M君リンチ事件について考えたこと ── 最大の加害者は「捨て駒」を利用して、手柄を手にした連中ではないか 尾崎美代子

◆大阪高裁が下した判決の意味

「本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜しながら、金(注:良平)によるM(注:判決では実名。以下同)に対する暴行については、これを容認していたという道義的責任は免れない性質のものである。」

「被控訴人の本件傷害事件当時における言動は、法的な責任の有無にかかわらず、道義的見地から謝罪と補償を申し出ることがあっても不思議ではない」。

2014年12月17日深夜、カウンター内で発生したM君リンチ事件について、鹿砦社と李信恵さんが争っていた裁判で、7月27日、大阪高裁が下した判決の抜粋である。被控訴人とされているのが李信恵さんだ。

大阪高裁は、李さんが、M君が凄惨なリンチを加えられている事実を知りながら見て見ぬふりし、挙句負傷するM君の横を素通りし放置したことを、「道義的責任は免れない」「道義的見地から謝罪と補償を申し出ることがあっても不思議ではない」と認定した。

私は、この事件に関心をもち、裁判を傍聴し続けてきた。事件、裁判の経緯などを詳細に記録した鹿砦社発行の、いわゆるリンチ本第6弾『暴力・暴言型社会運動の終焉』には、私からお願いして寄稿させて頂いた。(同書はぜひ読んでいただきたい)。3・11以降、私自身、少なからず関わってきた反原発運動と、このリンチ事件がどう関係するのかを考えたからだ。

「祝勝会」と称し浮かれる加害者と神原元弁護士(2018年3月19日付け神原弁護士のツイッターより)

◆「被ばく」問題を極力軽視する反原連のミサオ・レッドウルフ氏の言動

 
ミサオ・レッドウルフ氏(2015年8月10日鹿児島)

3・11以降、関東を中心に始まった「首都圏反原発連合」(以下、反原連)の運動は、またたくまに全国に波及した。反原連が掲げた「再稼働反対」は、事故後全国の原発が停止する中、2013年、事故後初めて福井県の大飯原発が再稼働するにあたり、喫緊の課題ではあった。

運動が高揚し、警察の弾圧も強まり、関西では関電前では、刑事がわざと活動家の前で転ぶ「転び公妨」で逮捕者がでた。私は初めて店を閉め、関電前に向かった。そこで見たのは、警察の暴挙に抗議する一団とは別に、関電ビルに向かって、ひたすら「再稼働反対」を叫ぶ一団だった。彼らが反原連の関係者と知り、疑問を持った私は、ネットなどの情報から、彼らの運動内では組合旗や党派旗はNGで、日の丸はOKだとか、運動が盛り上がると、いきなり主催者が「解散」と宣言するとか、警官らに「ありがとう」とお礼を言うことなどを知った。「反原連とは何者?」と、ますます疑問が強まった。

そのうち反原連のメンバーが、関東で反原発、被災者支援を行う仲間に嫌がらせを行う様子をネットで見たり、また別の反原連メンバーが、反原発を闘う男性に、丸二日かけて、ツイートを削除しろと迫った場面も見たりした。そこからは、彼らの、放射能由来の被ばくについて、軽視、あるいは否定する傾向が見えてきた。

驚いたのは、反原連の代表であるミサオ・レッドウルフ氏だ。当時、鹿砦社は、反原連に結構なカンパを提供していたこともあり、同社発行の反原発雑誌『NO NUKES voice』にミサオ氏のロングインタビューが掲載されたことがあった。ミサオ氏はそこで「被ばく」の「ひ」の字を一度も使わず、反原発を語っていた。被ばくを口にせず、反原発を語れるとは……ある意味すごい「芸当」の持ち主だ。

事故から10年経た今、小児性甲状腺がんだけでなく、大人たちにも様々な放射能由来の被ばくによる健康被害、疾患が増えている。「再稼働反対」も「さよなら原発」も重要だが、実質再稼働を許してしまっている今、喫緊の課題は、これ以上無用な被ばくを許すな、ではないか。『NO NUKES voice』26号で行った小出裕章氏、水戸喜世子氏、樋口英明氏の鼎談でも、最新号(9月9日発売予定の29号)の井戸謙一弁護士のインタビューでも、そのことが確認されている。

◆反原発・反被ばくを闘う人々に執拗に絡み、攻撃する野間易通氏らのカウンター行動

 
野間易通氏

2013年春から、関西で始まったカウンター行動に、当初、私も数回参加した。その後、関東から助っ人として駆けつけたメンバーを見て、私は参加をやめた。そこには、関東で反原発、反被ばくを闘う知人に、執拗に絡み、攻撃していた反原連の野間易通氏らがいたからだ。カウンター行動も早晩、彼らに利用され、潰されることは、容易に想像できた。まさか、内部でリンチ事件が発生するとは思いもよらなかったが……。

2014年4月、民族派のデモが中止になったことがあった。デモに来る途中、民族派のメンバーが、野間氏らカウンターメンバーらに待ち伏せされ喧嘩となり、警察に拘束され、結果、デモは中止になったようだ。待機していた人たちが「やった!」と喜ぶ姿がネットに上がった。ヘイトスピーチをまき散らす連中のデモは確かに許せないが、それを力づくで止めたことが「勝った」ことなのか?

一基の原発の廃炉が決まっても、その後何十年、一定の確率で被ばく死する被ばく労働に就かざるを得ない労働者が存在する事実、何百年のスパンで被ばくによる健康被害に苦しむ人たちがいる事実が消せないのは、ヘイトスピーチを力づくで封じ込めても、ヘイトスピーチやヘイトクライムがなくならないのと同じではないか。

社会の末端の労働者に一定の確率で確実に被ばく死する労働を強いることを前提として成立する社会構造、様々な社会的弱者を犠牲にして成り立つ社会構造こそが問題にされ、解体されなくてはないのではないか?

◆「ヘイトスピーチ解消法」制定最中に起きたリンチ事件の隠蔽

2016年に「ヘイトスピーチ解消法」が制定されて、今年で5年になる。この法自体が、ヘイトスピーチなどの解消にどれだけ効力をもつか、逆に自らの首を絞めかねない悪法ではないかなどとも指摘されている。しかし、カウンター周辺の弁護士、国会議員、著名人らは、制定に向け躍起になっていた。

その最中に発生したリンチ事件をあの手この手で隠蔽しようとしてきたのは、何が何でも同法を制定させたいからにほかならない。中心的人物の一人・師岡康子弁護士は、支援者にあるメールを送っていた。そこには、「その人(M君)は、今は怒りで自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えないかもしれないが、これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たち(李信恵氏ら)を権力に売った人、法制化のチャンスを潰した人という、重い批判を背負い続けることになります」などと、およそ弁護士(それも人権派)からぬ表現で告訴を必死で止めさせようととするものだった。

人権派弁護士ならば、えん罪事件をご存知だろうが、例えばえん罪被害者が過去に悪事を働いていても、それはそれとして罪を償うと同時に、疑われたえん罪は晴らさなくてはならない。同様に、師岡氏はじめ神原元弁護士、上瀧浩子弁護士らは、リンチ事件に関わった李氏に反省を求め、その上で在特会との闘いを支援し、差別を解消する法制定へ繋げていけば良かったのだ。運動の人生の先輩たる彼ら、誰ひとり、李氏やリンチ事件の実行犯・金良平氏に「暴力はいけない」「それは差別だ」と助言できなかった。それは彼らを「捨て駒」として利用してきたからだ。執行猶予中の身で辺野古へ向かい、逮捕され、あげく「変死」した男性もいたではないか。

神原元弁護士と師岡康子弁護士

M君の手記によれば、金氏は、カウンターに参加した当初、「自身の無学を恥じて、先輩の凛七星氏に『俺、在日やのに在日の歴史も何も知らんのです。勉強させてください』と本を借りたりしていた」というではないか。何故、周辺の先輩たちは、そんな彼の過激な言動を諫め、「在日として勉強したい」思いを伸ばしてやれなかったのか? それはひとえに、ヘイトスピーチ解消法制定という輝かしい功績(手柄)を手にしたいからではなかったか? 

金氏を擁護するわけではないが、「捨て駒」に汚れ仕事をさせて、自らの手には一滴の血もつけず、のうのうと運動の成功者のようにふるまえる著名人、国会議員、弁護士、そしてその神輿を必死で担ぎ上げてきたメディアこそ、私は許せない。リンチ事件の最大の加害者だ!

◆おわりに

ご存知のように、反原連は今年活動休止を宣言した。理由の一つに寄付金の減少をあげているが、金があろうがなかろうがやめることが出来ないのが、反被ばく、反原発の闘いだ。

リンチ事件で、李信恵氏に「道義的責任」を問う判決が下されたことと、反原連が休止宣言したことは無関係でないだろう。李氏、反原連がこのような状況に陥った背景には共通点があると考えるが、それはまた別の機会に述べたい。

誰もが矛盾を抱え、間違いを犯す、もちろん私も。ただ、私が誇れるのは、私には批判してくれる仲間がいることだ。

福島第一原発の収束作業で白血病を発症したあらかぶさん。東電と国に対して「俺たちは捨て駒じゃない」と闘い続けている

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』
『NO NUKES voice』Vol.28 《総力特集》〈当たり前の理論〉で実現させる〈原発なき社会〉
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟を検証する〈3〉】敗北における勝利! ── 私たちは “名誉ある撤退” の道を選び、上告はしないことにしました 鹿砦社代表 松岡利康

言うまでもなく、本件リンチ事件の最大の被害者はM君です。私たちの出版物等で「被害」を受けたと強弁し「名誉毀損」で訴えた李信恵ではありません。ここのところをごまかされてはいけません。万が一、李信恵が鹿砦社の出版物等で「被害」を受けたにしても、1時間もの凄絶なリンチによって半殺しの目に遭わされたM君の〈被害〉に比べれば大したことはないでしょう。昨年11月24日の本人尋問でもそうでしたが、下手な三文芝居はやめていただきたい。

 
大阪地裁/高裁

M君は、リンチ事件後1年余りもの間、村八分やセカンドリンチに晒され孤立していたところを私たちの元に助けを求めてきました。私たちは人道的な見地から、この青年の話を聞き、手を差し延べることにしました。以来5年半──今回の高裁判決に至ったのですが、M君を救済しようとして関わり始めたにもかかわらず、不条理にも賠償金を課されてしまいました。なんという皮肉でしょうか。

しかし、私は「負けて勝つ」、あるいは「敗北における勝利」と自己総括しています。8月10日が上告期限でした。バカはバカなりに胃に穴が空くほど悩み抜きましたが、大川伸郎/森野俊彦両弁護士はじめ衆智を汲み、本件訴訟は、ここでキリをつけ、あえて上告はせず、“名誉ある撤退”をすることにしました。最後は私一人で決めました。

1%の可能性がある限り徹底抗戦するのも一方途でしょうが、これまでの多くの訴訟経験から、最高裁は証拠調べをせず形式的な事務処理で不受理、あるいは棄却することが濃厚であること、またM君の訴訟で、李信恵が殴った事実と共謀が認められず、これらが最高裁で確定していること等の理由からです。

私たちの“名誉ある撤退”をご理解ください。

控訴審判決文(1ページ目の主文)

◆李信恵がリンチに連座し関与したことを認定した大阪高裁判決に従い、李信恵ら加害者5人、及び加害者らをバックで支えた「コリアNGOセンター」、神原元/上瀧浩子弁護士、そして隠蔽に加担したすべての者たちに、反差別運動を後退させないため公的な謝罪を求めます!

 
反省していない李信恵のツイート

本件訴訟控訴審判決(大阪高裁第2民事部)で最大の成果は、リンチ(集団暴行事件)が現に存在し、これに李信恵(1審原告、2審被控訴人)が連座し関与したことを裁判所が認定したことでしょう。これにより李信恵らが声高に喧伝してきた「でっち上げ」との表現こそが、まさに“でっち上げ”であることが司法によっても認定されました。李信恵側も上告しないようですので、この判断は確定です。

確かに高裁判決では、減額されたとはいえ賠償金が課されたことで鹿砦社(1審被告、2審控訴人)にとっては敗訴は敗訴でしょうが、原判決の大幅な「変更」を勝ち取ったことで、李信恵らにとっては勝訴は勝訴でも、“まさか”との思いが強い、いわば“苦い勝訴”といえるでしょう。M君が加害者5人を訴えた訴訟では、賠償金を勝ち取ったとはいえ、内容的には李信恵の関与や殴ったことも共謀も認められず、M君にとっては“苦い勝訴”でした。

当該訴訟(M君が李信恵ら加害者5人を訴えた民事訴訟)では、李信恵がM君を殴ったのが「平手」か「手拳」かが混乱しM君の供述が信用できないとされました。また共謀もなかったとされ、これが最高裁でも確定してしまいます。李信恵が鹿砦社を訴えた本件訴訟の一審大阪地裁判決でも「平手か手拳か問題」が持ち出されました。これらを突破するために心理学者の矢谷暢一郎、精神科医の野田正彰両先生の知見を持ってきましたが、にもかかわらず本件でも覆すことができませんでした。この2点で賠償金110万円! どう考えても高いと言わざるをえませんが、それでも“アリの一穴”を空けることができたことはよかったと思います。ダムも“アリの一穴”から、やがて決壊するといいます。

私の体験でも、16年前の「名誉毀損」出版弾圧事件では、弾圧に加担した主だった者らが続々と失脚していきました。当時、彼らは私よりも遙かに社会的に“格上”でしたが、裏で良からぬことに蠢いていたことで、続々と失脚していきました。「鹿砦社の祟りか松岡の呪いか」と揶揄される所以ですが、今回のリンチ事件で、加害者ら、彼らを支援し隠蔽に加担した者らには必ず「祟り」が訪れると予期しています。

M君訴訟一審判決後の「祝勝会」と称する狂態。リンチの後遺症で苦しむ者がいるのに、この人たちの人権感覚を疑う
第5弾本『真実と暴力の隠蔽』発行後の伊藤大介のFB。「諸悪の根源は鹿砦社の松岡だね」(ん?)
 
こんなツイートを発信する者がよく「反差別」だ「人権」だと言えるな

「反差別」とか「人権」とかを声高に叫びながら、みずからに正直ではなく不誠実で、リンチ被害者M君に対する村八分行為(「エル金は友達」祭り)やネットリンチをはじめとするセカンドリンチなど、「反差別」や「人権」を叫ぶ者がすべきことではありません。

李信恵らは反省などしていません。李信恵は、このコロナ禍にあっても涼しい顔をして講演行脚、リンチに連座した伊藤大介は、昨年11月24日の本人尋問の後に泥酔し深夜に極右活動家を呼び出し暴行に及び事後逮捕され現在保釈中で公判が進行しています(経過を明らかにせよ!)。今回の判決で、リンチの加害者、李信恵は出廷、伊藤大介は懲りもせず傍聴していましたが、M君は仕事で来れませんでした。もしM君が来ていたら、李、伊藤の存在自体がM君にとっては、凄絶なリンチを想起させフラッシュバックさせますので、PTSDの要因になりかねません。

また、加害者らの支援者、特に神原弁護士はリンチ事件を「でっち上げ」とし、こちらも日頃「人権派」としての立場を確立しつつも、リンチ被害者M君を追い詰めていったことを、神原弁護士はどのように考えるのでしょうか。神原先生、どう思っているんですか!? あなたこそ三百代言を体現しています。「人権派」弁護士として、人間として「でっちあげ」との言葉を今でも用いていることは、許されるものではありません。恥を知れ! と言いたいと思います。

私は、M君救済・支援、真相究明に携わりつつも、事あるごとに和解を勧めることを公言してきました。それは、このままでは、反差別運動、人権運動にとって決して良い影響は与えない、という確信からです。

大阪高裁判決に従い鹿砦社は賠償金プラス金利合わせ130万円近くを8月6日に支払いました。

一方、李信恵ら加害者も、血の通った人間の心があるのならば、まずは事件直後M君に渡し、その後一方的に反故にした「謝罪文」に立ち返り、李信恵をバックアップした「コリアNGOセンター」や、李信恵裁判支援会事務局長・岸政彦らと共に公的にM君に真摯に謝罪し、本件リンチ事件を反省し〈負〉の教訓とすべきです。私の言っていることは間違っていますか? もう沈黙も隠蔽も開き直りも許されません。

李信恵の”名(迷)言”の数々(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

◆精神科医の立場から提出し問題の本質を衝いた、野田正彰先生の「鑑定書」が裁判官の心に響いた!

ところで、今回の控訴審では名高い精神科医・野田正彰先生が「鑑定書」を書いてくださいました。みなさん方にぜひお読みいただきたいと思いましたが、プライベートな箇所も多く、問題が問題でデリケートな要素がありますので、忸怩たる想いで公開を差し控えます。野田先生は、リンチを受けたM君の精神状態を分析し、「疑う余地のない『精神的外傷後ストレス障害』である。今後、この症状は長期にわたって持続するおそれがある。症状の改善は、加害者たちの誠実な謝罪と本人の自尊心の回復に影響されるだろう。」と結論づけています。野田先生も「加害者たちの誠実な謝罪」の必要性を説かれています。

私も学生時代、有田芳生議員がかつて所属し、神原/上瀧弁護士が支持される政党のゲバルト部隊(「ゲバ民」と言われていました)に襲撃・暴行され数日入院を余儀なくされました。さらに今や風前の灯の政党の幹事長が作ったミニセクトによって襲撃され鉄パイプで後頭部を打たれ重傷を負いました。こうした暴力の後遺症は、のちのち表われます。長い期間、偏頭痛が常態化しました。そのミニセクトはその後も私がいた寮を夜間に襲撃し寮生を針金で椅子に縛り付けリンチを加えたこともあり、すでに大阪に出て社会人になっていた私をずいぶん苦しめました(おそらく京都にいたならば発狂していたでしょう)。M君はかなり回復し、口では「後遺症はありません」などと強がりを言っていますが、表面上はそうであっても、暴力の後遺症は将来必ず表われます。

野田先生は、この「鑑定書」が具体的に判決文に反映されていないことに憤慨しておられましたが、矢谷暢一郎先生の「意見書」と共に、裁判官はきっと目を通しているものと思います。判決文の端々に両先生の知見が影響していることが窺えます。さらには寺澤有氏の「陳述書」も。そうでないと原判決の大幅な「変更」はなく、李信恵らが期待したように、あえなく「控訴棄却」となったでしょう。皆様方には感謝にたえません。(文中、一部除き敬称略)

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟を検証する〈2〉】対李信恵訴訟控訴審判決、李信恵がリンチに連座し関与したことを認定したことが最大の成果! 李信恵らによるリンチが「でっち上げ」でないことを証明 鹿砦社代表 松岡利康

李信恵ら「カウンター/しばき隊」主要メンバー5人によるリンチが2014年12月17日午前2時頃から約1時間行われ、これに李信恵が連座し明確に関与したことを認定した判断が、7月27日の控訴審判決(大阪高裁第2民事部)で明確に示されました。

 
リンチ直前の李信恵、伊藤大介ら加害者の面々

判決全体に私たちは、納得をするものでは到底ありませんが、この認定が本件訴訟で獲得した最大の成果です。

事件が発生したのは大阪を代表する飲食街・北新地──。この事実は刑事記録からも明らかであり、リンチ事件を「でっち上げ」と明確な違法・触法表現で長期にわたり流布させている人々(李信恵代理人・神原元弁護士ら)には、即時「でっち上げ」との表現を削除するよう警告します。

リンチ被害者M君を救済・支援すべく本件に関わり始めた私(たち)には「でっち上げ」る意図も理由もあるはずもなく、このような言いがかりは被害者M君や鹿砦社を、さらに誹謗中傷・名誉毀損するものです。私たちは断じて容認しません。

M君救済・支援に関わり始めた2016年春当時、私たちはM君も、李信恵ら加害者5人も全く知らず、当たり前ですが李信恵らに私怨も遺恨もありませんでした。これまで何度も申し述べてきたように全く白紙からのスタートでしたし、同時に始めた真相究明の調査・取材の過程でリンチ事件の一部にでも疑義が生じたり、あるいは「デマ」であり「でっち上げ」が判明したら、その時点で撤退するつもりでした。

控訴審判決でも、「名誉毀損の不法行為が成立する」のは、①「被控訴人(注・李信恵。以下同)による暴行が胸倉を掴んだだけでM(注・判決文では実名。以下Mと記載)の顔面を殴打する態様のものではなかったこと」、②「法的には暴行を共謀した事実までは認められないということ」の2点は遂に覆すことはできませんでした。

 
リンチ直後の被害者大学院生M君

これで110万円の賠償金(+金利)は高いと思われますが、あれだけ半殺しの目に遭わされたという歴然とした事実を、裁判所は甘く認識しているのではないでしょうか。裁判官は、こうした凄惨な暴力の被害に遭ったことがないから、こんな認定をするのだ、と言いたくもなります。

誰が見ても、リンチ直後のM君の顔写真やリンチの最中の音声データなどでリンチの凄まじさは判ろうというのに、控訴理由書など提出した書面でも再三強調したように、まさに「木を見て森を見ない」判断だと思料いたします。

私(たち)は、5年半前の2016年春に本件が私たちの元に持ち込まれた時に、孤立状態にあったリンチ被害者M君をまずは救済しようという素朴単純な動機で本件に関わり始めましたが、以後6冊の出版物に記録するまでに深入りしてしまいました。

私たちにとってはそれ相当の費用(取材経費、印刷経費など)を使いましたし、もし本件に関わらなければ、私(たち)にはもっと他の途があり、そろそろ後進に道を譲りみずからの関心領域を探究できたかもしれません。今回のような賠償金支払い命令を受けることもなかったわけです。

だからと言って、私(たち)には後悔はありません。少なくとも、精神的にも追い詰められていたM君を救済したことは誇りを持って自負できると思います。名の有るジャーナリスト、研究者、活動家ら(体制派といっていいでしょう)が本件を隠蔽しようとしたり、逃げたり日和見主義的態度を取ったり開き直ったりした中で、原則に立脚しブレることなく真正面から真相究明に取り組みました。

 
神原弁護士の名言「私怨と妄想にとりつかれた極左の悪事」。私たちの正当なM君救済・支援と真相究明の取材を非難

本件リンチ事件、及び裁判闘争については遠くない将来、検証・総括し、あとあとに記録として残していかなければなりませんが、敗訴は敗訴としても、「負けて勝つ」という言葉もあります。負けの中にも意義を見い出していきたいと考えています。私が若い頃から度々口にしている〈敗北における勝利〉ということです。

M君という一人の人間を救済し、それができたとすれば、110万円(+金利)の賠償金も、ある意味で安い授業料です(これに対して取材班キャップの田所敏夫は「敗北における勝利」ではない。今回の判決は「実質勝利に値する」と感想を語っています)。

ところで、判決を受けて少なからずの方々に判決文を読んでいただき、貴重なご意見を賜りました。本日はお二人のご意見を紹介しておきましょう。──

【1】K弁護士(元京都弁護士会副会長)

「原判決変更勝訴で良かったですね。大川伸郎弁護士、森野俊彦弁護士も良しとし、ほっとしていることでしょう。事実認定で、より事実に沿った認定をしてくれたと評価できる判決を獲得できたのは、両代理人のご努力の結果ですね。この様な、弁護士の活動が司法を育てる機能を果たすのですが、その基礎は今回の鹿砦社の言論です。このような言論が有ると言うことを司法に知らしめて、それなりの評価を勝ち取ったのだと思います。結果的には敗訴ですが、それ自体はやむを得ないでしょう。
 実務的には、この高裁判決で終わりでしょう。確定させても可と思料致します。」

 
鹿砦社に対する李信恵の誹謗中傷

*K弁護士は、弁護士になって2年目の1972年、学費値上げ阻止闘争で逮捕─起訴された私の弁護人を引き受けられた方ですが、偶然にも控訴審から代理人に就いていただいた森野俊彦弁護士と司法修習の同期、同クラスだったということです。さらには、すでに明らかにしていますが、今回海の向こうから「意見書」を送っていただいた矢谷暢一郎先生(ニューヨーク州立大学名誉教授)が学生時代の1968年ベトナム反戦御堂筋デモで逮捕された際に、裁判官に成り立ての森野先生が担当されたそうです。これも50年の年月を越えた何かの因縁でしょうか。「因果は巡る」というか、いささか神がかっています。

【2】ルポライターT氏

 
釘バットで虚勢を張る野間易通

「賠償金が減額されたとはいえ、支払いの判決が出たことで神原弁護士は『正義は勝つ』と勝訴を公言し、お祝いをすることでしょう。

しかし判決文を読むと、Mさんへのリンチを『集団暴行事件』として事実認定していますし、その場にいあわせた李信恵が暴行を止めなかった、負傷したMさんを放置したまま帰宅したことなどが事実として認められ、李信恵の被害者を装った冷酷な人間性などが認められたことは良かったと思いました。

李信恵が胸ぐらをつかんだことがキッカケになってリンチ事件が起きたという主張(指摘)は私たち素人からみれば当然なことと受け止めますが、厳密に法を適応すれば、高裁の判断になるしかないのかと私は納得しました。リンチ事件を『一連の流れ』で見ると書籍等の記述や松岡さんの主張通りだと思いますが、相手は『法を解釈する』プロですから仕方ないのだろうなと思いました。

 
しばき隊最過激派「男組」組長・高橋直輝(故人)と社民党・福島みずほ。凄いショットだ!

ただ事件に潜む根本的な問題からいえば、高裁判決はリンチ事件をよく精査し、地裁判決よりもはるかに問題の本質に迫っていると思いました。そして、この判決文の重みは私たちがリンチ事件を語るとき『事実』としてクオートできることです。勝訴云々の前に認定された事実を私たちは既成事実として書き、公言できることが今後の武器になるのではないでしょうか。

それとMさんも、遅くなりましたが、リンチ事件の経緯が事実認定されたことで『ケンカ両成敗』みたいな攻撃には堂々と反論できるようになりましたし、新しい人生の第一歩を胸を張って踏み出せるのではないでしょうか。

とてもいい判決を勝ち取られたと思います。

改めて今回の高裁判決を勝ち取られたことをお祝い申し上げます。おめでとうございます。」

*「お祝い」というのも変ですが、「リンチ事件の経緯が事実認定されたこと」は画期的だったと考えています。

◆高裁判決文「変更」部分引用

今回の高裁判決は、「原判決は一部失当であって、本件控訴の一部は理由があるから」として一審判決をかなり大胆に「変更」しています。例えば、ある個所は、一審判決の7行を42行にも「変更」したりしています。8月2日の本通信で2箇所ほど挙げましたが、本日の通信でも、今回はいささか長くなることを承知で引用しておきましょう。──

「被控訴人は、Mが本件店舗に到着した際、最初にその胸倉を掴み、金とMが本件店舗の外に出た後、聞こえてきた物音から喧嘩になっている可能性を認識しながら、飲酒を続け、本件店舗に戻ってきたMが金からの暴行を受けて相当程度負傷していることを認識した後も、『殺されるなら入ったらいいんちゃう。』と述べただけで、警察への通報や医者への連絡等をしないまま、最後は負傷しているMを放置して立ち去ったことが認められる。この間、普鉉や伊藤は金に対し暴力を振るわないよう求める発言をしているが、被控訴人が暴力を否定するような発言をしたことは一度もなく、被控訴人は、遅くともMが一度本件店舗内に戻った時点では、Mが金から暴行を受けた事実を認識していながら、殺されなければよいという態度を示しただけで、本件店舗外に出て金の暴行を制止し、又は他人に依頼して制止させようとすることもなく、本件店舗内で飲酒を続けていた。このような被控訴人の言動は、当時、被控訴人が金による暴行を容認していたことを確認させるものであるということができる(被控訴人の司法警察員に対する平成27年9月18日付け供述調書中には、男同士の喧嘩であり女の自分は止めに入ることができず、ただ店内にいることしかできなかった旨の供述部分があるが、被控訴人は、本件店舗内に戻ったMの様子から、Mが一方的に殴られていたことが明らかになった後も、伊藤など本件店舗内の他の男性に対し本件店舗外の様子をみたり、暴力を制止させたりするよう依頼することはしていない。)。」

「被控訴人は、本件傷害事件と全く関係がなかったのに控訴人(注・鹿砦社)により一方的に虚偽の事実をねつ造されたわけではなく、むしろ、前記認定した事実からは、被控訴人は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対して胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間である金がMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。本件において控訴人の被控訴人に対する名誉毀損の不法行為が成立するのは、被控訴人による暴行が胸倉を掴んだだけでMの顔面を殴打する態様のものではなかったこと、また法的には暴行を共謀した事実までは認められないということによるものにすぎず、本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、金によるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」

産経新聞2020年12月8日朝刊20面(大阪版)
取材班の直撃取材に狼狽し逃げ惑う岸政彦教授。「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長なら堂々と答えよ!

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

【カウンター大学院生リンチ事件 対李信恵訴訟控訴審判決余話】大阪高裁判決を受けて鹿砦社特別取材班オンライン会議 

7月27日大阪高裁で李信恵が鹿砦社を名誉毀損による損害賠償請求、出版差し止め、で訴えた裁判の判決が言い渡された。鹿砦社には減額されたものの110万円の賠償が命じられたが、事実認定の各所には、これまでには見られなかった李信恵の責任を認定した文言がある。この判決をどう評価するのか。時節柄取材班のメンバーが集うことを避け、今回はオンラインで打ち合わせを行なった。

松岡 皆さんお疲れさまでした。すでに8月2日付けの「デジタル鹿砦社通信」で私個人の判決についての思いは表明しましたが、高裁判決について忌憚のないご意見を聞かせてください。

A  社長には怒られるかもしれませんけど、これ「実質勝訴」ですよ。

松岡 110万円の賠償は少ない額ではないですよ。それに本通信の記事削除も地裁判決が維持されたままなのにですか?

A  社長にもメンバーにも内緒にしてきましたけど、俺、法科大学院に籍おいてたことあるんですよ。

一同 え! 嘘やろ!

A  嘘じゃないです。そう言われると思って、昔の学生証準備してます。ほら、見えますか?

B  もうちょっとカメラに近づけてくれ。

一同 本当だ!

C  しかも、国立(「くにたち」ではなく「こくりつ」)やないか。

A  過去の話をしても意味ないですよね。でも、どこかであの経験が役に立つんじゃないか、とは思っていました。

松岡 Aさんが「実質勝訴」だという意味を話してください。

A  これは社長には感覚的には受け入れにくいと思うんです。その前提できてください。M君が5人を訴えた裁判での大阪地裁、大阪高裁判決は、俺みたいな法科大学院崩れが見ても穴だらけでした。あれは事実認定に無理がありすぎるし、簡単にいえば支離滅裂な判決でした。

D  それが、どない変わったんや。

A  まず思い出してください。今回の訴訟は李信恵が鹿砦社に対して、Twitterで散々汚い言葉を投げかけたところから始まっていますよね。で、あの裁判では鹿砦社は、李信恵に勝った。大阪地裁、大阪高裁で判決は確定した。完勝です。でも大阪地裁での裁判後半になって、李信恵は「反訴」したいと言い出し、裁判官は認めなかった。請求の趣旨が違うからこれは当たり前の判断ですよ。

 
リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々①李信恵と伊藤大介

B  おい、おまえ司法試験も受けてへんくせに、弁護士先生みたいな遠回し話すな! わかりやすうに言わんかい!

A  Bさん、気持ちは分かりますが、ここすごく重要なんです。もうちょっとだけ聞いてくださいよ。

C  B、黙ってきこうや。

A  李信恵は仕方なく、別訴(ほかの裁判)で鹿砦社を訴えてきた。「嘘書いてる」、「被害甚大」、「傷ついた」とね。

B  それはわかってるがな。

A  リモートって、怖くなくていいですね。顔合わせてたら睨まれたり、息吹きかけられたりするけど。

D  話を進めろよ、A。

 
リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々②有田芳生参議院議員と朴敏用

A  すいません。李信恵の請求には出版物の販売停止まで入っていました。つまりこれまで出した6冊の本のうち、提訴までに出版していた4冊の販売停止です。これは言論人として裁判所に持ち込む話ではない。いやしくも李信恵は「フリーライター」とか「フリージャーナリスト」とか自称してるんでしょ? 百歩譲ってどこかに誤った記事があっても、訂正記事掲載要求がいいところですよ。

D  李信恵はその気になれば書ける媒体を持っているわけだし、新聞記者はじめマスコミとのパイプもある。そういうことだな。

A  そうです。そもそも李信恵の主たる請求は不当であって、主たる請求は大阪地裁でも大阪高裁でも認められなかった。この事実は賠償額の裏に隠れて見えにくいんですけど、李信恵にとっては賠償金が主な目的ではなかったと思います。「リンチと無関係」判決の獲得こそが最大の目標だった。

松岡 ちょっと待ってください。それであれば、大阪地裁も大阪高裁も不当に高い賠償金を私たちに命じているじゃないですか。

A  すいません。いま固まっちゃって。もう一度社長お願いします。

松岡 これどうやって操作するの(社内のスタッフに聞く)、まったくこういうのは……だから嫌なんだよ!

A  あ、社長通じました。

松岡 失礼しました(汗)。

A  賠償金が不当に高いことは認めます。その背後にどんな思惑があるのか、俺なりに感じるところはありますが、不確かなことは言いません。でも、高裁の判決文を何度も読むとおかしいでしょ?

松岡 おかしいというと?

A  「本件傷害事件当日における被控訴人(李信恵)の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、金(注:良平)によるM(注:被被害者M君)に対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」

「被控訴人の本件傷害事件当日における言動は、暴行を受けているMをまのあたりにしながら、これを容認していたと評価されてもやむを得ないものであったから、法的な責任の有無にかかわらず、道義的見地から謝罪と補償を申し出ることがあっても不自然ではない。」

これは李信恵に「法的」かどうかはともかく「責任」がある、もっといえば「リンチに連座した」ことを明確に認定している文章です。これまでの一連の裁判では、とにかく李信恵を免責するのに、裁判所は腐心しているとしか思えない、おかしな判決が続きました。初めてですよ!「李信恵にリンチに関する責任がある」と判決文で明示されたのは。

B  たしかにその側面はあるわな。

D  ちょっと聞きたいんだけど、賠償額についてAはどう考えるの?

A  不当に高いですね。だって殴るけるされたM君への賠償額と同額なんですから。でもね。こんなこと言ったら法科大学院に籍置いていた俺が、自分の過去に唾吐きかけるようなことかもしれないけど、判決って必ずしも市民感覚じゃないんですよ。

D  知ってる。そんなこと。

リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々③神原元弁護士と師岡康子弁護士
 
リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々④金明秀(きむ みょんす)関西学院大学社会学部教授

A  しかも、この事件の背景には「ヘイトスピーチ対策法」立法に絡む政治の動きも関係していた、と俺は見ています。

B  ほんまか? お前の予断ちゃうんか。

D  いや、それはあるだろうな。

A  結論です。賠償命令は不当です。その他にも不当な部分はある。しかし。李信恵や神原弁護士、もっと言えばしばき隊が「死守」したかった「李信恵免責論」が司法により、打ち破られたことがでかい。これが俺の見立てです。

B  判決文って読みにくいのよ。あれもうちょっと教科書とは言わんけど、新聞程度にわかりやすい文章にならへんもんやろか。

C  あの、ええですか。

松岡 どうぞ。

C  僕は今回の判決には野田正彰先生の「鑑定書」、矢谷暢一郎先生の「意見書」が凄く力になったんちゃうか、思うんですよ。判決文で直接の言及はありませんけど。裁判官への「心証」の面でものすごい力になっていた思うんです。だから感謝です。

松岡 そうですね。お二人には無理をお願いして大変な作業をお願いしました。
Cさんが言う通り、判決の行間にお二人の情熱が反映されているのかもしれませんね。

 
リンチ事件(隠蔽)に暗躍した人々⑤北原みのり

D  たくさんのみなさんに助けていただきましたもんね。社長、最後に。俺は野田先生、矢谷先生とともに弁護団に加わって頂いた、元裁判官で大阪高裁にも勤められたことのある森野俊彦先生に、本当に感謝したいです。もちろんこれまでの訴訟を一貫して引き受けてくださっている大川伸郎先生にも。

松岡 やはり「敗北における勝利」ということでしょうか。

D  判断は判決文を読んだ方々で異なるでしょう。でもAが指摘した通り、これまで絶対といっていいほど動かせなかった、李信恵の責任が認定された。だからあちらさんは記者会見を開いたけど、記事にもならなかったわけでしょう。この複雑な事実の中に真実が見えてきたんじゃないですか。

松岡 なるほど。とにかく皆さんお疲れ様でした。コロナが流行っていますから気を付けてください。

A  社長。

松岡 なんですか。

A  きょう、俺、結構いいこと言ったでしょ。

松岡 まあそうですね。

A  「デジタル鹿砦社通信」のライターやらせてくれませんか。

松岡 考えておきます(憮然として)

A  (しまった、また出すぎたか)

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【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟を検証する〈1〉】 対李信恵訴訟控訴審判決について思うこと ── 反差別運動の未来にとって隠蔽や開き直りは許されない! 鹿砦社代表 松岡利康

既報のように去る7月27日、大阪高裁第2民事部にて対李信恵控訴審判決が下されました。表面上は原判決の不備で賠償額が一審の165万円から110万円に減額されたということですが、今回の判決に対する私の意見を申し述べておきたいと思います。

 
何度も通った大阪地裁/高裁

◆予想外の原判決の「変更」

今回の控訴審判決文は、原判決(一審大阪地裁判決)の大部分が「変更」され、一審と控訴審判決を照合しながらの読解が必要で、法律の素人である私たちには読み解くのが困難でしたが、金額の「変更」のみならず内容的にも、意外と思える「変更」がありました。本件一審、またリンチ被害者M君の訴訟の大阪地裁・大阪高裁判決では、李信恵を庇おうという明白な意図が感じられましたが、今回の控訴審判決は、李信恵の関与や道義的責任を認定した箇所が複数ありました。このことが、これまでにない本件控訴審判決の最大の成果だといえるでしょう。「李信恵は白ではない!」。まずは2箇所ほど引用しておきましょう。──

「本件傷害事件当日における被控訴人(注:李信恵。以下同)の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、金(注:良平)によるM(注:判決では実名。以下同)に対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」

「被控訴人の本件傷害事件当日における言動は、暴行を受けているMをまのあたりにしながら、これを容認していたと評価されてもやむを得ないものであったから、法的な責任の有無にかかわらず、道義的見地から謝罪と補償を申し出ることがあっても不自然ではない。」

判決文1ページ目

李信恵らは判決後、裁判所内にある司法記者クラブにて記者会見を行っていますが、それが報道された記事を発見できませんでした。記者会見は事前に申し込み、おそらくは「控訴棄却」を予想していたと思われますが、原判決の大半の箇所が「変更」され、上記のように李信恵にとって予想だにしなかった不都合な事実認定箇所もあり、記者会見で士気が上がらなかったことは容易に予想できます。

また司法記者クラブに詰める記者たちも判決文を一瞥し、李信恵や代理人の神原元弁護士らの言い分に疑問を持ったのではないでしょうか。このことが記事にならなかった要因になっているものと思われます。司法記者クラブの記者たちた毎日のように判決文に接し判決文を読み慣れています。李信恵側にとっては混乱の極みだったでしょう。予想外ともいえる李信恵の「リンチ関与」を認定した判決は初めてです。ですから、記者たちにとっても記事化は困難だったことでしょう。記者会見は20分足らずで終わっています。午後2時25分頃には裏口から出て喫茶店に入る李信恵らのグループを見かけました。

むしろ、記者会見を準備していた李信恵側にとっては、思いがけず「リンチへの関与」を認定した初の判決に向かい合わねばならなりませんでした。司法担当記者らに判決文を読まれ、李信恵が集団リンチに関わっていたという心証を与えたのではないでしょうか。記者会見をやったことで、意図に反し疑問をもたらしてしまったようです。

◆賠償金が減額されても不当判決には変わりはない

しかしながら、賠償金が減額(訴訟費用も鹿砦社負担は5分の1に)されたとはいえ、一審、控訴審共に不当判決には変わりはありません。遺憾ながら、減額されたとはいえ賠償金の支払い義務はありますし、李信恵の殴打も、現場にいた5人の加害者らの共謀も認められませんでした。

私たちは、一審判決後、まさに死力を尽くして控訴審に対峙してきました。国際的な心理学者の矢谷暢一郎先生(ニューヨーク州立大学名誉教授)は海を越えて「意見書」を送ってくださり、精神科の野田正彰先生の「鑑定書」、東京、関西、四国まで取材に飛び回ってくれたジャーナリストの寺澤有氏の「陳述書」(リンチの場になったワインバーの店主の証言も記載されています)などを提出しましたが、これらの知見をしっかり検討したという形跡は、少なくとも判決文には反映されていません。こうした意味でも不当判決と断じます。

また、あれほど総力で取材に駆け回っても、裁判所は「控訴人(鹿砦社)の主張を認めるには足りない」といいます。このリンチ事件について、6冊の本に結実させ世に問うたにもかかわらず、です。これらは少なからずの方々に高く評価していただきましたが、広く波及しませんでした。しかし、ネットと違い、〈紙〉の出版物は形として残りますから、のちのち偶然でもこれを読んでくれた方がいれば、きっと私たちの取材活動を評価してくれることでしょう。

 
李信恵と実行犯・エル金こと金良平

◆私たちには「捜査権」はない

私たち出版社には取材の自由はありますが強制力はありませんし、動かせる人も金も限りがあります。裁判所は、警察や検察の「捜査権」と同じ位相で見ているようです。私たちには「捜査権」はありませんので、例えばリンチの実行犯・金良平の所在が不明だからといって、強制的な召喚や指名手配などできません。それでいて「金に対して取材を申し入れるなどしていない」(原判決)などといいます。

当時、金は行方不明で、携帯は通じませんし、裁判所への書類にも駐車場の住所を記載したりする人間にどうして「取材を申し入れる」ことなどできるのでしょうか? 「捜査権」を有する警察や検察とは違い召喚も指名手配もできません。また、M君に数十発も激しい暴力を振るうような凶暴な人間に、とても危険で取材スタッフを差し向けることは経営者としてできませんでした。

◆果たして「正義は勝った」のか?

李信恵代理人・神原元弁護士の有名な言葉に「正義は勝つ!」というものがあります。今回も早速そうツイートしています。当たり前ですが、これまで神原弁護士が受任した裁判全てに勝っているわけではありません。最近では、元「女組」(カウンター/しばき隊の一角)幹部・新沼史子(連れ合いは、たんぽぽ舎から反原連に移った原田裕史)が作家・森奈津子を訴えた訴訟では、新沼一審敗訴、彼女は捲土重来を期して控訴審を神原に依頼、しかし控訴棄却されています(6月30日。上告断念で敗訴確定)。また、元朝日新聞記者で現在『週刊金曜日』発行人・植村隆の訴訟でも敗訴が確定しています。

神原弁護士言うところの「正義」の規定が理解できませんが、新沼や植村が「正義」だとしても負けが確定しています。神原弁護士流に表現すれば「正義は負ける」ということでしょうか。

果たして李信恵が「正義」の徒なのかどうか。加害者、被害者の誰一人として全く面識がなく、白紙の状態から調査や取材をしてきた私(たち)には、結論的に李信恵の主張に普遍的な「正義」があるとは到底思えません(少なくとも私には)。李信恵がM君を殴ったかどうかについて、裁判所には否定されましたが、少なくともリンチの現場にいてリンチを黙認し、半殺しの目に遭っているM君を放置して立ち去ったことは控訴審の裁判官も認めています。野田先生の「鑑定書」によれば、師走の寒空の下に放置されたM君は必死でタクシーを拾い帰宅したということですが、あまりもの形相にタクシーの運転手は料金を受け取らなかったそうです。

一審判決後の李信恵代理人・神原元弁護士によるツイート。果たしてリンチ事件の「真実」とは?

◆M君に対するリンチ事件は「でっち上げ」なのか?

神原弁護士はいまだにみずからの事務所のHPに「しばき隊リンチ・でっち上げ事件」と記載し、M君が李信恵ら加害者5人を訴えた訴訟の判決文を掲載しています。今回の判決文もぜひ掲載してほしいと思います(しないでしょうけど)。

私たちは、2016年春、持ち込まれたリンチ事件の資料、とりわけリンチ直後の凄惨なM君の顔写真とリンチの最中の録音に言葉を失い大きなショックを受けました。そうして、M君は正当な補償も受けられず、また李信恵ら3人が「謝罪文」を出し、活動停止を約束しながら、しばらくしてこれを破棄、さらにはリンチの直前に飲食した韓国料理店の店主・朴敏用による「エル金は友達」活動による村八分(村八分は差別です!)をはじめ、M君は心無い誹謗中傷のネットリンチにも晒され、精神的にもかなり追い詰められていました。私たちと出会わなかったら自死の可能性も窺われました。落ち着きがなく、密室での裁判の争点整理の場で、ボキボキ指を鳴らして裁判長に注意されていたほどです(こういう落ち着きがなく精神的に追い詰められているにもかかわらず、裁判の場にM君を臨ませたのは私たちの失策だと反省しています。例えば、ここで殴ったのが平手か手拳か問われ、揚げ足を取られたわけですから)。

私(たち)は、まずはM君の話を聞き、資料を解読し、調査に動くことにしました。人道的な見地からのアクションであり、当初はこれを出版する意図はありませんでした。

私たちが目指したのは、〈M君救済・支援〉と〈真相究明〉です。

M君救済・支援は、裁判闘争も含め私たちのやれることはやりました。M君も精神的にかなり回復しましたが、学業にも専念できなかったようで、博士課程は修了したものの博士論文は完成できませんでした。また、就職活動も、本人は教師になりたかったようですが、叶わず、明日銭(あしたがね)を稼ぐために専門とは関係のない不本意な仕事に就いています。

しかし、あれだけ凄絶な集団リンチを1時間にも渡り受け、M君はいまだに後遺症に悩まされています。このことは矢谷、野田両先生の「意見書」「鑑定書」に詳細に記述されている通りです。これらを裁判官が目を通したと信じますが、実際の判決文には反映されていません。判決をご覧になった野田先生は憤慨されていました。

真相究明については、警察・検察の「捜査権」、あるいは大手出版社の取材には及ばないものの最大限の取材を行った自信はあります。そしてそれが総ページ800ページ超に及ぶ6冊もの出版物に結実し、少なからずの方々に高い評価を受けているものと自己評価しています。私も長年出版社をやって来ましたが、1つのテーマで6冊もの出版物を出したことはありません。量だけではなく質的にも精緻な取材を行いました。「デマだ」「ゴミだ」「糞だ」とか言い掛かりや罵詈雑言を投げかける人がいても、重大な事実の摘示をもって堂々と私たちを批判する人が、皆無であることがその証明でもあるでしょう。

李信恵は、出版ができる環境にありながら、「言論には言論で反論」することはしませんでした。李信恵と代理人の上瀧浩子弁護士は裁判の過程で『黙らない女たち』なる本を日本共産党系出版社の「かもがわ出版」から出版しましたが、リンチ事件にも、私たちの出版物にも一切触れていません。「黙らない」で事件について思うところを語ればよいではないですか。

李信恵の「謝罪文」(P01-P02/全7枚)。これは一体何だったのか?

神原弁護士は何をもって「でっち上げ」と言い続けているのでしょうか。「誰がでっち上げ」たというのでしょう。M君でしょうか、あるいは私たち鹿砦社だと言いたいのか、理解できませんが、リンチの日時や場所(店)も特定でき、店主はじめ多くの人たちの証言もあり、具体的にもリンチ直後の顔写真や音声データなど膨大な資料もあるのに「でっち上げ」と言うことこそまさに“事実の歪曲”(「でっち上げ」)だと断じます。

なによりも私たちは、白紙の状態から地を這うような取材を進め、一つひとつ事実を積み重ね真相究明に奔走しました。「でっち上げ」る意図も理由など毛頭もなく真相究明こそが目的でした。「でっち上げ」ても利はありませんし、長年の出版人、出版社の矜持として「でっち上げ」ることなど私の人間としての、あるいは出版人としての信条に反します。齢70近くにもなって事件を「でっち上げ」て晩節を汚したくはありません。良い情報もそうでない情報も収集し、これらを総合して真相究明に努めてきました。これに嘘はありません。

神原先生も、「人権派弁護士」としてそれなりの地位を獲得したことを否定しませんが、この「でっち上げ」発言だけは断じて許されるものではありません。専門家の方々もこの辺については同意見です。法律に時効があっても、倫理問題に時効はありません。神原先生、「でっち上げ」は発言を即刻撤回してください。そうして、三百代言を駆使したり隠蔽や開き直りに終始したりするのではなく正々堂々と、リンチという厳然たる事実に対していただきたいものです。それこそ、言葉の真の意味での社会正義に適うといえるでしょう。

読者のみなさん、私の言っていることは間違っているでしょうか?

◆李信恵が女性だから厳しく対処したのか?

李信恵は、「陳述書」はじめ事あるごとに、みずからが女性であることで私たちが苛めているかのように語っています。まったくの失当です。いい加減なことは言わないでほしいですね。

逆に彼女が女性だからこそ手加減しています。女性で自宅まで赴き取材したのは、事件直後に来阪し善後策に努めた中沢けいのみで、香山リカ、師岡康子、北原みのり、辛淑玉、朴順梨など直撃取材したいと思った女性は数人いましたが、男性への取材を優先したことや、取材スタッフの人と金など諸事情で断念しています。

また、2016年7月にM君が彼女らを提訴しましたので、これ以降は、訴訟妨害などと言われかねないこともあり、M君が被告とした李信恵、及び他4人のリンチ加害者らへの直接取材は差し控えました。ですから、彼女らへの取材期間はたった4カ月ほどです。

さらに言えば、李信恵は、「反差別」運動の旗手のような顔をして、これまでに100回超の講演行脚を行うほどの著名人であり準公人です。そういう人が、いかなる理由があろうとも、深夜に「日本酒に換算して1升近くも飲んでいた」(本人のツイート)というほど泥酔状態でM君を呼び出しリンチに連座することは、女性であっても男性であっても許されるはずがありません。そう思いませんか?

むしろ男性であったら、岸政彦や有田芳生、高野俊一、警察に通報した石野雅之らに対するような直撃取材も厭いませんでしたし、これは今に始まった取材手法ではなく、例えば原発関連本でも、東電の会長はじめ当時の幹部らには時に早朝から夜半まで直撃取材も立て続けて行っています。

2020年11月24日一審本人尋問で李信恵を追及する松岡(画・赤木夏)

◆李信恵、神原弁護士、伊藤大介は、昨年11月24日、本件一審本人尋問後の伊藤大介暴行傷害事件について説明せよ!

それから、李信恵について、本件訴訟の一審の本人尋問後(2020年11月24日)、M君リンチ事件に連座した伊藤大介が再び極右活動家・荒巻靖彦を深夜呼び出し、他の者(氏名不詳)と共に襲い掛かり、反撃を食らいましたが、荒巻に小指骨折などを負わせる暴行傷害事件を起こしています(現在、他の傷害事件と併合され横浜地裁で審理中。他にも暴行傷害事件を起こしているようですが、本人や弁護人らが公開しないので詳細不明)。

11・24裁判後、事件前の伊藤大介氏と李信恵氏

M君のケースのように再び裁判後に酔っ払って深夜に呼び出し暴行傷害事件を起こしたわけですが、この事件を見れば、彼らがなんら反省していないことがわかります。伊藤が事件を起こす直前まで、李信恵は伊藤と共に飲食を共にしている写真をみずからSNSで発信しているのです。果たして李信恵は、事件の現場にいなかったのか、SNS発信後いつまで行動を共にしていたのか、説明責任があるでしょう。

さらに言えば、伊藤大介の審理の進行具合も、弁護人の神原弁護士は明らかにすべきではないでしょうか。神原弁護士によれば「正義は勝つ」のですから隠す必要はないでしょう。

◆リンチ事件の最大の被害者はM君です!

李信恵は、私たちの報道による「被害者」然として、「出版された本を見てとてもショックを受けました。」(2020年4月8日付け「陳述書」)、「苦しい気持ちになりました。」(同)、「不安と苦痛でいたたまれません。」(同)、「恐怖に苛まれました。」(同)、「恐怖心でいっぱいになりました。」(同)、「これら記事を読みながら泣き崩れました。」(同)、「恐怖と苦痛を感じました。」(同)、「絶望感に襲われます。」(同)等々、言いたい放題です。裁判官は在日の女性であることで、たやすく誤魔化されてしまったのでしょうか?

しかし、みなさん、よくよく考えてみてください。あれだけ激しい集団リンチを受けた「被害者」は勿論M君ですし、「ショック」や「苦しい気持ち」、「不安と苦痛」、「恐怖心」、絶望感」に最も襲われたのはリンチ被害者のM君でしょう。「女性だから」「在日だから」というゴマカシは通用しません。私たちは「女性だから」「在日だから」という差別心で李信恵を批判しているわけではありません。女性であってもなくても在日であってもなくても、悪いことは悪いと批判し弾劾します。

そう、リンチ事件の最大の被害者は誰が見てもM君です! これが揺るぎない基本です。

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*このリンチ事件について、「知識人」と称される人たち、ジャーナリストやマスコミ人らは、私たちの取材に真正面から対した人はほとんどいませんでした。大半が逃げたり沈黙したりし、結果、事件から1年以上も隠蔽され表面化することがありませんでした。

確かに、私たちは賠償金を食らいはしましたが、青年学徒一人を救いました。まだM君は後遺症に苦しんでいますが(それはそうでしょう、私がM君だったら……と思うと言葉がありません)、本件リンチ事件の真相究明と検証・総括作業、とりわけ裁判・判決の検証・総括作業を進めていきたいと思っています。

その作業については、今回を第1回として適宜ご報告いたします。(本文中一部を除き敬称略)

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟】速報! 対李信恵訴訟控訴審、大阪高裁で一部勝訴判決! 素人目にもわかる事実認定の誤りを修正し165万円から110万円に賠償金大幅減額! われわれの闘いは終わらない! 株式会社鹿砦社/鹿砦社特別取材班

7月27日13時15分から大阪高裁第2民事部82号法廷で、われわれ鹿砦社に対して李信恵が名誉毀損・損害賠償を求め提起した訴訟の控訴審判決が言い渡された。開廷後、清水響裁判長は「主文、原判決を次のとおり変更する」と一審判決で命じられた165万円の賠償を110万円に減額する判決主文を言い渡した。

この日法廷には、被控訴人(一審原告)李信恵、代理人の神原元弁護士、上瀧浩子弁護士が揃って出廷していた。傍聴席には昨年の本人尋問後に酒に酔って暴行傷害事件を起こし保釈中の伊藤大介も神奈川からわざわざ傍聴に来ていた。おそらくは「大阪地裁判決通り」の満額回答を確信して神原、上瀧両弁護士は控えていたのだろう。しかし、主文が読み上げられると3人の表情は「えっ!」と不意を突かれたように変わったかに見えた。

法律的な判断はともかく、3人の表情に、この争いにおける当事者の感情が収斂されていたといえるだろう。

一連の訴訟の判決を受けて、われわれは、事実、真実には確信を持ちながらも、裁判所の判断には、ほとんど“絶望”に近い境地にいた。当たり前であろう。この日の大阪高裁の判決は、大阪地裁の“最悪判決”よりは、丁寧な事実判断を行っているとはいえ、市民感覚からは程遠い。何よりも1時間余り殴る蹴るされた被害者に対する賠償金と、その真相究明(われわれはこれまでに6冊の書籍に結実させ世に問うている)の賠償命令が同額近くである? これが司法の判断であれば、“集団暴力励行判断”といっても過言ではないだろう。

最も重要なことは、李信恵は鹿砦社出版物4冊(提訴当時出版されていたのは4冊だった)の販売停止など、いやしくもライターを生業とする者にとって全く不当極まりない請求を申し立てていたのであるが、この主たる請求は、大阪地裁でも、大阪高裁でも認められていないことである。

すなわち、本論でわれわれは負けていない、どころか〈勝利〉(松岡にいわせれば「敗北における勝利」)しているのであり、誤判によって大阪地裁から不当にも下された賠償命令が、減額されたというのが、客観的な事実である。

これでもこの事件にかんする限り、判決としては“マシ”であったのだ。判決の詳細の分析、今後のわれわれの法廷闘争、及び出版活動などの方針については、近日中にお伝えする。きょうの原稿では本件訴訟及び関連訴訟を一貫して共に闘っていただいた大川伸郎弁護士の言葉で結ぶ。

「事実認定はこれまで通りですが、たとえば『M君対5人訴訟』の控訴審では、全く訳のわからない理屈が持ち出されました。本件訴訟の地裁判決もそうでした。あれらは誤判です。それに比べれば、不満は残りますが、ある程度丁寧な事実認定がなされたと、一定の評価はできると思います。勿論判決に満足はしていませんが」

「結ぶ」とは述べたが、やはりこの男の感想を載せないわけにはいかないだろう。鹿砦社代表・松岡は判決への感想を、
「少しは押し返したかな、というところです。一審大阪地裁判決は素人目にも判る明らかな誤判でしたから。でもね……」
と含みのある言葉を紡いだ。

画像は法廷での李信恵。髪を切りイメチェン?(画・赤木夏)

判決後、相手側は司法記者クラブで、記者会見を行った模様だ。判決言い渡しの法廷には記者席があった。われわれには決して開かせてもらえなかった記者会見を相手方はいとも簡単に行うことができる。28日の新聞には相手側の言い分が掲載されるかもしれない。不公平じゃないか。

この裁判の詳細は、後日詳しくお伝えする。事実の末尾に真実が宿る。なぜ、われわれは、原告であっても被告であっても「記者会見」すら拒否されるのか。

このことが、このリンチ事件の〈本質〉を示唆しているのかもしれない。司法記者クラブに巣くうマスメディアが、被害者の必死の声に耳を貸さず黙殺し、リンチがあったという事実を隠蔽し、李信恵ら加害者側の声をのみ聞く――どこかおかしいのではないか?

われわれは、司法の場であれ、言論の場であれ、退路を持たない。あらゆる欺瞞を暴き出し、指弾し尽くす。それは自己満足のためではない。人間の根本矛盾を、そして〈生き様〉を問う問題だからだ。

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

【カウンター大学院生リンチ事件】 7・27、対李信恵訴訟、いよいよ控訴審(大阪高裁第2民事部)判決へ 株式会社鹿砦社/鹿砦社特別取材班

鹿砦社がツイッター上で李信恵から、散々な罵詈雑言を浴びせられたため、仕方なく名誉毀損による損害賠償を求め提起した裁判の終結直前になって、李信恵側は「反訴したい」と主張し出した。裁判官はそれを認めず、別の訴訟として李信恵が原告となり、鹿砦社を被告として訴えた民事訴訟の一審(大阪地裁)判決は、あろうことか165万円の賠償金と、本通信記事の一部削除を命じる〈不当判決〉だった。当然われわれは上級審の大阪高裁に控訴し、その判決をいよいよ7月27日に迎える。(控訴人=株式会社鹿砦社、被控訴人=李信恵)

 
因縁の大阪地裁/高裁

◆不可解な判決の連続に首を傾げる

再度強調しておかなければならないが、この一連の裁判を初めに提起したのはわれわれ鹿砦社であり、その訴訟で一審(大阪地裁)、控訴審(大阪高裁)ともに李信恵の不法行為を認定しわれわれは勝訴しているのだ(上告を取り下げ確定)。にもかかわらず、不可思議な別訴に対し、大阪地裁は数々の事実誤認と、思い込みとしか考えられない筋の通らない理屈を根拠に165万円もの賠償金と本通信記事の一部削除命令を内容とする判決を下したのだ。

「カウンター大学院生リンチ事件」とか「しばき隊リンチ事件」といわれる「M君リンチ事件」に関係する訴訟には、純粋な司法判断とはどこか異なる、不自然な“もや”のようなものが常に付きまとっている。政治的な背景があるのではないか、とすら考えざるをえない判決の連続や(このかん和歌山カレー事件再審で話題の元大阪高裁判事の生田暉雄弁護士によれば「報告事件」というものがあり、これは最高裁からの指図で、これに指定されると、どうあがいても勝てない訴訟があるとされ、当初はそんなバカなと思いつつも、こうも不当判決が続くと真実味を実感する)、マスコミの恣意的な報道管制。本来だれにでも使用権限があるはずの司法記者クラブ(大阪地裁・高裁の中にある記者クラブ)からことごとく締め出され、一度も記者会見を開かせてもらえていない現実。これらはやはり“何らかの背景”なしに起こりうる事象ではない。

本人尋問で大川弁護士の追及に答えきれず涙ぐむ仕草で裁判官の心証に訴える李信恵(画・赤木夏)。後ろに代理人の神原・上瀧弁護士。2020年11月24日、大阪地裁で。この後、傍聴に来ていた伊藤大介は深夜暴行・傷害事件を起す
李信恵の「謝罪文」(全7ページの内の2ページ)。のちに撤回したことに李信恵の人間性が表われている
 
リンチの是非を問うた人に開き直って恫喝する李信恵のツイート

◆われわれは死力を尽くした! 

そういった背景の中、一審の大阪地裁は、上記の通り不当判決を下したのであったが、控訴にあたり、われわれは死力を尽くした。まず元裁判官(大阪高裁にも勤務)の森野俊彦弁護士に弁護団に加わっていただいた。『週刊金曜日』によれば、「裁判所の内外で発言を続けた裁判官は、森野俊彦氏しかいない」とされ、失礼な物言いながら、当初予想した以上に優れた方であることがすぐに判った。従前より一連の訴訟を担当していただいている大川伸郎弁護士、森野弁護士を中心に何度も打ち合せを行い、精神科医・野田正彰先生にM君の「精神鑑定」を行っていただき、ニューヨーク州立大学名誉教授で心理学者の矢谷暢一郎先生からも海の向こうから「意見書」を頂いた。いずれも重厚な内容である。

そして地裁判決が素人目にも粗雑であって(例:証拠として提出してある書籍の中にある人物の電話取材を掲載しているが、判決文では「取材をしていない」と断言している。裁判官はろくろく証拠に目を通していないのだ)、重要な事実認定に妥当性を欠き、判決全体が恣意的な内容であることを「控訴理由書」、およびこの補充書で指摘した。さらには、われわれの委託を受けて取材に飛び回ってくれた、ジャーナリスト寺澤有氏の「陳述書」、さらには鹿砦社代表・松岡の渾身の「陳述書」など、これまでになく力を込めた。

勝ち負けは別として、これだけ衆智を結集した。果たして大阪高裁が、これらの知見を越える判断を示すか、興味津々だ。

大阪地裁判決前に、まさかこのような〈不当判決〉が下されるとは、われわれは予想だにしていなかった。だから、控訴審に向けては限られた時間の中で弁護団の先生にはかなりの無理をお願いし、われわれも死力を尽くした。

これ以上の証拠や、地裁判決を弾劾する法的哲学、論理は探求しようがない、といえるところまで「控訴理由書」、この補充書は研ぎ澄ました。野田正彰先生、矢谷暢一郎先生のご尽力には感謝に堪えない。

論理的にわれわれは、負けるはずはないと確信している。しかし、裁判所は証拠と論理を揃えても、一般人の「市民感覚」から遊離した判決を少なからず出すことがあることも知っている。

李信恵の「名言」の数々(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

◆7・27控訴審判決に注目を!

繰り返す。われわれは死力を尽くした。当然地裁判決破棄の判決を期待するが、判決の如何に関わらずできうることはすべてやり尽くした。判決の如何を問わず、「やれることはすべてやり切った」との想いが強い。

だから、大阪高裁には“真っ当”な判決を出してもらわねばならない。7月27日(火)13時15分から大阪高裁(別館)82号法廷で判決言い渡しが行われる。猛暑の中であるが、関西在住の方で都合のつく方は傍聴に結集を! 判決は、結果の如何にかかわらず当日速報を打つ予定だ。圧倒的な注目を! 

 
自ら泥酔したことをツイート。常識的に考えれば、1升近く飲んで泥酔しないわけはない

ちなみに、集団リンチの被害者M君は、いまだにリンチの後遺症に苦しんでいる。一方で、加害者グループの一人として実際にリンチの現場に居合わせ、1時間ものリンチを見聞きしつつも止めもせず、救急車やタクシーを呼びもせず、師走の寒空の下に放置して立ち去った李信恵は何の反省もなく、最近も(コロナ禍で少なくなっているとはいえ)各地の「人権団体」や行政などの招聘で講演旅行に回っている。

李信恵は、この時代「反差別」の象徴、あるいは旗手たり得る人格と思想を備えているであろうか。「日本酒に換算して1升近く飲んだ」(李信恵本人のツイート)と平然と公言するほど泥酔した挙句、集団リンチ事件に連座した責任を、どのように申し開きできるのだろうか。われわれは〈あらゆる差別に原則的に反対する〉が故に、この闘いを貫徹してきた。少なからずの傷も負っている。だが、〈差別〉に関する限り〈原則〉は譲ることはできないのだ。〈本当に撃つべきもの〉は何であるのか?この問いに立脚することをわれわれは一時(いっとき)も忘れはしない。

「因果応報」という言葉がある。この通信でもことあるごとに述べているが(7月12日号参照)、かつて「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で鹿砦社弾圧に手を貸した者がことごとく再起不能なまでに失脚したことをわれわれは知っている。それは決して“偶然”だろうか――われわれは「因果応報」という言葉を信じる。リンチの被害者がこの後遺症に苦しみ、加害者が表舞台で「反差別」や「人権」などを語る講演三昧などという世の中は不条理だ。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

【M君リンチ事件余話】 因果はめぐる糸車? 鹿砦社代表 松岡利康

先日、ミャンマー・サッカー選手が日本での試合を終え帰国の途につこうという直前で、これを拒否し日本政府に保護を求めるという事件が報道されました(画像1参照)。そして難民認定を求め申請しました(22日)。

[画像1]朝日新聞2021年6月17日夕刊
[画像2]共闘していた頃。1971年4・28沖縄闘争(戦旗257号 1971年5月15日号)

ここで中心的に動いたのが空野佳弘弁護士ということが新聞報道で名が出ていて、これを発見し驚きましたが、空野弁護士は、実は「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)被害者M君の父親と同期で同じグループ「京大C戦線」で1970年代初頭の学生運動に関わっていました。71年から72年前半には、「全京都学生連合会」(京学連)を結成し、私たち同志社大学全学闘と共闘していました(画像2)。

京大C戦線は、私たちと別れた後、ある中国派の党派と共に「マルクス主義青年同盟」(マル青同)を結成、全国党派を目指しますが、しばらくして破綻、空野弁護士は、ご自身から伺った話では、それまでに全く単位を取っておらずゼロから勉強し直し、遅くして司法試験に合格し弁護士になったそうです。弁護士登録が1985年ということですから、学生現役時代に合格した者に比べれば10年遅れています。さすがに“腐っても京大”です。同志社ではこうはいきませんが、元々頭の出来が違います(苦笑)。

この「京大C戦線」の指導者は、吉國恒雄さん(故人。ジンバブエ研究の第一人者。生前は専修大学教授)で、マル青同解体後アメリカ西海岸に逃れ研究生活に入ります。ほぼ同時期に活動した矢谷暢一郎さんと同様です(矢谷さんは東海岸)。

そうして68年6・28 ASPAC御堂筋突破闘争で、吉國さんも矢谷さんも逮捕・起訴されます。この闘争、同志社だけで約800名の部隊だったというから凄いです。その後私たちの頃になると、多い時でこの半分ぐらいでしたから。

そうして、71年10月8日、判決を迎えます。これを報じる新聞記事(画像3)には「寛刑」との文字が躍っていますが、軽かったのは判決だけでなく、検察の求刑も、その後、70年代後半以降に比べると、ずいぶん軽いイメージです。

[画像3]1968年ASPAC闘争の判決を報じる読売新聞1971年10月8日夕刊

71年、この年、裁判官に任官されたばかりの森野俊彦先生は、ASPAC闘争の裁判を担当し判決文を起案されたということです。この判決の記事を、当時学友会ボックスでみなで回覧し、あれこれ歓談したことを覚えています。

71年は、いわゆる「青法協」(青年法律家協会)問題が起き、同期の7名が任官されませんでした。この期(23期)には、私たち一般にも知られる方として、宇都宮健児、澤藤統一郎、梓澤和幸といった弁護士がおられます。森野先生も同期の仲間と共に7名の任官を求め闘いますが、森野先生は唯一裁判所の内部から変革を求めて「日本裁判官ネットワーク」を結成されたり定年まで闘い続けられます(画像4参照)。

定年後は、弁護士として活躍されていますが、ひょんなことから出会い私たち鹿砦社の代理人も務めていただいています。森野先生ら23期の方々が最近『司法はこれでいいのか』(現代書館刊)を上梓されましたので、詳しくはこの本をご覧ください。

[画像4]『週刊金曜日』(2021年5月21日号)の森野俊彦弁護士紹介記事

そうして、対李信恵訴訟控訴審、矢谷暢一郎さん(4月20日付けでニューヨーク州立大学名誉教授を拝命。画像5)が心理学者の立場から「意見書」を書いていただき裁判所(大阪高裁)に提出しました。

一方、森野先生には「控訴理由書」、同補充書などの書面作成にご尽力いただきました。大阪高裁の裁判官をも務められたこともあり、(元)裁判官の目から本件リンチ事件の本質を捉え、非常に有益でした。

ちょうど50年前の1971年に、裁く側と裁かれる側に在った、矢谷さんと森野先生が、50年の年月を超えて今、鹿砦社のために一肌抜いていただいたのです。さらには、「京大C戦線」で活動していた方々には、16年前の「名誉毀損」逮捕事件でも奔走いただき、今回の対李信恵訴訟控訴審でも「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」にも重村達郎弁護士と赤川祥夫牧師に提出いただきました。

矢谷さんは、かつて学生運動に関わっていたという理由で1986年、ロンドンの学会から戻りニューヨーク・ケネディ空港に降り立ったとたんに突然逮捕され44日間勾留されますが、同僚教官やオノ・ヨーコさんらが奔走し無罪放免されます。そうして全米を動かした「ブラック・リスト抹消訴訟」、いわゆる「YATANI CASE」といわれ国際的にも司法、法曹関係では有名な事件です。この件は、古い本ですが『アメリカを訴えた日本人』(毎日新聞社刊)を(古書市場で求められるか図書館で借りるかして)お読みください。

[画像5]矢谷さんの講演会の後で加藤登紀子さんが労ってくれました。矢谷さん(左)、加藤さん(中央)、松岡(右)

この50年、矢谷さんは判決前後に大病を患い、これが治り夫婦で再起を期して渡米され、同志社は中退でしたので学士を修めるところからやり直し(この点は先の空野弁護士と同じです)、修士、博士号を取得、ニューヨーク州立大学講師の職も得、ようやく先が見えてきたところで突然逮捕されるなど苦難の人生だったことが窺われます。

一方、森野先生も、若い頃の青法協活動、その後「日本裁判官ネットワーク」の活動など、いわば“危険分子”と見なされていたようで、地方や家裁回りが多かったとのことです。

蛇足ながら私も、お二人に比べれば小さいですが、大波小波、いろいろありました。今では笑って話せますが、一時はもう再起不能と思い絶望の渕にありました。奇跡的と言っていいと思いますが、皆様方のご支援により再起することができました。

今からちょうど50年前の1971年、お二人が法廷で対峙していた年、私たちは、本土「復帰」直前の沖縄返還協定調印→批准阻止闘争、三里塚闘争、そして学費値上げ阻止闘争に走り回っていました。

目をつぶれば走馬灯のように50年前のいろいろな出来事が甦ってきます。もう過去を振り返ってもいい歳になりましたが、当時の初心を想起し、いつまでも社会的不正には怒りを込めて振り返ることを忘れないでいきたいと、あらためて思った次第です。

*鹿砦社からも矢谷さんの著書を出版しています。2014年秋の同志社大学学友会倶楽部主催講演会に間に合わせるために急遽製作しました。『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学——アメリカを訴えた日本人2』です。ぜひご購読お願いいたします。

矢谷暢一郎『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学——アメリカを訴えた日本人2』

矢谷暢一郎『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学——アメリカを訴えた日本人2』https://www.amazon.co.jp/dp/4846310299/

 

あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考える(下)鹿砦社代表 松岡利康

前回に引き続き、今回は主に「ヘイトスピーチ」を理論付けした師岡康子弁護士について思う所を申し述べてみたいと思います。

◆正体不詳の師岡康子という人物──いわゆる「師岡メール」に表われた冷酷な人間性

師岡康子弁護士は「カウンター」活動に理論的根拠を与えた人物で、それは前回(上)の冒頭に挙げたように『ヘイト・スピーチとは何か』として結実しています。ところが、不思議なことに師岡弁護士は自己の正体を秘することに努めているようで、生年や出身大学などもみずから明らかにすることはせず(著書にも不記載)、その他、経歴、プライベートなど不詳です。

わずかに父親が共同通信の幹部であったこと、京都大学卒業ぐらいが判明しているほどですが、これまで、あまり私的なことを詮索したり詳しい調査をしていない私たちにはそれ以上の経歴などは不明です。私見ながら、公人、あるいは準公人の人となりや考え方、全体像などを理解するには、プライベートや経歴、失敗の経験を含めて情報を吟味することが必要だと思っています。人生誰しも「常に正しい」わけではありませんから。

師岡康子弁護士

師岡弁護士が学生時代(京都大学)を語った文章や発信を見たことはありません。あまり評判のよくない政治グループ、△△研で活動していたという噂が伝わってきましたが、真偽不明です。ですからこの件も含め諸々質問を直接ぶつけようと、特別取材班が電話取材を試みましたが取材にも応じていただだけませんでした。諸々の疑問への真偽は想像するしかありません。師岡弁護士には質問したいことが山積しています。いつかリンチ直後のM君の壮絶な写真を持って講演会や記者会見に伺おうか、とさえ思ったものです(本気です)。

弁護士として「ヘイトスピーチ解消法」の立法化にも尽力した師岡弁護士はマスコミにも頻繁に登場する「公人」(あるいは「準公人」)です。私たちは誰かさんたちとは違い、暴力をちらつかせ脅迫的な質問などはしません。今からでも取材に応じていただくのが社会的責任というものでしょう。

師岡弁護士に対する私の印象が最も強いのは、いわゆる「師岡メール」と揶揄される、彼女がリンチ被害者M君と共通の知人・金展克氏に送ったメールです。常識では考えられない暴論、暴行事件被害者への人権的配慮はまったくなく、恣意的な法解釈、非人間性が余すところなく露呈したメールです。呆れるほどの暴論を展開し、M君リンチ事件が表面化することを潰そうとの意思を剥き出しにした醜文です。

師岡は、師走の寒さ厳しき大阪・北新地で、深夜1時間にもわたる凄絶なリンチを受けた大学院生(当時)M君の被害を一顧だにせず、刑事告訴を止めさせようと必死に努めました。M君が刑事告訴すれば、M君は、

「これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶしたという重い十字架を背負いつづけることになります。そのような重い十字架を背負うことは、人生を狂わせることになるのではないでしょうか」

とまで言い切っています。

師岡の反人権的人間性を表わした、いわゆる「師岡メール」
 
「ヘイトスピーチ解消法」の性格を象徴する有田芳生と西田昌司の握手

頭の中が倒錯しています。この言葉は直接M君に伝えられたものではないにせよ、周辺人物への明かな恫喝ともいえるでしょう。ここにはリンチ被害者M君への人間的な配慮など微塵もありません。師岡の冷酷な性格が表われています。師岡は「人権派」ではなかったのか!? 少なくともそう装っていましたが、メッキは時として剥げるものです。

「重い十字架を背負いつづける」のはリンチの加害者であるべきであり、被害者が「反レイシズム運動の破壊者」として「重い十字架を背負いつづける」という理論はどうのようにすれば成立するのか。どうして被害者が「重い十字架を背負う」必要があるのか。生起した事実へのあまりにも非道で倒錯した(悪意に満ちた)本音の吐露には吐き気がするほどです。「重い十字架を背負いつづける」べきは李信恵ら加害者5人とその隠蔽に加担した人々のはずです。

有田芳生参議院議員と連携し、ともかく「ヘイトスピーチ解消法」を成立させたかったのでしょう。有田は「ヘイトスピーチ解消法」立法化の最終局面で、自民党の中でもとりわけ悪質な差別主義者である極右政治家・西田昌司参議院議員と不可思議な握手をしました。あの「握手」が意味したことは何だったのでしょうか? 水面下で何があったのでしょうか? 5年前のちょうど今頃6月のことです。

しかし、師岡は、その「ヘイトスピーチ解消法」だけでは不満なようで、更なる罰則強化、もしくは新法を企て、さらには関連の省庁の新設までも構想していることが報じられています。今後の師岡の動きが注目されます。

さらなる罰則強化、あるいは新法制定をアジる師岡康子弁護士

◆呪われた「ヘイトスピーチ解消法」──人ひとりを犠牲にして成立した法律が人を幸せにするはずがない!

リンチ事件の存在は1年以上も隠蔽され、「ヘイトスピーチ解消法」は成立しました。深夜、「日本酒に換算して1升近く飲んだ」(李信恵のツイート)李信恵ら加害者が、5人で1人の若者に凄絶な暴力を加えたリンチ事件を隠蔽することによって「ヘイトスピーチ解消法」は成立しました──あまりに呪われた法律と言わざるを得ません。
 
M君リンチ事件と、これに関係した加害者たち、「ヘイトスピーチ解消法」を制定するために隠蔽活動に狂奔した者たち、リンチ事件を知りながら、「見ざる、言わざる、聞かざる」に終始し、わが取材班の取材から逃げ回った者たち……M君リンチ事件は、人の生き方、人間としてのありようを問うものでした。ふだん立派なことを言っていても、現実にこうした事件に直面した時にどう振る舞うかで、その人の人間性なり人となりが明らかになるものです。特に「知識人」といわれる人たちにとって、みずからの学識と、“今そこに在る現実”への対応の乖離を、どう理解すべきでしょうか? 

リンチ事件が起き1年余り経ってから、このことを知った私は仰天し、「現在のような成熟した民主社会にあって、いまだにこうした野蛮なリンチ事件が起きたのか」とショックを受けました。かつて私は学生運動に関わり、そこで起きた、いわゆる「内ゲバ」にもたびたび遭遇しました。私が大学に入学する前年に先輩活動家が死亡していますし、入学した年には有田芳生参議院議員が所属した政党のゲバルト部隊(「ゲバ民」と呼ばれました)によってノーベル賞受賞者の甥っ子の先輩活動家が一時は生死を彷徨うほどの重傷を負った事件があり衝撃を受けました(ちなみに、大学は異なりますが、有田と私は同期で同時期に京都で活動していました)。

さらには翌年、最近映画でも採り上げられましたが、真面目な同大の年長活動家が他大学のキャンパスで殺されるという事件もありました。私自身も、有田議員が所属した政党のゲバ民に襲撃され病院送りにされていますし、また現在某政党の幹事長が創設した政治グループにも襲撃され後頭部を鉄パイプで殴られ重傷を負いました(数年間、時に偏頭痛に悩まされました)。

私はノンセクトで大学時代に活動したぐらいでしたが、卒業後、内ゲバは激化し多くの学生活動家や青年が亡くなると共に、あれだけ盛り上がった学生運動、反戦運動も衰退化していきました。もちろん他にも原因はあるのでしょうが、内ゲバが最大の要因になっていることは言うまでもありません(このことは、『暴力・暴言型社会運動の終焉』の中で山口正紀さんがガンで療養中に必死に書かれた「〈M君の顔〉から目を逸らした裁判官たち」、「デジタル鹿砦社通信」2019年10月28日付け田所敏夫執筆「松岡はなぜ『内ゲバ』を無視できないのか」を参照してください)。

「内ゲバ」問題もそうですが、外形的な「ヘイトスピーチ」を批判するだけではどうにもなりません。「ヘイトスピーチ解消法」成立に至る過程の裏で起きた凄惨なリンチ事件──この根源的な問題を探究することなくしては、同種・同類の事件は再発するでしょう。このことをリンチの被害者M君や私たちは事あるごとに訴えてきました。実際に、M君リンチに連座した者(伊藤大介)が再び暴行傷害事件を起したことは、この「通信」や『暴力・暴言型社会運動の終焉』などで、すでに明らかにした通りです。

そして、「ヘイトスピーチ解消法」の成立は、果たして、本質的な「差別解消」に寄与したのか──私たちの関心の中心はそこにあります。表現規制を設けても、内面は変えられません。犯罪抑止の法律を厳罰化すれば、より陰湿な犯罪が法律外で多発する現象はよく知られています。表現の規制が本質的な「差別解消」にこの5年間どのように作用してきたのでしょうか。定量的な測定が可能な問題ではありませんが、人々の心の中に宿る「差別の総量」は、減少したのでしょうか? そして司法も行政も、法律や条例を設ければ事足れりという「形式主義」(ことなかれ主義)に傾いてはいないでしょうか?

例えば、「教育改革」「大学改革」「政治改革」「司法改革」……この半世紀、「改革」という言葉が喧伝され法律や条例が設けられたり、あれこれ“制度いじり”がなされましたが、ことごとく失敗しています。「仏作って魂入れず」、古人はよく言ったものです。

さらに加えれば、このリンチ事件の被害者M君救済/支援と真相究明の活動を通して、取材班キャップの田所敏夫が広島被爆二世であることで似非反差別主義者を許さないという強い意志を私たちも共有し、取材班内外に於ける在日コリアンの方々らとの交友を通して「原則的に差別に反対する」姿勢であることを、ことあるたびに明らかにしてきました。

同時に私たちは「あらゆる言論規制にも反対」の立場です。しかし「差別を禁止する法律を作ろう」(さらに師岡は省庁まで作ろうと主張しています)などとの発想は、間違っても浮かびません。人間の内面は法律によって規制されるべきものではなく、また法律は人間の内面まで入り込むことも不可能だと考えるからです。こうした意味で、師岡弁護士の『ヘイト・スピーチとは何か』に述べられた思想には到底納得するわけにはいきません。

リンチ事件から6年半──今に至るもM君はリンチのPTSDに悩まされています。就職、研究などもうまくいかず「人生を狂わせ」(師岡メール)られてしまいました。一方、リンチの中心にいた李信恵は、何もなかったかのように、あたかも「反差別」運動を代表する人物として大阪弁護士会、行政、法務局などあちこちに講演行脚して、まことしやかなことを話しています。講演するなら、この冒頭にリンチについて述べてみよ! 

世の中、なにか変だと思いませんか? (了。本文中一部を除き敬称略)

◎あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考える
(上)(2021年6月12日)http://www.rokusaisha.com/wp/?p=39239
(下)(2021年6月14日)http://www.rokusaisha.com/wp/?p=39295

*『暴力・暴言型社会運動の終焉』内に「危険なイデオローグ・師岡康子弁護士」とのタイトルで一項設けていますので、こちらもぜひご一読ください。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考える(上)鹿砦社代表 松岡利康

『ヘイト・スピーチとは何か』は、極右/ネトウヨのヘイトスピーチに対する「カウンター」や「しばき隊」の理論的根拠となっているとされる本です(詳しくは『暴力・暴言型社会運動の終焉』7項「危険なイデオローグ・師岡康子弁護士」参照)。「ヘイトスピーチ解消法」が制定されて5年になりますが、師岡弁護士とは異なった見地から、あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考えてみようと思います。

◆元SEALDsの女性活動家の勝訴判決に思う

6月1日、元SEALDsの女性活動家2人が、極右/ネトウヨと思しき人物からSNSで受けた夥しい暴言による精神的傷、名誉毀損に対して民事訴訟を起こし100万円の賠償金を勝ち取り勝訴しました(東京地裁)。判決後記者会見も行っています。また、かの神原元弁護士も代理人に名を連ねているということです。

確かに極右/ネトウヨによるSNSを使った暴言は酷いので、この判決は妥当でしょう。しかし、忘れてならないのは、当時のSEALDsメンバーあるいは周辺の者による、SEALDs批判者に対する彼ら・彼女らが行った同種・同類の暴言についてです。これは問題にならないのでしょうか? 上記の元SEALDsの女性のケースだけを問題にし、SEALD以外の他のケースも同等に問題にしなければ偏頗なものになるのではないでしょうか?

 
「しばき隊」のドン・野間易通

例えば、韓国から母子で日本に研究に来ている女性、鄭玹汀(チョン・ヒョンジョン。当時京大の研修員)さんがSEALDsについての論評を発表するや、野間易通を先頭に「カウンター」「しばき隊」のメンバーによって、SNSを駆使し激しい誹謗中傷、罵詈雑言が鄭さんに浴びせられました。

あまりにも激しい攻撃に、鄭さんの研究者仲間が立ち上がり鄭さんをサポートしました。鄭さん自身も民事訴訟を準備していたようですが、諸事情で断念しています。韓国から来日し、日本人とは同等の権利を持たない不安定さ、また娘さんがいるのも不安だったものと推察します。異国で訴訟沙汰を起こすのが大変なことは容易に想像できます。ここを見透かして野間らが鄭さんを攻撃したのであれば、さらに悪質と言わねばなりません。

 
合田夏樹さんを脅迫する伊藤大介のツイート

「カウンター」「しばき隊」(そしてSEALDs のメンバーの一部は)は、女性や娘さんらに対しては殊に激しく攻撃する傾向がありました。保守系を自称し私たちと思想信条は異なりますが、四国で自動車販売会社を営む合田夏樹さん(当時はツイッター上ではかなりの有名人でした)も恐怖した一人です。合田さんに対しては、伊藤大介らによって有田芳生参議院議員の宣伝カーを使い、会社、自宅(近く)まで出向き、身障者の息子さんを持つ奥さんに恐怖を与え、また東京に進学し一人暮らしを始めた娘さんに対しても襲撃を匂わすツイートを流したり、卑劣な発信が続きました。やりたい放題です。思想信条の違いがあるとはいえ、私たちは数に頼っての卑劣な攻撃は理解できませんし、ましてやそのような手段は絶対に取りません。過去このような行為を主導した(今回の原告個人が関わったかどうかは、わかりません)SEALDs の“負の歴史”は見過ごされ問題にならないのでしょうか? こうしたことを問題にせず、上記の元SEALDsの女性活動家のケースのみを殊更採り上げるのは偏頗だといえるのではないでしょうか? 

さらには、当時は隠蔽され後に発覚するリンチ事件の被害者М君に対する誹謗中傷や罵詈雑言も同様です。М君に対してのツイートは激しい「ヘイト(憎悪)」が満ち満ちており、これこそ「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム」ではないのか、と思います。

さらには、リンチ事件に疑問を持ち私たちより少し遅れてМ君リンチ事件に対する批判を実名で公表した、ある公立病院に勤める金剛(キム・ガン)医師に対する攻撃、彼にはSNSによる誹謗中傷に加え病院に電凸攻撃がなされました。人の生死に関わる病院への数多くの電凸攻撃など常識では考えられません。日頃「人権」を口にする者がここまでやるとは言葉がありません。
 
◆「ヘイトスピーチ解消法」制定5年……

「ヘイトスピーチ解消法」が制定されて5年が経ちました――。俗に「ヘイトスピーチ、ヘイトスピーチ」と言いますが、では「ヘイトスピーチ」とは何でしょうか? 条文によれば「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」と規定され、これを「解消」する法律が「ヘイトスピーチ解消法」だということです。法務省のホームページを見れば、「特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に,日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの 一方的な内容の言動が,一般に『ヘイトスピーチ』と呼ばれています」とあります。

これによれば、上記の元SEALDs の原告女性に対する暴言が「ヘイトスピーチ」であるかどうか、法的観点から見れば微妙であると考えられます(「ヘイトスピーチ」ではなく「名誉毀損」であれば法的な合理性はあるでしょう)。原告に浴びせられた言葉が発せられた心因には、暴言=言葉の暴力を喚起させる動機があったのでしょうから、法律によらずとも「ヘイト(憎悪)」に満ちた言葉を発し攻撃するということからすれば、先の合田さんへの攻撃同様に、広義の意味においては「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム」と言っていいでしょう。

他方、鄭さんや金剛医師は「本邦外出身者」「特定の国の出身者」です。SEALDs やリンチ事件に批判的な発言をしたからといって、激しい誹謗中傷、罵詈雑言を受けたことは「ヘイトスピーチ解消法」に照らせば、法的には「ヘイトスピーチ」に分類されはしないでしょうか。私は日本人としてこのような言動に加担した属性であることを(私自身の行為ではまったくありませんが)、人間として恥ずかしく思います。「ヘイトスピーチ」を批判する者が、一方で「ヘイトスピーチ」の手法を用いる――「目的のためには手段を選ばず」との疑念がぬぐえません。なにかおかしくはないですか? 

実は私がSEALDsや、これと連携する「反原連(首都圏反原発連合)」や「カウンター」「しばき隊」に、遅ればせながら疑問を持ったのは、彼らによる鄭さんへの攻撃がきっかけでした。それまで「反原連」には年間300万円ほどの資金援助をするほど親密な関係でしたし、反原発雑誌『NO NUKES voice』の6号までは「反原連」色が比較的濃いものでした。

しかし、同誌6号(2015年11月25日発行)で「解題 現代の学生運動――私の体験に照らして」という拙稿で鄭さんへの攻撃やSEALDsの思想、排除の論理などに疑問を呈するや、「反原連」から同年12月2日付けで一方的に「絶縁」を宣せられました。同誌6号発行からわずか1週間後のことです。同誌6号には、SEALDsの代表的人物、奥田愛基のインタビューも掲載されています(帝国ホテルの高級日本料理屋でインタビューするほど厚遇しました)。この時期「反原連」はまだ勢いがあり、カンパもそれなりに集まっていたので、小うるさい私たちなどどうでもよかったのでしょう。

SEALDs奥田愛基と「反原連」ミサオ・レッドウルフ
 
SEALDsとしばき隊の関係を象徴する画像。左からM君リンチに連座した李信恵、伊藤大介、激しいツイートで有名な木野寿紀、SEALDs奥田愛基

「反原連」の「絶縁」宣言に対し私は同誌次号(7号。2016年2月25日発行)で反論、「さらば、反原連」とのタイトルで「反原連」と訣別し独自の道を歩むのですが、「反原連」は世間の関心も薄れ資金的に苦しくなったからと言って、今年3月末で「活動休止」を発表しました。この11日に発売になった同誌28号にて、やはり「反原連」に苛められた植松青児さんが「反原連の運動を乗り越えるために」という題で長文の記事を書かれていますのでぜひご覧になってください。

ともかく、「反原連」「しばき隊」「カウンター」「SEALDs」「TOKYO DEMOCRACY CREW」「SADL」「男組」等々、いろいろな名称を使い、一人でいくつもの団体に関係し、それらをうまく操ることに長けた者(野間易通、ミサオ・レッドウルフ、こたつぬこ=木下ちがやら)が複数名いて、彼らの号令一下、有機的に動いたことは事実であり、一定期間、大衆を惑わせる効果は持ちました。野間、ミサオら非共産党の者らと木下ちがやら共産党系の者らが巧妙に手を組んだといえるでしょう。メディアも彼らの意向に沿って、なにかしら「新しい社会運動」が発生したかのように報じ、M君リンチ事件のような不都合なことは報じず、綺麗事を報道することに終始しました(メディアの社会的責任放棄です)。

反原連「活動休止のご報告」

彼らは暴力をちらつかせ暴言をSNSで発信し、批判者や対抗勢力を排除していきました。リンチ事件が、2015年という安保法制反対運動の盛り上がりに隠れて表面化しなかった背景にはこのような事情もあったのでしょう。「カウンター」や「しばき隊」「SEALDs」らの勢いの蔭に隠れ、あれだけの被害を受けたM君の心中はいかばかりだったのか、と想起すると、若いM君が憐れに思えてきます。M君は、未だにリンチのPTSDに苦しめられています。一方で、リンチに連座した伊藤大介は再び同類の暴行傷害事件を起こしたり、李信恵は、あたかも何もなかったかのように執筆活動や講演などに奔走したり……考えさせられます。なにかおかしいと思うのは私だけでしょうか。(文中、一部を除き敬称略)(つづく)

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』