貴方は何がやりたいの? M君リンチ事件の加害者へ

尾崎美代子

2013年春から関西で始まったカウンター行動に私も最初数回参加した。その中で起きたM君へのリンチ事件を私は全くしらなかった。その後、鹿砦社松岡氏がM君への支援を始めたというので、私も裁判の傍聴などで支援してきました。

当時、なんていうのですかね、しばき隊らがネトウヨなどと果敢に闘う人々とみられたのか、あるいは「左翼」「人権派」と思われたのか、そんな連中が起こしたリンチ事件だということで、裁判に傍聴に来る方々は右派的な方々が多くて、私は報告会などで彼らと同席するたび少々戸惑ったこともありました(ちなみに鹿砦社が発行した、いわゆる「リンチ本」に、私は「彼らは左翼ではない」を寄稿しました。ぜひ読んでください)。

ええ、ええ。ただ、結果として、当時反差別、反権力を主張してきたカウンター行動に集まっていた皆さんが、ヘイトスピーチ法を可決させたいがために、その運動の中心的人物も関わったM君への凄まじいリンチ事件をないものとしようとしたのですよね。これはあってはならないこと。私自身、当時ネトウヨと闘い始めた李信恵さんの裁判は支援しようと思いましたが、その過程において、李信恵さんが(判決で認定されたように)リンチ事件に加担していたならば、まずはその件を謝罪する、その上で対ネトウヨとの闘いに支援をというならば、幾らでも支援しますよね。当然ですよね。

李信恵さんらリンチ事件後、さすがにまずいと思ったのか、確かに一旦は綺麗な字で謝罪文をM君に出しているものの、その後まもなくその謝罪を撤回するような行為に及んでいますよね。「謝罪したやないか」という方もおりますが、みなさん、その後の流れを含めた全体を見てくださいね。実際、M君にリンチを行った金良平さんを庇うように「エル金は友達」なんて一斉につぶやくこともありました。

私はカウンターに関わった当初、関東のある女性から頻繁にこんなメールを受けていたので、彼らが一斉に同じ行動を取る、いや、取るよう強要することは知っていました。あるときは「本日午後2時にAさん(カウンター界隈の著名人)がTwitter(当時)で重要なことをつぶやきます。ぜひ「いいね」をお願いします」とかのDMがくるんです。さらに「Aさんのつぶやきは午後2時半頃に変更になります。よろしくお願いします」とかね。なぜ「いいね」を強要されるの? ウザい上司が「俺の今日のランチ、Facebookに投稿したから、いいねしとけよ」みたいな感じ。超ウザい!

まあ、反差別、反権力といいながら、それと真逆のことをやる、例えば、冤罪事件の狭山を闘いながら、他者が全く言及してない内容で、彼、彼女は「差別者だ」と言い、反差別、反権力の運動の中心に出張ろうとする人物がいることに、私は憤ってるんです。冤罪はどうやって生まれるの? 警察、検察がありもしない証拠をでっちあげたり、うその自白を強いてできるのですよ。それにどれだけの人が苦しんでいるか? 石川さんなどは、無罪を晴らせないまま、亡くなってしまったのですよ。本人が言ってもいないことを「言った」「差別だ」という。冤罪を闘う者として恥ずかしくないですか?

反権力、反差別を訴える闘いを行う人たち、とりわけ大阪では恥ずかしくなる位だめだめと思います。他者の批判をするのではなく、自身が頑張らないといけないのですが、もう涙も出ませんわ。

「自分が凄え」とアピールするための運動、それに関西のいろんな運動を利用しないで欲しい、私があなたが謝罪しない限り、あなたが参加しそうな運動には一切関わりません。

最後に聞くわ。貴方は何がやりたいの?

リンチ直前の加害者ら。左から李信恵、金良平、伊藤大介

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▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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ニューヨークタイムズが「日本におけるロシア人のスパイ活動」を報じた真の狙いは

アンドリュー・コリブコ

ニューヨーク・タイムズが報じた「日本におけるロシアのスパイ活動」を扱う記事は、日本国内でロシアに対する警戒感を過度に高め、対ロシア強硬政策を正当化することが目的である。筆者は、その結果として、日本が情報機関の強化や軍備増強を進め、それに対抗してロシア・中国・北朝鮮の軍事協力が一層強化される可能性を指摘する。以下の論評から西側メディアが果たす負の役割も垣間見える。

その狙いは、日本社会と政府の双方に反ロシア的なスパイ・ヒステリー(スパイをめぐる過熱した危機感)を煽り、より強硬な対ロシア政策を正当化させることにある。その結果、トランプ2.0が日本を取り囲むように構築した新たな「緩衝地帯」の一翼を担い、この島国が北東アジアにおけるロシア封じ込めにおいて、より積極的な役割を果たすことになるのだ。

『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』は週末、「プーチンはいかにして日本をスパイの巣窟に変えたのか(How Putin Turned Japan Into a Den of Spies)https://www.nytimes.com/2026/07/12/world/asia/russia-spies-japan-war-drones-electronics.html?eafs_enabled=false【日本語訳】chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2026/07/4deb84ffe99b57f5d6ae7f270cf7d654.pdf
という記事を掲載した。この扇情的な見出しは、ロシアが日本社会に深く浸透しているかのような印象を与える。しかし実際の記事の内容は、ロシア軍情報機関の一部門が日本から軍民両用(デュアルユース)の部品を調達したとされる手法について述べたものに過ぎない。記事によれば、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)第20局は、アエロフロート航空の日本支社とその公式提携先を利用し、ベトナムを経由した積み替えによってこれらの調達を行ったとされている。

NYTの記事の狙いは明白である。第一に、日本社会と政府の双方にロシア恐怖に基づくスパイ・ヒステリーを引き起こし、それによって日本による対ロシア政策の一層の強硬化を正当化することである。その最も直接的な形としては、象徴的な措置ではあるが、ロシア外交官の追放が考えられる。また、アエロフロート航空に対する制裁が日本だけでなく、東京が(共通の後ろ盾である米国からの水面下の働きかけを受けつつ)他の地域諸国にも同調を促すことで、周辺諸国へと広がる可能性もある。

仮にそうした展開にならなかったとしても、NYTは「当局者らはスパイ活動の脅威を認識しており、何十年も続いてきた情報収集上の制約を取り除こうとしている」と報じている。また、「日本には外国情報機関すら存在しない」とも指摘している。記事全体の文脈からすれば、たとえ米国が戦後に課した憲法のために法的(de jure)には実現しなくても、事実上(de facto)はこれを口実として外国情報機関が創設される可能性を示唆している。この記事によって引き起こされるかもしれないロシア恐怖のスパイ・ヒステリーこそ、その実現に一役買うかもしれない。

実際、NYTは「外国政府は、日本の技術がロシアへ密輸されていると繰り返し日本政府に警告してきた」と述べており、その中にはウクライナ政府や、匿名の西側当局者も含まれている。日本は何らかの理由でこれまで行動を起こさなかったが、今回を契機にようやく動き出す可能性がある。より大きな文脈で見れば、日本は従来から、モスクワが実効支配する南クリル諸島(日本が「北方領土」と呼ぶ地域)の帰属問題が未解決であるとの認識から、ロシアを潜在的な脅威と見なしてきた。しかし、その認識は今後さらに強まる可能性がある。

だからといって、日本が近くロシアに対して軍事的威嚇を始めるという意味ではない。むしろ、社会と政府に広がる可能性のあるロシア恐怖のスパイ・ヒステリーによってロシアへの脅威認識が一層強まり、その影響が今後さまざまな形で現れる可能性があるということだ。その中には、「緩衝地帯(cordon sanitaire)」構想における役割も含まれる。米国が組織するこの地政学的戦略において、日本には北東アジアでロシア・北朝鮮・中国の三国に同時に圧力をかける役割が期待されており、一方で他の米国の同盟国もロシアやその他の周辺地域で同様の役割を果たすことになる。

実際には、日本は米国の承認の下で軍備増強をどれほど急速に進めるか、さらに米国の最新兵器(特に中距離ミサイル、長距離ミサイル、無人機)をどれだけ受け入れるかによっては、三カ国すべてに対する「沈まない米国の空母」となり得る。第二次世界大戦当時の同盟国であったドイツと同様、日本の再軍備はロシアの国家安全保障に深刻な脅威をもたらし、その結果、限られた兵力や装備をこの戦線へ再配置せざるを得なくなる可能性がある。

米国がこの地域で構築を目指しているNATO型の安全保障ネットワークは、「AUKUS+」と呼ぶことができ、その主な標的は中国であり、北朝鮮にも一定の焦点が当てられている。しかし、日本におけるロシアのスパイ活動を扱ったNYTの記事の狙いを踏まえれば、米国が日本のロシアに対する脅威認識をさらに強め、ロシア封じ込めにおいて日本がより大きな役割を担うことを期待しているのは明らかである。その結果として、ロシアと中国、そして北朝鮮との軍事協力はさらに強化され、事実上の地域同盟が形成される可能性も排除できない。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/the-motives-behind-the-nyts-story?

再審法改正問題 ── 事件の被害者遺族も苦しめる検察の証拠隠し

尾﨑美代子

7月17日、再審制度の見直しを盛り込んだ刑事訴訟法の改正案が参議院で可決した。感想の声は様々あるが、私の感想は、袴田秀子さんと同じ、「がっかり」だ。

長年この問題に取り組んできた方々のご尽力には頭が下がる思いだ。しかし、運動が盛り上がりを見せるなか、突然法制審が出張ってきたとき、「冤罪をさんざん作ってきたお前らに、再審法を考えようなどという資格はないぞ。ひっこめ!」とひっこめさせる圧倒的な力があったならば、と考えると残念で仕方ない。娑婆にいる我々は「5年目に必ず良い方向へ変えてやろう」と考え、再度自分を奮い立たせるしかないが、刑務所の中で「自分たちが救われるように、再審法が変わるのでは」と吉報を待っていた冤罪被害者はどれだけ愕然とされたことか、それを考えると、娑婆にいる私らの落胆などは彼らの悔し涙の一粒にも満たないだろう。

法案が可決した2日前、福井事件の前川彰司さんが国会に参考人として呼ばれていた。出席してガツンと自身の主張をぶつける気満々だったが、前日に出席をやめたそうだ。鴨志田弁護士のxによれば、前川さんは前日関係者に17日に政府案が可決されると聞き、ならば自分が出向いて証言する必要はないではないかと思い、関係者に「いかない」と告げたそうだ。それを知って私も何度か電話したがつながらなかった。一方、その国会には、前川さんが犯人とされた福井事件の被害者のお姉さん・大橋広子さんが参考人として出席、「前川さんも私も被害者」と述べたという。

被害者の遺族の中には、一旦犯人が決まったのに、彼らが再審を訴え、さらに無罪となったら、再び犯人を捜さなければならない。いや、日本の警察、検察は自分たちが犯人としたて、裁判で有罪にした人が、再審で無罪となっても、いちから犯人探しをすることはまずない。ということは、遺族は、家族が誰によって何のために殺害されたか、その理由がわからないままになってしまう。新たな地獄だ。

警察、検察が嘘の証拠などで犯人に仕立てた人物が、実はそうでなかったならば、裁判などで証明された犯人の「動機」は嘘になる。自分の家族はそのような「動機」で殺害されたのかと考える、その動機が嘘だったならば、これもまた遺族にとって地獄だ。 

私が冤罪と確信する事件を例に考えてみよう。2008年千葉県東金市でおきた女児殺害事件だ。東金市のある病院の駐車場で遊んでいた女児が突然行方不明になり、20数分後、別の場所で遺体で発見された。女児の母親はこの病院の看護師で、当時夜勤明けで仮眠をとっていた。女児の祖父はその病院の院長、つまりシングルマザーの母親は父が経営する病院で働いていた。複数の病院職員が昼12時に駐車場で遊ぶ女児をみていた。「院長先生のお孫さん」だから、見間違える訳はない。

この事件で逮捕されたのは、近所に住む男性Kさん(当時21歳)だった。Kさんには知的障害があり、当時は仕事を辞め、家にいることが多かった。Kさんを犯人とした検察のストーリーはこうだ。女児をみつけたKさんは女児と友達になりたくて、女児を抱きかかえ、店が立ち並ぶ商店街を白昼堂々病院から300メートル離れた自宅に連れて帰った。

Kさんと女児はしばらくアニメの話などして遊んでいたが、女児が帰りたがり、ぐずついて、そのうちKさんを泣きながら「ばか、ばか、ばか」と罵倒した。Kさんは思わずカッとなり、「暴走モード」になり、女児を風呂の水につけて溺死させ、衣類を脱がせ、ゴミ袋にいれ、マンションの窓から捨て、遺体は裸のまま抱きかかえ、別の場所に遺棄した、というものだ。

衣類の入ったごみ袋が捨てられた場所が、Kさんのマンションの下の駐車場だったことから疑われたようだ。

しかし、この「犯行」がわずか20数分で行われるだろうか? Kさんのように知的障害のある子どもは、運動能力が普通の子供より乏しいことを関係者が証言している。事件前勤務していた布団のリース会社の関係者も「普通3枚の布団を運べるところ、彼は1枚しか運べなかった」と証言していた。20数分では到底不可能な「犯行」を、検察はどうやって出来たことにしたのか? そこには恐ろしいカラクリがあった。前述したように、昼12時に女児を見たとの複数の関係者の供述があったが、その供述をないものにして、その前の11時40分の目撃供述のみを採用したのである。11時40分から1時20数分、つまり40分あればこの「犯行」は実現できるとしたのだ。

Kさんが女児に性的暴行を加えたとの証拠はなかった。ではKさんの殺害動機を何だったか? 帰りたくてなかなか帰してくれないKさんに対して、女児が「ばか!ばか!ばか!」と罵倒したからとなっている。女児の母親は考えたはずだ。まず最初に、あの子は見ず知らずの大人の男性に着いていくだろうか? あの子は初めて会った大人に、「ばか!ばか!ばか!」などというだろうか?私はあの子をそんな風に育てただろうか?このような母親の苦悩は、真犯人が逮捕され、本当の動機が判明するまで続くのだろう。

裁判でKさんには、懲役15年の判決がくだされ、上告も棄却され、刑が確定。この事件については、ジャーナリスト三宅勝久さんが「司法が凶器に変わる時」で裁判の内容を詳細を書いている。私も三宅さんの協力をえながら「日本の冤罪」で取り上げた。 一方、支援団体などの存在が不明のため、その後どうなっているかはわからない。kさんは既に服役を終え、お母さんのもとに戻っているのだろう。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

【緊急訴訟報告】対エル金(しばき隊/男組)訴訟、上告棄却の不当決定! 損害賠償11万円+利息等が確定! 大学院生リンチ事件で被害者М君に瀕死の重傷を負わせた徒輩が「プライバシー侵害」とは嗤わせる!

鹿砦社代表 松岡利康

2016年に始まった対しばき隊関係訴訟はまだ続いていましたが、くだんのリンチ事件で主たる暴力行使者・エル金こと金(本田)良平が、犯歴をバクロされたとして「プライバシー侵害」を理由に鹿砦社と作家・森奈津子さんを訴えた訴訟の上告審、最高裁第二小法廷は私たちの上告を棄却する決定を下しました。決定日付は7月10日。別掲の通り簡素なものです。これで、すべての対しばき隊関連訴訟が終結したことになります。まさに“10年戦争”でした。

7月10日付け最高裁の決定書

◆将来を嘱望された大学院生(当時)М君の人生を狂わせた徒輩を許せない!

この集団リンチ事件の当事者の中で、加害者側の5人、このうち李信恵は相変わらず講演三昧、伊藤大介は複数の暴力事件を起こし有罪判決が確定しオモテから離れました。1発殴り罰金刑(刑事)と賠償金を課された凡(ハンドルネーム)もオモテから離れました。残りの松本英一はまだ運動に足を突っ込んでいるようですが、詳しい最近の動向は伝わってきません(雑魚にはさほど興味もありません)。

リンチ直前の加害者ら。左から李信恵、金良平、伊藤大介

今回の訴訟の原告、エル金こと金良平は、一時行方不明になったり突然オモテに出たりしながら、住所不明(訴状では代理人の神原元弁護士の事務所を住所としています)、職業不詳です。彼は数十発、М君に激しい暴行を加え、刑事では罰金40万円、民事では賠償金120万円余の判決を受け、なんとかカネを集め支払っています。合計で160万円余り、個人で払うには決して少額ではありません。これに懲りて反省し、もう暴力的行為はしないとけついしたらいいのですが、その後も、一触即発の場面に先頭になって参加しています。

一方の被害者M君は、酷いリンチによるPTSDで、博士課程は修了したものの研究職に就くことができず、肉体労働に近い職業で日々働き暮らしています。本来なら今頃、若い学生に囲まれ学究生活に入っていただろうに……。これを思うと不憫です。

М君は、金良平らによる直接的暴力、「反差別」運動の旗手とマスメディアが喧伝する李信恵らによる集団リンチ、さらには彼らの支持者によるセカンド・リンチにより人生を狂わされました。私や森さんが、一審判決11万円という少額賠償金にかかわらず、控訴審、上告審と最後まで闘ったのは、人生を狂わされたМ君への血の通った人間としての同情心と、金良平らリンチの加害者らや、これに付和雷同してM君にセカンド・リンチを加えた徒輩を許せなかったからです。

リンチ前と後

◆10年経って社会運動から暴力はなくなったのか?

かつて激動の時代60年代後半から70年代にかけて、世界的なベトナム反戦運動の高揚、国内的には、それに加え安保─沖縄闘争、全国学園闘争、三里塚闘争(成田空港反対闘争)などをメルクマールに、学生運動、反戦運動、社会運動全般が盛り上がったことは歴史的事です。

しかし、運動内部では軋轢、対立、分裂が進行し、これが暴力を伴い、「内ゲバ」と総称されるような問題も同時に起きました。問題は、累々たる死者をも出し、これも大きな要因として運動全般が衰退していったことは私ごときが言うまでもありません。

そうしたこともあって、心ある人たちの努力により、わが国の社会運動から次第に暴力はなくなっていったはずでした。私もそう思っていました。

そのかん、私の先輩、後輩らも暴力の場面に遭遇しました。なにより私も病院送りにされましたし、ついこの前に一緒にビラ撒きしていた某党派の活動家が夜間急襲され仲間と共に殺されるというニュースには驚きました。多くの先輩方から対立党派ながら真面目な方と聞き、なんとも言えない気持ちになったことを今でも忘れることができません。

それから連合赤軍事件、内ゲバの激化などが続き、わが国の社会運動にとって大打撃となり、かつて社会運動の拠点となっていたキャンパスから抵抗の声は次第に聞かれなくなりました。かつては林立していた立看も今では見られなくなりました。立看を出しただけで即撤去、処分されたり、裁判になったりする時代です。時折訪れる母校でも、今や綺麗なキャンパスになりました。少なくとも立看、ビラ撒きぐらいは表現の自由の観点から制限なく規制しなくてもいいのではないか、と思います。

キャンパスから暴力的場面がなくなり、同時に立看やビラ撒きも見られなくなりましたが、これを突然打ち消したのが、金良平、李信恵らによるM君リンチ事件だったのです。社会運動の一つ「反差別」運動には根深い暴力が残っていたのです。「反差別」運動における暴力の問題として、本件と共に八鹿(youka)高校事件と併せ、やはり捉え直しが必要ではないかと思います。ちなみに八鹿高校事件では、部落解放同盟と日本共産党の争いもあり、兵庫県の山間の田舎都市での対立以上に大きな問題で、両者は本当にこれを教訓化したのか疑問です。この事件では、私の先輩も巻き込まれ、元々ブント系ノンセクトの活動家でしたから、共産党には批判的で、解放同盟に特段批判的でもないのに暴行を受けています。いまだにネットに流れている裁判記録に先輩の名を発見した時には胸が破裂しそうでした。

このリンチ事件を持ち込まれた際に、私はその先輩の姿を想起しました。金良平、李信恵ら加害者5人は、さんざんM君に暴行を加えた後、瀕死の重傷を負ったМ君を放置し逃げ去ったとのことで、M君はやっとの想いでタクシーを拾い自宅に帰ったのです。なにかを察知した運転手の方は料金を受け取らなかったそうです。

これには、さすがの裁判所も、「最後は、負傷したМの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。」として、「日頃から人権尊重を標榜していながら、金によるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」(大阪高裁、令和3年7月27日判決言渡)と批判したのです。

2016年の初めに、この大学院生リンチ事件を、リンチ直後の被害者の顔写真、リンチの最中の音声データ、その他の資料に接して知った時には、本当に驚き、瞬間湯沸かし器の私は即動き始めたのです。

◆事件後の加害者らの動き──当初反省、謝罪、活動自粛を約束しつつも、しばらくして反故

リンチ事件後、在日の親睦、協力の目的で設立された「コリアNGOセンター」を中心として事態収拾に動き、加害者、被害者双方への事情聴取が行われ、加害者5人のうち直接手を出したとされる金良平、李信恵、凡の3名が「謝罪文」を被害者M君に送り、反省、謝罪、活動自粛を約束していますが、のちにこれを反故、M君を苦しめることになります。約束を反故にし活動再開した理由としては、師岡康子弁護士が金展克さんに送った、いわゆる「師岡メール」に現れています。当時、彼らが当面の目的としていたヘイトスピーチ解消法成立の運動に利にならないとの思惑からだと思われます。研究者として将来を嘱望されたM君一人の人権よりも在日の利益を図ることのほうが重要だとの考えからでしょうが、人ひとりの人権を蔑ろにして、なにをかいわんやです。なので、師岡はじめ、この事件で名が出てくる者らを私は決して許すことができません。

金良平の謝罪文(全文1枚目)
金良平の謝罪文(全文2枚目)
辛淑玉文書の1ページ目。この時は深刻だったと思われるが、その後、この文書も否定

特に、岸政彦、彼は「李信恵さんの裁判を支援する会」の事務局長を務め、このリンチ事件ではコリアNGOセンターが行った事情聴取にも立ち合っています。本来なら、積極的に問題解決に奔走すべき立場です。しかし彼は、私たちが送った質問状にも答えず、馬耳東風のスタンスを貫くつもりだったようなので研究室に直撃取材をかけたのです。李信恵が裁判で述べたところによれば、このあと同会の事務局長を辞任したとのこと、これも、岸の一片の良心を信じていたМ君を苦しめることになります。その後岸は、当時龍谷大学教授から立命館大学教授、そして今や京都大学教授へと上り詰めていくのです。M君を犠牲にして──。岸は芥川賞の候補にもなりましたが、こういう世渡りのうまい人間こそ唾棄すべき人種です。岸よ、恥を知れ、恥を!

われわれの直撃に必死に逃げ回る岸政彦

一方的に活動再開した後、李信恵は講演三昧、彼女の自宅前を通った人によれば、自宅の車庫にベンツが停めてあったとのこと、行政などからの髙い講演料で買ったのかと勘繰ります。彼女は高価なブランド物も好きなようで、集会にどこかのブランドバッグを持って現れたのを見たという人もいました。果たして彼女に人間としての反省はあるのか⁉ 普通に考えて大いに疑問です。罪は逃れても、リンチの場にいて、金良平の激しい暴力を制止もせず、悠然とワインを飲んでいたとは、人間として信じられません。

金良平、伊藤大介らはますますアグレッシブに活動し、伊藤に至ってはネトウヨ活動家に対する暴行容疑で有罪判決を受け、経営する不動産会社の宅建免許取り消しを怖れ自社の代表を辞しています。凡のみが結婚し活動を辞めたようです。正解です。

◆金良平らリンチ加害者は本当に反省したのか? 関係者らは、このリンチ事件の〈負〉の面をいかに教訓化し運動の糧にしたのか?

この問いに、結論から言えば、なんの反省もしていませんし、教訓化もしていません。現在のしばき隊の現状、共産党の苦慮を見れば一目瞭然です。共産党が今、しばき隊との関係を切る、切らないで苦慮しているのは、10年余り前に、このリンチ事件に対して真っ向から取り組まなかった故です。その時のツケが今回ってきていると言えるでしょう。

金良平について言えば、真っ昼間からSNSに相当の時間を費やし、生業に就いているのかどうか疑問で、さらには被告とされた森さんの自宅圏内の関東地方に移住し、彼女に恐怖を与えていました。広義のしばき隊に繋がる者らと思しき者から、彼らを批判しただけで激しい嫌がらせを受けた人たちがいます。森さんもそうですが、自宅の周囲を何者かに徘徊されたこともありました。

私は、このリンチ事件の被害者М君支援、真相究明に関わってきて、いわゆるしばき隊やカウンターといわれる運動を批判した人たちが激しい嫌がらせを受けたことを知りました。2、3例を挙げますと、公立病院に勤める、ある在日の医師は病院に多数の嫌がらせ電話をかけられSNSを閉じられました。人の命に係わる病院にですよ。絶対にやってはいけないことです。小菅信子山梨学院大学教授は、大学に電話攻撃を受けると共に、愛猫が殺されています。作家の室井佑月さんは自宅前に汚物を撒かれました。なぜか、どれも実行犯は逮捕されていません。

本件訴訟の原因ともなっている金良平が森さんに絡んできて日に日にバッシングが激しくなり、危機感を持ち、障碍者の夫と共に暮らす森さんの身を案じ、金良平の犯歴を晒してでも自分の身を守れとアドバイスしたことで、私のアドバイスを受けた森さんは金良平の犯歴=M君へのリンチ事件の有罪判決(罰金刑)の前科を晒したのです。他人の身は他人が守ってくれるわけではありませんから。どのような手段を使ってでも自分の身は自分で守れ、と。その後、森さんには、反LGBT運動の仲間でありオウム信者に殺されかけた滝本太郎弁護士と共に殺人予告もありました。

金良平の犯歴を晒したというが、金良平の犯歴は鹿砦社の一連の出版物で〈公知の事実〉となっており、今更どうこう言うことでもありません。私に言わせれば、将来を嘱望された大学院生М君の将来をぶち壊した徒輩に「プライバシー侵害」などと嗤(わら)わせてくれるな、ということです。

このかん金良平は、Xも長く配信を止め、最近になってぼちぼち動き出してきたようですが、「反差別」運動にとって彼はもはや不要の人物であり厄介者にさえなっています。

今回の最高裁決定で、10年戦争を続けてきた大学院生リンチ事件関係訴訟はすべて終結いたしました。この10年間、私(たち)なりに被害者М君支援、真相究明に努めてまいりました。この過程で「反差別」運動のウラの面を垣間見、なぜ多くの識者がこれに対して声を挙げないのか? また、マスメディアはなぜ、李信恵らを持ち上げるだけで、その暗部を採り上げ批判しないのか、疑問です。

「反差別」が利権であってはならないことはすでに周知のことになっています。差別に反対するという崇高な営為が、どこかで倒錯していないか? 少なくとも真剣に考えても無駄ではないでしょう。いや、前記した大阪高裁判決で、リンチがあったこと、李信恵、金良平らが係わったことは確定しています。「リンチはなかった」だって⁉ 私やМ君の前で言ってみろ!

師岡康子弁護士と、金良平の代理人・神原元弁護士

リンチはあったのです。これを認めた上で、これに真摯に向き合い、「反差別」運動を主体的に切開し、改善すべきは改善し、今後の運動に主体的に取り込んでいくべきではないのか、大学院生リンチ事件に10年関わり、お金もそれなりに使い、私なりに一所懸命に取り組んできました。故・山口正紀さん(ジャーナリスト)や野田正彰さん(精神科医)、先輩の矢谷暢一郎さん(ニューヨーク州立大学アルフレッド校心理学名誉教授)、寺澤有さん(ジャーナリスト)、黒薮哲哉さん(同)、故・北村肇さん(『週刊金曜日』発行人)、今回鹿砦社と共に被告とされた森奈津子さん(作家)ら、決して多くはない心ある方々にご理解いただき、最後まで協力、支援賜りました。感謝申し上げます。

特に山口さんにつきましては、末期ガンで死の直前まで命を削り準備書面をお読みいただき添削も行ってくださいました。

訴訟上は、ヒラメ裁判官ばかりで、М君も賠償金は、決して満足のいく金額ではありませんでしたが、治療費程度は獲得できました。内容的にも満足のいくものではありませんでした。それでも勝訴は勝訴です、私たちは、М君を裏切ることなく最後まで共に頑張りました。

歪曲された反差別運動の犠牲者М君の想いをご理解いただき、このリンチ事件を、今からでも注目され真剣に再検証いただき、反差別運き動を含む社会運動における暴力の問題を考えていただきたいと切に希望いたします。

この大学院生リンチ事件については、言いたいことがまだまだあります。機会を見て、これまで収集した資料を元に総括的にまとめていきたいと考えています。

最後に、本件訴訟は当初、1996年以来、東京での訴訟事を一手に引き受けていただいていた内藤隆弁護士に受任いただきましたが急逝され、慌ただしく清井礼司弁護士が引き受けられました。急なことながら、短期間でリンチ事件の全貌を理解され最後まで、私たちの意を汲み闘っていただきました。心より感謝いたします。

※大学院生リンチ事件については、これまで刊行した6冊の本、これ以降については、「デジタル鹿砦社通信」の「しばき隊リンチ事件」の項私のFBをご覧ください。

われわれが総力で記録化した大学院生リンチ関係書籍。必読!

しばき隊リンチ事件 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

しばき隊と日本共産党の決別

黒薮哲哉

しばき隊と日本共産党の決別は歓迎すべきことだ。共産党を離党した家登氏(右)としばき隊の関係を証拠付ける写真を昨日入手した。

Ⅹ上で公開されていたものだ。写真の中央は、しばき隊の女性リーダー、ジャーナリスト、人権派の李信恵氏。

共産党はなぜ重大な判断ミスを犯したのだろうか。おそらく事実が正確に伝わっていなかたのでは? マスコミ情報を過信したことも裏目に出た。情報の分析があまいのではないか?

※黒薮哲哉FB「メディア黒書」、日本メディアの構造的腐敗を読み解く 2026年7月15日付けより転載

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)2026年7月16日記

しばき隊と日本共産党との癒着は、私たちが総力で取り組んだカウンター大学院生リンチ事件、いわゆる「しばき隊リンチ事件」の頃から公然と関係を誇示していました。大学院生リンチ事件は、神原元弁護士をはじめとするしばき隊系の者らが「リンチはなかった」との開き直りとデマを吹聴しても消せない歴史的事実です。

共産党が、今頃になってしばき隊を縁を切ると言っても遅いと言わざるをえないし、おそらく水面下では関係は続くものと考えています。

もし本当に共産党がしばき隊との関係にケリをつけようと思うのならば、まずは歴史を溯り、くだんの大学院生リンチ事件の総括を行うべきでしょう。ちなみに、上記写真の左は、しばき隊と行動を共にする福島恵美鶴ヶ島市議。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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広島市街地の液状化リスク インフラ崩壊と“エキキタ集中”の危険性

さとうしゅういち

◆能登半島大震災が示した「震度5弱でも道路が波打つ」現実

能登半島大震災では、震度5弱の内灘町で、道路が波打ち、橋が傾き、下水管が破断しました。これは、沖積層が厚い 地下水位が高い 造成地が多い という“都市地盤の弱さ”が原因でした。

広島市の市街地は、これらの条件が内灘町とほぼ同じか、むしろ悪い。

広島市街地の地盤特性は、①太田川デルタの沖積層で、地下水位が高い。 ②明治以降の埋立地(宇品・出島・マリーナホップ周辺)も多く、造成地(安佐南区・西区)も多く、③さらに、旧河道が多数(紙屋町・八丁堀・比治山下、西区福島町)です。つまり、震度5弱~6弱でも道路が波打つ可能性は高い(図は広島市HPより)。

◆液状化は「道路・橋・鉄道」を一気に破壊する

液状化は建物だけの問題ではない。むしろ、都市インフラの破壊が最大のリスクだ。

●液状化で起こること ①道路が波打つ ②橋脚が沈む ③高架が傾く ④下水管が破断 ⑤地下鉄が浸水 ⑥JR線の路盤が沈む ⑦港湾の護岸が崩壊 特に広島市の場合、広島駅周辺は最も液状化しやすい地盤。

◆その場所に“巨大県病院”を集中させて大丈夫か

広島県は、県立病院・旧JR広島病院・中電病院などを統廃合し、巨大県病院をエキキタに集中させる計画を進めている。しかし、エキキタは以下の理由で「最悪の立地」だ。

●エキキタの弱点 ①沖積層が極めて厚い ②地下水位が高い ③旧河道が走る ④周囲は高層ビル密集 ⑤道路が狭く、液状化で通行不能になりやすい ⑥救急車のアクセスが“一点集中”で脆弱 ⑦ヘリポートは周囲の高層ビルで危険 つまり、地震で道路が波打てば、巨大病院は孤立する。能登半島のように、「病院は無事だが道路が壊れて患者が運べない」という事態が広島駅北口で起こり得る。

◆公的病院は“分散配置”が正しい

本紙(広島瀬戸内新聞)が以前から主張してきたように、広島市は川で分断されやすく、災害時には“島状都市”になる。

だからこそ、公的病院は複数の島(地域)に分散配置するのが合理的です。

●分散配置の候補 ①南区宇品(県病院を耐震基準に満たない部分を改築) ②中区(中電病院) ③東区二葉の里(旧JR広島病院) これらを残し、④安佐北区(安佐市民病院)へのアクセスを芸備線と可部線の直通で改善すれば、災害時の医療アクセスは圧倒的に安定する。巨大病院を一箇所に集中させるのは、昭和的な「大規模=正義」という発想であり、現代の災害リスクには全く合わない。

◆行政のバックアップ拠点は“内陸の強固地盤”に必要

広島市の行政機能は、中区・東区・南区に集中している。しかし、これらはすべて液状化リスクが高い地盤だ。

●行政バックアップ拠点の候補 西風新都(石内・大塚)(①花崗岩の強固地盤  ②高台 ③液状化リスクほぼゼロ ④道路網が広い ⑤広島高速4号線で都心と直結) 

このほか沼田・伴地区や安佐北区の高台(口田・落合)が考えられます。これらは、災害時の行政・医療・通信のバックアップ拠点として最適です。

◆呉日鐵跡地に防災省を

瀬戸内海の巨大断層は、しまなみ海道から今治、高縄半島、周防大島、柳井沖、上関へと連続して伸びています。能登半島地震が示したように、断層は地形に沿って連鎖破壊します。

広島市街地は液状化危険度Aランクであり、震度5弱~6弱でも道路が波打ち、橋が沈み、都市機能が麻痺する可能性が高い。その中で、呉日鐵跡地は瀬戸内地震帯の“都市壊滅ゾーン”から外れ、地盤が比較的安定し、津波の直撃も受けにくい場所です。

本紙(広島瀬戸内新聞)が主張してきた「呉日鐵跡地に防災省を軸に、防災・環境テクノロジーの首都を」という構想は、今回の巨大断層発見によってますます正当性を増しました。ただし、津波を想定した2mのかさ上げ、地盤強化、免震構造、高台アクセスの確保など、リスクを踏まえた設計が不可欠です。

「個別断層前提」から「連動型・複合型災害前提」へ 広島と日本の未来を守るために

これまで広島県や広島市の防災対策は、「南海トラフ」「芸予地震」「五日市断層」「己斐断層」など、個別の活断層ごとに被害を想定する方式で作られてきた。しかし、能登半島大震災が示したように、地震は一つずつ起こるのではなく、複数の断層が時間差で連鎖破壊し、M6級の“飛び火”が周辺で多発します。

さらに、国の原発審査基準や自治体の原発避難計画も、連動型・複合型災害を想定していません。上関の核ゴミ貯蔵施設は、しまなみ海道巨大断層帯の延長線上に位置し最悪の立地条件を抱えています。豪雨災害と地震災害が同時に起こる“複合災害”も、能登半島で既に現実となった。防災は、「個別断層前提」から「連動型・複合型災害前提」へ抜本的に転換しなければならない。しまなみ海道巨大断層帯を軸に、連鎖破壊・飛び火・豪雨との複合災害を想定した新しい防災体系を構築することが、広島と日本の未来を守る唯一の道である。

さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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米国からアジアへ、多額のNEDメディア向け資金、日本ファクトチェックセンター(JFC)は、GoogleやMetaから

黒薮哲哉

◆アジアにおける全米民主主義基金(NED)の支援対象団体

全米民主主義基金(NED)が2025年度にアジア地域を対象として交付した助成金の総額が明らかになった。NEDのウェブサイトによると、助成金の総額は530万ドル(約8億4,800万円)だった。助成を受けたのは、メディアや市民団体である。

これらの資金は、NEDの支援対象となるメディアや団体の活動に充てられてきた。2025年度の報告書(NEDウェブサイト)では、中国について次のように評価している。その内容は、西側メディアで広く報じられている論調と概ね一致している。

中国および北朝鮮のパートナー団体は、活動家のネットワークや新たな情報通信手段を活用し、国家による統制の実態を明らかにするとともに、独立した情報へのアクセス拡大に取り組みました。

中国は国内で政治的統制と自由への抑圧を一層強める一方、世界的な影響力の拡大にも力を注ぎ続けました。中国共産党(CCP)は香港、チベット、東トルキスタン(新疆)での弾圧を強化するとともに、デジタル検閲、国境を越えた弾圧、エリート層の取り込み(エリート・キャプチャー)という自国モデルを近隣諸国やさらに広い地域へ輸出しました。北京の影響力は、地域の情報環境、ガバナンスの規範、市民社会への制約にますます大きな影響を及ぼし、アジア全体の民主的価値に対する長期的な課題となっています。このような状況の中、NEDの支援を受けたパートナーは、中国共産党の影響力の実態を明らかにし、独立した情報流通経路を拡大するとともに、市民社会の活動空間を守る取り組みを進めました。

◆日本のメディアはどうか

日本のメディアがNEDから資金提供を受けたという情報は確認できなかった。

一方、日本ファクトチェックセンター(JFC)は、設立時にGoogleから150万ドル、Yahoo! JAPANから2,000万円、さらにLINEから500万円、Metaから400万円の資金提供を受けている。

【裏付け】

Upon its establishment in October 2022, JFC received grant support of USD 1.5 million from Google.org and 20 million yen from Yahoo! JAPAN.

In addition, in October 2023, JFC received funding of 5 million yen from LINE Yahoo! and, in December of the same year, 4 million yen from Meta.

https://www.factcheckcenter.jp/funding-en

◆メディアの活動資金と報道のあり方

メディアの活動資金が、NEDをはじめとする米国政府系の基金や大企業から国境を越えて提供されていることは、報道のあり方を考える上で一つの判断材料となる。資金がなければ十分な取材活動が難しい側面はあるものの、その資金提供が報道の質や編集方針にどのような影響を及ぼすのかについては、慎重に見極める必要がある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月10日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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瀬戸内海に巨大活断層発見! 上関も危ない! 連動型・広島大震災に備えよ!

さとうしゅういち

◆瀬戸内海に潜む“起爆点” しまなみ海道沖巨大活断層

産総研は2025年冬、しまなみ海道沖合に海底巨大海底断層が存在することを突き止め、26年5月末に公表しました。その位置は、しまなみ海道の島々を形成した沈降帯の延長線上にあります。瀬戸内海は、沈降(リフト)+横ずれ断層の複合地形であり、巨大断層が存在しない方が不自然です。

この海底断層が破壊すれば、瀬戸内海全域の地殻の力関係が変化し、“連動型地震の第一段階”が始まる可能性があります。連動型地震とは、能登半島で2024年正月に起きた大震災が典型例です。地震発生の初期に動いた活断層からやや遠い活断層や、方向が違う断層も動いて大被害になりました。広島市や広島県の防災計画や都市計画も抜本的な見直しが必要です。

◆第一段階:海底巨大断層(M7.5~最悪の場合8.0)

しまなみ海道巨大断層は、今治で終わりません。地形的に見れば、高縄半島、周防大島、柳井沖、上関へと連続して伸びています。能登半島の教訓を踏まえれば、断層は地形に沿って連鎖破壊する。

瀬戸内海の巨大断層はM7.5~8.0に達し、上関に予定されている核のゴミ貯蔵施設を含む沿岸都市を直撃する可能性があります。

●想定震度 広島市:震度5弱~6弱呉・東広島:震度6弱尾道・三原:震度6弱今治:震度6強 

※連動が西側に広がれば松山・柳井・上関など震度6弱も

●津波到達時間 今治・尾道:数分 呉:5~10分 広島:10~15分 
南海トラフのような「3時間の猶予」は存在しません。

●想定被害 「海底の上下変位による局所津波」「しまなみ海道の橋脚損傷」「広島湾沿岸で液状化」「港湾機能の低下」(広島港・呉港・松山港) ※大きな揺れや津波が上関町に計画中の核のゴミ中間貯蔵施設直撃も

◆第二段階:安芸灘断層帯(M7.2)

海底断層の破壊で力関係が変わった場合、最も誘発されやすいのが安芸灘断層帯です。

●想定震度 広島市:震度6弱呉市:震度6強江田島:震度6強
●津波到達時間 呉:数分 江田島:数分 広島:10分前後
●想定被害 呉市の斜面住宅地で大規模崩壊/江田島の液状化/広島湾の護岸損傷/しまなみ海道の橋梁が再度揺れ、損傷が拡大

◆第三段階:広島湾‐岩国沖断層帯(M7.4~7.5)

安芸灘断層帯がのほかに懸念されるのは広島湾‐岩国沖断層帯です。

●想定震度 広島市:震度6弱~6強特に中区・西区・南区・安佐南区で震度6強。
●津波到達時間 宇品・出島:数分 南区沿岸:数分 廿日市:5~10分
●想定被害 都心部の老朽ビル倒壊/橋梁・高架の損傷/南区の液状化/安佐南区の造成地崩壊/JR山陽本線・呉線の長期不通/しまなみ海道の複数橋梁が通行不能

◆五日市断層・己斐断層への飛び火も

能登半島大震災では、その後も、周辺の断層への「飛び火」的な地震が相次いでいます。広島に当てはめれば、五日市断層や己斐断層への飛び火も危険だ。一部のセグメントだけがM6級で破壊しても、その直上の広島市街地にとっては“都市直下型本震”となります。断層の部分破壊こそ、広島が最も警戒すべき地震シナリオです。

◆瀬戸内海の津波は“数分で来る”

南海トラフのような外洋型巨大地震では、津波到達まで2~3時間の猶予がある。しかし瀬戸内海はまったく違う。 

①震源が近い ②海が狭い ③波が反射・増幅 ④海底断層の上下変位が直接沿岸に作用

そのため、津波は最短で数分、長くても10~20分で到達する。揺れたらすぐ逃げる――これが瀬戸内海の防災常識である。

◆瀬戸内海は“陸の隆起/海の沈降”を繰り返してきた 「日本のムー大陸」瓜生島伝説

瀬戸内海の地形は、断層の連動による上下動の履歴そのものである。①島が持ち上がる(隆起) ②海底が沈む(沈降) ③海岸線が変わる ④津波が発生するなど、能登半島地震で見られた現象は、瀬戸内海でも繰り返されていました。

大分には「日本のムー大陸」といわれる瓜生島沈没伝説があります。①島が沈む ②津波が襲う ③海岸線が変わる……これらは、能登半島地震の沈降現象と酷似しています。瀬戸内海は沈降帯であり、島が沈むことは自然です。

◆室町以前の地方での地震は“記録に残らない”

瀬戸内海の巨大地震は、中央政府=朝廷・幕府で記録されず、多くが文書として残りません。記録される地震の多くは、畿内・鎌倉のものが中心です。地方武士団は災害記録を残さないし、水軍文化圏は口承中心です。一方で、海岸線の変化は伝説化しやすい。瓜生島沈没は、失われた瀬戸内地震史の数少ない痕跡である。

◆結び すぐ逃げる防災を

瀬戸内海の津波は、南海トラフとは違う。揺れたらすぐ逃げる。数分で来る津波に備える。連動型広島大震災を想定する。これが、瀬戸内海沿岸に生きる私たちが持つべき新しい防災常識である。

さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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21年前の7月12日に何があったのか? ── 「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧を想起する

鹿砦社代表 松岡利康

今から21年前の2005年7月12日(以下、7・12と記します)のことは終生忘れられない ── それはそうでしょう、早朝から検察(神戸地検特別刑事部)の一群に自宅を襲われ逮捕、半年以上も幽閉されることになったのですから。それも自分の逮捕を、その日、配達されたばかりの新聞で知るという、何とも言えない経験でした。
21年前の4月7日、この日は悲願の月刊『紙の爆弾』を創刊(編集長・中川志大)し、4号発行した直後の7・12に事件は起きたのでした。神戸地検特別刑事部長・大坪弘道検事に指揮された同主任検事・宮本健志検事(地元・西宮東高出身)と朝日新聞大阪社会部・平賀拓哉記者との周到な連携によって……。

◆1 前史 

昨年4月、『紙の爆弾』創刊20周年に際し東京日比谷・日本プレスセンターに多くの皆様方にお集まりいただき、祝っていただくと共に叱咤激励賜りました。さらに7・12には弾圧の舞台・西宮にて弾圧20年を忘れないという意味で、こちらにも多くの方々にお集まりいただき、この弾圧の悔しさと意味を忘れないことを共有いたしました。そして鹿砦社も、〈小さくても毒を持った出版社〉として在り続けることも、あらためて決意したのでした。1969年に創業した鹿砦社は、すでに50年余りの激闘の時代を潜り抜けてきましたが、くだんの「名誉毀損」に名を借りた弾圧はじめ山あり谷ありの社史を綴ってまいりました。

私は創業者ではなく実は三代目で、創業時のスタッフは、いまだに老いても気を吐いている前田和男(『続 全共闘白書』編集責任者)を残すのみで初代代表・天野洋一はじめほぼ鬼籍に入っています。最初の出版、中村丈夫編『マルクス主義軍事論』の名に象徴されるように、ロシア革命の問い直しを中心としてバリバリの硬派の出版社でしたが、私が引き継いだ1980年代も後半になると時代も変わり、そうした路線ではやっていけなくなり、偶然に芸能スキャンダル問題に遭遇し、いわゆる「暴露本」路線をも採り入れることになり、二代目社長の石川次郎からは「オレの顔にクソを塗った」と詰られたこともありました。

この転換は功を奏し、一挙に売上10億円達成、国税に特別調査されるというオチまでつきました。この衝撃は内外に大きかったようで、鹿砦社=暴露本出版社というイメージが今でも強いようです。

ちなみに、神田に芳賀書店というアダルト書店がありますが、創業者はゴリゴリの左派出版人で、たとえば滝田修・著『ならずもの暴力宣言』などを刊行する左翼系の硬派の出版社だったことを知る人はほとんどいなくなりました。滝田修(本名・竹本信弘)は、われわれの時代のカリスマで、一昨年亡くなりましたが、この名を知る人も少なくなりました。芳賀書店の転換は、時代の変化をいち早く感じた二代目がやったと思いますが、当時私たちを驚かせたものでした。

◆2 路線転換は一度は成功したものの……

鹿砦社の転換は1994年秋から始まり、翌年の阪神大震災で、逆に「地震で自信をつけた」などと嘯き顰蹙を買いながらも“遅れて来たバブル”を謳歌しましたが、鹿砦社バブルは長くは続きませんでした。それでも、暴露本ブームが去っても、ジャニーズ問題はじめ硬軟織り交ぜスキャンダル本は刊行し続けていました。

そうした中、かの『噂の眞相』が事実上廃刊し、特段後継雑誌でもありませんでしたが、取次会社がそう誤認し雑誌コードを出してくれ『紙の爆弾』創刊に至った次第です。

2005年、意気揚々と『紙の爆弾』を創刊し、さあこれからという時に起きたのが、くだんの弾圧事件でした。

『朝日新聞』2005年7月12日朝刊(大阪本社版)
『朝日新聞』2005年7月12日夕刊

『噂の眞相』も創刊直後、「名誉毀損」による刑事事件で立件され、その後、在宅起訴、有罪判決を受けています。私のように逮捕されることもなく微罪ですが、出版物で立件、起訴され有罪判決を受けたこと自体が問題であり、これが後に身柄拘束(逮捕→起訴)、長期勾留、より重い有罪判決(幸いに実刑は免れ執行猶予付きでした)に繋がっていきました。

逮捕の元となったアルゼ告発シリーズ
一審判決報道テレビ報道より画撮
この事件では外国特派員の関心も強く、要請を受け外国人記者クラブにて会見

◆3 21年経って思うこと 

21年経ち、思うことは多々ありますが、激しい表現はあったにせよ〈表現の自由〉の範囲内で不当だという想いは消えません。それは、この事件に関わった者らがことごとく不幸な目に遭っていることからも解ります。「因果応報」という言葉がありますが、「人をハメたものは、みずからもハメられる」ということでしょうか。

事件を指揮した大坪弘道神戸地検特別刑事部長は、その後、東京地検特捜部長に栄転し、厚労省郵便不正事件証拠隠滅に加担し逮捕→検事失職→有罪、主任検事の宮本健志検事は、その後徳島地検次席検事に栄転しながらも持ち前の酒癖の悪さから深夜泥酔し暴れ一般市民の車を傷つけ検挙、和解したことで失職は免れたものの平検事に降格処分を受けています。しかし、これは軽いもので、彼にとっては実弟が起こしたストーカー殺人事件(懲役20年が確定)ほうが深刻でしょう。宮本は検察を退官し今、滋賀県で公証人をやっています。

当時、神戸地検特別刑事部長として事件を指揮した大坪弘道検事逮捕!(朝日新聞2010年10月2日朝刊)

まだまだ不幸は続きます。私を告訴した警察癒着企業「アルゼ」(現ユニバーサルエンターテインメント)創業者の岡田和生は、パチンコ・ゲーム業界の雄として、当時はまだ公表されていた高額所得者名簿の総合トップにもなった男で、フィリピンでカジノホテル事業を開拓する過程で政府高官へ賄賂を贈るなどの不正で逮捕、それでもカジノはオープンさせつつも、実子や子飼いの社長、後妻らによってクーデターを起こされ、みずからが興し育てた巨大企業から放逐されカジノホテルも乗っ取られるという悲劇に遇っています。

遂にアルゼ創業者・岡田逮捕!(2018年8月6日付けロイター配信)。これに至るまでには水面下で資料を提供したり協力、記者はたびたび西宮まで来社した
かつての栄華はどこへやら……みずからが創業し育てた会社から放逐されたことを語った『週刊ポスト』2019年3月22日号
神戸地検と結託し「風を吹かせた」朝日新聞大阪社会部・平賀拓哉記者

なんという“素晴らしい人たち”、これを見るだけでも、鹿砦社弾圧事件が、どす黒い野望で仕組まれたものであるかが垣間見れるでしょう。これに乗ったのが、わが朝日新聞大阪社会部の平賀拓哉記者なのです。一応は朝日独占スクープでしょうが、神戸地検の口車に乗った“官製スクープ”といえるでしょう。検察の裏金を告発して逮捕された元大阪高検公安部長の要職にあった故・三井環氏によれば、こういうのを「風を吹かせる」というようです。検察─マスコミ連携芝居ということです。

平賀記者は一時中国瀋陽支局に勤め、その後大阪社会部に戻り、新聞記事でこのことを知った私は何度となく会見を申し込みましたが、朝日大阪本社広報部からたった一行のメールで断られました。私は当事者も当事者ですよ、この事件で人生を変えられたんですよ。私から言葉巧みに資料も受け取り、神戸地検と連携し一面トップで大きく「スクープ」したわけでしょう。20年近く経って、恩讐を越えて話を聞きたかっただけです。逃げなくてもいいでしょう、私は奥崎謙三ではありません(苦笑)。

◆4 人質司法について

このところ「人質司法」という言葉が語られています。これはオリンピック関係の不祥事で逮捕─勾留された角川歴彦が記者会見したり本を出版したりしたことで話題になりましたが、すでに21年も前に私は機会あるごとに訴えています。角川のような大手出版社グループのトップが言えば問題になり、私のような地方小出版社のしがない社長が言っても話題になりませんでした。

むしろ、「鹿砦社なら仕方がない」といった見棄て感が支配しました。

この問題については聴くことが多々あるので、対談、もしくはインタビューを申し込みましたが返事さえありません。これも相手によって態度を変えるということでしょうか。

私は192日間、角川歴彦は226日でしたが、確かに長期間幽閉されると、日々、精神状態は二転三転します。経験したものにしか解りません。

再三にわたる保釈請求にもかかわらず「証拠隠滅」を理由として保釈はことごとく却下され、長期勾留となりました。私は小なりと雖も会社経営者であり、取引先やライターさんらとの長年の付き合いから、また証拠は多く押収されていて証拠隠滅も逃亡もできるわけがありませんし必要もありません。長期間拘置所に閉じ込め精神的にも肉体的にも痛めつける人質司法は即刻やめるべきです。

◆5 〈7・12〉について今思うこと

7・12の出来事は、私の人生も会社の運命も変えました。一時は私も会社も壊滅的打撃を被り、再起不能とまで、私や会社を知るほとんどの人たちが思ったに違いありません。

そのまま会社を畳み、出版の仕事をやめ日々の食い扶持を求めて賃労働に勤しむ選択肢もありましたが、不器用な私は、そうたやすく転身できませんでした。

こういう時に人となりが解ります。さっと去っていった人もいましたが、これは責められません。ほとんどの取引先、ライターさんらが支援しサポートしていただき、精神的にも持ちこたえることができました。

一審報道についての故・山口正紀さんの記事(『週刊金曜日』2026年7月14日号)。山口さんは公判のたびに自費で来阪され最後(最高裁決定)まで報告記事を記述された

そうこうしているうちに、偶然にヒットが続きました。これは、目的意識的に狙ったわけではなく、まったく奇跡と言わざるをえません。ここを持ちこたえることができたことが、その後、新型コロナによる急激な落ち込みに遭っても、何とか凌いでいけているのだと思います。

2005年7・12で逮捕されてからブレイクのきっかけとなった2009年秋までの期間は、正直、楽ではありませんでした。一時は事務所もなくなり、東京はしばらくの間ジプシー生活を余儀なくされました。本社も、本格的に出版事業に入る際に借り、その後書庫にしていた1ルームマンションを片付け再出発しました。

何とか50万円を都合し、知人の不動産屋に無理を頼み東京の今のビルの5坪の部屋を借りて再出発したのでした。

多くのことが去来します。 ──

ここに記述したのは、この事件のほんの一部でしかありません。事件後、7・12前後に、思いつくことを書き綴ってきました。同じようなことを繰り返しているかもしれませんが、混乱しつつも、心の奥底から込み上げてくるものを書き留めてきました。まとまとりがついているわけでもありません。

その後、出版やメディアをめぐる情況はどうでしょうか? 悪くはなっていませんか? 良くなっていますか? 皆様、どうですか? 

簡単に言われる「表現の自由」は、イメージではありません。〈現実〉です。私たちのやり方が良かった悪かったという問題もあるでしょう。これはこれとして、批判は批判としてなされ、日々培っていくことでしか、守ることはできないと思います。

もう私のような犠牲者を出してはいけません。破綻したとはいえ、このかん議論になっている浅野健一さんによる出版差し止め仮処分など、メディア規制を司法権力の手を借りて行うなど、ジャーナリストや書き手がみずから手を染めてはいけません。だから私は精一杯異議を挙げたわけです。

2005年7・12から21年 ── あと何年、出版の仕事を続けれるか解かりませんが、皆様方のお力をお借りし、精一杯一冊でも二冊でも「一、二年で忘れ去られることのない本」(クラウゼヴィッツ)を作っていく所存です。もうしばらくお付き合いください。

「M君暴行事件」の事実は、共産党へ届いていたのだろうか?何者かが、「事件はなかった」とウソをついていた可能性も

黒薮哲哉

日本共産党が「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」と題する声明を発表し、その中で、暴力を誘発しかねない運動のあり方について自己批判したことが、SNS上でも話題になっている。この声明をおおむね評価する声は少なくない。

しかし、私はいくつか留意すべき点があると考えている。その一つは、2014年12月16日深夜に、しばき隊が大阪・北新地で起こした「M君暴行事件」について、日本共産党の田村智子委員長らが、どこまで実態を把握していたのかという問題である。

鹿砦社取材班は、共産党関係者への取材を行い、さらに事件を記録した書籍も送付していたという。したがって、党が事件について全く知らなかったとは考えにくい。しかし、党が運動方針の誤りを認めるまでには、10年以上の歳月を要した。なぜ、これほど時間がかかったのだろうか。

私の推測になるが、事件に関係した人々や、その後の対応に携わった人々が、「事件は鹿砦社が作り上げたフェイクニュースであり、事件そのものが存在しなかった」というウソを党側に伝えていた可能性はないだろうか。

実際に、しばき隊側の代理人を務め、自由法曹団常任幹事でもある神原元弁護士は、「事件はなかった」と堂々と繰り返し主張してきた。また、諸岡康子弁護士は、事件の隠蔽を促す趣旨とも受け取れるメールを知人に送信している。

「その人(黒薮注・M君)は、今は怒りで自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えないかも知れませんが、これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たち(黒薮注・李信恵氏ら)を権力に売った人、法制化(黒薮注・ヘイトスピーチ規制法)のチャンスをつぶした人という重い十字架を背負い続けることになります」

ちなみに、このメールの存在は、受信者が鹿砦社へ情報提供したことで明らかになった。

主要メディアも、この事件について申し合わせたかのように報道を控えた。鹿砦社は司法記者クラブでの記者会見からも締め出され、事件について継続的に情報発信していた媒体は、事実上、鹿砦社以外にほとんど存在しなかった。このような状況であれば、日本共産党にも事件の実態が十分伝わっていなかった可能性は否定できない。

左から、神原元弁護士、師岡康子弁護士、有田芳生衆院議員。出典:東京新聞

◆部落解放同盟からしばき隊へ

共産党の田村委員長らが、「M君暴行事件」を検証したうえで、今回の暴力路線に関する反省声明を発表したのかどうかは明らかではない。しかし、事件から声明の発表まで10年以上を要したことや、その声明の内容を踏まえると、事件そのものについて十分な検証が行われたとは考えにくい。この事件が、カウンター運動の問題点を考える上での原点なのだが。

共産党は、「事件はなかった」という説明を信じていた可能性が高いのではないか。

私の推測が当たっているとすれば、日本共産党が部落解放同盟による暴力には対峙しながら、しばき隊による暴力については問題視しなかった理由も、一応の説明がつくのである。

◆飲酒を続け、最後は……

2014年12月16日深夜に発生した「M君暴行事件」については、大阪高等裁判所も、その際に激しい暴力行為があったことを事実認定している。以下、高裁判決を紹介しよう。

第1審(大阪地裁)も第2審(大阪高裁)も、判決の方向性は同じである。李氏がM君を殴った事実はなく、共謀性も認められないというものだった。ただ、高裁の判決は、事件当日の李氏の言動をより詳細に認定している。「殴った」とする鹿砦社報道は事実ではないとしながらも、はからずもこの事件の性質を浮彫にした。どのような状況の下で、Aが暴行に及んだのかが、事実に即して司法認定されたのである。

たとえば次の新しい事実認定である。

【引用】「被控訴人(注:李氏)は、Mが本件店舗に到着した際、最初にその胸倉を掴み、AとMが本件店舗の外に出た後、聞こえてきた物音から喧嘩になっている可能性を認識しながら、飲酒を続け、本件店舗に戻ってきたMがAからの暴行を受けて相当程度負傷していることを確認した後、「殺されるなら入ったらいいんちゃう。」と述べただけで、警察への通報や医者への連絡等をしないまま、最後は負傷しているMを放置して立ち去ったことが認められる。

この間、BやCはAに対し暴力を振るわないよう求める発言をしているが、被控訴人が暴力を否定するような発言をしたことは一度もなく、被控訴人は遅くともMが本件店舗内に戻った時点では、MがAから暴行を受けた事実を認識していながら、殺されなければよいという態度を示しただけで、本件店舗外に出てAの暴行を制止し、又は他人に依頼して制止させようとすることもなく、本件店舗内で飲食を続けていた。

このような被控訴人の言動は、当時、被控訴人が金による暴行を容認していたことを推認させるものであるということができる。」(略)(控訴審判決、7P、裁判所の判断)

さらに高裁は、李氏による次の言動も新たに認定している。

【引用】「被控訴人は、Cと話をしていたが、カウンター席の奥でAとMが立ち上がり言い争いになり、Bが間に入って止めたことや、AとMが本件店舗から出て行くことを見ていた。被控訴人は本件店舗内に残ったBに対して「ぼんちゃんは座って」などと声をかけていた。」(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

BはAによる暴行を止めようとしていたのである。そのBの行動を李氏が制止したことが、控訴審判決で新たに認定されたのだ。

さらにAによる暴行の後、店舗を立ち去る場面に関して、控訴審判決は新しい認定を行った。1審判決では、李氏、C、それにDの3人が、AとBに「帰るで」と声をかけたと認定していたが、高裁判決はそれを取り消し、李氏が「帰るで」と声をかけたと認定した。次のくだりである。

【引用】「被控訴人(注:李氏)が、AとBに対し、「帰るで」と告げて、C及びDと共に、負傷しているMの側を通り過ぎて……」(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

この記述から李氏がカウンター運動のリーダーであったことが推測できる。これらの認定を踏まえて、大阪高裁は賠償額を50万円減額した。その理由を次のように控訴審判決の中で集約した。

【引用】被控訴人(注:李氏)は、本件傷害事件と全く関係がなかったのに控訴人により一方的に虚偽の事実をねつ造されたわけではなく、むしろ、前記認定した事実からは、被控訴人は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。

本件において控訴人の被控訴人に対する名誉毀損の不法行為が成立するのは、被控訴人による暴行が胸倉を掴んだだけでMの顔面を殴打する態様のものではなかったこと、また、法的には暴行を共謀した事実までは認められないということによるものにすぎず、本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、AによるMに対する暴行については、これを容認していたという道徳的批判を免れない性質のものである。」(控訴審判決、10P、裁判所の判断)

繰り返しになるが、M君暴行事件が、カウンター運動のあり方を考えるための原点なのである。避けて通れない事件なのだ。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)2026年7月8日記

リンチ事件から1年余り、上記写真の3人はじめ加害者に連携する者らの必死の隠蔽工作により事件はなかったもののように表面化しませんでした。何よりも関西にいる私たちも知りませんでした。実は社内に入り込みスパイ活動を行っていた者さえいたという、笑い話にもならない笑止千万な事実もありました(詳しくはリンチ関連本や「デジタル鹿砦社通信」内の「しばき隊リンチ事件」の項を参照してください)。それほど隠蔽工作は徹底していました。

M君に近づいた大手メディア関係者もいましたが弄ばれただけでした。万策尽きようとしたところで、鹿砦社主催の市民向けゼミナールに時折参加していたОさんが、M君の心情を察し私たちのところに持ち込んできて、私たちの知るところとなりました。事件があったのが2014年師走、Оさんが私たちのところに来たのが翌々年の1月、1年余りも経っていました。

この1年余りの間の被害者М君の心情には今でも心が痛みます。驚いた私たちは即座に行動を開始、特別取材班を結成し、M君らが持ち込んだ資料の精査から始め事実関係の調査・取材をスタートした次第です。

この件、話し始めたら長くなりますので、かいつまんで申し述べるに留めますが、メディア・出版関係者で関心を持ち私たちに理解を示してくれたのは黒薮さんや山口正紀さん(故人。元読売記者。裁判所に意見書提出)、野田正彰先生(精神医。裁判所にM君の精神鑑定書を提出)、寺澤有さん(ジャーナリスト)、森奈津子さん(作家)ら数少なかったです。ある公立病院の在日の医師は、その正義感から、みずからのSNSで公然と被害者擁護、加害者(に与する者ら)批判を繰り広げるや病院に嫌がらせの電話が殺到したりで、病院に迷惑を掛けれないとSNSを閉じられました。

おそらく声を挙げたくても挙げれなかった人も少なくはないと思われます。当時のしばき隊、あるいは親しばき隊を中心とする加害者側人脈は元気過ぎるほど元気でした。黒薮さんも仰っているように、この事件は、社会運動と暴力の問題を考える場合、試金石といえるもので、けっして避けては通れない重要な問題です。いくら口先で「暴力反対」と言っても、現実に身近で暴力事件が起きた際に、いかに真剣に対応するのか、このリンチ事件は、このことをリアルに突き付けていると思います。

1970年代初めから幾多の暴力の場面に遭遇し、みずからもその被害を被り病院送りにされ、そうして新左翼間、あるいは新左翼と共産党(この学生・青年組織「民青」)間の、いわゆる「内ゲバ」の時代を迎え社会運動は壊滅的な打撃を被りました。この反省から、この国の社会運動から暴力はなくなっていったものと思っていましたが、M君リンチ事件で〈悪夢〉が甦りました。私は、いてもたってもおれず被害者M君支援、これを裏打ちする真相究明に当たることにした次第です。

ちなみに、現在、M君は、博士課程は何とか修了しましたが、集団リンチのPTSDに苛まれ学究の道を諦め、ブルーカラーに近い給与所得者として生活しています。小出版社の非力を思い知ると共に、加害者を援護し被害者に力を貸さなかったマスメディアの皆さん方の非情さを遺憾に思う次第です。マスメディアの方々は何を迷ったのか!? 加害者らに一切の理はありません!

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』