【対李信恵訴訟控訴審報告】5・25控訴審(大阪高裁第2民事部)開始、一回で結審! 判決は7・27午後1時15分より! 私たちは逆転勝訴を信じ全智全能、総力を尽くした! どのような結果になろうとも悔いはない! 鹿砦社代表 松岡利康

当社が出版した「M君リンチ事件」(カウンター大学院生リンチ事件、しばき隊リンチ事件)関連出版物4冊と「デジタル鹿砦社通信」の記事について 一審(大阪地裁)では、李信恵の主張を一方的に認め、私たちに賠償金165万円と「デジタル鹿砦社通信」の一部削除を命じた不当判決に対して、鹿砦社は大阪高裁に控訴していました。この控訴審第1回弁論が、5月25日午前10時、大阪高裁で開かれました。

大阪地裁による不当判決のあと、論理的整合性のある判断を求め、私たちは、全智全能、総力を尽くしました。多くの方々が快く協力してくださいました。

弁護態勢は、当初からの大川伸郎弁護士に加え、元裁判官(大阪高裁にも勤務経験のある)で「日本裁判官ネットワーク」の中心メンバーとして司法を内部から変えようと長年にわたり献身された、良心的法曹人の象徴的な存在、森野俊彦弁護士に代理人として加わっていただきました。

次いで「控訴理由書」と共に「公平、公正で慎重な審理を求める要請書」を法曹、言論関係の専門家を中心に31名の皆さんより頂き、大阪高裁へ提出いたしました。

そうして心理学者・矢谷暢一郎先生(4月20日付けでニューヨーク州立大学名誉教授に任命)の「意見書」、また刑事事件でも数々の精神鑑定実績のある精神科医・野田正彰先生の「精神鑑定書」、さらには取材を手伝ってくれたジャーナリスト・寺澤有氏の「陳述書」、リンチ被害者M君の「陳述書」、加えて控訴人鹿砦社代表・松岡の「陳述書」などを提出しました。

これまでの判断基準では私たちの主張が裁判所に受け入れられないのではないか、と思慮し、松岡、寺澤氏、M君の証人申請も行いましたが、大阪高裁は「陳述書で事足りる」として、いずれも却下されました。

一審判決は、暴力を容認しリンチに加担する判決でした。M君は1時間近くにわたる殴る蹴るの凄絶なリンチによって記憶も曖昧になる中で、李信恵が出合い頭に「なんやねん、おまえ! おら!」とM君の胸倉を摑み(この事実は本人の証言で明らかです)殴り掛かりましたが、その最初の一発が「平手」か「手拳」かに異常に拘泥し、M君の記憶が変遷していることを理由に「信用できない」として李信恵の主張の全体を認めるという、まさに「木を見て森を見ない」判断となりました。この一部分で全体を判断されてはたまったものではありません。地裁の裁判官も、1時間ほどリンチを受けたらどうや、とさえ言いたくもなります。50発も60発も殴られて、正確に記憶している人などいないでしょう。

M君は一方的にリンチに遭い、この間、李信恵らは悠然とワインをたしなみ談笑するという修羅場でした。挙句に“名台詞”となった「死ぬんやったら店の中に入ったらええんちゃう」と言い放ち、リンチが終わるや、師走の寒空の下にM君を放置し立ち去っています。M君は必死でタクシーを拾い帰宅しましたが、血まみれのM君に驚きタクシーの運転手は料金を受け取らなかったといいます。

リンチ直後のM君の悲惨な顔[左]とこれに倣ってその後、ネットで流布された画像[右]。筆舌に尽くし難いネットリンチ! ここまでくると犯罪だ!
リンチ後になされたセカンドリンチの一例。「反差別」とか「人権」とかうそぶく者はここまでやるのか

◆リンチ被害者M君と出会って5年──

私たちがM君と巡り会ったのはリンチ事件から1年余りも経っていましたが、李信恵や彼女の周辺は事件の隠蔽を図り、それは成功するかに見えました。しかし、悪事は必ず発覚します。私たちは偶然にこの事件を知り救済を求めてきたM君に対して、救済・支援と真相究明に関わることにし、それから5年余りが経ちました。断ろうと思えば断れたかもしれませんが、この時の私の選択は間違いなかったと今でも思っています。

鹿砦社は特別取材班と共に地を這うような徹底した取材により、これまでに6冊の出版物にして世に問いました。マスメディアが李信恵を、あたかも「反差別」運動の旗手であるかのように表面的な虚飾を報じ、しかし凄惨なリンチ事件を報じない中、私たちの努力は、心ある少なからずの方々の琴線に触れ共感を得ることができた、との感触が確かにあります。

控訴審は一回結審となりました。私たちは大袈裟かもしれませんが、死力を尽くしました。また一審判決の誤判部分も明らかにしましたので、基礎的な読解力と論理に立脚すれば、即日結審であろうと、私たちに不利な判断はないものと信じます。もし敗訴があるとすれば、一審同様、法務局や大阪弁護士会がイベントの講師として招く李信恵に忖度した場合でしょう。

典型的な村八分行為「エル金は友達」活動。これでM君は精神的に滅入ったという
同上
これだけハッキリ言われるとは……。これをツイートした呉光現は某キリスト教組織の幹部。当然抗議したら腰砕けになった

私たちが問いかけたのは、差別の根源に関わる問いです。表層は若者に対するリンチ事件でありましたが、その深層にはさらに深刻な民族差別(在日コリアンに象徴的な)が横たわってはいないか? このことは何度でも繰り返したいと思います。私たちが取材を通じて知り合った在日コリアンの方々は、「差別」や「人権」を弄ぶ似非反差別主義者を強く批判され、李信恵やコリアNGOセンター幹部らのリンチ事件への狡い対応が、逆に在日コリアン全体が狡いという悪いイメージを増幅、拡大すると言われました(しかしみな報復を怖れ表立っては言えないと忸怩たる表情で語られました)。

詳しくはいずれ「デジタル鹿砦社通信」や続編出版物などで報じたく思っています。

判決がどうなれここで一区切りと言ってよいでしょう。これまで陰に日なたに応援していただいた皆様に深く御礼申し上げます。私も、特別取材班の中心メンバーたちも大阪地裁における不当判決以降、全力で突っ走ってきました。正直25日の期日のあとは、若干の疲れが出たことも事実です。

私はこの件が、きっちり片が付くまでは引退しません。引き続きご注目とご支援をお願いいたします。

【追記】傍聴に、リンチに連座した伊藤大介が来ていました。わざわざ関東から来たようです──彼は保釈期間中だと推察されますが、そうであれば移動制限はないのでしょうか。一審の裁判終了後、李信恵らと出掛け深酔いして深夜極右活動家を呼び出し暴行に及び事後逮捕→起訴→保釈、現在横浜地裁で非公開の争点整理が数回なされたとの噂を聞きました。

伊藤やしばき隊・カウンター界隈は箝口令を敷いているようで、その後の経過が判りません。ふだん饒舌な神原弁護士も一切ツイートしていません。一度のりこえネットの「NO HATE TV」で神原弁護士や、安田浩一、野間易通らは「伊藤の事件を伊藤が被害者であるヘイトクライムだ」と語っているのですから、無罪を確信するのであれば広く社会運動、反差別運動に於いて、きちんと公開し報告すべきでしょう。

伊藤の行為の司法的な処罰は、まだ結果が出ていないようですが、裁判が終わって飲み歩き、酒の勢いで気に食わない者を呼び出し暴行を加える──M君リンチ事件と同じ行動により事件が起こったことは間違いないのですから。蛇足ながら今回は、幸か不幸か非常事態宣言で飲み屋は営業していませんでしたが、果たして伊藤は何事もなく神奈川県平塚市の自宅に戻ったでしょうか。

昨年11月24日の一審本人尋問のあと同日夕方のSNS。これから数時間後の25日未明、伊藤らは極右活動家を呼び出し暴行、後日逮捕される

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

【速報!! 対李信恵訴訟控訴審】5・25控訴審開始、一回(即日)で結審! 渾身の闘いの後半総括として 鹿砦社特別取材班

◆闘いは高裁で「即日結審」

これまで重ね重ねお伝えしてきた、「M君リンチ事件」から派生した、鹿砦社と李信恵(元は鹿砦社が原告であったが、それを不服として李信恵が反訴も、裁判所に求められず別訴)の大阪地裁における不当判決を受けて、鹿砦社が控訴した大阪高裁における初回にして、結果的には最終期日となった弁論が本日(5月25日)10時から大阪高裁で開かれた。

 
闘いの舞台・大阪高裁

詳細はあすの本通信で松岡が述べることとなろう。

日本は「3審制」だといわれている。けれども「司法改革」以降、民事訴訟の控訴審での「即日結審」割合は8割を超えている。どういうことかといえば、地裁判決に不服があって、控訴しても、高等裁判所はその8割以上を書面だけで判決に結び付け、2回、3回、あるいはそれ以上の弁論が行われることは、非常に少ないということである。

このような司法の現状にわれわれは、無知であったわけではなく、「即日結審」の可能性も大いにありうると思慮し、しかし、そういった場合でも最大限大阪地裁から下された「間違いだらけ」の判決は、取り消してもらわなければ、法治国家の体をなさない、と考え全知全能を控訴審に傾けてきた。

結果は冒頭で述べた通り、「即日結審」であった。だからといって、われわれの主張が控訴審判決に、反映されないという決断が下されたわけではまったくない。大阪地裁と大阪高裁は、異なる価値観や判断を持ちうるし、相互は基本的に「不干渉」の間柄であるはずだ。

そして、われわれは、司法の場に判断を委ねはしたもの、かりに勝とうが負けようが、それが、本質的な価値基準であるとは考えてはいない。これまで繰り返し述べてきたが、裁判所の判断は、いわば法務省(さらには国そして「国家」)傘下での現行法というルールに沿っての争いであり、そこではわれわれが肉感する本質的な「真実」が必ずしも正当に評価されない史例は枚挙にいとまがないからだ。このことは自明だ。

であるから、われわれは、判断の一基準として司法に「この真実をいかに裁くか」を問うたのである。

[左]これを見て、まともな人間なら絶句するだろう/[右]加害者・李信恵と金良平

◆われわれは「正義」に立脚していない!

相手方代理人は「正義だ!」との旨を自身のTwitterでたびたび発信して、ためらわない御仁である。

ここがわれわれと、相手方の決定的な違いなのだ。

[左]「正義だ」「正義だ」とやかましいわい!/[右]「正義」の裏で暴力! 「正義の暴走」は許されない!
 
事件当夜「日本酒に換算して一升近く飲んでいた」と臆面もなくツイート

われわれは、みずからが「正義」であるなどとは、まったく思ってはいない。「正義」は立場により多義的、多様であり、人間界に「絶対正義」などありうるはずがないし、「自分が正義だ!」とある力や立場を持った人間が、妄信、暴走したとききに「歴史の不幸」が必ずおきているからだ。歴史の反転、価値の止揚は想像を超えて多義的であり、「正義」は軽々しく口にすべき概念ではない、とわれわれは認識する。

「M君リンチ事件」は、あまりにも酷い。被害者「M君」のおかれていた境遇は、どう考えても理不尽だ。そして「反差別」を標榜する人たちのあいだで、このような行為が是認されるのであれば、それはあたかも今日的に例えるのであれば「コロナ禍で御託を並べて五輪を強行する」にも似た、人倫に照らして断じて許せない行為だとの直感から生じたのが、われわれの営為であった。そしてその根本には絶対に譲ることのできないわれわれの「反差別」が横たわっていたことを、再度宣言する。

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

どうしてわれわれは「M君リンチ事件」に関わったのか? いよいよ明日、対李信恵訴訟控訴審開始! 第1回弁論(5月25日午前10時~ 大阪高裁第2民事部 別館82号法廷)に圧倒的なご注目と応援を! 鹿砦社特別取材班

この5年間、われわれが問うてきた問題の核心は、何であったのだろうか。松岡にとっては2005年に急襲された言論弾圧の際救援の手を差し伸ばしてくれた方々(社会)への謝意もあったであろうし、自身が学生時代に経験した「内ゲバ」が内因になっていたであろうとも推測される。

 
すっかり有名になったリンチ直後のM君の顔写真。血の通った人間なら、これを見たらよほど酷いリンチが行われたことを窺い知るだろう。本人尋問で「李信恵さん、どう思いますか?」との問いに何も答えなかった

では、松岡よりもかなり世代が下のメンバーで構成された特別取材班を突き動かした動機は、どのようなものに由来していたのであろうか。大まかな打ち合わせを行うことはあっても、個々の思想信条には一切立ち入らずに「一致点」を見つけることは可能であり、その「一致点」が5年以上にわたる継続取材を可能にせしめた、ということであろう。その「一致点」とはいかなるものであろうか。

松岡にもたらされた情報は、鹿砦社の複数社員にも共有され、のちに特別取材班の陣頭指揮を執ることになる田所敏夫にもほどなく伝えられた。「特別取材班」などと書けば、大きな所帯を想像されるかもしれないが、結果的に10名以上の協力者を得ることになったものの、当初より戦略的な布陣が引かれていたわけではない。田所がこの問題に腰を上げた理由についても、自身の口から語られたことはない。

◆世界情勢やコロナとも無縁ではない不条理に満ちた「M君リンチ事件」

顧みるのではなく、今日の世界を見渡してみよう。パレスチナではイスラエルとの全面衝突が発生し、第二次大戦後の表出した矛盾の一つである「中東問題」が依然として解決を見ず、悲劇は繰り返されていることにわれわれは、さらなる注意を向けるべきではないか。停戦がなされたとはいえ、世界の歴史を貫く矛盾の結晶が「パレスチナ問題」には内在されている。あたかも「双方に言い分がある」かのごとく報道し、パレスチナへのユダヤ人「入植」という名の「軍事侵略」についての批判を行わない言説には、まったく意味はない。

第二次大戦後冷戦構造を立ち上がらせた「東側陣営(社会主義陣営)」は20世紀の終末を待たずに消滅し、「東西問題」は「民族問題」へと変化を遂げた。かといって残存した「西側陣営」が勝利者であったかと言えば、そうは言い切れない。中国の台頭に怯え、軒並み国家財政が破綻レベルに累積赤字が膨らんだ「先進国」では、産業の成長などは見込めるはずもないのである。ひたすらITの可能性に活路を見出そうとするか、あるいはまったく実体経済とはかけ離れた、担保のない「仮想マネーゲーム」に没頭するしか、未来像は描けていない。つまり西側陣営も、明らかに危機に瀕している。

新型コロナウイルスは、中国の奥地に生息するコウモリに宿る(「宿主」と呼ばれる)ウイルスが人間界に入ったことで生じた疾病であると、ほぼ原因は判明した。その感染症が世界的に広がったことに、われわれは困惑し大騒ぎしているのだ。

こんなことと「M君リンチ事件」がどのように関係するのか、と訝しがられる読者も少なくないであろう。しかし、一見まったく関係のなさそうな「中東情勢」と「新型ウイルス」のパンデミック、さらには「M君リンチ事件」の間には、今となれば幾つもの共通項を見出すことができる。

控訴審から鹿砦社の代理人に就いた森野俊彦弁護士を『週刊金曜日』今週号に3ページにわたり紹介、掲載発売中の号なので1ページのみ紹介、特集は「これでいいのか裁判所」、購読し全体をご覧ください。森野弁護士は元裁判官、大阪高裁にも勤務。1971年任官、この年、同期の7名が任官拒否され異議を申し立てる。「もの言う裁判官」として青法協(青年法律家協会)、「裁判官ネットワーク」などで積極的に活動。宇都宮健児、澤藤統一郎、梓澤和幸弁護士らは同期

◆本質は「体感の痛み」だ

まず、初期対応のまずさだ。「反差別」を標榜する団体なり集団が、暴力事件を起こすのは非常に具合が悪い。差別者に付け入られる隙を与えかねないし、運動内部からも「何をやっているんだ!」との声が上がってくるだろう。だから、加害者(3名)は、被害者M君に宛て「謝罪文」を書いた。そこまでは正しかったし、そのまま被害回復へ向かえばM君が困り果て、鹿砦社に相談してくることはなかったのだ。

同様の初期対応のまずさを「新型コロナウイルス」に対する、日本政府の姿勢に照らしてみよう。2019年冬には武漢での集団発生が、日本でも報じられていた。しかしその時点でウイルスの詳細情報は伝わっていない。感染症予防の原則は、感染者、あるいは感染した可能性のある人の隔離と、徹底した検査だ。しかし、日本は武漢をはじめ、中国全土やその他の国との航空機発着制限を行う意志はまったくなく、結果として2020年初頭から統計に表われる感染者が増加する。

志村けんや岡江久美子が亡くなり、急激に庶民の危機感は高まるが、政府の対策はすべて後手後手であった。「アベノマスク」のバカらしさは誰にでもご理解いただけるだろう。そして無能どころか有害な政府は、あろうことか「Go Toトラベル」などという、税金を注ぎ込んだ「感染拡大策」までを強行してしまった。高校の生物学レベルの知識で判断すれば、「無謀にもほどがある」と簡単にわかる愚策は、当然感染拡大を招いた。

「謝罪文」を書き「活動自粛」を約束しながら、それを一方的に反故にして、被害者の気持ちを踏みにじる行為を選択した李信恵と「李信恵さんの裁判を支援する会」の卑劣さは、わかりやすく例えれば「Go Toトラベル」と同じように大きな間違いであった。

しかし、一度方向を定めると、方針転換は容易ではない。見るがいい。誰が今「東京五輪」開催を望んでいるのか。どの調査を見ても、質問項目にバイアスがかかっていなければ8割以上の人が開催を望んでいない。そうでありながら、日々馬鹿げた「聖火リレー」を感染拡大というおまけ付きで、止めることのない「反知性」はいったい何者なのだ。

ユダヤ人はナチスにより虐殺された。筆舌に尽くしがたい民族浄化の歴史は、世界に知れ渡っている。なのに、どうしてそのユダヤ人の国家・イスラエルがパレスチナの人々を虐殺し続けるのだ。被害者としてユダヤ人は「体の痛み」を持っているはずだ、とわれわれは思うし、思いたい。「体の痛み」は「差別」と置き換えてもよい。ここでイスラエル情勢と「M君リンチ事件」は結び付くのだ。

長く差別されてきた「体の痛み」の歴史を持つのは、在日コリアンとて同様だ。大日本帝国侵略により祖国を蹂躙され、多数が日本に強制連行、あるいは仕方なく渡った歴史は消しがたい。その史実により受ける差別への反対運動は、健全な方向と方法で継続されるべきであるとわれわれも認識する。歴史修正主義者の跋扈は、近年ますます目に余るのだから。

けれども、「M君リンチ事件」のように、誤った(つまりユダヤ人がパレスチナの人々を攻撃し続けるように)事件を起こしてしまう、そしてそれを隠蔽してしまうことは、「反差別」を標榜する団体だからといって、許されるものではない。むしろ反差別をめざす人々には、崇高な思想と行動が伴わなければ、空疎な形骸と化してしまう危険性がある。

李信恵代理人の神原元弁護士(左)。右は師岡康子弁護士

つまり、李信恵や、事件隠蔽の中心的役割を担った「コリアNGOセンター」の幹部たち、または、これらの支持者や隠蔽に関わった者らの「M君リンチ事件」への対応は、極めて不適切であるのだ。「反差別」「人権」に立脚した崇高な思想などは破片も見当たらず、自己保身のために、場当たり的な対応の連続であり、それは「狡い」といわれても仕方のない姿である。そして、「反差別」に立脚していながら、厳しい忠言でも発する一部の人々以外の人間の中には、口には出さずともかえって「差別」感を深める人もいる。在日コリアン全体が狡いと認識し、差別意識は拡大してしまうのだ。これこそわれわれが最も危惧し、それゆえ「火中の栗」を拾わなければならなかった理由でもある。取材班の内部や周囲の在日コリアンの方々も、同様の懸念を示されていた。この点で、リンチ事件を惹き起こした李信恵、その後の対応を誤ったコリアNGOセンターや隠蔽に関わった者らの責任は重いのだ。

 
闘いの舞台は大阪高裁に移る

特別取材班は、2021年5月においてこうしたことを確信できているし、約5年前の松岡の判断も、そのような体験を含んでいたのではないかと想像するのだ。

明日はいよいよ、鹿砦社に対し名誉毀損で賠償金165万円もの支払いと、本通信の記事削除を命じた一審大阪地裁判決に対する控訴審の第1回目期日である。一審原告(被控訴人)は李信恵(当然、一審被告・鹿砦社は控訴人として、くだんの一審判決の取り消しを求めている)。お時間のある読者諸氏は、本文の左側に《M君リンチ事件》とのタグがあるので、是非過去の記事を見返していただきたい。われわれが名誉毀損に当たる記事を書いたかどうかを、裁判所だけではなく、「一般市民」の感覚からもご判断いただきたい。

われわれは、名誉毀損に当たる記事は絶対に書いていないと確信している。思い込みではない。カネとヒトを動員してスクープを連発する「文春砲」にも負けない、徹底した証拠の確認と取材により判明した事実を積み上げた上で、すべての記事を書いているからだ。飛ばし(裏付けを取っていない記事)は一つもない。すでに6冊にまとめ世に問うた関連書籍をお読みいただけた皆様方には、おわかりいただけるだろう。

本件に、引き続きご支援とご注目をお願い申し上げたい。

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

[カウンター大学院生リンチ事件 対李信恵訴訟控訴審に向けて5]裁判所(大阪高裁)に、暴力を排しリンチを叱責する、公平・公正で慎重な審理を求めます! 控訴審への私の決意表明 来る第1回弁論(5月25日午前10時~ 大阪高裁第2民事部 別館82号法廷)に圧倒的なご注目と応援を! 鹿砦社代表 松岡利康

「カウンター大学院生リンチ事件」は、別称「しばき隊リンチ事件」とも呼ばれ、かつてはネット上で「十三ベース事件」ともいわれていました。「反差別」運動内部で、その中心メンバーらによって惹き起こされたリンチ事件の被害者救済・支援に私たちが関わり始め、リンチ被害者M君に出会って5年余りが経ちました。

よかれと思って始めた彼への支援活動でしたが、李信恵によって鹿砦社が提訴された、現在控訴中の係争では、あろうことか一審では165万円という高額の賠償金等を課せられるという皮肉な判決を下されました。「まったくおかしい。なにかおかしい」との想いは消えません。

この分載の前回「4」で引き合いに出した16年前のケース同様、壁は厚く、かつての「ベルリンの壁」のようです。

しかし、16年前のケースにおいて私たちは、一敗血にまみれ地獄に落とされはしましたが、私たちをハメた徒輩は、その後相次いで土壺(ドツボ)に嵌っていきました。強い意志を堅持し立ち向かえば、勝利は必ず社会正義のほうに微笑みます。逆に社会的不正義はやがては断罪されるでしょう。

ちなみに、16年前の「名誉毀損」事件について今だからこそ明かしますが、旧アルゼ創業者・岡田和生の逮捕、失脚には、世界的通信社・ロイター通信の国境を越えた取材が貢献しています。ロイターの記者は何度も西宮に足を運び、そのたびごとに私の話に真剣に耳を傾け、少なからずの資料も持ち帰り、粘り強い取材で岡田らの贈収賄疑惑を固め全世界に配信したのでした。今回のリンチ事件も、4冊の書籍(保釈後、裁判報告やパチンコ業界の情況などを編集した2冊の本を出版)にまとめた、その時の取材以上に展開したということを申し述べておきたいと思います。こちらも最新刊の『暴力・暴言型社会運動の終焉』まで6冊を発行しています。

◆李信恵は、いまだにリンチのPTSDに苦しむ被害者M君に真摯な謝罪をすべきです

M君は今でもリンチのPTSDに苦しんでいます。一方リンチの口火を切った李信恵は、彼女の言動から反省の色など見えず、「反差別」「人権」運動の旗手であるかのように持て囃されています。なんという不条理でしょうか。大阪弁護士会や多くの行政、人権団体などが講師として呼ぶ人物。在日コリアンで女性であることに対する「複合差別」で極右団体らに相次いで勝訴判決を出した「反差別」運動の旗手・李信恵には裁判所も忖度をした判決を下さなければならない、かのような“歪んだ事実”があるとは信じたくありません。

「反差別」「人権」を説くのであれば李信恵は、まずは被害者M君に心からの謝罪を行い、できうる限り彼の心を慰撫するところから始めなければならないのではないでしょうか? 「まずは事件直後に出した『謝罪文』に立ち返れ」とは私が何度となく主張していることです。著名な精神科医の野田正彰先生は先に引用した「鑑定書」の結論として「病の改善は、加害者たちの誠実な謝罪と本人の自尊心の回復に影響されるだろう」と指摘されています。同感です。何よりも李信恵は日頃から「人権」という言葉を頻繁に語っているのですから。

裁判所(大阪高裁)には、ぜひ李信恵に厳しく反省を促すような判断を求めたいと思います。

昨年11月24日の本人尋問での李信恵(画・赤木夏)
同じく本人尋問。リンチ後のM君の凄惨な顔写真を示し李信恵を追及する松岡(画・赤木夏)。李信恵はまともに答えず沈黙。

◆裁判所の甘い判断で同じ犯罪を繰り返す人たち

私たちはこの5年間、李信恵ら加害者が、このまま真剣に反省しないならば同種の事件は繰り返すだろうと再三再四警鐘を鳴らしてきました。

私たちの“予感”は不幸な形で当たり現実化しました。昨2020年11月24日の一審本人尋問が終わり、李信恵と傍聴に来ていた伊藤大介氏らは飲食に出掛け、おそらく深夜まで飲み歩いたのでしょう、日付が変わった25日未明、極右団体活動家の荒巻靖彦を電話で呼び出し、伊藤を含む複数の者で激しい暴行を荒巻に加え令状逮捕‐起訴されています(別掲『産経新聞』2020年12月8日朝刊記事参照)。

同日夕方、本人尋問が終わり飲食している様子をSNSで発信。この後、数時間して日付が変わり伊藤大介ら複数で極右活動家・荒巻靖彦を呼び出し暴行
伊藤らによる傷害事件を報じる『産経新聞』2020年12月8日朝刊20面(大阪版)
 
11月25日の神原元弁護士のツイート

伊藤は関東で別途暴行傷害事件を起こし、これと併合して横浜地裁で公判(非公開の争点整理)がすでに数回行われているようです。1年以上も隠蔽されてきた本件リンチ事件もそうでしたが、「男組」(しばき隊の最過激派といわれる)組長・高橋直輝(添田充啓)の不審死などと同じく、伊藤本人、弁護人の神原弁護士、直前まで一緒に飲食を共にしていた李信恵、議員特権で警察への情報収集を行った有田芳生議員、逸早くC.R.A.C.名で声明を出した野間易通、それに賛意を示した中沢けい、香山リカら中心メンバーらが頑なに沈黙を守っているので公判の推移は判りません。これもまた“隠蔽”か? 都合が悪いことはみな隠蔽するのが彼らの流儀らしいです。これはダメでしょう。

そういえば、特別取材班の取材に対して、フリージャーナリストの安田浩一や関西学院大学教授の金明秀は「刑事事件になった時点で、社会に明るみになっている」旨の回答を寄せていましたが、伊藤大介の刑事裁判進行について、私たちは何の情報も持っていません。私たちが無知だからでしょうか。そうではありません。みずから(もしくは代理人弁護士)が報告するか、新聞報道などがない限り、刑事裁判の様子など、一般市民には伝わらないのです。

 
11月27日の有田芳生参議院議員のツイート

伊藤は、M君リンチ事件に連座した者で、M君が加害者5人を訴えた訴訟の一審判決では約80万円の賠償金を課せられていますが、控訴審では取り消されています。別訴一審における伊藤共謀を認めた判断は正しかった(ただし、李信恵の共謀を認めなかった点は論理矛盾です)にもかかわらず、別訴控訴審で大阪高裁は、あろうことか、この部分を取り消し、伊藤の共謀を免責してしまいました。この誤判が、私たちが警告した通り(しかも因果なもので本件一審裁判期日の直後)反省もなく、同種の暴行傷害事件を起こす要因となりました。実際に事件が起こったのですから、ここでは敢えて断言します。

裁判所(2件の裁判で非常識で不当な判決を下した大阪地裁と、別訴一審の伊藤大介への賠償を取り消し免責した高裁)には苦言を呈します。本通信で以前述べたように、この係争は民事であり、刑事事件ではないにもかかわらず一審被告・鹿砦社(控訴人)に捜査機関と同レベルの取材を求めるかのような判断を下しました。それでいて、先日の本通信でお伝えした通り初歩的な(素人的と言っても過言ではありません)証拠資料の見落としがなされています。取材し明確に活字にしているにもかかわらず「取材していない」などと、堂々と判決文に書かれては、勝てる道理がありません。

M君リンチ事件隠蔽活動に勤しむ加害者や支持者ら(『カウンターと暴力の病理』グラビアより)

他にも一審大阪地裁第24民事部は最初から証拠資料を精査するつもりがなかったと感じることがありました。

本件一審第1回期日に証拠資料原本(リンチ関連本5冊)を提出しようとしたところ、当時の増森珠美裁判長は、「必要ない」と受け取りさえ拒絶しました。私は毎回出廷するのですが、この日は急に片目が見えなくなるという不測の事態が発生し出廷できませんでした。こういう時に、問題は起きるものです。

増森裁判長は、以前に李信恵が極右団体・在特会らを訴えた訴訟で彼女に勝訴判決を下した裁判長でした。証拠資料原本を受け取らず「名誉毀損」の裁判でまともな判断ができるでしょうか。

このように過去李信恵に勝訴判決を出した裁判官が裁判長であり、証拠を受け取らず「邪魔になるから持って帰れ」といった趣旨の発言をするので、到底公正な判断は望むべくもなく、裁判官忌避申立をしようと書面も準備していた、まさにその日の朝、増森裁判長は急遽異動になりました。前述の通り冒頭から、増森裁判官の態度には不公平、不公正を感じていました。増森裁判長が異動したとはいえ(異動先の裁判所で『週刊金曜日』敗訴の判決を下しています)、合議体ですから他の裁判官は残り実質的な態勢は維持されたようです。市民感覚からすれば、なにか腑に落ちません。

はじめから結論が決まっていたかのように、証拠原本受け取りを拒絶したり、捜査機関レベルの取材を要求したり、証拠の内容を見落としたり、杜撰な審理をしたりと、加害者(李信恵ら)に甘く被害者(と、これを支援する私たち鹿砦社)に厳しいのが「人権の砦」だといわれる裁判所なのでしょうか? そうではないことを信じたいものです。

◆終わりに──

本件控訴審にあって裁判所(大阪高裁)は、一切の予断と偏見を排し、まさに虚心坦懐に本件資料を読み込み、私たち鹿砦社の主張に謙虚に耳を貸し、公平・公正で慎重な審理を尽くすことを心より願います。

証拠資料にまともに目を通さないような一審判決は、まさに〈誤判〉と断ぜざるをえず、取り消されるべきです。

そうして裁判所が、一審判決のように暴力を容認しリンチに加担するのではなく、人権的見地からリンチ被害者を慮り、真に〈人権の砦〉たる威厳を宣揚することを強く希求いたします。〔了〕
(本文中敬称略)      

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

[カウンター大学院生リンチ事件 対李信恵訴訟控訴審に向けて4]私は「因果応報」という諺を信じます――16年前の「名誉毀損」事件の教訓 鹿砦社代表 松岡利康

以下は、これまでお伝えしてきた、直近の訴訟とは直接関係はありませんが、私たちがM君を救済・支援しようと思った動因の一つですので、あえて申し述べます。

◆地獄に落とされ多くの方々に助けられた私たちは、リンチ被害者M君を救済・支援することを決めた!

5月10日の本通信でも記述し一部繰り返しにもなりますが、私自身が逮捕された16年前、2005年の鹿砦社に対する“事件”を想起し、本件リンチ事件との関連など記述してみたいと思います。

私はパチンコ業界の闇を追及した「名誉毀損」事件で逮捕‐長期勾留(192日間)されました。今振り返ると、この弾圧は神戸地検と朝日新聞大阪社会部が仕組んだ、いわば“官製スクープ”でした。味方顔して近づいてきた朝日新聞にはまんまとハメられました(ちなみに、昨年この事件から15年ということで、今は大阪社会部の「司法キャップ」で、当時担当だった平賀拓哉記者に会って話を伺おうとしたら逃げ回っていますが、平賀記者にジャーナリストの矜持があるのであれば、もう15年経ったのだから恩讐を越えて会って話をするぐらいすべきでしょう)。

松岡逮捕を報じる朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日朝刊

さて、私は「巨悪に立ち向かう」という、自分なりの正義感と覚悟で事に当たり(どこかの誰かがのたまう軽薄な「正義」ではありません!)ました。有罪判決(1年2月、執行猶予4年)を受けつつも執行猶予も終わりましたので、なんら恥ずべきことでも隠すことでもなく、今は笑って語れます。ところが、世間の眼はそうではないようです(後述)。

あの事件はまさに言論・出版弾圧でした。私たち鹿砦社は壊滅的打撃を蒙りどん底に落とされました。その時、偶然ながらM君の父親の大学の仲間だった方(今回「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」に署名賜った重村達郎弁護士、赤川祥夫牧師)らも含め多くの方々(別途画像参照)に助けてもらったではないか、そうしたサポートで会社を再建し今鹿砦社や私が在るのはその時のみなさん方のご支援のお蔭ではないか、と思い返しました。そうであれば、社会に助けていただいた恩返しとしても、私たちのところに助けを求めてきたリンチ被害者M君を救済・支援しようとは思いました。

しかし、小なりと雖も会社の経営者としては、諸事情もあり逡巡しました。当時、私が生業として出版活動を始めて20年余り経っていました。その初心は、修羅場にあってこそ逃げず、巨悪に立ち向かうためだったのではなかったのか。、もしリンチの肉体的被害と、その精神的被害(PTSD)、さらにはセカンドリンチ(ネットリンチと村八分)に苦しむ被害者の青年を見棄てたら、残り少ない私の人生に悔いが残る、と躊躇する自身を叱咤し、問題解決に関わる決意を固めました。こうした私の判断は絶対に間違いなかったと今でも信じています。

先の「名誉毀損」事件は当時、神戸地検からリークされた朝日新聞の一面トップはじめマスメディアで大きく報道され、裁判の経過も継続して報道されました。鹿砦社のイメージは著しく悪化し、この予断と偏見が本件訴訟に影響することはないと信じますが、一審判決を見るに私たちのみならず多くの方々が疑問を感じています。「大阪地裁は、これまで李信恵に勝たせ続けていているので、行きがかり上李信恵を負けさせることはできないだろう。裁判官の中に予断と偏見で悪いイメージのある鹿砦社に勝たせるわけにもいかない、との判断があったのではないか」と感想を述べる専門家もいました。大阪高裁では鹿砦社に対する予断と偏見なく審理されるものと思いたいものです。

松岡逮捕を報じる朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日夕刊

ここで少し“寄り道”をします。刑事事件で判決が確定し、執行猶予付きの場合、この期間、無事に過ごしたら、前科は残り(権力のプロファイリングに記載はされ)ますが、なんら咎められることもなく仕事や社会活動ができなければなりません。本来これが民主主義・法治社会の本来の姿でしょう。しかし、それは建前であって、現実にはそうではありません。

鹿砦社や私の場合、新規に銀行口座を開けなくなりました。銀行口座開設拒否は、1行ではなく複数ありました。そのうち1行には会社、個人合計で5千万円ほどの預金がありました(従前から取引実績があったという意味です)。理不尽な「口座開設拒否」に直面し、やむなく3行に対して民事訴訟を起こしましたが、全部敗訴しました。特にゆうちょは、当初審理さえしないという強硬姿勢でした。

この件については、いずれ詳述したいと思いますが、銀行は口座開設拒否の理由として、くだんの朝日新聞のコピーを示しました。このように、この「名誉毀損」事件は、鹿砦社についての社会的イメージの悪化と共に、現実的なビジネス上の不利益をもたらしているのは遺憾なことです。

多くの方々が支援に名を連ねてくれた

◆「名誉毀損」事件で私たちを苛めた者らに相次いで不思議なことが起きた

また、その後日談として、私たちがみなさん方のご支援を賜りながら会社再建に努めている一方で、不思議な事件や出来事が相次いで起きました。

「名誉毀損事件」時の捜査責任者の神戸地方検察庁特別刑事部長・大坪弘道検事は、のちに厚労省郵便不正事件証拠隠滅で逮捕され有罪判決が確定し失職します。私を取り調べた主任検事の宮本健志検事は深夜泥酔し市民の車を傷つけたことで検挙、被害者との示談が成立し刑事事件としての立件は免れましたが、降格〔徳島地検次席検事から平検事へ〕・戒告処分を受けています。

松岡に手錠を掛けた宮本健志主任検事の泥酔大立ち回りを報じる『徳島新聞』2008年3月26日朝刊
鹿砦社弾圧を指揮した大坪弘道元神戸地検特別刑事部長逮捕を報じる『朝日新聞』2010年10月2日朝刊
 
旧アルゼ創業者オーナー岡田和生逮捕を報じるロイター2018年8月6日付け電子版

さらに、私を「名誉毀損」で刑事告訴し3億円もの巨額損害賠償を求める民事訴訟も同時に起こした当該大手パチンコメーカー「アルゼ」(当時。現ユニバーサルエンターテインメント)について、元警察官僚で参議院議員だった阿南一成社長は、社会的問題企業との不適切な関係で辞任に追い込まれ、創業者オーナー岡田和生は、フィリピンでのカジノホテル開業に伴う贈収賄容疑等により海外で逮捕され、みずからが作り育ててきた会社からも追放されています。

これだけの名うての人物がこぞって鹿砦社と私に対し攻撃してきたわけですから一地方小出版社にすぎない鹿砦社が太刀打ちできるわけがありません。裏に何かあるのは、誰しも想像するところでしょう。

私は「因果応報」という諺を信じます。人をハメた(悪意を持って陥れた)者は、いずれ自分に応報があり、みずからも陥れられるということでしょうか。

何が言いたいかと言えば、当時は彼らのほうが圧倒的に社会的地位も名声も権力もあったわけですが、裏では法的に、あるいは社会通念から逸脱した行為に手を染めていた。そのことが暴露され、鹿砦社弾圧に手を染めた集団の主だった人物は、見事に社会的地位や名声も失くしました。

本件で言えば、李信恵にしろ彼女を庇いリンチを隠蔽してきた国会議員、学者、知識人、ジャーナリストらの社会的地位や名声は、鹿砦社や代表者の私などよりも圧倒的に上位に在ります。しかし、本件リンチ事件の真相や本質、そして隠蔽活動など裏で何が行われていたかが、もっと広く知られれば、関係者の社会的地位や名声は一瞬にして崩壊する、ということです。彼らがリンチの存在を頑ななまでに否定し、あるいは隠蔽活動に必死になったりシラを切ったりするのは、こういうことを自覚しているからかもしれません。(本文中敬称略)

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

[カウンター大学院生リンチ事件 対李信恵訴訟控訴審に向けて3]裁判所(大阪地裁)は、なぜ異常に「平手」か「手拳」に拘泥するのか? このことで「木を見て森を見ない」判断となり初歩的誤判を犯しています! 鹿砦社代表 松岡利康

以下は前回に続き、李信恵から「名誉毀損」で鹿砦社が提訴され、不当な判決を下した大阪地裁の粗雑極まりない判断に対して、控訴審に提出した、私の「陳述書」をもとに(一部わかりやすいように加筆してあります)鹿砦社、ならびに、特別取材班の想いを綴ったものです。
 
◆鹿砦社は控訴審で、心理学者・矢谷暢一郎先生(ニューヨーク州立大学名誉教授)の「意見書」と精神科医・野田正彰先生の「精神鑑定書」を提出! 裁判所(大阪高裁)は、これらの科学的知見を直視すべきであり、もし一審判決を是認するのなら、これらの科学的知見を覆す、それ相当の理由が必須です!

 
リンチ直後のM君の写真。これを見て、あなたはどう思うか?

本件一審判決や、リンチ被害者M君が李信恵ら加害者グループ5人を訴えた訴訟(終結済み)の判決で裁判所は、李信恵によるM君への出合い頭での殴打が「平手」か「手拳」かに異常なまでに拘泥し、M君の記憶が曖昧で発言が変遷したことをもってM君の発言を「信用ならない」(本件一審判決)、「信用性に欠ける」「信用できない」(別訴一審判決)としています。

こうした大阪地裁の2つの判断について、本件訴訟では一審被告とされた私たち鹿砦社(控訴人)は、今回の控訴審に於いて、心理学者・矢谷暢一郎先生(つい最近〔4月20日付け〕ニューヨーク州立大学名誉教授を拝命)の「意見書」と精神科医・野田正彰先生の「精神鑑定書」提出しました。「意見書」と「鑑定書」を読めば、凄惨なリンチを受けた被害者M君の記憶が飛んだり曖昧だったりすることはありえ、むしろ当たり前だということが判るでしょう。今回の控訴審で裁判所(高裁)が一審判決を是認するのであれば、矢谷、野田両先生の「意見書」や「鑑定書」を覆す、それ相当の理由が必須です。

素人のリンチではなく、プロのボクサーでも(つまり顔面や胴体を「殴られる」ことを仕事にししている人でも)これだけの凄絶な暴力を1時間近くも受けていれば、記憶は飛びますし曖昧にもなります。裁判官は地裁にしろ高裁にしろ、これまでの人生で、これだけ凄絶な暴力、つまり1時間ほどにも及ぶ暴力を受けたことがあるでしょうか? おそらく、ないでしょうが、裁判所は被害者救済の観点から、虚心坦懐に証拠に向かい合い、法的合理性を持った判断を下すべきです。激しい暴力を受けた者の被害に寄りそうべきですし、その事実を報じた私たち鹿砦社に賠償金やブログ記事の削除を求めるような不当な判断は、司法の名において、その権威を汚すものであると認識すべきです。

M君へのリンチと私たちの出版をめぐる、大阪地裁の2つの判断は、心理学、精神医学の専門家の分析・診断、また一般市民の感覚から、絶望的にかけ離れています。裁判所は真に「一般読者の普通の注意と読み方を基準」(一審判決)として審理し判断しなければなりませんし、この観点を堅持することは当然です。一審判決は「一般読者の普通の注意と読み方を基準」との言い回しを引き合いに出していますが、判決全体を眺めると、これは言葉だけで、「一般読者の普通の注意と読み方を基準」とは到底言い難い判決でした。

私たちは、李信恵の最初の一発が「平手」であろうが「手拳」であろうが、さほど重要だとは考えません。被害者M君が1時間もの間、殴られ蹴られ全身に重傷を負ったという厳然たる事実こそが重要です。大阪高裁の裁判官は、今一度、リンチ直後の被害者の顔写真を見、リンチの最中の音声を聴いてほしいと思います。

そうして、あえて繰り返しますが、いまだにリンチ被害者M君はリンチのPTSDに苦しんでいることを顧みてほしい。裁判官(高裁)に、血の通った一人の人間としての感性があるのなら、ぜひ被害者に寄り添ってほしいと思います。決して加害者に与して暴力を容認しリンチに加担しないでいただきたい。本件訴訟は、直接被害者が訴訟の当事者ではありませんが、「Mの供述は直ちに信用できない」とする一審判決は被害者の精神をさらに追い込みました。控訴審を審理する裁判所(大阪高裁)が真に〈人権の砦〉ならば、そうした一審判決を是認するような判断は絶対にしないように心より願っています。

一審大阪地裁の2つの判決が、異常に「平手」か「手拳」かにこだわり「木を見て森を見ない」判断になり、これを急所隠しの“イチジクの葉”として本件リンチ事件の〈本質〉が見過ごされているのではないでしょうか。

リンチ後になされたセカンドリンチの一例。こんなツイートをした者らに「人権」を語る資格はない!

◆嗚呼! 大阪地裁の初歩的誤判! 裁判所は真に「一般読者の普通の注意と読み方を基準」に慎重な審理を尽くせ!

一審判決で誰にでも判る初歩的誤判の一例を挙げます。特別取材班キャップ・田所敏夫が電話取材したコリアNGOセンター金光敏事務局長の発言を出版物(『反差別と暴力の正体』)に明確に掲載しているにもかかわらず、これを見落とし、あるいは無視し「被告(注・鹿砦社)は、金光敏に対して取材して、その発言の真意や原告の正確な発言内容を確認するなどしていない」(一審判決文)と一審大阪地裁第24民事部は断じています。初歩的な誤判です。

しかし、この判断(誤判)は簡単に片付けられるものではありません。「取材し」その内容を掲載しているのに「していない」と判断され高額な賠償金を課せられれば、出版を生業とする者にとっては、その法的存在意義を揺るがされます。換言すれば、〈事実〉を無視しても、恣意的な判断にうなだれるしかないという“法治国家以前の姿を甘受せよ”と通告されるに等しい激烈に乱暴な判断です。「平手」か「手拳」かに拘泥するあまり、法律以前の基本が蔑ろにされています。本件訴訟は民事事件ですが、原審の粗雑極まりない判断に対し、私たちには予断と偏見による〈冤罪〉とすら感じられます。
 
◆行方不明だったリンチ実行犯・金良平への裁判所の誤認

 
李信恵と暴力実行犯・エル金こと金良平

また、一審判決文には「金(良平)に対して取材を申し入れるなどしていない」と記載されていますが、これも重大な誤りです。提訴時、「エル金」こと金良平は住所不定でした。裁判所から特別送達された訴状すら彼には届かず戻ってきました。この事実は地裁事務局に記録があると思います。一審大阪地裁第24民事部の裁判官は、金良平が初回期日の直前まで行方不明だったことをご存知なかったのでしょうか?

取材班メンバーが、金良平が居住していると把握していたアパートを訪れてももぬけの殻でしたし、別の取材班メンバーがのちに金氏が署名した住所を訪れたら、居住地であるはずの場所は駐車場でした。笑い話にもなりません。金良平が以前に使用していた携帯電話番号は変えられており、取材を多角的に試みましたが、実現できる状況にありませんでした。鹿砦社は強制捜査権のある「捜査機関」ではありませんので、おのずと限界があります。控訴審に於いて大阪高裁は、この点も十分な検討をすべきでしょう。

リンチ被害者M君は、ネットリンチや村八分などのセカンドリンチを受け続け、それは精神を病むほどでした。そうして大阪地裁の2つの不当判決は、まさに法の名の下による“サードリンチ”と言ってもいいでしょう。もうこれ以上、被害者を苦しめないでいただきたいと願います。裁判所は真に〈人権の砦〉として、暴力を排し、「反差別」運動のリーターとされる李信恵を厳しく戒め、これまでの裁判所の判決ごとに精神的に追い込まれてきたリンチ被害者を慰撫する方向で審理し判断することを強く望んでいます。リンチ被害者M君に救済の手を差し延べてください。(本文中敬称略)

[右]李信恵代理人・神原元弁護士のツイート(2016年9月12日)。私たちのリンチ被害者M君への救済・支援活動を「私怨と妄想にとりつかれた極左の悪事」と言い放つが、私たちは「私怨と妄想」でこの問題に関わったのではない![左]同じく神原弁護士のツイート(2016年12月2日)。M君訴訟は広く皆様方の浄財で闘ったが、これを「汚い『集金』」と非難。では、李信恵の裁判を支援する会の「集金」はどうか? M君とは桁違いの大金を集めながら、いまだに会計報告もない!

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

[カウンター大学院生リンチ事件 対李信恵訴訟控訴審に向けて2]裁判所(大阪地方裁判所)への絶望 ── 最も「恐怖心」を覚えたのは誰か? 本係争の根本的問題とは何か? 鹿砦社代表 松岡利康

本通信で5月10日に私がこの事件につき、現在の心境を開陳し、5月12日には特別取材班による、「M君リンチ事件」に関する一連の裁判の流れが、解説されました。5月10日の通信の後半でも述べていますが、数回に分け連続して、李信恵から提訴され大阪地裁で不当判決を受けた控訴審(5月25日)に向けて、私が裁判所に提出した「陳述書」の内容に順じて、現時点の私の想いやスタンス、このかんの私たちの取り組みが、どのような動機に起因したかをお伝えしたいと思います。

◆いよいよ控訴審へ

来る5月25日、対李信恵訴訟控訴審が大阪高裁(第2民事部、午前10時~、別館82号法廷)にて始まります。私は今回の控訴審においても、思いの丈を「陳述書」にしたため裁判所(大阪高裁)に提出しました。

私は一審では4通の「陳述書」を提出いたしましたが、裁判所(大阪地裁)は、これらを精読されたようには思われません。「M君リンチ事件」から派生した本係争に対する私たちの事実に立脚した主張、並びに、それにかけた想いは、全く考慮されていませんでした。

控訴審を審理する大阪高裁には、事実と証拠に基づき、事件を正しく理解していただきたいとの想いで「陳述書」を文章化し提出したわけです。大阪高裁が、妥当な読み方で私の「陳述書」を読み理解してくれるかどうかはわかりませんが、私の想いだけは申し述べておきたいと考えた次第です。

本件一審判決言い渡しを法廷で聴き私は、怒りを通り越して、絶望、脱力感に襲われました。それは、まだ心の中に残っていた“裁判所の良識”への期待が裏切られたからです。裁判所は「人権の砦」であり「憲法の番人」ではなかったのか──本件リンチ事件(加害者らは「リンチ」という言葉が嫌いなようですので「暴行傷害事件」と言っても構いませんが)直後の被害者の顔写真やリンチの最中の音声データに象徴されるような、凄惨な傷(肉体的にも精神的にも)を受けた明確な証拠がありながら、裁判所は一人の青年学徒の人権を尊び彼を救うのではなく、加害者の暴力を容認しリンチ(あるいは暴行傷害)に加担したことに、いいしれぬ絶望感と脱力感を覚えました。

一審判決文(1ページ目)
 
李信恵手書きの「謝罪文」(全7ページ。全文は『暴力・暴言型社会運動の終焉』に掲載)

李信恵は事件直後、一度は「謝罪文」を書き「活動自粛」を約束しながら、これを反故にし、それにとどまらず被害者M君に対して、加害者やこの周辺の者らは激しいセカンドリンチ(ネットリンチや村八分行為)を行い、これを止めるのではなく黙認・黙過しました。被害者M君の〈人権〉などまったく眼中にはなく彼の精神を苦しめ、現在に至るまで被害者をリンチのPTSDに追い込んでいます。

こうしたことによってM君はものごとに集中できず博士論文も挫折、就職活動もうまくいかないままです。もし私がM君の立場だったら、おそらく同様に、いや彼以上に錯乱しているでしょうし発狂しているかもしれません。

一方の李信恵は、あたかも何もなかったかのように、あろうことか大阪弁護士会や行政などから招聘され講演行脚に奔走しています。おそらくこれまで100回前後の講演会や集会の講師を務めていると推察されます(ここが他の加害者4人と決定的に異なるところです)。

こうした李信恵の姿を見るにつけ、彼女が自筆で書いた「謝罪文」は一体何だったのか、と思います。李信恵に〈良心〉はないのでしょうか? 私たちは血の通った人間として、たとえ裁判所が李信恵を免責しても、本件リンチ事件について、日頃「人権」とか「反差別」とかを喧伝する彼女の〈良心〉や〈人間性〉を問い続けます。一人の人間として血の通った真摯な〈謝罪〉がなされるまで──。私たちが問いかけてきたことは、法的責任はもちろんですが、人間の生きよう(「人倫」ともいえるかもしれません)の問題です。

◆本件の最大の被害者は、1時間ほどの凄絶なリンチを受けた大学院生M君です

 
大阪弁護士会主催シンポジウム案内

本件リンチ事件の最大の被害者は、言うまでもなくM君です。李信恵の「陳述書」で彼女は、あたかもみずからが、私たち鹿砦社や取材班による当たり前の取材に対して「恐怖心」を覚えた「被害者」のように誇大に書いています。いわく、鹿砦社の出版物やネット記事等で「自分の受けた被害」によって、「苦しい気持ちになりました。」「不安と苦痛でいたたまれません。」「恐怖に苛まれました。」「恐怖心でいっぱいになりました。」「これら記事を読んで泣き崩れました。」「非常に不安になりました。」「不安感や苦痛はとうてい言葉にできません。」「怒りと悲しみでいたたまれなくなります。」「私に対する強い悪意を感じ、非常に恐ろしいと感じています。」等々言いたい放題です。私からすればとんでもないとしか言いようがありません。

よくよく考えてもみてください、「苦しい気持ちになり」、「不安と苦痛でいたたまれ」なくなり、「恐怖に苛まれ」、「恐怖心でいっぱいに」なり、「強い悪意を感じ、非常に恐ろしいと感じ」たりしたのは、リンチにより身体的にも精神的にも大きな被害を受けたM君のほうです。

一審の大阪地裁は、このことを誤認し、在日コリアンで女性であることで「複合差別」(李信恵が極右団体らを訴えた別訴での判決文より)を受けてきたとされる李信恵は嘘をつかず、その「陳述書」の内容を“真実”であると、すっかり信じ込み、逆にM君の、リンチによる身体的、精神的傷を蔑ろにし、M君の発言を「信用ならない」と判断しました。

 
李信恵による批判者を罵倒するツイート

常識的に見て、精神的に一番「恐怖心を感じた」のは1時間ほども激しいリンチを加えられたM君です。M君の「恐怖心」はリンチ事件後も続きます。先に提出された著名な精神科医・野田正彰先生によるM君の「精神鑑定書」によれば、

〈被害後、翌朝に再び主犯金良平が電話にて「お前、まだ何か言いたいことあんのか?」と凄んできたこと、反差別運動において敵対者や批判者の自宅や職場への嫌がらせが常態化していたことから、その後加害者グループおよび反差別運動の関係者によるさらなる暴行加害の恐怖に苛まれた。
 受傷被害後6日後から恐怖心がさらに増すようになった。家に来られるのではないか(配達など、インターホンが鳴るたびに緊張した)、待ち伏せをされるのではないか、もし家に来られた場合は飼っている猫も殺されるのではないか、外出すれば襲撃を受けるのではないか…。特に外出時において線路に突き落とされることを恐れ駅のホームでは端を歩かない、公共のトイレの利用においても襲撃を恐れ小用でも鍵のかかる部屋に入る等の警戒をする日々が1年半以上続いた。襲撃を恐れ外食もできなくなった。隣接地域である鶴橋にも行かなくなった。〉

と記載されていますが、M君が感じた「恐怖心」は、李信恵の「恐怖心」を遙かに凌駕します。一時は李信恵と昵懇だった凛七星さんが言うように「彼女(注・李信恵)は言い訳だとか、話を捻じ曲げて自分の都合のいいようにするのが得意」(第2弾本『真実と暴力の隠蔽』134ページ)というような多くの証言がある李信恵がいい加減なことを言うのは仕方ないにしても、彼女の三文芝居に騙されずに裁判所は事実と証拠に基づき、公平・公正な判断をしていただきたい。李信恵の牽強付会な物言いを、言葉通りに誤認しないでいただきたいと思います。

「恐怖心」と言えば、ある在日コリアンの女性経営者が、本控訴審のために当初陳述書を書き証言すると言ってくれましたが、一夜明けると断りの連絡がありました。理由は、何をされるか「怖い」からということでした。李信恵や彼女と連携する者らによる暴力・暴言や職場への電話攻撃、SNSでのネットリンチが激しくなされてきましたので、その女性経営者の情況を察し諦めた次第です。

その女性経営者が躊躇し悩んだのには実例があります。ある公立病院に勤める在日コリアンの医師、金剛(キム・ガン)先生は、生来の正義感から、このリンチ事件批判のツイートをするや、李信恵の仲間や支持者らに激しい病院への電話攻撃をなされています。人の生死に関わる病院に、です。

さらには、四国の自動車販売会社・合田夏樹社長に対しても、身障者の息子さんのいる自宅や会社への電話攻撃、挙句は国会議員の宣伝カーを使い本件リンチ事件にも連座した伊藤大介の指揮の下、自宅や会社(近く)へ押し掛け、さらには大元のメーカーにも激しい電話攻撃は及んでいます(このあたりの詳細な経緯は第2弾本『真実と暴力の隠蔽』参照)。このことで合田社長の奥様は非常な「恐怖心」を覚えたといいます。

伊藤大介らによる合田夏樹脅迫事件
 
同上

先の女性経営者は、これらの事例、さらには批判者に対する容赦ないネットリンチや電話攻撃などを知り「恐怖心」を感じ陳述書や証言を断念されたわけです。他にも李信恵やその仲間らから激しいネットリンチや暴力・暴言を受け「恐怖心」を覚えながらも、いわば“泣き寝入り”をした人たちを私たちは取材の過程で数多く知りました。控訴審を審理する大阪高裁には、こうした事情もぜひ認識いただきたく強く望みます。

また、私たちや取材班メンバーらは、それまで全く面識のなかった李信恵に対して「悪意」や私怨、遺恨など皆無だったことは事あるごとに申し述べてきました。私たちは、あくまでも真相究明のために地を這うような調査と取材(もちろん合法的な)によって事実を積み重ね〈真実〉に迫ったまでです。それが「調査報道」やジャーナリズムの基本であり社会問題に関わる出版という営為であるという矜持と誇りを持っています。

加害者グループと違い鹿砦社や取材班メンバーが暴力を振るうことは断じてありません。社会運動や反差別運動の内部での暴力・暴言(言葉の暴力、右派・左派問わずのヘイトスピーチ)を厳に戒めるというスタンスを明らかにしています。こうしたことにも一審大阪地裁には誤認があります。

控訴審にあっては、真に〈人権の砦〉の立場から大阪高裁は、当然のことながらリンチの被害者に寄り添い、リンチによって追い込まれた被害者の精神状態を慮り、この〈人権〉を尊ぶような審理、及び一審判決における重大な誤った判断の数々(別途指摘します)を、何の予断と偏見なく虚心坦懐に精査し、公正な判断がなされることを熱望いたします。(文中、一部を除き敬称略)

◎読者の皆さんは、どのようにお感じになるでしょうか。私は出版に関わって大小の事件と直面してきました。「M君リンチ事件」は、見方によっては、さほど社会性のない些細な事件と思われる方もおられるかもしれません。しかし、果たしてそうでしょうか。「神は細部に宿る」との格言のとおり、社会を良くしようと指向する運動には、その志に見合った行動が伴うべきではないでしょうか。(つづく)

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』

M君リンチ事件関連訴訟、いよいよ最終盤 鹿砦社特別取材班

5月10日、本通信に鹿砦社代表松岡の《[カウンター大学院生リンチ事件 対李信恵訴訟控訴審に向けて]私たちは、社会運動/反差別運動内部の暴力を容認しリンチに加担した一審(大阪地裁)不当判決に抗し最後まで闘います! 5・25第1回弁論(大阪高裁第2民事部、午前10時~、別館82号法廷)に圧倒的なご注目と応援を!》が掲載された。「M君リンチ事件」にかんしての法廷闘争は、最終盤を迎えている。当事者であるわれわれにとっては、長い道のりであり、また不可思議と、怒りの連続でもあった。

われわれが現在闘っている裁判はいったい、何を問われているのか、そしてこれまで一連の裁判はどのように推移してきたのか、今一度整理しておこう。というのは、この事件に関心を持ってくださる方々の中にも「今やってるのは何の裁判?」と質問される方も少なくないからだ。

◆なぜ裁判を提起しなければならなかったのか──M君対野間裁判勝利から対5人裁判へ

 
闘いの舞台=大阪地裁、大阪高裁

そもそもわれわれが、「M君リンチ事件」の情報に初めて接したのは2016年3月だ。初対面のM君と松岡、のちに代理人を担っていただくことになる大川伸郎弁護士、そして特別取材班の数名が、M君から事件の概要と、事件後にM君が置かれていた想像を絶する状況を知ることになる。

加害者への刑事処分はすでに終わっており、金良平と李普鉉には罰金が科されていたものの、リンチ現場に居合わせた李信恵、伊藤大介、松本英一にはお咎めなしの処分だった。李信恵も警察の事情聴取を受けてはいるものの、不起訴になっていた。

刑事事件には「推定無罪」の原則がある。そのことを考慮して刑事事件は処理されるべきである。2005年、「名誉毀損」容疑で松岡が神戸地検に逮捕され、192日も勾留された(あの事件は「冤罪」であった、と鹿砦社もわれわれも考えている)という苦い経験がある。100歩譲って刑事責任が問われなかったことは仕方がないにしても、李信恵は「なんやねん、おまえ」とM君に最初に掴みかかったことは自ら認めており、リンチの先鞭を切ったことは間違いない。

 
釘バットで虚勢を張る野間易通

〈刑事事件の判断と民事事件の判断は必ずしも認定水準が同様ではなく、まして司法でクロと判断されても「冤罪」は確実に存在するし、逆に司法が責任を問わずとも、社会通念上許されない行為もあるのではないか〉……

これまでの経験則から導かれたわれわれの認識は、特別取材班全員が共有していた。M君からの事件についての情報を得たわれわれは、当然事実の確認(裏取り)と周辺取材に着手した。大川弁護士は刑事記録入手に動いた。結果としてわれわれは、M君が伝えてくれた情報はすべて、正確でありかつ事件の背後には「正体不明の不気味な勢力」の意図が動いていると判断した。

M君は熾烈な集団暴行に遭いながら、その時点で1円の賠償も加害者からなされていなかった。そこでM君は、加害者5人を相手取り「損害賠償請求」の民事訴訟を起こす準備に取り掛かった。

その途中で野間易通がTwitter上で、M君の本名を明かしただけではなく、散々な誹謗中傷を行ったため、5人に対する「損害賠償請求」訴訟と相前後して、「ネット荒らし」こと野間易通を「名誉毀損による損害賠償」請求事件として提訴し、M君は野間に完勝した。判決が最初に確定したのは、M君が野間を訴えた裁判である。

 
なぜか朝日新聞にモテる野間易通(2020年6月17日付朝日新聞)

次いでM君が李信恵、伊藤大介、金良平、李普鉉、松本英一に対して損害賠償を請求した裁判の判決が大阪地裁で下された。判決では賠償金額80万円で、金良平と李普鉉、伊藤大介の責任を認定したが、そのほかの人物の共謀は認められなかった。

李信恵については、M君が李信恵から殴られた形態を、刑事記録や法廷証言などで「平手」か「手拳」かを変えている(しかし、M君は「殴られたこと」自体を一度も翻したことはない)ことに拘泥し李信恵の責任を認めなかった。大阪地裁におけるこの不可思議な判断を是非ご記憶いただきた。というのは、その後の裁判にも【「平手」か「手拳」か問題】が大きな影響を及ぼすからだ。

わずか80万円という不当に低い賠償額と、李信恵の責任を認めなかったなど判決内容に不満があったため、M君は大阪高裁に控訴。結果、賠償金額は110万円に増額されたが、なんと伊藤大介の賠償責任が取り消されてしまった(このことが昨年11月25日未明の同種傷害事件に繋がった。詳しくは2月発行の『暴力・暴言型社会運動の終焉』参照)。最高裁に上告するも大阪高裁の判決が確定した。

◆鹿砦社は対李信裁判では勝利した

「M君リンチ事件」を本通信や書籍として出版する中で、李信恵から鹿砦社並びに特別取材班への誹謗中傷がTwitterでしばしばなされるようになった。鹿砦社は大川弁護士を通じて「そのような書き込みを止めるように」警告書を送ったが、李信恵の誹謗中傷・罵詈雑言は止まらず過熱化の兆しがあった。

仕方なく鹿砦社は李信恵を相手取り、「名誉毀損による損害賠償」を求める訴訟を大阪地裁に提起し、大阪地裁では額は少額(10万円)なものの、李信恵の不法行為を認定し鹿砦社は全面勝利した。

松岡がガンつけつきまとったって!? 平気で嘘をつくな! 本人尋問の日のことだろうが、この時点では、松岡は李信恵に会ったこともなかった(2017年12月13日、李信恵のよるツイート)。

◆李信恵苦し紛れの提訴から大阪地裁でまさかの不当判決

この裁判の終盤になって、突然被告の李信恵側が「反訴したい」との意向を示したが、裁判所は反訴を認めず、李信恵は別の事件として鹿砦社を「名誉毀損だ」として損害賠償請求と出版物の発売停止、「デジタル鹿砦社通信」の記事削除などを求める裁判を大阪地裁に起こしてきた。これについて本年1月28日、大阪地裁は、なんと「賠償金165万円」と本通信記事の削除を命じる不当判決を下したのだ。

全くおかしな展開である。1時間殴る蹴るされたM君への賠償が110万円で、その事件を伝えた鹿砦社をTwitterで罵倒した李信恵への賠償命令が10万円。そして事件の詳細を伝えた鹿砦社への賠償命令が165万円!しかもM君への賠償責任で【「平手」か「手拳」か問題】で李信恵は責任を逃れ、鹿砦社への賠償の根拠としても【「平手」か「手拳」か問題】が重大視されているのだ。繰り返す。M君は一度も李信恵から「殴られた」ことを翻してはいない。1時間も顔の骨が折れるほどの凄絶な暴行を加えられて、「正確に被害の形態を覚えていろ」、というのが裁判所の言い分らしい。ちょっと待ってくれ。そんなことは非現実的じゃないか! 

【「平手」か「手拳」か問題】に裁判所は異常にこだわり、李信恵によるM君への殴打はなかった、と決めつけ、M君に対する李信恵の殴打を記載した書籍や本通信記事が「名誉毀損」にあたるという。そんなバカな話があるだろうか。松岡や特別取材班の怒りはここにあるのだ。

事実認定の誤認(間違い)に基づく不当な賠償と記事削除命令。こんな判決がまかり通れば、日本では一切の調査報道は賠償の対象とされてしまい、事実上不可能になろう。【「平手」か「手拳」か問題】で「報道の自由」を蹂躙した、大阪地裁の判決は明確に憲法21条違反だとわれわれは確信する。

李信恵の”迷言”の数々(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)。リンチの直前のワインバーからのツイートもある

一審で松岡は「陳述書」を4回も書き、「最大の被害者はM君だ」「加害者はM君に真摯に謝罪すべき」等々、と当たり前のことを繰り返し主張している。その意味は紹介したように、一連の裁判で【「平手」か「手拳」が問題】に裁判所が異常なまでこだわり、被害者であるM君にあたかも瑕疵があったかのような判断を繰り返すからだ。それにこだわるあまり、初歩的な誤判がある(ここでは触れない)。しかしながら大阪地裁は、松岡が渾身を込めて書いた4通の「陳述書」をきちんと読んだ気配はない。

複数の裁判が重なり、読者の皆さんが混同され、なかなかご理解いただくことが難しいだろうから、本稿ではこれまでの裁判の概要をご紹介した。

そして【「平手」か「手拳」か問題】を基礎に鹿砦社へ165万円の賠償と本通信記事の削除を命じた大阪地裁判決への“怒りの反撃”として大阪高裁へ控訴し、来る5月25日に初回期日を迎えるのだ。大阪地裁における不当判決は当然取り消されなければならない。さらなるご支援とご注目を!

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

[カウンター大学院生リンチ事件 対李信恵訴訟控訴審に向けて]私たちは、社会運動/反差別運動内部の暴力を容認しリンチに加担した一審(大阪地裁)不当判決に抗し最後まで闘います! 5・25第1回弁論(大阪高裁第2民事部、午前10時~、別館82号法廷)に圧倒的なご注目と応援を! 鹿砦社代表 松岡利康

すでにお知らせしていますように、「カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)」について、セカンドリンチ(ネットリンチや村八分)に晒されていた被害者M君に寄り添い救済・支援と真相究明に当たってきた私たち鹿砦社に、あろうことか1月28日、大阪地裁第24民事部は165万円の賠償金と「デジタル鹿砦社通信」記事の削除を命じました。

この不当判決に対して鹿砦社は即刻大阪高裁に控訴すると共に反撃を開始しました!

 
リンチ直前の李信恵、伊藤大介ら加害者の面々

すでに控訴理由書と、31名の法曹関係者やジャーナリストの方々の「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」(内3名が医師、大学教授、会社経営者の在日コリアン)を大阪高裁に提出、次いで補充書面、アメリカ在住の心理学者・矢谷暢一郎先生(4月20日付けでニューヨーク州立大学名誉教授に任命)の「意見書」、著名な精神科医・野田正彰先生の被害者M君「鑑定書」、取材を手伝ってくれたジャーナリスト寺澤有氏や被害者M君の「陳述書」などを提出しています。この通信を、結果としてしばらく休ませていただいたのには、それらの手配に追われていたという事情がありました。

私たちは、凄惨なリンチを受けながら、一年余りも放置され、まともな補償もなされず、セカンドリンチ(ネットリンチや村八分)に遭い精神的に追い込まれていた事件当時大学院生M君の救済・支援に関わると共に、リンチの加害者5名と、このリンチをなかったものと隠蔽を図る政治家、大学教員、メディア関係者らに徹底した取材を行い、彼らの理不尽な蛮行を批判してまいりました。

私たちがこの事件に接し、取材班のメンバーが個性を活かし、血の通った人間として関わったのは絶対に間違いではなかったと思います。このスタンスは今でも変わりません。いや、血の通った一人の人間として、見て見ぬ振りをすることはできませんでした。

[左]「日本酒に換算して1升近く飲んだ」とする李信恵のツイート/[右]数時間して凄惨なリンチを受けた直後のM君

M君リンチの現場に連座した伊藤大介は、性懲りもなく昨年同種の傷害事件を起こし逮捕‐起訴されています。M君に対しては、李信恵が在特会などを訴えていた裁判が終わった後に、李信恵本人によれば「日本酒に換算して一升」もの飲酒の果てに、深夜に泥酔してM君を呼び出しリンチに及びました。同様に昨年11月24日にも本件訴訟の本人尋問が終わり、やはり飲み歩いたであろう日付けが変わった25日未明、極右団体の幹部を呼び出して小指の骨を折るような傷害事件を複数で行っています。彼ら彼女らが、全然反省していない証です。

M君リンチ事件に連座した伊藤大介が再び深夜に酔った勢いで極右活動家を呼び出し暴行傷害事件を起こし逮捕されたことを報じる『産経新聞』2020年12月8日大阪版朝刊
 
その日のうちに(12月17日)、リンチ直前に飲食した「あらい商店」を訪れた有田芳生参議院議員。この前にはソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が訪れている

ことが単なる暴行傷害事件であれば、世の中、数多あることですが、李信恵は「反差別」や「人権」を声高に叫び、大阪弁護士会や行政などの主催をはじめ多くの講演を引き受け、もっともらしいことを語っている人物です。2度にわたる裁判期日のあとの飲食後に暴行・傷害事件への(少なくとも)関わりは悪質と言わざるをえません。暴力・暴言を反差別運動や社会運動に持ち込み、それがあたかも当たり前であるかのように開き直っていますが、この姿勢は絶対に間違っています。

このような「事件」、そして「事実」を報じた書籍やブログ記事へ賠償や削除を命じた一審判決は、暴力にお墨付きを与えリンチに加担したものであり、これを許しておけば、反差別運動、社会運動に暴力をはびこらせることになります。

そして今回の大阪地裁の判決は、鹿砦社だけではなく、あらゆる調査報道や取材が、罰則の対象とされかねない、とんでもない判断です。この判決が確定すれば、最近話題になることの多い、「文春砲」と呼ばれる『週刊文春』の取材をはじめとする週刊誌の取材手法などは、ほぼすべてが「賠償」の対象と判断されるでしょう。つまりこの係争は単に「反差別」をめぐるだけのものではなく憲法21条に謳われた「言論・出版の自由」の根本に関わるところまで、幅が広がってきているのです。

いやしくも私たちは出版社であるからには、あくまでも言論戦を原則としつつ、似非反差別主義者を徹底的に弾劾していかねばなりません。皆様方のご注視と応援をお願いいたします。

◆私たちはなぜ本件リンチ事件(被害者救済・支援と真相究明)に関わってきたのか?

このかん、控訴審を準備する過程で、私たちが本件リンチ事件に関わってきたことについて、あらためて考えてみました。

ちょうど5年ほど前に本件リンチ事件が持ち込まれてきました。事件からすでに1年余り経ちつつも、加害者の周辺の関係者らの隠蔽活動により、一般に知られることなく、このままでは闇に葬られると感じ、さっそく資料を読んだり直接被害者本人や、わずかな支援者らの話を聞き、「反差別」運動の旗手とされていた李信恵が関わったとされる本件リンチ事件(の被害者救済・支援と真相究明)に関わることにしました。当時、私は64歳、もうすぐ65歳を迎えようとしており、訴訟案件もなく経営も安定期に入っていて、そろそろリタイアも考えていました。

資料の中で李信恵は事件の前日(この日は反ヘイト裁判の期日で、これが終了し、また報告会も終わった)夕刻から韓国料理店(大阪・十三のあらい商店)、キャバクラ、焼き鳥屋、ラーメン屋、そしてリンチの場となる北新地のワインバーと5軒の飲食店を飲み歩き「日本酒に換算して1升」(李信恵のツイート)近く飲み泥酔状態にあったことをみずから公言しています。具体的には、
「マッコリ5、6杯、焼酎ロック8杯くらい、日本酒2合、生ビール中ジョッキ1杯」(李信恵の供述調書)
ということです。呆れます。泥酔状態でM君を呼び出して、傍らで激しいリンチが行われているのに平然としていた李信恵の姿勢に更に衝撃を受けました。

大阪地裁判決が異常に拘泥した、李信恵が最初に放った一発が「平手」か「手拳」かは私たちにとってはさほど問題ではありませんでした。重要だったのは、李信恵ら5人が同じ場所に最初から最後まで居てリンチに連座したこと(あるいは見て見ぬ振りをして加担したこと)でした。そうして残されたリンチ直後の顔写真とリンチの最中の音声データは、私たちの直感を確信に導く証拠でした。通常な精神の持ち主であれば、これらの証拠に接して「リンチはなかった」などとは思わないでしょうし、李信恵を中心として集まり共謀した集団暴行事件に義憤を感じるでしょう。李信恵が傍らで1時間ほども酷いリンチが行われているのに止めることもせず、救急車やタクシーを呼ばずに師走の寒空の下に放置し立ち去ったことに大いに疑問を覚えました。M君は必死でタクシーを拾い自宅に辿り着いたそうですが、あまりに酷い傷に驚いた運転手は料金を受け取らなかったといいます。

さらに、私たちが以前に主催し講師として講演に招き知っていた者、あるいは社会的に名が有る者(政治家、ジャーナリスト、弁護士、大学教員、知識人)らが、こぞって事件の隠蔽に関わったことに接し、背後に何やら恐るべきものがあると思いました。被害者を支援するには、リンチ事件の真相も明らかにしていかねばらないとも痛感しました。被害者M君の受けた暴行の酷さから、その暴力が取材班スタッフや鹿砦社の社員らに及ぶのではないか、という懸念はありました。

思い返せば、本件に関わらなければ、予定通り後進に道を譲りリタイアし、この5年間、精神的、経済的、時間的、身体的にも苦労することもなかったわけです。しかし、かつてパチンコ業界の闇を追及した「名誉毀損」事件で鹿砦社や私がどん底にあった時、多くの方々に助けてもらったではないか、現在鹿砦社や私が在るのはその時のみなさん方の支援のお蔭ではないか、と思い返し、私たちのところに助けを求めてきたリンチ被害者M君を救済・支援しようと思いました。

諸事情もあり逡巡しましたが、私が出版活動を始めて40年近く──初心は、修羅場にあってこそ逃げず、巨悪に立ち向かうためだったのではないのか、もしリンチの肉体的被害と、そのPTSD、さらにはセカンドリンチ(ネットリンチと村八分)に苦しむ被害者の青年を見棄てたら残り少ない私の人生に悔いが残る、と逡巡にとらわれる自身を叱咤し、問題解決に関わる決意を固めました。こうした判断は絶対に間違いなかったと今でも思っています。

今回の控訴審では、前述したように、矢谷暢一郎先生、野田正彰先生、寺澤有氏ら、これまでになく多くの方々が協力してくださいました。一審判決では、明らかに誤判といえる箇所も散見され、裁判所(高等裁判所)に良心の欠片、真に人権への眼差しが残っていれば、必ず逆転勝訴すると信じています。
 

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 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

【報告】対李信恵訴訟控訴審(大阪高裁第2民事部)、3月22日、「控訴理由書」を提出! 同時に、法曹、言論関係者など31名による「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」も提出、逆転勝訴に向け私たちは最後まで諦めない! 第1回弁論は5月25日(火)午前10時から 鹿砦社代表 松岡利康

わが国の反差別運動に重大な汚点を残した「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)関連の訴訟で似非反差別主義者・李信恵が鹿砦社を名誉毀損で訴えた裁判で、1月28日、大阪地裁(池上尚子裁判長)は、あろうことか、鹿砦社に165万円の賠償金とブログ「デジタル鹿砦社通信」の記事の削除を命じました。

 
リンチ直後の被害者M君。リンチがいかに凄惨だったから判る

私たち鹿砦社は、深夜に1時間に渡る凄絶なリンチを受けつつも、治療費はじめ当時なんの補償もなされず、それどころかセカンド・リンチと村八分を加えられていた大学院生M君への救済・支援と真相究明に携わってきました。それは、6冊に及ぶ出版物(紙の爆弾増刊)として結実し、少なからずの方々から高い評価を受けてきました。

事件が起きたのは2014年師走、大阪屈指の繁華街・北新地です。李信恵ら現場にいた加害者5人はじめ関係者らの隠蔽活動により事件が表面化することはありませんでした。私たちに事件の内容が告げられたのは、事件発生から一年余り経った2016年3月でした。

リンチ直後の被害者M君の顔写真を見て、さらにM君が必死で録音したリンチの最中の音声データを聴き仰天しました。

渡された資料にも目を通し、M君への救済・支援と真相究明の取材を開始しました。国会議員、研究者、弁護士ら多くの著名人が、事件を知りながら隠蔽に加担し、背後に不思議な闇があることを感じさせられました。調べれば調べるほど、その闇は深いと思いました。

M君は、李信恵ら加害者5人と、しばき隊リーダー野間易通を訴え(2つの裁判です)、対野間訴訟では全面勝訴を勝ち取りました。しかし加害者5人を相手取った裁判では、満足のいく金額の判決は得られませんでしたが判決は確定しました(内容に不満は残りましたが勝訴であることには間違いありません)。

M君へのセカンドリンチの一部
 
M君へのセカンドリンチの一部

その関連が今回の訴訟でしたが、一審大阪地裁は、李信恵の主張を認め鹿砦社に165万円の賠償金とブログ記事削除を命じたのです。

人道的立場からリンチの被害者を救済・支援しようとしてきた私たち鹿砦社が、加害者のリーダー的立場の者から訴えられ賠償金を食らうというアイロニ-―この不当判決に私たちは控訴し徹底抗戦することにしました。

日頃「反差別」「人権」を叫ぶ者が、1時間にも及び凄惨なリンチを加え、被害者M君を師走の寒空の下に放置し立ち去った。加害者及び周辺人物は事件後、一時は「謝罪」の意を表わしたもののこれを覆し、被害者M君へのセカンド・リンチと村八分を行い、事件をなかったことにすべく隠蔽を図りました。

 
M君へのセカンドリンチの一部

私たちは、ほとんどの関係者が取材を拒否したり、逃げたり、沈黙するという困難な情況の中で、鹿砦社50年の歴史でも特筆しうるほど地を這うような取材を行いました。幸いにも、心ある在日の方々の協力を得て、どんどん驚くような情報が寄せられました。あまりのディープゆえに“握っている情報”もあります(いつでもぶちまける用意があります)。M君の訴訟費用は広くカンパを募り浄財を寄せていただきましたが、その3分の2は在日の方々でしたし、第4弾本に付けたリンチの音声データを「私に任せてください」と海外でプレスしてくださったのも在日の方でした。あまりに凄惨な音声ですから国内ではプレスできず困っていたところです。

私たちがこのリンチ事件に携わってちょうど5年が経ちました。このままでは終われません! ここで退いたら、言葉の本来の意味での社会正義に反する蛮行を行った徒輩が笑うだけです。血の一滴、涙の一滴が涸れ果てるまで闘います!

彼ら・彼女らは一切反省していません。その証左として、M君のリンチの現場にいた者(伊藤大介)が、再び暴行傷害事件を起しています。私たちはこれまで再三再四、しっかり反省、教訓化しないと、同種の事件は繰り返されるだろうと警鐘を鳴らしてきたのに、です(詳しくは最新刊『暴力・暴言型社会運動の終焉』をご一読ください)。

私たちは、控訴審において、軽々な審理を阻止せんと、代理人も元大阪高裁裁判官のベテラン弁護士を招き、さらには法曹、言論関係者を中心として急遽声を挙げていただいた方々31名が「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」に名を連ねていただきました。これも「控訴理由書」と共に原本を大阪高裁に提出いたしました。以下、その一部の方の名を記載いたします(順不同、敬称略)。

大口昭彦(弁護士)はじめ弁護士5名、足立昌勝(関東学院大学名誉教授)、矢谷暢一郎(心理学者/元ニューヨーク州立工科大学教授)、野田正彰(精神医、作家/元関西学院大学教授)、本山美彦(京都大学名誉教授)、寺脇研(元文科相キャリア/大学教員)、平野貞夫(元参議院議員)、玉城満(前沖縄県議員)、高野孟(ジャーナリスト)、揖斐憲(サイゾー代表)、森奈津子(作家)、天木直人(外交評論家/元駐レバノン国特命全権大使)、山口正紀(ジャーナリスト/元読売新聞記者)、黒薮哲哉(フリーランスライター)、板坂剛(作家)、山田洋一(人民新聞編集長)、マッド・アマノ(パロディ作家)、飛松五男(行政書士/元兵庫県警刑事)、水戸喜世子(救援連絡センター初代事務局長)ほか。

*今後、本件については適宜報告してまいります。

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

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