上健次他著(弓立社)をパラパラとめくり、合点がいったというか、2018年にかけての運動のテーマの1つとして、「The personal is political」と「25時間目」を心に留めおこうと考えている。つまり、多忙で活動に参加できず、参加できても自らの問題を解決できずに、しかも運動に希望をもちづらい現在。それでも時には100年後を夢見ながらも運動を継続するためにも、私たち1人ひとりのことを「25時間目」の革命によって、幾度倒れても起ち上がり続けようという思いを抱いたわけだ。

『いま、吉本隆明25時』の主催者3人の挨拶「究極の左翼性とは何か─吉本批判への反批判─を含む」で、吉本は「結局抽象的な概念ということと、具体的なことをどのように結び付けていくのかっていうことを、僕は自分の育ちっていうのが左翼なんですけども、そこの中にあるさまざまな欠陥を考えました」、「市民社会の大多数を占めている一般大衆の考えてる事柄をじぶんの思想に取り込むという考え方が全くない」批判本は「怪文書だ」、「国家と資本が対立した場面では、資本につくっていうのがいいんです」、「人間とは何なんだという問いを発したとき、自然的な人間に対して抵抗することで、人間であるっていうような部分がたくさんあるわけです」と語っている。

80年代すら遠くなり、3.11も経て、現在の私たちだからこそ考え得ることはある。そして私は、現在の運動のための哲学や思想が不足していると10年ほど考えきたが、実はこれまでの膨大な歴史がすべての現在につながっていて、直接的に交流できる「自由を追い求めてきた先人」もいる。それにようやく気づいたのだった。(つづく)

【参考】
図書新聞 評者◆三上治 未知の革命形態へ触手をのばす――それぞれの苦しみと格闘
No.3146 ・ 2014年02月15日 (9)「今、吉本隆明25時」のこと

▼小林蓮実(こばやし・はすみ)[文]
1972年生まれ。フリーライター。労働・女性運動等アクティビスト。『現代用語の基礎知識』『情況』『週刊金曜日』『現代の理論』『neoneo』『救援』『教育と文化』『労働情報』ほかに寄稿・執筆。
◎「山﨑博昭追悼 羽田闘争五十周年集会」(『紙の爆弾』12月号)
◎「現在のアクティビストに送られた遺言『遙かなる一九七〇年代─京都』」(デジタル鹿砦社通信) 

 
12月15日発売『NO NUKES voice』14号【新年総力特集】脱原発と民権主義 2018年の争点 [報告]三上治さん「どこまでも続く闘いだ──塩見孝也さんの訃報に接して」他