モラル崩壊の元凶・押し紙〈1〉平成11年の新聞特殊指定「改正」の謎

江上武幸(福岡・佐賀押し紙弁護団 弁護士)

▼新聞倫理綱領(2000[平成12]年6月21日制定)
「編集、制作、広告、販売などすべての新聞人は、自らを厳しく律し、品格を重んじなければならない。」
・「新聞は、公共の利害を害することのないよう、十分配慮しなければならない。」
・「販売にあたっては節度と良識をもってひとびとと接すべきである。」

▼新聞販売綱領(2001[平成13]年6月20日制定)
「新聞販売に携わるすべての人々は、言論・表現の自由を守るために、それぞれの経営の独立に寄与する責任を負っている。販売活動においては、自らを厳しき律し、ルールを順守して節度と責任ある競争の中で、読者の信頼と理解を得るよう努める。」

日本の新聞は明治・大正・昭和と軍国主義日本の台頭と歩調を一にして発展してきました。戦前、1000社を超えた新聞社は、戦争に向けて国論を統一するために40数社に整理統合され、戦時中は大本営発表を垂れ流す軍の広報紙に成り下がりました。戦後は、多くの若者を戦地に送り出して無駄死にさせた責任をとることもなく、新聞経営者らは、一転して占領軍の手先となって、鬼畜米英の対象だったアメリカを美化する役割を引き受けました。

讀賣新聞の正力松太郎氏や朝日新聞の緒方竹虎氏らがCIAのスパイ、あるいは協力者となったことは戦後日本の歴史的事実です。戦前の戦意高揚の記事の氾濫の中、戦地に送られて亡くなっていった若者達や、銃後に家族を残したまま最前線で餓死状態で死んでいった壮年兵達、あるいは内地で空襲や原爆でなくなっていった人達、沖縄で断崖から飛び降りていった人達など、多くの戦争の犠牲者の方達の無念の思いはどこに行ったのでしょか。

ウクライナやイスラエルのガザでは今でも戦争が続いており、数え切れないほどの尊い命が失われています。せっかくこの世に生を受けてきた幼い子供たちも大勢殺されています。21世紀に生きる私達は、宇宙から地球を見ることができる神の目を持ちえた最初の人類です。地球が広大な漆黒の闇に浮かぶチリほどの存在にすぎないことを知っています。同時にこの地球を滅ぼすことが出来る大量の核兵器を製造し貯蔵していること、原子力発電所を多数稼働させていること、それらがいったん暴走を始めたら誰のもとめることが出来ないことを知っています。

ネット上で巨石文明の写真をみると、人類は滅亡と誕生を繰り返してきたとの説もあながち嘘とは思えません。祖父母の世代は日清・日露戦争、父母の世代は太平洋戦争を経験しています。私たちの世代だけが戦争のない平和な時代を過ごせていいのだろうかという思いを抱えてきました。人生は長くてせいぜい7~80年程度です。残された時の間に私達の世代も同じ体験することになっても不思議ではありません。

しかし、高齢の私はともかく、次世代の子供や孫達の時代に戦争を体験することにならないようにしなければなりません。戦争の準備が着々と進んでいるかのように見えてきており、人間の愚かさをしみじみと感じるようになりました。

戦後民主主義教育を受けた世代で、新聞・テレビ等のマスメディアに対しては漠然とした信頼感がありました。まさか嘘はつかないだろうと思ってきました。しかし、ひょんなことから押し紙問題に首を突っ込むようになり新聞業界の闇を覗いたことから、はたして新聞・テレビが果たしている役割とはなんだろうという疑問と不安を覚えるようになりました。戦前と同じ過ちを新聞・テレビのマスメディアが繰り返す心配はないか。せめて、日本は戦争をせず、他国の戦争にも巻き込まれない、平和な国であって欲しいものです。

アメリカ並みの軍産官界複合体のもとマスコミを動員して戦争熱を掻き立てたるようになれば、その行き着く先は第二次世界大戦以上に恐ろしい光景しか見えてきません。幸い、今のところネット上でも公然と戦争熱をあおる番組には出会っていませんが、鬱積した失われた30年に対する若者の怒りが爆発したとき、そのエネルギーがどこに向かうのか心配です。

◆「天網恢恢疎にして漏らさず」読売新聞の渡邉恒雄氏の死に想う

本論に戻ります。発行部数1000万部を豪語した読売新聞の渡邉恒雄氏(写真出典:ARABU News)が、昨年2024年12月19日に亡くなられました。98歳でした。読売新聞1000万部が虚構の部数であったことを、渡邉氏の存命中に社会に知らしめることが出来ました。押し紙裁判に立ち上がった元読売新聞販売店経営者の方達の勇気と力の賜物です。もし、この方達が押し紙訴訟に立ち上がらなければ、渡邊氏は世界一の新聞社の経営者という虚名をまとったままあの世に旅立たれたことと思います。「天網恢恢疎にして漏らさず」の老子のことわざを思い出します。

読売新聞の渡邉恒雄氏(写真出典:ARABU News)

押し紙裁判により、渡邉氏が読売1000万部の虚構の部数をバックにして、日本の権力中枢の一角にまで食い込んだ単なる野心家にすぎなかったことを知らせることができました。渡邊氏は、晩年は、頭の片隅でいつも押し紙裁判の行方を気にしながら暮らしておられたのではないでしょうか。

黒薮さんが指摘されるように、押し紙問題の中心にはいつも読売新聞の存在がありました。ウィキペディアは昭和30年の新聞特殊指定の制定のいきさつを次のように書いています。

「第二次世界大戦後、紙の統制令が撤廃されると、新聞の拡販競争が激化し景品による顧客獲得競争が異常なほどに加熱した。特に読売新聞は景品の取締まりに反対しつつ、大阪に進出するに際して景品に多額の予算を投じて顧客を他社から奪う作戦に出るなどしたため、独禁法違反で提訴されている。そうしたなかで業界内から規制を求める声が高まり、昭和28年に再販制度が、昭和30年には新聞特殊指定が定められた。」

戦後、読売新聞が朝日・毎日に追いつき追い越せをスローガンに、金に糸目をつけない猛烈な部数拡張に走ったのは有名です。務臺光雄氏は販売の鬼と呼ばれ、「読売と名が付けば白紙でも売ってみせる。」と口にした逸話が残されています。

中央紙の地方進出を迎え撃つ立場に立った地方紙は、高価な景品の提供や無代紙・サービス紙等の配布による不公正な取引を禁止するため、新聞業の特殊指定を国に求めました。その結果、昭和30年新聞特殊指定が定められ、押し紙が禁止されました。その後、景品表示法の制定に伴い景品関係の条項が同法に移管されたため、昭和39年に新聞特殊指定の改訂がおこなわれました。押し紙禁止規定については、第4項が第2項に移行しただけで、「新聞発行本社は販売業者に対し注文部数を超えて新聞を供給してはならない」との文言に変更はありませんでした。

昭和39年の新聞特殊指定の改定にあたり、公正取引委員会と日本新聞協会の新聞公正取引協議委員会は、昭和30年の押し紙禁止規程の「注文部数」の定義が明確でないとの意見を踏まえ、実施要綱で「注文部数」の定義を明確化することにしました。具体的には、「注文部数」は、「購読部数に月末予約紙や月初おどり紙と呼ばれる新聞と地区新聞公正取引協議会が定める予備紙を足した部数である。」と定義しました。日常業務では、通常、予約紙やおどり紙は2%内の予備紙で賄うことができますので、購読部数に2%程度の予備紙を加えた部数が「注文部数」になります。

この「注文部数」の明確化により押し紙の解消は一気にすすむと考えられましたが、押し紙の解決は新聞社の自主性に委ねられていますので、法令を整備したからといって直ちに押し紙が無くなるわけではありません。

熊本日々新聞と新潟日報社は、昭和40年代後半に予備紙を購読部数の2%以内に抑えることに成功し、押し紙問題を自主解決しております。

(注:両社以外にどれだけの新聞社が押し紙を自主解決したのかは資料がないのでわかりません。)

その後、押し紙問題の自主解決が一向にすすまないことに痺れを切らしたからと思われますが、新聞公正取引協議委員会は昭和60年にモデル細則を定め、全国11の地区協議会に対し、予備紙の上限を購読部数の2%とする規定を設けるよう指示しました。しかし、地区協議会の細則に予備紙2%の上限規制が設けられた後も、新聞社は様々な抜け道をくぐって押し紙を続けました。

1997(平成9)年に、公正取引委員会は石川県金沢市の北國新聞社に対し、押し紙排除勧告を行いました。昭和30年の新聞特殊指定制定以来、公正取引委員会が押し紙の排除勧告をするのは初めてのことです。北國新聞社は、部数拡大を目指してあらかじめ販売店毎に仕入部数を指示して注文させ、その部数を供給する方法で押し紙をしていました。

告発を受けて調査に乗り出した公正取引委員会は、他にも同じような方法で押し紙をしている新聞社があることを知り、新聞協会を通じて加盟各社に対し取引方法の再検討と改善を求めました。現在、新聞社の請求書には、「貴店が新聞部数を注文する際は、購読部数(有代)に予備紙等を加えたものを超えて注文しないでください。本社は、貴店の注文部数を超えて新聞を供給することは致しません。」との文言が判を押したように印字されています。これはその時から記載されるようになったものと考えられます。

平成9年の北國新聞社に対する押し紙排除勧告書には、公正取引委員会委員長に元東京高等検察庁検事長だった根来?周氏(左写真、出典:デーリ―スポーツ)の名前があります。根来氏は平成8年8月から平成14年7月までの7年間、公正取引委員会委員長に就任しており異例の長さです。

(注:根来氏は、平成25年11月8日、81歳で亡くなっておられます。)

読売新聞の渡邉恒雄氏は、1999(平成11)年6月から2003(平成15)年6月までの4年間、日本新聞協会の会長に就任しています。つまり、根来氏と渡辺氏とは、平成11年6月から平成14年7月までの3年間、片や公正取引委員会委員長、片や日本新聞協会の会長として、共に、押し紙問題を解決する責任ある立場にいたことがわかります。

(注:根来氏は公正取引員委員会委員長を退任後は、日本プロ野球コミッショナーに就任しています。)

平成9年の北國新聞社に対する押し紙排除勧告から、平成11年の新聞特殊指定の全部改正に至るまでの間、公正取引委員会および日本新聞協会では押し紙問題に関する不可解な出来事が続いています。

第1は、北國新聞社に対する平成9年の押し紙排除勧告書に記載された「注文部数」の定義です。

勧告書には、「新聞販売業者が実際に販売している部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた部数が『注文部数』である」と説明されています。しかし、この「注文部数」の定義は昭和30年新聞特殊指定の実施要綱に定められていた「注文部数」の定義と同じです。前述したように、公正取引委員会は、昭和30年新聞特殊指定の実施要綱に定めた「注文部数」の定義は明確性にかけるとの意見を受けて、昭和39年新聞特殊指定の実施要綱では、「購読部数に月末予約紙と月初おどり紙、および地区販売協議会が定める上限2%の予備紙(昭和60年新聞公正取引協議委員会モデル細則)を加えた部数」であると明記しておりました。それにもかかわらず、勧告書の「注文部数」には「実際の購読部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた部数」という昭和30年新聞特殊指定の実施要綱に定められた定義が記載されております。つまり公正取引委員会の勧告書にあるまじき誤記載がなされていたのです。

公正取引委員会事務総局には独禁法の専門家が多数在籍しており、委員長は元東京高検検事長の法律問題のエキスパートであるにも関わらず、何故、このような注文部数の定義の記載間違いをしたのか理解できない不可思議な出来事です。

思うに、根来氏は北國新聞社に対する押し紙排除勧告に、昭和39年新聞特殊指定の実施要綱に定められた押し紙禁止規定の「注文部数」の定義を記載するのをどうしても避けねばならない事情があったと考えるしかありません。

当時、公正取引委員会は北國新聞社の押し紙違反事件の調査の過程で、他の新聞社も同様な方法で押し紙をしていることを掴んでいました。そのため、昭和39年の押し紙禁止規定の「注文部数」違反を勧告書で指摘すれば、他の新聞社も同じ勧告をせざるを得ません。そのため、北國新聞社に対する勧告書には、あえて昭和30年新聞特殊指定の実施要綱に定めた「注文部数」の定義を記載したと考えられます。

このように考えると、後述の平成11年新聞特殊指定の全面改正の目的と意図を明確に理解することが可能となります。

◆押し紙禁止規定を骨抜きにするための法改正

第2は、平成10年に地区新聞公正取引協議会が予備紙を上限2%と定めた細則が全国一斉に廃止された問題です。

前項に記載したとおり、昭和39年新聞特殊指定の実施要綱第3条2項には、「予備紙等の部数」について、「地区公正取引協議会が定める予備紙等」との定義が示されています。新聞公正取引協議委員会は昭和60年に「地区新聞公正取引協議会運営細則(モデル)」を策定し、第14条1項③で「予備紙」とは「新聞の購読部数の2%を限度として、販売業者が保有するもの」との定義を示し全国11の地区新聞公正取引協議会に対し細則に同様の定義を定めるよう指示しています。

しかし、この地区新聞公正取引協議会の細則等に定められた予備紙上限2%の自主規定は、平成10年に全国一斉に撤廃されたとのことです。この自主ルールの撤廃は、いつ、誰が提案し、どの機関で決定され、どのようにして全国11の地区協議会に伝達されたのか、詳細は全く不明です。

第3は、平成11年の新聞特殊指定の押し紙禁止規定の全面改正です。公正取引委員会は、平成11年6月19日、昭和39年新聞特殊指定の全部改正(案)についての公聴会の開催を官報に公告しました。

改正(案)の第3項は、「発行業者が、販売業者に対し、正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること。

一 販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む。)。
二 販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。」

との規定をもうけました。

従前の押し紙禁止規定より行数も文言も多くなっており、一見より厳しい内容に変更されたかのように見えますが、その実、この改正は押し紙禁止規定を骨抜きにするのが目的の改正であったことが疑われます。

改正案の最大の特徴は、従前の「注文部数を超えて」の文言を「注文した部数を超えて」に変更していることです。従前の「注文部数」は、昭和39年新聞特殊指定実施要綱と昭和60年のモデル細則に準拠した地区新聞公正取協議会の細則に、「購読部数に予約紙、おどり紙および上限2%の予備紙を足した部数」と定義されています。

しかし、改正案第3項で「注文した部数を超えて」との文言に変更された結果、文理解釈によれば、販売店が現に「注文した部数」を超える部数を新聞社が供給しなければ「押し紙」にはならないとの解釈が可能になりました。

(注:法文の文言通りに解釈する方法を「文理解釈」といいます。これに対し、文言通りに解釈するのでは立法の趣旨・目的が達成できない場合、その趣旨・目的に沿った解釈をする方法を「論理解釈」といいます。)

平成11年新聞特殊指定の制定以降、新聞社は文理解釈に基づき、「わが社は販売店が注文した部数を一部たりともオーバーする部数は供給していない。よって、わが社には1部たりとも押し紙は存在しない。」と主張するようになりました。裁判所も「注文した部数を超えて」の文言について、文字通り「販売店が新聞社に『注文した部数』を超えて」と解釈せざるを得ないという見解を示すようになりました。

改正当時の公正取引委員会事務総局経済取引局取引部取引企画課に、山木康孝という方がおられました。山木氏は、公聴会において公正取引委員会事務総局を代表して改正案の説明をしており、国会に政府委員とし出席されるなど、独禁法新聞特殊指定の法解釈の第一人者です。山木氏は、押し紙禁止規定の改正の目的について、北國新聞社の押し紙事件に見られた、「新聞社が販売店の注文部数自体を増やすようにさせた上で、その指示した部数を注文させる行為」も明確に禁止の対象であることがわかるようにするためであると説明しておられます。

しかし、「注文部数」を「注文した部数」と何故文言の変更を行ったのかについては何の説明も解説もしておられません。きわめて不思議なことです。

当時、公正取委員会は新聞の再販制度を無くすために、新聞特殊指定自体を取り消す方向を考えていたようです。これからは私の推測になりますが、再販制度を無くせば販売価格の自由競争が始まり、そうなれば販売店は無駄な新聞の仕入が出来なくなるのではないか、新聞社は押し紙ができなくなるのでないかと考えたのではないかと思います。

しかし、新聞社は政治力を使って再販制度の廃止には猛烈に反対しました。再販制度を無くせば同じ系列の新聞販売店同士の価格競争が始まり、販売区域ごとの1社1販売店の専売制度が崩壊し、人里離れた山間僻地や離島などの新聞配達が出来なくなるというのが表向きの理由です。しかし、郵便による販売制度もありますので、本当の反対の理由は押し紙が出来なくなるからではないかと推測しています。

押し紙が可能なのは専売店制度があるからで、専売店がなくなり全部の販売店が合売店になれば、新聞社は押し紙が出来なくなります。合売店は特定の新聞の拡張に走る必要はなく、どの新聞を購読するかは住人の選択に任せることが出来ます。その結果、配達されない余分な新聞を仕入れる必要もありません。新聞社は購読部数をごまかすことが出来なくなり、独禁法が理想とする新聞販売の自由かつ公正な競争が確保できるようになります。

結果的には、新聞社側の猛烈な反対により、学校教育教材用の新聞の割引を認めただけで、再販制度の廃止には至りませんでした。

◆数々の疑問

以上のことから、平成11年の新聞特殊指定の改正は、昭和39年新聞特殊指定の全面改正を謳いながら、実際は押し紙禁止規定の骨抜きに成功したように思えます。3項1号本文の「注文した部数」への文言変更は、先に説明したとおりです。

1号本文弧書の「販売店の減紙申出を拒否する行為(減紙拒否行為)」について、新聞社は押し紙裁判になると、いつ、どこで、誰に対し、いかなる方法で、何部の部数の減紙を申し出たかを明らかにするように求めてきます。通常、販売店は担当員が訪店したときに、新聞が余って経営を圧迫している状況を説明し、送り部数を減らしてくれるよう頼むに留まります。下手に強く主張すると強制改廃もあり得るからです。担当は社に持ち帰って上司と相談してみますとか、補助金をつけるようにしますとかいって、結局、減紙の申出をあいまいにしたまま放置することが多いようです。裁判所も、そのようなやりとりがあったとしても、その程度では「減紙の申出がなされた」とは評価してくれません。販売店が新聞仕入れ代金を全額支払っておれば減紙の申出は撤回したものとみなすといった判断まで示すようになっています。

販売店が弁護士に依頼して、複数回にわたり弁護士名の内容証明郵便で減紙の申出をしたケースでさえ、裁判所は仕入れ代金が全額払われていることを理由に減紙申出拒否は認めませんでした。

(注:これは裁判所の問題に関係してきますので、次の機会にふれることにします。)

次に、3項2号本文の「注文部数指示行為」ですが、北國新聞事件以来、新聞社が販売店に注文部数を指示する場合、証拠が残らないように電話など口頭で指示するようにしています。

昭和30年の新聞特殊指定にしろ、昭和39年の新聞特殊指定にしろ、それらの特殊指定を円滑に実施するための定義等を明らかにする目的で実施要綱が定められています。しかし、平成11年の新聞特殊指定に限っては、1号本文の「注文した部数」の定義、あるいは1号本文括弧書の「減紙の申し出」の定義、2号の「注文部数の指示」の定義等を明らかにする実施要綱は知る限り定められていません。

私共は、あらたな実施要綱が制定されていないことこそが、改正後の「注文した部数」と改正前の「注文部数」とが同じ意味であることの証明であると主張しています。

昭和39年新聞特殊指定の実施要綱と昭和60年の新聞公正取引協議委員会のモデル細則によって、従前は「注文部数」の定義が具体的かつ客観的に定められていました。それなのに、何故、平成11年新聞特殊指定で押し紙禁止規定の改正が必要だったのか理解できません。黒薮さんも、平成10年に予備紙上限2%の自主ルールが何故撤廃されたのか、従前の「注文部数」が「注文した部数」に変更されたのは何故かといった数々の疑問を呈しておられます。

「注文部数」を「注文した部数」と変更することで、新聞者は販売店が「注文した部数」であるとの体裁さえ整えておけば、仮に購読部数2000部の販売店が、外観上、新聞社に対し3000部あるいは4000部を注文しても、その部数を超えて新聞を供給しなければ押し紙にはならないということになります。そのような解釈が、本来、押し紙禁止規定の趣旨・目的に反する間違った解釈であることは明らかです。

北國新聞社は朝刊については平成4年5月頃から、夕刊については平成7年1月ころから規範的意義を有する「注文部数」(注:購読部数に2%の予備紙を加えた部数)を著しく上回る部数を販売店の目標部数に設定し、その部数を注文させて供給する方法で押し紙を行っていました。思うに、公正取引委員会は、北國新聞社に押し紙の排除勧告が出す際、平成39年告示の押し紙禁止規定の定義に基づく判断をくだせば、同じ問題を抱えている他の新聞社(注:特に中央紙)も調査のうえ勧告処分に付さざるを得なくなります。従前の押し紙禁止規程を改正して骨抜きにする以外、他の新聞社のかかえる押し紙問題を不問に付することは出来ないと考えたに違いありません。

平成9年の北國新聞社に対する勧告から、平成11年の押し紙禁止規定の全面改正に至るまで、公正取引委員会は理解しがたい不思議な行動を次々にとりました。

◆公正取引委員会の理解しがたい不思議な行動

繰り返しになりますが、平成9年の北國新聞社に対する押し紙排除勧告に記載された「注文部数」の定義の問題ですが、昭和39年新聞特殊指定の実施要綱に定められてた「注文部数」の定義ではなく、昭和30年新聞特殊指定の実施要綱に定められた「注文部数」の定義を記載しています。

平成10年には、地区公正取引協議会の予備紙上限2%の自主ルールの撤廃も認めます。公正取引委員会は全国の新聞社と販売店の押し紙を独自に調査・立件するだけの人的・予算的裏付けを持ちませんので、新聞業界を押し紙問題の自主的解決から解放する結果にしかなりませんでした。

平成11年には、押し紙禁止規定の全部改正がなされ、それまでの「注文部数」が「注文した部数」に変更されたため、新聞社は購読部数2000部の販売店に3000部あるいは4000部を供給しても押し紙の責任を問われないようになりました。

その当時の公正取引委員長は根来泰周氏であり、日本新聞協会の会長は渡邉恒雄氏です。公正取引委員長の任命権者は総理大臣であり、渡邉恒雄氏が中曽根内閣以降、時の総理大臣と極めて親密な関係をつづけてきたことは本人が認めておられるとおりです。

根来氏は公正取引委員長を退任後は、日本プロ野球機構のコミッショナーを4年間にわたり勤めておられます。渡邉恒雄氏が「球界のドン」と呼ばれていたことも周知の事実です。

(注:私はこの二人が昭和39年新聞特殊指定の押し紙禁止規定を骨抜きにするために平成11年新聞特殊指定の押し紙禁止規定の改正を行ったのではないかとみています。公正取引委員会は新聞特殊指定の円滑な実施のためにそれまで、昭和30年新聞特殊指定実施要綱や昭和39年新聞特殊指定実施要綱を定めています。しかし、知る限り、何故か平成11年新聞特殊指定実施要綱は定められていません。そのことが、この二人が新聞社の押し紙禁止規定を骨抜きにすることを画策した何よりの証拠ではないかと考えています。)

平成11年以降、公正取引委員会が自ら積極的に新聞社の押し紙問題を調査したとの話は聞いたことがありません。2016(平成28)年2月の杉本和幸公正取引委員長の日本記者クラブでの記者会見の席上、朝日新聞の記者が自社の押し紙問題を例にあげて公正取引委員会の姿勢をただした時も、公正取引委員長は新聞社に対し注意するだけにとどまりました。

このように、公正取引委員会に押し紙問題の解決を期待することが出来なくなってきている以上、最後に頼るのは裁判所だけということになります。

私どもは現在、西日本新聞社と毎日新聞社を相手方として3件の押し紙裁判を抱えています。最近、販売店の敗訴判決が続いていますが、裁判所が押し紙問題の解決のために、今後、前向きに動き出す姿勢を見せてくれるかどうか今しばらく様子を見守っていこうと思っています。

皆様方には引き続き、私どもの押し紙裁判に対するご支援とご協力をお願いする次第です。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年4月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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トランプ政権がUSAIA傘下の全米民主主義基金(NED)への資金提供を再開

黒薮哲哉

トランプ政権が凍結したはずのUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)向けの資金提供の一部が、3月から再開されていたことが分かった。資金提供の再開措置を受けたのは、USAID傘下の全米民主主義基金(NED)である。

メディア黒書でも報じてきたようにNEDは、俗にいう「自由主義陣営」の勢力を拡張することを目的とした組織である。第2のCIAとか、「白いCIA」とも言われている。海外のメディアや市民運動を資金面と技術面で支援することで、米国よりの世論誘導を形成してきた。設立者は、ドナルド・レーガン。

たとえば香港の「雨傘運動」のスポンサーはNEDだった。ニカラグアやベネズエラの政情を混乱させ、クーデターを誘発させたのもNEDである。トランプ政権は、USAIDの廃止を表明したのち、日本の一部のメディアや「ジャーナリスト」に対しても、NEDを通じて資金提供を行っていたと述べた。

トランプ政権下でのNEDの扱いについて、メディア黒書は、3月12日付けの記事で、「存続されるのではないかとする見方もある。筆者も存続の可能性が高いとみている」と論評していたが、資金提供が再開されたのは3月10日であるから、メディア黒書の記事を公表した3月12日には、 既に資金提供の再開が決定されていたことになる。

以下、NEDのウエブサイトに掲載された3月10日付け記事の翻訳である。AI翻訳に多少の手直しを加えた。

※出典 https://www.ned.org/ned-welcomes-state-departments-initial-steps-towards-restoring-funding/

ワシントンD.C.、2025年3月10日-本日、全米民主主義基金(NED)は、1月下旬から利用不能になっていた議会が承認した資金へのアクセスを回復しました。NEDは、国務省が制限を解除し、NEDの議会承認資金および外国援助交付金の回復を開始した措置を歓迎します。これは、NEDが世界中の自由の推進という使命を継続できるよう確保するための重要な一歩です。

「ルビオ国務長官のリーダーシップの下でこの措置を講じた国務省を称賛します」と、NED理事会会長のピーター・ロスカム下院議員(元議員)は述べました。「これは、キューバ、ベネズエラ、イラン、中国、ロシアを含む抑圧的な体制下で民主主義の第一線を守る活動家を支援する能力を完全に回復するための重要なステップです」

この動きは、1億6700万ドルの拠出金および議会がすでに承認した7200万ドルの追加拠出金を含む、議会が承認した資金の不正な使用拒否を受けて、NEDが3月5日に提起した訴訟に続くものです。

「国務省の措置を深く感謝しています」と、NED社長兼最高経営責任者(CEO)のデイモン・ウィルソン氏は述べています。「NEDが世界中で民主主義と自由を推進することで米国を支援できることを保証する、永続的な解決の実現に向けて引き続き努力していきます。より自由でより繁栄した世界は、アメリカの安全を強化し、経済成長を促進し、アメリカのグローバルなリーダーシップを強化するものです。(以下、略)

トランプ政権は、次々と斬新な改革を進めているような印象があるが、「自由主義陣営」の維持という米国の根本的な方向性は何も変わっていない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年5月14日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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中国レポート① 好調な経済、破綻はあり得ない、現実の世界と西側メディアが描く空想の世界の乖離

黒薮哲哉

階段を這うように登る4つ足のロボット。荒漠たる大地を矢のように進む時速450キロの新幹線。AI産業に彗星のように現れたDeepSeek-R1。宇宙ステーションから月面基地への構想。学術論文や特許の件数では、すでに米国を超えて世界の頂点に立った。中国の台頭は著しい。2024年度の貿易黒字は、9921億ドル(約155兆円)を記録した。貿易には相手国があるので、数字を偽装することはできない。

◆豊饒な食

筆者は、2024年9月から、2025年1月までの5カ月のあいだ中国の遼寧省に滞在して、この国の日常を凝視した。

この町に住んで最初に筆者が感じたのは、豊饒な食である。日常の中で食生活にまつわる場面が展開している。団地のマンションは、ベランダを台所に割り当てたものが多く、冬には湯気で白く曇ったガラスの向うで動いている人々の姿が浮かび上がる。

市場では、大胆に食材が捌かれる。鮮魚売り場では、エプロンをした店員が、プラスチック製の塵取りで、エビや貝を掬い取って袋に詰める。日本のように少量のパック詰めにはしない。精肉店では店員がナタのような包丁を振り上げて、あばら骨が付いた豚肉を砕き、それをビニール袋に詰めて客に手渡す。大量に購入して、冷凍庫で保存したり、親戚に分けしたりする。少量では販売しない店もある。果実店売場では、店員が手の平をがんじきのようにして、大きなビニール袋にミカンを掻き入れる。食品を販売するスケールが、日本に比べてはるかに大きい。

市場近辺の路地には、露天商らが店を設置している。屋台を構えた店だけではなく、歩道に段ボールや板を敷いて、その上に果実などを並べている所もある。街路樹と街路樹の間にロープを張って、そこに衣類をかけて露店販売をしている店もある。

露天商といえば日本では貧しいイメージがあるが、中国では一概にそうとも言えない。「農家ですから、われわれよりも金持ちですよ」と言う人もいる。露店で販売されている果実は、マーケットで販売されているものよりも品質が高い傾向がある。実際、味覚にほとんど外れがない。露店商が成り立つゆえんである。

インターネットを駆使した販売は露店でも定着している。電子マネーの決済はいうまでもなく、メールマガジンで客に、商品情報を送る店もある。外見は質素に見えても、路地裏にまで近代化の波が押し寄せている。もはやひと昔まえの中国ではない。

ちなみに現金も流通している。電磁マネーしか使えないという情報は正確ではない。

◆北京・観光客の波

入国からおよそひと月が過ぎた2024年10月、筆者は旅行会社のツアーで北京市を観光した。

万里の長城は北京市の中心から、登り口までがおよそ140キロに位置している。徒歩で山道を登るコースと、ロープウェイで頂上へ向かうコースがある。わたしはロープウェイを選んだ。ジェットコースターに類した乗り物が敷設されていて、係員が客を一人ずつ1ユニットに乗車させ、安全具の装着を確認する。スキー場のリフトのように回転が速いので、大量の客を効率よく送り出す。

ロープウェイが急斜面のトンネルの中を這うように登っていくと、やがて青空の下に緑の山腹が姿を現す。さらに登ると頂上の駅に到着する。

幾つにも重なる山々の稜線に沿って、城壁が遠方まで波のように続いている。その城壁上の路が空に向かって急こう配で伸びている。蟻の群れのように路上で動いている赤や青の点は、観光客のジャケットである。

しかし、観光客の波という点でいえば、北京市の中心にある故宮博物館(紫禁城)は、万里の長城とは比較にならない混雑ぶりだった。平日だというのに、初詣を迎えた日本の寺院のように、人であふれていた。正直なところ古代へのロマンに浸りながら、建造物を鑑賞する雰囲気ではなかった。

旅行案内書によると、故宮は東京ドーム8個分の広さである。その領域が人で込み合っている。ガイドに先導されて、故宮の出口にたどり着くまで、3時間ほどを要した。大通りの歩道にも人が溢れていた。観光産業の繁栄は、好調な経済の反映にほからない。

◆共働きの平均収入が400万円の遼寧省

ジェトロ(日本貿易振興機構)のデータによると、遼寧省の在職労働者平均月間給与は、7909元(16万6000円、2022年度)である。年収にするとおよそ200万円。夫婦が共働きしていれば、家計収入が400万円程度になる。為替レートで換算した日本の収入水準に比べると低いが、それをもって消費生活が日本よりも低迷しているということではない。

次に示すのは、買い物レシートから抜粋した物価である。()内は、円に換算した物価である。購入場所は、鞍山市のマーケットである。

500ミリリットルのペットボトル:1元(21円)
大サイズのリンゴ2.1キログラム(5個):23.5元(493円)
小粒のミカン1.9キログラム:15元(315円)
キャベツ1個(2.9元)(61円)

食品以外の物価も記録しておこう。滞在中にパソコンのマウスが故障して、家電専門店でマウスを購入した。ワイヤーが付いたタイプで、価格は16元(336円)だった。Cadeveというメーカーのもので、性能は日本で購入するものと変わらなかった。

遼寧省大連市で、地下鉄に乗った。乗車賃は一律2元(42円)。70歳から無料になる。地下鉄の運賃も、日本とは比較にならないほど安い。

ただ、スマートフォンやブランド品などはかなり高価な価格設定で、日本と変わらない。総括すると、中国では最低限の生活は保障されていると言える。実際、「子ども食堂」や「年末の炊き出し」といった日本ではホットな話題は聞いたことがない。スラム街も見あたらない。平日の午後に大きな公園へいくと、高齢者がダンスやカラオケを楽しむ光景に遭遇する。定年後もあくせくと働かなければならない状況ではないようだ。

生活の質は実際に現地で生活してみなくては見きわめが着かない。GDPや平均年収の世界ランキングと一致しているわけでもない。それは国の政策によって大きく左右される。中国にも格差は存在するが、それは社会主義の段階ではまだ想定内のことであって、後進国であるかのような捉えかたは、実態とかけ離れている。

◆「先進国」に特徴的な輸出傾向

わたしが中国に滞在した5カ月に焦点を当ててみても、経済に関わる大きな出来事がいくつかあった。たとえば昨年の11月に、中国の支援でペルー政府が、首都リマの郊外に最新鋭の設備を備えた港を開港した。この港がラテンアメリカとアジアを結ぶ海の玄関となる。

さらにペルーからアンデス山脈を縦断してブラジルの大西洋へ通じる鉄道の敷設計画も明らかになった。ペルーから中国製品が南アメリカ全土へ行き渡り、南アメリカからおもに農作物や鉱物が中国へ入ってくる。中米ニカラグアの太平洋岸から、内陸の湖を経由してカリブ海へ通じる運河の建設計画もある。中国とラテンアメリカは年々距離を知締めている。

今後、中国から電気自動車など、最新のテクノロジーを取り入れた重工業製品が輸出されていく可能性が高い。それは「先進国」に特徴的な輸出の傾向である。

◆経済破綻などまずありえない

日本のマスコミの大半は、中国経済が明日にでも崩壊するかのような報道を繰り返してきた。その予想の拠り所となってきたのが、不動産不況である。しかし、中国では、日本のバブル崩壊のような現象は起きなかった。

その要因として、中国研究の専門家・遠藤誉氏は、「六大国有銀行の自己資金率が非常に高く保たれている」ことを上げている。

また、「2022年末で、国有銀行が不動産事業に融資している貸出割合は6%に過ぎない」ことも別の要因である。(出典:「中国がGDP成長率発表 数値に疑問を呈した中国のエコノミストの正当性は?」)。究極のところ、中国経済を日本と同じ資本主義の国だという誤った前提で捉えていたということである。

しかし、中国はすでにITやグリーンエネルギーなど新しい産業分野の創出に成功している。しかも、今後、輸出がますます拡大していく。日本の経済誌が繰り返してきた経済破綻などは、まずありえない。

◆西側が描く空想世界と乖離する中国の現実世界

5カ月の滞在日で、中国で最も印象に残っているのは北京市の夜である。渋滞した車列の傍らを、赤い尾灯を光らせたバイクと自転車が早瀬のように流れていく。頭上にはネオン。自転車に人民服を着た人がまたがって街を移動していた時代の面影はない。中国の変化は著しい。現実の世界と西側が描く空想の世界の乖離はますます広がっている。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年3月5日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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《書評》喜田村洋一『報道しないメディア』著者の思想の整合性に疑問 黒薮哲哉

『報道しないメディア』(喜田村洋一著、岩波書店)は、英国BBCが点火したジャニー喜多川による性加害問題の背景を探った論考である。著者の喜田村氏は、弁護士で自由人権協会の代表理事の座にある。メディア問題への洞察が深く、出版関係者や大学の研究者からありがたがられる存在だ。

その喜田村弁護士が著した本書は、ジャニーズ問題がほとんど報じられなかった背景に、報道すれば返り血を浴びる構図があったと結論づけている。喜田村氏は、ジャニーズ問題を報じてきたマスコミが『週刊文春』と『週刊現代』の2媒体だけであった事実を指摘した上で、次のように述べている。

ジャニー喜多川氏の性加害だけでなく、マスメディアにジャニーズ事務所の気に入らない記事が掲載されたりすれば、ジャニーズ事務所は、当該メディアを出入り差し止めにしたり、そのメディアの発行会社の雑誌全部にジャニーズ事務所の所属タレントを出演させなかったり、さらにはそのメディアの上層部に直接不満を言いつけるということをやっていた。

報道に踏み切ることで、不利益を被る構図が存在したという説である。改めて言うまでもなく、そのような構図を構築したのは、報道対象であるジャニーズ事務所の側である。

◆「押し紙」問題の性質とも重なるジャニー喜多川の事件の性質

ワイセツ行為がらみの事件の裏付けを取る作業はそう簡単ではない。ジャニー喜多川から提訴された『週刊文春』の代理人を務めた喜田村弁護士は、法廷でそれを立証するための着目点として、被害の「訴えが10年以上も続けられている」点を上げている。「そんな告発が続けられるのは何か理由があるはずだ。私は、ジャニー喜多川に対する反対尋問で、この点を衝くことを決めた」という。

告発の数量と連続性という観点から言えば、ジャニー喜多川の事件の性質は、やはりほとんど報道されない「押し紙」問題の性質とも重なる。後者は、1960年代から内部告発が始まり、半世紀以上も告発が続いている。現在も、毎日新聞社に対する「押し紙」裁判が大阪地裁で進行している。時代をさかのぼり、今世紀に入るころには、福岡地裁・高裁で読売新聞社に対する「押し紙」裁判が多発した。

後述するように『週刊新潮』も法廷に立たされた。これら一連の裁判における新聞人の主張は、「押し紙」は歴史的に見ても、一部たりとも存在しないというものである。とりわけ読売のK弁護士は、この点を宮本友丘専務(当時)に尋問の場でも証言させた事実もある。一貫して、「押し紙」行為の存在と連続性を否定してきたのである。

◆なぜ「押し紙」問題が、ほとんど報道されないのか? 

筆者(黒薮)にとって、『報道しないメディア』は、「押し紙」問題や関係者の倫理観を考える上で参考になる。

なぜ、新聞業界の内部で公然の事実となってきた「押し紙」問題が、ほとんど報道されないのか? 答えは、本書で喜田村弁護士がジャニーズ問題を例に指摘した構図にある。「押し紙」行為を検証すれば、その連続性が明確であるにも関わらず、それを報じれば、マスコミが大変な不利益を被るリスクがあるからだ。その構図を構築したのも、ジャニー喜多川のケースと同様に報道対象にされる側である。つまり新聞社にほかならない。

具体的な不利益の中味については、たとえば自社の出版物の書評が新聞紙面から締め出されるリスクである。日本の新聞社が大量の「押し紙」を隠しているとはいえ、それにもかかわらず相対的に見れば部数は多く、書評の宣伝効果は高い。

新聞研究者やジャーナリストが「押し紙」にタッチしない点について言えば、新聞社問題の核心にふれると新聞紙上で自分の意見を表明する場を失うリスクが高くなるからだ。

しかし、誰もが最も恐れているのは、恐らく「押し紙」報道に対する高額訴訟である。読売による提訴件数は推論ではなく、具体的な事実が裁判記録として残っている。その記録は、今後も消えることはない。

◆福岡県の元販売店主が起こした地位保全裁判

意外に知られていないが、実はマスコミが「押し紙」を大々的に報道した時期が一度だけある。それは2008年ごろである。

その発端は、福岡県の元販売店主が起こした地位保全裁判で、福岡高裁が、読売の「押し紙」行為を認定したことである。これが2007年12月で、その後、「押し紙」報道が本格化するのである。

司法が新聞社の「押し紙」行為を認定したのは初めてだった。本題からはそれるが、参考までに判決文から、「押し紙」を認定した箇所を紹介しておこう。

販売部数にこだわるのは一審被告(黒薮注:読売のこと)も例外ではなく、一審被告は極端に減紙を嫌う。一審被告は、発行部数の増加を図るために、新聞販売店に対して、増紙が実現するよう営業活動に励むことを強く求め、その一環として毎年増紙目標を定め、その達成を新聞販売店に求めている。このため、『目標達成は全YCの責務である。』『増やした者にのみ栄冠があり、減紙をした者は理由の如何を問わず敗残兵である、増紙こそ正義である。』などと記した文章(甲64)を配布し、定期的に販売会議を開いて、増紙のための努力を求めている。

米満部長ら一審被告関係者は、一審被告の新聞販売店で構成する読売会において、『読売新聞販売店には増紙という言葉はあっても、減紙という言葉はない。』とも述べている。

[参照資料]福岡高裁判決の全文 

この福岡高裁判決の後、マスコミは「押し紙」問題を取り上げ始めた。『週刊ダイヤモンド』や『SAPIO』などが、新聞社特集を組み、その中で「押し紙」問題に言及するようになった。他のメディアも追随した。

しかし、同時に、読売による裁判攻勢が始まったのである。読売が裁判を連発して、言論機関が言論に対する審判を裁判所に委ねる異常な事態になったのだ。読売は、まず、最初に筆者に対して、2件の裁判を起こしてきた。メディア黒書に対する攻撃である。さらに『週刊新潮』が「押し紙」問題を連載すると、筆者と新潮社に対して約5500万円を請求する名誉毀損裁判を仕掛けてきた。この時点で、筆者に対する請求額は総額で約8000万円に膨れ上がった。3件の裁判の被告になった。

裁判を起こしていた元店主が、読売から「反訴」される事態も起きた。反訴で敗訴した元店主が、読売のK弁護士らによる法手続きにより、自宅を差し押さえられたこともある。提訴による委縮効果は計り知れない。

こうした状況の下で、極めて少数の例外を除いて、マスコミによる「押し紙」報道は沈黙したのである。喜田村弁護士が解析したジャニーズ問題の報道と同じ構図が、「押し紙」問題の報道でも表れたのである。

◆「押し紙」報道を抑制してきたK弁護士とは誰だったのか?

幸いにジャニーズ問題の方はBBCの報道により、一応の解決を見た。しかし、「押し紙」問題は、解決の目途が立っていない。筆者の試算では、35年で少なくとも32兆6200万円の不正な資金が新聞社に流れ込んでいる。全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、統一教会の霊感商法による被害額が35年間で1237億円であるから、比較にならない状況が生まれているのである。

ところで読者は、読売から委託を受けて、「押し紙」報道を抑制してきたK弁護士の実名をご存じだろうか?それは、『報道しないメディア』を著した喜田村洋一弁護士なのである。喜田村弁護士は、一方ではジャニーズ事務所を批判し、もう一方では読売新聞社を擁護する。著者の思想の方向性が、筆者には分からない。

【参考記事】喜田村洋一弁護士に関するメディア黒書の全記録

【参考記事】読売の滝鼻広報部長からの抗議文に対する反論、真村訴訟の福岡高裁判決が「押し紙」を認定したと判例解釈した理由

【参考記事】国策としての「押し紙」問題の放置と黙認、毎日新聞の内部資料「発証数の推移」から不正な販売収入を試算、年間で259億円に

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年3月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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多言語国家としての中国を理解していないTBS「報道特集」の暴論  黒薮哲哉

◆中国語と北京語を混同するTBS

極右からリベラル左派まで、音律が狂ったカラオケのように中国についての見方が歪んでいる。これらの層(セクト)を形成する人々は、声高々に「反中」を合唱している。背景には、新聞・テレビによる中国報道を過信して、現地に足を運んで事実を確認したり、自力で海外の多様な情報を収集しない姿勢があるようだ。一種の情報弱者にほかならない。

2025年2月8日、TBSは、報道特集で「中国による『同化政策』……言葉をめぐって揺れる『2つのモンゴル』」と題する番組を放送した。中国のモンゴル自治区で、中国共産党がモンゴル語よりも中国語を重視する教育を進めていることを捉えて、漢族への「同化政策」だと批判する内容だった。

この番組の問題点はいくつかあるが、最も根源的な間違いを指摘しておこう。それはTBSが中国語と北京語を混同し、それを前提として自論を展開している点である。議論の前提に重大な誤解があるわけだから、番組の最初から最後まで論理の歯車がかみ合っていない。最初にストーリーを組み立て、それに整合する事実だけを我田引水にこじつけたような印象がある。

◆多言語国家・中国の公用語

周知のように中国では中国語が主要な言語である。しかし、ひとくちに中国語と言っても、下記のイラスト地図が示すように、方言を含むさまざまな言語体系に分化している。発音も異なる。これらの言語の総称を中国語と呼ぶのである。

そこで必要不可欠になるのが、共通言語であり、公用語である北京語である。多言語国家といえば、日本ではインドがその代表格のように言われているが、中国も典型的な多言語国家のひとつなのである。インドでは英語が公用語に、中国語では北京語が公用語になっている。これらの国では、公用語が普及していなければ、国民相互のコミュニケーションが成立しない。

2024年10月、筆者は北京を訪れた。その際、現地の旅行会社が運営する観光ツアーに参加した。観光バスには、中国全土から北京にやってきた人々が乗車して、筆者がまったく聞いたことのない中国語が飛び交っていた。友人の中国人にこれらの多言語が理解できるかどうかを確認してもらったところ、まったく理解できないという答えが返ってきた。しかし、円卓を囲んだ昼食の席では、互いが北京語でコミュニケーションしていた。その光景に接して、わたしは多言語国家における公用語の役割を理解したのである。

このエピソードは、中国ではいかに北京語が重要な役割を果たしているかを示唆している。北京語が話せなければ、政治参加も社会参加できない。特定の言語空間の中に閉じ込めれてしまう。日本でいう「井の中の蛙」のなってしまうのである。

◆「北京語」の充実は「中国語による同化政策」か?

こうした国の事情を考慮して、中国では小学校の低学年から、北京語のピンインや声調の習得が義務付けられているのである。中国語が多種に及ぶから、このようような教育方針が敷かれているのだ。

余談になるが、言語の普及を重視する政策は、中国以外の社会主義を目指す国々でも常識になってきた。たとえば1959年のキューバ革命の後、大規模な文盲撲滅キャンペーンが始まった。無知から脱皮して、国政への参加を促すのが目的だった。

1979年のニカラグア革命の後も、文盲撲滅キャンペーンが展開された。読み書きを習得しなければ、革命が成就しても、政治参加ができないからだ。言語の習得は、参政権を行使するために不可欠な革命のプロセスなのだ。

TBSは、「中国語による同化政策」などと難癖をつけているが、中国政府が意図しているのは、「北京語」の充実である。公用語教育はむしろ必要不可欠なプロセスなのである。

モンゴル自治区の若者だけが、「北京語」の能力に劣るとすれば、知識の習得も遅れ、平等に高等教育を受ける機会も奪われてしまいかねない。

TBSは、このあたりの事情をまったく取材していない。現地へ特派員を送り込んでいながら、中国が多言語国家であることも十分に認識していないようだ。日本人の感覚で、自分勝手な暴論を吐いているのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年2月21日)掲載の同名記事
を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

西日本新聞押し紙訴訟 控訴理由書提出のお知らせ 江上武幸(弁護士)

去る2月17日、長崎県にある西日本新聞・販売店の押し紙訴訟の控訴理由書を福岡高裁に提出しましたので、ご報告致します。

*西日本新聞長崎県販売店の押し紙訴訟については、「西日本新聞押し紙裁判控訴のお知らせ」(2025年〈令和7年〉1月18日付)「西日本新聞福岡地裁押し紙敗訴判決のお知らせ」(2024年〈令和6年〉12月26日付)「西日本新聞押し紙訴訟判決とオスプレイ搭乗記事の掲載について」(同年12月22日付)「西日本新聞押し紙訴訟判決期日決定のご報告」(同年10月15日)を投稿しておりますので、ご一読いただければ幸いです。

また、1999年(平成11年)新聞特殊指定の改定の背景に、当時の日本新聞協会長で讀賣新聞の渡邉恒雄氏と公正取引委員会委員長の根來泰周氏の存在があったことを指摘した黒薮さんの記事、「1999年(平成11年)の新聞特殊指定の改定、押し紙容認への道を開く『策略』」(2024年(令和6年)12月31日付)も是非ご覧ください。

西日本新聞社の押し紙裁判は、現在、2つの裁判が継続しています。長崎県の元販売店経営者を原告とする裁判と、佐賀県の元販売店経営者を原告とする裁判です。

2つの裁判は、ほぼ同時期に提訴しましたので併合審理の申立を行うことも検討しましたが、認められる可能性は薄いと考えたのと、同じ裁判体で審理した場合、勝訴か敗訴判決のいずれか一方しかありませんので、敗訴の危険を分散するために別々の裁判体で審理をすすめることにしました。

これまでも指摘しましたが、今回の敗訴判決を言い渡した裁判官は、2023年(令和5年)4月1日に、東京高裁・東京地裁・札幌地裁から福岡地裁に転勤してきた裁判官です。しかも、裁判長は元司法研修所教官、右陪席は元最高裁の局付裁判官であることから、敗訴判決は想定の範囲内であり、あまり違和感はなかったのですが、原告勝訴の条件がそろっている本件について、三人の裁判官達が如何なる論理構成によって原告敗訴の判決を書いたのかについて、控訴理由書でその問題点を指摘すると共に、新聞特殊指定の押し紙に該当しない場合、独禁法2条9項5号ハの法定優越的地位濫用の有無の判断を求める新たは主張を追加しました。

高裁が、どのような判断を示すかについて、引き続き関心を寄せていただくようお願いします。

(1)注文方法について

西日本新聞社は、販売店の注文は電話で受け付けており、注文表記載の部数は単なる参考にすぎないと主張しています。電話は物的証拠が残らないので、注文表記載の注文部数は参考に過ぎないとの主張が可能となります。注文表記載の注文部数と実際の送り部数に違いがあっても、電話による注文が正式な注文であると主張しておけば、その矛盾を取り繕うことが出来ます。

西日本新聞の主張が欺瞞に満ちたものであることを証明するために、原告は佐賀県販売店主が録音した担当との電話の会話を反訳文を添付して証拠に提出し、原告ら販売店が電話で部数注文はしていない事実を立証しました。

ところが、西日本新聞社は、録音データーの最後の方で担当の言葉が聞きとれない箇所があり、そこで佐賀県販売店経営者が「はい」と答えているのをとらえて、その所で電話による注文がなされているという主張をしました。判決は採証法則に反し西日本新聞社の主張を認める不当な判断を示しました。

佐賀県販売店経営者が録音した会話は20回ありますので、私どもはその会話のすべてについて最後の30秒を一枚のCDに再録し高裁に提出しました。再録時間は全体で10分間ほどですので、高裁裁判官がCDを聴取すれば、電話での注文はしていないことを確認できると考えています。

(2)販売店の自由増減の権利について

西日本新聞社は、販売店に注文部数を自由に決定する権利(「自由増減の権利」)は認めていません。押し紙を抱えている新聞社は、西日本新聞社に限らず何処の新聞社も同じです。

この件についても、佐賀県販売店主は担当との面談で話題に取り上げ会話を録音しています。担当はその会話のなかで、販売店に注文部数自由増減の権利はないとの趣旨の発言をしています。

ところが、ここでも判決は、自由増減の権利を完全に否定したものではないとの西日本新聞社を救済する不当な判断を示しています。

(3)4・10増減について

西日本新聞の4・10増減の問題については、黒薮さんの2021年(令和3年)7月28日付の次の記事をご参照ください。

【参考記事】元店主が西日本新聞社を「押し紙」で提訴、3050万円の損害賠償、はじめて「4・10増減」問題が法廷へ、訴状を全面公開

西日本新聞社は郡部の販売店の折込広告主に対する販売店部数は4月と10月の部数を公表するようにしています。そのため、4月と10月の2ヶ月分の公表部数を他の月より増やしておけば、折込広告主は他の月もその部数を基準に折込広告枚数を決めることになります。西日本新聞社は、販売店の押し紙仕入代金の赤字を折込広告収入で補填するために、この仕組みを利用しています。原告販売店の場合、4月と10月の2ヶ月については、他の月より200部多い部数が供給されています。

これは、西日本新聞社主導による折込広告料の明らかな詐欺ですので、西日本新聞社はその事実が外部に知られないようするため、4月と10月の200部多い部数の供給も原告の注文によるものであるとの主張を行う必要があります。

原告の4月と10月の200部多い公表部数について、原告が折込広告収入を得るために西日本新聞社に他の月より多い部数を注文したものであるとの判断を示し、西日本新聞社の詐欺の責任を不問にしました。

判決は、30年前の平成7年に公正取引委員会事務局が刊行した「一般日刊新聞紙の流通実態等に関する調査報告書」に、「仮に、1部増紙するために新聞販売手数料を上回る経費を支出しても、折込広告収入だけで、増紙した部数あたりの利益は確保できるし、扱い部数がおおいほどより多くの広告主から折り込み広告を受注できる。」との記載があることを唯一の根拠に、原告が折込広告料を取得するために、4月と10月に前後の月より200部多い部数を注文したと判断して、西日本新聞社の責任を免責しました。採証法則に反する不当な判断であることは明らかです。

リーマンショックや東日本大震災、新型コロナウイルスの影響や、ネット社会の普及による広告媒体の多様化により折込広告収入の落ち込みが激しいことは裁判所に顕著な事実であるにもかかわらず、30年前の公正取引委員会事務局の調査報告書を唯一の証拠に、「折込広告収入だけで、増紙した部数の利益は確保できる」との判断をくだす裁判官には恐ろしさすら感じます。

裁判官は検察官と並んで司法官僚の中で最も忖度に長けた人種であるといっていいでしょう。そのことは、先ごろようやく再審裁判で無罪が確定した静岡県で発生した味噌工場社長一家の殺害・放火事件の袴田巌さんの死刑判決と再審棄却判決に、どれだけの人数の裁判官と検事が関わったかを想像するだけで十分ではないでしょうか。

黒薮さんの最新書『新聞と公権力の暗部』(2023年・鹿砦社)に、押し紙の売上金額が年間約932億円、過去35年間で32兆6200万円にも及ぶ試算結果が示されています。押し紙訴訟を担当する裁判官が、新聞業界に隠されたこのような巨額におよぶ利権構造を白日のもとに曝け出す販売店勝訴の判決をくだすには相当の勇気が必要でしょう。しかし、私はそのような勇気をもった裁判官が必ずいると信じています。

1991年(平成11年)にそれまでの新聞特殊指定が改定され、販売店が「注文した部数」を超える新聞を供給しないかぎり、新聞社には押し紙の責任はないとの解釈が、文言上は可能となりました。それまでの、1964年(昭和39年)新聞特殊指定では、購読部数の2%程度が適正予備紙の上限とされていました。

私どもは、平成11年の新聞特殊指定が押し紙を隠す隠れ蓑の役割しか果たせなくなっているのであれば、新聞特殊指定制定以前の独禁法第2条第9項第5号ハの法定優越的地位の濫用に基づいて「押し紙」の有無を判断するようにとの新しい主張を行いました。

福岡高裁がこの新しい主張について、どのような判断を示してくれるのか、大いに期待しているところです。

日本国憲法の施行前の1947年(昭和22年)4月14日に財閥解体を目的とする独禁法が制定されています。戦後、アメリカは帝国陸海軍を解体し、憲法9条に戦争放棄条項を定めました。財閥の解体は独禁法に規定し、二度と財閥が復活できないように法制度を整えました。

太平洋戦争によるアジア人の被害者数は2000万人、日本人の被害者数は300万人とも言われています。アメリカも5~6万人の若者の命を犠牲にしています。

戦後、米ソの冷戦構造が始まるとアメリカの占領政策の転換が図られ、反共の砦としての役割を日本に求めるようになりました。

アメリカの占領政策の転換の結果、A級戦犯指定の解除を受けた戦前の指導者達は、戦後日本の政治をアメリカの手先となって担いました。その事実は、ネット社会の普及によってひろく国民に知られています。A級戦犯指定の解除を受けた中には、大本営発表の報道で戦争熱を駆り立てた読売新聞の正力松太郎や朝日新聞の緒方竹虎らの新聞人もいます。

日本国憲法は、アメリカの押し付け憲法であるとして、学校教育で軽視され無視されてきた上に、改憲解釈によっていつしか戦争が出来る国に変化し、財閥の復活を許さないことを目指した独禁法も、持ち株会社を認める法律改正が行われ財閥と同様の株主集団が形成されるようになりました。新聞の押し紙禁止規定の制定とその後の骨抜きの経緯についても、もっと広い視点から検討する必要がありそうです。

長崎出身の通産官僚だった古賀茂明さんが、『日本中枢の崩壊』(2011年・講談社刊)という衝撃的な題名の本を出版されてから15年が過ぎました。その後も、失われた30年と言われるように、日本の政治・経済・社会のあらゆる分野で底なしのモラル崩壊が進行しています。日本社会の底はすでに抜けてしまったと評する向きもありますが、裁判官をはじめとする司法に携わるものに対して、民主主義の最後の砦としての司法の役割を今こそ発揮することが期待されていると考えます。

最近、再び若い世代の債務整理の相談が増えているように思います。数百万円に及ぶ奨学金の借金を抱えており、しかも、親が連帯保証人になっているという相談を受けると、政治の貧困さをつくづく感じます。

足元に目を向けると、非正規雇用の増大と貧困、結婚率の低下と少子化、高校生・大学生を親ともども借金製造工場のラインに乗せるような教育予算の貧困、はては子供食堂から災害ボランティア、インバウンドの観光客流入まで、かつての世界第二位の経済大国の面影はどこにも見当たりません。

佐賀県では1機200億円と言われるオスプレイが17機も配備される予定であり、沖縄の辺野古沖の飛行場埋め立て工事は、軟弱地盤のため天井知らずに工事費が増大し続けており、大阪万博会場跡地にはカジノを誘致する計画があると言われています。そんな金があるのなら、何故、北欧のように若者の教育費に使わないのでしょうか。

新聞業界の押し紙問題については、熊本日々新聞や新潟日報社などは昭和40年代後半に自主的解決をはかっていますので、新聞労連を中心とする新聞社で働く若い人たちが中心となって、ジャーナリスト精神にのっとり自社の「押し紙」を無くすことに尽力されることを願っております。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年2月28日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

朝日新聞330万部、毎日新聞130万部、2024年12月度のABC部数 黒薮哲哉

2024年12月度のABC部数が明らかになった。各社とも部数減に歯止めがかからない。朝日新聞は、この1年間で約20万部を減らした。読売新聞は、約37万部を減らした。

中央紙のABC部数は次の通りである。

朝日新聞:3,309,247(-200,134)
毎日新聞:1,349,731(-245,738)
読売新聞:5,697,385(-365,748)
日経新聞:1,338,314(-70,833)
産経新聞: 822,272(-63,548)

なお、ABC部数には、「押し紙」(偽装部数)が含まれているので、新聞販売店が実際に配達している部数とは異なる。新聞社によって「押し紙」の割合は異なるが、「押し紙」裁判で明らかになっているデータによると、販売店に搬入される新聞の3割から5割程度が「押し紙」である。従って実際の配達部数は、ABC部数よりも遥かに少ないと推測される。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年2月26日)掲載の同名記事
を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

人工画像・動画と新世代の世論誘導、USAIDは廃止されたが別の手口が… 黒薮哲哉

メディアの世界でこのところやたらと目に留まるのが、加工した画像や動画である。特にXなどSNSを媒体としたニュース報道では、加工が施されているものが、日増しに増えている。事実を正確に伝える役割を持つジャーナリズムの中に、恣意的なイメージ操作が闖入してきたのである。しかも、こうした現象は、西側メディアだけではなく、非西側メディアでも観察できる。

画像や動画の加工は、フェイクニュースの原点であり、ジャーナリズムを破壊し、最後にはジャーナリストの存在を無意味なものにしてしまう。その危険性に大半の情報発信は気づいていない。事実、国内外を問わず影響力のある人々まで、おそらくは罪悪感なく加工行為に手を染めている。

◆取材しない「ジャーナリズム」の氾濫

数カ月前、あるメディアの経営者が、「わたしの媒体は、取材はしません」と淡々と話していた。取材経費が乏しい上に、スタッフの数が少ないので、現地に足を運んで取材するよりもインターネットで情報を探し、それをリライトしてニュースとして公開しているのだという。取材しない「ジャーナリズム」を社のモットーにしているのである。

別のメディア関係者も、取材よりもインターネット上の情報収集が「仕事」の主流を占めると話していた。従ってスタッフを採用する際も、ジャーナリストよりも、ネット上で情報を収集する能力が採用の鍵になる。たとえば外国語が堪能で、翻訳能力と作文能力があれば、申し分のない人材である。外国語の記事を、あたかも自社の果実であるかのようにアレンジできるからだ。

こうしたメディア状況の下で、フェイクニュースと事実・真実の区別が付かなくなり始めている。これは視聴者や読者にとっては、憂慮すべき事態である。自分たちが生活している世界を客観的な事実で再認識することが不可能になるからだ。命をリスクにかけて、紛争地帯まで足を運んで事実を確認する必用もなくなる。

◆たちの悪い反共プロパガンダが影響力を高める

米国のUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)やNED(全米民主主義基金)を廃止が、世界的にトランプ政権の評価を高め、非西側メディアまでもそれを歓迎しているが、USAIDやNEDの次世代の世論誘導装置が、SNSや画像・動画の加工になることに気づいている人はほとんどいない。USAIDやNEDの戦術は、特定の組織や個人を抽出して、そこに資金を投入して、「人力」で世論運動活動を実施するものだった。

これに対して次世代の世論誘導は、不特定多数の人々が直接的なターゲットになる。USAIDやNEDの活動よりも、よりたちが悪い反共プロパガンダが、今後、圧倒的な影響力をもってわれわれの生活の中に闖入してくる危険性があるのだ。

イーロン・マスク氏がXを買収し、さらにトランプ政権に入閣した目的を再考する必用があるのではないか。ジャーナリズムは、エンターテイメントではない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年2月20日)掲載の同名記事
を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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横浜副流煙裁判、カウンター裁判で藤井敦子さんらが敗訴、検証が不十分な作田医師交付の診断書 黒薮哲哉

横浜副流煙事件に関連した2つの裁判の判決が、それぞれ1月14日と22日に言い渡された。裁判所は、いずれも原告(藤井敦子さん、他)の訴えを退けた。藤井さんは、判決を不服として控訴する。判決の全文は、文尾のPDFからダウンロード可。

時系列に沿った事件の概要と、判決内容は次の通りである。

◆事件の概要(下記PDF参照)
 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2024/12/fdcded61b04523e7464182896e2c1b40.pdf

◆横浜副流煙事件の「反訴」(横浜地裁)

原告:藤井将登、藤井敦子

被告:作田学、A家の3人(A夫-故人、A妻、A娘)

横浜地裁は1月14日、原告の訴えを退ける判決を言い渡した。この事件は、裁判の提起そのものが不法行為に該当するとして、ミュージシャンの藤井将登さんと妻の敦子さんが、前訴を起こしたA家3人と、それを支援した作田学医師を提訴したものである。藤井夫妻が請求された現金は、4518万円だった。俗にいうスラップ訴訟である。

藤井夫妻は、客観的根拠の乏しい診断書を根拠とした訴訟により、3年ものあいだ精神的、あるいは経済的な苦痛を受けたとして、その賠償を求めたのである。

前訴が不当訴訟ではないと裁判所が判断した根拠は、提訴に至る前段で複数の医師が、A家の3人のために、「受動喫煙症」や化学物質過敏症の病名を付した診断書を交付していた事実である。それゆえにA家の3人が、提訴するに足りる理由があったと判断したのである。

◆A娘の診断書

しかし、作田医師によるA娘に対する診断書交付は、無診察による診断書交付を禁じた医師法20条に違反している。作田医師はA娘とは面識がない。インターネットによる診察も実施していない。他の医師がA娘に交付した診断書や、A娘のA夫・A妻の話を聞いて、病名を決め診断書を交付したのである。

実際、A娘の診断書は、作田医師が「倉田医師の診断書や被告A妻から問診で聞いた情報を基に」(17頁下から11行目)作成した杜撰なものであるにもかかわらず、「違法な行為ということはできない」と認定している。こうして裁判所は、医師法20条違反も不問に付しているのである。

◆故A夫の診断書

故A夫の診断書にも不可解な点が見うけられる。作田医師は、診断書に「受動喫煙症」の病名を付しているのだが、A夫は提訴の1年半前までビースモーカーだった。25年間も煙草を吸っていた。A夫本人も喫煙者だったことを認めている。それにもかかわらず、作田医師は「受動喫煙症」の病名を付した診断書を交付したのである。

ちなみに、「受動喫煙症」という病名は、日本禁煙学会が独自に命名したもので、公式には存在せず、保険請求の対象にもなっていない。受動喫煙という現象は喫煙の現場で起こりうるが、その事と病状を呈することは別である。

◆A妻の診断書

さらにA妻の診断書にも、「受動喫煙症」の病名を付したうえに、副流煙の発生源を1階に住む「ミュージシャン」であると事実摘示している。現場を取材して、そのような結論に至ったのではなく、「問診」の中で、患者から聞き取った内容をそのまま記述した結果か、勝手な想像である。

ちなみにA家3人の診断書はいずれも、当時、作田医師が外来を開いていた日本赤十字センターの公式のフォーマットが使用されていない。

このように作田医師が交付した診断書には不可解な部分がある。A家3人が著名な医師を過信して高額訴訟を起こしたことについては、同情の余地もあるが、作田医師の責任は免れない。4518万円の訴訟を起こされた藤井さんの側が、大変な苦痛と不利益を味わったからだ。

本来であれば、裁判所はこれらの点を重点的に検証しなければならないはずだが、判決文からは、診断書に関する問題点を詳細に検討した跡は読み取れない。疑惑の診断書を簡単に是認することになってしまった。医師が交付した診断書であれば、どのようなものでも違法性はないという恐るべき結論を示したのである。

◆スラップ訴訟の法理

訴訟提起の違法性を問う裁判は、次のような法理で審理される。

「提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となるというべきである(最高裁昭和63年1月 26日第二小法廷判決・民集42巻 1号1頁参照)」

引用文の主旨は、訴訟提起に法的な根拠がなく、勝訴の見込みがないことを原告が認識していながら、あえて訴訟にふみ切った場合、訴訟そのものが不法行為に該当するという法理である。この判例でも明らかなように、訴権の濫用を認定させるハードルが高い上に、日本国憲法でも提訴権を保証しているので、過去に訴権の濫用が認定された判例は10件にも満たない。スラップ訴訟が増えている温床にほかならない。

◆名誉毀損裁判(東京地裁)

原告:藤井敦子、酒井久男

被告:作田学

この事件は、1月22日に判決が下された。原告の敗訴である。

裁判の本人尋問の場で、作田医師が藤井敦子さんと酒井久男さんの名誉毀損的な発言を行ったこと対する損害賠償裁判である。法廷という限られた場における発言とはいえ、傍聴席は満員だった。しかも、暴言を吐いたのは、かくれもしない禁煙学の大家として、その名を津津浦浦にまで轟かせている日本禁煙学会の理事長、作田学医師である。まぎれもない公人である。

事件の概要については、この記事の冒頭にある「事件の概要」を参考にしてほしい。裁判所が採用した法理は、次のような論理である。

「反論する機会が保障されており、当事者の主張・立証の当否等は裁判所に判断されることにより、訴訟活動中に毀損された名誉を回復することができる。このような民事訴訟の特質に照らせば、民事訴訟における当事者の表現について、相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、訴訟と関連し、訴訟のために必要性があり、かつ、表現も著しく不適切で相当性を欠くとは認められないといった事情により、正当な訴訟活動の範囲内と判断される場合には、違法性が阻却されると解される。」

端的に言えば、法廷では反論権が認められているうえに、発言を認定するかどうかを判断するのは、裁判所であるから、著しく不適切な発言をした場合を除いて原則的に自由闊達な発言が認められるというものである。

この点に関して、わたしは原告・酒井久男さんのケースに言及しておきたい。裁判所が、議論の前提となる事実認定を間違っているからだ。事実に基づいた発言なり評論であれば、なのを述べようと自由だが、虚偽の事実に基づいた言論活動は、重罪である。

◆創作された前提事実

「事件の概要」にも記録しているように、酒井さんは2019年7月に日本赤十字センターの作田医師の外来を受診した。当時、藤井敦子さんは、夫の藤井将登さんが被告として法廷に立たされた高額訴訟で、作田医師による診断書交付に関する疑惑を持っていた。そこで酒井さんに、作田医師の外来を受診してもらい、みずからも付き添って診断書交付の現場を自分の眼で確認する計画を立てたのだ。

裁判の判決次第では、家族が経済的に崩壊しかねない状況に追い込まれていたわけだから、疑惑について確かめようとするのは当たり前の行動である。批判される余地はない。

酒井さんと藤井さんは、計画を実施に移した。診察室での酒井さんの態度について、作田医師は別訴(反スラップ裁判)の本人尋問の中で、「うさんくさい患者さんでした」、「うさんくさい人だなと思いました」、「当然、会計にも行っていないと思います」などと供述した。これらの暴言について、酒井さんは、内容証明の書面で作田医師に真意を問い合わせたが、作田医師は回答しなかった。そこで訴訟を提起したのである。

裁判の審理の中で、作田医師はこのような発言に至った理由を説明した。それによると、酒井さんと藤井さんが診察室を退出した後、診察室にたばこの臭いが漂ったので、うさん臭い人間であり、会計にも行っていないと思った。さらに診断を間違ったと判断して、事務の女性に指示して、酒井さんと藤井さんを追跡させた。

作田医師のこの弁解は、特に重要な点なので、それを裏付ける箇所を尋問調書から引用しておこう。弁護士の質問に答えるかたちで発言している。

弁護士:陳述書でも書いていただいたように、一つには診察が終わった後に男女の2人組み(黒薮注:酒井さんと藤井さんのこと)が出てったら、うっすらとたばこのにおいがしたんだと。それで事務方の方にも確認してもらって、やっぱりたばこのにおいがすると。これは、もしかしたら誤った診断書を出してしまったかもしれないと思って、慌てて後を追ってもらったんだと。ただし見つからなかったという報告があったと。こういう出来事があったことが一点でいいですか。もう一点としては、後に提出された酒井さんの診断書には、検印、割り印ね。病院の印鑑が押してなかった。この2点がまず挙げられているということでいいですかね。

作田:はい、そのとおりです。(略)

弁護士:診察した後に書類を整理していたら、たばこのにおいがしたというわけですね。

作田:はい。

弁護士:そのたばこのにおいがしたというのは、患者さんと思われる二人組が出ていってから何分ぐらい経っていましたか。

作田:まあ、3分ぐらい(※太字は黒薮哲哉)でしょうね。

作田医師は尋問の中で、自分が酒井さんに対して「誤った診断書を出してしまったかもしれないと思って」、事務の女性に後を追わせたと証言しているのである。従って、特別な事情がない限り、作田医師は酒井さんの診断記録を訂正するはずだ。

ところが作田医師が、酒井さんの診断記録を訂正することはなかった。なぜ、そのことが判明したのかと言えば、酒井さんを作田医師に紹介したユミカ内科小児科ファミリークリニックに対して、酒井さんが行った診療記録の開示により、訂正の痕跡がないことが確認されたからだ。

つまり煙草の臭いがしたから、事務員に酒井さんと藤井さんの後を追わせたというのは、この発言が法廷で争点になった後、作田医師が創作した話の可能性が高いのである。実際、喫煙者が退席して、3分後の臭いを感じ始めることなどありえない。また、その前の診察中には、臭いを感じていないのでる。

このように虚偽の事実を前提にして、作田医師は、一連の暴言の正当性を主張し、裁判所もそれを認めたのである。

◆横浜副流煙事件の「反訴」(横浜地裁)判決全文(下記PDF参照)
https://atsukofujii.lolitapunk.jp/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%EF%BC%88%E8%A8%B4%E6%A8%A9%E3%81%AE%E6%BF%AB%E7%94%A8%EF%BC%89%E4%BF%AE%E6%AD%A3%E7%89%882024-01-14-%E5%9C%A7%E7%B8%AE.pdf

◆名誉毀損裁判(東京地裁)判決全文(下記PDF参照)
https://atsukofujii.lolitapunk.jp/%E4%BD%9C%E7%94%B0%E5%90%8D%E8%AA%89%E6%AF%80%E6%90%8D%E8%A8%B4%E8%A8%9F%E5%88%A4%E6%B1%BA%E6%96%872025-01-22%20%EF%BC%88%E4%BF%AE%E6%AD%A3%E6%B8%88%EF%BC%89-%E5%9C%A7%E7%B8%AE.pdf

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年1月26日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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USAIDの内部資料で露呈した公権力とジャーナリズムの関係、だれがメディアに騙されてきたのか? 黒薮哲哉

トランプ大統領が、USAID(アメリカ国際開発庁)を閉鎖した件が、国境を超えて注目度の高いニュースになっている。USAIDは、原則的に非軍事のかたちで海外諸国へ各種援助を行う政府機関である。設立は1961年。日本の新聞・テレビは極力報道を避けているが、USAIDの援助には、メディアを通じて親米世論を形成すためのプロジェクトも多数含まれている。

実際、親米世論を育てることを目的に、おもに敵対する左派政権の国々のメディアや市民団体に接近し、俗にいう「民主化運動」で混乱と無秩序を引き起し、最後にクーデターを起こして、親米政権を樹立する手口を常套手段としてきた。そのためのプロジェクトが、USAIDの方針に組み込まれてきたのである。

USAIDの閉鎖後に公開された内部資料によると、助成金を受けていたメディアの中には、米国のニューヨークタイムスや英国のBBCも含まれていた。これらのメディアをジャーナリズムの模範と考えてきたメディア研究者にとっては、衝撃的な事実ではないかと思う。

Columbia Journalism Review誌の報道によると、USAIDは少なくとも30カ国で活動する6,000人を超えるジャーナリスト、約700の独立系メディア、さらに約300の市民運動体に助成金を提供してきた。

ウクライナでは、報道機関の90%がUSAIDの資金に依存しており、一部のメディア企業では、助成金の額がかなりの高額になっているという。

トランプ大統領がUSAIDを閉鎖した正確な理由は不明だが、「小さな政府」を構築すると同時に、事業を民営化する新自由主義政策の一端ではないかと推測される。

その役割を担って入閣したのが、イーロン・マスク氏である。従ってUSAIDが閉鎖されたとはいえ、今後は、従来とは異なった形で、経済的に西側メディアを支配する政策が取られる可能性が極めて高い。本当に資金支援を打ち切れば、西側世界はスケールの大きい世論誘導装置を失うからだ。

◆助成金の支出先がコミュニスト?

USAIDによる助成金に関するニュースの中には、間違った情報も含まれている。たとえば助成金の支出先は、「左派勢力」や「コミュニスト」であったというものだ。これはUSAIDの一方的な閉鎖を正当化するためのでたらめな報道にほかならない。

マスク氏自身も、Xの中で、USAIDを指して、「『非常に腐敗している』『悪だ』『アメリカを憎む急進左派マルクス主義者の巣窟』と表現している」。(Columbia Journalism Review誌)

なぜ、こんな根本的な誤りを犯しているのか? おそらくマスク氏にとって、左派やコミュニストとは、真正のマルクス主義者のことではなく、自分とは意見を異にする者のことである。マルクスやエンゲルスの著書を読んでいれば、こうした間違いはしない。だれがマルクス主義者で、だれがマルクス主義者ではないかも判別できる。

たとえ反トランプの陣営であっても、米国資本主義の枠内での改革を主張する者はマルクス主義者ではない。民主党のバーニー・サンダース氏がその典型例だ。米国共産党のように資本主義経済から、社会主義の目指す勢力がマルクス主義者である。USAIDに関する報道では、この点の区別において、大変な混乱が生じている。

◆NED(全米民主主義基金)の反共戦略

UASIDからの助成金を受け取ってきた個人や団体の大半は、「反共」の旗を掲げた右派勢力である。

たとえば、UASIDの下部組織にあたるNED(全米民主主義基金)を通じて提供された助成金の支払先は、同団体の年次報告書によると、香港の「独立」を目指す市民運動体やニカラグアの左派政権を転覆させよとしている市民運動体である。さらに同じ目的で、ベネズエラやキューバに関連した反共市民団体などである。いずれも左派勢力の転覆を目指す勢力である。

◎[関連リンク]NEDに関するメディア黒書の全記事 

◆日本における公権力によるメディア支援の構図

USAIDを閉鎖したことで図らずも、公的機関がメディアに経済的な援助を実施する構図が、国際的なレベルで判明した。日本のメディア企業やジャーナリスト個人が、助成金を受け取っているかどかは不明(一部は明らかになっている)だが、日本には、メディア会社の収益を劇的に増やす独自の手口もある。それがメディアのタブーとなってきた新聞社による「押し紙」制度である。USAIDの内情が暴露されたこの機会に、「押し紙」について考えることは、日本におけるメディアと公権力の関係を考える上で有益だ。

日本には、政府や公正取引委員会が新聞の「押し紙」制度を黙認することによって、新聞社に莫大な経済的利益をもたらす構造が存在する。わたしの取材によると、新聞業界全体で年間1000億円近い不正な資金が新聞社に流れ込んでいる。つまりUSAIDと世界のメディアの間にある癒着関係と類似した構図が、日本の公権力と新聞・テレビの間にも構築されているのだ。

これに関しては、次の3本の記事を参照にしてほしい。

◎「押し紙」問題がジャーナリズムの根源的な問題である理由と構図、年間932億円の不正な販売収入、公権力によるメディアコントロールの温床に

◎国策としての「押し紙」問題の放置と黙認、毎日新聞の内部資料「発証数の推移」から不正な販売収入を試算、年間で259億円に

◎1999年の新聞特殊指定の改訂、「押し紙」容認への道を開く「策略」

◆メディアリテラシーの欠落

改めて言うまでもなくメディア企業を運営するためには、資金が不可欠になる。この点を逆手に取ったのが、USAIDの助成金である。日本の場合は、「押し紙」制度である。「押し紙」の黙認が生む莫大な経済的メリットが、メディアと公権力の距離を縮める。この構図を把握することなしに、報道内容を批判しても、ジャーナリズムの質の向上にはつながらない。問題の解決にはならない。

USAIDの内幕が暴露されたのを機に、再度、メディアやジャーナリズムのあり方を考えてみる必要がある。だまされてきたのは、メディアリテラシーを身に付けていないわれわれ大衆なのである。メディア企業が成り立っている経済的な諸関係を理解した上で記事を解釈した方が良い。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年2月9日)掲載の同名記事
を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2025年3月号