原発事故以降、福島県が行っている「県民健康調査」。甲状腺検査ばかりに目が向きがちだが、調査のひとつに「こころの健康度・生活習慣に関する調査」がある。福島県内の市町村のうち広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村、南相馬市、田村市、川俣町、伊達市のうち特定避難勧奨地点に指定された区域に2011年3月11日時点で住民登録をしていた約20万人を対象に続けられている調査(調査票に記入する方式)で、設問の中に「放射線の健康影響」や「放射線の次世代影響」(遺伝的影響)もある。今回は、依然として根強い被曝リスクに対する不安に着目したい。

5月25日午後に福島市内のホテルで開かれた第38回県民健康調査検討委員会。新型コロナウイルス感染拡大防止の一環としてweb会議形式(委員は全員リモート参加)で行われたが、席上、2018年度「こころの健康度・生活習慣に関する調査」の結果も報告された。

web会議形式で行われた第38回県民健康調査検討委員会。議題は甲状腺検査にとどまらない

配布資料によると、自身や津波、原発事故の被災で生じた「トラウマ反応」に関する設問では、支援が必要と判断された人の割合は9.7%だった。2011年度の21.6%と比べると半減しているが、ここ3年は横ばい。依然として10人に1人は地震や津波、原発事故によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性がある事が分かった。

また、「放射線の健康影響」については、「可能性は極めて低い」と「可能性は低い」が合わせて66.4%に達した(2011年度は51.9%)。一方で「可能性は高い」と「可能性は非常に高い」の合計は33.5%で2011年度の48.1%と比べると減ったが、依然として3人に1人が被曝による健康影響を心配している事が分かる。

「放射線の次世代影響」(遺伝的影響)を懸念する回答も2011年度の60.2%より減って36.0%だったが、こちらも下げ止まり。依然として不安が少なくない。自身の放射線被曝が子や孫に遺伝して悪影響を及ぼすのではないか──。事故発生から9年が経過しても3人に1人が遺伝的影響への不安を抱いているというデータは非常に重い。「中通りに生きる会」が東電を相手に起こした損害賠償請求訴訟でも、この点に触れた原告が複数いた。しかし、国も福島県も遺伝的影響を否定するばかりで不安に寄り添わない。

「こころの健康度・生活習慣に関する調査」では、原発事故による被曝の健康影響や遺伝的影響について、依然として3人に1人が不安視している事が分かる

高村昇委員(長崎大学・原爆後障害医療研究所教授)は、一貫して放射線被曝の遺伝的影響を否定している。

今年2月の第37回会合でも「前もたしか申し上げた記憶があるんですけれども、例えば母子健康手帳の中に情報を入れていくであるとか、そういったものを含めた情報発信というものも今後お願いできればというふうに思います」と発言。不安払しょくを促していた。今回、筆者は記者会見で高村委員に認識を質したが、答えはやはり全否定だった。

「例えば広島であるとか長崎の原爆被爆者の二世調査ですね。こういったもの。あるいはチェルノブイリもそうですし、ガン治療で放射線治療をなさった方。いろいろな人における遺伝的調査というのは行われていますけれども、これまでのところですね、そういう意味では放射線の遺伝的影響は証明されていない。これは現時点での科学的な重要な知見だというふうに思います」

「さらに言えば、福島県における外部被曝線量を考えるとですね、福島において遺伝的影響が起こり得るか。私は考えにくいだろうと、これまでの科学的知見から考えても言えるのではないかというふうに私は思います。前回会合で母子手帳の話をしましたけれども、そういったこれまでの知見をふまえた説明をこれからもきちんと継続してする事が必要ではないかと考えております」

ちなみに、高村氏は7月にもオープンするアーカイブ施設「東日本大震災・原子力災害伝承館」の初代館長に就任した。「リスクコミュニケーション」の重要性を説き、遺伝的影響を含めた被曝リスクを全否定する人物が原発事故を後世に伝える施設の初代館長に就任するあたりに、福島県の被曝リスクへの向き合い方が表れている。

一方、遺伝的影響が生じる可能性を無視してはいけないという意見もある。

内科医として2011年4月から毎月のように福島に通い、診療や健康相談を続けている振津かつみさん(チェルノブイリ・ヒバクシャ教援関西)もその1人。2018年2月に福島市内で開かれた 「飯舘村放射能エコロジー研究会」 の第9回シンポジウム「原発事故から7年、不条理と闘い生きる思いを語る」にパネリストとして参加。福島県だけでなく周辺自治体も含めた「被曝者健康手帳」の必要性を強調した上で、次のように語っている。

「放射線被曝の遺伝的影響は、マウスなどの動物実験では証明されています。差別につながるとの指摘もあって非常にデリケートな問題ですが、ヒトでも次の世代への影響が起こり得ると考えて対策を講じていくという姿勢が被害の拡大を防ぐことであり、本当の意味で被害者の人権を守ることにつながるのです。科学というのはそういうものだと思います」

振津さんは、2019年7月に行われた原水爆禁止世界大会の福島大会でも「原発事故が起きた途端に『大した事は無かった』という動きが始まりましたが、原発事故から10年になるのを前に、被災者に必要な生活再建支援を打ち切り、切り捨てていく姿勢が強まっています。どうはね返していくかが問われています」と発言。放射線被曝の健康影響について、「人権」の側面からこう語った。

「国策で進められてきた原発の事故で被曝で強いられました。日本の法律では、一般公衆の年間被曝線量限度は1mSvです。福島県中通りでも、少なくとも2011年1年間だけで大半の人が1mSvを超えています。明らかに法律に違反した人権侵害です。ただちに健康上の問題は無いかもしれませんが、リスクを負ったという事なのです」

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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場が増えたという意味では一歩前進、しかしPCR検査の〝ハードル〟は高いまま。残念ながら、PCR検査数が一気に増えるという事にはならないようだ。

福島市は19日から、福島県内で初めてドライブスルー方式のPCR検査を導入。14日午前に福島市保健所の駐車場でメディア向けデモンストレーションが行われた。

19日からはマイカーに乗ったままPCR検査を受けられる

福島市は既に今月1日から市内の医療機関にプレハブのPCR専門外来を設置しているが、新たに設置されるPCR専門外来はドライブスルー方式。車に乗ったまま検体が採取される。いずれも設置される病院名は公表されない。マイカーで検査に訪れるのが難しい市民には、屋内型のPCR専門外来を案内される。

これまでは症状の有無などにかかわらず医療機関(帰国者・接触者外来)で検査が実施されていたため、通常診療の合い間を縫って検査をし、1人の検査が終わるとレントゲン室の消毒などが必要になるなど医療機関の負担が大きかったという。今後は、一般クリニックや「帰国者・接触者相談センター」で「感染リスクは高いが軽症」、「早急な治療を必要としない」などと判断された人は2カ所のPCR検査専用外来(一次外来)を案内されるため、ドライブスルー方式では「1人約20分ほどで終了。1日に20検体の採取が可能になる。医師や看護師が慣れて来れば、もう少し速くなるだろう」(中川昭生保健所長)。

公開されたデモンストレーションは、検査が必要と判断された市民がマイカーでPCR検査専用外来を訪れた場面から開始。指定された場所に車が止まると、まず事前に記入された問診票と体調面で変化が無いか看護師が確認する。さらに非接触式の体温計を額に近づけて検温。続いてパルスオキシメータを指先にはさみ、血中酸素飽和度も測る。この際、なるべく対面しないよう留意するという。

看護師から報告を受けた医師が最終的な説明を行い、「スワブ」と呼ばれる長い綿棒を鼻腔の奥に挿入して検体を採取する。鼻の奥まで達したら数秒待ち、ゆっくり回転させながら引き抜く事で検体が得られる。保健所によると、喉より鼻の方が検体を得やすいという。検査結果は後日、文書で伝えられる。医師や看護師は手袋を廃棄し、手や指を消毒した後に新しい手袋を装着する。

ただ、場が増えてもPCR検査の〝ハードル〟が低くなるわけでは無い。福島市保健所総務課の担当者は「希望する市民が全て検査を受けられるようになるわけではありません。そこまで間口を広げてしまったら希望者が殺到してしまうので、やはり医師や保健所が検査の必要性を判断するという流れは今後も変わりません」と説明した。

勝山邦子副所長も「採取する検体数を増やすためです。今まで『帰国者・接触者外来』で午後の時間を使って2人とか枠が少なかったんです。福島市ではそれでも、東京都のように何日も検査を待つような事態にはなっていませんが今後、検査を必要とする人が増えたらギリギリなんです。このPCR検査専用外来が機能すれば、1日で20人くらいの検体を採取出来るようになります」と意義を説明した。

しかし、一方で「検査の〝間口〟が広がるわけではありません」とも。これまで、市内の保育園や大学学生寮で感染者が見つかっても「症状が無く濃厚接触者には該当しない」などの理由で他の園児や学生のPCR検査を積極的には行ってこなかった。その姿勢は変わらないという。「必要だと判断すればPCR検査を行います。検査を希望する市民がいて、じゃあドライブスルーに来てください、とはなりません」。

中川所長も「希望者がPCR検査を受けられるようになるのは…。そういう可能性は出て来るとは思いますが…。あとは採取した検体を調べる側のキャパの問題もありますしね」と話した。現在、福島市保健所では最大で16人分の検体を調べる事が出来る。それを超える場合には民間の検査機関に委託するため、検体数が増える事そのものには特に問題は無いという。

検査の場が増えるのは大いに賛成だが、PCR検査の〝ハードル〟は高いまま。福島市保健所の姿勢には疑問も残る

福島市内では、保育園に通う男児の感染が判明(感染源は同居する父親と思われる)したが、市保健所は保育園の他の園児や保育士などは「濃厚接触者に該当しない」としてPCR検査を実施せず、2週間の健康観察にとどめた。判断の決め手となったのは男児が無症状である事だった。感染が分かった父親(症状あり)の濃厚接触者としてPCR検査を行ったら陽性だった、しかし症状が全く無いので感染させるリスクは低い─そういう判断だった。市保健所にはわが子を通わせる保護者からPCR検査を希望する声も寄せられたが、実施しなかった。結果として、2週間経っても体調を崩した園児や保育士はいなかったという。

また、大学の学生寮に住む大学生の感染も確認されている。この大学生は市内の学習塾で講師のアルバイトをしているが、市保健所は塾側が消毒などの対策を講じている事、個人指導であるうえに生徒は壁を向いて座り講師と対面しないため飛沫を浴びるリスクが低い事などを理由に濃厚接触者には該当しないと判断。PCR検査を行わなかった。学生寮で暮らす大学生も、聴き取りをした結果3人のみ(入寮者は、帰省などで寮を離れている学生も含めて145人)を濃厚接触者に該当すると判断し、そのうち1人だけにPCR検査を実施した(結果は陰性)。PCR検査の〝ハードル〟は非常に高いのが現実だ。

「PCR検査をして陰性と判定されても2週間は健康観察をするので、その意味では検査をしてもしなくても変わらないんですよ」と話す保健所職員もいる。これまで健康観察中に体調が悪化した市民がいないため、一定の成果が出ているとも言える。
しかし、なぜそこまでPCR検査数を抑えようとするのか。いきなり希望する市民全てに検査を実施するのは難しいだろうが、感染が判明した人とかかわりのある人を濃厚接触の有無にかかわらず検査する事は出来るはずだ。せっかく場が出来ても、入り口の段階で抑制してしまうのなら、有効活用される事にならないのではないだろうか。

多くの地元記者が駆け付けたデモンストレーション=福島市保健所

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「五輪どころでねえ!」と声をあげているのは原発事故被害者ばかりでは無い。福島県災害対策課のまとめでは、2019年10月に発生した台風19号、21号に伴う水害では県内で37人が亡くなった(直接死、関連死の合計)。住宅の全半壊は、同課が把握しているだけで1万3000棟を上回った。県の災害対策本部は今年3月に解散したが特別警戒配備体制は続いており、被害回復にはまだまだ時間がかかる。

1986年の「8・5水害」に続き甚大な被害が出た郡山市水門町。女性が庭先に置かれた廃棄用コンテナを眺めながらため息をついた。

「うちは3メートルくらい水に浸かったかな。全壊と判定されて、ようやく修繕が始まったと思ったら、床板をはがしたところで作業が止まっているの。直さなきゃいけないのはうちだけじゃ無いし、家の中も乾かさなきゃならないからね。作業員さんも足りないらしいから。それに加えてコロナ騒ぎしてっばい。もう7カ月が過ぎたけど、まだまだこれからなのよ」

コロナ禍が無ければ、3月26日に「Jヴィレッジ」から聖火リレーが始まり、同月28日には郡山市内でも華々しくリレーされる予定だった。それが、新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期。しかし、女性はコロナ禍が無かったとしても五輪どころでは無かったと話す。

水害被災地では住宅の修繕が緒についたばかり。コロナ禍が無くても「五輪どころでは無い」のだ

「夏のお盆くらいまでに作業に取り掛かってくれればいいけれど……。オリンピック? オリンピックなんて全然頭に無いよ。作業員さんがいつから来てくれるのかなって、毎日そればかり考えてる。朝、二階から眺めてさ、あゝ今日も作業員さんの車無いなってがっかりしてるんだよ」

水門町内には、不動産業者の「売地」看板が目立つ。人通りも少なくなった。年度末に家屋解体が行われ、さら地が増えたためだ。

「この家も、あそこの家も帰って来ないのよ。他の土地に移っちゃった。今年だって大水にならないなんて誰にも言い切れないからね」

甚大な被害が出た郡山市水門町では、家屋解体に伴うさら地が増加。「売地」の看板が至る所で目につく

別の女性は町内に立派な自宅を構えていたが、浸水で3月中に取り壊した。前の年に外壁を修繕したばかり。きれいな壁が哀しかった。

「うちは解体は早い方だと思います。さら地にして、同じ土地にまた家を建てるしか無いよねえ。どこかよそに移ると言っても年が年だから…」

女性はわが家を見上げながら今にも泣き出しそうな表情で話した。遠くから見るときれいな家だが、1階部分は水の力で完全に壊れてしまっている。2階は直接の浸水は無かったが、柱の損傷などを考えて取り壊す事に決めたという。

「私もオリンピックどころでは無いと思いますけど、世界の大会だしね。皆さん、今まで一生懸命練習して来て、その成果を出したいというのはしょうがないと思うの。でも、今回のコロナで来年も無理でしょ? 実際には」

女性は選手の心に想いを寄せて言葉を選びながら、東京五輪への複雑な想いを口にした。「8・5水害」を経験し、家庭菜園をやりながら静かな老後を送っていたところに再び大水害。気候が大きく変動する中で、またいつ、大雨による被害に遭ってしまうか分からない。

「雨で再び水が上がらないように、はあ、祈っています。ここで生活して行こうと考えていますから」

女性はそう言うと、家庭菜園に向かって歩き始めた。

JR東北本線・本宮駅周辺も、病院が孤立するなど大きな被害が出た。病院近くの精肉店は今年4月、半年ぶりに営業を再開させた。機械類など全てが水に浸かってしまったため新調した。「きれいになったのは良いけれど、お金の工面が大変で…」と店の女性は表情を曇らせた。

同じ本宮市内のパン店も、4月下旬にようやく営業再開にこぎつけた。再開初日には多くの常連客が駆け付け、パンはほぼ完売した。

「内装から全てやり直しましたし、職人さんも不足していたので時間がかかりました」と経営する女性は笑顔を見せた。水害被災地での職人不足は深刻で、郡山市内では青森や山形など県外から仕事に来ている職人と会った。

女性は、筆者が「オリンピックどころでは無いのではないか」、「五輪に多額の予算を充てるのであれば、水害被災地に分配するべきだ」と水を向けると「そうですよね」とうなずいた。

「補助金の申請をしたんですけど、書類に不備があったとかでまだ支払われていないんです。こういう被害ですから、書類といっても用意出来ないものもありますしね……。揃えるのにも限界があって四苦八苦しています」

本宮市のパン店は営業再開までに半年を要した。まだ振り込まれていない助成金もあるという

JOCも政府も「五輪は中止しない」と強調している。あくまで「1年間の延期」であって、それまでに新型コロナウイルス問題も片付ける算段なのだろう。その動きに呼応するように、福島市役所入り口では五輪までのカウントダウンが再開された。市内の「県営あづま球場」では、野球とソフトボールの試合が行われる事が決まっている。それだけに、他の市町村と比べても力が一段と入っている。市の担当者は「五輪に向けた気運を改めて醸成するために始めました。特に木幡市長の指示ではありませんよ」と話す。

福島県内では、原発事故避難者や県内在住者たちが2月下旬、「Jヴィレッジ」や「県営あづま球場」に集まり「オリンピックどころでねえ」と抗議の声をあげた。今年は原発事故から10年目だが、放射能汚染は続いており、なされるべき被害者救済も不十分だ。それどころか県外避難者の切り捨てが着々と進んでいる。都内の国家公務員宿舎に入居する〝自主避難者〟を追い出す訴訟を福島県が起こしたほどだ。

しかし、「五輪どころでねえ」のは原発事故被害者だけでは無いのだ。水害被災者たちは十分に救済されないまま、時間の経過とコロナ禍で忘れられてしまっている。家屋解体が本格化すれば、災害廃棄物はさらに増す。放射能汚染測定をして県外で燃やされているが、その数値は公表されない。五輪に多額の金を注ぎ込んでいる場合では無い。コロナ禍も含めて、予算は人の生活や生命を守るために分配されるべきなのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的とした緊急事態宣言の解除に向けて〝終息ムード〟が漂う中、PCR検査を積極的に行わない行政への不満も多い。福島県福島市も市内の保育園や大学学生寮で感染者が見つかりながら、他の園児や入寮生などのPCR検査は「症状が出ていない」として一部を除いて実施していない。なぜPCR検査を行わないのか。福島市保健所の勝山邦子副所長が取材に応じた。

◆なぜ濃厚接触者にあたらないとPCR検査をしないのか

PCR検査に消極的な福島市保健所。無症状だと非濃厚接触者として検査していない

「濃厚接触にあたらないので塾の名前は公表しません。消毒など対策も講じられているし、生徒さんの特定も出来ています。その代わり、感染が分かった大学生に教わっていた生徒さんの健康状況は念のために把握させていただきます。濃厚接触者がいないという意味では保育園のケースと同じです」

陽性判定を受けた大学生(福島市内で家族と同居)は、福島市内の塾で講師のアルバイトをしていた。この大学生と同じ塾で講師のアルバイトをしている友人(大学内の学生寮で生活)を濃厚接触者としてPCR検査を実施したところ陽性だった。しかし、福島市保健所は個人指導である点と対面指導では無い点に着目。2人から指導を受けていた生徒は濃厚接触者には該当しないと判断した。

「お子さんは壁に向かって座り、先生(大学生)は脇から指導する形です。確かに先生と生徒の間にアクリル板が立っているわけではありませんが、対面していないために飛沫を浴びる可能性は大きく下がります。新型コロナウイルスは空気感染するものでは無いですから、同じ部屋にいるからといって感染するものではありません。大事なのは『飛沫』と『接触』です。それらを総合的に判断して濃厚接触者とは判断しませんでした」

なぜ濃厚接触者にあたらないとPCR検査をしないのか。検査を実施し、陰性であればひとつの安心材料になるではないか。しかし、勝山副所長は「無症状であれば健康観察にとどめる」との姿勢を崩さない。

「ひとつは症状が出ていないという事。万が一、症状が出てくれば検査を実施する事もあるかなとは思います。中には無症状で陽性になる方もいますが、症状が無いという事は一般的にはウイルス量が多くないので陰性になる可能性が高いのです。その代わりと言っては何ですが、この大学生から指導を受けていた生徒さんには、念のための健康観察として発熱や咳、味覚障害、倦怠感が生じたら連絡をいただくようにお願いしています。濃厚接触者に準じる形で最終接触日から2週間です。2週間経っても体調に異変が現れない場合は、基本的には安心していただいて良いと思います」

◆「PCR検査は『総合的な判断』で実施しています」

福島市内では、保育園に通う男児の感染も明らかになっている。同居する父親の感染が判明したため濃厚接触者とされ、無症状だったが検査をしたら陽性だと分かった。しかし、他の園児や保育士などは「濃厚接触者には該当しない」として健康観察にとどめ、PCR検査は実施されなかった。木幡浩市長は園児の感染が判明した直後の記者会見で「(保育園は)感染の広がりが懸念される状況ではありません」などと断言。市議からは批判の声があがった。

保育園も学生寮も、結果として集団感染に発展しなければもちろん良い。しかし、今のやり方ではそれはあくまで結果論。まるで〝ギャンブル〟だ。なぜ接触機会の少ない人も含めて積極的にPCR検査を行わないのか。それが安心につながるのではないのか。

大学の学生寮には145人が入寮(帰省などで寮を一時的に離れている学生も含む)しているが、福島市保健所がPCR検査を実施したのは濃厚接触者と判断した3人のうち、症状のあった1人だけ(結果は陰性)。保育園は2週間の健康観察期間が終了。結果として当該園児以外に感染したと思われる子どもは(公式には)いないとして、勝山副所長は胸をなでおろした。だが、県民からは積極的なPCR検査の実施を望む声もある。検査を実施するだけの能力もあるが、勝山副所長は検査に消極的な理由を明言しない。

「無症状の場合は検査をしても……。医師である中川昭生所長の判断で検査をする場合もありますが、症状が無いとなると検査をしても陰性と判定される可能性がかなり高いのです。もちろん可能性であって絶対ではありません。状況によっては必要な場合があると思います。濃厚接触ですね。同じ学生寮で暮らしていても当該学生と全く接点の無い学生は検査をする必要は無いのかなと思います。濃厚接触者だからといって全部検査しているわけではありません。PCR検査は『総合的な判断』で実施しています」

感染が分かった大学生が暮らす学生寮には145人が入寮しているが、PCR検査を実施したのはわずかに1人だけ

とにかく「濃厚接触」。そして「症状の有無」。なぜその定義から抜け出す事が出来ないのか。なぜ検査数を抑えようとするのか。飛沫と接触さえ気を付けていれば、マスクと手洗いさえ入念にしていれば、県境をまたいだ往来をしても問題無い事になってしまう。しかし、勝山副所長も認めているように、どれだけ気を付けていても100%、絶対という事はあり得ない。それでも感染してしまう事は十分にあり得る。だから自粛が呼びかけられ、多くの人がそれに従っている。しかし、PCR検査の実施という話になると、様々な「要件」が顔を出して来てしまう。「ゼロでは無いから健康観察をし、症状が出たら検査をする」と勝山副所長。話を聴けば聴くほど、まるでPCR検査を実施しないための理由を探しているかのようだ。

「保護者の方々の気持ちは理解出来ます」と勝山副所長。しかし、現実にはPCR検査は積極的に実施されず、情報もほとんど明らかにされない。例えば、感染の分かった大学生は「公共交通機関」を利用して寮から学習塾まで通っていたが、それが電車なのかバスなのか。そこは伏せられている。

「言うまでもありませんが、感染した事は責められるべき事ではありません。私だって感染する可能性はあるのですから。でも、これまで会社名など具体的に公表する事によってとても大変な目に遭っているのも事実です。これまで市内の会社が従業員の感染を公表したケースがありましたが、感染した方と接触が無い方も含めて困るような場面もあったようです。ある事無い事を言われたり…。公表してみると困る事があるのも事実なのです」

であればなおさら、徹底してPCR検査をするべきだが、それもなされない。〝ギャンブル〟のような健康観察が続くばかりなのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

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原発が立地し、その原発の爆発事故で大きな痛手を負った福島県自ら、東京に避難した県民を追い出すための訴訟を起こすという異常事態。筆者は、福島県の情報公開制度を利用して、3月25日付で福島地方裁判所に提出された訴状(開示が決定された時点で被告が受け取っていた1人分)を入手した。5月にも予定されている第1回口頭弁論期日を前に、改めて県の主張と問題点を整理しておきたい。

A4判にして、わずか7ページ。これが、政府の避難指示が出されなかった区域からの原発避難者(俗に言う〝自主避難者〟)を国家公務員宿舎「東雲住宅」(東京都江東区)から追い出す訴状だった。

「請求の趣旨」も至極単純。①建物を明け渡せ、②駐車場を明け渡せ、③退去までの家賃を支払え、④訴訟費用は避難者が負担しろ──。この4点。訴状には堅苦しい言葉が並んでいるが、要するに「早く国家公務員宿舎から出て行け」、「出て行くまでの家賃は耳を揃えて払え」、「こんな裁判を起こす原因をつくったのは退去に応じない避難者なのだから、費用も負担しろ」というわけだ。

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

「請求の原因」では、福島県側から見たこれまでの経緯と、福島県から見た「損害」が約3ページにわたって書かれている。福島県の言い分はこうだ。

国家公務員宿舎「東雲住宅」は、東京都が所有者である国から使用許可を受け、原発避難者である被告に、駐車場も含めて応急仮設住宅として無償提供された。

2017年3月31日で避難指示区域外からの避難者に対する応急仮設住宅としての無償提供が終了。本来であれば避難者は使用する権利を失ったが、その時点で新しい住まいが確保出来ていない(新しい住まいの見通しが立っていない)避難者に関しては、原告・福島県が国から一定の条件で使用許可を受けた上で、避難者との間で賃貸借契約(いわゆる「セーフティネット使用契約」)を締結する事で新たな住まいが見つかるまでの住まいとして(最長で2年間、有償)引き続き住む事を認めた。

この際の意向調査で被告は、「セーフティネット使用契約」の申し込みをしたにもかかわらず契約書の調印を拒否。原告・福島県は契約の締結などを求めて東京簡易裁判所に民事調停を申し立てたものの、調停は不成立に終わった。原告・福島県は被告・避難者に対して部屋や駐車場の明け渡しと2017年4月1日以降の家賃支払いを求めているが、有償での入居についても2019年3月31日で既に権利を失っているにもかかわらず被告・避難者は退去せず、国家公務員宿舎の部屋と駐車場を占有し続けている。

被告・避難者が退去に応じず住み続けているため、原告・福島県は国に対して使用許可に基づく使用料を支払っている。訴状では、原告・福島県が立て替えている「損害」について、2017年4月1日から2018年3月31日まで、2018年4月1日から2019年3月31日まで、そして2019年4月1日から現在までの3つに分けて示しているが、開示された文書では黒塗りになって伏せられている。請求額は数百万円に上るとみられ、金利を含めた支払いを原告・福島県は求めているのだ。

訴状には、数十ページに及ぶ附属書類が添付されており、昨年9月の福島県議会に提出された議案や「国家公務員宿舎セーフティネット使用貸付に関する要綱」(2017年2月21日付)、当該避難者が記入したとされる「住まいに関する意向調査」(2017年1月20日付)、「国家公務員宿舎セーフティネット使用申請書」(2017年3月5日付)などが揃えられている。「契約で定められた期限までに退去します」と書かれた誓約書や、昨年8月20日付で送付された明け渡し請求書(提訴予告)も添えられた。

訴状だけを読めば、被告となってしまった避難者について「ルールを守らず居座るわがまま者」と考えてしまうだろう。「実際、多くの避難者は家賃も支払って退去しているではないか」と言う人もいるだろう。

しかし、考えてみて欲しい。そもそも「原発事故など起こらない」と言われていた事故が起きた。ずっと〝安全神話〟に寄りかかっていたから備えなど出来ているはずも無く、国も福島県も市町村も混乱を極めた。避難指示は単純に福島第一原発からの距離で同心円状に出され、いわき市や中通りは避難指示の対象区域とならなかった。

放射性物質は避難指示の有無などお構いなしに降り注いだ。福島市や郡山市の空間線量は10μSv/hを軽々と超えた。わが子の被曝リスクを心配した多くの親が動いたが、原発事故避難に関する法律など無い。無理矢理、災害救助法を適用して支援は住宅無償提供ぐらいしか無く、それも入居先を選んでいる余裕など無かった。結果として国家公務員宿舎に入居した人だけがなぜ、わがまま者扱いをされなければいけないのか。

しかも、福島県はずっと「提訴先を東京地裁にするか福島地裁にするかは決まっていない」と説明していた。しかし、訴状が提出されたのは福島地裁。いくら弁論期日には弁護士が代理人として裁判所に向かう事になるとしても、経済的に苦しんでいる避難者に交通費を工面してでも福島まで来いと言う福島県には、本当に血も涙も無い。

避難者も支援者も「追い出すな」の声をあげ続けて来たが、とうとう福島県が追い出し訴訟を起こした

3月27日午後に福島県庁会議室で行われた緊急要請。「福島原発事故被害者団体連絡会」(ひだんれん)と「『避難の権利』を求める全国避難者の会」の2団体が次の4項目について県に求めた。

① 国家公務員宿舎入居者に対する「2倍家賃請求」を止めること
② 国家公務員宿舎入居者に対する立ち退き提訴を止めること
③ 帰還困難区域からの避難者の住宅提供打ち切り通告を撤回し、すべての避難当事者の意向と生活実態に添った住宅確保を保障すること
④ 新型コロナウイルスによる経済状況が改善するまで避難者への立ち退き要求や未退去者への損害金請求を行わないよう、民間賃貸住宅の家主や避難先自治体に対し要請すること

これまで何回も話し合いの場が持たれ、申し入れも行われたが、福島県の意思は変わらなかった

「避難の協同センター」世話人の熊本美彌子さん(福島県田村市から都内に避難継続中)は席上、「非正規で働いている避難者は雇い止めや収入減に直面しているのに、福島県から2倍の家賃を請求され続けている。避難者に寄り添うどころか窮状をさらに深めている」と県職員に訴えた。記者会見では「なぜ東京地裁でなく福島地裁に提訴したのか。避難者は交通費をねん出するのも難しいのに…」と県の姿勢を批判した。

被告となってしまった避難者が出廷のために東京~福島を新幹線で往復すると2万円近くかかる。「お前たちのせいで裁判沙汰になったのだから、そのくらい負担しろ」。それが「最後の1人まで寄り添う」内堀県政の本音なのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「10・12水害」で50万トンを上回る災害廃棄物が生じた福島県。本宮市で生じた災害廃棄物で600Bq/kgを超えたために県外搬出が見送られていた事、新潟県五泉市での焼却処理のために運び出された廃棄物の測定結果も含めて県民に広く周知されていない事については「民の声新聞」2月16日号(リンク)で報じた。

その後も、少なからず汚染されている災害廃棄物が100Bq/kgを下回っているという理由で新潟県へ搬出され続けている事が、改めて情報公開制度で入手した文書で分かった。

◆受け入れ先自治体との調整が行われているものの結果が黒塗りされた開示文書

今月3日付で開示されたのは、2月と同じ「県外搬出調整中の市町村における災害廃棄物の放射能測定結果一覧」。

2月12日に開示された際には昨年12月に測定した本宮市内の2か所の仮置き場での測定結果のみが示され、開示時点で「受け入れ先との調整が進行中」(福島県一般廃棄物課)のものに関しては黒塗りになっていた。

今回は、それに加えて石川郡石川町(昨年12月2日測定)と伊達市(今年2月18日測定)に仮置きされた災害廃棄物の測定結果が開示された。今回も、受け入れ先自治体との調整が行われているものの結果は黒塗りされた。

福島県から開示された放射能測定結果一覧。県民には公開されていない

開示文書によると、石川町総合運動公園「クリスタルパーク」に仮置きされた災害廃棄物では、「紙くず」が最高で36・3Bq/kg、「木くず」は最高で27・1Bq/kgだった。

これらのうち90トンが3月11日から3月末まで、車で新潟県三条市の「清掃センター」に運ばれ、燃やされた。

また、伊達市「やながわ希望の森公園」の災害廃棄物は、「紙くず」で最高67・6Bq/kg、「木くず」では最高で23・0Bq/kg。このうち70トンが新潟県新発田市の「新発田広域クリーンセンター」で既に燃やされている(測定値は、いずれも放射性セシウム134、137の合算)。

◆「なぜそんな事を尋ねられるのか分からない」と当惑した口調の新潟県三条市環境課

福島県一般廃棄物課の担当者によると、災害廃棄物を県外で燃やすために搬出する場合、「目安」として「100Bq/kg」という基準を自主的に設けているという。「東日本大震災以降、他県も100Bq/kgを県外搬出の目安としていると聞いています。原子炉等規制法に基づくクリアランスレベルも参考にしていますが、あくまで『目安』です」(担当者)。今回の測定結果はいずれも100Bq/kgを下回るため、「問題無し」と判断されて新潟県で燃やされた。しかし、県外処理の具体的な中身や放射能測定結果も福島県は記者クラブには〝投げ込み〟するものの、ホームページなどでは周知していない。

それは受け入れ側でも同じ。新潟県三条市環境課に電話取材すると、「お互い様だから、困った時に災害廃棄物を受け入れるのは当たり前です。今回は石川町とまず3月末までの受け入れについて金額も含めて契約を交わし、4月以降も来年3月末まで受け入れる契約を再度、交わしました。災害廃棄物ですし、安全上問題は無いので、特に市民への周知も記者発表も行っていません」と担当者は答えた。

担当者は、明らかに「なぜそんな事を尋ねられるのか分からない」と当惑した口調だった。筆者が「せめて市民に周知する必要はあるのではないか」と何度も口にすると「検討させていただきます」と言って電話を切った。

水害で生じた災害廃棄物が仮置きされている「本宮運動公園」。量はかなり減ったが、背景には県外も含めて燃やしている現実もある

◆福島県の〝焼却主義〟に警鐘を鳴らす「ちくりん舎」

新潟だけでは無い。県外に運び出すものについては福島県が放射能測定するが、県内で処理されるものは測定すらされずに焼却炉で燃やされる。なぜ測らないのか。福島県の担当者は、こう説明する。

「水害に伴って生じた〝生活ごみ〟ですので、日ごろ福島県内で燃やされている一般ごみと(放射能汚染という意味では)何ら変わりません。少しずつ始まった家屋解体の廃棄物も同じです。県外に持ち出すからといって、本来は測る必要は無いのかもしれません。ただ、受け入れてくれる側(今回であれば新潟県の市や組合)から求められた時に備えて、搬出する側として自主的に測っているのです」

むしろ、福島県にとどまらず、広く測定を続けるべきなのではないか。そして、焼却前提での処理を続けて良いのだろうか。

放射能測定などを通じて原発事故後の福島をウォッチし続けている「NPO法人市民放射能監視センター・ちくりん舎」副理事長の青木一政さんは「焼却せず、コンクリートで囲まれたごみ処分場などで保管するしかありません。設置場所など実現に大変な問題があることは分かりますがこれが原発事故の現実です」と、福島県の〝焼却主義〟に警鐘を鳴らしている。

「汚染された廃棄物を焼却炉で燃やすと、排ガスとして出てくる細かい灰の粒子(飛灰)の放射性セシウムは、約200倍濃縮されることが一般的に知られています。県外搬出が見送られた192~662Bq/kgで単純計算すると、3万8400~13万2000Bq/kgと高濃度に濃縮されるのです。焼却炉にはバグフィルターが付いているので大丈夫だと言われますが、それでは粒径1ミクロン以下の微粒子を補足する事は出来ません。フィルターをすり抜けて焼却炉周辺に飛散する事が、私たちの『リネン吸着法』での測定でも明らかになっています。直近の私たちの調査では、リネン吸着法で捕捉した微粒子はほとんどが水に溶けない事も分かりました」

福島県は、原発事故後に環境省が設置した仮設焼却炉も使って処理する方針。市民団体からは「燃やさずコンクリートで囲まれた処分場で保管するべき」との声もあがっている(福島県の「災害廃棄物処理実行計画」より)

不溶性放射性微粒子については、「子ども脱被ばく裁判」で証人尋問を受けた河野益近さん(京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻の元教務職員)が「呼吸で肺に取り込んだ場合、体外に排出されにくく、長期間にわたって沈着する。しかも内部被曝の評価方法が確立されていない」などと危険性を訴えた。

青木さんも「災害ごみとはいえ、ほとんどのごみには残念ながらセシウムが含まれています。焼却灰を食べるわけではないから100Bq/kg以下ぐらいであれば問題ない、というのは大きな間違いです。焼却炉の煙突から漏れてくる放射能を含んだ細かい粒子を吸い込むことは危険です」と語る。

「新型コロナウイルスの感染拡大で、政府は経済と国民の生命を天秤にかけて大胆な拡大防止策を講じることを躊躇していますが、放射能ごみ問題も全く同じです。多くの人が声をあげることでしか政府の経済優先・人命軽視の政策を変える事は出来ません」と青木さん。しかし、福島県は水害で生じた災害廃棄物の焼却を続けている。しかも、原発事故後に環境省が県内に設置した仮設焼却炉も使い始めた。マスクで防護する必要があるのは、新型コロナウイルスだけでは無さそうだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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いまだ終息が見通せない新型コロナウイルスの感染拡大。39人の陽性者が確認されている福島県で、多くの人が口にする言葉がある。

「あの時と似ている」

あの時、とは未曽有の大震災と大津波、原発事故が起きた2011年の事だ。誰もが思い出す9年前。しかし、良く話を聴くと相違点も見えてくる。何が似ていて何が似ていないのか。

原発事故で放射性物質が拡散されて来年で10年。福島の保護者たちは、再び〝見えない敵〟からわが子を守らなければならなくなった(福島県立博物館で撮影)

◆原発事故でまき散らされた放射性物質と同じだね……

福島駅近くのラーメン店。日曜の昼下がりだというのに店内は閑散としていた。男性店主は店先で日向ぼっこをしている。周囲の居酒屋やカラオケ店は軒並み、休業中。店主は苦笑いを浮かべながら話した。

「福島は車社会だから、日曜日だからと言っても、もともと決して人通りが多いわけじゃ無い。でも、今はさらに人が歩いていなくてガラガラ。売り上げ? 4分の1に減ってしまったよ。緊急事態宣言が出されてから一気に人通りが減ったね」

男性店主は言う。「目に見えない物への恐ろしさという意味では原発事故でまき散らされた放射性物質と同じだね。でも、今回の方がより恐ろしい気がするなあ。放射線はすぐに健康状態に変化は現れないけれど、コロナは命にかかわるからね。有名人も亡くなったし……」

◆今年の高校1年生たちは、2011年に卒園式や入学式が出来なかった世代

県立高校の入学式が行われた今月8日、中通りのある高校では、新入生の母親が複雑な表情を浮かべていた。

「難しいですよね。今を大事にするべきかどうか……。学校に行かれないのはかわいそうだなという気もするし、通学する事で拡がってしまってはいけないし。もっと単純な事を言えば、娘が家で毎日ぐうたらしているのもどうかという想いもあります」

実は、今年の高校1年生たちは、2011年に卒園式や入学式が出来なかった世代。「だから余計に、高校の入学式くらいは予定通りにさせてあげたかったという想いがあるんですよ」と母親は言った。

「子どもによっては卒園式が無くなってしまったりしましたからね。うちの子は日程をずらしてやってもらいましたけど。まさか9年経ってこういう事になるなんて考えもしませんでした」。

◆「再び選択を迫られている親」のいら立ち

そして、あの時の「選択」に想いを馳せた。表情も口調も、それまでより一段と険しくなった。そこには「再び選択を迫られている親」のいら立ちのようなものが表れていた。

「逃げるのか残るのか。私たちは原発事故後に選択を迫られました。毎日、そればかりを考えながら生活をしていました。それで結果として中通りでの生活を選びました。あの時も様々な情報が流れて、子を持つ親の間でも意見が分かれて。食べ物に関しても、『検査しているのだから大丈夫』と思いたい自分がいる。あの頃のように、また子どもを学校に行かせるかどうかの選択を迫られるのですね。でも、学校はやっているのにうちの子だけ通わせないで家に居させるというのも……」

小学校の入学式では、ほとんどの新入生たちがマスク姿。被曝リスクも感染リスクも〝風評〟や〝大げさ〟では無い。出来る防護を各自がするしか無い(福島市内の小学校で撮影)

◆ウイルスにも放射性物質にも色が付いていたら良いのにね……

福島市内の理髪店で働く女性は「ウイルスにも放射性物質にも色が付いていたら良いのにね。真っ赤に見えるとかさ。そうすれば感染や被曝のリスクから遠ざかる事が出来るのに……」と苦笑した。

別の女性は「放射線は線量計で数値として可視化出来るからまだ良かった。線源から子どもを遠ざける事が出来ました。でも、ウイルスの存在は数値化出来ません。モニタリングポストでも分からない。だから余計に防ぎようが無くて怖いです」と表情を曇らせた。

同じようで違う〝目に見えない物への恐怖〟はいつまで続くのか。放射線防護への意識が高い人ほど新型コロナウイルスへの意識も高く、既に疲弊しているように映る。

◆10年目に繰り返される「子どもをどう守るのか?」

そんな苦悩をよそに、福島県が毎日のように発しているメッセージがある。感染者が新たに判明した際に開かれる記者会見。最近では、もはや早口での棒読みにすらなってしまっている言葉にこそ、内堀県政の方向性が透けて見える。

「県民の皆様にとっては不安や恐れの気持ちがあろうかと思いますが、原発事故による風評に苦しめられている福島県民だからこそ、新型コロナウイルスの陽性となった方やその関係者に対する差別や偏見は、なさらないよう切に願います」

もちろん、感染してしまった人への中傷や攻撃は許されるものでは無い。どれだけ用心していても感染してしまう事もあろう。しかし、それと「原発事故後の風評」とは全く異なる。

福島県の内堀雅雄知事は、〝風評〟の名の下に放射能汚染の現実から目を逸らし続け、「もはや問題無いのに」と避難者切り捨てを着々と進めている。それを混同するあたり、「群馬訴訟」の控訴審で、「低線量被ばくは放射線による健康被害が懸念されるレベルのものではないにもかかわらず、平成24年(2012年)1月以降の時期において居住に適さない危険な区域であるというに等しく、自主的避難等対象区域に居住する住民の心情を害し、ひいては我が国の国土に対する不当な評価となるものであって、容認できない」と避難指示区域外からの避難継続の相当性を否定してみせた国と同じだ。

子どもをどう守るのか。原発事故から10年目に突入した福島は、再びあの頃と同じ課題に直面している。そして、行政が子どもたちを積極的に守ろうとしているように見えないのもまた、あの時と同じだ。

県保健福祉部の幹部は「迅速で正確な情報発信に努めるので、県民の皆さんも正しく理解していただきたい」と話す。福島市保健所の担当者も「過剰に不安を抱かず、正しく恐れていただきたい」と市民に求める。これも、あの時と同じ。県や市町村、そしてアドバイザーと呼ばれる専門家が不安の鎮静化に力を注いでいるのも原発事故後の構図と重なる。そして、高校生たちが求める県立高校の休校は実現していない。

ある県議は「県政は狂ってるよ。内堀知事では県民は守られないと、そろそろ気付いて欲しい」と語気を強めた。「あの頃と同じ」とため息交じりに振り返るのは、これで終わりにしたい。

今なお進行形の放射能汚染。福島ではこれにコロナ禍が新たに加わった(二本松駅前で撮影)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「土のう等を運搬しています」

工事現場でよく目にする看板。青字で大きく書かれた文言だけを目にして、ここで言う「土のう等」が何を指しているのか分かるだろうか? 「土のう等」に何が詰め込まれているのか、どこに運搬するのかを理解出来る人はどれだけいるだろうか。

看板には「収集・運搬業務」とも書かれており、発注者は「福島市輸送対策課」。そして請け負った業者名。原発事故後の動向に関心のある人ならともかく、これだけを見て、これが除染で生じた汚染土壌を掘り返し、仮置き場まで運んで再びさら地に戻す作業である事は伝わりにくい。

通常、どんな工事をしているのかを伝えるはずの看板が、本来伝えなければいけない要素を伏せている。これが福島市に設置されている看板だ。なぜ、こんな分かりにくい表現にしているのか。福島市環境再生推進室に取材すると、「住民感情に配慮している」と説明した。

「おっしゃる通り、ここで言う『土のう』は、除去土壌の入ったフレコンバッグを指しています。ひな形というか、現場に看板を立てる場合にはこういう表現で作って下さいよというマニュアルがあるのです。定期異動で職員が入れ替わってしまいましたが、どうして『土のう等』という表現になったのかというのを長く在籍している職員に確認しました。当時、かなりナーバスになっている市民の方がたくさんいらっしゃいましたので、決して隠すわけでは無いんですが、(汚染土壌の搬出をしている事を)直接的な表現で言ってしまう事に抵抗感のある方もいらっしゃったので、看板の表現を『土のう等』で統一させていただいたという経緯がありました」

福島市の担当者が言う「マニュアル」とは、発注者支援室連絡協議会名義で発行された「除去土壌等の収集・運搬業務 業務マニュアル(第2版)」。日付は「令和2年4月」になっている。この中で、看板の表現についても「土のう等」とカラーイラスト入りで明記されており、請け負った業者はマニュアルに従って看板を設置しているというわけだ。

除染で生じた汚染土の搬出を知らせる福島市の広報紙。ここでは「除去土壌」という表現を使っている

しかし、実際に現場に設置されている看板は「土のう等」。住民感情に配慮したという

一方で、同じ中通りの郡山市は(汚染土という表現を使っていないという点で物足りなさは残るものの)現場に設置される看板には「除去土壌等の搬出作業を行っています」と明記。事業名も「郡山市除去土壌等搬出作業等業務委託」で、発注者も「原子力災害総合対策課」。これなら、少なくとも原発事故後の除染で生じた汚染土壌を掘り返し、仮置き場まで運ぶ作業を行っている事は伝わる。いわき市も同様だ。しかし、福島市民はそのような直接的な表現を嫌うのだという。

「郡山など他市の状況は分かりませんが、福島市の場合は仮置き場を設置する時も、あまり公にしないで欲しいという声が対策委員会でもあって、なるべくそれに配慮して進めて来たという経緯がありました。協力していただく際の条件と言いますか、『自分の土地を仮置き場として提供しても良いけれど、周囲には(汚染土壌の仮置き場になっている事を)知られたくない』という地権者など地元の方々の感情もありました。その流れの中で、搬出に関してもあまり大っぴらにして欲しくないという声があったのです」(福島市環境再生推進室)

郡山市やいわき市は、看板でも「除去土壌等」という表現を使い、一目で伝わるようになっている

実は、これに非常に良く似たケースが福島市にはあった。2018年9月7日の市議会本会議。除染後の「フォローアップ除染」に関して、小熊省三市議が支所別のフォローアップ除染実施箇所数を質している。しかし、市環境部長の答弁はこうだった。

「フォローアップ除染の実施箇所ですが、市全体で48カ所となり、結果的に少ない数字となったところでございます。支所ごとの実施箇所数につきましては、地域除染等対策委員会の方から『該当する地区や地域の特定につながり、さらなる風評被害を生じさせるおそれがあるので、取り扱いには十分留意して欲しい』旨のご意見もいただいておりますことから、地域の実情に鑑み、公表は差し控えさせていただきますので、ご了承願います」 

これも全く同じ構図だ。住民が公にしないで欲しいと願っているから公表しない。小熊市議は当然ながら「私たちの住んでいる地域の放射線量がどんな状態なのか知りたいという、こういう市民の声があるのも事実」、「住民が知らないうちに被曝するという危険を避ける上でも必要」などと食い下がり、改めてフォローアップ除染の実施箇所数の提示を求めた。しかし、環境部長の姿勢は変わらなかった。

「先ほども答弁申し上げましたけれども、実施箇所が多い場合、まだ危険な箇所が地域に残っているといった印象を与えることも事実であります。それによってさらに放射線に対する住民の不安を助長させることも想定されていますので、その辺も含めて、先ほど答弁しましたとおり、公表のほうは差し控えさせていただきたいということでございます」

福島市は原発事故後、環境部の中に「除染推進室」を設置。除染に関わる業務を担ってきたが、2019年4月に「環境再生推進室」に改称した経緯がある。

原発事故前は当然、除染に関する部署など無かったため、2011年10月に「放射線総合対策課」が設置され、それが「除染企画課」、「除染推進課」(2013年4月)に変更。2014年4月からは「除染推進室」として業務にあたってきた。そしてとうとう、部署名から「放射線」や「除染」の文字が消えた。

「原発事故の風評払拭」を掲げる木幡浩市長(元復興庁福島復興局長)が2017年12月に就任した事も背景にはあるようだが、〝復興五輪〟に位置付けられた東京五輪を控え、野球・ソフトボールの試合開催自治体に「放射線」や「除染」の文字が残っていたら不都合なのだろう。

たかが「土のう等」。されど「土のう等」。汚染土壌の掘り出しや運搬を行っている現場の看板からも、10年目に突入した原発事故からの脱却を図りたい自治体の思惑が透けて見える。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

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〝復興五輪〟と銘打たれた東京五輪の「延期」が正式に決まった。新型コロナウイルスの世界的感染拡大が理由だが、そもそも五輪と「原発事故からの復興」を結び付け、「原発事故から立ち直った福島の姿」を国内外に発信する場として利用する事には批判の声が多かった。

しかも、2013年9月の招致プレゼンで安倍晋三首相が「フクシマについて、お案じの向きには私から保証をいたします。状況は統御(アンダーコントロール)されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことはありません」と言い放って、原発事故被害者の怒りを買った。五輪延期を機に改めて3年前の講演を振り返り、「アンダーコントロール発言」の意味するところを考えたい。

「アンダーコントロール発言」を解説したのは、アメリカ生まれの詩人アーサー・ビナードさん(52)。2017年7月30日に福島市内で行われた「全国作文教育研究大会 福島大会」の中で講演した。講演の終盤、アーサーさんはこう切り出した。

2017年7月、福島市内で行われた講演会で「アンダーコントールなのは国民だ」と語ったアーサーさん

2017年7月、福島での講演会の様子

「時局はいつでもあるんです。今、僕らも時局の中にいる。安倍政権が崩壊するのか続くのか。稲田朋美防衛大臣(当時)がどういうところに再就職するのか。時局は動いているんです。この『時局』は、僕らが最近、体験した事の中にも出てきます。実は今、日本の政治家は本当に大きなごまかしをやりたいときには英語でしゃべります。覚えていますか? ブエノスアイレスで大事な会議(IOC総会)が開かれて、滝川クリステルさんが『おもてなし』って言ったんだよね。あの時に一番輝いていたのが安倍総理大臣で、たぶん2週間くらい英語の特訓をしたんだと思いますよ」

「その時に安倍総理は、大量に漏れている放射性物質を含んだ水の事に微妙に触れるふりをして、それで Let me assure you. the situation is under control と言った。私は皆さんに保証します。約束します。間違いないんですよ、皆さん大丈夫なんですよと」

首相官邸のホームページによると、安倍首相の発言はこうだった。

Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you,the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo.


◎[参考動画]安倍晋三総理大臣のプレゼンテーション IOC総会(ANNnewsCH 2013/09/08)

この時のメディアも含めた反応をアーサーさんは「違う」という。

「これを日本のマスコミとかはunder controlに注目して『under controlじゃ無いだろう』と批判的に取り上げた。だって汚染水は漏れてるじゃないかと。コントロール下に置かれているっておかしいじゃないかって皆言ったんだよね。それは僕も理解は出来るけれど、読解力の全く無い、文脈を理解していない奴の批判だと思う。『アベコベ語』をちゃんと学んでからでないと、あの発言は理解出来ない。これ『アベコベ語』だからね」

アーサー・ビナードさん

そして、話は太平洋戦争の敗戦を告げた玉音放送にさかのぼった。

「あの発言は、ちゃんと8月15日の玉音放送の流れを汲んでるんだ。これは『時局ヲ収拾セムト欲シ』という玉音放送からの直接の引用なんだよ。『時局』って何?玉音放送の時の『時局』って何かというと、東京都千代田区0番地の人たちが処分される事無く再就職出来るための『国体護持』ですよ。革命とか暴動が起きないように収拾するための放送だったんです。世界の情勢とかでは無くて、日本の特権階級の再就職が保証される事。安倍晋三がおじいちゃんの後を継ぐ事が保証される事。吉田茂の孫も総理になれるのが保証される事が『時局ヲ収拾セム』という事だったんだ」

アーサーさんの言いたい事は「コントロール下に置かれている国民」だった。

「じゃあ、安倍総理は何を言ってるかというと『汚染水』じゃ無いんです。福島の問題じゃ無いんです。福島はもう放置。彼の知ったこっちゃありません。the situation つまり『時局』なんです。分かりやすく翻訳すると、日本国民が福島第一原発の1号機、2号機、3号機がメルトダウンしてメルトスルーして手がつけられない人類最悪の袋小路に入ったとしても立ち上がりませんから。どんなに被曝させられても、どんなに馬鹿にされても、どんなに共謀罪で脅かされても日本国民は抵抗しませんから。つまり、日本国民はコントロール下に置かれてますから大丈夫です。だからオリンピックちょうだいって。で、オリンピックを使えば日本国民はより操作しやすいから、ぜひお願いしますって。まあ、僕の翻訳が100%正しいかどうか分かりませんけど。時局ってそれくらいの物を含むんですよ」

騙されてはいけないよ、とアーサーさんは警告する。

「the situationはいろんな場面でまやかしの言葉として見事に使われます。オリンピックが日本にやって来るのは福島第一原発でメルトダウンが起きた時に既に決まっていたんです。なぜかというと、原発事故は100年、1000年の問題。決して明るい話題じゃ無い。そこで明るい話題を用意して、皆をだまくらかさなきゃならないから。広島の中国新聞には先週、『夢の祭典まで3年』って載ってたよ。良かったね、夢の祭典。夢の祭典が新聞の1面だよ。広島の新聞だよ。いやーこれは深刻です。時局があまりにも収拾されちゃって、コントロール下に置かれているのです」

浪江町を視察し、小女子を食べる安倍晋三首相。こうやって被災地の食べ物を口にするのも、民をコントロール下に置く手段の1つなのだろうか

そして、まるで今回の延期を〝予言〟するかのように、こうも語っていた。

「皆、東京オリンピックを語る時に1964年の事を言いますね。あの時はいろいろなまやかしがまかり通って成立しました。でも今回のオリンピックは、僕は1964年じゃなくて1940年のオリンピック(日中戦争などの影響で日本が開催権を返上)に似ていると思います。ヒトラーの鶴の一声もあったという話ですけど、東京でやるやると言って、とうとうキャンセルになった。やるやる詐欺。1938年の夏にやめた。その代わりに何をやったかというと、奈良県の橿原神宮で1万人の集団体操をやった。ラジオ体操の前身です。直前まで英語でも世界中にやるやるとメッセージを発していて、それで最終的にやらなかった。運動会すら開催できない組織が、その3年後にパールハーバーを攻撃したんです。僕らは先人たちの体験から矛盾を見抜く力を身に付けなければいけません。その視点を大事にしていけば見抜けます。でも、夢の祭典にいつまでも注目しているとコントロール下に置かれます。大事な視点は僕らの周りにたくさんあるんですよ」

今回も、日本政府は五輪を「やるやる」と強気の姿勢を見せ続けていたが、すでに「延期」は決定された。私たちは一度、頭を冷やして〝復興五輪〟について再考するべき時に来ているのだろう。為政者のコントロール下に置かれないためにも。


◎[参考動画]「オリンピックのつくりかた」アーサー・ビナード Radio Bhim!:02 前編(歌島舎 2019/11/28)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

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JR常磐線が全線再開した3月14日。冷たい雨が降り続く中、JR常磐線・双葉駅ホームの一角で行われた囲み取材。記者クラブメディアに混じって内堀雅雄福島県知事や赤羽一嘉国交大臣に質問しながら、私は一方の耳を、駅舎の外から雨音に負けじと聞こえてくる怒鳴り声に集中させていた。怒鳴り声は、華やかな式典のすき間をぬうように、しかし、はっきりと聞こえた。

「オリンピックはんたーい!」

たった1人でマイクを握り、大手メディアに黙殺されながらも抗議の声をあげていた人こそ、「希望の牧場・ふくしま」(浪江町)の吉沢正巳さんだった。事前に「今日は大きな音は出せないな」と言っていたが、十分な音量だった。

JR常磐線・双葉駅前で抗議行動をした「希望の牧場・ふくしま」の吉沢正巳さん。常磐線全線再開の先にある〝復興五輪〟強行について「玉砕だ」「皆でお陀仏だ」と怒りを口にした

吉沢さんは午前8時すぎには双葉駅前の駐車場に街宣車を停め、牧場の写真や「福島を忘れるな」などの横断幕を広げて静かに抗議の意思を表明していた。手には「カウテロ」、「コロナ爆弾」「2020五輪返上」と書かれた赤い〝時限爆弾〟。不謹慎だと叱られかねない表現ではあるが、そこには原発事故から9年間、闘ってきた吉沢さんなりの強い想いがあった。その前日、電話で次のように話していた。

「大勢集まっているマスコミに対して『オリンピックは玉砕だ』と訴えたいんだ。延期や中止ではなくて〝玉砕〟のコースを歩んでいるとね。安倍晋三首相やその取り巻きは何がなんでも五輪を開催するという事で突き進んでいるけれど、世界からは『1人で勝手にやったら?』という話になると思うよ。無理にやれば玉砕。あの戦争の頃と同じですよ」

「もはや〝五輪玉砕〟だよ。ここまで来ると止めようが無くて、開催に向けて神がかっている。だいたい、皆も映画『Fukushima 50』を観て感動なんかしちゃってるくらいだからね。皆で〝復興五輪〟に突入するしか無いんだよ。それで、世界を巻き込んで皆でお陀仏だ。今まで震災も原発事故も他人事だと思っていた人たちにも降りかかって来るんだよ。皆で仲良くお陀仏さ。一億総玉砕。歴史は繰り返すんだよ。安倍晋三のルーツは岸信介だからね」

一見、とっぴで乱暴な物言いだが、事態は吉沢さんの言葉を笑って聞き流せないところまで来ている。今月の双葉町は〝復興ラッシュ〟の真っ只中である事が、その1つだ。

3月4日に避難指示が部分解除され、駅周辺の通行規制が緩和された。7日には常磐自動車道・常磐双葉インターチェンジがオープン。14日にJR常磐線の運行が再開され、双葉駅を含む全ての駅で乗り降りが可能となった。そして、26日には〝復興五輪〟の露払いとも言える聖火リレーが行われる。

当初、福島県内の聖火リレーには双葉町は含まれていなかったが、まるで聖火リレーを実施するためであるかのように避難指示が部分解除され、福島県の実行委員会で聖火リレーへの追加が決められた。赤羽国交大臣は沖縄タイムス記者の質問に対し「安全をないがしろにして、東京オリパラにあわせたというのは全くの事実誤認。そういった事は全く無いという事だけははっきりと申し上げておきたい。被災者一人一人の生活をないがしろにしているような、そんな想いで私はここに関わって来たわけでは無いと政治家生命をかけて断言したい」と気色ばんで見せたが、ではなぜ、避難指示解除日を今月末に設定しなかったのか。その疑問には誰も答えない。

双葉駅での「特急列車出迎え式」に出席した赤羽一嘉国交大臣(右から二番目)。聖火リレーのために安全を無視して全線再開をするのではないかとの質問に「政治家生命をかけて事実誤認だと断言する」と声を荒げた

赤羽一嘉国交大臣(右)と内堀雅雄福島県知事(左)

◆負けると分かっていても反対できない空気

吉沢さんと話をしていると思い出す言葉がある。

2016年9月、福島復興局で行われた今村雅弘復興大臣(当時)の囲み取材。「そもそも、これだけ放射能汚染が酷い帰還困難区域を除染して、人が住めるようにする事など出来るのでしょうか?」という筆者の問いに、今村大臣はこう答えたのだった。

「出来るか出来ないかじゃないんです。とにかくやるんだ、という事です」

そこには理路整然とした理論や裏付けなど無い。あるのは精神論のみ。まるで戦時下のような精神性は、今回の〝復興五輪〟や聖火リレーも同じだ。橋本聖子五輪担当大臣は国会で「延期はあり得ない」と答弁し、安倍晋三首相や菅義偉官房長官も「予定通りの実施」を強調する。

日本オリンピック委員会(JOC)理事の山口香氏が朝日新聞の取材に対し「コロナウイルスとの戦いは戦争に例えられているが、日本は負けると分かっていても反対できない空気がある。JOCもアスリートも『延期の方が良いのでは』と言えない空気があるのではないか」などと延期をするべきと答えているが、それに対しても、JOCの山下泰裕会長は「いろいろな意見があるのは当然だが、JOCの中の人が、そういう発言をするのは極めて残念」(朝日新聞)と不快感を示した。もはや五輪開催に異を唱えるのは〝非国民〟であるかのような空気。それを吉沢さんは「玉砕」という言葉で表現しているのだ。

吉沢さんは昨年暮れ、渋谷スクランブル交差点を見下ろすようにマイクを握り、道行く人々に語りかけていた。

「東北の福島県がこの東京の電力を支えているにもかかわらず、私たちは放射能差別の眼を向けられています。福島県の農産物が売れない。そういう差別は今なお根深く続いております。私たちは、東京オリンピックを心から喜べる状態ではありません。東京五輪を応援する気分にはなりません。オリンピックなんか勝手にやってください。オリンピックなんか東京の、大都会のエゴの極限の姿ではないだろうか。私たちには関係ない!」

怒鳴るように語る吉沢さんの向こう側では、ファッションビル「渋谷109」のきらびやかなネオンが光っていた。その電気を支えているのは誰かなど、道行く人々は考えまい。

「原発が生み出した電気を使って来た皆の連帯責任だろ!原発が生み出した電力で便利な暮らしを送ってきたんじゃないか!この豊かな大都会は、福島県の電力供給によって今も成り立っているという事を忘れないでいただきたい!」

〝復興五輪〟などと言葉ばかりが躍っているが、その陰で今なお原発事故被害が続いている事を忘れて欲しくないのだ。だから、吉沢さんは渋谷で双葉駅前で声をあげるのだ。

汚染も被曝リスクも、そして新型ウイルスまでも覆い隠すように26日から聖火リレーが始まる。内堀知事は常日頃「光と影の両方を発信したい」と口にしているが、聖火リレーでは福島の「光」ばかりが国内外に伝えられる。聖火は通常、車で次の市町村まで運ばれるが、双葉駅まではランタンの炎をJR常磐線の車両を貸し切って運び、聖火ランナーの持つトーチに点灯される。

そんな「演出」までする聖火リレーが、本当に「福島の光と影」を伝えられるのだろうか。これが、吉沢さんの言う「玉砕」や「皆でお陀仏」の序章で無い事を願うばかりだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

『NO NUKES voice』Vol.23
紙の爆弾2020年4月号増刊
2020年3月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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総力特集 〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故
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[グラビア]福島原発被災地・沈黙の重さ(飛田晋秀さん

[インタビュー]菅 直人さん(元内閣総理大臣)
東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと

[インタビュー]飛田晋秀さん(福島県三春町在住写真家)
汚染されているから帰れない それが「福島の現実」

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
元東電「炉心屋」木村俊雄さんが語る〈福島ドライアウト〉の真相

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
車両整備士、猪狩忠昭さんの突然死から見えてくる
原発収束作業現場の〈尊厳なき過酷労働〉

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈7〉
事故発生から九年を迎える今の、事故原発と避難者の状況

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
奪われ、裏切られ、切り捨てられてきた原発事故被害者の九年間

[対談]四方田犬彦さん(比較文学者・映画史家)×板坂 剛さん(作家・舞踊家)
大衆のための反原発 ──
失われたカウンター・カルチャーをもとめて

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとは何か〈18〉
明らかになる福島リスコミの実態と功罪

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
「特定重大事故等対処施設」とは何か

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
停滞する運動を超えて行く方向は何処に

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈7〉記憶と忘却の功罪(後編)   

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
5G=第5世代の放射線被曝の脅威

[報告]渡辺寿子さん(核開発に反対する会/たんぽぽ舎ボランティア)
「日本核武装」計画 米中対立の水面下で進む〈危険な話〉

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
原発廃絶に「自然エネ発電」は必要か──吉原毅氏(原自連会長)に反論する  

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
老朽原発を止めよう! 関西電力の原発と東海第二原発・他
「特重」のない原発を即時止めよう! 止めさせよう!

《関電包囲》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
「5・17老朽原発うごかすな!大集会inおおさか」に総結集し、
老朽原発廃炉を勝ち取り、原発のない、人の命と尊厳が大切にされる社会を実現しよう!

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
1・24院内ヒアリング集会が示す原子力規制委員会の再稼働推進
女川審査は回答拒否、特重は矛盾だらけ、新検査制度で定期点検期間短縮?

《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎・再稼働阻止全国ネットワーク)
原発の現局面と私たちの課題・方向

《北海道・泊原発》佐藤英行さん(岩内原発問題研究会)
北海道電力泊原子力発電所はトラブル続き

《東北電力・女川原発》笹氣詳子さん(みやぎ脱原発・風の会)
復興に原発はいらない、真の豊かさを求めて
被災した女川原発の再稼働を許さない、宮城の動き

《東電・柏崎刈羽原発》矢部忠夫さん(柏崎刈羽原発反対地元三団体共同代表)
柏崎刈羽原発再稼働は阻止できる

《関電・高浜原発》青山晴江さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関西のリレーデモに参加して

《四国電力・伊方原発》名出真一さん(伊方から原発をなくす会)
三月二〇日伊方町伊方原発動かすな!現地集会 
レッドウイングパークからデモ行進。その後を行います。圧倒的結集をお願いいたします。

《九州電力・川内原発》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟事務局次長/杉並区議会議員)
原発マネー不正追及、三月~五月川内原発・八月~一〇月高浜原発が停止
二〇二〇年は原発停止→老朽原発廃炉に向かう契機に!

《北陸電力・志賀原発》藤岡彰弘さん(命のネットワーク)
混迷続く「廃炉への道」 志賀原発を巡る近況報告

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『オリンピックの終わりの始まり』(谷口源太郎・コモンズ)

◎紙媒体版   https://www.amazon.co.jp/dp/B085RRT815/ 
◎電子書籍版 https://www.amazon.co.jp/dp/B07RX7H5XQ/

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