エリザベス女王追悼と安倍国葬 元総理の業績と予算への疑義 横山茂彦

安倍元総理の国葬が国民を分かつ議論になっているところに、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)から訃報がとどいた。エリザベス女王の薨去である。

第二次大戦に陸軍整備兵として従軍し、伯父エドワード8世の退位、父ジョージ6世の死去によって70年ものあいだ、世界史的な存在として君臨した女王には謹んで弔意を表したい。


◎[参考動画]英・エリザベス女王死去 96歳 在位70年|TBS NEWS DIG 2022/09/09

さて、国論を分かつ安倍国葬問題そのものが、世界史的な女王の訃報によって色褪せてしまいそう。いや吹き飛びそうな趨勢なのだ。

それには56か国のコモンウェルス・オブ・ネイションズ(旧イギリス領=世界人口の3分の1)の女王とアジアの一国の宰相の差。女王の70年にわたる君臨にたいする安倍の8年余の治世という以上に、相応の理由がある。そのあまりにもトホホな業績のゆえである。

◆自民党+旧統一教会の宰相

法的根拠もないまま、安倍国葬儀を閣議決定した岸田総理は、その根拠に「8回にわたって選挙に勝った」ことを挙げている。選挙に勝ってきたことが「業績」だというのだ。

たしかに、アベノミクスの失敗、領土交渉の完敗、拉致事件の未解決、森友・加計・桜を見る会問題と、失政と疑惑だらけの政権にもかかわらず、安倍晋三は選挙にはめっぽう強かった。官邸による官僚統制と自民党の党公認一元化という武器のほかに、選挙に勝てる根拠があったからだ。

すなわち、その選挙の強さが「旧統一教会」の支援によって可能だったことが、ますます天下に明白な事実として暴露されつつあるのだ。足掛け8年にわたって選挙で強さを誇示してきたのは、安倍「自公」政権ではなく、安倍「自統」政権だったのである。

さてその安倍国葬儀は、海外からの元首級の参列者がほとんどいないという、トホホなものになりそうだ。

◆日本の弔問外交の貧弱

あまりにもトホホな情勢だ。安倍国葬儀における、海外要人の来訪予定である。
現在までの発表によれば、インドのモディ首相、シンガポールのリー・シェンロン首相、欧州連合のミシェル大統領、カナダのトルドー首相、ベトナムのフック国家主席、オーストラリアからアルバニージー首相らの名が挙っているのみだ。
G7関係の出欠はどうか?

アメリカ バイデン大統領(×)
カナダ  トルドー首相(◯)
イギリス ジョンソン元首相・トラス首相(×)
フランス マクロン大統領(×)
ドイツ  シュルツ首相(×)
イタリア マッタレッラ大統領(×)

盟友アメリカからは、ハリス副大統領が訪韓も兼ねての参加となる。欠席が決まっているのは、バイデン大統領、フランスのマクロン大統領のほか、当初は訪日を検討中と伝えられていたドイツのメルケル前首相も参列を見送ることが分かった。つまりG7首脳からは、見向きもされていないのだ。

「G7で一番長く一緒だったメルケル前首相まで来ないのには驚きました。諸外国首脳は、弔意は示しても、国葬にわざわざ行く価値はないと判断したのでしょう。海外の対応はシビアで、安倍元首相が日本の地位を高めたと言うけれど、残念ながら、これが国際社会における実力ということです」(五野井郁夫高千穂大教授=国際政治学、ヤフーニュース9月5日)。

ドイツからはメルケル氏に代わってウルフ元大統領が出席する予定だが、日本での知名度は低い。連邦大統領(名誉職)に就任した翌年(2011年)に汚職が発覚し、その事実を報道しないようメディアに圧力をかけたことが分かり、批判を浴びた人物だ。ウルフ氏は大の親日家だという。

大の親日家といえば、シラク元フランス大統領の国葬に安倍総理(当時)は参加せず、日本は首脳級も送らなかった。

内外に影響を与えた大人物の国葬に、クリントン元米大統領やイタリアのマッタレッラ大統領、ベルギーのミシェル首相らが出席するなか、日本政府からの参列者は木寺昌人駐仏大使だったのだ。このときの特使すら送らなかった「非礼」が、いまフランス首脳の不参加として返ってきたのである。

シラク元大統領は引退後を含めて、40回以上も来日したほどの親日家である。大相撲が好きで、しばしばお忍びで観戦し、それに気づいた国技館の観客から「シラク! シラク!」の喝采を浴びたものだ。優勝力士へのフランス共和国大統領杯(シラク杯)を創設したり、愛犬に「スモウ」の名をつけたりしていたことも報じられた。現職時代には、京都に「カノジョ」がいた、という話も囁かれていたほどである。このような失政は、対フランス外交だけではない。

◆二流の外交政策のツケ

日本はこれまで、ロシアのエリツィン元大統領(2007年)、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(2005年)の葬儀の時、首相級を送らずに弔問外交で失敗しているのだ。
ヨハネ・パウロ2世のときは、米国からブッシュ大統領、英国からチャールズ皇太子及びブレア首相、フランスからシラク大統領、ドイツからケーラー大統領及びシュレーダー首相、イタリアからチャンピ大統領及びベルルスコーニ首相、カナダからマーティン首相、ロシアからフラトコフ首相らが参加し、弔問外交をくりひろげた。

キリスト教国にとってのみ、外交舞台だったかのような印象を受けるが、じつはバチカンは世界レベルの宗教国家であり、仏教界もそれにふくまれる。問題は国家と宗教の関係をただしく理解できない、日本の政界の弱点が顕われたとみるべきであろう。

日本から参列した川口順子元生外相(当時)は首相補佐官なので、大国の首脳と会談することはかなわなかった。ようするに、いくら世界の大国を自認してみても、じっさいの外交力・外交政策は二流国なのである。一昨年のフランシスコ法王の来日にさいしても、国民的な歓迎というにはほど遠く、国会での演説も見送られたのだった。

安倍元総理が重視してきたアジア・アラブ関係ではどうか。今年5月にアラブ首長国連邦のハリファ元大統領が亡くなった際、弔問式に首相特使として自民党の甘利明前幹事長を遣わしている。政権閣僚はおろか、党の本流からもはずれた人物が特使なのである。結果は推して知るべしであろう。

◆警備費という名のお手盛り


◎[参考動画]安倍元総理の国葬 約17億円【WBS】(2022年9月6日)

ところで、国葬儀の費用が当初発表の2.5億円から16億5000万円と発表された。識者の試算では、結果的には37億とも100億とも言われているが、まずは政府発表の予算を検証してみよう。

このうち、警備費用が8億円(延長勤務手当5億円・派遣旅費3億円)、外国要人の接遇費(車両手配や空港の受入体制)が6億円。ほかに細かいところでは、自衛隊の儀じょう隊が使用する車両借り上げなどに1000万円だという。

この「延長勤務手当」(5億円)というのは、要するに警察官(機動隊員)の残業手当および特別手当なのである。3億円の派遣旅費というのは、機動隊員が警備車両で移動すればガソリン代と高速費用(公的・緊急派遣であれば免除される)で済むところ、新幹線で旅行をさせる、ホテルに宿泊させるというものだ。

外国要人の接遇費も、具体的な内容が明らかになっていない。借り上げるハイヤーや警察の警護車両のほかに、空港関係者が「接遇」する何に、6億円かかるのか不明なのだ。自衛隊の儀じょう隊は、自衛隊車両を使用するのではないのか。

ようするに、警備関係者が予算を膨らませることで、国費を「横領」しているのだと指摘せざるをえない。国葬それ自体よりも、警察官僚の予算獲得という副業を問題にするべき時であろう。


◎[参考動画]【ノーカット】安倍元首相の国葬めぐる閉会中審査 岸田首相が説明 立憲・泉代表らが質問

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

自然との共生を具現化したライフスタイルとは 小林蓮実

最近、地方の社会から世界の未来に関する報道まで、幅広く気になっている。

地方に関しては、たとえば地域の海士さんたちは乱獲にならぬようにルールを設定して漁をしているいっぽう、養殖魚を扱うところでは背骨などの曲がった魚を切り身にして売っているというような話を聞く。都会との2拠点生活をしている人の中には、養殖魚の問題を知っている人もいた。

わたしが引き継いだ田んぼ。昨年のはさがけの様子

『Business Journal』2021年4月28日には、

日本の漁業を歪めるドン、岸会長の全漁連“私物化”、不正が次々発覚……使途不明金も」と題し、「この状態を放置し続ければ、予算が膨張し続けるだけで一向に水産行政の改善が図られない。岸会長をはじめとした大幹部、そして全漁連を押さえつけられない国会議員には一刻も早くご退場願いたい」

と締める記事も掲載されていた。

印鑰智哉(いんやくともや)さんのFacebookをフォローしているが、2022年8月23日、

米国のある研究によると、核戦争が起きれば日本はほとんどの人が餓死する。使われた核兵器がもっとも少ないケース(100発)でも国際取引が止まれば2年以内に少なくとも7000万人以上(6割)が餓死」「食料自給率の高い国では、この条件では餓死者が出ない国も多く、日本だけで世界全体の餓死者の約3割を占めることになる

と記されている。

また、YouTubeにも、日本や世界の未来の危機を訴える動画は多いが、提示される解決策はさまざまだ。SDGsをうたう企業も増加し続けているが、結局はこれもまたSDGsをアピールすることで利益アップにつなげることを目論んでいるとしか考えにくい事例ばかりがあふれかえっている。

SDGsポスター(ひとつひとつがロゴ。『国際連合広報センター』サイトより)

◆フードロスをなくし、自給率もアップ!

わたしは、自給自足や脱資本主義を目指し、田畑での農作業、森林の再生・保全活動などに参加している。家をもらい、持続可能で自然を守るような生活に向け徐々に、そのスタイルを変化させてもいるところだ。

すると、たとえば手がけている畑では、やはり自然農に近い有機を選択し、農薬はもちろん、動物性の肥料も使わなくなる。また、珈琲や小麦粉ですら多く摂取すると体に合わないと感じるようになり、仲間や近所との物々交換が進んで自炊も増え、米や野菜、果物を多く摂取するようになった。

自らが食す分プラスアルファ程度の量の米や野菜を作る、もしくは採る(捕る・獲る)。ただし、都会や、地方に暮らしていても食べるものを作ったりすることができない人の分を、有機や自然農で作る。作れる人は皆、作る。乱獲はしない。そうすれば、餓死の未来は避けられ、水産資源の枯渇や海洋生物の絶命・減少もなくなるはずだ。

『となりのトトロ』(スタジオジブリ)のサツキ、『ドカベン』水島新司(秋田書店)のドカベンの弁当が多い、というよりも米が多い、ということが度々インターネット上で話題にのぼっている。これは、トトロは1950年代、ドカベンは70年代の弁当の反映であるとされる。70年代には徐々にまれな例になっていくのかもしれないが、たとえば現在70代で地方出身の知人の中には、米と具だくさんの汁が中心だったという人もいる。

農水省のサイトによれば、

増産によりお米の自給が達成された一方で、高度経済成長によって食生活が多様化したことで、お米の一人当たり年間消費量は、昭和37(1962)年度の118.3kgをピークに減少に転じていました。生産が需要を上回り大量の過剰在庫が発生するようになったため、昭和46(1961)年からは生産調整が本格実施されるようになり、1,200万トン前後だった生産量は、約50年で約800万トンにまで減少しました

一人当たり年間消費量も約50kgまで減りました。自給率の高いお米の消費が減ることで食料自給率(カロリーベース)は昭和40(1965)年度の73%から40%程度まで低下することとなったのです

という。

そして現在、米の値段は過去最低のレベルまで下がっている。『SankeiBiz』でも昨年、

米価下落から考えなくてはいけない『農業の本質』」と題し、「2021(令和3)年産の買い取り価格及び概算金額は、過去最低レベルまで落ち込んでしまい、多重な問題を抱えた状況となっている

と記す。

自給率を上げながらバランスを考慮しつつ、米をもっと食し、野菜や果物を摂れば、わたしたちが餓死することは確実に避けられる。すでに海外には、そのような国が存在するのだ。明治時代前期には、日本でも米を輸出していたそうだ。そして、「FAO(国際連合食糧農業機関)の報告書によると、世界では食料生産量の3分の1に当たる約13億トンの食料が毎年廃棄されています」「日本でも1年間に約612万トン(2017年度推計値)もの食料が捨てられており、これは東京ドーム5杯分とほぼ同じ量。日本人1人当たり、お茶碗1杯分のごはんの量が毎日捨てられている計算になります」(農水省サイト)というフードロスの問題も解決する必要がある。自炊が増えれば、自ずとフードロスも減るはずだ。コミュニティキッチン、コレクティブキッチンなどの共同炊事もいい。わたしも今後、実行しようと考えている。そのような複数の取り組みの中から、脱資本主義的なライフスタイルが実現できるはずだ。

◆未来から逆算し、日々を生きる

わたしが移住したエリアの人は、「あばらが1本ない」「あばらが3本ない」などといわれる。由来は諸説あるが、海幸・山幸・田畑の恵みがあることによる安心感で、のんきだとされたりするのだ。実際、現金収入が途絶えても、都会にいる頃のような焦りがあまり起きない。食べる物に困らないということは、至上の喜びだろう。

だが、特定の地域だけがどうにかなるようにするのでなく、現時点では作れない人などの分も専業農家さんなどを中心に確保し、それが労力にみあった適正価格で広まっていく必要もある。餓死者が出るような状況を現場から改善していきながら、他地域はもちろん、海外の人々とも連携できるよう、今できることを進めたい。

もちろん現在は、まだ資本主義下にあるため、賃労働は必要だし、現金収入を確保できなければ焦りもあるだろう。だが、100年後、200年後、300年後を想定し、今を生きることは可能だ。

わたしは原種に近いトルコのオリーブの栽培をお手伝いすることもしている。オリーブは樹齢500年とも、場所や種によっては1,000年とも3,000年ともいわれる。未来から逆算し、できることが確実にある。まずは、ご関心をおもちの方がいらっしゃれば、9月の稲刈りにご参加いただければ幸いだ(連絡先は下方のプロフィール Facebook参照)。

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター。『現代用語の基礎知識』、『週刊金曜日』、『紙の爆弾』、『NO NUKES voice(現・季節)』、『情況』、『現代の理論』、『都市問題』、『流砂』等、さまざまな社会派媒体に寄稿してきたが、現在、農的暮らしを実現すべく、田畑の作業、森林の再生・保全活動なども手がける。農作業体験は大歓迎! Facebook  https://www.facebook.com/hasumi.koba

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

『紙の爆弾』最新号に寄せて 『紙の爆弾』編集長 中川志大

9月号の鈴木エイト氏、横田一氏らのレポートに続き、10月号でも「政治と宗教」の問題にスポットを当てました。旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の問題、とくにカルト規制については、識者といわれる人々の一部から「信教の自由」との兼ね合いで消極的な意見が聞かれます。別にそうした人々が旧統一教会におもねっているとは思いませんが、その種の心配は杞憂に過ぎず、そもそも「カルト規制」と「宗教規制」は違うということを、今月号では解説しています。

安倍晋三元首相の「国葬儀」に反対する声は高まる一方、抗議運動が各地で繰り広げられています。「国葬儀」は、国民の大多数から反対を受けているからこそ法的根拠を示さなければならないわけですが、根拠がない以上出せません。それでもゴリ押しする理由は何か。歴代最長政権を築きながら、路上で、しかも誰かの代わりに狙われて死亡した。その“最期”のイメージを上書きするのが狙いのひとつかもしれません。暗殺シーンはそのまま旧統一教会との関係を想起させ、それ以外にも“負の遺産”は山ほどあります。いずれにせよ「隠蔽」が目的とみて間違いないようです。

一方で、安倍首相暗殺事件そのものへもスポットを当てました。事件については一定の“公式見解”が出されましたが、致命傷に至ったとされる銃弾一発が発見されず、容疑者は4カ月間の鑑定留置。報道された「供述」において、あれほど明確に意図を語った容疑者を、なぜ精神鑑定する必要があるのか。事態を有耶無耶にするための時間稼ぎ目的としか思えず、これで真相が解明されるかは大いに疑問です。そこで今月号では、事件に関係する可能性のあるいくつかの事実についてレポートしています。一方で、8月25日には中村格警察庁長官が“引責辞任”。周知のとおり、ジャーナリストの伊藤詩織氏が性被害を受けた事件で、安倍氏べったりだった元TBS記者・山口敬之氏の逮捕中止を命じた人物です。

ともあれ、事件によって「政治と宗教」に注目が集まっています。多くの議員が選挙に勝つために旧統一教会から支援を受け、実際に当選してきたことは、過去に本誌でも指摘してきたとおり。この機会に、この国に本当に民主主義があったのかを見直さなければなりません。さらに、旧統一教会の影響もみられる自民党改憲案も見直させるべきでしょう。山口那津男・公明党代表は「宗教団体が価値観を政治過程に反映していくのは民主主義の望ましい姿」と述べました。選挙のたび、票を的確に自公の候補者に配分する創価学会の手腕に毎回感心してきましたが、それを「民主主義の望ましい姿」と呼ぶのはあまりに無理があります。

ついに原発新設まで言い出した岸田文雄首相。今のエネルギー問題(も本当か疑わしい)を理由に原発を新造する、という論理自体が理解できるものではありません。実行したとして、完成を首相として見届けることはないでしょうから、“負の遺産”となることは確実です。再稼働阻止に加え、新たなテーマが浮上したことになります。そもそも「脱炭素」とは何かから、問い直す必要があります。今月も独自の視点から、問題を深掘りするレポートをお届けします。全国書店にて発売中ですので、ご一読をよろしくお願いいたします。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

『紙の爆弾』2022年10月号
目次
維新、参政党にも直撃取材 自民党と旧統一教会 現在に続く“関係”
目的は“旧統一教会隠し”だけではない 岸田内閣改造人事の真相
「自由」「民主主義」の党綱領を自ら否定 自民党・公明党は即時解散せよ
日本が「カルト天国」である理由「政治と宗教」癒着の裏に2つの事件
既成宗教・宗教学者の“反発”は的外れ「反セクト法」とは何か
安倍国葬に法的根拠は絶対にない「国葬令」はなぜ廃止されたか
日米の「宗教右派」を分析する旧統一教会はいかにして政治力を持ったのか
防衛省が極秘調査していた「安倍暗殺」に残された謎を追う
事務所ぐるみの蜜月疑惑も 旧統一教会と芸能界
それは「安倍ゴルフ」から始まった 米下院議長「横田入国」の国辱を是正せよ!
平壌「よど号」メンバーから見たニッポン ウクライナ戦争と「第三次世界大戦」
アクリルに 跳ね返された 投げキッス 刑務所川柳の世界にようこそ
厚労省「使用罪」新設の裏側 大麻をめぐる「あるべき議論」
統一教会は《世界極右テロ組織連合》の中核機関である!
シリーズ 日本の冤罪30 東金女児殺害事件

連載
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NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け 西田健
「格差」を読む 中川淳一郎
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シアワセのイイ気持ち道講座 東陽片岡
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裏から世界を見てみよう マッド・アマノ
権力者たちのバトルロイヤル 西本頑司
広島拘置所より… 上田美由紀
元公安・現イスラム教徒 西道弘はこう考える
まけへんで!! 今月の西宮冷蔵
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総理の地元・広島から国葬反対で署名・監査請求へ さとうしゅういち

安倍晋三さんの国葬を早々と決めてしまった岸田文雄総理。その岸田総理の地元・広島市内からも、国葬反対の声が強くなっています。

◆広島3区市民連合が団体として取り組む決議

 

広島3区市民連合(代表・山田延廣弁護士)は8月28日、総会を開催。筆者も、れいわ新選組を代表してあいさつをさせていただきました。この総会で、故・安倍晋三さんの国葬に反対する署名運動(紙ベース)と、知事の湯崎英彦さんが国葬に出席しないように監査委員に必要な措置を求める住民監査請求に取り組むことを決議しました。

広島3区市民連合は、その中心メンバーが河井案里さんと夫の克行受刑者夫妻による買収事件の告発を行い、両名が逮捕・起訴・有罪に追い込まれるきっかけをつくりました。

今回、決議された、①ベースでの国葬反対の署名運動、②湯崎英彦知事が国葬に出席しないよう必要な措置を求める住民監査請求は、いわゆる執行部提案の議案にはありませんでした。しかしながら、会場に参加した一般会員からぜひ取り組んでほしい、との声が次々と上がりました。

 

「ネットでは、国葬反対の署名運動がたくさん起きている。しかし、これではお年寄りにはお願いしにくい」(安佐南区在住の60代男性)

「国葬は憲法の政教分離に反するのではないか?これをきっかけに、政教分離をきちんとすべきではないのか?」(安佐南区在住の70代男性)

「地域の知り合いからも国葬するなんてどうなっとるのじゃ?!という声が多くある。ぜひ、取り組んでほしい。」(安佐南区在住の60代女性)などの声が続出しました。

これを受けて、執行部は検討する、と答弁しましたが、「ここは総会で、最高決議機関なのだから、ここで決議しようではないか」という声が出て、国葬反対や監査請求に取り組むことが決議され、詳細は執行部に任せることになりました。

◆「大きい声で言えぬが安倍さんはやられて当然」案里さんの元支持者からも

筆者は地域の皆様に一軒一軒ご挨拶にうかがっています。その中で以下のような声もいただいています。

選挙のたびに河井案里さんに投票してきたという女性は、「大きい声では言えぬが、安倍さんはやられて当然。彼のせいでうちらの年金も減らされてきたのだし。案里さんは女性でがんばっているから入れてきたけど。国葬なんてとんでもない。」と小声でおっしゃいました。

また、ある男性は「安倍はやられて当然さ。それより、山上徹也被疑者を死刑にしないでほしい。あいつは気の毒だ。よくやったと思う。」と、山上徹也被疑者に同情される方もいらっしゃいました。

すでに、西日本大水害2018の時には、安倍晋三さんの危機管理のヌルさにいら立ったボランティアから「8.6に広島に来る総理を暗殺するやつがいたら面白いのに。」という冗談が休憩時間中に飛んで、一同大爆笑になったのを筆者はよく覚えています。

その方は、「総理が現場に視察に来るのは迷惑だけど、天皇陛下が来るのはありがたい。」という言い方をされていました。ですから、いわゆる反安倍の左翼ではありません。むしろ保守的な方でしょう。

広島の場合は、岸田さんを支持する人は多いのですが、安倍さんにたいしてはむしろ反感のようなものも強く感じます。安倍政権時代の2017年の衆院選でも県内の野党の比例票が与党を上回っていました。広島は超ウルトラ保守王国です。小選挙区で岸田さんを通すけれども、比例では野党、という人も多かった。安倍さんに拒絶を示している人はそもそも多かったのです。岸田さんに期待はするけど、安倍さんは嫌い、という層がどう動くか?今後が注目されます。

◆住民監査請求、全国各地で

報道で皆様もご存じと思いますが、知事が国葬に出席するための出張旅費の支出を差し止めるための住民監査請求は各地で起こされています。8月19日、北海道、大阪、京都、兵庫ではすでに起こされています。国葬は追悼を国民に強いるものだとして、憲法14条や19条に反するものだと訴えています。

国葬そのものを阻止できなくても、地域を代表する知事が出席しなければ、9月27日の国葬当日のその地域の雰囲気もだいぶ違うことになるでしょう。弔意を強要されるような雰囲気でもなくなるでしょう。

◆河井事件、水害時の危機管理の検証を妨げる国葬

筆者ももちろん、安倍晋三さんの国葬には反対です。国葬令が廃止された時点で法的な根拠もなくなっています。1967年に吉田茂を国葬にした際も、大きな反対運動が起きていますが当然です。

広島に関連していえば、河井案里さん側にわたった1.5億円は、当時の自民党総裁の安倍晋三さんが最高責任者です。国葬で、安倍さんを天皇と同格に持ち上げることは、真相の解明を妨げることになります。

また、西日本大水害2018における安倍内閣の危機管理は大きな課題を残しました。このことを検証し、将来の災害の際に人々の命を守れるようにするためにも、安倍晋三さんを過剰に持ち上げる国葬はマイナスです。

そして、旧・統一協会の問題も大きい。すでに、安倍さんは、旧・統一協会により、ソウルで大々的に追悼をしてもらっています。そのような男を国葬にするということは、日本という国家が誤解されることになる。いや、統一協会まみれという真相を世界に暴露するという意味はあるのかもしれませんが、やはり恥ずかしすぎることです。もちろん、弔問に来てくれる各国要人はそういうことは表に出しませんが、外国人も本音と建前は使い分けるということを忘れてはいけないのです。取り返しのつかない恥をかく前、国葬は中止、ないし、せめて故・中曽根康弘さんなどの先例に倣って内閣と自民党の合同葬にすべきでしょう。

すでに、各国の現役首脳も参加を見送る方向です。「弔問外交」という国葬賛成派の論拠も崩れつつあります。ここらへんで引き返したらいかがでしょうか? 岸田総理。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号
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《書評》『紙の爆弾』10月号 元総理は誰に殺されたのか 安倍晋三事件の真相 横山茂彦

興味をそそられるのは、安倍元総理殺害事件の「真相」である。山上徹也容疑者ではなく、ほかにスナイパーがいた! というのである。

殺害の黒幕は誰か? 殺害が組織的な犯行だとして、どのような勢力が背後にいるのか? 事件はケネディ暗殺事件なみの疑惑を生じさせている。

というのも、不可解な銃撃音(サイレンサー付き?)が入っている動画(YouTube)が、なぜか閲覧禁止になったからだ。もう読んでいて興奮、ドキドキワクワクである。このドキドキ感は本誌をめくって愉しんで欲しいが、キーワードをいくつか紹介しておこう。

◆二発の銃撃のあいだに「ピュッ」という音が!

事件の謎への糸口を教えてくれるのは、片岡亮の「防衛庁が極秘捜査していた安倍暗殺に残された謎を追う」である。

山上容疑者が海上自衛隊出身ということで、防衛庁は事件当初から捜査に乗り出していたようだ。片岡の記事によると、軍事ジャーナリストの事務所に在籍していたフリーライターの証言として、防衛庁の捜査に協力した詳細が明らかになっている。

またSNSで話題になった動画に、不可解な点があるという。二度目の発砲の前に、安倍元総理の襟が不自然になびいているというのだ。

そして山上容疑者が放った一発目と二発目のあいだに「ピュッ」という音が入っているという。ようするに、第三の銃弾が安倍を襲ったのではないか。安倍の遺体から弾丸が摘出されなかった(警察・執刀医発表)のは、マスコミ報道で明らかになっている。消えた銃弾はどこに行ったのだ? ※安倍の心臓壁をえぐり、外に出た説が有力。

さらに、なぜか8月になると、防衛庁は「これ以上の分析はしないことになった」と、フリーライターに通告してきたのだ。それも「なるべく憶測でモノを言わないでほしい」と釘を刺したという。

いっぽうで、現場近くのビル屋上に「黒人に見える」人影があり、白いテントが確認されたという(タレントのさかきゆい)。本当に散弾銃だったのか? と疑問を呈するのは、マッド・アマノ(世界を裏から見てみよう)である。

アマノはYouTubeやSNSで検証されている疑惑(仮説)について、想像画像付きで解説する。

その仮説では「別の二人の人物」が放った弾は、22ロングライフル銃から撃たれたものだという。問題は役30メートルから狙って、みごとに貫通させた(弾丸が見つかっていない)のである。そんな手腕の持主は、オリンピックのクレー射撃選手だった麻生太郎ではないか、とアマノはいう。したがって、麻生の見解をもとめる必要があると、アマノは主張するのだ。得心させられた(笑)。

◆安倍殺害に暗躍した組織とは?

それでは、どんな組織が安倍殺害に暗躍したのだろうか? 山上容疑者の狙撃を前提(予測=殺害計画の囮)にしながら、なおかつ銃弾が安倍の体内から発見されない犯行(完全犯罪)を可能にする組織とは──。

片岡亮は、安倍が7月30日に台湾を訪れる予定(李登輝総統の命日)があったことから、中国当局の関与を可能性に挙げているが、西本頑司「権力者たちのバトルロイヤル──誰が安倍晋三を殺したのか」は、そうではないという。

西本はまず、CIAの謀略で排除された中川一郎・中川昭一親子を例に挙げ、あまりにも出来過ぎた安倍殺害の背後関係を解説する。

安倍の死後、約一カ月で行なわれたトランプ元大統領への「国家機密漏洩」疑惑捜査が、なぞを解くカギであるという。そう、安倍とトランプがともに親プーチンであり、金正恩を水面下で工作できる存在であること。

大統領当選時、メディアのトランプバッシングに対して、端無くもトランプが発した言葉「クリミナル・ディープステート(DS)」こそが、それを言い当てているというのだ。したがって安倍元総理はDSによって、裏切り者として血祭りに上げられたことになる。安倍の弔問にヌーランド女史(影の参謀総長)が訪れたとき、岸田総理は震えあがったのではないかと、アマノさん。どうです、ドキドキしてきたでしょ。

◆統一教会問題と安倍国葬

統一教会問題の論点としては、「反セクト法」制定について、フランス在住の広岡裕児が、これにたいする宗教学者の反発を批判している。

「反セクト法」は、その対象が一般宗徒におよぶこと、信教の自由を侵害するのではないかとの批判がある。橋下徹が批判の論陣を張ったことでも知られるようになった。

フランス(アブー・ピカール法=反セクト法)でも刑事事犯への適用は少ないという。アメリカでも憲法修正第一条における「信教上の自由を侵してはならない」によって、カルト対策の州法が実現に至っていない。

フランス法の条文を読む限り、かなり危険な法律であることは間違いない。

①法的形態を問わず
②その活動に参加する人の心理または肉体的服従を創造したりすることを目的または効果とするあらゆる法人で
③法人そのものまたはその法的あるいは実質的指導者が以下の一つまたは複数の犯罪について、複数の確定有罪判決を受けた(以下には、刑法・医療・薬事法・不当虚偽広告規制など)。

つまり、③の構成要件(指導メンバーの犯罪)があれば「カルト」と規定し、規制できるというのだ。かぎりなく権力(政権および捜査当局)のデッチ上げを誘発しかねない条文だといえよう。

民事裁判手続きが必要とされているが、指定暴力団の規制が、当事者の抗弁権をほとんど認めていない(聴き取るが、ことごとく却下)現状では、権力の恣意性にまかされることになる。政治団体にたいする破壊活動防止法(新左翼党派の指導者・オウムにのみ適用)とほぼ同じ内容のものが、宗教団体に適用されることになるのだ。

むしろ大山友樹がレポート「政治と宗教・癒着の裏に2つの事件」で明らかにしているとおり、宗教団体への税務調査や宗教指導者への証人喚問(いずれも創価学会を震え上がらせ、公明党の与党参加の一因となった)など、政治と宗教の問題を国民的な議論として行くほうが効果的であろう。

宗教法人は事業収入こそ課税されているが、最大のメリットは寄付金と固定資産税の免税である。そこへの課税は政治議論としても行なわれて来なかったが、宗教法人としての許認可は、宗派としての死活問題である。この議論をやろうではないか。政治と宗教、宗教と国民生活というテーマは、まともになされて来なかったのだから。

末尾になったが、安倍国葬問題にも的確なレポートが掲載されていることを付加しておきたい。秋の訪れとともに、時代への視点を刮目させる、紙爆の購読をよろしく。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

稲盛和夫の「名言」と基地局問題、露呈した企業エゴイズム 黒薮哲哉

優れた経営者として名を馳せてきた稲盛和夫氏が、8月24日に亡くなった。ウィキペディアによると、同氏の経歴は次の通りである。

 
稲盛和夫氏(出典:ウィキペディア)

稲盛 和夫(いなもり かずお、1932年〈昭和7年〉1月21日 – 2022年〈令和4年〉8月24日)は、日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。公益財団法人稲盛財団理事長。「盛和塾」塾長]。日本航空名誉会長。

京セラやKDDIの創業者。経営に関する著書も多い。ビジネスマンの間で評価が高く、松下幸之助と並んで、経営の神様としてもてはやされていきた。金策に富んだ経済人だった。しかし、日本航空のリストラに大鉈を振るったという批判も浴びた。

この人物の「名言」について書くとき、わたしには素朴な疑問がある。

◆電磁波という新世代の公害

2020年の夏、KDDIはわたしが住む埼玉県朝霞市の城山公園(市の所有地)に携帯電話の基地局を設置した。土地の賃料は、月額で約360円。無料同然の賃料を市に納金し、朝霞市でも電話ビジネスを拡大した。だが、基地局が放射するマイクロ波を1日24時間、365日にわたって被曝させられる近隣住民はたまったものではない。モルモット同然だ。立派な迷惑行為である。

KDDIの基地局設置現場。朝霞市の城山公園

わたしは基地局設置の工事に気づき、KDDIの子会社・KDDIエンジニアリングに工事の中止を求めた。欧米では、電磁波による人体影響を考慮して、基地局の設置には一定の制限を設けている。設置された基地局を撤去するように裁判所が判決を下した例もある。

KDDIエンジニアリングは、わたしの要請に応じて、一旦工事を中止した。そして現場から機材を搬出した。さらに現場を木の柵で囲って、立ち入り禁止にした。

その後、わたしは何度かKDDIエンジニアリングの担当者や朝霞市の職員と話し合った。しかし、KDDIエンジニアリングは、何の合意事項にも至らないまま、一方的に工事を再開して基地局を完成させたのである。朝霞市もそれを黙認した。住民よりも企業に手厚い便宜を図ったのである。

後日、わたしは富岡勝則市長に電磁波の人体影響に関する公開質問状を送ったが、電磁波問題そのものを分かっていない様子だった。

◆企業エゴイズムを露呈

東京都板橋区でも、KDDIが基地局の設置をめぐりトラブルを起こしている。密集した住宅街の中のマンションに基地局を設置したところ、住民たちが撤去を求めて声をあげた。基地局直近の民家の住民は、10数メートルの距離から電磁波の放射を受ける。3階の窓を開けると、目の前に基地局があるので、心理的にも圧迫される。

向かいのマンションの住民たちも、窓のすぐそばに巨大なアンテナがあるので気持ちが滅入ってしまうと話す。寝室を電磁波に直撃されないところへ変えた人もいる。「終の棲家が台無しになった」と嘆いている人もいた。

数年前には、やはりKDDIが川崎市宮前区犬蔵でトラブルを起こした。中層マンションの屋上に基地局を設置して、アンテナ直下の住民夫妻の怒りに火を着けた。夫妻のうち、妻はフィンランドの出身だった。

「自国では、民家の屋根や直近に基地局を設置することなど絶対にありえません」

欧米では電磁波による人体影響は、常識となっている。メディアも基地局問題を報じる。

KDDIは、過去に延岡市でもトラブルを起こしたことがある。3階建てアパートの屋上に基地局を設置して操業を始めたところ、近隣から苦情がでた。健康被害が広がり、2009年、30人の住民が操業の差し止めを求めて提訴した。

『朝日新聞』は、提訴前の2007年12月16日、住民らの健康被害について次のように伝えている。

延岡市大貫町5丁目にある携帯電話基地局のアンテナが原因として、住民が健康被害を訴えている問題で、市は14日、先月末に実施した健康相談の結果を公表した。45人が耳鳴りや頭痛を訴えており、大半は基地局が設置された昨年11月以降に自覚症状が出たという。

健康相談は11月29日から3日間、現地で行い60人が訪れた。耳鳴りが31人で最も多く、肩こりが16人、不眠が14人と続いた(複数回答)。胃腸不良や胸の痛みを訴える人もいた。

自覚症状を感じ始めた時期は、基地局が設置された昨年10~12月が22人で半数を占めた。市健康管理課は「結果的に時期が重なった人が多かったが、これが電磁波の影響かは分からない」としている。

判決は、住民側の敗訴だった。それに力を得て、KDDIはそのまま操業を持続した。住民感情よりも、自社の経済活動を優先してきたのである。

◆規制になっていない総務省の規制値

ちなみに総務省が定めたマイクロ波の規制値は、たとえば欧州評議会に比べて1万倍も緩い。実質的には規制になっていない。次に示すのが数値の比較である。

・日本:1000 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・平方センチメートル)
・ロシア:10μW/c㎡
・スイス:9.5μW/c㎡
・欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)

◆「経営とは、人として正しい生き方を貫くことだ。」

KDDIが起こした基地局問題の現場へ足を運ぶたびに、わたしは住民らが共通したある疑問を口にするのを聞いてきた。それは、

「経営の神様、稲盛和夫は基地局問題をどう考えているのだろうか」

と、いう問いである。わたしも同じ疑問を抱いてきた。「名言」と実際にやっていることが、言行不一致になっている。

「常に明るさを失わず努力する人には、神はちゃんと未来を準備してくれます。」

「経営とは、人として正しい生き方を貫くことだ。」

「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」

稲盛氏は、自社のエゴイズムには、無頓着な人物だったのではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

広島土砂災害2014から8年を経て ── 「教訓が十分活かされていない」という教訓 さとうしゅういち

2022年は、広島県内に大きな被害を与えた西日本大水害2018(県内の死者・不明者114人)から4年、そして、広島土砂災害2014(県内の死者77人)から8年となります。

追悼演説

二つの災害で、広島と言えば土砂災害、というイメージを持たれている方も多くなりました。実際、遠方から来られた観光客の方が、電車の窓から、山間部に広がる住宅地をご覧になり、不安そうに会話されているのをよく拝見しています。

筆者は、両方の災害で、復旧のためのボランティアとして現地に入っています。そして、2014年の広島土砂災害のときの教訓が十分生きていれば、2018年の西日本大水害での被害も抑えられたのではないか?という無念さを感じています。

また、両方の災害において、国葬を地元の岸田総理が強行決定した故・安倍晋三さんの危機管理のお粗末さが表れたことも特筆されます。安倍晋三さんに関しても、4年前の災害の教訓をまったくいかしていないと言わざるを得ません。

県政・市政でも、国政でも「教訓が活かされなかった」ことが教訓である。そのように考えます。そして今後、そのようなことが絶対に繰り返されないようにしたいと誓うものです。

筆者は広島土砂災害2014から8年を前にした8月19日、同災害の大きな被災地である広島市安佐南区山本や緑井で街頭演説。「災害に強い社会とはひとりひとりに優しい社会だ」などと訴えました。

また、緑井では続けて同じ場所で行われた広島3区市民連合の街宣にも参加。「二つの広島を襲った災害での危機管理がまずかった安倍晋三さんの国葬は、故人の神格化を通じて危機管理の検証を妨げることになる」などと力を込めました。そして、最大の被災地のど真ん中の梅林小学校の慰霊碑に参拝し、献花しました。

◆広島土砂災害2014契機に東京帰還を中止した筆者

慰霊碑献花

広島土砂災害2014は2014年8月19日深夜から翌20日の未明にかけて広島市北部の安佐南区・安佐北区のそれも狭い範囲で発生した線状降水帯による集中豪雨が引き起こしました。

筆者は、2014年の発災当時は、14年余り活動してきた広島を後にし、事実上の故郷である東京へ事実上、活動拠点を移していました。東京での就職も決まり、あとは、家の契約も決まっていました。これは、一つは、筆者の政治活動が頭打ち状態で、自身の仕事もなおかつ支持基盤となるような方が東京の方が多い、という判断もありました。筆者は、参院選広島再選挙の政見放送でも述べたように将来的には広島県選出の参院議員か広島県知事か広島市長かになり、「エコでフェアでピースな世界をこの広島からつくっていく」ということをずっと公言していますが、当時は、結婚を機にまず東京で再起を図るということを考えていました。

ところが、この災害がひとつの転機となります。おそらくこの災害がなければ筆者は、東京で国政選挙を目指したかもしれません。実際に、東京都内で街宣活動も始めていました。それがこの災害を契機に一変したのです。

「お世話になった広島、それも自分がお世話になっている安佐南区が大変なことになっている。」

状況の中で、筆者の選択は、広島へ戻る一択でした。

筆者は、就職が内定していた先の企業や入居が内定していた不動産屋さんに頭を下げ、キャンセル。

23日夜には広島市安芸区の妻の実家にいったん入りました。そして以下のメッセージをネットで発信しました。

【緊急に被災地入りへ】
被災された皆様には心からお見舞い申し上げます。
わたくし、さとうしゅういちは、本日夜、広島市入りします。
今回、お世話になった地域が甚大な被害を受けました。そうした中で、天候や自分自身の日程も見ながら、最善のことをさせていただきたいと存じます。
東京移転後も、安佐南区内のさとうしゅういち事務所はまだ引きはらってはいません。明日以降は被災地に近接する安佐南区祇園のさとうしゅういち事務所を拠点に行動します。
また、今回の甚大な災害を受け、「東京に移転」としていた、わたくし・さとうしゅういちの今後の活動についても再度修正の可能性がございます。当面、被災地の広島県民の皆様の暮らしの復旧に力を尽くします。よろしくお願い申し上げます。2014年8月23日

◆一見平静な被災地の隣接地区 被災地から通う人も多く

24日には、広島市安佐南区古市橋駅近くの事務所兼自宅に入りました。ここは、被害が最もひどかった地域の南端にあたる緑井地区からも直線距離で2kmしかありません。この日は、雨が降り、ボランティア活動は中止でした。

事務所がある祇園・古市地区は、大雨の際、最大の商業施設のイオンモール祇園が浸水しましたが、大きな被害もなく、土曜日とあって、カープ観戦にユニフォームを着ていかれる親子連れも見られました。

しかし、行き付けの美容室の女性美容師さんは、可部地区在住です。床上浸水で、片付けに4日もかかったそうでした。この日、ようやく、母親の自宅と併設の美容室に出勤され、筆者が最初の客だったようです。ましてや、土石流に直撃された場所においておや。被害規模は想像以上です。そういう人でも生活のために仕事はしないといけない。そうした人がされている店を利用するなどもボランティアができない日の支援の方法だと思いました。

そして、翌日には以下のメッセージを筆者は発信しました。

【災害対応につき8月末までの関東での予定はすべてキャンセルです】

わたくし、さとうしゅういちが関東エリアで8月末までに入れていたスケジュールは、安佐南区の災害によりすべてキャンセルとさせていただきます。大変ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解・ご協力、よろしくお願いいたします。

この日もボランティアどころではなく、まず、広島で再スタートするための環境整備に時間を費やしました。

また、奮闘されている他党派の方にも激励のメッセージをさせていただくなどしました。

8月31日には、温かいみそ汁を被災者の方に提供するボランティアに参加

26日には、緑の党・ひろしま代表として、現地調査を行いました。 

そして、それを広島市議会各会派やマスコミ関係者などにもお送りしました。

28日には広島市議会の全員協議会があり、傍聴をさせていただきました。

また、当時は広島で唯一の野党所属の衆院議員だった中丸啓さんには、広島市の災害対策本部に我々の提言を提出していただきました。現在は自民党議員の秘書をされているそうですが、災害時は与野党ありません。とにかく市民のためにできることを精一杯させていただきました。

8月31日には、温かいみそ汁を被災者の方に提供するボランティアに参加しました。

翌9月1日から可部線がようやく、可部までの全区間、仮復旧しました。筆者は、9月4日には二回目の被災地の現地調査を行いました。

八木地区

さらに、5日に八木地区(写真)、7日に緑井地区で復旧作業に従事しました。大きな被害があったのは、本当にいま思えば、狭い範囲でした。

だが、4年後、まさか、同じ場所ではありませんが、県内の広い範囲で、これよりもすさまじい土砂災害が起きるとは、この当時は筆者も夢にも思っていませんでした。

同程度の被害範囲の災害を頭の中では想定はしていましたが、2018年のような広い範囲の災害は想定していませんでした。

残念ながら、被災地である安佐南区・安佐北区選出以外の市議や県議の中には支持者からの「先生、お忙しいのでは?」との見舞いの挨拶に対して「そんなことないよ。うちの区は被害がなかったし」という緊張感のない返答をされていた、と当該議員の支持者からうかがっています。

広島市民・県民の多くも被災者に対して同情し、支援しなければ、という気持ちにはなっても、「まさか、自分の地域にふりかかることはあるまい」という気持ちが潜在意識の中のどこかにあったのではないでしょうか?

◆もし、2014年の教訓を生かしていれば、避けられた2018での被害拡大

2014年の広島土砂災害の教訓はもちろん一定程度は生きました。具体的には被災地での砂防ダムの整備です。

写真のように、最大の被災地の梅林地区(住居表示では安佐南区緑井と八木にまたがる)では砂防ダムが多く建設されました。

 

広島の場合、平地が狭く、1970年代前後に山間部に危険性を顧みずどんどん開発を許可した経緯があります。いますぐ危険地帯からの撤収が難しい以上は、砂防ダムをつくって安全を守るしかありません。しかし、その砂防ダムも土砂がたまっていけば機能しなくなります。それどころか、むしろ、西日本大水害2018の時は危険要因にすらなってしまいました。

具体的な例を挙げれば、安芸区矢野では、枕崎台風の教訓から、砂防ダムを県が整備しました。しかし、浚渫が全く行われず、土砂がたまっていました。これは危ない、ということで地域の住民が県に陳情をしていました。広島土砂災害2014以降ももちろんです。ところが、県の対応は「けんもほろろ」だったのです。その矢先に、西日本大水害2018が発生しました。砂防ダムはぶっ壊れ、大量の土砂が矢野地区を直撃。20棟の住宅が全壊して犠牲者が出ました。ボランティアに伺った家の住民のうちの一人は、「開発を許可したのも県。砂防ダムを放置し、住民が陳情してもけんもほろろだったのも県。行政が抜けていた部分があった。」と悔しがっておられました。

現在、県内各地で砂防ダムの整備は一定程度進んでいます。2021年の大雨では、西区で土石流が発生しましたが、2014年や2018年の災害を教訓に砂防ダムを整備していたおかげで犠牲者を出さずに済んでいます。

ただ、今後、砂防ダムをつくるだけでなく、きちんと定期的に浚渫するなど手入れをする。そのための予算を増やす。こうした措置をとらなければ、西日本大水害2018において矢野地区で起きたようなことになりかねません。広島県や市政の首長、職員、そして議員全員は特に肝に銘じておかなければのではないでしょうか?

◆減らしすぎた地方の予算・人を拡充せよ

また、災害対策のためにも、ガツンと国に対して予算と人の確保を要求していくべきではないでしょうか?

この20~30年、あまりにも県も市町村も人を減らしすぎました。県は県で、当時の総務省いいなりで県の仕事を市町村に丸投げし、そのために市町村を全国でも二番目のペースの86→23に減少させました。その結果、すでに、広島土砂災害2014の時点では、担当の県庁職員は限界でした。あるとき、筆者がある会合で得意満面で政策を語っていたら突然、筆者の後輩の女性県庁職員が立ち上がり、「そんなことより足元の広島県内の災害でわたしたち県庁職員は大変なのです。」と筆者はお叱りをいただきました。そうした状態のまま西日本大水害2018,コロナ災害を迎え、県庁職員は「てんやわんや」の状態になっています。

◆災害に強い社会はひとりひとりに優しい社会だが

筆者は、広島土砂災害2014の時点で、災害に強い社会はひとりひとりに優しい社会だ、言い換えれば『平時から、一人一人に病気や怪我や加齢や育児や失業などで困ったことがおきても、安心して生きていける福祉社会こそ、災害にも強い社会』と痛感しました。

例えば、そもそも、普段から安全な場所に安くて追い出されない住宅を公共で整備していれば、危険な場所にマイホームを建てる、などということも起きなかった。
また、そもそも、社会全体として、怪我や病気、あるいは育児や介護で仕事を休みやすい仕組みになっていれば、災害時も、だいぶ楽ではありませんか?

この災害を教訓として社会が変わっていれば、西日本大水害2018のときはもちろん、コロナ災害のときだってだいぶ違ったでしょう。残念ながらその意味でも、広島土砂災害2014の教訓は活きませんでした。それどころか、ひどい方へひどい方へと向かっているように思えます。

◆安倍晋三さんの杜撰な危機管理は2014年から

最大の痛恨事は、その土砂災害の教訓を生かすどころか、ともすれば反対方向へ向かった時代のこの国の為政者が2014年、2018年、そしてコロナ災害発生時まで同一人物であったということです。

故・安倍晋三さんの西日本大水害2018における危機管理はお粗末極まりました。具体的には、「赤坂自民亭」に象徴されるように、災害時も宴会三昧だったこと。その後もカジノ法案に夢中だったこと。そして通常国会閉会後は夏中、ずっと国会も開かず、補正予算の審議もしなかったこと、などです。

安倍晋三さんは、2014年の広島土砂災害ですでに失態をしています。すなわち、8月20日朝、山梨県東部富士五湖地方の別荘におられた安倍晋三さんは、当時の茂木経済産業大臣らとゴルフに出てしまわれた。2時間弱で切り上げ、11時には官邸に入ったというが、その日のうちにまた、別荘になぜか戻ってしまった。そして、翌日夕方、また東京に向かうというちぐはぐな行動をされています。官邸に出勤した後、公邸で待機していればここまでバタバタすることはなかったはずです。一説では、旧友と別荘で会うのを優先したという。このような方が、しかし、その後も2014衆院選、2016参院選、2017衆院選と圧勝した結果、慢心し、西日本大水害でのお粗末な危機管理や一連のお友達優遇政治となったのではないでしょうか?

安倍晋三さんが暗殺されたことはお悔やみ申し上げます。しかし、国葬という天皇と同格で故人を持ち上げることは、故人が為政者だった時代における危機管理のまずさや人々の暮らしに対する冷たさをきちんと分析し、教訓を将来にいかすことを妨げるのではないでしょうか?

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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ピョンヤンから感じる時代の風〈06〉 新「サハリン2」が問いかけるもの  魚本公博

今、世界的な物価高騰が起きている。とりわけ、「ウクライナ事態」発生以降、ロシアに対して経済制裁する国々では、ロシアからの石油、ガスの供給が滞り、それによってガソリン価格や電気料金が高騰を続けており、まさに「返り血を浴びる」状況になっている。

こうした状況の中で、日本では、「サハリン2」の問題が起きている。

6月30日、プーチンは「サハリン2」の経営会社である「サハリン・エナジー社」の資産を新設するロシア企業に無償で引き渡すよう命令する大統領令に署名した。「サハリン2」は英石油メジャーのシェルが27%を出資して経営を握っており、日本も三井物産が12.5%、三菱商事が10%の出資をしていた。日本は、これを通じて全LNGガス輸入量の約10%、年間600万トンを得ていた。ロシアの措置は、それが得られなくなる可能性があるというので緊張が走った。

その後、ロシアは8月2日に新会社(会社名は「サハリンスカヤ・エネルギヤ」、本社所在地はサハリン州のユジノサハリンスク)を設立した。8月18日には、供給を受けている九州電力、東京ガス、西部ガスなどに以前と同じ価格や調達量で再契約を結ぶという通達を行った。これによって、日本の2商社も同様の条件になることが予想され、西村経産相は、「日本の権益を守りLNGの安定供給が図られるよう官民一体で対応したい」と述べ、9月4日の期限までに、2商社に株式保有をロシア側に通知するよう要請した。これを受けて、8月25日、三井物産、三菱商事は出資継続をロシア側に通知することを表明した。今後、数ヶ月間に渡って再契約の中身をつめる交渉が行われる見通しだ。

問題は米国である。米国はロシア制裁のために、シェルの撤退を歓迎し、日本にも同様の措置を採るように要請していた。そうした米国にとって、今回の日本の措置は不愉快なものであり、再契約の交渉過程でも「サハリン2」から撤退するように様々な圧力を掛けてくることが予想される。

今後、日本政府は、国益を守るのか、それとも米国の圧力に屈するのかの選択を迫られることになる。すでにマスコミは、「権益を守れるかどうかは不透明」などと米国を利するかのような論調を張るが、「サハリン2」からの撤退こそ国益放棄なのであり、日本は「撤退せず国益を守る」という立場で、ロシアとの交渉に臨めばよい話しである。

ロシアは、そうしたことを見越して、今回、穏やかに「以前通りの契約で」という措置をしたのであり、それは、日本に「あくまでも米国について行きますか、どうしますか」を問うものになっていると言える。その問いかけは、本質的に「日本はあくまでも米国に従い、米国覇権の下で生きていくのですか」という問いかけである。

そのことを知るためには、「サハリン2」とはどのようなものであったかを分かる必要がある。

「サハリン2」は、1994年に作られた。当時は、ソ連崩壊という大混乱の中で、市民生活が極度の貧困にさらされたロシアの試練の時代であった。そうした混乱の中で、作られたものが「サハリン2」である。こうして英国の石油メジャーであるシェルが27%を出資して、サハリンのガスを掌握した。シェルはロシアのガスを安く買い叩いたばかりでなく、100万BTU(英国熱量単位)当たり2ドルに満たない額で買うというポート・フォリオ枠の特典を得て、これを40ドル前後のスポット価格で売るなどして暴利を貪ってきた。本社は、タックス・ヘイブン(税の優遇措置)で有名な英領バミューダ諸島に置かれており、ロシアは、これに課税することもできなかった。

まさに、「サハリン2」は、米国覇権秩序の下で欧米の大企業が他国の資源を収奪するという典型例であり、ロシアにとっては屈辱的なものであった。それを「ウクライナ事態」が発生し、ロシアへの制裁が発動される中、2月にシェルが自ら撤退を表明したのを機にロシアが取り戻したのであり、それは、誰もが文句を付けることのできないロシアの主権行為であり、屈辱の遺物を清算し、自国の資源をロシアに取り戻すための極めて正当な措置である。

そればかりではない。ロシアは、米覇権秩序に反対し、「平等で民主的な新しい世界秩序」の形成を主張しており、新会社設立の措置は、その象徴であり、そのための武器としてあるということである。

すなわち、こうして作られた新「サハリン2」は、日本に「米覇権の下で生きる」という生き方に対して、それをいつまでも続けるのか、それでいいのか、を問いかけるものになっているということなのだ。

日本は、ロシアの穏やかな問いかけに、冷静に、その答えを模索して行かなければならないだろう。

その基準は、国益であり、国民益でなければならない。どうすれば、国益、国民益を守り、国民の命と暮らしを守っていくのか、国家の使命とは、それに尽きるからである。

米国覇権の下で生きて行く、そのためにロシア制裁の先頭に立つということは、逆に「返り血」を浴び、それを国民に転化するだけではないのか。まさに、それが故に、多くの国が国益、国民益を第一にして、ロシア制裁に反対し、それを無視している。バイデンが多くの国際会合や会議で、ロシア制裁を呼びかけても、それに応じるのはG7の欧米日だけである。G20でも、ロシア制裁を行っているのは10カ国に過ぎない。

こうした動きについてエジプトの元外務次官のフセイン・ハリディ氏が「どちらにも、つかない」と題する朝日新聞への寄稿で要旨次のように言っている。「我々は欧米の言うようにウクライナの独立と民主主義を守る戦いだとは見ていない。そういう中でエジプトなど『第三世界』の国々は自らの立ち位置を決めなければならない。それは『非同盟』だ。非同盟はバンドン会議で始まり、インドのネール、中国の周恩来、エジプトのナセルなどが主導した。非同盟は自国の独立を守るための盾である」と。

バンドン会議は、1955年、東西冷戦が激化する中で、アジア、アフリカ諸国が、インドネシアのバンドンに会して、東西どちらにも付かず、各国の主権尊重を最高原則として互いに協力して平和と繁栄を追求していくことを合意した会議である。

その「主権尊重」の原則は、今日の自国第一主義にも通じる。それが、米国主導の「ロシア制裁」による「返り血」として国民生活を直撃する中で、制裁は正しいのか、そもそも「ウクライナ事態」を招いたのは米国によるウクライナへのNATO拡大、ウクライナのネオナチ化にあったのではないかという声の高まりとなり、米国ノー、米国覇権ノーとして、「主権尊重」「国民益第一」としての自国第一主義が支持を伸ばしている。

フランスでは4月に行われた大統領選で自国第一主義のマリーヌ・ルペンが前回の18%を42%に伸ばし、6月の総選挙では、マクロン与党が100議席を失う大敗北を喫する反面、ルペンの国民連合は8議席から89議席に躍進した。市民生活第一の左派連合「人民環境社会市民連合」も73から131に議席を伸ばした。ドイツでもシュルツ政権への不満が高まっており、他の諸国でも現政権への不満の声が高まっている。

戦争が終わったとしても、「ウクライナ事態」の基本構造、米国覇権とそれを打破しようとするロシアなどの諸国という基本構造は変わらないのであり、今後、数年間で欧米世界にも国益第一、自国第一の新しい政権が生まれ、世界は大きく変わるのではないか。

日本も変わらなければならない。これまでのように米国覇権の下で生きていけば良い、ではなくなっている。事実、米国覇権維持・強化のために、日本は対中国の最前線に立たされ、敵基地攻撃能力の保有や軍事費倍増や果ては、核の共同保有までが言われるようになっている。そればかりではない。エマニュエル駐日大使が就任承認を得るために開かれた米上院外交委員会で「日米の経済統合を目指す」と言ったように、日米経済の統合一体化も進んでおり、日本は、「国」としての体裁を失い、「米国51番目の州」にされようとしている。

反面、世界に目を転じれば、米国中心の覇権秩序に反対し脱覇権で主権尊重の「平等で民主的な新しい世界秩序」を作ろうとする動きは強まっている。日本は、あくまでも米国覇権の下で生きて行くことを続けるのか。それとも、こうした新しい動き、時代の流れに合流していくのか。新「サハリン2」は、それを問いかけている。

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魚本公博さん

ちなみに、日本はバンドン会議の正式参加国であり締結国である。当時の日本は、戦犯国として国連加盟もできず国際孤児の境遇に置かれており、悲願の国連加盟のために、アジア・アフリカの票を得ようとしての参加であったとされる。しかし、一方で、敗戦後の日本は、これから、どう生きて行くのかということが問われており、米国一辺倒ではなく、アジア・アフリカなどとも協力して生きて行こうという道も模索していたということである。この日本の隠された「レガシー」、それを今、受け継ぐこと、それが、新「サハリン2」が問いかけることへの答えにもなるということを付け加えたいと思う。

▼魚本公博(うおもと・きみひろ)さん
1948年、大分県別府市生まれ。1966年、関西大学入学。1968年にブントに属し学生運動に参加。ブント分裂後、赤軍派に属し、1970年よど号ハイジャック闘争で朝鮮に渡る。現在「アジアの内の日本の会」会員。

『一九七〇年 端境期の時代』
『抵抗と絶望の狭間~一九七一年から連合赤軍へ』

重なる選挙汚職、懲りない地方議会の面々、町議が選挙人名簿を盗撮しSNSで共有、選挙運動に悪用 黒薮哲哉

神奈川県湯河原町の土屋由希子町議が、隣接する真鶴町の選挙人名簿をタブレット端末で盗撮し、SNSを介して2人の政治仲間と共有していた事件を神奈川新聞(8月24日)が報じた。昨年秋から批判の対象になっている選挙人名簿をめぐる汚職が新局面をむかえた。

◎神奈川新聞の記事 https://news.yahoo.co.jp/articles/8d8f0119ed6f42aca7fc1f2ad426b8ddade17c79

選挙人名簿とは、投票権を有する住民を登録したリストのことである。選挙権は成人になれば自動的に得ることができるが、投票権を得るためには、居住期間などの必要要件を満たして、選挙人名簿に氏名が登録されなければならない。この登録作業は、選挙管理委員会が選挙の直前に住民基本台帳などを基に実施する。

選挙人名簿はだれでも閲覧権があるが、複写や持ち出しは公職選挙法で禁止されている。選挙管理委員会は、選挙人名簿の悪用を避けるために厳重に管理している。

しかし、土屋議員は、監視の眼をかいくぐって真鶴町の投票権者に関する情報を持ち出したのである。

SNSで共有された選挙人名簿のスクリーンショット。当事者の中に会社員が含まれており、業務時間中に選挙運動を行っていたことになる
 
(左)土屋由希子氏、(中)木村勇氏。木村氏が出馬した2021年9月の町議会選。出典:yamashita_sumioのblog

◆有権者に大量の選挙ハガキを送付

事件の舞台となった神奈川県真鶴町は、人口7000人。太平洋に突き出した岬の自治体である。土屋氏が町議を務める湯河原町と隣接している。2つの町は交流が深く兄弟のような関係にある。

2021年9月、真鶴町は町議選を予定していた。この選挙に真鶴町民で土屋 と懇意な木村勇氏が立候補した。木村氏の選挙運動を支えるために、土屋議員は真鶴町の選挙管理委員会に足を運び、タブレット端末で完成したばかりの選挙人名簿を盗撮した。そしてSNSでそれを木村氏ら政治仲間と共有した。木村氏は選挙人名簿のデータを基に、有権者に大量の選挙ハガキを送付したのである。

木村氏はこの選挙で当選し、現在は真鶴町議を務めている。

土屋氏は神奈川新聞の報道内容を認めて、ユーチューブで謝罪した。

◆過去にも選挙人名簿持ち出し事件

真鶴町では、2020年9月に行われた町長選の直前にも、選挙人名簿が流出する事件が起きた。当時、立候補を予定していた真鶴町の職員・松本一彦氏がみずから選挙人名簿を複写して持ち出し、選挙運動に使ったことが発覚したのだ。さらに2021年の町議会選挙でも、当時の選挙管理委員会の幹部が松本町長から指示されて選挙人名簿の複写を3人の立候補者に渡していた。これは、木村氏が立候補したのと同じ選挙であるが、名簿の入手ルートは別である。木村氏の場合は、土屋氏のルートだった。

松本町長が主導した汚職事件を受けて真鶴町が設置した第三者委員会は、松本町長の行状について、報告者の中で次のように結論づけている。

松本氏については、窃盗罪、建造物侵入罪、守秘義務違反の罪、公職法上の職権濫用による選挙の自由妨害罪及び買収(供与)罪が各成立し、尾森氏(注:選管職員)については、地公法上の守秘義務違反の罪、公選法上の職権濫用による選挙の自由妨害罪が各成立すると解されるものである。また、青木氏(注:町議)、岩本氏(町議)については公職選挙法上の被買収罪、刑法上の証拠隠滅罪が成立する可能性がある。

 
(左)土屋由希子氏、(右)松本一彦町長候補。出典:土屋由希子氏のTwitter

この事件は、現在、捜査関係機関が捜査している。松本町長の起訴は免れないとの見方が有力だ。しかし、松本町長の支持層も多く、事件の発覚を受けて行われた再選挙で、松本町長は再選を果たしている。

土屋氏が起こした今回の事件は、松本町長が関与した事件とは別のルートであるが、不正選挙の手口は酷似している。選挙人名簿を不正に入手して、ダイレクトメールなどの選挙運動に利用する手口である。

土屋氏は、松本町長の熱心な支援者でもある。松本氏がはじめて真鶴町の町長選に出馬した際には、隣町へ応援に駆けつけている。その日のTwitterに、次の一文を投稿している。

「本日は真鶴町長選に立候補されている、松本一彦さんの応援に来ています!子ども達を中心にした政治のあり方に共感しています。真鶴町長選は松本一彦さんに清き一票を??」

真鶴町の選挙管理委員会は、湯河原町議の土屋氏と真鶴町議の木村氏が神奈川新聞の報道内容を認めたとしたうえで、「選挙管理委員会としては、2人から事情を聴取したうえで、今後、どう対処するかを決める」と、話している。

劣化が進んでいるのは、中央政界だけではない。地方議会も没落への道を転げ落ちている。議員の席を得ることで、定期収入を得られることから、議員を目指す者が少なからずいる。監視の役割を放棄してきたジャーナリズムの責任は重い。

◎[参考記事]町長が自らを刑事告発、第三者委員会が報告書を公表、神奈川県真鶴町の選挙人名簿流出事件 

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

《戦後77年》日本が歩んだ政治経済と社会〈3〉1980年代 ポストモダンと新自由主義 横山茂彦

◆戦前77年、戦後77年という視点

本稿の執筆中に、編集部から田中良紹(元TBS記者)の「明治維新から77年目の敗戦と敗戦から77年目の惨状」(フーテン老人世直し録662)を紹介いただいた。戦前の77年と戦後の77年を欧米追随の結果として振り返るものだ。田中自身が1945年生まれの77歳である。

敗戦の77年前は日本が封建体制を脱して近代化を始めた明治維新の1868年だ。近代日本は富国強兵策によって西欧に近づき、世界の五大国の一角に食い込んだが、77年後にそのすべてを失った。

戦後の日本は東西冷戦構造を巧みに利用し、焦土から米国に次ぐ経済大国に上り詰めた。しかし1989年の冷戦の崩壊と共に「失われた時代」を迎え、坂道を転がるように転落の一途をたどって77年後の現在に至っている。(田中良紹「フーテン老人世直し録662」)

なるほど、素描は悪くない。帝国主義(独占と金融寡頭制)が日本の後発性ゆえに、世界大戦(市場再分割・領土分割)に乗り出さざるをえなかったこと。そして真珠湾を先制的に叩くことで、アメリカ世論の参戦をうながしてしまったこと。これはアメリカにとって、じつは織り込み済みだった(10年前に真珠湾攻撃を想定した本が出版されていた)。したがって、真珠湾を攻撃した時点で敗戦は決まっていた、というものだ。

だがこの敗戦が、日本にとっても織り込み済み(想定済み)だったことを田中は見ていない(『昭和16年の敗戦』猪瀬直樹)。

負けるとわかっていながら、東条英機以下の政権幹部、山本五十六ら海軍をふくむ戦争指導部・現場指揮官は、みずから戦争に反対しながら開戦に踏み切ったのだ。このことを本来はテーマにしなければならないであろう。アメリカに引きずられた戦後の繁栄と衰退(惨状)もしかり。なぜアメリカに引きずられてきたのか。

ほとんど誰もが対米戦争に反対しながら、展望のない戦争に踏み切った日本人の心性が問題なのである。いったん開戦するや、一億火の玉となって熱狂した戦争……。この思想的分析を抜きに、外的条件を挙げたり陰謀史観を持ち込んでもまともな議論にはならない。

◆ポストモダンとは何だったのか

批評家やジャーナリストは、戦後世界をアメリカ的な合理主義・民主主義(自由主義思想)と、ヨーロッパ的な社会主義思想(ソ連や中国をふくむ)との相克として描きがちである。

冷戦下の思想が資本主義と社会主義として措定され、核熱戦争の危機を背景にイデオロギー闘争が論壇のテーマにすらなってきた。これ自体が誤っているわけではない。

現実に今日も中国の台頭、ロシアの帝国主義的復活と(ウクライナ)侵略戦争への突入として再現されつつある。世界は20世紀へ、いや18・19世紀に回帰してしまったかのようだ。

そのいっぽうで、戦後革命期・60年代~70年代の価値観の転換を通して、左右のイデオロギー対立をこえる思想革命があったのを知っておくべきであろう。そのあまりの難解さゆえに、ほとんど一般には定着しなかったポストモダンという批判思想である。直訳すれば「近代合理主義批判」ということになる。

もとは建築評論家のチャールズ・ジェンクスが、70年代後半に建築用語として発したのがポストモダンである。リオタールの『ポスト・モダンの条件』(1979年)によって、フランスの思想界を席巻する。フランスで流行しそうになるということは、世界の思想論調となるのを意味している。

底辺にあったのは、近代的主体概念(デカルト)である。認識主体が「わたし」であり、わたしは「客体を認識する」主体として存在する。しかるに、わたしはどのような主体なのか、主観的にしか論証できない。むしろマルクスの「社会的諸関係の総体」「相対的にしか諸関係は措定できない」という関係論にいたり、主体の存在が疑われるようになる(構造主義)。日本においては廣松渉の共同主観性やフッサールの間主観性として紹介されていたものだ。ようするに、人間という「主体」は「関係性」をはなれては成立しないのである。

ポストモダンはポスト構造主義でもあり、浅田彰の『構造と力』(1983年)によってニューアカデミズムという批評領域が登場するが、すぐにブームは拡散する。拡散した理由は、ニューアカ自体がカント・ヘーゲルからマルクス、フーコーらの構造主義を対象とし、あまりにも膨大なテキストを前提にしているからだった。マルクスを読んでもいない若者が読むには、ポストモダンの論攷はあまりにも難しすぎたのだ。

とはいえ、ポストモダンがマルクスいらいの生産力主義、近代合理主義を批判していることから、思想をこえる批評として人気を博したのは事実である。マルクス主義が説く共産主義は壊滅的な批判をうけた。マルクス葬送である。


◎[参考動画]浅田彰(1986年放送)


◎[参考動画]フーコー、レヴィ=ストロース、サイード、鈴木大拙、今西錦司


◎[参考動画]フーコーとチョムスキー ~人間本性について~(日本語字幕)1/2

◆歴史は本当に終わったのか?

ここではわかりやすく、大きな歴史の終焉という政治学にそくして解説しておこう。ポストモダンを政治学・歴史学に移し替えたのがフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(1989年)である。

「歴史の終わり」とは、国際社会において 民主主義 と 自由経済 が最終的に勝利し、社会制度の発展が終結することで、社会の平和と安定を無限に維持するという仮説である。民主政治が政治体制の最終形態であり、安定した政治体制が構築されるため、戦争やクーデターのような歴史的大事件はもはや生じなくなる。この状態を「歴史の終わり」と呼ぶ。

すべての民族や文化圏、宗教圏に妥当するグランド・セオリー(大理論)である普遍的な歴史。すなわちリオタールの用語で言えば「大きな物語」としての「歴史の終わり」であり、その他の歴史、文化史、技術史、芸術史、スポーツ史、個人史などの個別的な歴史(リオタールの用語で言えば「小さな物語」)は、もちろん不断に変革を繰り返して、継続されていくというものだ。

フクヤマの仮説に対して、サミュエル・ハンティントンは著書『文明の衝突』の中で「支配的な文明は人類の政治の形態を決定するが、持続はしない」として「歴史は終わらない」と主張した。

フクシマの仮説はソ連と社会主義圏の崩壊を前提にしたものにすぎず、資本主義から社会主義・共産主義というマルクス主義理論(史的唯物論)の否定にすぎない。したがって、その後の中東戦争におけるアメリカ失敗(イラク・アフガン戦争)に逢着する。


◎[参考動画]Full Interview: Stanford Professor Francis Fukuyama Provides Analysis On Ukraine-Russia War

ロシアによるウクライナ侵略戦争について、フクヤマは攻撃が始まった直後の2月26日に台湾の大学が開催したオンライン講演でこう述べている。

「ウクライナへの侵略はリベラルな国際秩序に対する脅威であり、民主政治体制は一致団結して対抗しないとならない。なぜならこれは(民主体制)全体に対する攻撃だからだ」と。

フクヤマは2015年ごろから中国に対して「科学技術を駆使した高いレベルの権威主義体制には成功のチャンスがあり、自由主義世界にとって真の脅威になる」とも述べている。

講演のなかで、台湾に対しての中国の武力行使は、近年の国際環境の変化とウクライナ情勢によって「想像しえる事態になった」とも述べた。別のインタビューでは「究極の悪夢」は中国がロシアのウクライナ侵攻を支持し、ロシアが中国の台湾侵攻を支持する世界であると述べている。もしそれが起これば「非民主的な力によって支配された世界に存在することになる。米国とその他の西側諸国がそれを阻止できなければ、それは本当の歴史の終わりです」つまり、フクヤマが言う「歴史の終焉」とは、世界の終焉でもあるというのだ。

もちろんわれわれは、ロシアの18世紀的な皇帝の帝国戦争・19世紀的な帝国主義戦争を批判するが、アメリカの民主主義がシオニズムのパレスチナ侵略を前提としていること。完成された民主主義などとはほど遠いこと。したがって、民主主義はいまだその途上にあって、必要なのは非民主主義世界が膨大に生み出される帝国主義と専制独裁の世界に生きていることの自覚であろう。

国家の数で言えば、民主主義よりも民主的な選挙に拠らない専制国家のほうが増えているという。開発独裁において、民主主義的な政争が負担になるのは明白で、独裁政権のほうが経済はうまくいく。これもひとつの真理であろう。ポストモダンは生産力を批判し、近代的合理主義を批判したが、世界はあいかわらず戦争と革命、社会的致富をめざしているのだ。人は食うために生きる、けだし当然であろう。80年代は日本人にとってバブル経済の年代だったが、世界史の曲がり角でもあった。その歴史的な曲がり角を、新自由主義というグローバリズムが支配する。そこで日本の衰退がはじまった。(つづく)


◎[参考動画]サミュエル・ハンティントンの文明の衝突またはフランシス・フクヤマの歴史の終わり?(1992年)

◎《戦後77年》日本が歩んだ政治経済と社会【目次】
〈1〉1945~50年代 戦後革命の時代 
〈2〉1960~70年代 価値観の転換 
〈3〉1980年代 ポストモダンと新自由主義
〈4〉1990年代 失われた世代

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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