ちょっと驚いた向きもあるのではないだろうか。成田(三里塚・芝山)空港用地の強制収用である。

成田市天神峰で、機動隊による闘争拠点破壊(強制収用)が行なわれた。支援活動家3人が逮捕され、市東孝雄さんの畑に設置されていた櫓(やぐら)が撤去されたのである。


◎[参考動画]成田空港反対派の農家の建物撤去などを地裁が強制執行(朝日新聞デジタル)

反対運動にかかる設置物への強制収用は6年ぶりだが、反対同盟農民の田畑にかかる土地収用は、大木(小泉)よねさん宅(71年9月)いらい、じつに52年ぶりになる。今回は看板と櫓の撤去だったが、いずれは畑そのもの、市東さんの自宅が強制収用の対象となる可能性が高い。

土地そのものが借地であるとはいえ、営農している農家の土地を奪う、日本の農政(食糧自給の促進)と逆行する土地収奪は、天に唾して土地を殺すにひとしいものだ。裁判における成田空港会社の主張は、農地法を論拠にしているが、農地法自体が農民の土地保護を目的とした立法趣旨であることから、空港会社側の不法行為が指摘されている。

市東孝雄さんの家と畑が、B滑走路の誘導路の真ん中にある。(※画像は前進社ホームページから)

三里塚空港(成田空港)は高度成長期に計画され、1978年5月に滑走路一本で「開港」した。その後、90年代に政府と反対派の「話し合い」が行なわれ、強制的な土地収用や強硬手段は採らない、と円卓会議で「和解」した経緯がある。

その意味では、法的にも道義的にも成田空港は違約したというべきであろう。そもそも土地明け渡しの訴訟(裁判による強制手段)を訴えたこと自体、約束違反ということになる。

和解に至るまえに、大地共有化運動(反対同盟農民の土地を、支援者で分割名義にして共有する)をめぐって、三里塚芝山連合空港反対同盟は分裂している(83年3月)。この事情は当時、革マル派との党派戦争を行なっていた中核派が、大地共有化運動に参加できない(住所を公開することになる)ことで、猛烈に反対した経緯がある。

この分裂をめぐって、中核派が第4インターの活動家を襲撃する(のちに足の切断を余儀なくされた人もいる)ことで、反対運動に大きな禍根を残した。

中核派から分裂した関西派(革共同再建協議会)は、この件を自己批判している。

しかるに、分裂した反対同盟熱田派(現柳川代表派)が結んだ「空港建設に強制的な手段は用いない」という和解協議を論拠に、強制収用の違法性を批判することになったのだ。

現在、移転に応じた近隣農家(元反対同盟)もふくめて、空港の騒音訴訟という条件闘争、用地内の反対同盟(旧北原派)、木の根ペンション(プール)、三里塚物産など、様々な立場から反対運動が継続されている。その意味では、日本住民運動の管制高地といわれた三里塚闘争は、まだ北総台地で生きているのだ。

◎[参考記事]反対同盟(旧北原派)の旗開き(中核派のホームページから)
 市東さん畑で盛大に旗開き(2023年1月16日付け週刊『前進』

◎[参考記事]三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)の旗開き(第4インターのホームページから)
2023年三里塚反対同盟旗開き&東峰現地行動(2023年1月18日付け週刊かけはし)

三里塚はもともと、日本のバルビゾンと呼ばれたほど風光明媚な土地で、その耕土は黒いビロードのようだと言われる。かつての反対運動を追体験したい若者たちが援農を体験したり、夏のプール(元は水利用の風車の水源地=わたしも学生時代に掘り方として参加した)、秋の収穫にいまも集まる。可動力の7割ほどの需要しかない空港を縮小・廃港にして、農業復興・自然観光の土地に造り変える。そんな展望をもった運動の継続に期待したい。

◎[参考情報]木の根ペンションFacebook 

◎[過去記事リンク]三里塚 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=63

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。3月横堀要塞戦元被告。

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

◆なぜ今「民主主義」なのか

今、盛んに「民主主義」という言葉が使われている。

先日は、ウクライナ側から、ウクライナ戦争を指して「一政権対民主主義の戦争」だと言う主張がなされた。

ゼレンスキー大統領が昨年12月の訪米の際、米議会の演壇で、ウクライナ戦争を「民主主義 VS 専制主義」の戦争だと改めて規定しながら、「民主主義の勝利のため」に軍事支援を要請したのに続く発言だ。

昨年、バイデン米大統領が「米中新冷戦」の本質が「民主主義VS専制主義」だと言って以来、これが米側の基本主張になっている。

しかし、それにしても今なぜ「民主主義」なのだろう。

「民主主義」が今、世界でそれほど切実に求められているのだろうか。

求められている兆候はほとんどない。その証拠に、鳴り物入りで昨年末開催が予定されていた「民主主義サミット」は流れてしまった。米側から何の発表もないところを見ると、開催できなかったのだろう。「民主主義陣営」として結集結束するのに従う国の数が予定の数を大きく下回ったためだと推測される。

米国式民主主義から民心が離れたのは、何も今に始まったことではない。

長期経済停滞や泥沼の反テロ戦争、そこから生まれた数千万難民の激増、等々が続く中、それらに対し完全にお手上げ、全く無力な二大政党制など「米国式民主主義」に対する民心は、世界的範囲で完全に離れたと言うことができる。

それは、それらの根元にあるグローバリズム、新自由主義に反対し、新しい政治を求める、「自国第一主義」の広範な大衆のかつてない政治への進出として現れた。

主として米欧側メディアや政界によって「ポピュリズム」のレッテルを貼られたこの新しい政治、「自国第一」「国民第一」の波は、各国の古い二大政党制、「民主主義体制」を突き崩し、いくつかの国では政権をとるまでに発展してきた。

グローバリズム、新自由主義の矛盾として顕在化してきたこうした傾向は、今、「新冷戦」の時代を迎えながら、一時的な「ポピュリズム」ではなく、一つの時代的趨勢になってきているように見える。

にもかかわらず、今なぜ「民主主義」なのか。

◆米国式民主主義というもの

米大統領バイデンが「米中新冷戦」の本質として、「民主主義 VS 専制主義」を打ち出したのは、世界の「民主主義」への要求に応えてのものではなかった。 

それは、すぐれて、米覇権の回復のため、米国自身が求めているものだったと言える。

2017年、米国家安全保障会議は、「現状を力で変更する修正主義国家」として中国とロシアを名指しで規定した。

それに基づき、米トランプ政権は、2019年、「米中新冷戦」を宣言し、中国を相手に「貿易戦争」を開始すると同時に、ロシアに対しては、ウクライナにゼレンスキー大統領を押し立て、ウクライナの対ロシアNATO国家化、軍事大国化を推進した。

この中国とロシアに対して、「二正面作戦」を避けながら、仕掛けられた陽と陰、二つの「新冷戦」、米覇権回復戦略で掲げられたのが、中ロの「専制主義」に対する米国の「民主主義」だった。

だが、トランプからバイデンへと引き継がれた中ロを包囲、封鎖、排除してその弱体化を図る一方、日本や欧州など「民主主義陣営」を米国の下に統合して、米国を強化することにより、米覇権の回復を図るこの目論見は成功するだろうか。

ほぼ確実にしないだろうと思う。

なぜか。それは、米国式民主主義が民主主義ならぬ専制主義だからに他ならない。

そんなまやかしが通用するほど世界は甘くないと言うことだ。

そもそも民主主義とは、古来、集団の意思をその成員皆の意思を集め、集大成してつくる政治のことだ。

そこで、当然のことながら、その集団は共同体であるのが前提だ。すなわち、集団の成員皆が対等な共同体であってこそ民主主義は成り立つ。

ところが、世界中から国と民族を超え人々が集まって来てつくられた新興国家、米国は、今、民族と人種が融合せず、差別と分断が横行する「サラダボール」と言われるような状況にある。

さらにその根底には、米国という国が個人主義の極致、資本主義の総本山として発展してきたという事実がある。

その米国にあって何より尊ばれたのは、個人の自由であり、民主主義も、共同体の意思をつくると言うより、個人の自由を保障するものとして発展してきたのではないか。

そこにあって、弱肉強食、富があり強い者が貧しい弱者を支配する自由も個人の自由だ。しかもそれに、「サラダボール」と言われる状況まで重なり、個人の自由は、支配と差別、虐待の自由、何をやっても構わない自由にまでなってしまっている。

今、米国の政治において、国という共同体が責任を持って人々の生活を保障する社会保障という考え方が極めて薄弱であること、大統領選が政策そっちのけの候補者相互間の誹謗中傷合戦の場に化してしまっていることなどとともに、GAFAMなど超巨大IT独占による独裁支配が目に余るものになり、「1%のための政治」になってしまっているのは、十分に根拠のあることだと言えると思う。

◆世界最大の専制主義国家、米国 

「1%のための政治」、自国民からそう呼ばれるような国の政治を民主主義だと言えるだろうか。世界が米国を「民主主義の国」「民主主義の総本山」として憧れ、敬う時代は遠の昔に過ぎ去った。

その米国が、今、「民主主義 VS 専制主義」を掲げ、「新冷戦」を世界の前に押し付けてきている。その結果、物価の高騰、軍事費拡大と財政難、等々、経済危機と生活苦が広がっているだけではない。戦争、それも熱核戦争の危険までが深まっている。

これは、専制主義以外の何ものでもないのではないか。自分が専制主義をやりながら、「民主主義 VS 専制主義」を掲げ、世界中を「新冷戦」、そしてウクライナ戦争に駆り立て、落とし込んでいる。これ以上に破廉恥で悪質な専制主義はない。

世界最大、最悪の専制主義国家、米国を覇権の座から引きずり下ろす時が来ているのではないか。そのために、「新冷戦」の最前線に立たされている日本がどうするかが問われていると思う。

小西隆裕さん

▼小西隆裕(こにし・たかひろ)さん
1944年7月28日生。東京大学(医)入学。東京大学医学部共闘会議議長。共産同赤軍派。1970年によど号赤軍として渡朝。現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『一九七〇年 端境期の時代』

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

最新刊 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

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横浜副流煙裁判の本人尋問が2月9日に横浜地裁で行われた。筆者は、これまで何度も尋問を傍聴したことがあるが、この日の尋問は恐らくブラックユーモアとして記憶に刻まれるだろう。(事件の概要は、後述)

問題の場面は、日本禁煙学会の作田学理事長(医師)が、証人席に付いているときに起きた。作田医師の弁護人は、藤井敦子さんと酒井久男さんによる「作田外来」(日本赤十字センター内)への「潜入取材」を取り上げた。2019年7月のことである。

潜入取材の目的は、藤井さんにとっては情報収集である。4518万円の損害賠償を求められたわけだから、その原因を作った作田医師についての情報を集める必要があった。そこで藤井さんは、作田医師による診断書交付の実態を自分の眼で確認するために、酒井さんに付き添って「作田外来」を訪れたのである。診断書交付の様子を確認する必要があった。新聞社やテレビ局に40年勤務しても出来ない取材を、普通の主婦が自分の判断で簡単にやってのけたのである。

たまたま酒井さんには、衣類の繊維に対するアレルギーがあり、藤井敦子さんの目的とも合致したので、2人で東京都渋谷区の日本赤十字センターへ向かったのである。

この件は、筆者が『禁煙ファシズム』の中で暴露したので、作田氏らはこの本を通じて、入念な情報収集が行われていたことを知った可能性が高い。

 

作田医師の証言に抗議している酒井久男さん

◆作田医師、「ニコチン検査」に応じず

9日の尋問で、藤井さんと酒井さんの行動について作田医師は、次のような趣旨の証言をした……。

胡散臭い人間だと思った。二人が診察室をでたあと煙草の臭いを感じたので、職員に二人の後を追わせた。構内放送もしてもらったが2人は見つからなかった。

傍聴席の酒井さんは、仰天したように目を大きく見開いてあたりを見回した。唇が震えていたが言葉はでなかった。筆者は、酒井さんが喫煙者だと疑われているのだと思った。ところが作田医師が、原告席の藤井さんを指さして、喫煙者とは「あなただ」と断言したのだ。

作田医師の代理人は、藤井さんに対して、藤井さんが喫煙者かどうかを調べる検査(唾液にニコチンが含まれているか否かを調べる検査)を要求した。藤井さんは即座に検査に応じると言ったが、作田医師の側が検査を実施することはなかった。閉廷後に藤井さんが再度検査を求めたが、やはり応じることなく法廷を去った。

後日、酒井さんはSNSで呟いた。

「俺、食い逃げかよ?」

◆被告のA夫は出廷せず、診断書も未提出

被告のA夫は、9日の尋問に出廷しなかった。(A娘とA妻については、もともと尋問の予定がなかった)A夫は尋問の対象になっていたが、前回の弁論準備で代理人が、A夫が体調不良なので出廷できない旨を報告していた。裁判官は出廷が不可能であることを示す診断書を提出するように求めた。

しかし、弁護士は診断書を提出しなかった。車椅子で生活しており、外出できる状態ではないという。裁判官もそれを認め、結局、A夫の尋問は実現しなかった。25年の喫煙歴がありながら、作田医師から「受動喫煙症」の診断書交付を受け、それを根拠に高額訴訟を起こしたわけだから、藤井家としてはA夫から直接事情を聞きたかったはずだが、尋問そのものが実現しなかった。

※長期喫煙者が禁煙した後、煙草に対するアレルギー症状を呈することはよくある。しかし、長期の喫煙が人体に悪影響を及ぼしている可能性が高い。25年の喫煙歴がある患者を「受動喫煙症」と診断するには無理がある。

 

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

◆『禁煙ファシズム』を厳しく批判

藤井敦子さんに対する尋問の中で、被告弁護士がメディア黒書と『禁煙ファシズム』を批判する場面もあった。報道目的で裁判を起こしたのではないかと言うのだった。これに対して藤井さんは、「海外のメディアにも接している。上質なジャーナリズムに情報を提供しただけ」と答えた。

被告代理人が問題視した『禁煙ファシズム』の記述は、前訴の途中で藤井さんが、代理人を解任して本人訴訟に切り替えることを決め、筆者が支援の意思を表明した箇所である。

本人訴訟には興味があった。弁護士の大半は、早期の事件解決という観点から、事件を拡大することを嫌うが、本人訴訟になれば事件を拡大できる。裁判をジャーナリズムの土俵に乗せて、世間に訴えることもできる。裁判の進行に合わせて裁判書面をインターネットで公開することで、裁判の舞台を全国へ広げることができる。それは新しい司法ジャーナリズムの方法だった。それを実践してみたいとわたしは思った。

作田医師の弁護士には、こうしたジャーナリズムの手法が異常に感じられるのだろうが、現在の司法界の不透明な状況を見る限りでは必要な措置である。裁判の提訴と判決しか報じないジャーナリズムの方が未熟なのである。

媒体を「紙」から「電子」に切り替えても、「電子」の利点を最大限に利用しなければまったく意味がない。「電子」では、PDFなどで裁判資料の公開ができる。ウィキリークスのように。

横浜副流煙事件の「反訴」は、4月に結審する予定だ。

【横浜副流煙裁判の概要】

2017年11月、横浜市青葉区のすすき野団地に住むAさん一家(夫、妻、娘)は、階下のマンションに住む藤井将登(ミュージシャン)さんに対して、煙草の煙で「受動喫煙症」になったとして、約4500万円の損害賠償を求める裁判を起こした。しかし、将登さんの喫煙場所は、防音構造になった「音楽室」に限られており、煙は外にもれない。しかも、煙草の本数も1日に2、3本程度だった。横浜地裁はA家の訴えを棄却した。しかも、作田医師の医師法20条(患者を診察せずに診断書を交付する行為の禁止)違反を認定した。東京高裁でも将登さんは勝訴した。

判決が確定した後、将登さんと妻の敦子さんは、前訴そのものが「訴権の濫用」にあたるとして、約1000万円の支払いを求める反スラップ裁判を起こした。作田医師は、前訴の原告ではないが、少なくとも5通の意見書を提出するなど、裁判を全面的に支援した。そもそも作田医師が医師法20条を犯してまで診断書を交付しなければ、前訴は提起できなかった。こうした観点から、藤井夫妻は、反スラップ裁判の被告としてA家の3人と作田医師を提訴したのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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大事なことの多くは、すでに小学生の頃に学校で教わっているように思うことがある。たとえば、犯罪報道をめぐって長年議論になってきた「被疑者の実名を報じるべきか否か」という問題についても、実は小学生の頃に社会の授業で教わった戦中の小林多喜二拷問死事件で答えが示されている。

プロレタリア文学の旗手と言われた多喜二は1933年2月、特高警察に逮捕され、築地署内で死亡した。特攻警察は当時、多喜二が亡くなった原因を「心臓麻痺」だと発表したが、本当は苛烈な拷問をうけたために死んだのだということは、今では誰もが知っている。そして、このような事件が起きたのは、官憲に批判的な小説を発表するなどしていた多喜二が特高警察に憎悪されていたからだというのが定説だ。

とまあ、この程度のことはたいていの人が小学校の社会の授業で習って知っているはずだ。しかし、少し深掘りして考えると、この事件は、被疑者の実名を報道することに意義があることを示した事例だとわかる。仮に多喜二が当時、実名報道されておらず、「どこの誰だかわからない人が特高警察に逮捕され、亡くなった」という程度でしか事件が世に知られていなければ、この事件はさして社会の関心を集めず、すぐに忘れ去られただろうと考えられるからだ。

実際には、この事件で被疑者として逮捕され、獄中で亡くなった人物は「官憲に批判的な小説を発表するなどしていた小林多喜二」であることが実名報道により社会に周知されている。だからこそ、90年経った今も事件を知る人の誰もが「多喜二が心臓麻痺で死んだという特高警察の発表は嘘だ」「特高警察は多喜二の言論活動を憎悪し、拷問により殺したのだ」と認識できているのである。

こうしてこの事件をもとに考えてみると、被疑者の実名を報道することには、権力による言論弾圧を未然に防いだり、未然に防げなくても記録として後世に伝えることを可能にするという意義があると認められるだろう。

こういう話を聞き、「戦中や戦前ならともかく、今は小林多喜二の拷問死事件のようなことは起きないだろう」と思う人もいそうだが、たしかにそうかもしれない。しかし、そもそも、今、小林多喜二の拷問死事件のようなことが起きないのは、事件当時に被疑者の小林多喜二が実名報道されたことにより、多喜二が死んだ原因が「特高警察による拷問」だったことが現在まで語り継がれているおかげだと思う。

※著者のメールアドレスはkataken@able.ocn.ne.jpです。本記事に異論・反論がある方は著者まで直接ご連絡ください。

◎片岡健の「言論」論 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=111

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(電子書籍版 鹿砦社)。YouTubeで『片岡健のチャンネル』を配信中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―」[電子書籍版](片岡健編/鹿砦社)

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◆裁判を起こされて何もしなければ、同様のスラップ裁判が起きる可能性がある

田所 結局高裁勝訴で藤井さんは上告なさらなかったのですね。

 

黒薮哲哉さん

黒薮 そうです。原告被告双方上告しませんでした。

田所 あの裁判は確定しましたが、逆に藤井さんが原告になり裁判を提訴されていると伺っています。

黒薮 藤井さんが被告の裁判をやっていた時から、もし勝つことが出来たら損害賠償請求をやりましょう、と話はしていました。その理由はこのような裁判を起こされて何もしなければ、同様のスラップ裁判が次々と起きる可能性があると考えたからです。ですから藤井さんにけじめはしっかりつけましょうと話はしていました。ただ裁判のことですので勝訴できる確信はありませんでした。幸いに横浜地裁と東京高裁で勝訴したので、前訴が終わった後、藤井さんが元被告を不当訴訟(訴権の濫用)で提訴に踏み切った訳です。

◆日赤病院のウェブサイトから作田氏の名前が消えた理由

田所 現在横浜地裁で係争中ですが、黒薮さんの情報によれば、展開は藤井さん有利に進行していると。

黒薮 訴権の濫用を認定させるハードルは非常に高いですから予断は許しませんが、いい方向へ展開していると思います。というのは藤井さんが日本赤十字病院を何度も取材して情報を引き出していたからです。どういう経緯で作田氏の関与した事件が起こったのかを追及しました。最初はあまり相手にされなかったようですが、裁判の判決が確定した後に、藤井さんらが作田氏を刑事告発して受理されたころから態度が変わりました。横浜地検は「不起訴」と判断したのですが、検察審査会が「不起訴不当」の判断を出したことが日赤を動かしたようです。日赤病院は、藤井さんに協力するようになったのです。

田所 検察審査会で「起訴相当」の判断が出るのは相当珍しいことですね。

黒薮 めったにありません。日赤病院は作田氏の診断書の作成プロセスを藤井さんの現代理人にしっかり説明をしました。しかも説明した内容について「事実に間違いありません」と記した書面に捺印したのです。作田氏にとっては非常に不利な情報が裁判所に開示されたわけです。日赤病院のような大きな病院では、診断書を交付するための基本的な方向性が定められており、それに沿って交付手続きをしなければなりません。ところが作田氏が横浜地裁に弁護士を通じて出した診断書は日赤病院が定める公式の手続きを取っていませんでした。

作田医師は、診断書をコピーして院外へ持ち出していました。これは日赤病院にとっても問題です。2019年11月に横浜地裁判決が原告・藤井将登さんを勝訴させた翌年の3月末、作田氏は日赤を除籍になりました。

田所 定年ではない?

黒薮 そこはわかりません。定年で辞めたのか、自主的に辞めたのか、日赤病院が除籍にしたのかはわかりませんが、日赤病院のウェブサイトから作田氏の名前が消えました。日赤病院が一つけじめをつけた可能性が高いと思います。

 

田所敏夫さん

◆4500万円請求の不自然

田所 それで藤井さんが損害賠償請求に踏み切った。被告は誰ですか。

黒薮 被告は作田医師と藤井さんを提訴した元原告。前訴を起こしたA家のお父さん、お母さん、娘さんです。ただA家の人たちが本当に物事を理解して裁判を起こしたのかのかどうかはわかりません。周りから「やりましょう」と言われて裁判をした可能性もあります。横浜地裁も、喫煙者の撲滅という政策目的で起こされた裁判である可能性を認定しています。

田所 その可能性のほうが高いと感じます。25年喫煙歴のある人が団地の斜め下の住民に4500万円の請求を求める裁判を起こすとは、印紙代だけでも相当かかりますから不自然ですね。私怨や思い込みだけではない可能性を感じます。

黒薮 横浜地裁の判決言い渡しには作田医師が姿をみせました。その理由はやはり「家の中でタバコを吸っても罰を受けるのだ」という判例が欲しかったのでしょう。その判例さえあれば家の中でタバコを吸っている人を、次々に裁判にかけることができる、という頭があったのだと思います。喫煙者を社会から容赦なく撲滅するための判例がほしかったのでしょう。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

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ロシアの侵攻・ウクライナ戦争の危機を、この通信で報じたのは、昨年(2022年)の2月23日のことだった。あれからあと10日で1年になる。経緯を振り返りながら、戦争の今後を展望しよう。

◆プーチンの戦争は近代以前のスタイル ── 力押しに兵力を前線に送り込み、兵士たちを消耗品のように使い尽くす

※[参照記事]「風雲急を告げる、ウクライナ戦争の本質 ── 戦争をもとめる国家・産業システム」(2022年2月23日付けデジタル鹿砦社通信)

当初われわれは、アメリカの軍産複合体による戦争の必要、ロシアの覇権主義による帝国主義的併呑として、この戦争の本質をみてきた。多数の人種が混住する東ヨーロッパに特有の、したがってボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のような内戦状態になるであろうと。そしてアメリカの介入で長期化は避けられないと。

この見方はしかし、プーチンという独裁者を分析するにつれて、誤りであると結論せざるを得なかった。

それというのも、ウラジーミル・プーチンがかつてのアドルフ・ヒトラーとほぼ同じ、好戦的な独裁者であり謀略家であること。さらにはヨシフ・スターリン以来の民族併合主義であり、強権的な独裁者であることが明白になったからだ。

いや、ヒトラーやスターリンに擬するのはふさわしくないかもしれない。プーチンの戦争は力押しに兵力を前線に送り込む、兵士たちを消耗品のように使い尽くす、近代以前のスタイルである。

あにはからんや、開戦後のプーチンはピョートル大帝やエカチェリーナⅡ世を理想とするものだった(プーチン談話)。かれは21世紀に18世紀の戦争を持ち込んでいるのだ。そして、その心性も明らかになっている。

※[参照記事]「核兵器使用を明言した妄執の独裁者、ウラジーミル・プーチンとは何者なのか? ── 個人が世界史を変える可能性」(2022年2月26日付けデジタル鹿砦社通信)

◆スターリンを彷彿とさせるプーチンの強権

ヒトラーがウィーン時代に感じたユダヤ人への敵意と同じように、プーチンは東ドイツ時代(シュタージの一員として暗躍)に壁の崩壊を体験し、大衆の反乱に恐怖を抱くようになった。それゆえに言論統制と対立政党の非合法化をもって、ロシア連邦の復活を強権的に行なった。その姿は鉄の人スターリンを彷彿とさせる。事実、ロシアではスターリン像の再建が進んでいる。

※[参照記事]「第三次世界大戦の危機 プーチンは大丈夫か?」(2022年3月14日付けデジタル鹿砦社通信)

そしてこの戦争が、アメリカとロシアの中東派兵などとは違い、国境接した国同士の本格的な領土侵略として顕現した以上、そして片方の国が核大国であることから、第三次世界大戦の勃発につながりかねないと指摘してきた。第三次世界大戦の勃発とはすなわち、核熱戦争の招来にほかならず、人類の滅亡をもふくむ災禍であると。

しかし、その後の展開は核戦争の脅しと恐怖はありつつも、やはり核兵器は使えない兵器であることが明らかになりつつある。専門家のあいだで想定されていた戦術核もウクライナ国内(ロシア占領地)に配備されることはなかった。おそらく本格的な核熱戦争を怖れているのは、当のプーチンであるのだろう。

したがって、南部・東部地域においても通常兵器での応酬がもっぱらとなったのである。

※[参照記事]「ウクライナ戦争 ── 戦況総括と今後の展望」(2022年5月23日付けデジタル鹿砦社通信)

◆ウクライナ戦争は数年単位の長期化が必至

ところで、それ以前にロシアの戦争計画の杜撰さも明らかになっていた。当初、ロシア軍は南部(クリミア半島方面)・東部ドンバス地域、北部からウクライナの首都キーウを、3方面から急襲する作戦だった。このうち、北部から一気呵成に首都を陥れ、西側観測筋にもあったゼレンスキー政権の亡命を促す作戦だった。

その作戦は北部からの機甲部隊の圧力、および空挺部隊で空港を支配下に置くことで、首都キーウを包囲するというものだった。

しかし空挺部隊の空港制圧は、事前にウクライナ軍に読まれていた。ウクライナ軍の待ち伏せにより、ロシア軍空挺部隊は孤立、初期の段階で壊滅した。いっぽう、戦車を先頭にした機械化部隊も、ウクライナ軍がキーウ北部の河川堤防を決壊させることで、泥濘の中に動きを止められた。

そして地対地ミサイル、ジャベリンによって、動けなくなった戦車が砲塔上部を破壊される事態が多発した。ために、ロシア軍の戦車は砲塔の上に鉄製のバリケードをくっつけて走るという、珍無類の戦闘風景が現出したのである。


◎[参考動画]ウクライナジャベリン対戦車ミサイルが5両のロシア戦車を破壊-ARMA3

戦車であれ戦闘艦であれ、兵器の弱点は武器庫である。ロシア戦車は砲塔に弾薬庫が併設されているために、真上からミサイルを受けたさいに自爆する。ウクライナの戦争報道で、砲塔が吹っ飛んだ戦車が赤茶けるまで焼けているのは、弾薬の爆発→軽油(ディーゼル燃料)の炎上の結果、剥き出しになった鉄甲が赤く錆びるという現象なのだ。

速戦圧勝という、ロシア軍が想定した作戦は頓挫した。北部から東部へと部隊を移動せざるをえなくなり、そのかんにロシア軍の大部分が部隊としては崩壊してしまったのである。プーチンの予備役招集、新たな徴兵はその証左にほかならない。

そしていま、ドイツ製レオパルド1・2の供与など、NATOのウクライナ支援が継続、拡大している。ポーランドが100輌供与するレオパルド1については、ロシア製のT72など前世代戦車に属するが、赤外線暗視装置や渡河可能なシュノーケルなど、50年前は最新鋭とされたものだ。

レオパルド2は普及型としては最新鋭だが、現代戦車の優劣はソースコードによるとされている。ようするに、クルマでいえばマニュアル式のギアミッションとオートマの違い、ナビゲーションシステムの有無、後方確認システムなど、最新の電子システムを備えているかどうかの違いである。

そのレオパルド2、アメリカ製のM1A2エイブラムス、イギリス製のチャレンジャーなど最新戦車が投入されたならば、戦局は長期化する。かくして、ウクライナ戦争は数年単位の長期化が必至となったのである。


◎[参考動画]これが、どの国もレオパルト2戦車と戦うことを望まない理由です。

※[参照記事]「戦争の長期化は必至 ── 犯罪人プーチンとロシア軍が裁かれる日」(2022年6月18日付けデジタル鹿砦社通信)

◆21世紀を生きる我々に何ができるのか

プーチンの戦争に反対し、ウクライナの人々を支援する以上に、21世紀を生きる我々に何ができるのか。ウクライナ大使館を通じた支援、ユニセフやアムネスティを通じた支援もさることながら、国際法違反を声高に発信するのが、じつは歴史的には有効である。ロシアに対して、虐殺や国際法違反を警告するのである。

この点はSNSを通じて、あるいは国際的に影響力のある報道機関をつうじて、研究者や識者の提言を送ることで、プーチン政権の動揺を誘うことが可能であろう。それはわれわれにも出来る活動だ。

街頭行動も準備されているので、紹介しておこう。1周年の2月23日には、ロシア大使館行動もあるようだ。

プーチンの戦争を止めよう! ウクライナに連帯を! 2.23新宿デモ 2023年2月23日(木)13時半~ 新宿駅東口アルタ前広場 (呼びかけ団体=ウクライナ連帯ネットワーク)

さて、今回の戦争は反戦平和を訴える左翼陣営において、思いがけない混乱が生じた。ロシアもウクライナも、どっちもどっちだ。アメリカ(NATO)とロシアの帝国主義間戦争論、ウクライナは降伏するべきだ、などなど。これについては私が批判した共産同首都圏委の沈黙、論争回避の決定など思わぬ事態に発展しているので、後編としてお伝えしたい。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

筆者の自宅のある広島1区選出の岸田総理は年頭記者会見で「異次元の少子化対策」と並び「賃上げ」に意欲を示しました。一方で、厚生労働省によると2022年11月の実質賃金は前年同月比で3.8%減少でした。物価の大幅上昇に賃金が追い付いていません。これまで、特に2010年代くらいまでは賃金が上がらなくても、物価が上がらないデフレだったためになんとかなった人も、これではたまりません。例えば、20万円給料があった人が実質的に7600円も減ったら、大変です。賃金の大幅引き上げは必須です。

◆「実質賃金大幅減が成果」の総理の「賃上げ」、信用できぬ

総理の言葉に対して突っ込みたいこともたくさんあります。総理は確かに昨年、例えば介護労働者の給料アップを実行はしました。だが、その中身たるやたったの3%です。このところの物価上昇でそれは打ち消されています。他業種がインフレ手当を出すなどの中で、「人員確保効果」は全くと言っていいほど期待できません。
それどころか、筆者の勤務先でも、外国人労働者が広島から東京の介護施設へ流出しています。

また、カナダや豪州へ日本人が流出していることも2022年末は報道されました。

そもそも、総理の就任時の公約は賃金アップによる経済底上げです。そして「所得倍増」のはずでした。それがいつの間にか「資産所得倍増」になり、さらには「アメリカの武器会社の所得(?)倍増」に変質しています。

「去年、公約を実現できなかった男」が、今年またやります、と張り切っても素直に「はい、そうですか」とは言えません。

 

グラフ、筆者が所属する労働組合・広島県労連の2023新春街宣で配布したティッシュより

◆総理に先行されてしまう労働組合も情けない

しかしながら、総理にいわばメインの公約として「賃上げ」を言わせてしまう労働組合側も情けないものがあります。労働組合の役員の一人として、忸怩たる思いです。

人々の暮らしを守るための財政出動(福祉や教育の充実、公共投資、税や社会保険料負担軽減など)は政府=総理のメインの仕事です。しかし、賃上げそのものは基本的には労使交渉で決めるのが筋というものです。労働者はストを背景に闘うわけです。例えば、イギリスでは看護師でさえも史上初のストライキを行っています。翻って日本。地元の広島でも最大手のマツダの労働組合は、ベースアップは断念したという。最初から要求もしないでどうするのでしょうか?

日本の場合は自民党政治が、非正規労働を増やす政策を取り続けたこと、そして労働組合が自民党側の工作で力をそがれたこともあって、ここ20-30年、いわゆる失敗国家以外では唯一と言っていいほど、賃金が上がらない国に日本はなってしまいました。

こうしたことを背景に、安倍政権時代も含めてここ数年、自民党の総理が賃上げを「主唱」する構造になっています。

現在の日本は(労使交渉以外の)政治的な力が加わって労働者の給料が抑え込まれてきた時代が長かった以上、逆に政治的な力も借りて是正するのは「あり」だと考えます。

◆野党側も「労働者」の視点が不足した21世紀

これまで労働者の賃金が上がって来なかった背景として指摘したいのが、ここ20-30年の野党が、「市民」という視点は強くても「労働者」という視点が弱くなっていたことです。こうしたことを背景に「市民」のためのサービスは、子育てを中心に大昔に比べればそうはいっても充実してきました。しかし、その内実は、賃金の低い労働者に支えられております。非正規公務員。そして、介護などケア労働者。制度の運営の原理も介護保険にせよ、保育にせよ、昔に比べて市場原理主義です。そうなると当然、労働者の賃金も低く抑え込まれます。公務分野の賃金が低いことは、民間にも波及していきます。

大資本の政治部隊である自民党がこうした労働者の使い捨て、市場原理主義を進めてきたのは当然です。だが、野党も日本共産党など一部をのぞいてあまりにもこれらの問題に無頓着すぎました。各自治体での保育園はじめとするサービスの民営化条例などは、共産党などを除く多数で可決されてきたし、野党系と言われる首長のもとでさえも進められてきたのも歴史的事実です。

◆子ども支援など一定の前進も緊縮が敗着〈旧民主党政権〉

なお、リーマンショック以降くらいの野党(民主、社民は一時期与党だった時期もありますが)は、セーフティーネット充実に重点を置いていました。これ自体は間違いではありません。

昭和後期の日本ではセーフティ-ネットが家族主義であり、企業主義であったのは事実です。具体的には正社員であるお父さんがいる夫婦二人子ども二人の家庭が社会保障や教育などの仕組みを設計する上でのモデルとなっていました。そのモデルから外れた場合に非常に悲惨なことになりかねない欠点がありました。

それは、我々就職氷河期を中心に非正規労働者が増えてきた中でリーマンショックが襲ってきた2008-2009年ごろになってようやく大きく注目されるようになりました。

あの局面では、ひとまず、セーフティーネットを個人に適用していく方向に変えていく。そのことは絶対に必要だったし、筆者自身もそういう思いで、反貧困などの活動に参加していたのを記憶しています。一定程度の成果があったのも事実です。安倍総理、岸田総理がポーズではありますが、昔の自民党なら全く相手にしなかっただろう学費負担軽減に乗り出したのも、厚労省がコロナを受けて生活保護を受けやすくしたのも、民主党政権時の取り組みの延長線上にあったとは言えます。

他方で、民主党政権は痛恨の敗着をやってしまいました。2011年の東日本大震災の復興財源を増税とともに公務員給料カットでねん出したことです。公務員給料カットは与党だった民主党への反感を強め、民主党政権の崩壊を早めました。また、震災復興を理由に、民主党は介護労働者待遇改善を自民党以上にはしませんでした。そもそも、震災復興は設備投資と一緒だから、全額国債ないしお金を刷る、でよかったのです。これらの民主党の政策の結果、労働者全体の賃金も抑え込まれ、安倍晋三さん再登場の遠因になってしまいました。

◆政治的に困難な「賃上げなきセーフティーネット充実」

労働者の給料が異常に低すぎる状態のままでは、これ以上のセーフティーネット充実が難しいと感じています。 

第一に、現物給付のセーフティーネットを担う公務労働者の給料が低すぎれば担い手が確保できなくなるからです。 例えば、筆者が知るいわゆる左派系の活動家でもある公務労働者でさえも、生活保護者をうらやんでしまう方もおられます。その方も伺えば、非正規で低賃金です。「これはダメだ、と絶望して辞めていく人も多い」(広島県北部の市議)状態です。

第二に、人々の賃金が低すぎると、分断が広がるということが挙げられます。例えば低賃金で結婚も難しかった筆者の同世代の就職氷河期世代の中には、「最近は子どもへの支援ばかり優先されている」という不満の声も多くあります。また、いわゆる少子化対策(子どもへの支援は必要だが、少子化解消そのものを政策目標にすべきかどうかという議論は別途あります。) とやらが、万が一成功しても、成人後の賃金がこんなにひどいと、生まれた子どもも将来に希望が持てないでしょう。

◆賃上げなくして年金アップなし

なお、世論調査などで、年配者が一部野党の支持層には多いという指摘もあります。また実際に、野党支持者で、賃上げがインフレ加速、年金生活者の生活圧迫になることを危惧される方も筆者は存じています。

しかし、実際問題、仕組み上、賃金が上がらないと年金も上がりません。生活保護基準についても同様です。各野党もそこはきちんと支持者を説得していただきたいのです。

そうしないと、高齢者や生活保護受給者を攻撃して、現役世代に溜飲を下げてもらう傾向の強い「維新」に足をすくわれかねません。年金や生活保護を引き下げて低すぎる賃金に合わせるようなイメージを醸し出し、現役世代に溜飲を下げてもらう「維新」に対して野党(れいわ、共産、社民など。立憲は最近怪しいが)は「低すぎる賃金を上げる」方向で徹底的に闘うべきです。

◆総理との差別化は「賃上げへの熱心さ」で

また、岸田総理が賃上げを打ち出す中で、立憲や共産など既存野党は選択的夫婦別姓や同性婚などいわゆるジェンダー問題に訴えの力点が行き過ぎているように思えます。もちろん、筆者もそれらを軽視するわけではありません。筆者自身も戸籍上は妻の姓にしており、結婚時には様々な不便も感じました。

ただし、少なくとも筆者の同僚の女性労働者にとっても賃上げの方が切実な関心事項のようです。選択的夫婦別姓推進を訴えたからといって、彼女らの野党への支持が高まるとは思えません。

野党は与党・総理との差別化を打ち出そうというのはわかります。それならば、賃上げを「口先だけ」でも出してきた岸田総理に対して、昨年2022年も彼がやるといっておきながら十分にやらなかったことをきちんと指摘。「野党側こそ賃上げに熱心である」ということで差別化すべきです。

◆「労働貴族」は大問題だが「労働運動」は今こそ必要

かつて、野党が労働組合に選挙運動を依存しすぎてきたことは各野党の独自の足腰を弱めました。特に広島の場合は、武器や原発製造の大手企業の労働組合に旧民主党系が依存してきたために、自民党との政策の違いが中央におけるそれよりも分かりにくくなっています。また、労働組合の推薦を得ながら公務労働者の賃下げに賛成するなど、労働者の票を食い逃げしてきたいわゆる「労働貴族」系政治家の問題もあります。

こうしたことを背景に、「労働貴族」(系政治家)を嫌う勢い余って、「労働運動」ひいては「労働者の権利」そのものも軽視する方も少なくない。お気持ちはわからなくはないが、そこは踏みとどまりたいところです。

◆「現役労働者」政治家として他野党にも奮起を促す

 

筆者の政治活動ポスター

筆者は、今後とも、特に地方、それも広島の賃金引き上げを軸に労働運動、政治活動両面で注力します。現役労働者でもある筆者が労働者の賃金大幅アップに注力することで、他の野党政治家も危機感を持って取り組んでいただければ、広島での野党の伸びにつながるでしょう。ひいては武器倍増やそのための増税などで暴走する地元選出の総理の暴走にブレーキをかける一助になると期待しています。

◎筆者の政治活動へのカンパ先
郵便振替口座 01330-0-49219 さとうしゅういちネット
広島銀行本店(店番001) 普通 口座番号3783741 さとうしゅういちネット

ただし、ご寄付頂けるのは日本国籍の方、そして一人年間150万円以下に制限されます。また、
・年間5万円を超えてご寄付頂いた方
・筆者への寄附による所得税の控除を受けられたい方については、法の定めるところにより、政治資金収支報告書等で筆者からご住所・ご氏名・ご職業を広島県選挙管理委員会に報告させていただきます。何卒ご了承ください。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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◎facebook https://www.facebook.com/satoh.shuichi
◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年3月号

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この記事は、毎日新聞・網干大津勝浦店の元販売店主が販売局員の個人口座に金を入金した事件の続報である。1月25日付けのデジタル鹿砦社通信で筆者は、『毎日新聞販売店、元店主が内部告発、「担当員の個人口座へ入金を命じられた」、総額420万円、エスカレートする優越的地位の濫用』と題する記事(以下「第1稿」と記す)を掲載した。

タイトルが示すように元販売店主が、「押し紙」を含む新聞の卸代金を販売局員の個人口座に入金するように命じられたとする内容である。元販売店主による内部告発だ。

「押し紙」の回収風景。本稿とは関係ありません。

これに対して毎日新聞東京本社の社長室は、筆者がコメントを求めたのに対して、「調査中であり、社内で適切に対応していきます」と回答した。

その後、筆者は不透明な入金を裏付ける別のデータを入手した。と、いうよりも筆者が、第1稿を公表した際に見落としていたデータがあったのだ。本稿では、新たに分かった店主による入金の年月日と入金額を補足しておこう。

金銭の振り込みを命じた毎日新聞社の人物は、第1稿で言及したのと同じ山田幸雄(仮名)担当員である。既に述べたように筆者は、1月5日に現在は毎日新聞・東京本社に在籍している山田担当に対して電話で、次の3点を確認した。

①電話の相手が、毎日新聞社販売局に所属している山田幸雄氏であること。

②山田氏が大阪本社に在籍した時代に、網干大津勝原店を担当した時期があること。

③網干大津勝浦店の元店主(内部告発者)に面識があること。

◆支払いの年月日と金額

新たに分かった金の振り込み年月日と金額は次の通りである。

※資料との整合性を優先して、日付けは例外的に元号で表記する。読者の混乱を避けるために西洋歴も()に記した。

・平成30年12月03日:900,000円(2018年)
・平成31年01月04日:800.000円(2019年)
・平成31年02月04日:800,000円(2019年)
・平成31年03月05日:1,453,090円(2019年)
(以上の裏付けは、西兵庫信用金庫の預金通帳等による)

・令和02年02月05日:895,382円(2020年)
(以上の裏付けは、西兵庫信用金庫の取扱票等による)

今回、明らかになった山田担当への入金額は、約485万円である。前回の記事で紹介した額の総計は、約420万円だった。現時点で判明しているだけでも、約900万円のグレーな資金が発生したことになる。

本稿で紹介した5件のケースでは、金が振り込まれた時期がいずれも月の初旬になっていることに着目してほしい。販売店が前月の新聞代金の集金を完了する時期と重なる。読者から店主が集金した購読料を、山田担当の個人口座に振り込んだ構図になる。

当時、元店主は深刻な「押し紙」で苦しんでおり、担当員から「自分の口座に金を振り込めば、便宜を図る」という意味のことを言われたと話している。つまり新聞代金の一部を個人口座に振り込めば、「押し紙」を含む新聞代金の支払いを免除すると言うニュアンスである。店主が不透明な金を振り込んだ動機と、店主が直面していた「押し紙」問題が整合している。

◆Twitter上で「担当員が納金立て替えて」

ネット上では、この問題に関するTwitterによる投稿も現れた。たとえば、「元店主」というアカウント名の次の投稿である。

面白いなぁ。
担当員が納金立て替えてて、その返済の可能性は? 最後の方、金額が2万とか5万とかしょぼくなってるのは返済に窮していく感じするけど。続報楽しみ。

この問題に関する「元店主」というアカウント名によるTwitter投稿

「裏金」の目的は、店主の説明によると、「押し紙」を軽減してもらうためであり、Twitterの「元店主」の推論は、「押し紙」代金を払うための担当員への借金の返済である。

一方、山田担当は、この件について「記憶にない」と話している。(1月5日の電話)。

しかし、元店主が西兵庫信用金庫の口座から、「やまだゆきお」名義の口座に多額の資金を振り込み続けた記録があり、金銭が移動したこと自体は公式の書面上では紛れない事実である。筆者は、さらに取材を進める。(つづく)

「押し紙」の回収風景。本稿とは関係ありません。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

被疑者や被告人は裁判で有罪が確定するまで無罪として扱わないといけないという「無罪推定の原則」については、人権問題の「有識者」たちは絶対的に遵守すべきものであるように言いがちだ。しかし実際には、むしろ被疑者・被告人の人権を守るために「無罪推定の原則」を無視すべきケースが少なくない。それは私がこれまで事件関係の取材や執筆を行ってきた経験上、断言できることである。

たとえば、冤罪事件に関する報道では、捜査官による証拠捏造や取り調べ中の暴力を告発しなければならない場合がある。これは、捜査の過程で犯罪を行った捜査官が裁判を受けてすらいないのに、有罪扱いすることに他ならない。

さらに冤罪報道では、検察側の証人や被害者とされている人物について、偽証や虚偽告訴の疑いを指摘せざるえない場合も少なくない。これも私人を有罪扱いした報道だと言える。

また、冤罪の疑いはまったくなくとも、罪を犯した経緯に同情すべき余地がある被疑者・被告人は少なくない。歴史的に有名な事件から1つ例を挙げると、刑法から「尊属殺人罪」がなくすきっかけになった1968年の「栃木実父殺害事件」がそうだ。

この事件の犯人の女性が実父を殺害した背景には、少女時代から実父の近親相姦により5人の子供を出産し、大人になっても実父から暴力により夫婦同然の強いられていたという事情があったとされる。そのような同情すべき特段の事情を社会に伝えるためには、前提としてこの女性が実父を殺した容疑について有罪扱いすることが不可欠だ。

実際、女性は最高裁で執行猶予付きの有罪判決(懲役2年6月)を受けて確定したが、裁判中から女性を有罪扱いしたうえで、実父を殺害した同情すべき事情が報じられていた。このような報道について、「無罪推定の原則」に反していることを理由に批判する人はあまりいないだろう。

さらに最近の事例でいえば、安部晋三元首相を銃殺した山上徹也被告も裁判前から有罪扱いされたことにより人権が守られているケースだと言える。山上被告は重大事件の犯人としては、かつてないほど多くの人に同情され、一部で減刑を求める運動まで行われているが、これもひとえに山上被告を有罪扱いし、統一教会により人生をボロボロにされたことが犯行動機であることを伝えた報道の影響だからだ。

このケースでメディアが「無罪推定の原則」を遵守していたら、山上被告が犯行に至った経緯に統一教会の問題があることには当然触れられないから、今のように山上被告への同情が巻き起こることはなかったろう。
         
※著者のメールアドレスはkataken@able.ocn.ne.jpです。本記事に異論・反論がある方は著者まで直接ご連絡ください。

◎片岡健の「言論」論 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=111

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(電子書籍版 鹿砦社)。YouTubeで『片岡健のチャンネル』を配信中。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―」[電子書籍版](片岡健編/鹿砦社)

◆森本敏・元防衛大臣の「予言」的中

昨年、12月16日、「安保3文書」閣議決定の夜の番組「プライムニュース」(フジ系)に出演した森本敏・元防衛大臣はこう断言した。

「米国が中距離ミサイルを日本に配備することはほぼありえない」

その約1ヶ月後の今年、1月23日の新聞は大見出しにこう伝えた。

「日本に中距離弾、米見送り」(読売朝刊)と。

その記事はこう続く。

「米政府が日本列島からフィリッピンにつながる“第一列島線”上への配備を計画している地上発射型中距離ミサイルについて、在日米軍への配備を見送る方針を固めたことが分かった」

森本氏の「予言」はまさに的中したが、これが意味することは、日本にとってまことに危険なものだ。この番組で森本氏は出演前日に「米国大使館でインド太平洋軍の陸軍司令官に会った」ことを明らかにしているが、彼の「予言」は米大使館でのインド太平洋軍司令官の意向を反映したものであろうことは容易に想像できる。

「日本に中距離弾、米見送り」に隠された米国の真意図は何なのか? このことについて真剣に考えてみる必要があると思う。

[左]1月23日付け読売新聞の記事見出し「日本に中距離弾、米見送り」/[右]「安保3文書」閣議決定夜のプライムニュースに出演中の森本敏・元防衛大臣

◆米軍の肩代わり部隊、「陸自にスタンドオフミサイル部隊の新設」

「日本に中距離弾、米見送り」、その理由はこうなっている。

「日本が“反撃能力”導入で長射程ミサイルを保有すれば、中国の中距離ミサイルに対する抑止力は強化されるため不要と判断した」と。

「安保3文書」で「反撃能力の保有」を決めた日本が米軍の肩代わりをしてくれるなら「在日米軍への中距離ミサイル配備は不要」ということを米国は言っているのだ。

「安保3文書」では「反撃能力保有」の具体化として「陸自にスタンドオフ(長射程)ミサイル部隊の新設」を決めた。「日本に中距離弾、米見送り」決定後は、この陸上自衛隊の新設部隊が「中国の中距離ミサイルに対する抑止力」として米軍の肩代わりをする役目を帯びることになるということだ。

 なんのことはない、「日本に中距離弾、米見送り」の真意は米軍に代わって自衛隊が対中ミサイル攻撃をやれ! ということだ。

◆さらに「厳しい宿題が待っている」日本

森本氏は同番組の最後にこう述べた。

「来年以降、(日本には)厳しい宿題が待っている」

その「厳しい宿題」とは何か?

これと関連して、河野克俊・自衛隊前統合幕僚長の発言がある。

昨年、バイデン訪日時の日米首脳会談で米国が日本への核による「拡大抑止」提供を保証したが、この時、河野克俊・前統合幕僚長は「米国から核抑止100%の保証を得るべき」だが、「それはただですみませんよ」と日本の見返り措置、その内容を示した。

「いずれ核弾頭搭載可能な中距離ミサイル配備を米国は求めてくる、これを受け入れることです」と。

この河野発言からすれば、対中・中距離ミサイル攻撃を自衛隊が米軍の肩代わりすることになった以上、次なる「米国の求め」が陸自のスタンドオフミサイル部隊のミサイルを「核搭載可能」なものにすべきという結論になるのは明確だ。

「安保3文書」実行の日本に待ち受ける「厳しい宿題」、それは自衛隊のスタンドオフミサイル部隊が対中「“核”ミサイル部隊」になることに他ならない。

“核”について言えば、安倍元首相の提唱したNATO並みに「米国の核共有」が実現すれば、自衛隊ミサイルへの「核搭載」は可能になる。それが米国の要求である以上、この実現にはなんの問題もないだろう。この実現で問題は日本側にある。

「核搭載」については「安保3文書」には書かれなかった、いや書けなかったものだ。日本の国是は非核であり、その具現である「非核三原則」に照らせば「核搭載」ミサイル保有は国是に反するからだ。これを可能にするためには非核の国是の変更、少なくとも「核持ち込みを容認する」ことが必須条件だ。

だがこれは非核を国是とする日本国民感情への挑戦となる、だから「厳しい宿題」と米国も見ている。

だがこの「厳しい宿題」解決のためにすでにこんな議論が今後の課題として打ち出されている。

兼原信克・同志社大学特別客員教授(元内閣官房副長官補、元国家安全保障局次長)は「被爆国として非核の国是を守ることが大事なのか、それとも国民の生命を守ることが大事なのか、国民が真剣に議論すべき時に来た」との二者択一論で国民に覚悟を迫った。

今後、日本政府に待ち受ける「厳しい宿題」はこの兼原氏の迫る二者択一を国民に迫ること、非核の国是の放棄、非核三原則の見直し、少なくとも「核持ち込みの容認」の選択を国民に迫ることになることはほぼ間違いない。

◆「米国の代理“核”戦争国化」という「新しい戦前」

米軍を肩代わりする自衛隊の中距離ミサイル部隊が「核搭載」実現で米軍の代理“核”戦争部隊になる。それは日本が米国の代理“核”戦争国になるということだ。これこそが米中対決の最前線を担うことを「同盟義務」としてわが国に強要する米国の核心的要求だと見て間違いはないだろう。

「日本に中距離弾、米見送り」、これを肩代わりする陸自スタンドオフミサイル部隊新設も決まった、残る「宿題」は自衛隊ミサイルへの「核搭載」を可能にすること、日本が非核の国是を放棄することだけとなった。

いま「新しい戦前」が言われるようになっている。今日の「新しい戦前」の特徴は、上記のように「代理“核”戦争国となる戦前」という点にある。かつての「戦前」とはまったく様相を異にする「新しい戦前」であること、ここに注目すべきだと思う。

それは米国も岸田政権も「厳しい宿題」と認識している「戦前」であり、逆に言えば日本国民が簡単には受け入れないであろう「戦前」だということでもある。いまは一方的に既定事実を押しつけられているのが不甲斐ない現実ではあるが、けっして悲観する必要はないと思う。

非戦非核を永らく国是としてきた日本国民を相手に「代理“核”戦争国」化を強要することを米国も「厳しい宿題」と見ている。だから国民に正しい議論が提供されればこの「新しい戦前」を「新しい平和日本」への勝機に転換することも可能だという積極的で主導的な対応も可能になると思う。

「日本の代理“核”戦争国化」という「新しい戦前」を「新しい平和日本」への転機に換える力は、ひとへに戦後日本が堅持してきた「非戦非核の国是」を日本人の魂として固守し、米国による理不尽な「代理“核”戦争国化」という新しい情況に対処し「非戦非核」を闘いの武器として発展させていく努力にかかっている。

このことを今後、国内の皆様と共に遠くピョンヤンの地にいる私たちも考えていきたいと思う。

若林盛亮さん

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)さん
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

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