この間、貴誌には日米統合問題について何回か寄稿させて頂いた。この11月にも見逃せない問題が起きている。すなわちNTT法廃止問題である。今回はこの問題を考えてみたい。

◆NTT法廃止問題

11月8日の読売新聞に「NTT法見直し 白熱」の記事があった。今、自民党内でNTT法廃止議論が白熱しているという。

この論議は、6月頃、前幹事長の甘利氏が増大する防衛費をどう解決するかの問題で、NTT株を売却して、これに当てるという案を提起したことに端を発する。

甘利氏は、自民党内にこれを討議するプロジェクトチーム(PT)を作り、議論を牽引している。その案では、時価評価で5兆円になるNTT株を20年間、毎年2500億円で売却して、それを軍事費に当てるとしている。これに軍事費倍増のための増税で不評を買う、岸田首相が飛びついた。

しかしNTT法では「NTT株の3分の1以上を国が保有する」となっており、この条項をなくさなければ売却できない。だからNTT法を廃止するということである。

NTT法廃止論者の狙いは、それに止まらない。読売新聞は、甘利PTが重要なポイントと見ているのが、NTTに対する「総務省の関与度合いの縮小」だと指摘する。

甘利氏は「監督官庁による規制は日本の競争力への規制に他ならない」と述べ、荻生田政調会長も「NTTが海外と勝負できる会社に成長する可能性を阻害したのがNTT法だ」とし、その旨、衆院予算委員会で質問し、岸田首相は「規制を抜本的に見直す必要がある」と答弁している。

NTT法は、84年に「日本電信電話公社」が民営化され「日本電信電話株式会社」(NTTはその略称)になった時、その公共性を保障するための規制を定めたものである。

そのために3条で、会社の使命として、①固定電話をユニバーサルサービスとして全国一律に提供する。②電話通信技術の普及を通じて公共の福祉に資する研究開発を行い、その成果を公表する、としており、NTTが公共性を守り、営業本位に走らないように、「取り締まり役の選任」や「事業計画」で総務相の認可を義務付けるなどの規定が明記されており、その中には「外資規制」もある。

NTT法廃止については情報誌『選択』(11月号)が「NTT法廃止という亡国」という記事を出している。それは「杜撰なロジック、大義のない議論」だとして、その亡国性を突いたものである。

また、この議論の過程で、甘利PTがNTTや携帯電話業者のKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの4社の意見を聞く場を設けたが、廃止を主張するNTTに対し、他の3社が廃止はNTTの巨大化許し「公正な競争」を阻害すると反対し、議論が「公正な競争」を論議になったことも「巧妙な『論点外し』」と指摘する。

ただ、『選択』誌は、「NTT法廃止には外資規制の重要問題もあるが、紙幅も尽きた」として、これが米国外資への売却という点を述べようとせず、結論も「将来、ユニバーサルサービスが失われ、しかも通信インフラが中国資本に握られる・・・」などとと、中国が日本の情報インフラを握る危険性があるかのようになっている。

「米国隠し」は、日本マスコミの宿命とは言え、残念なことである。

◆米国への日本の統合を見てこそ浮き彫りになる問題の本質

『選択』誌が指摘するように、NTT法廃止議論は、「杜撰なロジック」「巧妙な『論点外し』で、物事の本質が見えにくい。しかし、この問題も米国が米中新冷戦での最前線に日本を立てるために、日本の全てを米国に統合するという政策との関係で見れば、その狙いと問題の重要性が浮き彫りになる。

それは米国が日本統合のために通信インフラまで掌握しようとしているということであり、甘利やそのPTメンバー、荻生田政調会長、岸田首相など自民党中枢は、それに応じてNTT法を廃止して、その株式を米国外資に売却しようとしているということである。

元々、甘利は、TPP(環太平洋貿易協定)交渉でデータ主権放棄を米国に約束した人物であり、TPP交渉の過程で「国境をまたぐデータの自由な流通の確保、国内でのデータ保存要求の禁止という原則」を受け入れている。そして2020年1月に、安倍政権は、それを「日米デジタル貿易協定」として締結し、自らデータ主権を放棄している。当時、トランプ大統領は、この締結について「4兆ドル相当の日本のデジタル市場を開放させた」と自身の成果を誇っている。

NTT法廃止問題は、データ主権放棄の更なる深化である。

今、データに関しては、これを集約利用するクラウドが重要になっている。それ故、岸田政権は6月の骨太方針で「国産クラウド」育成の方針を打ち出した。それはデータを米国に握られる危険性を承知している日本経済界の要望を入れたものだろう。今、日本のクラウド市場では米国3社が60-70%のシェアを占める。その危険性は日本の大企業も充分承知しており、日本製のプラットフォームやシステムを採用している企業や地方自治体も多い。

「国産クラウド」が言われた時点では、マスコミなども、「日本勢の健闘が期待される」などと言っていた。そこで期待されたのは、NEC、富士通、そしてNTTであった。その中でも、かつて公社であり、NTTドコモなど高い技術力を持つNTTであった。

まさにNTT法廃止は、このNTTの経営権を米国に売ることで、「国産クラウド」の芽を潰し、日本のデータを日本勢が管理する道を阻害するものになるということである。

それだけに止まらない、NTTは日本の通信インフラ(固定電話回線、光ファイバー回線、電柱、管轄、局庁舎など)を握っており、米国は、それまで掌握しようとしているということなのだ。通信インフラ自体を握れば、徹底して日本の情報(データ)を握ることができるし、今後起こりうる「反逆」も潰すことができる。

今、米国覇権は崩壊の度を増している。ガザでのイスラエルの虐殺蛮行を容認する米国への非難の声が世界的に高まり、日本が米中新冷戦の最前線に立たされ「新たな戦前」が言われる中で、米国一辺倒、米国覇権をあてにした生き方が本当に日本のためになるのか、それで日本はやっていけるのかという声が高まっている。

「これを何としても阻止し、反逆は許さない」、NTT法を廃止して、社会のデジタル化の基礎である通信インフラを掌握しようとする米国の意図はそこにある。

NTT法を廃止して、NTT株を米国外資に売るということは、それだけの重大性を持っている。そこに「亡国」の本質がある。

◆「公共性」を守り、国民の財産を守る

NTT法廃止問題は、公共性を維持保障するための規制を廃止するかどうかの問題である。

84年制定のNTT法は公共性に基づいている。電信電話という情報インフラは公共のものであり、それは国民の財産であり、国として守らなければならないという考え方である。

NTT法が、「固定電話によるユニバーサルサービス」や「研究開発」を義務づけたのもそのためである。

これに対し、NTTの現経営陣は、固定電話によるユニバーサルサービスが加入者の減少によって赤字になっていることや研究開発義務が外国企業との共同研究の足かせになっていると主張する。

それは、まさに日本の通信をGAFAMに委ね、日本独自の研究を止めて米国との共同開発を進めるという米国の下への日本の通信の統合のためのものだ。

彼らは、それを「NTT法は40年前の時代遅れの規定」として正当化する。

40年前、「JAPAN AS NO.1」と言われた日本の競争力を削ぐため、米国は、日本の国営企業を問題視し、3公社(日本国有鉄道、日本専売公社、日本電信電話公社)の民営化を要求してきた。

日本政府はその要求に応じて、日本電信電話公社を民営化したが、民営化されたNTTが営業本位に走り、公共性を放棄しないように、NTT法を制定したのであり、当時は、そうした考え方が健在であったのであり、「外資規制」も米国外資がNTTを買収する危険性を防止するためのものであったと見ることができよう。

NTTが所有管理している電柱、管轄、局舎などは加入者の使用料や国民の税金で作られたものであり、国民の財産である。

KDDI幹部の「民営化前に15兆円、現時価で40兆円の国民の資産を継承している責任は重い」、「許せば、NTTは過疎地や離島での固定電話サービスを止める」の指摘はもっともなことである。

これと関連して、イーロン・マスクが進めているグローバルな衛星通信網「スターリンク」との関係で、固定電話によるユニバーサルサービスなど時代遅れだとの論説が流れた際、総務省幹部が「馬鹿な わが国の緊急通報をイーロンマスクに委ねろというのか、スターリンクに低廉な料金やサービス維持の仕組みはない。明日やめるとマスクが言えば万事休すだ」と反論しているが、まったくその通りであろう。

 

魚本公博さん

公共とは皆のものということであり、NTTは国民皆のものである。それを米国外資に売却するなど許してはならないと思う。

岸田政権は、甘利PTの提案を受け、来年8月の国会に法案を提出したいとしている。

事は国民の財産を守るのか、米国に売り渡すのかの問題であり、甘利PTのような自民党内の狭い議論ではなく、国民的な議論にしなければならない。こうした議論の中で、「亡国」のNTT法廃止の法案を廃案にさせなければならないと切に思う。

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

▼魚本公博(うおもと・きみひろ)さん
1948年、大分県別府市生まれ。1966年、関西大学入学。1968年にブントに属し学生運動に参加。ブント分裂後、赤軍派に属し、1970年よど号ハイジャック闘争で朝鮮に渡る。現在「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『一九七〇年 端境期の時代』

『抵抗と絶望の狭間~一九七一年から連合赤軍へ』

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子ども時代(保育園から中学2年生まで)の父親からの性的虐待により、大人になった現在、PTSDに苦しんでいるとして、広島市の40代女性が父親に慰謝料など3700万円を請求している「性虐待PTSDひろしま裁判」の控訴審判決が11月22日、広島高裁であり、原告=被害者女性の訴えを棄却する不当判決となりました


◎父親から性的虐待、女性が損害賠償求めた裁判 広島高裁が訴え退ける「請求権は消滅」女性は上告の方針(広島ニュースTSS 2023/11/23)

◆「人倫にもとる」と父親を断ずるも「除斥期間」を理由に却下

広島高裁の脇由紀裁判長は被告=加害者=父親による性的虐待行為は「人倫にもとるもの」認定しました。しかし、女性が10代後半にはPTSDの症状を発しており、不法行為から「除斥期間」である20年がたってからは請求する権利はない、として一審判決同様、女性の訴えを退けました。原告の女性は、この判決にあきらめずにただちに上告することにしました。

原告は、2020年に提訴。しかし、広島地裁は2022年10月に父親による性的虐待の事実や女性の被害を認定しましたが、「10代後半には精神的苦痛を受けていた」ので、「遅くとも20歳になったときから20年が経過した提訴前の時点で、賠償請求できる権利が消滅した」と判断して原告の訴えを棄却。原告が控訴していました。

◆苦しむ期間が長いほど不利になる理不尽な理屈

たしかに本件の性虐待自体は20年以上前ですが、被害者はそれによって大人になった後もPTSDに悩まされています。父親による被害が現在進行形で続いています。裁判長は、PTSDが10代後半で既に発症していたことも理由に、そこを起点に除斥期間を設定してしまっています。これは苦しむ期間が長いほど、被害者が不利になるという理不尽な理屈です。

そもそも時効とは法的安定性の確保のために「権利の上に眠る者は保護せず」というのが趣旨です。権利があるのに怠慢で権利行使を怠ってきた者にはもう権利行使は認めないのが民法の思想です。例えば、友人に貸したお金の返済を長い間催促しなかったとか、大家さんが借主に未払いの家賃を催促しなかったとか、そういう場合を想定しています。今回適用された法理は旧民法で定められていた除斥期間であり、不法行為の債権が20年で消滅するというものです。モノを壊された被害者が20年間損害賠償を請求しなかったとか、そういう類のものです。

しかし、本件では、被害者は権利を漫然と行使せずにきたのではなく、10代後半以降、ずっと苦しんでおられたが、父親の性暴力による被害であることさえ意識できなかった。そして最近、やっと被害を言い出すことができたという事情があります。この点が、一般の損害賠償請求訴訟とは異なります。さらに、その被害は今も継続しているのです。被害者が直面した事態は、除斥期間を旧民法に導入した立法者が想定していない事態です。旧民法の時代には、そもそも家父長制のもと、父親の権威は絶対です。それと連動して刑法には戦後も維持された尊属殺人という規定がありました。父親の虐待に耐えかねて父親を殺した娘にあわや死刑適用かという場面もありました。この時は尊属殺人の規定は違憲だという判断が示されました。この時は「裁判官が仕事をした」と言えます。

だが、脇裁判長は、尊属殺人の規定があった時代の考えをひきずって今回の判決を出した、すなわち「仕事をしなかった」とも言えます。

◆伊方原発広島裁判仮処分却下に続き期待を裏切った脇裁判長

今回の裁判長は女性の脇由紀裁判官であったことから、ひょっとしたら、原告勝訴の判決もあるかもしれない、と筆者も期待しました。しかし、その期待はもろくも打ち砕かれました。冷静に考えると、脇裁判長は、筆者も原告である伊方原発広島裁判において、筆者ら原告側が求めていた運転差し止めの仮処分申し立てを却下した裁判官でもあります。要は、従来の判例から踏み込んだ判断をされるような裁判官ではなかったということです。

不当判決を上告した原告を徹底的に支援するとともに、一方で、裁判官の質によって被害者の救済が左右されないよう、今回のような事案に対応した法改正も必要と感じます。

◆フラワーデモ「勇気をもって訴えた原告に感謝」

広島高裁による不当判決を受け、「フラワーデモ」が夕方17時から広島市中区の本通り電停前で行われました。フラワーデモは2019年3月に、性暴力で起訴された男性が相次ぎ無罪となったことを受けて、それに抗議するために2019年4月11日に東京駅前で始まりました。それにより性暴力の厳罰化など、一定の法改正が進んだのは皆様もご承知の通りです。

広島高裁による不当判決を受け、広島市行われた「フラワーデモ」

この日は11日ではありませんが、今日の判決日にあわせて被害者勝訴であろうが、不当判決であろうが、開催されることになっていました。広島市での開催は大都会の割に少なく、7回目です。それだけ広島が特に岸田総理の選挙区である中心部ほど保守的ということはあるのですが、そんな状況で開催されている皆様には敬意を表します。

フラワーデモでは、まず、寺西環江弁護士から本件判決についての報告が行われました。

また、夫婦同姓を義務付けた民法の規定は「法の下の平等」を定めた憲法に違反するとして、国を訴えていることでも有名な恩地いずみ医師は「勇気をもって提訴した原告に感謝する」と原告の勇気を称えました。

また、主催者を代表して岡原美智子さんからはフラワーデモの歴史などについて紹介。その上で「同じ広島県内で、男性塾講師から10年以上も洗脳の上、性暴力被害を受け続けた20代女性が、フラワーデモのニュースを見て勇気を得て、弁護士に相談。提訴をし、事実上勝利となる和解を勝ち取った」ことが紹介されました。

広島県内では、このほかにも、呉の海上自衛隊でセクハラ被害者の女性隊員が望まないのに、加害者に直接謝罪させ、女性隊員が退職に追い込まれる一方で、加害者や上司は停職処分で済まされるという理不尽な事件が起きています。

全国的に見れば、例えばジャニーズにおける性加害問題は、長年、鹿砦社を除いてほとんど追及されてきませんでした。

性暴力を許さない社会へ、今回のように声を上げた被害者を支援することで声を上げやすくするとともに、裁判官の質によって被害者の救済が左右されないような必要な法改正が引き続き求められます。

[追記]広島高裁による不当判決を受け、広島市で行われた「フラワーデモ」は、毎月11日に首都圏で行われているフラワーデモとは直接、組織的な関係はなく、今回の原告の支援者が不当判決に抗議して行った街宣です。(筆者)

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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本稿は『季節』2023年夏秋号(2023年9月11日発売号)掲載の「老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

◆東海第二の現状

先の論文では運転期間は60年(定格出力運転相当年数・定格出力で連続運転したと仮定して計算した年数で48年)までしか解析されていない。東海第二は今のままでは72年近く運転する可能性がある。運転期間としても50年を大きく超えるだろう。また、材料の具体的な評価については記述がないため、どんな不純物が含まれているかわからない。

一般に、中性子照射脆化は材料に含まれる元素の種類や量で大きく変化する。そのため同じ材料(母材、溶接材)で試験片を作らないと意味がないが、たった5㎜では同じ材質の試験片になっているとは考えにくい。

東海第二と同型のBWRである敦賀1号(すでに廃炉)では加速試験(炉心内で炉壁よりも燃料体に近い場所に試験片を置くことで中性子照射量を多くして、寿命末期の状態を模擬して行う評価)を行ってきたところ、実際の炉壁の状態を模擬できなかった(少ない影響しかないように評価された)例もある。

東海第二も加速照射なので、これまで取り出した試験片が実際の炉壁の状態を正しく評価できるデータが取れているか疑問だ。

そういう状態であるにもかかわらず、中性子照射脆化と加圧熱衝撃の評価をしないなどというのは、都合が悪いから逃げているに過ぎない。しかし事故からは逃げられないということは知るべきだ。

試験片が枯渇し中性子照射脆化を評価できなくなった原発は直ちに廃炉にするべきである。

◆規制委は危険な原発を止められるのか

西村康稔経産大臣は国会で、原発の安全規制に懸念を持つ議員から、危険な老朽原発を事故前に的確に停止することが可能なのかを問われた。大臣は規制委が厳格な審査を行い、不合格になれば原発の運転ができなくなるのだから問題ないと繰り返し答弁した。

改訂前の炉規法では40(+20)年で廃炉となった。今後は事実上、制限がなくなる。老朽原発は規制委が危険性を未然に見つけて許可しないとの判断をしない限り、廃炉にすることができなくなる。

もともと炉規法に年数制限を入れたのは、古い設計で安全上不安のある原発の自主退場を促すことも目的だった。

改正前の炉規法では、よほどのことがない限り運転中の原発に運転停止を命ずることができなかった。しかし新規制基準ができたことで地震や津波、過酷事故対策に加え、特定重大事故対処等施設の建設と、大規模な設備投資が必須となった。

このような工事は100万キロワット級原発と50万キロワット級原発で、費用が倍も違わない。安全対策工事にかかる金額は、柏崎刈羽全部で1兆2000億円、東海第二で3000億円など、原発が1基建ってしまうほどの費用がかかる。同じ投資をするのならば、運転可能年数も長く、設計も建設も新しい原発に集中した方が経済性も良いことは常識である。

そのこともあって、今まで伊方1、2号機、美浜1、2号機など比較的小型で老朽化が進んだ原発が廃炉になった。震災後、東電福島第一と第二を除けば、11基が廃炉になっている。

しかし、ここにきて廃炉の波は止まっている。柏崎刈羽1~5や志賀1などは、新規制基準適合性審査を受けていないが、廃炉にもしていない原発がある。

「新・新規制基準」では、これら原発は動かないのに運転可能年数だけは無意味に伸びていく。老朽化が進んだ原発の退場を促すどころか、いつまでも「動くかもしれない」と、廃炉にもせず、再稼働準備と称して対策工事を延々と続け、経営を圧迫し地域を不安に追い込む。そんな原発が8基もある(柏崎刈羽1~5、志賀1、女川3、浜岡5)。(つづく)

◎老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由[全4回]
〈1〉脆性遷移温度が危険域に達した関電高浜1号
〈2〉運転実績や想定を超えている原発の「60年超運転」
〈3〉試験片が枯渇し、中性子照射脆化を評価できなくなった原発は直ちに廃炉にすべきである

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像 ―― 原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史』(共著/木村朗、高橋博子編/明石書店 2015年)等多数。

◎たんぽぽ舎 https://www.tanpoposya.com/
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〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年秋号

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龍一郎揮毫

広島市の松井市長は11月30日からハワイの真珠湾を訪問することを発表しました。これは、今夏、米国政府=エマニュエル駐日大使=との間で締結した真珠湾国立公園との「姉妹公園協定」を具体化するためとのことです。

広島市は9月の定例市議会で「原爆投下に関わる米国の責任の議論を現時点で棚上げし、まずは核兵器の使用を二度と繰り返してはならないという市民社会の機運醸成を図っていくために締結した」と答弁しています。 その答弁を具体化した形です。

◆「原爆投下を反省しない米国政府」と組んで良いのか?

 

真珠湾の戦艦アリゾナ(撮影=広島瀬戸内新聞関西支社の鈴木記者)

筆者は、そもそも論として、広島の平和記念公園とパールハーバー=真珠湾の「姉妹公園協定」に反対です。広島市とホノルル市は姉妹都市であり、ホノルル市は広島市が主導する「平和首長会議」にも加盟しています。平和首長会議は核兵器禁止条約推進の署名活動もしており、広島市とホノルル市はそうした意味で「同志」の自治体であります。その一環として松井市長がホノルルに行かれることには異存はありません。ただし、きちんと平和行政の推進に効果があるかどうか、説明責任を果たしていただきたい、というスタンスです。

だが、米国政府は、いまだに広島への原爆投下を反省していません。「必要だった」というスタンスは崩していません。もはや、原爆投下は戦争の犠牲を減らすためではなく、日本人をモルモットとした「実証実験」であり、戦後に米国の強力な対抗馬になることが確実だったソビエトへのけん制でもあったという議論が主流となった今でも、米国政府はまったく反省していません。オバマ大統領が2016年に広島に来た時もまるで他人事のような挨拶であり、反省や謝罪の言葉はありませんでした。

日本政府についていえば、基本的にはいわゆる村山談話を継承し、第二次世界大戦における加害責任について一定のお詫びをしています。必ずしも十分ではないと筆者は考えますが、それでもまったく反省も謝罪もない米国に比べればすべきことはしています。

そんな米国政府の原爆投下責任を棚上げにして組んで良いのだろうか?そのことは、「核兵器の使用を二度と繰り返してはならない」という国際世論を後退させてしまうのではないか? そう思うのです。

「広島が米国政府を許したのであれば、俺たちが核兵器を使っても構わないよね?」と、米国以外の中露英仏はもちろん、インド、パキスタン、朝鮮、そして今ガザ虐殺で非難を浴びているイスラエルまで言いだしかねません。すくなくとも核兵器使用のハードルを下げる方向に「米国政府の責任棚上げ」はなると思います。

◆G7広島契機に「平和都市ヒロシマ」から「米国忖度都市 HIROSHIMA」への変質

そして、繰り返し指摘したいのは、2023年5月のG7広島サミットを契機に広島が曲りなりも「平和都市ヒロシマ」だったのが「米国忖度都市 HIROSHIMA」に変質しているということです。

すでに、今年度から広島市の平和教育の教材から『はだしのゲン』(小学校)や『第五福竜丸』(中学校)が削除されています。広島市教育委員会はマスコミの取材に様々な弁明をされています。しかし、こんな変更をさせたのは誰か?松井市長以外にあり得ないでしょう。すでに、教育行政については、第二次安倍政権における法改定で首長の「独裁」が事実上可能になっています。広島県の場合は、湯崎英彦知事がお気に入りの平川理恵教育長を任命して彼女に独裁的な教育行政をやらせています。他方で広島市の場合は松井市長が教育長には影が薄い方を任命し、松井市長が強力なリーダーシップを発揮している感があります。

そうした中で、G7で広島にお見えになる米国のバイデン大統領の「お目を汚さない」ようにはだしのゲンや第五福竜丸を削除させたのは、この間の流れを見れば、見え見えではないでしょうか?

そして、G7広島サミットでは、西側の核保有は肯定する「広島ビジョン」が採択されました。

また、対ロシア戦争中のゼレンスキー大統領がまるで「乱入」するかのように途中参加し、まるで対露戦争会議のようになってしまいました。

「平和都市ヒロシマ」は、「米国忖度都市 HIROSHIMA」に変質してしまいました。

◆ガザ虐殺応援団サミットでもあったG7広島、恥ずかしすぎる

あれから半年。ガザでは、ハマス政権の「反撃」に対してイスラエル総理のネタニヤフ被告人が大軍をガザ地区に送り込み殺戮を続けています。そして広島に集ったG7のうち、日本を除く米英仏独伊加や欧州委員長らは核兵器保有国でもあるイスラエルべったりです。ゼレンスキーも核兵器保有国であるロシアによる侵略被害者のはずが、核兵器保有国かつ侵略者であるイスラエルを全面支持する始末です。G7広島サミットはまさに、ガザ虐殺応援団サミットだったことに結果としてなってしまいました。

また、これはサミット広島県民会議を管轄する湯崎英彦知事の暴走になりますが、平和記念公園内にG7広島サミットの常設展示コーナーを5000万円かけて設けるということです。恥ずかしいからやめていただきたい。

広島がガザ虐殺応援団サミットの場に結果としてなってしまった。そのことへの反省も松井市長の現時点での行動からはみじんも感じられません。松井市長には、どうせ訪米するならハワイへ行くよりも、それこそ、長崎市長とも歩調を合わせ、ワシントンやNYに行って、アメリカや国連にネタニヤフの暴走を止めるよう要求したらいかがでしょうか?

◆広島市は米国政府より、まずは市民と連携の「王道」を

ここで強調したいのは、広島市はあくまで自治体であるということです。そもそも、米国政府と組む、というのがおかしな話です。

むしろ、強化すべきは世界各都市(自治体)とそこに住む市民との連携です。11月27日からNYで第二回締約国会議が始まる核兵器禁止条約。この条約も市民運動が各国政府を動かしたのです。米国政府との連携を急ぐ前に、まずは各国市民との連携を密にする。そして、日本政府にもせめて核兵器禁止条約の会議にオブザーバー参加はするよう圧力をかけつつ、核保有国に迫っていく、というのが王道ではないでしょうか?

米国政府のエライ人に一生懸命に胡麻をすったところで、良いように利用されるだけではないでしょうか?

◆「サミット期待・評価」の野党政治家も反省を……平和都市ヒロシマ回復への道

また、くりかえしになりますが、G7広島サミットについては立憲民主党や日本共産党などの国政野党の県議も2023年統一地方選におけるマスコミや市民団体のアンケートに答える形で「G7広島サミットに期待」「G7広島サミット誘致を評価せず」と表明してしまいました。筆者自身は県議候補では唯一「サミットに期待せず」「評価せず」と回答しました。その後の広島ビジョン発表で、日本共産党などの県議はあわてて政府批判に転じましたが、遅すぎました。すでに、松井市長や湯崎知事はアメリカ忖度の方向で暴走を加速した後でした。G7という核保有&イスラエル応援団に悪用され、「米国忖度都市HIROSHIMA」に変質しつつある広島。

一方で、2023年統一地方選でも広島市議選の候補者では、日本共産党や保守系無所属の一部候補でも「サミットに期待しない、誘致を評価しない」という筆者と同じ回答をした方もおられます。

国政野党の皆様にもご反省をいただいたうえで、平和都市ヒロシマを取り戻すため、ともに進んでいただきたいと強く要望します。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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本稿は『季節』2023年夏秋号(2023年9月11日発売号)掲載の「老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

◆加圧熱衝撃の恐ろしい実態

例えば、運転中の原発で冷却材喪失事故が発生する。原因はいろいろ考えられよう。給水系統に直接繋がる配管の破断、主蒸気管の破断、蒸気発生器伝熱管の破断、給水ポンプ軸封部の破損などがある。その結果、冷却材喪失事故になり非常用炉心冷却装置が作動する。

実際に91年に美浜2号で蒸気発生器伝熱管の破損から冷却材喪失事故が発生し、ECCSが作動した例がある。この時に入る水は摂氏30度以下の冷たい水だ。炉心は運転中であれば300度を超える高温だ。圧力容器が急冷され、加圧熱衝撃が発生する。

圧力容器が劣化していて容器の内面に傷があると、これが急速に拡大し、容器が破損する。これを加圧熱衝撃による脆性破壊という。

損傷したところから320度以上、157気圧以上の一次冷却材が噴出し、炉心の冷却ができなくなる。圧力容器が大規模に破損していたのでは、ECCSが作動していても水が貯まらないため、炉心が損傷し過酷事故に至る。

◆試験片が枯渇した老朽原発

川内原発1号では、運転開始時に6つ入れた監視試験カプセルのうち、すでに5つが取り出されている。東海第二では運転開始時に4つ入れた監視試験カプセルすべてがすでに取り出されたことが確認されている。

東海第二については使用済の試験片を戻しているが、これを使って再試験をすることはできない。サイズが小さすぎて(5㎜)シャルピー衝撃試験は不可能だ。

東海第二で試験片が枯渇したのは、原発は最長でも60年までしか運転期間を想定していなかったことが理由だ。

高浜1号も「実用発電用原子炉の運転期間延長認可申請に係る運用ガイド」で「運転開始後30年を経過する日から10年以内のできるだけ遅い時期」に取り出して試験することとされているが、この間に試験をしている形跡がない。最初に入れた8個のカプセルのうち4つが母材、4つが溶接金属だが、母材はあと一つ、溶接金属は2つ残っているだけである。

60年超運転とは原発の運転実績や想定を超えていることなのだ。このことが、圧力容器の正常な試験そのものを阻害し事実上不可能にしてしまった。極めて危険な実態を生み出した責任は今のGX法にある。

ところがここでウルトラCが登場する。日本原電が2018年に作成した「原子炉圧力容器の中性子照射脆化に関する評価の詳細について」という文書にはこういう記述がある。

「沸騰水型原子炉圧力容器では、炉圧は蒸気温度の低下に伴い低下すること、冷水注入するノズルにはサーマルスリーブが設けられており、冷水が直接炉壁に接することはないから、PTS事象は発生しない[*1]。また相当運転期間での中性子照射量が低く、BWR-5を対象とした評価(図5-1)において、破壊靭性の裕度が十分あることが確認されている*2」

あえて注釈の数値を残しているが、ここから文献を探してみると、ここには恐ろしいことが書かれている。

「*2」とされている「沸騰水型原子炉圧力容器の過渡事象における加圧熱衝撃の評価」では、「国内BWR全運転プラントを対象として、構造および設計熱サイクルを考慮してグループ化し、供用状態DにおけるPTS評価を行った。すべてのプラントについて、60年運転を想定した48EFPY時点で、応力拡大係数KI曲線と破壊靭性KIC曲線とは交わらずに破壊靱性の裕度が十分にあることが確認された。BWRの場合は、供用状態CおよびDにおいて、PTS事象のような非延性破壊に対して厳しい運転事象はなく、非延性破壊評価は供用状態AおよびBに対する評価で代表できることが確認された」とある。

これを根拠として、規制委は現在、BWRつまり東海第二について、中性子照射脆化と加圧熱衝撃について評価対象から外すというのだ。

「東2の評価に対して、裕度がある。そのため、供用状態C及び供用状態Dにおいては脆性破壊に対して厳しくなる事象はなく、耐圧・漏えい試験時の評価で代表される」との記述が、すでに2018年の原電文書に記載があり、これが事業者の提案であることが明らかである。

すでに20年延長運転申請の際、試験片が枯渇することから、こうした主張をしており、加えて今回の「長期管理施設計画」では、他のBWRも含めて全部外してしまえと主張しているのである。(つづく)

◎老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由[全4回]
〈1〉脆性遷移温度が危険域に達した関電高浜1号
〈2〉運転実績や想定を超えている原発の「60年超運転」

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像 ―― 原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史』(共著/木村朗、高橋博子編/明石書店 2015年)等多数。

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〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年秋号

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龍一郎揮毫

2021年7月に入所者の90代男性がゼリーを誤嚥して死亡したのは施設職員が男性の誤嚥を防ぐ義務を怠ったことなどが原因として、広島市内に住む60代の長男が施設を運営する社会福祉法人平和会(佐伯区)に3465万円の損害賠償の支払いを求めた訴訟の判決が11月6日、広島地裁でありました。大浜寿美裁判長は施設側の責任の一部を認め、平和会に2365万円の支払いを命じました。

◆「介護をするのが怖くなる」判決

筆者を含めて、この判決に介護現場の労働者には「介護をするのが怖くなる。」という声が広がっています。

ある介護福祉士は以下のようにX(旧Twitter)で発信しています。

仕事として介護をするのが怖くなる。
「ゼリー喉に詰まらせ窒息死 判決で被告の介護施設側に2365万円支払い命令」ってニュースを見たけど、あなたはどう思う?
僕も毎日、利用者さんに水分ゼリーを配るし、他人ごとではないと思った。
裁判長は「ゼリーを配る職員は他の利用者に配膳し、男性が誤嚥する様子を見ていなかった」とした。
と書かれていたけど、他の利用者さんに配膳するときは食べやすい位置にセッティングして、ゼリーがゼリーであることを説明(認知症の方はゼリーをゼリーと認識できない方は多い)
他にも介護職が気を配る要素は数えきれない。
ゼリーを配っているときにトイレに席を立たれる方、ズンズン玄関に向かって歩かれる方、お茶をこぼしてしまわれる方…同時多発的にハプニングが起こるのが介護の現場の現実です。
信じられないかもしれませんが、特別養護老人ホームで高齢者20人の食事を終えるために配置される介護職員は2人~3人。(平均介護度は要介護4)
「職員らが食事の介助などの措置を講じていれば防げた」と言っているみたいですが、現場を見てから、体験してから言ってほしい。
みんなギリギリで頑張ってる。全神経を張りつめて、事故が起きないように頑張っている。
ぶっちゃけ「2365万払え」なんてなにもわかってない。
悔しすぎ。介護をするのが怖くなる。
こういう記事が出るたびに思うのが、介護する人がいなくなる。介護職不足が加速するだけ。

◆そもそもゼリーこそが「誤嚥防止」の最大限の努力

そもそも、食事や水分摂取をゼリーの形態にするのは、最大限の誤嚥防止の努力なのです。まず、普通食では危ないと思われるご利用者については、刻み食にしてお出しします。それでも危ないと思われる方にはミキサー食にしてお出しします。さらに危ないと思われる方にはゼリーの形にしてお出しします。

水分についても、普通の状態で危ないと思われる方にはとろみをつけてお出しします。それでも危ないならゼリー状にしてお出しします。

そして、それ以上、誤嚥を防ごうと思えば、今度は胃婁(いろう)にするしかありません。おなかに穴をあけて胃に直接栄養分を流し込むのです。

ただ、それだと、生きていることの楽しみの大きな要素である食べるということ、味わうということの楽しみは一切ありません。それでいいのかどうか? それはそれで、ご家族、ご利用者の間でもきちんと話し合ってそこまでして後悔しないかどうか、合意形成をしていただく必要があります。

◆コロナで、てんやわんやだった2021年当時

今でこそ、コロナは5類に降格し、むしろしばらく大流行がなくて皆が集団免疫を喪失しつつあるインフルエンザの方が脅威になっています。しかし、2021年7月と言えば大変な時期でした。東京方面で再び感染者が増え、そんな東京からIOCのバッハ会長が大勢を引き連れてお見えになる、そして、月末からは再び広島でも感染爆発が始まる。そんな状態でした。

現場では、感染防止にまず最大限の注意を払っていたのです。その上で、誤嚥防止など、通常業務もしなければならない。精一杯の状態でした。その状態で、「過失があった」として損害賠償をそれも要求額の約3分の2にあたる2365万円も認められたのでは「やっていられるかよ?!」というのが多くの介護現場職員の本音でしょう。裁判長は、当時の状態をもうお忘れになったのでしょうか?

当時は感染対策もあって、レクリエーションなどもやりにくかった。そういう中で、嚥下機能含めて急速に衰える方も多かったということもあります。いろいろな背景をご理解いただきたかった。

◆現状の人員体制ではこれが限界

そして、現状の介護保険制度が定めている人員基準では、「これが限界」です。国がべらぼうに人員基準を強化し、介護報酬もそれに応じてアップしてくれているのであれば、もっと誤嚥を防止するために力を注ぐことはできるでしょう。しかし、現状では、上記のXにもあるように、20人の利用者の食事を2-3人でケアしなければなりません。それでも、誤嚥しそうな人には後回しで配膳するか、職員がつくかします。だが、普段は誤嚥の恐れが少ないような人がいきなり誤嚥するということも起きるのです。それこそ、おやつの時間中に、先ほどまで、それなりに元気だった人が誤嚥でもないのに、いきなりぶっ倒れて亡くなる、ということも筆者も経験しています。あちらが立てばこちらが立たず。そういうことはよくあります。
 
◆「安全至上主義」で入所者は幸せなのか?

誤嚥と並んで多いのは転倒です。今回のような判例が定着してしまうと何が起きるか?介護職員側としては、転倒による負傷を恐れて、ご利用者様に歩かせない、という方向にどうしても走ってしまいます。それが果たしてご利用者様にとって幸せなのでしょうか?それなりに、普段しっかり歩けている人でも、認知症や薬物依存症の後遺症の症状で、職員の目が届かないところで、いきなり走り出して転倒するなどのことは実際に筆者も経験しています。夜間であればトイレへ行こうとして転倒ということは日常茶飯事です。利用者が動き出したことを知らせるセンサーマットをつけていたとしても、駆け付けた時には転倒ということもあります。

だが、だからといって、例えば、その方に歩かせずに車いすを利用していただくことが本当に幸せなことなのでしょうか? そもそも、夜間だったら、寝ぼけていることもあり、車いすではなく歩き出すでしょう。安全性の追求にはきりがない。このあたりは、介護職員、ケアマネ、そしてご本人、ご家族で合意形成すべきではないでしょうか?

◆合意形成にご家族も本気で参加を

ところが、その合意形成に腰を入れて参加しようとしないご家族も少なくないのが実情です。中には「自分は親と仲が悪いので行きません」とおっしゃりながら何か起きればすごい剣幕で電話をしてこられる方もおられます。 それこそ、三波春夫の「お客様は神様です」を完全に誤解しておられるのではないか?としか思えないご家族も中にはおられますし、数は少なくとも、介護職員は消耗させられます。

もちろん、いまはヤングケアラーだけでなくビジネスケアラーの問題も深刻です。そうした中で、在宅ではなく施設でというのも、大事な選択肢ではあります。しかしながら、そうであるならば、食事や移動・行動(入浴時に機械に依存するか、ご自分で一定程度されるのかも含めて)をどうするのか?どの程度のリスクを許容するのか?

完全に安全を求められるのであれば、それこそ、在宅で、訪問介護・看護を24時間、べったり、介護保険以外の自腹負担も含めて利用するということしかなくなるのではないか?そのことも、現行の介護保険制度のもとで、ご理解いただくしかないのではないでしょうか?実際に、「転倒に関しては施設の責任を問わない」という同意書を取っている施設もあるそうです。

◆伊方原発広島裁判も「大浜裁判長」! 現実をきちんと理解した上で仕事を!

大浜裁判長が女性だからと言って、介護のことをきちんとわかっているわけではないことはよくわかりました。まじめに現場を理解しようともしていないことは今回の裁判でよくわかりました。

こんな判決を判例として定着させてはいけない。もしそうなれば、ただでさえ、給料も低く、労働もキツイ介護職員を誰もやらなくなってしまいますよ。

その上で、大浜裁判長が筆者も原告である伊方原発運転差止広島裁判の裁判長でもあることも気がかりです。

もちろん、原告弁護団は最大限、裁判長にわかっていただくような書面を書いておられます。しかし、それでも、このままでは原発の問題でも、十分に現実を踏まえないで判決を出されるのではないか?という危惧がぬぐえないのです。もちろん、どうか、大浜裁判長には、「介護」でも「原発」でもきちんと現実を理解した上での仕事をお願いしたいと思います。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

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本年はわが国芸能界にとって激動の一年でした。ご承知のように、長年芸能界に君臨してきたジャニーズとタカラヅカに激震が走り屋台骨から大きく揺れています。

ご承知の方もおありかと思いますが、私たちは1995年以来28年間に渡りジャニーズとタカラヅカの問題に対して小なりと雖も真正面から立ち向かってきました。

私たちの小さな声も掻き消されるか、と思っていた矢先、ジャニーズは英国公共放送BBCによるドキュメント、タカラヅカはイジメで追い詰められた劇団員の自殺によって、両方とも解体的危機を迎えています。ここは徹底的に膿を出し切らないといけません。

28年という長年の取材と出版活動によって培ってきた鹿砦社の書籍2点を緊急出版いたしました。28年という重みは、これまで長年ジャニーズやタカラヅカの問題を放置、隠蔽しながら、軽々しく発言するマスメディアとは一味違うものと自負いたします。ご購読のほど、よろしくお願いいたします!

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 
[復刻新版]ドキュメント タカラヅカいじめ裁判 ── 乙女の花園の今

山下教介=著 B6判、カバー装、200ページ 定価1650円(税込み

遂に死者が出た!「清く 正しく 美しく」の〝秘密の花園〟でささやかれてきたいじめ ── このたび起きた歌劇団員飛び降り自殺の源流はいじめ裁判にあった!

本書で、かつて起きたいじめ裁判を追及、警鐘を鳴らした。本書が今ふたたび注目されている中で、これ以上の悲劇が起きないようにとの願いを込めて緊急に復刻出版する!

旧版は2010年発行、今回の「復刻新版」では、当事者の元音楽学校生徒がタカラヅカを離れた後、突然AV販売発表(直前に取り止め)、ヘアヌード写真集発売を行い私たちを驚かせた「その後の顛末」を加えた。 11月16日発売!

山下教介著『[復刻新版]ドキュメント タカラヅカいじめ裁判 ── 乙女の花園の今』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315355/

 

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 
ジャニーズ帝国60年の興亡
 
鹿砦社編集部=編 A5判、320ページ、カバー装  定価1980円(税込み)

少年愛の館、遂に崩壊! ジャニーズ問題追及28年の執念、遂に実る!

本年(2023年)3月7日、英公共放送BBCが、わが国だけでなく全世界に放映した故ジャニー喜多川による未成年性虐待のドキュメント映像が話題を呼び、これをきっかけに、ジャニーズ問題が報じられない日はない。

本書は28年に及ぶ対ジャニーズ問題取材と出版活動の〈集大成〉としてジャニーズ60年の詳細な歴史をあますところなく記述し、これ一冊でジャニーズの歴史がすべて解るようにした。今では貴重な資料も復刻・掲載、ジャニーズの60年の出来事を直近まで詳細に記載し、鹿砦社にしかできない、類書なき渾身の書! 10月23日発売!

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』A5判 320ページ 定価1980円(税込み)

【主な内容】
Ⅰ 苦境に立たされるジャニーズ
2023年はジャニーズ帝国崩壊の歴史的一年となった!
文春以前(1990年代後半)の鹿砦社のジャニーズ告発出版
文春vsジャニーズ裁判の記録(当時の記事復刻)
[資料 国会議事録]国会で論議されたジャニーズの児童虐待Ⅱ ジャニーズ60年史 その誕生、栄華、そして……
1 ジャニーズ・フォーリーブス時代 1958-1978
2 たのきん・少年隊・光GENJI時代 1979-1992
3 SMAP時代前期 1993-2003
4 SMAP時代後期 2004-2008
5 嵐・SMAPツートップ時代 2009-2014
6 世代交代、そしてジュリー時代へ 2015-2019
7 揺らぎ始めたジャニーズ 2020-2023

『東京新聞』11月22日付け記事です。ご一読ください

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このたび小社では矢谷暢一郎・著『ヤタニ・ケース アメリカに渡ったヴェトナム反戦活動家』を上梓いたしました。

矢谷さんは、尊敬する大学の先輩ですが、学生運動華やかりし時代のリーダーでした。その後、仲間の死、運動の解体、闘病を経、再起を期して夫婦で渡米 ── 70年代も終わりに近づいていました。

しかし、ある日突然に、オランダでの学会からの帰途、ケネディ空港で突然逮捕されます。事件から40年近く経ち、その顛末と総括とは?

矢谷さんは、1年がかりで執筆に取り掛かられました。気持ち溢れ過ぎ、この勢いが筆致に表れています。

ぜひともご一読いただき、忌憚のないご批評、ご意見などお寄せいただければ幸いです。

(松岡利康)

▼著者紹介 矢谷暢一郎(やたに・ちょういちろう)1946年生まれ。島根県隠岐の島出身。1960年代後半、同志社大学在学中、同大学友会委員長、京都府学連委員長としてヴェトナム反戦運動を指揮。1年半の病気療養などのため同大中退。77年渡米、ユタ州立大学で学士号、オレゴン州立大学で修士号、ニューヨーク州立大学で博士号を取得。85年以降、ニューヨーク州立大学等で教鞭を執る。86年、オランダでの学会の帰途、ケネディ空港で突然逮捕、44日間拘留、「ブラック・リスト抹消訴訟」として米国を訴え、いわゆる「ヤタニ・ケース」として全米を人権・反差別の嵐に巻き込んだ。

11月20日発売

◎鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000736
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本稿は『季節』2023年秋号(2023年9月11日発売号)掲載の「老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則等の改正案等に対する意見公募について」との長い名のパブコメが8月4日まで実施された。

◆長期施設管理計画審査基準の問題点

なかでも「実用発電用原子炉の長期施設管理計画の審査基準の制定について」には、以下が定められている。

「30年を経過した原発は、10年毎に事業者が長期管理計画を決めて規制委に提出しなければならない」

長期管理計画には、通常点検及び劣化点検の実施の考え方及び方法が適切に定められていること、技術評価に用いる点検等の結果が明らかにされていること、劣化の状況を把握する点検または検査がない場合には、劣化点検を実施しなくとも技術評価が可能であることが示されていること、将来の劣化の予測・評価をどのように行うかの予測と評価の結果が示されていること、劣化を管理するための具体的な措置が示されていること、が記載されなければならない。

これで原発事故を未然に防ごうというのは、言うは易く行うのは困難だ。

例えば、長期管理計画において劣化を確認し基準への適合性を立証する責任は事業者に課せられている。それをクリアできなければ運転はできなくなる。しかし適合性を審査し、判断する規制委が事業者の見落としや不適合などを審査等で未然に見つけ出す能力がなければ、この規制は機能しない。規制委に、そのような技術的能力が存在するとは、これまで実証されていない。

実際の審査会合においても、規制側にそのようなことができるのか、疑問の声が委員から上がっていたのである。

原発は極めて複雑な構造物であり、全部の専門家などはいない。金属材料やポンプなどの専門知識があっても炉物理の専門ではないとか、地震について知見があっても津波はまた別とか、5人の委員で審査をこなすなどとても難しいと誰もが思うのではないか。

◆中性子照射脆化(ぜいか)とは何か

「中性子照射脆化」とは、鋼鉄製の圧力容器に中性子が当たり材料中の元素を叩いて格子結晶構造を変質させることから起きる。中性子照射を受けると金属材料がもろくなる現象で、規則的に並んでいた原子がはじき飛ばされたり、核変換により新しい原子が生成して原子配列が不規則になり、格子欠陥、ヘリウム気泡、析出物などが生じ、材質が硬化する。

照射が進むと、材料はさらに硬くなっていき降伏応力が上昇し、材料の伸びが少なくなる。

金属材料が照射を受けて脆化すると低温での衝撃荷重に対して著しく弱くなるが、高温になると、脆化は回復して再び粘りけが生じる。このような延性・脆性遷移現象は原子炉圧力容器にとって重要であり、照射が進むにつれてこの延性・脆性遷移温度は高温側にシフトするので、監視試験片を原子炉の中に入れて定期的に調べ、材料の安全性を確認している(ATOMICA他)。

この脆性遷移温度が高くなっているのが老朽化した原発である高浜1、2、美浜3号であり、これらはすでに危険領域を超えていると多くの専門家は考えている。

◆脆性遷移温度が危険域に達した高浜1号

高経年化対策上抽出すべき主要6事象として挙げられている中性子照射脆化で最も厳しい状態にあるのは運転開始49年に達する高浜1号だ。

運転中に原子炉の圧力容器が急激に破断する「脆性破壊」の危険性が高いのが高浜原発だ。

圧力容器の健全性を調べる方法は「原子炉構造材の監視試験方法」に規定されている。原子炉内に装着する監視試験片のシャルピー衝撃試験や、脆化予測式から脆性遷移温度を求める。

「原子力発電所用機器に対する破壊靭性(じんせい)の確認試験方法」では破壊靭性試験(CT試験)をもとに破壊靭性遷移曲線を求め、熱衝撃PTS遷移曲線と比較して、圧力容器の健全性を評価する。

この方法には問題がある。2011年の保安院・高経年化意見聴取会において脆化予測式、反応速度式の誤り、次元の不1致が指摘され、改訂が求められたにもかかわらず、日本電気協会は10年以上経っても改訂案を作れていない。

規制委は間違った規程のまま圧力容器の安全性審査を行っていることになる。

評価上は、高浜1号でも破壊靱性遷移曲線とPTS状態遷移曲線は交わっていないので、破壊が起きないとされる。しかしこの評価自体、正しいとはいえないのだ。

高浜1号では、監視試験で99℃という高い温度(その温度以下では鋼が変形せずに割れてしまう目安の温度)が観測されている。(つづく)

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龍一郎揮毫

11月12日(日)、大阪市大国町の社会福祉法人「ピースクラブ」の4階ホールで「矢島祥子と共に歩む会」が開催された。この会は、女医の矢島祥子(さちこ)さんが、2009年11月13日、当時勤務していた黒川診療所(西成区)から行方不明となり、16日午前0時過ぎに木津川千本松の渡船場で水死体で発見された事件から、毎年開催され、今年で14回目だ。

「矢島祥子と共に歩む会」の様子。元刑事の飛松氏や祥子さんの元同僚、大阪日日新聞記者大山氏、青木恵子さん、フジテレビディレクターの方の他、祥子さんの地元群馬で支援活動を始めた方など多数の方が発言された

祥子さんが殺害されたと推測される14日には、黒川診療所のある鶴見橋商店街で遺族、支援者らが情報を求めてチラシ配りを行う。今月号は「矢島さんの無念」と題して支援者の植田敏明さんが書かれた。内容は非常に衝撃的で、植田さんがどれだけ勇気を奮って告発したか、そして植田さんの祥子さんの死の真相をどうしても知りたいとの思いがひしひし伝わる内容だ。ぜひ読んで頂きたい(文末に転載)。

矢島祥子(さちこ)さんは2009年11月、34歳の若さで亡くなった。祥子さんの遺影の前には祥子医師に助けられ、支援を続け、今年亡くなった塩野さんの遺影が

チラシを読み、私は「ああ、やっぱり、そういうことがあったのか」と思った。というのも、2009年といえば、奈良県大和郡山市で「山本病院事件」があったからだ。医療法人雄山会・山本病院(山本文夫は院長と理事長を兼任していた)は、入院させた生活保護者や野宿者に不要な検査や治療を行うことで、診療報酬の不正請求を繰り返していた。更に患者に不必要な手術を行い、手術代を詐取したり、揚げ句患者を死亡させた。

以前より内部告発があったこの件で、2009年6月21日、奈良県警は「生活保護受給者の診療報酬を不正に受給した疑いが強まった」として詐欺容疑で同病院と山本理事長の自宅等を家宅捜索、その後山本理事長らを逮捕した。その後、再逮捕が繰り返され、山本理事長らには実刑判決が言い渡された。なお、同じく逮捕された執刀医で患者の元主治医は、留置場で持病を悪化させ死亡。遺族は警察の処遇が原因だとその後訴えを起こした。

捜査の過程で、山本病院へ送り込まれた患者の6~7割は大阪市内等から送り込まれていたことが判明した。しかし、祥子さんの兄・敏さんによれば、山本病院に患者を送り込んだ大阪市内の病院について、捜査などは全く行われていないとのことだ。山本病院に送り込まれたのは生活保護者だけではない。NHK奈良支局取材班の「病院ビジネスの闇 過剰医療、不正請求、生活保護制度の悪用」(宝島出版社)には、市内の公園、路上等から野宿者を集めに来る「コトリバス」(乞食を取りに来るバス)の実態も描かれていた。

奈良の山本病院へ患者を送り込んだ、市内のいわゆる福祉病院(生活保護者や野宿者を専門に入院させる、別名「行路病院」とも呼ばれる)の実態は、私も実際この目で見ていた。当時、店のお客さんや知り合いが入院すると、見舞いなどで良く訪れていたからだ。私は祥子さんと違って、医療関係者ではないため、治療などが適切かどうかはわからないが、患者を治そうという普通の病院でないことは明白だった。

例えば、入院するまで不通に歩けたお客さんがオムツを充てられ、自力でトイレに行かないために、足腰などをどんどん弱めていく。看護師が患者に寄り添い、時間をかけてトイレに連れていく、そんな時間も手もかけていられないのだろう。

福祉病院は、数か月いると、別の同様の病院にタライ回しにされる。そこでまた一から検査などを受け、そこの病院を儲けさせるためだが、先のお客さんが次に回された京橋の病院は、私が見舞いに行くと驚いていた。生活保護者の患者に見舞いに来る人がいるとは思っていなかったのだろう。

冬場で暖房が効き、窓が締め切られているためか、病院に入った途端ぷうんと尿便の匂いがした。廊下の長椅子に座っている40代の患者含め、ほとんどの患者がオムツを充てられているのだ。病室も同様にぷうんと匂う。神経質な彼は匂いが気になり「飯を食う気になれない」とこぼしていた。一月後見舞うと、私の顔を忘れるくらい認知症が進行していた。

また別の客は、転院ごとにどんどん酷い病院に回され、最後の病院では病室では面会できないと言われ、寒い玄関でわずかな時間の面会を許された。病室で患者がどんな状態に置かれているか知られたくないのだろう。生活保護費ぎりぎりで入所できる西成の老人ホームで、入所者がベッドのふちに手を縛られていたことが発覚したのも、この頃だ。

キリスト教者の祥子さんは、日曜日のミサのあと、自分の患者を見舞うことがよくあったという。そんな中、福祉病院の実態を見て「患者さんのためにならない」と考えたのであろう。亡くなる少し前の10月14日、祥子さんは、釜ヶ崎で行われたフィールドワークのあとの報告会で「貧困ビジネス、生活保護者への医療過剰状態」などを問題視する報告を行っていたそうだ。

また、患者さんにセカンドオピニオンをして貰うようアドバイスしたり、担当医師に適切な治療方針を要望するメモを渡したりもしていたそうだ。そんな祥子さんの存在は、患者からむしり取れるだけむしり取りたい病院にとっては、相当煙たい、邪魔な存在だったであろう。実際、ある病院の事務局長からは「二度と来るな」と釘をさすように名刺を渡されたこともあったという。

◆「祥子さんの無念」

もちろん、私は、そんな病院関係者が、祥子さんの事件に直接かかわっていたと考えるのではない。布川事件の冤罪犠牲者であり、数年前からこの事件に関わっていた桜井昌司さん(8月23日逝去)が、祥子さんの事件を「逆えん罪」と命名した。

冤罪は、警察、検察が、桜井さんら冤罪犠牲者が犯人ではない証拠、証言などを隠して「えん罪」を作る。一方で祥子さんの場合は、西成警察署から事件である証拠が隠され早々と「自殺」と決めつけられた。

医師である両親が、祥子さんの遺体の首の赤いひも状の圧迫痕や頭頂部のコブ(血流がある生活状態でのみできる)をみつけたこと、行方不明後、祥子さんの部屋が開いていたこと、鍵が冷蔵庫の上に置かれていたこと、更には部屋中の指紋が拭き取られていたこと、警察の現場検証では祥子さんの指紋さえ検出されなかったことなど不振な点が多数あることから、遺族らは再捜査を要求、2012年8月22日、遺族が提出した「殺人・死体遺棄事件」としての告訴状が受理され、再捜査が行われることとなった。

今回の前田さんの原稿には、祥子さんが勤務していた黒川診療所所長とのやりとりが詳細に記されている。植田さんが所属していた団体と共に活動していた大阪府保険医協会の関係者から聞いた話では、「ふだん冷静な黒川医師が、矢島祥子さんの県が話題になると、突然手も身体もがたがた震えだして止まらなくなる」ことがあったという。がたがた震えだす……。

そう、1995年、動燃(動力炉・核燃料開発事業団、現在の日本原子力研究開発機構(「JAEA」)で起こった高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故のあと、事故を調査していた西村成生職員が「自殺」した事件があった。前日、会見に出席した職員が自殺したことで、当時、マスコミや原発に反対する人たちなどの間で、盛り上がっていた動燃批判、日本の原発政策への批判は、一挙に沈静化、その後、もんじゅは更に多額の税金を投入されながら、ほぼ稼働しないまま、2016年の廃炉決定まで延命を続けていくことになった。

「夫は自殺ではない、殺された」と、妻のトシ子さんが動燃関係者らを訴えた裁判で、証人尋問にたった動燃の幹部の男性は、原告弁護人の質問に身体をがたがた震えだした。「あなた、震えていますね」「はい、震えています」との記述が裁判記録に残されている。それは殺害の可能性が高い「不審死」を、「自殺」を必死で偽らざるをを得ない人たちの、恐れや苦悩の表れではないか。

植田氏は最後にこう書いている。「矢島祥子さんが亡くなられてから早、14年がたった。ご家族はいうまでもなく、多数の方々が祥子さんの死の真相究明のための活動をしてきた。だが、矢島祥子さんが勤務していた診療所の所長であり、直属の上司であった黒川渡氏が、この事件解決のために十分な協力をしてきた、とは思えない。矢島祥子医師は、当初黒川医師の「社会的弱者のための医療」、という志を慕って西成に来た。黒川所長のもとで勤め始めた。黒川所長には、そんな祥子さんと家族のためにも口をひらく責任があるはずだ。」

そう、遺族も私たちも、あの日、祥子さんの身に何が起きたのか、その背景には何があるのかを知りたいだけだ。

植田敏明さんが書かれた「矢島さんの無念」(表面)

植田敏明さんが書かれた「矢島さんの無念」(裏面)

◎矢島祥子先生と時間を共有する集い https://www.facebook.com/daisukisatchan?locale=ja_JP

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。近著に『日本の冤罪』(鹿砦社)
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾崎美代子『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

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