「M君暴行事件」の事実は、共産党へ届いていたのだろうか?何者かが、「事件はなかった」とウソをついていた可能性も

黒薮哲哉

日本共産党が「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」と題する声明を発表し、その中で、暴力を誘発しかねない運動のあり方について自己批判したことが、SNS上でも話題になっている。この声明をおおむね評価する声は少なくない。

しかし、私はいくつか留意すべき点があると考えている。その一つは、2014年12月16日深夜に、しばき隊が大阪・北新地で起こした「M君暴行事件」について、日本共産党の田村智子委員長らが、どこまで実態を把握していたのかという問題である。

鹿砦社取材班は、共産党関係者への取材を行い、さらに事件を記録した書籍も送付していたという。したがって、党が事件について全く知らなかったとは考えにくい。しかし、党が運動方針の誤りを認めるまでには、10年以上の歳月を要した。なぜ、これほど時間がかかったのだろうか。

私の推測になるが、事件に関係した人々や、その後の対応に携わった人々が、「事件は鹿砦社が作り上げたフェイクニュースであり、事件そのものが存在しなかった」というウソを党側に伝えていた可能性はないだろうか。

実際に、しばき隊側の代理人を務め、自由法曹団常任幹事でもある神原元弁護士は、「事件はなかった」と堂々と繰り返し主張してきた。また、諸岡康子弁護士は、事件の隠蔽を促す趣旨とも受け取れるメールを知人に送信している。

「その人(黒薮注・M君)は、今は怒りで自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えないかも知れませんが、これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たち(黒薮注・李信恵氏ら)を権力に売った人、法制化(黒薮注・ヘイトスピーチ規制法)のチャンスをつぶした人という重い十字架を背負い続けることになります」

ちなみに、このメールの存在は、受信者が鹿砦社へ情報提供したことで明らかになった。

主要メディアも、この事件について申し合わせたかのように報道を控えた。鹿砦社は司法記者クラブでの記者会見からも締め出され、事件について継続的に情報発信していた媒体は、事実上、鹿砦社以外にほとんど存在しなかった。このような状況であれば、日本共産党にも事件の実態が十分伝わっていなかった可能性は否定できない。

左から、神原元弁護士、師岡康子弁護士、有田芳生衆院議員。出典:東京新聞

◆部落解放同盟からしばき隊へ

共産党の田村委員長らが、「M君暴行事件」を検証したうえで、今回の暴力路線に関する反省声明を発表したのかどうかは明らかではない。しかし、事件から声明の発表まで10年以上を要したことや、その声明の内容を踏まえると、事件そのものについて十分な検証が行われたとは考えにくい。この事件が、カウンター運動の問題点を考える上での原点なのだが。

共産党は、「事件はなかった」という説明を信じていた可能性が高いのではないか。

私の推測が当たっているとすれば、日本共産党が部落解放同盟による暴力には対峙しながら、しばき隊による暴力については問題視しなかった理由も、一応の説明がつくのである。

◆飲酒を続け、最後は……

2014年12月16日深夜に発生した「M君暴行事件」については、大阪高等裁判所も、その際に激しい暴力行為があったことを事実認定している。以下、高裁判決を紹介しよう。

第1審(大阪地裁)も第2審(大阪高裁)も、判決の方向性は同じである。李氏がM君を殴った事実はなく、共謀性も認められないというものだった。ただ、高裁の判決は、事件当日の李氏の言動をより詳細に認定している。「殴った」とする鹿砦社報道は事実ではないとしながらも、はからずもこの事件の性質を浮彫にした。どのような状況の下で、Aが暴行に及んだのかが、事実に即して司法認定されたのである。

たとえば次の新しい事実認定である。

【引用】「被控訴人(注:李氏)は、Mが本件店舗に到着した際、最初にその胸倉を掴み、AとMが本件店舗の外に出た後、聞こえてきた物音から喧嘩になっている可能性を認識しながら、飲酒を続け、本件店舗に戻ってきたMがAからの暴行を受けて相当程度負傷していることを確認した後、「殺されるなら入ったらいいんちゃう。」と述べただけで、警察への通報や医者への連絡等をしないまま、最後は負傷しているMを放置して立ち去ったことが認められる。

この間、BやCはAに対し暴力を振るわないよう求める発言をしているが、被控訴人が暴力を否定するような発言をしたことは一度もなく、被控訴人は遅くともMが本件店舗内に戻った時点では、MがAから暴行を受けた事実を認識していながら、殺されなければよいという態度を示しただけで、本件店舗外に出てAの暴行を制止し、又は他人に依頼して制止させようとすることもなく、本件店舗内で飲食を続けていた。

このような被控訴人の言動は、当時、被控訴人が金による暴行を容認していたことを推認させるものであるということができる。」(略)(控訴審判決、7P、裁判所の判断)

さらに高裁は、李氏による次の言動も新たに認定している。

【引用】「被控訴人は、Cと話をしていたが、カウンター席の奥でAとMが立ち上がり言い争いになり、Bが間に入って止めたことや、AとMが本件店舗から出て行くことを見ていた。被控訴人は本件店舗内に残ったBに対して「ぼんちゃんは座って」などと声をかけていた。」(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

BはAによる暴行を止めようとしていたのである。そのBの行動を李氏が制止したことが、控訴審判決で新たに認定されたのだ。

さらにAによる暴行の後、店舗を立ち去る場面に関して、控訴審判決は新しい認定を行った。1審判決では、李氏、C、それにDの3人が、AとBに「帰るで」と声をかけたと認定していたが、高裁判決はそれを取り消し、李氏が「帰るで」と声をかけたと認定した。次のくだりである。

【引用】「被控訴人(注:李氏)が、AとBに対し、「帰るで」と告げて、C及びDと共に、負傷しているMの側を通り過ぎて……」(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

この記述から李氏がカウンター運動のリーダーであったことが推測できる。これらの認定を踏まえて、大阪高裁は賠償額を50万円減額した。その理由を次のように控訴審判決の中で集約した。

【引用】被控訴人(注:李氏)は、本件傷害事件と全く関係がなかったのに控訴人により一方的に虚偽の事実をねつ造されたわけではなく、むしろ、前記認定した事実からは、被控訴人は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。

本件において控訴人の被控訴人に対する名誉毀損の不法行為が成立するのは、被控訴人による暴行が胸倉を掴んだだけでMの顔面を殴打する態様のものではなかったこと、また、法的には暴行を共謀した事実までは認められないということによるものにすぎず、本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、AによるMに対する暴行については、これを容認していたという道徳的批判を免れない性質のものである。」(控訴審判決、10P、裁判所の判断)

繰り返しになるが、M君暴行事件が、カウンター運動のあり方を考えるための原点なのである。避けて通れない事件なのだ。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)2026年7月8日記

リンチ事件から1年余り、上記写真の3人はじめ加害者に連携する者らの必死の隠蔽工作により事件はなかったもののように表面化しませんでした。何よりも関西にいる私たちも知りませんでした。実は社内に入り込みスパイ活動を行っていた者さえいたという、笑い話にもならない笑止千万な事実もありました(詳しくはリンチ関連本や「デジタル鹿砦社通信」内の「しばき隊リンチ事件」の項を参照してください)。それほど隠蔽工作は徹底していました。

M君に近づいた大手メディア関係者もいましたが弄ばれただけでした。万策尽きようとしたところで、鹿砦社主催の市民向けゼミナールに時折参加していたОさんが、M君の心情を察し私たちのところに持ち込んできて、私たちの知るところとなりました。事件があったのが2014年師走、Оさんが私たちのところに来たのが翌々年の1月、1年余りも経っていました。

この1年余りの間の被害者М君の心情には今でも心が痛みます。驚いた私たちは即座に行動を開始、特別取材班を結成し、M君らが持ち込んだ資料の精査から始め事実関係の調査・取材をスタートした次第です。

この件、話し始めたら長くなりますので、かいつまんで申し述べるに留めますが、メディア・出版関係者で関心を持ち私たちに理解を示してくれたのは黒薮さんや山口正紀さん(故人。元読売記者。裁判所に意見書提出)、野田正彰先生(精神医。裁判所にM君の精神鑑定書を提出)、寺澤有さん(ジャーナリスト)、森奈津子さん(作家)ら数少なかったです。ある公立病院の在日の医師は、その正義感から、みずからのSNSで公然と被害者擁護、加害者(に与する者ら)批判を繰り広げるや病院に嫌がらせの電話が殺到したりで、病院に迷惑を掛けれないとSNSを閉じられました。

おそらく声を挙げたくても挙げれなかった人も少なくはないと思われます。当時のしばき隊、あるいは親しばき隊を中心とする加害者側人脈は元気過ぎるほど元気でした。黒薮さんも仰っているように、この事件は、社会運動と暴力の問題を考える場合、試金石といえるもので、けっして避けては通れない重要な問題です。いくら口先で「暴力反対」と言っても、現実に身近で暴力事件が起きた際に、いかに真剣に対応するのか、このリンチ事件は、このことをリアルに突き付けていると思います。

1970年代初めから幾多の暴力の場面に遭遇し、みずからもその被害を被り病院送りにされ、そうして新左翼間、あるいは新左翼と共産党(この学生・青年組織「民青」)間の、いわゆる「内ゲバ」の時代を迎え社会運動は壊滅的な打撃を被りました。この反省から、この国の社会運動から暴力はなくなっていったものと思っていましたが、M君リンチ事件で〈悪夢〉が甦りました。私は、いてもたってもおれず被害者M君支援、これを裏打ちする真相究明に当たることにした次第です。

ちなみに、現在、M君は、博士課程は何とか修了しましたが、集団リンチのPTSDに苛まれ学究の道を諦め、ブルーカラーに近い給与所得者として生活しています。小出版社の非力を思い知ると共に、加害者を援護し被害者に力を貸さなかったマスメディアの皆さん方の非情さを遺憾に思う次第です。マスメディアの方々は何を迷ったのか!? 加害者らに一切の理はありません!

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

共産党を名乗る人々は本当に共産党員だったのか、「反差別運動」についての共産党の見解

黒薮哲哉

日本共産党は、7月2日、機関紙『しんぶん赤旗』で、「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」と題する声明を発表した。これは、共産党員とされる一部の人々が、インターネット上で共産党を名乗り、「レイシスト」や「差別者」を品位を欠く言葉で糾弾する行為について、党として公式見解を示したものである。見解の表明は、あまりにも遅きに失した感を免れないが、過去の過ちを認めたこと自体は評価できる。

声明は、「日本共産党員が『暴力行為を連想させるようなパフォーマンス』を行ったり、それを支持したりすることは、わが党綱領、党規約および中央委員会総会の決定と相いれないものであり、また、わが党に対する信頼を傷つける」と結論づけている。

実は、「レイシスト」や「差別者」を探し出してインターネット上で誹謗中傷する行為は、私が調べた限りでは、少なくとも2014年ごろには始まっていた。同年12月の深夜、しばき隊のメンバーが大阪市・北新地で大学院生に殴る蹴るの暴行を加え、瀕死の重傷を負わせた。数年後、私がこの事件の取材を始めたところ、私の名前も「レイシスト」としてSNS上で公開された。そして、「今夜もレイシストをやっつけて、酒がうまい」といった投稿がなされた。

大学院生に暴力を振るったメンバーが共産党員だったかどうかは知らない。しかし、共産党の池内沙織衆院議員(当時)がしばき隊と親密な関係にあったことは、鹿砦社取材班の取材によって明らかになっている。また、小池晃議員が、しばき隊のTシャツを着て演説している写真も存在する。

私は、この状況に強い違和感を覚えた。かつて共産党は、部落解放同盟による暴力に対して毅然とした態度で臨んでいたからである。

その後、取材を重ねるにつれ、しばき隊と共産党との関係は、客観的な事実として認識せざるを得なくなった。

◆共産党を名乗る人々による「反差別運動」

ただ、共産党を名乗る人々による「反差別運動」を見るにつけ、私はある疑念を抱くようになった。その発端となったのは、ある人物から聞いた話である。

その人物によれば、保守界隈では過激な「反差別運動」を歓迎する向きがあるという。選挙現場やSNS上で「炎上」を引き起こすことで共産党のイメージダウンを図ることができ、その反作用として保守陣営の支持率向上につながる、というのである。

この話を聞いたとき、共産党員を名乗って暴言を吐く行為は、何者かが意図的に仕組んだ共産党攻撃のイメージ戦略ではないかと考えるようになった。そして、共産党内部に相当数のスパイが潜入している可能性も疑うようになった。

共産党は公安警察の監視対象となっている組織である。そのため、組織内部にスパイを潜入さて、内部から党を崩壊させる戦略が実行されていても不自然ではない。

◆イメージによる世論誘導

仮に共産党が民主集中制を採用していなければ、「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」と題する声明も発表されなかったのではないか。このまま腐敗へと突き進み、終焉を迎えていた可能性が高い。

民主集中制に対する批判は少なくない。しかし、政党が一つの理念を実現するための組織である以上、一定の規律を維持する制度として民主集中制には合理性がある。党の理念に賛同できないのであれば、党を離れて新党を結成すればよい。それだけの話だ。学校などの公共組織に民主集中制を導入すれば「独裁」となりかねないが、政党という任意団体では事情が異なるだろう。

共産党の支持率が低下してきた背景には、SNS上などで「共産党員」を名乗る人々が作り出したイメージに、有権者が幻滅したことがあるのではないか。ウクライナや中国、ベネズエラ、それにパレスチナ(特にハマスの評価)などについての共産党の見解は完全に間違っていると思うが、国内の時事問題についての見解は、おおむね正しい。それにもかかわらずイメージによる世論誘導の前には、ほとんど対策がない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月4日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)

いわゆる「しばき隊リンチ事件」は、私たちに、いろいろな教訓を与えました。当時、黒薮さんが指摘するまでもなく「しばき隊」と共産党は強く連携していました。証拠の画像は多々あります。また、当時、多くの知識人やジャーナリストらに質問状を送り、共産党関係では、しばき隊とのつながりが強いとされた池内さおりと志位和夫に出し、回答がないので両事務所に電話で催告をしたところ、「党の判断で答えない」という回答を得ました。共産党は今頃、しばき隊との関係を切ると言っていますが、遅いと言わざるをえません。М君リンチ事件について、真摯に取り組むべきでした。

また、黒薮さんが引き合いに出されている事件(「八鹿高校事件」)で、私の先輩も巻き込まれ(解放同盟に批判的ではない人でしたが)暴行を受けていますので他人事ではありません。この事件もМ君リンチ事件も、「反差別」運動を考える場合、どうしても避けて通れない問題です。なお、黒薮さんとは認識が異なるのですが、当時、共産党が暴力に立ち向かったというのは事実ではなく、「あかつき部隊」という暴力部隊を組織していたように、今では考えられないほど暴力的でした。

あるノーベル賞受賞者の甥っ子の先輩は師走の酷寒の中、激しいリンチを受け、一時は医者も見放すほどでした(奇跡的に回復)。さらには、当の私自身、早朝ビラ巻きを始めようとしたところ集団で襲われ、一緒にビラ巻きしようとしていた仲間と共にリンチを受け病院送りにされ数日入院を余儀なくされました。

いずれも1970年代の昔話ですが、こうしたことの反省から、わが国の社会運動から暴力はなくなったと思っていたところ、М君リンチ事件を知り、義憤で長年係ることになりましたが、10年経っても何も変わっていないということでしょうか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

新たな冷戦に向かうのか?――ウクライナ、中国、ベネズエラと世界秩序をめぐる争い

ビクトル・M・ロドリゲス

アンドリュー・コリブコは、ウクライナ戦争が多極化する世界への移行を加速させたと主張する。一方で、その動きに対しアメリカは、新たな地政学的圧力の手法を通じて自らの影響圏を強化することで対抗していると警告する。

アレシャンドレ・ガランチとの長時間にわたる対談の中で、このアナリストは、現在の国際紛争、ヨーロッパの将来、そして競争が激しさを増す世界情勢におけるブラジルの役割について、議論を呼ぶ見解を提示している。

注:アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
アメリカ出身の地政学アナリスト。ハイブリッド戦争、多極化、米中露関係、ユーラシア情勢などを主な研究対象としています。ロシア寄りの視点から国際政治を論じることが多く、ウクライナ戦争やBRICS諸国、グローバル・サウスに関する分析で知られている。

注:アレシャンドレ・ガランチ(Alexandre Galante)
ブラジルのジャーナリスト・軍事評論家。軍事・安全保障・国際政治を専門とし、ブラジルの防衛・航空宇宙分野のメディアで活動している。軍事技術や地政学に関するインタビューや解説記事を数多く手がけており、本稿の対談では聞き手を務めた。

もはやウクライナ戦争は、モスクワとキーウの間の領土紛争としてだけ捉えることはできない。また、民主主義と権威主義の単純な対立として説明することもできない。

ハイブリッド戦争や大国間競争の研究で知られるアンドリュー・コリブコによれば、いま問われているのは、今後数十年にわたって形成される国際秩序そのものの姿である。

この見方では、ウクライナは世界的な転換期を象徴する最大の地政学的実験場となっている。そこでは、一見すると相反する二つの力学が同時に進行している。ひとつは世界の多極化の進展、もうひとつは、新たな勢力圏の台頭に直面するアメリカが、自らの戦略的主導権を維持・強化しようとする動きである。

コリブコはこう述べる。

「世界システムが多極化へ向かう流れは、ロシアの軍事作戦以前から始まっていた。しかし、その後に起きた一連の出来事によって、その移行は前例のない速度で加速した。」

ただし彼は、西側の衰退を楽観的に語るわけではない。むしろ、ワシントンは欧州やアジアの同盟国に対する政治・軍事面での統率力を強めることで対応してきたと指摘する。

こうしてウクライナ戦争は、東欧の地域紛争という枠を超え、より大きな世界規模の覇権争いの震源地として位置づけられるのである。

◆ウクライナ――終わりの見えない消耗戦

コリブコは、この紛争が、ユーロマイダンへとつながった政治過程に伴う「ハイブリッド戦争」の段階から、大規模な通常戦争へと発展したとみている。しかし同時に、制裁、情報戦、外交的圧力、さらには新たなテクノロジーを通じて、ハイブリッド戦争の手法そのものは今なお機能し続けていると指摘する。

また、和平交渉の見通しについては極めて悲観的だ。アメリカとウクライナは停戦による戦線の固定化を目指している一方、ロシアはドンバス全域の支配が保証されない限り、いかなる合意も不十分だと考えているという。この戦略的な隔たりが、早期の外交的解決を難しくし、長期対立の危険性を高めている。

さらに彼によれば、モスクワは停戦が実現したとしても、それが西側諸国によるウクライナ再軍備の時間稼ぎとなり、将来的にロシアとの代理的対立を再開する準備に利用されるのではないかと疑っている。

その結果、この戦争は単なる一時的な危機ではなく、新たな欧州秩序を支える構造的要素の一つになりつつあるように見える。

◆ヨーロッパ――軍備を強化する一方で脆弱性も増す

コリブコの分析の中でも特に議論を呼びそうなのが、2022年以降のヨーロッパの立場に関する見解である。彼は、この戦争によってヨーロッパの戦略的自立性が高まったのではなく、むしろワシントンへの依存が深まったと主張する。

彼の見方では、欧州連合(EU)はアメリカ主導の安全保障体制の中で、より従属的な役割を担うようになった。ただし、その一方で欧州諸国には、防衛面でこれまで以上の負担と責任を引き受けることが求められている。

その文脈の中で、彼は三つの並行した動きを指摘する。

・イギリス主導による北極圏・バルト海地域の連携強化
・ポーランドによる地域的影響力の回復への試み
・トルコがコーカサスおよび中央アジアへの影響力を拡大する動き

コリブコによれば、この戦争はヨーロッパを安定化させるどころか、むしろ新たな地政学的再編の時代を切り開いた。そして、その帰結がどのようなものになるのかは、いまだ見通せないままである。

◆台湾――次なる世界的対立の火種

ウクライナが現在の最大の紛争だとすれば、台湾は将来における最大の緊張の焦点となるかもしれない。

コリブコは、米中対立はすでに経済や技術の領域を大きく超え、恒常的な戦略的対立の段階に入ったと考えている。

彼の分析によれば、トランプ政権は中国の台頭を封じ込めるため、いわば「アジア版NATO」とも呼べる枠組みの構築を進めている。一方の北京は、ウクライナ戦争から得られる軍事・経済・外交上の教訓を注意深く研究しているという。

その中でも特に重要なのは、たとえ同盟国自身に大きな経済的負担を強いることになっても、ワシントンが同盟国や友好国を結集させる能力を示した点である。

もう一つの教訓は、現代戦争を大きく変えつつある技術革新だ。コリブコは次のように語る。

「ドローンは、この世代の軍事革命を主導してきた。」

そして、もし台湾海峡で危機が発生すれば、その戦いは高度な技術色を帯び、無人システムがこれまで以上に大きな役割を果たすことになるだろうと予測している。

◆イラン、ベネズエラ、そしてハイブリッド戦争の拡大

コリブコの中東およびラテンアメリカに対する見方も、世界規模の戦略競争という枠組みの中で理解されている。

イランについては、ロシアと中国を中心とする結束した「ユーラシア陣営」が存在するという見方を否定する一方、両国の間に重要な協調関係があることは認めている。

彼の見解では、もしテヘランがワシントンとの関係改善に向かうならば、それはユーラシアの地政学的均衡を根本から揺るがすほどの衝撃をもたらす可能性がある。

一方、ラテンアメリカに関しては、アメリカがこの地域への関与を一段と強めているとみている。コリブコは、ニコラス・マドゥロの拘束(※原文の表現)を、西半球におけるアメリカの影響力を回復するための長期戦略の一環として解釈している。

彼はこの政策を「コンドル作戦2.0」と呼び、その目的は、ラテンアメリカをアメリカにとっての戦略的な資源供給地、市場、そして政治的安定の基盤として再編することにあると説明する。さらに、制裁、軍事的圧力、情報戦、選択的介入を組み合わせる手法は、彼が長年研究してきたハイブリッド戦争からの逸脱ではなく、そのより強力な進化形だという。

コリブコはこう主張する。

「目的は、抵抗する国々にアメリカの要求を受け入れさせることにある。」

◆多極化時代の課題に直面するブラジル

この世界的な勢力図の中で、ブラジルはグローバル・サウスを代表する重要なプレーヤーの一つとして位置づけられている。コリブコはブラジルを、正当な自主性への志向を持つ新興大国と評価する一方で、外部勢力の影響を受けやすく、国内には深刻な政治・社会的分断を抱える国でもあるとみている。

彼によれば、ブラジル外交の最大の課題は、アメリカ、中国、ロシア、その他の主要国との実利的な関係を維持しながら、激化する陣営間対立に巻き込まれないことである。

そのための参考例として彼が挙げるのが、インドの「マルチアライメント(多方面連携)」戦略だ。これは複数の大国と緊密な関係を築きつつも、自国の外交的自立性を損なわないことを目指すアプローチである。

コリブコは、ブラジルが優先すべき課題として次の三点を挙げている。

・戦略的重要資源に対する主権的管理を維持すること
・イデオロギー色を抑えた現実的な外交を展開すること
・国際的な大規模紛争に対して実利的な中立姿勢を取ること

◆形成されつつある新しい世界

アンドリュー・コリブコの見解には賛否があるだろう。しかし彼の議論は、国際社会が歴史的な転換期にあるという認識を、ますます多くの国際政治アナリストが共有し始めていることを示している。ウクライナ戦争、台湾海峡をめぐる緊張、中東の不安定化、そしてラテンアメリカをめぐる競争――これらはもはや個別の出来事ではない。

それらはすべて、「21世紀のルールを誰が決めるのか」をめぐる一つの世界的競争の異なる側面なのである。もはや問題は、世界が新たな地政学的秩序へ向かうのかどうかではない。その移行が、

・どのような条件の下で進むのか
・どの勢力が主導権を握るのか
・どれほどの代償を伴うのか

という点に移りつつある。そしてその過程において、ヨーロッパやラテンアメリカ、新興国は単なる傍観者ではいられない。

多極化が進展する一方で、それを抑え込もうとする圧力も強まるなか、自らの戦略的自立性をどこまで守り抜く意思があるのか――各国はその選択を迫られているのである。

▼執筆者:ビクトル・M・ロドリゲス
ジャーナリスト兼ディレクター:Pildoras Digitales 、ウルグアイ報道協会編集委員:APU

Fuente: https://siquesepuede.jimdofree.com/2026/06/11/hacia-una-nueva-guerra-fr%C3%ADa-ucrania-china-venezuela-y-la-disputa-por-el-orden-mundial/

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

『紙の爆弾』https://kaminobakudan.com/
『季節』https://www.amazon.co.jp/dp/B0GZZQWL9T/

毎日新聞「押し紙」訴訟 補助金処理のグレーゾーンが浮上、原告が請求根拠を変更

黒薮哲哉

兵庫県阪神地区の毎日新聞元販売店主が、「押し紙」による損害を受けたとして毎日新聞社に約1億6000万円の損害賠償を求めている訴訟の口頭弁論(ウェブ会議方式)が、6月29日に開かれる。この裁判では、毎日新聞社も元店主に対し、新聞代金の未払い分の支払いを求めて反訴している。

口頭弁論に先立ち、元店主側の弁護団(江上武幸弁護士ら)は第11準備書面を提出した。

第11準備書面(PDF)

同準備書面では、原告が損害賠償請求の法的根拠を変更した経緯について言及している。

原告は当初、独占禁止法に基づく新聞特殊指定を根拠として損害賠償を請求していた。新聞特殊指定が「押し紙」を禁止しているとの主張によるものである。

しかし審理の過程で、毎日新聞社が「押し紙」によって販売店に生じた損害について、新聞代金の未払いではなく補助金の未払いとして経理処理していたことが明らかになった。そのために、優越的地位の濫用という一般的な独禁法違反として構成し直した

これら一連の背景については、江上武幸弁護士が次の記事で詳しく解説している。

【参考記事】毎日新聞押し紙訴訟の報告 毎日新聞社、押し紙解消に向けて方針転換か?

この記事によると、毎日新聞社には、「押し紙」によって販売店に生じる損害を「折込広告の水増し収入」と補助金によって相殺する仕組みが存在するとされる。

名目上、「押し紙」の存在を認めることができないため、このような経理処理によって新聞特殊指定への抵触を回避してきた可能性がある。

毎日新聞に関する記事一覧

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月23日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

ペプシコーラとロシア

ロベルト・トロバホ・エルナンデス

冷戦の真っただ中、20世紀で最も奇妙で、あまり知られていない商業史の一つが起こった。アメリカとソ連が政治、軍備、宇宙開発で競い合っていた一方で、あるアメリカ企業がソ連市場への参入に成功した。その企業とはペプシだった。

出典:PEPSI y RUSIA

すべては1959年、モスクワで開催されたアメリカ国民博覧会から始まった。当時のアメリカ副大統領だった Richard Nixon は、ソ連の指導者たちに西側諸国の製品を紹介していた。その視察の途中で歴史的な場面が生まれる。ニクソンはカメラの前で Nikita Khrushchev にペプシを一杯差し出したのだ。その写真は世界中に広まり、ソ連とアメリカ企業との予想外の商業関係の始まりとなった。

しかし、そこには大きな問題があった。ソ連の通貨ルーブルは国際市場で自由に利用できなかった。そのため、ソ連は他の西側諸国のように何百万ドルもの代金をペプシに支払うことができなかったのである。そこでソ連側は、当時らしい独特な解決策を見つけた。それは「ウォッカで支払う」というものだった。

こうして、冷戦時代でも特に奇妙な取引の一つが誕生した。ソ連国内でペプシを製造・販売する権利と引き換えに、ペプシはアメリカにおける Stolichnaya ウォッカの独占販売権を獲得した。長年にわたり、ロシア産ウォッカの売上がソ連におけるペプシ事業を支える資金源となったのである。これは、東西に分断された世界の中で、外交・商業・文化宣伝が入り混じった取引だった。

しかし、話はそこで終わらなかった。

1989年、ソ連崩壊の直前に契約の更新時期が訪れた。両国間の貿易は依然として複雑であり、モスクワはこの契約を維持する必要があった。そこで、さらに驚くべき解決策が提案される。ソ連は支払いの一部として、退役した海軍艦隊の一部を提供すると申し出たのだ。

新しい契約には、潜水艦、駆逐艦、そして複数のソ連艦船が含まれていた。これらは後に西側企業へスクラップとして売却されることになっていた。数日の間、アメリカのメディアは「ペプシが世界で7番目に大きな海軍を保有することになった」と冗談交じりに報じた。

出典:PEPSI y RUSIA

もちろん、ペプシが実際にその潜水艦を運用したことはない。しかし、この出来事は国際貿易史上でも特に風変わりなエピソードとして語り継がれている。

さらに、ソ連におけるペプシの存在は文化的にも大きな影響を与えた。何百万人ものソ連市民にとって、この飲料は大規模に入手可能となった最初期の西側製品の一つだった。それは、世界的な対立の時代であっても、文化交流や経済交流が予想外の道を切り開くことができることを示す象徴だったのである。

ロベルト・トロバホ・エルナンデス

▼筆者紹介 ロベルト・トロバホ・エルナンデス(Roberto Trobajo Hernández)
世界ジャーナリスト会議(WJC)ラテンアメリカ・カリブ地域ディレクター、AL PRESS代表(CEO)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

《書評》歴史は山上徹也をどう裁くのか、鈴木エイトの『アンビバレント』を読む

黒薮哲哉

ルポルタージュを読んでいて時々お目にかかるのが、まるで詳しい年表を読んでいるように味気ない作品である。とにかく情報が詰まっている。しかも、同じ密度で記述されているので、読み物としては単調になりがちである。

鈴木エイトの『アンビバレント』(講談社)は、その対極にある作品である。巧みな構成により、ひとつの書籍の中で二つのドラマが並行して展開する。ひとつは、山上徹也被告の十五回にわたる公判から判決を経て、著者が拘置所で被告と接見するに至るドキュメンタリーである。単に裁判記録を紹介しているだけではなく、恐らく調書には残らない生の声も記録されている。たとえば、山上被告の母親が証言台に立った時の次の場面である。

「徹也には本当に申し訳ないことをしたと思っています」
「尋問は終わりにしますので、しばらく待機していてください」
裁判長の注意を無視して、母親は再び被告人席に向かって呼び掛けた。
「てっちゃん、ごめんね」
「ここはあなたが発言する場ではない。黙ってください」
 と、裁判長から厳しく注意を受ける母親。

この時、山上被告は涙を浮かべていたという。第十三回公判では、安倍晋三元首相の妻・安倍昭恵が入廷する。そして本書のクライマックスで、著者の鈴木エイトは拘置所で山上被告と向き合い、安倍元首相殺害とは何だったのかを問い直す。それは裁判や既存メディアの報道から浮かび上がる人物像とは異なる側面を示していた。

これら一連のエピソードと同時進行するもうひとつのドラマが、山上被告がどのような境遇で育ち、どのようにして安倍元首相殺害に至ったのかの事実検証である。山上被告の半生が、関係者の証言を通して再構成されている。そこでは宗教二世の悲劇が具体的なエピソードによって語られる。

本書は、単に事件を忠実に記録したという域を超えて、複雑な事件を整理し、意味づけし、秩序立てて読者の前に提示した。ジャーナリズムの手本にほかならない。それを可能にしたのは、長い歳月を費やした取材と対象への執念ではないだろうか。

私的な話になるが、中米のニカラグアにも山上被告と同じようにテロに走った青年がいる。リゴベルタ・ロペスという詩人である。ロペスは一九五六年、上流階級の豪勢な宴会に紛れ込み、至近距離から独裁者アナスタシオ・ソモサを銃殺した。ソモサは当時、長期独裁体制を築き、ニカラグアの政治から、軍事、産業までを一族で支配していた人物である。米国の強い支援を受けながら統治を続け、貧しい人々の血を吸いとる売国奴と見なされていた。

リゴベルタ・ロペスは事件後、即座に射殺された。その後、一九七九年にソモサ独裁政権が革命によって崩壊すると、リゴベルタ・ロペスの名はよみがえった。国民的英雄となったのである。

詩人という肩書が付されているので、私は彼の詩作を調べてみた。しかし、後世に残るような作品は見当たらなかった。なぜ「詩人」なのか。この答えをニカラグアの人に尋ねてみると、詩人という言葉の意味が日本とは異なることが分かった。詩人とは、純粋な魂を持ち、不正を容認せず、真実に忠実な人のことなのだという。

テロという行為そのものが正当化されることはない。しかし、その背景や動機についての歴史的評価は、時代とともに変化する可能性がある。本書『アンビバレント』は、そのことを考えるための重要な材料を提供している。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

西日本新聞押し紙訴訟福岡高裁判決(敗訴)のお知らせ

江上武幸(弁護士)

去る5月28日(木)に西日本新聞販売店(佐賀県)の押し紙訴訟の福岡高裁判決が言い渡されました。地裁判決に続き販売店の敗訴でした。

*昨年7月3日に言い渡された西日本新聞販売店(長崎県)の押し紙訴訟の福岡高裁判決(敗訴)については2025年(令和7年)7月8日付で投稿した報告をご一読ください。

西日本新聞社は長崎県販売店に対して毎年4月と10月に前後の月より200部多い部数を供給してABC部数や折込部数の水増しを図っており、佐賀県販売店には社が決めた部数を供給していたことから販売店勝訴の可能性が十分あると判断して提訴しましたが結果は地裁・高裁とも全面敗訴判決でした。非常に残念です。

地裁では係属した部によって判断が異なることを見越して併合申立は行わず別々の裁判体で判決をうけるようにしました。しかし高裁では第3民事部で審理することになりましたので同じ結論になることは当初から予想されました。

長崎県販売店の判決を言い渡した裁判長は久留島群一裁判官で陪席は山下隼人・渡辺典子裁判官でしたが、久留島裁判長は令和8年2月6日付で定年退官されており、今回の佐賀県販売店の判決を言い渡した裁判長は大分地方・家庭裁判所長から転勤してこられた岡部純子裁判官でした(陪席裁判官2名は変更ありません。)

今回の裁判で特筆すべき出来事は岡部裁判長が結審当日、突如、西日本新聞社の代理人弁護士に対し和解の可能性を打診されたことです。

それに対し西日本新聞社側代理人弁護士は即座に和解の打診を拒否する旨を回答しました。通常の民事裁判の場合、裁判長から和解の打診を受けた代理人弁護士は依頼者の意向を確認したうえで回答するのが一般的ですが西日本新聞社側代理人弁護士は即座に拒否しました。西日本新聞社側が敗訴の可能性はみじんも感じていないことを示しています。

岡部裁判長も西日本新聞社側を敗訴させるつもりであればもっと強く和解をすすめるはずですがあっさりと引き下がられたことから販売店敗訴判決は既定の方針であったことが伺えます。

私どもが経験した押し紙裁判で新聞社側に和解を勧告した裁判長は佐賀新聞押し紙訴訟勝訴判決を言い渡した佐賀地裁の達野ゆき裁判長と今回の福岡高裁の岡部裁判長の二人だけです(注:佐賀新聞押し紙訴訟控訴審裁判官の和解の打診は販売店勝訴の一審判決を高裁で維持することを避けるためであったと考えています)。

お二人とも女性裁判長ですので、今後、裁判官・書記官・事務官の職種を問わず裁判所内で女性の活躍の場が増えていけば庶民感覚にフィットした国民に開かれた裁判所が期待できそうです。

昭和30年に制定された独禁法の押し紙禁止規定は平成11年(1999年)に当時の公正取引委員会委員長根来泰周氏(元東京高検検事長)と日本新聞協会長渡邊恒雄氏(読売新聞社主)の時代に現在のように改定され骨抜きにされました(注:黒藪さん投稿の2025年9月26日付「公取委、『押し紙』の謎、1999年『新聞特殊指定』改定をめぐる交渉記録の存在を認める」の記事参照)。今回の高裁判決も平成11年改正の押し紙禁止規定を形式的に適用したこれまでの押し紙裁判の判決と同じ論理構成で特に目新しい判断は示されていません。

押し紙は新聞社経営の財政基盤を支えていますので新聞社による自主解決ができないまま今日に至っています。そのため公正取引委員会や国会あるいは司法関係者ら外部の人間(販売店側代理人弁護士・新聞社側代理人弁護士・担当裁判官)の力によって解決すべきですがそれも出来ていません。我が国の法の支配の網の目のほころびは遺憾ともしがたいです。

今後もメディア黒書のアーカイブに残してもらうため引き続き投稿させていただきたいと考えていますのでご支援のほどよろしくお願いします。

(参考資料)
■西日本新聞社佐賀県販売店押し紙訴訟福岡高裁判決
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2026/06/IMG_0001.pdf
■控訴理由書
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2025/11/nishi2511.pdf
■控訴理由補充書
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2025/11/Nish2511a.pdf
■福岡地方裁判所判決
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/12/oshigami-N2211.pdf
■訴状
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/12/oshigami-N2211.pdf
■押し紙一覧
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/12/oshigami-N.pdf
●資料:「押し紙」の定義に関する法律と規則
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/12/39fe715345bbcf0cebd881fb4f9aca57.pdf

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月13日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

浅野健一氏と『世界日報』(後編)―― 問われるジャーナリズムの整合性

黒薮哲哉

本稿は、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『世界日報』にコメントを寄稿していた問題の続編である。前編で筆者は、浅野氏のコメント内容の問題点を指摘した。浅野氏は、同志社大学の教授がセクハラ報道により自殺に追い込まれた事件についてのコメントで、「通常犯罪の調査報道やめよう」と呼びかけていたのである。前編は、次のURLからアクセスできる。

浅野健一氏と『世界日報』―― 統一教会機関紙への登場を検証する

◆ジャーナリストとしての浅野氏の姿勢

本稿では、あるひとつの事実を基にして、浅野氏の報道姿勢について検討する。浅野氏は、「一九八四(黒薮注:九月)に第一作『犯罪報道の犯罪』を出版した際、統一協会系の月刊誌『知識』から、『二百万円を提供するので、浅野さんの好きな取材をして連載を書いてほしい。その中に、戸塚ヨットスクールの報道被害を必ず入れてほしい』」という提案を受けた。(『紙の爆弾』、2024年10月号、浅野氏執筆)。しかし、この企画を断った。その後、同年11月21日になぜか同じ統一教会系の『世界日報』へ、「通常犯罪の調査報道やめよう」というコメントを寄稿したのである。

『知識』の企画を断ったのは、『紙の爆弾』の記述によると、浅野氏が統一教会の反社会性を認識していたからである。ところが、『世界日報』へのコメント寄稿には応じている。両方とも統一教会系の雑誌であるにもかかわらず、異なる扱いをしているのだ。

この点について浅野氏は、『紙の爆弾』への寄稿では何も書いていない。本来は、説明すべき事柄であるが。読者が最も知りたい点にほかならない。

以下、『紙の爆弾』の記事を引用しよう。浅野氏が『世界日報』へコメントした事実を念頭に置いて読んでみると、ジャーナリストとしての浅野氏の姿勢が輪郭を現わしたりにじんだりする。ジャーナリズムの真髄である真実の追求とはほど遠い印象を受ける。筆者には、浅野氏がどのような人物なのかさっぱり分からない。読者は、以下の記述を読んで何を感じるだろうか?

《一九八四年(黒薮注:9月)に第一作『犯罪報道の犯罪』を出版した際、統一協会系の月刊誌『知識』から、「二百万円を提供するので、浅野さんの好きな取材をして連載を書いてほしい。その中に、戸塚ヨットスクールの報道被害を必ず入れてほしい」という提案があった。私は原稿・講演を頼まれたら、応じるようにしているが、ヤクザと統一協会は受けないと決めている。

同志社大学の教授時代にも、学内に原理研があり暗躍していた。同大では入学式に学生自治会の学友会(ブンド系の伝統)の会長が新入生への挨拶で、「統一協会・原理研究会と日本共産党民主青年同盟には気を付けて騙されないように」と毎年言っていた。二階席から、毎年のように、民主青年同盟を誹謗中傷するな、と叫ぶ男性がいた。

山上氏の安倍氏への銃撃で、自民党と協会の癒着関係が明るみに出て、国政選挙のない「黄金の三年間」が、自民党の暗黒時代になった。ジャーナリズムの力が問われている。

『知識』は今も発行されているようだ。世界平和教授アカデミーの機関誌で、他に『世界平和研究』を発行している。カトリック中央協議会の声明によると、次のような系列紙(誌)があるとされる。

(世界日報、宗教新聞、新天地、週刊宗教、ファミリー、知識。また次のメディア媒体も公言または報道等により、統一協会系であることが知られる(順不同)。思想新聞(機関紙)、中和新聞、ワシントン・タイムズ(米国)、世界日報(韓国、日本)。

二階俊博元幹事長は「政治家は支持者を選べない」と居直ったが、二階氏は「過激派」「オウム」の支援も受け入れるのだろうか。

※黒薮注:この発言は、2022年7月の 安倍晋三銃撃事件 の後、自民党議員と旧統一教会との関係が大きな政治問題になった際のものだと思われる。

多くの自民・公明両党の議員たちが、統一協会系の雑誌・新聞を全く知らなかったと言っているのはウソだ。もし知らなかったら、その時点で政治家失格だ。私はネット検索がない三八年前に調べて、統一協会の誘いを拒否した。

政治家なら、それぐらいのチェックをすべきだ。そのために、秘書や事務所スタッフがいるのではないか。》

※統一教会による反社会的活動は、ウィキペディアによれば1978年ごろから顕在化したとされる。「先祖の因縁」や「たたり」を理由に、高額な壺や印鑑、多宝塔などを購入させられたという相談が、国民生活センターや各地の消費生活センターへ寄せられるようになった。共産党の『赤旗』も当時から統一教会を問題視していた。

※『知識』は、世界平和教授アカデミーの雑誌である。世界平和教授アカデミーは、1974年に文鮮明の提唱で創設されたとされる。

【参考記事】報道は誰のための記録か――浅野健一氏の逆立ちした匿名報道論

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月15日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

日本メディアはなぜ現場に行かないのか ―― ウクライナ報道と『押し紙』構造が映す政権依存

黒薮哲哉

5月23日付のロシアメディア「Sputnik」(X投稿)は、日本政府が「自国の特派員らに対し」、ウクライナ軍による大学への攻撃について「現地での報道・取材を禁止したことを示す情報を、ロシア当局が入手した」と報じた。

実際、19カ国から約50人の記者が、ウクライナ軍による教育施設攻撃の現場を取材したが、日本の記者は一人も参加しなかったという。取材は、ロシア当局が記者団を現地へ案内する形で実施された。

ちなみに、BBCは公式に参加を拒否し、CNNは担当記者が休暇中であることを理由に参加しなかったという。

参加国は、米国、オーストリア、英国、フィンランド、フランス、ハンガリー、ドイツ、ギリシャ、スペイン、イタリア、中国、パキスタン、トルコ、カタール、レバノン、アラブ首長国連邦、キューバ、ベネズエラ、ブラジルなどである。日本だけが、一人の記者も参加しなかった。

日本のメディアが「政府広報」に近づいている実態が、改めて浮き彫りになった。取材をしたうえで記事化しないのであれば理解の余地はある。しかし、取材そのものを行わないのは異常である。どのような形であれ、まず現場に足を運び、事実を確認しようとするのが報道機関の原則ではないか。

◆メディアが政府広報に近づいている背景

日本のメディアが政府広報に近づいている背景には、新聞社(系列テレビ局を含む)が、公権力から経営上の優遇措置を受けている事情がある。そして、その優遇措置が廃止されれば、新聞社経営そのものが成り立たなくなる構造がある。

優遇措置の代表例として、次の点が挙げられる。

1.新聞に対する消費税の軽減税率(8%)。

2.教育現場での教材としての新聞の使用。これについては学習指導要領に記されている。

3.新聞の再販制度の維持。これが廃止されれば、販売店と新聞社の力関係が変化し、新聞社は「押し紙」政策を維持できなくなる。

4.押し紙」を事実上放置してきた国策。

「押し紙」が新聞業界にもたらす莫大な利益については、「メディア黒書」で繰り返し報じてきた。試算によれば、中央紙全体で「押し紙」率が20%の場合、利益は約424億8000万円に達する。40%であれば約850億円規模となる。しかも、これらは控えめに見積もった数字である。

【参考記事】「真村訴訟が暴いた新聞業界の『押し紙』構造――不正利益は400億円超、公権力によるメディアコントロールの温床に」

もっとも、「押し紙」によって生じる販売店側の損害の多くは、新聞社による補助金で補填されている。しかし、この仕組みが崩れれば、紙面広告価格の低迷に加え、販売店網そのものの維持も難しくなる。

※新聞社が補助金をカットすれば、販売店は「押し紙」で自滅する仕組になっている。

「押し紙」問題は、日本のマスコミを分析するうえで欠かせない要素である。単に新聞販売の問題ではない。ジャーナリズムの大問題なのである。仮に政府に対して本格的に批判的な新聞社が現れた場合、公権力は「押し紙」問題への介入をちらつかせることで、報道をコントロールできる。この構図がメディアコントロールの温床なのだ。

「押し紙」問題を解決しない限り、記者個人がジャーナリストとしての自覚を高めたとしても、真実の報道はできない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月27日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

浅野健一氏と『世界日報』(前編)―― 統一教会機関紙への登場を検証する

黒薮哲哉

同志社大学の元教授・浅野健一氏が、顔写真入りで『世界日報』(1984年11月21日付)にコメントを提供していたことが分かった。『世界日報』は統一教会の機関紙である。

ジャーナリストが自分の記事やルポを発表する媒体に制限はない。媒体の編集方針に迎合して自らの主張を曲げない限り、記事の内容そのものがおかしい場合を除いて、原則として問題はない。しかし、浅野氏の場合には二つの考察点がある。

『世界日報』に掲載された浅野氏のコメントは、日本の刑事裁判に対する批判と犯罪報道の在り方に関するものである。この点に踏み込む前に、『世界日報』が浅野氏にコメントを求めるに至った事件を紹介しておこう。

昭和55年9月、朝日新聞と毎日新聞は、同志社大学の教授が15歳の少女を催眠にかけていたずらをしたとする趣旨の記事を掲載した。教授は無実を訴える遺書を残して自殺した。その後、教授の遺族が名誉毀損を理由に朝日新聞社と毎日新聞社を提訴したが、事件は和解によって解決した。

浅野元教授は、刑事裁判について、「もし、その人が百パーセント確実に犯罪者だとしても、その人を裁くのは国家権力であり、国家権力は法律を厳守して行う」(略)、「警官や検察官、裁判官でもその判断が間違うことがある」と述べ、それを前提に、「何の専門的訓練も受けていない新聞記者が」彼らに代わって判断を下してはいけないと述べている。

このような見解を踏まえた上で、浅野氏は次のように結論付けている。

「こうした悲劇を防ぐには、新聞は通常犯罪事件の調査報道をやめるよう提言したい。」

「通常犯罪事件」が具体的に何を意味しているのかはよく分からないが、霊感商法や壺、判子などの悪徳商法もその範疇に含まれないのだろうか。前出のセクハラ事件も、含まれる可能性もある。コメントを通じて、事件を報じた朝日・毎日を批判しているからだ。

また、「警官や検察官、裁判官でもその判断が間違うことがある」と述べていながら、浅野氏はこれまで数多くの訴訟を提起してきた。刑事告発も頻繁に行っている。ある同志社大学の関係者は、同志社大学在職中に複数の訴訟を起こしていたと話している。そのために多くの人が恐れているとも語っている。(つづく)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月11日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu