1月4日、東京電力会長數土文夫(すどふみお)氏が社員に向けた年頭挨拶を行っている。その様子が下記URLで公開されている。數土氏は6分ほどの挨拶の中で、以下のように述べている(抜粋)。

東京電力・数土会長

「委員会は廃炉賠償の為に確保すべき資金として、22兆円という巨額な数字を提示しております。厳しい、の一語につきます。しかしながらここで必要とされるのは福島の責任を果たすために当社が存続を許されるという原点に返り、自ら最大限の改革挑戦することであります」

「定量化できないものはマネージできません。ぜひ自らのjob description(職務内容)を明確にしていただきたいと思います」

「私は東京電力に来てから、上司が部下を厳しく叱ったり、逆に心から褒めたりする場面を見たことがほとんどありません。論語には『仁者は必ず有徳者であるけれども、勇者はかならずしも仁者たらず、人徳者たらず』とあります」

「これからは厳しい経営改革をリードする皆さんには、自分自身に対する今まで以上の厳しさ、チームに対する今まで以上の厳しさが求められると同時に、周囲に対する敬意と思いやりも必要であると忘れないでいただきたいと思います」

「東京電力の厳しい非連続の経営改革の先には福島への責任を果たすため、オリンピックメダルの世界に冠たる企業になる、という夢があります。健全なるゲーム感覚で楽しんで夢に向かって挑戦していただきたいと、強く思っております」

東京電力ホームページより2017年1月4日東京電力・数土会長等 「2017年 年頭挨拶」

◎2017年1月4日東京電力・数土会長、広瀬社長「2017年 年頭挨拶」(約26分)

◆社会に「取りかえしがつかない」罪と損害を与えてしまった東電の贖罪は?

數土氏は東京電力の生え抜きではなく、大学卒業後は川崎製鉄に入社し、その後も鉄鋼畑で活躍した方である。NHKの経営委員長を勤めたこともあり、2014年から東京電力の会長に就任している。

數土氏の選ぶ言葉がなるほど、東京電力生え抜きのこれまでの社長や会長と違って感じられるのは長年、鉄鋼畑を歩いてきた経歴からであろう。彼の指摘の総論は一見正論に聞こえる。とりわけ冒頭に述べている委員会(原子力規制委員会)から、廃炉、賠償に22兆円を確保すべしと突きつけられ「厳しい、の一語に尽きます」と釘をさしているのは妥当である。

しかし、残念至極ながらやはり、彼がこれまで培ってきた経歴や経営者としての覚悟を語ってもそこには重大な欠落がある。それは「取りかえしがつかない」罪を犯し、人々に数値や金額では図ることのできない「回復不能」な損害を与えてしまった企業としての贖罪の意が決定的に欠如していることだ。

◆福島への責任を果たすための健全なるゲーム感覚とは?

「東京電力の厳しい非連続の経営改革の先には福島への責任を果たすため、オリンピックメダルの世界に冠たる企業になる、という夢があります。健全なるゲーム感覚で楽しんで夢に向かって挑戦していただきたいと、強く思っております」

この認識は率直に指弾しなければならない。「健全なるゲーム感覚で楽しんで」などという表現は仮に社内向けであっても(この映像は公開されているので社内だけに向けられたものではない)東京電力には許されざる認識だ。論語の引用で東電の社風を厳しく批判するのは結構であるが、「厳しい中にも楽しさ」は福島原発事故を起こした東電に許されるものではない。私はこの発言を断じて容認できない。

◆東京電力には法人としての「死刑」を執行するしかない

むしろ前段の現状認識が比較的穏当であるだけに、この「無責任な楽観表現」は到底看過できない。数土氏の人となりや思想に私は明るくない。おそらく鉄鋼畑では、優秀な経営者であったのであろう。しかしこの発言は福島原発事故前にこそ、なされるべきであったもので、事故を起こした「犯罪集団」がいかに業務効率を上げようが、自己に厳しくあろうが、すべては遅すぎるし、全くの失当なのだ。

私は刑法の死刑には強く反対する立場であるが、東京電力には法人としての「死刑」を執行するしかないだろう。すなわち、全資産を処分しての会社の清算を行ってもらうしか責任を「示す」方法はないと考える。仮にそのように会社「清算」を実行したとしても、規制委員会が指示した22兆円をあがなうことは到底できないし、忘れていただいては困るのは、「金」では置き換えられない人びとの「人生」を奪った罪は消え去ることがないということだ。

◆国にケツを持ってもらった「犯罪集団」に再生の道はない

そして數土氏の年頭挨拶には、被害者への謝罪へ直接の言及が皆無であることも見落としてはならない。実直な経営者なのかもしれない。だから経営を任された「事故物件」東京電力の再生に全力を傾注しているであろうことは、數土氏の言葉のはしばしから伝わってくる。しかし東京電力は、たんに経営不振な企業というわけではないのだ。グローバル企業に育てたいとの意欲は別ベクトルに向けてもらわなければ困る。

国にケツを持ってもらった「犯罪集団」にはいくら熱血漢の経営者を送り込もうとも再生の道はない。時計を2011年3月11日以前に戻すことが、もしできれば數土氏の言葉は意味を持つ、が、そんな「If」は現実には絶対不可能である。がゆえに數土氏の「年頭挨拶」はまたしても東京電力の犯罪体質の再宣言としてしか意味をなしていない。潔く頭(こうべ)を垂れて資産売却を行い清算せよ。これ以上「犯罪集団」東京電力の増長を許してはならぬ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年2月号

『NO NUKES voice』10号【創刊10号記念特集】基地・原発・震災・闘いの現場──沖縄、福島、熊本、泊、釜ヶ崎

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

2016年は原発広告が完全に復活し、しかも新たなプロパガンダ手法まで展開された年だった。年末にはもんじゅの廃炉決定という核燃サイクルの歴史的転換が起きたものの、原発ムラの野望はいささかも揺らいではいない。再び国民を騙そうと、陳腐な広告出稿を全国で展開中である。今回はその確認をしておこう。

◆青森、新潟、福井、静岡──原発広告を定期・不定期で出稿している4地域

2016年6月14日付東奥日報記事

現在、原発広告を定期・不定期で出稿しているのは以下の地域だ。

青森県  日本原燃を中心とした新聞・雑誌広告、テレビ・ラジオCM
新潟県  東電による新聞・雑誌広告、テレビ・ラジオCM
福井県  関電による新聞広告、シンポジウム実施
静岡県  中部電力による新聞広告、テレビ・ラジオCM
 
このほかの地域でも散発的な広告出稿はあるが、継続的な出稿が確認できているのは上記の県になる。

2017年1月5日付日本経済新聞記事

◆東奥日報──青森県や原燃と二人三脚で原発推進

各県の特徴を簡単に説明すると、青森県の東奥日報は311以前と全く変わらず、原発推進を社是としているとしか思えない新聞社で、青森県や原燃と二人三脚で原発広告や推進記事を掲載し続けている。

福井新聞と共に311以前から原子力産業協会(原産協)に加盟しており、ある意味全く原発推進姿勢のぶれない新聞である。広告だけでなく、女性読者限定の勉強会と称して原発関連施設見学会を定期的に開くなど、ヨイショ的なPR活動も積極的に行っている。

2016年2月11日新潟日報に掲載された東京電力15段広告

◆新潟日報──東電HPから消された15段広告

東電は現在、TEPCOの社名でインターネットのバナー広告などを打つ以外は、新潟県内に限って新聞・雑誌、テレビ・ラジオ広告を展開している。東電黒字化の切り札と言われる柏崎刈羽原発の再稼働を狙っているからだが、昨年10月に実施された知事選で、再稼働に反対の米山隆一氏が当選したことによりその可能性はかなり遠のいた。

それでもしぶとく広告出稿を続けているのだが、これに対しては県民及び福島県からの避難者からの強い抗議に晒されている。多くの人々から広告出稿中止を求められてもやめないのだから、東電という集団の傲慢さが非常に如実に表れている。

しかし、彼ら(新潟本社)のホームページを見ると、面白いことに気づく。

このページには過去の広告が全て掲載されているが、昨年2月11日に新潟日報に掲載した15段広告(別添)だけが欠けているのだ(出稿直後は掲載されていた)。福島第一原発の事故発生を防ぐことが出来なかった企業が『更なる「安全」を胸に』というキャッチコピーを使うのはおかしい、と私が『NO NUKES voice』はじめあちこちのメディアで批判し、東京新聞や朝日新聞でも記事掲載されたから、あまりに体裁が悪くて削除したのではないかと思われる。連中もある程度は批判を気にしているということだろう。

2017年1月5日付福井新聞記事

◆福井新聞──関電、原研、文科省と共犯する原発翼賛キャンペーン

福井県では関電が散発的に広告出稿しているが、前回も報告したように、原発翼賛シンポジウムなども積極的に行っている。それを福井新聞が紙面で紹介するのだから、同社も立派な共犯である。

そういえば、昨年末に廃止が決まったもんじゅの運営元である原研や文科省は、運転停止処分中で廃止がほぼ決定的だった2015年も、「改革の総仕上げに向けて」と題する15段の新聞広告を福井新聞に数度掲載していた。だが運転停止処分を平然と「改革」という言葉に置き換える鉄面皮でも、廃止を免れることは出来なかった。

中部電力ホームページより

◆静岡新聞──浜岡原発再稼働を目指す中部電力の広告出稿額は年間1億円超

そして昨年、原発広告の出稿が全国で一番多かったのは、静岡の浜岡原発再稼働を目指す中部電力である。主に静岡新聞への15段や7段広告シリーズの掲載、テレビ・ラジオCMの実施などで非常に目立っていた。もちろん、シンポジウムなどの実施にも余念がない。静岡新聞への出稿金額は年間1億円を超えていると思われ、同社にとっては大変有難い広告主になっている。

実際に静岡新聞は、東海地震や南海トラフ地震関連の記事は頻繁に載せるものの、最大の懸念材料である浜岡原発については事実報道のみで批判的な記事はほとんど載せていない。つまり中部電の広告掲載は、相手の批判力を削ぐ役目を立派に果たしているのだ。

東京電力ホームページより

◆「電力自由化」広告で巻き返しを図る電力会社の地元紙への「賄賂」

上記にあげたように、日本全国の原発所在地で原発広告は復活しているものの、現在その頻度は311に比べて少ない。しかし、実は隠れた懸念材料が他にある。昨年の電力自由化を口実に、電力各社が広告活動を活発化させているのだ。つまり、原発をテーマにした広告は少ないが、電力自由化がテーマの広告は激増している。そうすることによって、またもや「広告費」と称する「賄賂」が堂々と電力会社から各地域のメディアに流れる図式が復活しているのだ。

電力会社がメディアに大量の広告費を払えば、原発がテーマであろうがなかろうが「優良スポンサー様」となり、そこから出るカネを失いたくないメディアはまたぞろ311以前のように、電力会社に不利な報道を自粛するようになる恐れがある。今年も各地の原発広告や電力会社の広告展開を厳しくウオッチしていきたい。

◎[参考動画]「記憶すべき年となる」東電・数土会長が年頭挨拶(2017年1月4日ANNnewsCH)

 

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

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『NO NUKES voice』第10号本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」新潟知事選挙と新潟日報の検証!

下地真樹さん(阪南大学経済学部准教授)

◆3・11から5年目の現実と社会運動の行方を探る──『NO NUKES voice』7号

取材日は2015年12月28日、つまり昨年の師走になるが、阪南大学の下地真樹先生には逮捕まで経験された中で、見えてきた独自の運動感や視点を語って頂いた。予想よりもはるかに慎重で注意深い洞察をなさるお話が印象に残っている。

本年1月24日は高浜原発再稼働反対の現地全国集会に参加した。豪雪の予報に反して好天のなかでデモと集会が行われた。やはり寒かったが、参加者の熱が心を暖めてくれた。1月27日には関西電力本店前での抗議行動にも参加した。多彩な参加者の顔があったけれども、ビル街を吹き抜ける風が北陸の風よりも冷酷に思えた。この関連の記事は『NO NUKES voice』第7号で報告した。

田所敏夫「高浜原発再稼働反対行動1・24から1・27全国集会に参加して」(『NO NUKES voice』07号より)

福井県小浜市明通寺の中嶌哲演住職

◆仏教者として反原発を闘う中嶌哲演住職──『NO NUKES voice』8号

福井に向かう山道はまだ所々に残雪があり、路面凍結部分もあった。そう、まだかなり寒い時期に明通寺ご住職の中嶌哲演さんにはお話を伺った。幾度もお顔を拝見してはいたが、初対面であったのに、気が付けば3時間以上もお付き合い頂いていた。中嶌さんのお話は仏教者として原発に長年取り組んできた重みと、人間に対する厳しさと同時に優しい眼差しに溢れていた。

長時間お話頂いたあとに「ちょっとお痩せになったのではありませんか」とうかがうと、「実は先月母が亡くなったもので……」と大変な時期にお邪魔していたことを知ることとになり、調子に乗って長時間お話を伺った自分を恥じた。今後の取材ではお話を伺う方のメッセージを伝えることもさることながら、その方のご体調にも気を配るべきだと反省した。

〈メディアの危機〉の前線で抗い続けるTBS「報道特集」キャスターの金平茂紀さん(『NO NUKES voice』08号より)

◆徹底した現場主義の報道人・金平茂紀さん──『NO NUKES voice』8号

TBS報道の顔、金平茂紀さんに小島編集長とともにお話を伺ったのは3月30日だった。翌日を最後に執行役員から解かれることは知っていたが、そのことについて金平氏はもう諦観しているようだった。

紙面には表れている以上に金平氏の言葉は率直だった。人物批判は容赦ないし、テレビの現状、政治状況についての見解も極めて先鋭だ。よくこれで『報道特集』のキャスターが勤まるなぁ、画面の中で見せるバランス感覚は天性のものだなぁと感心したが、その裏には徹底した現場主義、報道人として身についた(当たり前のことであるが、その当たり前ではない報道人が多い中彼の存在が光る)反射的行動と嗅覚にはインタビュー中も、こちら側がやや緊張させられた。

もっとも冷蔵庫から取り出して振る舞って頂いた500mアルミ缶入りの「さんぴん茶」を飲み干すことが出来ず、あの残りがどうなったのか、ご迷惑をおかけしたことが妙に気にかかっている。

◆「世に倦む日日」田中さんと松岡発行人の《爆弾対談》──『NO NUKES voice』8号

そして、その後大議論を引き起こす、《爆弾対談》田中宏和さん(「世に倦む日日」主宰者)×松岡利康(本誌発行人)3・11以降の反原連・しばき隊・SEALDs。この対談も長時間にわたり、その後鹿砦社が直面することになる「あの問題」への入り口だった(あえてこれ以上深くは触れない)。『NO NUKES voice』第8号編集過程でも貴重な経験をたくさんさせて頂いた。

「世に倦む日日」田中宏和さんと松岡発行人による《爆弾対談》(『NO NUKES voice』08号より)

アイリーン・美緒子・スミスさん(グリーン・アクション代表)

◆根っからの市民活動家、アイリーン・美緒子・スミスさん──『NO NUKES voice』9号

私的にはニアミスが数えきれないほどあったアイリーン・美緒子・スミスさんのお話も刺激的だった。根っからの市民活動家のアイリーンさん。インタビューにお邪魔すると事務所には可愛いお子さんが眠っている。アイリーンさんのお孫さんだった。インタビュー前に雑用を全て済ませて、「はい、お待たせしましたいいですよ」と、向き合ってくださったアイリーンさんは微笑ましい顔をしながら、頭脳の中では「戦闘モード」に切り替わっていた。反応が早い。ポイントを外さない。感情的批判はしない。停滞を嘆かない……。多くの要諦を教わった。

インタビューを終えて写真撮影に映り「私の腕にしては良く撮れました」と写真を示したら「あ!これイイ!結構美人じゃん!」とスイッチはすっかりオフになっていた。素敵な人だった。

◆法曹界の「ミスター反原発」井戸謙一さん──『NO NUKES voice』9号

予想通りと言えば予想通り、恐るべき頭脳と良心を兼ね備えたのが「稼働中の原発運転停止」判決を出した男、法曹界の「ミスター反原発」井戸謙一弁護士だった。井戸弁護士の強さは法的な側面だけでなく、技術的、科学的にも非常に高度な知識を有しておられることだろう。そして原発問題に限らず冷静な「在野精神」の持ち主だと感じた。井戸氏のような裁判官が増えれば、日本司法も少しは信用が増すことだろう(そんなことは金輪際あり得ないだろうけれども)と強く感じた。『NO NUKES voice』第9号での私の関わりは上記2氏だ。

井戸謙一さんインタビュー(『NO NUKES voice』09号より)

不当逮捕で長期勾留されている山城博治さんの一刻も早い釈放を!(『NO NUKES voice』10号より)

◆山城博治さんと大城悟さんに沖縄の声を聞く──『NO NUKES voice』10号

これまでも「福島・沖縄」をテーマに特集を組んだが『NO NUKES voice』第10号では沖縄平和運動センター議長の山城博治さん、事務局長の大城悟さんに名護市の闘争現場でお話を伺った。

また、熊本『琉球の風』でご縁を頂いた元憂歌団の内田勘太郎さんにも松岡社長とともにお話を聞くことが出来た。それぞれの方のお話は現在書店に並んでいる『NO NUKES voice』第10号でご覧頂きたい。これまで他の媒体では紹介されることのなかった、アプローチになっていると自負している。

鹿児島知事選挙では「再稼動反対」を掲げた三反園訓が当選し、反(脱原発)陣営は勝利に沸いたのだけれども、「三反園」は裏切るとの私の予想は不幸にも的中してしまった。しかし選挙で示された「再稼働反対」の民意が揺らいでいるわけではない。三反園よ、恥を知れ、と言っておこう。

他方、新潟では泉田知事不出馬を受けて急遽野党統一候補(民進は自由投票)で出馬した米山隆一氏がよもやの大勝利を収めた。新潟の与党、青年会議所、農協が束になって担いだ森民夫の勝利は動かないかと思われたが、6万票以上の差をつけて米山氏は当選した。彼は三反園のように軽率に裏切ることはないだろう。新潟県民はまだ中越地震の恐怖を忘れてはいない。

経産省前テントが深夜、強制執行で撤去され、小池百合子が都知事に就任すると、一気に「東京オリンピック」がらみのニュースで報道はかき乱されている感があるが、その中ようやく12月20日政府は「もんじゅ」廃炉を決定した。遅きに失したとはいえ、ようやく1兆円以上を費やして、事故しか起こさなかった「危険物」でしかない「もんじゅ」が廃炉に向かって動き出すことが決まった。

長年にわたる反対運動が2016年の年末に勝ち取った福音だ。しかし政府は「新しい施設の研究を始める」と言っているし、福井県知事は「そんなのいやだぁ」と駄々をこねている。こういう幼児並みの連中は早々に現役から退くか、不信任を突きつけたいところだが、私たち小市民には蟻のような力しかない。粘り強く、あきらめず、来年も反(脱)原発の声を取り上げ、わずかづつでも前進をしてゆきたいと切に思う。

「運動なんか無駄だ」と冷めた声にぶつかることも多いが、ベトナムに売りつけるはずの原発の商談が破談になったように、思わぬところで地道な運動は勝利の萌芽を見せ始めてもいる。あきらめず、粘りづよく。来年も『NO NUKES voice』をよろしくお願いいたします。

山城博治さん「差別と犠牲を強要する流れは沖縄だけに限らない」(『NO NUKES voice』10号より)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』10号【創刊10号記念特集】基地・原発・震災・闘いの現場──沖縄、福島、熊本、泊、釜ヶ崎

311以前、全国で展開されていた原発翼賛広告=原発広告は福島第一原発事故の発生で一斉に姿を消したが、2013年頃から福井(関電)、新潟(東電)、静岡(中電)、青森(原燃)の各県で復活して来た。いずれも県内に原発や関連施設があるためだが、それに従って、「原発翼賛シンポジウム」も復活して来ている。これは主に経産省や県、電力会社が主催し、原発ムラに所属する専門家やタレントがパネリストとして参加する。しかし、シンポジウムとはいえ反対意見の人間は一切呼ばれないから、実際はただの原発翼賛集会だ。従って集まる観客もムラ関係企業からの動員が大半で、まともな質問も出ない。NUMOが全国各地でやっている放射性廃棄物の地層処分を呼びかける講演会と同じである。

◆ローカルメディアのおいしい収入源

こうしたシンポジウムの開催は、各地のローカル新聞社やテレビ局にとって大変おいしい収入源になっている。開催が決まれば共催社となって数ヶ月前から開催告知広告を何度も掲載するが、当然その広告費は主催者から頂戴する。シンポジウム会場も新聞社が手配するが、その際の会場使用料、設営費や実施費も手に入る。そしてシンポジウム開催翌日にはそれを独占記事にする。

さらには、そのシンポの内容を10~15段の記事風広告にして、その制作費と掲載料も頂くこともある。また、資本関係にあるローカルテレビ局は開催告知スポットCMを放送し、その放送料を頂く。出演者の手配や進行は主催者側がやるから、自分たちは元手をかける必要がない、楽に稼げるシステムが確立しているのだ。

しかし、記事風広告はわざと記事と広告の境目を曖昧にした体裁だから、それを記事だと誤認して読んでしまう読者も多い。さらに記事やニュースとして扱うことにより、まるできちんとした議論が行われているかのような錯覚さえ与える。そうした危険性を百も承知でやっているのだから、協力するローカルメディアも非常に罪深い。

◆福井新聞に「記事」として紹介された「翼賛シンポ」

2016年12月12日付福井新聞より

そうしたシンポの典型例が、12月11日に福井で開催され、それが翌日の福井新聞に「記事」として紹介された。しかし、その論調は完全に推進側の発言のみで、広告と何ら変わらないひどさであったので、紹介しよう。
2016年12月12日付福井新聞より

同シンポは原発の40年を超す運転をテーマに、福井県環境・エネルギー懇話会主催、資源エネ庁と関電担当者が出席、参加者も交えたパネルディスカッションもおこなわれたという。資源エネ庁の多田次長が「全ての原子炉を運転開始から40年で廃炉とすると、エネルギー基本計画で定める原発比率「20~22%」をクリアできないと説明。

また関電関係者は、原発のソフト、ハード面の対策を強化し「40年超のプラントも、最新のプラントと同一の基準で安全性を確認している」などと語ったらしい。しかしこれは恐ろしい詭弁である。40年前に作ったものが最新の製品と全く同じ品質を保てるなど、科学的にあり得ない。もしそんなことが可能なら、原発の安全検査など必要ないではないか。こういうトンデモ発言に全く反論がないのが、こういうシンポの特徴でもある。

さらに、県内の経済界・消費者・立地自治体・若者(どのようなカテゴライズなのか不明)の代表者4人がパネルディスカッションを実施。原発の40年超運転について「分かりやすい情報に基づいて国民一人一人が問題を咀嚼(そしゃく)し、建設的な議論を」(鈴木早苗・県地球温暖化防止活動推進員)、「安全性向上のため事業者に努力してもらい、規制する側はしっかりと規制してほしい」(田中康隆・高浜町商工会会長)、「人口減少時代に全原発を40年で止めると、発電コストが上昇する一方だ」(進藤哲次・ネスティ社長)と発言した。

◆311以前と変わらぬ発言をデジャヴのように繰り返す

原発翼賛シンポならではの酷さだが、あの甚大な原発事故を経験したというのに、311以前と全く変わらぬ発言を並べる人々を見ると、昔のシンポ広告を見ているような既視感を覚える。「分かり易い情報に基づいて」などと言うが、原発ムラがそんなものを出したことは一度もないし、「国民一人一人が問題を咀嚼して議論を」などというのなら、直近の世論調査で国民の7割近くが原発に反対という結果が出ている。国民はとっくに咀嚼済みで結論を出しているのだ。また、安全性向上のために事業者が努力をするのは当たり前である。それでも福島の事故は起きたことを忘れてはならない。また、「しっかり規制」しなどしたら、日本では原発を動かすことなど出来はしない。

さらに最後のネスティ社長の発言など、昨今の原油安で殆どの原発が停止中にも関わらず、全ての電力会社が黒字になったのを知らないらしい。人口減少と原発停止による発電コストとは何の関係性もない。要するにどれもこれも、反論がないことを良いことに、自分たちに都合のいい発言をしているに過ぎない。

そして最後の若者?代表の発言には唖然とした。『福井大生の青山泰之・ふくい学生祭元実行委員長は「専門家が考え、決めたことは信じるしかない」』と発言したらしいが、大学生が自分で考えることを放棄して御用専門家を「信じるしかない」などと口にするとは、呆れを通り越して福井大のレベルが心配になる。その御用連中の言葉を信じたばかりに原発事故が起きたのを知らないのだろうか。利権にまみれた大人たちは既に手遅れだが、前途ある学生には、是非拙著や『NO NUKES voice』を読んで欲しいと願うものだ。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』第10号 本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」〈8〉新潟知事選挙と新潟日報の検証!

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!

 

商業出版の限界を超えた問題作!

泊原発周辺のフィールドワークを長年行ってこられた地質学者・小野有五さん

『NO NUKES voice』Vol.10が昨日発売された。講談師・神田香織さんと哲学者・高橋哲哉さんの対談をはじめ、沖縄平和運動センターの山城博治さんや元原発作業員の池田実さんが登場するなどして非常にボリュームある一冊に仕上がっている。筆者も『大宮浩平の現場至上視点』というタイトルで写真と取材記を掲載させていただいているが、取材を通して誌面では書き尽くせなかったことも少なくない。とりわけ今回の北海道取材では、泊原発周辺のフィールドワークを長年行ってこられた地質学者・小野有五さん(表紙写真右)のお話は説得力に溢れていた。誌面では詳しくお伝えできなかった小野有五さんの言葉を筆者が再構成したかたちで以下、要約紹介する。

◆“活断層”とは何か?

3.11以降、原発の新規制基準は“将来活動する可能性のある断層等”の上に重要な施設を設置することを認めていません。ですから、原発施設の敷地内に“将来活動する可能性のある断層等”が存在すると判断された場合は、その原発を稼働させることができないのです。ちなみに、40万年前より後に活動した断層は“活断層”と呼ばれ、それは“将来活動する可能性のある断層等”に含まれています。

 

◆北海道電力の主張

北海道電力は泊原発の敷地内にある断層が“岩内層”という地層を変位させたということを認めていますが、“岩内層”は120万年前に形成されたものであるとしており、それ以降の地層変位が無いため原発敷地内に“将来活動する可能性のある断層等”は存在しないと主張しています。北海道電力が“岩内層”と呼ぶのは、岩内平野に分布する砂・小石からなる層のことです。そうした特徴をもつ地層から取り出した“凝灰岩”(火山灰が固まったもの)を調べ、それが120万年前にできたものであったため、“岩内層”は120万年前の地層だと判断しているのです。

◆泊原発の敷地内に存在する断層は“将来活動する可能性のある断層等”である

しかし、砂でできた層の中にある凝灰岩というのは、他から取り込まれたものだと考えるのが妥当です。したがって、取り出した凝灰岩の形成年代が120万年前のものだでからといって、それが周辺地層の体積年代ということにはなりません。

そもそも、地質が似ているという理由のみで全てをまとめて“岩内層”と呼ぶことに問題があります。北海道電力が“岩内層”と一括してきた地層は、場所によって堆積年代の異なる堆積物であると考えるべきであり、地形を考慮した地質学的な視点によれば、泊原発の敷地内にある断層が変位させた層、すなわち北海道電力が“岩内層”と呼ぶ層は、明らかに40万年前よりも新しい層なのです。

ですから、泊原発の敷地内に存在する断層は“将来活動する可能性のある断層等”であると判断することができ、新規制基準に基づけば、ここに重要な施設を設置することは認められません。

以上が小野有五さんの解説要約だ。実にわかり易く明快な理論だと思う。科学者でない我々が科学と向き合うとき、必要なのは“誰の声を聞くか?”という判断だ。この点で泊で聞いた小野有五さんの声は強く深く私に聞こえた。

[撮影・文]大宮浩平

▼大宮 浩平(おおみや こうへい)
写真家 / ライター / 1986年 東京に生まれる。2002年より撮影を開始。 2016年 新宿眼科画廊にて個展を開催。主な使用機材は Canon EOS 5D markⅡ、RICOH GR、Nikon F2。
Facebook : https://m.facebook.com/omiyakohei
twitter : https://twitter.com/OMIYA_KOHEI
Instagram : http://instagram.com/omiya_kohei

12月15日『NO NUKES voice』第10号発売

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

 

◆オスプレイ事故は「不時着」でなく「墜落」だ

やはりオスプレイは墜落した。12月14日の京都新聞朝刊は「米軍オスプレイ不時着」の見出しで、「防衛省関係者によると、13日夜、沖縄県の近海に米軍の新型輸送機オスプレイ1機が不時着した。搭乗員は脱出したが、けが人がいる模様」と報じている。不時着? 沖縄県の近海? 報道機関よ、事実は正確に伝えよう。「沖縄県の近海への不時着」は「名護市沿岸部への墜落」ではないか。

沖縄のメディアや現時点での情報によれば、「墜落地」は陸地に近い「浅瀬」で、13日深夜から沖縄県警の機動隊車両が周囲の道路を埋め尽くしている。沖縄県民をはじめとする「オスプレイ」への懸念は、奇しくも『NO NUKES voice』発売日の直近に現実のものとなった。直視しよう、現実を。正しく伝えよう、危機の現実と「墜落」の事実を。この事故は過去の事故歴を紐解けば、いつかは必ず高い確率で起こる必然だったのだ。唯一の幸いはそれが沖縄住民の生命に被害を及ぼさなかったことだけだ。

「オスプレイ墜落」は高江や辺野古の基地建設反対運動が訴えてきたことの正当性を証明した。余分な解説は不要だ。「オスプレイは墜落する」その事実をしっかり凝視しよう。

名護警察署

沖縄の右翼にもインタビュー敢行!

不当逮捕で長期勾留されている沖縄平和運動センター議長の山城博治さん

◆不当逮捕直前に山城博治さんが『NO NUKES voice』に語ってくれた沖縄・基地〈闘いの現場〉

本日15日発売の『NO NUKES voice』10号で見逃せないのは、奇しくも沖縄情勢のレポートだ。特集に登場いただいた沖縄平和運動センター議長の山城博治さんと同事務局長大城悟さんのインタビューを是非お読み頂きたい。その中には「オスプレイ墜落」を正しく読み解く全てがある。

昨日もお伝えしたが山城博治さんはこの『NO NUKES voice』取材後に不当逮捕され、長きにわたり勾留されている。博治さんは高江や辺野古だけでなく、沖縄における〈現場の闘い〉の象徴といってもよい。博治さんのインタビューを出版する時点では、彼が不当に逮捕され、これほど長期勾留の身に置かれようとは編集部も想像していなかった。また、事務局長の大城さんには博治さん逮捕後も折に触れ、編集部が電話で博治さん逮捕・勾留の状況を伺っているが、大城さんは「すべて仕組まれた弾圧だと思います」と語っていた。

近年の国政選挙や県会議員選挙、知事選挙の全てで「基地は要らない」と沖縄の民意は示されている。「もっと沖縄知事や行政が奮闘しないか」との声も耳にする。だが、それは筋が違うだろう。選挙の結果を中央政府が無視し、踏みつけにする構造こそが指弾の対象であり、その矛先を誤ってはならない。

その点、最先端で闘い続け、現在、権力に捕らわれている博治さんのインタビューは、鹿砦社ならではの切り口で踏み込んでいると自負している。「差別と犠牲を強要する流れは沖縄だけに限らない」というは、福島のおかれた苛烈な実情、震災復興が遅々として進まない熊本、鳥取などと共通する、地方軽視のを鋭く射貫く告発の言葉だ。

歴史的・構造的に「沖縄に基地は全く不要」と説く沖縄平和運動センター事務局長の大城悟さん

◆博治さんと共に闘う大城悟さんのロングインタビュー

同センター事務局長、大城悟さんの「前線での闘い、生の声──沖縄に基地は全く不要」では、より詳細に闘いの歴史、理由、現状の課題が明らかにされている。博治さん不在の中、連日高江の現場で運動の指揮を執る大城さんのインタビューは闘争の現場で取材されたものである。時間は状況の変化をもたらす。頭を垂れるようなざる得ないような、惨憺たるニュースが続くなか、全国の運動を最も厳しい沖縄から牽引するお二人のインタビューは必読だ。そして日本を代表するギタリスト内田勘太郎さんが語る「憂歌と憂国──沖縄・原発・一陣の風」も期せずして、沖縄に生活するヤマトンチュの複雑な面を我々に伝えてくれる。

大阪・西成区周辺に貼ってあった「福島除染作業員募集」の看板

◆熊本、泊、釜ヶ崎──2016年ファシズムと闘い続けた現場報告

自然災害、とりわけ近年大規模地震の多発により、被災地への眼差しが希薄になりがちだが、とりわけ史上最多の余震を記録した熊本地震のもたらした惨禍は数値で示すことのできないものだ。もちろん犠牲者の数の多寡を目安にすることに意味がないわけではない。1995年の阪神大震災6000以上、2011年東日本大震災2万以上、2016年熊本地震131人、2016年鳥取中部地震負傷者30名。しかしこの数字と悲劇の数は比例すると考えるのは間違いだろう。失われた、傷ついた人々の身体や精神を数値だけで評価する癖がつくと、本質を見逃してしまう。その思いを熊本出身の松岡が「『琉球の風』に込められた震災復興への意思」に綴っている。

本号初登場の釜ヶ崎からは尾崎美代子さんの「私が『釜ヶ崎から被爆労働を考える』を始めた理由」が新たな視点を提供する。日雇い労働者の街、釜ヶ崎で尾崎さんは何を見て行動を起こしたのか。多重搾取構造の最底辺で除染などの作業に従事せざるを得ない人々の労働問題。今後半永久的につづくであろう、原発(事故がなくとも)労働の構造的問題を伝えてくださる貴重なレポートだ。

次いで、池田実さんの「福島原発作業の現場から ミリ・シーベルトの世界で働くということ」、「被ばく労働を考えるネットワーク」の「なすび」さんの「福島第一原発の収束・廃炉作業における労働問題」が続く。この2つの報告は現場労働をより皮膚感覚で知るための貴重なテキストだ。

さらに斎藤武一さんの「北海道泊原発と〝がんの村“ほぼ四十年ほぼ毎日、海水温度を測り続けてわかったこと」は市民科学者がひたすら追求し続け到達した恐るべき結論を教示してくれる。

◆ゴジラ級の熱量──80頁の大特集「基地・原発・震災・闘いの現場」

福島の原発事故や再稼働・被曝労働の問題に止まらず、沖縄の基地、熊本の震災復興も取り上げた特集記事は80頁にも及ぶ。重層的なファシズム社会が到来した2016年師走に鹿砦社が放つ今年最後の『NO NUKES voice』──。その熱量だけはゴジラ級だ。

沖縄平和運動センター議長の山城博治さん

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

12月15日『NO NUKES voice』第10号発売

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

『NO NUKES voice』第10号が明日15日発売日を迎える。反(脱)原発に主軸を置く季刊誌としては、意外にも日本初の境地に踏み込んだ本誌が、読者の皆様のご支持の賜物で10号まで発刊を続けることができた。

◆原発マフィアに怒涛の勢いで反転攻勢をかける

怒涛の勢いで反転攻勢をかける、原発マフィアに対して、街頭から、市民からは次第に「反(脱)原発」の声が薄められ、先細りになってゆくかのような印象操作が総力を挙げて取り組まれている。東京オリンピック、リニアモーターカー、TPP、果ては改憲と矢継ぎ早に飛んでくる反動の矢の数々に対応するだけで、「反(脱)原発」陣営も消耗戦に追い込まれている部分は確かにある。

だからこそ、この惨憺極まりない《今》の窮地を、止揚し、力関係を真逆にするための媒体としての使命が『NO NUKES voice』には課されている。鹿砦社はまだまだ成長過程にある『NO NUKES voice』の編纂に今号も全力で取り組んだ。誌面に登場していただいた方々の顔ぶれからは「未来への光」が見える。

◆原発・基地・震災──沖縄、福島、熊本、泊、釜ヶ崎での〈闘いの現場〉特集

『NO NUKES voice』第10号の特集は、「基地・原発・震災・闘いの現場 沖縄、福島、熊本、泊、釜ヶ崎」だ。これまでもそうであったが、反(脱)原発は、他の社会問題と切り離して単独で論じることはできない。原発と基地、福島と沖縄、福島と釜ヶ崎、原発と震災などはいずれも不可分なテーマだ。第10号は福島、沖縄、熊本、泊へ取材陣を派遣し各地からの報告とインタビューにより、原発をはじめとするこの社会を構成する問題構造を有機的に浮き上がらせようと挑戦した。

神田香織さん(講談師)と高橋哲哉さん(哲学者)

何よりも喜ばしいことは、世代交代を委ねられる若手のライターの活躍だ。腰の据わった反(脱)原発運動の現場では、どこも高齢化(失礼!)が深刻な課題である。戦線の先頭に立つ方々の平均年齢が65歳以上という場面は決して珍しくはない。その継続的な闘いに深い敬意を示しながらも、世代を超える困難さを多くの方が感じておられる。「どうして将来のある、被害当事者の若者に気が付いてもらえないのか」とのジレンマは各地の運動で、本音として頻繁に耳にする共通課題だ。

本号では既にこれまでも健筆を奮ってくれた大宮浩平氏に加え、井田敬氏(ともに1980年以降の生まれ)が大活躍をしている。第10号発刊にあたり、編集部としては戦線に気鋭の実力充分な心強い若者が加わってくれたことを読者とともに喜びたい。もちろん若ければよい、というお気楽な気分で彼らを持ち上げているのではない。両氏とも論壇の最先端で活躍できる能力、取材力、文才と行動力を兼ね備えている。彼らの活躍にまずはご注目いただきたい。

「差別と犠牲を強要する流れは沖縄だけに限らない」と語る沖縄平和運動センター議長の山城博治さん

◆神田香織さん(講談師)と高橋哲哉さん(哲学者)による福島怒りの対談

そして、特集にある通り対談やインタビュー、報告記事も本誌をおいて他のメディアではまず不可能であろうラインナップが並ぶ。巻頭は神田香織さん(講談師)と高橋哲哉さん(哲学者)の対談「福島の人は沖縄の闘いから学ぼうと思い始めた」で幕を開ける。福島県出身者として、3・11後あらん限りの力を尽くして活動を続ける神田さんと靖国神社問題をはじめ、原発についても「犠牲」の観点から鋭い論考を続ける高橋さんの対談は穏やかな言葉で激烈極まる状況への指弾が繰り広げられる。

唯一無二のギタリスト、内田勘太郎さん(2016年10月2日熊本・琉球の風にて)

◆憂歌団ギタリストの内田勘太郎さんが奏でる〈憂歌と憂国〉

本号で見逃せないのが沖縄平和運動センター議長の山城博治さんへのインタビュー「差別と犠牲を強要する流れは沖縄だけに限らない」と同センター事務局長大城悟さんの「前線での闘い、生の声──沖縄に基地は全く不要」だ。現在不当逮捕によりいまだに勾留されている山城氏と、山城氏不在の中、連日高江の現場で運動の指揮を執る大城氏のインタビューは闘争の現場で取材されたものである。全国が注目する沖縄の闘いの根源をお二人の言葉から直接お届けする。

さらに、元憂歌団メンバーで日本を代表するギタリスト内田勘太郎さんが語る「憂歌と憂国──沖縄・原発・一陣の風」は内田氏の人格が伝わる「優しい」語り口だ。しかし優しい語りに込められた思いの強さは、必ず読者の心を揺さぶるであろう。カルピスの瓶を指にはめたあの奏法のオリジナリティーは語りでも冴えわたる。

まだまだ特集は続く──。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

12月15日『NO NUKES voice』第10号発売

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

10月8日の京都新聞朝刊一面は、ある意味壮観であった。トップに「東電再建 他電力と提携―改革委初会合 廃炉支援へ検討―」の見出し。リードでは「経済産業省は5日、東京電力ホールディングスの経営問題の決着を目指す有識者による『東電改革・1F(福島第一原発)問題委員会』の初会合を開き、経営改革と福島第一原発の廃炉費用支援の本格的検討に着手した。再建には原発や送配電事業で他の地域の大手電力との提携が不可欠との方向性を示し、収益改善には柏崎刈羽原発の再稼働が焦点になるとした。支援費用が増大して電気料金に上乗せさせられ、国民負担となる懸念がある」そうだ。

◆黒字決算で政府に12兆円支援を要請する犯罪企業・東京電力

まず指摘したい。何故に犯罪企業「東京電力」の経営改善を経産省が慮ってやらなければならないのだ。経営などという話をしている場合か。国は廃炉と除染で東電支援に約9兆円援助の枠組みを既に作っているが(時事通信2016年7月28日付)、それでは足らずに「さらに3兆余分に援助してくれ」と駄々をこねているのが東電だ。

しかも、東電は単年度では黒字決算を出しているというのだから、この収支はどう考えればいいのだ。複雑に考える必要はない。「東電の経営改善」などと誤った目標を設定するから議論が間違うのだ。東電の総資産を処分し、それでも足りない分は現役・退職した元役員から私有財産を没収し、さらに不足すれば歴代の経済産業大臣、文部科学大臣さらには、旧科学技術庁長官とそれぞれ省庁の事務次官経験者の資材も没収するのだ。

なにゆえ、被害者である国民が犯罪企業の再建に頭をひねり、血税をつぎ込む必要があるのだ。税金を払っている人の属性は、東電と関係がある、無しに関わらず、またどの地域に居住しているかも関係ない。法人税からか、所得税からか、消費税から捻出されるのか内訳なんか分かりはしない(もっとも最近の国家予算の構成を鑑みればその大半は国債に依拠していると考えるのが妥当だろう)。

◆「東電改革は福島復興の基礎」ではない

それにしても原発を4機爆発させておいて、どうして国から9兆円も援助がもらえるのか。非常に単純だがこんな例が他にあるだろうか。改革委の委員長伊藤邦雄一橋大学大学院特任教授は「東電改革は福島復興の基礎であり、電力改革のさきがけとなる」と述べたそうだ。何をとぼけたことを言っているのだ。東電は精算させるべきだ。そしてその資産を全て被災者の保障に宛て、東電社員は全員福島に移住させ、現場で作業員として、基準線量ギリギリまで廃炉作業に従事させるべきだ。

この日の会合のポイントとして、
・原子力や送配部門での大手電力との提携
・再稼働を目指している柏崎刈羽原発(新潟県)の運営の在り方の見直し
・電気料金に廃炉費用を上乗せし国民が負担する案を検討

とまとめがある。一々反論するのも馬鹿らしくなるが、「有識者」どもは本気でこんなことを議論している。「有識者」、「知識人」、「専門家」という肩書は全て疑ってかからなければない。悲しくも言葉が内容を裏切る時代を象徴した、笑うに笑えない悲喜劇だ。そしてこの会合にはオブザーバーとして東電の広瀬社長も出席している。面の皮が鋼鉄のようでなければ東電の社長は勤まらないようだが、広瀬の頭の中はどうなっているのだろう。

冷静に計算しても、東電がこれから存続し続ける可能性はない。何故ならば今議論されているのは当面必要な(それにしても途方もなく巨額だ)金の算段だけだが、廃炉作業はこの先人類的な尺度で言えばほぼ「永遠」に続くからだ。その前に国債を擦りまくり、残高が遂に1千兆円を超え(赤ちゃんからお年寄りまで一人当たり826万円)たこの国の財政は早晩破綻する。デフォルトは間もなくやってくる。そうなれば「国」の形は今のままで残りはしない。「有識者」と呼ばれる愚者どもの議論に騙されてはならない。

◆行政は「事故が起きたら」という犯罪的前提に何故こだわるのか?

その記事の横には「『美浜事故』ならセシウム汚染は──県予測 琵琶湖の魚基準値1.65倍」と地方らしい視点からの視野の狭い報告が掲載されている。再稼働させてはならない老朽原発「美浜原発」が事故を起こしたら琵琶湖はどの位汚染されるか。その設問自体、思考が劣化し尽した役人の愚にもつかない馬鹿げた作業だという認識がこの試算を伝える京都新聞の記者にはないようだ。

行政は「事故が起きたら」という犯罪的前提に何故こだわるのだろうか。この記事の下には図ったように「美浜3号機審査合格 稼働は相当先 規制委員長見通し」の記事が下支えをしている。紙面構成を考えた上でのことであろうが、この日の京都新聞一面がトータルで伝えてくれるのは、「こと原発問題に関する限り、この国のエスタブリッシュメントや、行政、報道に知性はない」という現実だ。

どれほどの破綻に直面しようと、確実な破局が目の前にあろうと、少し賢い小学生なら騙せない程度の虚構で突っ走ろうとする。その姿は第二次大戦中から敗戦に至るまで、全く理性を失い「神国日本」を信じ(信じさせられ)た、あの光景と二重写しのように思える。

理性無き時代、知性無き時代は益々加速している。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

これこそ世紀の「くだらない座談会」として、ギネスにでも遺すべきだろう。なんと週刊新潮の8月11・19日合併号では「特別読物 原子力の専門学者座談会 御用学者と呼ばれて」シリーズで、「反原発」に「反対」する学者たちの座談会が開かれているが、テーマは「もんじゅ」でタイトルは『なぜ「もんじゅ」が日本の平和と環境に資するのか!』というタイトルが打たれている。

参加しているのは高木直行教授(東京俊大学大学院)、澤田哲生助教授(東京工業大学)、奈良林直教授(北海道大学大学院)、河田東海夫(原子力発電環境整備機構=MONO元理事)の4人が「もんじゅ」こそが環境と平和に資すると平気でのたまう。

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

記事を抜粋する。記事はまずこんな前文から始まる。

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「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

原子力規制委員会が引導を渡したのは昨年11月のことだった。高速増殖炉「もんじゅ」について、機器の点検漏れが数多く発覚したことなどを理由に、今の原子力研究開発機構(JAEA)は信用できないので、それに代わる新しい運営主体を探すよう、文部科学大臣に勧告したのだ。もんじゅはプルトニウムとウランの混合酸化物、MOX燃料を使い、発電に使ったプルトニウム以上の燃料を生み出す「夢の原子炉」を実用化すべく建設されたもの。日本の核燃料サイクル戦略の中核に位置づけられていたが、それが存続の危機に追い込まれたのだ。規制委員会が突きつけた回答期限のメドは「半年」。すでに半年を超え、8ヶ月が経過したが、新しい受け皿の具体案は示されない。「もんじゅ」は消滅するのか。もはや必要ないのか。澤田哲生氏を進行役に、専門学者たちが議論を交わした。

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「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

この馬鹿野郎たちの議論の前に解説すると、「もんじゅ」について原子力規制委員会が「運営母体を変えろ」と勧告したのに続いて、今年1月にIAEA(国際原子力機関)が実施するIRRS(総合規制評価サービス)の監査が入ったと澤田氏が指摘している。そう、まずはIRRSの監査の基準がなっていないという議論から始まる。規制委員会の田中俊一委員長が「核燃料サイクルや高速増殖炉開発の意義を十分に納得していない」と高木氏は吠える。

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

そして議論は「もんじゅを再稼働するのには、電力会社の協力が必要だ」という最悪の論調に走っていく。

奈良林氏の言葉を抜粋する。
『今、電力会社は自分の発電所の再稼働問題で手一杯。再稼働が進めば余力もできるでしょうが、今がタイミング的に一番まずい。再稼働がなかなか進まない点は、IRRSがいみじくも言っています。今の原子力規制庁と規制委員会は、新規則基準を作るまではよかったが、規制の運用が〝初期段階〟だと。日本の規制は世界から見ると小学生だというのです。だから、もんじゅを安全にする指導もできず、無駄な書類ばかり作らせている。』

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

この国はもんじゅの再稼働に141億円をつぎ込もうとしている。これだけの金があれば、いくつ被災者住宅が建つというのか。

もんじゅは、1995年にナトリウム漏れ事故を起こしている。
直近では、7月下旬に、点検漏れが新たにあったとして報道された。もんじゅは今や「瑕疵つき物件」なのだ。

あいた口がふさがらないことに、河田はこんな発言をしている。

『高速増殖炉は軽水炉とはまったく体系がちがいます。それに、もんじゅは研究開発のための原子炉ですから、一生懸命に稼働率を稼ぐ必要はなく、保全計画が適正であるのを検証しつつ、一歩ずつ前に進めばいい。ミスが全然ないように学びながら作りあげていくものです。だから規制庁による点検漏れだ、違反だという指摘は、基本的にはフィロソフィーが違うのかなと。規制のあり方を一度ゼロベースに戻すべきです。また、もんじゅに関わっていた人は「運転する自信はじゅうぶんある」と言います。ですから、きちんと実働しながら、それを紙の体系とすり合わせていくことが大切だと思います。』

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

おいおい、何度も事故を起こした車の運転手が「自信が十分にある」「学びながら運転します」といえばあんたたちはその車に乗るのか。

ナトリウムが漏れたということは、拡大すれば端的にいえば体のタンパク質がとけていくかもしれないということで内蔵疾患の原因にもなりかねない。

座談会の学者たちよ! そして「週刊新潮」の人間たちよ!
福島の被災者住宅のど真ん中で座談会をやってみよ。
それができないなら、すぐにお詫びと訂正記事を出せ。

(渋谷三七十)

『週刊新潮』(2016年1月28日号)特別読物原子力の専門学者座談会第12弾「御用学者と呼ばれて」

ずいぶん以前の話だが、「反・反原発」路線で売っている『週刊新潮』の1月28日号で、「特別読物 第12弾 原子力の専門学者座談会 御用学者と呼ばれて」の連載で「高速増殖炉もんじゅと日本の核燃料サイクル」と題して、東京工業大学・澤田哲生助教授、東京都市大学大学院・高木直行教授、東京大学大学院・岡本孝司助教授、北海道大学大学院・奈良林直教授らが「もんじゅ」をテーマに語っていた。
なんてことはない。掲載当時は「もんじゅ」の運営を原子力規制委員会が、日本原子力研究開発機構(JAEA)にかわる主体にゆだねるように馳浩文部科学大臣に勧告した頃だ。要するに、「もんじゅが必要」という論調にもっていきたいのが見え見えの呆れた座談会だ。日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を再稼働させると、少なくとも5800億円の費用がかかると文部科学省が試算していることがアナウンスされている。冗談も休み休み言ってくれよ、週刊新潮! 吐き気すらするこの記事を抜粋しよう。

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澤田 仮に、今回の勧告でもんじゅが廃炉に向かうとしたら、日本のエネルギー政策、原子力政策にどんな影響が及ぶでしょうか。核燃料サイクルはフランスのアストリッドと協力してやる話もあるようですが、国内の六カ所村などの再処理施設はどうなるのか。エネルギー小国の日本がもんじゅを捨てるのは、あまりにもったいないと思います。
岡本 エネルギーを司る役所は経産省と文科省に分かれますが、今回の勧告に監視、経産大臣は「もんじゅは文科省の所管です」とにべもなく語っている。経産省は、核燃料サイクルを推進しているはずですが、地震が多い日本では使えないフランスのアストリッドに期待しているのか。そもそも、もんじゅがつぶれたらアストリッドもありません。
高木 経産省はもんじゅに見切りをつけ、アストリッドとの協力で核燃料サイクルを進めるというのでしょうか。でも、もんじゅをやめた時点で多くの人は、日本が高速増殖炉開発をやめたと思いますよ。
奈良橋 もんじゅをやめてしまうと、日本では二度と高速炉を建設できないと思います。ナトリウムを流して高速炉を運転するのは特殊な技術で、日本は30年かけてナトリウムを使える人を育ててきた。それを絶やしてしまえば、アストリッドと協力しても、日本側から適切なアドバイスをする人がいなくなってしまう。(『週刊新潮』2016年1月28日号)
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おいおい「週刊新潮」よ、いや新潮社の諸兄よ! チェルノブイリの被害を描いてノーベル文学賞をとったベラルーシの女性作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏の『チェルノブイリの祈り――未来の物語 』(岩波現代文庫)を読んで感想文を書け。そして福島の被災者住宅に個別配付し、悔い改めよ! もしくは、「もんじゅ」の再稼働を署名で止めろ!

まだまだ腐った「原発推進メディア」はたくさんある。ひとつとして許すことはできない。機会があれば、紹介しよう。

(渋谷三七十)

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