去る2月17日、長崎県にある西日本新聞・販売店の押し紙訴訟の控訴理由書を福岡高裁に提出しましたので、ご報告致します。
*西日本新聞長崎県販売店の押し紙訴訟については、「西日本新聞押し紙裁判控訴のお知らせ」(2025年〈令和7年〉1月18日付)、「西日本新聞福岡地裁押し紙敗訴判決のお知らせ」(2024年〈令和6年〉12月26日付)、「西日本新聞押し紙訴訟判決とオスプレイ搭乗記事の掲載について」(同年12月22日付)、「西日本新聞押し紙訴訟判決期日決定のご報告」(同年10月15日)を投稿しておりますので、ご一読いただければ幸いです。
また、1999年(平成11年)新聞特殊指定の改定の背景に、当時の日本新聞協会長で讀賣新聞の渡邉恒雄氏と公正取引委員会委員長の根來泰周氏の存在があったことを指摘した黒薮さんの記事、「1999年(平成11年)の新聞特殊指定の改定、押し紙容認への道を開く『策略』」(2024年(令和6年)12月31日付)も是非ご覧ください。
西日本新聞社の押し紙裁判は、現在、2つの裁判が継続しています。長崎県の元販売店経営者を原告とする裁判と、佐賀県の元販売店経営者を原告とする裁判です。
2つの裁判は、ほぼ同時期に提訴しましたので併合審理の申立を行うことも検討しましたが、認められる可能性は薄いと考えたのと、同じ裁判体で審理した場合、勝訴か敗訴判決のいずれか一方しかありませんので、敗訴の危険を分散するために別々の裁判体で審理をすすめることにしました。
これまでも指摘しましたが、今回の敗訴判決を言い渡した裁判官は、2023年(令和5年)4月1日に、東京高裁・東京地裁・札幌地裁から福岡地裁に転勤してきた裁判官です。しかも、裁判長は元司法研修所教官、右陪席は元最高裁の局付裁判官であることから、敗訴判決は想定の範囲内であり、あまり違和感はなかったのですが、原告勝訴の条件がそろっている本件について、三人の裁判官達が如何なる論理構成によって原告敗訴の判決を書いたのかについて、控訴理由書でその問題点を指摘すると共に、新聞特殊指定の押し紙に該当しない場合、独禁法2条9項5号ハの法定優越的地位濫用の有無の判断を求める新たは主張を追加しました。
高裁が、どのような判断を示すかについて、引き続き関心を寄せていただくようお願いします。
(1)注文方法について
西日本新聞社は、販売店の注文は電話で受け付けており、注文表記載の部数は単なる参考にすぎないと主張しています。電話は物的証拠が残らないので、注文表記載の注文部数は参考に過ぎないとの主張が可能となります。注文表記載の注文部数と実際の送り部数に違いがあっても、電話による注文が正式な注文であると主張しておけば、その矛盾を取り繕うことが出来ます。
西日本新聞の主張が欺瞞に満ちたものであることを証明するために、原告は佐賀県販売店主が録音した担当との電話の会話を反訳文を添付して証拠に提出し、原告ら販売店が電話で部数注文はしていない事実を立証しました。
ところが、西日本新聞社は、録音データーの最後の方で担当の言葉が聞きとれない箇所があり、そこで佐賀県販売店経営者が「はい」と答えているのをとらえて、その所で電話による注文がなされているという主張をしました。判決は採証法則に反し西日本新聞社の主張を認める不当な判断を示しました。
佐賀県販売店経営者が録音した会話は20回ありますので、私どもはその会話のすべてについて最後の30秒を一枚のCDに再録し高裁に提出しました。再録時間は全体で10分間ほどですので、高裁裁判官がCDを聴取すれば、電話での注文はしていないことを確認できると考えています。
(2)販売店の自由増減の権利について
西日本新聞社は、販売店に注文部数を自由に決定する権利(「自由増減の権利」)は認めていません。押し紙を抱えている新聞社は、西日本新聞社に限らず何処の新聞社も同じです。
この件についても、佐賀県販売店主は担当との面談で話題に取り上げ会話を録音しています。担当はその会話のなかで、販売店に注文部数自由増減の権利はないとの趣旨の発言をしています。
ところが、ここでも判決は、自由増減の権利を完全に否定したものではないとの西日本新聞社を救済する不当な判断を示しています。
(3)4・10増減について
西日本新聞の4・10増減の問題については、黒薮さんの2021年(令和3年)7月28日付の次の記事をご参照ください。
【参考記事】元店主が西日本新聞社を「押し紙」で提訴、3050万円の損害賠償、はじめて「4・10増減」問題が法廷へ、訴状を全面公開
西日本新聞社は郡部の販売店の折込広告主に対する販売店部数は4月と10月の部数を公表するようにしています。そのため、4月と10月の2ヶ月分の公表部数を他の月より増やしておけば、折込広告主は他の月もその部数を基準に折込広告枚数を決めることになります。西日本新聞社は、販売店の押し紙仕入代金の赤字を折込広告収入で補填するために、この仕組みを利用しています。原告販売店の場合、4月と10月の2ヶ月については、他の月より200部多い部数が供給されています。
これは、西日本新聞社主導による折込広告料の明らかな詐欺ですので、西日本新聞社はその事実が外部に知られないようするため、4月と10月の200部多い部数の供給も原告の注文によるものであるとの主張を行う必要があります。
原告の4月と10月の200部多い公表部数について、原告が折込広告収入を得るために西日本新聞社に他の月より多い部数を注文したものであるとの判断を示し、西日本新聞社の詐欺の責任を不問にしました。
判決は、30年前の平成7年に公正取引委員会事務局が刊行した「一般日刊新聞紙の流通実態等に関する調査報告書」に、「仮に、1部増紙するために新聞販売手数料を上回る経費を支出しても、折込広告収入だけで、増紙した部数あたりの利益は確保できるし、扱い部数がおおいほどより多くの広告主から折り込み広告を受注できる。」との記載があることを唯一の根拠に、原告が折込広告料を取得するために、4月と10月に前後の月より200部多い部数を注文したと判断して、西日本新聞社の責任を免責しました。採証法則に反する不当な判断であることは明らかです。
リーマンショックや東日本大震災、新型コロナウイルスの影響や、ネット社会の普及による広告媒体の多様化により折込広告収入の落ち込みが激しいことは裁判所に顕著な事実であるにもかかわらず、30年前の公正取引委員会事務局の調査報告書を唯一の証拠に、「折込広告収入だけで、増紙した部数の利益は確保できる」との判断をくだす裁判官には恐ろしさすら感じます。
裁判官は検察官と並んで司法官僚の中で最も忖度に長けた人種であるといっていいでしょう。そのことは、先ごろようやく再審裁判で無罪が確定した静岡県で発生した味噌工場社長一家の殺害・放火事件の袴田巌さんの死刑判決と再審棄却判決に、どれだけの人数の裁判官と検事が関わったかを想像するだけで十分ではないでしょうか。
黒薮さんの最新書『新聞と公権力の暗部』(2023年・鹿砦社)に、押し紙の売上金額が年間約932億円、過去35年間で32兆6200万円にも及ぶ試算結果が示されています。押し紙訴訟を担当する裁判官が、新聞業界に隠されたこのような巨額におよぶ利権構造を白日のもとに曝け出す販売店勝訴の判決をくだすには相当の勇気が必要でしょう。しかし、私はそのような勇気をもった裁判官が必ずいると信じています。
1991年(平成11年)にそれまでの新聞特殊指定が改定され、販売店が「注文した部数」を超える新聞を供給しないかぎり、新聞社には押し紙の責任はないとの解釈が、文言上は可能となりました。それまでの、1964年(昭和39年)新聞特殊指定では、購読部数の2%程度が適正予備紙の上限とされていました。
私どもは、平成11年の新聞特殊指定が押し紙を隠す隠れ蓑の役割しか果たせなくなっているのであれば、新聞特殊指定制定以前の独禁法第2条第9項第5号ハの法定優越的地位の濫用に基づいて「押し紙」の有無を判断するようにとの新しい主張を行いました。
福岡高裁がこの新しい主張について、どのような判断を示してくれるのか、大いに期待しているところです。
日本国憲法の施行前の1947年(昭和22年)4月14日に財閥解体を目的とする独禁法が制定されています。戦後、アメリカは帝国陸海軍を解体し、憲法9条に戦争放棄条項を定めました。財閥の解体は独禁法に規定し、二度と財閥が復活できないように法制度を整えました。
太平洋戦争によるアジア人の被害者数は2000万人、日本人の被害者数は300万人とも言われています。アメリカも5~6万人の若者の命を犠牲にしています。
戦後、米ソの冷戦構造が始まるとアメリカの占領政策の転換が図られ、反共の砦としての役割を日本に求めるようになりました。
アメリカの占領政策の転換の結果、A級戦犯指定の解除を受けた戦前の指導者達は、戦後日本の政治をアメリカの手先となって担いました。その事実は、ネット社会の普及によってひろく国民に知られています。A級戦犯指定の解除を受けた中には、大本営発表の報道で戦争熱を駆り立てた読売新聞の正力松太郎や朝日新聞の緒方竹虎らの新聞人もいます。
日本国憲法は、アメリカの押し付け憲法であるとして、学校教育で軽視され無視されてきた上に、改憲解釈によっていつしか戦争が出来る国に変化し、財閥の復活を許さないことを目指した独禁法も、持ち株会社を認める法律改正が行われ財閥と同様の株主集団が形成されるようになりました。新聞の押し紙禁止規定の制定とその後の骨抜きの経緯についても、もっと広い視点から検討する必要がありそうです。
長崎出身の通産官僚だった古賀茂明さんが、『日本中枢の崩壊』(2011年・講談社刊)という衝撃的な題名の本を出版されてから15年が過ぎました。その後も、失われた30年と言われるように、日本の政治・経済・社会のあらゆる分野で底なしのモラル崩壊が進行しています。日本社会の底はすでに抜けてしまったと評する向きもありますが、裁判官をはじめとする司法に携わるものに対して、民主主義の最後の砦としての司法の役割を今こそ発揮することが期待されていると考えます。
最近、再び若い世代の債務整理の相談が増えているように思います。数百万円に及ぶ奨学金の借金を抱えており、しかも、親が連帯保証人になっているという相談を受けると、政治の貧困さをつくづく感じます。
足元に目を向けると、非正規雇用の増大と貧困、結婚率の低下と少子化、高校生・大学生を親ともども借金製造工場のラインに乗せるような教育予算の貧困、はては子供食堂から災害ボランティア、インバウンドの観光客流入まで、かつての世界第二位の経済大国の面影はどこにも見当たりません。
佐賀県では1機200億円と言われるオスプレイが17機も配備される予定であり、沖縄の辺野古沖の飛行場埋め立て工事は、軟弱地盤のため天井知らずに工事費が増大し続けており、大阪万博会場跡地にはカジノを誘致する計画があると言われています。そんな金があるのなら、何故、北欧のように若者の教育費に使わないのでしょうか。
新聞業界の押し紙問題については、熊本日々新聞や新潟日報社などは昭和40年代後半に自主的解決をはかっていますので、新聞労連を中心とする新聞社で働く若い人たちが中心となって、ジャーナリスト精神にのっとり自社の「押し紙」を無くすことに尽力されることを願っております。
※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年2月28日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。
▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。
▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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