《書評》マーティン・ブランク著『携帯電話と脳腫瘍の関係』── スマホの通信基地局の近くほど発がん率が高い 評者:黒薮哲哉

現代社会で最も普及している文明の利器は、スマートフォンである。電話会社は、スマートフォンの普及を押し進め、それに連動して通信基地局をアメーバ状に拡大している。総務省も全面的に電話会社の事業を支援し,マスコミは広告主である電話会社に配慮して、電磁波問題の報道を控えている。大学の研究者も、企業や国策をさかなでする電磁波による人体影響を研究テーマに選ぼうとはしない。巨大な相手を敵に回したくないからだ。電磁波問題はタブーなのである。

 
マーティンン・ブランク『携帯電話と脳腫瘍の関係』(近藤隆文訳、飛鳥新社2015年)

こうした風潮に逆行するかのように、『携帯電話と脳腫瘍の関係』(マーティン・ブランク、飛鳥新社)は、電磁波による人体影響を容赦なく指摘している。電磁波に関する欧米での研究成果を分かりやすく紹介している。

著者のマーティン・ブランクが最も懸念しているのは、電磁波が原因と推測される癌の増加である。従来、レントゲンのX線や原発のガンマ線は発癌を促す原因として認識されてきたが、それ意外の電磁波は安全とする考えが定説となっていた。たとえば日本の総務省は、この考えに基づいて1990年に、現在の電波防護指針を定めた。それを根拠として電話会社の携帯ビジネスにお墨付きを与えてきたのである。

ところがその後、特に欧米で電磁波の毒性に関する研究が前進し、現在ではエネルギーが高いX線やガンマ線だけではなく、マイクロ波や超低周波電磁波(送電線や家電からもれる電磁波)にもDNAを傷つけて発癌を促すリスクがあることが明らかになってきたのだ。それに伴い、たとえば欧州評議会は、日本の電波防護指針よりも1万倍も厳しい勧告値を設けた。電磁波による人体影響に関する従来の認識を大幅に改めたのである。

たとえば本書では、次のように通信基地局と発癌の関係に警鐘を鳴らしている。

「ブラジルでの研究でも同様の結果が報告されている。そこでがんの累積症例数がもっとも多かったのは、40.78μW/c㎡という高い電力密度の放射に曝露した人々だった。その発がん率は1000人当たり5.38件。より遠方に暮らし、曝露の電力密度が0.04μW/c㎡の人々は、がん発生率がもっと低く、1000当たり2.05人だった。こうした研究は、基地局が携帯電話に関連したリスクの大きな要素であることを示している」

 
コンビニの上に設置された通信基地局

この疫学調査は、通信基地局に近い住民ほど癌になるリスクが高いことを示している。同じような類型の疫学調査は、他にも複数ある。「予防原則」という観点からすれば、住居の近くには通信基地局を設置してはいけない。禁止すべきなのである。ところが日本の電話会社は、電磁波による人体影響を示す医学的根拠が解明されていないことを理由に、自宅の直近やマンションの屋上に通信基地局を設置している。大半の住民はそのリスクをまったく知らない。

本書は、他にも電磁波による人体影響として、アルツハイマー病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、パーキンソン病、男性不妊、うつ病なども指摘している。

スマートフォンの使用はなるべく控えるのが懸命だ。マンションの屋上や自宅直近に通信基地局がある場合は、電話会社に対して撤去を求めるのが懸命だ。Wi-Fiは使わないときは、「OFF」にすることが推奨される。国は、電話会社に対して携帯電話を販売する際、顧客にリスクを伝えるルールを制定すべきだろう。マスコミは、携帯電話の広告を自粛すべきではないか。

本書の冒頭で著者のマーティン・ブランクは言う。

「制限を課すことをめぐって議論がもちあがった際、企業の後ろ盾を得た人たちが発するお決まりの台詞がある。『危険であるという確証はない』だ。私はそうではないと示すためにこの本を書いた。このハイテク世界の副産物である電磁放射(EMF)が私たちの身体に多種多様な影響を与えることを示す、確かな科学の体系がある。そろそろきまり文句の『危険であるという確証はない』に代えて、『危険を認めて対処すべき時期だ』と言ったほうがいい」

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

《横浜副流煙事件》横浜検察審査会が検察の不起訴処分を「不当」と議決、作田医師に対する損害賠償裁判にも影響か? 黒薮哲哉

横浜第3検察審査会は4月14日、横浜副流煙事件の元被告らによる刑事告発を受けて横浜地検が下した「不起訴」処分を、「不当」とする議決を下した。

◎議決の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/04/mdk220420.pdf

この事件は、煙草の副流煙で「受動喫煙症」に罹患したとして、Aさん一家が隣人の藤井将登さんに対して4518万円の損害賠償を求めた裁判に端を発する。請求は棄却された。判決の中で、裁判所はAさんらが提訴の根拠とした診断書のうち1通(娘の診断書)が、無診察の状態で交付されていたことを事実認定した。(医師法20条違反)。診断書を作成した作田医師の医療行為を問題視した。

 
ニューソク通信に出演中の藤井さん(左)と、支援する会・石岡代表(右)

作田氏は、A家の娘と面識もなければ、オンラインで言葉を交わしたこともなかった。高齢の両親から懇願されて、娘の診断書を交付したのである。A家は、この虚偽診断書を高額請求の根拠とした。しかし、提訴の訴因に事実的根拠はなかったのである。

裁判所が4518万円を請求する裁判を棄却すると、藤井さん夫妻は、訴権の濫用に対する「戦後処理」に入った。妻・敦子さんは、作田医師に対する刑事告発を検討するようになった。一部の医療関係者からは、敦子さんの方針を支持する声があがった。

そして2021年春、藤井さん夫妻と数人の支援者が神奈川県警青葉警察署に、作田医師とA家の3人を被告発人とする刑事告発を行ったのである。

容疑は、虚偽診断書行使罪である。青葉警察署の刑事は約半年をかけて、念入りにこの事件を調査した。そして2021年1月に作田医師を横浜地検へ書類送検した。

ところが、この事件を担当した横浜地検の岡田万佑子検事は、3月15日に作田学医師を不起訴とする処分を下した。

◎[参考記事]岡田万祐子検事が作田学・日本禁煙学会理事長を不起訴に ── 横浜副流煙事件、権力構造を維持するための2つのトリック

◆作田医師、アメブロで虚勢を張る

岡田検事が下した不起訴処分に作田医師は、元気づけられたのか、みずからの「アメブロ」にコメントを発表した。藤井さん夫妻に対して、「ファイティング・ポーズ」をとり、反撃の姿勢を宣言したのである。記事のタイトルは、「 当然ながら検察庁の『不起訴』が決定しましたので、ご安心ください(作田 学)」。このタイトルの下に、処分通知書の写真を貼り付けて公表した。(下記の写真)

以下、次のように述べている。全文を紹介しよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・【引用】・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 本件では、告発や起訴される理由は全く何も無く、事実無根なので、当然ながら検察庁の「不起訴」が決定いたしました。ご安心ください。
 尋常を外れた虚偽告発、名誉棄損、誹謗中傷、個人攻撃を執拗に繰り返しているようですが、YouTube配信が停止とされたり、メディアも全く相手にしなくなっているようで、当方としてもこのようなフェイク(嘘)には一切係わらないことが賢明と思うところです。
 今国会で「改正侮辱罪」が可決成立し、このような侮辱行為には「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」が7月までに施行される見通しとのことですので、諸々よろしくお願いいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・【引用おわり】・・・・・・・・・・・・・・・・・

◎【作田氏のアメブロ】https://ameblo.jp/tobaccofree-202105/

作田医師は、暗黙のうちに藤井夫妻に対して「侮辱罪」で刑事告訴することをほのめかしてきたのである。これには藤井敦子さんも、一瞬、たじたじとなったようだった。支援者と話し合って検察審査会に審査を求めることを決めた。とはいえ検察審査会が検察の処分に対して疑義を議決することはめったにない。それに4月16日の時効まで30日ほどしか残っていなかった。それまでに検察が起訴しなければこの刑事事件は終わる。

しかし、藤井さんらにとって、横浜地検の処分に対する自分たちの見解を表明して、記録として残しておくことは重要だった。「禁煙ファシズム」に対する責任追及を今後も続けるからだ。

そこで藤井さんらは、横浜検察審査会に対する審査理由書を作成した。その骨子は、①不起訴が判例違反であることの説明、②診断書の所見における具体的な虚偽記述の指摘、③医師法20条の法解釈に関する私見、④岡田検事が処分を決める際に、厚労省に相談した事実の提示、の4点である。

◎【審査申立理由書】http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/03/mdk220321-2.pdf

◆損害賠償裁判と医道審議会

横浜第3検察審査会が、時効が成立する前に、不起訴不当の決議を下した意味は大きい。横浜地検が作田医師らを再捜査して起訴する時間は残されていないが、藤井さんたちの「禁煙ファシズム」解体運動に影響を及ぼしそうだ。

たとえば、今後、作田医師を厚労省の医道審議会に告発する際の有力は証拠となる。医道審議会は、医療関係者の不祥事を処分する機関である。形骸化しているとの批判もあるが、診断書の偽造は大変な不祥事なので、まったく関与しないわけにはいかないだろう。

一方、横浜副流煙事件の舞台は、藤井さん夫妻が3月に起こした作田医師らに対する損害賠償裁判に移る。この裁判でも、検察審査会の議決は、作田医師らの方針の不当性を裏付ける有力な証拠になる。

第1回口頭弁論は、5月10日、午前10時半から横浜地裁609号法廷で始まる。

※筆者は分煙に賛成の立場である。煙草も吸わない。しかし、法律による喫煙者の取り締まりには反対の立場である。作田医師らが推進している「喫煙撲滅運動」に違和感を感じる。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年5月号!
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

石川県中能登町で町長選をめぐる不正疑惑が浮上、候補者が無理心中、真相解明を阻む「100日裁判」の壁 黒薮哲哉

石川県中能登町で行われた町長選をめぐって、選挙管理委員会が絡んだ不正選挙疑惑が浮上している。皮肉なことに「100日裁判」と呼ばれる司法の壁が、事件の真相解明を阻んでいる。そこから、権力構造の歯車としての司法の立ち位置と、形骸化した日本の議会制民主主義の実態が輪郭を現わしてきた。

 
記者会見する木原弁護士と林前町議

事件の発端は、2021年3月21日に投開票が行われた町長選である。この町長選で落選した林真弥(前町議)氏は、選挙管理委員会に対して選挙の無効を申し立てたが、選管はこれを棄却した。そこで林前町議は、石川県選挙管理委員会に対して審査を申し立てた。しかし、石川県選挙管理委員会は、それを棄却した。

そこで林前町議は昨年の9月29日に、石川県選挙管理委員会を相手に選挙の無効を求める裁判(名古屋高等裁判所・金沢支部、合議体)を起こしたのである。審理は現在、林前議員側が忌避(裁判官の交代を求める手続きで、現在は最高裁で継続している)の手続きを行っているために中断している。

このところ地方議会を舞台とした不祥事が相次いでいる。たとえば以前に筆者がとり上げた神奈川県真鶴町の事件である。町長(当時は町職員)が選挙管理委員会の職員と結託して選挙人名簿などの複写を持ち出し、自らの選挙に使用した事件である。現在、住民グループが町長らを横浜地検へ刑事告発している。

◎[参考記事]すでに崩壊か、日本の議会制民主主義? 神奈川県真鶴町で「不正選挙」、松本一彦町長と選挙管理委員会の事務局長が選挙人名簿などを3人の候補者へ提供 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=40794

この記事を読んだ石川県中能登町の住民が、同町で起きた事件についての情報を筆者に提供したのである。

◆町長選の候補者が母親と無理心中

疑惑は、昨年の3月21日に投開票が行われた町長選で浮上した。この選挙には当初、尾田良一(前町議)氏、林真弥(前町議)氏、それに廣瀬康雄氏(前副町長)の3名が立候補した。このうち廣瀬氏は、杉本栄蔵前町長の後継者とみられていたらしい。

ところが廣瀬氏は、選挙選がスターとする前に変死を遂げる。

2021年2月16日付け『北陸中日新聞』(電子)によると、「中能登町武部の前副町長、広瀬康雄さん(65)方で、『家族二人が血だらけで意識がない』と、親族の女性から一一九番があった。駆け付けた七尾署員が、広瀬さんと母芳江さん(93)が同じ部屋でいずれも首から血を流し倒れているのを発見。二人は病院に搬送されたが、一時間後に死亡が確認された。広瀬さんは3月16日告示の同町長選に出馬予定だった」(https://www.chunichi.co.jp/article/202839)という。

警察は、後日、この事件を無理心中と結論づけた。実際、廣瀬氏は町長選に出馬することを嫌がっていたという。廣瀬氏は、副町長の経験があるとはいえ、元々は中能登町の職員で、選挙の経験はない。

 
当選した宮下為幸氏、自民党石川県連、公明党県本部推薦(出典:北國新聞電子版、2021年3月21日)

とはいえ町の工事請負業者選定委員会の委員長などを務め、杉本町長とは親密な関係にあった。杉本町長の会社である杉本工務店の公共事業の入札に関して、林前町議から談合疑惑を追及されたこともある。町長を務めるにしては汚点があったのだ。その廣瀬氏が心理的なプレッシャーから自殺したのだ。

廣瀬陣営としては、談合を追及したことがある林前議員が町長に当選する事態だけはどうしても避けたかったようだ。そこでやはり杉本町長に近い宮下為之氏(撚糸の会社の経営者)を擁立したが、選挙選には完全に出遅れたのである。ところが開票の結果、次のようになった。

宮下為之:5,069
林 真弥:2,565
尾田良一:1,501

この選挙結果に林前町議が異議を申し立てた。開票プロセスの中で、宮下陣営に不正があったとして、4月5日に中能登町の選挙管理委員会に対して選挙の無効を申し立てたのだ。しかし、申し立ては却下された。そこで前町議は石川県選挙管理委員会に審査を求めた。審査は却下された。そこで林前議員は、最終的に石川県選挙管理委員会を被告として選挙の無効を求める裁判を起こしたのである。

◎訴状の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/04/mdk220415.pdf

 
中能登町役場(出典=ウィキペディア)

◆林前町議が裁判所へ求めた4つの調査

林氏が、不正選挙の根拠としたものは、開票のプロセスに不可解な点があることだ。

訴状によると、最初に開票された当日投票分は、林氏が2400票で宮下氏が1200票だったが、「17分の立会人への回付が止まった後に回付された期日前投票」(訴状)の票は、林氏が100票、宮下氏が3200票になっていたという。その原因として、期日前投票の票が、すり替えられたり、偽造された可能性などを指摘している。また、開票作業中にすり替えが行われた可能性も指摘している。

これに対して石川県選挙管理委員会は、「一時的にせよ、原告が大幅に得票数でリードしていた、あるいは17分間という長時間にわたり、選挙立会人への回付が止まったという事実はない」と真向から反論している。また、投開票のプロセスにも汚点はないと主張している。

原告は、今回の町長選に限って開票の際に票の「読み取り分類機」が使用されなかったことも疑問視している。

原告の林前町議は、11月24日に行われた第1回口頭弁論で次の4点について裁判所が職権で調査するように申し立てた。

1、北國新聞が実施した出口調査の結果の開示。(調査嘱託申立書)

2、未使用の投票用紙の確認。(検証物提示命令及び検証申立書)
 ※票のすり替えがなければ、適正な枚数の用紙が残っている。当然、有効票についても確認する

3、有効票の筆跡鑑定(鑑定申出書)

4、開票作業のビデオ映像の確認(調査嘱託申立書(2))
 ※テレビ金沢と北陸朝日放送がそれぞれ撮影したとされる開票作業のビデオにより、開票作業が公正に行われたか否かを確認する。

◆真相解明の壁、「100日裁判」

閉廷後に記者会見した林前町議と代理人の木原功仁哉弁護士によると、蓮井俊治裁判長は早々に請求を却下すると告げたという。これに対して木原弁護士が抗議したところ、蓮井裁判長は第2回の口頭弁論の期日を12月24日に設定した。1回で結審することに、さすがに良心の呵責を感じたのだろう。

しかし、第2回口頭弁論で裁判長は結審を決めた。もちろん原告が裁判所に求めた4件の調査も実施されない。こうした状況の下で原告は、裁判官らの忌避を申し立てた。しかし、それも却下された。原告は抗告、さらには特別抗告(最高裁)を申し立てたが、やはり棄却された。現在、裁判は継続している。

ちなみに選挙の無効などを求める裁判では、公職選挙法の213条が適用され、裁判を迅速に進めるために、起訴から100日以内に判決を出すよう努めなければならないとされている。俗に「100日裁判」と呼ばれている。中能登町のケースも、「100日」裁判が適用されたのである。

しかし、筆者が取材した限りでは、明らかな疑惑がある。選挙結果が覆らないにしても、裁判所は真相を解明する義務がある。とりわけこの町長選に関連しては、自殺者が出ているわけだから、曖昧に闇に葬るわけにはいかない。司法制度が不正を隠す役割を担ってはいけない。

日本の議会制民主主義は形骸化して、すでに中身は崩壊している可能性もある。選挙監視団を導入する制度が必要なまでに劣化しているのではないか。


◎[参考動画]2021年11月24日の記者会見

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年5月号!
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

桜十字グループが東京・渋谷区の美容外科でコロナワクチン「接待」、元スタッフらが内部告発 黒薮哲哉

今年の2月16日に、独立系メディア「MyNewsJapan」は、コロナワクチンの闇接種についての記事を掲載した。タイトルは、「国費のコロナワクチンを闇打ちで接待に流用、『接種会場』は桜十字グループ西川朋希代表が理事を務めるビューティクリニックVIP室」(https://www.mynewsjapan.com/reports/2634)である。執筆者は、わたしである。

桜十字グループは、再春館製薬が2006年に買収して運営に乗り出した医療・福祉関係のグループである。総社員数は6551人(2021年4月1日現在)。本部は熊本市にあるが、東京でも医療法人社団・東京桜十字を設置し、複数の診療所を運営している。

MyNewsJapanの記事は、2021年の春から夏にかけて桜十字の関係者が、東京渋谷区にある美容外科で、要人に対してワクチン「接待」を繰り返していたとする内容である。しかも、当時、桜十字グループの西川代表が、菅義偉首相(当時)とワクチン接種の普及について、2度も会談を行っていた事実も明らかになっている。

菅義偉首相(当時)と西川代表の会談を伝える桜十字グループの社内報

わたしがデジタル鹿砦社通信で、この事件を再報告するのは、MyNewsJapanに記事を掲載した後も、大メディアが後追い報道をしないからだ。わたしは、これだけの大問題を黙認してはばからない鈍感さを問題視したい。

◆闇接種を裏付ける3つの客観的事実 

この事件の取材のきっかけは、ある人物が昨年の11月にMyNewsJapanに情報を提供したことである。東京・渋谷区のメットビューディークリニック(堀江義明院長、以下、MBC)で、要人を対象としたワクチン接待が行われていたという内容だった。この人は、新聞や週刊紙にも情報を持ち込んだが、新聞は最初から取材しなかったという。週刊紙は、記事にしたものの、ワクチンの闇接種には言及していなかった。最も肝心で核心的な部分を外したのである。そこでAさんは、従来の主要メディアは信用できないとして、MyNewsJapanに情報を提供したのである。

MyNewsJapanの渡邉正裕編集長の依頼で、わたしがこの事件を担当することになった。わたしは、Aさんから事件の概要を聴取した後、闇接種が行われた当時、MBCの事務長をしていたBさん(男性)と、2人のスタッフCさん、Dさん(いずれも女性)を取材した。

これら4人の内部告発者の話を統合すると次のような概要になる。2021年の春から7月ごろにかけて、桜十字グループの関係者が、MBCのVIP室を使って複数の要人に対し、ワクチンの闇接種を行っていた。その中には、海外の「超VIP」も含まれていたという。元事務長は、東京・虎ノ門にある東京桜十字の本部から、MBCへワクチンを運搬させられたことがあると話している。

わたしはこれらの「証言」の裏付け調査に入った。結論を先に言えば、次の3点が事件の客観的な裏付けになる。

① 桜十字のスタッフがワクチン接待を受ける要人と交わしたラインの交信記録

② 闇接種に使ったコロナワクチン専用のシリンジ(注射器)の写真である。

③ MBCが所在する港区が、MBCをワクチン接種の医療機関に指定していないことを裏付ける(情報公開請求で得た)書面である。

①から③の客観的な裏付と、元事務長、2人の元スタッフの証言が完全に整合しており、ワクチン接待が行われたとする内部告発の信ぴょう性は動かしがたい。しかも、既に述べたように、この時期に西川朋希代表と菅首相が、ワクチン接種の推進について、首相公邸で2日に渡って会談していた。最初の会談は5月15日で、2度目が5月16日である。この事実は、新聞の「首相動静」や桜十字グループの社内報(冒頭の写真)でも確認できる。

◆裏付け①-闇接種の日時・場所をラインの交信で調整

 
ワクチンの闇接種のスケジュールを設定したことを示すLINEの記録

右に示した写真は、ワクチン接種の前段のプロセスを裏付けるLINEの通信記録である。このLINEには、次の4人の人物が登場する。

読者は、LINEの冒頭の導入部に注目してほしい。「TomokiがMET増田修一、YS(仮名、女性、ピンク色部分)を招待しました」と記されている。

「Tomoki」は、元事務長と2人の元スタッフによると、桜十字グループの西川朋希代表のことである。しかし、トモキという名前は一般的で、客観的な本人確認の裏付けになるとは言えない。とはいえ、そのことはさほど重要ではない。重要なのは、この事件で主導的な役割を演じた「MET増田修一」の所属先の確認である。「MET増田修一」が桜十字グループの関係者であることの立証なのである。

「MET増田修一」は、会社登記簿によると、METを運営している(株)メディカルハックの社長である。「MET増田修一」がLINEで使っていたアイコンを調査したところ、同氏がFACEBOOKで使っているアイコンと完全に一致した。しかも、そのFACEBOOKには、勤務先として桜十字の社名を記していた。

さらに(株)メディカルハックを調査したところ、東京桜十字が経営するクリニックのひとつと登記上の住所が一致した。つまり桜十字グループと(株)メディカルハックは実質的に一体ということになる。元事務長も(株)メディカルハックの所属で、定期的に東京桜十字でミーティングを開いていたと話している。

「YS(仮名、女性)」は、ワクチン接種を受けたとされる女性である。

「Tomoki」、「MET増田修一」、それに「YS」の3人は、LINEでワクチン接種の日程と場所を取り決めたのである。交信記録を引用してみよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・【引用】・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Tomoki:水曜日
接種の時間を決めてください。場所は表参道です。

YS:ありがとう!それでは午前10:00でいいですか?

増田:10時にご希望承りました。ドクターに時間の確認をしておりますので、確定までしばらくお待ちください。よろしくお願いいたします。

YS:ありがとうございます。

増田:大変お待たせいたしました。10時が難しく、13時にクリニックにお越し頂く事は可能でしょうか?どうぞご検討よろしくお願いいたします。

YS:はい、了解しました。住所をお知らせください。

増田:https://www.met-beautyclinic.jp/

・・・・・・・・・・・・・・・・【引用おわり】・・・・・・・・・・・・・・・・・

(株)メディカルハックの「増田」がYSに示したURLは、METの公式ウェブサイトと一致する。つまり3人は、闇接種の場所を、渋谷区のMETに決めたのである。

接種の日程と場所が確定すると、増田社長は3人の交信記録のスクリーンショットを、METの事務長(当時)のLINEへ転送した。接種予定の前日、2021年7月20日(火)のことである。これに応えて事務長が、次のように返信する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・【引用】・・・・・・・・・・・・・・・・・・

事務長:13時にVIP室ご案内でいいでしょうか?

増田:はい、お願い致します。堀江先生も1時にお見えになります。合計3名の接種予定で、13時1名、13時半に2名の予定です。

増田:ワクチン接種後、15分の観察時間を要します。

・・・・・・・・・・・・・・・・【引用おわり】・・・・・・・・・・・・・・・・・

「15分の観察時間を要します」という記述から、予防接種がコロナウイルスに対するものであることが分かる。

◆裏付け2-コロナワクチンの専用シリンジ

 
ワクチンの闇接種に使われたシリンジ

右に示す写真は、MBCの元スタッフが撮影したコロナワクチン専用のシリンジである。

この写真には、撮影と同時に自動的に作成される撮影日時と撮影場所もデータとして残っている。それによると撮影日は、2021年6月25日13:52分である。撮影場所は港区である。

シリンジと一緒に映っている鉛筆のような医療廃棄物は、アートメイクで使用するブレード(針)である。これは美容外科に特有のものである。一般の医療機関にはこのような医療器具はない。従ってシリンジの撮影場所が、美容外科であることが分かる。

しかし、後述するように、港区にある美容外科で、港区がワクチンの接種会場に指定した医療機関は一軒も存在しない。

さて、写真撮影されたシリンジについて、説明しておこう。読者に注視していただきたいのは、シリンジの先端部分(デッドスペース)である。黒いピストンのようなものが入っている。

これはシリンジのデッドスペース内のワクチンを残ることなく押し出すための仕組みなのである。このデッドスペースこそが、ワクチンを無駄にしないように開発されたコロナワクチン専用のシリンジの特徴なのだ。

元スタッフらは、次のように話す。

「このようなシリンジは見たこともなければ、使ったこともありません」

「棚卸一覧にも、このようなものは入っていません」

デッドスペースが少ないシリンジそのものは従来から存在していても、ほとんど流通していなかった。それゆえに国が厳密に管理・配給すると同時に、当時、医療器具メーカーが急遽開発に乗り出していたのである。

わたしは実際にワクチン接種を担当している医療関係者にも、このシリンジの写真を示して、それがコロナワクチン専用のものであることを確認した。


◎[参考動画]ワクチン“1瓶6回”接種へ 特殊注射器増産(FNN ,2021年2月18日)

◆裏付け3-港区の情報公開資料
  
「裏付け1」と「裏付け2」により、MBCでワクチン接種が行われたことを裏付けることができる。元事務長らの「証言」の信ぴょう性を担保できる。

しかし、そのワクチン接種が、国が決めたワクチン接種の方針に沿わないルール違反であることを示す証拠はあるのだろうか。この点を調べるために、わたしは港区が、METをワクチン接種の医療機関に認定していたかどうかを検証した。

ちなみにコロナワクチンとシリンジは、「国→都道府県→各自治体→医療機関」の配給ルートになっている。さらに医療機関に到着した後、ワクチン接種を迅速に進めるために、他の医療機関へ搬送することが認められている。ただし搬送先の医療機関は、事前に地方自治体の認可を受けなければならない。「集合契約」と呼ばれる書面に調印することで、ワクチン接種を推進する諸機関のグループに加わらなければならない。さもなければ、ワクチンやシリンジの末端配布先が分からなくなる可能性があるからだ。また、ディープフリーザー(低温冷凍庫)の手配調整にも困難が生じる。

筆者は、METがある港区に対しコロナワクチンの接種に関する情報公開請求を行い、その後、取材を行った。その結果、当時、METは集合契約に調印していなかったことが分かった。(取材した当時も、契約していなかった)

METがある港区南青山5丁目で、2021年の春から夏にかけた時期にワクチン接種の医療機関に指定されていた所は次の医療機関だけである。

 ・八木クリニック
 ・やべ耳鼻咽喉科表参道
 ・南青山往診クリニック

今年2月の時点では5つの医療機関が認定されているが、やはりMETは含まれていない。

つまり港区はMETに対して、コロナワクチンも専用シリンジも、提供したことがない。とすれば、どのようなルートでワクチンと専用シリンジがMETへ運び込まれたのか。これについては、既に述べたように元事務長が、虎ノ門にある東京桜十字からMETへワクチンを運んだことが一度ある、と話している。

「週に1回、本社(注:港区虎ノ門にある「東京桜十字」本社を指す)でミーティングがあったのですが、ミーティングが終わった後、上司から箱を渡され、METへ持ち帰ったことが一度だけあります。箱を開いて初めて、中身がワクチンであることに気づいたのです。保冷剤も一緒に入っていました」

元スタッフCさんも、次のように話す。

「事務長が冷蔵庫にワクチンを保存したいというので、許可したのを覚えています」

元スタッフDさんは、VIP室でワクチンの入った箱を見たと話している。

「段ボールに貼ってある伝票に、確か、『熊本』の県名がありました」

コロナワクチンの場合、運搬方法や保管方法にも品質を保つためのガイドラインがある。真夏の炎天下にMETの事務長が、カバンに入れてワクチンを運んだというのは、異常の極みであり、医療の安全に関わる問題だ。

国が配給したワクチンがどのようなルートでMETに届いたのか、運搬の経緯には不明な部分もあるが、桜十字グループの西川代表が菅首相らと会談した後、桜十字グループが本格的にワクチン接種のイニシアティブをとってきたわけだから、桜十字グループ内には大量のワクチンとシリンジがあったと推測できる。従って、METへの流用はそれほど困難ではない。

◆誰がワクチン接待を受けたのか?

ワクチン接待を受けた人物については、具体的な名前が上がっている。たとえば「裏付け1」でとり上げたYSである。YSについて、インターネットで検索したところ、興味深い英文の記述が明らかになった。それよると、YSは桜十字グループの地元・熊本県の出身でインドネシアに住んでいる。夫は、不動産会社を経営する大富豪である。

わたしはYS夫妻の写真や動画をインターネット検索した。その中で、YSの夫である可能性がある男性の写真が浮上した。その写真を元事務長と、2人の元スタッフに確認してもらったところ、元事務長と、元スタッフのCさんが、「見おぼえがある」と答えた。 
 元事務長がYS夫妻について次のように話す。

「夫妻がMNCにお見えになったとき、VIP室へ案内しました。それから2人の到着を堀江先生に報告しました」

元スタッフのCさんは、次のように話す。

「2人は堀江先生と一緒にVIP室から出てきました。堀江先生からは、超VIPとして紹介されました。奥さんが化粧品を買いたいというので、わたしがフロントに案内したので、よく覚えています」

桜十字グループは、インドネシアでも事業を展開している。「アクセラ」と称する団体を設立して、日本での就職を目指しているインドネシア人に日本語を教えるなどの活動を展開している。実際、桜十字は、現地で人材募集も実施している。たとえば、次のブログである。

https://www.sakurajyuji.or.jp/recruit/kaigo/news/?p=1520

MBCの堀江院長は、インドネシアへの渡航歴もある。元スタッフとのLINEの交信記録でそれが確認できる。

YS夫妻がMBCでワクチン接種を受けた時期、インドネシアはコロナ感染が急拡大していた。

この事件の無視でも明らかなように、日本のマスコミは、肝心な問題は報道しない。コロナワクチンは国費で調達されているわけだから、それを特定の企業がワクチン接待に使ったとなれば、道義的な問題だけでは済まない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年5月号!
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

金竜介弁護士らが金銭請求している5億8,000万円に道理はあるのか? 892人を被告とする損害賠償裁判、弁護士大量懲戒請求事件、東京地裁も困惑か? 黒薮哲哉

3月初旬、わたしは2人の弁護士が起こした損害賠償訴訟で、被告にされたAさん(男性)を取材した。この訴訟の背景には、一時期、メディアがクローズアップした一連の弁護士大量懲戒請求事件がある。現在では報道は消えてしまったが、しかし、水面下で事件は形を変えて続いている。

 
金竜介弁護士(出典=台東協同法律事務所HP)

被告・Aさんによると、自らが被告にされた裁判では、被告の人数が892人にもなるという。Aさんは、その中の1人である。

この裁判を起こしたのは、金竜介弁護士金哲敏弁護士の2名である。2人の原告の代理人は高橋済弁護士である。訴状は、2021年4月21日に東京地裁で受理された。

請求額は約5億8,000万円である。まもなく提訴から1年になるが、未だに口頭弁論が開かれていない。わたしが3月に東京地裁に問いあわせたところ、担当書記官は、「何もお答えできることはありません」とあいまいな返事をした。Aさんも、自分の答弁書を提出したが、その後、裁判所からの連絡はない。他の被告がどのような対応をしているのかも、知りようがない。

わたしは東京地裁で裁判資料の閲覧を求めたが、これも認められなかった。理由はわからない。

◆大量懲戒請求への道

事件の発端は、インターネット上のサイト「余命三年時事日記」に特定の弁護士に対して懲戒請求を働きかける記事が掲載されたことである。同ウエイブサイトからは懲戒請求のために準備した書式がダウンロードできたという。その書式に自分の住所や名前などを記入して、「まとめ人」に送付すると、集団による大量懲戒請求の段取りが整う。

高橋弁護士が作成した訴状によると、「少なくとも平成29年(2017年)11までに」は懲戒請求を働きかける記事が掲載されていたという。懲戒請求の理由は、次のとおりである。訴状から引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・【引用】・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「違法である朝鮮人学校補助金支給請求声明に賛同、容認し、その活動を推進することは、日弁連のみならず傘下弁護士会および弁護士の確信的犯罪行為である。
 利敵行為としての朝鮮人学校補助金支給要求声明のみならず、直接の対象国である在日朝鮮人で構成させるコリアン弁護士会との連携も過過できるものではない。
 この件は別途、外患罪で告発しているところであるが、今般の懲戒請求は、あわせてその売国行為の早急な是正と懲戒を求めるものである」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このような主張自体は、国境が消滅しはじめて言語なども多様化してきた現代の感覚からすれば時代錯誤だ、というのがわたしの考えだ。国際感覚が欠如した「島国根性」にほかならない。

しかし、懲戒請求者の全員が懲戒理由を吟味して、懲戒請求書を「まとめ人」に送ったわけではない。Aさんも深くは考えなかったという。

訴状によると、2018年4月19日ごろに、「東京弁護士会の綱紀委員会は、本件懲戒請求についての調査開始をした」。しかし、翌日に「事案の審査を求めない、との議決をした」。さらにその後、弁護士会としても「被調査人を懲戒しない」ことを決定した。そして、27日に金竜彦弁護士と金哲敏弁護士にその旨を通知した。

2人は「この議決書及び決定書の送達があった日に、自らが懲戒請求を受けたことを知った」のである。

◆個々人、別々に金銭を請求

金銭請求の内訳は、被告1名に付き慰謝料30万円、弁護士費用3万円である。(ただし、内金については控除)。金銭請求の総額は約5億8,000万円になる。

実は、被告をひとまとめにして金銭を請求する代わりに、被告個々人に対して個別に金銭請求する方法も一般化している。たとえばわたし自身の経験になるが、2008年、読売新聞社がわたしに対して2230万円の賠償を求める名誉毀損裁判を起こしたことがある。この裁判の原告は、3人の読売社員と法人としての読売新聞社だった。読売の代理人の喜田村洋一・自由人権協会代表理事は、3個人と1法人に対して、個々の金銭請求額を提示してきた。その結果、わたしの年収の10倍近い金銭請求額を突きつけれたのである。

※裁判の結果は、地裁、高裁はわたしの完勝。最高裁が高裁判決を差し戻し、最終的には読売が劇的逆転勝訴を勝ち取った。わたしが、読売とその社員3人に約110万円の現金を払うことになった。

改めて言うまでもなく、個々人に対して金銭請求をしても、違法行為ではない。実際、金竜介弁護士と金哲敏弁護士は、この方法で約5億8,000万円というとてつもない金銭を請求したのである。

◆精神的苦痛による損害

しかし、損害金を請求するというからには、具体的な損害が発生していることが前提になる。ところが2人の弁護士が自分たちを対象とする大量懲戒請求が起こされていたことを知ったのは、弁護士会が懲戒請求を却下した後である。従って、精神的にも経済的にも損害を受けていない可能性が高い。あえて言えば、この事実を知らされたときに驚きと憤りを感じたという程度ではないだろうか。その損害の程度と5億8,000万円の請求に合理的な整合性はあるのだろうか。


◎[参考動画]ヘイトスピーチの抑制を呼びかける法務省の人権啓発スポット映像「ヘイトスピーチ、許さない。」

そこでこの点について、高橋弁護士に問い合わせてみた。高橋弁護士は書面で次のように回答した。民族差別を受けたことが被害であるという観点の回答だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・【引用】・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 各懲戒請求者は、在日コリアンの属性のある弁護士が、在日コリアンの人権擁護を求めることが、日本に対する利敵行為であり、外患誘致罪に該当する犯罪行為であるという理由で、懲戒処分を受けるべきであるなどとして、弁護士会に対する懲戒請求を行いました。このような行為が「在日コリアンには人権が認められるべきではない」し「在日コリアンが人権擁護を求める活動をすれば実体的な不利益を受けるべきだ」という「差別意識」の発現であることは明白ですし、このような差別を受けた在日コリアン弁護士に重大な精神的苦痛による損害が生じていることも明白です。

 この点は、既に確定した判決で認められており、例えば、令和元年5月14日東京高等裁判所判決は、「本件会長声明の発出主体ではなく,東京弁護士会の役員でもない一審原告が対象弁護士とされたのは,専らその民族的出身に着目されたためであり,民族的出身に対する差別意識の発現というべき行為であって合理性が認められないところ,このような理由から本件8人を対象弁護士とし,名指しで懲戒請求をすることは,確たる根拠もなしに,弁護士としての活動を萎縮させ,制約することにつながるものである。したがって,一審被 告は,本件懲戒請求により一審原告が受けた精神的苦痛の損害を賠償すべきである」と判示しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆司法制度改革で高額訴訟が日常に

ちなみに高額訴訟の原点は、小泉構造改革の中で行われた司法制度改革である。実際、2001年6月に司法制度改革審議会が発表した意見書も、賠償額の高額化の「必要性」に言及している。次のくだりである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・【引用】・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「損害賠償の額の認定については、全体的に見れば低額に過ぎるとの批判があることから、必要な制度上の検討を行うとともに、過去のいわゆる相場にとらわれることなく、引き続き事案に即した認定の在り方が望まれる(なお、この点に関連し、新民事訴訟法において、損害額を立証することが極めて困難であるときには、裁判所の裁量により相当な損害額を認定することができるとして、当事者の立証負担の軽減を図ったところである。)。

 ところで、米国など一部の国においては、特に悪性の強い行為をした加害者に対しては、将来における同様の行為を抑止する趣旨で、被害者の損害の補てんを超える賠償金の支払を命ずることができるとする懲罰的損害賠償制度を認めている。しかしながら、懲罰的損害賠償制度については、民事責任と刑事責任を峻別する我が国の法体系と適合しない等の指摘もあることから、将来の課題として引き続き検討すべきである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このような流れの中で、公明党の漆原良夫議員が国会で次のような発言をするに至った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・【引用】・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は過日の衆議院予算委員会で、メディアによる人権侵害・名誉毀損に対し、アメリカ並みの高額な損害賠償額を認めるよう森山法務大臣へ求めました。  善良な市民が事実無根の報道で著しい人権侵害を受けているにもかかわらず、商業的な一部マスメディアは謝罪すらしていません。  

 これには、民事裁判の損害賠償額が低い上、刑事裁判でも名誉毀損で実刑を受けた例は極めて少なく、抑止力として機能していない現状が一因としてあります。  私は、懲罰的損害賠償制度を導入しなくとも現行法制度のままで、アメリカ並みの高額な損害賠償は可能であると指摘しました。これに対し、法務大臣は、「現行制度でも高額化可能」との認識を示しました。
◎出典 http://urusan.net/akahige/akahige1405.htm

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆訴訟がビジネスの成立

実際、このころから武富士、読売、オリコン、JR東日本といった会社が高額訴訟を起こしている。武富士の代理人・弘中惇一郎弁護士らが「活躍」しはじめる。訴訟がビジネスとして成立することを、人権派弁護士が示したのである。

ここ数年のうちにわたしが取材した高額訴訟だけでも、横浜副流煙事件の4,500万円、ミュージックゲート事件の2億円などのケースがある。

金竜彦弁護士と金哲敏弁護士が起こした裁判では、総額が5億8,000万円にもなり、わたしが取材した裁判の中では最高金額である。しかも、会社ではなく、個人が原告である。

しかし、5億8,000万円という金額は、普通の労働者が生涯にわたり真面目に働き続けても、とても預金できる額ではない。その額を差別された事実を最上段に掲げて、デスクワークで入手しようとする試みそのものに、倫理上の問題があるようにわたしは感じる。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

岡田万祐子検事が作田学・日本禁煙学会理事長を不起訴に ── 横浜副流煙事件、権力構造を維持するための2つのトリック 黒薮哲哉

2022年3月15日、横浜地検の岡田万佑子検事は、日本禁煙学会の作田学理事長を不起訴とする処分を下した。

この事件は、作田理事長が患者を診察することなく、「受動喫煙症」等の病名を付した診断書を交付した行為が、医師法20条に違反し、刑法160条を適用できるかどうかが問われた。

医師法20条は、次のように患者を診察することなく診断書を交付する行為を禁止している。

【引用】「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。」

一方、刑法160条は、次のように虚偽診断書の「公務所」(この事件では、裁判所)への提出を禁じている。

【引用】「医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、3年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。」

横浜地検が送付した処分通知書

告発人の藤井敦子さんらは、岡田検事が下した不起訴処分(嫌疑不十分)を不服として、検察審査会へ審理を申し立てた。しかし、4月16日で事件が時効になるために、作田医師が起訴されないことがほぼ確実になった。作田医師は、岡田検事による法解釈と時効により、2重に「救済」されることになる。

◎[参考資料]審査申し立ての理由書全文
 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/03/mdk220321-2.pdf

筆者は、この刑事告発を通じて日本の司法制度のからくりを理解した。2つの「装置」の存在を確認した。法律を我田引水に解釈することを容認する慣行と、時効による「免罪」である。いずれも権力構造を維持するための「装置」にほかならない。検察は昔からおなじ手法を繰り返してきた可能性が高い。

この点に言及する前に事件の概要を説明しておこう。

◆事実的根拠に乏しい診断書で4518万円を請求

この事件の発端は、2017年11月にさかのぼる。ミュージシャンの藤井将登さんが自宅で煙草を吸っていたところ、同じマンションの住民一家3人(夫妻とその娘)から、副流煙で健康被害を受けたとして4518万円を請求する裁判を横浜地裁で起こされた。3人が金銭請求の根拠にしたのが、「受動喫煙症」等の病名を付した娘の診断書だった。

ところが審理の中で、この診断書を作田理事長が娘を診察しないまま交付していたことが分かった。作田医師は、娘となんの面識もなかった。さらに3人の原告のうち、ひとりに25年の喫煙歴があることも判明した。

つまり高額訴訟の根拠となった事実に強い疑念が生じたのである。

横浜地裁は、単に原告3人の請求を棄却しただけではなく、作田医師による診断書交付が医師法20条違反にあたると認定した。これまでの判例によると医師法20条違反は、刑法160条の適用対象になる。

そこで前訴で被告にされた藤井将登さんが、作田医師に対して虚偽診断書行使罪で神奈川県警青葉署へ刑事告発したのである。告発人には、将登さんのほかにも、妻の敦子さんら数名が加わった。青葉署は2021年5月に刑事告発を受理して捜査に入った。そして2022年の1月に横浜地検へ作田医師を書類送検した。

しかし、横浜地検の岡田検事は、事件の当事者から事情聴取することなく嫌疑不十分で不起訴を決めたのである。

◆動物の診断書も無診察は許されない

藤井敦子さんは、不起訴の理由を岡田検事に電話で問い合わせた。わたしはその録音テープを視聴した。その中で最も気になったのは、作田医師が娘の診断書を交付する際に、娘が別の医療機関で交付してもらった診断書等を参考にしたから、虚偽診断書とまではいえないという論理だった。

◎[参考資料]藤井敦子さんによる取材音声
 https://rumble.com/vy7w3h-57475133.html?fbclid=IwAR1pbAQZ505EuewQY0s6dg7PRo24OPh3r__-u11DG6UvU55QH2hEV1l94ek

しかし、作田医師が交付した診断書には、娘が「団地の一階からのタバコ煙にさらされ」ているとか、「体重が10Kg以上減少」したといった事実とは異なる記述が多数含まれている。これらの記述は、作田医師が参考にしたとされる他の医師が書いた診断書には見あたらない。つまり作田医師が交付した診断書の所見には明らかな「創作」が含まれているのだ。

こうした診断内容になった原因のひとつは、作田医師が娘を診察しなかったからにほかならない。あるいは事件の現場を検証しなかったからである。さらに禁煙運動という日本禁煙学会の政策目的があったからだ。

ちなみに獣医師が動物の診断書を交付する際にも、診察しないで診断書を交付する行為を禁じている。次の法律である。

【引用】「第十八条:獣医師は、自ら診察しないで診断書を交付し、若しくは劇毒薬、生物学的製剤その他農林水産省令で定める医薬品の投与若しくは処方若しくは再生医療等製品(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)第二条第九項に規定する再生医療等製品をいい、農林水産省令で定めるものに限る。第二十九条第二号において同じ。)の使用若しくは処方をし、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証明書を交付し、又は自ら検案しないで検案書を交付してはならない。ただし、診療中死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。」

動物についても、人間についても、無診察で診断書を交付する行為は法律で厳しく禁じられているのだ。

改めて言うまでもなく、法律は文字通りに解釈するのが原則である。好き勝手に解釈することが許されるのであれば、秩序が乱れ、法律が存在する意味がなくなるからだ。

医師法20条は、他の医師の診断書を参照にすれば、患者を診察することなく診断書を交付することが許されるとは述べていない。

現在の司法制度の下では、検事が我田引水の法解釈をすることで、起訴する人物と起訴しない人物を選別できるようになっている。これが公正中立の旗を掲げて、権力構造を維持するためのひとつの「装置(トリック)」なのである。

◆時効というトリック

もうひとつの「装置」は、時効のからくりである。作田医師を被告発人とするこの事件の時効は、2022年4月16日である。藤井さん夫妻は、検察審査会に審理を申し立てたが、この日までに起訴されなければ、事件は時効になってしまう。検事が「牛歩戦術」を取れば、時効がある事件では被疑者を無罪放免にできる制度になっているのだ。「時効」も権力構造を維持するための巧みな「装置」なのである。

なお、岡田検事はこの事件の処分を決めるに際して厚生労働省に相談したという。内容は、藤井敦子さんが岡田検事に対して行ったインタビューで確認できる。この事実は、「民主主義」の仮面の下に、日本を牛耳っている面々が隠れていることを物語っている。

◆岡田検事に対する質問状
 
筆者は、岡田検事に対して下記の問い合わせを行ったが回答はなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2022/03/23  

岡田万佑子検事殿
発信者:黒薮哲哉

 はじめて連絡させていただきます。
 わたしはフリーランス記者の黒薮哲哉と申します。

 貴殿が担当された横浜副流煙事件(令和4年検第544号)を取材しております。
 3月15日付で貴殿が下された不起訴処分について、お尋ねします。告発人の藤井敦子氏と貴殿の会話(18日)録音を聞いたところ、貴殿が処分を決める前に厚生労働省に相談されたことを裏付ける発言がありました。

 つきましては、次の点について教えてください。

1,厚労省の誰に相談したのか。

2,相談した相手から、どのようなアドバイスを受けたのか。

 また上記質問とは別に、次の点について教えてください。

3,他の医師の診断書を参照にした場合は、無診断で診断書を交付してもかまわないという法律はあるのでしょうか。

 25日(金曜日)の午後1時までに、ご回答いただければ幸いです。よろしくお願いします。

【連絡先】
Eメール:xxmwg240@ybb.ne.jp
電話:048-464-1413

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◎[参考動画]【横浜副流煙裁判】ついに書類送検!!分煙は大いに結構!!だけどやりすぎ「嫌煙運動」は逆効果!!

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

「押し紙」が1部もない新聞社、熊本日日新聞社、地区単位の部数増減コントロールは見られず 黒薮哲哉

「押し紙」は、新聞業界が半世紀にわたって隠し続けてきた汚点である。しかし、すべての新聞社が「押し紙」政策を経営の柱に据えてきたわけではない。例外もある。この点を把握しなければ、日本の新聞業界の実態を客観的に把握したことにはならない。

かねてからわたしは、熊本日日新聞は「押し紙」政策を採用していないと聞いてきた。1972年代に「押し紙」政策を廃止して、「自由増減」制度を導入した。「自由増減」とは、新聞販売店が自由に新聞の注文部数を増減することを認める制度である。

社会通念からすれば、これは当たり前の制度だが、大半の新聞社は販売店に対して現在も「自由増減」を認めていない。新聞社が注文部数の増減管理をしている。「メーカー」が「小売店」の注文数量を決めることは、常識ではあり得ないが、新聞業界ではそれがまかり通って来たのである。

熊本日日新聞社が「押し紙」制度を導入していないという話は真実なのか? わたしはそれを検証することにした。

◆マーカーが示す熊日と読売の著しいコントラスト

次に示す表は、熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に熊本日日新聞社が搬入した新聞の部数の変化を、時系列に入力したものである。出典は、日本ABC協会が年2回(4月と10月)に発行する『新聞発行社レポート』に掲載する区・市・郡別のABC部数である。新聞社ごとのABC部数が表示されている。

熊本日日新聞社が熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に搬入した新聞部数の推移

この表から、ABC部数が微妙に変化していることが確認できる。新聞販売店が毎月、注文部数を自由に増減していることが読み取れる。部数の「ロック」は一か所も確認できない。

これに対して、たとえば次の表はどうだろう。兵庫県を対象にした読売新聞のケースである。

兵庫県を対象にした読売新聞のABC部数

熊本日日新聞の表には、マーカーがなく真っ白なのに対して、読売新聞の表はいたるところにマーカーが表示されている。同じ数量の部数が年度をまたいでロックされている箇所が多数確認できる。地域単位で部数増減がコントロールされているのである。たとえば神戸市灘区における読売新聞のABC部数は、次のようになっている。

2017年04月 : 11,368
2017年10月 : 11,368
2018年04月 : 11,368
2018年10月 : 11,368
2019年04月 : 11,368

神戸市灘区に住む読売新聞の購読者が2年半に渡って1人の増減もないのは不自然だ。普通は月単位で変化する。つまり購読者数の増減とは無関係に、部数をロックしているのである。その原因が新聞社にあるのか、販売店にあるのかはここでは言及しないが、いずれにしても正常な商取引ではない。購読者が減少すれば、それに相応する部数が残紙になっていることを意味する。

本稿で示した熊本日日新聞と読売新聞の表を、「腫瘍マーカー」にたとえると、熊本日日新聞は、「健康体」と診断できるが、読売新聞は公正取引委員会や裁判所による緊急の「精密検査」を要する。科学的に「病因」を探る必要がある。他の中央紙についても、読売と同じことがいえる。何者かが地域単位で部数増減をコントロールすることが制度として定着している可能性が高い。

【参考記事】新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑 http://www.kokusyo.jp/oshigami/16859/

◆「押し紙」廃止で業績が向上

熊本日日新聞が「押し紙」政策を廃止したのは、『熊日50年史』によると、1972年10月である。今からちょうど50年前である。当時の森茂販売部長が信濃毎日新聞の販売政策に触発されて、「押し紙」、あるいは「積み紙」の廃止を宣言した。社内には反対の意見も強かったそうだが、森販売部長は改革を進めた。その結果、店主の士気があがり、熊本日日新聞の部数は急増した。

「予備紙」として販売店が確保する残紙の部数も、搬入部数の1.5%とした。このルースは現在でも遵守されている。それが前出の表で確認できる。

熊本日日新聞社の販売改革は高い評価を受け、同社は1983年に新聞協会賞(経営・営業部門)を受けている。受賞理由は、「新聞販売店経営の近大化-新しい流通システムへの挑戦」である。

◆独禁法の新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは?

ところで残紙(「押し紙」、「積み紙」)が独禁法の新聞特殊指定に抵触する可能性はないのだろうか。この点について考える場合、まず最初に新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは、何かを正確に把握する必要がある。

幸いにして、江上武幸弁護士ら「押し紙弁護団」が、新聞特殊指定でいう「押し紙」の3類型を整理し、提示している。次の3つである。

1,販売業者が注文した部数を超えて供給する行為(注文部数超過行為)

2,販売業者からの減紙の申し出に応じない行為(減紙拒否行為)

3,販売業者に自己の指示する部数を注文させる行為(注文部数指示行為)

「1」から「3」の行為は、いずれも「注文部数」の増減コントロールに連動している。従って新聞特殊指定でいう「注文部数」とは何かを定義する必要がある。これに関して、江上弁護士らは、新聞特殊指定(1955年告示・1964年告示・1999年告示)に次の定義が記されていることを明らかにしている。

「新聞販売業者が実際に販売している部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた部数」

つまり実配部数に若干の予備紙を加えた部数を超える残紙は、すべて「押し紙」ということになる。「押し売り」の事実があったか否かは枝葉末節の問題なのである。健全な販売店経営に不要な部数は、理由のいかんを問わず原則的に「押し紙」なのである。

かつて新聞業界は業界の内部ルールで予備紙の割合を2%と定めていた。しかし、この内部ルールを1999年ごろに撤廃して、残紙はすべて「予備紙」に該当するという詭弁を公言するようになった。たとえば搬入部数の50%が残紙になっていても、この50%は販売店が注文した「予備紙」だと主張してきたのである。

しかし、「予備紙」の大半は古紙回収業者の手で回収されており、「予備紙」としての実態はない。

従来、「押し紙」とは、新聞社が販売店に対して「押し売り」した新聞であると定義されていた。わたしもそのような説明をしてきた。しかし、この説明は新聞特殊指定に即して厳密な意味で言えば間違っているのである。実配部数に「予備紙」加えた残紙は、すべて「押し紙」なのである。

地区単位の部数増減コントロールは独禁法違反ではないか? 公正取引委員会は中央紙に対して調査すべきではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

横浜副流煙事件の元被告夫妻が、日本禁煙学会・作田学理事長に対して1,000万円の損害賠償裁判を提起、訴権の濫用に対する「戦後処理」 黒薮哲哉

煙草の副流煙で「受動喫煙症」などに罹患したとして、隣人が隣人に対して約4,500万円を請求した横浜副流煙裁判の「戦後処理」が、新しい段階に入った。前訴で被告として法廷に立たされた藤井将登さんが、前訴は訴権の濫用にあたるとして、3月14日、日本禁煙学会の作田学理事長ら4人に対して約1,000万円の支払いを求める損害賠償裁判を起こしたのだ。前訴に対する「反訴」である。

 

原告には、将登さんのほかに妻の敦子さんも加わった。敦子さんは、前訴の被告ではないが、喫煙者の疑いをかけられた上に4年間にわたり裁判の対応を強いられた。それに対する請求である。請求額は、10,276,240円(将登さんが679万6,240円万円、敦子さんが330万円、その他、金員)。

被告は、作田理事長のほかに、前訴の原告3人(福田家の夫妻と娘、仮名)である。前訴で福田家の代理人を務めた2人の弁護士は、被告には含まれていない。

原告の敦子さんと代理人の古川健三弁護士、それに支援者らは14日の午後、横浜地裁を訪れ、訴状を提出した。「支援する会」の石岡淑道代表は、

「禁煙ファシズムに対するはじめての損害賠償裁判です。同じ過ちが繰り返されないように、司法の場で責任を追及したい」

と、話している。

◆医師法20条違反、無診察による診断書の交付

この事件は、本ウエブサイトでも取り上げてきたが、概要を説明しておこう。2017年11月、横浜市青葉区の団地に住む藤井将登さんは、横浜地裁から1通の訴状を受け取った。訴状の原告は、同じマンションの斜め上に住む福田家の3人だった。福田家が請求してきた項目は、次の2点だった。

(1)4,518万円の損害賠償

(2)自宅での喫煙の禁止

将登さんは喫煙者だったが喫煙量は、自宅で1日に2、3本の煙草を吸う程度だった。ヘビースモーカーではない。

喫煙場所は、防音構造になった「音楽室」で、煙が外部へ漏れる余地はなかった。空気中に混合した煙草は、空気清浄器のフィルターに吸収されていた。たとえ煙が外部へ漏れていても、風向きや福田家との距離・位置関係から考えて、人的被害を与えるようなものではなかった。(下写真参照)

 

福田家の主婦・美津子さんは、「藤井家の煙草の煙が臭い」と繰り返し地元の青葉警察署へ駆け込んだ。その結果、青葉署もしぶしぶ動かざるを得なくなり、2度にわたり藤井さん夫妻を取り調べた。しかし、将登さんがヘビースモーカーである痕跡はなにも出てこなかった。結局、この件では青葉署が藤井夫妻に繰り返し謝罪したのである。

が、それにもかかわらず福田家は裁判を押し進めた。この裁判を全面的に支援したのは、日本禁煙学会の作田学理事長(勤務先は、日本赤十字医療センター)だった。作田医師は、提訴の根拠になった3人の診断書を作成したうえに、繰り返し意見書などを提出した。判決の言い渡しにも姿をみせる熱の入れようだった。自宅での喫煙を禁止する裁判判例がほしかったのではないかと思われる。

 
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

ところが審理の中でとんでもない事実が発覚する。まず、福田家の世帯主・原告の潔さんに、25年の喫煙歴があったことが発覚した。「受動喫煙症」に罹患しているという提訴の前提に疑義が生じたのである。また、潔さんの副流煙が妻子の体調不良の原因になった可能性も浮上した。

さらに作田医師が、真希さんの診断書を無診察で交付していたことが発覚したのだ。患者を診察しないで診断書や死亡証明書を交付する行為は医師法20条で禁止されている。これらの証書類を交付するためには、医師が直接患者に対面して、医学上の客観的な事実を確認する必要があるのだ。しかし、作田医師はそれを怠っていた。

福田家は、隣人に対して高額訴訟を起こしてみたものの、訴因となった事実に十分な根拠がないことが分かったのだ。当然、訴えは棄却された。控訴審でも福田家は敗訴して、2020年10月に前訴は終了した。

これら一連の経緯については、筆者の『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』に詳しい。事件の発端から、勝訴までを詳細に記録している。

◆「ごめんなさい」ですむ問題なのか? 

その後、藤井さん夫妻は、2021年4月、数名の支援者と一緒に作田医師を虚偽公文書行使の疑いで青葉署へ刑事告発した。青葉署は告発を受理して捜査を開始した。そして2022年1月24日、作田医師を横浜地検へ書類送検した。現在、この刑事事件は横浜地検が取り調べを行っている。

このような一連の流れを受けて藤井さん夫妻は、福田家の3人と作田医師に対して約1000万円の損害賠償を求める裁判を起こしたのである。「支援する会」の石岡代表が言うように、この裁判は「禁煙ファシズム」に対するはじめての損害賠償裁判である。前例のない訴訟だ。

最大の争点になると見られるのは、福田家の娘・真希さんの診断書である。既に述べたように作田医師は、真希さんを診察せずに「受動喫煙症レベルⅣ」「化学物質過敏症」という病名を付した診断書を交付した。そして福田家は、この診断書などを根拠として、高額な金銭請求をしたのである。将登さんの喫煙禁止だけを求めていたのであればまだしも、事実ではないことを根拠に高額な金銭請求をしたのである。この点が最も問題なのだ。

訴因に十分な根拠がないことを福田家の弁護士や作田医師は、提訴前に認識していたのか?たとえ認識していなかったとしても、「ごめんなさい」ですむ問題なのか? これらのテーマが裁判の中でクローズアップされる可能性が高い。

◆訴権の濫用には「反訴」で

筆者は2008年から、高額訴訟を取材するようになった。その糸口となったのは、わたし自身が次々と高額訴訟のターゲットにされた体験があったからだ。2008年から1年半の間に、わたしは読売新聞社から「押し紙」報道に関連した3件の裁判を起こされた。請求額は、総計で約8000万円。読売の代理人は、喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。

最初の裁判は、1審から3審までわたしの完全勝訴だった。2件目の裁判は、1審と2審がわたしの勝訴で、3審で最高裁が口頭弁論を開き、判決を高裁へ差し戻した。そして高裁がわたしを敗訴させる判決を下した。3件目の裁判(被告は、黒薮と新潮社)は、1審から3審までわたしの敗訴だった。

3件の裁判が同時進行している時期、わたしは「押し紙」弁護士団の支援を受けて、読売による3件の裁判は「一連一体の言論弾圧」いう観点から、読売新聞に対して5500万円の支払いを求める損害賠償裁判を起こした。しかし、訴権の濫用の認定はハードルが高く敗訴した。喜田村洋一弁護士に対する懲戒請求も申し立てたが、これも棄却された。

筆者は訴権の濫用を食い止めるという意味で、不当裁判の「戦後処理」は極めて大事だと思う。とはいえ、訴権の濫用に対する「反訴」の壁は高い。日本では提訴権が憲法で保証されているからだ。米国のようなスラップ防止法は存在しない。

しかし、だからといって訴権の濫用を放置しておけば、自由闊達な言論の場が消えかねない。「反訴」したり、スラップ禁止法などの制定を求め続けない限り、言論の自由が消滅する危険性がある。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年4月号!

5G通信基地局の設置をめぐる電話会社とのトラブルが急増、マンション管理会社が仲介、電磁波による人体影響は欧米では常識に 黒薮哲哉

2月中旬のことである。東京都内に住むわたしの友人Aさんが相談ともぼやきとも受け取れるメールを送付してきた。家族が居住する350世帯ほどの集合住宅の管理組合に対して、マンション管理会社が楽天モバイルの携帯基地局を、同マンションの屋上に設置する計画を打診してきたというのだ。Aさんは、5Gで使われる電磁波による人体影響を懸念している。

わたしは2005年から携帯電話の基地局設置をめぐる電話会社と住民のトラブルを取材してきた。その関係で、わたしのところに住民からの相談が相次いでいる。1年半ほど前から、平均すると月に2、3件の相談が寄せられている。今週も1件。こうした現象の背景に電話会社が、競い合うように通信基地局を設置している事情がある。特に、電話ビジネスへの参入が遅れた楽天に関するトラブル相談が多く、全体の9割を占める。

Aさんは電気工学の専門家である。退職するまで有名大学で教鞭を取っていた。電磁波問題を取材しているわたしが、助言をお願いしている研究者である。電磁波による人体影響の評価がどう海外で変化しているかについてもよく把握されている。

実はAさんが基地局問題に巻き込まれたのは、今回が初めてではない。静岡県のリゾート地に所有している別宅のマンションでも、数年前に同じ体験をした。電話会社が屋上に基地局を設置する計画を持ち掛け、しかも、事前に管理組合の理事らと懇意な関係を築き、強引に基地局を設置したのだ。

Aさんは居住者たちに、電磁波による人体影響を説明しようとしたが、大半の住民が電磁波については全く何も知らず、健康上のリスクを理解してもらえなかったという。

「無知とは恐ろしいものだ」と、呟き、泣き寝入りしたのである。

様々な形状の携帯基地局

その後、5Gの普及に拍車がかかった。新聞・テレビから電磁波の健康リスクについての話題がほぼ消えた。そして既に述べたように、Aさんの身の上に2度目の試練が降りかかってきたのである。もちろん楽天に基地局の設置を許可するかどうかは、マンションの管理組合に決定権があるが、そもそも大半の住民が電磁波による人体影響を聞いたことがないので、総会で設置の是非を採決した場合、設置に反対する住民側が勝つとは限らない。むしろ基地局の賃料収入を得ることで、管理組合の財政が潤うという観点から、設置に賛成する住民の方が多い可能性もある。

楽天基地局の設置を阻止するためには、Aさんは住民運動を組織しなければならない。チラシを作成し、電磁波学習会を開催し、住民運動体を組織したうえで署名活動などを強いられる。それが計画を撤回させるオーソドックスなプロセスである。それでもなお設置反対派が勝を制すとは限らない。この問題が身の上に降りかかってきたことで、Aさんは老後の大事な時間を奪われてしまうのである。これだけでも大きなストレスになる。

◆わたし自身の2つの体験

実は、わたし自身もこれまで2度に渡ってAさんと同類の問題に直面させられた。1度目は、2005年だった。埼玉県朝霞市にある9階建て中古マンションの9階の一室を買った翌年のことである。KDDIとNTTドコモが基地局の設置を打診してきたのである。しかも、設置場所は、わたしの書斎の真上、天井をひとつ隔てた屋上だった。屋上はマンションの共有スペースだから、わたしがいくら設置に反対しても、管理組合が設置を承諾すればどうすることもできない。1年365日、1日24時間、延々と電磁波のリスクにさらされる。

幸いにわたしの両隣の住民も基地局設置に猛反対して計画は、中止になった。実は、わたしが電磁波問題を取材するようになったのは、この事件が引き金なのである。

その後、わたしは2020年の6月に2度目の試練に遭遇した。発端は、自宅から100メートルの位置にある城山公園(朝霞市の所有地)で、KDDIが基地局の設置工事をしているのを発見したことである。わたしはKDDIに工事の中止を申し入れた。KDDIは、工事を中止して、一旦は機材や重機を現場から搬出した。そして工事現場に囲いを設置した。しかし、8月に入るとわたしに事前通知することなく、再び工事を再開して、強引に基地局を設置したのである。ちなみに朝霞市には、工事再開を通知した。

埼玉県朝霞市の城山公園。KDDIが基地局設置の場所で柵で囲った

ちなみにKDDIが朝霞市に支払う賃料は、月額で360円程度である。5万円から6万円ぐらいが相場であるから、賃料が相場からかけ離れている。

この件では、現在も朝霞市とKDDIに対して解決を求めている。朝霞市が撤去に応じないので、富岡勝則市長を提訴することを視野に入れている。賃料が法外に安いので、相場との差額分を市に返済するように求める裁判である。次に、「予防原則」を根拠に基地局そのものを撤去させる裁判を視野に入れている。

◆自宅から退去を余儀なくされた被害者たち

Aさんやわたしが遭遇しているような基地局問題は、日本の隅々で日常的に起きている。電磁波による人体影響が住民の間に周知されていないために、水面下に埋もれているケースが多いが、これはだれにでも起こり得る身近な問題なのだ。

わたしが受けた相談の事例をいくつか紹介しよう。

(1)2020年、川崎市、KDDIのケース。基地局の設置場所は、7階建ての分譲マンション。25世帯ほどが入居している。世帯数が少ないために各世帯が負担する管理費が高い。そのために管理組合は基地局の設置を受け入れた。

 基地局の設置に反対したのは、自宅の真上に基地局が位置する最上階の住民家族である。設置当初、基地局からの低周波音に悩まされてホテルに避難することもあったらしい。この家庭の主婦は、フィンランドの人で、「自国では自宅の屋上や直近に基地局を設置することはありえない」と非常識な工事強行に憤慨していた。

(2)2021年、川崎市、楽天のケース。マンションに基地局が設置された後、居住者のBさん(女性)が身体の不調を訴えるようになり、Bさんの夫からわたしに相談があった。楽天と撤去の交渉をしたが、当該物件が賃貸マンションであるために、設置の是非を決める権限はオーナーに属しているとして、撤去には応じなかった。Bさん夫妻は、別の場所へ転居すると話していたが、その後、連絡がない。

(3)2021年、埼玉県志木市、楽天のケース。楽天が集合住宅(分譲)の屋上に基地局を設置する計画を打診した。Cさん(女性)がわたしに相談してきた。電磁波に対する感受性が強く、基地局が設置されると自宅から退避せざるを得ないという。Cさんは、電磁波の健康リスクを伝えるチラシをポスティングしたり、署名活動を展開した。仕事の時間を割いて、基地局設置に反対する運動にエネルギーを投入せざるを得なかったのである。疲弊している様子だった。

しかし、マンションの総会で基地局の設置が承認されてしまった。通常、住民の4分の3の承認が必要なのだが、このケースでは2分の1で可決されてしまったという。その後、Cさんからは志木のマンションを捨てて、郷里で老後を過ごすと連絡があった。自宅を失った可能性が高い。

(4)2020年、千葉県柏市、楽天のケース。自宅の直近に電柱と基地局を設置する計画が浮上した。直接被害を受けかねない2家族が、チラシなどを配布した。楽天は計画を断念した。

◆「楽天さんが多いです。特に管理費が乏しい賃貸マンションが対象になっているようです」

 
楽天の基地局

私的なことになるが、わたしは2020年2月19日、自宅がある集合住宅で開かれた理事会の後、管理会社の(株)東急コミュニティーの担当者にある質問をしてみた。管理会社に対して電話会社から基地局設置計画の仲介を求める動きがあるかを質問してみた。担当者はあると応えた。

「楽天さんが多いです。特に管理費が乏しい賃貸マンションが対象になっているようです」

賃貸マンションの場合、管理組合が存在しないので、オーナーの判断だけで基地局設置の是非を決めることができる。そのために住民からの反対運動はあまり起きない。反対する住民がいても、電話会社は強引に計画を押し切ってしまう傾向がある。沖縄県読谷村の例がその典型である。

◎5Gの時代へ、楽天モバイルの通信基地局をめぐる3件のトラブル、懸念されるマイクロ波の使用、体調不良や発癌の原因、軍事兵器にも転用のしろもの 

住民運動を組織するために被害者は、莫大はエネルギーを投入せざるを得ない。しかも、会社に勤務している人の場合、住民運動にかかわっていることをあまり口外できないので、秘密裡に活動するしかない。さらに都市部の場合、近隣との交流が少ないので、運動体を立ち上げるのがなかなか難しい。逆に地方都市では、封建的な人間関係がある場合が多く、企業や目上の人に物を言いにくい空気がある。住民運動などを起こすと「村八分」にされかねない場合もある。こうしたすきを突いて、電話会社は急速に拡大しているのだ。

基地局設置をめぐるトラブルは、水面下で進行している同時代の深刻な問題なのである。マスコミはこの問題を直視しない。電磁波と何らかのかかわりをもつ産業界(電話、電気、自動車他……)が、メディアの大口広告主であることに加えて、無線通信網を充実させる国策があるからだ。そのために自粛が働く。この問題は、実は「押し紙」よりもタブー視されているのである。

◆総務省の電波防護指針そのものがデタラメ

2月15日、東京都板橋区の山内えり議員(共産)が板橋区議会で、基地局問題をとり上げた。電磁波のリスクを指摘して、基地局設置に一定の規制を求めた。これに対して坂本健区長は、「電磁波については50年以上にわたる研究の中で一定の知見が得られており、それに基づいて、国は電波防護指針を策定し、事業者に対して遵守を求めている」と答弁した。電磁波による人体への影響はないとする趣旨の答弁である。

しかし、2018年11月、米国・国立環境衛生科学研究所の一大プロジェクト「NTP(国家毒性プログラム)」が、ラットの実験でマイクロ波(スマホ等の電磁波)に発がん性が認められたとの研究結果を発表している。これは携帯電話の端末を想定した研究であるが、マイクロ波の遺伝子毒性という点では、無視できない結論である。事実、ドイツ、イスラエル、ブラジルなどでは大規模な疫学調査により、基地局周辺に癌患者が多いとする調査結果も出ている。

こうした動きを受けて、欧米では電磁波利用を規制する動きが強まっている。

参考までに電波防護指針の国際比較を紹介しておこう。総務省が1990年に定めた1000μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)は、たとえば欧州評議会に比べて1万倍もゆるやかで、実質的には規制になっていない。しかも、総務省は規制値の更新を1度も行っていない。

日本:1000μW/c㎡
欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)
ザルツブルグ市:0.0001μW/c㎡(目標)

さらに問題なのは、5Gで将来導入されるミリ波に関する研究がまだほとんど始まっていない点である。ミリ波による人体影響は、評価そのものが定まっていない。従って予防原則に即して言えば、安全とは言えないのである。50年の研究歴があるから、安全だという坂本区長の答弁は、客観的な事実とは言えないのである。

わたしは板橋区に対して区長の答弁を修正するように申し入れた。すると担当者は、総務省の説明をそのまま転用したことを認めた。そして電磁波問題は区の管轄ではないと逃げた。

電磁波問題の背景に政府の誤った国策があるのだ。水俣病と同じ過ちを繰り返しているのである。

【東急コミュニティーのコメント】

お世話になっております。
東急コミュニティー 広報センター 小笠原と申します。
このたびは、当社にお問合せいただきありがとうございます。
早速取材の件を社内で協議させていただきました。
その結果は誠に残念ですが今回の取材は見送らせていただきたく存じます。
本件は、管理組合様の個別の内容となりお客様情報に関わることから
ご要望にお応えできない形となってしまい大変申し訳ございません。
なにとぞ事情をご賢察のうえ、ご寛容賜りますようお願い申し上げます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

※なお、電磁波とは何かについては、筆者の次のブログを参考にしてほしい。
◎日本人の3%~5.7%が電磁波過敏症、早稲田大学応用脳科学研究所「生活環境と健康研究会」が公表

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』2月1日発売開始!
『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

新聞衰退論を考える ── 新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉 黒薮哲哉

今回の記事は、兵庫県全域を対象として新聞のABC部数の欺瞞(ぎまん)を考えるシリーズの3回目である。ABC部数の中に残紙(広義の「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれているために、新聞研究者が新聞業界の実態を分析したり、広告主がPR戦略を練る上で、客観的なデーターとしての使用価値がまったくないことなどを紹介してきた。連載の1回目では朝日新聞と読売新聞を、2回目では毎日新聞と産経新聞を対象に、こうした側面を検証した。

今回は、日経新聞と神戸新聞を対象にABC部数を検証する。テーマは、経済紙や地方紙のABC部数にも残紙は含まれているのだろうかという点である。それを確認した上で新聞部数のロック現象の本質を考える。結論を先に言えば、それは新聞社の販売政策なのである。あるいは新聞のビジネスモデル。

日経新聞と神戸新聞のABC部数変化を示す表を紹介する前に、筆者は読者に対して、必ず次の「注意」に目を通すようにお願いしたい。表の見方を正しく理解することがその目的だ。

【注意】この連載で紹介してきた表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に移したものではない。『新聞発行社レポート』の表をエクセルにしたものではない。数字を並べる順序を変えたのが大きな特徴だ。これは筆者が考えたABC部数の新しい解析方法にほかならない。

『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表する。しかし、これでは時系列の部数変化をひとつの表で確認することができない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否か、ロックされているとすれば、その具体的な中身はどうなっているのかを確認できる。同一の新聞社におけるABC部数の変化を長期に渡って追跡したのが表の特徴だ。

◆日経新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における日本経済新聞のABC部数

部数のロックは経済紙の日経新聞でも確認できる。たとえば神戸市兵庫区では、2018年4月から2020年4月までの2年半の間、部数の増減は1部も確認できない。2年半にわたり部数がロックされていた。兵庫区の日経新聞の購読者数が2年半のあいだ1部たりとも増減しないことなどは、正常な商取引の下ではまずありえない。新聞社サイドが販売店に対して「注文部数」を指示していた可能性が極めて高い。

◆神戸新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における神戸新聞のABC部数

表が示すように、地方紙である神戸新聞でもロック現象が確認できる。たとえば赤穂市では、2017年から2020年までの3年半に渡りABC部数が6222部でロックされている。赤穂市における日経新聞の読者数に1部の増減も生じないことなどまずあり得ない。新聞社が販売店に対して新聞部数のノルマを課している可能性が極めて高いのである。

ただ、ロックの規模は読売新聞や朝日新聞ほど極端ではない。これら2紙の部数表では、いたるところにロックを表示するマーカーが付いたが、神戸新聞の場合は、マーカーが付いていない自治体のほうが多い。これは他の地方紙でも観察できる傾向である。地方紙にも残紙はあるが、中央紙に比べるとその規模は小さい。

たとえば販売店が勝訴した佐賀新聞の「押し紙」裁判(2020年5月判決)では、おおむね10%から20%が「押し紙」だった。この数字は、中央紙に比べるとはるかに少ない。

◎判決文の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2020/05/saga_oshigami_sumi.pdf

◆新聞業界ぐるみの大問題

兵庫県全域を対象とした新聞のABC部数調査(朝日・読売・毎日・産経・日経・神戸)を通じて、新聞部数をロックする販売政策が新聞業界全体で行われていることが明白になった。もちろん熊本日日新聞のように注文部数を店主が自由に増減する制度を採用している社もあるが、それは例外である。部数をロックして、新聞を定数化(ノルマ化)する商慣行が構築されていると言っても過言ではない。その結果、大量の残紙が日本中の販売店に溢れているのである。

ちなみに、部数のロック行為は独禁法の新聞特殊指定に抵触する。新聞特殊指定の下では、「新聞の実配部数+予備紙」(「必要部数」)を超える部数は、理由のいかんを問わず原則として、すべて「押し紙」と定義されている。部数のロックにより、「必要部数」を超えた新聞が販売店に搬入されることになるわけだから、新聞特殊指定に抵触する。新聞社による「押し売り」の証拠があるかどうかは、枝葉末節なのである。

改めて言うまでもなく、残紙には予備紙としての実態がほとんどない。その大半が予備紙として使われないままトラックで回収されている。

残紙問題は新聞人の足元で展開している問題である。しかも、それが少なくとも半世紀は持続している。新聞人にその尋常ではない実態が見えないとすれば、知力とは何かというまた別の問題も浮上してくるのである。

◎黒薮哲哉 新聞衰退論を考える
公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉
新聞社が新聞の「注文部数」を決めている可能性、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈2〉
新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!