『紙の爆弾』2024年7月号に寄せて 『紙の爆弾』編集長 中川志大

5月号に続いての登場となった政治経済学者の植草一秀氏は、本誌や著書『資本主義の断末魔』(ビジネス社)で「WPS」に警鐘を鳴らしています。すでに巨大企業や権力者への資本の集中は行きすぎるまでに進み、資本主義そのものが破綻に向かっている現在、展開されている「断末魔のビジネスモデル」を指し、その筆頭が「W=War(戦争)」。今月号は目次に目を通していただければわかる通り、またタイトルに銘打っていないものでも、「戦争」につながる話題が多くを占めました。残りの「P」「S」については、本誌や著書をお読みください。

その中でも特に、民間施設(港湾・空港)の軍事拠点化には、最大限に注目する必要を感じています。生活の中に戦闘機や軍艦が現れてもそれが日常であり、人々が“映える”とばかりSNSにアップする時代がそこまで来ています。「今からでも止めなければならない」ということは、あらゆる問題において強調すべきことです。

国会での審議を経ずに、様々なことが決定されています。また国会で審議されても、憲法違反の法律が成立しています。法律や政策に限らず、JR東海が乗客の利便性どころか自社の経営すらかなぐり捨てて進めるリニア新幹線や、カジノのための大阪・関西万博がそうであるように、その計画が経済的・科学的・論理的に破綻しているとしても、止まる理由にはなりません。

なおリニアについては、その首謀者だったJR東海の葛西敬之元名誉会長や、昵懇だった安倍晋三元首相が2年前に相次いで亡くなっても、なぜ計画見直しとならないのか。その背景に、今月号で迫っています。

6月号では半導体工場によるPFAS汚染をはじめ「健康被害」を特集。そこで採り上げた小林製薬の「紅麹」問題は、コロナワクチンによる健康被害が注目されるようになった中、免疫づくりに有効な発酵食品の危機として捉える見方が少なからずあります。

続いて、猶予期間が五月末で終了した改正食品衛生法も、食と健康の危機につながる問題です。漬物を販売するのに専用の調理場など基準が厳格化、農家や飲食店の“手作り”が食べられなくなるものです。工場でロボットにより製造された食品しか口にできなくなる、そんな時代の到来も想起してしまいます。

「食料危機」という言葉は、すでに一般化。今国会で可決・成立が目指されている「食料・農業・農村基本法」改正案では「食料安全保障」なる怪しげな言葉まで使用されています。本誌記事で執筆者の高野孟氏が、「食料をめぐる本源的な問題」について、重要な指摘をしています。

7月号ではスポーツ界の話題も採り上げました。この事例に限らず、目立って問題のある人物が放逐された後にどうなるかというのは、注視する必要があると思っています。また米国マイクロソフト頼みの日本政府「デジタル・ニッポン」構想の危険性、ワクチン強制接種と政府宣伝以外の情報を統制する「新型インフルエンザ等政府行動計画」、大川原加工機冤罪事件と経済安保法の密接関係など、必読のレポートを満載してお届けします。

全国書店で発売中です。ぜひご一読をお願いいたします。

『紙の爆弾』編集長 中川志大

最新刊! タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年7月号

『紙の爆弾』2024年 7月号

植草一秀が暴くニッポン戦争経済体制 大企業優遇と庶民搾取の先に待つもの
「食料・農業・農村基本法」改悪「食料自給率」を捨てた農水省の愚 高野孟
感染症対策を口実にした「新型インフル対策行動計画」という新たな言論統制 高橋清隆
ウクライナとガザで実行中の「最新戦術」の正体 イスラエルAIは民間人をいかに殺すのか 青柳貞一郎
国会答弁もアメリカ製AI利用に マイクロソフトに乗っ取られた日本政府のAI構想 浜田和幸
送電線と人脈でつながる「原発とリニア」 リニア新幹線の目的は原発の復活だ! 広瀬隆
静岡県知事選で「リニア問題」は本当に問われたのか 横田一
自衛隊指揮権を米軍に委譲 日米一体化きわまる中で“日本人”を問い直す 木村三浩
公職選挙法に浮上した「別の問題」“裏金沈没”自民党の悪あがき 山田厚俊
“憲法軽視”は政府与党だけではない 憲法違反の法律がつくられる理由 足立昌勝
本格化する国家総動員体制 進む民間施設の日米軍事拠点化 浅野健一
米国覇権の終わりに日米同盟を考える「いまトラ」と岸田自公政権の大罪 小西隆裕
山根明前会長が去っても変わらない日本ボクシング連盟で起きている新たな内紛 片岡亮
続・失言バカ政治家の傾向と対策 佐藤雅彦
シリーズ日本の冤罪50 大川原化工機事件 山村勇気

連載
あの人の家
NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け:西田健
「格差」を読む:中川淳一郎
シアワセのイイ気持ち道講座:東陽片岡
The NEWer WORLD ORDER:Kダブシャイン
SDGsという宗教:西本頑司
まけへんで!! 今月の西宮冷蔵

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福岡地裁の「不当決定」 飯塚事件の再審開始は認められなかった 尾﨑美代子

飯塚事件の再審開始は認められなかった。女児2人が何故殺害されたかはわからぬまま。

1992年、福岡県飯塚市で女児2人が通学途中何者かに連れ去られ遺体で発見された。この「飯塚事件」で久間三千年さんが逮捕・起訴され裁判で死刑が確定。わずか2年で死刑が執行された(執行時久間さんは70歳)。遺族が裁判のやり直しを求めていた第二次再審請求で、5日午前10時福岡地裁は再審開始を認めないという不当決定を下した。

久間三千年さんの遺族が裁判やり直しを求めた第二次再審請求を、福岡地裁は5日認めなかった(撮影=青木恵子さん)

今回新たな証拠となっているのは2点。1つは、久間さんではない若い男性が、車に女児2人を乗せているのを目撃したという木村泰治さんの証言だ。木村さんは、第二次再審請求を提訴した3年前の7月の記者会見に顔出し・実名で出席し、事件当日、飯塚市の八木山バイパスを走行中に白い軽自動車とすれ違った。その際、車の後部座席に幼い女児が2人乗っていたのを見たと証言した。

一瞬誘拐ではないかと疑ったが、2人で乗っているので違うだろうと考えたという。「うら悲しそうな顔をしていた」女児の顔が印象に残ったと語っていた。白い車を運転していたのは丸刈りで色白、30歳代の若い男で、眼鏡をかけ恰幅の良い久間さんとはまったくの別人。夜のニュースで女児2人が行方不明になっていることを知り警察に通報。

しかし、警察が木村さんを訪ねてきたのは数日後、それもたった一人の警察官がやってきて、木村さんの話をメモ帳に書き込んでいたという。しかし、その後、警察からの連絡は全くなかった。

報告集会で。左端でマイクを持つ男性が、事件当日女児2人を乗せた白い車を見たと証言した木村さん(撮影=青木恵子さん)

もう一つの新証拠は、事件当日、女児2人を三叉路で見たという女性の証言だった。女性は実は、女児を見たのは別の日だったが、警官に「その日(事件当日)に違いない」としつこく言われ、そのような間違った調書を作られてしまったと証言した。当時20代の女性はその後関東に引っ越したらしい。過去に警察でそのような調書を取られていたことを忘れていたかもしれない。

しかし、何かの拍子で久間さんに死刑判決が下され、しかもあっという間に死刑が執行されたことを知り、自分の曖昧な供述が久間さんを死刑にしてしまったのではないかと自分を責めていた。そして遺族が久間さんは無罪であると訴え、弁護士と共に再審を闘っていることを知り、2018年弁護士事務所に連絡をしてきたという。
三叉路で女児を見たのは事件当日でなかったという女性の証言は、これまで検察の書いてきたストーリーを覆すとともに、弁護団が気になっていた問題が解決したという。判決では、女児2人が失踪した現場を三叉路近くと特定していた。同じ頃、久間さんが乗っていた紺色のワゴン車と似た車を見たという証人もいた(5月21日掲載の「正義の行方」の記事で、西日本新聞が探し出した男性)。

女児らの遺留品が見つかった現場でも似た車が目撃されていた。そこからこれと似た車を持つ久間さんが疑われたのだった。しかし、もとの「事件当日三叉路で女児らを見た」との証言が間違っており、別の日であるならば、当日、女児らは三叉路近くで失踪したというストーリーは全く違ってくるのだ。

しかもこの証言で、弁護団はそれまで抱えていた矛盾を解決することができたという。それは、事件当日、三叉路近くにはほかにも数人の人がいたが、女性以外に女児らを見た人は誰もいなかったことだ。その問題・矛盾が解決できたということだ。

判決で女児2人が何者かに連れ去られたとされた三叉路。しかし、今回新たな証言で、ここではない可能性が強まったのに……(撮影=青木恵子さん)

第二次再審請求で新証拠として出されたのは以上の2つだが、この事件、調べれば調べるほど、1から10までいい加減、ずさんな捜査だったことがわかる。なぜこんなことになったのか?

飯塚市ではこの事件の3年前にも女児が失踪した事件が発生し未解決のままだった。そこに飯塚事件が発生し、福岡県警は一層世間の非難に晒される。今回はどうしても犯人逮捕にこぎつけたい。その思いは理解できる。そこで福岡県警は、3年前の事件でも犯人視された久間さんに目をつけたのではないか。

警察が出してくる証拠のどれもが、久間さんを犯人と決めつけたものだ。例えば、女児らの遺留品がみつかった近くの峠で久間さんの車と似た車(紺色のワゴン車)を見たと証言した男性の話。すれ違いざまの一瞬の出来事なのに、その車について、①やや古い型、紺色、②トヨタ、ニッサンではない、③ホイルキャップの中に黒いライン、④車体にラインが入っていない、⑤窓ガラスにフィルムを貼っていた、⑥後部タイヤがダブルタイヤ、⑦ラインは入っていない、などの情報のほかに、目撃した人物についてもめちゃくちゃ詳しい。そんなことってある?

特に車に「ラインが入ってない」については、先日、甲南大学で講演をお聞きした厳島行男教授は「普通ないものをなかなかないと報告することはない」という。なぜ男性はそんな供述をしたのか? 

じつは久間さんの乗っていた車の標準の仕様だとラインが入っているのだが、久間さんはそれを剥いでいた。男性の供述をとる前に、警察が久間さんの車を確認しラインがないことを確認していた。そして男性の供述を取る際「目撃した車にラインは入っていたか?」とわざわざ聞いたのだろう。本当にずさん過ぎる。

 
午後から支援者に案内され、事件に関係する様々な場所を訪れた青木恵子さん。女児らの遺留品が見つかった場所近くに作られたお地蔵さんに手を合わせてきた(撮影=青木恵子さん)

これも桜井昌司さんが良く言っていた「歪んだ正義」によるものだろう。警察、検察はこの事件を解決したいと考えている。できれば3年前の事件も……。そのため、久間さんをターゲットにして、久間さんだけを決めつけ、捜査を続けてきた。

だから、木村さんが不審車を見たと通報したが、木村さんの話を聞いて白い車、丸刈りの若い男を捜査することはなかった。捜査して白い車に乗る、丸刈りの若い男を探せて、その結果「ええ、あの日は僕の子どもと友達の2人が学校に遅れそうなので送ったのですが」と間違いであるとわかったら、それはそれで良いではないか。

冤罪の陰には必ず真犯人がわからないまま放置された遺族がいる。「うら悲しそうな目をしていた」女児らの遺族は、今、どう思っているだろうか?

そんなとき、今日午前中から、地裁前の写真などを送ってくれた青木さんから午後に支援者に案内してもらった現地の写真が届く。そのなかに、女児の遺体が置かれていた場所の近くに置かれたお地蔵さんの写真があった。

「うら悲しそうな目をしていた」女児らはどんなに怖くてつらかっただろうか。 そう考えて、初めて涙がこぼれてきた。

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

松本人志はやっぱり宇宙人だったのか?〈前編〉 板坂 剛(作家・舞踊家)

◆「あいつは宇宙人だ」と若者が叫んだ!

もう遠い昔の話だが、たまたま独りで立ち寄った足立区の中華料理店で、店内に設置されたテレビの画面に突然松本人志の姿が現れた時、私より先に食事をすませてビールを飲んでいた若い男が叫んだ。

「あいつは宇宙人だ」

驚いて彼の方を見ると、目が合った私に向かって、また同じトーンの声が発せられた。

「あいつは宇宙人なんだよ。判るんだ、俺には」

そう言われてテレビの画面に見入ると、大写しになった松本人志の顔は、バルタン星人とまでは言わないが、確かに地球上の生態系から生まれた人間のものとは思えない奇怪な形相を呈していた。

十数分後、私の隣の席に移動してきたその若い男は、自分はあるスピリチュアルな団体に属して「人類の中には、実は他の星のシステムから地球に来た訪問者が潜んでいる」と教えられ、ネイティブな地球人と宇宙人のまま人間に化身した生物と識別する能力を身につけることが出来たという。

「そんな馬鹿な」と反論しなかったのは、論より証拠、松本人志の顔が宇宙人にしか見えなかったからである。

若い男はこうも言った。

「あいつ(松本人志)はきっと大物になるよ。お笑い芸人として第一人者になるだろうな」

当時の松本人志はまだ第一人者にはほど遠い存在だったのではないかと(お笑いの世界には無知な私だが)思っていた。そんな人材をいきなり「きっと大物になる」と評されても納得は出来なかったが、今はあの時の彼の見立ては正しかったと思うしかない。

あの時以降、地球上に宇宙人が既に棲みついているという説もちらほらと耳にすることがある。人間の皮をかぶった彼等は大変優秀で、どの分野でもトップに立つ実力者になるとも聞いた。

肯定も否定も出来なかったが、いつか松本人志が自作自演したにもかかわらず、全く不評で興業的にも大失敗だったというワケの判らないSM映画(『R100』)を観た時、なるほど宇宙人ならこういうモノを創るだろうと思った。

監督として彼自身が試写室で完成された作品を鑑賞し、同席していたスタッフや映画評論家らしき人物が「もうダメ」と棄てゼリフを残して退席した後も、一人で興奮状態に陥っている場面が、彼の正体を表現していると思える作品だったのだ。好意的に解釈しても「天才の自爆」悪く言えば「単なる独りよがり」でしかなく、はっきり言って駄作である。

『R100』(監督=松本人志/製作=吉本興業/2013年10月5日公開)より
 
『R100』(監督=松本人志/製作=吉本興業/2013年10月5日公開)より

特にSM映画という前宣伝に煽られたその種のマニア諸氏には、さぞ期待外れであっただろう。主役のパッとしない男性がスタイル抜群の半裸の美女に暴力的に虐げられる場面もあることはあったが、恐らく松本人志にはマゾヒストとしての素質は皆無に等しいと思わせるほど、どの場面もつまらな過ぎた。

更に後半SM映画ならぬSF映画的な展開になると殆どの観客は試写室の場面での映画評論家らしい人物のように「もうダメ」と言い棄てて退席したくなったことと思われる。(ちなみにこの人物の最後のセリフは「(こんな映画)公開すんなよ」であったと記憶する)

しかし、私はむしろ後半のSFもどきのあり得ないシュール・レアリズムに、宇宙人的なセンスを感じて少しばかり感動した。たかがお笑い芸人が、もしかしたら宇宙人かという荒唐無稽な妄想を抱かせる……。スピリチュアルの世界は奥深いと言わなければならない。

◆宇宙人が心配する地球の惨禍
 
ここで話を持ち出すのは却って信憑性を欠くことになると思うが、敢えて書く。あの福島原発の事故の前後、原発附近の上空にUFOが頻繁に出没したというニュースを覚えてる人はいらっしゃるだろうか。

当然フェイク・ニュースとして扱われてしまったようだが、UFOキャッチャー(ゲームの達人ではない)を自認する知人が、確かに原発事故の際、異常な数のUFOが出現したのは事実だと自信を持って語っていた。

また彼はUFOに乗って地球にやって来る宇宙人の多くは、将来地球の住人になるつもりでその時のために下見に来ていると断言していた。従って宇宙人が地球人を攻撃することはなく、むしろ平和に共存する方法を模索しているのだという。

そういうわけで地球上で地震や戦争等の惨禍が起きた際には、心配した宇宙人がUFOに乗って現場を視察することになっているらしい。珍説と笑って黙殺すべきかもしれない。

しかしここ数年、海外で戦争が続発している状態の中でUFOに関する話題がまたチラホラとメディアの片隅に登場しているが、その出所が大半アメリカであるところが気になる。なにしろ謀略が大好物の国である。周期的に大衆の不安をかきたて抑止力(軍事力)を強化する伝統的な国策は建国以来のもので、決して自分たちに危害を与える存在ではなかった北米大陸の原住民を凶暴な「土人」と決めつけて虐げ、社会から排除した。

1960年代、テレビで放映されていたアメリカの西部劇で、白人のガンマンたちが「土人」という言葉を口にするのを何度も聞いた。もちろん邦訳の吹き替えで、実際に俳優が何と言っていたかは判らない。ただストーリーの展開と彼等がそのセリフを口にした時の表情から、相当に差別的な発言があったのだろうと想像出来る。

当時、名画と称された西部劇の劇場用映画の中で、白人が乗った駅馬車が「インディアン」の集団に襲撃され、駆けつけた騎兵隊に救出されるという場面が、そのままテレビにも流用され、何度となく放映されたのを記憶している。

元々先住民であったにもかかわらず「インディアン」は盗賊、白人の開拓者はロマンチスト、騎兵隊は正義の味方と公的に定められているような構成だった。こういう常識が大衆に浸透している国だから、UFOも地球人類に対する潜在的驚異と位置づけて世界中の人々に緊張感を与えようとするのだろう。

数々のUFO目撃談、どうもアメリカの自作自演のような気がしてならない。そう考えると原発事故の際に出現した多数のUFOは、当時福島沖に展開していた米空母ドナルド・レーガンから発進した偵察用のドローンではないかと疑いたくもなる。東日本大震災当時は、一般の市民にとって「ドローンって何?」という程度の認識しかなかったと思うが、米軍ではとっくに兵器として活用することを前提にした開発研究が行われていたはずである。

ただ原発の上空に現れたUFOが、地球上の惨禍を心配して飛来した宇宙人の運航する物体であるという説も私は棄てきれない。そっちの方が気持ちが安らぐのだ。

地球人が醜い争いに没頭したり、自然災害に苦しんでる様子を観察していると思うと、いつか地球人になって生きて行こうという彼等の意欲を損なうには忍びないという自制心が働くではないか。

そして思う。宇宙人だのUFOだのという観念的事実が、たとえ完全な夢想だとしても、そこにはアメリカ軍とその背後にいる産軍共同体の思惑とは真逆に、不安がいっぱいの現実からの救済を求める民衆の願望を感じるのである。(つづく)

本稿は『季節』2024年春号(2024年03月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した記事の前編です。

▼板坂 剛(いたさか・ごう)
作家、舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』

ピョンヤンから感じる時代の風〈45〉「国の指示権」それは何のためか 地方自治法改正が意図すること 魚本公博

今、国会で、地方自治法を改正し、地方自治体に対する「国の指示権」を新設する審議が行われている。それは何のためか。それを考えてみたい。

◆「国民の生命等保護のため」の「想定外の事態」とは?

この改正案は、大規模の感染症や大災害などで想定外の事態が起きたとき、国が自治体に対応を指示できるように、地方自治法に「国の指示権」を新設するというもの。

改正の趣旨説明では「国民の生命等の保護のために特に必要な場合に限る」とし、「非常時の危機対策の法制は個別法で大半がカバーされている。それがカバーしきれない『法の穴』を埋めるためのもの」としながら「想定外の事態を具体的に示すのは困難」(田中聖也・行政課長)と言っている。

今、この論議は、国と地方の関係をどう見るかの論議になっている。反対論も2000年の地方分権改革で、「地方公共団体の自主性及び自立性に配慮しなければならない」と規定されたものを「国が地方の上に立つ」「上下関係」の時代に逆戻させようとしているのではないかというものになっている。

しかし、ここで先ず議論すべきは、そもそも政府が言う「国民の生命等の保護のために特に必要な場合」とは何か、「具体的に示すのは困難」とボカす「想定外の事態」とは何なのかを考えることではないだろうか。

「国民の生命等の保護」が問題になるような「想定外の事態」となれば、その最大のものは戦争を置いて他にない。

戦争をやる場合、戦前の「国家総動員体制」のような戦争体制を作らなければならない。地方末端までの全国民、全国土、全資産を戦争に動員する体制作りのために地方自治体に対して「国の指示権」を発動する。

自治法を改正し「国の指示権」を新設する最大の狙いは、そこにあるのではないか。又、そのように見てこそ自治法改正の問題点や悪辣さも浮き彫りになるのではないだろうか。

◆「地域が対中戦争の最前線に立たされる」状況の中で

4月13日、大分県の湯布院で自衛隊のミサイル部隊である「第二特科団」新設の式典があった。第二特科団の本部は湯布院駐屯地に置かれ、沖縄九州に展開するミサイル部隊を統括する司令部になる。そして大分市には、大型の地下弾薬庫2棟が建設中であり、ここには「スタンド・オフ・ミサイル」を保管することができるという。

米国は今、有事には自衛隊を指揮できるように策動している。ハワイにあるインド太平洋軍司令部が持つ指揮統制権限の一部を在日米軍司令部に付与することで、24年度中に作られる自衛隊の「統合作戦司令部」を有事には米軍が指揮できるようにする「緊密な連携」を日本と合意した。

4月には、フリン・インド太平洋軍司令官が「中距離能力を持つ発射装置が間もなく、アジア太平洋地域に配備される」と発言。それは、巡航ミサイル「トマホーク」、新型迎撃ミサイル「SM6」などを搭載するミサイルシステム「タイフォン」を指すものと見られ、有事の際、自衛隊のミサイル部隊は、このミサイル体系の指揮下に組み込まれる。

すでに、昨年10月には、湯布院に隣接する日出生台演習場で国内最大規模の日米共同演習「レジュート・ドラゴン」が離島防衛訓練という名目で行われている。

こうした中、大分では「大分が安全保障の最前線に立たされる」の声が上がっている。

大分ばかりではない。それは全九州的な、更には全国的な声になっている。

今、政府は防衛力強化のために「公共インフラ」を整備するとして、全国38の空港・港湾を「特定利用空港・港湾」に指定しており、3月には、その第一弾として7道県の16の空港・港湾の整備が始まった。

この38施設の内、7割に上る28施設が九州沖縄に集中している。そして、第二特科団の本部が置かれる大分県、その部隊が展開する熊本県、オスプレイ基地を建設中の佐賀県など、「対中戦争の最前線に立たされる」という懸念は深刻さを増して全九州に広がっている。

こうした中、九州では全九州の自治体議員が超党派で「戦争だけは絶対ダメ」という有志の会を作る動きが出ている。

九州以外の地域でも「特定利用空港・港湾」が「有事には攻撃対象になるのでは」との懸念が広がっており、「戦争だけは絶対ダメ」という動きは全国的な動きになっていくだろう。

この5月、米国のエマニュエル駐日大使が与那国島、石垣島を訪れ自衛隊基地を視察した。この時、米軍機を使って与那国空港に降り立ったことに対し、玉城知事が「大変遺憾である」とコメントした。沖縄県は県内の民間空港に米軍機使用を「自粛」するよう要請しており、それを無視し、対中対決の最前線を視察するかのような行為への抗議である。

沖縄県は、空港・港湾の整備でも「運用に不明な点が残されている」と断っている。

今後、対中戦争準備が進められ、戦争が現実化していく中で、地方の「戦争反対」の声は、首長、議会を含む地域ぐるみの声となり、地域を戦争に使わせない条例が各自治体で作られる可能性もある。

まさに「国の指示権」新設は、こうした声を押さえて戦争を遂行するための戦争体制作りのためだと見ることができるだろう。

更には、全国末端までの人員、国土、資産、食料などの動員という戦時体制作りも考えられているのではないか。まさに戦前の「国家総動員体制」であり、「国の指示権」新設の自治体法改正は、その重要な一環と見なければならないと思う。

◆すべては米国との約束から始まった

一昨年の年末に閣議決定した「安保3文書」をもって、翌年早々(1月19日)訪米した岸田首相は、軍事費倍増、敵基地攻撃能力の保持を米国に約束した。そして、今年4月の訪米では、「日米同盟新時代」を謳い、「グローバル・パートナー」として、米国覇権とその覇権秩序を積極的に支えることを約束した。

それは米中対決の最前線に日本を立たせようとする米国に、それをやり遂げますという約束であり、「国の指示権」新設のための自治法改正、「第二特化団」の創設、「特定利用空港・港湾」の整備など地域を「対中戦争の最前線に立たせる」動きも、そこから始まっている。

岸田首相は、訪米で「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と語ったが、ウクライナは米国の代理戦争をやらされているのであり、東アジアでは、日本が中国を相手に代理戦争をやらされるということである。

 
魚本公博さん

代理戦争は、米国覇権回復の重要な手段になっている。しかし、それは中東においても、ウクライナにおいても破産しつつある。ウクライナは防戦一方であり、中東ではイスラエルの「ガザ虐殺」に抗議する米国の大学生から始まった抗議運動が世界的に波及し、米国覇権を揺るがしている。

こうした中で、日本が米国覇権を支えるとして、対中対決、対中戦争準備に熱を上げて一体どうするというのか。何としても、米国ばかりを向いて、地域に、国民に戦争の災禍を強いるような政治を止め、国民に向き合う国民のための政治を実現しなければならないと思う。

そういう意味でも岸田首相の訪米時の態度を痛烈に批判し、「明石から日本を変える」として地域の力を重視し、そうした「国民の味方」チームで選挙に勝って「救民内閣」を作り「令和維新」を断行するという泉房穂さんへの期待は大きい。

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

▼魚本公博(うおもと・きみひろ)さん
1948年、大分県別府市生まれ。1966年、関西大学入学。1968年にブントに属し学生運動に参加。ブント分裂後、赤軍派に属し、1970年よど号ハイジャック闘争で朝鮮に渡る。現在「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』

釜ヶ崎の野宿者追い出し裁判、最高裁が上告棄却 今の大阪に必要なのは万博やカジノでなく、生活困窮者のセーフティネットの町「釜ヶ崎」です 尾﨑美代子

 
シャッターの閉められたセンター西側には野宿する人たちがいる。行政はわざとゴミを放置し、「野宿者がいるからこんなに汚いのだ」とアピールする

釜ヶ崎の野宿者追い出し裁判、最高裁が5月27日付で上告を棄却しました。

長い裁判のこれまでの経緯を説明します(不足している部分もありますが)。

JR新今宮駅前にドンと建つ「あいりん総合センター」(以下、センター)は長年西成の日雇い労働者の労働・生活の中核となり、野宿者にとっては最後のセーフティネットの場になっていました。

ところがセンターを管理する国と大阪府は、センターの耐震性に問題があるから解体し建て替えるとして、2019年4月に強制的に閉鎖しました。しかし、その後も周辺には多くの人たちが野宿していました。

すると、国と府はそれも認めないと、2020年4月22日、野宿者と、センターに誰でも泊めれるようバスを置いている釜ヶ崎地域合同労組の稲垣浩氏ら22人に対して立ち退きを求める裁判をおこしました。しかも、そのわずか数か月後の7月、本訴が終わるまで時間がかかるから緊急に立ち退かせる必要があるとして断行の仮処分命令を訴えてきました。

これに対して稲垣氏は、仮処分命令が決まって野宿者らがセンターからばらばらに追い出されては、その後本訴を闘うにも団結することが困難だと考え、断行の仮処分命令にも毅然と闘うべきだと訴え闘ってきました。これと闘わなければ、次の闘いも闘えない、当然の判断だと思います。

センターに停めてある釜ヶ崎地域合同労組の車両。24時間誰でも休めるようになっている
 
明らかにヨソから持ち込まれた粗大ゴミ。行政、西成警察はこうした「不法投棄」を取り締まる気もない

この裁判で大阪地裁は12月1日、国と府の断行の仮処分命令を却下しました。野宿者ら被告側の勝利です。却下した理由ですが、国と府は早く立ち退けとの理由に、2008年から「センターの耐震性に問題がある」と主張していましたが、そのセンター問題を考える「まちづくり会議」などで、肝心の耐震性問題が「喫緊の課題」として論議された形跡がないからだというのです。至極真っ当な理由です。しかもこの時点では、センター解体後の跡地をどうするかも具体的な計画案も決まっていないのでした。

その後、本訴である土地明渡訴訟が始まりました。2021年12月2日、大阪地裁は国と府の主張を認め立ち退きを認める判決を下しました。但し、原告(府)が求めていた、全ての裁判が終わるのを待たずに「すぐに立ち退け!」とできる仮執行宣言は認めませんでした。被告側は敗訴しましたが、実質強制排除されることはなかったのです。これもある意味「勝利」でした。

その間、大阪市や西成区は野宿者に対して、生活保護を受けさせ立ち退かそうと説得などを行ってきました。普段は生活保護を受けさせない、あるいは受けたのちにもあれこれ難癖つけて保護をうち切ろうと必死の行政側も「今なら簡単に保護が受けれますよ」と甘い言葉をかけまくってました。

もちろん生活保護を受けるか否かは本人の自由で、受けたい人は既に受けています。それでもなお、様々な理由で野宿にとどまる人がいることも事実です。しかもこの間には、コロナ禍で職を失い困窮し新たにセンターに来た人を何人も見てきました。釜ヶ崎のセンターは社会的に困窮する人たちの最後の砦になっていることは明らかなのです。

人の背丈の3倍ほどに積み上げられたゴミ。行政は「釜ヶ崎をきれいな町に」とほかでは熱心に清掃してるのに

一審で敗訴した稲垣氏と野宿者らは、大阪高裁に控訴しました。大阪高裁は2022年12月14日、地裁判決を支持し、野宿者側の控訴を棄却しました。一方で地裁判決と同じく、最終的な判決が確定する前に強制退去が可能である「仮執行」(強制排除)は認めませんでした。

弁護団によれば、このような事態は極めて異例であるとのことです。野宿者の強制排除を許さないという主張を訴えてきた被告側の闘いの大きな成果でした。その後、被告らは最高裁に上告していましたが、最高裁は5月27日付で上告を認めないという判決を下した、という経緯です。  

現在、野宿者らはいつ強制排除されるかもしれない事態に晒されています。この問題に関心を持たれるみなさんには、ぜひ、今後の動向に注目して頂きたいと思います。

前述したように、大阪府はセンターを解体して出来た更地に何を作るかの具体案も決めていません。私が一番許せないのが、国と府は、耐震性に問題があるとしてセンターの入っていた第一市営住宅を解体しようとしていますが、同時に耐震性に問題のない第二市営住宅まで公費で解体しようとしていることです。

それは駅前により大きなきれいな形の台形を確保することで、一層儲けることが出来るからです。万博、カジノ同様、大阪維新とその仲間たちだけが儲けようという魂胆です。この間の物価高などで困窮者はますます増えていくでしょう。そんななか、生活保護者、野宿者含め生活困窮者が誰に遠慮なく、堂々と生活していける町、それが釜ヶ崎、こういう地域は本当に必要ではないでしょうか。

みなさん、ぜひご支援とご注目を!

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

戦後日本の革命inピョンヤン〈4〉「戦後日本はおかしい」どころじゃなくなった〈日米攻守同盟・新時代〉 ── 人の眼を欺く「9条平和国家」転じて9条否定 「同盟のための戦争国家」に 若林盛亮

◆「いつまで“子分”のつもりや」!── 泉房穂の嘆き

4月の岸田国賓訪米、米議会でのスタンディング・オベーション演説を評して前明石市長・泉房穂さんは「ケンカは勝つ」(『週刊FLASH』2024年5月7・14日合併号)でこう断じた。

「いつまで“子分”のつもりや」!

泉さんは次のように嘆いた。

「今回の訪米で首相は自国よりもアメリカの方を向いていることが判明した」

「日本では拍手されないと自虐ネタを披露する前に、日本国民のためにアメリカにものを言うのが、本来の仕事やったんとちゃうんか。とても日本の首相とは思えん」

その嘆きの根拠を泉さんはこう述べた。

「議会演説では“米国は独りではない。日本は米国と共にある”と強調したが、“共にある”べきは、まず国民のはず。首相の発言はアメリカの要求する防衛費の増額を受け入れ、“貴国のために我が国民の血税を使います”と宣言したに等しい。 だが、日本にはそんなカネはない。岸田首相は日本の事情を説明し、過度に防衛費を使うわけにはいかんと突っぱねるべきやった。 」

長々と泉房穂さんの言葉を紹介したが、野党を含めて岸田訪米、日米同盟・新時代批判をここまでハッキリ言った政治家はいなかったし、とても的をついた評価だと思ったからだ。

「よう言うてくれはった」! というのが私の率直な感想だ。

前回の「戦後日本の革命inピョンヤン〈3〉」で「“無理心中”誓約の岸田・国賓訪米」と書いたが、泉房穂さんの指摘はそれに通じるものを感じる。

私の「京都青春記」、「ロックと革命in京都」で一貫して述べた「戦後日本はおかしい」、それがいまどんどんおかしくなってきている。一極覇権瓦解の米国に「米国は独りではない、日本は米国と共にある」と米国と覇権衰亡の運命を共にする「無理心中同盟」を米議会で誓約するまでに至った。

「戦後日本はおかしい」どころじゃないレベルにまで来ているように思う。

だから私も言いたい、「いつまで“子分”やってるんや」! 


◎[参考動画]【LIVE】バイデン大統領主催の夕食会 岸田首相が国賓待遇で訪米 ホワイトハウスから生中継(ニコニコニュース 2024/04/11)

◆あのコロンビア大学から始まった「“米国の正義”はおかしい」学生運動

いま世界中で「世の中、なんかおかしい」というムードが日を追って広がっている。

かつて1960年代末のベトナム反戦・学生運動を扱った映画「いちご白書」の舞台として有名なコロンビア大学からいままた始まった米国の学生運動はその象徴的出来事だ。

長周新聞(2024年5月1日付)によると事態はこのような展開を見せている。

アメリカのコロンビア大学(ニューヨーク)で4月18日、イスラエルのガザでの大量虐殺に抗議しパレスチナ人と連帯する学生たちの学内での活動に対して、警察を導入して強制排除し150人以上の学生が大量逮捕される事態となった。アメリカ議会の公聴会でミノーシュ・シャフィク学長が学生たちの言動が「反ユダヤ主義」だと認めたその翌日の出来事だ。

大学当局は学生達を停学処分とし、出席するには年間6万ドル(約930万円)以上という途方もない授業料を支払うという条件を付けた。


◎[参考動画]米大学での「反ガザ攻撃デモ」、キャンパス内で何が 学生らの思いは(BBC NewsJapan 2024/04/25)

この事態が報じられるや、ブラウン大学、イェール大学からハーバード大学までアイビーリグ(米東部の主要私立大学)の学生たちはそれぞれのキャンパスでの座り込み、ハンガーストライキ、授業ストライキ、異宗教間の祈りを展開し、米国のイスラエル支援と大量虐殺に学術機関が共謀することをやめるよう訴えている。

ノースカロライナ大学チャペルヒル校(UNC)の学生も学内にテントを設営し、集会でハーバード大学の学生が発言し、「堅実なコロンビア大学の学生と連帯してストライキをおこなう」と語った。ボストン大学やマイアミ大学、オハイオ州立大学でも緊急抗議活動がおこなわれた。

すでに2000人以上の逮捕者の出ている米国の学生運動は、いまやパリ、ロンドンなど欧州全体に拡散しつつあり、日本でも京都大学、早稲田大学、東大でも集会が持たれたという。

ウクライナ支援に血道を上げる一方で、大量虐殺反対のガザ支援、連帯の運動には「反ユダヤ主義」だと排斥するような政府の口にする「人道や正義」の二重基準の欺瞞、それが自分たちの大学の体質に関わる問題だと学生たちは声を上げたのだ。
これは米国の正義、自国政府の正義への「おかしい」という運動でもあると思う。
50年前、「京都の青春」渦中にあった私も「9条平和国家日本」が日米安保のためにベトナム戦争荷担国家になっている、そんな「戦後日本はおかしい」と思った。そして羽田闘争での「山崎博昭の死」、ジュッパチの衝撃を契機に学生運動に参加するようになり、その延長上に現在の私がある。

いまの日本は50年前の「ベトナム反戦」どころではない、タモリの言った「新しい戦前」という危惧が「日米同盟・新時代」という現実の実体として姿を現しつつある。

かつての私たちの闘いは敗北と未遂に終わった。その結果として現在の日本がある。いまの「新しい戦前」という事態の責任の一端は私たちの世代も負っている。「だからこそ私にはこの道を歩み続ける責任がある」との瀬戸内寂聴さんのお言葉が改めて胸に響いてくる。

これから書くのは「いつまで“子分”やってるんや」ということだが、いまの若い人たちの奮起を促すものになればとの思いも込めたい。もちろん同世代の爺さん、婆さんたちにも。

◆これは本当におかしい!── 9条改憲もせず「同盟のための戦争国家」誓約

岸田首相が米国で誓約した日米同盟・新時代で表面化した「新しい戦前」の実体とはどのようなものだろうか?

一言でいって日米同盟における日本の役割がこれまでの憲法9条の制約を受ける片務同盟、「有事の際、米国は(一方的に)日本を守る義務を負うが日本には米国を守る義務はない」同盟から9条の制約から離れ「日本にも米国を守る義務」が生じる双務同盟に変わったことだ。

その本質をより正確に表現すれば「日米同盟の攻守同盟化」、「同盟のための戦争」義務を日本が受け入れた、日本が「同盟のための戦争国家」に転換することを誓約した。それが今回の岸田国賓訪米で始まった大きな転換、日米攻守同盟・新時代だということではないだろうか。

岸田首相は米議会演説でこう述べた。

「米国は助けもなくたったひとりで国際秩序を守ることを強いられる理由はありません」と。

そして「日本が最も近い米国の同盟国としての役割をどれほど真剣に受けとめているかを知っていただきたい」と続けた。

これを要約すれば、米単独で支えきれなくなった覇権国際秩序を守るために「最も近い同盟国・日本」がその国際秩序を守るための相応の役割を果たす、具体的には対中対決を念頭に「同盟のための戦争」を日本が担う覚悟があるということを約束したのだ。

その具体的表現が岸田訪米直前に公表された、自衛隊の統合作戦司令部と米インド太平洋軍から指揮機能を一部移管された在日米軍司令部との連携を可能にする合意だった。

これは対中有事には在日米軍指揮下で自衛隊が戦争を行う体制を整えたということだ。

自衛隊はすでにスタンドオフ・ミサイル(中距離ミサイル)部隊を陸自に新設するなど敵基地攻撃能力を備え、今回、有事の際の戦争作戦指揮権を持つ「総参謀部」、統合作戦司令部を持つようになった。それも在日米軍司令部の指揮下で。

自衛隊は専守防衛、国土防衛の武力ではなくなり、米覇権秩序を守る「同盟のための戦争」を行う武力、すなわち交戦権、戦力を持つ外征戦争武力に大きく形を変えた。

これは交戦権否認、戦力不保持の日本国憲法9条第二項を否定する違憲行為であり、そもそもが憲法9条改憲なしにはできないことのはずだ。

岸田首相は9条改憲もしないで米国に約束した。つまり国の基本法を無視し国民に何の相談も議論もなしに日本を「同盟のための戦争国家」に変えた、これこそ「日本はおかしい」の最たるものではないだろうか。

◆“人の眼を欺く「9条平和国家」”のなれの果て

「ロックと革命in京都」で述べたこと、「平和と民主主義」で飾り立てられた戦後日本、それは「人の眼を欺くもの」じゃないのか? そんな疑問を抱いたのが私の「戦後日本はおかしい」の芽生えだった。それはいま思えば、小学5年の時、「戦後民主主義教育のリーダー」と言われた教師から「中国人捕虜刺殺要領」を聞かされた違和感から漠然と意識されてきたことだったが、日米安保のためにベトナム戦争荷担国家になった「9条平和国家」の欺瞞を知ってハッキリと「おかしい」と意識した。あれから50数年を経てそれが誰の目にもハッキリ目に見える形になったように思う。

一言でいって、“人の眼を欺く「9条平和国家」”のなれの果てが、“9条改憲なしの9条否定・「同盟のための戦争国家」”=「新しい戦前」に変わろうとする今日の日本の姿なのだと思う。

そもそも「9条平和国家」そのものが「人の眼を欺く」ものだったのだ。

「戦後、自衛隊は一人も人を殺すこともなく一人の戦死者も出さなかった」と言われる。たしかにそうだろう。でも在日米軍基地は「共産主義の脅威を防ぐ」ベトナム戦争、アフガン、イラクへの「反テロ戦争」などの米軍の戦争拠点となり、「反テロ戦争」では特措法をつくって自衛隊は戦争する米軍の後方支援を現地で行った。

それらの米軍の戦争は今日では「間違った戦争だった」と言われており、事実、いずれの戦争でも米軍は無惨な敗退を余儀なくされた。そんな米国の「間違った戦争」に日本は手を貸し続けてきた。けっして「9条平和国家」だと胸を張れなかった。それは日本が“人の眼を欺く「9条平和国家」”だったことの一表現であろう。

その「なれの果て」として今日の日米攻守同盟・日米新時代のわが国がある。

なぜこんなことになったのかをわれわれ日本人は深く考えてみる必要があると思う。

惨めな敗戦国国民になって大人たちは「軍国主義者にだまされた」「もう戦争はこりごりだ」的なことを幼い私たち戦後世代に愚痴ったが、そんな「大人たち」にならないためにも……

◆「日米安保基軸=日本国憲法<日米安保」こそ「戦後日本はおかしい」の元凶

「戦後日本はおかしい」の元凶、それは歴代自民党政権の日米安保基軸路線、口にこそ出さないが「日本国憲法よりも日米安保が上位」という位置づけ、いわば戦後日本では「国体は日米安保」という暗黙の不文律にある。

日米安保基軸を図式化すれば「日本国憲法<日米安保」ということだ。

それを明確に示すものとして戦後日本の安保防衛政策がある。

それは「日米安保・矛の米軍+憲法9条・盾の自衛隊」の二本立てだが、「矛」の米軍が基本、日米安保基軸だとされてきたことだ。

一般に「米軍なしに日本は守れない」と言われるが、それは「矛の米軍」があってこそ日本の防衛が成り立つという考え方から来るものだ。つまり日本の防衛は「矛=攻撃武力」なしには成り立たないということ、ゆえに日米安保軍「矛の米軍」が主で憲法9条・「専守防衛」の制約下にある「盾の自衛隊」は従、つまり日米安保基軸が戦後日本の防衛政策の基本路線とされてきた。

それは「矛=抑止力」、相手を圧倒する攻撃武力なしに国の防衛はないという「抑止力理論」を根拠に置くものだ。

抑止力とは「敵対国に戦争を起こせば、逆に報復攻撃を受けて自国に破滅的結果をもたらすという恐怖を与えることによって、戦争を起こすのをためらわせるだけの相手を優越する攻撃能力」を指す用語だが、「相手を優越する」抑止力、その基本は核武力保有ということになる。この抑止力理論に従えば、日本の防衛は日米安保の米軍によって成り立つ、専守防衛の自衛隊では日本を守れない、という結論になる。

抑止力とは言葉を換えれば、外征戦争能力、侵略武力だが、それは露骨すぎるのでソフトに表現したものだろう。強力な外征戦争能力、侵略武力を持つというのは帝国主義、覇権主義の防衛理論だが、その現代版が「抑止力理論」ということだと思う。

この「抑止力理論」は「利益線の防護」という防衛概念に基づくものだ。

◆帝国主義の遺物「利益線の防護」から「主権線の防護」へ

日本が外征戦争能力を持つことを初めて言い出したのは、「富国強兵」を唱えた山県有朋首相だ。

1890年、史上初の帝国議会で山県有朋首相は軍事費増額を説くに当たり、「主権線」「利益線」という用語を用い、国境という「主権線」だけではなく「その主権線の安危に、密着の関係にある区域」という「利益線」という概念を用い、この「利益線」を保護しなければならず「巨大の金額を割いて、陸海軍の経費に充つる」のはその趣旨からだ、と説いた。

これは当時あった国土防衛軍構想を排除し、外征戦争をも可能にする大規模の軍事拡張路線、「富国強兵」を明確に打ち出したものだった。

この「利益線の防護」という防衛概念は、わが国最初の帝国主義戦争である朝鮮半島権益を巡る清国との戦争、日清戦争を前にして打ち出された概念だ。

「利益線」という概念は、「主権線の安危に、密着の関係にある区域」ということだが、これをわかりやすく翻訳すれば海外植民地という「日本の海外権益線」のことを指す。したがって「利益線の防護」とは「植民地権益の防護」を指す。平たく言えば、列強との植民地争奪戦争に打ち勝つ軍事力、外征戦争能力、侵略武力を保有するための防衛概念だ。

戦後日本にも「利益線の防護」思想は継承されている。

元陸上幕僚長、富澤暉(あきら)氏は自著で次のように述べている。

「既に帝国主義は消滅したわけですが、それにも関わらず、この利益線という考え方は国益を守る上で意味を持ち続けています。一時、マラッカ海峡防衛論といった『シーレーン防護』や『中東の平和(石油)維持』が話題になったことがありますが、これらは『新時代の利益線防護』の思想から出てきたものといっていいでしょう」(『逆説の軍事論』バジリコKK

続けて富澤氏は「(利益線は)もはや一国で守るのではなく他国と協力した共同防衛、集団安全保障の形で守らざるを得ないというのが現在の安全保障に関する考え方の主流になっています」と述べている。富澤氏が言うように、かつての帝国主義的な植民地争奪戦の時代が終わっても「新時代の利益線防護」の思想は生きている。

それは、戦後日本において「米中心の国際秩序」を日本の「利益線」とし、これを日米安保基軸という「集団安全保障の形で守る」、このような防衛路線として具体化された。

「利益線の防護」からすれば「矛」、外征戦争能力保有は不可欠であり、米軍の「矛」基本、日米安保基軸が日本の防衛路線の基本となるのは必然であろう。

憲法9条より日米安保が優先される。これこそが“人の眼を欺く「9条平和国家」” の正体であり、「戦後日本はおかしい」の元凶だと言える。

そして今回の訪米で岸田首相は日本の国会ではなく米議会演説で「米国は助けもなくたったひとりで国際秩序を守ることを強いられる理由はありません」と自衛隊が「米覇権秩序の防護=利益線の防護」を担う「矛」、外征戦争能力を持つことを約束、そのための防衛予算倍増をバイデンから誉められた。

山県有朋は少なくとも日本の国会で「利益線の防護」の必要を唱え、「巨大の金額を割いて、陸海軍の経費に充つる」ことを国民に訴えた。しかし岸田首相は「利益線の防護」の必要というその根拠を国会にも国民にも何も説明しないまま米国の要求(日米同盟新時代の要求)に応え外征戦争能力保有とそれに伴う防衛予算倍増を米国に約束した。

これこそ究極の「おかしい」ではないだろうか。泉房穂さんの言葉を借りれば、「今回の訪米で首相は自国よりもアメリカの方を向いていることが判明した」。

日米同盟・新時代の“9条否定・「同盟のための戦争国家」”という危機的事態を前にしたいま、日米安保基軸の防衛政策からの転換を果たす時が来たのだと私たちは腹を括(くく)る必要があるだろう。

日米安保基軸からの転換は、すなわち大日本帝国の山県有朋演説以降、堅持されてきた「利益線の防護」から「主権線の防護」への質的転換であり、それを具体化する防衛政策を明らかにすることが必須不可欠の課題であると思う。これについては別途、考えていきたい。

◆「自信あるなら正々堂々と9条改憲を国民に問え!」── 先手必勝の攻勢

 
泉房穂×鮫島浩『政治はケンカだ! 明石市長の12年』(講談社 2023/5/1)

泉房穂さんの持論は「政治はケンカ」、そして「ケンカは勝つ」だ。必勝を期すのが政治だということだろう。

攻撃は最大の防御、攻撃の要は敵の弱点を突くこと、これがケンカの要領だ。

岸田政権の弱点は「国民に黙って決める」ことにある。言い換えれば「国民に知られては困る」政治という弱点を持つ。

今回、米国と約束した日米同盟・新時代、「日米安保の攻守同盟化」に伴う自衛隊の「矛」化という違憲の外征戦争能力、「交戦権、戦力保有」を憲法9条改訂もなしに決めた。その憲法9条否定の違憲政治が「国民に知られては困る」からだ。

ならば岸田政権が困ることをやればいい。

国民の側から「自衛隊の矛化は交戦権否認、戦力不保持の9条違憲行為ではないか」、「やるなら正々堂々と9条改憲を国民に問え!」と岸田政権に迫るなら彼らは窮地に陥るだろう。

なぜなら彼らはそれはゼッタイ避けたいことだからだ。閣議決定だけで決めた「敵基地攻撃能力保有」という自衛隊の矛化も「専守防衛の範囲内」という詭弁でごまかし9条論議になるのを避けたことがそれを示している。

9条以外の改憲論議には世論も反対しないようだが、9条については「改憲反対」が絶対多数を占める。「平和主義が崩れる」「戦争に巻き込まれる」と危惧する世論が多数派だ。

閣議決定ですませた「安保3文書改訂」も、米国で約束した「日米安保の攻守同盟化」もいずれも「自衛隊を矛化する」という9条違憲行為だ。

だから「こそこそするな、自信あるなら正々堂々と9条改憲を国民に問え!」の声を国民の側から上げる、ならば岸田政権は窮地に陥る。

こんな先手必勝の攻勢をかければ岸田政権との「ケンカは勝つ」と思う。

ピョンヤンからの「遠吠え」かもしれないけれど、ぜひ検討願いたいと強く思う。

若林盛亮さん

◎ロックと革命 in 京都 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=109

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』

G7広島サミット1周年、バイデン米大統領になめられ放題の広島でいいのか? さとうしゅういち

G7広島サミットから1年が経過した2024年5月19日、広島県の湯崎英彦知事が原爆資料館北側に建設していたG7広島サミット記念コーナーが完成しました。

しかし、この日、サミットに参加し、「核のない世界を目指す」と原爆資料館で記帳したバイデン大統領が14日に三度目の未臨界核実験を強行していたことが発覚。原爆資料館の「平和監視時計」が記念コーナー会館とほぼ同時刻にリセットされてしまいました(撮影は核実験実施後8日後の早朝)。

[左]原爆資料館北側にできたG7広島サミット記念コーナー/[右]原爆資料館の「平和監視時計」(撮影は核実験実施後8日後の早朝)

世界で最初に戦争で被爆した広島は、いまや、世界で最初で最後に核兵器を使った上に、ろくに反省も謝罪もしない米国に完全に舐められています。

結論から申し上げます。広島市長と広島県知事、そして爆心地選出の代議士としての岸田総理は核実験に抗議するとともに、世界で最初で最後に核兵器を使った米国に謝罪と反省を要求すべきです。

松井市長や湯崎知事は、平和宣言やあいさつでそのことに言及すべきです。

◆米国に譲歩を重ねた上にこけにされた広島

そもそも、G7広島サミット自体が、広島が大幅に譲歩したものと言って良いのではないでしょうか?同サミットで採択された「広島ビジョン」自体が、核兵器禁止条約はおろか、核兵器による先制攻撃禁止にすら言及せず、ロシアのによる核威嚇は批判しつつも、米国による核攻撃は批判すらせず、それどころか、米国の核保有を防衛目的と正当化するしろものでした。

それでも核兵器のない世界につながれば、ということで、湯崎英彦知事も松井市長ももろ手を挙げてサミットに期待してしまいました。そして、広島市の平和教材から「はだしのゲン」や「第五福竜丸」を削除するなど米国に忖度する動きも強めました。

また、広島市はサミット後には米国政府からの要求を受け入れ、平和公園とパールハーバーの姉妹協定を締結しました。繰り返しますが、原爆投下=世界で最初の核兵器使用=の加害者で今まで反省も謝罪もない米国政府と広島市が組む、と言うこと自体、屈辱的な譲歩ではないでしょうか?

また、サミット直前の広島県議選2023では、本社社主・さとうしゅういち以外の県議候補は自民から共産まで、ほぼ全員がマスコミや市民団体の候補アンケートに対して「G7広島サミットに期待する」「G7広島サミット誘致を評価する」などと回答してしまいました。さとうしゅういちは、もちろん「期待しない」「評価しない」と回答しました。

そもそも、G7サミット自体が米英仏独伊といった旧白人帝国主義国ともいえる国々で構成されています。そうした会議に何を期待するのでしょうか?しかし、藁をもつかむ思いで期待してしまった方々も多い。だが、残念ながら、広島は米国に譲歩に譲歩を重ねた上、いわば、コケにされたのです。

◆最初で最後に「核」を使った米国の謝罪・反省無くして露中朝批判に説得力なし

2024年現在、世界で最初で最後に核兵器を使った国は米国です。最初に広島、最後に長崎です。

これは動かせない歴史的事実です。しかし、その米国は核兵器使用について反省も謝罪もしていません。その米国を広島市は平和式典に呼んでいます。一方で、広島市の松井市長はロシアが核で威嚇したことを理由に、2022年から三年連続で平和式典から排除しています。この対応は説明がつくのでしょうか? あるいは、朝鮮や中国の軍拡への批判がどれだけ、説得力を持つでしょうか?

米国内や日本国内ならともかく、グローバルサウス諸国の人たちを説得できるように思えません。

また、日本国政府が原爆への謝罪や反省を要求してこなかったことは米国政府にとり「成功体験」になってしまったのではないでしょうか?

そのこと背景に、米国政府は例えばイラク戦争などの侵略戦争を行っているのではないか?

あるいは、イスラエルによるパレスチナ虐殺を全面的に応援するなどしているのではないでしょうか?

ちなみに大日本帝国政府は1945年8月10日に米国政府に対して原爆投下について国際法違反だと抗議しています。しかし、日本国になってからはそういうことはまったくしていません。司法で言えば地裁レベルでNHK朝ドラ「虎に翼」のモデルで有名になった三淵嘉子・東京地裁判事(当時)が1963年に「原爆投下は国際法違反」という判決を出してはいます。しかし、それが政府の政策を変えることにはなっていません。

◆“We American never repeat wrongs “言わせずに8.6に米国政府呼ぶ意味なし

もちろん、今まで、広島市の平和行政、あるいは一部の例外は除いて平和運動団体などの先輩方も被爆者の「自分たちと同じ思いをする人を二度と出したくない」という思いを原点に米国政府への謝罪や反省はぐっとこらえて来られました。それはそれで当時の状況から「あり」だったと思いますし、被爆者でもない筆者があれこれ申し上げる筋合いのものでもありません。

しかし、最近の米国政府の増長ぶりは目に余ります。結果論ですが、長年にわたり、米国政府に対して謝罪や反省要求が弱かったことが響いていますし、松井市長や湯崎知事のすり寄りがそれに拍車をかけてしまったのではないでしょうか?

“We American never repeat wrongs“
(我々米国人はあやまちは繰り返しません)

8月6日にどうせ米国を招くなら、これくらいのことを原爆慰霊碑の前で米国政府の代表に8月6日に言わせようではありませんか?

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年6月号

『紙の爆弾』注目記事 「大阪カジノIR」の真のリスク 水原一平事件の語られざる本質/日本の冤罪 北方事件 たった一人の支援者が明かす「連続殺人事件」の深層

タブーなき月刊誌『紙の爆弾』の最新号記事がnoteで一部公開・購読可能となりました。

記事単位での購入も可能になりましたが、『紙の爆弾』はあくまで紙がメインのメディアです。興味を持っていただけましたら、ぜひ書店でお手にとっていただければ幸いです。定価700円(税込)、年間定期購読7700円(1号お得)。

ここでは6月号の注目記事2本の一部を紹介します。

◆「大阪カジノIR」の真のリスク 水原一平事件の語られざる本質
 取材・文◎片岡 亮(ジャーナリスト)

 
 

2021年11月のある日、名古屋市の中心部に位置する高級ホテルのロビー。シャンデリアに照らされた大理石の床を歩いていたイベントプロデューサーを名乗る40代後半の男が、待ち合わせした女性に見せたのは、当時就任したばかりの岸田文雄首相とのツーショットだった。

高価そうなスーツや腕時計を身に着けた派手な外見とは裏腹に、男の詳しい経歴は不明で、インターネットにも会社名や本人の名前は見つからない。今どき特異な人物だが、自信に満ちた態度でバッグから何枚もの写真を取り出しながら、首相のみならず、今上天皇や著名な実業家、芸能タレントなどとの親交を自慢した。

「ビジネスは信用が大事ですよ。僕はホームページを作ったり、フェイスブックに写真を載せたりといった薄っぺらいことはしません。でも、首相が会ってくれるのは、僕自身に信用があるからです」

誰に対しても同じセリフを口にしているのだろう。そんな男が売り込んだのは、自らが開発に関わったという仮想通貨Lだ。

「今は、価値はありません。でも、この通貨が未来を切り拓くカギです。ほかの通貨とは別次元で、革命的な技術があります。私たちは先駆者で、社会に革命を起こす存在となります。ただの投資なら、こうして一人ひとりと会ったりしません。未来を一緒に作る仲間を集めているからです」

女性は男とのやりとりを録音しており、こうしたセリフが残っていた。

その二カ月後、60円でスタートした仮想通貨Lは、翌月に516円になり、40万円分を買った女性は300万円以上で換金できた。しかし、その後は価値が下落。0.2円前後を推移するまでになり、仮想通貨全体の7割を占める「一年以内の短命」のひとつになったと思われた。

しかし、今年1月31日から少し値動きが見られた。利益を得られるほどではないが、購入者が出てきたのである。同時に、先の男が肩書きを「芸能プロ社長」に変え、再びLを勧め歩くようになった。

3月、男が主催者となって愛知県内で行なわれたショーイベントは、かなり奇妙なものだった。ろくに告知もされないまま、まったく無名のラップグループや歌手が、まるで人気アーティストのように紹介されて歌やダンスを披露。MC役の男性は「盛り上がってますかぁ!」と叫び、出演者の交代の合間には、職業不詳の高齢の男女集団がマイク前に並んでコーナー紹介をしていた。

およそ900名収容の会場の7割ほどを埋めた客層は、とても音楽や演出にマッチしない中高年が主体。いかにも慣れない様子で手拍子しつつ、MCの誘導に素直に従って立ち上がったり、両手を挙げたりしていた。実は彼らこそ、無料招待された仮想通貨Lの購入者たちだった。

つまり、イベント自体は収益を得るためのものではないということだ。イベントを手伝った関係者はこう言った。

「本業である仮想通貨の収益の節税対策らしいです。グレーゾーンな収益なので、マネーロンダリングにしているそうですよ。タレントに高いギャラを払ったことにしたり、チケットが全部売れたことにしたりしています」

刷られてもいないチケットは額面が1枚5万円。900人で満員としたなら4500万円となる。

そして、仮想通貨Lの問題は、その売り文句にある。男は「将来、カジノが合法化される時に、オンラインカジノでもLを使って遊べるようにするので何百倍もの価値を持つ。それまで静かに黙って持っておいてほしい」と購入者に説明していたのだ。

2016年にIR(統合型リゾート)推進法、いわゆる「カジノ法」が成立し、国家事業となった。だからこそ、首相との写真も営業の武器になったわけだ。

※記事全文はhttps://note.com/famous_ruff900/n/n883499cc6a7f

◆日本の冤罪〈50〉北方事件 たった一人の支援者が明かす「連続殺人事件」の深層
 取材・文◎片岡 健(ジャーナリスト)

 
 

1980年代に佐賀県で起きた「北方(きたがた)事件」は、3人の女性を殺害した嫌疑をかけられた男性が裁判で検察に死刑を求刑されながら、無罪が確定した重大な冤罪事件だ。公判では、警察のとんでもない違法捜査も判明している。

だが、重大性のわりに、冤罪事件としてはあまり有名ではなく、「犯人が捕まっていない未解決事件」として語られることが多い。無罪が確定した男性が公の場で冤罪被害の経験をほとんど語ってこなかったためだ。

この特異な冤罪事件について、「警察は面子のため、無実の人を死刑台に送ろうとしたのです。本当に恐ろしいことです」と証言する人がいる。

事件の舞台となった北方町(現・武雄市)で町議を7期務めた田崎以公夫さん(92歳)だ。田崎さんは男性の「たった一人の支援者」として奔走し、男性を冤罪から救った人で、事件の一部始終を知る人でもある。

今回は田崎さんの証言に基づき、「北方事件」の顛末を紹介したい。この事件の深層を知れば、世の中には、まだ知られていない酷い冤罪があることを改めて実感していただけると思う。

 時効成立直前の「劇的な逮捕」だったが……

佐賀県の中央部に位置する旧北方町は、人口が1万人に満たない小さな町だった。ここであっと驚く大事件が起きたのは35年ほど前に遡る。

「林に白い服を来た女性の死体が捨てられているのですが……」

1989年1月27日夕方、そんな110番通報をしたのは佐賀県内の夫婦だった。夫婦は、JR佐世保線北方駅から2キロ余りの山道脇で仏壇に供える花を摘んでいた際、北方町内の雑木林に横たわる女性の遺体を見つけたのだった。

所轄の佐賀県警大町署(現・白石署)の捜査員たちが現地に臨場すると、事案は想像よりはるかに重大だった。雑木林から女性の遺体が、ほかにも2体見つかったのだ。連続殺人事件とみた佐賀県警は、ただちに大町署に150人態勢の捜査本部を設置した。

そして翌々日までに3人の被害者は全員、失踪していた近隣の女性だと判明したが、ある奇妙な共通点があった。

①藤瀬澄子さん 武雄町(現・武雄市)の料亭従業員。87年7月8日(水)の夜に同僚との外食後に失踪。失踪時48歳。

②中島清美さん 北方町の主婦。88年12月7日(水)夜にミニバレーの練習に出かけ失踪。失踪時50歳。

③吉野タツ代さん 北方町の会社員。89年1月25日(水)夜に自宅から外出後に失踪。失踪時37歳。

※記事全文はhttps://note.com/famous_ruff900/n/nb6176caaa94c

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年6月号

『紙の爆弾』2024年 6月号

岸田訪米の能天気は害悪だ!アメリカが狙うアジアの一兆ドル海洋資源
次期戦闘機の第三国輸出解禁 日本を「兵器産業国家」にする公明・創価学会の“貢献”
【特集】隠蔽される「健康被害」

TSMCが熊本の水を殺す半導体工場のPFAS汚染
がんを引き起こし脳の働きを阻害する遺伝子組換え食品によるこれだけの危険
小林製薬「紅麹問題」で少なくとも言えること
開業延期」ではなく「計画中止」を リニア新幹線「電磁波と白血病」
「議員も記者も排除」で答弁拒否率76% 小池百合子 暴かれた“女帝”の虚像
裏金事件でも自民党で“岸田降ろし”が起きない理由
「大阪カジノIR」の真のリスク 水原一平事件の語られざる本質
一水会50年は、対米自立実現の橋頭堡である
事業者に従業員を監視・排除させる日本版DBS法案の違憲性
“制裁ありき”の駄文判決 岡口基一判事弾劾裁判「多数決で罷免」の異常
ジュリー前社長が手放さないジャニーズファンクラブ巨額の行方
失言バカ政治家の傾向と対策
改憲派2社以外も“軍拡肯定”2025年度中学教科書 防衛省の広報誌化
シリーズ 日本の冤罪50 北方事件

連載
あの人の家
NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け:西田健
「格差」を読む:中川淳一郎
シアワセのイイ気持ち道講座:東陽片岡
The NEWer WORLD ORDER:Kダブシャイン
SDGsという宗教:西本頑司
まけへんで!! 今月の西宮冷蔵

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映画『正義の行方』が映し出す「飯塚事件」警察・記者・遺族・弁護団 それぞれの告白 ── 再審請求、6月5日福岡地裁午前10時に結果が! 尾﨑美代子

連休中に木寺一孝監督の「正義の行方」を観た。映画は1992年福岡県飯塚市で起きた女児2人の殺害事件(飯塚事件)をめぐって、2006年の死刑決定からわずか2年後に死刑執行された久間三千年さんの妻と弁護団、久間さんを取り調べた当時の警察官、事件を追ってきた地元の西日本新聞の記者たち、三者が事件を振り返りそれぞれ語っていく。

元刑事たちが、カメラの前で堂々と語っていることには結構驚いた。再審請求審で「久間さんは本当に犯人だったのか?」との疑念がふつふつ沸いてるなか「いや、俺たちがやったことは間違いないばい」と訴えなければとの思いもあるのだろう、どの刑事も堂々としている。しかし、何人かの刑事は取材を頑なに断ったという。

西日本新聞は、当時、警察の会見を鵜呑みして「重要参考人浮かぶ」などといち早く久間さん犯人説をスクープしてきた。当時の刑事事件のサブキャップ傍示(かたみ)文昭さんは「一審、二審から腑に落ちないというか、久間が本当に犯人なのか」との思いもあったため、死刑が確定して「ホッとした」という。

徳田靖之弁護士と岩田務弁護士は、死刑確定後、すぐに久間さんに再審を依頼されていたが準備が遅れていた。その間に突然死刑が執行されたことで、取り返しのつかないことをしてしまったと悔やみに悔やみ、再審無罪に向けた必死の取り組みの中で、久間さんが犯人ではなかった可能性を次々と明らかにしていく。

徳田弁護士(左)と岩田弁護士(右)

久間さんの早すぎる死刑執行に元刑事・飯野和明さんも「ほかの死刑囚がまだなのに、久間早かったなあ。率直な気持ちでした」と述べている。久間さんのあまりに早すぎた死刑執行が「自分たちの記事は正しかったのか」と疑念を持つきっかけとなった傍示さんだが、再審請求審には「死刑執行後に再審開始はありえないだろう」と冷めた目でみていた。2014年、再審請求は棄却されたが、裁判所は久間さんを犯人と断定したDNA型鑑定の証拠価値を事実上却下した。

久間さんの鑑定と同じ手法で行われていた足利事件の菅家さんのDNA型鑑定は既に誤っていたとして、菅家さんに無罪判決が下されている。しかし、そのとき久間さんは既に死刑執行されていた。何かを隠すためだったのではないかと疑われるのも当然だ。 

疑念をふつふつと募らせていた西日本新聞の傍示さんは、2017年編集局長に就任、同じ時期スクープ記事を書いた宮崎さんは社会部長に。「この二人ならできるんじゃないか」と傍示さんは飯塚事件の検証キャンペーンを企画する。宮崎さんを中心に、しかし、実際の取材はこの事件に全く関わっていない記者にさせようと、中島さんという編集委員と中原記者を抜擢。

木寺監督はあるインタビューで「観る側に全てをわかってもらう必要はなく、ギリギリわかるところまで情報量を抑え、ジェットコースターのように息もつかせない展開にしよう」と目標を掲げた、と話している。確かに、158分があっという間、なんならもう一回乗ってみたいという感じ。

ネタばれになったらすまないが、ちょっと身震いするシーンを2つ紹介する。

福岡県警・山方(やまがた)泰輔捜査一課長(当時)の無謀な捜査手法が良く表れているシーンだ。逮捕後も一貫して否認を続ける久間さん、一方、二度目のDNA型鑑定は「久間さんのものではない」となった。

 
山方泰輔捜査一課帳(当時)。犯人を追う夢を見てうなされたのか、足を柱にぶつけ生爪が剥がれた

そこで、山方一課長は、ある仕掛けを企てる。実は飯塚市では3年前にも近くで女児アイ子ちゃんが行方不明になっている。その時アイ子ちゃんに最後に会ったのが近所の久間さんだったということで久間さんが疑われた。久間さんは当時、仕事を辞めて家事、子育て、外で働く奥さんの送り迎えなどやっていた。そんな久間さんを「昼間からぶらぶらして」と警察は偏見の目でみていたのではないか。

そこで3年前のアイ子ちゃん事件も久間がやったに違いないと、久間さんをDNA型鑑定と並ぶもうひとつの科学捜査、ポリグラフ(ウソ発見器)にかける。「アイ子ちゃんはどこにいる?」みたいな質問を続けるうち、ある場所で針が激しく動いたという(山方捜査一課長が指でぽーんと針を飛ばしたに違いない)。

警察は「ここに何かある?」と捜索を開始。駆り出された捜査員らは「長時間かかるだろう」と昼飯を持参して山に入ったが、捜査開始からわずか25分でアイ子ちゃんの赤いジャンパーがみつかる。

西日本新聞の宮崎さん「5、6年も置かれていたのに、なぜそんなにきれいな状態で見つかるのかと不思議だった」。

そりゃ、そうだ。袴田事件でみそ漬けにされた衣類と同様、警察がそっと置いてたからだ。現場の雑木林は数キロにわたる広さだが、近くにいた作業員は「捜査員がきてすぐロープが張られた」という。

山方捜査一課長が「ジャンパーはあの辺に置いて。すぐわかるように周囲を囲ってくれたらよかばい」と指示したのだろう。あまりにおそまつだ。

もう1つの戦慄が走る場面。編集局長傍示さんの指示で検証取材にあたる中島さん、中原さんは、女児2人が連れ去られたとされる三叉路で、久間さんの乗っている車と同じ車を見たという目撃証人を必死で探す。

約1年なかなか探せずにいる時、ふらりと寄った喫茶店で、店主に男性の写真をみせる。すると店主が「その人ならつい最近までうちの2階におったよ」という。奇跡だ。そしてその男性に会えることに。

何十年も前の事件、しかも殺人で死刑執行までされた事件で、当時の自分の証言を取材したいといわれ、相手はやんわり拒否するか、覚えてないというのでは……と思っていたら、男性はすんなりと取材に応じてくれた。

中島さんが「なぜ一瞬のことなのに、車種を正確に覚えていたか?」と聞くと、男性は「次にその車を買おうと考えてたから」と答える。それは警察での供述調書にも、法廷の証人尋問でも出ていなかった話だ。なるほどと納得する中島さん。そしてここから更に驚く展開が……。

「何か警察に供述を誘導されたこととかありますか?」と聞いたときだ。「ああ、警官に、車のナンバーに1、6、9があっただろうと何度も言われた」。そして「1は2つあっただろう」とも。久間さんのナンバーは「6112」。2と9が間違っているが、男性が刑事に何度も何度も言われたため、何十年間も記憶していた数字だ。恐ろしい。きっちり久間さんへ誘導しているではないか。

ラストのシーン、元西日本新聞でスクープを書いた宮崎さんが三叉路に立ちながらこう話す。「ペンを持ったお巡りさんになるなとよく言われるんですけど……ペンを持ったお巡りさんでした。死ぬ前に一個何かお願いを聞いてくれるなら、あの朝、何があったのか、巻き戻してみせて欲しい。どっかのカメラが、これが本当だって、30年間巻き戻して」

この三叉路から女児二人がいなくなったことから事件は始まった。昨年11月28日ここで女児らを最後に見たという女性は「目撃したのは別の日だった。警察から強要された」と証言した

西日本新聞の当時のサブキャップ傍示さん、スクープを書いた宮崎記者は、自分たちがどうこの事件を取材してきたか、それは正しかったのかどうかを必死に検証してきた。しかし、久間さんはもう殺された。国と警察と検察と裁判所に。そしてマスコミに。

5月22日の袴田さん裁判後の記者会見、翌日の西山美香さんの国賠後の記者会見に参加した青木恵子さんが「本当につまらない質問ばかりだった」と嘆いていた。私らが暑い中、1時間前から傍聴券の抽選に並んでいるのに、開廷ぎりぎりに法廷に入ってくる一階の記者クラブの記者たち、「涼しいフロアにいましたから」みたいな顔でカーディガン羽織ってたりする。みなさんも「ペンを持ったお巡りさん」なのか?

ということで青木さんが6月5日飯塚事件再審の決定が出る福岡地裁に行くことになり、徳田弁護士、岩田弁護士に拙著『日本の冤罪』をお渡しするというので、昨日会って渡してきた。

もう一度言おう。久間さんはもう殺された。

冤罪被害者の青木恵子さん


◎[参考動画]「飯塚事件」死刑が執行されたいまも多くの謎/映画『正義の行方』予告編(2024/02/05)

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

ジャニーズよ 永遠なれ〈3〉真に許されない愚かしさとは 板坂 剛

ジャニー喜多川やカウアン君やデヴィ夫人のそれぞれの言動は、それぞれの必然性に基づいて行われたもので、驚嘆するほどの事象ではない。

驚くべきは7月23日に報道された国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の人たちが、この件に関して調査のために来日し、さらにジャニーズ事務所も「再発防止特別チーム」を結成して真相を究明しようとしているというニュースだ。

 
在りし日のジャニー喜多川

再発防止って「加害者」がとっくに死んでいるのに何で再発防止のチェックが必要なのって聞きたいよね。国連もそんなことに人と時間を費やすなら、原発事故の再発防止のためのチェック機関を作ってほしい。

折しもアメリカではスリーマイル島事故後の初の新規原発がジョージア州で営業運転を開始するという。世界中で権力者のやりたい放題による災厄が多くの人民を苦しめている時に、死んだ人間のセクハラ疑惑なんか追求している場合じゃないだろう。

事故が起こらなくても原発で働く作業員は皆被曝していると、定期的に作業員の健康診断を行っていた医師が言っていた。その医師に対して電力会社の社員は診断の結果を絶対にマスコミには知られないようにと忠告したという。また、退職した作業員が1年後に白血病で死んだという話もよく聞かされたそうであるが、そういう事例のチェックは全く行われなかった。

日本の公的機関がそこまでやるとは期待もしていないが、それをやるのが国連ではないかと思う。

無名の作業員たちの生死にかかわる被害より、未成年のお尻の穴の被害の方が大事だろうかと問いたい。

お尻の穴と言えば、先頃鹿砦社から発行されたムック本。『人権と利権』の中で、少々気になる記述があったので書き添えておきたいと思う。

同書は大変に好評で売り切れ間近と聞いているが、編著者の森奈津子さんというバイ・セクシャルの女性と加賀奈々恵さんという埼玉県富士見市議の都の対談。

その中で森さんの次の発言に、つい首をかしげてしまった。

「松岡さんは、やっぱり女性スペースにトランス女性も入れるべきだとおっしゃっているんですけれど、ああいうゲイの方って、ゲイオンリーのイベント、例えばエッチなショーがあったり、あるいはゲイの方々が出会って性的な行為に及ぶハッテン場など、そういうところに『”体が女性のトランス男性”の皆様もどうぞ入ってきてください』とはおっしゃらないんですよね」

(注・ここに記されている「松岡さん」とは、一般社団法人フェアの代表理事の松岡宗嗣という人のことで、鹿砦社の社長、松岡利康とは関係ありません)

「ゲイは女性の体には興味がないので、いくら心が男性だと言っても体が女性の人が入って来られては困る、ということなんですね」

「一方では、ゲイをハッテン場に体が女性のトランス男性を入れないのに、女性にばかり強制をして、おかしいなと思うんです」

筆者は今は亡き『噂の真相』の岡留安則編集長の紹介で、かつて同性愛者に対する差別反対運動のリーダーとして一世を風靡していた「オカマの東郷健」が発行する『ザ・ゲイ』という雑誌の編集を受けおったことがあり、その関係で全国のゲイバーやハッテン場となった映画館を取材したことがあった。

そこでも目撃したことは、ゲイバーにも女性客が度々訪れるという事実、もちろん体が女性のトランス男性もお見えになっていた。

また、ハッテン場として有名なポルノ映画館では女装した男性が大モテで、の周囲には常に大勢のファンが群がっていた。男装した女性に関しても同様。

また、男性とのカップルで女性客も入れる映画館では自分の彼女を全裸にして性交までする男性もいたが、2人の周囲には男たちがスクリーンに背を向けて羨望の眼差しで男女のプレイを鑑賞し、2人が帰る時には「ありがとね。また来てね」と声をかける御仁にもいた。

つまり、彼等の中には本当は女性の方が好きなのに相手に恵まれず、風俗に行く金もないので仕方なくハッテン場に身を寄せている人も多くいるということである。
こういう人たちがトランス男性やトランス女性の参入を拒むということは考えられない。

女性が単独で入場することは許されない映画館も確かにあるが、それは映画館側が警察の介入を恐れてバリアーをはっているだけのことで、そこにたむろするゲイたちが女性を排除してるわけではない。

ハッテン場に集う人たちを統1された理念と美意識で結ばれた集合体だと思ったら大間違いなのだ。このへんは正確に把握してないと、同好諸氏に足元をすくわれる危険がありますのでご注意下さい。

それにしても純粋なハッテン場とも言えるジャニーズ事務所が、はたしてジュニアたちにとって有害な場所だったのか。歴史の査定を待つ他はないが、今なおジャニーズジュニアに熱い声援を送り続けている女性たちの姿に、どうしても原発再稼働を阻止するだけの民意を表明出来ずに流されてしまう大衆の「嫌なことは忘れる」「醜いことから目を背ける」集団心理が重なって見えるのはどうしたものだろうか。

8月4日の国連メンバーによる記者会見では、原発事故の被害者の方々についてのコメントもあったことを忘れなく。

愚か……という言葉を使いたくはない。1970年に「天皇陛下万歳」と叫んで自決した三島由紀夫の気持ちが判る。それがパロディーであるのなら、幾らでも叫んでいいだろう。ジャニーズよ、永遠なれ、と。

結局それは滅びの美学なのかもしれない。確かに男が皆ゲイになったら、その民族は滅びるしかないのだから。

笑える。

板坂 剛 ジャニーズよ 永遠なれ(全3回)
〈1〉死して尚、放たれる威光
〈2〉「性加害」という表現への疑問
〈3〉真に許されない愚かしさとは

本稿は『季節』2023年秋号掲載(2023年9月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

▼板坂 剛(いたさか・ごう)
作家、舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』A5判 320ページ 定価1980円(税込み)

【主な内容】
Ⅰ 苦境に立たされるジャニーズ
  2023年はジャニーズ帝国崩壊の歴史的一年となった!
  文春以前(1990年代後半)の鹿砦社のジャニーズ告発出版
  文春vsジャニーズ裁判の記録(当時の記事復刻)
 [資料 国会議事録]国会で論議されたジャニーズの児童虐待

Ⅱ ジャニーズ60年史 その誕生、栄華、そして……
1 ジャニーズ・フォーリーブス時代 1958-1978
2 たのきん・少年隊・光GENJI時代 1979-1992
3 SMAP時代前期 1993-2003
4 SMAP時代後期 2004-2008
5 嵐・SMAPツートップ時代 2009-2014
6 世代交代、そしてジュリー時代へ 2015-2019
7 揺らぎ始めたジャニーズ 2020-2023

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315290/