「『しばき隊がリンチ事件を起こした』等は、根拠のないデマ」とツイートした高千穂大学の五野井郁夫教授、事実の認識方法に重大な欠陥 黒薮哲哉

研究者の劣化が顕著になっている。大学の教え子にハラスメントを繰り返したり、暴力を振るったり、ジャーナリストの書籍を盗用したり、最高学府の研究者とは思えない蛮行が広がっている。事件にまでは至らなくても、知識人の相対的劣化は、ソーシャルメディアなど日常生活の中にも色濃く影を落としている。

11月8日に「Ikuo Gonoï」のアカウント名を持つ人物が、ツイッターに次の投稿を掲載した。

こちらの件ですが、担当した弁護士の神原元先生@kambara7の以下ツイートの通り、「しばき隊がリンチ事件を起こした」等は、根拠のないデマであったことがすでに裁判で証明されており、判決でもカウンター側が勝利しています。デマの拡散とわたしへの誹謗中傷に対する謝罪と削除を求めます。

「しばき隊」が起こした暴力事件を「根拠のないデマ」だと摘示する投稿である。

「Ikuo Gonoï」のアカウント名を持つ人物が11月8日に投稿したツイート
 
「しばき隊」のメンバーから殴る蹴るの暴行を受け、全治3週間の重傷を負った大学院生(当時)のM君

◆2014年12月17日の事件

「しばき隊」というのは、カウンター運動(民族差別反対運動)を進めていた組織で、2014年12月17日の深夜、大阪府北区堂島の北新地で複数のメンバーが飲食した際に、大学院生をめった打ちにして、瀕死の重傷を負わせた事実がある。

この日、カウンター運動の騎士として著名な李信恵を原告とする反差別裁判(被告は、「保守速報」)の口頭弁論が大阪地裁であった。

閉廷後、李らは飲食を重ね、深夜になって事件の舞台となる北新地のバーに入った。そして「しばき隊」の仲間であるM君を電話で呼び出したのである。M君の言動が組織内の火種になっていたらしい。

M君がバーに到着すると、李はいきなりM君の胸倉を掴んだ。興奮した李を仲間が制したが、その後、「エル金」と呼ばれるメンバーが、M君をバーの外に連れ出し、殴る蹴るの暴行を繰り返し、全治3週間の重傷を負わせたのである。

M君は事件から3カ月後の2015年2月に、警察に被害届を出した。2016年3月、大阪地検は李信恵を不起訴としたが、エル金に40万円、それに他の一人に10万円の罰金を言い渡した。

「エル金」は、M君に対して次のような書き出しの謝罪文を送付している。

この度の傷害事件に関わり、ここに謝罪と賠償の気持ちを表すべく一筆文章にて失礼致します。私による暴行によってMさんが負うことになった精神的及び肉体的苦痛、そして甚大な被害に対して、まずもって深く真摯に謝罪し、その経過について自らがどのような総括をしているのかをお伝えしたいと思います。(略)

暴力行為の真最中、その時点で立ち止まり、過ちを改める行動に移すべきだったし、酔いがさめ興奮が沈着した時点で、もっと迅速な事態収拾を図っておれば深刻化を軽減できたかもしれません。

また李信恵も、次のような謝罪文を送っている。

●●さんがMさんに一方的に暴力をふるっていたことも知らずに店の中にいて、一言も●●さんに注意ができなかったことも申し訳なく思っています。

その後、2017年、M君はエル金や李信恵ら5人に対して約1100万円の支払いを求める損害賠償裁判(民事)を起こした。この裁判でも、李の責任は免責されたが、大阪地裁は「エル金」と伊藤大介に対して約80万円の損害賠償を命じる判決を下した。大阪高裁で行われた控訴審では、エル金に対して約114万円の支払いを命じる判決を下した一方、伊藤に対する請求は棄却された。

つまりこの裁判で勝訴したのはM君だった。李信恵の責任が免責されたことや、怪我の程度に照らして損害賠償額が少額だったことに、M君は納得しなかったものの、裁判所は暴力事件が実在したこと実態は認定したのである。この点が非常に重要だ。五野井教授の「『しばき隊がリンチ事件を起こした』等は、根拠のないデマであった」とするツイートは、著しく事実からかけ離れているのである。その誤情報をツイッターで拡散したのである。

ちなみにこの事件では、著名な人々が申し合わせたように「リンチ事件」を隠蔽する工作へ走った。『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)の著者・師岡康子弁護士は、その中心的な人物である。マスコミも一斉に隠蔽の方向へ走った。唯一の例外は、『週刊実話』と鹿砦社だけだった。

◆ツイッターという社会病理

冒頭のIkuo Gonoïによるツィートに話を戻そう。繰り返しになるがIkuo Gonoïは、「担当した弁護士の神原元先生@kambara7の以下ツイートの通り、『しばき隊がリンチ事件を起こした』等は、根拠のないデマであったことがすでに裁判で証明されており、判決でもカウンター側が勝利しています」と投稿している。

 
高千穂大学(経営学部)の五野井郁夫教授

わたしは投稿者の人間性に好奇心を刺激され、Ikuo Gonoiという人物の経歴を調べてみた。その結果、高千穂大学の著名な国際政治学者・五野井郁夫教授であることが分かった。五野井教授は、上智大学法学部国際関係法学科を経て、2007年3月に東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻で学位を取得した。日本を代表する知識人である。民主主義に関する研究の専門家である。

朝日新聞の『論座』にも繰り返し投稿している。また、『「デモ」とは何か ―変貌する直接民主主義―』(NHK)などの著書もある。

五野井教授が教鞭をとる高千穂大学は、1903年に母体が設立された歴史ある大学である。そこを本拠地として、五野井教授は高等教育の仕事に携わっているのである。

しかし、五野井教授のツイッターを見る限り、社会科学を職業とする者にしては、事実の裏付けを取る能力に疑問を感じる。「事件を担当した弁護士の神原元先生」の言葉を鵜のみすることが、客観的な事実を確認するプロセスとしては充分ではないはずだ。五野井教授は、記事を執筆する際にどのように事実を捉えてきたのか、これまでの著述の裏付けも疑わしくなる。少なくとも、しばき隊による事件が「根拠のないデマ」だとする認識は、社会科学の研究者のレベルではないだろう。想像の世界と客観的な事実の世界の区別が出来ていないからだ。

さらには五野井教授は、高千穂大学の学生に対して、どのようなリサーチ方法を指導しているのかという疑問も浮上する。

2014年12月17日の深夜にしばき隊が起こした暴力事件の裏付けは、裁判の判決や加害者による書簡、さらには事件の音声記録など広範囲に存在している。それを無視して、被害者のM君を傷つける暴言を吐くのは、「南京事件はなかった」とか、「ナチのガス室はなかった」と叫んでいる極右の連中と同じレベルなのである。ましてこうした言動の主が最高学府の研究者となれば、ソーシャルメディアの社会病理が別の問題として輪郭を現わしてくるのである。
 
◆五野井教授に対する質問状
 
わたしは五野井教授に、次の質問状を送付した。五野井教授からの回答と併せてて掲載しておこう。

■質問状

五野井先生が、11月8日付けで投稿された次のツィートについて、お尋ねします。

「こちらの件ですが、担当した弁護士の神原元先生@kambara7の以下ツイートの通り、「しばき隊がリンチ事件を起こした」等は、根拠のないデマであったことがすでに裁判で証明されており、判決でもカウンター側が勝利しています。デマの拡散とわたしへの誹謗中傷に対する謝罪と削除を求めます。」

まず、「『しばき隊がリンチ事件を起こした』等は、根拠のないデマであったことがすでに裁判で証明」されたと摘示されていますが、裁判では主犯のリーダに対する損害賠償命令(約114万円、大阪高裁)が下っており、「根拠のないデマ」という認識は誤りかと思います。先生は、何を根拠に「根拠のないデマ」と判断されたのでしょうか。

次に先生が記事や論文等を執筆される際の裏付け取材についてお尋ねします。引用したツィートを見る限り、原点の裁判資料を重視せずに、神原元弁護士の言動を事実として鵜呑みにされているような印象を受けます。具体的に先生は、どのようにして事実を確認されているのでしょうか。また、大学の学生に対しては、この点に関してどのような指導をされているのでしょうか。

11月14日の2時までにご回答いただければ幸いです。

記事の掲載媒体は、デジタル鹿砦社通信などです。

■回答

 担当者様
 上瀧浩子弁護士を通じて鹿砦社にお送りした通りです。
 以上。

上瀧浩子弁護士による書面の存在を確認したうえで、続編は来週以降に掲載する。わたしが質問状を送付したのが10日で、五野井教授の回答が届いたのは11日なので、上瀧弁護士は迅速に回答を鹿砦社送付したことになる。このあたりの事実関係の確認も含めて、質問と回答がかみ合っているかを検証した上で、五野井教授の見解を紹介する。

※人物の敬称は略しました。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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《関連過去記事カテゴリー》
しばき隊リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

日本経済新聞の「押し紙」裁判と今後の課題 ── 露呈した新聞社保護の実態  黒薮哲哉

2022年7月時点における全国の朝刊発行部数(一般紙)は2755万部(ABC部数)である。このうちの20%が残紙とすれば、551万部が配達されることなく無駄に廃棄されていることになる。30%が残紙とすれば、827万部が廃棄されていることになる。1日の廃棄量がこの規模であるから、ひと月にすれば、おおよそ1億6530万部から、2億4810万部が廃棄されていることになる。年間に試算すると天文学的な数字になる。「押し紙」は重大な環境問題でもある。

しかし、裁判所も公正取引委員会も、いまだに「押し紙」問題に抜本的なメスを入れようとはしない。新聞社の「押し紙」政策を保護していると言っても過言ではない。新聞社を公権力機関の歯車として取り込むことによりメディアコントロールが可能になるから、「押し紙」を黙認する政策を取っている可能性が高い。

 
東京大手町の日経ビル(左)(出典:ウィキペディア)

◆書面で20回にわたり減紙を申し入れるも……

筆者は、日本経済新聞(以下日経新聞)を扱う販売店(京都府)が起こした「押し紙」裁判(4月22日判決)の判決文を入手した。判決からすでに半年が過ぎているが、興味深い判決なので内容を紹介しておこう。

この「押し紙」裁判は、販売店主のBさんが2019年の春に起こした。「押し紙」により損害を被ったとして約4700万円の損害賠償などを求めたものである。

判決によると原告のBさんは、「平成28年9月から平成31年3月まで少なくとも合計20回にわたり、被告の担当者に対し減紙を求めるファクシミリを送信」した。つまり書面で新聞の「注文部数」を減らすように繰り返し申し入れていたのである。

請求の期間は2016年4月から2019年3月の3年間だが、それ以前から「押し紙」は存在したという。最も「押し紙」の量が多かったのは、2012年9月だった。次のような部数内訳である。

朝刊送り部数=3259部
朝刊実配数=2285部
残紙=974部

夕刊送り部数=3131部
夕刊実配数=1657部
残紙=1474部

残紙率は朝刊で30%、夕刊で47%である。

書面で減紙の申し入れをしたのは、弁護士のアドバイスに従った結果だった。独禁法の新聞特殊指定は、「販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む)」を禁止しているので、減紙を申し出た書面の証拠を残しておけば、裁判になった場合に、独禁法違反で請求が認められる可能性が高いからだ。

◆絶望的な判決

判決は、4月22日に下された。結果は、原告Bさんの敗訴だった。損害賠償は全く認められなかった。減紙を申し出た事を示す書面が23通も残っているにもかかわらず、杉山昇平裁判長は敗訴の判決を下したのである。

その理由として杉山裁判長は、Bさんからの書面による減紙要求を受けて、日経新聞の担当者とBさんが話し合いの場を持っていたから、「原告の減紙を求めるファクシミリは被告との協議の前提となる減紙の提案に留まるというべきであり、これをもって確定的な注文とみることはできない」というものだった。

しかし、Bさんは、「話し合いは毎月の訪店時の定例的なものであり、減部数を求めるファクシミリをたたき台にした話し合いではなかった」と話している。

 
「押し紙」の写真。新聞で包装されているのは折込チラシ。本文とは関係ありません

◆新聞特殊指定の下での「押し紙」とは

この裁判では、「押し紙」行為が不法行為にあたるかどうかが争われた。わたしは、今後の「押し紙」裁判のために、原告と被告の双方が新聞特殊指定の定義そのものを明確にする必要性を感じた。それは、2016年に起こされた佐賀新聞の「押し紙」裁判から、販売店の原告弁護団が着目した点である。

従来、「押し紙」の定義は、なんらかの形で「押し売りされた新聞」とされてきた。わたしもかつてはそんなふうに考えて、自著でも、「押し紙」の定義を「押し売りされた新聞」と説明している。しかし、佐賀新聞の「押し紙」裁判で、「押し紙」の定義に新しい観点が加わった。結論を先に言えば、「押し売りされた新聞」という定義は、正確ではない。

独禁法の新聞特殊指定の下における「押し紙」の定義は、新聞の実配部数に予備紙を加えた部数を「必要部数」と位置づけ、それを超える部数のことである。理由のいかんを問わず「必要部数」を超過すれば「押し紙」なのである。「押し売りされた新聞」かどうかは、2次的な問題に過ぎない。「必要部数」を超えて、新聞を提供すれば独禁法違反なのである。新聞社と販売店が話し合いをしたから、「必要部数」を超えて新聞を提供してもいいという論理にはならない。

京都地裁は、この点に関しては、何の言及もしていない。裁判所は、最も肝心な点についての判断を避けたのである。新聞社を保護する姿勢が露呈している。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年12月号

4人のオランダ人ジャーナリストの殺害から40年、元防衛大臣らを逮捕、エルサルバドルで戦争犯罪の検証が始まる 黒薮哲哉

「戦後処理」とは、戦争犯罪の検証と賠償のことである。現在、進行しているNATO-EU対ロシアの戦争は、いずれ戦後処理の傷を残すことになる。戦争が終わる目途は立っていないが、和平が実現した後も憎悪の記憶は延々と続く。

1980年から10年に渡り続いた中米エルサルバドルの内戦の戦後処理をめぐる興味深い動きが浮上している。去る10月13日に、エルサルバドルの裁判所が、内戦時に防衛大臣を務めたギジェルモ・ガルシア将軍と警察のトップだったフランシスコ・アントニオ・モラン大佐に対する逮捕状を交付したのだ。そして翌日、2人を拘束した。

さらに数人の元軍関係者にも逮捕状を交付した。この中には米国に在住する人物も含まれており、エルサルバドル政府は米国に対して身柄の引き渡しを要求するに至った。

殺害された4人のオランダ人ジャーナリスト(出典Telesur)

◆広がる軍部の暴力

事件は今からちょうど40年前の3月17日に起きた。内戦を取材していたオランダのフォトジャーナリスト4人が、エルサルバドル政府軍に殺害されたのだ。この中にはラテンアメリカ報道で定評のあるクース・コースタ―氏も含まれていた。

エルサルバドル内戦は、米国をバックにした政府軍と民族自決主義を掲げるFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)の間で勃発した。前年に隣国ニカラグアでFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が、やはり米国を後ろ盾としたソモサ独裁政権を倒し、その影響が中米諸国に伝染していた。

エルサルバドルは元々、社会運動が盛んな地域で、平和的な方法で社会変革をめざす運動が広がっていたが、1980年3月、政府に批判的なオスカル・ロメロ大司教が軍部に暗殺された。さらに大司教の葬儀に集まってきた大群衆に軍が無差別に銃弾を浴びせるに至り、平和裏の社会変革は完全に閉ざされた。この年10月、5つのゲリラ組織が統合して、FMLNを結成した。ラジオ・ベンセレーモス局も開設された。

ラジオベンセレーモス局

FMLNは結成後、ただちに首都サンサルバドルへ向かって大攻勢をかけた。政府軍は戦意を喪失して、エルサルバドルが「第2のニカラグア」になる公算が確実視された。ところが米国のレーガン政権がエルサルバドルに介入してきたのである。直接的な軍事介入ではなかったが、政府軍に対して莫大な軍事費を提供し、隣国ホンジュラスの基地で米軍が政府軍の軍事訓練を指導するようになった。

1980年の12月、政府軍は米国から布教にきていた4人のキリスト教関係者を殺害した。81年にはエルモソテ村でジェノサイドを断行した。978人の住民が殺害されたのである。エルサルバドル全土に暴力が広がっていた。

こうした状況の下でエルサルバドルは、国際政治とジャーナリズムの表舞台に浮上してきたのである。オランダから入国した4人のジャーナリストが殺害されたのもこのような時期だった。

◆FMLNのゲリラになった理由

政府と対立関係にある解放区の取材には、命の高いリスクが伴う。4人のオランダ人ジャーナリストは、あらかじめFMLNとコンタクトを取り、エルサルバドル北部のチャラテナンゴ県でFMLNの案内役と待ち合わせすることにしていた。ところがこの情報が政府軍にもれていたようだ。政府軍は待ち合わせ場所の直近に、あらかじめ兵士を配置し、4人のジャーナリストとFMLNの案内役を殺害したのである。そして交戦により死亡したと発表した。

わたしがこの事件を知ったのは、事件から数年後の1985年ごろである。中米紛争の取材の準備をする中で知ったのである。当時、米国にはエルサルバドルに関する正確な情報があった。直接の「証言者」となる避難民も多かった。

たとえばカリフォルニア州の診療医が、農場で働いているエルサルバドルからの移民の中に、拷問の傷跡がある者や精神に異常をきたしている者が多いことに気づいた。医師は、エルサルバドルの解放区へ入り、帰国後にメディアを通じて実情を訴えた。

ある時この医師は、FMLNの戦士に、「ゲリラになった理由」を尋ねたという。するとこんな答えが返ってきた。

「自分は内戦が始まる前は、地主の家で雑用係として働いていた。仕事のひとつに番犬の世話があった。毎日、犬に肉を与えていた。しかし、自分の子供に肉を食わせてやったことはなかった。犬が病気になった時は獣医のところへ連れていった。しかし、自分の子供が病気になっても、薬も買ってやれなかった」

エルサルバドルの全学連の代表から、大学で実情を聞く機会もあった。こんな話があった。

「村に電気も水道も来ていないので、村人が教会の牧師に相談した。するとその報復に軍隊がトラックで村に入って来て、住民運動のリーダーを次々と殺害した。銃声があちこちに響き、村に霞のような煙が立ち込めた。多くの村人が着のみ着のままで逃げてきた」

全学連の代表は、エルサルバドルに帰国すると空港で拘束された。米国側の受け入れ団体が抗議の電報を送って釈放された。

エルサルバドルは危険極まりない国だったのである。同時にジャーナリストの好奇心を刺激する土地だった。エルサルバドルを舞台とした映画や演劇も制作された。

FMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)の部隊

◆戦争犯罪の検証

1992年に内戦は終結した。翌93年に国連が4人のオランダ人ジャーナリストが巻き込まれた事件の調査を実施した。そしてギジェルモ・ガルシア将軍らが関与していたとする報告書をまとめた。

しかし、FMLNと政府の間で交わされた和平協定に、元軍人の「恩赦」が盛り込まれた。これによりギジェルモ・ガルシア将軍らは、起訴を免れた。将軍は米国へ亡命して、生きながらえていたが、その後、国外追放になりエルサルバドルに戻った。

2016年になって、エルサルバドルは「恩赦」を無効とする決定を下した。これにより埋もれていた戦争犯罪の検証も可能になったのである。ギジェルモ・ガルシア将軍らの逮捕と起訴が司法当局の視野に入ってきたのだ。

そして事件から40年目の2022年10月、関係者が逮捕され、法廷で事件の検証が行われることになったのである。

40年前のエルサルバドルは、殺戮の荒野だった。数年前、コロナ禍の最中にわたしは、インターネットのSNSである写真を目にした。コロナワクチンを届けるために、エルサルバドルの国際空港に降り立った中国航空機の写真だった。それを見た時、わたしは時代の激変を感じた。かつては想像だにできなかった光景だった。長い歳月の海を経て社会進歩とは何かを実感したのである。

元将軍らを裁く法廷の開廷は秒読みに入っている。


◎[参考動画]米国のフォトジャーナリストらが制作したエルサルバドル内戦のドキュメンタリー  「In the Name of the People」

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

新聞に対する軽減税率によるメリット、読売が年間56億円、朝日が38億円の試算、公権力機関との癒着の温床に 黒薮哲哉

日本新聞協会は、10月18日、山梨県富士吉田市で第75回「新聞大会」を開催して、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う大会決議を採択した。議決は、「私たちは平和と民主主義を守り、その担い手である人々が安心して暮らせる未来を築くため、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う」などと述べている。(全文は文末)

新聞報道を見る限り、今年の新聞大会でも「押し紙」問題は議論されなかった。

「押し紙」問題がいかに深刻な問題であるかを認識するためには、旧統一教会による高額献金や霊感商法による被害額と「押し紙」による被害額を比較すれば明白になる。試算の詳細は省略するが、35年ペースで比較すると、旧統一教会がもたらした損害の総額は1237億円で、「押し紙」による黒い資金は、32兆6200億円になる。

32兆6200億円のグレーゾーンは尋常ではない。

(注:試算の根拠については、次のURLを参考にされたい。http://www.kokusyo.jp/oshigami/17238/

秘密裡に回収されている「押し紙」。新聞社は、「押し紙」により莫大な不正な販売収入を得てきたが、公権力機関は黙認を続けている

◆新聞ジャーナリズムの衰退を考える唯物論の視点

新聞社が公権力機関に対してジャーナリズム性を発揮できない原因を考えるとき、大別して2つの視点がある。まず第一は、記者個人の職能や記者意識の欠落に求める視点である。この視点に立って新聞を批判する人々にとっては、東京新聞の望月衣塑子記者や朝日新聞の本多勝一記者のような人物が次々と登場すれば、問題は解決するという論理になる。きわめて単純な論理である。従って、それを鵜のみにしてしまう層が意外に多い。実際、ネット上には「東京新聞望月衣塑子記者と歩む会」もある。

これに対してジャーナリズムが機能しない原因を、新聞社経営にかかわる客観的な制度の中に探る視点がある。具体的には次のような着目点である。

〈1〉再販制度により販売店相互の競争を防止して、新聞社経営を安定させている事実。

 
日本新聞協会が中心になってNIE運動(教育に新聞を)を推進している

〈2〉学習指導要領が学校の授業で新聞の使用を奨励している事実。これと連動して、「学校図書館図書整備5か年計画」の下で、新聞配備の予算が5年間で190億円講じられた事実。(『新聞情報』10月19日付け)

〈3〉新聞に対する軽減税率で、新聞社が莫大な額の税金を免除されている事実。

〈4〉「押し紙」を柱としたビジネスモデルで、莫大な利益を得ている事実。

〈1〉から〈4〉は、新聞社が高い利益を得て社員たちの高給を維持する上で欠くことができない制度である。このうち〈4〉の「押し紙」は、既に述べたように35年間で、少なくとも32兆6200億万円の黒い販売収入を生んでいる。諸悪の根源にほかならない。

◆新聞に対する消費税の軽減税率

本稿では、〈3〉についての試算を紹介しよう。軽減税率が8%の場合と10%の場合を、中央紙(朝日、読売、毎日、産経)をモデルとして比較した。

試算の前提は、次のような設定である。新聞の購読料は中央紙の場合、「朝刊・夕刊」のセット版がおおむね4000円で、「朝刊単独」が3000円である。新聞の公称部数を示すABC部数は、両者を区別せずに表示しているので、全紙が「朝刊単独」の3000円という前提で試算してみる。誇張を避けるための措置である。

消費税が10%に引き上げられた直後の2019年12月におけるABC部数は次の通りである。

朝日:5,284,173
毎日:2,304,726
読売:7,901,136
日経:2,236,437
産経:1,348,058

税率が8%の場合、次のような消費税額になる。いずれも月ぎめの数値である。

朝日:12億6820万円
毎日: 5億5313万円
読売:18億9627万円
日経: 5億3674万円
産経: 3億2353万円

これに対して税率が10%の下では次のようになる。

朝日:15億8525万円
毎日: 6億9142万円
読売:23億7034万円
日経: 6億7093万円
産経: 4億 442万円

8%と10%の違いにより生じる差額は次のようになる。()内は、年間の差異である。

朝日:3億1705万円(38億 460万円)
毎日:1億3829万円(16億5948万円)
読売:4億7407万円(56億8884万円)
日経:1億3419万円(16億1028万円)
産経:  8089万円( 9億7068万円)

これらの数字が示すように新聞社は、国会が承認した消費税率の軽減措置により、大きなメリットを得ている。しかも、消費税は(架空)読者から新聞購読料が徴収できない「押し紙」にも課せられるので、販売店にとっては軽減税率のメリットは大きい。

◆国会、公正取引委員会、裁判所

最大の問題は、新聞社経営に影響を及ぼす客観的な諸制度の殺生権を国会や公正取引委員会、それに裁判所(最高裁事務総局)などの公権力機関が握っている実態である。こうした条件の下で、日本新聞協会が、「ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う」などと宣言しても、公権力を監視する役割を果たすことはできない。

考え方によっては、こうした「ジャーナリスト宣言」は逆に「新聞幻想」に世論を誘導する。世論誘導には、ジャーナリズムの看板を掲げながらも、肝心な問題には踏み込まない「役者」が必要なのだ。しかし、「空手の寸止め」では意味がない。

新聞衰退の問題を観念論の視点で議論しても、何の効果もない。客観的な制度上の事実の中に新聞衰退の原因を探る視点が必要なのである。

◎参考記事:http://www.kokusyo.jp/oshigami/16016/

【大会議決の全文】

戦後の国際秩序を武力によって大きく揺るがす事態や、選挙期間中に元首相が銃撃されるという暴挙が発生した。平和と民主主義を破壊する行為を、私たちは決して容認できない。

感染症の流行による社会・経済活動への打撃は、物価の上昇と相まって、国民生活に多大な影響を及ぼしている。相次ぐ自然災害に備え、地域の防災、減災の力を高めることも急務である。

報道機関は、正確で信頼される報道と責任ある公正な論評で、課題解決に向けた多様で建設的な議論に寄与しなければならない。私たちは平和と民主主義を守り、その担い手である人々が安心して暮らせる未来を築くため、ジャーナリズムの責務を果たすことを誓う。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年11月号
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

公正取引委員会にインタビュー「押し紙」黙認の姿勢が鮮明に ──「問題になっているのに、なぜ黙認するのか」 背景に政治力? 黒薮哲哉

全国の新聞(朝刊単独)の「押し紙」率が20%(518万部、2021年度)で、卸価格が1500円(月間)として、「押し紙」による販売店の損害を試算すると、年間で約932億円になる。「朝夕セット版」を加えると被害はさらに増える。

これに対して、旧統一教会による高額献金と霊感商法による被害額は、昨年までの35年間で総額1237億円(全国霊感商法対策弁護士連絡会」)である。両者の数字を比べると「押し紙」による被害の深刻さがうかがい知れる。

しかし、公正取引委員会は、これだけ莫大な黒い金が動いていても、対策に乗り出さない。黙認を続けている。司法もメスを入れない。独禁法違反や公序良俗違反、それに折込広告の詐欺で介入する余地はあるはずだが黙認している。

わたしは、その背後に大きな政治力が働いていると推測している。

次の会話録は、2020年11月に、わたしが公正取引員会に対して行った電話インタビューのうち、「押し紙」に関する部分である。結論を先に言えば、公取委は、「押し紙」については明確な回答を避けた。情報を開示しない姿勢が明らかになった。

個人情報が含まれる情報の非開示はいたしかたないとしても、「押し紙」に関する調査をしたことがあるか否か、といった「YES」「NO」形式の質問にさえ答えなかった。

以下、公取委との会話録とその意訳を紹介しよう。「押し紙」を取り締まらない理由、日経新聞店主の焼身自殺、佐賀新聞の「押し紙」裁判などにいついて尋ねた。

◆公取委の命令系統

──  「押し紙」を調査するかしないかは、だれが決めていますか?だれにそれを決める権限があるのか?

担当者 どういう調査をするかによって変わるので、なんともいえません。ただ、事件の審査は審査局が行います。

──  そうすると審査局のトップが最終判断をしているということですね。

担当者 しかるべきものが、しかるべき判断をするということになります。

──  そこは曖昧にしてもらってはこまります。

担当者 何を聞きたいのでしょうか。

──  どういう命令系統になっているのかということです。

担当者 命令系統というのがよく分からない。

──  公正取引委員会として(「押し紙」問題を)調査するのかどうかの意思決定をする権限を持っている人のことです。だれがそれを最終決定しているのですか。

担当者 「押し紙」とかなんとかいうことは離れまして、

──  では、残紙にしましょう。

担当者 残紙でもなんでも。個別の事件に関して、お答えするのは、適当ではないと思います。

──  どういう理由ですか?

担当者 誤解が生じることを防ぎたいからです。

──  誤解しないように質問しているのです。

担当者 言葉の揚げ足を取られていろいろ言われるのもちょっと。わたしどもの本位ではないので、お答えを差し控えさせていただきます。(略)わたしどもは、個別の事件について、申告があったかとか、なかったとか、についてはお答えしないことにしています。それは秘密を保持する必要があるからです。申告の取り扱いについては、対外的にお答えしないことになっています。

──  そういうことを聞いているのではなく、

担当者 ですから具体的に聞かれても、わたしどもはなかなか答えることができないということをご理解いただきたい。

──  答える必要はないというのが、あなたの立場ですね。

担当者 そうです。個別の事件については、お答えしないことにしています。

 

◆「押し紙」の実態調査の有無

──  では、「押し紙」の調査を過去にしたことがありますか。

担当者 「押し紙」の調査?

──  残紙の性質が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかの調査を過去にしたことがありますか。

担当者 「押し紙」の調査を過去にしたかしていないかについては、これまで公表していません。

──  はい?

担当者 こちらから積極的にそういう広報はしていません。

──  広報ではなく、調査をしたかどうかを聞いているのです。

担当者 したかどうかの事実の確認もしません。

──  事実の確認ではありません。

担当者 もちろん個別の事件の情報を寄せられれば、必要に応じて調査をして、さらに調査が必要だということになれば、本格的に調査をしますし、そうでないものについては、そこまでの扱いになります。それ以上のことは申し上げられません。

──  その点はよくわかっています。わたしの質問は、過去にそういう調査をしたことがありますか、ありませんかを聞いています。YESかNOで尋ねています。

担当者 「押し紙」の調査をしたことがあるかないか? 公表はしていません。

──  はい?

担当者 公表はしていないので、お答えは差し控えさせていただきます。

──  これについても答えられないと、命令系統についても、答えられないと。

担当者 はい。

◆日経新聞の店主の焼身自殺

──  それから、日本経済新聞の店主が、本社で自殺した事件をご存じですか。

※【参考記事】日経本社ビルで焼身自殺した人は、日経販売店の店主だった!

担当者 承知しておりません。

──  知らないのですか。

担当者 知りません。

──  新聞を読んでいないということでしょうか?

担当者 そうかも知れませんね。

──  この件は、全然把握していないということですね。

担当者 そうです。不勉強だといわれれば、甘んじて受けます。

 

◆「押し紙」の存在を認識しているか?

──  新聞販売店で残紙とか「押し紙」といわれる新聞が、大きな問題になっているという認識はありますか。

担当者 それ自体は承知しております。

──  いつ聞きましたか?

担当者 わたしも公正取引委員会で働いているので、また、取引部にいたこともあるので、またネットなどにも出ています。黒薮さんのものも含めて。こうしたことは存じ上げおります。

──  問題になっているのに、なぜ、動かないのですか。

担当者 問題になっているということは知っていますが、じゃあなぜ動かないのかということについては、わたしどもからお答えすることは控えたいと思います。わたし個人としては、「押し紙」の事象があることは知っていますが、なぜ公正取引委員会が動かないのかということについては、申し上げる立場にありません。公正取引委員会として、なぜ取り締まらないのかということを、個別の事件について申し上げることはありません。

──  個別の事件について質問しているのではなく……

担当者 「押し紙」についてなぜ取り締まらないのかということは、基本的に述べないという立場です。

──  これまで3つの質問をしましたが、命令系統につても答えられない、調査をしたかどうかも言えない、「押し紙」については聞いたことがあると。

担当者 「押し紙」については、個人の経験としては聞いたことがありますが、「なぜ調査しないの」ということについては、申し上げられない。

──  新聞販売店の間で公正取引委員会に対する不信感が広がっていることはご存じですか。

担当者 まあ色々な考えの方がおられるでしょうね。

──  知らないということでよろしいですか。

担当者 知らないといいますと?

──  販売店が(公取委について)「おかしい」と思っているという認識はないということですね。

担当者 そういう見解を申し上げる立ち場ではありません。

──  いえ、あなた自身がおかしいと感じないですかと聞いているのです。

担当者 「押し紙」とか、残紙といった話があることは認識していますが、それについてどう思っているかという点に関しては、個人の見解もふくめて、ここで申し上げることは控えたい。

◆佐賀新聞の「押し紙」裁判

──  佐賀新聞の「押し紙」裁判の判決が、今年の5月にありましたが、この判決については聞いたことがありますか。

担当者 はい。それは聞きました。

──  独禁法違反が認定されましたが、どう思われましたか?

担当者 それは裁判でしかるべく原告がだされた資料と主張を踏まえて判断されたということだと思います。わたしどもからコメントする立場にはありません。

──  今後とも、佐賀新聞についても、調査する気はないということですか?

担当者 佐賀新聞の事案を公正取引委員会がどう扱うかは、個別の案件ですので、コメントは控えたいと思います。

──  原告の弁護団から公正取引委員会にたくさんの資料を提出されていますが、それは把握しているわけですね。

担当者 それについては、申告がされたかどうかという話に該当しますので、こちらから何か申し上げることは差し控えたいと思います。

──  これについても答えられないと・

担当者 答えられません。

──  「押し紙」問題は、重大になっていますが、今後も取り締まる予定はないということですか。

担当者 取り締まる予定があるかどうかをお答えするのも不適切ですので、回答は差し控えます。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年11月号

携帯基地局のマイクロ波と「妄想」、隣人2人に同じ症状 黒薮哲哉

新世代公害とは、化学物質による人体影響と、電磁波による人体影響のことである。この両者が相互に作用して複合汚染を引き起こす。

 

米国のCAS(ケミカル・アブストラクト・サービス)が1日に登録する新しい化学物質の件数は、1万件を超えると言われている。勿論、そのすべてが有害というわけではないが、地球上は化学物質で溢れ、それに電磁波が重なり、生態系へ負の影響をもたらしている。透明な無数の牙が生活空間のいたるところで待ち構えている。

1年ほど前から、わたしは電磁波が人間の神経系統に何らかの影響を及ぼした可能性がある事例を取材している。具体的には「妄想」である。あるいは精神攪乱。2005年から、電磁波問題の取材をはじめた後、稀にこうした事例に遭遇してきた。ただし電磁波以外が「妄想」の原因である可能性もある。わたしは医師ではないので、このあたりのことはよく分からないので、事実を優先するのが基本的な取材の方針だ。

◆欧州評議会の勧告を上回る電磁波強度

今回、ここで紹介する事例の取材対象者は、AさんとBさんである。いずれも70歳前後の女性である。Aさんは一人暮らしで、Bさんは夫と二人で暮らしている。隣人同士である。住居の所在地は、神奈川県川崎市。郊外の緑が多い地域である。

最初、わたしはBさんから、「頭痛やめまいに悩まされている。電磁波の影響ではないかと疑っている」と電話で相談を受けた。わたしは現場を調査するためにBさんの自宅へ足を運んだ。Bさんの自宅には、Aさんの姿もあった。Aさんも、Bさんと同じような症状に悩まされていることをわたしは、その場で知った。

持参した電磁波測定器で、Aさん宅とBさん宅のマイクロ波(携帯電話の通信に使われる電磁波)の強度を測定した。Aさん宅でもBさん宅でも、優に1μW/c㎡を超えていた。1μW/c㎡という数値は、総務省の規制値はクリアーしているものの、欧州評議会の勧告値に比べると10倍も高い。欧州では危険な領域とされる数値に入る。Bさん宅では、2μW/c㎡を超えることもあった。

 

◆森を隔てて巨大な鉄塔型の基地局

近辺に基地局があるに違いないと考えて、わたしはAさんとBさんに、自宅近辺の環境について質問した。しかし、2人とも基地局の形状を知らない。従って基地局があるのかどうかを答えようがなかった。

 そこでわたしは徒歩で基地局の有無を確認することにした。その結果、2人の自宅から、200メートルほどの位置に鉄塔型の巨大な基地局があるのを発見した。鉄塔の周りに、10本以上のアンテナが設置してあった。

基地局は、二人の家からは森に遮られて見えないが、強い電磁波はこの基地局が発生源である可能性が濃厚だった。たまたま基地局の近くで子供が遊んでいたので、

「頭痛や吐き気に襲われることはないか?」

と、聞いてみた。子供らは、「いいえ」と答えた。

◆自宅の周りに巨大な金属フェンス-電子レンジの状態

Bさん宅の玄関から5メートルのところに廃材置き場がある。Bさん宅の敷地と廃材置き場は、金属フェンスで仕切られている。廃材置き場の地形が入り組んでいて、Bさん宅はちょうど「コの字」金属フェンスに囲まれた中央部に位置している。金属は電磁波を反射するので、基地局から放射されるマイクロ波は、金属のフェンスに反射して、Bさん宅を直撃している可能性があった。ただし、Bさんの夫は特に体の不調はないとのことだった。

Aさん宅もそれに近い位置関係になる。

「コの字」型の金属フェンスと電磁波の関係について、わたしは電磁波問題に詳しい大学の専門家に問い合わせた。グーグルの航空写真で現地を確認してもらいコメントをもらった。

「巨大な電子レンジの中で生活しているような状態になっている」

わたしはAさんとBさんに、基地局を所有する電話会社と撤去の交渉をするように勧めた。二人は電話会社に苦情を申し入れたが、電話会社は総務省の規制値を守って操業しているので、対策するに及ばないと相手にしなかった。

◆顕著な被害妄想が現れた

その後、わたしはAさんとBさんから断続的に聞き取り調査を続けた。そのうちに2人とも奇妙な事を口にするようになった。Aさん宅とBさん宅に隣接するCさん(わたしは面識がない)が、夜になると殊更に荒々しく窓を閉めたり、騒音を出したりして、「自分たちを攻撃している」と言うのだった。

植木の鉢も壊されたので、警察に相談したが、相手にしてもらえなかったという。Bさんの方は、体調不良で自宅に住めなくなり、ホテルへ「避難」することが増えているという。実際、わたしに、

「どこか電磁波から逃れられる施設はありませんか」

と、尋ねてきた。

「福島県にありましたが、今はコロナで閉鎖されています」

ふたりの症状はさらにエスケレートした。Aさんは、

「自宅へ戻ってくると、見知らぬ男が投光器で光を放射したり、大声で怒鳴りちらしたりします。部屋の中をのぞかれたこともあります。嫌がらせの電話もかかってきます」

と、話す。

Bさんも同じような妄想めいた内容の苦情を打ち明けた。わたしは、2人の訴えを電話で繰り返し聞いた。その口調から、ウソを話しているとは思えなかった。

AさんとBさんのどちから1人だけに、「妄想」が現れているのであれば、マイクロ波と妄想の接点は弱いが、隣同士の2人が「妄想」を訴えているわけだから、マイクロ波が原因である可能性も考慮する必要があった。タブーに近いテーマを本稿で事例を紹介したゆえにほかならない。

それにわたしは他にも類似したケースを取材したことがあった。たとえば鎌倉市の事例では、男性が「夜になると、基地局からものすごい音がする」と訴えていた。基地局からは、低周波音はですが、「ものすごい音」というほどではない。従って男性の話は、マイクロ波による「妄想」の可能性があった。男性の妻は、音については否定していた。夫妻のうち男性にだけ「妄想」が現れたことになる。

米軍が所有するマイクロ波の武器

◆マイクロ波で精神を攪乱する技術
 
マイクロ波が人間の精神を攪乱することは、昔からよく知られている。この点に着目して、マイクロ波を使った武器の開発が進められてきた。たとえば1977年2月に発行された『軍事研究』に興味深い記事が掲載されている。短いものなので、全文を引用してみよう。

ソ連マイクロ波兵器を開発

国防総省報告によると、ソ連は現在、人間の行動を混乱させたり、精神障害や心臓発作を起こさせるマイクロウエーブ(極超短波)兵器を開発中である。

同報告はさらに、ソ連はすでにマイクロウエーブやその他の波長の電波による人体への科学的作用や脳機能の変化を実施しており、マイクロウエーブの照射によって、敵の外交官や軍部高官の思考を狂わすことを狙っているようだ。

すでにソ連はさきにモスクワの米大使館にマイクロウエブ照射を行って情報収集電子機器を狂わせ、米国務省から抗議を受けている。

また、英国BBCは、「米外交官らがキューバで体調不良、マイクロ波攻撃の可能性=米報告書」(2020年12月20日)と題する次のような記事を掲載している。

米外交官らがキューバで体調不良、マイクロ波攻撃の可能性=米報告書

キューバでアメリカの外交官らが原因不明の体調不良を訴えたのは、マイクロ波に直接さらされたのが原因だった可能性が高いと、米政府が報告書で明らかにした。

米国科学アカデミーがまとめた報告書は、マイクロ波を誰が発していたのかは特定していない。

ただ、50年以上前に当時のソヴィエト連邦が、パルス無線周波エネルギーの効果を研究していたと指摘した。

この体調不良は2016~2017年に、キューバの首都ハバナのアメリカ大使館職員に最初にみられた。

◆「妄想」を取材対象に

マイクロ波を使って精神を攪乱したり体調の異変を誘発する技術は、すでに完成していると言われている。マイクロ波で敵地を軍事攻撃したり、デモ隊を解散に追い込む戦略も実現可能になっている。マイクロ波で、激しい吐き気を引き起こしたり、戦意を喪失させたりする戦略である。

AさんとBさんに見られる「妄想」が、本当に携帯電話基地局からのマイクロ波によるものかどうかは現時点では判断できない。しかし、「妄想」が現れている人を指して、単純に「精神の病」と判断することは避けなければならない。マイクロ波が影響している可能性もあるのだ。

以前、わたしは「妄想」を訴える人は、電磁波問題の取材対象から外していたが、最近は、積極的に取材する方針に変えた。精神疾患が原因で「妄想」が現れたのか、それともマイクロ波が原因で精神疾患になったのかは分からないからだ。

今後も、この問題の推移を追っていきたい。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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米国のNED(全米民主主義基金)、ロシア国内の反政府勢力に単年で19億円の資金援助、フェイクニュースの制作費? 黒薮哲哉

米国CIAの別動隊とも言われるNED(全米民主主義基金)が、ロシアの反政府系「市民運動」やメディアに対して、多額の資金援助をしていることが判明した。

 
出典=ベネズエラのTelesur

NEDがみずからのウエブサイトで公表したデータによると、支援金の総額は、2021年度だけで約1384万ドル(1ドル140円で計算して、約19億4000万円)に上る。支援金の提供回数は109回。

米国がロシア国内の「市民運動」とメディアに資金をばら撒き、反政府よりのニュースや映像を制作させ、それを世界に配信させている実態が明らかになった。ウクライナ戦争やそれに連動したロシア内部の政情を伝える報道の信頼性が揺らいでいる。ウクライナ戦争は、メディアと連携した戦争とも言われてきたが、その裏側の疑わしい実態の一部が明らかになった。

良心的なジャーナリストさえ情報に翻弄されている可能性がある。

NEDは、メディアを対象とした資金援助に関して、たとえば次のように目的を説明している。

▼高品質の調査ジャーナリズムに一般の人々がアクセスできる機会を増やすと同時に、そのような報道の存在を広く知らしめる。地域や国際機関による報告に焦点をあてた調査ジャーナリズムを遂行する。その目的を達成するために、デジタルコンテンツを作成する。

▼地域ジャーナリズムの発展を支援し、重要な政治や社会問題に関する独立したニュース源の分析結果を公衆に提供する。 コンテンツは、一般市民に影響を与える政治情勢の展開や人権侵害に対する市民活動などのトピックに焦点を当てたビデオ形式を含み、定期的にオンラインやSNSで発信する。

一方、ロシアの「民主化運動」に対する資金提供については、たとえば次のように目的を説明している。

▼活動家、政治家、公共思想のリーダーを繋ぐネットワークを強化し、ロシアの民主的発展のための国際支援を提唱する。 政治と時事問題に関する専門家による分析を実現する。 客観的で事実に基づいた報告とそれを裏付ける証拠は、(注:ロシア政府が)偽情報キャンペーンで使う中心的な筋書きを正すために使用する。 出版物を世に出し、著者と共に定期イベント、公開プレゼンテーション、各種の集会を開く。それにより、重要な発見事項をテーマとした公開討論を促進する。

▼ロシアの民主化運動を地球規模の連帯で促進する。ヨーロッパの政治家やオピニオンリーダーと活動家の間でネットワークを強化する。 国内の信頼できる独立した情報源を提供して、(注:ロシア政府の)プロパガンダに対抗する。

※以上の出典 https://www.ned.org/region/eurasia/russia-2021/

これらの資金援助の性質から察すると、「市民運動」が反政府運動を展開して、それをメディアが発信する共闘関係が構築されていると想定される。独立系メディアの独立性にも疑問符が付くのである。歪んだニュースが巧みに制作されている可能性が高い。

実際、NEDに関する白書類の中には、「市民運動」のメンバーにNED資金が日当として支払われているという情報もある。たとえば中国外務省が、今年の5月に公表したNEDについての報告(ファクトシート)は、ウクライナにおける「市民運動」について次のように報告している。

2013 年、ウクライナで大規模な反政府デモが起きた。その際にNED は多額の資金を提供して、国内で活動をしている NGOの65団体の活動家、一人ひとりに賃金を支払った。

NEDが絡んでいる国の「市民運動」や独立系メディアの情報は慎重に見極めなければならない。「市民運動」の資金源を確認する必要がある。

◆NEDとラテンアメリカ諸国

今回、明らかになったNEDによるロシアへの約1384万ドルの援助額は、他諸国の反政府運動への資金援助に比べて桁はずれに多額だ。たとえば、下のグラフは、ラテンアメリカ諸国に対するNEDの支援額を示している。

ラテンアメリカ諸国に対するNEDの支援額

最も高額なのは、キューバの反政府勢力に対する支援で、470万ドル(2018年度)である。ロシアへの支援額約1384万ドルはその金額の3倍近くになっている。

◆口実は、他国の「民主主義」を育てること

全米民主主義基金(NED)は、1983年に米国のレーガン政権が設立した基金である。表向きは民間の非営利団体であるが、支援金の出資者はアメリカ議会である。米国民の税金である。

NED設立の目的は、他国の「民主主義」を育てることである。親米派の「市民運動」や特定のメディアなどに資金を提供することで、親米世論と反共思想を育み、最終的に親米政権を設立することを目的としている。その意味では、ウクライナを舞台に展開している代理戦争の裏側で、メディアを巻き込んだこうした戦略が展開されていることに不思議はない。報道されていないだけで、米国による内政干渉の手はロシア国内に延びているのだ。

かつて米国の対外戦略は、軍事力による他国への軍事進行やクーデターを主体としていた。しかし、ベトナム戦争での敗北を皮切りに、その後も軍事作戦の失敗が相次いだ。民主主義に対する国際世論の高まりの中で、米国内でも軍事作戦が批判の的になり始める。そこで従来の直接的な軍事作戦に代って「代理戦争」に切り替える傾向が生まれ、さらにはNEDを通じた「市民運動」や独立系メディアの育成により、他国の内政を攪乱したうえで、クーデターなどを試みる戦略が浮上してきたのである。

NEDについて西側メディアはほとんど報じていないが、非西側諸国では、その行き過ぎた活動が内政干渉として強い反発を招いている。ロシアのケースも同じ脈絡の中で検証する必要がある。マスメディアの情報を鵜呑みしてはいけない。

◎[参考記事]米国が台湾で狙っていること 台湾問題で日本のメディアは何を報じていないのか? 全米民主主義基金(NED)と際英文総統の親密な関係 

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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
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大津市民病院の新理事長に滋賀医科大の河内明宏教授、過去の有印公文書偽造事件は不問に、前近代的な人事制度の弊害 黒薮哲哉

赤色に錆び付いた人事制度の弊害。人脈社会の腐敗。それを彷彿させる事件が、琵琶湖湖畔の滋賀県大津市で進行している。

 
新理事長に就任する河内明宏医師(出典:九州医事新報)

大津市の佐藤健司市長は、9月9日、大津市民病院の次期理事長の名前をウェブサイトで公表した。新理事長に任命されるのは、滋賀医科大付属病院の泌尿器科長・河内明宏教授である。河内教授の理事長就任は、今年の6月に既に内定していたが、今回、任命予定者として公開されたことで、近々、公式に理事長に就任することが確実になった。任期は、2022年10月1日から25年3月31日である。

デジタル鹿砦社通信でも報じてきたように、河内教授は滋賀医科大病院の小線源治療をめぐる事件に関与した当事者である。はたして公立病院の理事長に座る資質があるのか、事件を知る人々から疑問の声が上がっている。

佐藤市長に対して、新理事長選任のプロセスを公開するように求める情報公開請求も提出されている。

◆滋賀医科大付事件の闇

小線源治療は、前立腺がんに対する治療法のひとつである。放射性物質を包み込んだシード線源と呼ばれるカプセルを前立腺に埋め込んで、そこから放出される放射線でがん細胞を死滅させる治療法だ。1970年代に米国で始まり、その後、日本でも今世紀に入るころから実施されるようになった。この療法を滋賀医科大の岡本圭生医師が進化させ「岡本メソッド」と呼ばれる高度な小線源治療を確立した。

【参考記事】前立腺癌の革命的な療法「岡本メソッド」が京都の宇治病院で再開、1年半の中断の背景に潜む大学病院の社会病理

この岡本メソッドに着目したのが、放射性医薬品の開発・販売を手掛けるNMP社だった。NMP社は、岡本メソッドを普及させるために2015年、滋賀医科大付属病院に寄付講座を開設した。講座の指揮を執るのは、岡本医師だった。

ところがこれを快く思わない医師がいた。泌尿器科長の河内明宏教授である。河内教授は、寄付講座とは別に泌尿器科独自の小線源治療の窓口を開設し、前立腺がんの患者を次々に囲い込んだ。そして部下の成田充弘准教授に患者を担当させたのである。

 
滋賀医科大事件を記録した『名医の追及』(黒薮哲哉著、緑風出版)

しかし、成田准教授には、小線源治療の実績がない。専門は前立腺がんのダビンチ手術で、小線源治療は未経験だった。それを憂慮した岡本医師が、成田医師による手術を止めた。幸いに塩田学長も未経験者による手術のリスクを察して、河内教授らの計画を中止させた。

河内教授は計画がとん挫したことに憤慨したのか、岡本医師を滋賀医科大から追放するために動き始める。水面下で河内教授が取った行動は不明だが、松末病院長と塩田学長は、なぜか小線源治療の寄付講座の閉鎖を決めた。その結果、岡本医師の治療の順番待ちをしていた98名の前立腺がん患者が混乱に陥ったのである。

寄付講座の開設に際して、河内医師には関連する公文書を偽造した疑惑がある。寄付講座の人事を決める際に、みずからの息がかかった成田医師を幹部として送り込むことを企て、「岡本」の三文判を使って、人事関連書類を偽造したのである。岡本医師が成田准教授の寄付講座への抜擢を承諾したかのように工作したのである。

書類の偽造に気付いた岡本医師は、弁護士を通じて河内教授を大津警察署へ刑事告訴した。大津警察署は、2020年8月21日に河内教授を大津地検へ書類送検した。地検の取り調べを受けた河内教授は、公文書偽造の責任を部下の2人の女性に押し付けたらしく不起訴となった。地検は、2人の女性に非があると結論づけたようだが、不自然きわまりない。

さらに河内教授は、岡本医師の医療過誤を探すために、無断で岡本医師の患者の診療録を閲覧していたことも分かっている。

◆佐藤市長、「地域医療に精通している方であると判断」

滋賀医科大病院の事件を知る大津市民からは、河内教授の理事長就任について、人選に問題があるのではないかとの声があがっている。

「有印公文書偽造という汚点を持つ医者は、全国を探してもそんなにいないと思います。市役所でも、他人のハンコを使って文書を偽造したとなれば、処分を受けます。しかし、河内教授は、何のお咎めを受けることもなく、理事長に就任するわけです。その合理的な理由がまったく分かりません」

大津市のウェブサイトに掲載された「任命理由」は次のようになっている。

地方独立行政法人市立大津市民病院(以下「市民病院」という。)は、平成29年4月から地方独立行政法人として病院運営を開始し、現在、第2期中期目標期間(令和3年度から6年度までの4年間)において中期計画に掲げる目標達成に向けて取組を進める一方で、新型コロナウイルス感染症に対応する病院として、大津保健医療圏域のみならず滋賀県下の多くの重症例に対応するなど、公立病院としての責務を果たしながら病院運営を行っています。

河内明宏氏は、平成25年から滋賀医科大学の教授として医師の人材育成や研究などで長く滋賀県内の医療に携わってこられました。理事長の選任を進める中で、県内の複数の医療関係者から河内氏の名前が挙がったことから、滋賀医科大学をはじめ医療機関等と信頼関係を醸成され、地域医療に精通している方であると判断しました。

これまでの経歴を生かし、院内外における調整能力を発揮するとともに、自身の専門である泌尿器科をはじめとする医師確保を図っていただけることを期待して、理事長として任命するものです。

◆人脈重視の社会

河内教授の理事長就任の件でも明らかなように、要職にある人物は、不祥事を起こしても、負の影響を受けないことがままある。そして再び平気な顔で要職に就く。それは医療界だけではなく、政治界でも、学術研究界でも同じである。論文を盗用しても学者として生きられる。仲間から批判されることもない。お互いにかばい合う。実績よりも、人脈で世渡りを続ける土壌が日本にはあるのだ。

大津市民病院の人事騒動は、日本社会の前近代的な実態を露呈している。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

左傾化するラテンアメリカ、1973年の9.11チリ軍事クーデターから49年、新しい国際関係の登場 黒薮哲哉

チリの軍事クーデターから、49年の歳月が過ぎた。1973年の9月11日、米国CIAにけしかけられたピノチェット将軍は、空と陸から大統領官邸に弾丸をあびせ、抗戦するサルバドール・アジェンデ大統領を殺害して軍事政権を打ち立てた。全土にテロが広がり、一夜にしてアジェンデ政権の痕跡は一掃された。

チリのガブリエル・ボリッチ大統領は、11日に行われた記念式典で、半世紀前のこの大事件の意味を語った。

「拘束され、今だに行方が分からない人が1192名いる。それは受け入れがたく、耐えがたく、なかったことにはできない。」

「49年前、サルバドール・アジェンデ大統領とその協力者たちは、忠誠心、実績、さらに尊厳について、歴史的教訓をわれわれに示した」(ベネズエラのTeleSur)

●上段左:アジェンデ大統領、●上段中:左・アジェンデ大統領、右・詩人のパブロ・ネルーダ、●上段右:鉱山労働者を前に演説するアジェンデ大統領、●下段左:左・フィデル・カストロ、●下段中:アジェンデ大統領、●下段右:アジェンデ政権の支援デモ(出典:teleSur)

◆「アジェンデ大統領は自殺しました」

チリの軍事クーデターは、わたしが関心を抱いた最初の国際事件である。高校1年生の時で、NHKニュースが、「アジェンデ大統領は自殺しました」と報じていたのを記憶している。厚いレンズの黒縁の眼鏡をかけたアジェンデ大統領の写真が、画面に映し出されていた。歴史の新しい扉を開いた政治家のあっけない死に衝撃を受けた。政治に恐怖を感じた。同じころ、米国はベトナムでも北爆を強化していた。

チリのアジェンデ政権は、世界史の中で初めて自由選挙により成立した左派政権である。成立当初から、多国籍企業の国有化を進めるなど社会主義を目指した政権だった。左派勢力が着手した壮大な実験だった。それゆえに国際政治の表舞台に浮上したのである。しかし、CIAが主導したクーデターにより、チリの挑戦は幕を閉じる。

1985年、わたしは独裁者を倒した新生ニカラグアを訪れた。夏の光を遮る大屋根に覆われた大衆市場を歩いていると、チリの軍事クーデターで殺されたビクトル・ハラの歌が聞こえてきた。その時、ニカラグアが革命を経た国であることを実感した。闇に葬られたと思っていた歌が、生きていることに衝撃を受けた。

しかし、ニカラグア北部では、米国が莫大な金を投じて育成した傭兵部隊「コントラ」との内戦が続いていた。

1992年、わたしは軍事政権下のチリへ行った。取材目的というよりも、心の中のチリと現実のチリのギャップを埋めたかったからである。わたしはこの国の日常に潜入するために、首都サンティアゴから、あえてバスでこの国を北上した。

砂漠の中の村にも立ち寄った。集落をでると赤茶けた大地が延々と続き、地平線がまぶしい遠方の空と溶け合っていた。太陽の光がおびただしく、生命を連想させるものは何もなかった。無機質な世界が広がっていた。

その大地の下には、外国の侵略者たちを惹きつけて止まない鉱物が眠っていた。1907年には、チリの陸軍が数千人の鉱山労働者を虐殺する事件も起きている。

夜行バスが突然に停止し、カーキ色の制服を着たピノチェット将軍の警察官が乗り込んで来た。そして不信感に満ちた顔で乗客の身分証明書を調べ始めた。バスから降ろされて、そのまま闇の中に連行され、銃声と共に消えた数知れない人々をわたしは想像した。

◆西側メディアが伝えない新興勢力

2020年11月、ブラジルのサンパウロでアジェンデ政権成立から50年を記念する式典がオンラインで行われた。キューバのミゲル・ディアス=カネル大統領、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領、ニカラグアのダニエル・オルテガ大統領、それに中国の習近平主席らがメッセージを寄せた。30年前のソ連崩壊により社会主義の思想が消滅したわけではなかった。

現在、南米のスペイン語圏は、パラグアイ、ウルグアイ、それにエクアドルを除いて、すべて左派の政権である。これら3か国も、既に選挙による左派への政権交代を体験している。去る8月には、コロンビアでも、初めての左派政権が誕生している。

ポルトガル圏のブラジルも来月2日に投票が行われる大統領選で、左派政権が復活する可能性が高まっている。世論調査でルラ候補の優勢が伝えられている。中央アメリカでは、パナマ、ニカラグア、ホンジュラス、メキシコが左派の政権である。エルサルバドルも2009年から10年間、左派の政権を体験した。

これらの政権は例外なく、公正な自由選挙により合法的に成立した政権である。民主主義の世論が浸透してきたこともあって、米国も50年前にチリで断行したようなテロ行為や1980年代の中米への間接的軍事介入などの 戦略は取れなくなっている。せいぜいCIAの別動隊であるNED(全米民主主義基金)を使って、現地の「市民運動」やメディアに資金をばら撒き、反共プロパガンダを展開するのが関の山となっている。

◆西側メディアとウクライナ、台湾、香港

選挙による政権交代と社会主義を目指したアジェンデ政権の試みは、ラテンアメリカで現実になり始めている。かつてラテンアメリカの政治を見るとき、軍事政権や独裁者がキーワードになった。わたしがラテンアメリカの取材をはじめた1980年代は、大半の国がすでに民政に移行していたが、実質的には軍部が力を持っていた。民政は、単に表向きの顔だった。

しかし、今世紀に入ることから、ベネズエラを皮切りに次々と選挙により左派の政権が誕生した。その後、一時的に左派勢力が後退したが、再び左傾化の台頭が顕著になっている。それに呼応するように米国の影響力は衰えている。

日本のマスコミ報道に接していると、世界の動きを客観的に把握できない。米国を中心とした時代はすでに没落へ向かっている。ラテンアメリカは国際社会の中で、重要な位置を占めるようになっている。

ウクライナ問題や台湾問題、それに香港問題なども米国とラテンアメリカの関係を再検証して比較検討してみると、新しい側面が見えてくる。西側メディアが水先案内を務める「泥船」に乗ってはいけない。


◎[参考動画]戒厳令下チリ潜入記【後編】※動画「11分~」から9月11日のアジェンデ大統領の抗戦が、側近らの証言で構成されている。死因は自殺ではない。このドキュメントは、軍事クーデターの後、国外追放になった映画監督ミゲル・リティンが、ビジネスマンに変装して祖国に潜入し、制作したものである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

横浜副流煙裁判を映画化、西村まさ彦主演『窓』、12月から劇場公開 黒薮哲哉

煙草の副流煙をめぐる隣人トラブル。はからずもこの社会問題をクローズアップした横浜副流煙裁判を、若手の映画監督がドラマ化した。タイトルは、『窓』。主演は西村まさ彦。映画は12月から劇場公開される。

この映画は、本ウェブサイトでも報じてきた横浜副流煙裁判に材を取ったフィクションである。しかし、近年、深刻になっている新世代公害-化学物質過敏症が誘発する隣人トラブルを、ノンフィクション以上にリアルに描いている。それは、住民のだれもが巻き込まれかねない隣人トラブルの地獄絵にほかならない。

化学物質は形もなければ匂いもないが、刻々と自然環境や生活環境を蝕んでいる。浸食は静止することがない。米国のCAS(ケミカル・アブストラクト・サービス)が登録する新生化学物質の件数は、1日に優に1万件を超えるという。もちろんこれらの化学物質のすべてが有害とは限らないが、複合汚染を引き起こすことで、深刻な被害を与えることもある。副流煙に含まれる化学物資も、数ある汚染源のひとつである。身近な存在であるがゆえに、横浜副流煙裁判にも、注目が集まって来たのである。


◎[参考動画]映画 [窓] MADO 予告篇

麻王監督の父親である藤井将登さんは、横浜副流煙事件の法廷に立たされた当事者である。編曲や作曲をてがけるミュージシャンだ。2017年11月、自宅マンションの音楽室で吸っていた煙草が原因で、「受動喫煙症」(化学物質過敏症の一種)などに罹患したとして、隣人から4500万円を請求される裁判を起こされた。警察の取り調べも受けた。

しかし、喫煙本数は、日に2、3本程度。しかも、音楽室が防音構造になっているので煙は外部にもれない。念のために禁煙をしてみたが、それでも隣人から苦情を言われた。風向きも調査してみたが、原告宅が風上になることがほとんどだった。上階の斜め上にある原告宅に音楽室の副流煙が届くはずがなかった。だれが見ても「冤罪」だった。

麻王監督は、そのことに衝撃を受けて、父親が提訴された直後から、事件を映画化する構想を練り始めたのである。そしてそれまで勤務していた東北新社を退職して、映画作品の制作に着手した。

「私は実家から独り立ちしているため、裁判の当事者では無いながらも、事の経緯を程近い距離で見てきており、また化学物質過敏症についても独自に調べつつ、この問題と自分なりに向き合ってきました」

「果たして、自らの窓が開いているだろうか。相手が自ら窓を開けられるような環境があるだろうか。社会の窓が開かれていかれているだろうか。どこか他人事で、自身の窓を閉ざしていないだろうか」(麻王、「制作支援プロジェクトのウェブサイト」)

化学物質過敏症の診断は困難を極める。汚染源となる化学物質の種類があまりにも多く、原因物質の特定が難しいからだ。代表的なものとしては、イソシアネート があるが、日本ではほとんど規制の対象にはなっていない。米国などでは猛毒としての認識がすでに定着していて、厳しく規制されている。

化学物質過敏症の正体が不透明なために、診断も「問診」と患者の「自己申告」を重視する傾向が顕著になっている。原告は、みずからの体調不良の原因を藤井将登さんの副流煙と断定して、専門医に自己申告した。それを受けて、医師は藤井さんを「犯人」として事実摘示した診断書を交付した。それを根拠に原告は、弁護士を動かし、警察を動かし、あげくの果てに4500万円の金銭を請求したのである。

かりに医師が、現場へ足を運んで事実を確認していれば、この事件は起きなかった。禁煙撲滅運動の政策的な目的で、結論先にありきの診断書を交付した疑惑があるのだ。少なくとも横浜地裁は、そのような認定を下した。もちろん原告の訴えも退けた。

その意味では、問診や患者の「自己申告」を重視して、診断書を交付した医師に最大の責任がある。原告家族も、ある意味ではずさんな医療の被害者なのである。有害化学物質を厳しく規制するなど、科学的な視点で環境問題に対峙してこなかった行政にも問題がある。

『窓』は、新世代公害が引き起こした複雑な群像を描いている。

制作支援プロジェクトは、現在、クラウドファンディンで上映資金などを集めている。同プロジェクトのウェブサイトへは次のURLでアクセスできる。

※横浜副流煙裁判は、2020年10月に被告・藤井将登さんの勝訴で終了した。現在、藤井さん夫妻は、元原告と診断書を作成した医師に対して「反スラップ訴訟」を起こしている。事件は、横浜地裁で継続している。

映画 [窓] MADO 制作支援プロジェクト

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』