3月4日の福島地裁。「脱被ばく子ども裁判」の証人尋問に臨んだ福島県放射線健康リスク管理アドバイザー・山下俊一氏(長崎大学学長特別補佐、福島県立医科大学副学長)の発言は、9年前の自身の講演での発言を正当化し、一部誤りを渋々ながら認めて〝謝罪〟し、改めて原告や支援者たちの怒りを買った。
「言葉足らず舌足らずが誤解を招いたのであれば本当に申し訳ない」などの発言は5日付の「民の声新聞」(リンク)で既に報じたが、そこでは書き切れなかった山下証言を紹介したい。
福島地裁での証人尋問を行った山下俊一氏。言い訳と、今さらながらの形ばかりの〝お詫び〟に傍聴席からは怒りの声があがった
「放射線は人体にとって本質的には有害です。ただし、放射線を利用する事による便益が非常に大きいために、常にこの分野ではリスクとベネフィットを防護の観点から考えてきました」
山下氏の言う「便益」の1つが発電だ。「福島県放射線健康リスク管理アドバイザーへの就任要請は覚悟して引き受けた」と語った山下氏だが、その「覚悟」とは子や孫の被曝を心配する人々に一見、寄り添いつつ、一方で放射線利用の道を閉ざさないという重大な任務に対する覚悟では無かっただろうか。山下氏の法廷での発言を改めて振り返ると、二面性が浮き彫りになってくる。
例えば2011年3月21日に福島市で行われた講演会。「このまま福島に居て良いのか。実家とか県外に行った方が良いのか」という質問に対して「心配があれば、より遠くに避難した方が良いと思う」と答えている。福島県の代理人弁護士による主尋問で「被曝から守られるべき対象者は子ども、妊産婦です。そういう意味で話しをしました」と振り返ったが、しかし一方で、同年5月3日に二本松市で講演会を開いたが「この時点で既に緊急時は脱したと考えていた」という。
5月20日、「放射線を正しく理解してもらい、風評被害をなくす」事を目的に都内で開かれた「東日本大震災復興支援第1回シンポジウム」(長崎・ヒバクシャ医療国際協力会主催)。ここで山下氏は「チェルノブイリ原発事故の教訓から福島原発事故の健康影響を考える」と題して講演。次のように発言していた。
「現場に入り、そしてこの人たちに安心、安全をいかに説くかということ、安全ということはありません。しかし、安心をいかにしてパニックを抑えるかということが当初の目的でありました」
「福島県内での講演では出来るだけ不安に寄り添う、不安を増長させないという事を意識しました」と言いながら「この地域では誰も年100mSvを超える事は無いと確信していました」。山下氏の〝登場〟が福島の人々を「安心」させるためだったとすれば、「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます。これは明確な動物実験で分かっています」という噴飯ものの発言をしたのもうなずける。
主尋問の最後に「私自身の発言の中で当時、科学的根拠や妥当性を欠いたものがあったとは思いません」と言い切ったが、県民の不安を「大げさ」と捉えず、少しでも被曝リスクから遠ざかる方法を伝えるべきではなかったか。あの講演のどこが県民に寄り添っていて、妥当性のあるものだったのか。
原告代理人の井戸謙一弁護士が当時の「山下講演」や書籍での表現の矛盾点を鋭く指摘した場面を再現してみよう。
井戸「これは『正しく怖がる放射能の話』という書籍(長崎文献社)ですが、証人が監修されており、内容については責任を持つという事でよろしいですか?」
山下「はい」
井戸「61ページの一番下。『1年間で100mSvになるような場合にはどうなるかというと、その都度出来たDNAの傷は元通りに直されていきますので合計で100mSvになったとしても修復出来ない傷は全く残りません』と書いてありますね?」
山下「はい」
井戸「『全く残らない』という事は癌になる恐れは全く無いと理解して良いですか?」
山下「積算線量1mSvの場合はそうです。1を100回という意味です」
井戸「先ほど証人は、『100mSv以下の場合は発癌リスクは良く分かっていない』と答えたのではないですか?」
山下「疫学的には証明されていないという意味です」
井戸「他の方法では証明されているのですか?」
山下「傷を見る角度によって変わる事はあります」
井戸「傷が全て100%修復されるのであれば、癌に発展する可能性は無いですよね?」
山下「はい」
井戸「したがって、先ほど証人が『証明されていない』と証言した事と書籍の記載内容は矛盾するのではないですか?」
山下「厳格に言えば、そういう矛盾点はあるかと思います」
後に〝ミスター100mSv〟と呼ばれるようになった山下氏は、福島県内での講演でも「100mSv」を盛んに口にしていた。
井戸「1年間に100mSvでは癌のリスクは無いという趣旨の事を言っていますが、これは毎年100mSvの被曝を10年20年続けた場合でも癌のリスクは無いという趣旨でしょうか?」
山下「いえ、そういう意味ではありません」
井戸「すると、たまたま1年間だけそういう年があっても、という趣旨ですか?」
山下「最高1年間で100mSvという意味でしか使っていません」
井戸「したがって、その前後は被曝をしないという前提での話ですか?」
山下「基本的にはそういう風に理解しています」
井戸「あなたは福島県の人たちに話をする時にそういう説明をしないで『1年間に100mSv以下であれば健康リスクは無い』と説明したのではないですか?」
山下「はい。1年目はそうです」
井戸「そうすると聴いた側は、これは毎年100mSvずつ被曝していっても安心して良いんだ、と受け止めたのではないですか?」
山下「分かりません」
井戸「そういう可能性は十分にありますね?」
山下「はい」
全国から多くの人が駆け付けた「子ども脱被ばく裁判」の口頭弁論。山下氏の発言に大きな注目が集まった
疑問だらけの「山下証言」。講演内容の訂正問題もその1つだ。山下氏は2011年3月21日に福島市の「福島テルサ」で講演しているが、その時の「100μSv/hを超さなければ全く健康に影響を及ぼしません」という発言を「10μSv/hを~」と訂正している。
井戸弁護士は、これは意図的に言い間違えたのではないかと追及した。山下氏は「1カ月後に外部から指摘されて気付いた。私はこういう言い方をしたと気付かなかった」と答えた。しかし、福島県のホームページでは講演の翌日3月22日付で訂正文を掲載している。このズレは何を意味するのか。
当時、福島市は10μSvを超えるような空間線量だった。他にも避難指示は出されていないが10μSv/hを上回るような地点は多かった。井戸弁護士は「避難指示が出ていない地域の人たちを避難させないために、安心させるために敢えて100μSv/hと言ったのではないですか?」と質したが、山下氏は「全く見当違いだ」ときっぱりと否定した。
山下氏は2011年4月1日、飯舘村で職員を相手に話している。出席した職員から「38μSv/hあるが大丈夫か」と質問され、「マイクロシーベルトのレベルであれば全く問題無い。10μSv/hまで下がればより安心である」と答えた。これだけの高線量でも「当時、避難の話はしていないと思う」と山下氏。その後、飯舘村は全村避難となるが「SPEEDI情報から、風向きによって飯舘村に放射能プルームが入ったのは知っていた。避難指示が出される可能性はあると思っていた」にも関わらず「私が関与する立場に無かった」として避難を勧めていない。
住民対象の講演会では、時に「心配があれば、より遠くに避難した方が良いと思う」と言いながら、一方で村職員の質問には避難を勧めない。これを二枚舌と言わずして何と言おうか。(つづく)
◎[関連記事]鈴木博喜-《NO NUKES VOICE》山下俊一=福島県放射線健康リスク管理アドバイザー証人尋問 9年前の〝安全安心講演〟の矛盾とウソが明らかに 〈前編〉 〈後編〉
▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。
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