『石ころの慟哭』出版差し止め問題 争点となったエクセルファイルの著作権

黒薮哲哉

同志社大学の元教授・浅野健一氏が、あけび書房に対して出版差し止めを求めている事件の続報である。既報してきたように、浅野氏は、あけび書房が刊行した『石ころの慟哭』(辻井彩子著)の中に、自身に著作権がある記述が使用されているとして、出版差し止めの仮処分を申し立てた。これに対し、あけび書房は、『石ころの慟哭』の記述は、辻井氏が執筆した裁判記録に基づくものであると反論してきた。さらに、浅野氏の『石ころから石礫に』の中に、辻井氏が執筆してエクセルファイルにまとめた記述が見受けられると主張している。

浅野氏は、エクセルファイルが辻井氏によって作成されたものであること自体は認めている。事実、辻井氏に作業報酬を支払ったため、その成果物は自分のものであると主張している。三一書房の大口昭彦氏が、あけび書房に宛てた書面(6月1日付け)にも、その旨が記されている。

「④ この趣旨(辻井さんをアシスタントとして使うこと)に基づいて、浅野氏から辻井氏に対して総計金11万円相当の金品が交付され、同氏はこれを受領している。」

大口昭彦弁護士の書面

つまり、金銭を支払ったのだからエクセルファイルを使用して構わないと主張しているのである。しかし、そもそも辻井氏は浅野氏とアシスタント契約を締結しておらず、また出版そのものも浅野氏の希望により中止となっている。当然、この時点で浅野氏は当該ファイルを使用する権限を失ったと考えられる。というのも、エクセルファイル内の文章についての著作者人格権は辻井氏に帰属するからである。著作者人格権は、金銭の支払いによって譲渡することはできない。一身専属性の権利である。

「第59条(著作者人格権の一身専属性)
著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。」

譲渡できないので、ゴーストライターを使う場合、「著作者人格権は行使しない」旨を明記した契約を交わすが通常である。しかし、浅野氏と辻井さんの間でそのような契約はない。

このあたりの事情を大口弁護士も理解しているようで、前出の書面では、エクセルファイルそのものが著作物ではないと主張している。

たしかに、すべての文書が著作物に該当するとは限らない。著作権法第2条第1項は、著作物を次のように定義している。

「一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」

実際には、大半の文章は著作物として保護される。極端な例を紹介しよう。次の記述は、読売新聞の江崎法務室長が作成したメモで、わたしがメディア黒書に掲載したものである。

「前略 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。」

読売の代理人・喜田村洋一自由人権協会代表理事は、この文書が著作物に該当すると主張して、わたしは次の催告書を送付した。催告書の名義は江崎になっているが、実際には喜田村弁護士が執筆したものである。このメモが、江崎氏の著作物であるから、削除するように求めたのである。

喜田村弁護士が、催告書の名義を偽って提訴したことを認定した知財高裁判決

冠省 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。

しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。 貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。  

貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を採ることとなりますので、この旨を付言します。

喜田村弁護士の主張が極論であるにしろ著作権の主張がいかに簡単に行われるかを示す例である。著作権を主張することがいかにたやすいかを示す例である。逆説的にいえば、ある書面が著作物ではないと主張するハードルは極めて高い。まして辻井さんのエクセルファイルには、辻井さんの意見や感情表現も含まれており、著作物と考えるのが妥当だ。

ちなみに浅野氏は5月16日、自身の講演の中で5月中にあけび書房を提訴する旨を表明したが、現時点では提訴を確認できていない。仮処分の申立書も、あけび書房には到達していないようだ。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月4日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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報道は誰のための記録か ── 浅野健一氏の逆立ちした匿名報道論

黒薮哲哉

元同志社大学の教授でジャーナリストの浅野健一氏といえば、事件の実名報道に苦言を呈してきたことで知られている。浅野氏は、公人を除き、被害者も被疑者も匿名にするべきだと主張してきた。たとえば、次のインタビュー記事には、その主張の根幹が示されている。

「人が壊れそうになる」報道は変われるか? 匿名報道の識者語る問題点(2020年1月28日配信Yahoo!Japanニュース)

浅野氏が原則的に匿名報道を主張する背景には、多くの新聞が警察などから得た情報を十分に検証せずに報道していることへの問題意識があると考えられる。警察発表への依存や検証姿勢の甘さは確かに検討に値する論点である。しかし、私は報道の原則は実名であるべきだと考える。というのも、記事やルポルタージュは歴史的記録としての役割を持つからである。どこで誰が何をしたのかを後世に正確に伝えるためには、関係者の氏名を含め、事実をできる限り正確に記録しておく必要がある。当然、実名報道が不可欠になる。

この点に関して、浅野氏は実名報道が持つ記録としての意義を十分に評価・理解していないように見える。実際、前出の記事の中で、インタビュアーから、

「なぜ日本のマスコミは実名を必要とするのか?」

と問われ、次のように答えている。

「理由はないんです。昔からそうやっているからだけですよ。特にそれが悪いと思っていなかったでしょう。昔からずっとやっていた。」

少なくともこの発言からは、実名報道が持つ歴史的記録としての機能への言及は見られない。

私は、報道の原則は実名であり、匿名は例外であるべきだと考える。報道は単なる情報伝達ではなく、後世に残る記録でもあるからだ。事実を正確に伝え、将来の検証に耐えうる記録を残すためには、人名を含めた事実関係をできる限り明らかにすることが求められる。それがジャーナリズムである。

また、匿名報道を原則とした場合、報道内容の事後的な検証が困難になり、結果として誤報の発見や訂正が遅れる可能性もあるのではないだろうか。事件などの防止にもならない。匿名化によって当事者の保護が図られる一方で、記録性が損なわれる危険性もある。

ちなみにThe New York Times、The Washington Post、BBC、The Guardianなどは、犯罪報道においては、被害者に配慮しながらも実名を報じるのが基本である。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月3日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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2026年3月度のABC部数 新聞部数の減少止まらず――読売は1年で38万部減、「押し紙」問題の構造的課題も浮き彫りに

黒薮哲哉

2026年3月度のABC部数が明らかになった。読売新聞と毎日新聞の下落幅は依然として大きく、この1年間で読売新聞は38万部減、毎日新聞は20万部減となった。販売店関係者によると、残紙の整理や高齢読者の購読中止が主な要因とみられる。

ただし、残紙を減らしても、購読中止が進むことで新たな残紙が発生するため、「押し紙」問題の根本的な解決には至っていない。

中央紙の部数内訳は次の通りである。

朝日新聞:3,100,261(-167,587)
毎日新聞:1,083,632(-202,418)
読売新聞:5,183,600(-380,374)
日経新聞:1,196,749(-128,389)
産経新聞: 750,736(-60,607)

※括弧内は前年同月比の減少部数。

「押し紙」が新聞ジャーナリズムに及ぼす負の影響については、次の記事で詳しく論じられている。

【参考記事】「真村訴訟が暴いた新聞業界の『押し紙』構造――不正な利益は400億円超、公権力によるメディアコントロールの温床に」

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月23日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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SNS炎上から法的対立へ、三一書房があけび書房側に謝罪要求

黒薮哲哉

三一書房が、あけび書房の岡林信一社長に対し、5月19日付で内容証明郵便を送付していたことが分かった。内容は、岡林氏が投稿した複数のSNS投稿の削除と謝罪、さらに三一書房が「盗作本」と主張する『石ころの慟哭』(辻井彩子著、あけび書房)の出版中止と市場からの回収作業開始を求めるものである。

既報の通り、この問題は、ジャーナリストで同志社大学元教授、メディア研究者の浅野健一氏が、『石ころの慟哭』の著者である辻井氏に異議を申し立てたことに端を発する。浅野氏は、山上徹也被告の裁判を傍聴し、その内容を扱った書籍を、当初はあけび書房から出版する予定だった。しかし、ゲラ段階で急遽、版元をあけび書房から三一書房へ変更し、『石ころを石礫に』を出版した。

「浅野本」の制作には、辻井氏のほか、別の編集者も関わっていた。

浅野氏が版元を変更した後、辻井氏は自身が収集していたデータを用いて『石ころの慟哭』を執筆し、あけび書房から出版した。これに対し浅野氏は、「辻井本」には内容が盗用されているとして、裁判所に出版差し止めを申し立てた。さらに、フェイスブックなどのSNSで自身の主張を展開し、SNS上では炎上状態となった。

こうした流れの中で、浅野氏は、あけび書房の岡林社長と辻井氏のほか、鹿砦社の松岡利康社長、ジャーナリストの鈴木エイト氏、さらに黒薮に対しても法的責任を追及する考えを表明した。

一方、あけび書房側も、「浅野本」には、辻井氏が提供した原稿の盗用があると主張している。浅野氏は4月16日、自著の出版記念講演の中で、「5月中に裁判を起こす」と公言した。その数日後、「浅野本」の版元である三一書房があけび書房へ内容証明を送付したことで、訴訟への発展はほぼ避けられない情勢となった。内容証明の全文は次の通りである。

◎内容証明郵便の全文 https://31shobo.com/topics/

◆4つの着目点

私は、次の点に着目している。

① 原告と被告の間に、それぞれ盗用はあったのか。
② 辻井氏が制作したデータ原稿の著作者人格権は誰にあるのか。
③ 本を制作する際、浅野しは協力者はどのように扱っていたのか。
④ 浅野氏は大学の時代にも、「盗用」をめぐり大学院生と係争を起こしているが、過去の事例との類似性はあるのか。 

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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ロシアとインドの石油・天然ガスの貿易――「約96%が自国通貨で行われている」とロシアのシンクタンクが明かす。米国によるベネズエラとイランへの軍事介入の背景に、ドル建て取引の危機

黒薮哲哉

西側メディアはほとんど報じていないが、石油取引をドル以外の通貨で行う取引が急浮上している。石油の取引は伝統的にドルで行われてきた。この慣行は「ペトロダラー体制」と呼ばれ、1970年代にアメリカとサウジアラビアの間で成立した、安全保障と石油取引に関する合意を背景に形成されたとされる。米国が軍事支援を行う見返りに、石油のドル建て決済を採用するという合意である。

石油は全世界で使用されるうえ、石油によって生まれた利益がドル建てで投資などに回される事情もあり、米国経済に大きな影響を及ぼしてきた。ところが最近、非西側諸国において、ドル以外の通貨による石油取引が徐々に広がっている。

たとえば、ロシアのシンクタンク系メディア「Russian Pivot」は、インドの状況について次のように報告している。石油や液化天然ガス(LNG)の取引の「約96%が自国通貨で行われている」というのだ。重要部分を引用しておこう。

「2026年3月、インドによるロシア産原油の輸入は日量約206万バレルに急増し、前月比でほぼ倍増、過去最高水準に迫った。この増加は、インド全体の原油輸入が減少する中で起きており、中東での供給ショックによる意図的な代替が進んでいることを示している。

インドの原油輸入のほぼ半分が通過するホルムズ海峡を経由する供給の混乱は、ニューデリーに迅速な戦略見直しを迫った。従来日量約100万バレルを供給していたイラクからの供給は途絶し、サウジアラビアやクウェートからの供給も大幅に減少した。インドの精製設備に適合するロシアのウラル原油は、最も効率的な代替として浮上した。

原油以外でも、ロシアからインドへの液化天然ガス(LNG)の直接輸出再開に向けた協議が進んでおり、エネルギー面での相互依存はさらに深まっている。ロイターによれば、最終承認を経て数週間以内に合意が成立する可能性があり、ウクライナ紛争以降初めて直接的なLNG輸入が再開される見通しである。

特筆すべきは、すでにこの貿易の約96%が自国通貨で行われている点であり、ドルに依存しない金融メカニズムへの構造的な移行が進んでいることを示している。」

最近、SNS上には石油取引の決済通貨が、ドル以外に移行しはじめているという情報がかなりあるが、一応の裏付けはある。BRICsが独自の通貨を摸索していることは、西側メディアも報じている。

米国がベネズエラやイランといったロシアや中国に近い産油国に軍事介入した背景にも、これらの国の石油をドル建ての取り引きに留めたいという思惑があった可能性が高い。高市首相が将来的に米国から石油を買うと明言したことも整合する。

ベネズエラとイランへの軍事進攻は、トランプ大統領個人の思想や信条が招いたものではない。米国財界の要望である。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年4月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「一つの時代の終わりか?世界はドルを超えて進む」、キューバのプレンサ・ラティナ紙

黒薮哲哉

イランのメディアが、「出光興産」傘下の大型原油タンカー「IDEMITSU MARU(出光丸)」が、人民元で通行料を支払いホルムズ海峡を通過したと報じた。ホルムズ海峡を通過する条件として人民元決済が求められるのではないかという見方は、以前から指摘されていた。たとえば3月14日付の米CNNは、「イラン、一部石油タンカーのホルムズ海峡通過を認める案検討 人民元での決済が条件」と報じている

米軍によるベネズエラへの侵攻とイランへの空爆の背景には、石油決済をドルから人民元へ移行させる動きを阻止する目的があった――というのが筆者(黒薮)の見解である。しかし、ホルムズ海峡の通行料を人民元とする流れが以前にも増して鮮明になってきたことは、米国がその目的を達成できなかった可能性を示している。米国とイランの停戦交渉で主導権を握っているのは、おそらくイランである。

◆サウジアラビアも人民元へ

実はサウジアラビアでも、石油決済をドルから人民元へ移行する案が浮上し始めている。依然として高いハードルはあるものの、米国にとってはイランでの影響力低下以上に大きな打撃となる可能性がある。

「1974年にサウジアラビアと米国の間で結ばれた『石油の米ドル建て決済と米債券への利益還流(ペトロダラー)』の約50年にわたる協定は、2024年6月に満期を迎え、更新されず実質的に終了したと報じられました。密約とされるため実態は不明ですが、少なくともサウジアラビアは人民元・ユーロ・円・ルピーなど、ドル以外での決済を受け入れる姿勢を示しています。」(マネクリ)

米国とサウジアラビアの間のペトロダラー体制は、1974年に成立したとされる。石油取引をドル建てとすることを条件に、米国がサウジアラビアに軍事支援を行う枠組みである。この協定が満期を迎えた2024年6月以降、ドル以外の通貨を導入する動きが活発化している。ロシアのルーブル、中国の人民元、さらにBRICSが検討する新通貨などが挙げられる。

産油国であるベネズエラとイランへの軍事行動は、こうした状況の中で行われた。米国としては石油のドル決済体制を維持することが重要な目的だったと推測される。

しかし現在、米国にとって最も重要なパートナーの一つであるサウジアラビアが、ドル以外の決済手段の検討を進めている。

謀略論との批判を承知で言えば、米国の空爆に対抗してイランがサウジアラビア国内の米軍基地を攻撃したことを、サウジアラビアはむしろ歓迎したのではないか。

4月29日付のキューバのプレンサ・ラティナは、ドル決済から人民元など他通貨への移行について解説している。世界規模で急速な変化が進んでいると指摘し、記事のタイトルは「一つの時代の終わりか?世界はドルを超えて進む」(※出典)となっている。

◆「一つの時代の終わりか?世界はドルを超えて進む」

静かではあるものの極めて大きな変化が、世界の通貨バランスを再定義している。実際、BRICSを主導役として90カ国以上が国際貿易においてドルを離れつつある。その代わりに、人民元、ルーブル、ルピーが徐々に主流になりつつある。

この戦略的な再編は、単なる技術的調整ではなく、戦後以来アメリカを中心に構築されてきた金融秩序に挑戦するものだ。この動きの根底には、経済的主権を確立しようとする明確な意思と、世界の資金の流れにおけるアメリカの覇権への直接的な挑戦がある。

2025年初頭以降、BRICS加盟国は現地通貨への移行など具体的な行動を通じて「脱ドル化」戦略を強化してきた。この流れは、国際取引における通貨主権を取り戻したいという共通の願いに基づいている。

イラン中央銀行総裁モハンマド・レザ・ファルジンは次のように述べている。「我々はロシアと通貨協定を締結し、米ドルを完全に排除した。現在はルーブルとリヤルのみで取引している。」

同様に、インドとロシアの貿易はルピー決済の採用により130億ドルから270億ドルへと増加した。ブラジルは中国との間でレアルと人民元による直接取引を確立し、中国の決済システムをブラジルの銀行に統合することでこれを支えている。

二国間協定にとどまらず、BRICSは西側のシステムに対抗可能な専用の金融インフラも構築している。この戦略を体現する具体的な仕組みには以下がある:

BRICS Pay:現地通貨による越境決済システムで、すでに50カ国以上がSWIFTを回避可能

独立国家共同体(CIS):BRICSと連携し、越境取引の85%を自国通貨で実施

新開発銀行(NDB):ブラジル(10億4100万レアル)やロシア(6880万ドル)などでインフラを現地通貨建てで融資

ルーブル:ロシア輸出に占める割合が10%から40%以上へ上昇(ウクライナ紛争関連制裁以降)

これらは、脱ドル化が単なる政治的スローガンではなく、具体的なツールと政策判断、そして地域間の連携によって国際経済の仕組みに深く組み込まれていることを示している。

この動きはBRICSの枠を超え、アフリカ、アジア、旧ソ連圏へと広がっている。独立国家共同体(CIS)(アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタンなど)は、越境取引の85%以上を現地通貨で行っている。

アフリカでも同様の動きが見られる。例えばタンザニアは特定の取引でドルを公式に禁止し、ケニアやナイジェリアも自国通貨決済モデルの導入に向けて進んでいる。ASEANもまた、現地通貨決済の地域的枠組みを積極的に推進している。

この変化が特に顕著なのがエネルギー分野である。サウジアラビアはBRICSに歩調を合わせ、石油販売で人民元を受け入れており、インドもロシアからの輸入をルピーで支払い、ドルを回避している。

ガーナは原油輸入に金を使用することを選択した。これらの動きはしばしば、ドルの政治的利用への対応と解釈される。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は次のように述べている。「ドルは武器として使われている。実際にそうなっているのを我々は目にしている。これは重大な誤りだ。」

この流れに対し、アメリカの対応は迅速だった。ドナルド・トランプは、通貨の代替手段を構築する国々に対して100%の関税を課すと警告した。これらの圧力はすでに政治的影響を及ぼしている。

ブラジルでは、ルラ大統領が今年のBRICS議長国としての議題から共通通貨構想を外した。一方で彼は「一方的主義は国際秩序を損なう。分断が進む中、多国間主義の一貫した擁護こそが唯一の道だ」と述べ、バランスの取れた姿勢を示した。

しかし、この流れはすでに確固たるものとなっているようだ。脱ドル化はもはや抗議ではなく、ドル依存を減らす数々の取り組みによって示されるグローバルな戦略転換となっている。この通貨変革が、経済力の持続的な再均衡をもたらすのか、それとも既に進行している地政学的分断をさらに強めるだけなのかは、今後の焦点となるだろう。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年4月30日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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報道の自由度ランキングの実像 ――「国境なき記者団」と資金・政治の関係を検証する

黒薮哲哉

国際NGO「国境なき記者団」は、4月30日に2025年度の「報道の自由度ランキング」を発表した。世界180の国と地域を対象に報道の自由度を評価・序列化したものである。日本は66位だった。上位5か国と下位5か国は次の通りである。

■上位5か国
1 ノルウェー
2 エストニア
3 オランダ
4 スウェーデン
5 フィンランド

■下位5か国
176位 イラン
177位 シリア
178位 中国
179位 北朝鮮
180位 エリトリア

◆「国境なき記者団」がどのような団体なのか

ところで、この恒例行事の主催者である「国境なき記者団」がどのような団体なのかという点については、ほとんど報じられていない。「国境なき…」という字面や音律から、ジャーナリズムの模範を提示している団体であるかのような印象がある。しかし、その内実は欧米の政界との距離が近く、見方によっては右派勢力のための世論誘導の機関になっているという指摘もある。

たとえば、2025年1月、トランプ大統領が米国国際開発庁を事実上閉鎖し、メディア向けの2億6800万ドル(約402億円)の予算を凍結した際、国境なき記者団(RSF)は「この決定を強く非難する」とする声明を発表した。その中で、はからずも次のような事実が明らかになった。

「(USAIDによる)援助凍結が発効するとほぼ同時に、米国の援助資金を受けている世界各地の報道機関や報道支援団体が、混乱や不安、先行き不透明感を訴えてRSFに連絡を寄せ始めた。「2023年に同機関(USAID)は6200人のジャーナリストに対する研修と支援に資金を提供し、707の非国家系ニュース媒体を支援し、さらに独立系メディアの強化に取り組むメディア分野の市民社会組織279団体を支援した。」

ホワイトハウスによるメディアへの資金提供の中止を強く批判しているのである。国境なき記者団がUSAIDから資金援助を受けてきた証拠はないが、第2次トランプ政権以前の時期までUSAIDの傘下にあった全米民主主義基金から支援を受けてきたことは、ネット上で確認できる。

NEDのウェブサイトに掲載されている資金提供先に「国境なき記者団」の名前がある。2005年度に3900ドル(約600万円)の資金を受けている。資金の使用目的については、次のような記述がある。(※出典

「エリトリア、ジンバブエ、ソマリア、コートジボワールにおいて、報道の自由を強化し、報道関係者への弾圧を減少させるため、RSFは投獄されたり脅迫を受けたりしているジャーナリストに対し、法的・医療的支援や物資支援を行うほか、報道弾圧の調査や危機的状況への対応に関する研修ワークショップを実施する。また、RSFは各国報告書を作成し、報道の自由の状況を分析するとともに、危険にさらされているジャーナリストへの関心を高め、当局に対して提言を行う。」

ちなみに、出典のリストで明らかなように、NEDは世界中のメディアに資金を提供し、世論形成のインフラを維持している。国境なき記者団もそうした団体の一つであり、実は独立したメディアではない。

なお、NEDの活動については、メディア黒書でも繰り返し取り上げてきた。中央情報局を母体とする団体で、特にメディアに対する介入が顕著に観察できる。「報道の自由度ランキング」なるものも、西側メディアの優位性と非西側メディアの劣勢を浮き彫りにするための一つの道具なのである。

※NED(全米民主主義基金)についてのメディア黒書の全記事

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
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「公開されない裁判」への違和感 ―― 外国人記者が見た日本司法の閉鎖性

黒薮哲哉

本稿は5月19日付メディア黒書の続編である。浅野氏の講演に先立って行われた西村カリン氏の話のうち、特にわたしの印象に残った箇所を紹介する。19日付記事については、次の記事リンクからアクセスできる。

浅野健一氏の「『石ころを石礫に』講演会で見えた元大学教授の本音」

西村カリン氏は、山上徹也裁判の公判を初回から判決まで傍聴した唯一の外国人記者である。外国人の視点から、日本の裁判制度がどのように見えるかを語った。(なお、以下の内容は『世界』〈2026年4月号〉に西村氏が執筆した記事と重なるため、より正確な記述にするため同誌も参考にした。)

西村氏によると、フランスでは注目度の高い裁判を行う際には、なるべく多くの人が傍聴できるよう、傍聴席を増設するという。仮設法廷を設けたり、複数の法廷をインターネットで結んだりして会場を設営する。「2015年12月のパリ同時多発テロで生存したテロリストが被告人となった裁判では、500席もの仮設法廷が設置された。それでも席数が足りないとの判断から、さらに11の法廷を利用し、ビデオリンクと大画面スクリーンの設置により、数千人規模の傍聴が可能になった」という。

ところが、山上徹也裁判における傍聴席は、記者席が32席、一般傍聴席も32席だった。しかも、大手メディアは速記録を取る必要があるため、一人の記者が全公判を傍聴することは実質的に不可能だ。録音も撮影も許可されていない。フランスの法廷では、その両方が認められている。さらに、被告人が腰縄を付けて入廷することにも違和感を持ったという。

裁判の進行も形骸化していて、あらかじめ準備した書面を読み上げるだけで、裁判官も裁判員もほとんど質問しない。フランスでは、むしろ「シナリオ」にないアドリブが重視されるという。

◆中米グアテマラの裁判の様子を見て受けた衝撃

傍聴席が少ないのは、日本の裁判に限ったことなのかどうかは不明だが、数年前、わたしはインターネットで中米グアテマラの裁判の様子を見て、衝撃を受けたことがある。言葉で説明するよりも、次の動画を見れば、日本の法廷といかに異なるかが判然とする。

この裁判は、1980年代前半に先住民族に対するジェノサイドを繰り返した元大統領リオス・モントを裁くものである。犠牲者の遺族が傍聴席を埋め尽くしている。

リオス・モントによる犯罪は国際問題にもなり、大きな注目を集めていたため、大規模な法廷が設置されたらしい。

※判決はリオス・モント被告に対する有罪判決。禁錮80年。

西村氏も指摘するように、日本では重大事件の裁判ですら傍聴が制限される。さらに最近では、インターネットで弁護士事務所と裁判所を結んで裁判を行うケースも多く、傍聴そのものができない事件が増えている。日本は先進国でありながら、司法制度にはなお多くの改善点があるのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月20日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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浅野健一氏の『石ころを石礫に』講演会で見えた元大学教授の本音

黒薮哲哉

浅野健一氏の新刊書『石ころを石礫に』の出版を記念する講座が、5月16日に東京の神保町界隈で開かれた。山上徹也事件の裁判員裁判を初回から判決まで傍聴した浅野健一氏と、フランスのジャーナリストで、やはりこの裁判を最初から最後まで傍聴した西村カリン氏が講演した。浅野氏は、これまでの自身の仕事や新刊書について語った。西村氏は、傍聴を通じて感じた日本の裁判の在り方などを批判した。後者については示唆に富む内容だったので、20日付の「メディア黒書」で改めて紹介したい。

わたしが浅野氏の出版記念講座に参加したのは、浅野氏とあけび書房の係争について、当事者から何らかの言及がなされることを期待してのことだった。メディア黒書でも報じてきたように、浅野氏は、あけび書房から出版された『石ころの慟哭』(辻井彩子著)の出版差し止めを裁判所に申し立てた。同書の著者であり、浅野氏の法廷取材をサポートした辻井彩子氏が、浅野氏の『石ころを石礫に』(三一書房)の記述を自著に盗用したというのが、浅野氏の主張である。

辻井氏は、資料や文章の作成などを担当し、その成果物を浅野氏に提供していた。浅野氏は当初、自著をあけび書房から出版する予定だったが、急遽、三一書房に変更した。そこで辻井氏は、浅野氏に提供したデータ資料などを使って『石ころの慟哭』を執筆し、あけび書房から出版した。これに対し、浅野氏が激怒して出版差し止めを申し立てたのである。

◆浅野氏に「押し紙」についての見解を問うてみた

浅野氏は講演の中でこの件について触れなかった。裁判の中で明らかにするというのである。その裁判(仮処分ではなく本訴)は、5月中に提訴するとのことだった。

※仮処分申し立てについては、申し立て日が4月16日だが、まだ審尋が開かれていない。

裁判の中であけび書房との係争について、自身の公式見解を明らかにするというのであれば、この場であえて問いただす必要もないと、わたしは考えた。そこで、講演者への質問として、浅野氏の「押し紙」についての見解を問うてみた。次の質問を書面で行った。

「浅野さんはメディアについて提言されてきましたが、新聞社の『押し紙』について批判されないのはなぜでしょうか」

「押し紙」とは、ABC部数をかさ上げして広告料金を高く設定する新聞社の販売政策である。たとえば、3000人しか読者がいない販売店に対して5000部の仕入れを強要する手口である。差分の2000部によって生じる販売店の損害を相殺するために、新聞社が販売店へ補助金を提供していることが、最近の調査で明らかになっている。明らかな詐欺だが、タブーされていて、だれもふれない。

ここ数年に起こされた「押し紙」の損害賠償を求める裁判では、中央紙において、搬入される新聞のうちおおむね30%から50%が「押し紙」になっていることが明らかになっている。

「押し紙」は50年以上前から水面下の社会問題となっているが、日本のメディアにおける最大の汚点であり、日本新聞協会は、「販売店が自主的に買い取ったものであり、新聞社側の問題ではない」と主張してきた。読売新聞の代理人で、人権派として有名な喜田村洋一自由人権協会代表理事も、「読売には1部も『押し紙』は存在しない」と主張してきた。

【参考記事】中央紙の年間の「押し紙」収入420億円から850億円──内閣支持率82%? マスコミ世論調査を疑う背景と根拠

◆機会があるごとに「押し紙」問題に言及してきたという浅野氏だが……

実は10年近く前、浅野氏がまだ同志社大学の教授だった時期に、わたしは浅野氏から、同志社大学で「押し紙」について講義してほしいという依頼を受けた。わたしは浅野氏の要望に応え、おそらく100人を超える学生を前に、プロジェクターを使って「押し紙」について説明した。「押し紙」を回収している場面を撮影したビデオも上映した。

ところがその後、浅野氏が「押し紙」について言及したという話を聞いたことがなかったので、『石ころを石礫に』の講演の場で質問してみたのである。講演の中で浅野氏は自身のメディア論も語っていたので、「押し紙」についての質問は突飛なものではなかった。

これに対する答えは意外だった。自分は機会があるごとに「押し紙」問題に言及してきたというのである。わたしはまったく聞いたことがなかった。そして最後に、さらに驚くべき言葉を口にした。同じ講演会に参加していた鈴木エイト氏を名指しし、2人で協力して「押し紙」問題に取り組むよう「アドバイス」したのである。

この時、わたしは、やはり10年近く前に上智大学の田島ゼミ(田島泰彦教授)で「押し紙」について講義したことを思い出した。講義の後、田島氏はわたしを近くの喫茶店へ誘った。そこには、新聞労連執行部に所属する新聞記者が待っていた。田島氏はこの記者をわたしに紹介し、「今後、自分は『押し紙』問題には関わらないから、この記者とコンタクトを取って問題を解決してほしい」と述べたのである。

◆そもそも自分で単行本を書き下ろさなかったことに端を発している

わたしは昔から、新聞の研究者なるものを信用していない。唯一の例外があるとすれば、「押し紙」問題にも積極的に言及してきた創価大学の故・新井直之氏だけである。

大学教授には、自分のゼミから学生を新聞社へ就職させる役割がある。そのため、新聞ジャーナリズムを考えるうえで避けては通れない「押し紙」問題を、あえて回避しているのである。この問題を避ければ、新聞研究者としての資質を問われかねないのだが。そこで、わたしに「押し紙」について講義させることで、自分は「押し紙」問題を避けていないというアリバイを作ったのである。

あるメディア研究者がこんな話をしていた。日本新聞協会が入居するプレスセンター最上階のレストラン「アラスカ」へ行くと、定年が近づいた新聞記者が大学教授と会食している光景を目にすることがあるという。再就職に向けた活動である。新聞社から大学への再就職を念頭に置いた人脈づくりなのだ。無論、筆力のある新聞記者は文筆業を続ける。

『石ころを石礫に』をめぐる今回の事件は、そもそも浅野氏が自分で単行本を書き下ろさなかったことに端を発している。週刊誌の記事やフェイスブックの記事を組み合わせ、編集者やゴーストライターに渡せば本が完成する、といった安易な考えは、とんでもない思い違いである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月19日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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《報道と人権8》武富士から読売まで、メディアを被告とする高額訴訟、その背景に何があるのか?(最終回)

黒薮哲哉

真村訴訟に端を発した一連の事件について記述すれば、際限がない。連載「報道と人権」で7回にわたって取り上げた裁判のほかにも、さまざまな裁判が派生して起きている。

しかも、真村事件に関連したほとんどの裁判で、喜田村洋一・自由人権協会代表理事が読売の代理人として登場した。喜田村弁護士は、法廷が開かれるたびに東京から福岡へ足を運んだ。その情熱は並大抵ではない。

筆者は、護憲派の自由人権協会を代表する人物が、改憲派の読売に対して誠心誠意を尽くし、「押し紙」は一部も存在しないと繰り返す姿に違和感を覚えた。喜田村弁護士がどのような思想と心情の持ち主なのか、好奇心を刺激された。

◆喜田村弁護士は、どのような裁判に関わってきたか

喜田村弁護士は、過去にどのような裁判に関わってきたのだろうか。よく知られている例としては、1980年代に問題となった薬害エイズ事件がある。これは、加熱処理をしなかった血液凝固因子製剤を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者やエイズ患者を生み出した事件である。

非加熱製剤によるHIV感染の薬害被害は世界的に発生したが、日本では全血友病患者の約4割にあたる1800人がHIVに感染し、そのうち700人以上が死亡したといわれている。

起訴されたのは、帝京大学医学部附属病院第一内科の責任者だった安部英、ミドリ十字の代表取締役であった松下廉蔵・須山忠和・川野武彦、そして厚生省官僚だった松村明仁である。

一審判決では、ミドリ十字の3人に実刑判決が、松村明仁に執行猶予付きの有罪判決が下されたが、安部は無罪だった。安部の代理人を務めたのが、喜田村弁護士と、はやり自由人権協会の弘中淳一郎弁護士である。

弘中弁護士は、消費者金融の武富士がフリーランス・ジャーナリストに高額訴訟を起こした際にも、武富士の代理人を務めた。巷では、弘中氏を「無罪請負人」と評価する声もあるが、同時に「訴訟ビジネス」ではないかという批判もある。裁判は、武富士の敗訴だった。

喜田村弁護士や弘中弁護士は、ロス疑惑事件の三浦和義氏を無罪に導いたことでもよく知られている。事件の詳細は省略するが、三浦は、事件後に米国領サイパンで殺人罪及び殺人の共謀罪の容疑で逮捕された。その後、1981年に獄中で自殺した。この事件は、日米で見解が異なり再検証が必要なのである。

◆読売の代理人

2025年に読売が経済誌『ZAITEN』を提訴した事件でも、喜田村弁護士が読売の代理人として登場している。現在の権力機構と新聞社を巨大でグレーな資金で結び付けている「押し紙」や、読売の販売政策について、喜田村洋一・自由人権協会代表理事が、法廷どのような見解を示すのか、注目したい。ジャーナリズムは、それを記録しておくべきだろう。(終)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年4月6日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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