楽天の基地局設置をめぐる係争、懸念されるマイクロ波の遺伝子毒性、地主が反対住民に、「損害賠償請求の検討に入った」 黒薮哲哉

電話会社が空前の利益を上げている。NTTドコモ、ソフトバンク、KDDI3社の2020年度の売り上げは、合計でゆうに15兆円を超えた。5Gの普及という国策と連動して、無線通信ビジネスはいまや花形産業にのぼりつめた。

しかし、その影では、通信基地局の設置をめぐる電話会社と住民のトラブルが多発している。なかには自宅から退去せざるを得なくなった人もいる。

基地局設置をめぐるトラブルの背景には、基地局から放射されるマイクロ波による人体影響が、否定できなくなってきた事情がある。とりわけ遺伝子毒性が、否定できなくなってきたのである。それが問題を深刻にしている。

わたし自身、2005年に埼玉県朝霞市岡の自宅マンションの真上に、NTTドコモとKDDIが基地局を設置する計画を打診する体験を持ったことがある。しかも、設置個所はわたしの書斎の天井を隔てた真上だった。幸いに設置は阻止したが、それ以来、わたしはこの問題を取材してきた。

これは、ある日突然にだれにでも降りかかってくる問題なのである。

 
最近増えているタイプの基地局。電柱状のポールの上に設置されることが多い

◆民家の直近に基地局

大阪府堺市中区のAさん夫妻は、9月初旬に楽天モバイルの社員の訪問を受けた。自宅の隣にある駐車場に基地局を設置する計画が浮上し、9月末から工事に着手するという説明だった。

マイクロ波による人体への影響について知っていたAさん夫妻は、楽天の計画を承諾できなかった。自分も含め近隣住民がマイクロ波に直撃される続けるリスクがあったからだ。楽天社員による訪問時の様子をAさん夫妻は次のように話す。

「まったく突然だったため、心の準備もなく楽天モバイル無線基地局パンフレットを受け取り対応しました。基地局の設置場所を見ますと、自宅前の駐車場の入り口で、自宅の敷地から15mほどの近距離でした」

その後、Aさん夫妻はたまたま駐車場を掃除している地主をみかけた。楽天モバイルから、土地の賃借料を得ることになる当人である。地主としては、ビジネスの幅を広げる機会である。地主は、基地局の設置に反対するAさんに、次のような趣旨の話をしたという。

「自分は楽天の三木谷さんの知り合いで、頼まれたので断れない」

「人体に影響がないのは総務省の資料で確認している」

「皆さんに役立つと思って設置を決めた」

わたしはAさん夫妻に、基地局の設置反対を呼び掛けるための署名用紙のひな型を提供した。Aさん夫妻はそれを使って、近隣から署名を集めはじめた。すると地主がAさんに電話で「あなたがしていることは営業妨害である。弁護士をたてて訴状を送る」と抗議したという。

さらにその後、書面でAさん夫妻の行為は、「営業妨害であると判断するに至り」、「貴殿に対する損害賠償請求の検討に入った」と通知してきた。

◆賃借料がほしい地主

わたしはAさんから楽天モバイルの担当者の名前と連絡先を聞き出して電話で事情を問い合わせた。対応したのは、女性の担当員だった。

黒薮:地権者の地主から、裁判を起こすと脅されたという連絡があったが 、これについては聞いていますか。

楽天:はい報告を受けております。

黒薮:裁判を起こすということですか。

楽天:弁護士を立てるとうことです。それも昨日のお話なんですが。

黒薮:弁護士を立てるということですね。

楽天:まあ、直接地主さんから聞いたわけではありませんが。 確認が必要です。

黒薮:裁判を起こすと言って恫喝すれば、スラップ訴訟ということになりますが、楽天さんとしてはどのように考えておられるのですか。

楽天:今朝、オーナーさんが(反対している住民に)そんな連絡を反対者に入れられたという報告があがってきたところなんです。もちろん誠意をもって両者に対応させていただくつもりですが、どのようにするかは社内で検討します。

黒薮:2点問題があると思います。基地局そのものを勝手に設置していいのかという問題ですね。それから先ほど言ったスラップ訴訟の問題です。

楽天:わたしはこの件について、先ほど聞いたところなので、これから検討に入るところです。

◆遺伝子毒性を考慮しない総務省の規制値

わたしは10年ほど前から、「電磁波からいのちを守る全国ネット」の運営委員として、基地局問題の相談に乗ってきた。昨年の秋ごろから、急激に相談の件数が増え始め、週に2件から3件の相談があった時期もある。「全国ネット」から、電話会社に対して繰り返し抗議の申し入れや質問状も送付している。

 
KDDIの基地局

堺市中区のケースは、基地局をめぐるトラブルの悪質な事例のひとつである。地主がスラップめいた訴訟をほのめかしてきたからである。

電話会社の言い分は共通していて、総務省が定めた電波防護指針を守って基地局を操業するので、人体への影響はないというものである。しかし、総務省の電波防護指針は、数値そのものがマイクロ波による人体影響に関する最新の研究に基づいて設定されたものではない。

それは、次に示す電波防護指針の国際比較を見れば明らかだ。

日本:1000 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)

国際非電離放射線防護委員会:900μW/c㎡

ブリュッセル:19.2μW/c㎡

パリ:6.6μW/c㎡

欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)

総務省の電波防護指針は、国際非電離放射線防護委員会の基準値をも上回り、欧州評議会に比べると1万倍も緩やかな基準値に設定されている。なぜ、これほど著しい差があるのかは、マイクロ波の人体影響についての見解の違いが背景にある。
 
従来、マイクロ波の影響は、熱作用だけという考えが主流だった。人体が熱を吸収しても体に支障をきたさない範囲内であれば、使用が許容されるという論理に基づいて、総務省は規制値を決めたのである。1990年、約30年前のことである。

ところがその後、マイクロ波による人体影響の研究が進むにつれて熱作用だけではなく、他の要素(非熱作用)も考慮しなければ、将来、禍根を残すリスクが生じるとする学説が台頭してくる。その代表格が遺伝子毒性の指摘だった。すなわちマイクロ波には発がん性があるとする見解である。

原発のガンマ線やレントゲンのエックス線が遺伝子を損傷するリスクを孕んでいることは従来から周知の事実となってきたが、同じ放射線の仲間である電磁波にも、類似した遺伝子毒性があることが分かってきたのである。

こうした学説の発達に連動して、欧州では国とは別に地方自治体や公共団体が先陣を切って、独自の規制値を定める動きが始まった。公害の「予防原則」を採用するようになったのだ。

その具体的で、典型的な果実が、欧州評議会の0.1μW/c㎡という勧告値の設定なのである。日本の規制値よりも1万倍も厳しい。これは遺伝子毒性を考慮に入れた結果にほかならない。

欧州評議会は、現在、さらにこの勧告値を0.01に更新する方向で調整を進めている。微量のマイクロ波でも、人体への影響があるとする考えが勝を制したのである。

日本の総務省の電波防護指針は、最新の学術データに基づいたものではない。マイクロ波に遺伝子毒性はないという古い学説を前提とし、その後、規制値を更新することもなく現在に至っているのである。

電話会社にしてみれば、規制値が欧州評議会のように厳しいレベルになれば、自由なビジネス展開はできない。企業活動が著しく規制される。

実際、基地局問題が勃発すると電話会社は、「総務省の規制値を守ってやりますから絶対に大丈夫です」と太鼓判を押してきた。住民に健康被害が発生しても、国の責任として「逃亡」できる構図になっているからだ。

◆基地局周辺で癌が多発、ブラジルの疫学調査

マイクロ波による人体影響は、遺伝子毒性のほかに頭痛、めまい、吐き気、耳鳴りなど多種多様な症状も告されている。ただ、これらの症状はマイクロ波の影響下にない環境でも、少なからず現れるので、本当に電磁波による影響なのかどうかは慎重に検討する必要がある。疫学調査で繰り返し確認されている症状群れではあるが、短絡的に電磁波に結び付けてしまう姿勢には問題がある。 一定の割合でノイローゼの人がいるのも事実である。
 
これに対して遺伝子毒性に関しては、データを客観的に解析して、マイクロ波と癌の関係を検証した優れた疫学調査が複数ある。たとえば、次に紹介するのは、2011年にブラジルのミナス・メソディスト大学のドーテ教授らが実施した疫学調査である。

この調査は1996年から2006年まで、ベロオリゾンテ市において癌で死亡した7191人の居住地点と、直近の基地局の距離を調査・集計したものである。癌による死亡者と基地局に関する基礎データの出典は次の3点である。

1、市当局が管理している癌による死亡データ

2、国の電波局が保管している携帯基地局のデータ

3、国政調査のデータ

これらのデータを基に、癌で死亡した住民の住居と基地局の距離関係を調査・集計したのである。

対象となった癌死亡者は、既に述べたように7191人である。また、基地局の数は856基である。ちなみに基地局から発せられるマイクロ波の数値(電力密度)は、40.78μW/立法センチメートル~0.04μW/立法センチメートルである。(日本の総務省が定めている規制値は1000μW/立法センチメートル。)

結論を先に言えば、基地局に近い位置に住んでいた住民ほど癌の死亡率が高かった。また、基地局の設置数が多い地区ほど癌による死亡率が高った。下記のデータは、1万人あたりの癌による死亡数である。

基地局からの距離 100 mまで:43.42人
基地局からの距離 200 mまで:40.22人
基地局からの距離 300 mまで:37.12人
基地局からの距離 400 mまで:35.80人
基地局からの距離 500 mまで:34.76人
基地局からの距離 600 mまで:33.83人
基地局からの距離 700 mまで:33.80人
基地局からの距離 800 mまで:33.49人
基地局からの距離 900 mまで:33.21人
基地局からの距離 1000mまで:32.78人
全市   :32.12人

このデータから、基地局の直近ではマイクロ波の著しい人体影響があり、300メートル以内の範囲でも、かなり高いリスクがあることが分かる。

なお、住居の近くに複数の基地局がある場合は、最初に設置された基地局から、住民宅までの距離をデータとして採用している。 この種の疫学調査は、現在では実施が不可能だ。と、いうのも、基地局の数が増えすぎて、どの基地局からのマイクロ波が、発癌に影響したのかを見極める作業が困難になっているからだ。

[図1]は、基地局からの距離と癌による死亡者7191人を分類したものだ。図には含まれていないが、1000メートルより外側のエリアにおける死亡者数は147人である。

また、癌による死亡率(累積)が最も高かったのは、中央南区である。この地区には市全体の基地局の39.6%(2006年の時点)が集中していた。逆に最も低かったのはベレイロ区で、基地局の設置割合は全体の5.37%だった。

[図1]基地局からの距離と癌による死亡者7191人の分布分類

◆楽天モバイルは無回答

堺市中区で基地局設置をめぐるトラブルを起こした楽天モバイルと地主が、総務省の電波防護指針の中身を知っていたかどうかは不明だが、最も責任が重いのは、総務省にほかならない。

わたしは、楽天モバイルの広報部に対して、次のような質問状を送付した。

【質問状】大阪府堺市●●で起きている基地局問題について、質問させていただきます。

貴社が基地局の設置場所を提供するように交渉されている地権者から、設置に反対している近隣住民に対して、損害賠償裁判も含めて法的措置を取るとの意思表示があったことを確認しました。このような訴訟は、スラップに該当する可能性があります。この件について、貴社の見解を教えていただけないでしょうか。

楽天モバイルからの回答は、次の通りである。

【回答】お問い合わせいただいた件については、当社は見解を提供する立場にございません。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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朝日新聞の「押し紙」、広域でノルマ部数設定の疑惑、丸亀市では7500部を3年間にわたりロック 黒薮哲哉

新聞社が販売店に課している新聞のノルマ部数(広義の「押し紙」の原因)は、半世紀近く水面下で社会問題になってきた。今年に入ってから、わたしは新しい調査方法を駆使して、実態調査を進めている。新しい方法とは、新聞のABC部数(日本ABC協会が定期的に公表している部数)の表示方法を調査目的で、変更することである。ABC部数を解析する祭の視点を変えたのだ。そこから意外な事実が輪郭を現わしてきた。

現在、日本ABC協会が採用している部数の公表方法のひとつは、区・市・郡単位の部数を半年ごとに表示するものである。4月と10月に『新聞発行社レポート』と題する冊子で公表する。しかし、この表示方法では時系列の部数の変化がビジュアルに確認できない。たとえば4月号を見れば、4月の区・市・郡単位の部数は、新聞社ごとに確認できるが、10月にそれがどう変化したかを知るためには、10月号に掲載されたデータを照合しなくてはならない。冊子の号をまたいだ照合になるので、厄介な作業になる。

そこでわたしは、各号に掲載された区・市・郡単位の部数を時系列で、エクセルに入力することで、長期間の部数変化をビジュアルに確認することにしたのである。

かりにある新聞のABC部数に1部の増減も起きていない区・市・郡があれば、それは区・市・郡単位で部数をロックしていることを意味する。ABC部数は新聞の仕入部数を反映したものであるから、その地区にある販売店に対して、ノルマ部数が課せられている可能性が高くなる。

新聞は「日替わり商品」なので、販売店には残紙を在庫にする発想はない。正常な商取引の下では、読者の増減に応じて、毎月、場合によっては日単位で注文部数を調節する。販売予定のない新聞を好んで仕入れる店主は、原則的には存在しない。

販売店に搬入される総部数のうち、何パーセントが「押し紙」になっているかはこの調査では判明しないが、ノルマ部数と「押し紙」を前提とした販売政策が敷かれているかどうかを見極めるひとつのデータになる。

従前は、販売店の内部資料が外部に暴露されるまでは、「押し紙」の実態は分からなかったが、この新手法で新聞社による「押し紙」政策の有無を地域ごとに判断できるようになる。

ちなみに「押し紙」は独禁法違反である。

朝日新聞販売店で撮影された残紙

◆香川県の市郡を対象とした調査

が、こんな説明をするよりも、実際に作成した表を紹介しよう。下記の表は、香川県の市・郡をモデルにして、朝日新聞を調査した結果である。同一色のマーカーは、ロック部数と期間を示している。

香川県ABC(朝日)

上の表から、たとえば丸亀市のABC部数の推移を検証してみよう。次に示すように、2016年4月から2018年10月の約3年の間、朝日新聞の部数(読者数)は一部も変動していない。常識的にはあり得ないことだ。

2016年4月:7500部
2016年10月:7500部
2017年4月:7500部
2017年10月:7500部
2018年4月:7500部
2018年10月:7500部

東かがわ市に至っては、3年間に渡って同じ部数がロックされている。また、高松市の場合は、ロックの期間こそ1年だが、5年間でロックが3度も行われている。しかも、その部数は、それぞれ2万2002部、1万8877部、1万3882部と大きなものになっている。

◆長崎県の市郡を対象とした調査

次に示すのは、長崎県の朝日新聞のケースである。香川県のようにすさまじい実態ではないが、西彼杵郡などで典型的なロック現象が確認できる。

長崎県ABC(朝日)

なお、2019年10月から翌年の4月にかけて、西彼杵郡の部数が一気に590部も増えている。その反面、長崎市の部数が一気に1913部減っている。(いずれも表中に赤文字で表示した。)不自然さをまぬがれない。

◆読売新聞との比較

モデルケースとして香川県と長崎県を選んだのは、「押し紙」裁判を取材する中で、これらの県で部数をロックしている可能性が浮上したからだ。 

さらにわたしは全国の都府県を抜き打ち調査した。その結果、東京都と大阪府を含む、多くの自治体でロックが行われていることが判明した。

香川県と長崎県における読売新聞社の部数ロックについては、9月7日付けの記事、「読売新聞の仕入部数「ロック」の実態、約5年にわたり3132部に固定、ノルマ部数の疑惑、「押し紙」裁判で明るみに」で紹介している。

◆名古屋市の17区を対象とした調査

名古屋市の各区における朝日新聞のロックについても、データを紹介しておこう。やはり部数のロックが確認できる。

名古屋市ABC(朝日)

わたしがこの調査結果を最初に公表したのは、ウェブサイト「弁護士ドッドコム」である。その際に朝日新聞社は、「本社は、ASA(黒薮注:朝日新聞販売店)からの部数注文の通りに新聞を届けています。 ASAは、配達部数の他に、営業上必要な部数を加えて注文しています」とコメントしている。

このような弁解がこれまで延々とまかり通ってきたのである。それが「押し紙」問題が解決しない原因だ。

一方、日本ABC協会は部数ロックの現象について、わたしが行った別の取材で次のように答えている。日経新聞の部数ロックを提示した際の見解であるが、一般論なので他の新聞社についても当てはまる内容だ。参考までに紹介しておこう。

「ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。」

◆独禁法の新聞特殊指定に抵触

独禁法の新聞特殊指定は、新聞社が販売店に対して「正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること」を禁止している。

(1)販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む。)

(2)販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。

部数ロックは、(2)に抵触する可能性が高い。しかも、業界ぐるみで部数ロックの販売政策を敷いている疑惑がある。

公正取引委員会は調査に着手する必要があるのではないか。さもなければ、日本の権力構造の歯車だとみなされかねない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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読売新聞の仕入部数「ロック」の実態、約5年にわたり3132部に固定、ノルマ部数の疑惑、「押し紙」裁判で明るみに 黒薮哲哉

新聞の没落現象を読み解く指標のひとつにABC部数の増減がある。これは日本ABC協会が定期的に発表している新聞の「公称部数」である。多くの新聞研究者は、ABC部数の増減を指標にして、新聞社経営が好転したとか悪化したとかを論じる。

最近、そのABC部数が全く信用するに値しないものであることを示す証拠が明らかになってきた。その引き金となったのが、読売新聞西部本社を被告とするある「押し紙」裁判である。

◆「押し紙」と「積み紙」

「押し紙」裁判とは、「押し紙(販売店に対するノルマ部数)」によって販売店が受けた損害の賠償を求める裁判である。販売店サイドからの新聞の押し売りに対する法的措置である。

とはいえ新聞社も簡単に請求に応じるわけではない。販売店主が「押し紙」だと主張する残紙は、店主が自主的に注文した部数であるから損害賠償の対象にはならないと抗弁する。「押し紙」の存在を絶対に認めず、店舗に余った残紙をあえて「積み紙」と呼んでいる。

つまり「押し紙」裁判では、残紙の性質が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になる。下の写真は、東京都江戸川区にある読売新聞販売店で撮影された残紙である。「押し紙」なのか、「積み紙」なのかは不明だが、膨大な残紙が確認できる。

東京都江戸川区にある読売新聞販売店で撮影された残紙
同上

◆1億2500万円の損害賠償

ABC部数の嘘を暴く糸口になったこの裁判は、佐世保市の元販売店主が約1億2500万円の損害賠償を求めて、今年2月に起こしたものである。裁判の中で、新聞販売店へ搬入される朝刊の部数が長期に渡ってロックされていた事実が判明した。

通常、新聞の購読者数は日々変動する。新聞は、「日替わり商品」であるから、在庫として保存しても意味がない。従って、少なくとも月に1度は新聞の仕入部数を調整するのが常識だ。さもなければ販売店は、配達予定がない新聞を購入することになる。

販売店が希望して配達予定のない新聞を仕入れる例があるとすれば、搬入部数を増やすことで、それに連動した補助金や折込広告収入の増収を企てる場合である。しかし、わたしがこれまで取材した限りでは、そのようなケースはあまりない。発覚した場合、販売店が廃業に追い込まれるからだ。

◆仕入部数を約5年間にわたり「ロック」

現在、福岡地裁で審理されている「押し紙」裁判も、残紙が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかが争点になっているが、別の着目点も浮上している。それは、販売店に搬入される仕入れ部数が、「ロック」されていた事実である。「ロック」が、販売店に対するノルマ部数を課す販売政策の現れではないかとの疑惑があるのだ。

以下、ロックの実態を紹介しよう。

・2011年3月~2016年2月(5年):3132部
・2016年3月~2017年3月(1年1カ月):2932部
・2017年4月~2019年1月(1年10カ月):1500部
・2019年2月(1カ月):1482部
・2019年3月~2020年2月(1年):1434部

この間、搬入部数に対して残紙が占める割合は、約10%から30%で推移していた。

◆長崎県の市・郡における「ロック」

この販売店で行われていた「ロック」が他の販売店でも行われているとすれば、区・市・郡のABC部数にも、それが反映されているのではないか?と、いうのもABC部数は、販売店による新聞の仕入れ部数の記録でもあるからだ。

そこでわたしは、この点を調査することにした。調査方法は、年に2回(4月と10月)、区・市・郡の単位で公表されているABC部数を、時系列で並べてみることである。そうすれば区・市・郡ごとのABC部数がどう変化しているかが判明する。

まず、最初の対象地区は、「押し紙」裁判を起こした販売店がある長崎県の市・郡別のABC部数(読売)である。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。かなり頻繁に確認できる。

長崎ABC(読売)

◆香川県の市・郡における「ロック」

他の都府県についても、抜き打ち調査をした。その結果、次々と「ロック」の実態が輪郭を現わしてきた。典型的な例として、香川県のケースを紹介しよう。下表のマーカーの部分が「ロック」部数と期間である。

香川ABC(読売)

若干解説しておこう。高松市の読売新聞の部数は、2016年4月から2019年10月まで、ロック状態になっていた。高松市における読売新聞の購読者数が、3年以上に渡ってまったく変化しなかったとは、およそ考えにくい。まずありえない。

新聞の搬入部数がそのまま日本ABC協会へ報告されるわけだから、ABC部数は実際の読者数を反映していないことになる。信用できないデータということになる。

なお、「ロック」について、読売新聞東京本社の広報部に問い合わせたが回答はなかった。部数の「ロック」は、他の中央紙でも確認できる。詳細については、順を追って報じる予定だ。

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〈自由な言論の場〉として ―― 6月19日付け横山茂彦氏の論考にちなんで 鹿砦社編集部

6月19日付け「デジタル鹿砦社通信」に横山茂彦氏の【《書評》月刊『紙の爆弾』7月号〈後編〉「【検証】『士農工商ルポライター稼業』は『差別を助長する』のか」(第九回)での鹿砦社編集部への批判に答える 】が掲載されました。

 
〈タブーなき言論〉月刊『紙の爆弾』7月号

鹿砦社ならびに「デジタル鹿砦社通信」、また月刊『紙の爆弾』は〈タブーなき言論〉を目指し、意見の相違があろうとも様々な立場を尊重する姿勢を保つべく、努力しております。横山氏の記事は「鹿砦社編集部の筆者への批判に答える」と表題が示されている通り、現在部落解放同盟と鹿砦社の間で、交わされている表現についての問題について横山氏の意見表明です。

その原稿の元になっている記事は『紙の爆弾』7月号に掲載された、鹿砦社編集部の文章です。関心のある方はぜひ『紙の爆弾』7月号の《「士農工商」は「職階性」か「身分制度」か 再考》をご一読ください。そこでは、私たちの基本的な疑問を、素直に問いかけ、この問題をどのように考えればよいのか?を解放同盟や読者にも問いかけています。黒薮哲哉氏のご指摘もその中で引用させていただいております。

権力者ではない、また社会的に力を持たない誰かを傷つける内容でない限り、また差別を助長する表現ではない限り、広く意見表明を行っていただく場所として存在したい。「デジタル鹿砦社通信」は〈自由な言論の場〉でありたいと考えますし、それはこれまでも実践してきました。意見表明にも「過ち」はあり得ますので、事実関係の誤認や、間違った理解があれば、私たち自身がこれまでも訂正を行ってきました。

私たちがここ5年余り関わって来ている「カウンター大学院生リンチ事件」についても「私たちの言っていることに誤りがあれば指摘してほしい」と公言しています(が、言論での反論らしい反論はありません)。

そして、敢えて付言いたしますが、6月19日掲載の横山氏の意見は、私たちと同じではありません。しかし、活発な議論喚起のためと、〈自由な言論〉確保のために横山氏に訂正や修正を押し付けたりはしません。当然です。

以上、短いですが、言論と個々の意見表明について、私たちの基本的な考えを、表明いたします。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』7月号

《書評》月刊『紙の爆弾』7月号〈後編〉「【検証】『士農工商ルポライター稼業』は『差別を助長する』のか」(第九回)での鹿砦社編集部による筆者への批判に答える 横山茂彦

自身が批評されていることもあり、つい長くなった誌面紹介は、【検証】「士農工商ルポライター稼業」は「差別を助長する」のか(第九回)『「士農工商」は「職階制」か「身分制度」か 再考』である。

 
衝撃満載!タブーなき月刊『紙の爆弾』7月号

楽しみにしていた「伝説のルポライター竹中労の見解」は、昼間たかし氏の「士農工商ルポライター稼業」に関する部落解放同盟の中間報告がまだ、という事情から掲載延期となった。

「竹中労の見解」(差別事件)というのは、美空ひばりをリスペクトする記事の中で、「出雲のお国が賎民階級から身を起こした河原者の系譜をほうふつとさせる。……ひばりが下層社会の出身であると書くことは『差別文書』であるのか」というものだ。

これを部落解放同盟が糾弾し、双方ではげしいやり取りがあったとされる。ここで言えることは、下層階級出身や下層労働者などが、竹中労において身分差別である部落差別と混同されていることであろう。部落差別は「貧困」や「地域格差」だけではない、貧富にかかわらず存在するものだ。富裕な人々でも「お前は部落民だ」と差別されるのである(野中広務への麻生太郎の差別的発言)。

◆そもそも黒薮氏のコメントは「批判」なのか?

さて、その代わりというわけでもないと思うが、わたしが本通信に掲載した下記の記事と、それに対する黒薮哲哉氏の松岡利康氏のFBでの批判コメントが取り上げられている。

◎横山茂彦「部落史における士農工商 そんなものは江戸時代には『なかった』」(2021年3月27日)

◎横山茂彦「衝撃満載『紙の爆弾』6月号 オリンピックは止められるか?」(2021年5月8日)

だが、本誌今号の引用記事を一読してわかるとおり、「差別の顕在化は近代的な人権思想によるもの」「これまでの差別がおかしいなと気づくのは、じつに近代人の発想なのである」というわたしの論脈と、黒藪氏の「搾取・差別の認識が生まれるのはおそらく次の時代でしょう」に、ほぼ内容上の異同はない。

その時代には顕在化しない差別も、つぎの時代の価値観で明らかになる。と、同じことを主張しながら、不思議なことに黒薮氏は、わたしを「批判」しているのだ。
自分と同じ内容で「批判」された相手に反論するのは、およそ不可能である。

それがなぜ「典型的な観念論の歴史観で、史的唯物論の対局(ママ)にあります」となるのか? そもそも黒薮氏には、どの文脈がどう「観念論の歴史観」なのか、そして氏が拠って立つらしい「史的唯物論」がどのようなものなのか、FBへの書き込みに何の論証もない。

したがって、わたしは本通信の記事を誤読されたものと「無視」してきた。だが黒藪氏にとっては不本意かもしれないが、今回活字化されたことで、氏の過去の記事にさかのぼって検証せざるをえない。

もうひとつ、今回活字化されて気づいたことだが、黒薮氏は江戸時代に「階級や階級差別が客観的に存在しなかったことにはならないでしょう」と述べている。鹿砦社編集部も「本誌の立脚点は、黒薮氏のこの意見に極めて近いといえます」という。身分差別を階級差別と言いなしているのだとしたら、大きな錯誤と言わざるを得ない。

階級とは生産手段の私的所有を通じた、所有階級とそれに隷属せざるをえない非所有階級の分化という意味であり、江戸時代においては武士階級と百姓・町民階級が身分制と相即な関係にあるのは間違いではない。

しかし、百姓と被差別部落民は身分において武士階級に分割支配されているのであって、そこにある差別を階級間とはいえないのだ。百姓の中にも名主(庄屋・肝煎)などの村役人、本百姓(石高持ち)、水呑百姓の階級区分を、もっぱら土地所有によって、われわれが「階級差」としているにすぎない。そこには貧富の差が階級差別とそれをふくむ身分差別でもあっただろう。

ひるがえって、被差別民の多くは寺社に従属しては死穢にかかる役割を得て、町奉行に従属しては刑務を役目とすることが多かった。これらの場合、寺社代官や武士階級に従属する「階級」とは言い得ても、百姓との関係では身分の違い、そこにおいて差別を受ける存在だったというべきである。これを逆に言えば、一般の百姓よりも富裕な被差別民もいたという意味である。つまり両者を分けるのは階級差ではなく、身分差ということになる。

身分差別と階級差別を混同する危険性は、その独自性(部落解放運動と労働者の階級闘争)を解消する、いわゆる左翼解消主義の思想的基盤となると指摘しておこう。これらのことについては、さらに稿を改めて歴史的な解消主義をテーマに詳述したいと考える。

◆論点は「士農工商ルポライター」である

黒薮氏の松岡氏FBにおける「批判」を無視していたのは上記のとおり、黒薮氏の論旨の混乱に反論したところで、議論すべき論軸から逸れる可能性が高かったからである。

この考えは今も変わらない。それよりも黒藪氏においては、12月号の「徒に『差別者』を発掘してはならない」において、「現在、江戸幕府などが採った過去の差別政策が誤りであったとする」世の中の認識があるから「士農工商ルポライター稼業」が「差別を助長する世論を形成させることはない」「差別表現ではない」とした認識は、そのままでよいのだろうか。

これ自体、わたしはきわめて差別的な見解だと思う。記事中に杉田水脈議員の差別的な言辞を例に、昼間たかし氏を擁護しながら展開される「意図しない差別は差別ではない」という論脈についても、撤回されないのだろうか。杉田議員擁護については、今回の事件の部落差別を助長する重大なテーマゆえに「論軸」をずらさないために「無視」してきたが、書いた責任はこれからも問われると予告しておこう。

わたしは「紙爆」1月号の「求められているのは『謝罪』ではなく『意識の変革』だ」において、身分差別は時の権力者の政策ではなく、われわれをふくめた国民・一般民の中にこそあると指摘してきた。それゆえに、部落差別は意図せずに起きるのだ。

差別的表現を「名誉棄損」と混同する点や「寝た子を起こすな」的な記述(ここに大半が費やされている)も、部落解放運動の無理解にあると指摘してきたつもりだ。これらへの反論・釈明・あるいは必要ならば自己批判こそ、黒薮氏の行なうべきことであろう。

◆論軸をずらさない議論

議論において「論軸」をずらし、戦線を拡大してしまうことについては、元新左翼活動家の悪い倣いで、わたしには論争相手を壊滅的に批判する作風の残滓がある。

いわゆる論争(批判・反批判)というものは論軸をしぼり、相互批判の方向を発展的な論点に導く必要がある。言いかえれば当該のテーマにおいて、論争それ自体が有益な議論を獲得するのでなければならない。

つまり、いたずらに相手をやっつける議論ではなく、議論の中から研究的な成果が得られる内容がなければならないのである。それに沿って、議論をすすめていこうと思う。

◆「職階制」は近代的概念である

ところで、鹿砦社編集部のいう「職階制」とは、どの文脈で出てきたのだろう?
そもそも、わたしは記事中に「『職分』(職階=職業上の資格や階級。ではない)」と、わざわざ鹿砦社編集部の誤用を指摘したつもりだった。

『広辞苑』によれば、職階は「経営内の一切の職務を、その内容および複雑さと責任の度合いに応じて分類・等級づけしたもの」となる。

わたしは「職分」(職業上の本分)とは書いたが、職階なる言葉・概念が江戸時代の歴史研究に馴染むものとは考えない。そもそも士農工商が「職階制」であるとの主張をしたつもりもない。

というのも、いまや江戸時代に「農民」という概念・呼称があったのかどうかという疑問が提出されているからだ。士農工商ばかりか、村人や農民という呼称すら史実にふさわしくないと、歴史教科書から消されつつあるのだ。

「士農工商」の「士」のつぎに「農」という概念が強調されるのは、幕末・明治維新の農本主義思想(平田国学)に由来すると、以前から指摘してきたところだ。つまり思想上の問題であって、それこそ重農思想がもたらした「観念論」、現実にないものを言語化したものなのである。

東京書籍の『新しい社会』のQ&Aから引用しておこう。

≪「百姓」とはもともとは「一般の人々」という意味でした。「百聞は一見に如かず」などと使われるように,「百」という言葉は「多くのもの,種々のもの」を意味します。やがて,在地領主として武士が登場すると,しだいに年貢などを納める人々を指すようになり,近世には武士身分と百姓身分が明確に区別されることになりました。百姓身分には,漁業や林業に従事する人々もおり,百姓=農民ということではありません。≫

◆差別は再生産される

議論すべき論点は、部落問題が江戸時代の「封建遺制」(日本共産党の見解)ではなく、現代もなお再生産されるもの、ということである。

すなわち、現代における部落問題の歴史的本質は、資本主義的生産諸関係の資本蓄積と、資本の有機的構成の可変にもとづく、景気循環における相対的過剰人口の停滞的形態(景気の安全弁、および主要な生産関係からの排除)。そこにおける封建遺制としての差別意識の結合による差別の再生産構造、生産過程とそれを補完する共同体が持つ同化と異化による差別の欲動(共同体からの排除)、そしてその矛盾が激しい社会運動を喚起する。帝国主義段階においては、金融資本のテロリズム独裁(ファシズム)が排外主義思想を部落差別に体現し、そこでの攻防は死闘とならざるを得ない。これらの実証的な検証という論点こそ、今日のわれわれが議論すべき課題なのだ。かりにも「史的唯物論」にもとづく分析方法ならば、部落問題に限っては、これらをはずしてはありえない。

これが70~90年代階級闘争の大半を、狭山差別裁判糾弾闘争をはじめとする部落解放運動に、部落民の血の叫びを間近に感じながら糾弾を支援し、またかれらに糾弾されながら経験してきた理論的地平である。

◆江戸時代に身分差別が存在したのは言うまでもない史実である

ひるがえって「『職階制』か『身分制度』か」という鹿砦社編集部の設問自体が、士農工商に即していうならば、論証不可能(史料で実証できない)ということになる。身分制はともかく、職階制はそもそも近代概念なのである。

士農工商の制度的な存否と、江戸時代における身分差別の存否は、もって異なるものなのだ。ここでも「論軸」は、士農工商の存否と身分差別の存否、として区別されなければ、議論の意味がない。

そして江戸時代に身分差別があったかどうかは、江戸時代がそもそも身分を固定する身分制社会(身分間の移動は可能だったが)であり、百姓身分のほかに差別的に扱われる「被差別民」が存在したことに明白である。くり返すが、士農工商が身分制度かどうか、とはまったく別の議論なのだ。

その「被差別民」も具体的には、各地方で呼称も形態も異なり、現代のわれわれが考えるほど単純なものではない。

たとえば東日本では「長吏」、西日本では「皮田(革多・河田)」、東海地方では「簓(ささら)」、薩摩藩では「四衢(しく)」、加賀藩では「藤内」、山陽地方では「茶筅」、山陰地方では「鉢屋」、阿波藩では「掃除」など。

高野山領では「谷の者」あるいは「虱村(しゃくそん)」、長州藩では「宮番」、と、地形と地域を表す呼び方もある。これらを総称して「穢多」といえるのは、家畜の死骸を処理する固有の「特権」があり、食肉・皮革産業に従事していた職業的な特徴である。家畜の遺骸を処理することが賤視につながったのは、百姓たちの共同体と仏教信仰を範疇に納めなければ理解できない。

ほかにも被差別民の存在は、中世いらいの伝承や慣習、地域的に劣悪な条件があいまって、中世的な「惣(村落共同体)」の排他性や地域的な検断や公事(裁判)などによって形成されたものであって、為政者が「公文書」で上意下達的に「差別」させたものではないのだ。

いっぽう、「非人」は罪刑によって非人とされた者、寺社に従属する職業身分、あるいは罪人を取り扱う職業、浮浪者を排除する非人番の者たちという具合に、「穢多」とは職業・地域の構成要件がちがう。

ただし、江戸にいたとされる非人数千人は、非人頭を介して穢多頭の浅草矢野弾左衛門の支配下にあったというから、単純に線引きできるものではないようだ。
以上のごとく、江戸時代が身分差別のあった社会であることは、これで十分に納得いただけるものと考える。そして得られる結論は「士農工商……」が、江戸時代の身分差別の根拠ではない、という論点である。(了)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』7月号

滋賀医科大事件、本人尋問で説明義務違反の構図が明らかに── 被告が続ける実りのない岡本医師への人格攻撃 [特別寄稿]黒薮哲哉

前立腺癌治療の過程で、主治医が治療方針を十分に説明しなかったとして、4人の患者が滋賀医科大病院の2人の医師を訴えた裁判の本人尋問が、17日、大津地裁で行われた。

この日、出廷したのは原告の4患者と彼らの主治医だった被告.成田充弘准教授、それに成田医師の上司にあたる被告.河内明宏教授である。これら6人の本人尋問を通じて、成田.河内の両医師に説明義務違反があったとする原告らの主張が改めて裏付けられた。裁判はこの日で結審して、判決は来年の4月14日に言い渡される。2018年8月に提訴された滋賀医科大事件の裁判は終盤に入ったのである。

裁判前(2019年12月17日)
裁判所に入る前の岡本医師(2019年12月17日)

◆事件の経緯

事件の発端は、滋賀医科大が放射性医薬品会社の支援を得て、小線源治療の研究と普及を目的とした寄付講座を設けた時点にさかのぼる。2015年1月のことである。寄付講座の特任教授には、この分野で卓越した治療成績を残している岡本圭生医師が就任し、泌尿器科から完全に独立したかたちで小線源治療を継続することになったのだ。

これに対して一部の医師らによる不穏な動きが浮上してくる。泌尿器科の科長.河内教授と、彼の部下.成田准教授が岡本医師の寄付講座とはまったく別に、新たに小線源治療の窓口を開設し、泌尿器科独自の小線源治療を計画したのである。この裁判の原告となった4人は、医師の紹介や滋賀医科大病院の総合受付窓口を通じて成田医師らによる「泌尿器科独自」の小線源治療計画へ「案内」された。大学病院の闇を知らないまま被告.成田医師の治療を受けるようになったのである。

だが、成田医師には小線源治療の臨床経験がまったくなかった。手術の見学も1件しかなかった。当然、インフォームドコンセントで、成田医師のそのような履歴を知らされなかった原告らにすれば、自分たちが手術の手技訓練のモルモットにされかけていたことになる。

4人の癌患者は本来であれば寄付講座の方へ「案内」され、小線源治療のエキスパートである岡本医師の担当下におかれるべき人々であった。少なくとも成田医師らには、4人が岡本医師の治療を受ける権利と選択肢を持っていることを説明する義務があった。それを成田医師らが怠り、しかも、この点を批判された後も謝罪しなかったことが患者らを怒らせ、提訴を決意させたのだ。

原告の主張に対して被告は、「泌尿器科独自」の小線源治療は、岡本医師を指導医とする医療ユニット(チーム医療)として位置づけられていたから、岡本医師の治療を受けるオプションを患者に提示しなかったことをもって説明義務違反に該当するとは言えないというものだ。

◆泌尿器科への誘導と独立した治療

2015年1月に「泌尿器科独自」の小線源治療の窓口を、寄付講座の窓口とは別に河内医師らが開設した合理的な理由について、原告の井戸謙一弁護士は、河内医師を尋問した。裁判長も職権を行使して、河内医師があえて窓口を2つにした理由について説明を求めた。しかし、河内医師は明快な回答を避けた。

岡本医師自身がチーム医療の観点から「泌尿器科独自」の小線源治療に関わっていたかどうかという点については、竹下育男弁護士が成田医師を尋問した。これに対して成田医師は、いずれの患者ケースにおいても、治療方針の決定に岡本医師の指示を受けたことはなかったことを認めた。

尋問を通じて岡本医師は泌尿器科独自の小線源治療からは基本的には除外されており、2つの窓口と体制は、相互に依存したチーム医療と断定できるだけの接点がないことが判明した。メールでのやりとりは若干あったが、かえってそれらの証拠は、岡本医師を「外部の人」として認識していた成田医師の立ち位置を明確にした。

ちなみに成田医師はみずからが小線源治療の未経験医師であることを患者に伝える義務に関して、第1例目の手術を施す患者については未経験の事実を伝えなければならないが、2例目以降は伝える必要はないとも証言した。

◆刑事事件についての尋問も

繰り返しになるが、この裁判の争点は4人の患者に対する説明義務違反の有無である。争点としては単純だ。ところが裁判進行の過程で被告側は、争点とはあまり関係のない主張を延々と繰り広げた。岡本医師に対する人格攻撃や岡本メソッドそのものの優位性を否定する主張を繰り返したのである。

それにより岡本医師による治療についての説明責任を果たさなかったことを正当化しようとしたようだ。この論法の裏付けを探すために被告らが起こした事件についても、井戸弁護士は尋問した。たとえば河内医師が岡本医師の患者らのカルテを無断で閲覧し、岡本メソッドによる合併症の例をしらみつぶしに探そうとした件である。

これについて河内医師は、みずからが泌尿器科の科長職にあるので、前立腺癌患者のカルテ閲覧が許されるとの見解を示した。しかし、法律上はそのような権限は認められていない。カルテを閲覧できるのは主治医と患者本人だけである。

また、成田医師を併任准教授として、寄付講座へ送り込むために作成された公文書に、岡本医師の承諾印(三文判)が本人の承諾を得ずに押されていた件(既に刑事告発受理済み)に関して、井戸弁護士は河内医師の関与を問うたが、河内医師はそれを否定した。そのうえで、この公文書は秘書らにより無断で作成されたものである可能性を証言した。河内氏の証言に、傍聴席からは失笑がもれた。
 
◆記者会見

尋問が終了した後、原告団は記者会見を開いた。発言の趣旨は次のようなものである。

記者会見での井戸弁護士(2019年12月17日)

【井戸謙一弁護士】

この訴訟で被告側は、岡本医師が特異なキャラクターの人物であり、岡本メソッドももとより存在せず、むしろ問題のある治療なんだという主張を前に押し出す戦略で臨んできています。この点をどう崩していくかが鍵です。相手は自分が嘘を言っていましたとは認めません。ですから言っていることの整合性の無さを浮彫にすることが大切です。

いくら岡本先生のキャラクターがトラブルの原因だと主張しても、構造的に主張がかみ合わないところが出てきます。それが最も露骨に分かるのは、泌尿器科へ患者を誘導した問題です。 岡本先生に成田医師を指導させるチーム医療の枠組みであれば、岡本先生が全患者の症例を見て、 初心者には簡単な症例の患者を担当させて治療させるのが道理です。治療方法の適用についても、互いにディスカッションしながら決めていく。それが一番自然なチーム医療であるはずなのに、実際には河内医師が成田医師の担当患者を決めていました。こうした枠組みが被告の主張に整合性がないことを浮き彫りにしています。

岡本メソッドの優位性を否定する被告の主張に関しては、3つのポイントから問題点を指摘しました。まずカルテの不正閲覧問題です。医療安全管理部がカルテ閲覧をすると決める前の時期に、河内氏がすでにカルテの閲覧をはじめていた事実を確認しました。 

次に、松末院長が前回の尋問で2次発癌で死亡した例があると証言したことを受けて、それが不正確な認識であることを指摘しました。病院の事例調査検討委員会では、この患者のケースを因果関係不明と認定しています。それにもかかわらずこの死亡例を裁判で持ち出してきて、岡本メソッドの攻撃に使ったのです。

さらに病院のホームページで公開された医療機関別の前立腺癌非再発率比較表の問題。このデータを根拠に河内氏は、岡本メソッドの優位性を否定しています。これについては、松末院長は、比較対象患者のリスクレベルが大きく異なるのに単純に比較するのは適切ではないことを最終的に認めました。この問題についても河内医師を追及しました。

偽造文書の問題も取り上げました。これは成田医師を併任准教授にするために必要な文書で、河内医師と岡本医師の三文判が押してありますが、岡本医師は押していないと言っています。いま、この文書が公文書偽造だということで問題になっています。わたしは河内医師が、そのハンコは自分で押した、あるいは秘書に押させたと答えると思っていましたが、それも否定しました。秘書が勝手に作成したことにして、自分は関知していないということで押し通しました。この弁解には、驚きました。これについて被告の代理人は、定型的な文書はそういうこともあると念押ししていましたが、裁判所はその不自然さを認識したと思います。

【竹下育男弁護士】

成田医師の反対尋問を担当しました。反対尋問は簡単に成功しないことがままあります。相手が嘘を言ったときに、嘘を言っている証拠を示すことができるとは限らないからです。この裁判では、成田医師と塩田学長に関する裏付け証拠が多くあるので、それを有効に活用できるかどうかプレッシャーがありました。

成田医師と岡本医師の間で交わされていたメールは、有力な証拠になるものが多い。たとえば岡本先生が成田医師に対して、外来で治療方法の適応を検討するものだと思っていたという趣旨のメールを送ったところ、成田医師はそれは必要ないという返事を返しています。積極的に岡本医師のチーム医療への関与を拒んでいるようなメールが他にも何通かありました。

これについて成田医師は、言い訳をしていますが、どれも不自然です。その不自然さをアピールできれば戦略としては成功です。

また原告の治療方法の検討にあたって、岡本先生の意見を求めたことがないことも明らかになりました。

記者会見での岡本医師(2019年12月17日)

【岡本圭生医師】

本日、最後に提出しました河野陳述に対する弾劾陳述について説明しておきます。ありがたいことに裁判所はそれを受理してくれました。河野医師は、滋賀医大の小線源治療は、90%以上が河野医師の実力によってやっているとか、岡本などいなくても大丈夫だとか、だれがやっても同じだという陳述をしていますが、それほど単純なものではありません。

小線源治療では、テンプレートという網の目の奥にある前立腺に針を刺すのですが、その際、ミリ単位の調整を必要とします。 針を器具で微妙に触って1ミリ、あるいは2ミリの調整をするのです。きれいに会陰に針をさす必要があります。針を刺すことで前立腺が変形したり出血したり、動いたりすればダメです。いわばリンゴの皮を片手でむくような作業が必要なのです。河野医師はそれをやっているわけではありません。画面上で見ているだけで、微調整しているのはわたしです。 ですから河野医師が言うように、おおざっぱなことをやっているわけではありません。

河野医師は岡本メソッドなるものは存在しないと言いますが、「10のステップ」という冊子があります。これに従って2013年からずっと小線源治療をやってきたわけです。これには特別ことは書いていないと成田医師は言っていますが、そうであるなら、全国から医師が見学に来るはずがありません。

患者会の皆さんには、朝からスタンディングをやっていただき、弁護団は素晴らしい追及をしていただきました。この裁判では、医療や病院の内側を知っている人間がいるから、相手を追い詰めるチャンスが生まれたわけです。 一般の人が、医療過誤で戦っても勝ち目はないでしょう。わたしはこうした状況を変えたいと思います。

治療の未経験を患者に告げるべきかどうかよりも大切なことは、説明できることは、全部説明するという善意の姿勢です。意図的に情報を隠すようなことあれば、医療は成り立ちません。この裁判では、人が死亡した事例は扱っていませんが、重要な意味を持っています。ここで負けては医療が成り立たなくなります。市民の手、患者さんの手に医療を戻したいものです。

ちなみにわたしが執筆した中間リスクの前立腺癌に対する小線源治療についての論文が1月に掲載されます。10年間で397例のうち、再発は3例。7年の非再発率は、99.1%です。100人にひとり再発しないことになります。この論文では、中間リスクの症例は、小線源単独療法でやるべきだと結論づけています。論文が掲載されるということは、査読者によって内容が認められたということです。

わたしは12月をもって滋賀医大を去ります。しかし、これは終わりではなく、次のステージの始まりだと思っています。

【原告A】

岡本先生と接するようになって4年になります。先生の治療は革命的だとわたしは思っています。わたしは副作用もなく、いまも元気に働いています。76歳で、いまでも納税しています。これも岡本先生による手術が成功したからです。なぜ、わたしが裁判で戦ったのかといえば、岡本メソッドが革命的な医療であるからです。

これはなくしてはいけない医療です。河内教授がやろうとしているのは、岡本先生の医療を横取りすることです。これが問題の原点です。横取りして、自分の手柄にして、岡本医師を追い出そうという魂胆のようです。こうした状況を許してはいけないということで、裁判を起こし、そして今日の尋問を終えることができました。

【原告B】

わたしは河内医師は、好き放題なことを言っているという印象を受けています。今回、わたしが最も訴えたかったのは、被告が岡本医師の人格攻撃に徹していることについて、それが的外れであるということです。滋賀医科は全人的医療をうたっていますが、これは患者ファーストの意味です。この全人的医療の理念を掲げているのであれば 、患者の命を脅かしたことに対して謝罪し、反省すべきです。

反対尋問の最後の方で、この裁判を岡本医師が扇動したかのような被告側の言動がありましたが、われわれ原告を子ども扱いする発想です。訴訟を進めるうえで、家族や近所の目もあるので、参加できなかったひともおられます。 わたしも、最初は家内が裁判に賛成していませんでしたが、今日は傍聴に来てくれました。裁判を続けられたのも、応援があったからです。

記者会見(2019年12月17日)

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▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)の主宰者。「押し紙」問題、電磁波問題などを取材している。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他

[特別寄稿]滋賀医科大病院が国立がんセンターのプレスリリースを改ざん ── 岡本メソッドに対する印象操作か? 黒薮哲哉

滋賀医科大学医学部附属病院が、国立がん研究センターが公表したプレスリリースを改ざんして、6月11日に、同病院のウェブサイトに掲載していたことが分かった。

この資料は、国立がん研究センターが公表した時点では、1ページに満たない短い資料だった。ところが滋賀医科大は、これに約2ページ分の情報を複数の資料から抜粋して再構成し、3ページに編集した。そして、これら全部が国立がん研究センターによるプレスリリースであるかのように装って掲載したのである。

何が目的でこのような大がかりな改ざん行為に及んだのだろうか。既報したように、滋賀医科大病院は、岡本圭生医師による高度な小線源治療(前立腺癌が対象)を年内で中止して、岡本医師を病院から追放しようとしている。それを正当化するためには岡本メソッドが、他の癌治療と比較して、継続するだけのメリットがないという世論を形成することが必要になる。そこで権威のある国立がん研究センターのロゴが入ったプレスリリースを改ざんして、自分たちの目的に沿った内容に改ざんしたである。

具体的な手口は、次のYouTubeで紹介している。滋賀医科大病院に問い合わせた際の音声も、そのまま収録した。


◎[参考動画]滋賀医科大学のフェイク(安江博 2019/6/26公開)
https://www.youtube.com/watch?v=w3rPzAk9G3E

◆がんセンターの資料は1ページ目だけ

フリーランス記者の田所敏夫さんらが、この改ざんについて、国立がん研究センターへ問い合わせたところ、YouTubeで示されている部分のみが同センターが発表した部分であることが判明した。

国立がん研究センターは、元々のプレスリリースと改ざん部分の区別について、田所さんに対し、次のように文書で回答している。

「お問い合わせにつきまして、担当部署に確認いたしました。
 当センターの情報は、1ページ目の当センターロゴから前立腺がんの表まで、そして、1ページ目の用語の説明のみでございます。以上、ご報告いたします。」

つまり約2ページ分を滋賀医科大病院が我田引水に「編集」して、元々のプレスリリースを含む3ページの資料に編集し、あたかもそれが国立がん研究センターが発表したものであるかのように装って、病院のウェブサイトに掲載したのである。

改ざんされた資料は次のURLでアクセスできる。オリジナル(国立がんセンターのプレスリリース)と比較してほしい。

◎[参考資料]改ざんされたプレスリリース
https://www.shiga-med.ac.jp/hospital/cms/file.php?action_disp&id=1156&fid=2013

 
改ざんされたプレスリリース

◆何が加筆・編集されたのか?
 
滋賀医科大学病院が改ざん・編集により印象操作を企てたのは、前立腺癌に対する4つの治療法における5年後の非再発率である。それによると次のような成績になっている。

・ロボット支援前立腺全摘除術(弘前大学):97.6%
・外照射放射線治療(群馬大):97.6%
・小線源治療(滋賀医大):95.2%
・重粒子線(放射線医学総合研究所病院):不明
・小線源治療(京都府立医大):94.9%

これらのデータを見る限りでは、滋賀医科大学の小線源治療(岡本メソッド)にはまったく優位性がないことになる。それどころかロボット支援前立腺全摘除術か外照射放射線治療を受けた方が、岡本メソッドを受けるよりも5年後の非再発率が高いことになる。当然、岡本メソッドの中止と岡本医師の追放はやむを得ないという世論が形成されかねない。おそらく滋賀医科大の塩田浩平学長は、それが目的でこのような誤解を与える記述の掲載を許可したのである。

◆データのトリック

これらのデータには、専門家でなければ見破れない巧なトリックが隠されている。端的に言えば、基準が異なるものを比較しているのだ。比較するのであれば、比較の基準が同じでなければならない。滋賀医科大病院は、その基本的な学術上のルールすらも無視しているのだ。

周知のように前立腺癌の検診は、血液を調べるPSA検査により行われる。PSAの数値が4.0 ng/mLを超えると前立腺癌の疑いがあり、精密検査で癌を発症しているかどうかを確定する。

意外に知られていないが、実はこのPSA検査は、前立腺癌の治療を受けた後の経過観察でも行われる。

施術方法のいかんを問わず、治療を受けた患者のPSA値は下降線をたどり、横ばいになるのだが、再発すると再上昇に転じる。この原理を応用して、医師は、PAS値の変化を観察することで、癌が再発したかたどうかを判断するのである。
 
この点を前提にしたうえで、データの改ざんについて説明する前に、前立腺癌の治療法についてもあらかじめ言及しておかなくてはならない。前立腺癌の治療では、ホルモン療法と呼ばれるホルモンを投与する療法により、施術前に癌を委縮させる方法が適用されることがままある。癌を小さくしたうえで、施術するのだ。

ホルモン治療が効力を発揮した場合、PSA値は下降する。そしてホルモン治療が終わった後も、1年から2年ぐらいの期間はその効用が維持されるので、PSAは上昇しない。

滋賀医科大が提示した他の医療機関のデータは、ホルモン治療の効用が持続している期間を含めた非再発率なのである。

とりわけ、弘前大学のデータにいたっては、論文の中でも、経過観察の期間が30カ月であることを明記している。それにもかかわらず都合のよいデータだけを提示して、あたかもロボット支援前立腺全摘除術と岡本メッソドでは、大きな違いがないような印象操作を行っているのである。

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

◎[関連記事]黒薮哲哉[特別寄稿]小線源治療患者会が国会議員と厚生労働省へ嘆願、2万8,189筆の命の署名を提出(2019年3月15日付けデジタル鹿砦社通信)

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)の主宰者。「押し紙」問題、電磁波問題などを取材している。

創業50周年 タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』7月号 発売中!

小線源治療患者会が国会議員と厚生労働省へ嘆願、2万8,189筆の命の署名を提出 [特別寄稿]黒薮哲哉

滋賀医科大学医学部附属病院(以下、滋賀医科大病院)で岡本圭生医師による前立腺癌・小線源治療を受けた患者や治療の順番を待っている患者らでつくる小線源治療患者会(以下、患者会)のメンバー4人が、3月13日、国会議員と根本匠・厚生労働省に対して、それぞれ別個に2万8,189筆の署名と嘆願書を提出した。同病院が告知している岡本医師による小線源治療の中止を撤回させ、継続させる方向で、政界の支援と行政指導を求めた。

患者会が3ヶ月で集めた2万8,189筆の署名

本ウェブサイトで報じてきたように、滋賀医科大病院は、前立腺癌の治療で卓越した成果を上げてきた岡本医師による小線源治療を、今年の6月末で打ち切り、7月からは手術を受けた患者の経過観察だけに切り替える。新規の患者は受け付けない。そして今年一杯で前立腺癌小線源治療学講座そのものを廃止して、岡本医師を解雇する。

そのために岡本医師の治療を強く希望しながらも、順番遵守の原則で手術の予約ができない患者が増え続けている。すでに30名を超えている。手術を受けた患者も経過観察が受けられなくなる。患者会による今回の嘆願は、こうした事態の打開を求めて行われた。

嘆願メンバーの患者会、代表幹事・安江博さんは、次のように現在の異常事態を訴えた。

「一番問題なのは、滋賀医科大病院に対して他の病院から治療の依頼がきているにもかかわらず、治療を断り続けていることです。滋賀医科大病院には治療ができる岡本医師がいるし、施設もあります。治療を希望している患者さんがたくさんいるにもかかわらず治療を拒否しているのです」

紙の爆弾のグラビアを示し説明する安江さん
 
議員への陳情

◆死への秒読みの恐怖にたえる日々

岡本メソッドに最後の希望を託していながら治療予約のできない2人の前立腺癌患者も、みずからの胸中を議員や官僚に訴えた。このうち東京都在住の山口淳さんは、昨年10月に癌の診断を受けた。転移するリスクが極めて高い癌だった。

「医師に5年生存率を尋ねると、70%といわれました。最初、前立腺癌は慌てなくてもいい病気だと思っていましたが、調べていくうちにそうではないことが分かってきました。暗い気持になりました。将来のことを考えると眠れなくなり、食事もすすまなくなりました。体重が7キロ減りました。必死で治療できる医師を捜したところ、高リスクでも再発率が3%程度の治療をする病院があることを知ったのです。それが滋賀医科大病院でした。岡本先生による治療だったのです」

有名で人望に厚い医師なので、はたして初診を受けることができるかどうか山口さんは不安で一杯だった。しかし、メールを送ったところ、すぐに岡本医師から返信があり、11月に初診を受けることが決まった。

「その時は、本当にほっとしました。やっと死から脱出できると安堵したのです。食欲も、体重も戻りました」

ところがその後、2019年の6月以降は岡本医師の治療が廃止になると告げられた。一度は命拾いしたと確信したのに、無惨にも再び絶望の底へ突き落とされたのだ。
山口さんは、現在、別の病院でホルモン治療を受けながら、滋賀医科大病院が方針を見直すのを待っている。が、そのホルモン治療も2年ぐらいが限度だと言われている。死への秒読みが始まっているのである。

 
記者会見風景

◆「きちっと癌を治せる治療を受けさせて」

山口さんと同じく東京在住の木村明(仮名)さんも岡本メソッドを希望しながら手術予約ができない患者のひとりである。昨年の9月、4段階に分類される癌ステージの「2」に該当する中間リスクの癌と診断された。木村さんが言う。

「わたしの場合、高リスクではありませんが、確実に再発しないように癌を治したいという強い希望があり、いろいろインターネットを検索したところ、岡本医師の存在を知りました。岡本先生に直接メールを送り、10月に1回目の診察を受けました」

患者にとって治療後のQOL(生活の質)を度外視することはできない。たとえば前立腺癌の摘出手術を受けた場合、尿もれなどの後遺症が頻繁にみられる。癌そのものは征服できてもQOLのレベルが低くなることがあるのだ。木村さんは、QOLを重視して、岡本メソッドを求めたのだ。ところが予想外の展開になる。

「12月に2回目の診察を受けたときに、『申し訳ないが、自分が治療できるのは6月末までで、木村さんは間に合わなかった』と言われました。わたしだけではなく、ほかに何十人もそういう患者さんがいるとも言われました。初診すら病院側から拒否されている患者さんもいるとのことでした。6月で治療が中止になると、わたしも他の患者さんも困ります。きちっと癌を治せる治療を受けさせてほしいというのが願いです」

◆責任を問われるべきなのは泌尿器科の医師たち

滋賀医科大病院で、起きている異常実態の発端は、泌尿器科の医師による不適切な医療にある。2015年1月、同病院は岡本医師を特任教授とする小線源治療学講座とそれに併設する外来を開いた。ところが同講座を下部組織にすることを目論んだ泌尿器科が、岡本医師を頼ってきた患者の一部を泌尿器科に誘導。独自に小線源治療を計画し、手術の前段で不適切な医療を行ってしまった。医師らは、小線源治療の手術経験のない素人だった。

滋賀医科大の塩田浩平学長は、被害を受けた患者の治療を岡本医師に命じた。しかし、被害を受けた患者らは怒りが収まらずに告発の動きにでた。そこで患者の口を封じるために、病院は小線源治療学講座の終了と岡本医師の追放を計画したのである。本来、両者はまったく別の問題なのだが。

◆寒空の下の署名活動の果実

こうした実態について岡本医師の治療を受けた体験を持つ、原田勝一(仮名)さんは、次のように訴えた。

「本来、病院から排除されるべき人物は、不適切な医療を行った泌尿器科の教授らであって、被害にあつた患者さんを救った岡本先生ではありません。岡本先生こそ滋賀医科大病院に残って患者さんの治療を続けるべきですが、現実にはまったく逆で、泌尿器科の医師らはなんのお咎めも受けていません。患者を助けた岡本先生が逆に排除されようとしています。まったく非常識なことが滋賀医科大で起こっているのです。こうした滋賀医科大病院のやりかたに疑問を持った方がたくさんおられて、それが2万8,000筆を超える署名になったのです」

 
厚労省課長申し入れ

署名は患者が中心になって、寒空の下、3カ月という短期で集められた。駅頭などで街宣活動を繰り返し集めたのである。

署名と嘆願書を受け取った厚生労働省の北波孝・厚生労働省医政局総務課長は、「出来ることと出来ないことがありますが、 こういう嘆願があったことは滋賀医科大病院へ伝えます」と、約束した。

なお、厚生労働省への嘆願に先立って、参議院議員会館で行われた国会議員に対する嘆願では、次の国会議員の秘書が、患者会の4人に対応した。

こやり隆史・参議院議員(自民党)
足立信也・参議院議員(国民民主党)
山下芳生・参議院議員(共産党)
三ツ林裕也・衆議院議員(自民党)
櫻井 周・衆議院議員(立憲民主党)

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

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▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)の主宰者。「押し紙」問題、電磁波問題などを取材している。

衝撃月刊『紙の爆弾』4月号 前立腺がん患者による“史上初”の仮処分申立て 滋賀医大病院は治療を妨害するな!他
〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 総力特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来

朝日新聞社は「M君リンチ事件」をどう考えているのか?(黒藪哲哉)

取材班に対する朝日新聞記者、及び朝日新聞本社の対応について、これまで山口正紀氏(元読売新聞記者)、現在も活躍中の「元全国紙記者」から頂いたコメントを既に本通信でご紹介した。このたび新聞に関わる問題(特に「押し紙」)を長年追求してきたフリーランスライターの黒藪哲哉氏からも論評を頂けたのでご紹介する。取材班は今後も無謬性に陥ることなく、つねに「私たちは間違っていないか」、「他者の意見に理はないか」と検証を続けながら、取材・報告を続けるつもりだ。(鹿砦社特別取材班)

◆暴力事件の「当事者」が同時に「反差別運動の騎手」という構図そのものが問われている

朝日新聞社の対応に問題があるのは、いうまでもありませんが、最大の問題は朝日新聞社がこの事件をどう考えているのかという点だと思います。前近代的な内ゲバ事件だという認識が欠落しているのではないでしょうか。感性が鈍いというか。事件は、単なるケンカではありません。加害者の一人が、原告となってヘイトスピーチを糾弾するための裁判を起こしている反差別運動の旗手です。しかも、朝日新聞は報道というかたちで、この人物に対してある種の支援をしているわけです。ヘイトスピーチや差別は絶対に許されるべきことではありませんが、暴力事件の当事者(本人は否定しているが、現場にいたことは事実)が同時に反差別運動の騎手という構図、そのものが問われることになります。

◆「反原連」関係者による国会前の集会も検証が必要になる

また、間接的であるにしろ反原連の関係者も事件を起こした人々とかかわりがあるわけですから、残念ながら、国会前の集会も検証が必要になります。あれは何だったのでしょうか。それはタッチしたくはないテーマに違いありません。出来れば避けたい問題です。しかし、それについて問題提起するのがジャーナリズムの重要な役割のはずです。さもなければ差別の廃止も、原発ゼロも実現は難しくなるでしょう。第一、自己矛盾をかかえた人々を圧倒的多数の市民は信用しないでしょう。

◆「M君リンチ事件」をもみ消そうとする異常な動きそのものも検証が必要だ

しかも、『カウンターと暴力の病理』に書かれているように、この事件をもみ消そうとする動きが活発になっております。そうした異常な動きそのものも検証することが必要になっているわけです。本当に朝日新聞が独立した自由闊達なメディアであれば、だれに気兼ねすることもなく、その作業に着手できるはずですが、それが出来ないところに朝日新聞社の限界を感じます。「村社会」を感じます。

もちろん、どのような事件を報道して、どのような事件を報道しないかは朝日新聞社の自由ですが、報道機関としての資質は問われます。

▼黒藪哲哉(くろやぶ・てつや)
1958年兵庫県生まれ。1993年「海外進出」で第7回ノンフィクション朝日ジャーナル大賞・「旅・異文化テーマ賞」を受賞。1997年に会社勤務を経てフリーランス・ライターへ。2001年より新聞社の「押し紙」問題を告発するウェブサイトとして「メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)」を創設・展開。同サイトではメディア、携帯電話・LEDの電磁波問題、最高裁問題、政治評論、新自由主義からの脱皮を始めたラテンアメリカの社会変革など、幅広い分野のニュースを独自の視点から提供公開している。

◎黒藪哲哉氏【書評】『カウンターと暴力の病理』 ヘイトスピーチに反対するグループ内での内ゲバ事件とそれを隠蔽する知識人たち(2018年02月27日「MEDIA KOKUSYO」)

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