7月27日大阪高裁で李信恵が鹿砦社を名誉毀損による損害賠償請求、出版差し止め、で訴えた裁判の判決が言い渡された。鹿砦社には減額されたものの110万円の賠償が命じられたが、事実認定の各所には、これまでには見られなかった李信恵の責任を認定した文言がある。この判決をどう評価するのか。時節柄取材班のメンバーが集うことを避け、今回はオンラインで打ち合わせを行なった。

松岡 皆さんお疲れさまでした。すでに8月2日付けの「デジタル鹿砦社通信」で私個人の判決についての思いは表明しましたが、高裁判決について忌憚のないご意見を聞かせてください。

A  社長には怒られるかもしれませんけど、これ「実質勝訴」ですよ。

松岡 110万円の賠償は少ない額ではないですよ。それに本通信の記事削除も地裁判決が維持されたままなのにですか?

A  社長にもメンバーにも内緒にしてきましたけど、俺、法科大学院に籍おいてたことあるんですよ。

一同 え! 嘘やろ!

A  嘘じゃないです。そう言われると思って、昔の学生証準備してます。ほら、見えますか?

B  もうちょっとカメラに近づけてくれ。

一同 本当だ!

C  しかも、国立(「くにたち」ではなく「こくりつ」)やないか。

A  過去の話をしても意味ないですよね。でも、どこかであの経験が役に立つんじゃないか、とは思っていました。

松岡 Aさんが「実質勝訴」だという意味を話してください。

A  これは社長には感覚的には受け入れにくいと思うんです。その前提できてください。M君が5人を訴えた裁判での大阪地裁、大阪高裁判決は、俺みたいな法科大学院崩れが見ても穴だらけでした。あれは事実認定に無理がありすぎるし、簡単にいえば支離滅裂な判決でした。

D  それが、どない変わったんや。

A  まず思い出してください。今回の訴訟は李信恵が鹿砦社に対して、Twitterで散々汚い言葉を投げかけたところから始まっていますよね。で、あの裁判では鹿砦社は、李信恵に勝った。大阪地裁、大阪高裁で判決は確定した。完勝です。でも大阪地裁での裁判後半になって、李信恵は「反訴」したいと言い出し、裁判官は認めなかった。請求の趣旨が違うからこれは当たり前の判断ですよ。

 

リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々①李信恵と伊藤大介

B  おい、おまえ司法試験も受けてへんくせに、弁護士先生みたいな遠回し話すな! わかりやすうに言わんかい!

A  Bさん、気持ちは分かりますが、ここすごく重要なんです。もうちょっとだけ聞いてくださいよ。

C  B、黙ってきこうや。

A  李信恵は仕方なく、別訴(ほかの裁判)で鹿砦社を訴えてきた。「嘘書いてる」、「被害甚大」、「傷ついた」とね。

B  それはわかってるがな。

A  リモートって、怖くなくていいですね。顔合わせてたら睨まれたり、息吹きかけられたりするけど。

D  話を進めろよ、A。

 

リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々②有田芳生参議院議員と朴敏用

A  すいません。李信恵の請求には出版物の販売停止まで入っていました。つまりこれまで出した6冊の本のうち、提訴までに出版していた4冊の販売停止です。これは言論人として裁判所に持ち込む話ではない。いやしくも李信恵は「フリーライター」とか「フリージャーナリスト」とか自称してるんでしょ? 百歩譲ってどこかに誤った記事があっても、訂正記事掲載要求がいいところですよ。

D  李信恵はその気になれば書ける媒体を持っているわけだし、新聞記者はじめマスコミとのパイプもある。そういうことだな。

A  そうです。そもそも李信恵の主たる請求は不当であって、主たる請求は大阪地裁でも大阪高裁でも認められなかった。この事実は賠償額の裏に隠れて見えにくいんですけど、李信恵にとっては賠償金が主な目的ではなかったと思います。「リンチと無関係」判決の獲得こそが最大の目標だった。

松岡 ちょっと待ってください。それであれば、大阪地裁も大阪高裁も不当に高い賠償金を私たちに命じているじゃないですか。

A  すいません。いま固まっちゃって。もう一度社長お願いします。

松岡 これどうやって操作するの(社内のスタッフに聞く)、まったくこういうのは……だから嫌なんだよ!

A  あ、社長通じました。

松岡 失礼しました(汗)。

A  賠償金が不当に高いことは認めます。その背後にどんな思惑があるのか、俺なりに感じるところはありますが、不確かなことは言いません。でも、高裁の判決文を何度も読むとおかしいでしょ?

松岡 おかしいというと?

A  「本件傷害事件当日における被控訴人(李信恵)の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、金(注:良平)によるM(注:被被害者M君)に対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」

「被控訴人の本件傷害事件当日における言動は、暴行を受けているMをまのあたりにしながら、これを容認していたと評価されてもやむを得ないものであったから、法的な責任の有無にかかわらず、道義的見地から謝罪と補償を申し出ることがあっても不自然ではない。」

これは李信恵に「法的」かどうかはともかく「責任」がある、もっといえば「リンチに連座した」ことを明確に認定している文章です。これまでの一連の裁判では、とにかく李信恵を免責するのに、裁判所は腐心しているとしか思えない、おかしな判決が続きました。初めてですよ!「李信恵にリンチに関する責任がある」と判決文で明示されたのは。

B  たしかにその側面はあるわな。

D  ちょっと聞きたいんだけど、賠償額についてAはどう考えるの?

A  不当に高いですね。だって殴るけるされたM君への賠償額と同額なんですから。でもね。こんなこと言ったら法科大学院に籍置いていた俺が、自分の過去に唾吐きかけるようなことかもしれないけど、判決って必ずしも市民感覚じゃないんですよ。

D  知ってる。そんなこと。

リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々③神原元弁護士と師岡康子弁護士

 

リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々④金明秀(きむ みょんす)関西学院大学社会学部教授

A  しかも、この事件の背景には「ヘイトスピーチ対策法」立法に絡む政治の動きも関係していた、と俺は見ています。

B  ほんまか? お前の予断ちゃうんか。

D  いや、それはあるだろうな。

A  結論です。賠償命令は不当です。その他にも不当な部分はある。しかし。李信恵や神原弁護士、もっと言えばしばき隊が「死守」したかった「李信恵免責論」が司法により、打ち破られたことがでかい。これが俺の見立てです。

B  判決文って読みにくいのよ。あれもうちょっと教科書とは言わんけど、新聞程度にわかりやすい文章にならへんもんやろか。

C  あの、ええですか。

松岡 どうぞ。

C  僕は今回の判決には野田正彰先生の「鑑定書」、矢谷暢一郎先生の「意見書」が凄く力になったんちゃうか、思うんですよ。判決文で直接の言及はありませんけど。裁判官への「心証」の面でものすごい力になっていた思うんです。だから感謝です。

松岡 そうですね。お二人には無理をお願いして大変な作業をお願いしました。
Cさんが言う通り、判決の行間にお二人の情熱が反映されているのかもしれませんね。

 

リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々⑤北原みのり

D  たくさんのみなさんに助けていただきましたもんね。社長、最後に。俺は野田先生、矢谷先生とともに弁護団に加わって頂いた、元裁判官で大阪高裁にも勤められたことのある森野俊彦先生に、本当に感謝したいです。もちろんこれまでの訴訟を一貫して引き受けてくださっている大川伸郎先生にも。

松岡 やはり「敗北における勝利」ということでしょうか。

D  判断は判決文を読んだ方々で異なるでしょう。でもAが指摘した通り、これまで絶対といっていいほど動かせなかった、李信恵の責任が認定された。だからあちらさんは記者会見を開いたけど、記事にもならなかったわけでしょう。この複雑な事実の中に真実が見えてきたんじゃないですか。

松岡 なるほど。とにかく皆さんお疲れ様でした。コロナが流行っていますから気を付けてください。

A  社長。

松岡 なんですか。

A  きょう、俺、結構いいこと言ったでしょ。

松岡 まあそうですね。

A  「デジタル鹿砦社通信」のライターやらせてくれませんか。

松岡 考えておきます(憮然として)

A  (しまった、また出すぎたか)

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

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既報のように去る7月27日、大阪高裁第2民事部にて対李信恵控訴審判決が下されました。表面上は原判決の不備で賠償額が一審の165万円から110万円に減額されたということですが、今回の判決に対する私の意見を申し述べておきたいと思います。

 

何度も通った大阪地裁/高裁

◆予想外の原判決の「変更」

今回の控訴審判決文は、原判決(一審大阪地裁判決)の大部分が「変更」され、一審と控訴審判決を照合しながらの読解が必要で、法律の素人である私たちには読み解くのが困難でしたが、金額の「変更」のみならず内容的にも、意外と思える「変更」がありました。本件一審、またリンチ被害者M君の訴訟の大阪地裁・大阪高裁判決では、李信恵を庇おうという明白な意図が感じられましたが、今回の控訴審判決は、李信恵の関与や道義的責任を認定した箇所が複数ありました。このことが、これまでにない本件控訴審判決の最大の成果だといえるでしょう。「李信恵は白ではない!」。まずは2箇所ほど引用しておきましょう。──

「本件傷害事件当日における被控訴人(注:李信恵。以下同)の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、金(注:良平)によるM(注:判決では実名。以下同)に対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」

「被控訴人の本件傷害事件当日における言動は、暴行を受けているMをまのあたりにしながら、これを容認していたと評価されてもやむを得ないものであったから、法的な責任の有無にかかわらず、道義的見地から謝罪と補償を申し出ることがあっても不自然ではない。」

判決文1ページ目

李信恵らは判決後、裁判所内にある司法記者クラブにて記者会見を行っていますが、それが報道された記事を発見できませんでした。記者会見は事前に申し込み、おそらくは「控訴棄却」を予想していたと思われますが、原判決の大半の箇所が「変更」され、上記のように李信恵にとって予想だにしなかった不都合な事実認定箇所もあり、記者会見で士気が上がらなかったことは容易に予想できます。

また司法記者クラブに詰める記者たちも判決文を一瞥し、李信恵や代理人の神原元弁護士らの言い分に疑問を持ったのではないでしょうか。このことが記事にならなかった要因になっているものと思われます。司法記者クラブの記者たちた毎日のように判決文に接し判決文を読み慣れています。李信恵側にとっては混乱の極みだったでしょう。予想外ともいえる李信恵の「リンチ関与」を認定した判決は初めてです。ですから、記者たちにとっても記事化は困難だったことでしょう。記者会見は20分足らずで終わっています。午後2時25分頃には裏口から出て喫茶店に入る李信恵らのグループを見かけました。

むしろ、記者会見を準備していた李信恵側にとっては、思いがけず「リンチへの関与」を認定した初の判決に向かい合わねばならなりませんでした。司法担当記者らに判決文を読まれ、李信恵が集団リンチに関わっていたという心証を与えたのではないでしょうか。記者会見をやったことで、意図に反し疑問をもたらしてしまったようです。

◆賠償金が減額されても不当判決には変わりはない

しかしながら、賠償金が減額(訴訟費用も鹿砦社負担は5分の1に)されたとはいえ、一審、控訴審共に不当判決には変わりはありません。遺憾ながら、減額されたとはいえ賠償金の支払い義務はありますし、李信恵の殴打も、現場にいた5人の加害者らの共謀も認められませんでした。

私たちは、一審判決後、まさに死力を尽くして控訴審に対峙してきました。国際的な心理学者の矢谷暢一郎先生(ニューヨーク州立大学名誉教授)は海を越えて「意見書」を送ってくださり、精神科の野田正彰先生の「鑑定書」、東京、関西、四国まで取材に飛び回ってくれたジャーナリストの寺澤有氏の「陳述書」(リンチの場になったワインバーの店主の証言も記載されています)などを提出しましたが、これらの知見をしっかり検討したという形跡は、少なくとも判決文には反映されていません。こうした意味でも不当判決と断じます。

また、あれほど総力で取材に駆け回っても、裁判所は「控訴人(鹿砦社)の主張を認めるには足りない」といいます。このリンチ事件について、6冊の本に結実させ世に問うたにもかかわらず、です。これらは少なからずの方々に高く評価していただきましたが、広く波及しませんでした。しかし、ネットと違い、〈紙〉の出版物は形として残りますから、のちのち偶然でもこれを読んでくれた方がいれば、きっと私たちの取材活動を評価してくれることでしょう。

 

李信恵と実行犯・エル金こと金良平

◆私たちには「捜査権」はない

私たち出版社には取材の自由はありますが強制力はありませんし、動かせる人も金も限りがあります。裁判所は、警察や検察の「捜査権」と同じ位相で見ているようです。私たちには「捜査権」はありませんので、例えばリンチの実行犯・金良平の所在が不明だからといって、強制的な召喚や指名手配などできません。それでいて「金に対して取材を申し入れるなどしていない」(原判決)などといいます。

当時、金は行方不明で、携帯は通じませんし、裁判所への書類にも駐車場の住所を記載したりする人間にどうして「取材を申し入れる」ことなどできるのでしょうか? 「捜査権」を有する警察や検察とは違い召喚も指名手配もできません。また、M君に数十発も激しい暴力を振るうような凶暴な人間に、とても危険で取材スタッフを差し向けることは経営者としてできませんでした。

◆果たして「正義は勝った」のか?

李信恵代理人・神原元弁護士の有名な言葉に「正義は勝つ!」というものがあります。今回も早速そうツイートしています。当たり前ですが、これまで神原弁護士が受任した裁判全てに勝っているわけではありません。最近では、元「女組」(カウンター/しばき隊の一角)幹部・新沼史子(連れ合いは、たんぽぽ舎から反原連に移った原田裕史)が作家・森奈津子を訴えた訴訟では、新沼一審敗訴、彼女は捲土重来を期して控訴審を神原に依頼、しかし控訴棄却されています(6月30日。上告断念で敗訴確定)。また、元朝日新聞記者で現在『週刊金曜日』発行人・植村隆の訴訟でも敗訴が確定しています。

神原弁護士言うところの「正義」の規定が理解できませんが、新沼や植村が「正義」だとしても負けが確定しています。神原弁護士流に表現すれば「正義は負ける」ということでしょうか。

果たして李信恵が「正義」の徒なのかどうか。加害者、被害者の誰一人として全く面識がなく、白紙の状態から調査や取材をしてきた私(たち)には、結論的に李信恵の主張に普遍的な「正義」があるとは到底思えません(少なくとも私には)。李信恵がM君を殴ったかどうかについて、裁判所には否定されましたが、少なくともリンチの現場にいてリンチを黙認し、半殺しの目に遭っているM君を放置して立ち去ったことは控訴審の裁判官も認めています。野田先生の「鑑定書」によれば、師走の寒空の下に放置されたM君は必死でタクシーを拾い帰宅したということですが、あまりもの形相にタクシーの運転手は料金を受け取らなかったそうです。

一審判決後の李信恵代理人・神原元弁護士によるツイート。果たしてリンチ事件の「真実」とは?

◆M君に対するリンチ事件は「でっち上げ」なのか?

神原弁護士はいまだにみずからの事務所のHPに「しばき隊リンチ・でっち上げ事件」と記載し、M君が李信恵ら加害者5人を訴えた訴訟の判決文を掲載しています。今回の判決文もぜひ掲載してほしいと思います(しないでしょうけど)。

私たちは、2016年春、持ち込まれたリンチ事件の資料、とりわけリンチ直後の凄惨なM君の顔写真とリンチの最中の録音に言葉を失い大きなショックを受けました。そうして、M君は正当な補償も受けられず、また李信恵ら3人が「謝罪文」を出し、活動停止を約束しながら、しばらくしてこれを破棄、さらにはリンチの直前に飲食した韓国料理店の店主・朴敏用による「エル金は友達」活動による村八分(村八分は差別です!)をはじめ、M君は心無い誹謗中傷のネットリンチにも晒され、精神的にもかなり追い詰められていました。私たちと出会わなかったら自死の可能性も窺われました。落ち着きがなく、密室での裁判の争点整理の場で、ボキボキ指を鳴らして裁判長に注意されていたほどです(こういう落ち着きがなく精神的に追い詰められているにもかかわらず、裁判の場にM君を臨ませたのは私たちの失策だと反省しています。例えば、ここで殴ったのが平手か手拳か問われ、揚げ足を取られたわけですから)。

私(たち)は、まずはM君の話を聞き、資料を解読し、調査に動くことにしました。人道的な見地からのアクションであり、当初はこれを出版する意図はありませんでした。

私たちが目指したのは、〈M君救済・支援〉と〈真相究明〉です。

M君救済・支援は、裁判闘争も含め私たちのやれることはやりました。M君も精神的にかなり回復しましたが、学業にも専念できなかったようで、博士課程は修了したものの博士論文は完成できませんでした。また、就職活動も、本人は教師になりたかったようですが、叶わず、明日銭(あしたがね)を稼ぐために専門とは関係のない不本意な仕事に就いています。

しかし、あれだけ凄絶な集団リンチを1時間にも渡り受け、M君はいまだに後遺症に悩まされています。このことは矢谷、野田両先生の「意見書」「鑑定書」に詳細に記述されている通りです。これらを裁判官が目を通したと信じますが、実際の判決文には反映されていません。判決をご覧になった野田先生は憤慨されていました。

真相究明については、警察・検察の「捜査権」、あるいは大手出版社の取材には及ばないものの最大限の取材を行った自信はあります。そしてそれが総ページ800ページ超に及ぶ6冊もの出版物に結実し、少なからずの方々に高い評価を受けているものと自己評価しています。私も長年出版社をやって来ましたが、1つのテーマで6冊もの出版物を出したことはありません。量だけではなく質的にも精緻な取材を行いました。「デマだ」「ゴミだ」「糞だ」とか言い掛かりや罵詈雑言を投げかける人がいても、重大な事実の摘示をもって堂々と私たちを批判する人が、皆無であることがその証明でもあるでしょう。

李信恵は、出版ができる環境にありながら、「言論には言論で反論」することはしませんでした。李信恵と代理人の上瀧浩子弁護士は裁判の過程で『黙らない女たち』なる本を日本共産党系出版社の「かもがわ出版」から出版しましたが、リンチ事件にも、私たちの出版物にも一切触れていません。「黙らない」で事件について思うところを語ればよいではないですか。

李信恵の「謝罪文」(P01-P02/全7枚)。これは一体何だったのか?

神原弁護士は何をもって「でっち上げ」と言い続けているのでしょうか。「誰がでっち上げ」たというのでしょう。M君でしょうか、あるいは私たち鹿砦社だと言いたいのか、理解できませんが、リンチの日時や場所(店)も特定でき、店主はじめ多くの人たちの証言もあり、具体的にもリンチ直後の顔写真や音声データなど膨大な資料もあるのに「でっち上げ」と言うことこそまさに“事実の歪曲”(「でっち上げ」)だと断じます。

なによりも私たちは、白紙の状態から地を這うような取材を進め、一つひとつ事実を積み重ね真相究明に奔走しました。「でっち上げ」る意図も理由など毛頭もなく真相究明こそが目的でした。「でっち上げ」ても利はありませんし、長年の出版人、出版社の矜持として「でっち上げ」ることなど私の人間としての、あるいは出版人としての信条に反します。齢70近くにもなって事件を「でっち上げ」て晩節を汚したくはありません。良い情報もそうでない情報も収集し、これらを総合して真相究明に努めてきました。これに嘘はありません。

神原先生も、「人権派弁護士」としてそれなりの地位を獲得したことを否定しませんが、この「でっち上げ」発言だけは断じて許されるものではありません。専門家の方々もこの辺については同意見です。法律に時効があっても、倫理問題に時効はありません。神原先生、「でっち上げ」は発言を即刻撤回してください。そうして、三百代言を駆使したり隠蔽や開き直りに終始したりするのではなく正々堂々と、リンチという厳然たる事実に対していただきたいものです。それこそ、言葉の真の意味での社会正義に適うといえるでしょう。

読者のみなさん、私の言っていることは間違っているでしょうか?

◆李信恵が女性だから厳しく対処したのか?

李信恵は、「陳述書」はじめ事あるごとに、みずからが女性であることで私たちが苛めているかのように語っています。まったくの失当です。いい加減なことは言わないでほしいですね。

逆に彼女が女性だからこそ手加減しています。女性で自宅まで赴き取材したのは、事件直後に来阪し善後策に努めた中沢けいのみで、香山リカ、師岡康子、北原みのり、辛淑玉、朴順梨など直撃取材したいと思った女性は数人いましたが、男性への取材を優先したことや、取材スタッフの人と金など諸事情で断念しています。

また、2016年7月にM君が彼女らを提訴しましたので、これ以降は、訴訟妨害などと言われかねないこともあり、M君が被告とした李信恵、及び他4人のリンチ加害者らへの直接取材は差し控えました。ですから、彼女らへの取材期間はたった4カ月ほどです。

さらに言えば、李信恵は、「反差別」運動の旗手のような顔をして、これまでに100回超の講演行脚を行うほどの著名人であり準公人です。そういう人が、いかなる理由があろうとも、深夜に「日本酒に換算して1升近くも飲んでいた」(本人のツイート)というほど泥酔状態でM君を呼び出しリンチに連座することは、女性であっても男性であっても許されるはずがありません。そう思いませんか?

むしろ男性であったら、岸政彦や有田芳生、高野俊一、警察に通報した石野雅之らに対するような直撃取材も厭いませんでしたし、これは今に始まった取材手法ではなく、例えば原発関連本でも、東電の会長はじめ当時の幹部らには時に早朝から夜半まで直撃取材も立て続けて行っています。

2020年11月24日一審本人尋問で李信恵を追及する松岡(画・赤木夏)

◆李信恵、神原弁護士、伊藤大介は、昨年11月24日、本件一審本人尋問後の伊藤大介暴行傷害事件について説明せよ!

それから、李信恵について、本件訴訟の一審の本人尋問後(2020年11月24日)、M君リンチ事件に連座した伊藤大介が再び極右活動家・荒巻靖彦を深夜呼び出し、他の者(氏名不詳)と共に襲い掛かり、反撃を食らいましたが、荒巻に小指骨折などを負わせる暴行傷害事件を起こしています(現在、他の傷害事件と併合され横浜地裁で審理中。他にも暴行傷害事件を起こしているようですが、本人や弁護人らが公開しないので詳細不明)。

11・24裁判後、事件前の伊藤大介氏と李信恵氏

M君のケースのように再び裁判後に酔っ払って深夜に呼び出し暴行傷害事件を起こしたわけですが、この事件を見れば、彼らがなんら反省していないことがわかります。伊藤が事件を起こす直前まで、李信恵は伊藤と共に飲食を共にしている写真をみずからSNSで発信しているのです。果たして李信恵は、事件の現場にいなかったのか、SNS発信後いつまで行動を共にしていたのか、説明責任があるでしょう。

さらに言えば、伊藤大介の審理の進行具合も、弁護人の神原弁護士は明らかにすべきではないでしょうか。神原弁護士によれば「正義は勝つ」のですから隠す必要はないでしょう。

◆リンチ事件の最大の被害者はM君です!

李信恵は、私たちの報道による「被害者」然として、「出版された本を見てとてもショックを受けました。」(2020年4月8日付け「陳述書」)、「苦しい気持ちになりました。」(同)、「不安と苦痛でいたたまれません。」(同)、「恐怖に苛まれました。」(同)、「恐怖心でいっぱいになりました。」(同)、「これら記事を読みながら泣き崩れました。」(同)、「恐怖と苦痛を感じました。」(同)、「絶望感に襲われます。」(同)等々、言いたい放題です。裁判官は在日の女性であることで、たやすく誤魔化されてしまったのでしょうか?

しかし、みなさん、よくよく考えてみてください。あれだけ激しい集団リンチを受けた「被害者」は勿論M君ですし、「ショック」や「苦しい気持ち」、「不安と苦痛」、「恐怖心」、絶望感」に最も襲われたのはリンチ被害者のM君でしょう。「女性だから」「在日だから」というゴマカシは通用しません。私たちは「女性だから」「在日だから」という差別心で李信恵を批判しているわけではありません。女性であってもなくても在日であってもなくても、悪いことは悪いと批判し弾劾します。

そう、リンチ事件の最大の被害者は誰が見てもM君です! これが揺るぎない基本です。

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*このリンチ事件について、「知識人」と称される人たち、ジャーナリストやマスコミ人らは、私たちの取材に真正面から対した人はほとんどいませんでした。大半が逃げたり沈黙したりし、結果、事件から1年以上も隠蔽され表面化することがありませんでした。

確かに、私たちは賠償金を食らいはしましたが、青年学徒一人を救いました。まだM君は後遺症に苦しんでいますが(それはそうでしょう、私がM君だったら……と思うと言葉がありません)、本件リンチ事件の真相究明と検証・総括作業、とりわけ裁判・判決の検証・総括作業を進めていきたいと思っています。

その作業については、今回を第1回として適宜ご報告いたします。(本文中一部を除き敬称略)

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

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7月27日13時15分から大阪高裁第2民事部82号法廷で、われわれ鹿砦社に対して李信恵が名誉毀損・損害賠償を求め提起した訴訟の控訴審判決が言い渡された。開廷後、清水響裁判長は「主文、原判決を次のとおり変更する」と一審判決で命じられた165万円の賠償を110万円に減額する判決主文を言い渡した。

この日法廷には、被控訴人(一審原告)李信恵、代理人の神原元弁護士、上瀧浩子弁護士が揃って出廷していた。傍聴席には昨年の本人尋問後に酒に酔って暴行傷害事件を起こし保釈中の伊藤大介も神奈川からわざわざ傍聴に来ていた。おそらくは「大阪地裁判決通り」の満額回答を確信して神原、上瀧両弁護士は控えていたのだろう。しかし、主文が読み上げられると3人の表情は「えっ!」と不意を突かれたように変わったかに見えた。

法律的な判断はともかく、3人の表情に、この争いにおける当事者の感情が収斂されていたといえるだろう。

一連の訴訟の判決を受けて、われわれは、事実、真実には確信を持ちながらも、裁判所の判断には、ほとんど“絶望”に近い境地にいた。当たり前であろう。この日の大阪高裁の判決は、大阪地裁の“最悪判決”よりは、丁寧な事実判断を行っているとはいえ、市民感覚からは程遠い。何よりも1時間余り殴る蹴るされた被害者に対する賠償金と、その真相究明(われわれはこれまでに6冊の書籍に結実させ世に問うている)の賠償命令が同額近くである? これが司法の判断であれば、“集団暴力励行判断”といっても過言ではないだろう。

最も重要なことは、李信恵は鹿砦社出版物4冊(提訴当時出版されていたのは4冊だった)の販売停止など、いやしくもライターを生業とする者にとって全く不当極まりない請求を申し立てていたのであるが、この主たる請求は、大阪地裁でも、大阪高裁でも認められていないことである。

すなわち、本論でわれわれは負けていない、どころか〈勝利〉(松岡にいわせれば「敗北における勝利」)しているのであり、誤判によって大阪地裁から不当にも下された賠償命令が、減額されたというのが、客観的な事実である。

これでもこの事件にかんする限り、判決としては“マシ”であったのだ。判決の詳細の分析、今後のわれわれの法廷闘争、及び出版活動などの方針については、近日中にお伝えする。きょうの原稿では本件訴訟及び関連訴訟を一貫して共に闘っていただいた大川伸郎弁護士の言葉で結ぶ。

「事実認定はこれまで通りですが、たとえば『M君対5人訴訟』の控訴審では、全く訳のわからない理屈が持ち出されました。本件訴訟の地裁判決もそうでした。あれらは誤判です。それに比べれば、不満は残りますが、ある程度丁寧な事実認定がなされたと、一定の評価はできると思います。勿論判決に満足はしていませんが」

「結ぶ」とは述べたが、やはりこの男の感想を載せないわけにはいかないだろう。鹿砦社代表・松岡は判決への感想を、
「少しは押し返したかな、というところです。一審大阪地裁判決は素人目にも判る明らかな誤判でしたから。でもね……」
と含みのある言葉を紡いだ。

画像は法廷での李信恵。髪を切りイメチェン?(画・赤木夏)

判決後、相手側は司法記者クラブで、記者会見を行った模様だ。判決言い渡しの法廷には記者席があった。われわれには決して開かせてもらえなかった記者会見を相手方はいとも簡単に行うことができる。28日の新聞には相手側の言い分が掲載されるかもしれない。不公平じゃないか。

この裁判の詳細は、後日詳しくお伝えする。事実の末尾に真実が宿る。なぜ、われわれは、原告であっても被告であっても「記者会見」すら拒否されるのか。

このことが、このリンチ事件の〈本質〉を示唆しているのかもしれない。司法記者クラブに巣くうマスメディアが、被害者の必死の声に耳を貸さず黙殺し、リンチがあったという事実を隠蔽し、李信恵ら加害者側の声をのみ聞く――どこかおかしいのではないか?

われわれは、司法の場であれ、言論の場であれ、退路を持たない。あらゆる欺瞞を暴き出し、指弾し尽くす。それは自己満足のためではない。人間の根本矛盾を、そして〈生き様〉を問う問題だからだ。

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鹿砦社がツイッター上で李信恵から、散々な罵詈雑言を浴びせられたため、仕方なく名誉毀損による損害賠償を求め提起した裁判の終結直前になって、李信恵側は「反訴したい」と主張し出した。裁判官はそれを認めず、別の訴訟として李信恵が原告となり、鹿砦社を被告として訴えた民事訴訟の一審(大阪地裁)判決は、あろうことか165万円の賠償金と、本通信記事の一部削除を命じる〈不当判決〉だった。当然われわれは上級審の大阪高裁に控訴し、その判決をいよいよ7月27日に迎える。(控訴人=株式会社鹿砦社、被控訴人=李信恵)

 

因縁の大阪地裁/高裁

◆不可解な判決の連続に首を傾げる

再度強調しておかなければならないが、この一連の裁判を初めに提起したのはわれわれ鹿砦社であり、その訴訟で一審(大阪地裁)、控訴審(大阪高裁)ともに李信恵の不法行為を認定しわれわれは勝訴しているのだ(上告を取り下げ確定)。にもかかわらず、不可思議な別訴に対し、大阪地裁は数々の事実誤認と、思い込みとしか考えられない筋の通らない理屈を根拠に165万円もの賠償金と本通信記事の一部削除命令を内容とする判決を下したのだ。

「カウンター大学院生リンチ事件」とか「しばき隊リンチ事件」といわれる「M君リンチ事件」に関係する訴訟には、純粋な司法判断とはどこか異なる、不自然な“もや”のようなものが常に付きまとっている。政治的な背景があるのではないか、とすら考えざるをえない判決の連続や(このかん和歌山カレー事件再審で話題の元大阪高裁判事の生田暉雄弁護士によれば「報告事件」というものがあり、これは最高裁からの指図で、これに指定されると、どうあがいても勝てない訴訟があるとされ、当初はそんなバカなと思いつつも、こうも不当判決が続くと真実味を実感する)、マスコミの恣意的な報道管制。本来だれにでも使用権限があるはずの司法記者クラブ(大阪地裁・高裁の中にある記者クラブ)からことごとく締め出され、一度も記者会見を開かせてもらえていない現実。これらはやはり“何らかの背景”なしに起こりうる事象ではない。

本人尋問で大川弁護士の追及に答えきれず涙ぐむ仕草で裁判官の心証に訴える李信恵(画・赤木夏)。後ろに代理人の神原・上瀧弁護士。2020年11月24日、大阪地裁で。この後、傍聴に来ていた伊藤大介は深夜暴行・傷害事件を起す

李信恵の「謝罪文」(全7ページの内の2ページ)。のちに撤回したことに李信恵の人間性が表われている

 

リンチの是非を問うた人に開き直って恫喝する李信恵のツイート

◆われわれは死力を尽くした! 

そういった背景の中、一審の大阪地裁は、上記の通り不当判決を下したのであったが、控訴にあたり、われわれは死力を尽くした。まず元裁判官(大阪高裁にも勤務)の森野俊彦弁護士に弁護団に加わっていただいた。『週刊金曜日』によれば、「裁判所の内外で発言を続けた裁判官は、森野俊彦氏しかいない」とされ、失礼な物言いながら、当初予想した以上に優れた方であることがすぐに判った。従前より一連の訴訟を担当していただいている大川伸郎弁護士、森野弁護士を中心に何度も打ち合せを行い、精神科医・野田正彰先生にM君の「精神鑑定」を行っていただき、ニューヨーク州立大学名誉教授で心理学者の矢谷暢一郎先生からも海の向こうから「意見書」を頂いた。いずれも重厚な内容である。

そして地裁判決が素人目にも粗雑であって(例:証拠として提出してある書籍の中にある人物の電話取材を掲載しているが、判決文では「取材をしていない」と断言している。裁判官はろくろく証拠に目を通していないのだ)、重要な事実認定に妥当性を欠き、判決全体が恣意的な内容であることを「控訴理由書」、およびこの補充書で指摘した。さらには、われわれの委託を受けて取材に飛び回ってくれた、ジャーナリスト寺澤有氏の「陳述書」、さらには鹿砦社代表・松岡の渾身の「陳述書」など、これまでになく力を込めた。

勝ち負けは別として、これだけ衆智を結集した。果たして大阪高裁が、これらの知見を越える判断を示すか、興味津々だ。

大阪地裁判決前に、まさかこのような〈不当判決〉が下されるとは、われわれは予想だにしていなかった。だから、控訴審に向けては限られた時間の中で弁護団の先生にはかなりの無理をお願いし、われわれも死力を尽くした。

これ以上の証拠や、地裁判決を弾劾する法的哲学、論理は探求しようがない、といえるところまで「控訴理由書」、この補充書は研ぎ澄ました。野田正彰先生、矢谷暢一郎先生のご尽力には感謝に堪えない。

論理的にわれわれは、負けるはずはないと確信している。しかし、裁判所は証拠と論理を揃えても、一般人の「市民感覚」から遊離した判決を少なからず出すことがあることも知っている。

李信恵の「名言」の数々(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

◆7・27控訴審判決に注目を!

繰り返す。われわれは死力を尽くした。当然地裁判決破棄の判決を期待するが、判決の如何に関わらずできうることはすべてやり尽くした。判決の如何を問わず、「やれることはすべてやり切った」との想いが強い。

だから、大阪高裁には“真っ当”な判決を出してもらわねばならない。7月27日(火)13時15分から大阪高裁(別館)82号法廷で判決言い渡しが行われる。猛暑の中であるが、関西在住の方で都合のつく方は傍聴に結集を! 判決は、結果の如何にかかわらず当日速報を打つ予定だ。圧倒的な注目を! 

 

自ら泥酔したことをツイート。常識的に考えれば、1升近く飲んで泥酔しないわけはない

ちなみに、集団リンチの被害者M君は、いまだにリンチの後遺症に苦しんでいる。一方で、加害者グループの一人として実際にリンチの現場に居合わせ、1時間ものリンチを見聞きしつつも止めもせず、救急車やタクシーを呼びもせず、師走の寒空の下に放置して立ち去った李信恵は何の反省もなく、最近も(コロナ禍で少なくなっているとはいえ)各地の「人権団体」や行政などの招聘で講演旅行に回っている。

李信恵は、この時代「反差別」の象徴、あるいは旗手たり得る人格と思想を備えているであろうか。「日本酒に換算して1升近く飲んだ」(李信恵本人のツイート)と平然と公言するほど泥酔した挙句、集団リンチ事件に連座した責任を、どのように申し開きできるのだろうか。われわれは〈あらゆる差別に原則的に反対する〉が故に、この闘いを貫徹してきた。少なからずの傷も負っている。だが、〈差別〉に関する限り〈原則〉は譲ることはできないのだ。〈本当に撃つべきもの〉は何であるのか?この問いに立脚することをわれわれは一時(いっとき)も忘れはしない。

「因果応報」という言葉がある。この通信でもことあるごとに述べているが(7月12日号参照)、かつて「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で鹿砦社弾圧に手を貸した者がことごとく再起不能なまでに失脚したことをわれわれは知っている。それは決して“偶然”だろうか――われわれは「因果応報」という言葉を信じる。リンチの被害者がこの後遺症に苦しみ、加害者が表舞台で「反差別」や「人権」などを語る講演三昧などという世の中は不条理だ。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

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先日、ミャンマー・サッカー選手が日本での試合を終え帰国の途につこうという直前で、これを拒否し日本政府に保護を求めるという事件が報道されました(画像1参照)。そして難民認定を求め申請しました(22日)。

[画像1]朝日新聞2021年6月17日夕刊

[画像2]共闘していた頃。1971年4・28沖縄闘争(戦旗257号 1971年5月15日号)

ここで中心的に動いたのが空野佳弘弁護士ということが新聞報道で名が出ていて、これを発見し驚きましたが、空野弁護士は、実は「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)被害者M君の父親と同期で同じグループ「京大C戦線」で1970年代初頭の学生運動に関わっていました。71年から72年前半には、「全京都学生連合会」(京学連)を結成し、私たち同志社大学全学闘と共闘していました(画像2)。

京大C戦線は、私たちと別れた後、ある中国派の党派と共に「マルクス主義青年同盟」(マル青同)を結成、全国党派を目指しますが、しばらくして破綻、空野弁護士は、ご自身から伺った話では、それまでに全く単位を取っておらずゼロから勉強し直し、遅くして司法試験に合格し弁護士になったそうです。弁護士登録が1985年ということですから、学生現役時代に合格した者に比べれば10年遅れています。さすがに“腐っても京大”です。同志社ではこうはいきませんが、元々頭の出来が違います(苦笑)。

この「京大C戦線」の指導者は、吉國恒雄さん(故人。ジンバブエ研究の第一人者。生前は専修大学教授)で、マル青同解体後アメリカ西海岸に逃れ研究生活に入ります。ほぼ同時期に活動した矢谷暢一郎さんと同様です(矢谷さんは東海岸)。

そうして68年6・28 ASPAC御堂筋突破闘争で、吉國さんも矢谷さんも逮捕・起訴されます。この闘争、同志社だけで約800名の部隊だったというから凄いです。その後私たちの頃になると、多い時でこの半分ぐらいでしたから。

そうして、71年10月8日、判決を迎えます。これを報じる新聞記事(画像3)には「寛刑」との文字が躍っていますが、軽かったのは判決だけでなく、検察の求刑も、その後、70年代後半以降に比べると、ずいぶん軽いイメージです。

[画像3]1968年ASPAC闘争の判決を報じる読売新聞1971年10月8日夕刊

71年、この年、裁判官に任官されたばかりの森野俊彦先生は、ASPAC闘争の裁判を担当し判決文を起案されたということです。この判決の記事を、当時学友会ボックスでみなで回覧し、あれこれ歓談したことを覚えています。

71年は、いわゆる「青法協」(青年法律家協会)問題が起き、同期の7名が任官されませんでした。この期(23期)には、私たち一般にも知られる方として、宇都宮健児、澤藤統一郎、梓澤和幸といった弁護士がおられます。森野先生も同期の仲間と共に7名の任官を求め闘いますが、森野先生は唯一裁判所の内部から変革を求めて「日本裁判官ネットワーク」を結成されたり定年まで闘い続けられます(画像4参照)。

定年後は、弁護士として活躍されていますが、ひょんなことから出会い私たち鹿砦社の代理人も務めていただいています。森野先生ら23期の方々が最近『司法はこれでいいのか』(現代書館刊)を上梓されましたので、詳しくはこの本をご覧ください。

[画像4]『週刊金曜日』(2021年5月21日号)の森野俊彦弁護士紹介記事

そうして、対李信恵訴訟控訴審、矢谷暢一郎さん(4月20日付けでニューヨーク州立大学名誉教授を拝命。画像5)が心理学者の立場から「意見書」を書いていただき裁判所(大阪高裁)に提出しました。

一方、森野先生には「控訴理由書」、同補充書などの書面作成にご尽力いただきました。大阪高裁の裁判官をも務められたこともあり、(元)裁判官の目から本件リンチ事件の本質を捉え、非常に有益でした。

ちょうど50年前の1971年に、裁く側と裁かれる側に在った、矢谷さんと森野先生が、50年の年月を超えて今、鹿砦社のために一肌抜いていただいたのです。さらには、「京大C戦線」で活動していた方々には、16年前の「名誉毀損」逮捕事件でも奔走いただき、今回の対李信恵訴訟控訴審でも「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」にも重村達郎弁護士と赤川祥夫牧師に提出いただきました。

矢谷さんは、かつて学生運動に関わっていたという理由で1986年、ロンドンの学会から戻りニューヨーク・ケネディ空港に降り立ったとたんに突然逮捕され44日間勾留されますが、同僚教官やオノ・ヨーコさんらが奔走し無罪放免されます。そうして全米を動かした「ブラック・リスト抹消訴訟」、いわゆる「YATANI CASE」といわれ国際的にも司法、法曹関係では有名な事件です。この件は、古い本ですが『アメリカを訴えた日本人』(毎日新聞社刊)を(古書市場で求められるか図書館で借りるかして)お読みください。

[画像5]矢谷さんの講演会の後で加藤登紀子さんが労ってくれました。矢谷さん(左)、加藤さん(中央)、松岡(右)

この50年、矢谷さんは判決前後に大病を患い、これが治り夫婦で再起を期して渡米され、同志社は中退でしたので学士を修めるところからやり直し(この点は先の空野弁護士と同じです)、修士、博士号を取得、ニューヨーク州立大学講師の職も得、ようやく先が見えてきたところで突然逮捕されるなど苦難の人生だったことが窺われます。

一方、森野先生も、若い頃の青法協活動、その後「日本裁判官ネットワーク」の活動など、いわば“危険分子”と見なされていたようで、地方や家裁回りが多かったとのことです。

蛇足ながら私も、お二人に比べれば小さいですが、大波小波、いろいろありました。今では笑って話せますが、一時はもう再起不能と思い絶望の渕にありました。奇跡的と言っていいと思いますが、皆様方のご支援により再起することができました。

今からちょうど50年前の1971年、お二人が法廷で対峙していた年、私たちは、本土「復帰」直前の沖縄返還協定調印→批准阻止闘争、三里塚闘争、そして学費値上げ阻止闘争に走り回っていました。

目をつぶれば走馬灯のように50年前のいろいろな出来事が甦ってきます。もう過去を振り返ってもいい歳になりましたが、当時の初心を想起し、いつまでも社会的不正には怒りを込めて振り返ることを忘れないでいきたいと、あらためて思った次第です。

*鹿砦社からも矢谷さんの著書を出版しています。2014年秋の同志社大学学友会倶楽部主催講演会に間に合わせるために急遽製作しました。『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学——アメリカを訴えた日本人2』です。ぜひご購読お願いいたします。

矢谷暢一郎『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学——アメリカを訴えた日本人2』

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

前回に引き続き、今回は主に「ヘイトスピーチ」を理論付けした師岡康子弁護士について思う所を申し述べてみたいと思います。

◆正体不詳の師岡康子という人物──いわゆる「師岡メール」に表われた冷酷な人間性

師岡康子弁護士は「カウンター」活動に理論的根拠を与えた人物で、それは前回(上)の冒頭に挙げたように『ヘイト・スピーチとは何か』として結実しています。ところが、不思議なことに師岡弁護士は自己の正体を秘することに努めているようで、生年や出身大学などもみずから明らかにすることはせず(著書にも不記載)、その他、経歴、プライベートなど不詳です。

わずかに父親が共同通信の幹部であったこと、京都大学卒業ぐらいが判明しているほどですが、これまで、あまり私的なことを詮索したり詳しい調査をしていない私たちにはそれ以上の経歴などは不明です。私見ながら、公人、あるいは準公人の人となりや考え方、全体像などを理解するには、プライベートや経歴、失敗の経験を含めて情報を吟味することが必要だと思っています。人生誰しも「常に正しい」わけではありませんから。

師岡康子弁護士

師岡弁護士が学生時代(京都大学)を語った文章や発信を見たことはありません。あまり評判のよくない政治グループ、△△研で活動していたという噂が伝わってきましたが、真偽不明です。ですからこの件も含め諸々質問を直接ぶつけようと、特別取材班が電話取材を試みましたが取材にも応じていただだけませんでした。諸々の疑問への真偽は想像するしかありません。師岡弁護士には質問したいことが山積しています。いつかリンチ直後のM君の壮絶な写真を持って講演会や記者会見に伺おうか、とさえ思ったものです(本気です)。

弁護士として「ヘイトスピーチ解消法」の立法化にも尽力した師岡弁護士はマスコミにも頻繁に登場する「公人」(あるいは「準公人」)です。私たちは誰かさんたちとは違い、暴力をちらつかせ脅迫的な質問などはしません。今からでも取材に応じていただくのが社会的責任というものでしょう。

師岡弁護士に対する私の印象が最も強いのは、いわゆる「師岡メール」と揶揄される、彼女がリンチ被害者M君と共通の知人・金展克氏に送ったメールです。常識では考えられない暴論、暴行事件被害者への人権的配慮はまったくなく、恣意的な法解釈、非人間性が余すところなく露呈したメールです。呆れるほどの暴論を展開し、M君リンチ事件が表面化することを潰そうとの意思を剥き出しにした醜文です。

師岡は、師走の寒さ厳しき大阪・北新地で、深夜1時間にもわたる凄絶なリンチを受けた大学院生(当時)M君の被害を一顧だにせず、刑事告訴を止めさせようと必死に努めました。M君が刑事告訴すれば、M君は、

「これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶしたという重い十字架を背負いつづけることになります。そのような重い十字架を背負うことは、人生を狂わせることになるのではないでしょうか」

とまで言い切っています。

師岡の反人権的人間性を表わした、いわゆる「師岡メール」

 

「ヘイトスピーチ解消法」の性格を象徴する有田芳生と西田昌司の握手

頭の中が倒錯しています。この言葉は直接M君に伝えられたものではないにせよ、周辺人物への明かな恫喝ともいえるでしょう。ここにはリンチ被害者M君への人間的な配慮など微塵もありません。師岡の冷酷な性格が表われています。師岡は「人権派」ではなかったのか!? 少なくともそう装っていましたが、メッキは時として剥げるものです。

「重い十字架を背負いつづける」のはリンチの加害者であるべきであり、被害者が「反レイシズム運動の破壊者」として「重い十字架を背負いつづける」という理論はどうのようにすれば成立するのか。どうして被害者が「重い十字架を背負う」必要があるのか。生起した事実へのあまりにも非道で倒錯した(悪意に満ちた)本音の吐露には吐き気がするほどです。「重い十字架を背負いつづける」べきは李信恵ら加害者5人とその隠蔽に加担した人々のはずです。

有田芳生参議院議員と連携し、ともかく「ヘイトスピーチ解消法」を成立させたかったのでしょう。有田は「ヘイトスピーチ解消法」立法化の最終局面で、自民党の中でもとりわけ悪質な差別主義者である極右政治家・西田昌司参議院議員と不可思議な握手をしました。あの「握手」が意味したことは何だったのでしょうか? 水面下で何があったのでしょうか? 5年前のちょうど今頃6月のことです。

しかし、師岡は、その「ヘイトスピーチ解消法」だけでは不満なようで、更なる罰則強化、もしくは新法を企て、さらには関連の省庁の新設までも構想していることが報じられています。今後の師岡の動きが注目されます。

さらなる罰則強化、あるいは新法制定をアジる師岡康子弁護士

◆呪われた「ヘイトスピーチ解消法」──人ひとりを犠牲にして成立した法律が人を幸せにするはずがない!

リンチ事件の存在は1年以上も隠蔽され、「ヘイトスピーチ解消法」は成立しました。深夜、「日本酒に換算して1升近く飲んだ」(李信恵のツイート)李信恵ら加害者が、5人で1人の若者に凄絶な暴力を加えたリンチ事件を隠蔽することによって「ヘイトスピーチ解消法」は成立しました──あまりに呪われた法律と言わざるを得ません。
 
M君リンチ事件と、これに関係した加害者たち、「ヘイトスピーチ解消法」を制定するために隠蔽活動に狂奔した者たち、リンチ事件を知りながら、「見ざる、言わざる、聞かざる」に終始し、わが取材班の取材から逃げ回った者たち……M君リンチ事件は、人の生き方、人間としてのありようを問うものでした。ふだん立派なことを言っていても、現実にこうした事件に直面した時にどう振る舞うかで、その人の人間性なり人となりが明らかになるものです。特に「知識人」といわれる人たちにとって、みずからの学識と、“今そこに在る現実”への対応の乖離を、どう理解すべきでしょうか? 

リンチ事件が起き1年余り経ってから、このことを知った私は仰天し、「現在のような成熟した民主社会にあって、いまだにこうした野蛮なリンチ事件が起きたのか」とショックを受けました。かつて私は学生運動に関わり、そこで起きた、いわゆる「内ゲバ」にもたびたび遭遇しました。私が大学に入学する前年に先輩活動家が死亡していますし、入学した年には有田芳生参議院議員が所属した政党のゲバルト部隊(「ゲバ民」と呼ばれました)によってノーベル賞受賞者の甥っ子の先輩活動家が一時は生死を彷徨うほどの重傷を負った事件があり衝撃を受けました(ちなみに、大学は異なりますが、有田と私は同期で同時期に京都で活動していました)。

さらには翌年、最近映画でも採り上げられましたが、真面目な同大の年長活動家が他大学のキャンパスで殺されるという事件もありました。私自身も、有田議員が所属した政党のゲバ民に襲撃され病院送りにされていますし、また現在某政党の幹事長が創設した政治グループにも襲撃され後頭部を鉄パイプで殴られ重傷を負いました(数年間、時に偏頭痛に悩まされました)。

私はノンセクトで大学時代に活動したぐらいでしたが、卒業後、内ゲバは激化し多くの学生活動家や青年が亡くなると共に、あれだけ盛り上がった学生運動、反戦運動も衰退化していきました。もちろん他にも原因はあるのでしょうが、内ゲバが最大の要因になっていることは言うまでもありません(このことは、『暴力・暴言型社会運動の終焉』の中で山口正紀さんがガンで療養中に必死に書かれた「〈M君の顔〉から目を逸らした裁判官たち」、「デジタル鹿砦社通信」2019年10月28日付け田所敏夫執筆「松岡はなぜ『内ゲバ』を無視できないのか」を参照してください)。

「内ゲバ」問題もそうですが、外形的な「ヘイトスピーチ」を批判するだけではどうにもなりません。「ヘイトスピーチ解消法」成立に至る過程の裏で起きた凄惨なリンチ事件──この根源的な問題を探究することなくしては、同種・同類の事件は再発するでしょう。このことをリンチの被害者M君や私たちは事あるごとに訴えてきました。実際に、M君リンチに連座した者(伊藤大介)が再び暴行傷害事件を起したことは、この「通信」や『暴力・暴言型社会運動の終焉』などで、すでに明らかにした通りです。

そして、「ヘイトスピーチ解消法」の成立は、果たして、本質的な「差別解消」に寄与したのか──私たちの関心の中心はそこにあります。表現規制を設けても、内面は変えられません。犯罪抑止の法律を厳罰化すれば、より陰湿な犯罪が法律外で多発する現象はよく知られています。表現の規制が本質的な「差別解消」にこの5年間どのように作用してきたのでしょうか。定量的な測定が可能な問題ではありませんが、人々の心の中に宿る「差別の総量」は、減少したのでしょうか? そして司法も行政も、法律や条例を設ければ事足れりという「形式主義」(ことなかれ主義)に傾いてはいないでしょうか?

例えば、「教育改革」「大学改革」「政治改革」「司法改革」……この半世紀、「改革」という言葉が喧伝され法律や条例が設けられたり、あれこれ“制度いじり”がなされましたが、ことごとく失敗しています。「仏作って魂入れず」、古人はよく言ったものです。

さらに加えれば、このリンチ事件の被害者M君救済/支援と真相究明の活動を通して、取材班キャップの田所敏夫が広島被爆二世であることで似非反差別主義者を許さないという強い意志を私たちも共有し、取材班内外に於ける在日コリアンの方々らとの交友を通して「原則的に差別に反対する」姿勢であることを、ことあるたびに明らかにしてきました。

同時に私たちは「あらゆる言論規制にも反対」の立場です。しかし「差別を禁止する法律を作ろう」(さらに師岡は省庁まで作ろうと主張しています)などとの発想は、間違っても浮かびません。人間の内面は法律によって規制されるべきものではなく、また法律は人間の内面まで入り込むことも不可能だと考えるからです。こうした意味で、師岡弁護士の『ヘイト・スピーチとは何か』に述べられた思想には到底納得するわけにはいきません。

リンチ事件から6年半──今に至るもM君はリンチのPTSDに悩まされています。就職、研究などもうまくいかず「人生を狂わせ」(師岡メール)られてしまいました。一方、リンチの中心にいた李信恵は、何もなかったかのように、あたかも「反差別」運動を代表する人物として大阪弁護士会、行政、法務局などあちこちに講演行脚して、まことしやかなことを話しています。講演するなら、この冒頭にリンチについて述べてみよ! 

世の中、なにか変だと思いませんか? (了。本文中一部を除き敬称略)

◎あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考える
(上)(2021年6月12日)http://www.rokusaisha.com/wp/?p=39239
(下)(2021年6月14日)http://www.rokusaisha.com/wp/?p=39295

*『暴力・暴言型社会運動の終焉』内に「危険なイデオローグ・師岡康子弁護士」とのタイトルで一項設けていますので、こちらもぜひご一読ください。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08VBH5W48/

『ヘイト・スピーチとは何か』は、極右/ネトウヨのヘイトスピーチに対する「カウンター」や「しばき隊」の理論的根拠となっているとされる本です(詳しくは『暴力・暴言型社会運動の終焉』7項「危険なイデオローグ・師岡康子弁護士」参照)。「ヘイトスピーチ解消法」が制定されて5年になりますが、師岡弁護士とは異なった見地から、あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考えてみようと思います。

◆元SEALDsの女性活動家の勝訴判決に思う

6月1日、元SEALDsの女性活動家2人が、極右/ネトウヨと思しき人物からSNSで受けた夥しい暴言による精神的傷、名誉毀損に対して民事訴訟を起こし100万円の賠償金を勝ち取り勝訴しました(東京地裁)。判決後記者会見も行っています。また、かの神原元弁護士も代理人に名を連ねているということです。

確かに極右/ネトウヨによるSNSを使った暴言は酷いので、この判決は妥当でしょう。しかし、忘れてならないのは、当時のSEALDsメンバーあるいは周辺の者による、SEALDs批判者に対する彼ら・彼女らが行った同種・同類の暴言についてです。これは問題にならないのでしょうか? 上記の元SEALDsの女性のケースだけを問題にし、SEALD以外の他のケースも同等に問題にしなければ偏頗なものになるのではないでしょうか?

 

「しばき隊」のドン・野間易通

例えば、韓国から母子で日本に研究に来ている女性、鄭玹汀(チョン・ヒョンジョン。当時京大の研修員)さんがSEALDsについての論評を発表するや、野間易通を先頭に「カウンター」「しばき隊」のメンバーによって、SNSを駆使し激しい誹謗中傷、罵詈雑言が鄭さんに浴びせられました。

あまりにも激しい攻撃に、鄭さんの研究者仲間が立ち上がり鄭さんをサポートしました。鄭さん自身も民事訴訟を準備していたようですが、諸事情で断念しています。韓国から来日し、日本人とは同等の権利を持たない不安定さ、また娘さんがいるのも不安だったものと推察します。異国で訴訟沙汰を起こすのが大変なことは容易に想像できます。ここを見透かして野間らが鄭さんを攻撃したのであれば、さらに悪質と言わねばなりません。

 

合田夏樹さんを脅迫する伊藤大介のツイート

「カウンター」「しばき隊」(そしてSEALDs のメンバーの一部は)は、女性や娘さんらに対しては殊に激しく攻撃する傾向がありました。保守系を自称し私たちと思想信条は異なりますが、四国で自動車販売会社を営む合田夏樹さん(当時はツイッター上ではかなりの有名人でした)も恐怖した一人です。合田さんに対しては、伊藤大介らによって有田芳生参議院議員の宣伝カーを使い、会社、自宅(近く)まで出向き、身障者の息子さんを持つ奥さんに恐怖を与え、また東京に進学し一人暮らしを始めた娘さんに対しても襲撃を匂わすツイートを流したり、卑劣な発信が続きました。やりたい放題です。思想信条の違いがあるとはいえ、私たちは数に頼っての卑劣な攻撃は理解できませんし、ましてやそのような手段は絶対に取りません。過去このような行為を主導した(今回の原告個人が関わったかどうかは、わかりません)SEALDs の“負の歴史”は見過ごされ問題にならないのでしょうか? こうしたことを問題にせず、上記の元SEALDsの女性活動家のケースのみを殊更採り上げるのは偏頗だといえるのではないでしょうか? 

さらには、当時は隠蔽され後に発覚するリンチ事件の被害者М君に対する誹謗中傷や罵詈雑言も同様です。М君に対してのツイートは激しい「ヘイト(憎悪)」が満ち満ちており、これこそ「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム」ではないのか、と思います。

さらには、リンチ事件に疑問を持ち私たちより少し遅れてМ君リンチ事件に対する批判を実名で公表した、ある公立病院に勤める金剛(キム・ガン)医師に対する攻撃、彼にはSNSによる誹謗中傷に加え病院に電凸攻撃がなされました。人の生死に関わる病院への数多くの電凸攻撃など常識では考えられません。日頃「人権」を口にする者がここまでやるとは言葉がありません。
 
◆「ヘイトスピーチ解消法」制定5年……

「ヘイトスピーチ解消法」が制定されて5年が経ちました――。俗に「ヘイトスピーチ、ヘイトスピーチ」と言いますが、では「ヘイトスピーチ」とは何でしょうか? 条文によれば「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」と規定され、これを「解消」する法律が「ヘイトスピーチ解消法」だということです。法務省のホームページを見れば、「特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に,日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの 一方的な内容の言動が,一般に『ヘイトスピーチ』と呼ばれています」とあります。

これによれば、上記の元SEALDs の原告女性に対する暴言が「ヘイトスピーチ」であるかどうか、法的観点から見れば微妙であると考えられます(「ヘイトスピーチ」ではなく「名誉毀損」であれば法的な合理性はあるでしょう)。原告に浴びせられた言葉が発せられた心因には、暴言=言葉の暴力を喚起させる動機があったのでしょうから、法律によらずとも「ヘイト(憎悪)」に満ちた言葉を発し攻撃するということからすれば、先の合田さんへの攻撃同様に、広義の意味においては「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム」と言っていいでしょう。

他方、鄭さんや金剛医師は「本邦外出身者」「特定の国の出身者」です。SEALDs やリンチ事件に批判的な発言をしたからといって、激しい誹謗中傷、罵詈雑言を受けたことは「ヘイトスピーチ解消法」に照らせば、法的には「ヘイトスピーチ」に分類されはしないでしょうか。私は日本人としてこのような言動に加担した属性であることを(私自身の行為ではまったくありませんが)、人間として恥ずかしく思います。「ヘイトスピーチ」を批判する者が、一方で「ヘイトスピーチ」の手法を用いる――「目的のためには手段を選ばず」との疑念がぬぐえません。なにかおかしくはないですか? 

実は私がSEALDsや、これと連携する「反原連(首都圏反原発連合)」や「カウンター」「しばき隊」に、遅ればせながら疑問を持ったのは、彼らによる鄭さんへの攻撃がきっかけでした。それまで「反原連」には年間300万円ほどの資金援助をするほど親密な関係でしたし、反原発雑誌『NO NUKES voice』の6号までは「反原連」色が比較的濃いものでした。

しかし、同誌6号(2015年11月25日発行)で「解題 現代の学生運動――私の体験に照らして」という拙稿で鄭さんへの攻撃やSEALDsの思想、排除の論理などに疑問を呈するや、「反原連」から同年12月2日付けで一方的に「絶縁」を宣せられました。同誌6号発行からわずか1週間後のことです。同誌6号には、SEALDsの代表的人物、奥田愛基のインタビューも掲載されています(帝国ホテルの高級日本料理屋でインタビューするほど厚遇しました)。この時期「反原連」はまだ勢いがあり、カンパもそれなりに集まっていたので、小うるさい私たちなどどうでもよかったのでしょう。

SEALDs奥田愛基と「反原連」ミサオ・レッドウルフ

 

SEALDsとしばき隊の関係を象徴する画像。左からM君リンチに連座した李信恵、伊藤大介、激しいツイートで有名な木野寿紀、SEALDs奥田愛基

「反原連」の「絶縁」宣言に対し私は同誌次号(7号。2016年2月25日発行)で反論、「さらば、反原連」とのタイトルで「反原連」と訣別し独自の道を歩むのですが、「反原連」は世間の関心も薄れ資金的に苦しくなったからと言って、今年3月末で「活動休止」を発表しました。この11日に発売になった同誌28号にて、やはり「反原連」に苛められた植松青児さんが「反原連の運動を乗り越えるために」という題で長文の記事を書かれていますのでぜひご覧になってください。

ともかく、「反原連」「しばき隊」「カウンター」「SEALDs」「TOKYO DEMOCRACY CREW」「SADL」「男組」等々、いろいろな名称を使い、一人でいくつもの団体に関係し、それらをうまく操ることに長けた者(野間易通、ミサオ・レッドウルフ、こたつぬこ=木下ちがやら)が複数名いて、彼らの号令一下、有機的に動いたことは事実であり、一定期間、大衆を惑わせる効果は持ちました。野間、ミサオら非共産党の者らと木下ちがやら共産党系の者らが巧妙に手を組んだといえるでしょう。メディアも彼らの意向に沿って、なにかしら「新しい社会運動」が発生したかのように報じ、M君リンチ事件のような不都合なことは報じず、綺麗事を報道することに終始しました(メディアの社会的責任放棄です)。

反原連「活動休止のご報告」

彼らは暴力をちらつかせ暴言をSNSで発信し、批判者や対抗勢力を排除していきました。リンチ事件が、2015年という安保法制反対運動の盛り上がりに隠れて表面化しなかった背景にはこのような事情もあったのでしょう。「カウンター」や「しばき隊」「SEALDs」らの勢いの蔭に隠れ、あれだけの被害を受けたM君の心中はいかばかりだったのか、と想起すると、若いM君が憐れに思えてきます。M君は、未だにリンチのPTSDに苦しめられています。一方で、リンチに連座した伊藤大介は再び同類の暴行傷害事件を起こしたり、李信恵は、あたかも何もなかったかのように執筆活動や講演などに奔走したり……考えさせられます。なにかおかしいと思うのは私だけでしょうか。(文中、一部を除き敬称略)(つづく)

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当社が出版した「M君リンチ事件」(カウンター大学院生リンチ事件、しばき隊リンチ事件)関連出版物4冊と「デジタル鹿砦社通信」の記事について 一審(大阪地裁)では、李信恵の主張を一方的に認め、私たちに賠償金165万円と「デジタル鹿砦社通信」の一部削除を命じた不当判決に対して、鹿砦社は大阪高裁に控訴していました。この控訴審第1回弁論が、5月25日午前10時、大阪高裁で開かれました。

大阪地裁による不当判決のあと、論理的整合性のある判断を求め、私たちは、全智全能、総力を尽くしました。多くの方々が快く協力してくださいました。

弁護態勢は、当初からの大川伸郎弁護士に加え、元裁判官(大阪高裁にも勤務経験のある)で「日本裁判官ネットワーク」の中心メンバーとして司法を内部から変えようと長年にわたり献身された、良心的法曹人の象徴的な存在、森野俊彦弁護士に代理人として加わっていただきました。

次いで「控訴理由書」と共に「公平、公正で慎重な審理を求める要請書」を法曹、言論関係の専門家を中心に31名の皆さんより頂き、大阪高裁へ提出いたしました。

そうして心理学者・矢谷暢一郎先生(4月20日付けでニューヨーク州立大学名誉教授に任命)の「意見書」、また刑事事件でも数々の精神鑑定実績のある精神科医・野田正彰先生の「精神鑑定書」、さらには取材を手伝ってくれたジャーナリスト・寺澤有氏の「陳述書」、リンチ被害者M君の「陳述書」、加えて控訴人鹿砦社代表・松岡の「陳述書」などを提出しました。

これまでの判断基準では私たちの主張が裁判所に受け入れられないのではないか、と思慮し、松岡、寺澤氏、M君の証人申請も行いましたが、大阪高裁は「陳述書で事足りる」として、いずれも却下されました。

一審判決は、暴力を容認しリンチに加担する判決でした。M君は1時間近くにわたる殴る蹴るの凄絶なリンチによって記憶も曖昧になる中で、李信恵が出合い頭に「なんやねん、おまえ! おら!」とM君の胸倉を摑み(この事実は本人の証言で明らかです)殴り掛かりましたが、その最初の一発が「平手」か「手拳」かに異常に拘泥し、M君の記憶が変遷していることを理由に「信用できない」として李信恵の主張の全体を認めるという、まさに「木を見て森を見ない」判断となりました。この一部分で全体を判断されてはたまったものではありません。地裁の裁判官も、1時間ほどリンチを受けたらどうや、とさえ言いたくもなります。50発も60発も殴られて、正確に記憶している人などいないでしょう。

M君は一方的にリンチに遭い、この間、李信恵らは悠然とワインをたしなみ談笑するという修羅場でした。挙句に“名台詞”となった「死ぬんやったら店の中に入ったらええんちゃう」と言い放ち、リンチが終わるや、師走の寒空の下にM君を放置し立ち去っています。M君は必死でタクシーを拾い帰宅しましたが、血まみれのM君に驚きタクシーの運転手は料金を受け取らなかったといいます。

リンチ直後のM君の悲惨な顔[左]とこれに倣ってその後、ネットで流布された画像[右]。筆舌に尽くし難いネットリンチ! ここまでくると犯罪だ!

リンチ後になされたセカンドリンチの一例。「反差別」とか「人権」とかうそぶく者はここまでやるのか

◆リンチ被害者M君と出会って5年──

私たちがM君と巡り会ったのはリンチ事件から1年余りも経っていましたが、李信恵や彼女の周辺は事件の隠蔽を図り、それは成功するかに見えました。しかし、悪事は必ず発覚します。私たちは偶然にこの事件を知り救済を求めてきたM君に対して、救済・支援と真相究明に関わることにし、それから5年余りが経ちました。断ろうと思えば断れたかもしれませんが、この時の私の選択は間違いなかったと今でも思っています。

鹿砦社は特別取材班と共に地を這うような徹底した取材により、これまでに6冊の出版物にして世に問いました。マスメディアが李信恵を、あたかも「反差別」運動の旗手であるかのように表面的な虚飾を報じ、しかし凄惨なリンチ事件を報じない中、私たちの努力は、心ある少なからずの方々の琴線に触れ共感を得ることができた、との感触が確かにあります。

控訴審は一回結審となりました。私たちは大袈裟かもしれませんが、死力を尽くしました。また一審判決の誤判部分も明らかにしましたので、基礎的な読解力と論理に立脚すれば、即日結審であろうと、私たちに不利な判断はないものと信じます。もし敗訴があるとすれば、一審同様、法務局や大阪弁護士会がイベントの講師として招く李信恵に忖度した場合でしょう。

典型的な村八分行為「エル金は友達」活動。これでM君は精神的に滅入ったという

同上

これだけハッキリ言われるとは……。これをツイートした呉光現は某キリスト教組織の幹部。当然抗議したら腰砕けになった

私たちが問いかけたのは、差別の根源に関わる問いです。表層は若者に対するリンチ事件でありましたが、その深層にはさらに深刻な民族差別(在日コリアンに象徴的な)が横たわってはいないか? このことは何度でも繰り返したいと思います。私たちが取材を通じて知り合った在日コリアンの方々は、「差別」や「人権」を弄ぶ似非反差別主義者を強く批判され、李信恵やコリアNGOセンター幹部らのリンチ事件への狡い対応が、逆に在日コリアン全体が狡いという悪いイメージを増幅、拡大すると言われました(しかしみな報復を怖れ表立っては言えないと忸怩たる表情で語られました)。

詳しくはいずれ「デジタル鹿砦社通信」や続編出版物などで報じたく思っています。

判決がどうなれここで一区切りと言ってよいでしょう。これまで陰に日なたに応援していただいた皆様に深く御礼申し上げます。私も、特別取材班の中心メンバーたちも大阪地裁における不当判決以降、全力で突っ走ってきました。正直25日の期日のあとは、若干の疲れが出たことも事実です。

私はこの件が、きっちり片が付くまでは引退しません。引き続きご注目とご支援をお願いいたします。

【追記】傍聴に、リンチに連座した伊藤大介が来ていました。わざわざ関東から来たようです──彼は保釈期間中だと推察されますが、そうであれば移動制限はないのでしょうか。一審の裁判終了後、李信恵らと出掛け深酔いして深夜極右活動家を呼び出し暴行に及び事後逮捕→起訴→保釈、現在横浜地裁で非公開の争点整理が数回なされたとの噂を聞きました。

伊藤やしばき隊・カウンター界隈は箝口令を敷いているようで、その後の経過が判りません。ふだん饒舌な神原弁護士も一切ツイートしていません。一度のりこえネットの「NO HATE TV」で神原弁護士や、安田浩一、野間易通らは「伊藤の事件を伊藤が被害者であるヘイトクライムだ」と語っているのですから、無罪を確信するのであれば広く社会運動、反差別運動に於いて、きちんと公開し報告すべきでしょう。

伊藤の行為の司法的な処罰は、まだ結果が出ていないようですが、裁判が終わって飲み歩き、酒の勢いで気に食わない者を呼び出し暴行を加える──M君リンチ事件と同じ行動により事件が起こったことは間違いないのですから。蛇足ながら今回は、幸か不幸か非常事態宣言で飲み屋は営業していませんでしたが、果たして伊藤は何事もなく神奈川県平塚市の自宅に戻ったでしょうか。

昨年11月24日の一審本人尋問のあと同日夕方のSNS。これから数時間後の25日未明、伊藤らは極右活動家を呼び出し暴行、後日逮捕される

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◆闘いは高裁で「即日結審」

これまで重ね重ねお伝えしてきた、「M君リンチ事件」から派生した、鹿砦社と李信恵(元は鹿砦社が原告であったが、それを不服として李信恵が反訴も、裁判所に求められず別訴)の大阪地裁における不当判決を受けて、鹿砦社が控訴した大阪高裁における初回にして、結果的には最終期日となった弁論が本日(5月25日)10時から大阪高裁で開かれた。

 

闘いの舞台・大阪高裁

詳細はあすの本通信で松岡が述べることとなろう。

日本は「3審制」だといわれている。けれども「司法改革」以降、民事訴訟の控訴審での「即日結審」割合は8割を超えている。どういうことかといえば、地裁判決に不服があって、控訴しても、高等裁判所はその8割以上を書面だけで判決に結び付け、2回、3回、あるいはそれ以上の弁論が行われることは、非常に少ないということである。

このような司法の現状にわれわれは、無知であったわけではなく、「即日結審」の可能性も大いにありうると思慮し、しかし、そういった場合でも最大限大阪地裁から下された「間違いだらけ」の判決は、取り消してもらわなければ、法治国家の体をなさない、と考え全知全能を控訴審に傾けてきた。

結果は冒頭で述べた通り、「即日結審」であった。だからといって、われわれの主張が控訴審判決に、反映されないという決断が下されたわけではまったくない。大阪地裁と大阪高裁は、異なる価値観や判断を持ちうるし、相互は基本的に「不干渉」の間柄であるはずだ。

そして、われわれは、司法の場に判断を委ねはしたもの、かりに勝とうが負けようが、それが、本質的な価値基準であるとは考えてはいない。これまで繰り返し述べてきたが、裁判所の判断は、いわば法務省(さらには国そして「国家」)傘下での現行法というルールに沿っての争いであり、そこではわれわれが肉感する本質的な「真実」が必ずしも正当に評価されない史例は枚挙にいとまがないからだ。このことは自明だ。

であるから、われわれは、判断の一基準として司法に「この真実をいかに裁くか」を問うたのである。

[左]これを見て、まともな人間なら絶句するだろう/[右]加害者・李信恵と金良平

◆われわれは「正義」に立脚していない!

相手方代理人は「正義だ!」との旨を自身のTwitterでたびたび発信して、ためらわない御仁である。

ここがわれわれと、相手方の決定的な違いなのだ。

[左]「正義だ」「正義だ」とやかましいわい!/[右]「正義」の裏で暴力! 「正義の暴走」は許されない!

 

事件当夜「日本酒に換算して一升近く飲んでいた」と臆面もなくツイート

われわれは、みずからが「正義」であるなどとは、まったく思ってはいない。「正義」は立場により多義的、多様であり、人間界に「絶対正義」などありうるはずがないし、「自分が正義だ!」とある力や立場を持った人間が、妄信、暴走したとききに「歴史の不幸」が必ずおきているからだ。歴史の反転、価値の止揚は想像を超えて多義的であり、「正義」は軽々しく口にすべき概念ではない、とわれわれは認識する。

「M君リンチ事件」は、あまりにも酷い。被害者「M君」のおかれていた境遇は、どう考えても理不尽だ。そして「反差別」を標榜する人たちのあいだで、このような行為が是認されるのであれば、それはあたかも今日的に例えるのであれば「コロナ禍で御託を並べて五輪を強行する」にも似た、人倫に照らして断じて許せない行為だとの直感から生じたのが、われわれの営為であった。そしてその根本には絶対に譲ることのできないわれわれの「反差別」が横たわっていたことを、再度宣言する。

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この5年間、われわれが問うてきた問題の核心は、何であったのだろうか。松岡にとっては2005年に急襲された言論弾圧の際救援の手を差し伸ばしてくれた方々(社会)への謝意もあったであろうし、自身が学生時代に経験した「内ゲバ」が内因になっていたであろうとも推測される。

 

すっかり有名になったリンチ直後のM君の顔写真。血の通った人間なら、これを見たらよほど酷いリンチが行われたことを窺い知るだろう。本人尋問で「李信恵さん、どう思いますか?」との問いに何も答えなかった

では、松岡よりもかなり世代が下のメンバーで構成された特別取材班を突き動かした動機は、どのようなものに由来していたのであろうか。大まかな打ち合わせを行うことはあっても、個々の思想信条には一切立ち入らずに「一致点」を見つけることは可能であり、その「一致点」が5年以上にわたる継続取材を可能にせしめた、ということであろう。その「一致点」とはいかなるものであろうか。

松岡にもたらされた情報は、鹿砦社の複数社員にも共有され、のちに特別取材班の陣頭指揮を執ることになる田所敏夫にもほどなく伝えられた。「特別取材班」などと書けば、大きな所帯を想像されるかもしれないが、結果的に10名以上の協力者を得ることになったものの、当初より戦略的な布陣が引かれていたわけではない。田所がこの問題に腰を上げた理由についても、自身の口から語られたことはない。

◆世界情勢やコロナとも無縁ではない不条理に満ちた「M君リンチ事件」

顧みるのではなく、今日の世界を見渡してみよう。パレスチナではイスラエルとの全面衝突が発生し、第二次大戦後の表出した矛盾の一つである「中東問題」が依然として解決を見ず、悲劇は繰り返されていることにわれわれは、さらなる注意を向けるべきではないか。停戦がなされたとはいえ、世界の歴史を貫く矛盾の結晶が「パレスチナ問題」には内在されている。あたかも「双方に言い分がある」かのごとく報道し、パレスチナへのユダヤ人「入植」という名の「軍事侵略」についての批判を行わない言説には、まったく意味はない。

第二次大戦後冷戦構造を立ち上がらせた「東側陣営(社会主義陣営)」は20世紀の終末を待たずに消滅し、「東西問題」は「民族問題」へと変化を遂げた。かといって残存した「西側陣営」が勝利者であったかと言えば、そうは言い切れない。中国の台頭に怯え、軒並み国家財政が破綻レベルに累積赤字が膨らんだ「先進国」では、産業の成長などは見込めるはずもないのである。ひたすらITの可能性に活路を見出そうとするか、あるいはまったく実体経済とはかけ離れた、担保のない「仮想マネーゲーム」に没頭するしか、未来像は描けていない。つまり西側陣営も、明らかに危機に瀕している。

新型コロナウイルスは、中国の奥地に生息するコウモリに宿る(「宿主」と呼ばれる)ウイルスが人間界に入ったことで生じた疾病であると、ほぼ原因は判明した。その感染症が世界的に広がったことに、われわれは困惑し大騒ぎしているのだ。

こんなことと「M君リンチ事件」がどのように関係するのか、と訝しがられる読者も少なくないであろう。しかし、一見まったく関係のなさそうな「中東情勢」と「新型ウイルス」のパンデミック、さらには「M君リンチ事件」の間には、今となれば幾つもの共通項を見出すことができる。

控訴審から鹿砦社の代理人に就いた森野俊彦弁護士を『週刊金曜日』今週号に3ページにわたり紹介、掲載発売中の号なので1ページのみ紹介、特集は「これでいいのか裁判所」、購読し全体をご覧ください。森野弁護士は元裁判官、大阪高裁にも勤務。1971年任官、この年、同期の7名が任官拒否され異議を申し立てる。「もの言う裁判官」として青法協(青年法律家協会)、「裁判官ネットワーク」などで積極的に活動。宇都宮健児、澤藤統一郎、梓澤和幸弁護士らは同期

◆本質は「体感の痛み」だ

まず、初期対応のまずさだ。「反差別」を標榜する団体なり集団が、暴力事件を起こすのは非常に具合が悪い。差別者に付け入られる隙を与えかねないし、運動内部からも「何をやっているんだ!」との声が上がってくるだろう。だから、加害者(3名)は、被害者M君に宛て「謝罪文」を書いた。そこまでは正しかったし、そのまま被害回復へ向かえばM君が困り果て、鹿砦社に相談してくることはなかったのだ。

同様の初期対応のまずさを「新型コロナウイルス」に対する、日本政府の姿勢に照らしてみよう。2019年冬には武漢での集団発生が、日本でも報じられていた。しかしその時点でウイルスの詳細情報は伝わっていない。感染症予防の原則は、感染者、あるいは感染した可能性のある人の隔離と、徹底した検査だ。しかし、日本は武漢をはじめ、中国全土やその他の国との航空機発着制限を行う意志はまったくなく、結果として2020年初頭から統計に表われる感染者が増加する。

志村けんや岡江久美子が亡くなり、急激に庶民の危機感は高まるが、政府の対策はすべて後手後手であった。「アベノマスク」のバカらしさは誰にでもご理解いただけるだろう。そして無能どころか有害な政府は、あろうことか「Go Toトラベル」などという、税金を注ぎ込んだ「感染拡大策」までを強行してしまった。高校の生物学レベルの知識で判断すれば、「無謀にもほどがある」と簡単にわかる愚策は、当然感染拡大を招いた。

「謝罪文」を書き「活動自粛」を約束しながら、それを一方的に反故にして、被害者の気持ちを踏みにじる行為を選択した李信恵と「李信恵さんの裁判を支援する会」の卑劣さは、わかりやすく例えれば「Go Toトラベル」と同じように大きな間違いであった。

しかし、一度方向を定めると、方針転換は容易ではない。見るがいい。誰が今「東京五輪」開催を望んでいるのか。どの調査を見ても、質問項目にバイアスがかかっていなければ8割以上の人が開催を望んでいない。そうでありながら、日々馬鹿げた「聖火リレー」を感染拡大というおまけ付きで、止めることのない「反知性」はいったい何者なのだ。

ユダヤ人はナチスにより虐殺された。筆舌に尽くしがたい民族浄化の歴史は、世界に知れ渡っている。なのに、どうしてそのユダヤ人の国家・イスラエルがパレスチナの人々を虐殺し続けるのだ。被害者としてユダヤ人は「体の痛み」を持っているはずだ、とわれわれは思うし、思いたい。「体の痛み」は「差別」と置き換えてもよい。ここでイスラエル情勢と「M君リンチ事件」は結び付くのだ。

長く差別されてきた「体の痛み」の歴史を持つのは、在日コリアンとて同様だ。大日本帝国侵略により祖国を蹂躙され、多数が日本に強制連行、あるいは仕方なく渡った歴史は消しがたい。その史実により受ける差別への反対運動は、健全な方向と方法で継続されるべきであるとわれわれも認識する。歴史修正主義者の跋扈は、近年ますます目に余るのだから。

けれども、「M君リンチ事件」のように、誤った(つまりユダヤ人がパレスチナの人々を攻撃し続けるように)事件を起こしてしまう、そしてそれを隠蔽してしまうことは、「反差別」を標榜する団体だからといって、許されるものではない。むしろ反差別をめざす人々には、崇高な思想と行動が伴わなければ、空疎な形骸と化してしまう危険性がある。

李信恵代理人の神原元弁護士(左)。右は師岡康子弁護士

つまり、李信恵や、事件隠蔽の中心的役割を担った「コリアNGOセンター」の幹部たち、または、これらの支持者や隠蔽に関わった者らの「M君リンチ事件」への対応は、極めて不適切であるのだ。「反差別」「人権」に立脚した崇高な思想などは破片も見当たらず、自己保身のために、場当たり的な対応の連続であり、それは「狡い」といわれても仕方のない姿である。そして、「反差別」に立脚していながら、厳しい忠言でも発する一部の人々以外の人間の中には、口には出さずともかえって「差別」感を深める人もいる。在日コリアン全体が狡いと認識し、差別意識は拡大してしまうのだ。これこそわれわれが最も危惧し、それゆえ「火中の栗」を拾わなければならなかった理由でもある。取材班の内部や周囲の在日コリアンの方々も、同様の懸念を示されていた。この点で、リンチ事件を惹き起こした李信恵、その後の対応を誤ったコリアNGOセンターや隠蔽に関わった者らの責任は重いのだ。

 

闘いの舞台は大阪高裁に移る

特別取材班は、2021年5月においてこうしたことを確信できているし、約5年前の松岡の判断も、そのような体験を含んでいたのではないかと想像するのだ。

明日はいよいよ、鹿砦社に対し名誉毀損で賠償金165万円もの支払いと、本通信の記事削除を命じた一審大阪地裁判決に対する控訴審の第1回目期日である。一審原告(被控訴人)は李信恵(当然、一審被告・鹿砦社は控訴人として、くだんの一審判決の取り消しを求めている)。お時間のある読者諸氏は、本文の左側に《M君リンチ事件》とのタグがあるので、是非過去の記事を見返していただきたい。われわれが名誉毀損に当たる記事を書いたかどうかを、裁判所だけではなく、「一般市民」の感覚からもご判断いただきたい。

われわれは、名誉毀損に当たる記事は絶対に書いていないと確信している。思い込みではない。カネとヒトを動員してスクープを連発する「文春砲」にも負けない、徹底した証拠の確認と取材により判明した事実を積み上げた上で、すべての記事を書いているからだ。飛ばし(裏付けを取っていない記事)は一つもない。すでに6冊にまとめ世に問うた関連書籍をお読みいただけた皆様方には、おわかりいただけるだろう。

本件に、引き続きご支援とご注目をお願い申し上げたい。

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