最近、横浜副流煙裁判(反訴)の原告である藤井敦子さんに対すツイッターによる攻撃が許容範囲を越えている。攻撃してくるのは、喫煙撲滅運動を推進している作田学医師や、化学物質過敏症の権威として知られている宮田幹夫医師の患者らである。

『窓』というタイトルで映画化された横浜副流煙事件

作田医師は、藤井さんが起こした裁判の法廷に立たされ、宮田医師は、4月末でみずからが経営してきたそよ風クリニックを閉鎖する。

後者の原因は、宮田医師の医療行為を批判する記事を書いたわたしにあると考えている人もいるようだ。

ツイッターによる攻撃対象は、副次的にわたしや、わたしの記事を掲載してきた鹿砦社にも及んでいる。さらに作田医師や宮田医師の医療を批判している舩越典子医師も攻撃対象になっている。

攻撃に加わっている人物の中には、元毎日新聞の辣腕ジャーナリストも含まれている。この先生は、なぜかわたしと鹿砦社に絡んでくる。

攻撃者らは、連携プレーのようなかたちで次々と攻撃を仕掛けてくる。ネットウヨやカウンター運動の面々によるSNS攻勢を同じパターンである。

これに対して藤井さんは、裁判の支援者などによる加勢を得て応戦している。後に引かない姿勢だ。

わたしはツイッターによる議論には積極的ではないが、コミュニケーションを図るという観点からすれば、まったく無意味なことだとは考えていない。しかし、議論の前提事実が間違ってしまうと、議論そのものが実のないものになってしまう。

◆わたしが藤井さんに行った支援

藤井さんを攻撃している人々による誤解の最たるものは、横浜副流煙事件をめぐる訴訟など一連の動きを背後で牛耳っているのは、わたし(黒薮)であるという勘違いである。中には、わたしの「鶴の一声」で藤井さんらが動いているとツイートしている高齢者もいた。そこでわたしが横浜副流煙事件にどこまで関与したかを正確に示しておこう。

「黒薮氏の鶴の一声で君達はそう連呼し……」などと述べている

横浜副流煙事件の提訴は、2017年11月である。藤井さんと同じマンションの2階に住むA家が、藤井さんの夫が吸う煙草で病気になったとして約4500万円の損害賠償を求めた裁判である。

わたしがこの事件に関わり始めたのは、その翌年、2018年の秋である。マイニュースジャパンから取材依頼があり、藤井さんが住む団地へ足を運んだり、A家の弁護士に接触するなど、綿密な取材活動を展開して記事を書いた。

その後、藤井さんが弁護士を解任して本人訴訟に切り替えたので、支援に乗り出した。司法ジャーナリズムをインターネットに載せる実験に興味があったからだ。そこでわたしが裁判書面の草案を作成して、藤井さんや支援者らと協議した。書面の校閲は、石岡淑道さんという元法律事務所の職員が行った。リサーチは、藤井さんと支援者が行った。このようなプロセスを経て裁判所へ提出した書面は、わたしがインターネットで公開した。

藤井さんの夫は横浜地裁で勝訴し、東京高裁でも勝訴した。裁判は藤井さんの夫の勝訴で終わった。

◆わたしは「反訴」にはかかわっていない

勝訴判決の確定を受けて藤井さんは2つの対抗措置を取った。ひとつは、前訴にかかわった作田学医師とA家に対する損害賠償である。「反訴」である。これについては、わたしは前訴が進行している時期から、繰り返し実行に移すように勧めていた。非常識な裁判提起に対しては、制裁を課すべきというのが、わたしの強い信念であるからだ。

藤井さんが取ったもうひとつの対抗措置は、作田医師に対する刑事告発である。これについては、わたしは積極的に進めたことはない。告発状が受理されないと思ったからだ。しかし、藤井さんの支援者に告発すべきだとの声が多く、藤井さんは告発に踏み切った。

最初、わたしは告発人のひとりに名を連ねていたが、公式に取り下げた。以後、ほとんど支援していない。

告発に向けて取材を重ね、重要情報を入手したのは藤井さんである。作田医師が在籍していた日本赤十字医療センターを何度も取材して、作田医師が作成した診断書交付のプロセスを解明した。作田医師がA家の娘を診察することなく、公的機関に診療報酬を請求していた事実を突き止めたのも藤井さんである。情報公開制度を利用したのである。

作田医師に対する刑事告発は受理され、警察が調査した後、横浜地検へ書類送検された。しかし、横浜地検は作田医師を不起訴とした。そこで藤井さんは、検察審査会に審査を申し立てた。その際に、理由書の草案を作成したのは、わたしである。これがわたしが藤井さんに対して行った最後の支援である。以後、何もしていない。

藤井さんが作田医師とA家に対して起こした「反訴」については、わたしは単なる取材者であり、裁判の方針には一切かかわっていない。書面を作成しているのは古川健三弁護士である。藤井さんと支援者は、書面を作成するためのリサーチを続けている。

◆理不尽な裁判を起こされて

わたしが横浜副流煙事件に関する藤井さんらの運動に背後にいるという想像は間違いである。

藤井さんは、横浜副流煙事件を通じて成長された。取材する力は、平均的なサラリーマン記者よりもはるかに勝っている。文書も立派に書けるようになった。

藤井さんは、自分の家族に対して4500万円もの請求が行われた結果、生死をかけて戦わざるを得なくなり、結果として著しく高い取材力や文章力を身に付けたのである。人間の知力がどのような外的条件の下で発達するかを示したとも言える。知力というものが、実生活(実践)との結合の中で飛躍的に発達することを示したのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』

2023年4月9日、統一地方選挙・広島県議会議員選挙が執行されました。

筆者はあの河井案里さんの地盤だった安佐南区で無所属・れいわ新選組推薦で立候補しました。

2673票、9人中8位という結果で及びませんでした。

広島県議選 広島市安佐南区選挙区
定員 5 有権者数 193,624 投票率 34.16%

当 灰岡 香奈 自民 現 39歳 12,782(19.9%)
当 栗原 俊二 公明 現 63歳 11,128(17.3%)
当 竹原 哲  自民 現 49歳  8,938(13.9%)
当 鷹広 純   無 現 48歳  8,191(12.8%)推薦:立民・国民県連・社民
当 藤井 敏子 共産 新 69歳  6,672(10.4%)
  前田 康治 自民 現 57歳  6,157(9.6%)
  小田 康治 維新 新 47歳  5,246(8.2%)
  佐藤 周一  無 新 47歳  2,673(4.2%)推薦:れいわ
  伊藤 守   無 新 47歳  2,356(3.7%)

改めて、ご支援をいただきました皆様、ご協力をいただきました皆様にお礼申し上げます(インターネットでのお礼は公選法で認められていますが、これをプリントアウトすると違反になりますので、ご注意ください)。

筆者は、2022年の5月、参院選広島から県議選安佐南区への転出を決定。その後、参院選2022終了後、無所属で県議選への準備を進めて参りました。12月にれいわ新選組の推薦を頂きました。

◆広島が大好きだからこそ、広島の現状を憂える

 

広陵高校出身の担任の先生にカープを叩き込まれた小学校時代。そして、安佐南区が主要な舞台となった井伏鱒二の「黒い雨」に感激した高校時代。そして、安佐南区の長束小学校のネットでの平和学習を進められていた先生や生徒さん、大学の先生との交流。そして大学卒業後は国家公務員と県庁を受かって県庁を迷わず選んだ筆者。採用面接では「広島が好きだから県庁を選びます」と申し上げました。

県庁時代には、しかし、おひとりおひとりが大事にされているか疑問に思いだしました。組織やお金、過去の成功体験に囚われた広島の政治をリニューアルしないといけない。そういう思いで、2011年、県議選安佐南区で立候補。4278票で及ばず、3年間政治活動を続けるも限界を感じ、東京へ戻りました。

だが、2014年8月20日、広島土砂災害2014の一報に、「広島をなんとかせにゃあいけまあ」という思いで、広島へ帰りました。そしてボランティア活動に奔走。広島に貢献したいと介護の仕事を開始し、政治活動を再開しました。

だが、組織やお金、過去の成功体験に囚われた政治が続く中で、広島の現状はいかがでしょうか? ひとりひとりが大切にされていると言えるでしょうか? 平和都市に恥ずかしくない、政治・行政と言えるでしょうか?

そんな思いが強まる一方で、2021年、河井案里さんの当選無効による参院選広島再選挙に立候補しました。

◆広島の現状は人口流出ワーストワン2年連続

筆者の勤務先の介護施設でも外国人労働者もすぐ辞めて東京へ向かうという危機的な状況。

広島駅周辺などへの投資は県や市は熱心でも、安佐南区などの防災工事や道路の補修は進まず。

教育長は思い付きの改革を進めた挙句に、官製談合事件。現場の先生は非正規ばかり。

学校のプールなど補修が追い付かない。

水源地のど真ん中に産廃処分場が許可されてしまう

筆者自身が県議選立候補の為に県庁を去ってから、特にこの2~3年の広島の政治・行政の状況は悪化する一方です。このままでは、いけない、という思いからふたたび、立ち上がりました。お金や組織、過去の成功体験に囚われた政治をなんとかせにゃあいけまあ。

「県政をガツンとリニューアル」「広島とあなたを守る大改革」

をスローガンに、
ケア労働者などを中心に広島で働くあなたのお給料大幅アップ。
非正規の使い捨てを止める。
介護する人もされる人も笑顔の広島県。
産廃から水や食料を守る。
地域食材のオーガニック無料の給食導入で農家支援。
国保料大幅引き下げ、子ども医療費無料化18歳までの拡大。
総理の暴走・迷走を広島から止める。
などを全力で訴えました。

◆かつてなく多くの方にご支援いただく

筆者が立候補した過去2回の選挙、すなわち県議選2011、参院選広島再選挙2021では、選挙カーの上の筆者の隣には運転手しかいない、という状態がほとんどでした。

しかし、今回は、多くの方にご支援をいただきました。れいわ新選組チーム広島の皆様にはさとうしゅういち後援会員という形で、スタッフを担っていただきました。これまで、筆者が自分でやらなければいけなかった、事務的なことも多くをしていただき、体制としては雲泥の差でした。

また、選挙直前の決起集会では大島九州男参院議員、そして選挙期間中も、竹村かつし・下関市議、「次次期参院議員」の辻恵弁護士、大学の先輩でもある高井たかし・れいわ新選組幹事長が次々と応援にかけつけてくださいました。

さらに、途中、地元の大物弁護士らも応援にかけつけてくださいました。

古市橋駅前での出発式 竹村かつし下関市議の応援演説

◆「さとうさんは今回、行けるでしょう」という下馬評の落とし穴

 

農村部でも訴える筆者

今回の選挙では、「さとうさんは今回、行けるでしょう。」という下馬評が、あちこちから聞かれました。根拠としては、そうはいっても、参院選広島再選挙にも立候補していて知名度は高いこと、長年、地域を回っていたことです。「今回はいける」というのが敵味方問わず出てくるのは当然。他陣営の調査でも筆者が当選圏内ということが漏れてきました。

しかし、これがいけないのです。筆者が支持をお願いした方々に対して他候補が「さとうさんは大丈夫だからうちへ」というお願いをしていった、という情報を多数得ています。

そして、見る見るうちに、支持は削られ、蓋を開けてみれば、他陣営の事前予測等の3分の1程度の票になっていた、というわけです。

◆共産党の局地的突風的追い風

日本共産党は、全国的には松竹信幸さん除名問題などで、惨敗しました。しかし、広島では、河井事件の余波がまだ残っており、それが共産党への追い風となりました。また、被爆地ということで、総理の暴走に不安を感じる層が、共産党というそうはいっても看板の古いところに流れた感があります。実際に、筆者を支持してくださっていた方の中でも相当、共産党の藤井候補に票が流れた感じはします。

◆相手候補が筆者の主張に寄せる場面も

 

2014年の土砂災害被災地で訴える筆者

今回、途中で、相手候補者が主張をわたしの主張に寄せてくる場面もありました。

教育長に甘い姿勢だった立憲推薦の現職も、マスコミなどのアンケートには教育長更迭すべし、と回答するようになりました。与党現職女性は、熱心に非正規教員の問題を取り上げるようになりました。与野党候補の論戦をリードする形にはなったと自負しています。

◆既成政党以外で選挙を回す集団が広島に出現

今回はれいわ新選組ボランティアの皆様に、あくまで、さとうしゅういち後援会で活動していただくという形ですが、大変お世話になりました。後援会事務局長は普通のサラリーマンですが、最大限、できることをしていただいたと思います。

旧来の組織型政党や団体とは違う形で、市民が個人として参加し、選挙を回すという集団が現れたことは広島の政治史上、画期的なことです。

世襲か、高級官僚か、公明党か、共産党か、いわゆる労働貴族か。そういう人しか、事実上、県議や国会議員になれないような広島の状況をリニューアルしたい。

今後とも、筆者は、労働組合役員などの活動を通じて、労働者の待遇改善や、介護サービス、教育現場の改善などの先頭に地域で立っていきながら、政治活動も続けます。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
◎Twitter @hiroseto https://twitter.com/hiroseto?s=20
◎facebook https://www.facebook.com/satoh.shuichi
◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年5月号

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B00BZ6IWE4/

広島高裁は3月29日、水源地ど真ん中の産廃処分場を容認してしまいました。

三原の本郷産廃処分場はJAB協同組合が経営。三原市と竹原市の水源地ど真ん中にあります。2018年4月に計画が持ち上がりました。住民の皆様は当然、猛烈な反対運動を展開し、三原市議会でも竹原市議会でも全会一致で反対決議が採択されました。しかし、広島県(知事・湯崎英彦さん)は、この処分場を許可してしまいました。そして、2020年5月から工事が始まっています。

これに対して、住民は広島県に対しては許可の取り消しの行政訴訟、そして事業者に対しては工事の差し止めを求める仮処分申請を提起しています。

2021年3月に広島地裁は工事差し止めを認めましたが、事業者が異議を申し立てました。そして、地裁は2022年6月に業者の異議を認めて、産廃処分場の稼働を容認してしまいます。それに対して住民が高裁に抗告していました。

◆群馬や長野からゴミが広島へ流入

差し止めを求めている原告のお話によると、今現在、高崎ナンバーや松本ナンバーの車が大量に入ってきているそうです。

「高い日本の高速道路料金を払ってまで群馬や長野から来ているゴミって何ですか? よほど危ないものなのではないのですか?」と原告の一人は語気を強めておられます。

そのゴミは、「ほとんど、開封して検査している様子もなく、そのまま重機で埋め立てられている」ようです。

広島は全国でも産業廃棄物処分場が多くあります。特に、安定型処分場は二番目に多くなっています。この安定型というのが曲者で、シートすら敷かずに建前は、安全なゴミを搬入するはずなのですが、現実には危険物も運び込まれ、何か起きない限り、ほとんど検査もされない。いい加減な運用になっているのは、皆様もご存じと思います。その安定型処分場が広島では多いのです。それは、広島に他の都道府県のような水道水源保護条例や環境配慮条例がないからです。かくて、規制が緩い広島を目指して日本中からゴミが集まっているのです。

 

◆まさかの不当決定 「伊方原発」に続いて「やられた!」

2023年3月29日、桜が満開の中、裁判所の前で、「満開の桜のような決定があるといいね」と原告や支持者の筆者らは雑談していました。しかし、決定が言い渡される14時過ぎ。険しい表情で若手弁護士が法廷から出てきます。

「不当決定」

筆者も頭の中が真っ白になり、その時の状況をよく覚えていません。

実は、筆者は選挙準備などで時間がなくて目撃できていませんが、3月24日(金)には、同じ高裁が伊方原発広島裁判の運転差し止め仮処分を却下しています。それに続いて「やられた」感でいっぱいでした。

そうした中、弁護団の山田延廣弁護士が、決定を受けて、コメントしておられました。

「みなさまの運動は正義にかなった運動。行政や裁判所までがそれを認めないとは。裁判所や行政の決定に屈せずに里山や水を守るために闘っていこう」などと呼びかけました。

原告や支持者は差し止め絶対阻止をシュプレヒコールを上げて決意表明しました。


◎[参考動画]不当決定 本郷産廃処分場差止ならず 2023年3月29日 広島高裁

◆「水は鉛直にしか染み込まない?!」常識外の決定

ざっくり申し上げると、裁判所は、
・有害物質が付着・混入して処分場に運び込まれる恐れ
・それらが処分場の外に染み出す恐れ
については認めました。

ところが、処分場と井戸の距離が700mあって、高低差が60mしかないことを理由に、「井戸水に有害物質が入る」恐れがあることは、住民側に立証責任がある、としました。

裁判官は、「水は鉛直にしかしみ込まない」といういわば、常識外の決定をしました。

たとえば、介護現場や子育てを経験していればわかることですが、尿を漏らした場合、そこだけではなくて、オムツに広範囲に尿が広がりますよね?筆者は呆れてしまいました。

弁護士も「負けた気がしない」といっておられました。原告代表の方も「高齢者は、先が短いから汚染された水を飲まなくてもいいかもしれない。だけど、子どもや孫はそうはいかない。だから頑張る。」という趣旨の決意を表明されました。

◆水道水源保護条例や環境配慮条例の制定に全力

裁判闘争と並行して、立法も大事です。今の裁判所は残念ながら、行政に対しては、法律で明確に禁じていないことを禁じない判決しか出しません。そうした中では、明文で、行政に対して、産業廃棄物処分場などを許可する際に、環境に配慮することを義務付ける条例が必要です。他の自治体ではすでに制定されているところも多い「水道水源保護条例」や広島弁護士会も提言している「環境配慮条例」などです。原告の皆様もそうした条例の制定運動もされています。

筆者の地元・安佐南区でも上安産廃処分場が外資に買収されて巨大化しています。さらに、同処分場の盛り土が崩落していたことも発覚しています。産廃処分場規制は喫緊の課題です。筆者も広島県議会においての条例制定に全力を尽くす所存です。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
◎Twitter @hiroseto https://twitter.com/hiroseto?s=20
◎facebook https://www.facebook.com/satoh.shuichi
◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

◆ウクライナ戦争の本質を問う

今日、世界の政治はウクライナ戦争を離れてはあり得ない。

ウクライナ戦争がどうなるかで、各国の政治も少なからず、影響を受けるようになる。

それで、この戦争の行方を探る様々な試みがなされている。

この戦争がどうなるか、それを究明することは、この戦争がいかなる戦争か、その本質を離れてはあり得ない。

それについては、これまで多くの人々がプーチン・ロシアによるウクライナ侵略戦争だと思ってきた。

しかし、このところの戦争の進展は、どうもこの戦争が単純なロシアとウクライナの戦争ではないことを教えてくれている。

ウクライナに対する米欧各国による武器の供与、経済的支援とロシアに対する制裁、それに同調せず、陰でロシアを支える中国など非米諸国の動き、そしてそのどちらにもつかず離れずの動きを示す国々、どうやらこの戦争をめぐって世界は大きく二分裂、三分裂の様相を呈してきている。

ここで、米欧、それに日本を加えた勢力がいわゆる旧帝国主義諸国なのは誰の目にも明らかだ。

それに対して、中ロなど非米諸国は、何なのか。これについて、一つは、中ロを後進の新興帝国主義と見ながら、それと結びつく非米諸国を一つの帝国主義ブロックとしてとらえる見方、もう一つは、中ロなど非米諸国を中ロまで含め、一つの非米脱覇権、反覇権勢力と見る見方があるのではないだろうか。

この中ロ・非米諸国に関する二つの見方の違いはどこから生まれてくるのか。それは、主として時代のとらえ方の違いによっているのではないかと思う。前者は、現時代をいまだ帝国主義、覇権の時代ととらえており、後者は、帝国主義、覇権時代の終焉、脱覇権時代の到来ととらえているということだ。

この前者と後者、二つの見方の違いによって、ウクライナ戦争をどうとらえるか、その本質も全く違ったものになる。前者の見方からは、戦争は、先進帝国主義勢力と後進帝国主義勢力による帝国主義間戦争になり、後者の見方からは、覇権か反覇権か、その雌雄を決する戦争になる。

◆現時代をどう見るか

時代分析の基準はいろいろあると思う。

しかし、その中でももっとも規定的なものは、人々の意識ではないかと思う。

人々の意識が転換すれば時代が転換し、時代の転換は、人々の意識の転換にもっともよく現れるようになる。

今、人々の意識の転換でもっとも顕著なのは、米覇権に対する意識の変化だ。

かつては、米国が世界のリーダーだった。米ソの冷戦時代にあっても、リーダーは米国だった。ソ連東欧圏の人々の中でも、それが潜在的にあったのではないだろうか。

しかし、今は違う。

米国が世界のリーダーだと思っている人は、もはや決定的に少数派になっているのではないだろうか。

世界的範囲での自国第一主義の台頭は、偶然的な「ポピュリズム」ではない。確固とした世界史的趨勢になっている。

ウクライナ戦争にあっても、米国によるウクライナ支援の呼びかけに対し、それに従わない自国第一の風潮がヨーロッパだけでなく当の米国をはじめ全世界に生まれているのはそのことを示していると思う。

この時代的転換の時、ウクライナ戦争をどう見るか。

古い帝国主義間戦争と見るのは無理があるのではないだろうか。

◆ウクライナ戦争の行方を予測する

ウクライナ戦争の行方を見定める上で、そのメルクマールとしてよく言われるのは、ロシアとウクライナ双方の武装状況の比較だ。特に、米欧からのウクライナへの武器供与状況がどうなるかで戦争の行方が云々されている。

戦争において、武器が占める比重が大きいのは言うまでもない。しかし、それで戦争の勝敗が決定されるかと言えば、そうではない。戦後、米国が引き起こした戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン・イラク戦争、等々で米国が勝てなかったのはなぜか。その原因が武装の劣勢にあったのでないのは自明のことだ。それは間違いなく、他国を侵略する者と自国を守る者との意識の違いにあった。

ここから見た時、ウクライナ戦争はどうか。

そこで確認すべきは、この戦争の本質だ。重要なのはこの戦争がロシアによるウクライナへの侵略戦争でも帝国主義間戦争でもないことだ。

プーチン・ロシアは、なぜあの「特殊軍事作戦」を起こし、ウクライナに攻め入ったのか。それについて、プーチン自身、ウクライナの中立化、非武装化、非ナチス化をその目的として挙げている。すなわち、米欧覇権によるウクライナのNATO加盟の促進、対ロシア軍事大国化、ナチス化の推進を止めさせるための「作戦」だったということだ。

だが、ウクライナ戦争の進展は、先述したように、この戦争の持つ意味がそれに留まらず、より大きく広がっているのを示している。米欧日帝国主義覇権勢力と中ロを含む脱覇権勢力間の世界を二分する世界史的な戦いだと言うことだ。

実際、この数年間、米国は中ロを対象に衰退する米覇権を建て直すため、その覇権回復戦略として、「米対中ロ新冷戦」を、二正面作戦を避け、「米中」は公然と、「米ロ」は非公然に敢行してきていた。プーチン・ロシアによる「作戦」は、その米国を二正面作戦に引っ張り出し、覇権対脱覇権の世界的な戦いに決着をつける、そのような目的を持って引き起こされたのではないだろうか。

この目的は、若干の紆余曲折は経ながら、大きなところでは現実化されてきているように思う。そのような視点からウクライナ戦争を展望するとどうなるか。

この戦争が持つこうした本質は、米英覇権のプロパガンダがいかに巧妙であっても、それを打ち破り、ロシアの人々、ウクライナの人々の意識を変えていくと思う。この戦争は、ロシアにとってあくまで正義であり、ウクライナにとって、どこまでも米欧覇権に代理戦争をやらされる屈辱に他ならない。

 もちろん、こうした意識がロシアやウクライナの人々皆のものになるのには時間が必要かも知れない。しかし、何ものもこの戦争の持つ本質をごまかすことはできず、ロシアとウクライナ、そして全世界の人々の意識を欺くことはできないだろう。

小西隆裕さん

▼小西隆裕(こにし・たかひろ)さん
1944年7月28日生。東京大学(医)入学。東京大学医学部共闘会議議長。共産同赤軍派。1970年によど号赤軍として渡朝。現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』

WHO(世界保健機関)が新型コロナワクチンの接種指針を改定。健康な成人への追加接種を非推奨としました。日本国内では、政府が2020年~21年の間に購入したワクチン8億8200万回分・4兆2000億円の購入に、会計検査院が「算定根拠が確認できない」と指摘。WHOは「効果が低い」ことを理由として挙げており、顕在化するワクチン接種による被害はいまだ認めてはいないようです。もう十分に儲けた、あるいはその目的を一定程度果たしたという判断でしょうか。会計検査院が指摘するまでもなく、日本人全員の8回分とは、狂気の沙汰としかいえず、政府の追加接種推進はその「在庫処分」と言われてきました。

 

4月7日発売! 月刊『紙の爆弾』2023年5月号

なお、本誌前号(4月号)で代表の藤沢明徳医師にインタビューした「全国有志医師の会」はTwitterで、「mRNAワクチンというコンセプトそのものが決定的な過ち」「抗原提示した全身の細胞が免疫による自己攻撃を受ける可能性は医学の常識」と主張しています。WHOの指針改定を歓迎する向きは多いものの、こうしたことを踏まえれば、現在のタイミングでWHOが発表すること自体が「予定通り」だったとみることも可能でしょう。

5月号で重点的に採り上げた「昆虫食」。その背景として、1キロの肉をつくるのに牛は11キロ、豚は7キロ、鶏は4キロの飼料が必要なのに対しコオロギは2キロといった、飼料変換効率をもって説明がなされます。鶏肉も十分に効率の良い食肉といえるものの、ここにきての鳥インフルエンザ騒動。すでにいくつかの指摘があるとおり、検証の必要がありそうです。本当に「肉かコオロギか」なのか。そもそも食料危機とは何かも考えなければなりません。本誌記事に「先人たちが昆虫を食べてこなかったのは理由があるに決まっている」との指摘があるとおり、歴史の中で積み重ねられてきた知見を軽視すべきではなく、同時に私たち個人としても、「食を選ぶ」ことに主体的でなければなりません。

今国会で論戦が繰り広げられている放送法解釈変更問題。安倍晋三政権の言論統制として考えたとき、テレビがターゲットとなったことも、ポイントとして挙げられるのではと思います。テレビは自民党が重視する「B層」に大きな影響力があるメディアです。「サンデーモーニング」や「モーニングショー」といった番組は、決して政権批判で突出した番組ではありません。とくに「モーニングショー」は、いつになったら“報道”をやるのかと呆れるWBCラッシュ。視聴率を目当てにコロナ煽りを加速させたことは、昨年12月号で詳述しています。

そのWBCの間に、岸田文雄首相がウクライナを訪問。世界が停戦に向けて進むべきタイミングで55億ドル(約7400億円)の追加支援とは噴飯ですが、その金も結局は西側の軍需産業に流れるものです。この流れにあっての5月のG7広島サミット。これが日米「核共有」すなわち自衛隊の核ミサイル部隊化を約束するものになると、今月号で“証拠”をもって指摘しています。ほか、企業で進行する新型「マスク・ハラスメント」やベストセラーとなった『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)のウソなど、今月号も独自の切り口でさまざまな内容をお届けします。

「紙の爆弾」は全国書店で発売中です。ご一読をよろしくお願いいたします。

『紙の爆弾』編集長 中川志大

最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年5月号

ツイッターのハッシュタグは、デジタル・タトゥー収集には非常に便利なもので。しばき隊系ゲイ活動家・平野太一氏がデモを呼びかけるために作成したタグ「#0925新潮45編集部包囲」をクリックすれば、一発で賛同者のツイートがザクザクヒットする。

その中から、まずは、ハッシュタグを拡散させてデモ参加者を募る活動家のスクショをいくつかご紹介したい。

しばき隊界隈ゲイ活動家、ハスラーアキラこと張由紀夫氏

反差別統一戦線東京委員会こと、不倫相手にあてた愛の「ぱよちんツイート」で有名な久保田氏もやる気まんまん!

しぱき隊界隈と共闘するゲイ活動家・宇田川しい氏もこの通り

しばき隊系LGBT団体TOKYO NO HATEは地図つきツイートでご案内

そして「#0925新潮45編集部包囲」を使ったツイートのウェブ魚拓は、次の二種類が確認できる。

https://archive.is/qEy1b
https://archive.is/aqYUZ

9月21日、しばき隊界隈とLGBT活動家がデモに向けて盛りあがる中、突然、新潮社公式サイトで「『新潮45』2018年10月号特別企画について」と題する社長のコメントが発表された。

新潮社公式サイトの社長声明。よく見ると謝罪してない!(笑)

あーあ。こんなふうに譲歩の姿勢を見せること自体が、反差別チンピラにとっては成功体験となり、よけいに彼らはオラつくようになるのにねぇ……。何度でも指摘させていただくが、始まりは、尾辻かな子氏のほぼデマである要約ツイートであり、だったら、新潮社側は堂々と尾辻氏に抗議すればよいことだ。

ただ、これはよく見ると、お詫び文ではない。そもそも、デマ由来のバッシングに謝罪してあげる義理などないだろうし、安易な謝罪は、歴史ある出版社が似非リベラルによる言論統制に屈したことになってしまう。

朝日新聞の記事にも、これに関しては「同社宣伝部は『世間から批判を受けたことに対しての見解であり、謝罪ではない』としている」との記述があるが、当然のことだ。

◆朝日新聞
新潮45への反発、社内も作家も書店も 社長が異例見解
https://digital.asahi.com/articles/ASL9P5V9HL9PUCLV015.html

新潮社としては、社長声明で騒ぎの沈静化を狙ったのだろう。しかし、反差別チンピラにとっては新たな難癖のネタをゲットしたことになり、火に油をそそぐ結果となった。

23日には、何者かが新潮社近くの看板に落書きをする。「Yonda?」というコピーの上に、「あのヘイト本、」という言葉がつけ加えられ、「あのヘイト本、Yonda?」とされたのだった。

しばき隊系活動家・ゆーすけ氏のツイート。行動が早いねっ!(笑)

あいかわらず、反差別チンピラはやり方が陰湿だ。健全な議論ができないから、このようないやがらせに及ぶ。

このニュースを、ハフポストは次のように報じた。

◆ハフポスト日本版
新潮社の看板に「あのヘイト本、」Yonda?とラクガキ 安藤健二
https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/23/shincho-yonda_a_23539497/?utm_campaign=share_twitter&ncid=engmodushpmg00000004

ここで撮影者として紹介されているゆーすけなる人物は、ズバリしばき隊系活動家だ。

作家・宮沢章夫氏のツイートも紹介されているが、このいやがらせ行為を肯定的に評価していて、「なんだかなぁ~」である。

「僕を担当してくれる新潮社の編集者を僕は信頼している。彼らに多くのことを教えられた。その上で、この看板について言えば、批評性の高いアート作品として面い(ママ)と言わざるをえない」

いやがらせも「アート」と呼べば、許される?

宮沢氏もまた、杉田論文をきちんと読んでいないのだろう。ただ、ハフポスト記者氏もさすがに手放しで絶賛は危険だと思ったのか、記事は「なお、看板へのラクガキは器物損壊罪に当たる可能性がある」との一文で締められている。

そりゃ、そうですよね。ハフポストさんもこの騒ぎの扇動の一翼を担ったとはいえ、犯罪行為は肯定できませんよね。そもそも、今後、反差別チンピラのオラつきは、いつ、どんなきっかけで、ハフポストさんに向かうかもわかりませんしねっ!(にっこり)

9月25日、私は思案していた。夜7時から、しばき隊界隈呼びかけの新潮社包囲デモが決行に移される。その後、新潮社が謝罪なり編集者の処分なり「新潮45」休刊なりの措置をとったら、反差別チンピラにますます成功体験を与えることになる。それは絶対に避けてほしいところだ。言論の自由のためにも。

そんな夕方、突然、ニュースが入ってきた。「新潮45」の休刊が決まった、と。

なるほど、いいタイミングだ。反差別チンピラにはデモ中止の時間を与えず、「新潮45」休刊でトカゲの尻尾切り。「デモに屈して休刊」という形にしないためには、この日時での休刊発表がベストだったはずだ。

◆新潮社「新潮45」休刊のお知らせ
https://www.shinchosha.co.jp/news/20180925.html

この数時間後にしばきデモが開催されたわけだが、「新潮45」休刊が発表された後では、反差別チンピラ諸氏の高揚感も大いに削られたことだろう。それを思うと、ついつい失笑が洩れるというものだ。

とりあえず、ここで、デモに参加した反差別チンピラ諸氏のツイートを何点かご紹介したい。

呼びかけ人の平野太一氏。この夏が人生の最頂点であった予感……

「うるさい」という苦情自体が「敵」の策略であるかのようにツイート

古参のしばき隊系活動家も、今では名前の隣にトラメガ(カウンター行為の小道具)と虹とトランス旗。LGBT当事者には迷惑千万!(苦笑)

森に延々と粘着いやがらせをしてLGBT活動家の評判を下げているしばき隊系ゲイ活動家・森川暁夫氏も大活躍?(笑)

元々、「新潮45」は売上からすると、休刊が近い状態だった──という噂も出版業界では流れた。新潮社にとっては休刊にしても惜しくはない雑誌だった、と。事の真偽はわからないが、ありそうな話ではある。

休刊のお知らせにもあるではないか。「ここ数年、部数低迷に直面し、試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていたことは否めません」と。

結局、しばき隊界隈にとって、「新潮45」に関しては「休刊に追い込んでやった」という勝利宣言にはつながらなかったし、バッシングの先頭に立った平野太一氏も、7月27日の「杉田水脈の議員辞職を求める自民党本部前抗議 」のときほど注目されなかったのである。(つづく)

◎[過去記事リンク]LGBT活動家としばき隊の蜜月はどこまで続くぬかるみぞ
〈1〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40264
〈2〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40475
〈3〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40621
〈4〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40755
〈5〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40896
〈6〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=44619
〈7〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=45895
〈8〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=45957
〈9〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46210
〈10〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46259
〈11=最終回〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46274

 

▼森奈津子(もり・なつこ)

作家。立教大学法学部卒。90年代半ばよりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラーを執筆。『西城秀樹のおかげです』『からくりアンモラル』で日本SF大賞にノミネート。他に『姫百合たちの放課後』『耽美なわしら』『先輩と私』『スーパー乙女大戦』『夢見るレンタル・ドール』等の著書がある。
◎ツイッターID: @MORI_Natsuko https://twitter.com/MORI_Natsuko

◎LGBTの運動にも深く関わり、今では「日本のANTIFA」とも呼ばれるしばき隊/カウンター界隈について、LGBT当事者の私が語った記事(全6回)です。
今まさに!「しばき隊」から集中攻撃を受けている作家、森奈津子さんインタビュー

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08VBH5W48/

新聞業界の業界紙『新聞情報』(2023年3月8日付け)が、日販協政治連盟(日本新聞販売協会の政治団体)の新理事長に就任した深瀬和雄氏の集会での発言を紹介している。その内容は、同政治連盟が、内閣府や政界との交渉を通じて、業界の利益を誘導する方向で動いていることを示している。図らずも政界・官界と新聞業界の関係を露呈している。

重要部分を引用しておこう。

 日販協政治連盟設立の目的は、業界に必要な政治活動の実施だが、平成8(1996)年4月に発足して以来、27年にわたり自民、公明両党の新聞販売懇話会所属の議員を中心に、新聞販売業界との連携強化が図られていることは、ご承知と存じる。また、縦の系統会に対し、業界を横につないだ日本新聞販売協会は、内閣府認定の公共活動を推進している。

 一方、本同盟は、行政府に対し再違反制度と特殊指定の重要性周知と、新聞業界にかかわる政策要望が目的だ。最近(のテーマ)は、消費税軽減税率の適用問題だったが、それらを伏せ、国政選挙を応援することが目的なので、全国の会員の声をしっかりと聞き、それを衆参両院議員にお伝えし、国政の場に反映させ、販売店の皆さんが働きやすい経営環境作りにつなげることが、最大の事業理念だと認識を深めた。

出典:株式会社弥生

新聞に対する消費税の優遇措置や再販制度を堅持するために、政界と親密な関係を構築する方向で活動していることを自ら認めているのである。言葉をかえると新聞業界の経済的な繁栄を政治家の手に委ねているのだ。当然、こうした関係の下で、公権力機関と一線を画した報道ができるのかという致命的な疑問が浮上してくる。

◆「中川先生に恩返しをする機会が近づいております。」

日販協が政治活動に着手したのは、1980年代の後半である。国際的な規制緩和の流れの中で、日本でも構造改革の中で再販制度を撤廃する動きが浮上してきた。これに危機感を抱いた新聞業界が政界への接近をはかる。とはいえ新聞社はジャーナリズム企業であるから、表立った政界工作はできない。そこで政界工作の実働部隊として乗り出してきたのが、日販協だった。それを受けて、中川秀直議員(元日経新聞記者)や水野清(元NHK)といった議員が、自民党新聞販売懇話会を設立した。

中川秀直議員(当時)、出典:wikipedia

1990年代に入ると、日販協会は「1円募金」と呼ばれる方法で販売店から政治献金を集めるようになった。献金の割り当て額は、新聞1部に付き1円である。従って例えば3000部を配達している販売店であれば、3000円の献金となる。4000部を配達している販売店であれば、4000円の割り当てとなる。

政治献金の送り先は、経理資料としては残っていないが、それを示唆する記事はある。たとえば1993年5月31日付けの『日販協月報』は、当時の郡司辰之助会長の次の発言を掲載している。

中川先生に自民党新聞販売懇話会をつくっていただき、同時に代表幹事として奔走いただいたおかげて我々の希望や願いがようやく聞き届けられるようになったわけです。現在、業界は多くの難題を抱えております。(略)事業税の特例措置は、手数料の増額や本社の補助金ではまかない切れない程の恩恵を全国の販売店にもたらしておりますが、これも中川先生のお力によるものと言っても過言ではありません。その中川先生に恩返しをする機会が近づいております。

その後、日販協の政治活動は、新たに設立された日販協政治連盟へ引き継がれる。同政治連盟に対して、政治献金を提供してきた事実は、政治資金収支報告書にも記録されている。公然の事実である。

次に示すのは、2021年度の献金実態である。       

◎[参考記事]新聞業界から政界へ政治献金598万円、103人の政治家へばら撒き、21年度の政治資金収支報告書で判明 

◆メディアコントロールの構図

新聞業界が政界工作と縁が切れない最大の理由は、再販制度や消費税の優遇措置の殺生権を政界が握っているからにほかならない。逆説的に考えれば、公権力機関は新聞社の経営上の弱点に着目すれば、暗黙のうちに紙面内容をコントロールすることができる。

このような構図の中で、新聞記者がいくら士気を高めても、志を正しても、公権力にメスを入れる報道は期待できない。ほんのちょっと批判することはできても、取材対象に留めを指すことはできない。

新聞の紙面内容をいくら批判しても、新聞関係者が公権力機関との癒着を断たない限り問題は解決しない。ジャーナリズムの没落は、実は単純な構図なのだ。しかし、この点はタブー視されているので、誰もタッチしない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

2018年9月18日、特集「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」掲載の「新潮45」10月号が発売されたが、それをきっかけに健全な議論が始まることはなく、メディアは「新潮45」叩きに終始した。

しばき隊界隈の反差別チンピラがオラつき、マスコミがそれに加担し、政治家や知識人や文化人までが無知蒙昧な大衆と化して新潮社をバッシング。それはまさに、しばき隊界隈に「成功体験を与える」という愚行でもあった。

出版業界で生計を立てる文筆家までがしばき隊に同調したわけだが、彼らは「杉田論文」を読んでいないか、あるいは、読んでも理解できなかったかのどちらかだ。筆で飯を食う身でありながら、なんという体たらく!

しばき隊発の扇動の証拠

そんな中、しばき隊界隈のオラつきゲイ活動家・平野太一氏がまた、「#0925新潮45編集部包囲」なるハッシュタグを作り、デモを呼びかけた。「新潮45編集部包囲」とあるが、実質的には新潮社そのものをターゲットにした政治的行動であり、いやがらせだ。彼がツイートで「(デモの)場所こちら」とリンクしているのは、当時の新潮社公式サイトの求人を含む会社情報のページだ(ウェブ魚拓・https://archive.md/iM6pv)。

新潮社に対する遠回しな恫喝では?

あえて「包囲」という表現を使ったのも、新潮社の社屋を包囲できるほどの人数を集められるというイメージを狙ったものだろう。セコい……(苦笑)。

あいかわらず、やることが陰湿で呆れる。これを見た新潮社の社員は、自分たちだけでなく社屋を訪れたすべての人(作家等のクリエイター、取引先企業の社員、その他の出入り業者)にまで危害が及ぶ可能性があると、不安になったことだろう。

平野太一氏らしばき隊系の活動家は、名前も顔もわからない相手が突然襲ってくる恐怖を、巧みに利用してきた。その事実を世間の方々が把握済みで、彼らがまさに「反差別チンピラ」であることもご存じなら、「新潮45騒動」であそこまで支持を集めることはできなかっただろう。あのような輩を「兵隊」として便利に使ってきた共産党、立憲民主党、社会民主党はいつまで知らんぷりするつもりか。彼らとズブズブの関係の大手マスコミは、いつになったら反省するのか。

ネットも含めた騒動の背後にはしばき隊と呼ばれる運動体があることと、その界隈の活動家がまさに「反差別チンピラ」である事実を把握していた者は、私を含め、この騒ぎを批判した。だが、大手マスコミも加担している扇動の前には、瀕死の虫けらほどの影響もなかった。

あのとき、まさに、新潮社バッシングはピークを迎えていた。尾辻かな子氏のデマツイート(と、あえて呼ばせていただく)から、こんな大騒ぎになったのだから、恐ろしい。大衆とはいとも簡単に扇動できるのだということが、小学生でもこの事例から容易に学びとれることだろう。しばき隊に煽られた人々は、関東大震災直後に「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」との流言飛語に惑わされて無辜の朝鮮人を虐殺した暴徒と同じだ。

ある意味、権威にすり寄るツイート

そんな、まさに四面楚歌の中では、新潮社社員に日和る者が出てきても無理ないことだろう。そして、その「日和る者」が、例の新潮社出版部文芸のツイッターアカウント(@Shincho_Bungei)担当者であった。

この人物は、「新潮45」10月号発売日の9月18日夜、新潮社批判のツイートをリツイートで拡散し、作家等の文筆家やマスコミから、やんややんやの喝采を浴びる。しかし、彼(もしくは彼女)は上司に叱られでもしたのか、RT(リツイート)を取り消し。ところが、そのことで新潮社にまた批判が集まったことから、世間に支持されているのは自分のほうであると確信できたのか、19日午前、新潮社創業者・佐藤義亮の言葉をツイートした。

良心に背く出版は、殺されてもせぬ事(佐藤義亮)
2018年9月19日午前10:46
https://twitter.com/Shincho_Bungei/status/1042228284119953408

続けて、ふたたび、批判ツイートのRTを始めたのである。

私は、この新潮社出版部文芸アカウントの運営担当者がだれであったかは知らないし、今後も知ることはないだろう。会社勤めの編集者ならば、異動もある。現在の担当者も別の人物である可能性が高い。

読者諸氏も同様に、そのツイートをした新潮社社員がだれであるは把握することもないだろうから、私はここで存分に批判させていただく。

まず、新潮社社員であるのなら「新潮45」掲載の杉田論文を読んでないということは、ないだろう。ならば、尾辻かな子氏のツイートが悪意ある要約、悪く言えばデマであったことは、把握していたはずだ。

もし、杉田論文を読んでいなかったのなら、大手出版社の社員にあるまじき怠惰な愚か者であるし、理解できなかったのなら、やはり大手出版社の社員にあるまじき読解力の欠如である。なお、大手出版社の編集者は概して高学歴であり、さらに優秀な頭脳の持ち主であるのが常だ。

はっきり指摘させていただけば、この担当者は杉田論文を読んでいたし、理解できた。悪いのは尾辻かな子氏であり、扇動したマスコミであり、扇動された大衆であると、把握していた。なのに、大衆に迎合し、新潮社批判の暴徒の群れに加わったのだ。

なぜか? 一人でこの四面楚歌から逃れたかったからだ。すなわち、短絡的な小心者。一度はリツートを取り消したことからも、流されやすい気弱な性格がうかがえる。あてこすり的に佐藤義亮の言葉を持ち出したのも、マスコミや文筆業の面々が自分のほうについてくれていると解釈したゆえであり、一人で闘う勇気は持ち合わせないのだろう。まあ、デマと扇動から生じた味方など、かりそめの味方でしかないが。

そもそも、杉田論文も読まずに批判した、もしくは読んでも理解できなかった愚かな方々に応援されて、うれしいか? 出版社社員が? うれしかったのなら、まったくもって、おめでたいことだ。

しかも、やったことは、自分の言葉を使って語ることではなく、創業者の言葉をツイートしたほかは、作家や評論家、ライターのツイートのRTに終始。新潮社の幹部でさえ逆らえない商売相手を盾にしたというわけだ。

さらに、だ。19日のうちに完全にRTをやめたのは、情けなさの上塗りではないのか。上司から叱られたか? あるいは、当該アカウントの運営を外されたか?

上司から叱られたぐらいで引き下がったのなら、最初から一人で正義ぶって自社を批判しなければよい。あの大批判の嵐の中、他の新潮社社員はじっと耐え、沈黙を貫いていたのだ。

アカウント運営担当を外されたのだったら、今度は個人のアカウントで新潮社批判を続ければよい。だが、しなかった。できなかったのだ。自分の名前を出して発言する勇気など、最初から最後までなかったということだ。

ゆえに、自分の名を出して生計を立てている文筆業の者たちの新潮社批判ツイートをRTし、最後まで彼らの背後に隠れていた。なにからなにまでやることが半端だ。だからこそ、精神的オナニー止まりなのだ。

私はそのような者を「腰抜けの卑怯者」と呼ぶ。しかし、この行為を、マスコミ各社は称賛した。

たとえば、こんな調子だ。

◆朝日新聞
新潮社公式アカが批判リツイート 「杉田論文」特集に
https://www.asahi.com/articles/ASL9M4RNNL9MUCVL00R.html

◆ハフポスト日本版
新潮社公式アカウントが「新潮45」批判を怒涛の公式リツイート 「中の人がんばって」の声援寄せられる  泉谷由梨子
https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/18/shincho45_a_23531748/?utm_campaign=share_twitter&ncid=engmodushpmg00000004

◆BUSINESS INSIDER
杉田水脈発言擁護は言論の自由ではない── 新潮社を作家や他社も批判、購買や仕入れ中止の動きも 竹内郁子(編集部)
https://www.businessinsider.jp/post-175622

これらの記事を執筆した者は、①杉田論文を読んではいないアホ、②杉田論文を読んだが理解できなかったアホ、③杉田論文を理解できたが、理解できないふりをして集団リンチに加わったアホ、のいずれかなのだろう。すなわち、どう転んでもアホ。嘆かわしい。

新潮社出版部文芸のツイート、リツイートは、ツイッターのサードパーティ・アプリ「ツイログ」にいまだに残っている。このたび、私はこれらデジタル・タトゥーを採取させていただいた。

新潮社出版部文芸ツイログ https://twilog.org/Shincho_Bungei/date-180919

新潮社批判ツイートをした知識人やクリエイターの中には、私の友人や尊敬する知人が何人もいる。個人的には本当に本当に心苦しいかぎりだが、大義のためである。心を鬼にし、ここでスクショを公開する。
 私が大好きな皆様、尊敬する皆様、許してください。私も辛いです……。

デジタル・タトゥー・コレクション。新潮社出版部文芸がRTしなければ、こんなふうに簡単にまとめて採取されることはなかっただろう

(つづく)

◎[過去記事リンク]LGBT活動家としばき隊の蜜月はどこまで続くぬかるみぞ
〈1〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40264
〈2〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40475
〈3〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40621
〈4〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40755
〈5〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40896
〈6〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=44619
〈7〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=45895
〈8〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=45957
〈9〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46210
〈10〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46259
〈11=最終回〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=46274

 

▼森奈津子(もり・なつこ)

作家。立教大学法学部卒。90年代半ばよりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラーを執筆。『西城秀樹のおかげです』『からくりアンモラル』で日本SF大賞にノミネート。他に『姫百合たちの放課後』『耽美なわしら』『先輩と私』『スーパー乙女大戦』『夢見るレンタル・ドール』等の著書がある。
◎ツイッターID: @MORI_Natsuko https://twitter.com/MORI_Natsuko

◎LGBTの運動にも深く関わり、今では「日本のANTIFA」とも呼ばれるしばき隊/カウンター界隈について、LGBT当事者の私が語った記事(全6回)です。
今まさに!「しばき隊」から集中攻撃を受けている作家、森奈津子さんインタビュー

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08VBH5W48/

《4月のことば》故郷の桜は……(鹿砦社カレンダー2023より。龍一郎揮毫)

4月になりました。───
1月(去ぬ)、2月(逃げる)、3月(去る)、あっというまに過ぎました。
季節は春ですが、私たちの気持ちにはまだ春到来とは言えません。

福島原発事故でいまだ多くの方々が故郷を離れることを余儀なくされました。
この季節になるといつも12年ものあいだ故郷を離れて生活しておられる方々のことに胸が痛くなります。

私たちにとっても年々望郷意識が募ります。
若い頃は一日一刻も早く「こんな田舎を離れたい」と思っていましたが、今は少年時代を過ごした故郷の日々が懐かしく想起されます。

私たちは、思い立てばいつでも帰郷できますが、被災地福島(特に立ち入り禁止区域やゴーストタウン化した区域)の方々はそうではありません。

いつも思うのですが、大学の後輩で書家の龍一郎が書く「故郷」の文字は、力強くもあり、それでいてなにか物悲しさを感じさせます。

今年は桜も少し早く咲き、早く散りそうです。

目を外に向ければウクライナ戦争は終息の目処が立たず、国内ではコロナもまだ終息せず物価も上がり続けています。明るさばかりではない今年の春です。

(松岡利康)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年4月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年春号(NO NUKES voice改題)

◆「裸のラリーズ」脱退

1968年の5月頃、私はバンドを辞めることを水谷、中村に告げた。「同志社学館での出会い ── ジュッパチの衝撃の化学融合」から約半年が経っていた。

それは中村の高校の同窓というドラムの加藤君が入って練習場も桂の彼の家に移った頃、「裸のラリーズ」がミュージシャンとしての本格活動に入る時期でもあった。

その頃、学生運動は佐世保闘争の高揚を経て東大医学部闘争の激化から東大卒業式は祝典中止に追い込まれ、後に東大全共闘結成に至る。中国は文化大革命の真っ最中、パリでは世界を揺るがすフランス五月革命の胎動が始まっていた。

1968年という熱い政治の季節の開始を告げる時期、私は居ても起ってもおれない気持ちだった。

私はミュージシャンとなること、ベースギター練習に打ち込むモチベーションを持てなくなっていた。このままでは本格的にバンド活動を開始するみんなに迷惑をかけるだけ、私は脱退の意を水谷、中村に告げた。彼らは私の意を理解し、それを快く受け入れてくれた。彼らも心に「革命のヘルメット」を宿す人間だった。

辞める時、水谷が「それ僕にくれないかなあ」と言っていた私のお宝、細身の五つボタン、黒のコーデュロイ上着をプレゼントした。ベース・ギターもバンドに譲った。それらは政治転進の私には不要のものだった。

こんな風にミュージシャンとして何の貢献もないまま私は「裸のラリーズ」を去った。

その後の私はデモや政治集会に参加、組織に属さない孤独にもがく日々が続いたが1969年1月の東大安田講堂死守戦で逮捕、起訴後の拘留を経て秋に保釈後、ようやく赤軍派に加入、翌年3・31「よど号ハイジャック闘争」で渡朝に至る。このことは別途、触れるとしてその後のラリーズとの関わりについて少し書いておこうと思う。

2019年、誰知ることもなく逝った水谷孝、その死はHP「Takashi MIZUTANI 1948-2019」の立ち上げで皆が知ることとなった。‘90年代初頭の活動停止後、どこで何をしていたのか、家庭を持ったのかどうかさえ世間で知る人はいない。「裸のラリーズ」だけを遺して神秘に包まれたままこの世からふっと消えた水谷、実に水谷的な人生全うの仕方だ。彼は自分のことを全く語らなかった人だが水谷亡き今、私の知る彼のことを少しでも書き残しておきたいと思う。

◆脱退後、そして「よど号」渡朝後の「水谷と私」

バンドを脱退してからも水谷、中村らとは会えば「やあ、どうしてる」という関係は続いた。

ある日、「ゴールデンカップスにゲバルトをかけよう」との水谷からの召集令状を受けた。相手は秋の同志社学園祭に出演するゴールデンカップス、学生会館ホールでやる前座がそのゲバルト舞台ということだった。

私は誰かにハモニカを借りて出演、黒セーターに黒ジーンズ、赤い布きれをネクタイ風に首に巻き付けた「左翼」スタイル、そして自衛隊の戦闘靴で決めた。この時、琵琶を持って参戦という変わり者がいたが久保田真琴(夕焼け楽団)だったように思う。例によって事前練習も打ち合わせもない「裸のラリーズ」式ぶっつけ本番、私は水谷の即興的な唸るギターに合わせハモニカを延々吹きまくった。文字通りのアドリブ。いつ終わるか果てしもない即興演奏、どう終わったかも記憶にない。

「ゴールデンカップスにゲバルトをかける」 ─ きれいなお決まり音のグループサウンズ撃破の轟音とアドリブ演奏 ─ 自分たちの音楽理念で挑む! これが水谷式のゲバルトだ。ホールの聴衆はあっけにとられたことだろう。ゴールデンカップスが兜を脱いだかどうかは知らないが、前座をわきまえない果てしのない轟音アドリブ演奏はさぞかし「迷惑」ではあっただろう。

「裸のラリーズ」公式アルバムの“’67-’69 Studio Et Live ”の最初に収録の“Smokin’ Cigarette Blues”という曲がある、あれが学園祭でのゲバルト出演、アドリブ演奏であろうとほぼ確信している。この曲を聴くと騒音の背後で唸っているハモニカ風の音が私の記憶の中の感覚、水谷の轟音ギターに応じイメージが膨らむままに吹いていたあの即興感覚が蘇る。水谷が精選したたった3枚の公式音源、その一曲にラリーズの原点、「オリジナルメンバーによる唯一のもの」としてこれを入れてくれたのだとしたら、それは私への水谷なりの「義」なんだろうと勝手に感謝している。いまは確かめる術はないが……


◎[参考動画]Les Rallizes Dénudés – Smokin’Cigarette Blues (Live)

その後は激化一途の政治闘争の渦中にあって水谷、中村らと会う機会はなく、「裸のラリーズ」も私の頭からは消えていった。

渡朝後のピョンヤンで「その後のラリーズ」を知ったのは‘79年の『ぴあ』11月号に掲載されたイベント紹介記事、青山ベルコモンズ「裸のラリーズコンサート」。告知にはサングラスの水谷の写真が! 「おお、まだやってんだ」とアングラバンドとして生き残ってたことが正直嬉しかった。その時は「まあ、細々とやってんだろうな」くらいの感覚だった。

二度目は‘90年代初期? ピョンヤンで会ったテリー伊藤と一緒に訪朝の前衛漫画家・根本敬さんから「幻の名盤」なんとかで「裸のラリーズ」テープ、“’67-’69 Studio Et Live”をプレゼントされたこと。この時も「アングラの名盤に入ってんだ」、そこそこ健闘してるじゃないか程度の認識だった。

そんな私の認識を大きく変えたのは、2000年代に入ってのピョンヤンでの英労働党EU議員、Glyn Fordとの出会い。彼から「貴方達の中にギターやってた人がいるよねえ」と言われて、もしかして私のこと? 日本でバンドやってたことがあると話すと、彼から“Les Rallizes Dénudés”じゃない? 「実は自分の友人にファンがいる」と聞かされた。

これには正直、驚いた。「へえ~、海外にまでファンがいるんだ!」 ── 世界的バンドになったのか! これは仰天の事実だった。以降、G.Fordとは訪朝の度に会うようになり、ネオナチ反対運動をやってる彼の友人、「裸のラリーズ」ファンの依頼ということで私のサインを送ったりするようになった。G.Ford自身はローリング・ストーンズ愛好家、東大留学経験で宇井純とも親交あったという私とほぼ同世代、英プレミア・サッカー同好の士でもある。

[左]Glyn Ford英労働党EU議員(当時)とピョンヤン市内のイタリアン・レストランで会食。[右]随行カメラマンのクリシニコーヴァさん(2009年)

 

LadyGaga“LES RALLIZES……”

世界的支持者といえば、あのレディ・ガガが“Les Rallizes Dénudés”ロゴ入りTシャツ写真姿を彼女のインスタグラムに掲載、知人から送られたその数枚を見たがとてもカッコよかった。超ビッグなレディ・ガガを惚れさせた水谷の凄さを見せつけられた思いだった。

訪朝した雨宮処稟さんからも「ラリーズ初代ベーシストですよね」と言われた。彼女の著書の中にプレカリアートの一人が「部屋を閉め切って布団を被って轟音ラリーズを聴く」話があった。“生きづらい”若者には「救いの轟音」なのだとラリーズの功績を再認識させられた。

労働者ユニオン代表だった小林蓮実さん、派遣で働く彼女の友人にもラリーズ支持者がいるとも聞いた。

2010年代にFさんという「裸のラリーズ」熱烈支持者の女性から手紙やメールでラリーズの詳しい情報を得られるようになり、彼女からの「ロック画報」No.25特集号で「その後のラリーズ」の全貌をほぼつかめ、「水谷の偉業」を知ることになった。そのFさんは‘13年に表参道付近にある「Galaxy ── 銀河系」で「裸のラリーズ・ナイト」を主催、私がメッセージを送ることになった。根本敬×湯浅学対論も持たれ、21世紀に入っても冷めやらぬラリーズ支持者の熱気を感じたものだ。

こうした人々との交流の中で「ラリーズ」公式音源、映像ほか“yodo-go-a-go-go”など非公式音源も入手、ピョンヤンにいる私の中に時間と空間を越えて「裸のラリーズ」が蘇った。

結成50周年の2017年秋には、椎野礼仁さんの仲介でBuzz-Feed Japan、神庭亮介記者の電話取材を受け、私のラリーズ体験を語ったが、それはネット配信されけっこう反響があったと神庭記者から伝え聞いた。

結成50年を経て取材が来る、活動停止後20余年も経たバンドの記事を待つ熱狂的支持者がいる。布団を被ってラリーズを聴くプレカリアートの若者がいる。レディ・ガガがロゴ入りTシャツ姿をインスタグラムに載せる。「裸のラリーズ」サポーターは百人百様だが、バンドは彼らの胸に永遠に生きている。

それもこれも水谷孝のなせる業、偉業だと痛感させられる。

「誰のものでもない自分だけのものを」! そんなバンド「裸のラリーズ」を水谷はこの世に産み遺していったのだ。

◆“yodo-go-a-go-go” ── 愛することと信じることは……

 

”yodo-go-a-go-go”ジャケットに記された「溺れる飛べない鳥は……」の日本語表記と謎のローマ字表記

英国製海賊版とされるアルバム“yodo-go-a-go-go”、でもこれには水谷が関与していると言われている。私は「水谷の関与」を確信している。

確信の根拠は、まずアルバム・タイトルに“yodo-go”を選んだこと、またジャケット写真に「よど号ハイジャック」を想起させる「煙が上がる駐機中の飛行機」を配したことだ。「よど号」メンバーがオリジナルメンバーにいたことは知られているが、わざわざ“yodo-go”タイトルの海賊版を創る物好きはいないだろう。

それにこのアルバムには私が参加したであろう演奏“Smokin’ Cigarette Blues”が収録されていることも水谷の関与を臭わせるものだ。

私が何より「水谷の関与」を確信するのは、アルバムの裏ジャケットに記された「謎のメッセージ」にある。

日本語表記には「溺れる飛べない鳥は水羽が必要」と記されているが、小さなローマ字表記ではそれが“Oboreru Tobenai Tori wa MIZUTANI ga Hitsuyo”と「水羽」を“MIZUTANI”に置き換えてある。これは水谷らしい謎かけだ。

私はこれを「溺れる飛べない鳥」には「水谷」という「水羽」が必要、と解釈している。つまり「溺れる飛べない鳥」のために「水谷」は在る、飛べるかも知れないし飛べないかも知れない、でもせめて溺れないように「水羽」くらいは提供することはできる。それが水谷の「裸のラリーズ」、「飛べない鳥のための革命」なのだ、と。

「愛することと信じることはちがう」、これは水谷の歌詞に出てくる言葉だ。「おまえの言葉の中に愛を探したことは いつのことだった!」とか「いまではおまえを信じることはできない」そして「僕の腕の中におまえは死んでいる」、そんな歌詞をいろんな楽曲で水谷が歌っている。

歌詞によく出てくる「おまえ」は「革命」を指すと評した人がいる。

1969年から‘70年年初冬に同志社放送部のスタジオで収録されたCD“MIZUTANI/ Les Rallizes Dénudés”には轟音ノイズのこのバンドには珍しいフォークっぽい美しくも悲しみをたたえたメロディに乗せて上記のような歌詞がいろんな曲で歌われている。


◎[参考動画]Les Rallizes Dénudés – 記憶は遠い(愛することと信じることはちがう)


◎[参考動画]Les Rallizes Dénudés – Otherwise My Conviction

このアルバム収録時のことをギター参加の久保田真琴が「ロック画報」(ラリーズ特集号)で語っている。少し長いがその頃の水谷を知る上で重要な当事者証言だから引用する。聞き手は、ラリーズ・ファンでもある音楽評論家の湯浅学。

久保田 もう、学校もぐしゃぐしゃな時代でロックアウトされてたんだけど、キャンパスでバタっと出会ってね。……それで、聞いたら、まあ、「つかれちゃった」と。たぶん、学生運動のことでいろいろあったんだろうと思うんだけどね。

湯浅  ……・

久保田 う~ん……だからよど号の事件はいつだっけ?

湯浅  70年の3月31日です。

久保田 ええ~、そうなんだ。じゃあ、もう、よど号が行く前にいったん解散してたんだ。

湯浅  みたいですね。そのあたりに分かれ目がどうもあったらしくて。

久保田 だから、彼はやっぱりミュージシャンを選んだんだな。まあ、そういうことですよ。そう……そうか、私はなんか、頭の中では、あの録音はもう、よど号が行っちゃった後っていうイメージがあったんだけど、違うんだね。

 

水谷の歌うマイクスタンドの前に「赤軍派」のヘルメットがぶら下がってる。場所は京大西部講堂か?

同志社での“MIZUTANI/ Les Rallizes Dénudés”収録直前の1969年は1月の東大安田講堂落城以降、全国の大学のバリケードは警察機動隊によって解体され、拠点を失った学生運動は混迷期に入る。立命全共闘だった『二十歳の原点』の高野悦子さんなど多くの自殺者が出た年でもある。混迷突破をめぐる党派内部の混乱もあって1968年にはあれほど熱かった政治の季節、革命の前途は一転してうすら寒くも暗澹となりゆく時期、しかし余熱はくすぶっていた。

赤軍派はそんな余熱を革命の熱気に換えようという組織だった。ある公演舞台(京大西部講堂?)で水谷の歌うマイクスタンドの前に「赤軍派」のヘルメットがぶら下がってる写真があるが、彼が心を寄せていた可能性はある。でも赤軍派拠点だった同志社キャンパスは久保田の言うように「ぐしゃぐしゃな時代」、水谷に何があったか知る由もないが「つかれちゃった」という状況にあったのだろう。私はこの年のほとんどを安田講堂逮捕後の獄中にあって現場を知らない。

1969年の京都、水谷周辺の時代の空気感、それが水谷の歌う「愛することと信じることはちがう」という季節感なのだろうと私流に解釈している。

それは私にもある程度、想像はできるあの時代のひりひりした空気感だ。

案の定、時代は「連合赤軍の同志粛正」、「中核・革マル戦争」のように新左翼諸党派の「内ゲバ殺人」へと流れていった。革命は何のため? 誰のため? を忘れた革命、党派利害第一、党利党略に翻弄され「いまではおまえを信じることができない」革命に堕ちて行く。

「僕の腕の中にお前(革命)は死んでいる」 ── 水谷はミュージシャンとして「溺れる飛べない鳥のための革命」を自分の使命とし、「裸のラリーズ」で水谷の革命をやる、そう心に決めたのだ。

雨宮処稟さんの著書に出てくる「布団を被ってラリーズの轟音を聴く」プレカリアートの若者は、そんな水谷の言う「溺れる飛べない鳥」の一人なのだろう。

「愛することと信じることはちがう」、それは革命とは言えない。「愛することと信じることは同じ」と言える革命はきっとあるはずだ。あきらめずに地面を掘り続ければ、必ず水は出てくる、私もあの時代を生きた一人、今もそれを追求途上にある。

だから私は“yodo-go-a-go-go”裏ジャケットに記された謎かけのようなメッセージを私に対する水谷の決意表明だと受けとめ、ならば私は私の革命を続ける責任があると肝に銘じる。

「裸のラリーズ」の楽曲で私のイチ推しは“yodo-go-a-go-go”所収の名曲“Enter The Mirror”だ。“’77 LIVE”にも同曲があるが断然こちらがいい、私にとっては珠玉の名曲、「私の裸のラリーズ」だ。

この“Enter The Mirror”を聴きながら「愛することと信じることは同じ」革命を追求する責任が自分にはあるのだということを私は忘れないようにしている。

「鏡よ鏡 天国でいちばんカッコイイのは誰? それは“裸のラリーズ”」 ── 天国にあってもそんな水谷孝であろうことを確信しながら……


◎[参考動画]Les Rallizes Dénudés – Enter the Mirror

P.S.

“Enter The Mirror”にまつわるお話しとして……

水谷との関連でぜひ触れねばならないが収まりどころがないので「追記」にそれを書く。

「オルフェ」という1950年代の古いフランス映画がある。詩人ジャン・コクトーの創った映画だ。私には珠玉の名曲”Enter The Mirror”はこの映画を想起させる。

死より恐ろしい刑罰に美しく毅然と!“死神の女王”(映画「オルフェ」より)

鏡の外は現実の人間世界、鏡の中に入ればそこは「死者の世界」、「死に神の女王」は「鏡の外」の世界の詩人を愛してしまう、それは「鏡の中の世界」では許されない御法度とされる行為、しかし「鏡の中」の法廷で「死に神の女王」は詩人への愛を否定せず自分の愛を貫く、そして「死より恐ろしい刑罰」の待つ刑場へと向かう、毅然と美しく! 

コクトーの詩を好んだとされる水谷、“Enter The Mirror”は「死に神の女王」を意識した楽曲、私は勝手にそう解釈している。私は水谷がこの「死に神の女王」に自分を重ね合わせているのではないかと思えて仕方がない。(つづく)


◎[参考動画]ORPHEE / ORPHEUS (1950) with subtitles

《若林盛亮》ロックと革命 in 京都 1964-1970
〈01〉ビートルズ「抱きしめたい」17歳の革命
〈02〉「しあんくれ~る」-ニーナ・シモンの取り持つ奇妙な出会い
〈03〉仁奈(にな)詩手帖 ─「跳んでみたいな」共同行動
〈04〉10・8羽田闘争「山﨑博昭の死」の衝撃
〈05〉裸のラリーズ、それは「ジュッパチの衝撃」の化学融合
〈06〉裸のラリーズ ”yodo-go-a-go-go”── 愛することと信じることは……

若林盛亮さん

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)さん
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』

« 次の記事を読む前の記事を読む »