稲盛和夫の「名言」と基地局問題、露呈した企業エゴイズム 黒薮哲哉

優れた経営者として名を馳せてきた稲盛和夫氏が、8月24日に亡くなった。ウィキペディアによると、同氏の経歴は次の通りである。

 
稲盛和夫氏(出典:ウィキペディア)

稲盛 和夫(いなもり かずお、1932年〈昭和7年〉1月21日 – 2022年〈令和4年〉8月24日)は、日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。公益財団法人稲盛財団理事長。「盛和塾」塾長]。日本航空名誉会長。

京セラやKDDIの創業者。経営に関する著書も多い。ビジネスマンの間で評価が高く、松下幸之助と並んで、経営の神様としてもてはやされていきた。金策に富んだ経済人だった。しかし、日本航空のリストラに大鉈を振るったという批判も浴びた。

この人物の「名言」について書くとき、わたしには素朴な疑問がある。

◆電磁波という新世代の公害

2020年の夏、KDDIはわたしが住む埼玉県朝霞市の城山公園(市の所有地)に携帯電話の基地局を設置した。土地の賃料は、月額で約360円。無料同然の賃料を市に納金し、朝霞市でも電話ビジネスを拡大した。だが、基地局が放射するマイクロ波を1日24時間、365日にわたって被曝させられる近隣住民はたまったものではない。モルモット同然だ。立派な迷惑行為である。

KDDIの基地局設置現場。朝霞市の城山公園

わたしは基地局設置の工事に気づき、KDDIの子会社・KDDIエンジニアリングに工事の中止を求めた。欧米では、電磁波による人体影響を考慮して、基地局の設置には一定の制限を設けている。設置された基地局を撤去するように裁判所が判決を下した例もある。

KDDIエンジニアリングは、わたしの要請に応じて、一旦工事を中止した。そして現場から機材を搬出した。さらに現場を木の柵で囲って、立ち入り禁止にした。

その後、わたしは何度かKDDIエンジニアリングの担当者や朝霞市の職員と話し合った。しかし、KDDIエンジニアリングは、何の合意事項にも至らないまま、一方的に工事を再開して基地局を完成させたのである。朝霞市もそれを黙認した。住民よりも企業に手厚い便宜を図ったのである。

後日、わたしは富岡勝則市長に電磁波の人体影響に関する公開質問状を送ったが、電磁波問題そのものを分かっていない様子だった。

◆企業エゴイズムを露呈

東京都板橋区でも、KDDIが基地局の設置をめぐりトラブルを起こしている。密集した住宅街の中のマンションに基地局を設置したところ、住民たちが撤去を求めて声をあげた。基地局直近の民家の住民は、10数メートルの距離から電磁波の放射を受ける。3階の窓を開けると、目の前に基地局があるので、心理的にも圧迫される。

向かいのマンションの住民たちも、窓のすぐそばに巨大なアンテナがあるので気持ちが滅入ってしまうと話す。寝室を電磁波に直撃されないところへ変えた人もいる。「終の棲家が台無しになった」と嘆いている人もいた。

数年前には、やはりKDDIが川崎市宮前区犬蔵でトラブルを起こした。中層マンションの屋上に基地局を設置して、アンテナ直下の住民夫妻の怒りに火を着けた。夫妻のうち、妻はフィンランドの出身だった。

「自国では、民家の屋根や直近に基地局を設置することなど絶対にありえません」

欧米では電磁波による人体影響は、常識となっている。メディアも基地局問題を報じる。

KDDIは、過去に延岡市でもトラブルを起こしたことがある。3階建てアパートの屋上に基地局を設置して操業を始めたところ、近隣から苦情がでた。健康被害が広がり、2009年、30人の住民が操業の差し止めを求めて提訴した。

『朝日新聞』は、提訴前の2007年12月16日、住民らの健康被害について次のように伝えている。

延岡市大貫町5丁目にある携帯電話基地局のアンテナが原因として、住民が健康被害を訴えている問題で、市は14日、先月末に実施した健康相談の結果を公表した。45人が耳鳴りや頭痛を訴えており、大半は基地局が設置された昨年11月以降に自覚症状が出たという。

健康相談は11月29日から3日間、現地で行い60人が訪れた。耳鳴りが31人で最も多く、肩こりが16人、不眠が14人と続いた(複数回答)。胃腸不良や胸の痛みを訴える人もいた。

自覚症状を感じ始めた時期は、基地局が設置された昨年10~12月が22人で半数を占めた。市健康管理課は「結果的に時期が重なった人が多かったが、これが電磁波の影響かは分からない」としている。

判決は、住民側の敗訴だった。それに力を得て、KDDIはそのまま操業を持続した。住民感情よりも、自社の経済活動を優先してきたのである。

◆規制になっていない総務省の規制値

ちなみに総務省が定めたマイクロ波の規制値は、たとえば欧州評議会に比べて1万倍も緩い。実質的には規制になっていない。次に示すのが数値の比較である。

・日本:1000 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・平方センチメートル)
・ロシア:10μW/c㎡
・スイス:9.5μW/c㎡
・欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)

◆「経営とは、人として正しい生き方を貫くことだ。」

KDDIが起こした基地局問題の現場へ足を運ぶたびに、わたしは住民らが共通したある疑問を口にするのを聞いてきた。それは、

「経営の神様、稲盛和夫は基地局問題をどう考えているのだろうか」

と、いう問いである。わたしも同じ疑問を抱いてきた。「名言」と実際にやっていることが、言行不一致になっている。

「常に明るさを失わず努力する人には、神はちゃんと未来を準備してくれます。」

「経営とは、人として正しい生き方を貫くことだ。」

「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」

稲盛氏は、自社のエゴイズムには、無頓着な人物だったのではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

重なる選挙汚職、懲りない地方議会の面々、町議が選挙人名簿を盗撮しSNSで共有、選挙運動に悪用 黒薮哲哉

神奈川県湯河原町の土屋由希子町議が、隣接する真鶴町の選挙人名簿をタブレット端末で盗撮し、SNSを介して2人の政治仲間と共有していた事件を神奈川新聞(8月24日)が報じた。昨年秋から批判の対象になっている選挙人名簿をめぐる汚職が新局面をむかえた。

◎神奈川新聞の記事 https://news.yahoo.co.jp/articles/8d8f0119ed6f42aca7fc1f2ad426b8ddade17c79

選挙人名簿とは、投票権を有する住民を登録したリストのことである。選挙権は成人になれば自動的に得ることができるが、投票権を得るためには、居住期間などの必要要件を満たして、選挙人名簿に氏名が登録されなければならない。この登録作業は、選挙管理委員会が選挙の直前に住民基本台帳などを基に実施する。

選挙人名簿はだれでも閲覧権があるが、複写や持ち出しは公職選挙法で禁止されている。選挙管理委員会は、選挙人名簿の悪用を避けるために厳重に管理している。

しかし、土屋議員は、監視の眼をかいくぐって真鶴町の投票権者に関する情報を持ち出したのである。

SNSで共有された選挙人名簿のスクリーンショット。当事者の中に会社員が含まれており、業務時間中に選挙運動を行っていたことになる
 
(左)土屋由希子氏、(中)木村勇氏。木村氏が出馬した2021年9月の町議会選。出典:yamashita_sumioのblog

◆有権者に大量の選挙ハガキを送付

事件の舞台となった神奈川県真鶴町は、人口7000人。太平洋に突き出した岬の自治体である。土屋氏が町議を務める湯河原町と隣接している。2つの町は交流が深く兄弟のような関係にある。

2021年9月、真鶴町は町議選を予定していた。この選挙に真鶴町民で土屋 と懇意な木村勇氏が立候補した。木村氏の選挙運動を支えるために、土屋議員は真鶴町の選挙管理委員会に足を運び、タブレット端末で完成したばかりの選挙人名簿を盗撮した。そしてSNSでそれを木村氏ら政治仲間と共有した。木村氏は選挙人名簿のデータを基に、有権者に大量の選挙ハガキを送付したのである。

木村氏はこの選挙で当選し、現在は真鶴町議を務めている。

土屋氏は神奈川新聞の報道内容を認めて、ユーチューブで謝罪した。

◆過去にも選挙人名簿持ち出し事件

真鶴町では、2020年9月に行われた町長選の直前にも、選挙人名簿が流出する事件が起きた。当時、立候補を予定していた真鶴町の職員・松本一彦氏がみずから選挙人名簿を複写して持ち出し、選挙運動に使ったことが発覚したのだ。さらに2021年の町議会選挙でも、当時の選挙管理委員会の幹部が松本町長から指示されて選挙人名簿の複写を3人の立候補者に渡していた。これは、木村氏が立候補したのと同じ選挙であるが、名簿の入手ルートは別である。木村氏の場合は、土屋氏のルートだった。

松本町長が主導した汚職事件を受けて真鶴町が設置した第三者委員会は、松本町長の行状について、報告者の中で次のように結論づけている。

松本氏については、窃盗罪、建造物侵入罪、守秘義務違反の罪、公職法上の職権濫用による選挙の自由妨害罪及び買収(供与)罪が各成立し、尾森氏(注:選管職員)については、地公法上の守秘義務違反の罪、公選法上の職権濫用による選挙の自由妨害罪が各成立すると解されるものである。また、青木氏(注:町議)、岩本氏(町議)については公職選挙法上の被買収罪、刑法上の証拠隠滅罪が成立する可能性がある。

 
(左)土屋由希子氏、(右)松本一彦町長候補。出典:土屋由希子氏のTwitter

この事件は、現在、捜査関係機関が捜査している。松本町長の起訴は免れないとの見方が有力だ。しかし、松本町長の支持層も多く、事件の発覚を受けて行われた再選挙で、松本町長は再選を果たしている。

土屋氏が起こした今回の事件は、松本町長が関与した事件とは別のルートであるが、不正選挙の手口は酷似している。選挙人名簿を不正に入手して、ダイレクトメールなどの選挙運動に利用する手口である。

土屋氏は、松本町長の熱心な支援者でもある。松本氏がはじめて真鶴町の町長選に出馬した際には、隣町へ応援に駆けつけている。その日のTwitterに、次の一文を投稿している。

「本日は真鶴町長選に立候補されている、松本一彦さんの応援に来ています!子ども達を中心にした政治のあり方に共感しています。真鶴町長選は松本一彦さんに清き一票を??」

真鶴町の選挙管理委員会は、湯河原町議の土屋氏と真鶴町議の木村氏が神奈川新聞の報道内容を認めたとしたうえで、「選挙管理委員会としては、2人から事情を聴取したうえで、今後、どう対処するかを決める」と、話している。

劣化が進んでいるのは、中央政界だけではない。地方議会も没落への道を転げ落ちている。議員の席を得ることで、定期収入を得られることから、議員を目指す者が少なからずいる。監視の役割を放棄してきたジャーナリズムの責任は重い。

◎[参考記事]町長が自らを刑事告発、第三者委員会が報告書を公表、神奈川県真鶴町の選挙人名簿流出事件 

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

霊感商法による年間の被害3億円、「押し紙」による年間の被害932億円 黒薮哲哉

日テレNEWS(7月29日付け)によると霊感商法の被害は、「去年で3億円超」、「35年間では1237億円」と報告されているという。

わたしはこの数字を見たとき、額が大きいとは感じなかった。新聞社による「押し紙」の被害の方がはるかに莫大であるからだ。それを示すごく簡単な試算を紹介しよう。

◆控え目に試算しても年間の被害額が900億円超

 
旧統一教会による「霊感商法なるものを過去も現在も行ったことはない」という弁解は、新聞社による「『押し紙』なるものを過去も現在も行ったことはない」とい詭弁と同じ論法である。両者とも「証拠はない」と言っているのだ。写真はテレビのニュース番組で提示されたもの。

日本新聞協会が公表している「新聞の発行部数と世帯数の推移」と題するデータによると、2021年度における全国の朝刊発行部数は、約2590部である。このうちの20%を「押し紙」と仮定すると、「押し紙」部数は518万部である。

これに対して販売店が新聞社に支払う卸価格は、おおむね新聞購読料の50%にあたる1500円程度である。

以上の数値を前提に、「押し紙」が生み出す販売店の損害を試算してみる。

卸価格1500円×「押し紙」518万部=約77億7000万円

ひと月の被害額が約77億7000万円であるから、年間にすると優に932億円を超える。霊感商法とは比較にならないほど多い。

しかも、この試算は誇張を避けることを優先して、「押し紙」率を低く設定している上に、「朝夕刊セット版」の試算を含んでいない。「朝夕刊セット版」を含めて試算すれば、被害額はさらに膨れ上がる。

「押し紙」により販売店が被っている被害額は、霊感商法の比ではない。

新聞販売店の店舗に積み上げられた「押し紙」

◆新聞協会が公言している「残紙=予備紙」の詭弁

「押し紙」は戦前からあった。しかし、それが社会問題として浮上してきたのは戦後である。日本新聞販売協会の会報『日販協月報』には、1970年代から「押し紙」に関する記述がたびたび出てくる。1980年代には国会質問の場で、共産党、公明党、社会党が超党派で「押し紙」問題などを追及した。しかし、メスは入らなかった。新聞社が開き直って無視したのである。

1997年に公正取引委員会が北國新聞社に対して「押し紙」の排除命令を下した。これにより「押し紙」問題にメスが入る兆しが現れたが、日本新聞協会は公取委に対して奇策に打ってでる。1998年の夏、みずからが策定していた新聞販売に関する自主ルールから、予備紙(残紙)の上限を搬入部数の2%とする項目を削除したのである。これにより販売店で過剰になっている残紙は、「押し紙」ではなく、すべて販売店が自主的に購入した「予備紙」ということにしたのだ。「押し紙」を予備紙という言葉にすりかえたのだ。

しかし、「予備紙」の大半は古紙回収業者によって回収されており、「予備紙」として使われている実態はほとんどない。新聞拡販に使っているのは、「予備紙」ではなく、景品である。

◆公権力が「押し紙」を放置する理由

「押し紙」についての新聞社の見解は、自分たちは過去にも現在も「押し紙」を行ったことは1度もないというものである。旧統一教会が「霊感商法なるものを過去も現在も行ったことはない」と弁解しているのと同じ論法なのだ。

なぜ、公権力は新聞社の「押し紙」にメスを入れないのだろうか。公取委は、「押し紙」問題で新聞社に独禁法違反を適用することができる。裁判所は、「押し紙」裁判で、新聞社の独禁法違反を認定することもできる。公権力が本気で解決に乗り出せば、「押し紙」問題は解決するはずだが、あえて放置している。

わたしはその背景に、新聞・テレビが世論誘導の部隊として、公権力に組み込まれている事情があると考えている。「押し紙」による莫大な不正収入をあえて黙殺して新聞社とその系列のテレビを経済的にサポートすることで、報道内容を暗黙のうちにコントロールしている可能性が高い。

現在の新聞社の形態は、帝国主義を掲げた天皇制軍事政権の下で構築された。日本の新聞社を各都道府県に1社と若干の中央紙に編成して、大本営発表を掲載させたのである。当然、GHQは、戦後、戦争責任を追及して新聞社を解体することもできたはずだ。しかし、実際は、解体せずにそのままの体制を残したのである。

理由は単純で、「反共」思想と親米世論を定着させるうえで、旧来の新聞制度が好都合だったからである。利用価値があると考えたからだろう。こうした占領政策の延長線上に、現在の新聞社はあるのだ。新聞は世論誘導の道具であって、ジャーナリズムではない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

横浜副流煙裁判、8月3日にオンラインで「弁論準備」、諸悪の根源は作田医師が作成した診断書 黒薮哲哉

「そもそも作田医師が『犯人』を特定した診断書を交付しなければ、こんなことにはならかったのではありませんか」

8月3日、横浜地裁。オンラインで開かれた「弁論準備」で、原告の藤井敦子さんが意見を述べた。設置されたスクリーンは、被告の代理人弁護士2名を映し出している。山田義雄弁護士と片山律弁護士である。

藤井さんが名指しにした作田医師とは、日本禁煙学会の作田学理事長のことである。事件の引き金となった診断書を交付した人物である。禁煙学と称する分野の権威でもある。

◆事件の概要

横浜副流煙事件は、2016年にさかのぼる。青葉区のマンモス団地に住む藤井将登・敦子夫妻に対して、同じマンションの上階に住むA家(夫妻と娘)が、副流煙による健康被害を訴えた。藤井家の煙草で、「受動喫煙症」などに罹患(りかん)したというのだった。

藤井将登さんは喫煙者だったが、ミュージシャンという職業柄、外出が多く、自宅で喫煙する時も「音楽室」で日に2、3本吸う程度だった。音楽室は防音構造になっているので、煙は外部へはもれない。

1階の藤井家の「音楽室」と2階のA家の位置関係を示している

それでも将登さんは、念のために煙草を控えた。が、それにもかかわらずA家は、依然として将登さんの煙で迷惑を受けていると言い続けた。後には、副流煙で娘が寝たきりになったとまで主張した。深刻な隣人トラブルに発展したのである。団地の住民たちにも両家の係争は知れ渡った。

そしてA家は、2017年11月、藤井将登さんに対して約4500万円の金銭支払いと、自宅での禁煙を求めて裁判を起こしたのである。この提訴の有力な根拠となったのが、作田医師が交付したA家3人の診断書だった。

しかし、裁判の中で藤井将登さんは、作田医師が作成した3通の診断書にグレーゾーンがあることを指摘した。とりわけ娘の診断書には、重大な汚点があった。作田医師は、娘を診察せずに診断書を交付していたのである。娘とは面識さえもなかった。見ず知らずの患者を診察せずに診断書を交付したのだ。このような医療行為は、医師法20条で禁止されている。

さらに作田医師は、A家の妻の診断書の中で、副流煙の発生源を「ミュージシャン」であると事実摘示した。藤井将登さんが、原因でA家の3人が「受動喫煙症」になったと断言したのである。

しかし、横浜地裁は2019年11月にA家の訴えを棄却した。判決の中で、横浜地裁は作田医師による医師法20条違反を認定した。その後、判決は東京高裁で確定して、裁判は終わった。この時点から藤井さん夫妻は、反転攻勢に転じる。不当な裁判を起こされて、「ごめんなさい」だけで済ませる気はなかった。結果的に、「目には目を、歯には歯を」(バビロニアのハムラビ法典)ということになった。

◆「反スラップ」裁判の争点

藤井さん夫妻は、まず作田医師を神奈川県警青葉警察署に刑事告発した。容疑は虚偽診断書行使罪である。

■告発状 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2021/05/yokohama210528.pdf

 
横浜副流煙事件を記録した『禁煙ファシズム』(黒薮哲哉著、鹿砦社)

面識もなければ、診察もしていないA家の娘の診断書を交付したのは、違法行為だった。青葉警察署は作田医師を取り調べ、横浜地検へ書類送検した。横浜地検は作田医師を不起訴処分としたが、藤井さんらは検察審査会に不服を申し立てた。検察審査会は、「不起訴不当」の議決を下し、処分は横浜地検へ差し戻した。しかし、横浜地検は、再び不起訴処分を下した。同時に事件は時効となって終わった。

その後、今年の3月に藤井さん夫妻は、A家に対して損害賠償裁判を起こした。不当裁判に対する「反訴」である。俗にいう「反スラップ」訴訟である。藤井夫妻は、前訴提起の根拠となった診断書を作成した作田医師も被告に加えた。

請求額は4人の被告に対して、総計で約1000万円である。

これまで横浜地裁で1度の口頭弁論と2度の弁論準備が行われた。現時点での争点は次の3点である。

(1)被告A家らによる訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に当たるか。

(2)被告作田は本件診断書①及び②を作成するなどして、被告A家らによる違法な訴えの提起をほう助したといえるか

(3)仮に被告A家らによる訴えの提起が不法行為とならない場合であっても、被告作田の上記②の行為が不法行為となるか

今後、これらの争点を中心に審理が進む。

◆作田医師の診断書の何が問題なのか

原告の藤井敦子さんが最も問題にしているのは、繰り返しになるが、作田医師が交付した3通の診断書である。

事実、作田医師が作成した診断書の記述は、事実的根拠に乏しい。とりわけ娘の診断書は、本人を診察することなく交付している。たとえば次に引用するのは、A家の妻の診断書である。

【引用】1年前から団地の1階にミュージシャンが家にいてデンマーク産のコルトとインドネシアのガラムなど甘く強い香りのタバコを四六時中吸うようになり、徐々にタバコの煙に過敏になっていった。煙を感じるたびに喉に低温やけどのようなひりひりする感じが出始めた。このためマスクを外せなくなった。体調も悪くなり、体重が減少している。そのうちに、香水などの香りがすると同様の症状がおきるようになった。
 これは化学物質過敏症が発症し、徐々に悪化している状況であり、深刻な事態である。

A家よりも、むしろ作田医師の方が責任が重いというのが、藤井敦子さんの見解である。作田医師が根拠に乏しい診断書を交付しなければ、A家が提訴に至ることはなかった可能性が高いからだ。逆説的に言えばA家は、禁煙学の権威である作田医師のお墨付きを得たからこそ、裁判を提起することが可能になったのである。

作田医師が交付した3人の診断書には、次のような考察点がある。裁判の中で検討しなければならないことである。

[1]診断書の中で副流煙の発生源を藤井将登さんであると摘示をしている事実。作田医師は、事件の現場に足を運ぶことなく、「犯人」を特定したのである。診断書の作成プロセスそのものに問題がある。裁量権の域を逸脱している。

[2]診断書の中に「受動喫煙症」という自作の病名が付されている事実。意外に知られていないが、受動喫煙症という病名は、疾病の国際分類であるICD-10には含まれていない。従って公式には、そのような病気は存在しない。保険請求の対象にもなっていない。

[3]作田医師が、A家の娘を診察することなく、診断書を交付した事実。これは医師法20条に違反する。作田氏は、娘とは面識すらなかった。

[4]娘の診断書が交付された翌日に、藤井宅に山田義雄弁護士からの内容証明が
届き、その中で裁判の提訴をほのめかしている事実。娘の診断書交付から、藤井宅に内容証明が届くまで約24時間しかなく、「犯人」を特定した診断書の交付をまって山田弁護士が動いた公算が高い。

[5]日本禁煙学会が、副流煙による被害者に対して、訴訟を提起するように、ウエブサイトを通じて奨励してきた事実。A家が提訴に至るまでのプロセスは、日本禁煙学会のガイドラインどおりになっている。その禁煙学会の最高責任者が作田医師である。

[6]3通の診断書のうち、少なくとも娘のものは、「架空診察」の直後に交付されており、当時、作田医師が勤務していた日本赤十字医療センターの診断書交付窓口を通じて交付されたものではない事実。

一般論からすれば、医師にはみずからの裁量により自由に診断書を書くことが認められている。しかし、それは事実的根拠があることが大前提である。診断書の中で警察のように「犯人」を特定したり、患者を診察することなく所見を記すことは論外だ。「犯人」にされ、金銭請求を受けた藤井将登さんにとっては、耐えがたい屈辱である。

◎原告準備書面 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/08/220813y.pdf

※前訴までの詳細については、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)に記録している。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
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黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
旧統一教会問題と安倍晋三暗殺 タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年9月号

米国が台湾に4500億円相当の兵器を販売、中国に対する内政干渉をあおる日米政府と新聞・テレビ 黒薮哲哉

たとえば白い衝立に赤色の光を当てて、遠くから眺めると赤い衝立にみえる。青色の光に変えると、衝立に青色の錯覚が起きる。黄色にすると、衝立も黄色になる。

しかし、衝立の客観的な色は白である。ジャーナリズムの役割は、プロパガンダを排除して核の輪郭を示すことである。日本の新聞・テレビはその役割を放棄している。と、いうよりもそれだけの職能がない。

 
台湾に到着したナンシー・ペロシ下院議長 (出典:ベネズエラのTelesur)

◆台湾への武器販売が約4500億円

米国のナンシー・ペロシ下院議長が8月2日に、台湾を訪問した。台湾と中国の関係が関心を集める中で、同氏の訪台は国際的にも波紋を広げている。日本の新聞・テレビは中国が台湾周辺で軍事的圧力を強めていることを前提に、台湾を擁護する方向で世論を誘導してきた。台湾が「正義」で、中国が「悪」という単純な紋切り型の構図を提示している。それはちょうどウクライナが「正義」でロシアが「悪」という大合唱の視点とも整合している。

米国はこのところ台湾への武器輸出を加速している。たとえばトランプ政権の末期、2020年10月に米国議会は、総額総額41億7000万ドル(当時、約4400億円相当の武器の販売を承認した。(出典:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65497680X21C20A0FF1000/

バイデン政権へ移行した後も、米国は台湾に対する武器売却を持続している。朝日新聞によると、「米国務省は(2020年4月)5日、地対空ミサイル『パトリオット』システムへの技術サポートを、9500万ドル(約117億円)で台湾に売却することを承認した。バイデン政権の台湾への武器売却は今回で3例目となる」。ウクライナだけではなく、台湾も武器輸出の有力な市場になっているのである。

こうした動きと並行して、日本の新聞・テレビは台湾近海で軍事演習を繰り返す中国軍の動きを繰り返し報じている。そして「台湾有事」という言葉を使って不安をあおっている。たとえば沖縄離島の島民らが、中国を警戒している様子などをテレビの画面に繰り返し映し出したりする。その結果、米国による武器売却を正当化したり、日本が防衛費を増やすことをよしとする世論が形成されている。

しかし、日本の新聞・テレビは、台湾問題をめぐる最も肝心な情報を隠している。

◆1978年に米国は中華人民共和国政府を唯一の政府として承認

現在、世界の大勢は現在の中華人民共和国政府を、中国唯一の政府として承認して、同国との外交関係を構築している。台湾と外交関係を持つ国は13か国にすぎない。台湾と国交を断絶して中国と国交を結ぶ流れは今も続いており、最近では昨年12月に中米のニカラグアが、中華人民共和国との国交を樹立した。相互の内政不干渉がその大前提となっている。台湾との国交は断絶した。

新聞販売に関連した1980年代の記録。新聞業界は半世紀以上にわたって「押し紙」政策を維持している

ニカラグアの隣国・ホンジュラスでも今年1月に左派政権が誕生したこともあって、ニカラグアと同じ道を選ぶ可能性が高い。

こうした傾向は、中国の台頭と、米国の影響力低下の現れにほかならない。

米国は、1978年に中国と外交関係を結んだ。その際に両者の間で交わされた共同宣言には、「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府である」こと、「この範囲内で、合衆国の人民は、台湾の人民と文化、商業その他の非公式な関係を維持する」こと、「双方は、国際的軍事衝突の危険を減少させる」こと、「中国はただ一つであり、台湾は中国の一部であるとの中国の立場を認める」ことなどが明記されている。

共同宣言の全文は、次の通りである。

アメリカ合衆国及び中華人民共和国は、1979年1月1日付けで、相互に承認し及び外交関係を樹立することに合意した。

アメリカ合衆国は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。この範囲内で、合衆国の人民は、台湾の人民と文化、商業その他の非公式な関係を維持する。

アメリカ合衆国及び中華人民共和国は、上海コミュニケで双方が合意した諸原則を再確認するとともに、次のことを再び強調する。

一 双方は、国際的軍事衝突の危険を減少させることを願望する。

一 いずれの側も、アジア・太平洋地域においても又は世界の他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対する。

一 いずれの側も、いかなる第三者に代わつて交渉し、又は第三国に向けられた合意若しくは了解を他方の側と行う用意もない。

一 アメリカ合衆国政府は、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部であるとの中国の立場を認める。

一 双方は、米中関係の正常化は、中国及びアメリカの人民の利益に合致するのみならず、アジアと世界の平和に貢献するものと信ずる。

アメリカ合衆国及び中華人民共和国は、1979年3月1日に、大使を交換し及び大使館を設置する。

(出典:https://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19781215.D1J.html

◆ジャーナリズムの責任

台湾に対する米国のスタンスは、客観的に見れば中国に対する内政干渉にほかならない。中華人民共和国の政府を、中国唯一の政府と認めながら、台湾に武器を提供するのは、ブルスタンダードである。

かりにどこかの国が沖縄県に対して武器を提供して、沖縄県が福岡市や大阪市をターゲットにミサイルを設置したら、大問題になるだろう。法的にも実質的にも内政干渉に該当する。「台湾危機」も同じ構図なのだ。

米国は、香港の「民主化」問題でも、全米民主主義基金(NED)などを通じて、「市民運動」に資金援助して、故意に混乱を引き起こしてきた。

歴史をさかのぼって米国の対外戦略を検証するとき、軍事大国としての方向性は基本的には変わっていない。さすがに米軍による直接的な軍事作戦は、米国内からの世論の反発で激減したが、代理戦争を採用する戦略は続いている。米国の世論は、米軍の直接介入にはNOを示すようになったが、代理戦争の構図までは見抜いていない。

それはジャーナリズムの責任である。日本の新聞・テレビも同じ問題を孕んでいる。

【参考記事】米国が台湾で狙っていること 台湾問題で日本のメディアは何を報じていないのか? 全米民主主義基金(NED)と際英文総統の親密な関係

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

岡山県下における読売のABC部数の調査、瀬戸内市では5年にわたって1040部でロック 黒薮哲哉

日本ABC協会が定期的に公表しているABC部数は、新聞社が販売店へ搬入した部数を示すデータである。残紙(広義の「押し紙」)も、ABC部数に含まれている。従って第三者からみれば、ABC部数は、「押し紙」を隠した自称部数である。実配部数との間に乖離があり、広告営業の基礎データとはなりえない。

筆者は、都府県を対象に各新聞社のABC部数の長期的変化を調査している。今回は、岡山県における読売新聞のABC部数を調べてみた。その結果、ABC部数が1年、あるいはそれ以上の期間、固定されるロック現象を頻繁に確認することができた。新聞社が販売店へ搬入する部数が、一定期間に渡って増減しないわけだから、読者数が減れば、それに反比例して「押し紙」が増えることになる。

新聞販売に関連した1980年代の記録。新聞業界は半世紀以上にわたって「押し紙」政策を維持している

たとえば次に示すのは、瀬戸内市のABC部数である。

2016年4月 :1040部
2016年10月:1040部
2017年4月 :1040部
2017年10月:1040部
2018年4月 :1040部
2018年10月:1040部
2019年4月 :1040部
2019年10月:1040部
2020年4月 :1040部
2020年10月:1040部

瀬戸内市の読売新聞の場合、5年にわたってABC部数が1040部でロックされている。しかし、この期間に瀬戸内市の読売新聞の購読者が1人の増減もない事態は通常はありえない。販売店に配達する予定がない新聞が搬入されていた可能性が高い。

同じような部数の動きを、ABC部数の規模がより大きな自治体を対象に検証してみよう。例として取り上げるのは、浅口市である。

2016年4月 :3537部
2016年10月:3537部
2017年4月 :3537部
2017年10月:3537部
2018年4月 :3537部

浅口市の場合は、2年半にわたってABC部数が3537部でロックされていた。読者数の増減とはかかわりなく、同じ部数の新聞が販売店に搬入されている。

さらに中国地方の大都市である岡山市のデータを示そう。

2016年4月 :24557部
2016年10月:24557部

岡山市の場合は、1年にわたってABC部数が2万4557部でロックされている。ロックの規模は極めて大きい。繰り返しになるが、岡山市の読売新聞の読者数に1部の増減も発生していないのは不自然極まりない。何者かが販売店に対して、新聞の「注文部数」を指示した可能性が高い。もし、それが事実であれば、独禁法に抵触する。

次に示す表は、岡山県全域の調査結果である。

岡山県全域のABC部数調査結果

◆部数のロック現象に関する新聞人の主張

しかし、ABC部数のロック現象が観察できるのは、岡山県における読売新聞だけではない。たとえば兵庫県の場合、朝日、読売、毎日、産経、日経、神戸の各新聞で、程度の差こそあれ、ロック現象が観察できる。読者は、次の記事に掲載した表を参照にしてほしい。

◎新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑

ロック現象についての新聞人らの主張は、販売店からの注文部数に応じて新聞を搬入した結果で、自分たちには何の責任もないというものである。しかし、新聞の提供元である新聞社が、ロック現象の不自然さを認識できないはずがない。実際、読売新聞に対して、配達予定のない新聞の搬入を断ったという店主も少なくない。

販売店側の主張は、これらのロック部数は、新聞社が販売店に課したノルマ部数に外ならないというものである。「注文部数」を指示されたというものである。「押し紙」政策の結果として生じているという主張である。

ロック現象の責任が新聞社にあるにしろ、販売店にあるにしろ、「押し紙」により広告主は被害を受ける。とりわけ地方自治体は、ABC部数の信頼性を過信している傾向があり、広報紙の新聞折り込みで、水増し被害を受ける事件が多発している。

「押し紙」問題は、半世紀以上も未解決のままだ。旧統一教会の問題と同じように、新聞・テレビが延々と報道を避けてきた問題なのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

読売新聞の販売店が警察と連携して街の隅々まで監視、「不審人物などを積極的に通報する」全国読売防犯協力会(Y防協)の異常性 黒薮哲哉

新聞社と警察の連携は、ジャーナリズムの常識では考えられないことである。「異常」と評価するのが、国際的な感覚である。本来、ジャーナリズムは公権力を監視する役割を担っているからだ。

読者は、全国読売防犯協力会という組織をご存じだろうか。「Y防協」とも呼ばれている。これは警察とYC(読売新聞販売店)が連携して防犯活動を展開するための母体で、読売新聞東京本社に本部を設けている。こうして警察と新聞社が公然と協力関係を構築しているだ。他にも読売新聞社は、内閣府や警視庁の後援を得て、「わたしのまちのおまわりさん」と題する作文コンクールを共催するなど、警察関係者と協働歩調を取っている。

これらの活動のうち、住民にとって直接影響があるのは、Y防協の活動である。
その理由はYCの販売網が、全国津浦々、街の隅々にまで張り巡らされているからだ。それは住民を組織的に監視する体制が敷かれていることを意味する。

全国読売防犯協力会(Y防協)のウエブサイト、福知山の「青色防犯パトロール」を紹介した記事

「防犯活動」について、Y防協の清水和之会長は次のように述べている。

わたしたちの防犯活動の基本は「見ること」と「見せること」です。街をくまなく回って犯罪の予兆に目を配ります。そして、防犯パトロールの姿を犯罪者に見せつけ、「この街は犯罪をやりにくい」と思わせることも狙っています。さらに、新聞のお家芸である情報発信なども含め、活動の目標は次の4点に集約できると思います。

・配達・集金時に街の様子に目を配り、不審人物などを積極的に通報する

・警察署・交番と連携し、折り込みチラシやミニコミ紙などで防犯情報を発信する

・「こども110番の家」に登録、独居高齢者を見守るなど弱者の安全確保に努める

・警察、行政、自治会などとのつながりを深め、地域に防犯活動の輪を広げる

日ごろから地域のみなさんのお世話になっているYCスタッフたちは、少しでも地元のお役に立ちたいと思っております。街で見かけたときは、気軽に声をかけていただければ幸いです。

※出典 https://www.bouhan-nippon.jp/about/greeting.html

Y防協は、セイフティーネットとして機能する半面、「防犯」の定義が不明で、拡大解釈によっては、根拠のないことで住民が警察へ密告されるリスクもある。たとえば集金員が訪問した民家で、人々が集まって議論してる光景に遭遇して、不審者と思い込み、警察に通報する可能性もあるかも知れない。

新聞販売店やセールス団のスタッフがなにを基準に「不審人物」と判断するのかも分からない。路上での押し売り、不法投棄、恫喝、暴力などは通報対象になっても、市民のプライバシーに関することが保護されるとは限らない。

◆北海道のローカル紙が読者の個人情報を収集

もう10年以上も前になるが、北海道のあるローカル紙の販売店を取材したことがある。驚いたことに、販売店のコンピューターには、読者の個人情報を入力するフォーマットがあり、そこには読者の宗教や組合活動の有無に関する情報を記入する欄もあった。記入欄は細かく分類されていた。名目上は、営業のための資料ということになっていたが、この新聞社の場合は、コンピューターがオンラインで発行本社とつながっていた。読者の個人情報が新聞社に筒抜けになっていたのだ。

読者の個人情報が新聞社に入った後、どのように処理されているのかはまったく分からななかった。おそらく読者も自分の個人情報がどのように扱われているのかは把握していない。

Y防協が集めた情報につても、警察に入った後の扱いはよく分からない。本人が知らないうちに記録・保存されている可能性もある。「通報」は、あくまでも通報者の主観に基づいた一方的な行為で、情報の評価は警察の手に委ねられているからだ。

◆Y防協と連携している都道府県警察

現時点で全国読売防犯協力会は、新潟県を除く46の都道府県の警察と覚書を交わしている。2005年11月の高知県警を皮切りに、締結の順番は次の通りである。

高知県警:2005年11月2日
福井県警:2005年11月9日
香川県警:2005年12月9日
岡山県警:2005年12月14日
警視庁 :2005年12月26日
鳥取県警:2005年12月28日
愛媛県警:2006年1月16日
徳島県警:2006年1月31日
群馬県警:2006年2月14日
島根県警:2006年2月21日
宮城県警:2006年2月27日
静岡県警:2006年3月3日
広島県警:2006年3月13日
兵庫県警:2006年3月15日
栃木県警:2006年3月23日
和歌山県警:2006年5月1日
滋賀県警:2006年6月7日
福岡県警:2006年6月7日
山口県警:2006年6月12日
長崎県警:2006年6月13日
茨城県警:2006年6月14日
宮崎県警:2006年6月19日
熊本県警:2006年6月29日
京都府警:2006年6月30日
鹿児島県警:2006年7月6日
千葉県警:2006年7月12日
山梨県警:2006年7月12日
大分県警:2006年7月18日
長野県警:2006年7月31日
福島県警:2006年8月1日
佐賀県警:2006年8月1日
大阪府警:2006年8月4日
青森県警:2006年8月11日
秋田県警:2006年8月31日
神奈川県警:2006年9月1日
埼玉県警:2006年9月14日
山形県警:2006年9月27日
富山県警:2006年9月29日
岩手県警:2006年10月2日
石川県警:2006年10月10日
三重県警:2006年10月10日
愛知県警:2006年10月16日
岐阜県警:2006年10月17日
奈良県警:2006年10月17日
北海道警:2006年10月19日
沖縄県警:2008年6月12日

全国読売防犯協力会(Y防協)のウエブサイト、都道府県警察との覚書締結のリスト

◆読売内部から疑問はあがらない

改めて言うまでもなく、新聞社は言論機関である。少なくとも表向きは、独立したジャーナリズム企業である。

わたしが不思議に思うのは、読売新聞社の内部から警察との県警を断ち切ろうという声が上がらないことである。少なくともわたしはそのような声を聞いたことがない。新聞社は公権力と連携してはいけない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

安倍狙撃事件のマスコミ報道を考える、日本の権力構造に組み込まれた新聞・テレビの実態 黒薮哲哉

カメレオンという爬虫類がいる。周辺の環境にあわせて皮膚を変色することで身を守る。生存するための合理的な体質を備えた動物である。

安倍元首相が狙撃されて死亡したのち、日本のマスコミは世論を追悼一色に染め上げた。だが、インターネット界隈から国境を越えて安倍元首相の実績評価が始まった。その中で鮮明に輪郭を現わしてきたのが、世界平和統一家庭連合(旧統一教会=国際勝共連合)と安倍一族の親密な関係だった。日本の黒幕としての裏の顔が暴かれたのである。

安倍元首相は、統一教会=国際勝共連合の機関誌『世界思想』に繰り返し登場している

しかし、日本の新聞・テレビが統一教会の実名報道に踏み切ったのは、7月11日、世界平和統一家庭連合が記者会見を開いたのちである。参院選の投票日を前に、自民党と右翼に配慮した可能性が高い。

しかし、統一教会と安倍一族の関係は、実は半世紀以上の前から指摘されていた。狂信的な反共思想、霊感商法、合同結婚式が水面下で問題になってきた。しかし、新聞・テレビはこのカルト集団に関する報道を極力自粛してきた。報道が黒幕を刺激して、自分たちが返り血を浴びかねないことを知っていたからである。そのスタンスは今も変わっていない。

実際、新聞・テレビが垂れ流す安倍氏の評価にそれが現れている。安倍氏には、森友事件や安保関連法制の強行採決など問題視される政治手法もあったが、総合的には見れば卓越した政治家だったという世論を形成しようとしている。今後、安倍氏の国葬を正当化する世論形成にも動くであろうことはまず間違いない。

◆ジャーナリズムの偽看板

わたしはかねてから新聞・テレビは、日本の権力構造に組み込まれているという見解を持っている。優れた報道番組もあるが、それは報道にジャーナリズムの要素がまったくなければ、世論誘導そのものが成立しないからである。巧みに騙すのが洗脳なのだ。

独占資本主義が諸悪の根源というスタンスに立っている新聞・テレビは1社もない。社会的な歪を「修正」したうえで、現在の体制を維持しよというのが共通したスタンスなのだ。言論の自由とはこの枠内の自由を意味している。それゆえにこの枠をはみ出す可能性があるテーマは扱わない。

実際、新聞・テレビは、旧統一教会が記者会見を開くまでは、実名報道を控えた。日本の黒幕に光を当てかねないあまりにも不都合な事件であったからだ。インターネットメディアや雑誌メディアが、先に動いていなければ新聞・テレビは、安倍氏が旧統一教会の信者と「勘違い」されて、狙撃されたというストーリーに終始していた可能性が高い。

◆ジャーナリズムを見る2つの視点

わたしは新聞・テレビのジャーナリズムが衰退した原因を探るための視点は、2つしか存在しないと考えている。枝葉末節はあるにしろ、どちらかの陣営に分類できると考えている。

ひとつは問題の本質を記者個人の職能や精神の問題として捉える視点である。意識改革こそが状況を改善する起爆剤と考える観念論の視点である。

この視点に立てば、東京新聞の望月衣塑子記者のような人が、100人も登場すれば、ジャーナリズムの衰退は解消することになる。きわめて単純な発想で大半の新聞社批判はこの視点の域を出ていない。

これに対して、ジャーナリズム衰退の原因を考えるもうひとつの視点がある。それは、問題の原因を物質的、あるいは経済的な事実の中に求める唯物論の視点である。「存在が意識を決定する」とする論理で、メディア企業の経済的諸関係の中に客観的な汚点を発見し、それが記事や番組に及ぼす影響を考察する方法である。

以下、具体的な着目点を提示してみよう。

1,新聞各社が新聞購読料の軽減税率の適用を受けている事実。

2,新聞の再販制度の殺生権を、国会が握っている事実。

3,日本新聞協会が新学習指導要領に、小中高学校での授業で新聞の使用を明記させることに成功した事実。

4,公権力が半世紀以上にわたって、新聞社の「押し紙」を放置してきた事実。

5,新聞社が、内閣府をはじめとする省庁から多額の紙面広告費を受け取っている事実。

6,放送局が使用する電波の割り当てが、総務省から行われている事実。

7,記者クラブを通じて、新聞・テレビが取材上の便宜を受けている事実。

8,新聞社・テレビ局の経営が財界を中心とする広告主に大きく依存している事実。その財界が自民党の支持層である事実。

このうち「4」の「公権力が半世紀以上にわたって、新聞社の『押し紙』を放置してきた事実」と、メディアコントロールの関係に踏み込んでみよう。両者の間には暗黙の情交関係がある。公権力が「押し紙」を故意に取り締まらないことで、新聞社が暴利をむさぼる構図を維持することができる。新聞・テレビの報道が、公権力にとって不都合な存在となれば、「押し紙」を取り締まるだけで、簡単に片が付く。

戦中の政府が、新聞用紙の配給により新聞社の殺生権を握ったのと同じ原理である。このあたりの関係について、新聞研究者の新井直之氏(故人)は『新聞戦後史』の中で次のように指摘している。

「新聞の言論・報道に影響を与えようとするならば、新聞企業の存立を脅かすことが最も効果的であるということは、政府権力は知っていた。そこが言論・報道機関のアキレスのかかとであるということは、今日でも変わっていない」

◆「朝刊 発証数の推移」

新聞社が「押し紙」によりいかに莫大な利益を上げているかを、試算してみよう。それにより「押し紙」問題がメディアコントロールの温床になっている高い可能性を推測できる。

試算に使用するのは、毎日新聞社の社長室から外部へ漏れた内部資料「朝刊 発証数の推移」である。この資料によると2002年10月の段階で、新聞販売店に搬入される毎日新聞の部数は約395万部だった。これに対して発証数(読者に対して発行される領収書の数)は、251万部だった。差異の144万部が「押し紙」である。

シミュレーションは、2002年10月の段階におけるものだが、暴利をむさぼる構図そのものは半世紀に渡って変わっていない。

■裏付け資料「朝刊 発証数の推移」http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2016/10/49efd58c2dad25b295ed13115dc4494b.pdf

◆シミュレーションの根拠

試算に先立って、まず「押し紙」144万部のうち何部が「朝・夕セット版」で、何部が「朝刊単独」なのかを把握する必要がある。と、いうのも両者は、購読料が異なっているからだ。

残念ながら「朝刊 発証数の推移」に示されたデータには、「朝・夕セット版」と「朝刊単独」の区別がない。常識的に考えれば、少なくとも7割ぐらいは「朝・夕セット版」と推測できるが、この点についても誇張を避けるために、144万部のすべてが「朝刊単独」という前提で試算する。

「朝刊単独」の購読料は、ひと月3007円である。その50%にあたる1503円が原価という前提で試算するが、便宜上、端数にして1500円に設定する。144万部の「押し紙」に対して、1500円の卸代金を徴収した場合の収入は、次の式で計算できる。

1500円×144万部=21億6000万円(月額)

毎日新聞社全体で「押し紙」から月に21億6000万円の収益が上がっていた計算だ。これが1年になれば、1ヶ月分の収益の12倍であるから、

21億6000万円×12ヶ月=259億2000万円

と、なる。

「押し紙」に対して、毎日新聞社が若干の補助金を提供している可能性もあるが、この分を差し引いても「押し紙」を媒体として、巨額の販売収入が発生するという点で、大きな誤りはない。公権力が「押し紙」に対して睨みをきかせれば、暗黙のうちにメディアコントロールが可能になるのだ。

改めて言うまでもなく、このようなビジネスモデルの上に成り立っているのは毎日新聞社だけではない。「押し紙」政策を敷いてきたすべての新聞社に同じ構図がある。

販売店に山積みになった「押し紙」
 
(左)統一教会の教祖・文鮮明、(右)安倍元首相の祖父・岸信介

◆権力構造の補完勢力

新聞・テレビは、半世紀前に統一教会の文鮮明氏が岸信介氏に接触した時点から、統一教会の問題に着目すべきだった。安倍氏が首相に在任していた時期には、首相みずから国際勝共連合の機関誌『世界思想』に何度も登場している。つまり報道のタイミングはあったが、報道しなかったのだ。

が、それは記者の職能が低く、問題意識がないからではない。それよりもむしろ新聞・テレビが権力構造に組み込まれているからにほかならない。単純な問題なのである。

【参考記事】統一教会=国際勝共連合の機関誌に安倍首相が繰り返し登場、そっくりな思想と提言 http://www.kokusyo.jp/nihon_seiji/11408/

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

出版社に忍び寄る読売新聞の影、懇親会に出版関係者240人、ジャーナリズム一極化への危険な兆候 黒薮哲哉

新聞社と放送局の間にある癒着が語られることがあるように、新聞社と出版社のグレーゾーンを薄明りが照らし出すことがある。

 
渡辺恒雄『反ポピュリズム論』(2012年新潮新書)

今年の5月11日、読売新聞社は「出版懇親会」と称する集まりをパレスホテル東京で開催した。読売新聞の報道によると、約240人の出版関係の会社幹部を前に、渡辺恒雄主筆は、「日頃の出版文化について情報交換していただき、率直なご意見を賜りたい」とあいさつしたという。

出版関係者にとって新聞社はありがたい存在である。と、いうのも新聞が書評欄で自社の書籍を取りあげてくれれば、それが強力なPR効果を生むからだ。新聞の読者が老人ばかりになり、部数が減っているとはいえ、中央紙の場合は100万部単位の部数を維持しているうえに、図書館の必需品にもなっているので、依然として一定の影響力を持っている。そんなわけで読売新聞社から懇親会への招待をありがたく受け入れた出版関係者も多いのではないか。

しかし、新聞販売現場の現場を25年にわたって取材してきたわたしの視点から新聞業界を見ると、新聞業界への接近は危険だ。書籍ジャーナリズムに、忖度や自粛を広げることになりかねない。同じ器に入るリスクは高い。新聞業界そのものが、欺瞞(ぎまん)の世界であるからだ。醜い裏の顔がある。

◆清水勝人氏の「新聞の秘密」

いまから半世紀前の1977年2月、雑誌『経済セミナー』で「新聞の秘密」と題する連載が始まった。執筆者は、清水勝人氏。連載の第1回のタイトルは「押し紙」である。

清水氏は、当時、『経済セミナー』だけではなく、他の雑誌でも新聞批判を展開していた。清水勝人氏の経歴についてはまったく分からない。聞くところによると、「清水勝人」というのはペンネームで、新聞社に所属していたらしい。実際、「新聞の秘密」を細部まで知り尽くしている。

 
「押し紙」の回収風景

連載の第1回原稿の劈頭(へきとう)で清水氏は、新聞業界の体質について次のように述べている。

「新聞という商品、新聞業界にとって最も不幸なことは、それが今日まで世論の批判の対象外-「批判の聖地」におかれてきたことではなかったかと思う。これまでごく少数の例外を除いては、新聞は自らの矛盾、誤りをみずからの手で批判したり、訂正しようとは決してしなかったし、第3者からの批判を率直に受け入れようともしなかつた。
 新聞は今日まで厳しく監視する第3者を持たなかったためにどうしても、みずからの矛盾、誤り、時代錯誤に気付くのが遅れてしまいがちだったし、他人の批判にさらされないために規制力を失いがちであったといえるのではないかと思われる。」

清水氏は、「押し紙」によりABC部数をかさ上げして、紙面広告の媒体価値を高める新聞社のビジネスモデルを暴露した。わたしがここ25年ほど指摘してきた問題を、半世紀前にクローズアップしていたのである。おそらく問題をえぐり出せば、新聞人は過ちを認めて、方向転換するだろうと期待して、筆を執ったのだろう。

が、そうはならなかった。いつの間にかこの報道は消えてしまった。「無かったこと」にされたのである。

その後、1980年代になると、共産党、公明党、社会党が超党派で新聞販売の問題を取り上げるようになった。85年までに15回の国会質問を行った。新聞業界は批判の集中砲火を浴びたのである。「押し紙」も暴露された。

たとえば1982年3月8日に、瀬崎義博議員(共産党)が、読売新聞鶴舞直売所(奈良県)の「押し紙」問題を取り上げた。この質問で使われた資料は、後に「北田資料」と呼ばれるようになり、新聞販売の問題を考えるとひとつの指標となった。次に示すのが、鶴舞直売所の「押し紙」の実態である。

読売新聞鶴舞直売所(奈良県) 「押し紙」の実態

しかし、5年に渡る国会質問は何の成果も残さなかった。新聞業界は反省もしなければ、状況の改善もしなかった。もちろん報道もしなかった。再び「無かったこと」にされたのだ。

◆公正取引委員会を翻弄して「押し紙」を自由に0

1997年になって新しい動きがあった。公正取引委員会が北國新聞社に対して「押し紙」の排除勧告を発令したのである。北國新聞社は朝刊の総部数を30万部にするために増紙計画を作成し、3万部を新たに増紙した。その3万部を新聞販売店に一方的に押しつけていた。夕刊についても、同じような方法で「押し紙」をしたというのが、公取委の見解である。

さらに公取委は、「他の新聞発行者においても取引先新聞販売業者に対し『注文部数』を超えて新聞を供給していることをうかがわせる情報に接した」として、日本新聞協会に対して改善を要請した。

さすがに新聞業界も「押し紙」を反省するかに思われたが、逆に公取委に対して驚くべき対抗策にでる。

当時、新聞業界は内部ルールで、表向きは「押し紙」を禁止していた。販売店に搬入する新聞の2%を予備紙と定め、それを超える部数を「押し紙」と定義していた。俗に「2%ルール」と言われていた規定である。

北國新聞に対する処分を機に公取委から「押し紙」問題を指摘された日本新聞協会は、驚くべきことに、この「2%ルール」を削除したのである。それにより販売店で過剰になっている新聞は、「押し紙」ではなく、すべて「予備紙」という奇妙な論理が独り歩きし始めたのだ。予備紙は、販売店が営業目的で好んで注文した部数ということになってしまったのだ。

「押し紙」裁判でも、こうした論理がまかり通るようになった。しかし、残紙に予備紙としての実態はなく、その大半は古紙回収業者によって回収されてきた。営業に使うのは「新聞」ではなく、ビールや洗剤といった景品だった。

◆裁判にはめっぽう強い読売新聞

新聞業界の内側を見る視点は、「押し紙」問題だけではない。

不思議なことに中央紙は、裁判となればめっぽう強い。たとえばわたしは2008年2月から1年半の間に、読売新聞社から3件の裁判(請求額は約8000万円)を起こされたことがあるのだが、2件目の裁判で壮絶な体験をした。最初の裁判は、わたしが勝訴したが、2件目で、「大逆転」された。野球でいえば、9回裏の2アウトからの逆転である。それぐらい新聞社は、なぜか裁判に強い。

発端は、「押し紙」を断った新聞販売店を読売新聞西部本社が強制改廃したことだった。江崎徹志法務室長ら数人の社員が、事前連絡することなく販売店に押しかけ、改廃を宣言した。その直後に読売ISの社員が、店舗にあった折込広告を搬出した。この行為をわたしが、「窃盗」と表現したところ、社員らが2200万円を請求する名誉毀損裁判を起こしたのだ。

わたしは、「窃盗」を文章修飾学(レトリック)でいう直喩として使ったのである。「あの監督は鬼だ」といった強意を際立たす類型のレトリックである。店主に強烈な精神的衝撃を与えた直後にさっさと折込広告を運び出したから、「窃盗」と表現したのである。それだけのことである。だれも本当に窃盗が発生したとは思っていない。

この裁判で読売新聞社の代理人として登場したのは、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士だった。改憲論をリードしている読売新聞社が、護憲派の自由人権協会の弁護士を依頼する行為に違和感を感じた。軽薄なものを感じた。

さいたま地裁で行われた第1審は、わたしの勝訴だった。東京地裁での第2審もわたしの勝訴だった。ところが最高裁が口頭弁論を開き、判決を東京高裁に差し戻した。そして東京地裁の加藤新太郎裁判官は、わたしに110万円の支払いを命じたのである。後に加藤新太郎裁判官について調べてみると、読売新聞に少なくとも2回登場していることが分かった。

◆政界との癒着、874万円の政治献金

新聞業界と政界の距離は近い。癒着の度合いは首相との会食ぐらいではすまない。

新聞業界は、販売店の同業組合を通じて、政治献金を送ってきた事実がある。目的は、再販制度の維持、新聞に対する軽減税率の維持などである。最近は、学習指導要領の中に学校での新聞の使用を明記させることにも成功している。新聞記事を模範的な「名文」と位置づけて、児童・生徒に熟読させる国策を具体化したのだ。

2017年度、新聞業界は874万円を献金している。内訳は、主要な議員21人(述べ人数)に対して、「セミナー参加費」の名目で、総計234万円。この中には、とよた真由子(自民)、漆原良夫(公明)といった議員(当時)が含まれている。

セミナー参加費とは別に、「寄付」の名目で、128人の議員に対して640万円を献金している。金額としては1人に付き一律5万円で高額とはいえないが、政治献金であることには変わりがない。挨拶がわりに金をばら撒いているのだ。

裏付け資料は次の通りである。

※政治資金収支報告書 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2020/06/9c4ca05ead3fb9cbcdf0434aba4dc778.pdf

他の年度についても、政治献金を繰り返してきた。

◆進むジャーナリズムの一極化

出版業界は、新聞の帆を立てた船に乗り込まないほうが懸命だ。ジャーナリズムの一極化は、最終的には自分に跳ね返ってくる。

日本の新聞業界は、清水氏の内部告発を無視し、5年にわたる国会質問を無視し、公正取引委員会の指導を逆手に取って、自由に「押し紙」を増やせる体制を構築した。昔から何も変わっていない。反省もなければ、対策もない。

1936年8月15日付け『土曜日』は、新聞業界について次のように書いている。太平洋戦争を挟んで現在まで、権力構造に組み込まれた新聞の本質は何も変わっていない。

「新聞の仲間にはヘンな協定があって、新聞同士のことはお互いに書くまいということになっている。これはいくつ新聞があっても、どれもこれも何かの主義主張があるのではなく、みんな同じ売らん哉の商品新聞ばかりで、特ダネの抜きっこ、販売拡販競争から起こった事で相手を攻めれば、その傷はやがて戻ってきて痛むのを知っているからである。これはもう新聞が完全に社会の木鐸でなくなったことを示すもので、ただただ商品であるだけから起こった仁義なのである」

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

「不当裁判」認定の高い壁、憲法が提訴権を優先も「禁煙ファシズム」を裏付ける物的証拠の数々、横浜副流煙裁判「反訴」 黒薮哲哉

幸福の科学事件。武富士事件。長野ソーラーパネル設置事件。DHC事件。NHK党事件。わたしの調査に間違いがなければ、これら5件の裁判は、「訴権の濫用」による損害賠償が認められた数少ない判例である。(間違いであれば、指摘してほしい)

「訴権の濫用」とは、不当裁判のことである。スラップという言葉で表現されることも多いが、スラップの厳密な意味は、「公的参加に対する戦略的な訴訟」(Strategic Lawsuit Against Public Participation)で、俗にいう不当訴訟とは若干ニュアンスが異なる場合もある。

それはともかくとして、日本では不当裁判を裁判所に認定させることはかなり難しい。日本国憲法が、裁判を受ける権利を優先しているからだ。第32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と提訴権を保証している。

 
藤井家の近くにある自然発生的にできた「喫煙場」

◆前訴までの経緯

今、この司法の高い壁に挑戦している人がいる。横浜副流煙事件の加害者として法廷に立たされた藤井将登さんである。前訴で原告の訴えが棄却された後、前訴は不当裁判だったとして、前訴の原告らに損害賠償を求める裁判を起こしたのである。今年3月のことだ。請求額は約1000万円。前訴を基にした「反訴」にほかならない。

妻の敦子さんも原告として将登さんに加わった。非喫煙者であるにもかかわらず、娘と共にヘビースモーカー呼ばわりされたからだ。

事件の発端は、煙草の副流煙をめぐるトラブルである。将登さんが自宅で吸っていた煙草の副流煙が原因で、「受動喫煙症」になったとして、同じマンションの斜め上に住むA家の3人が2017年11月に提訴した。請求額は約4500万円だった。しかし、訴えは棄却された。原告の全面敗訴だった。

前訴の中で、3人の診断書を交付した日本禁煙学会の作田学医師の医療行為が問題になった。A娘を診察せずに診断書を交付していたのだ。実際、前訴の判決は、作田医師による医師法20条違反を認定した。後に、作田医師は刑事告発され、横浜地検へ書類送検された。

こうした事情もあって、藤井夫妻は「反訴」の被告に作田医師も加えた。

◆不当裁判の法理

過去の判例によると、裁判所に「訴権の濫用」を認定させるためには、まず前訴の提訴に事実的根拠がなかったことを立証しなければならない。この点について、藤井さん夫妻のケースでは、判決がそれを認定している。

しかし、それだけで訴権の濫用が認められるかけではない。前訴の提起に事実的根拠がないことをA家の3人が知り得た事情を、藤井さんの側が立証しなければならない。相手の内面を客観的な事実で解明する必要がある。

このあたりの法理について、最高裁は次のような基準を示している。

「訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」(判例=昭和63年[1988年]1月26日)
 
これが訴権の濫用を認定させる裁判の法理なのである。過去に認定された例が極端に少ないゆえんにほかならない。

◆A夫の陳述書や日誌が裏付ける事実

しかし、藤井夫妻のケースでは、元原告が訴訟提起自体に無理があること認識していた可能性を示す有力な物的証拠がある。たとえばA夫に喫煙歴があった事実を裏付ける書面の存在である。それは前訴でA夫が提出した陳述書である。

「私は、タバコを吸っていた頃は、妻子から、室内での喫煙は、一切、厳禁されていましたので、ベランダで喫煙する時もありましたが、殆どは、近くの公園のベンチ、散歩途中、コンビニの喫煙所などで喫煙し、可能か限り、人に配慮して吸っておりました」

前訴原告が煙草を吸っていたことを自ら認めた陳述書

副流煙の発生源として将登さんの責任を問うていながら、実はA夫自身がスモーカーだったのだ。当然、家族もそれを知っていたと考えるのが理にかなう。実際、引用した陳述書の中で、A夫はA妻から喫煙を注意されたと告白している。

A夫の禁煙歴が発覚したのは偶然だった。この裁判を取材していたわたしが、A家の弁護士を取材したところ、A夫の喫煙歴を認めたのだ。その後、A夫みずからが陳述書(上記)でそれを告白したのである。喫煙歴を隠していたことが、裁判に不利に作用することを見越して取った措置だと思われる。作田医師に対しても、A夫は自らの喫煙歴を告げていなかった。

また、前訴の本人尋問を通じて、A夫の喫煙歴が約25年に及ぶことも分かった。提訴の直前まで吸っていたという目撃証言もある。

 
前訴までの経緯は、『禁煙ファシズム』(黒薮哲哉著、鹿砦社)に詳しい

さらにA夫が前訴で裁判所に提出した日誌(約3年分)も、前訴に事実的根拠がないことを家族3人が認識していた物的な証拠になりそうだ。この日誌には、将登さんが自宅に不在のときに、煙草の臭いがするという記述が少なくとも38箇所ある。その一部を引用してみよう。

「午後4時将登氏、車で外出する。しかし、いつもの臭いの煙草臭入ってくる。風、B、藤井から千葉方向に流れている。(リボンで確認)」(平成30年7月20日)

「8時30分、将登車なし、将登不在のようだ。しかし花のような臭いのタバコ相変わらず入ってくる、独特の臭い、国産のとげとげしたタバコではない」(平成30年8月8日)

「朝9時位から将登の車なし、しかし、甘酸っぱいお香の様な臭いがする。将登不在でも藤井家でタバコを喫っている人がいる。風は西から東へ相変わらず吹いている。」(令和元年11月23日)

つまり将登さんとは別の人物が煙草を吸っていることを認識していながら、将登さんに対して損害賠償を求めたのである。

ちなみに敦子さんと娘さんは非喫煙者である。前訴の被告ではない。4500万円の請求は、将登さんに対してのみ行われたのである。

他にも将登さんを被告とした提訴に根拠がないことを立証する証拠は複数ある。

◆司法制度改革の失敗

小泉元首相を長とする司法制度改革が始まった後、些細なことで訴訟を提起する風潮が広がった。それはますますエスカレートしている。IWJの岩上安身氏や水道橋博士もこうした時代の波に巻き込まれた。

被告にされた側は、提訴により有形無形のストレスにさらされる。精神的にも経済的にも損害を被る。

こんな時代、軽々しい提訴を防止する意味でも、藤井夫妻の「反訴」は重要なプロセスなのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』