《ご報告とご支援のお願い》がんで闘病中の書家・龍一郎を支援しよう!

鹿砦社代表 松岡利康

すでに報告していますが、私の大学の後輩で書家の龍一郎が肺がんで闘病中です。昨年夏には、うだるような猛暑の中、左肺の半分を取る手術をし、現在、抗がん治療で入退院を繰り返しています。

龍一郎は、東日本大震災以降、毎年魂を込めた鹿砦社カレンダーを揮毫し、被災者・被災地と共に生きる決意を込めた言葉を贈り続けてきました。また鹿砦社言論・出版弾圧10周年、20周年の集いなど、ことあるごとに参加者を鼓舞するような垂れ幕を揮毫してくれました。

本年のカレンダーをご覧になった方からは、肺がんで手術、闘病中であることを知り、ご支援のカンパを寄せられています。龍一郎は、数年前に大動脈解離で生死を彷徨う大病を潜り抜け、そして今度は肺がん……。

ご存知の方もおありかと察しますが、龍一郎は、かつて空手界の巨人・大山倍達師範存命中、無差別級で2回連続して世界チャンピンになった、空手界のレジェンド・中村誠総帥が主宰される極真会館中村道場のシンボルロゴ(誠)を揮毫しています。大会ごとに下げられ、会員証にも使われています。

昨年末に、その中村誠総帥から自らの手形と激励の言葉を書いた色紙を贈られ激励されました。ちなみに、まったく偶然ですが、龍一郎も中村総帥も1952年生まれです。

私たちも龍一郎を応援し、また再び力強い書を揮毫いただきましょう! 

ご支援カンパは、下記にお願いいたします。その際、振替用紙の空いたスペースに一行でも二行でも激励の言葉を書き添えてください。よろしくお願いいたします。

振込先:01760-0-130407  口座名:井上龍一郎

《1月のことば》夢に生きろ 愛に燃えろ

鹿砦社代表 松岡利康

《1月のことば》夢に生きろ 愛に燃えろ(鹿砦社カレンダー2026より。龍一郎揮毫)

新しい年2026年になりました。

まだ苦境に在り心の底から「あけましておめでとう」とは言えませんが、皆様方のご支持・ご支援により何とか年を越し2026年につなげることができたことを共に喜びたいと思います。

昨年は苦境のさなか、『紙の爆弾』創刊20周年、前年に創刊10周年を達成した『季節』と併せ、単に長く発行してきたことを祝うのではなく、低迷を脱しV字回復を目指して「反転攻勢の集い」を東京と関西にて開催することができ、多くの皆様方にご参集いただき、あたたかい叱咤激励も賜りました。また、ご参加できない方々からは支援金やご祝儀をお寄せいただきました。

しかしながら、意図に反し、なかなか業績が回復せず、歴史的ともいえる猛暑に耐え、年末危機も青色吐息で乗り越え年を越し今に至っています。

これまで私たちは幾多の困難を皆様方のご支援にて乗り越えてまいりました。『紙の爆弾』創刊直後には「名誉毀損」に名を借りて松岡逮捕→長期勾留→有罪判決で会社は壊滅的打撃を被ったこともありました。それでも復活することができました。これに比すれば、まだイケると信じています。

このかん多くの読者の皆様方に物心両面にわたり多大なご支援を賜り、なんとか生き長らえていますが、これもここらで打ち止めにし、まさに反転攻勢に打って出て恩返しをしなければなりません。このままでは終われない。

個人的には、私は今年齢75となり、いわゆる後期高齢者となります。本来なら後継者に道を禅譲すべき歳ですが、何としても現況を脱しない限り、これはできません。私を信じて手を差し伸べてくださった方々の想いを裏切るからです。

私のすぐ上の世代、あるいは私と同世代の方々の訃報が続いています。鹿砦社の裁判闘争を支えてくださった中道武美(くだんの「名誉毀損」事件の刑事案件担当)、内藤隆(同民事案件担当)両弁護士、つい最近では出版界の先輩、社会評論社・松田健二さんらです。みなさん方、名実共にそれ相当の業績を成し亡くなられましたが、私には後世に遺す業績といったものはありません。何としても、ここ数年で将来に遺す本を一冊でも二冊でも出したいと願っています。

ともあれ、新しい年2026年になりました。40年余り前に抱いた「夢に生き」、社是でもある、〈日々決戦、一日一生〉の精神で奮闘することを誓います!

《表紙》『原子力明るい未来のエネルギー』 紆余曲折を経て 今は文字盤だけが倉庫に眠る(絵=鈴木邦弘)

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《12月のことば》我が道を行く

鹿砦社代表 松岡利康

《12月のことば》我が道を行く(鹿砦社カレンダー2025より。龍一郎揮毫)
《12月のことば》我が道を行く(鹿砦社カレンダー2025より。龍一郎揮毫)

本年のカレンダーも最後の一枚になりました。一年経つのは本当に速いものです。

本年も厳しかった一年でしたが、月々のカレンダーの言葉に叱咤激励され過ごしました。この一年が厳しかったとは言っても、大きな自然災害、人的災害に遭った方々が受けた被害に比すれば大したことはありません。どんなに苦しい時でも、確固たる信念を持って「わが道」を進んでいけば、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」と信じています

私たちの出版社・鹿砦社は、激動の年・1969年に創業して以来、多岐にわたる領域の出版を行いつつも常に「わが道」を進んできました。そうでなければ、鹿砦社という出版社のレゾンデートル(存在理由)はありません。どこにでも在る中小出版社にすぎません。小さくても毒を持つ出版社を目指してきました。

創業50周年を、創業メンバーでただ一人、生き残り老骨に鞭打って頑張っている前田和男(『続全共闘白書』編纂人)さんを招き、当時の想い出を語っていただき、皆様方に祝っていただいてから、新型コロナという予想もしなかった感染症が世の中を一変させ、いかんせん、これに巻き込まれ、いまだにのたうち回っています。もうそれも、そろそろ打ち止めにしなくてはなりません。

これからも、いかなる苦境にあろうとも、「わが道」を進み続けることに変わりはありません。生来鈍愚なので、今更生き方を変えることはできませんから……。

来年のカレンダーは、『紙の爆弾』2月号と共に明日発送いたします。制作途上で龍一郎は肺がんで片方の肺の半分を取る手術をし、加えて歴史的な猛暑で体力的に厳しい中、気力を振り絞り書き上げてくれました。70代に入り満身創痍の龍一郎をしても、大動脈解離に続き大病で体力的に持たず、東日本大震災-原発爆発から来年3・11で15年を迎え、震災発生から龍一郎と二人三脚で続けて来たカレンダーですが、これを節目として最後にさせていただくことになりました。まことに残念ですが、ご了承ください。闘病中の龍一郎については、その費用をまかなうため次の口座にカンパをお願いいたします。

振込先:郵便振替 01760-0-130407
口座名:井上龍一郎

龍一郎にしても私にしても、大学を離れてから、いろんなことを経験しました。龍一郎は、何と言っても「ゲルニカ事件」、私は「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧──けっして安穏な人生ではなかったけれど、それなりにいろいろあった人生でした。人生はまだまだ続きます。私は一時の栄華から転落、このままでは悔いが残りますので、反転攻勢をかけ必ずや再び失地回復を成し遂げます。ご支援をお願いいたします!

「鹿砦社カレンダー2026」完成! これが最後となります。『紙の爆弾』『季節』の定期購読の方、会員、支援者の皆様には12月初め発行の両誌次号と共にお届けいたします!

鹿砦社代表 松岡利康

鹿砦社カレンダー2026の一枚

「鹿砦社カレンダー2026」が出来上がりました!

2012年版(東日本大震災の年2011年制作)から始まった「鹿砦社カレンダー」も恒例となり、毎年首を長くしてお待ちいただいている方もおられます。

これは、松岡の大学の後輩で書家の龍一郎が、魂を込めて揮毫したものです。

本年もまた多くの自然災害、事件などがあり、目を海外に向ければ、ウクライナ、パレスチナの戦火はまだ続いています。本当の平和はいつ訪れるのでしょうか。

こういう時勢だからこそ、私たちは強い想いを持って、このカレンダーの制作にあたり、ここにお届けすることができました。ぜひ、お部屋の片隅にでもお飾りいただければ幸いです。

この制作の過程で、龍一郎に肺ガンが発見され左肺の半分を取る手術をし、現在抗がん剤治療を行っています。彼は重度の糖尿病、大動脈解離などを経験し、不屈の精神で病を乗り越えてまいりました。今回もおそらく乗り越えることでしょう。心ある皆様方のご支援(闘病資金)をお願いする次第です。

振込先:郵便振替 01760-0-130407    
口座名:井上龍一郎
空欄に激励のメッセージなどお書きください。

来年3月11日で東日本大震災-原発爆発から15年となります。このカレンダーも、龍一郎の体力を鑑み、ひとつの区切りとして今回でいったん最後にさせていただくことになりました。龍一郎も私たちも頑張りました。今は清々しい気分です。機会あれば、なんらかの形で再び登場いたしたく思っています。

【お断り】このカレンダーは基本的に『紙の爆弾』『季節』の定期購読者、会員、いつもカンパをいただいたり継続的にご支援をくださる方、執筆者などに限り送らせていただいております。龍一郎や私たちの想いの籠もったこのカレンダーは毎年好評で、数を限って制作しており、毎年ほとんどなくなります。カレンダーだけを送れという方はお断りさせていただいております。

https://www.rokusaisha.com

《11月のことば》人生に夢や希望を持つ者は誇り高く生きてゆける

鹿砦社代表 松岡利康

《11月のことば》人生に夢や希望を持つ者は誇り高く生きてゆける(鹿砦社カレンダー2025より。龍一郎揮毫)

あれだけ記録的な猛暑が嘘のように秋深き季節になってまいりました。今年のカレンダーもあと2枚となりました。

魂の書家・龍一郎の書には、苦難の「人生に夢や希望」を持てという、シンプルながらも熱い想いが力強い筆致の中に込められています。多くの方々が感動する所以です。

ようやく来年のカレンダーを書き終え、印刷所に回っていますが、この制作の過程で、龍一郎に肺ガンが発見され左肺の半分を取る手術をし、現在抗がん剤治療に入ろうとしています。彼は若き教師の頃「ゲルニカ事件」に巻き込まれ全国の教師、父兄の支持を得て闘いましたが、このストレスで重度の糖尿病、大動脈解離などを経験し、不屈の精神で病を乗り越えてまいりました。今回もおそらく乗り越えることでしょう。このカレンダーに心打たれた心ある皆様方のご支援(闘病資金)をお願いする次第です。

振込先:郵便振替 01760-0-130407 口座名:井上龍一郎
空欄に激励のメッセージなどお書きください。

来年3月11日で東日本大震災-原発爆発から15年になります。被災地フクシマに寄り添って行こうという決意で始めた、このカレンダーも、満身創痍の龍一郎の体力を鑑み、ひとつの区切りとして今回(2026年版)でいったん終了することになりました。龍一郎も私たちも頑張りました。今は清々しい気分です。機会あれば、再び龍一郎とタッグを組み、なんらかの形で登場できれば、と願っています。

《10月のことば》慌てず騒がずじっと手を見る

鹿砦社代表 松岡利康

《10月のことば》慌てず騒がずじっと手を見る(鹿砦社カレンダー2025より。龍一郎揮毫)

「慌てず騒がず」どころか、今回は慌て騒がざるをえません。

先にお知らせしましたように、龍一郎がガンで倒れ左肺の半分を取る手術をするとのことでした。先にお知らせした文面の末尾に「追記」を記しましたが、末尾ということもあってほとんどの方が読まれていませんでしたので、手術後送られてきた龍一郎からのメールを再掲載いたします。

「心配かけて申し訳ない。24日に手術は無事終わりました。手術後の諸々も順調に進んでいます。頑張ります」(9・26,PM17:37)

ひとまずホッと一安心ですが、思い返せば、14年半前の東日本大震災後、フクシマ(の方々)に寄り添り龍一郎の力強い言葉と筆致で激励していこうという主旨で、大学の後輩で書家・の龍一郎と共に、私たちなりの想いを込めたカレンダーを、その年の暮れから毎年お届けしてまいりました。最初は1000部で、主に『紙の爆弾』の定期購読者、営業で回る書店の方々、主な取引先や熱心な読者の方々に、一部の方には、これも龍一郎揮毫のエコバッグに入れて手渡してきました。

大変好評で現在は、『紙の爆弾』の定期購読者が増え『季節』も創刊したことで、1700部を製作・配布しています。

無料ですが、これにかこつけてカレンダーだけをくれという方はお断りしています。昨年もありました。一方で身銭をきって(中には貴重な年金の中から)雑誌を定期購読されている方がいらっしゃるわけですから。私たちがなんで無料にこだわって、このカレンダー を作り届けて来たのかの意味がまるで理解されていない人たちには送りたくありません。カネにあかしてタダで配っているんじゃないぞ!このかんは苦しくてもタダで配っていることの意味を知れ! 

途中から『季節』(当時『NO NUKES voice』)も創刊し、年末に『紙の爆弾』『季節』を発送する際に同封して来ました。これが毎年年末の“恒例”の作業でした。

来年は東日本大震災、そしてこれによって惹き起こされた福島第一原発爆発から15年になります。このこともあり、来年のカレンダーまでは何としてもお届けしたいです。万が一、龍一郎が書けなくなり、鹿砦社が潰れても、15年間ずっと、カレンダーという形で、私たちの想いを伝えて来たという足跡は残り、私たちが知る少数の方であってもこのカレンダーで私たちの想いが伝わっているのは事実なわけで、私たちはそれで清々しい気持ちで一杯です。世の中には、商売ではない人の営みもあるのです。

ガンと闘う魂の書家・龍一郎を応援しよう!

鹿砦社代表 松岡利康

10年以上毎年、福島への応援の想いを込めて鹿砦社カレンダーを揮毫してくれる、大学の後輩で書家の龍一郎から9月18日、下記のようなメールが届きました。手術前に騒ぎたくないと、しばらく伏せておきました。まだ術後の経過は連絡ありませんが、心の中で龍一郎を応援しましょう! 応援してください! 

龍一郎は5年ほど前には大動脈解離で倒れ、次いで連れ合いをガンで亡くしています。彼は、若い頃、一昨日触れた同志社大学学友会で活動し、その後、郷里に帰り教職に就き、全国的に有名になった「ゲルニカ事件」に巻き込まれ、一貫として生徒を信じ生徒の側に立って、全国の心ある先生たちや父兄らと共に最高裁まで裁判闘争を闘いました。頑張れ、龍一郎! (ゲルニカ事件にについて、以前に講演会をやった際の資料が残っていましたので参考にしてください)

「昨日 肺がんの手術が決まりました。
来週 24日です。左肺の半分を切り取ります。
8月のレントゲン撮影で左肺に小さなガげが見つかりました。
それから検査を重ね肺がんと断定されました。
そして昨日手術の予定が決定しました。
さて。カレンダーです。
今年が最後になるかもしれません。
松岡さんの言葉を気合を入れて書きたいと思っています。
半分ほどはもう書いております。
手術後の状態がどのようなものになるか分かりません。
体調がいい時をカレンダー作りに集中するつもりです。
よろしくお願いします。
龍一郎」

【追記】
龍一郎より先ほど(9・26,PM17:37)次のようにメールありました。
「心配かけて申し訳ない。24日に手術は無事終わりました。手術後の諸々も順調に進んでいます。頑張ります」
ひとまずホッと一安心です。闘争勝利!

同志社大学此春寮歌音源の完成に協力いただいたグリークラブへの募金について 此春寮OB会発起人(馬場徹、小西桂、川島繁)

鹿砦社代表 松岡利康

久しぶりに爽やかな話題を紹介します。過日の同志社大学此春寮(ししゅんりょう)の先輩・前田良典さんの著書『野の人』の刊行を予告する記事で、関連して少し同寮のことを書き記しましたが、さらもこれに関連する記事です。ぜひご一読、できればご協力お願いいたします。(松岡利康)

寮歌揮毫は書家・龍一郎

◆     ◆     ◆     ◆     ◆

物語は昨年12月に小生(川島)の拙いHPを見た同志社大学グリークラブ員からの問い合わせのメールから始まる。「同志社にまつわる歌の楽譜を調べており此春寮の楽譜はありませんか」と言うものだった。作詞・作曲者は分かっているものの楽譜は誰もその所在を知らない。1977年寮史編纂の時も同窓一同に問い合わせを試みたようだが譜面に行き当たることはできなかった。又、現在寮歌は現役の此春寮生の間でもど歌い継がれていないという。

この寮歌はかつての寮母砂野文枝さん(2010年1月死去)の追悼歌でもある。今でも決まって毎年1月には彼女が眠る深草の共同墓地にOBが集まり彼女を偲び寮歌を歌っているのだ。このままでは此春寮から同志社から寮歌が消える。こんな恐れが頭をよぎる、そんな時に一通の電子メールが寄せられた。これは何かの啓示ではないかと考えた。同窓でも55才 あまりも離れた現役生からメールをもらうことなどまず考えられないこと、しかし伝統の系譜なのか Doshisya college songには、和訳すればこんな一節がある。

「親愛なる母校よ、同志社の学徒はぶどうの枝のごとくつながりゆくことだろう」
つまりこれは寮歌を復元せよということなのだと解釈する。

この思いが伝わり小西桂君が家族の協力も得て譜面を起こしてくれた。そしてこれがグリークラブの皆さんに伝わり、19名のクラブ員が此春寮のために、手弁当で力強く量感あふれる若い声で寮歌の音源を完成してくれました。“人生意気に感ず”とはこのことだろうか! 今まで誰もなしえなかったことです。私たちOBも後輩達のこのボランティア精神溢れる行為に何らかの返答をしなければならないだろう。これは通り一遍のお礼文書でことを済ますことは出来ない。

同志社グリークラブは本年創立120周年である。コロナ禍の活動自粛により19年より合唱コンクールの全国大会から遠ざかり23年春では4年生団員はゼロと危機的な状況を迎えていた。

しかし24年には見事に復活し、大学ユースの部で関西では関学を押さえて一位金賞、更に全国大会では三位金賞に輝いた。東西大学合唱演奏会、全同志社合唱祭など自身の創立120周年記念演奏会を含め多忙な活動を行っている。全国にまたがる活動がために相当な活動資金が入ることは明らかだ。

そこで此春寮OBとして、音源完成への感謝の意を込め、部活動を支える応援を下記のように提案し、皆さんの協力をお願いしたい。

文中の受賞記事の様子(同志社大学グリークラブHPより)

  1. 全国各地で行われるグリークラブの演奏会を機会があれば鑑賞する
  2. 今回の音源作成に協力いただいたグリークラブの活動を支えるため、募金を募り集まった資金は大学募金課を通じてグリークラブへ寄進

・一口以上 5,000円
・募金目標 100,000円
・募金方法郵貯銀行からの振込(6月30日締切り)
(受取人)川島繁(カワシマシゲル)
(記号)14370
(番号)94558181
(備考)此春寮
※振込手数料(5万円未満)は、窓口 203円 ATM 152円

同志社大学グリークラブHP
http://www.gleeclub.jp/index.html

◆     ◆     ◆     ◆     ◆

此春寮 寮歌
金田義国 作詞
西田晃 作曲

1)遍く地より 集い来て
神を見上ぐる 若人の
その意気高く 谺せん
ああ 我が同志社 此春寮

2)互いに努め いそしみて
友と交わり 喜びの
心に満ちて 進みゆかん
ああ 我が同志社 此春寮

3)憂い苦しみ 分かち合い
共にいたわり 祈りつく
正しく強く 生き抜かん
ああ 我が同志社 此春寮

《6月のことば》真理がわれらを自由にする

鹿砦社代表 松岡利康

《6月のことば》真理がわれらを自由にする(鹿砦社カレンダー2025より。龍一郎揮毫)

今月の言葉は「真理がわれらを自由にする」だ。

この言葉は、知る人ぞ知るで、国立国会図書館の目立つ所に貼られている有名な言葉である。

浅学の徒である私はこの言葉を知らなかった。知ったのは、加藤一夫著『記憶装置の解体──国立国会図書館の原点』(1989年。品切れ)を出版した時だ。この頃、著者は国会図書館に勤めておられた。何で知り合ったのかは定かではないが、おそらく加藤さんが翻訳された第二期トロツキー選集『革命はいかに武装されたか』に関心を持ち連絡したことからだったと微かに記憶にある。学生時代に革命家トロツキーに関心を持ち、ロシア革命の見直しの連続講座も持ったので、この関連からだったかな。上京するたびに国会図書館に立ち寄り歓談させていただいた。そのうち著書にまとめようという話になったのではないか……。

本書刊行は1989年というから出版を専業としてまだ5年ほどしか経っていなかった。A5判350ページの、けっこう大部の本になり、途中弱音を吐いたが、著者に叱責され、また出版界の先輩には激励され、出版に漕ぎつけることができた。

著者は1960年代後半の激動の時代に大学に身を置き闘いながら、70年代に入り大学を離れ国立国会図書館に入った。その、いわば中間総括の書である。今紐解いても意義ある本で輝きを失ってはいない。

ところで、「真理がわれらを自由にする」とはどういう経緯で国会図書館に貼られているのだろうか? 次の解説が一番的確なので、長いが引用し説明に替える。──

《東京・永田町にある国立国会図書館は、昭和23年(1948年)設立された日本で唯一の国立図書館として、国会だけでなく広く日本国民に開かれた図書館だ。
 図書館の利用者は、昭和36年(1961年)開館されたここ東京本館の目録ホールにある図書カウンター上部に刻まれた「真理がわれらを自由にする」という日本語と、その傍らのギリシャ語銘文を自然と目にすることになるが、この言葉が国立国会図書館法の前文として明記され、図書館の精神として66年もの間生き続けていることはそれほど知られていない。
 昭和23年(1948年)起案された国立国会図書館法の前文には、法案の起案に参画した歴史家で当時の参議院図書館運営委員長であった羽仁五郎氏がドイツ留学中にフライブルグ大学図書館で目にした銘文をもとに、「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」と記されており、このフライブルグ大学図書館の銘文は新約聖書・ヨハネによる福音書の一文「Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ」に由来するものとされている。》(永田純子「真理がわれらを自由にする」:国立国会図書館に生きるギリシャの精神)

(松岡利康)

《4月のことば》凡事徹底 鹿砦社代表 松岡利康

《4月のことば》凡事徹底(鹿砦社カレンダー2025より。龍一郎揮毫)

「凡事徹底」── いい言葉です。小さなことや当たり前のことを徹底的にやることによって見えてくるものがあるという意味ですが、なかなかできそうでできるものではありません。四字熟語は中国から由来するものが多いということですが、これは最近(といっても、20、30年前ですが)日本で誕生したとされます。通説では、イエローハット社の創業者・鍵山秀三郎氏が作ったといわれています。プロ野球の野村克也やラミネスがよく使ったといわkれます。「凡事徹底」というタイトルの書籍もあります。

当社も1995年に「日々決戦」「一日一生」「一所懸命」などと共に社是に定めましたが、なにか精神的な訓示を上から押し付け、説教臭く思われたのか、あまり歓迎されませんでした。

とはいえ、環境が苦しい時にこそ、基本に立ち返り「凡事」を「徹底」して「一所懸命」にやることが大事で、そして、そこにまた見えてくるものがあるということでしょう。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 「4・5鹿砦社反転攻勢の集い」で流れを変えよう!

このかん再三申し述べさせていただいているように、新型コロナ襲来以来、引き起こされた鹿砦社の苦境を寄稿者、読者の皆様方と共に突破し、流れを変えようと、4月5日、反転攻勢の集いを開催することになりました。『紙の爆弾』の寄稿者を中心に、ちょっと声を掛けたところ、またたくまに30人ほどの発起人が集まってくださいました。

また、ご支援のカンパ、ご祝儀も日々お寄せいただいています。有り難いことです。もう4日後になりますが、日々、緊張感がみなぎってきています。

この20年間、いろいろなことがありました。なんと言っても『紙爆』創刊直後の私の逮捕―勾留で会社が壊滅的打撃を被ったことでしょう。囚われの身、それも接見禁止で、面会も手紙も、弁護士以外にはできなく、動こうにも動けなくて、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」という心境でした。今は、会社の情況が苦しくても、電話もできるし動き回れます。これだけでも大きな違いです。

詳しいことは4月7日発売の『紙爆』(20周年記念号)5月号に記述してありますので、ぜひ購読いただきご一読ください。

4月5日の集いのご報告は、「デジタル鹿砦社通信」、『紙爆』6月号(5月7日発売)などで行います。

(松岡利康)