「あれ?ない……」
13日午後、福島駅前のホテルで開かれた第44回「県民健康調査」検討委員会。配布資料をめくると、筆者はすぐに〝異変〟に気付いた。委員名簿にあるはずの名前がなかったのだ。記者席で思わず声を出してしまったほど驚いた。

7カ月前の昨年10月に開かれた前回委員会で座長に再任されたばかりの星北斗氏(福島県医師会副会長)の名前も、座長代行になったばかりの稲葉俊哉氏(広島大学 原爆放射線医科学研究所教授)の名前もない。さらに2人を加え、計4人の委員が「一身上の都合」で辞めていたのだ。2年の任期が始まったばかりだというのに……。

「『県民健康調査』検討委員会設置要綱」第3条7項で「座長に事故があるとき又は座長が欠けたときは、座長代行が、その職務を代理する」と定められている。座長に選ばれたばかりの星氏が夏の参院選に自民党公認で立候補することから、次の座長は当然、稲葉代行が務めるものと考えていた。

開会までまだ時間があるので、旧知のフリーランス記者とその事で立ち話をしていると、会場に1人の委員が入って来たのが目に留まった。高村昇氏(長崎大学 原爆後障害医療研究所教授)だった。高村氏は前回委員会を欠席。それ以前もコロナ禍でリモート形式での開催が続いたので、会場に姿を現すのは実に2年ぶりのことになる。

「まさか…」
物書きとして冷静でいなければいけないことは分かっていたが、徐々に鼓動が激しくなっていった。もし高村氏が新しい座長に選ばれれば、「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます」(2011年3月21日、福島県福島市での講演会)と言い放った山下俊一氏(初代座長)とともに福島県内各地で〝安全講演〟をした人物が座長に就任することになるからだ。


◎[参考動画]3.11直後の山下俊一発言

果たして、その「まさか」が的中した。
「福島県復興のためにご尽力されている。高村先生以外にはいない」、「やっぱりここは高村先生しかいらっしゃらない」などと称賛を受けての選出だった。高村氏は2020年4月から「東日本大震災・原子力災害伝承館」の初代館長(非常勤、任期5年)も務めており、検討委員会も〝牛耳る〟ことになったのだった。

高村氏の問題点については、これまで何度も「民の声新聞」で指摘してきた。
福島県の担当者は「伝承館」の館長に選出した理由について①考え方に偏りが無い、人格的に温厚で高潔②福島県の復興、避難地域等の支援に関わってきた③「伝承館」の運営に必要な能力を持っている─の3点を挙げた。しかし、高村氏は「考え方に偏りが無い」と言えるだろうか。

「伝承館」初代館長就任にあたり内堀雅雄知事を表敬訪問した高村氏。山下俊一氏の影響下にある高村氏が検討委員会も〝牛耳る〟ことになり、検討委の中立性が揺らいでいる=2020年撮影

高村氏は1993年に長崎大学医学部を卒業。2013年度からは同大原爆後障害医療研究所の教授を務めている。原発事故直後の2011年3月19日には、山下俊一氏とともに福島県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任。県内各地で行った講演会では「放射性セシウムはろ過されやすいので水道水には出てこない」、「放射性セシウムセシウム 137 が体に入った場合の半減期は30年では無い。子どもであれば2カ月、大人でも3カ月程度で半分になる」などと発言したほか、子どもたちの鼻血についても「放射線の影響ではない」と断言していた。

飯舘村では震災発生から2週間後の2011年3月25日に県と村の共催で高村氏の講演会が行われている。その場で「マスク着用や手洗いなどをすれば、健康に害なく村内で生活できる」という趣旨の発言をしているが、実はこの講演会、そもそもの目的が「村民に安心してもらうため」だったのだ。当時の菅野典雄村長が著書「美しい村に放射能が降った」のなかで「私も安心した」と明かしているほどだ。

復興庁が2018年3月に発行した冊子「放射線のホント~知るという復興支援があります。」は「原発事故の放射線で健康に影響が出たとは証明されていません」と書いているが、「作成にあたり、お話を聞いた先生」に名を連ねているのも高村氏。
伝承館館長就任にあたって「一番の主眼は、復興のプロセスを保存して情報発信すること」、「ぜひイノベーションコースト構想の一翼を担いたい」と語って内堀雅雄知事を満足させたのも高村氏。

事故発生直後から被曝リスクを全否定し、住民を線源から遠ざけるどころか逃げないように〝安心〟させ、国や福島県が画策する原発事故被害の矮小化と復興PRに加担するような人物を座長に選んで本当に良いのだろうか。筆者は委員会後の記者会見で質問した。高村座長は苦笑していたが、どの委員も質問に答えなかった。答えないも何もない。司会役の県職員が全力で質問をブロックしたのだった。

「申し訳ありませんけれども、本日の議事議題に関係ありませんので、お答えを控えさせていただきます」

原発事故後に神奈川県に区域外避難、現在は避難元の郡山市と行き来している松本徳子さんは、今回の検討委員会や記者会見を動画で観て福島県の県民健康調査課に電話をかけた。「子どもが健康調査を受けている親として、県民健康調査検討委員会の場で傍聴や質問をする権利を与えてもらえませんか?」と申し入れたが、けんもほろろに断られたという。

「県民健康調査課と私との意見交換の場を設けてもらえませんか?とも言いましたが、『それもできません』とのことでした。どれだけ詰め寄っても『それは松本さんの見解なので仕方ありません。これ以上お話しても意味がありません』と電話を切られてしまいました」

検討委員会後の記者会見に臨む当時の星北斗座長(左)と高村昇委員。自民党公認で参院選に出馬する星氏の後継座長に高村氏が選ばれた=2017年撮影

高村氏は昨年2月、原子力産業新聞のインタビューで次のように語っている。

「もちろん、今後もいろんな調査研究を進めていく必要があるが、因果関係を調べた結果、10年経った現時点では、福島で見つかる甲状腺がんは被ばくの影響とは考えにくいという結論に至っている」

「福島では、これまで甲状腺検査をしてこなかったから見つからなかったものが検査をすることにより見つかるようになった」

これではもはや、検討委員会の方向性は見えている。

そもそも、初代座長が「子ども脱被ばく裁判」の一審証人尋問で厳しく追及され、二代目座長は原発再稼働に躍起になっている自民党の公認候補として参院選出馬。その路線を継承するのが〝山下チルドレン〟の三代目座長。そんな委員会が説得力を持ち得るのだろうか。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の脱原発季刊誌 『季節』2022年春号(『NO NUKES voice』改題 通巻31号)

厳しかった冬の終わりがようやく見え始め、暖かい陽射しが降り注いだ3月。横浜・みなとみらい地区の一角では、キッチンカーに長い行列ができていた。「発見!ふくしまお魚まつり」と銘打たれたイベントは、原発事故による福島県産水産物の〝風評払拭〟が目的で復興庁や福島県が後援。海鮮丼などを食べてもらうことで福島県沖で獲れる「常磐もの」をPRするのが狙いだ。ホームページには「ぜひこの機会に、『常磐もの』を食べて、福島を応援してください」と書かれている。

筆者もカップルや家族連れなどの列に加わり、奮発して一番高い2000円の「全部乗せ」を食べた。サーモンやアナゴ、マグロなど確かに美味しい。原発事故による影響など考える必要がなければどれだけ良かっただろうと思う。しかし、現実には原発事故後にたまり続ける「汚染水」(国や東電は〝ALPS処理水〟と呼称)の海洋放出計画が着々と進められているのだ。しかも、福島県などの「事前了解」はまだ得ていない。福島だけの問題ではないとはいえ、県民の賛同さえ得られていない。それなのに海底トンネル設置の工事だけが粛々と進められ、この種の〝風評払拭イベント〟が行われる。

横浜・みなとみらい地区で行われた〝常磐もの〟のPRイベントには長い行列ができた(2022年3月5日)

キッチンカーの周囲では、当然ながら汚染水海洋放出計画への言及などない。では、〝常磐もの〟を堪能する人々は反対の声を無視して進められている計画をそもそも知っているのだろうか。時に激しく怒られながら声をかけただけでも、ほとんどの人の答えが「知らない」だった。

「全然知りません。そういう情報は入ってこないですね」(都内在住の男性)
「聞いたことないです」(横浜在住の男性)
「知りません」(横浜在住の女性)

もちろん、海洋放出計画を知っている人もいた。だが、単なる偶然なのか、ともに「福島出身」の人だった。

「知っていますよ。トリチウムのキャラクターで騒いでいましたね。ちゃんと検査をしているのは知っているので、海洋放出したとしても食べるか食べないかには影響しません。実家が農家で、桃や野菜を幅広く生産しているのでそういうことはよく分かっていますよ」(中通り出身の女性)

「実家がいわき市なので知っています。致し方ないのかな。地元としては反対しているけれどどんどん溜まっていく一方だし…。一方で漁師の方々は苦労していますよね。難しい…」(横浜在住の男性)

こんな声もあった。

「海に流すというのは聞いたことがあります。流したとしても食いますよ。関心ないわけではないけど、国に『安心ですよ』って言われたら面倒くさいから食べますね」(都内在住の男性)

出店者の1人、大川魚店の大川勝正社長が現場で取材に応じた。大川社長は、自民党に移った細野豪志代議士(元環境大臣)が昨年2月に出版した「東電福島原発事故 自己調査報告」(徳間書店)で細野氏と対談するなど、海洋放出計画そのものには賛成している。

「2012年くらいから水をどうするんだというのは言われていた話で、どうするのかいつまでも決めねぇなとずっと思っていました。突然決めたというか、時間はあったわけだからもっと合意形成をちゃんとすれば良かったんですけど、何もしないで急にパンとやった。下手だなあって感じです。どういう結論になってもあれなんですけど、もうちょっとやり方があったでしょって感じがします」

調理の手を止め、こちらの質問にも嫌な顔ひとつせずに答える姿には誠実さを感じた。一方、廃炉完了のためには海洋放出が必要だという考えはブレなかった。

「海に流すというか、僕は廃炉がスムーズに進むことを一番望んでいるので、廃炉がスムーズに進めば良いなという視点です。僕が住んでいるところ(いわき市四倉)は原発に近いし、双葉郡には親戚が住んでいます。子どもの頃から慣れ親しんだ街なので、早く何もなくなってくれれば良いなと思っているんです」

「水の問題も以前、経産省の方(木野氏や奥田氏)と話す機会があって、素朴な質問として『あの水どうするんですか?』と尋ねたら『普通の原発は(海に)流すんですけど、とりあえずタンクに溜めておく。でも、いつかは流さなければいけない』と、5つくらい処分方法案を口にしていました。その後、年に1回くらいは水をどうするかという話はあったんですけど、それ以上話は進まなくて、なんだかなあと。で、実際にキャパオーバーだから、なんというグダグダぶりなんだろうと思います。グダグダすぎる……」

来年にも汚染水の海洋放出が強行されようとしているが、そもそも海洋放出計画を知らない人も多い。何も知らないまま「美味い美味い」と喰うだけで良いのだろうか

なぜ海洋放出計画に反対しないのか。

「僕の場合は物理的な問題ですね。キャパがない。土地がない」

「みんな反対って言っていますけど、トリチウム水のことを学べば学ぶほど、あんまり問題じゃねえなと(笑) あとは反対の声をあげる方が処理水を流したときの風評被害が『地元の人たちも反対しているのになぜ流すんだ』となって話が大きくなっちゃう。東電に文句ばかり言っていても福島の応援にはならないことを、みんな肌感覚で分かっているんですよ」

「自宅の近くにごみ処理場ができるような話ですよね。まあ嫌だけど、みんなのためには必要だと。安全に運営してくれるんだったらって感じですかね。世界の原発でもやっている?そうですね。懸念を口にしている専門家もいる?うーん……」

大川社長が指摘したのは「合意形成のまずさ」だった。

「時間はあったのに、何でちゃんとやらなかったのか。合意形成をね。反対する人がいたとしても、もうちょっと容認する人を増やしてバランス良くできなかったのか…」

福島民友新聞は4月27日付の1面トップで「処理水放出方針 国内6割知らず」と復興庁の調査結果を報じた。しかし「情報発信不十分」との見出しは立てるが、会報放出そのものの是非は論じない。時間をかけて反対意見に耳を傾けるのが民主主義の基本だろう。まずは立ち止まり、代替案をていねいに議論するのが「合意形成」ではないのか。

汚染水を海に流しながら〝常磐もの〟を宣伝するという矛盾した取り組みが、来年にも始まろうとしている。「知らなかった」では済まされない。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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薬害エイズ訴訟や薬害肝炎訴訟など、医療現場での人権侵害に取り組んで来た鈴木利廣弁護士が4月22日、「浪江原発訴訟」の報告集会で講演した。同訴訟は事実上の現地検証に続き、原告本人尋問が始まる。なぜ裁判官に現場を見せ、原告の想いを聞かせることが大事なのか。鈴木弁護士の言葉からは被害当事者が直接、語りかけることの重要性が伝わってくる一方、被害者がそこまでしなければ被害救済につながらない「原発事故」の罪深さを改めて考えさせられる。

「浪江原発訴訟」では今月26日、小川裁判長など3人の裁判官が実際に浪江町を訪れる「現地進行協議」(事実上の現地検証)が実施される。裁判官が現場を見たり、原告の説明を聴いたりすることでどういう印象を受けているのか。心証形成にどのような影響を及ぼすのか。鈴木弁護士は2000年3月に「ハンセン病国家賠償請求訴訟(東日本訴訟)」で行われた現地検証での経験を例に挙げた。

「群馬県草津町の国立ハンセン病療養所『栗生楽泉園』を訪問。全ての説明を原告自ら行いました。そして、吉川裁判長が正門前で,園を離れるに際して参加者全員にこう語りかけたのです。
『今,私はここを去りがたい思いでいます。このことは私も忘れることはありません』
私は、裁判長の感極まった様子を目の前で見ていました。彼の言葉を聞き、やはり現場を見るというのは大事なことなのだと思いました」

「浪江原発訴訟」の報告集会で講演した鈴木利廣弁護士。裁判官による現地検証や原告本人尋問の重要性を語った

次回6月22日の期日からは、原告本人尋問が始まる。12月の期日まで4回にわたって実施される予定だが、原告代理人弁護士が質問する主尋問でも緊張で思ったように答えられないうえに、被告国や東電の代理人が行う反対尋問では、原告を圧迫するような意地悪な質問が矢玉のように飛んでくる。そこまでしてでも被害者は法廷に立たなければならないのか。鈴木弁護士は「裁判官の目を潤ませられるか否かで勝敗が決まる」という言葉を口にした。

「なかなかそのようには感じられないかもしれませんが、裁判官も人間なんです。法廷で目頭が潤んでしまい、まばたきをすると涙がこぼれてしまいそうになったので鉛筆を故意に落とした裁判官がいました。鉛筆を拾うときに法服で目を拭ったそうです」

たしかに、原発事故後の裁判では、原告の言葉に目を潤ませたように見えた裁判官は複数いる。そこまで心に訴えかけることができれば判決にも好影響しそうだが、それには相当の苦痛が伴う。仙台高裁判決が確定した「中通りに生きる会」の損害賠償請求訴訟(被告は東電のみ)でも、多くの原告が涙を流しながら陳述書を書き上げた。封印していたはずの被曝不安や怒りに再び直面しなければならないからだ。鈴木弁護士は「つらい経験を忘れたいと考えるのは人間として当然のこと」としたうえで、「弁護士もつらい」と語った。

「本人尋問では、かさぶたを強引に引きはがして傷口をもう一度さらけ出し、そこに塩をまいてタワシでこするというような悲痛なことを代理人弁護士はやっています。しかし、本人尋問の重要性は『裁判官に原告の被害体験を聴かせて、救済しなければならないという意識を持たせる』ことです。被告の主張に裁判官が引きつけられるのか、原告の被害実態に引きつけられるのかが勝負。かさぶたをはがしてでも被害の実相を裁判所に伝えなければならない。弁護士もつらいのです」

一方、本人尋問を経て原告が強くなるという。

「原告自身が被害体験を思い起こし、改めて自認する。この作業には覚悟と学習が必要です。でも、被害救済への共感を拡げるための闘いのエネルギーは、本人尋問手続を経て初めて本物になると言えます。薬害エイズ訴訟では苦しい本人尋問を耐えて耐えて、ようやく終わったら『もう怖いものはなくなった』と口にした原告がいました。その人は実名を出して街頭で被害の実態を語るようになりました」

いくら代理人弁護士や支援者が努力をしても、最後は当事者が声をあげなければ、当事者が訴えなければ世論を喚起することはできない。

1995年に来日したアメリカの人権派弁護士アーサー・キノイ氏は、こう述べたという。

「誤解を恐れずに言えば、裁判に勝つことよりも民衆の怒りに火をつけることの方が重要だ」

「裁判なんかどうでも良いと言っているのではありません。仮に敗訴したとしても、民衆の怒りに火がつけば紛争は解決すると。勝訴したとしても民衆の怒りに火がつかなければ金だけで終わって紛争は解決しないということを意味しています」(鈴木弁護士)

「浪江原発訴訟」は今月26日に事実上の現地検証を実施。次回6月の弁論期日から原告本人尋問が始まる

民衆の怒りに火をつけるには、裁判官に現場を見せることに加え、原告が改めて被害に向き合い、想いを語るつらい作業は避けられない。それが鈴木弁護士の言う「覚悟」ということだ。そして、最後に勝利をたぐり寄せるのは原告だと強調した。

「闘いの序盤には、勝利は原告団の手の届かないところにあります。原告団だけでは勝利は難しい。到底無理です。それを手の届くところに近づけるのが弁護団の役割。しかし、手の届くところに近づいてきたとき、それをつかみとれるのは原告団だけです。原告団でなければつかみとれない。弁護士がつかみとろうとしても逃げられてしまうのです」

勝訴をつかみ取るのは原告本人。他方、そこまでしなければ真の被害救済につながらないのもまた、原発事故。国や東電には被害者に真摯に向き合う姿勢が改めて求められる。

鈴木利廣弁護士は1947年、東京生まれ。1976年に弁護士登録をし、1989年からは「東京HIV訴訟」(薬害エイズ訴訟)弁護団の事務局長。2002年提訴の「薬害肝炎訴訟」では弁護団代表に就任。「薬害オンブズパースン会議」の代表も務めており、プロフィールには「弁護士人生の約2/3を『医療と人権』の課題に取り組んできた」と書くほど、20年にわたり医療問題に取り組んで来た。2004年からは明治大学法科大学院教授として後進の育成に力を注いでいる。

【浪江原発訴訟】2018年11月27日、福島地裁に提訴。原発事故による損害賠償として「コミュニティ破壊慰謝料」、「避難慰謝料」、「被曝不安慰謝料」を合わせた1100万円、集団ADRの和解案を東電が違法に拒否したことによる精神的損害として110万円の計1210万円を一律に支払うよう請求している。浪江町民は2013年5月29日、精神的損害に関する賠償の増額などを求め集団ADRを申し立てた。しかし、東電は原子力損害賠償紛争解決センター(ADRセンター)の再三の勧告にもかかわらず6度にわたって和解案の受諾を拒否。2018年4月5日をもって打ち切られていた。訴訟の狙いは、①国と東電の原発事故における責任を明らかにする、②浪江町民の一律解決、③浪江町民の被害の甚大さを広く訴え、慰謝料に反映させる、④東電のADR和解案拒否に対する追及─の4点。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「作業の過程で事故が起きてしまうことと、汚染水海洋放出の是非は別問題でしょう。本質的に全く別の問題を並べ比べて、陸上でのタンク保管では駄目だと目の前に突き付けているように思います」

電話取材に応じた福島県の市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」共同代表の織田千代さんは「どこから反論したら良いものか…」と呆れた様子で言葉を紡いだ。

「3・11」を想起させる大きな揺れから一夜明けた17日朝、震災・原発事故発生後の2011年9月に野田内閣の環境大臣に就任した細野豪志代議士(現自民党)が、ツイッターに次のように書き込んだ。大地震に便乗して海洋放出への支持を増やそうとしているように映った。

「昨晩の地震で知ってもらいたいのは処理水をタンクで保管するリスク。地震で処理しきれていない水が流出するリスクは常にある。1000基(一基約1億円)超のタンクの水漏れや劣化をチェックする作業は危険を伴う。タンクから転落死もあった。現状を放置するより、処理して海洋放出する方が安全」

汚染水の海洋放出を推す細野豪志氏の投稿。作業事故にも触れながら「タンク保管より海洋放出する方が安全」と書き込んだ

実は細野氏は地震直後にも、こう書き込んでいる。

「宮城・福島の地震被害が心配だ。東電福島第一原発のタンク破損も気がかり。処理が終わっていないものがある。タンク保管のリスクが顕在化しないことを祈る。#処理水」

ほら、こういう大きな揺れが来たらタンクが壊れるかもしれない。「処理しきれていない水」が漏れ出すリスクと背中合わせじゃないか。だから海に流すべきなんだ─。大地震への心配を装いながら、細野氏の持論が「顕在化」した格好だ。

2020年3月11日には「タンクをあれだけ近くで取材しながら、処理水を保管し続けるリスクをなぜ説明しないのか!」と「報道ステーション」への怒りをツイッターに綴り、同年7月13日には「処理水タンクは放射性廃棄物となる。タンク保管を続ければ廃棄物が増える タンクは改良されたが、台風や竜巻によって処理しきれていない水が流出するリスクがある タンクの水漏れや劣化をチェックする作業は危険を伴う。タンクから転落死した作業員もいる。 #タンク保管を続けることに反対します」と書き込んでいる。

織田さんは言う。「地震の直後は、確かにタンク保管を心配する人もいるかもしれません。ただ、細野さんたちが発信するのは影響が大きいので、日頃あまり関心を持っていない人が目にすると『やっぱり海に流すしかないのか』となりかねない。彼らもそれを分かっていて発信していると思う。もうすぐ海洋放出という政府方針決定から1年が経ちます。『地元(大熊町や双葉町)が望んでいるから』などと少しずつ論点をずらしながら放射能を拡散する方向に進んでいます。汚染水は一度流してしまうと回収できません。取り返しがつかないんです。中身のことも学べば学ぶほど恐ろしい。細野さんがいくら長生きしたって海洋放出の影響に責任を取れないということを分かって欲しいです」

福島県内では海洋放出に反対する声が多い。織田さんたちも「陸上保管継続を」と訴え続けている

細野氏の主張を後押ししている人物がいる。初代原子力規制委員長を務めた田中俊一氏だ。昨年2月に発刊された著書「東電福島原発事故 自己調査報告」のなかで細野氏と対談している田中氏は、こう語っている。

「凍土壁の工事では作業員が1人、感電で亡くなっています。貯水タンクを造っている最中にも、タンクから落下して1人亡くなっている。トリチウムの海洋放出を先送りにしたことで、2人が殉職しているんです。そういう人命と、何千億円というお金が費やされている。そういうことも踏まえて判断するのが有識者の使命だと思うんです」

確かに尊い命が失われるような作業事故はあってはならないが、2015年1月に発生したタンクからの転落死亡事故では、安全帯を使用せず単独で作業してしまったことが原因だと報告されている。作業事故を挙げて海洋放出の是非を語るのは全くの筋違いなのだ。

長く原発労働者問題に取り組んでいる狩野光昭いわき市議(社民党福島県連代表)も「それはフランジ型タンクだと思いますが、確かに単独作業で落下し、作業員が亡くなりました。でも、それが『タンク保管を継続したことでの事故』であって『だから海洋放出する方が良い』と結びつけるのは論理の飛躍だと思います。あくまでも作業工程のなかでの労働安全衛生上の問題ですよ。発注者としての東電の責任もあるし、元請け企業の責任もある。それを海洋放出の是非と結び付けるのは暴論というか飛躍しすぎ。そこは納得いかないですね。全くの別問題です」と語る。

タンクでの陸上保管を求めているのは織田さんたちだけではない。ミクロネシア連邦のディビッド・W・パニュエロは昨年4月、汚染水の海洋放出に関して大きな懸念を示す書簡を当時の菅義偉首相宛てに送付。「タンク貯蔵が効果的で緊急性のある解決方法だ」と海洋放出しないよう綴った。

これに対し、資源エネルギー庁・原子力発電所事故収束対応室の福田光紀室長は昨年11月、織田さんたちとの意見交換の場で「陸上でのタンク保管についてはいくつかの論点がある。そもそもタンクから水が漏えいしないのが大前提。漏えいを防ぐために検査をやらなければいけない」などと陸上保管のデメリットを強調していた。

昨年2月の大地震でも今回も、貯蔵タンクから汚染水が漏れ出したとの報告はない。本当に陸上保管より海洋放出の方がメリットが多いのか。

「海底トンネルをつくって30年にわたって海に流す計画なのだから、配管(トンネル)が大きな揺れで破断することだって考えられる」

狩野市議はそう指摘する。しかし、海底トンネルのリスクは語られない。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の脱原発季刊誌 『季節』2022年春号(『NO NUKES voice』改題 通巻31号)

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の脱原発季刊誌
季節 2022年春号
『NO NUKES voice』改題 通巻31号
紙の爆弾2022年4月増刊

2022年3月11日発売
A5判 132頁(巻頭カラー4頁+本文128頁)
定価 770円(本体700円+税)

事故はいまも続いている
福島第一原発・現場の真実

《グラビア》福島第一原発現地取材(写真・文=おしどりマコ&ケン
《グラビア》希釈されない疑念の渦 それでも海に流すのか?(写真・文=鈴木博喜

小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
原子力は即刻廃絶すべきもの

樋口英明(元裁判官)
原発問題はエネルギー問題なのか

中村敦夫(俳優/作家)
表現者は歩き続ける

井戸謙一(弁護士)
被ばく問題の重要性

《インタビュー》片山夏子(東京新聞福島特別支局長)
人を追い続けたい、声を聞き続けたい
[聞き手・構成=尾崎美代子]

おしどりマコ(漫才師/記者)
事故はいまも続いている
福島第一原発・現場の真実

和田央子(放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会)
犠牲のシステム 数兆円の除染ビジネスと搾取される労働者

森松明希子(東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream〈サンドリ〉代表)
「いつまで避難者といってるのか?」という人に問いかけたい
「あなたは避難者になれますか?」と

鈴木博喜(『民の声新聞』発行人)
沈黙と叫び 汚染水海洋放出と漁師たち

伊達信夫(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在〈最終回〉
語られなかったものは何か

《講演》広瀬 隆(作家)
地球温暖化説は根拠のないデマである〈前編〉

山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
原発は「気候変動」の解決策にはならない

細谷修平(メディア研究者)
《新連載》シュウくんの反核・反戦映画日誌〈1〉
真の暴力を行使するとき――『人魚伝説』を観る

三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
機を見るに敏なんて美徳でも何でもない

板坂 剛(作家/舞踏家)
大村紀行──キリシタン弾圧・原爆の惨禍 そして原発への複雑な思い!
 
佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
“騙(かた)り”の国から“語り部(かたりべ)”の国へ
絶望を希望に転じるために いまこそ疑似「民主国」ニッポンの主客転換を!

山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈15〉
森友学園国有地売却公文書 改ざん国賠・『認諾』への考察

再稼働阻止全国ネットワーク
国政選挙で原発を重要争点に押し上げよう
7月参議院選挙で「老朽原発阻止」を野党共通公約へ
《全国》柳田 真(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会世話人)
《全国》石鍋 誠(再稼働阻止全国ネットワーク事務局)
《六ヶ所》中道雅史(「4・9反核燃の日」全国集会実行委員会)
《東海第二》野口 修(東海第二原発の再稼働を止める会)
《反原発自治体》反原発自治体議員・市民連盟
《東海第2》披田信一郎(東海第2原発の再稼働を止める会)
《東京》佐々木敏彦(東電本店合同抗議行動実行委員会)
《志賀原発》藤岡彰弘(「命のネットワーク」)
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
《伊方原発》秦 左子(伊方から原発をなくす会)
《規制委・経産省》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
《読書案内》天野恵一(再稼動阻止全国ネットワーク事務局)

《反原発川柳》乱鬼龍

季節編集委員会
我々はなぜ『季節』へ誌名を変更したのか

私たちは唯一の脱原発情報誌『季節』を応援しています!

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プーチン政権によるウクライナ侵攻に抗議の声をあげたのは、ウクライナの人々ばかりではなかった。日本で暮らすロシア人たちも渋谷駅前でマイクを握り「戦争反対」と訴えた。

「私はロシア人です。ロシア国民の1人として、戦争に反対していることを伝えに来ました。戦争を正当化できません。がんばりましょう」

ロシア人女性は泣いていた。〝加害国〟の国民が祖国の暴挙に異を唱えるのは勇気が要るだろう。ましてや、日曜日の午後で大勢の日本人が行き交う渋谷だ。それだけに女性たちの言葉は非常に重い。

10年以上前にロシアから来日した女性も「戦争反対の気持ちを伝えるためにここに来ました」と想いを語った。

「いまの戦争はいきなり起こったわけではなくて、長い歴史があります。ロシア政府だけでなくウクライナ政府、NATOなどいろいろな政府がうまくいかなかった結果だと思っています。でも、戦争は最悪の方法です。問題を解決したいのなら人間らしい努力。言語と知恵を使って交渉しながら解決するべきだと思います。ロシアにも戦争に反対している人は多いです。今日はウクライナ人の同僚と一緒にここに来ました。私たちに問題はないです。問題が起こることはあり得ないのです」

彼女の言葉はとても落ち着いていて知性的だった。なぜ日本で暮らすウクライナ人と仲良くしているのに、祖国はウクライナを武力で制圧しようとするのか。なぜ言語と知恵を総動員しないのか…。そして、戦争を終わらせるための制裁について、次のように語った。

「日本人の皆さんに覚えて欲しいです。一般の人たちになるべく影響しないような制裁にして欲しいと思います」

女性は、バルト海に面した港湾都市に生まれた。来日して数年後、東日本大震災が起きる。以来、東北でのボランティア活動を続けているという。

「両親の出身はベラルーシとウクライナの間にあった、チェルノブイリ地域です。私のルーツはそこなんですよね。ウクライナにいる親戚はまだ無事ですが心配しています」

私が「戦争も原発も反対です。犠牲になるのはどちらも、弱い市民だから」と言うと「その通りです」と答えた。

実は今月5日午後、この女性から「やっぱり名前と顔を伏せて欲しい」と連絡があった。「ロシアで暮らす母を守るためです。戦争に反対し、各国の制裁に賛成していることが知れると、最長15年の懲役、または多額の罰金を支払わなければならなくなる恐れが生じたのです」

ロシア人が日本で反戦を訴えるのも命がけなのだ。

10年以上前にロシアから来日した女性も「言語と知恵を使って交渉しながら解決するべき」と訴えた

反戦スピーチはまだまだ続いた。

ウクライナ人の母親と日本人の父親の間に生まれたエリカさんは、祖母の身を案じている。

「おばあちゃんなどがウクライナ郊外に住んでいます。ミサイルの爆音が聴こえるたびに地下の防空壕に隠れる毎日だそうです。そんな生活、私たち日本人には信じられないと思います。幼い子どもたちから未来を奪っている戦争を許してはいけません。早く平和になって欲しいと願っています。本当に戦争をやめましょう」

国旗を身にまとって抗議集会に参加したウクライナの女性たち

インド人の男性も流暢な日本語で反戦を訴えた。

「私にはウクライナ人の友達がたくさんいます。今日は、そのなかの1人と話した内容を伝えたいです。友達はこう言いました。『私たちは平和な国で生きたい』。平和な国で生きたいだけだと言っていました。ウクライナという小さな国を弟や妹のように守るべきなのに、ロシアという強大な国が市民を殺している。最悪のことです。私も皆さんと一緒にプーチン大統領の行動に反対します」

インド人の男性は「皆さんと一緒にプーチン大統領の行動に反対します」とマイクを握った

当初はロシア大使館前で抗議集会を開く予定だったが、参加者数が多くなったためハチ公前に場所を移して行われた。

そのロシア大使館周辺では、昼過ぎから右翼団体が街宣車を走らせ、大音量でロシアを罵っていた。大勢の警察官が駆り出され、ロシア大使館を警備していた。特に通行止めなどの措置は取られておらず所持品検査などもないが、カメラを手に歩くたびに警察官に声をかけられ「どこのメディアか」などと質問された。

その光景は、原発事故後の東電を護衛している警察と重なって見えた。筆者は「日本の警察は誰を守っているのか」と逆質問したが、答えるはずもなかった。

金髪の女性が日本人男性と一緒に坂道を上がって来た。「PROTECT UKRAINIAN SKY」と書かれた手づくりのプラカードを掲げていた。この日の東京の青空のように、ウクライナにも平和な春が早く訪れることを誰もが願っている。

ロシア大使館近くでも、ウクライナ出身の女性がプラカードを掲げて戦争の終結を求めた

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

「家族がウクライナに住んでいます。兄の家族は避難しました。昨日、母と話しました。母はキエフの近くで独り暮らしをしていて、毎日地下鉄に避難しているそうです。すごく心配。町からも出られないし、とても心配です。避難している地下鉄では赤ちゃんが生まれたと聞きました。病院など、食糧が足りていない場所が今でもあります。大変な状況です。皆さんのサポートにすごく感謝しています。おかしい戦争を一緒に止められると信じています。力をください。サポート本当にありがとうございます。戦争反対!戦争反対!皆さん、応援ありがとうございます」

27日午後、若者でごった返す渋谷駅前にウクライナ人女性の言葉が響いた。法務省出入国在留管理庁の統計によると、8000km以上も離れた日本では2020年12月現在、1865人のウクライナ人が暮らしている。別のウクライナ人女性は、涙を流しながらマイクを握った。

「ウクライナにいる人々は私たちの家族です。一人一人が家族です。皆さん、なんとか守ってください。よろしくお願いします」

ウクライナ出身の女性はヒトラーになぞらえたプーチン大統領の写真を手に抗議集会に参加

無所属の自治体議員たちの呼びかけで行われた抗議行動。ハチ公前広場には400人を超える人々が集まり、ロシアによるウクライナ侵攻に抗議の声をあげた。近くではアイドルグループと思われる少女たちがイベント告知のチラシを配り、ファンの男性たちと談笑していた。ユーチューバーとおぼしき男性は、奇抜な格好で撮影をしていた。なかには、抗議集会をバックに自撮りをする若者も。笑顔があふれる〝平和な〟日曜日の渋谷にはしかし、家族の無事を祈り続けるウクライナ人女性たちの姿があった。

ウクライナ西部で生まれたという女性は「祈るしかない」と口にした。

「私は20年くらい日本に住んでいます。家族は今もウクライナで暮らしています。とても心が痛いです。すぐにウクライナに行きたいです。母国を守りたいですが、ここにいると何もできないのが悔しいです。とても悔しいです。祈るしかない。祈りましょう。昨日も大勢の人がここに集まりました。本当にありがとうございます。今日も大勢の人が集まってウクライナを応援してくれて、本当にありがとうございます。本当にありがとうございます」

スピーチのたびに拍手が起こる。この拍手はプーチン大統領の耳に届くだろうか。大寒波が去り、春の暖かさに包まれた渋谷の青空は、ウクライナとつながっている。地下鉄で逃げ込んだ家族に娘の切なる願いは届くだろうか。別の女性は弟の身を案じた。

「私は10年、日本に住んでいます。ウクライナ南部で生まれて両親が住んでいます。弟はキエフで暮らしていて2日間、バスルームで寝ています。本当に危ない状況です。私はどうすれば良いですか?困っています。『戦争反対』と言いたいです」

別のウクライナ人女性たちは「Stop Putin」「Stop War」と書かれたプラカードを掲げた

少しでも安全な場所を、とバスルームを選んだのだろう。しかし、建物自体を爆撃されてしまえば命を落としてしまう。仮に〝安全〟だとして、いつまでバスルームで眠れば平穏な日常が戻って来るのか。日本に居る姉はもちろん、爆音に怯えながら生活している弟にも分からない。

こんな女性の言葉もあった。

「ウクライナは大変なことになりました。姉の家族はバラバラになってしまいました。すごく心配で毎日眠れません。祈っています。早く戦争を止めたいです。早く世界が平和になるようにお願いします。早くやめて欲しいです」

渋谷・ハチ公前での抗議集会には、子どもたちの姿もあった

抗議集会開催を呼びかけた山本ひとみさん(東京・武蔵野市議)は「多くのウクライナ国民が殺されています。難民も数多くいます。武力で平和はつくれない。まずは侵略した軍隊が撤退するべきだ。戦争はどんな理由があっても許してはいけない。ウクライナに平和を回復するためには軍隊が撤退しなければならない」と語った。

「反貧困ネットワーク」事務局長の瀬戸大作さんは「戦争も貧困も人を殺す。誰も殺してはいけない。誰も殺すな!としっかりと声をあげていきたい」と呼びかけた。

東京のど真ん中で反戦・非戦を訴えたのはウクライナの人々だけではなかった。〝加害者〟側であるロシアの人々もマイクを握った(つづく)

ロシア大使館近くの交差点では、ウクライナ国旗をあしらった手作りマスク姿で反戦を訴える人も

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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鈴木さんが自費出版した詩集「棄民の疼き」

「ふるさとの復興」
大平山霊園 災害公営住宅建設
「道の駅なみえ」オープン 請戸漁港再建
常磐線全線開通 世界最大水素工場や
県最大酪農牧場計画策定等々
視える確かな復興事業
中には待ち焦がれる帰還を疎外する施策も

2万1000人の町民
避難指示解除4年で帰還者7%
創生小中学校開校
1700人程の児童生徒は26人に
小中学校誰しも抱く心の拠り所
請戸小学校は震災遺構で保存決定
5つの小中学校は
閉校式もなく解体決定
住民意向調査の結果
「帰還しない」は54・9% 過半数を超えた
「要介護認定率」は郡内最大の増加23%超

住んでいない避難町民からも固定資産税や住民税を徴収
まるで核災がなかったかのよう…
余にも理不尽な政府の圧政・収奪
更にコロナ禍での生活困窮
「被災者に寄り添う」?
喜びより恨めしさがつのる
ふるさとの復興
(初出2021年3月「コールサック」第105号)

原発事故発生から間もなく丸11年。確かに浪江町役場周辺の景色は一変した。立派な道の駅が完成し、イオンもできた。常磐線が全線開通した。海側では、津波で壊滅的な被害を受けた請戸漁港が再建され、町立請戸小学校は震災遺構として残された。では、原発事故は「終わった」のだろうか。もはや「過去の出来事」なのだろうか。

自らを含む原発事故の被害者を「核災棄民」と名付けた鈴木さん。2019年5月の第1回口頭弁論では、法廷での意見陳述でこう訴えた。

「福島第一原発の事故は、巨大な人災です。核の人災です。加えて、浪江町は原発隣接地であるにもかかわらず、町民にはバスなどの避難手段も汚染の情報も国から提供されませんでした。浪江町民は皆、国から見棄てられた『棄民』です」

原告団長として先頭に立って国や東電と闘っている鈴木さん(右)。「浪江町民は国から見捨てられた『棄民』だ」と訴える

原発事故後の「棄民政策」は、町のシンボルでもある学校までをも奪う。

詩で触れられている「5つの小中学校は閉校式もなく解体決定」とは、大堀、苅野、幾世橋、浪江の4小学校と浪江中学校のこと。

卒業生から「希望者全員が参加出来るよう校舎見学会と閉校式を行ってください。それまで、校舎の解体を延期してください」と求められたが町は拒否。現在はすっかり取り壊された。背景には、環境省が国費での解体申請に期限を設けたことがあった。原発事故がなければ閉校する必要などなかったのに、加害当事者(国策として原子力発電を推進してきた)である国が「解体費用を出したくなかったら、さっさと解体を決めて申請しろ」と町に迫り、町もそれに従った。そこには原発事故に翻弄された卒業生たちの想いなどなかった。東京五輪の聖火リレーで出発地となった浪江小学校では、解体番号が書かれた看板が一時的に取り外され、復興の〝演出〟が終わるとあっという間に解体された。

2018年11月27日の提訴から今秋で4年。これまでの弁論期日では書面のやり取りばかりで、原告からは「判決はいつになりそうなのか」など、いら立ちとも中だるみとも言える言葉が出てくる。高齢であればなおさら「のんびりと裁判している時間などない」と考えてもやむを得ない面もある。このタイミングで詩集を配る背景には、改めて原告みんなで団結して裁判に臨みたいとの想いがある。

「『4年経っても、ちっとも前に進まないじゃないか』と考えている原告もいると思います。でも、今年は大きなヤマ場を迎えます。原告一人一人の本人尋問が始まります。5月には、現地進行協議という名目で裁判官が浪江町を視察します。その山に向かって、みんなでもう一度心をひとつにして闘いましょうという想いも詩集にはこめられているのです」

詩集の最後のページに収められたのは「歩み固かれ 目は遠く」という詩だ。

「性差別とか人種差別とか、世界中にいろいろな運動がありますよね。われわれの闘いもそれらに含まれるんだよと。われわれの裁判闘争にも希望を持っていただきたいということなんです。『歩み固かれ』というのは、みんなでしっかり団結して一歩ずつ前に進んで行こうという意味です。『目は遠く』というのは、勝利は遠く向こうにあるけれども、しっかり歩いて行けば自分たちの手に入れることができるということ。この言葉は、土井晩翠が作詞した県立双葉高校校歌の4番の一番最後の歌詞なんです。われわれも一歩ずつしっかり裁判を積み重ねて、そして勝利を目指してがんばろう。世界中で多くの人々がこういう運動をやっているんだよ、われわれだけじゃないよという希望をこめて書いたんです」

詩「歩み固かれ 目は遠く」には「浪江町民の闘いも世界中のさまざまな社会運動の1つ。闘っているのは私たちだけじゃない」という原告たちへのメッセージが込められている

60代で震災・原発事故に被災した鈴木さんも71歳になった。

「6月28日で72歳になります。年男です。前町長の馬場有さんは私の誕生日の前日に亡くなったんだよね。詩集を11月27日に発行したのは、提訴日だからです。では、なぜ11月27日に提訴したかというと、馬場さんの月命日に提訴したいという弁護団の想いがあったからなんです。弁護団は馬場さんとずっと一緒に集団ADRをやってきましたからね。それで月命日に提訴しようということになった。馬場さんの奥さんにも『墓前に供えてください』と詩集を贈りました。ちょっとした言葉や数字にも、私なりの想いがこめられているんですよ」

印刷代など全て自費。200部印刷し、弁論期日に駆け付けた原告などに無償で配っている。

「書店などで一般に販売しているものではなくて、個人的に200部印刷して持っているわけですから、電話をいただければ私から直接、送ります。無料で郵送しますよ」

詩集の希望者は鈴木正一さんの携帯電話090(8927)5640まで。

◎鈴木博喜「浪江町民の鈴木正一さんが詩で綴る〝原発事故棄民のリアル〟」
〈上〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41937
〈下〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41944

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』vol.30(紙の爆弾 2022年1月号増刊)

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B09MFZVBRM/
◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000689

福島県双葉郡浪江町民が申し立てた集団ADR(裁判外紛争解決)での和解案(慰謝料一律増額)を東京電力が6回にわたって拒否し続けた問題。国や東電を相手取って起こした「浪江原発訴訟」の原告団長として721人の先頭に立って闘っている鈴木正一さん(71)が昨年11月27日、詩集「棄民の疼き」を自費出版した。原発事故で国や東電に棄てられた人々のリアルな怒りが哀しみを言葉で紡いだ背景には、4年前に亡くなった前町長の想いや長引く裁判闘争で疲弊する原告たちの団結を願う気持ちがあった。

 

鈴木さんが自費出版した詩集「棄民の疼き」

「お買い得物件」
東電の社長さん!
お勧め物件のご案内です
廃炉指揮の社宅として
私の終わりの住処いかがですか?

2年以上も前に避難指示は解除
続いて内閣府の行政指導で今年度から固定資産税が課税
よくご存知ですよね
第一原発から10㎞未満の近さ
これからの原発事故にもすぐ駆けつけて行けます
放射線量は原発管理区域の1・5倍
あなた達が言う安全なところです
放射線被曝も毎日体験できますよ
世界の中でもここにしかないお買い得物件です
いかがですか?
(初出2019年9月「腹の虫」第10号)

強烈な皮肉がこめられた風刺詩。

「私の家を買えるかって。安全だと言っているけれど買えないでしょう。そういう想いでつくった風刺詩なんですよ。汚染水の海洋放出問題もありますしね」

避難元自宅のある地域は福島第一原発から北西約9キロメートル。事故後に居住制限区域に指定され、南相馬市内に新たな住まいを確保した。2017年3月末で政府の避難指示が解除され鈴木さんは自宅を修繕して戻った。

「一昨年に改築を始めたんです。亡くなった馬場有町長が『まさかずさん、あそこ(自宅前のため池)を除染したら帰って来てくれるかい?』と言うから、私は『そのつもりでお願いしているんだよ』と答えました。で、汚染も酷かったこともあって一番最初にやってくれた。馬場町長は2018年6月27日に帰らぬ人となってしまったけれど、私は自宅に戻りました。実は、馬場町長がこの裁判の原告団長になるという話もあったんですよ」

浪江の自宅と娘の暮らす南相馬を行き来する生活。浪江で生活する時間が多くなったが、それは馬場町長との約束があったから。被曝リスクへの懸念はある。自宅の庭は3度にわたって除染されたが、3回目の除染後に行われた環境省による測定でも空間線量は毎時1.8マイクロシーベルトに達した。これが、詩で言う「あなた達が言う安全なところ」の現実。2019年5月の第1回口頭弁論で意見陳述した鈴木さんは、こう述べている。

「放射線管理区域の基準である年5.2mSvを上回るのに、国から『年20mSvが基準だ』と説明されて避難指示が解除された。しかも先日、固定資産税の納税通知書が届きました。放射能に汚染されたままで利用出来ない土地や家屋にも、情け容赦なく課税されていくのです。原発事故被害の実態を見ようともしない、政府の非情な政治判断の一例です。これが『被災者に寄り添う』と言っている者の真の姿です」

昨年末の時点で「浪江町に住んでいる人」として町役場が公表しているのは1788人だが、この数字には除染や復興事業の作業員なども含まれている。震災・原発事故発生時に町内で暮らしていて戻った「町民」は1200人を上回る程度。一方、町に戻れていないにもかかわらず、土地や建物へ固定資産税を課されている町民は少なくない。

浪江だけではない。富岡町から神奈川県内に避難した男性も「福島原発かながわ訴訟」の控訴審で同じような意見陳述をしている。各種減免措置の終了は、避難指示区域からの〝強制避難者〟に重くのしかかっているのだ。男性は、法廷で次のような趣旨の意見を述べた。

「原発事故後は減免されていましたが、今年度から満額の固定資産税を請求されるようになりました。評価額が低いから固定資産税といっても年1万円にならない程度だけれど、死ぬまで払い続けなければなりません。本当は処分したいですが、買い手などつきません。売りたくても売れないんです。年齢や放射線量を考えると、改めて自宅を新築するなど難しい。結局、処分できない土地と固定資産税だけが残ったのです…」

国や東電による原発事故後の「棄民」に対する怒りを綴った鈴木正一さん

鈴木さんは「東電に払わせるべきだ」と語気を強める。

「土地を持っていると、浪江に住んでいなくて固定資産税を払っている人もいるわけですよ。本来であれば東電に払わせるべきだと思います。避難しているにもかかわらず浪江で暮らしているかのように税金もとられるようになっていく。これから国保税などの減免もなくなる可能性もあるのです。まったく『被災者に寄り添う』なんて良く言いますよね」

そもそも裁判など起こさなくても良かったのだ。東電が原発事故被害者と誠実に向き合ってさえいれば…。

浪江町民が2013年5月に申し立てた集団ADR(精神的損害に関する賠償の増額など)で、東電は原子力損害賠償紛争解決センター(ADRセンター)が提示した和解案を実に6回も拒否した。ADRセンターが再三にわたって受諾を勧告しても東電の姿勢は変わらなかった。

東電は「3つの誓い」の中で「最後の一人が新しい生活を迎えることが出来るまで、被害者の方々に寄り添い賠償を貫徹する」、「原子力損害賠償紛争解決センターから提示された和解仲介案を尊重するとともに、手続きの迅速化に引き続き取り組む」と〝宣言〟している。しかし和解仲介案に対する振る舞いは、自らが立てた「誓い」からはほど遠いものだった。加害者意識に乏しいと言わざるを得ない東電の態度。2018年3月26日にも東電が受諾を拒否したため、同年4月5日をもって集団ADRは打ち切られた。鈴木さんたち109人は馬場前町長が亡くなってから5カ月後の2018年11月27日、福島地裁に提訴した。国や東電に慰謝料の支払いを求めている。今年は原告本人尋問が始まる。

馬場前町長の命日が6月27日、提訴日が11月27日。そして、詩集の発行日も11月27日。詩集には、集団ADRの先頭に立ち続け、志半ばで逝った馬場有さんの想いも詰まっていた。(つづく)

「憂える帰還」では、汚染水の海洋放出計画に疑問を投げかけている

◎鈴木博喜「浪江町民の鈴木正一さんが詩で綴る〝原発事故棄民のリアル〟」
〈上〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41937
〈下〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41944

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』vol.30(紙の爆弾 2022年1月号増刊)

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「汚染水を流して安全安心な漁業などないと思います。汚染水の海洋放出に断固反対しよう」

今月2日、出初式でにぎわう請戸漁港に大きな声が響いた。「希望の牧場・ふくしま」で〝被曝牛〟を飼育する吉沢正巳さんの街宣車「カウゴジラ」だった。吉沢さんはかたくなに沈黙し続ける漁師たちに喝を入れるように叫んだ。

「浪江町を汚すな!福島の海を汚すな!」
「浪江町の未来、請戸漁港の未来、福島県漁業の未来は危機の淵にいます」
「汚染水は東電の責任でタンクに溜めろ、海に流すな」
「海を汚すな、海に流すな」

神事が終わり、漁船が次々と沖合に向けて出港するなか、吉沢さんは街宣車を走らせながら怒鳴った。怒鳴るだけではなく、こうも呼びかけた。

「あきらめてはいけない、一緒に闘おう」

実は吉沢さん、汚染水の海洋放出計画が浮上して以来、福島県庁など様々な場所に街宣車を出しては「反対」を叫び続けている。浪江町で東京五輪の聖火リレーが行われた昨年3月25日には、解体前の浪江小学校や道の駅周辺で「オリンピックの後に原発汚染水が海に流される。請戸の漁業は、もうおしまいだ」などと訴えた。道の駅では、聖火ランナーを迎えようと待っていた漁師たちの怒りを買ったという。

「大漁旗を振っていた若い漁師たちに言ってやったんだよ。『何でお前らは立ち上がらないんだ、何で闘わないんだ、腰抜けか』ってね。そしたら怒って街宣車の前に立ちはだかって来て喧嘩寸前になって…警察官があわてて割って入っていたよ」

何も喧嘩を仕掛けたいわけではない。表現はきついが茶化しているわけではない。出初式が行われた請戸漁港でも敢えて挑発的な街宣を行った吉沢さんには狙いがあった。

「それで良いのか、と問題提起をしたいんだよ。ここで街頭討論会をやろう、マイクを渡すから本音を言え、黙って何もしないでいて良いのか、金が欲しいのか漁業の安全が欲しいのかどっちなんだ、と。本気の議論をしようじゃないか。なあなあでは駄目なんだよこのまま〝アンダーコントロール浪江〟で良いのか、汚染水を海に流されてもおとなしい腰抜けで良いのか、と誰かが問わなければいけないんだよ。俺が1人矢面に立ってドン・キホーテになるんだよ」

請戸漁港を走る街宣車「カウゴジラ」。吉沢さんは漁師たちに「あきらめるな」「一緒に闘おう」と呼びかけた

2018年、馬場有町長の死去に伴う町長選挙に立候補した際も「さよなら浪江町」を掲げ、目の前の現実から目をそむけないよう訴えた。吉沢さんは後に「俺に喰ってかかって来る人がいればマイクを渡して本音をしゃべってもらう。そんな本気の街頭討論会をしたかったができなかった」と振り返っている。今回の汚染水海洋放出問題でも、多くの町民が本音を封印したまま。そこを打破したいという想いがあるのだ。だから、請戸漁港でも文句を言ってくる漁師がいたらその場で討論するつもりだったが、そんな漁師はいなかった。そうしているうちに、国も東電も海洋放出に向けた準備を着々と進めている。立ち上がろうとしない漁師たちへの歯がゆさを抱えながら、これからも「反対」を言い続ける。

「請戸漁港は浪江の顔であり看板。その〝顔〟が汚染水まみれにされてしまう。それで漁業や道の駅が成り立ちますか?安全・安心・美味しいなんて成り立たないじゃないか。町議会だって2回も反対決議を提出しているんだよ。汚染水なんか流されたら、請戸の漁業は成り立たなくなる」

若い漁師のなかには「原発と共存してきた歴史があるから、あんまりね…」と口にする人もいる。「共存」とはつまり、補償金だ。結局、金で黙らされているということか。この点についても、吉沢さんは厳しい。

「請戸というのはずっと原発の漁業補償金をもらって美味しい想いをしてきた。中毒状態なんだよ。だから汚染水の海洋放出計画に対しても黙っているんだ。それに、あそこまで港を良くしてもらったら国に文句を言いにくい。余計なことを言うと村八分に遭う可能性がある。そういう同町圧力のある町なんだよ」

町内で飲食店を営む浪江町民も「反対を言いにくい雰囲気がある。この町には原発に関する『言論の自由』がない」と話す。吉田数博町長も「難しい問題だ」と歯切れが悪い。

だが、汚染水海洋放出が決して請戸漁港にとってプラスに働かないことは誰もが分かっている。ある漁師の妻は、吉沢さんの訴えを聴き「言っている内容は間違っていない。その通りだと思う」とつぶやいた。それを少しでも掘り起こそうと吉沢さんの行動はこれからも続く。

「俺は間違ったこと、突飛なことを叫んでいるわけではないからね。でもね、これは漁師だけの問題じゃないんだ。浪江みんなの問題。俺はベコ屋で一見、汚染水の海洋放出とは直接関係ないんだけど、何も言わずして終わらせたくないんだ。たとえ〝負け戦〟であったとしても、言うべきことは言い続けたい。汚染水を東京湾に持って行って福島の電気を使って来た尻拭いをしてもらいたい。そのぐらいの気持ちなんだよ」(了)

昨年3月、浪江町でも東京五輪の聖火リレーが行われた。道の駅で聖火ランナーを迎えた請戸の漁師たちが吉沢さんに怒ったという。しかし、汚染水を海洋放出しようとしている国や東電への怒りは聞こえて来ない

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、50歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「汚染水を海に流されて本当に良いんですか?」

場違いな質問に誰もが顔をしかめた。そして、うつむき加減になった。

JR新日本橋駅近くにある福島県のアンテナショップ「日本橋ふくしま館 MIDETTE(ミデッテ)」(東京都中央区)に〝常磐もの〟が並んだ。今月14日から3日間にわたって開催された「第1回冬のふくしま常磐ものフェア」。福島県双葉郡浪江町の請戸漁港で前日に水揚げされたカレイやメバルなどの海産物の販売会だ。「食の安全・安心に加え、品質の高さや美味しさなど県産品の魅力を発信する」(福島県県産品振興戦略課)のが目的で、2月も原釜漁港(相馬市)や小名浜漁港(いわき市)で水揚げされた海の幸が販売される。

初日は復興大臣も視察。その前に行われた定例会見では「復興庁としても、しっかり福島県産品の魅力を、地元が企画しているイベント等をしっかり後押しをしていかなければならない」、「しっかりと食の安全・安心、特に科学的な根拠に基づいた安全性の正しい情報を発信していくことが大事」と〝風評払拭〟を強調した。

「道の駅なみえ」でも提供されている請戸の魚をPRする場に、原発汚染水の海洋放出問題を口にするなど確かに場違いだ。県職員の1人は「ここは県の施設なので、そういう発言はできません」と苦笑した。しかし、目をそむけてばかりもいられない。政府が昨年4月13日に発表した基本方針では、来年にも海洋放出が始まる。東電は約1キロメートル沖合に海洋放出のための海底トンネルを設置するべく、地質調査などを進めている。福島県の内堀雅雄知事も「風評対策」を口にするばかりで反対を明言せず、海洋放出を事実上容認している。事態は着々と前進しているのだ。

しかし、誰もが「こんなところで聞いてくれるな」という表情を浮かべるばかり。販売応援に来ていたいわき市の男性は「そりゃもちろん、海に流して欲しくはないですよ。だけど国が決めちゃったことだから……。頑張っていくしかないですね。難しい問題です」とあきらめ顔で答えた。

「国が決めちゃったことだから」

都内の福島県アンテナショップで行われた「常磐もの」の販売会。汚染水海洋放出について尋ねると、関係者は一様に口が重くなった=東京都中央区

請戸の漁師も、正月2日に行われた請戸漁港の出初式で筆者に同じ言葉を口にした。

「そりゃ海に流されたら困る。困るけど、相手は国だからな。国が決めたことに俺たちがナンボ言ったって通るわけねえべ。通らないものをいくら騒いだって、俺たちがアホみたいだろうよ」

出初式では、漁船が次々と沖合に出て日本酒で船体を清め、海の上から苕野(くさの)神社に向かって1年の無事を祈願した。「ほれ、あれが原発だよ」。漁師が指差す先には福島第一原発がはっきりと見えた。請戸漁港とは約6キロメートルしか離れていない。汚染水の海洋放出は死活問題のはず。相馬双葉漁業協同組合請戸地区代表の高野一郎さんは神事前のあいさつで「原発から6キロメートルの地点にある請戸漁港は反対しかありません。全漁連、県漁連と姿勢を同じくし、どこまでも反対を続けていきます」と述べた。だが、実際には表立って反対を表明する漁師はいない。逆に「『汚染水』と言わないで欲しんだよ。そう表現されることが何より風評被害を招くんだ。あれは『汚染水』じゃなくて『処理水』なんだ。『汚染水』を海に流すわけじゃないんだから」と筆者に語る漁師すらいるほどだ。「『処理するから大丈夫』と国が言うんだから、俺たちはそれを信じるしかないじゃないか」。

浜通り全体があきらめムードに覆われているかのよう。水産物卸売業者(浜通り)の男性社員も、ミデッテの一角で「国がやっていることだから、反対してもしょうがないという想いもある」と話した。

「『風評被害を生じさせないようにする』と国は言うけれど、こちらとしては正直なところ半信半疑。原発事故がそうであったように、実際に海に流してみないと分かりません。海に流した結果どう転ぶか分からないし、反対したところで『どうせ流すんでしょ』という想いもある。どうせいろいろと言ってもしょうがないのだから、だったらせめて最善を尽くしてくれ。そんな想いですね」

「実際に海洋放出してみて、それでどう転ぶかによって本音が聴けるんじゃないですか。風評被害が生じたら『話が違うじゃないか』となるだろうし……。結局、出たとこ勝負じゃないですか。前例がないのだから。海に流して良いとも駄目とも言いようがないですね。多くの皆さんが尋ねられても困るんじゃないですかね」

この男性は、漁師たちの正直な想いも代弁してみせた。

「漁師は漁師で高齢化と後継者問題に直面しています。身体が動く限り海に出て、自分の代でおしまいという漁師は少なくないですよね。どうせ自分の代で終わるのであれば汚染水問題なんか別に良いや、自分が漁をやっている間だけ補償金をもらえさえすれば良いや、という人もいると思いますよ。海洋放出に反対を言い続けたとして、果たしていつまで補償を受けられるか分からないですしね」

実際、請戸のある漁師は「漁業補償を(全体で)何十億ともらっちゃっているからなあ……」と苦笑した。あきらめムードを後押ししているのが金ということか。これでは政治家に「最後は金目でしょ」などと言い放たれても仕方なくなってしまう。

あきらめてしまい黙して語らぬ漁師たちを鼓舞し続けている人がいる。浪江町の「希望の牧場・ふくしま」で200頭を超える〝被曝牛〟を飼育している吉沢正巳さんだ。「俺が1人矢面に立ってドン・キホーテになるんだ」と請戸漁港に街宣車を走らせている。(つづく)

今月2日、請戸漁港で行われた出初式。「国が決めたことに俺たちがナンボ言ったって通るわけねえべ」とあきらめ顔で話す漁師も

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、50歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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