読売新聞『押し紙』裁判〈2〉李信恵を勝訴させた池上尚子裁判長が再び不可解な判決、読売の独禁法違反を認定するも損害賠償責任は免責 黒薮哲哉

4月20日に大阪地裁が下した「押し紙」裁判の判決を解説しよう。前回の記事(「読売新聞『押し紙』裁判〈1〉元店主が敗訴、不可解な裁判官の交代劇、東京地裁から大阪地裁へ野村武範裁判官が異動」)で述べたように、判決は裁判を起こした元店主の請求を棄却し、逆に被告・読売新聞の「反訴」を認めて、元店主に約1000万円の支払いを求める内容だった。

5月1日、元店主は判決を不服として大阪高裁へ控訴した。

この判決を下したのは池上尚子裁判長である。池上裁判長は、カウンター運動のリーダー・李信恵と鹿砦社の裁判に、途中から裁判長として登場して、原告の鹿砦社を敗訴させ、被告・李信恵が起こした「反訴」で鹿砦社に165万円の支払い命令を下した人物である。幸いに高裁は、池上判決の一部誤りを認め、賠償額を110万円(+金利)に減額し、池上裁判長が認定しなかった李信恵らの暴力的言動の最重要部分を事実認定した。(※池上尚子裁判長が関わった鹿砦社対李信恵訴訟に関しては本記事文末の関連記事リンクを参照)

読売「押し紙」裁判の池上判決で最も問題なのは、読売による「押し紙」行為を独禁法違反と認定していながら、さまざまな理由付けをして、損害賠償責任を免責したことである。読売の「反訴」を全面的に認め、元店主の濱中勇志さんに約1000万円の支払いを命じた点である。読売の「押し紙」裁判では、「反訴」されるリスクがあることをアピールしたかったのだろうか。

池上判決のどこに問題があるのか、わたしの見解を公表しておこう。結論を先に言えば、木を見て森を見ない論理で貫かれており、商取引の異常さから環境問題、さらにはジャーナリズムの信用にもかかわる「押し紙」問題の重大さを見落としている点である。評価できる側面もあるが、わたしは公正な判決とは思わない。判決は間違っていると思う。

◆「押し紙」による独禁法違反を認定

既に述べたように判決は読売に「押し紙」があったことを認定した。

たとえば濱中さんがYCの経営をはじめた2012年4月の段階で、読売の社員らは新聞の搬入部数(定数)が1641部で、このうちの760部が残紙であることを濱中さんに知らせた。しかし、濱中さんは、

「新規の新聞購読者を獲得して残紙を有代紙に変えることで対応できるなどと考え、そのことを承知の上で本件販売店の経営を引き継いだ」(24P)。

この事実に基づいて、判決は次のように述べている。

「原告が本件販売店の経営を引き継ぐに当たり、本件販売店の定数にいついては、従前の定数を引き継ぐことを当然の前提とされていたものと推測され、定数に関する原告の自由な判断に基づく意向を反映する形で決定されたものであったとは考え難い」(33P)

つまり池上裁判長は、販売店には注文部数を自由に増減する権利が保障されていなかったと認定したのである。

また読売は、普段から販売店に対して「積み紙」(折込広告の水増しや補助金を目的とした部数の水増し)をしないように指導しており、それが守られない場合は販売店を強制改廃することができた。実際、わたしも「積み紙」を理由に販売店を改廃させられた店主らを知っている。「積み紙」を禁止することで、販売店を拡販活動に追い立てる構図があると言っても過言ではない。

こうした販売政策があるわけだから、濱中さんが「自ら、井田(注:読売の社員)が把握していた実配数の2倍近くの定数で被告に対して新聞を注文するようになったとは考え難」いというのが裁判所の判断だ。そして「被告(注:読売)があらかじめ定めた定数を前提に、(注:濱中さんが)新聞を注文するようになったと考えるのが合理的である」と結論づけた。それをふまえた上で、次のようにこの事実を認定している。(33P)

「以上からすると、被告が、原告に定数を指示して当該部数の新聞を注文させたことが推認され、この推認を覆すに足りる証拠は認められない。」(33P)

池上裁判長は、この行為が独禁法の新聞特殊指定(平成11年告示)の3項2に該当すると判断した。次の条項である。

3 発行業者が、販売業者に対し、正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること。

二 販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。

以上を前提として、池上裁判長は読売の独禁法違反を次のように認定した。

「前記のとおり、被告の指示した定数は本件販売店の実配数を2倍近く上回るものであったところ、そのような新聞の供給が正常な商慣習に照らして適当と認めるに足りる証拠はなく、被告の従業員も上記定数と実配数に照らして適当と認めるに足りる証拠はなく、被告の従業員も上記定数と実配数との乖離を認識していたのであるから、被告がその指示する部数を原告に注文させたことに正当かつ合理的な理由がないと認められる。また、被告は、上記のとおり実配数を2倍近く上回る部数の新聞を原告に有代で供給している以上、販売業者に不利益を与えたといわざるを得ない」(34P)

「よって、被告には、平成11年告示3項に違反する行為があったといえる。」(34P)

ただし独禁法違反があったと認定した期間は、2012年の引き継時だけで、その他の時期については認定しなかった。

◆損害賠償も公序良俗違反も認めず

さて、独禁法違反を認定したのであれば、それに対して何らかの制裁を課すのが社会の常識である。取引の実態そのものが異常を極め、しかも被害が広告主にも及び、さらには環境問題(資源の無駄づかい)も含んでいるわけだから、社会通念からすれば、少なくとも「押し紙」は明らかに公序良俗違反になるはずだ。

ところが池上裁判長は、読売に対する一切の損害賠償責任を免責にしたのだ。その理由は、濱中さんが補助金などの支給により、大きな経済的損害を受けていなかったうえに、「押し紙」を前提としたビジネスモデルを承知していたからというものだった。

こうした論法が認められるのであれば、たとえば窃盗で得た金銭が1円とか10円とか、少額であれば返済は不要だと言っているに等しい。商取引の通念からすれば、たとえ数字の誤りが1円でもあれば、返済するのが常識である。

さらに残紙により広告主らから不正に広告料を騙し取る行為-折込広告の水増し行為に関しては、池上裁判長は驚くべき見解を述べている。

「被告の行為が広告主や社会一般に対する詐欺に当たるという点については、仮に詐欺に当たると評価されるとしても、原告との関係において直接問題となるものではないから、被告の行為について、直ちに本件契約を公序良俗に反するものであるとするほどの違法性があることを根拠付けるものとはいない」(35P)

「押し紙」により広告主に被害を与えていても、販売店に対する被害は発生していから、公序良俗違反を適用するには及ばないと言っているのだ。巷では、折込広告(広報も含む)の水増しが社会問題になっているのだが。

◆折込広告の水増し問題も直視せず

池上判決が2012年の販売店開業時について、独禁法違反を認定していながら、その他の時期については認定しなかったのは論理の整合性に欠ける。他の時期についても大量の残紙が存在したことは判決で認定したわけだから、同じ「押し紙」を柱とした同じビジネスモデルの下で、商取引が行われたと解釈するのがより整合性があるはずだが、池上裁判長はなぜか2012年の引き継時だけに独禁法違反を限定したのである。木を見て森を見ない論理を露呈した。

◆「押し紙」を柱としたビジネスモデル

さらに判決は、濱中さんがショートメールで「押し紙」を断っていたことを認定しているが、これについてもあれこれと理由を付けて、読売を免責している。

減紙の要求を受け入れない読売に業を煮やした濱中さんは、ショートメールで「押し紙」を減らすように申し入れた。その記録は、裁判所へ提出されている。次のようなやり取りだ。

(社員)「いきなり整理(注:部数を減らすこと)できないので、次回の訪店でお話しましょ!お互いの妥協策をかんがえましょ。俺をとばしたいなら、そうしますか。」(29P)

(社員)「書面出したら、昨日言った通り、全て担当員のせいになります。俺の管理能力が問われるから、部長ではなく、俺が全て責任とらされます。」「明日から会社でるので、部長と相談するな。少し大人しくしててな。おれに一任しておくれ。」(29P)

(濱中)「溝口社長に話し聞いてもらわないと解決しないでしょう。このままでは」(29P)

(社員)「社長にそれをすると、俺が飛ぶって!どばしたかったらやってくれ!」(29P)

(濱中)「紙の整理どうします?」(29P)

これらのメールから「押し紙」制度の中で、社員が上司と販売店の板挟みになっていることが読み取れる。「俺が全て責任とらされ」るとまで言っているのだ。「押し紙」を柱としたビジネスモデルの中で、読売の社員も苦しんでいる様子が読み取れるのである。ある意味では、社員も「押し紙」制度の被害者なのである。

ところが池上裁判長は、メールの文面から、「押し紙」制度の被害が社員にまで及んでいる実態を読み取ることなく、切り捨てているのである。

たとえば、

「①原告は、被告の担当者とメールのやり取りすることもあったにもかかわらず、平成30年3月以前において原告が減紙を申し出る内容のメールを被告の担当者に送信したことを裏付けるメール等の証拠がないこと、②原告は、前記3(5)アのとおり被告の読者センターに対して苦情等を直接伝えるなどしていたのであるから、本件販売店を担当する被告の担当者に対して継続的に減紙を申し出ていたにもかかわらず一向に応じてもらえない状況にあったというのであれば、被告の本社に対して何らかの働き掛けを行うことが想定できるにもかかわらず、原告が被告の本社に直接減紙を求めたような事情が証拠上認められないこと、③前期3(5)オの平成30年4月の原告と梶原とのメールのやり取りには、『いきなり整理できない』などと、原告が急に減紙の話を持ち出したことがうかがわれる内容が含まれること」

などである。

ちなみに社員が記した「いきなり整理できない」という表現は、これまでの「押し紙」を柱とした商慣行を「いきなり」変えることはできないと、解釈するほうが自然だと、わたしは思う。

なお、日経新聞の「押し紙」裁判でも類似した司法判断(京都地裁、2022年)があった。原告の元店主が書面で20回以上も「押し紙」を断っていたにもかかわらず、販売店と新聞社がこれらの書面を前提に販売店と新聞社が話し合ったから、「押し紙」とは認定できないとする内容だった。判決の方向性を最初から新聞社の勝訴に決めているから、「押し紙」の決定的な証拠を突きつけられると、次々とブラックユーモアのような詭弁を持ち出してくるのである。裁判の公平性に疑問が残るのである。

◆控訴審で補助金制度の検証が必要

濱中さんに対して、約1000万円の支払いを命じた件に関しては、補助金の性質を池上裁判長がよく理解していないとしか言いようがない。濱中さんが補助金の架空請求をしていたので、それによって得た額を返済するように命じたのだが、新聞のビジネスモデルの全体像の中で補助金の役割を考える必要がある。

補助金というものは、ビジネスモデルの構図の中でみると、「押し紙」の負担を軽減すると同時にABC部数をかさ上げして、紙面広告の媒体価値を上げる役割がある。濱中さんの販売店には、常時大量の残紙があったわけだから、それに相応した補助金の額も大きかった。
 
読売裁判のケースは再検証する必要があるが、一般論で言えば、新聞社はさまざまな名目を付けて補助金を支給する。昔は、封筒に現金を入れてどんぶり勘定で支給したのである。従って領収書があるとは限らない。新聞社が開き直って販売店に「架空請求をしていた」と言えば、販売店は反論ができない。毎日新聞では、1986年に補助金制度を利用した裏金作りも発覚している。(『毎日新聞百年歴史』)

濱中さんのケースが、一般論に該当するのか、控訴審で再検証する必要がある。

改めて言うまでもなく裁判官には、人を裁くただならぬ特権が付与されている。従って公正な判決を故意に捻じ曲げた場合は、司法界から除籍されるべきだろう。(つづく)

※この裁判では、「押し紙」の定義も重要な争点となったが、若干内容が複雑なうえ、新聞業界と公正取引委員会の「密約」の疑惑も含めて、かなり重大な問題を孕んでいるので日を改めて解説する。「密約」の疑惑は、情報公開請求によってわたしが入手した黒塗り文書で浮上した。この点に関しては、筆者の新刊『新聞と公権力の暗部』(鹿砦社)でも言及している。

《池上尚子裁判長が関わった鹿砦社対李信恵訴訟=関連記事》

【緊急速報!!】「カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)関連対李信恵(第2)訴訟、大阪地裁で、またしても驚愕の不当判決!(2021年1月29日)
2・4『暴力・暴言型社会運動の終焉 ── 検証 カウンター大学院生リンチ事件』(紙の爆弾3月号増刊)発行と、1・28対李信恵第2訴訟不当判決について(2021年2月4日)
【対李信恵(第2)訴訟控訴審逆転勝訴に向けて】リンチを容認し暴力にお墨付きを与えた1・28一審判決(大阪地裁)を許してはならない!(2021年2月16日)
【報告】対李信恵訴訟控訴審(大阪高裁第2民事部)、3月22日、「控訴理由書」を提出! 同時に、法曹、言論関係者など31名による「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」も提出、逆転勝訴に向け私たちは最後まで諦めない! 第1回弁論は5月25日(火)午前10時から(2021年3月29日)
【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟】速報!対李信恵訴訟控訴審、大阪高裁で一部勝訴判決!素人目にもわかる事実認定の誤りを修正し165万円から110万円に賠償金大幅減額!われわれの闘いは終わらない!(2021年7月28日)
【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟を検証する〈1〉】 対李信恵訴訟控訴審判決について思うこと ── 反差別運動の未来にとって隠蔽や開き直りは許されない!(2021年8月2日)
【カウンター大医学院生リンチ事件対李信恵訴訟控訴審判決余話】大阪高裁判決を受けて鹿砦社特別取材班オンライン会議(2021年8月4日)
【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟を検証する〈2〉】対李信恵訴訟控訴審判決、李信恵がリンチに連座し関与したことを認定したことが最大の成果! 李信恵らによるリンチが「でっち上げ」でないことを証明(2021年8月7日)
【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟を検証する〈3〉】敗北における勝利!──私たちは“名誉ある撤退”の道を選び、上告はしないことにしました(2021年8月11日)
【カウンター大学院生リンチ事件報道訴訟を検証する〈4〉】李信恵さん、反差別運動を後退させないために、リンチに連座し関与したことを認定した大阪高裁判決に従い、心から反省し被害者M君に謝罪してください!(2021年8月18日)

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

読売新聞「押し紙」裁判〈1〉元店主が敗訴、不可解な裁判官の交代劇、東京地裁から大阪地裁へ野村武範裁判官が異動 黒薮哲哉

4月20日、読売新聞の元店主・濱中勇さんが読売新聞社に対して大阪地裁に提起した「押し紙」裁判の判決があった。

判決内容の評価については、日を改めてわたしなりの見解を公開する。本稿では判決の結論とこの裁判を通じてわたしが抱いた違和感を記録に留めておく。ここで言う違和感とは、判決の直前にわたしが想像した最高裁事務総局の司法官僚らの黒幕のイメージである。

まず判決の結論は、濱中さんの敗訴だった。濱中さんは、「押し紙」による被害として約1億3000万円の損害賠償を請求していたが、大阪地裁はこの請求を棄却した。その一方で、濱中さんに対して読売への約1000万円の支払を命じた。補助金を返済するように求めた読売の主張をほぼ全面的に認めたのである。

つまり大阪地裁は、「押し紙」の被害を訴えた濱中さんを全面的に敗訴させ、逆に約1000万円の支払を命じたのである。

◆権力構造の歯車としての新聞業界

判決は20日の午後1時10分に大阪地裁の1007号法廷で言い渡される予定になっていた。わたしは新幹線で東京から大阪へ向かった。新大阪駅で、濱中さんの代理人・江上武幸弁護士に同行させてもらい大阪地裁へ到着した。判決の言い渡しまで時間があったので、1階のロビーで時間をつぶした。そして1時が過ぎたころに、エレベーターで10階へ上がった。

注目されている裁判ということもあって、1007号法廷の出入口付近には、すでに傍聴希望者らが集まっていた。ジャンバーを着た販売店主ふうのひとの姿もあった。

わたしは濱中さんが読売を提訴した2020年から、この裁判を取材してきた。そして読売も他社と同様に「押し紙」政策を取ってきたという確信を深めた。少なくとも販売店に過剰な新聞が溢れていたこと事実は確認した。それ自体が問題なのである。

濱中さんが「押し紙」を断ったことを示すショートメールも裁判所へ提出されている。搬入部数のロック(読者数の増減とは無関係に搬入部数を固定する行為)も確認できた。従って、裁判所が「政治的判断」をしなければ、濱中さんの勝訴だと予想していた。

ここで言う「政治判断」とは、司法官僚による裁判への介入である。日本で最大の新聞社である読売が敗訴した場合、新聞業界が崩壊する可能性が高い。それを避けるために司法官僚が介入して、濱中さんの訴えを退ける判決を下すように指導する行為のことである。

こうした適用を受ける裁判は、俗に「報告事件」と呼ばれる。生田暉夫弁護士あら、幾人かの裁判官経験者らが、それを問題視している。わたしは最高裁事務総局に対する情報公開請求により、「報告事件」の存在そのものは確認している。

ただ、報告事件の可能性に言及するためには、判決文そのものに論理の破綻がないかを見極める必要がある。よほど頭が切れる裁判官が判決の方向性を「修正」しないかぎり、論理が破綻しておかしな文章になってしまう。今回の読売裁判の判決は、達意と正確な論理という作文の最低条件すら備えていない。(これについては、別稿で検証する)。それゆえに判決文を公開して、「報告事件」の可能性を検証する必要があるのだ。

ここ数年に提起された「押し紙」裁判では、判決の直前に不可解なことが立て続けに起きている。結審の直前に裁判官が交代したり、判決の言い渡しが延期になったりしたあげく、販売店が敗訴する例が続いている。もちろんそれだけを理由に「報告事件」と決めつけることはできないが、社会通念からして同じパターンが繰り返される不自然さは免れない。

たとえば日経新聞の「押し紙」裁判では、店主が書面で20回以上も「押し紙」を断っていながら、裁判所は日経による「押し紙」行為を認定しなかった。産経新聞の「押し紙」裁判では、「減紙要求」を産経が拒否した行為について、「いわゆる押し紙に当たり得る」と認定していながら、「原告が顧客名簿の開示に応じないなどの対応をしていた」ことを理由に、損害賠償を認めなかった。この産経「押し紙」裁判の判決を書いたのは、野村武範という裁判官だった。

野村裁判官は、産経の「押し紙」裁判が結審する直前に、東京高裁から東京地裁へ異動して、同裁判の新しい裁判長になった。なぜ司法官僚が裁判官を交代させたのかは不明だが、取材者のわたしから見れば、原告の元店主が圧倒的に優位に裁判を進めていたからではないかと推測される。司法官僚が新聞社を守りたかったというのが、わたしの推測だ。

わたしは念のために野村裁判官の経歴を調べてみた。その結果、不自然な足跡を発見した。次に示すように野村裁判官が名古屋地裁から東京高裁に赴任したのは、2020年4月である。そして同年の5月に東京地裁へ異動した。東京高裁での在籍日数は40日である。不自然きわまりない。

2020年 5.11 東京地裁判事・東京簡裁判事
2020年 4. 1 東京高裁判事・東京簡裁判事
2017年 4. 1 名古屋地裁判事・名古屋簡裁判事

わたしは野村裁判官を自分の頭の中のブラックリストに登録した。このブラックリストは、他にも裁判官や悪徳弁護士が登録されている。いずれも要注意の人物である。わたしから見れば、日本の司法制度を機能不全に陥れている人々である。

◆要注意の裁判官

判決言渡しの時間が近づくにつれて、緊張が増した。仮に読売が敗訴すれば、「押し紙」を柱とした新聞のビジネスモデルは、一気に崩壊へ向かう。メディアの革命となる。地方紙のレベルでは、佐賀新聞のケースのように「押し紙」を認定して、新聞社に損害賠償を命じた裁判もある。従って一抹の希望を持って、わざわざ来阪したのである。

わたしは廊下のベンチから立ち上がり、法廷の出入口に張り出してある告知に目を向けた。次の瞬間、自分の目を疑った。これまでこの裁判を担当してきた3人の裁判官の名前が見当たらなかった。その代わりに次の3名の裁判官の名前があった。その中のひとりは、ブラックリストの筆頭の人物だった。野村武範が急遽裁判長になっていたのだ。

野村武範
山中耕一
田崎里歩

わたしはベンチに座っている江上弁護士に、

「敗訴です」

と、言って苦笑した。それから事情を説明した。

◆鹿砦社の裁判を担当した池上尚子裁判官も関与

判決は、濱中さんの敗訴だった。野村裁判長が判決文を読み上げた。既に述べたように判決は、濱中さんを敗訴させただけではなく、濱中さんに約1000万円の支払いを命じていた。

しかし、判決文には新任の野村裁判長らの名前はなかった。前任の3人の裁判官が判決を下したことになっていた。つまり法的に見れば、これの裁判は「報告事件」ではない。前任の3人の裁判官が判決を下したのである。

ただ、司法官僚が野村裁判長を大阪地裁へ送り込んだのは4月1日で、判決日が20日なので、この間の引き継で内容の調整が行われた可能性は否定できない。このあたりの事情については、今後、前任の池上尚子裁判官を取材したいと考えている。池上尚子は鹿砦社とカウンター運動の裁判でも裁判長を務め、不可解な判決を書いた人である。

判決直前の数週間に何があったのかは、当事者しか知りえないが、判決文そのものを検証することは誰にでもできる。論理の破綻や矛盾がないか、今後、慎重に検討して、判決の評価を定めなければならない。(つづく)

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈07〉「押し紙」驚愕の実態 新聞社不正収入35年で30兆円以上

◆「押し紙」による不正収入は年間932億円規模

田所 実態として日本には5大紙を含め地方紙もたくさんありますが、ほとんどの新聞社が「押し紙」を続けているのですか。

黒薮 今ももちろん続いています。「押し紙」の収入は想像以上に巨額です。私がシュミレーションした数字があります。今問題になっている統一教会による被害額が、全国霊感商法対策弁護士連絡会によると35年間で1237億円です。一方で「押し紙」による収入がどれくらいかの規模になるのか想像できますか?。

 
黒薮哲哉さん

わたしは、2021年度日本新聞協会による統計を使って試算したことがあります。朝刊だけを対象にした試算です。それによると朝刊の総発行部数は、2590万部です。このうちの20%が「押し紙」だとします。20%は過少な数字なのですが、誇張を避けるために20%で計算しました。そうすると「押し紙」の部数は、全国で1日に518万部です。新聞一部の卸値はだいたい定価の半額です。朝刊の月間購読料は約3000円ほどですから、一部あたりの卸値を1500円で計算すると、月間で77億7千万円となります。これを12倍つまり1年で計算すると約932億円です。これが「押し紙」による不正な収入の額です。先ほどの統一教会による被害額は、35年で1237億円と説明しましたが、「押し紙」による不正収入は、たった1年で932億円です。これを35年ベースになおすと、32兆6200億円になります。これだけの不正なお金が「押し紙」から発生しているのです。

統一教会の事件は、大問題になっていますが、不正な収入の金額という点でいえば、新聞業界のほうがはるかに悪質なことをしているわけです。こうした事実は、ちゃんと暴露すべきなのです。

田所 統一教会は信者の数が新聞購読者ほどたくさんいるわけではないので、一人当たりの被害額が大きいからあたかも悪いと。実際悪いのですが、総額でみると新聞のほうが途方もない額を誤魔化している。

黒薮 「押し紙」を無くせば年間で932億円ほどの収入が、全国の新聞社からなくなってしまうわけです。この点に公権力が着目すれば、メディアコントロールが簡単にできます。新聞社に対して、あまり反政府的なことを書いていると「押し紙」問題にメスを入れますよ、とほのめかせばメディアコントロールが簡単に成立します。私は日本の新聞がおかしくなった最大の原因はここにあると考えています。

 
田所敏夫さん

◆「押し紙」とメディア・コントロール

田所 先ほど来ジャーナリズムの問題をいくつかの角度からお話してきましたが、そういったこととは全く別に、新聞の売り方が真っ当ではないから、新聞の報道内容まで真っ当ではなくなってきた、という事があり得ると。

黒薮 それが新聞がダメになった客観的な原因と構図だと思います。「新聞報道はおかしい」と感じている人はたくさんいて、新聞の再生のために何が必要かという議論を展開しますが、肝心なこの構図には着目してもらえません。

たとえば東京新聞の「望月衣塑子記者と歩む会」という集まりがあります。望月さんのような記者が次々に出てくればジャーナリズムが良くなる、という考え方でしょう。そのことを全て否定するわけではありませんが、記者個人ではなく、もっと客観的な新聞社経営の問題にジャーナリズムが堕落した原因を探るべきでしょう。ドブから蚊が発生すれば、まずドブを掃除する必要があるのと同じ原理です。「押し紙」による莫大な不正資金が新聞紙に流れ込んでいるようでは、徹底的な権力批判は不可能です。

田所 客観的かつ構造的な問題ですね。いくら内部で優秀な記者が頑張ったところで、詐欺的な商法で新聞社が儲けていれば「あなたは詐欺をしているでしょう」と検察から指弾された時、極端にいえば新聞は潰れてしまうという話ですね。

黒薮 これとまったく同じメディア・コントロールの手口が戦前・戦中にもありました。それは、政府による新聞用紙の配給制度です。新聞用紙をコントロールすることで新聞社に暗黙の力をかけて世論を誘導させました。同じ構造が今もあります。その道具として機能している政策が、「押し紙」の放置です。新聞社は「押し紙」で莫大な利益を得るので、この点に着目すれば効果的にメディアコントロールができるのです。

田所 テレビを見ると元新聞社の政治局長や通信社の論説委員が、極めて政府あるいは体制寄りのコメントをしていることが多く、ジャーナリズムの問題が新聞を弱めた原因ではないかと、考えがちですがもっと根深く構造的な、「新聞が詐欺的商法」から自ら根腐れを起こしてしまった。どの新聞も部数を減らし経営が厳しいし、販売店も一つの新聞だけではやっていけない。それでも「押し紙」問題に新聞社が気付くことはないのでしょうか。

黒薮 「押し紙」を無くしてしまうとその分の販売収入が減ってしまうので無理でしょう。「押し紙」収入を含めて年間の予算を組んでいますから。逆説的にいいえば、だからこそ「押し紙」問題がメディア・コントロールのネックになるわけです。

◆新聞社の利益構造の中に組み込まれている「押し紙」という麻薬

田所 例えは悪いですが過疎地で政府からの交付金や、原発立地で国から回ってくる特別交付金がないと行政が維持できないから、毎年の予算にそれを組み入れて行政を維持しているのと同じような、麻薬中毒患者のような新聞社の利益構造の中に「押し紙」が組み込まれている。でも麻薬患者は最後に麻薬への依存が強くなり体を壊します。今新聞は麻薬患者に例えるとどれくらいの状態でしょうか。

黒薮 もう意識がない(笑)感じじゃないですか。社名は出しませんが、何千万円もの借金を背負わされている店主は珍しくありません。

田所 販売店の店主さんがですか。それは「押し紙」を引き受けることにより新聞社に払うお金がないからですか。

黒薮 そうです。なぜ借金してしまうかといえば、新聞の卸代金を新聞社に納金できなければ、原則的に強制廃業させます。そこで店主さんは、どこかからお金をかき集めてとりあえず新聞社に支払います。その繰り返しで、莫大な額の借金を背負ってしまうのです。担当員のご機嫌を取るために、一部の新聞販売店は、キャバレーなどで接待しているようです。昔、官僚らの「ノーパンしゃぶしゃぶ」接待が問題になりましたが、新聞社の裏面はそのレベルなんですよ。

田所 こうした事情を新聞社は知っているのでしょうか。

黒薮 知らないはずがありません。ところが新聞社の言い分は「自分たちは、販売店から注文を受けた部数を提供しているだけで実売部数は把握していない」というものです。こうした嘘を平気で繰り返してきました。わたしは新聞社は一旦解体すべきだと思います。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的
〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る
〈07〉「押し紙」驚愕の実態 新聞社不正収入35年で30兆円以上

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

「日本では、主要メディアと政府との距離が非常に近い」── ウルグアイのネットメディアに掲載された黒薮哲哉氏のインタビュー 鹿砦社国際取材班

情報には国境がなく、知ろうとする意思さえあれば、名も知れぬ国の天気や画像や中継動画までをも確認することができる時代にわれわれは生きている。一見このような情報流通形態は、過去に比べて情報や出来事、事実や真実に近づきやすいような恩恵をもたらしているかの如き錯覚に陥る。

しかし、日本国内のテレビ、新聞を中心とする既成の報道・ジャーナリズムの退廃ぶりが極限に近いことはご承知の通りだ。また目的意識的な情報探索に乗り出さなければ、情報の宝庫であるはずのインターネットも従来の家電製品と同様の果実しかもたらさない。つまり「鋭敏な情報収集」を心掛けなければ、インターネットも役には立たないのである。

御存知の通り「デジタル鹿砦社通信」は日々身近な出来事から、エンターテインメントまで多様なテーマをお届けしている。このほどそこに新たな視点を加えることとした。鹿砦社の視点から「世界」を見通す試みだ。

欧米中心情報発信から抜け出して、多元的な価値観に立脚し世界を眺めると、いったい何が浮かび上がってくるのか?われわれの認識は歪んではいまいか? そのような問いに対する試みを展開しようと思う。(鹿砦社国際取材班)

ウルグアイのネットメディアCDP(ジャーナリズムのデジタル連合=coalicion digital por el periodismo)に4月12日、黒薮哲哉氏のインタビューが掲載された(聞き手はビクトル・ロドリゲス氏)。以下、同記事の日本語全訳を紹介する。

「日本では、主要メディアと政府との距離が非常に近い」(黒薮)。

南米ウルグアイのジャーナリスト、ビクトル・ロドリゲス氏

日本のメディアの実態、そこで働くマスコミ関係者の仕事、そして権力とメディアのプラットホームの関係は、地球の反対側ではほとんど知られていない。

しかし、黒薮哲哉のような独立系ジャーナリストは、数十年にわたり、日本の主要メディアの権威と外見の背後にある事実を調査し、報告することに多くの時間を費やしてきました。

複数の情報源によると、日本のジャーナリズムは誠実さと厳格さの長い伝統を持つ一方で、メディアの多様性と多元的な視点を欠き、政府によるさまざまな報道規制、デジタルメディアの影響力拡大、フェイクニュースといった問題に直面している。

日本国内での通信プロセスはどうなっているのか、ラテンアメリカからの情報はどの程度取り上げているのか、「日出ずる国」のメディア関係者の課題は何か? 黒薮哲哉氏にお話を伺った。

── 黒薮さん、この度はお話をお聞かせいただきありがとうございます。日本はアジアで最も報道の自由がある国のひとつとされており、ジャーナリストは調査報道の自由を持っています。この認識は事実でしょうか。また、21世紀の日本で、ジャーナリスト、伝統的なメディア、デジタルメディアの表現の自由の実態はどのようなものでしょうか。

黒薮哲哉氏

黒薮 日本は、憲法で表現の自由が完全に保障されている国です。しかし、矛盾したことに、私たち日本人がこの貴重な権利を享受するのが非常に難しい実態があります。この矛盾を説明するために、まず最初に、海外ではあまり知られていない、日本のマスコミに特有の問題について説明しましょう。

日本ではマスコミと政府の関係が、非常に近くなっています。たとえば、安倍晋三元首相と、650万部の発行部数を誇る読売新聞の渡邉恒夫主筆は、しばしばレストランで飲食しながら、政治や政策についての意見交換をしていました。

他の新聞社やテレビ局の幹部も同じことをやっていました。政府の方針について情報収集するというのが、彼らの口実でした。

両者の密接な関係の中で、政府はマスコミを経済面で支援する政策を実施してきました。例えば、一般商品の消費税は10%ですが、新聞の消費税は8%に軽減されています。

また、政府は公共広告に多額の予算を費やしています。例えば、2020年度の政府広報予算は約1億4千万米ドル(注:185億円)でした。これらの資金は、広告代理店やマスコミに支払われています。

しかし、最大の問題は、いわく付きの新聞の流通システムを政府が保護していることです。新聞販売店には、一定部数の新聞を購入する義務を課せられています。

例えば、新聞の読者が3,000人いる販売店では、3,000部で間に合います。しかし、4,000部の買い取り義務を課します。これは、独占禁止法違反にあたりますが、何の対策も講じられず、50年以上も放置されたままです。

私は1997年からこの問題を調査してきました。雑誌やインターネットメディアで、日本の新聞の少なくとも2~3割は一軒も配達されていないとする内容のレポートを繰り返し発表してきました。

私の計算によると、新聞業界はこのようにして少なくとも年間7億600万ドル(932億円)の腐った金を懐に入れています。新聞社は、販売店に損害を与えるだけではなく、広告主をも欺いています。

また、テレビ局の多くは新聞社グループに属しているため、日本のテレビ局もこの問題は報じません。政府も各省庁もこの問題については厳しく指導してきませんでした。

このように日本のマスコミは、国家権力によって保護されているのです。すでに述べたように、日本は法的には完全な表現の自由を持つ国です。だれもジャーナリズム活動を暴力で弾圧することはしません。

しかし、新聞やテレビの記者は、公権力機関が守ってくれる莫大な経済的利益を失いたくないため、彼らを強く批判するようなニュースは扱いません。

公権力にとって不都合なニュースを暴露しようとする新聞やテレビの記者は、記者としての地位を失い、営業部や広告部に異動させられるリスクを背負います。

公権力に批判的なフリージャーナリスト、評論家、大学教授らは、新聞に自分の作品を掲載する機会がほとんどありません。

週刊誌や月刊誌はかなり質の高いジャーナリズムを展開していますが、発行部数が少ないので影響力がありません。われわれは公式には表現の自由を保障されていますが、この腐敗した狡猾な仕組みのために、それを享受することができないのです。

── 報道における表現や視点を多様化する必要性を感じますか?それはなぜですか?

黒薮 日本では、表現や視点の多様性を広げることが非常に重要です。新聞社は政府によって実質的に保護されているため、新聞報道は非常に偏ったものとなっています。

例えば、自民党政権と統一教会は、過去50年間、非常に密接な関係にありました。統一教会は、信者から多額の献金を集め、韓国の本部に送金していました。

しかし、2022年7月に安倍晋三元首相が狂信的なこの宗教団体を憎むテロリストに暗殺されるまで、主要メディアはこの問題を報道していませんでした。

この問題を調査し、雑誌や自身のウェブサイトで報道していたジャーナリストは、鈴木エイト氏だけでした。彼は、安倍首相が暗殺されるまで、主要メディアで自分の意見を表明する機会がありませんでした。

このように、日本ではジャーナリズムが非常に制限されています。幸い、インターネット時代になって、さまざまな視点を提供する独立したメディアが増え始めています。

── 報道の仕事という観点から、アナログからデジタルへの移行をどう見ますか。この新しいコミュニケーション方法がメディアの健全性を奪うと思いますか、それとも利すると思いますか。

黒薮 インターネットの時代になっても、マスコミ報道はあまり変わっていません。簡単に言えば、ジャーナリズムのプラットフォームが紙から電子に移行しただけのことです。

しかし、私のようなフリーランスのジャーナリストにとって、インターネットはとても利用価値が高いものです。例えば、わたしが扱ったことのあるテーマのひとつに新聞の偽装部数問題に関連した新聞社の腐敗があります。

当初、この問題に関心を持つメディアは皆無でした。そこでわたしは、この問題を報道するために、約20年前にウェブサイトを立ち上げました。

その結果、雑誌を持つ出版社がこの問題に関心を持ち、一緒に調査報道をするようになったのです。また、弁護士の中にもこの問題に取り組む人が出てきました。

なぜなら、この問題は新聞販売だけでなく、日本のジャーナリズムの質の問題でもあるからです。この虚偽の発行部数の問題はまだ解決していませんが、数年後には必ず解決すると確信しています。

── 日本は先進的なテクノロジーで知られています。メディア関係者やジャーナリストは、この強みを活かして、ニュースや情報を視聴者に届ける方法を革新することができます。新しいテクノロジーの影響を受けた日本のジャーナリズムの現状をどのように定義しますか。

黒薮 新聞については、海外と大きな差はありません。日本では長年、新聞は紙媒体が中心でした。日本新聞協会のデータによると、2022年の日刊紙の発行部数は2,869万4,915部です。

そのため、インターネットへの移行は、新聞の読者離れのリスクをはらんでいます。新聞社の経営者は、電子新聞の導入に消極的でした。その結果、日本では際立った電子新聞の技術は開発されていません。

ラジオやテレビの世界では、いくつかの新しい動きがあります。例えば、AI(人工知能)が、アナウンサーそっくりの声でニュースを読み上げます。

また、バーチャル映像も利用されています。例えば、近い将来予想される大地震の被害状況をバーチャルリアリティ映像で表現します。

しかし、わたしは、ジャーナリズムにバーチャルリアリティを導入することは、フェイクニュースにつながるので反対です。かつては写真や動画が事実の重要な証拠となりましたが、今はそうではありません。

── 新しいテクノロジーと近代的な交通手段によって、地球の片側からもう片側への距離が短縮されています。ニュースの伝達も早くなりました。しかし、日本についての情報には、ばらつきがあります。日本ではラテンアメリカのことがどの程度報じられ、どの程度知られているのでしょうか。

黒薮 ラテンアメリカからのニュースはあまり報じられていません。マスコミは、大統領選挙、政治的事件、スポーツなどは報じますが、民衆の生活や社会運動に関するニュースは取り上げません。

クーデターの後、ペルー全土に広がった抗議運動

例えば、昨年12月7日にペルーで起きたクーデターに関して言えば、クーデターの首謀者らを擁護する立場からの報道はしましたが、それに対する民衆の抵抗や警察・軍隊の残虐な暴力については取り上げませんでした。

もう一つ例を挙げます。世界のほとんどの国がキューバに対する経済封鎖に反対しているのに、日本のマスコミは全く報道していません。

わたしは、ラテンアメリカの情報をインターネットを通じて得ています。しかし、ほとんどの日本人は英語やスペイン語を使うことができません。そのため、主要メディアからの情報に頼らざるを得なくなっています。

── Covid-19のパンデミックは、ほぼすべての分野とセクターに強く影響しました。報道においても、取り上げるニュースや取材活動だけではなく、メディアそれ自体の存続なども、その影響から逃れることができていません。日本のメディアやメディア関係者は、ポストパンデミックの現実をどう受け止めているのでしょうか。

黒薮 新聞社やテレビ局は、Covid-19のパンデミックの際にも、仕事のやり方を大きく変えることはありませんでした。というのも、彼らは毎日、ニュースを発信する必要があったからです。これに対して、多くの出版社はリモートワークという新しい働き方を採用しました。

編集者は自宅で作業し、インターネットで会社とコミュニケーションします。出社は週に1日か2日だけ。この働き方は、会社のコスト削減につながることもあり、Covid-19以降も続いています。

── 日本の視聴者は高齢化しており、メディアは若い視聴者を獲得する方法を探さなければならないと言われています。それは事実でしょうか? そうであるとすれば、新しい世代に情報を伝えるためにどのような戦略が採用されているのでしょうか。また、現在の日本では新しい人材育成のプロセスはどうなっているのか。

黒薮 わたしは、視聴者が高齢化しているとは思いません。高齢化しているのは、新聞の購読者です。高齢者はインターネットの使い方を知らないので、新聞から情報を得ます。

その結果、高齢者は印刷された新聞から、若い世代はインターネットから情報を得る状況になっています。

しかし、紙媒体の新聞とインターネットの内容自体は、あまり変わりません。というのも、主要メディアは、紙媒体の新聞に掲載した記事をインターネットに掲載する傾向があるからです。

日本ではジャーナリストの育成は遅れています。わたしは、ジャーナリストを教育する方法が異常だと思います。若い記者は、警察や政治家、官僚と親密な関係を築き、個別に情報を入手できるようになるよう指導されています。ラテンアメリカで、そんなことをやりますか?

── 日本の法務省のデータによると、2021年の日本のラテンアメリカ系の人口は約6万4,000人(ブラジルを除くスペイン語圏)です。日本のメディアは彼らに特化した紙面を設けて、地域や国、政府などの問題について情報を提供しているのでしょうか。

黒薮 10年ほど前まで、『プレスインターナショナル』という新聞がありました。スペイン語版とポルトガル語版の2種類を発行していました。しかし、現在は両方とも廃刊しています。

島根県の地方紙「山陰中央新報」(日刊)は、不定期にポルトガル語のニュースを掲載しています。島根県には、約9,000人のブラジル人が住んでいます。

日本に住むラテンアメリカの人々は、インターネットを通じて母国のニュースにアクセスすることが出来ます。しかし、スペイン語やポルトガル語で日本国内のニュースを見ることはほとんどできません。

── 日本の情報公開法は、ジャーナリストやメディアの取材・調査活動をおこなう上で、どのような利点と欠点があるのでしょうか。

黒薮 日本には、情報公開法があり、請求があれば公開しなければなりません。わたし自身もよくこの制度を利用しています。しかし、公権力の不祥事が分かる公文書は、プライバシー保護を口実に公開されません。

── ジャーナリストやメディアは報道に関して、どのような課題を抱えていますか。また、編集の独立性やメディアの多様性は、現在の日本におけるジャーナリズムの発展にとって十分なものだと考えていますか。

黒薮 日本のメディアの最大の問題は、その多くが公権力から独立していない点です。その結果、ジャーナリズムは政府の広報に変質しています。唯一の希望は、グローバル化の時代に、独立したメディアがインターネット上で生まれていることです。

◎出典:https://siquesepuede.jimdofree.com/2023/04/12/kuroyabu-en-jap%C3%B3n-la-distancia-entre-los-principales-medios-de-comunicaci%C3%B3n-y-el-gobierno-ha-sido-muy-estrecha/

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

横浜副流煙事件(反訴)、藤井敦子さん支援についての真実と誤解 黒薮哲哉

最近、横浜副流煙裁判(反訴)の原告である藤井敦子さんに対すツイッターによる攻撃が許容範囲を越えている。攻撃してくるのは、喫煙撲滅運動を推進している作田学医師や、化学物質過敏症の権威として知られている宮田幹夫医師の患者らである。

『窓』というタイトルで映画化された横浜副流煙事件

作田医師は、藤井さんが起こした裁判の法廷に立たされ、宮田医師は、4月末でみずからが経営してきたそよ風クリニックを閉鎖する。

後者の原因は、宮田医師の医療行為を批判する記事を書いたわたしにあると考えている人もいるようだ。

ツイッターによる攻撃対象は、副次的にわたしや、わたしの記事を掲載してきた鹿砦社にも及んでいる。さらに作田医師や宮田医師の医療を批判している舩越典子医師も攻撃対象になっている。

攻撃に加わっている人物の中には、元毎日新聞の辣腕ジャーナリストも含まれている。この先生は、なぜかわたしと鹿砦社に絡んでくる。

攻撃者らは、連携プレーのようなかたちで次々と攻撃を仕掛けてくる。ネットウヨやカウンター運動の面々によるSNS攻勢を同じパターンである。

これに対して藤井さんは、裁判の支援者などによる加勢を得て応戦している。後に引かない姿勢だ。

わたしはツイッターによる議論には積極的ではないが、コミュニケーションを図るという観点からすれば、まったく無意味なことだとは考えていない。しかし、議論の前提事実が間違ってしまうと、議論そのものが実のないものになってしまう。

◆わたしが藤井さんに行った支援

藤井さんを攻撃している人々による誤解の最たるものは、横浜副流煙事件をめぐる訴訟など一連の動きを背後で牛耳っているのは、わたし(黒薮)であるという勘違いである。中には、わたしの「鶴の一声」で藤井さんらが動いているとツイートしている高齢者もいた。そこでわたしが横浜副流煙事件にどこまで関与したかを正確に示しておこう。

「黒薮氏の鶴の一声で君達はそう連呼し……」などと述べている

横浜副流煙事件の提訴は、2017年11月である。藤井さんと同じマンションの2階に住むA家が、藤井さんの夫が吸う煙草で病気になったとして約4500万円の損害賠償を求めた裁判である。

わたしがこの事件に関わり始めたのは、その翌年、2018年の秋である。マイニュースジャパンから取材依頼があり、藤井さんが住む団地へ足を運んだり、A家の弁護士に接触するなど、綿密な取材活動を展開して記事を書いた。

その後、藤井さんが弁護士を解任して本人訴訟に切り替えたので、支援に乗り出した。司法ジャーナリズムをインターネットに載せる実験に興味があったからだ。そこでわたしが裁判書面の草案を作成して、藤井さんや支援者らと協議した。書面の校閲は、石岡淑道さんという元法律事務所の職員が行った。リサーチは、藤井さんと支援者が行った。このようなプロセスを経て裁判所へ提出した書面は、わたしがインターネットで公開した。

藤井さんの夫は横浜地裁で勝訴し、東京高裁でも勝訴した。裁判は藤井さんの夫の勝訴で終わった。

◆わたしは「反訴」にはかかわっていない

勝訴判決の確定を受けて藤井さんは2つの対抗措置を取った。ひとつは、前訴にかかわった作田学医師とA家に対する損害賠償である。「反訴」である。これについては、わたしは前訴が進行している時期から、繰り返し実行に移すように勧めていた。非常識な裁判提起に対しては、制裁を課すべきというのが、わたしの強い信念であるからだ。

藤井さんが取ったもうひとつの対抗措置は、作田医師に対する刑事告発である。これについては、わたしは積極的に進めたことはない。告発状が受理されないと思ったからだ。しかし、藤井さんの支援者に告発すべきだとの声が多く、藤井さんは告発に踏み切った。

最初、わたしは告発人のひとりに名を連ねていたが、公式に取り下げた。以後、ほとんど支援していない。

告発に向けて取材を重ね、重要情報を入手したのは藤井さんである。作田医師が在籍していた日本赤十字医療センターを何度も取材して、作田医師が作成した診断書交付のプロセスを解明した。作田医師がA家の娘を診察することなく、公的機関に診療報酬を請求していた事実を突き止めたのも藤井さんである。情報公開制度を利用したのである。

作田医師に対する刑事告発は受理され、警察が調査した後、横浜地検へ書類送検された。しかし、横浜地検は作田医師を不起訴とした。そこで藤井さんは、検察審査会に審査を申し立てた。その際に、理由書の草案を作成したのは、わたしである。これがわたしが藤井さんに対して行った最後の支援である。以後、何もしていない。

藤井さんが作田医師とA家に対して起こした「反訴」については、わたしは単なる取材者であり、裁判の方針には一切かかわっていない。書面を作成しているのは古川健三弁護士である。藤井さんと支援者は、書面を作成するためのリサーチを続けている。

◆理不尽な裁判を起こされて

わたしが横浜副流煙事件に関する藤井さんらの運動に背後にいるという想像は間違いである。

藤井さんは、横浜副流煙事件を通じて成長された。取材する力は、平均的なサラリーマン記者よりもはるかに勝っている。文書も立派に書けるようになった。

藤井さんは、自分の家族に対して4500万円もの請求が行われた結果、生死をかけて戦わざるを得なくなり、結果として著しく高い取材力や文章力を身に付けたのである。人間の知力がどのような外的条件の下で発達するかを示したとも言える。知力というものが、実生活(実践)との結合の中で飛躍的に発達することを示したのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)
4月25日発売!黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』

エスカレートする新聞人による政界工作、何が問題なのか? 黒薮哲哉

新聞業界の業界紙『新聞情報』(2023年3月8日付け)が、日販協政治連盟(日本新聞販売協会の政治団体)の新理事長に就任した深瀬和雄氏の集会での発言を紹介している。その内容は、同政治連盟が、内閣府や政界との交渉を通じて、業界の利益を誘導する方向で動いていることを示している。図らずも政界・官界と新聞業界の関係を露呈している。

重要部分を引用しておこう。

 日販協政治連盟設立の目的は、業界に必要な政治活動の実施だが、平成8(1996)年4月に発足して以来、27年にわたり自民、公明両党の新聞販売懇話会所属の議員を中心に、新聞販売業界との連携強化が図られていることは、ご承知と存じる。また、縦の系統会に対し、業界を横につないだ日本新聞販売協会は、内閣府認定の公共活動を推進している。

 一方、本同盟は、行政府に対し再違反制度と特殊指定の重要性周知と、新聞業界にかかわる政策要望が目的だ。最近(のテーマ)は、消費税軽減税率の適用問題だったが、それらを伏せ、国政選挙を応援することが目的なので、全国の会員の声をしっかりと聞き、それを衆参両院議員にお伝えし、国政の場に反映させ、販売店の皆さんが働きやすい経営環境作りにつなげることが、最大の事業理念だと認識を深めた。

出典:株式会社弥生

新聞に対する消費税の優遇措置や再販制度を堅持するために、政界と親密な関係を構築する方向で活動していることを自ら認めているのである。言葉をかえると新聞業界の経済的な繁栄を政治家の手に委ねているのだ。当然、こうした関係の下で、公権力機関と一線を画した報道ができるのかという致命的な疑問が浮上してくる。

◆「中川先生に恩返しをする機会が近づいております。」

日販協が政治活動に着手したのは、1980年代の後半である。国際的な規制緩和の流れの中で、日本でも構造改革の中で再販制度を撤廃する動きが浮上してきた。これに危機感を抱いた新聞業界が政界への接近をはかる。とはいえ新聞社はジャーナリズム企業であるから、表立った政界工作はできない。そこで政界工作の実働部隊として乗り出してきたのが、日販協だった。それを受けて、中川秀直議員(元日経新聞記者)や水野清(元NHK)といった議員が、自民党新聞販売懇話会を設立した。

中川秀直議員(当時)、出典:wikipedia

1990年代に入ると、日販協会は「1円募金」と呼ばれる方法で販売店から政治献金を集めるようになった。献金の割り当て額は、新聞1部に付き1円である。従って例えば3000部を配達している販売店であれば、3000円の献金となる。4000部を配達している販売店であれば、4000円の割り当てとなる。

政治献金の送り先は、経理資料としては残っていないが、それを示唆する記事はある。たとえば1993年5月31日付けの『日販協月報』は、当時の郡司辰之助会長の次の発言を掲載している。

中川先生に自民党新聞販売懇話会をつくっていただき、同時に代表幹事として奔走いただいたおかげて我々の希望や願いがようやく聞き届けられるようになったわけです。現在、業界は多くの難題を抱えております。(略)事業税の特例措置は、手数料の増額や本社の補助金ではまかない切れない程の恩恵を全国の販売店にもたらしておりますが、これも中川先生のお力によるものと言っても過言ではありません。その中川先生に恩返しをする機会が近づいております。

その後、日販協の政治活動は、新たに設立された日販協政治連盟へ引き継がれる。同政治連盟に対して、政治献金を提供してきた事実は、政治資金収支報告書にも記録されている。公然の事実である。

次に示すのは、2021年度の献金実態である。       

◎[参考記事]新聞業界から政界へ政治献金598万円、103人の政治家へばら撒き、21年度の政治資金収支報告書で判明 

◆メディアコントロールの構図

新聞業界が政界工作と縁が切れない最大の理由は、再販制度や消費税の優遇措置の殺生権を政界が握っているからにほかならない。逆説的に考えれば、公権力機関は新聞社の経営上の弱点に着目すれば、暗黙のうちに紙面内容をコントロールすることができる。

このような構図の中で、新聞記者がいくら士気を高めても、志を正しても、公権力にメスを入れる報道は期待できない。ほんのちょっと批判することはできても、取材対象に留めを指すことはできない。

新聞の紙面内容をいくら批判しても、新聞関係者が公権力機関との癒着を断たない限り問題は解決しない。ジャーナリズムの没落は、実は単純な構図なのだ。しかし、この点はタブー視されているので、誰もタッチしない。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る

◆日本の新聞がおかしいと感じた瞬間

黒薮 思い出すことがあります。日本の新聞がおかしいと最初に思ったのは、20代の終わりです。わたしは20代の大半を海外で暮らしたのですが、日本に帰って東京でアパートに入った、その日に驚くべき体験をしました。ドアを開けると、拡販員がいきなり洗剤を押し付けて「新聞を取ってくれ」と言ってきたのです。こうした新聞拡販を知らなかったので、「これで新聞記者の人は平気なのかな」と思いました。これが日本の新聞はどこかおかしいと感じた最初です。

田所 そこから黒薮さんはライフワークの「押し紙」の取材にとりかかられたのですか。

 
黒薮哲哉さん

黒薮 東京で普通の会社に就職したんです。そこに2年くらい居ましたがバブル崩壊で会社が潰れたので、それからメキシコで、メキシコ日産の通訳をした後、日本に戻り新聞業界の業界紙に入りました。「押し紙」に関わりだしたのはそれからです。

田所 新聞業界の業界紙だから、ど真ん中にいらっしゃった。内部事情が分かりますね。

黒薮 業界団体の中で不正経理事件があって、それを調べようとしたら業界紙の社長さんらがみんなで、「これは取材してはいけない」と決めてしまいました。そこで「それはおかしいのではないか」と言っていたら、クビになったんです。

田所 解雇ですか。

黒薮 解雇されたんです。解雇される前は私の仕事机だけを壁に向けておかれたりしました。

田所 精神的に追い詰める嫌がらせですね。

黒薮 事件を取材して発表したわけではありません。取材しようと少し動き始めただけでした。しかし、解雇されたのでフリーになりました。

田所 それくらい強固にアンタッチャブルな聖域なんですね。黒薮さんが読売新聞から訴えられたのは何年でしたか。

黒薮 2009年です。その時には既に「押し紙」関係の書籍も書いていました。

◆「押し紙」問題追及の先達たち

田所 本格的に「押し紙」の問題を書き始めたのはいつ頃でしたか。

黒薮 最初に記事を書いたのは1997年です。

田所 黒薮さん以前に「押し紙」問題を取り上げているジャーナリストはいましたか。

黒薮 1970年代に清水勝人さんという人がいました。これはペンネームで噂によると大新聞の販売局の人ではないかと言われています。この人が「押し紙」問題を暴いたことがあるのです。月刊誌に書いていたほか現代評論社から『新聞の秘密』という本を出しています。

清水さんが早い段階から「押し紙」問題を暴いているのですが、まったく見向きもされず、完全に無視された感じです。私も「押し紙」問題をかなり深く取材してから清水さんの存在を知ったくらいです。

それから次に、1980年代から沢田治さんという滋賀県の新聞販売店の労働組合の人が中心になって、「押し紙」問題を指摘しました。国会でも80年から85年までに16回にわたって質問がなされています。沢田さんが国会議員に資料を提供していたのです。

国会質問により「押し紙」問題は、解決するかと思いましたが、85年に質問が終了した頃は、景気が非常によくなっていて、販売店も「押し紙」があっても経営が行き詰まることはなく、「押し紙」についての議論がなされなくなりました。次にそれを始めたのが私です。

田所 ちなみに80年代の国会質問はどの党でしたか。

黒薮 超党派です。社会党、共産党、公明党です。

田所 では、野党超党派の質問ですね。

黒薮 超党派でいいところまで追及してくれました。

田所 今はむしろ与党内に地方議員ですが、黒薮さんの理解者がいますね。

黒薮 小坪慎也さんという福岡県行橋市の市会議員です。2020年佐賀地裁で佐賀新聞の「押し紙」を認定する判決が下りました。その時に取り上げたのはどちらかといえば右派系のネットのメディアでした。「押し紙」問題は、なぜか左派系のメディアもタブー視します。何を恐れているのでしょうね。

◆販売店にノルマ部数を強要する「押し紙」

田所 「押し紙」をご存知ない方々にどうして「押し紙」が問題なのか教えて下さい。

黒薮 「押し紙」は簡単にいえば新聞販売店のノルマ部数です。たとえばある販売店の新聞購読者が1000人だったとすると、1000部と若干の予備紙があれば充分なわけです。ところが1000部で十分に足りているのに無理やり1500部を販売店に押し付ける。この場合、500部がほぼ「押し紙」ということです。

 
田所敏夫さん

田所 販売店は新聞社から適性部数に何割増しかの部数を押し付けられて、買わされるということですか。

黒薮 そうです。「押し紙」により、実質的に新聞社の販売収入が増えます。

田所 私たちは購読料を払って新聞を読んでいますが、新聞社に払っているのではなく販売店に払っているのですね。

黒薮 販売店は自分たちのところに送られてきた新聞の購入代金を、新聞社に全部払わなければなりません。新聞社に「押し紙」に対しても請求を起こします。

田所 販売店にとっては負担ですね。

黒薮 大きな負担です。新聞社の側から見れば、「押し紙」により販売収入が増えます。読者の数よりも多い販売数を仮装することにより、新聞の公称の部数(ABC部数)が増えるので、紙面広告の媒体価値も高まるわけです。新聞社は、「押し紙」により、このような2つのメリットを得ます。

田所 100万人の購読者がいる新聞より150万人購読者がいるとされる新聞は、誌面広告の費用を高くとることができる。しかし150万人のうち、実際には100万人しか読者がいないとすればそれは詐欺ですね。

黒薮 それが「押し紙」問題の本質です。ところが販売店が実数以上の部数を仕入れることにより、利益を上げるケースもあるのです。それは新聞の折り込み広告の枚数と、販売店へ搬入する新聞の部数を一致させる基本的な原則があるからです。搬入された新聞の部数が多ければ、折り込み広告の種類が多い販売店では、「押し紙」があっても損をしません。折り込み広告による収入が、「押し紙」で発生する損害を相殺するからです。

田所 一方的に販売店が負担を被るだけではなく、販売店配達実数以上に折り込み広告代を依頼主に請求できるメリットもあると。

黒薮 今はそんなことはないですが、そういう時代もありました。一種の共犯関係です。先ほど述べたように国会質問が終わったのが1985年で、その後、「押し紙」問題が沈静化したのは、折り込み広告の需要が非常に高くなっていたので「押し紙」があっても販売店は損はしなかったという事情があったと思います。日本経済が好調だったからです。ところがバブルが崩壊し、新聞の価値がなくなってくるにしたがって、販売店が今までたくさん仕入れさせられていた「押し紙」が負担になってきた。しかし新聞社としては「今さら何を言っているんだ」という感じで、簡単に「押し紙」を減らしてはくれないわけです。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的
〈06〉日本のタブー「押し紙」問題の本質を探る

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)
最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年4月号

市民運動体によるネット炎上、怒りの鉾先を藤井敦子さんと舩越典子医師へ向けて爆発 黒薮哲哉

このところインターネット上で、化学物質過敏症の診断書交付をめぐる問題が炎上している。一部の医師たちが、問診を重視して「化学物質過敏症」の病名を付した診断書を交付することの是非をめぐる議論である。発端は横浜副流煙裁判だ。デジタル鹿砦社通信で報じてきた「禁煙ファシズム」をめぐる一連の報道である。

議論とも罵倒ともつかないツイートの集中砲火を浴びているのは、藤井敦子さんと舩越典子医師である。藤井さんは、横浜副流煙事件の被告の妻で、裁判に勝訴した後、作田医師らに対して約1000万円の損害賠償を請求する「反スラップ」訴訟を起こした。みずからのブログでも裁判の経緯を発信し続けている。

また、舩越医師は、化学物質過敏症の専門医である宮田幹夫医師による診断書交付を告発した経緯がある。この2名が、ネット上の「袋叩き」のターゲットになっている。2人に対するツイートは、もはやわたしとしても傍観できない領域に達している。プライバシーにまで踏み込んで、罵倒を吐き散らしているからだ。

たとえば、次のような調子である。

私、英語の教員免許持ってるけど、YouTubeで聞いた限り、あの人(藤井さんのこと)の発音って、ネイティブ並ではないよね。所詮、日本人英語。人のこと言えないけど。 あの程度で発音を堂々と教えられるなら、私でも教えられそう。(いち)

藤井氏は(注:煙草の被害を訴えている隣人の症状について)心因性のものだと主張していますが、もしA家の人が本当に化学物質過敏症でなく心因性で妄想が入った統合失調症なら命の危険がありませんか?
どちらがいい悪いでなく精神病の人に目をつけられたら全力で逃げた方がいいです。でないと殺傷事件に巻き込まれるかも。(いち)

「いち」なる匿名人物による藤井敦子さんに対する罵倒・中傷ツイートの一例

これらのツイートを読むだけで投稿者の情緒が不安定であることが感じ取れる。発達障害かも知れない。投稿者が青少年であればともかくも、おそらく分別があるはずの成人である。

議論が炎上している背景に、4月末で宮田幹夫医師がそよ風クリニックを閉鎖するに至った事情があるようだ。閉鎖に伴い、患者は従来どおりに診断書交付を受けられなくなる可能性がある。診断書がなければ、障害年金の更新手続きもできない。その怒りが、藤井さんと舩越医師に向かって爆発しているのである。攻撃は終わる気配はない。はからずもわたしは、禁煙ファシズムの実態を目の当たりにすることになった。

過去にもSNS上の炎上現象はある。故三宅雪子氏による炎上、ネットウヨによる炎上、カウンター運動による炎上などである。このうちカウンター運動による炎上には、わたしも巻き込ま荒れ、「差別者(レイシスト)」のリストに入れられた。反共の極右主義者ということになっているらしい。

◆作田医師、「事務の女の子ににおいをかいでもらいました。」

炎上の中心にいるのはたいてい市民運動を展開している人々である。市民運動は、共通した趣味や思考を持つ人々の集合体で、同じ社会運動体と言っても、地域社会に根付いた住民運動とは根本的に性質が異なる。市民運動は、無責任で軽薄で感情的というのがわたしの評価である。社会通念からずれた要素があり、病的なものさえ感じる。

 
日本禁煙学会の作田学理事長(写真出典:日本禁煙学会ウェブサイト)

たとえば、喫煙撲滅運動の先頭に立ってきた日本禁煙学会の作田学理事長は、2月8日に行われた横浜副流煙裁判(反訴)の本人尋問で次のような奇妙な証言をしている。証言そのものが正気とは思えない。証言を引用する前に、若干事情を説明しおこう。

横浜副流煙事件の審理が進んでいたころ、藤井敦子さんは、近隣住民の酒井久男さんの協力を得て、作田医師の外来へ潜入した。酒井さんに繊維に対するアレルギーがあるので、作田医師の診断を受けてもらい、同伴して問診の様子などを「取材」するのが目的だった。被告家族としては、当然の情報収集だった。提訴の前提となった診断書を交付した作田医師の力量を見極める必要があった。

作田医師は、酒井さんが繊維に対するアレルギー体質を訴えたのに、「受動喫煙症」の病名を付した診断書を交付した。

以上の経緯を前提に、法廷での作田医師の証言を引用しよう。

弁護士:あと、サカイさんの診断書というのがちょっと問題になっているんですけど、お分かりになりますか。

作田医師:うさんくさい患者さんでした。

弁護士:記憶は、残っていますか。

作田医師:はい。

弁護士:どういう記憶として残っていますか。

作田医師:患者さん(酒井さんのこと)が退室しまして、書類を整理しているときに、ふわっとたばこのにおいがしたんです。それで、ひょっとして間違いかと思って、外から事務の女の子を呼んで、それで、一生懸命においをかいでもらいました。そしたら、やっぱりこれはたばこのにおいだと。それで、これはいけない、(略)1丁目1番地が間違えた診断書を出しちゃったということで、すぐに戻ってもらうように探してくれと言って、そうしたら、事務の女の子は、一生懸命小走りになって外へ出ていきました。それで、私は、そこにある使用モニターを準備して待っていましたが、いつになっても帰ってこないので、恐らく医事課、あるいは全館コールもしたと思います。しかし、いなかった。それで、これはもううさんくさい人だなあと思いました。

作田医師は、書類の整理をしているときに、煙草の匂いがしたので、「事務の女の子を呼んで、それで、一生懸命においをかいでもら」ったというのだ。たとえ一瞬、煙草の匂いがしたことが事実であっても、自分が感じた匂いを、呼びつけた「事務の女の子」にかいでもらって確認できるはずがない。まして酒井さんが退出して若干の時間が経過しているのである。匂いをかぎ分けることなど、警察犬にしかできないだろう。人間にはそれほど繊細な臭覚がない。

作田医師の証言は、わたしには奇行としか思えない。勝手な思い込みをしているのである。

このように裁判の証言にもツイッターの内容にもわたしはどこか病的なものを感じる。しかし、これが市民運動の実態なのだ。

市民運動が常道を逸している理由は、運動目的が団体や個人の利益獲得に結び付くからだろう。会員を増やすことで、組織の会費収入を増やすとか、診断書交付を容易にするとか利己的な目的があるからだとわたしは思う。

その構図にメスを入れようとすると、舩越医師や藤井さんのように袋叩きにあう。暴力が行使されないのは、まだ不幸中の幸いである。

◆無資格者が生理検査

ちなみにそよ風クリニックにも、市民運動に特徴的な問題がある。それはクリニックと自然食品の会社が親密な関係にあることだ。そよ風クリニックの下階には、自然食品の商店がある。当然、その風クリニックを受診する患者は、この店の格好の客となる。しかも、宮田医師は化学物質過敏症は完治しないという立場を取っているわけだから、自然食品店にとっては、これほど好都合なことはない。

また、そよ風クリニックでは、眼球運動などの生理検査を栄養士が実施している。当然、正確に生理検査が行われているのかという疑問がある。横浜副流煙裁判に提出された宮田医師による患者のカルテを、舩越典子医師は次のように批判する。

「裁判に提出されたカルテによると、眼球運動の検査は、検査器機の不調を理由に目視で行っています。目視での検査結果は信頼性が低いため、器機の修理が終わった段階で検査器機を用いた検査を行うべきであったと考えます。検査器機の不調についてカルテ記載はありませんでした。敢えて目視による検査を採用した疑いも否定できません。そよ風クリニックにおける神経性学的検査は栄養士のAさんが実施しています。彼女は医師でも臨床検査技師でもない、管理栄養士です。無資格者による検査は違法です。違法行為により得られた検査結果を横浜副流煙裁判の証拠として用いる事は言語道断です」

これに対して宮田医師は、書面で次のように反論した。

「この病気の患者さんは体に薬を付けたりすることを極端に嫌がります。眼球運動の測定では通常の方法では薬剤を塗るか、コンタクトレンズを装用するかの方法ですが、単に眼鏡を掛ける様に改造した装置を使用しています。眼鏡屋さんの眼鏡の試着と同じ程度の負荷しか患者に掛からない装置ですので、まったく問題ないと思います。もちろん私の指揮下です。」

◎禁煙ファシズム関連過去記事 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=114

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu
 

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)
月刊『紙の爆弾』2023年4月号

新聞の没落現象に歯止めかからず、2023年1月度のABC部数、年間で朝日新聞が62万部減、読売新聞が47万部減 黒薮哲哉

2023年1月度のABC部数が明らかになった。それによると朝日新聞は約380万部、読売新聞は約651万部、毎日新聞は約182万部だった。この1年間の減部数は、朝日新聞が約62万部、読売新聞が約47万部、毎日新聞が14万部だった。産経新聞と日経新聞も大幅に部数を減らしている。部数回復の兆しはまったく見られない。

このペースで新聞離れが進めば、朝日新聞は2024年度中に300万部の大台を割り込む可能性がある。また、読売新聞は年内にも600万部の大台を割り込む可能性がある。

1月度のABC部数は次の通りである。

朝日新聞:3,795,158(-624,194)
毎日新聞:1,818,225(-141,883)
読売新聞:6,527,381(-469,666)
日経新聞:1,621,092(-174,415)
産経新聞: 989,199(-54,105)

なお、ABC部数には「押し紙」(広義の残紙)が含まれているので、新聞販売店が実際に配達している新聞部数は、ABC部数よりもはるかに少ない場合が多い。「押し紙」率は、新聞社によっても地域によっても異なるが、過去に起きた「押し紙」裁判のデータなどから察すると、搬入部数の20%から40%ぐらいになると推測される。相対的に地方紙よりも中央紙の方が「押し紙」が多い傾向にある。ただ、新聞販売店からの情報によると、今後、「押し紙」政策を廃止する方針を打ち出した新聞社もあるようだ。

新聞離れは、夕刊の廃止という形でも現れている。たとえば中央紙でも毎日新聞は、4月から愛知、岐阜、三重で夕刊を廃止する。今後、夕刊廃止の流れは他地域や他社でも起きるだろう。夕刊廃止はすでに秒読みの段階に入っている。

新聞販売店に積み上げられた水増しされた折込広告。「押し紙」と一緒に廃棄される

◆新聞離れの背景に何が?

新聞離れが進む背景には、勿論、インターネットの普及があるが、新聞が情報収集のツールとして適さないことが国民の間で周知されてきた事情もあるようだ。とくに「ホワイトカラー」の間でその傾向が顕著になっているような印象を筆者は持っている。

新聞離れは次のような事情による。

第1に記者クラブを通じた情報が主流になっているので、必然的に公権力機関の広報紙的な要素が強くなっていることである。いわゆる「発表ジャーナリズム」が新聞の柱になっている事情がある。従って新聞は、客観的な事実を把握する道具としては適さない。広報や広報は、新聞を経由しなくてもウエブサイトから直接得られる時代になっている。

第2に新聞にはリンクが張れないので、読者は記事の裏付けとなる資料や文書が確認できない。記事の信ぴょう性は、十分な裏付けにより担保されるわけだから、リンクが張れないことは、現在ジャーナリズムでは致命傷となる。新聞社の高いステータスで情報の質を判断する時代ではなくなっている。

 
ウィキリークスの創立者、ジュリアン・アサンジ。米国政府が異常に恐れている人物で、禁錮175年の刑が下される可能性がある。欧米で、米国政府に対して「出版は犯罪ではない」との批判が上がっている

ちなみに新しい時代のジャーナリズムの典型的なモデルとしては、公権力の内部資料を公開することでニュースの信ぴょう性を担保してきたウィキリークスがある。この手法が広がれば、公権力機関にとっては、大変な脅威となる。ウィキリークスの創立者であるジュリアン・アサンジに対して米国が禁錮175年の刑を下そうとしているゆえんに外ならない。

第3の要因は、「第2」とも関係するが、新聞ではメディアの多角化に対応できない点である。インターネットに登場するニュースやルポルタージュには、動画を埋め込むことができる。資料の場合は紙の新聞でも、紙面を割けば紹介できるが、動画を掲載することは物理的に不可能だ。つまりメディアの様式そのものが変化してきたにもかかわらず、それに対応できない事情がある。

新聞離れが進む状況のもとで、「人力でニュースを配達する時代ではない」とう声も多い。かつては大雪の日に命がけで新聞を配達したことが美談となったが、現在の若い世代にはそうした意識はあまりないようだ。むしろ新聞社の人命軽視を批判する傾向がある。

ニュースの配信はインターネットによる配信の方が合理的だ。

ABC部数は毎月公表されるが、筆者が記憶する限り、ここ20年ほどの間、凋落への一途をたどっている。今後、V字回復に転じることはまずありえない。それにもかかわらず、すみやかにインターネットに移行できないのは、電子新聞では「押し紙」政策が取れないからではないか。

いまや新聞のABC部数は、まったく信用できないデータとなっている。新聞と同じ没落の運命にあるのではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)
月刊『紙の爆弾』2023年4月号

遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的

◆日本の新聞とニューヨークタイムズの違い

田所 新聞は批判勢力では決してない。拡声器であったり補完勢力と思います。新聞の「押し紙」問題を長年取材なさっている黒薮さんが、今もう新聞を取っていらっしゃらないんですよね。

 
田所敏夫さん

黒薮 そうです。

田所 私は50代ですが、同じ世代を見回しても、新聞は取っていない人のほうがたぶん多いです。

黒薮 新聞はインターネットと違って検索機能がありません。記事にリンクが張れない。ネット上のニュースは関連した情報を引き出すことができるけども新聞にはそれできない。情報の量で新聞はネットに圧倒的に劣っています。

田所 かつて新聞は速報性と若干の解説の役割を担っていたと思います。テレビも速報性はありますが、テレビニュースの時間は限られています。新聞は深くではないけども網羅的に報じる役割が一定程度あったでしょうが、インターネットがここまで浸透すると新聞はかないませんね。ニューヨークタイムズなどは紙の発行を止めてすべて電子化しようとしていますが、日本の新聞と異なり売り上げを伸しています。

◆生の資料を公開するウィキリークスのインパクト

 
黒薮哲哉さん

黒薮 それは言語の優位性もあるでしょう。ネットと新聞の違いが典型的に現れているのがウィキリークスです。ウィキリークスは生の資料を公開しています。新聞ではそれができません。真似をしているわけではありませんが私のウェブサイト(メディア黒書)でも証拠資料をそのまま公開しています。それにより情報の信ぴょう性が高まるわけです。

田所 元資料を実際に目にすると受けてのインパクトが違いますね。

黒薮 重い裏付けが取れるということです。

田所 黒薮さんは情報公開請求をされて、手に入れた黒塗りだらけの資料を公開されます。「何も答えていない」と書いて説明するよりも、実物を見るとよくわかります。

黒薮 真っ黒に塗り鋳つぶされた大量の資料を全部そのまま公開すれば、「これだけ閉鎖的な国なんですよ」というメッセージになります。資料は決定的に大事です。良い方向に考えればジャーナリズムもそのように変って行くのでしょう。将来的には規制が出てくる可能性はありますが。

田所 ネットがこれだけ大きな比重を占める生活の中で、ジャーナリズムは強い武器を手に入れたはずですが、日本人はまだウィキリークスのように充分に使いこなせていないのではないでしょうか。

黒薮 ウィキリークスの偉いところは、自分達よりも大きなニューヨークタイムズのようなメディアと連携して、事件を暴露するスタイルです。日本にウィキリークスのようなメディアを作っても連携先が無いでしょう。権力者にとって決定的な資料を手に入れても大手メディアは公開しませんから。

◆「報道」より「拡販」に社運をかける日本の大新聞

田所 大新聞の政治部記者やテレビ局の中に、権力者とベタベタしているように見せかけて、匿名で情報を提供してくれる人が昔はいましたし、今もたぶんいると思います。『週刊文春』だけであれだけの情報がわかるはずはないと思います。ただそのようなことが大胆に機能できるほどではない。

黒薮 提携先が無いということです。

田所 マスメディアにはジャーナリズムの機能が備わっているはずですが、日本では常にコマーシャリズムが勝ってしまい、個人の記者が何かを暴くことはありますが、新聞社が腹を据えて何かを暴くということを今のマスコミには絶対期待できませんね。絶対という言葉は軽々に使ってはいけない言葉ですが。

黒薮 社運をかけて新聞の「拡販」をすることはありますが(笑)。

田所 「拡販」を少し説明していただけますか。

黒薮 「拡販」はビール券や洗剤など商品を提示することによって新聞購読の契約を結んでもらうことです。

田所 新聞契約を結んでもらうために、契約者になんらかの品物を提供する。

黒薮 多いのは、ビール券や洗剤ですが、テレビや電子レンジ自転車等を使うこともあります。高価な品を使って5年間ぐらいの契約を結んでもらうのです。

田所 高価なものだと契約期間が長いのですね。「拡材」という呼び方もしますね。(つづく)

◎遠慮・忖度一切なし!《本音の対談》黒薮哲哉×田所敏夫
〈01〉「スラップ訴訟」としての横浜副流煙事件裁判
〈02〉横浜副流煙事件裁判のその後 
〈03〉禁煙ファシズムの危険性 ── 喫煙者が減少したことで肺がん罹患者は減ったのか? 
〈04〉問題すり替えに過ぎない“SDGs”の欺瞞
〈05〉「押し紙」は新聞にとって致命的

▼黒薮哲哉(くろやぶ てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)
最新刊! 月刊『紙の爆弾』2023年4月号