インターネットのポータルサイトにニュースが溢れている。衆院選挙後の政界の動きから大谷翔平選手の活躍まで話題が尽きない。これらのニュースを、メディアリテラシーを知らない人々は、鵜呑みにしている。その情報が脳に蓄積して、個々人の価値観や世界観を形成する。人間の意識は、体内の分泌物ではないので、外かいから入ってくる情報が意識を形成する上で決定的に左右する。

その意味で、メディアを支配することは人間の意識をコントロールすることに外ならない。国家を牛耳っている層が、それを効果的に行う最良の方法は、新聞社(とテレビ局)を権力構造の歯車に組み入れることである。実際、公権力を持つ層は、新聞社に経済的な優遇措置を施すことで、新聞ジャーナリズムを世論誘導の道具に変質させている。

「押し紙」が生み出す不正な販売収入が業界全体で年間に、少なくとも932億円になる試算は、9月27日付けのメディア黒書で報じたとおりである。

※「押し紙」問題がジャーナリズムの根源的な問題である理由と構図、年間932億円の不正な販売収入、公権力によるメディアコントロールの温床に

前出の試算と同じ観点から、今回は毎日新聞社のケースをクローズアップしてみよう。幸いにわたしはそのための格好の内部資料を所有している。

毎日新聞社の社長室から外部へ漏れた「朝刊・発証数の推移」と題する内部資料によると、2002年10月の時点における毎日新聞の公式部数は、395万3,466部である。これに対して、新聞販売店が読者に発行した領収書の数(発証数)は、250万9,139枚である。差異にあたる144万(部)が、一日あたりに全国で発生していた毎日新聞の「押し紙」という計算になる。

※厳密に言えば、販売店に搬入される新聞の2%は予備紙で、「押し紙」の定義には入らない。

「押し紙」1部の卸代金を1,500円として試算すると、「押し紙」による販売収入は、月額で21億6,000万円になる。年間では259億円となる。「押し紙」は独禁法の新聞特殊指定に抵触するので、公正取引委員会が毎日新聞社にメスを入れれば、同社は年間で259億円の販売収入を失うことになる。「押し紙」を買い取るために販売店へ支出する補助金が相当な額にのぼるとしても、不正な販売収入の規模は尋常ではない。

※朝刊 発証数の推移(赤印に着目)

公権力機関は、新聞社による「押し紙」の汚点を把握することで、新聞社をみずからの「広報部」に組み込め、情報をコントロールすることが可能になる。「押し紙」による収入が少なければ、「押し紙」制度は、メディアコントロールの道具として機能しないが、毎日新聞社の例に見るように金額が莫大なので、公権力は「押し紙」の摘発をほのめかすことで、紙面に介入できるのだ。

恐ろしい制度と言わざるを得ないが、実はこれと類似した構図が戦前にもあった。それは新聞用紙の配給制度である。新聞社が自由に新聞用紙を調達できない状況の下で、政府が新聞社に新聞用紙を配給することで、新聞社を「広報部」へ変質させていのである。

日本の新聞ジャーナリズムが機能しないのは、新聞記者の職能が劣っているからではない。それ以前の問題として、「押し紙」制度と連動したメディアコントロールの政策があると考えるのが妥当である。繰り返しになるが、それが可能なのは、「押し紙」が生み出す販売収入が莫大な額になるからにほかならない。特に中央紙には、このような構図が当てはまる。発行部数が多く、それに連動して「押し紙」

による不正な販売収入の額で尋常ではないからだ。

「押し紙」問題は、単に新聞の商取引の問題ではない。ジャーナリズムの問題なのである。この点を度外視すると、いくらジャーナリズムの堕落を嘆き、新聞記者を批判しても、解決策は何も出てこない。

本稿は『メディア黒書』(2024年11月2日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

◆はじめに

西日本新聞社を被告とする2つの押し紙裁判が終盤に差し掛かっています。

長崎県の西日本新聞販売店経営者(Aさん)が、2021年7月に、金3051万円の損害賠償を求めて福岡地方裁判所に提訴した押し紙裁判の判決言い渡し期日は、来る12月24日(火)午後1時15分からと決まりました。

また、2022年11月に5718万円の支払いを求めて福岡地裁に提訴した佐賀県の西日本新聞販売店主(Bさん)の裁判は証人尋問を残すだけとなっており、来春には判決言い渡しの予定です。

これら二つの裁判を通じて、私どもは西日本新聞社の押し紙の全体像をほぼ解明できたと考えております。

(注:「押し紙」一般については、グーグルやユーチューブで「押し紙」や「新聞販売店」を検索ください。様々な情報を得ることができます。個人的には、ウイキペディアの「新聞販売店」の検索をおすすめします。)

 

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◆押し紙とは

新聞販売店は新聞社から独立した自営業者ですので、販売店の経営に必要な部数は自分で自由に決定する権利があります。他の商品の場合、初めから売れないとわかっている商品を仕入れることはありませんので当然のことです。しかし、新聞社は発行部数の維持拡大を目指して他紙と熾烈な部数競争を繰り広げており、しばしば契約上の優越的地位を利用して販売店に「目標数〇〇万部」などと過大なノルマを設定し、実際にその部数の仕入れを求めます。

新聞社が発行部数にこだわるのは、紙面広告の料金が発行部数に比例して決定する基本原則があるためです。部数をかさ上げすることで、広告収入の維持・増加を図るためです。販売店は新聞社に対して従属的な地位にありますので、新聞社の要求を拒めば契約の解除を暗にほのめかされるなど、不利な状況に追い込まれかねません。そのため、新聞社が示した部数を自爆営業で受け入れざるを得ないのです。

新聞社は販売店に目標部数を売り上げた時点で利益を計上することが出来ますが、販売店は売れ残った新聞の仕入れ代金を新聞社に支払い続けなければなりません。顧問税理士や銀行の担当者から無駄な新聞の仕入れをなくすように指示や指導を受けても、仕入れ部数を自由に減らすことは出来ないのです。その結果、廃業に追い込まれる販売店経営者もいます。

昭和20年代半ば以降、新聞統制の解除に伴い中央紙の地方進出が始まりました。それに連動した乱売合戦に巻き込まれた地方紙は、中央紙の戦略的な武器となっている押し紙禁止規定の制定を国に求めました。

昭和30年に公正取引員会は独占禁止法に基づく新聞特殊指定を制定し、新聞業界特有の優越的地位濫用行為である「押し紙」を不公正な取引方法に指定しました。それから70年が経過しようとしていますが未だに押し紙はなくなっていません。このことから、押し紙問題がいかに根深いものであるかをお分かりいただけると思います。

◆西日本新聞の押し紙政策の特徴

[1]自由増減の権利の否定

西日本新聞社(以下、「被告」と言います。)も販売店に対し注文部数を自由に決める権利(以下、「自由増減の権利」といいます。)を認めていません。注文部数(定数)を何部にするかは、被告が決めています。

(注:押し紙を抱えている新聞社はいずれも「自由増減の権利」を認めていません。私の知る限り、唯一、熊本日日新聞社と新潟日報社の2社が昭和40年代に押し紙をやめ、販売店に自由増減の権利を認めています。なお、鹿児島の南日本新聞の販売店主が余った新聞と折込広告を本社の玄関先に置いて帰るユーチューブの動画は必見です。)

[2]注文部数の指示

被告は新聞業界全体の動きや会社経営の状況をにらみながら、販売店の定数(注文部数=送付部数)を決定しています。しかし、訴訟においては、そのような事実を認めることはできません。販売店の注文部数はあくまでも販売店が自主的に決定していると主張する必要があります。

多くの新聞社は、FAXやメールで実配数や予備紙等の部数を報告させ、販売店が自己の経営判断で部数を注文しているとの主張ができるようにしていますが、被告は実配数と増減部数(入り止め部数)の報告は記録に残らないように電話で受け、そのあとに注文表に記載する注文部数を指示する方法をとっています。

[3]外形的注文行為の虚構

被告は販売店に注文部数を指示していますが、注文はあくまでも販売店が自主的に行っているようにと見せるため、「注文表による注文行為」と「電話による注文行為」の二種類の虚構の注文行為を用意しています。

(1)電話による注文行為

原告ら販売店は自由増減の権利がないため、被告に自らの意思で決定した注文部数を注文することはありません。電話で注文を受けていたとの被告の主張は虚構です。被告が電話で注文を受けていたと主張するのは、「電話による注文」であれば、客観的証拠が残らないからです。 過去の押し紙裁判でも、被告は販売店の注文は電話で受けつけていたと主張し続け、最終的に販売店敗訴の判決を受けています。その成功体験が背景にあるからと思いますが、FAXやメールの通信機器発達した現在でも、電話で注文を受けているとの主張を続けています。しかし、本件訴訟では、別件訴訟の原告の元佐賀県販売店経営のBさんが電話の会話を録音してくれていたおかげで、販売店からは電話で部数の注文はしていなかった事を証明することが出来ました。

(2)注文表のFAX送信指示

被告は原告に対し、電話で指示した注文部数を注文表に記載してFAX送信するよう指示しています。原告は指示された部数を注文表の注文部数欄に記入して、その日の内にFAX送信しています。被告は裁判では、「注文表記載の注文部数は参考に過ぎず、電話による注文部数が正式な注文部数である。」と主張していますので、電話による注文で足りるのに、何故、注文表のFAX送信を指示しているのかという問題が生じます。この点について、被告は次に述べるように、「注文表記載の注文部数は参考にすぎない。」と答えるだけで明確な説明はしていません。

なお、佐賀県販売店経営のBさんは注文表をFAXすれば、そこに記載した注文部数が自分の意思で注文した部数とみなされることを警戒していたことから、FAX送信を途中からやめておられます。

(注:被告の場合、注文表には「注文部数」の記載欄があるだけで実配数や予備紙の記載欄はありません。メールによる報告システムも構築されていません。)

◆注文表は参考に過ぎないとの主張

被告は本件裁判では、注文表記載の注文部数は参考に過ぎず電話による注文部数が真の注文部数であると主張しています。常識的に考えれば書面による注文部数が正式な注文部数であると主張する方が自然です。しかし、被告は当初から一貫して正式な注文部数は電話による注文部数であると主張し続けています。

被告が、何故そのような不合理で奇妙な主張を行うのか?

その理由は、原告が注文表に記載した注文部数よりも実際は多い部数を供給したり、注文部数が記載されていない白紙の注文表がFAX送信されたりしているため、被告は注文表記載の注文部数が注文を受けていたとの主張が出来なくなっているからだと思われます。

しかし、電話で注文した部数を注文表に記載してFAXするように指示しているのに、何故、電話の注文部数と注文表記載の注文部数が違うのか、あるいは、注文表の注文部数が白紙でFAXされていのに、何故、新聞の供給ができるのかといった素朴な疑問がわいてきます。

被告は、注文表のFAX送信は必ずしも電話報告の「後」になされるだけではなく、電話報告の「前」になされることもあると微妙に説明を変化させています。そうすれば、タイムラグの関係で、電話報告の前に注文表に記載した注文部数と、そのあとで電話で注文した部数に違いが出ることはありえるとの主張が可能となるからと推測しています。しかし、注文表の注文部数が白紙のまま送信された月の分については、そのような説明は通用しません。

そもそも電話による注文行為なるものは、被告が考えだした虚構の注文行為ですから、被告は無理に無理を重ねた嘘の説明を続けざるを得なくなっているとみています。

押し紙問題のバブル(聖書)ともいうべき毎日新聞社の元常務取締役河内孝氏の著作「新聞社 破綻したビジネスモデル」(2007年3月・新潮新書)のまえがきに次のような見識に満ちた一文が掲載されていますので、長くなりますが紹介します。

「バブル崩壊の過程で、私たちは名だたる大企業が市場から撤退を迫られたケースを何度も目の当たりにしました。こうした崩壊劇にはひとつの特徴があります。最初は、いつも小さな嘘から始まります。しかし、その嘘を隠すためにより大きな嘘が必要になり、最後は組織全体が嘘の拡大再生産機関となってしまう。そしてついに法権力、あるいは市場のルール、なによりも消費者の手によって退場を迫られるのです。社会正義を標榜する新聞産業には、大きな嘘に発展しかねない『小さな嘘』があるのか。それとも、すでに取返しのつかない『大きな嘘』になってしまったのでしょうか……。」

 

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◆4・10増減

黒薮さんの調査によれば、4月と10月は全国的にABC部数が前後の月より多くなっているとのことです(注:この現象は、販売店経営者の間では「4・10増減」と呼ばれているそうです)。とりわけ2000年代にその傾向が顕著に確認できるとのことです。

「4・10増減」は、押し紙により4月と10月にABC部数をかさ上げさせる販売政策です。

ABC部数が、新聞の広告効果を判断する重要な基準のひとつになっていることから、広告営業のデータとして採用させる4月部数(6月~11月の広告営業に使われる)と10月部数(12月~翌年5月)を、その前後の月よりもかさ上げしていると考えられます。折込広告代理店を通じて公表される販売店毎ごとの発行部数も、原則的にABC部数に準じているために、「4・10増減」は、不正な折込広告収入や紙面広告収入を生みます。

本件裁判のAさんの場合、4月と10月の定数が前後の月より約200部も多くなっている点が特に注目されます。この4月と10月の部数を被告はABC協会と西日本オリコミに報告していることを認めています。

被告は200部を上乗せした販売収入を原告から即座に得ることが出来ます。また、それにより年間を通じて、紙面広告料の単価と広告代理店の手数料を増やすことが出来ます。さらに、販売店の折込収入を増やすことで、押し紙の仕入代金の赤字の補助を減額することも出来ます。

しかし、被告が自己の利益のために、4月と10月に普段より200部も多い部数を販売店に注文させていることが社員に知れ渡れば、深刻なモラル崩壊が発生することが避けられません。このような取引方法を行うのは広告主に対する明らかな詐欺行為となりますから、自社がこのような重大な法律違反をしていることを知ったら、まともな常識を備えて社員は絶えられないでしょう。最近、嫌気がさした若手の販売局員が次々に転職している新聞社が出てきているとの話も伝わっています。

新聞社が詐欺行為をしている事が外部に知れれば、報道機関としての新聞社の信頼が地に落ちるだけでなく、警察・検察・国税等の国家権力の介入も避けられません。そのような危険があるにもかかわらず、新聞社は、何故、押し紙をいつまでも続けてこられるか? 単にマスメデイア業界の新聞・テレビ等が報道しないからというだけのことなのか、あるいは業界全体に、押し紙問題については国家権力の介入はないとの暗黙の確信があるのか、疑問は尽きません。

この問題には深い闇が隠れているように思われますので、黒藪さんの最新著「新聞と公権力の暗部-押し紙問題とメディアコントロール」(2023年5月・鹿砦社発行)を是非とも一読されることをお勧めします。

◆実配部数の秘匿

[1]被告の実配数の秘匿

被告は販売店の実配部数は知らない、あるいは知り得ないと主張してきました。しかし、被告のこの主張も虚偽であることが明らかになりました。

本件裁判のBさんが、内部告発者から平成21年(2009年)8月度の佐賀県地区部数表(販売店ごとに部数内訳を記録した一覧表)の提供を受けていたのです。それにより、私たち弁護団も、被告が販売店ごとの実配部数と定数(=送付部数)を一覧表に整理して保管している事を知りました。本件裁判で、被告側証人の若い担当員が長崎県地区でも、佐賀県地区部数表と同じタイプの部数表を作成していることを正直に証言してくれました。

ところで驚いたことに被告は、この地区部数表を特定の幹部しか知り得ないよう厳重に管理していることを認めた上で、裁判官に対して部数表の閲覧禁止を求めました。これは、販売店の実配部数が外部に漏れれば、広告主から広告料の損害賠償を求められることを被告が極度に恐れていることを自ら認めたも同然と言えるでしょう。また、ABC協会への新聞部数の虚偽報告の問題も無視できません。

こうした問題が派生するので、新聞社は自社の実配部数が外部に知れなることを恐れています。

[2]積み紙禁止文言と4・10増減

被告は、毎月の請求書に次のような文言を記載しています。

                記 

「貴店が新聞部数を注文する際は、購読部数(有代)に予備紙等(有代)を加えたものを超えて注文しないで下さい。本社は、貴店の注文部数を超えて新聞を供給することはいたしません。」

これと同じ文言は、他の新聞社の請求書にも記載されています。この文 言がいつから記載されるようになったのか正確には知りませんが、平成9年(1997年)に公正取引委員会が北國新聞社の押し紙事件の調査を行った時期ではないかと推測します。この調査を通じて、他の新聞社も押し紙を行っている事実が判明しました。

公正取引委員会は日本新聞協会を通じて加盟新聞各社に対して、新聞の取引方法を改善するよう求めました。私は、その時に各新聞社が足並みをそろえて上記の文言を請求書に記載するようにしたのではないかとみています。

被告も請求書に「積み紙禁止文言」を記載していますので、仮に原告が4月と10月の注文部数を前後の月より200部も多く注文すれば、被告は当然その理由を聞きただす必要と義務があります。というのも、4月と10月だけ、200部のかさ上げが必要となる理由は一般に想定されないからです。

被告は、「販売店が注文した部数をそのまま供給する販売店契約上の義務があるため、注文部数通りの部数を送付したにすぎない。」と説明するだけで、肝心の積み紙禁止の文言との関係については一切説明しようとしません。

しかし、先に述べたように、被告の内部から流出した佐賀県地区部数表の存在により、被告が販売店ごとの実配数を毎月正確に把握し、一覧表にまとめ、一部の幹部社員した閲覧できない状態で厳重に保管していること判明しました。従って、被告が実配数を200部も超過する部数の注文が積み紙っであることは容易に認識可能なため、被告の上記のような主張も通用しません。

 

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◆判決の見通し

以上述べたように、私ども弁護団は被告の押し紙責任の立証は充分に出来たと考えております。しかし、これまでの裁判例をみますと、殆どの裁判は販売店側の敗訴に終わっているので楽観することはできません。

販売店を敗訴させた過去の判決の論理構造をみると、平成11年(1999年)の新聞特殊指定の改定の際に、公正取引委員会が、昭和39年の押し紙禁止規定の「注文部数」という文言を「注文した部数」という文言に変更したことが、その後の裁判官の判断に影響を及ぼしているように思われます。

具体的に説明しますと、昭和39年(1964年)の新聞特殊指定の押し紙禁止規程は、「注文部数を超えて新聞を供給する行為」を押し紙と定め、「注文部数」については、実配部数にその2%程度の予備紙を加えた部数であるとの解釈を採用していました。これは公正取引委員会と新聞業界が共通に採用していた解釈でした。

しかし、平成11年(1999年)の改定で、「注文部数」という文言が「注文した部数」と変更されたことから、、裁判官はたとえ50%を超えるような大量の残紙を含む注文であってもその部数が、外形上、販売店が「注文した部数」となっておれば押し紙には該当しないと判断するようになったのです。

ちなみに、私が押し紙問題に首を突っ込むようになったのは、平成13年(2001年)5月に、福岡県の読売新聞販売店経営者であった真村久三さん夫婦から強制改廃の相談を受けた時からです。

当時、予備紙の上限を実配部数の2%とする業界の自主規制は平成10年にすでに撤廃にされており、平成11年(1999年)の押し紙禁止規定の改正でかつての「注文部数」の文言も「注文した部数」に変更されていました。その結果、新聞社は販売店が「注文した部数」を超える部数を供給しなければ「押し紙」でないという解釈に基づき、押し紙を利用した公然たる部数拡張競争を公然と繰り広げる状況が発生していました。全国的に、実際には販売していない新聞をABC部数として計上・公表するいびつな状況が生まれていたのです。

真村裁判の勝訴判決を機に、押し紙に関する相談が次々と持ち込まれるようになりましたが、多くのケースで押し紙率は、新聞業界自身が定めた上限2%どころか40%~50%にも及んでいました。

公正取引委員会は、平成9年(1997年)の北國新聞社の押し紙事件を機に、それまでの押し紙禁止規定の新聞業界による自主規制の方針を変更し、直接取り締まることを宣言します。その結果、新聞社は上限2%の制約から解放されます。さらに、平成11年(1999年)の押し紙禁止規定の「注文部数」の文言が「注文した部数」に改定されたため、新聞社は販売店が注文した部数を超えなければ押し紙ではないという身勝手な解釈に基づき、発行部数を際限なく増やしていきました。

北國新聞事件を機に押し紙はむしろ増大していったのです。押し紙を直接取り締まることを宣言した公正取引委員会も北國新聞社事件以降はまともな取り締まりを行うこともなく、サボタージュしたまま現在に至っています。

最近、国会で押し紙問題が再び取り上げられるようになっていますが、国会の質疑をみても公正取引委員会からは押し紙を積極的になくそういう熱意は伝わってきません。

ちなみに平成9年(1997年)の北國新聞事件の当時と平成11年(1999年)の押し紙禁止規定の「注文部数」の「注文した部数」への文言の改定当時の公正取引委員会委員長は、後に日本プロ野球連盟のコミッショナーに就任する、元東京高等検察庁長官の根来泰周氏でした。

根来氏が公正取引委員会委員長として、当時、押し紙問題にどのようにかかわってきたのか、読売新聞社の渡邉恒雄氏との関係を含め今後の解明が待たれるところです。

(注:根来氏は2013年11月に死去されています。)

話は変わりますが、静岡県清水市の味噌製造会社の専務一家4人が殺害された強盗殺人・放火事件の犯人として死刑判決が確定していた元プロボクサーの袴田巌さんの無罪が、この度の再審無罪判決によりようやく確定しました。静岡大学で青年期を過ごした私には、袴田事件ともう一つの再審事件の島田事件は忘れられない冤罪事件です。

当時、大学の先輩弁護士たちが、私たち学生に現地学習会への参加を呼び掛けていました。証拠の捏造までして袴田さんの人生を踏みにじった警察・検察のみならず、無罪を進言する同僚裁判官の意見を無視して死刑の有罪判決をくだした裁判官に対する国民の不信感は極めて大きなものがあります。司法の信頼を取り戻すために、弁護士を含め司法関係者の再発防止のための真剣な努力が求められています。

西日本新聞社を被告とする本件押し紙裁判は、当初、若手裁判官の単独事件として受理され、早々に和解が打診されました。押し紙裁判として異例な対応です。ほどなくして3人の裁判官による合議体に審理は移行しましたが、そこでも裁判官は、これまでの見られなかったような詳細な争点整理表を作成し、原告・被告の双方の代理人弁護士に検討を求めるなど、押し紙問題の解決に向けて熱心に取り組む姿勢を示されました。

そのような正常な流れを辿っていたにもかかわらず、昨年4月1日付で三名の新たな裁判官が福岡地裁に転任され、この押し紙裁判を担当されるようになりました。

私どもは、押し紙裁判で担当裁判官の奇妙な人事異動が行われるケースを経験しておりますので、本件の担当裁判官3名全員の交代にはいささか懸念を覚えております。しかし、この3名の裁判官が、原告本人と被告側の証人の証言を法廷で直接聞いておられますので、私どもの主張に十分耳を傾けた判断を示してくれることを期待しているところです。

ネット社会のすみずみまでの普及と歩調を合わせるように、紙の新聞の衰退が急速に進んでいます。そのような時代背景の中で、本件押し紙裁判の判決がどのような結論になるのか、また、その理由はどのようなものになるのか、福岡地裁の判断を皆様と一緒に見届けたいと思います。

今後も、裁判の進捗状況は逐一報告し続けたいと思いますので、皆様のご支援のほどをよろしくお願い申し上げます。

本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2024年10月15日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

今こそ、鹿砦社の雑誌!!

読売新聞社会部(大阪)が、情報提供を呼び掛けている。インターネット上の「あなたの情報が社会を動かします」というキャッチフレーズに続いて、次のように社会部への内部告発を奨励している。

「不正が行われている」「おかしい」「被害にあっている」こうした情報が、重大な問題を報道するきっかけになります。読売新聞は情報提供や内部告発をもとに取材します。具体的な情報をお持ちの方はお寄せください。情報提供者の秘密は必ず守ります。

この機会に全国の新聞販売店は、「押し紙」の実態を内部告発すべきではないか。読売社会部が「押し紙」を調査して報道する可能性はほとんどないが、同社のジャーナリズムがどの程度のレベルなのかを知るための指標になる。

◆年間932億円の不正販売収入を生み出す「押し紙」

数年前、わたしはNHKに対して「押し紙」に関する資料を提起しようとしたことがある。結論を先に言えば、この時は門前払いされた。NHKの職員は、資料の受け取りを拒否したのである。その理由は、NHKには部署が多いので、たとえ資料を受取っても行方が分からなくなる可能性があるというものだった。(電話での会話)

他の大メディアに「押し紙」の資料を提供しても、取材対象にはならない公算が強い。「押し紙」問題を報道することが、自分たちの小市民としての経済基盤を崩壊させかねない懸念があるからだ。

しかし、「押し紙」問題は、新聞ジャーナリズムを考える上で最も根本的な着目的である。と、いうのも「押し紙」が生み出す不正な販売収入の額が尋常ではないからだ。この汚点に、公正取引委員会や警察などの公権力が着目すれば、「押し紙」の摘発をほのめかすだけで、暗黙裡に新聞の紙面内容に介入することが可能になる。わたしの試算ででは、新聞業界全体で年間932億円の不正な販売収入が発生している。これは過少に試算した数字である。

試算の詳細については、『新聞と公権力の暗部』(鹿砦社)に詳しいが、概要は次の通りである。2021年度の全国の朝刊発行部数は約2590万部だった。このうちの20%にあたる518万部が「押し紙」と仮定する。また、新聞1部の「押し紙」代金を月額1500円をと仮定する。「押し紙」による販売収入は、次の計算式で導きだせる。

518万部×1500円×12カ月=年間932億円

新聞は「朝刊単独版」と「朝夕セット版」の2種類があるが、誇張を避けるために、すべての新聞が価格がより安い「朝刊単独版」として計算した。

それにもかかわらず「押し紙」による販売収入は、932億円になるのだ。この数字がいかに異常かは、たとえば次のデータと比較すると分かりやすい。

(1)統一教会の霊感商法による被害額は、全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、35年間で1237億円である。年間に換算するとたった3億5000万円程度である。

マスコミは、鈴木エイト氏の後追い取材のかたちで、霊感商法の問題を大きく取り上げた。しかし、それよりも被害が深刻なのは、「押し紙」代金の取り立てである。

(2)しんぶん赤旗(2020年9月15日)によると、自民党から電通に支出された広告費は、19年間で100億円超である。年間に換算すると5000万円強である。この広告費は、倫理的な問題を孕んでいるが、不法行為ではない。これに対して「押し紙」による販売収入は、不法行為である。しかし、しんぶん赤旗もこの問題は避けている。暴露した場合の「反共攻撃」が予測されるからではないか。あるいは新聞記者の生活を守ることを優先するからではないか。

「押し紙」が生み出す不正収入が莫大な額であるからこそ、公権力によるメディアコントロールの温床になり得るのだ。公権力の側も、この点を熟知しているから、「押し紙」問題は黙認しているのだ。裁判所は、サラ金の武富士にはメスを入れても、新聞社に対しては、メスを入れない。

実はこのような構図は、戦前・戦中にも存在した。政府が新聞用紙の配給の権限を握ることで、新聞社を大本営の広報部に変質させていった歴史がある。かつては新聞用紙の配給制度がメディアコントロールの装置として機能し、戦後は「押し紙」制度が公権力による世論誘導の装置として定着したのである。この点を認識することなしに、日本の新聞ジャーナリズムの本質を捉えることはできない。

◆新聞ジャーナリズムの衰退を生み出す「押し紙」

新聞ジャーナリズムの衰退について考える時、大別して2つの視点がある。ひとつは精神的なもの(記者魂の欠落や勉強不足)にその原因を求める論法である。もうひとつは物質的なもの(記者クラブ制度、税制の優遇措置、「押し紙」問題など)にその原因を求める論法である。哲学上の言葉を使うと、観念論の論法と唯物論の論法の違いということになる。

前者の典型としては、「望月記者と共に歩む会」である。このグループは、それぞれの記者が東京新聞の望月記者のような積極性を発揮すれば、ジャーナリズムはよくなるという考えのようだ。新聞ジャーナリズムに対する手厳しい批判は、わたしが調べた限りでは、1960年代には始まっているが、現在まで、その評論の大半が観念論に基づいたものである。結果、ほとんど何も変わっていない。

これに対して後者の例としては、既に述べたように、記者クラブ制度、税制の優遇措置、「押し紙」問題などがある。これらの中で最も問題なのは「押し紙」である。と、いうのも「押し紙」問題は、不正な金銭がらみで、しかもその金額が尋常ではないからだ。

◆販売店主の自殺者などを生み出す「押し紙」

新聞社による「押し紙」代金の回収は、販売店主の自殺者などを引き起している。かつてサラリーマン金融や商工ローンの取り立てが大きな問題になったことがあるが、その比ではない。しかも、問題の中心にいるのが、「社会の木鐸」である新聞社であることに、大きな問題がある。

出版社も、そのほとんどが「押し紙」問題を扱わない。新聞の書評欄から、自社の書籍が締め出されると、大きな打撃を受けるからだ。

読売新聞社会部(大阪)は、内部告発を奨励することで、そのジャーナリズム性をPRしているようだが、こうした戦略を読者はどう考えるだろうか?

 

本稿は『メディア黒書』(2024年09月27日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

福岡・佐賀押し紙弁護団は、10月1日、毎日新聞の元店主Aさんが大阪地裁へ提起した「押し紙」裁判の訴状(3月20日付け)を公開した。

それによると請求額は、1億3823万円。その内訳は、預託金返還請求金が623万円で、販売店経営譲渡代金が1033万円、それに「押し紙」の仕入れ代金が1億2167万円である。

訴状の全文(P01-P02)

訴状の全文(P03-P04)

訴状の全文(P05-P06)

◎訴状の全文(下記からダウンロード可能)
http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2024/10/MDK241001.doc

預託金とは、広義の保証金のことである。身近な例としては、不動産賃貸の敷金の類いである。新聞販売店を開業するに際して、新しい店主は新聞社に預託金を預ける。Aさんの場合は623万円だった。

経営譲渡代金というのは、販売店を廃業して後継者に営業権を譲渡する際に、前任店主が受け取ることが出来る営業譲渡金のことである。新聞部数に連動して金額が異なる。Aさんのケースでは、1033万円だった。

しかし、Aさんは預託金も経営譲渡代金も受け取ることが出来なった。毎日新聞社が「押し紙」によるAさんの未払い金額から、これらの金額を相殺したからである。

今回、提起された「押し紙」裁判のひとつの特徴は、販売店に搬入する新聞の部数の決定方法である。訴状によると、「新聞販売店の注文は、FAXやメール等により行われるのが普通であるが」、Aさんの場合は、担当員の訪店時に部数の増減を報告するだけで、販売店に搬入する新聞の部数は毎日新聞社が決定していた。注文方法そのものが、前近代的なものだった。

ちなみに大半の新聞社は、販売店に送付する新聞代金の請求書に、「新聞部数を注文する際は、購読部数に予備紙等を加えたものを超えないでください」という注意書きを記している。毎日新聞社の場合も例外ではなかった。

しかし、逆説的に見ると、この注意書きは新聞社が俗に言う「積み紙」をも禁止していることを意味する。言葉を替えると、販売店に搬入される新聞の部数のうち、販売店経営に真に必要な部数(実配部数+予備紙)を超えた部数は、違法な部数である。独禁法の新聞特殊指定に抵触する。

メディア黒書は、今後、Aさんの「押し紙」裁判を報じていく。

本稿は『メディア黒書』(2024年10月2日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

 

 

◆「押し紙」の実態

兵庫県で毎日新聞販売店を経営してきたA氏を原告とする1億3823万円の支払いを求める押し紙裁判を大阪地裁に提訴しました。

請求金額の内訳は、預託金返還請求金が623万円、販売店経営譲渡代金が1033万円、押し紙仕入れ代金が1億2167万円です。

この事案の特徴は、Aさんが廃業後の生活に予定していた預託金623万円と販売店譲渡代金1033万円の計1656万円を受け取れないまま、無一文の状態で廃業に追い込まれた点にあります。

これまで、銀行負債を抱えたまま廃業せざるを得なくなった販売店は多数見聞きしてきましたが、信認金(預託金)や販売店譲渡代金を一円も受け取れないまま廃業に追い込まれたケースは初めてです。

販売店経営者は、廃業せざるを得なくなった場合でも、信認金や販売店の譲渡代金があれば、当面の生活費に充てたり、自己破産の弁護士費用に充てることができていました。しかし、Aさんの場合は、蓄えもなく銀行負債を抱えたままで経営が続けられなくされたうえに、信認金や販売店譲渡代金も新聞の仕入代金に充当され、翌日の生活費も残らない状態で廃業させられました。

幸い、Aさんは単身者だったため、経営者仲間の協力でアルバイトをしながら生活を維持することが出来ています。今年の熱い夏、毎日汗水を流しながら新聞配達とオリコミ広告のポスティングをしているAさんには頭が下がります。

しかし、Aさんに奥さんや子供さんがいたとしたら、その生活はどうなっていたでしょうか。考えるだけで恐ろしくなります。

◆新聞社のモラル崩壊

月刊誌『ZAITEN』の5月号に、廃業を申し出た読売新聞の販売店主が本社から廃業を再三慰留されてやむなく経営を続けていたところ、大雪に見舞われ欠配しないように店に泊り込みしたことから体調を崩し、数日、店を休み電話にもでなかったところ、販売店継続意思の放棄であるとして読売から販売店契約を強制解除され、販売店譲渡代金が支払われなくなった記事が掲載されていました。

また、私共が担当した広島県福山市の濱中さんに対しても、読売は補助金の不正受給を理由として大阪高裁が1000万円を超える損害賠償を認めた判決に基づき、浜中さんの預金を差し押さえる状況が生まれています。

共存共栄をうたい文句に販売店経営者に莫大な押し紙仕入代金の支払いを続けさせておきながら、廃業した途端、販売店主に残されたわずかな生活資金まで取り上げてしまう新聞社の非道な仕打ちには言葉も出ません。新聞社のモラル崩壊もついにここに極まれりという感じがしています。

大手新聞社ですら、販売店経営者の最後の命綱ともいうべき営業保証金や販売店経営譲渡金まであてにしなければならないほど危機的な経営状況にあることを示しているのかもしれません。

ABC部数の減少がこのままのペースで進むと、新聞社の経営は10年も持たないのではないかと危惧するむきもあります。

そうなれば、新聞の消滅と共に押し紙もいずれなくなります。長い間、「押し紙」は新聞業界の最大のタブーとして国民の目から隠し続けられてきましたが、ネットの普及によって「押し紙」を検索すればおびただしい情報があふれており、もはやタブーでもなんでもありません。失われた30年を経た現在、日本の現状をみると新聞社のモラルの崩壊がシロアリが巣食うように全国津々浦々にまで及んでおり、もはや日本人の美徳であったモラルの取り戻しは絶望的なようにも感じております。

最後のよりどころというべき裁判所が、この問題にどのような姿勢をしめすのか、これからも押し紙裁判の行方に関心を寄せて頂くようお願いして、毎日新聞押し紙訴訟提起の報告と致します。

*福岡地裁の西日本新聞の2件の押し紙訴訟の内1件は、来る10月1日に結審予定です。最終準備書面を提出しますので、その内容は次に報告させて頂くことにします。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長。綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2024年09月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

今こそ、鹿砦社の雑誌!!

横浜副流煙裁判をドラマ化した映画「窓」が、9月14日にロサンゼルス日本映画祭(Japan Film Festival Los Angeles 2024〈JFFLA〉)で上映される。

この映画は、煙草の副流煙が引き金となった隣人トラブルに材を取った作品で、ロンドンやパリの国際映画祭の最優秀長編映画賞など、国内外で数々の賞を受賞してきた。また、主演の西村まさ彦氏が最優秀主演男優賞を受けるなど高い評価を得てきた。

ロサンゼルスでの上映が決まったことで、「香害」が新しい視点から、禁煙ファシズムの発祥地である米国でもクローズアップされることになった。
 
既報してきたように、横浜副流煙裁判は、たばこの副流煙が原因で健康を害したとして、隣人が隣人に対して約4500万円の損害賠償を求めた事件である。舞台は、横浜市のマンモス団地。都会の砂漠。日常生活の中に潜んでいる事件だが、原告の訴えに根拠はなく、被告として法廷に立たされたミュージシャンの勝訴で終わった。


◎[参考動画]映画 [窓] MADO Trailer

映画『窓』は、「香害」について再考する上で重要な作品である。マスコミ報道が原因で、「香害」=化学物質過敏症の単眼的な概念が社会の隅々まで根を張っている。その結果、「香害」が持つもうひとつの顔は、ほとんど認識されていない。  もうひとつの顔とは、「香害」を訴えている人々の中に、かなりの割合で精神疾患の人々が混じっている実態である。医療に携わる人々に間でも、精神疾患の可能性を考慮せずに、患者の訴えを鵜のみにして、安易に「化学物質過敏症」の病名を付した診断書を交付している。それが予期せぬ隣人トラブルの引き金になっている。

『窓』は、初めてこの点に踏み込んだ作品である。化学物質過敏症をテーマとした映画としては、『いのちの林檎』が有名だが、『いのちの林檎』は化学物質過敏症で苦しんでいる人を単眼的に描いているだけで、精神疾患の問題には踏み込んでいない。と、いうよりも同作品が制作された時代には、化学物質過敏症と精神疾患を区別する科学の視点がまだ定着していなかったのである。

横浜副流煙裁判の中で、煙草の被害を訴えた原告側に、精神疾患の可能性が浮上したことで、「香害」の捉え方が多面性を帯びてくる。麻王監督は、この点に着目して事件をドラマ化したのである。複雑きわまりないテーマを、名演技と美しい映像で構成した。

※               ※               ※

 映画の上映に際して、麻王監督をはじめ、プロジューサーの藤村政樹氏、主演の西村まさ彦氏、それに実際に横浜副流煙事件の当事者となった藤井将登・敦子夫妻の5名が渡米する。

『窓』のエンディングで使われている曲は、ミュージシャンで事件の被告である藤井将登氏の作曲である。歌っているのは、小川美潮。何十年も前に誕生した曲だが、偶然に映画『窓』の世界と一致している。複雑な社会機構の中で、窓を閉じて、街を眺めるしか生きるすべがない弱者の悲しみが伝わってくる。


◎[参考動画]小川美潮「窓 ~ mado 2022 ~」―映画『[窓] MADO』 SIDE[B]

本稿は『メディア黒書』(2024年08月24日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

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読売新聞の元販売店主が読売新聞大阪本社に対して起こした「押し紙」裁判のその後の経緯を報告しておこう。新しい展開があった。

既報したように、この「押し紙」裁判は、大阪地裁でも大阪高裁でも読売新聞が勝訴したが、大阪地裁は読売による独禁法(新聞特殊指定)違反を部分的に認めた。その意味で、元店主が敗訴したとはいえ、画期的な認定が誕生した。高裁が、この認定を取り消したとはいえ、判例集でも公開され、「押し紙」問題の解決に向けた一歩となった。

しかし、読売は、元店主に対して新たな動きに出た。8月1日付けで、元店主の預金口座を差し押さえて、約1300万円(延滞損害金などを含む)のお金を支払うように求めてきたのだ。

◆約1300万円の中身

読売が金銭要求している1300万円が発生した経緯は次の通りである。2020年8月に、元店主は読売に対して、「押し紙」で損害を受けたとして、4120万円(後に1億2486万円に増額)を請求額する「押し紙」裁判を起こした。

これに対して読売は、元店主から約1000万円の補助金を騙し取られたとして、元店主を「反訴」した。返金を求めたのである。

判決は、大阪地裁も大阪高裁も、元店主の請求は1円たりとも認めず、読売の高額請求は認めた。

ちなみにこの「押し紙」裁判の読売代理人を務めたのは、喜田村洋一弁護士ら3名である。喜田村洋一弁護士は、人権擁護団体である自由人権協会代表理事を務め、今世紀の初頭か、地元の東京だけではなく、福岡、大阪、埼玉などへ足を運び、一貫して読売に「押し紙」は一部も存在しないと主張し続けてきた。熱心な「人権擁護活動」が評価されてるのか、メディア関係者や新聞研究者からは、ありがたい存在として重宝がられている。

これまでにも読売は、裁判を起こした(元)店主に対して逆に訴訟を提起するなどして法的根拠をつくり、資産を差し押さえたケースはある。たとえば2012年7月、真村訴訟の元原告だった真村久三氏に対して、自宅を仮差押えする申し立てを行った。裁判所は、早々にこれを認めた。この差し押さえには、喜田村洋一・自由人権協会代表理事がかかわった。

当事者を精神的にも、経済的にも追い詰めかねない預金口座の差し押さえ手続きを行ったのは次の3名である。元店主の人命にかかわりかねない案件なので、以下に実名を公表する。

 軸丸欣哉弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)
 森田博弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)
 森本英伸弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)

なお、今回の差し押さえ事件に関しては、喜田村弁護士の名前はないが、裁判では読売の代理人として重要な役割を果たした。従来どおり、「押し紙」は一部も存在しないと主張し続けた。

判決の評価は、本来であれば判決の全文を公開した上で、議論するのがふさわしいが、読売が判決文に閲覧制限をかけているために、議論の肝心な分部は黒塗りで閲覧できない。

預金口座を差し押さえられた後、元店主は新聞労連にも相談したが支援は得られなかった。新聞研究者も口を閉ざしたままである。緒雑誌のジャーナリズム特集でも、「押し紙」問題だけは除外されている。

◆判決の解説記事

この事件をどう評価するかは読者の自由であるが、わたしが着目しているのは、次の4点である。

(1)裁判所と新聞社は、日本の権力機構の中で、どのような位置づけになっているのか?

(2)新聞社の系統を問わず、裁判所は、大半の「押し紙」裁判で、「押し紙」の存在を認定していないが、公序良俗という観点から、大量の新聞が配達されることなく廃棄されている事実(積み紙)をどう考えているのか。

(3)自由人権協会とは何か。

(4)読売の社会部長は、「押し紙」問題をどう考えているのか。

※関連記事 http://www.kokusyo.jp/oshigami_c/17608/

本稿は『メディア黒書』(2024年08月22日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

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柔軟剤や煙草など、広義の「香害」をどう診断するかをめぐる議論が沸騰している。日本では、「香害」による体の不調を訴える人が、専門医を受診すると、ほとんど例外なく化学物質過敏症の診断を受け、障害年金の受給候補となってきた。「香害」に取り組む市民運動体が、公表している被害の実態も、極端に深刻さを強調するものになっている。

 

『週刊金曜日』は、「家の中に入る人や、近隣からの移香や残留で、家の中が汚染される」と回答した人が90.7%とアンケート結果を報じているが、客観的な裏付けはない

たとえば『週刊金曜日』(2024年2月9日)の特集記事「その香り、移しているかもしれません」の中で、環境ジャーナリストの加藤やすこ氏は、フェイスブック上の市民団体が実施したアンケートの結果を紹介して、「香害」の凄まじい実態を紹介している。

それによると、回答者600人のうち、「家の中に入る人や、近隣からの移香や残留で、家の中が汚染される」と回答した人が90.7%を占めたという。アンケートの主催者が、「香害」に抗議している人々が主体となった市民団体なので、必然的にアンケートに応じる回答者も「公害」に苦しんでいる人々が多数を占め、その結果、このように高い数値になった可能性が高い。ファクトチェックが欠落しおり、常識的にはありえない数字である。

◆坂部貢医師の報告、精神疾患との併症率は80%

「香害」による被害を訴える人を、容易に「化学物質過敏症」と決めつける風潮に対して、このところ疑問を呈する声が広がっている。一定の割合で、「香害」の中に精神疾患のケースが混じっているという見方である。従来の「香害」=化学物質過敏症という構図の誤りである。

たとえば、化学物質過敏症に詳しい坂部貢医師は、「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務」と題する報告書の中で、化学物質過敏症と同じ症状を現わす患者には精神疾患の症状が見られるケースがあると述べている。精神疾患との併症率は、なんと80%にもなるという

坂部医師と同じ観点に立って、化学物質過敏症の診察を実施しているのが、舩越典子医師(典子エンジェルクリニック、堺市)である。「香害」を訴える患者の中に、一定割合で精神疾患を持つ人が混じっているとする主張である。その根拠を示す具体的な一例を紹介しよう。2024年度のケースである。

◆「洗濯物を干すときにじろじろと見られた」

「香害」を訴えて、舩越医師のオンライン診療を受けたのは、50代の主婦A子さんである。マンションの2階に、夫と成人の息子の3人で住んでいる。舩越医師は、Aさん本人だけではなく、夫からも事情を聞いた。その結果、訴えについて次のようなことが判明した。

Aさんはコロナに感染して高熱を出した。療養後、Aさんは奇妙なことを口にするようになった。向かいの家に住んでいる70代の高齢男性が煙草を吸っている。その匂いが耐え難い。匂いは、窓を閉めていても家の中まで闖入してくる。

「向かいの民家と、自宅の距離はどのぐらいありますか?」

「20メートルぐらいです」

あまりにも匂いが強いので、Aさんは老人に3度ほど注意したという。しかし、老人は禁煙には応じない。

舩越医師は、Aさんの話の信憑性を確認するために、Aさんの夫に、本当に煙草の匂いは、自宅に入ってくるのかを問うた。夫は、自分も息子も匂いは感じないと答えた。さらに詳しく話を聞いてみると、Aさんが老人による「香害」とは別の加害も訴えていることが判明した。たとえば理由なく怒鳴りつけられたとか、洗濯物を干すときにじろじろと見られたとか、窓のカーテンを閉めているにもかかわらず、覗き込まれたといった言動である。

舩越医師は、Aさんが精神疾患を患っている可能性を疑った。Aさんの訴えと家族による観察が整合していないことが、その主要な理由である。それに物理的に見て、20メートルの距離を置けば、煙草の匂いは拡散されてしまうことも考慮に入れた。そこで、精神科を受診するように勧め、知人の専門医を紹介した。

Aさんは、自分が「香害」の被害者であると固執して、精神科の受診を拒んだが、家族が説得して、受診にこぎつけた。その後、紹介先の医師から、Aさんが被害妄想、注察妄想、幻聴などを呈しており、妄想性障害であるとの報告書が届いた。

Aさんは向精神薬であるリスパダールの処方を受けた。約2週間後、オンライン診療でAさんと再会したとき、すっかり以前とは様子が変わっていた。妄想は消えて、表情が和らいていた。妻がすっかり別人の様に良くなったと、夫はとても喜んでいた。2人とも以前には見られなかった笑顔だった。

このケースでは、「香害」という訴えの信憑性を見極める過程で、家族が大きな役割を果たしたのである。

 

香害の防止を呼び掛ける消費者庁の告知。単眼的な視点になっていて、客観的なデータが欠落している

◆「香害」の複雑さと真実

「香害」の訴えを、単純に化学物質過敏症と診断すると、副次的な問題を引き起しかねない。その典型的な例が、横浜副流煙事件がある。この事件では、町医者から専門医までが、「患者」の訴えを鵜のみして、化学物質過敏症、あるいは「受動喫煙症」と言った病名を付した診断書を交付した。それを根拠に、隣人に約4500万円を請求する裁判を起こした。

しかし、裁判の中で原告が提訴の根拠とした化学物質過敏症の診断に、十分な根拠がないことが次々と判明した。逆説的に言えば、それだけ「香害」は複雑な要素を孕んでおり、ネット上のアンケートで実態を把握できるほど単純な問題ではない。

Aさんにとって幸いだったのは、家族が真剣に問題に向き合ったことである。また、舩越医師が「香害」を訴える人々の中に、一定の割合で精神心疾患の患者が含まれている実態を認識していたことも大きい。

「香害」を訴える患者の中には、一定の割合で、精神疾患の患者が含まれているのである。この点を無視して、「香害」を語ると、前出の『週刊金曜日』の記事に見るような極論になってしまう。

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『週刊金曜日』(7月26日)の記事「バイデン撤退ハリス後継でトランプ優勢変わらぬが……」(編集部の本田雅和氏の署名)に、基本的な事実関係が間違っている箇所がある。現代史の中で重要な分部なので、指摘しておこう。米国大統領選における、トランプ候補の政治姿勢について述べた箇所である。次の記述である。

 

もう一つ、米国社会を歴史的に貫く大きな潮流として「対外関与を忌避し、自国政治に専念すべきという独立主義」の伝統がある。かつてはモンロー主義と呼ばれた、19世紀からの伝統だ。

ウクライナ戦争やパレスチナ・ガザにも「無関心」で、「日米安保条約は不平等条約」と言って「破棄」さえしかねないトランプの米国第一主義は、この孤立主義を体現している。トランプになれば、日本や韓国に対する軍事費負担増などの軍事強化要求がさらに強くなるのは必至だ。

「米国社会を歴史的に貫く大きな潮流として『対外関与を忌避し、自国政治に専念すべきという独立主義』の伝統がある」と述べているが、この記述が誤っていることは、米国によるウクライナやパレスチナへの関与を検証すれば一目瞭然だ。

ラテンアメリカ諸国に対する内政干渉も甚だしい。戦後だけを見ても、1954年のグアテマラに始まり、その後、キューバ、チリ、ニカラグアなど中米へ介入している。現在では、ベネズエラの左派政権に対する敵視政策は目にあまるものがある。次に示すのが、米国によるラテンアメリカへの軍事介入の実態である。

『週刊金曜日』が提示したモンロー主義の解釈も間違っている。モンロー宣言(1823年)に象徴されるモンロー主義は、確かに内政不干渉を基本とする文書だが、宣言が行われた背景に、ヨーロッパ諸国によるラテンアメリカ諸国への内政干渉があった。米国は、欧州に対抗するために、モンロー主義を宣言し、ラテンアメリカが自国(米国)の「裏庭」にあたるとする立場を前提に、米国こそがこの地域を支配する権限を有することを宣言したものなのである。モンロー宣言は、むしろ米国によるラテンアメリカへの内政干渉を正当化するための宣言なのである。実態としては、「対外関与を忌避」したものではない。

実際、米国はモンロー主義を口実として、ラテンアメリカ諸国への内政干渉を繰り返してきた。内政干渉は現在も続いている。

『週刊金曜日』は、このような脈絡を無視して、トランプが政権を執れば、米国による内政不干渉の政策が導入され、その反動で日本や韓国の軍事負担が増えると、論じているのだ。支離滅裂な論考である。西側を世界戦略に巻き込もうとしている米国の基本的な対外戦略を無視して、トランプを論じているのである。これでは既存メディアと同じレベルではないか?

本稿は『メディア黒書』(2024年07月30日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

新聞業界の「押し紙」問題の本質を考える上で欠くことのできない公文書の原文を公開しておこう。この文書は、公正取引委員会が1997年(平成9年)12月22日付けで、北國新聞に対して交付した「押し紙」の排除勧告書である。

この事件を契機として、公正取引委員会と日本新聞協会(新聞取引協議会)は、「押し紙」問題解決へむけた話し合いを始めた。そして約2年後の1999年に、独禁法の新聞特殊指定の改訂というかたちで決着した。

ところが不思議なことに改訂された新聞特殊指定は、「押し紙」問題の解決への道を開くどころが、逆に「押し紙」をより簡単に強要できる内容となっていた。実際、その後、「押し紙」率が50%を超えるケースが、「押し紙」裁判の中で判明するようになった。

本稿で紹介するのは、この問題(新聞業界の「1999年問題」)の発端となった公文書である。事件の概要については、下記のURLからアクセスできる。

■北國新聞に対する勧告書(全文)
http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2024/07/IMG_0001.pdf

■北國新聞社に対する勧告について(プレスリリース)
http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2024/07/IMG_0002.pdf


◎[参考動画]Collection of unopened bales of newspapers – possible oshigami

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