◆コロナ自粛で明らかになった経済の本質とは、「消費」である

新型コロナウイルス対策としての「自粛」によって、現代経済の本質が誰の目にも明らかになったはずである。

経済の本質は「労働」でも「生産」でもない。われわれ消費者の「消費」なのである

その本質は「労働」でも「生産」でもない。あるいは「商品」や「サービス」でもなく、われわれ消費者の「消費」なのである。

店を開けなければ、おカネはまわらない。おカネを使わなければ、社会がまわらないのだ。商品生産も在庫も、労働力も流通も以前と変わりはないのに、おカネがまわらない(消費がない)から食べていけない。そして小規模事業者は資金繰りに行き詰まる。経済とはそもそも、おカネがまわることなのである。

じつに単純な原理だが、その原理をないがしろにしてきた結果、不況でも食べられる(貯蓄がある)人々と食えない(貯蓄がない)人々を、われわれの社会はつくってしまっていた。はなはだしい「富の偏在」である。

政治家たちは、需給バランス(生産と消費)やプライマリーバランス(税収と財政)を信奉する古典主義経済学(旧大蔵省官僚)の経済規律に縛られたまま、富の配分(賃金)を怠ってきたのだ。ピケティが言うとおり、富を独占した者たちは、けっしてそれを明け渡そうとはしない。

◆造幣局はおカネを刷れ!

だが、解決策がないわけではない。ことさらMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)に拠らずとも、事業者(資本家)が借金を返す意志と事業計画さえあれば、銀行は金を貸し続ける。それを国家レベルに行なうのが「赤字国債」であり、カネを行きわたらせる金融緩和・財政出動(リフレーション)である。

企業が事業資金を融資されることを「赤字融資」などとは呼ばないであろう。決算も赤字にすることで、わが国の大手企業は法人税をまぬがれてきた。財務省が言う「国の借金」をひたすらまじめに返済しているのは、われわれ納税者なのである。マクロ経済政策(金融政策や財政政策)を通じて、有効需要を創出するケインズの思想を呼び起こせ。

ちょうどニュースが入った。財務省は5月8日に、国債と借入金、政府短期証券を合計した国の借金が2019年度末時点で1,114兆5,400億円となり、過去最大を更新したと発表した。2020年4月1日時点の総人口1億2,596万人(総務省推計)で割ると、国民1人当たり約885万円の借金を抱えている計算になるという(共同通信)。

べつに何の問題もない。物資不足・食料不足にならないかぎり、ハイパーインフレは来ないのである。もう20年以上もこの議論はやってきたではないか。戦間期ドイツも敗戦後の日本も、物資不足からハイパーインフレを体験したのである。それがまた、好況への起爆剤になったもの史実である。

わが国の資本家と安倍政権は、日本型経営(終身雇用)を解体するいっぽう、その補完物としての労働市場の自由化(非正規)を拡大し、消費経済は逼塞してきた。買い手におカネを配らないで、商品(およびサービス)が売れるはずはない。

そもそも大量生産は大量消費によって支えられる経済構造であるのに、片方を潰してしまったのが80年代以降の新自由主義なのである。日本型経営がじつはフォーディズム(労働者に余暇と賃金を与え、クルマと生活を保証する)であり、労使が共同体として経済成長を達成してきた原理であることを、80年代後期のバブル崩壊によって破壊してしまったのだ。

◆生産者を食べせる賃金が、資本を回転させる

にもかかわらず、安倍政権は「働き方改革」として「同一労働同一賃金」をスローガンに掲げた。この心地よいスローガンを取り入れる安倍総理のパフォーマンスを、われわれは社会主義的な労働証書制として解釈しようではないか。

1991年にソビエト連邦が崩壊し、中国も市場経済(資本主義)の道をきわめた今日、資本主義の政治的代理人が労働証書制を口にしたのである。財界・労働界・諸政党も、そして国民もこれに異論はないという。

共産主義の第一段階(社会主義)における労働証書制とは、工場委員会やコミューン(地区ソビエト)が、この労働者は何時間労働したという証明書を発行し、労働者はその範囲内で自分が必要とする生産物を、労働協同組合の倉庫から取り出すというものである。

資本主義における賃金が労働力の価値(価格)であるのに対し、労働証書は労働そのもの時間数(量)である。資本主義の労働力の価値(価格)とは、労働者が生きて明日も労働者として働ける今日の労働力の再生産費であって、実際に行なった労働の量とは異なる。この差が「剰余労働」であり、資本家が労働者から搾取している。と、マルクス主義経済学は説明する。この搾取をなくせ、というのがマルクスの主張である。

ようするに、資本+労働-賃金=剰余労働(価格)をなくしてしまえば、そこに労働量(労働証書)が残る。それは同一の労働に対して、同一の賃金で報いるということだ。

それでは、安倍政権の提唱する「共産主義の第一段階(社会主義)」は、どうすれば実現できるのだろうか。大目標(共産主義的にいえば最大限綱領)ではなく、最小限綱領(実現可能な政策)として、可能性はあるのだろうか?

方法はそれほど難しくない。国民(成人)ひとりあたり20万円のベーシックインカムを実施し、年間40兆円といわれる企業の内部留保を財源に充てればよいのだ。それができない企業は潰して(国有化して)しまえ。

問題は「同一労働同一賃金」を時間で測るのか、それとも労働の質を「同一労働」とするのかであろう。いますぐに、政府は「自粛後」の生活資金を支給せよ。配るカネがない? いや、刷ればいいのだ。


◎[参考動画]【財源の話】れいわ新選組代表 山本太郎(2019年国会質問&スピーチ集より)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

◆コロナ対策はゆっくり、コロナファシズムは急展開

「自粛自粛はお金が足らぬ」大日本自粛連盟(5月5日高円寺)

コロナ感染拡大防止のため、政府は4月7日から非常事態宣言を出し、5月4日には5月31日までの延長を決めた。
 
新型コロナウイルスに関する情報が膨大に流れ始めた2月中旬、社会の流れる見るポイントを、筆者は3つ決めた。

(1)医学的科学的な対処法
(2)外出自粛などによる経済恐慌と生活破壊
(3)パンデミックによる全体主義への兆候

どれも大切でそれぞれが複雑に連動しているのは言うまでもない。そして、それぞれの項目に問題が続出している。

医学的な見地では、PCR検査をめぐって様々な情報や意見が飛び交い、非常事態宣言や外出自粛要請の根拠となる専門家委員会のシミュレーションに重大な疑問が沸き上がっている。

経済と生活の問題では、自粛強制による休業で経済破綻する人が続出している。政府は休業要請する一方で、かたくなに補償を拒んでいる。そのため、経済苦境に陥る人が激増している。

もっとも懸念されるのは、度を越した同調圧力でファシズム的雰囲気がパンデミックのように広がっていることである。

そのような風潮の中で、政府の要請(命令)に従うことを絶対視し、自分の小さな正義感を満足させるために「自粛警察」「自粛ポリス」などという人たちが現れ、従わない人々を「罰する」ようになった。

一般人ならともかく、政治家にも「自粛警察」はいる。筆頭は、休業要請に従わないパチンコ店を公表して大衆の攻撃の的に誘導した吉村洋文・大阪府知事。ナンバー2は、同じことをした小池百合子・東京都知事である。

休業を要請するだけで補償をしない政府に批判の矛先を向けるべきだろう。ところが、もっと厳しく規制しろ! 私権を制限しろ! 緊急事態宣言を早く出せ! とテレビと一般庶民が下から突き上げてきたのが現状である。

このようなファシズム的な空気の中で、ストレートに政府に批判を向ける人々がいる。それが、「要請するなら補償しろ」とスローガンをかかげて街頭デモを行なっている人たちだ。

「要請するならもっともっと毎月補償しろ!」(5月5日高円寺)

◆補償がなければ外出して働くしかない

4月中旬、生活苦に陥った人たちが「要請するなら補償しろ」と東京渋谷駅周辺でデモを開催したニュースをインターネット上で知った。

デモの第一弾は、4月12日。渋谷ハチ公前広場に集まり、安倍晋三首相の私邸がある富ヶ谷、麻生太郎蔵相の私邸がある神山町などの高級住宅街を練り歩いた。

デモ第二弾が4月26日にも同じ渋谷であると聞き、取材に行ってみた。呼び掛けたのは、休業でキャバクラでの仕事を4月上旬に失ったヒミコさんだ。

「私自身も生活苦のなかで精神的にとても苦しいです。もともとアルバイトで月収が10万円を切ることもあり苦しかったです。今度のコロナでその仕事も失いました。マスク2枚じゃ食えねえぞと思っている人はいっぱいいます。安倍さんや麻生さんに、月10万円で暮らせるか聞いてみたい」

デモを呼び掛けたヒミコさん。彼女は4月上旬に職を失った(5月5日高円寺)

ちょうど、すべての住民一人当たり10万円を給付するとの決定が発表されて間もない時期だった。その決定から約1カ月経過した今も、ほとんどの人は給付されていない。

デモをやり始めると、外出要請を破ってデモのために人が集まることに対し、コロナテロリスト! 乞食! などとインターネット上で罵声を浴びせる「コロナ警察」「自粛警察」も多かったが、賛同する声も多かった。

ヒミコさんは「非難があるけれど、デモやるべきだと思った」と言っている。2回のデモは、一般庶民を苦しめる側の安倍首相や麻生財務大臣らが住む地区で実施したが、今度は、デモに参加する人に、より近い存在の杉並区高円寺を選んだ。

デモを監視しメモする警察(5月5日高円寺)

◆「絶対に生き続けてしゃべり続けたい!」

5月5日夕方、中央線高円寺北口駅前広場に110人ほどが集まった。安定した給料と補償がある公安警察も多数「参加」し、こまごまとメモをとっていた。

いろいろな人がマイクを手に取り、思いを語った。

参加した男子学生は言った。

「夜に飲食をするなというのは、水商売とかそういう仕事をしている人への差別を感じる。そうじゃなくて休ませるなら補償しろと訴えたい」

自ら右派系と称する男性も広場に駆け付けた。

「私は、弱い人にやさしい『美しい国を取り戻そう』と主張するためにここにやってきました」

「弱者と困窮者に優しい『美しい国』日本を取り戻せ」(5月5日高円寺)

「要請は補償とセット」(5月5日高円寺)

前日に、デモが東京であることを知って京都からやってきた20代に見える女性は、こう話した。

「政府のひとたちは、私みたいな人間が一人でも死んでくれればいいと思っている。今まで税金を払ってきたけれど、今のような事態のときにこそ、その税金が私たちの家賃や給料になるべきじゃないですか!? ここで警察が監視してますが、私たちが納めた税金が警察ども給料になっている。みんな大変だと思うけど、絶対に生き続けしゃべり続けたい! いまの政府の奴らを許さない!」

まったくそのとおりで、たかだが110人のデモに制服警官や相当数の公安警察を導入しているのは、どうみても税金の無駄遣いであり、その分をコロナ被害者の補償につかうべきだ。

◆諮問委員会のメンバーを見ると補償は絶望的?

だが、休業だけ要請し、従わない(あるいは従えない)人々を追い詰める政府による虐待行為は、これからも続く可能性がある。

その兆候は、コロナウイルス対策のために政府が設置した「基本的対処方針等諮問委員会」に、緊縮財政派の専門家を新たに加えたことに現れている。

諮問委員会に4人の経済専門家を加えたのだが、そのひとり小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹について、京都大学レジリエンス研究ユニット長の藤井聡教授が次のようにツイートしている。

〈「経済」専門家会議に入った小林慶一郎教授。この方は、「財政再建が経済成長率を高める」と完璧な嘘話をさも正しきモノのように大学教授の名を借りて語る人物。政府がこの人物を選んだ時点で「補償も給付もやらねぇよ!」と断定した事になります(5月13日付ツイート)〉

検察庁法の改正で、政権に都合のいい人物の定年延長を図ることは、非常に迅速に進め、経済危機にあえぐ人々にへの補償は、極端に遅い。

とくに、かたくななまでに補償しない政府の方針は、世界各国と比較して病的ともいえる。となれば、声を上げ続けることと、政権を倒す以外に道はない。

「永年の低賃金でコロナの前から非正規労働者は生活困窮しているんだ!!」(5月5日高円寺)

▼林 克明(はやし・まさあき)

ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

黒川弘務東京高検検事長の定年を半年延長した閣議決定や、内閣の裁量で検事総長らの定年延長を可能にする検察庁法の改正案をめぐり、安倍政権が検察に不当な介入をしようとしているとの批判が巻き起こっている。そんな中、検察の大物OBたちが法務省に対し、検察庁法改正に反対する意見書を提出し、喝さいを浴びている。

実際には、意見書は、高齢の検察OBが過去の栄光をひけらかすなどしている稚拙な内容で、検察OBらしい独善的な主張も見受けられる。しかし、高まる政権不信の反動により、これが素晴らしい内容に思える人も少なくないらしい。それは大変危ういことなので、この意見書の問題をここで指摘しておきたい。

◆有罪が確定していない田中角栄氏の逮捕を自画自賛

法務省に乗り込む場面をマスコミに撮影させた清水氏(左)と松尾氏(朝日新聞デジタル5月15日配信)

意見書に名を連ねた検察OBは、検事総長経験者の松尾邦弘氏ら14人で、取りまとめたのは元最高検検事の清水勇男氏だ。その全文は、朝日新聞デジタルに掲載されているが、大きな問題は2つある。

1つ目の問題は、あのロッキード事件で検察が田中角栄氏ら政財界の大物を逮捕したことを自画自賛するようなことが書かれていることだ。

清水氏は、検察がいかに素晴らしい組織かということを主張するに際し、自分自身が捜査に関わったこの事件の話を持ち出したようだが、実際には、逮捕された田中氏は裁判で一、二審共に有罪とされたものの、最高裁に上告中に死去しており、有罪は確定していない。つまり、本来は「無罪推定の原則」により有罪扱いされてはいけない立場だ。

清水氏は現在、弁護士をしているようだが、自分の過去の仕事を得意げに語る中、ここまでわかりやすく「無罪推定の原則」を踏みにじっていたのでは、弁護士をしていることにも相当問題があると言わざるを得ない。

◆検察OBは自分たちこそ財界とズブズブ

2つ目の問題は、検察が「政財界の不正事犯」も捜査対象としていることを根拠に、「検察が時の政権に圧力を受けるようなことがあってはいけない」という趣旨の主張を繰り広げていることだ。

この主張については、まさしく検察官特有の独善的な主張だというほかない。なぜなら、この意見書に名を連ねた検察OB自身が財界とズブズブの関係にあるからだ。

まず、意見書を取りまとめた清水氏自身が退官後、公証人を務めたのちに東証一部上場企業の東計電算に監査役として天下っている。また、清水氏と共に法務省に足を運び、意見書を提出した前出の松尾氏は、検事総長経験者だけに天下り先はさらに豪華だ。あのトヨタ自動車をはじめ、旭硝子、ブラザー工業、テレビ東京ホールディングス、損害保険ジャパン、三井物産、セブン銀行、小松製作所の各社に監査役として天下ったほか、日本取引所グループに取締役として迎えられている。

これほど財界にどっぷり浸った2人が、「政財界の不正事犯」も捜査対象にしている検察の独立性の重要さを訴えるというのは、国民をバカにしすぎではないだろうか。

安倍政権は元々、「モリカケ」や「桜を見る会」など様々な疑惑が取り沙汰された中、コロナ対策も不評を買い、さらに検察の人事に関しても不可解な動きをしているので、国民の政権不信が高まるのは当然だ。しかし、その反動により、これまで数々の冤罪を生んできた検察のOBたちが、自分たちの権勢をアピールするかのようなおかしな動きをしていることまでヒーロー扱いされる現在の社会の空気は相当危うい。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

これほど法案反対が国民的な運動になったのは、いつ以来だろうか。いうまでもなく、検察定年延期法案(検察庁法改正)に対する批判である。

ネット上では法案反対の声が1000万ツイートにもおよび、安倍政権への国民の怒りを象徴している。小泉今日子や東ちづるなど、国民的人気の芸能人が反対を訴えることで、コロナ不作為とはまた別の意味で、安倍政権の致命傷となりそうな気配だ。政府は強行採決も辞さない構えだが、そのことが「消えた年金」以来の自民党凋落の予兆となることを、ここに指摘しておこう。

とくに安倍政権にというよりも、官房長・事務次官時代をつうじて、政権一般に協調的・親和的といわれる黒川弘務検事長の定年延長(閣議決定)を、安倍総理はさりげなくやったつもりだった。森友・加計・桜を見る会という具合に、総理自身の利益供与、公職選挙法違反という刑事訴追の可能性も浮上してくる中、おそらく軽い気持ちでやったのではないか。じっさい、市民運動家や弁護士による安倍総理刑事告発が、複数回にわたって官邸を悩ませてきた。


◎[参考動画]東京高検のトップに黒川弘務氏が就任 抱負語る(ANNnewsCH 2019年1月21日)

◆あまりにも卑怯

しかしそれは、卑怯な戦術として国民の目に映った。国民の目には、官邸が訴追を怖れるあまり、三権分立を侵す検察官の人事権を掌握する挙に出たと映ったのは、あまりにも当然のことだった。

黒川検事の定年延長をきめた閣議が法的担保のない、行政行為(法解釈の変更)であるのとは違って、停年延長法は検察に対する官邸の優位を決定づける。もはや形式的な任命権。すなわち検察官を内閣の指名により天皇が任命するという、法手続きの域を超えてしまうがゆえだ。まさに訴追権を時の政権が掌握するという、ナチス政権ばりの独裁法(全権委任法)である。

それゆえに、松尾邦弘元検事総長は「内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更」することが「フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『朕は国家である』という中世の亡霊のような言葉を彷彿とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない」とまで安倍政権を批判しているのだ。

まさに「今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる」(検察定年延長 OB有志意見書)。まさに正鵠をえた批判であろう。定年延長という人事権をもって、政権が検察を支配しようとしているのだ。


◎[参考動画]検察OBが定年延長可能にする検察庁法改正に反対し記者会見(朝日新聞社 2020年5月15日)

◆安倍総理の検察支配は目論見通りにはいかない

検察庁法22条には「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定められている。

国家公務員法第81条の3は「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」は最大3年の勤務延長を認めている。

そして国家公務員法の定年制度には「法律に別段の定めのある場合」は除かれるという規定がある。したがって検察庁法に、この「別段の定め」があるのだから、今回の黒川検事長の定年延長には、そもそも違法の疑いがあった。

国家公務員の定年制度導入を論議した1981年の衆議院内閣委員会においても、政府は「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております」と、国家公務員法での定年制度に検察官は含まれないと明言しているのだ。

こうした違法の疑いを、停年延長法で乗り切ろうとしたところに、安倍総理の浅はかさが露呈した。

自分の保身のため(桜を見る会における公職選挙法違反)に、あるいはスキャンダルにも等しいお友だち利権(森友・加計)のためにする閣議とそれを担保する法案に、だれが賛意をしめすというのだろうか。

安倍総理のもうひとつの弱点として、いったん言い出したことは曲げない。絶対に誤りは認めない、謝罪をしないというものがある。謝れば負けを認めたことになると、彼の狭隘な政治感性がそうさせるのだ。それゆえに人事権を官邸ににぎられた官僚は政権に「忖度」し、政権も国民的な常識からかけ離れた言動を繰り返してきた。

新型コロナウイルス防疫の遅れや不作為もあり、いまや安倍政権は第一次政権時のような衰亡に晒されている。であるがゆえに、安倍総理が辞任するとともに、刑事訴追されるのではないかという観測が高まっているのだ。すでに河井克行元法務大臣、河井案里参院議員にたいする公選法違反での立件も現実性をおびてきた。そう遠くない時期に、そして自民凋落という情勢の中で、総理が逮捕されるという事態があるかもしれない。すくなくとも安倍総理においては、その危機感故に、「指揮権発動」にもひとしい検察人事に手を染めたのだから。


◎[参考動画]【アベの大嘘】黒川の定年延長は法務省が言い出した事。我々はそれを承認しただけ【隠蔽】(FckAbe 2020年5月16日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

場が増えたという意味では一歩前進、しかしPCR検査の〝ハードル〟は高いまま。残念ながら、PCR検査数が一気に増えるという事にはならないようだ。

福島市は19日から、福島県内で初めてドライブスルー方式のPCR検査を導入。14日午前に福島市保健所の駐車場でメディア向けデモンストレーションが行われた。

19日からはマイカーに乗ったままPCR検査を受けられる

福島市は既に今月1日から市内の医療機関にプレハブのPCR専門外来を設置しているが、新たに設置されるPCR専門外来はドライブスルー方式。車に乗ったまま検体が採取される。いずれも設置される病院名は公表されない。マイカーで検査に訪れるのが難しい市民には、屋内型のPCR専門外来を案内される。

これまでは症状の有無などにかかわらず医療機関(帰国者・接触者外来)で検査が実施されていたため、通常診療の合い間を縫って検査をし、1人の検査が終わるとレントゲン室の消毒などが必要になるなど医療機関の負担が大きかったという。今後は、一般クリニックや「帰国者・接触者相談センター」で「感染リスクは高いが軽症」、「早急な治療を必要としない」などと判断された人は2カ所のPCR検査専用外来(一次外来)を案内されるため、ドライブスルー方式では「1人約20分ほどで終了。1日に20検体の採取が可能になる。医師や看護師が慣れて来れば、もう少し速くなるだろう」(中川昭生保健所長)。

公開されたデモンストレーションは、検査が必要と判断された市民がマイカーでPCR検査専用外来を訪れた場面から開始。指定された場所に車が止まると、まず事前に記入された問診票と体調面で変化が無いか看護師が確認する。さらに非接触式の体温計を額に近づけて検温。続いてパルスオキシメータを指先にはさみ、血中酸素飽和度も測る。この際、なるべく対面しないよう留意するという。

看護師から報告を受けた医師が最終的な説明を行い、「スワブ」と呼ばれる長い綿棒を鼻腔の奥に挿入して検体を採取する。鼻の奥まで達したら数秒待ち、ゆっくり回転させながら引き抜く事で検体が得られる。保健所によると、喉より鼻の方が検体を得やすいという。検査結果は後日、文書で伝えられる。医師や看護師は手袋を廃棄し、手や指を消毒した後に新しい手袋を装着する。

ただ、場が増えてもPCR検査の〝ハードル〟が低くなるわけでは無い。福島市保健所総務課の担当者は「希望する市民が全て検査を受けられるようになるわけではありません。そこまで間口を広げてしまったら希望者が殺到してしまうので、やはり医師や保健所が検査の必要性を判断するという流れは今後も変わりません」と説明した。

勝山邦子副所長も「採取する検体数を増やすためです。今まで『帰国者・接触者外来』で午後の時間を使って2人とか枠が少なかったんです。福島市ではそれでも、東京都のように何日も検査を待つような事態にはなっていませんが今後、検査を必要とする人が増えたらギリギリなんです。このPCR検査専用外来が機能すれば、1日で20人くらいの検体を採取出来るようになります」と意義を説明した。

しかし、一方で「検査の〝間口〟が広がるわけではありません」とも。これまで、市内の保育園や大学学生寮で感染者が見つかっても「症状が無く濃厚接触者には該当しない」などの理由で他の園児や学生のPCR検査を積極的には行ってこなかった。その姿勢は変わらないという。「必要だと判断すればPCR検査を行います。検査を希望する市民がいて、じゃあドライブスルーに来てください、とはなりません」。

中川所長も「希望者がPCR検査を受けられるようになるのは…。そういう可能性は出て来るとは思いますが…。あとは採取した検体を調べる側のキャパの問題もありますしね」と話した。現在、福島市保健所では最大で16人分の検体を調べる事が出来る。それを超える場合には民間の検査機関に委託するため、検体数が増える事そのものには特に問題は無いという。

検査の場が増えるのは大いに賛成だが、PCR検査の〝ハードル〟は高いまま。福島市保健所の姿勢には疑問も残る

福島市内では、保育園に通う男児の感染が判明(感染源は同居する父親と思われる)したが、市保健所は保育園の他の園児や保育士などは「濃厚接触者に該当しない」としてPCR検査を実施せず、2週間の健康観察にとどめた。判断の決め手となったのは男児が無症状である事だった。感染が分かった父親(症状あり)の濃厚接触者としてPCR検査を行ったら陽性だった、しかし症状が全く無いので感染させるリスクは低い─そういう判断だった。市保健所にはわが子を通わせる保護者からPCR検査を希望する声も寄せられたが、実施しなかった。結果として、2週間経っても体調を崩した園児や保育士はいなかったという。

また、大学の学生寮に住む大学生の感染も確認されている。この大学生は市内の学習塾で講師のアルバイトをしているが、市保健所は塾側が消毒などの対策を講じている事、個人指導であるうえに生徒は壁を向いて座り講師と対面しないため飛沫を浴びるリスクが低い事などを理由に濃厚接触者には該当しないと判断。PCR検査を行わなかった。学生寮で暮らす大学生も、聴き取りをした結果3人のみ(入寮者は、帰省などで寮を離れている学生も含めて145人)を濃厚接触者に該当すると判断し、そのうち1人だけにPCR検査を実施した(結果は陰性)。PCR検査の〝ハードル〟は非常に高いのが現実だ。

「PCR検査をして陰性と判定されても2週間は健康観察をするので、その意味では検査をしてもしなくても変わらないんですよ」と話す保健所職員もいる。これまで健康観察中に体調が悪化した市民がいないため、一定の成果が出ているとも言える。
しかし、なぜそこまでPCR検査数を抑えようとするのか。いきなり希望する市民全てに検査を実施するのは難しいだろうが、感染が判明した人とかかわりのある人を濃厚接触の有無にかかわらず検査する事は出来るはずだ。せっかく場が出来ても、入り口の段階で抑制してしまうのなら、有効活用される事にならないのではないだろうか。

多くの地元記者が駆け付けたデモンストレーション=福島市保健所

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的とした緊急事態宣言の解除に向けて〝終息ムード〟が漂う中、PCR検査を積極的に行わない行政への不満も多い。福島県福島市も市内の保育園や大学学生寮で感染者が見つかりながら、他の園児や入寮生などのPCR検査は「症状が出ていない」として一部を除いて実施していない。なぜPCR検査を行わないのか。福島市保健所の勝山邦子副所長が取材に応じた。

◆なぜ濃厚接触者にあたらないとPCR検査をしないのか

PCR検査に消極的な福島市保健所。無症状だと非濃厚接触者として検査していない

「濃厚接触にあたらないので塾の名前は公表しません。消毒など対策も講じられているし、生徒さんの特定も出来ています。その代わり、感染が分かった大学生に教わっていた生徒さんの健康状況は念のために把握させていただきます。濃厚接触者がいないという意味では保育園のケースと同じです」

陽性判定を受けた大学生(福島市内で家族と同居)は、福島市内の塾で講師のアルバイトをしていた。この大学生と同じ塾で講師のアルバイトをしている友人(大学内の学生寮で生活)を濃厚接触者としてPCR検査を実施したところ陽性だった。しかし、福島市保健所は個人指導である点と対面指導では無い点に着目。2人から指導を受けていた生徒は濃厚接触者には該当しないと判断した。

「お子さんは壁に向かって座り、先生(大学生)は脇から指導する形です。確かに先生と生徒の間にアクリル板が立っているわけではありませんが、対面していないために飛沫を浴びる可能性は大きく下がります。新型コロナウイルスは空気感染するものでは無いですから、同じ部屋にいるからといって感染するものではありません。大事なのは『飛沫』と『接触』です。それらを総合的に判断して濃厚接触者とは判断しませんでした」

なぜ濃厚接触者にあたらないとPCR検査をしないのか。検査を実施し、陰性であればひとつの安心材料になるではないか。しかし、勝山副所長は「無症状であれば健康観察にとどめる」との姿勢を崩さない。

「ひとつは症状が出ていないという事。万が一、症状が出てくれば検査を実施する事もあるかなとは思います。中には無症状で陽性になる方もいますが、症状が無いという事は一般的にはウイルス量が多くないので陰性になる可能性が高いのです。その代わりと言っては何ですが、この大学生から指導を受けていた生徒さんには、念のための健康観察として発熱や咳、味覚障害、倦怠感が生じたら連絡をいただくようにお願いしています。濃厚接触者に準じる形で最終接触日から2週間です。2週間経っても体調に異変が現れない場合は、基本的には安心していただいて良いと思います」

◆「PCR検査は『総合的な判断』で実施しています」

福島市内では、保育園に通う男児の感染も明らかになっている。同居する父親の感染が判明したため濃厚接触者とされ、無症状だったが検査をしたら陽性だと分かった。しかし、他の園児や保育士などは「濃厚接触者には該当しない」として健康観察にとどめ、PCR検査は実施されなかった。木幡浩市長は園児の感染が判明した直後の記者会見で「(保育園は)感染の広がりが懸念される状況ではありません」などと断言。市議からは批判の声があがった。

保育園も学生寮も、結果として集団感染に発展しなければもちろん良い。しかし、今のやり方ではそれはあくまで結果論。まるで〝ギャンブル〟だ。なぜ接触機会の少ない人も含めて積極的にPCR検査を行わないのか。それが安心につながるのではないのか。

大学の学生寮には145人が入寮(帰省などで寮を一時的に離れている学生も含む)しているが、福島市保健所がPCR検査を実施したのは濃厚接触者と判断した3人のうち、症状のあった1人だけ(結果は陰性)。保育園は2週間の健康観察期間が終了。結果として当該園児以外に感染したと思われる子どもは(公式には)いないとして、勝山副所長は胸をなでおろした。だが、県民からは積極的なPCR検査の実施を望む声もある。検査を実施するだけの能力もあるが、勝山副所長は検査に消極的な理由を明言しない。

「無症状の場合は検査をしても……。医師である中川昭生所長の判断で検査をする場合もありますが、症状が無いとなると検査をしても陰性と判定される可能性がかなり高いのです。もちろん可能性であって絶対ではありません。状況によっては必要な場合があると思います。濃厚接触ですね。同じ学生寮で暮らしていても当該学生と全く接点の無い学生は検査をする必要は無いのかなと思います。濃厚接触者だからといって全部検査しているわけではありません。PCR検査は『総合的な判断』で実施しています」

感染が分かった大学生が暮らす学生寮には145人が入寮しているが、PCR検査を実施したのはわずかに1人だけ

とにかく「濃厚接触」。そして「症状の有無」。なぜその定義から抜け出す事が出来ないのか。なぜ検査数を抑えようとするのか。飛沫と接触さえ気を付けていれば、マスクと手洗いさえ入念にしていれば、県境をまたいだ往来をしても問題無い事になってしまう。しかし、勝山副所長も認めているように、どれだけ気を付けていても100%、絶対という事はあり得ない。それでも感染してしまう事は十分にあり得る。だから自粛が呼びかけられ、多くの人がそれに従っている。しかし、PCR検査の実施という話になると、様々な「要件」が顔を出して来てしまう。「ゼロでは無いから健康観察をし、症状が出たら検査をする」と勝山副所長。話を聴けば聴くほど、まるでPCR検査を実施しないための理由を探しているかのようだ。

「保護者の方々の気持ちは理解出来ます」と勝山副所長。しかし、現実にはPCR検査は積極的に実施されず、情報もほとんど明らかにされない。例えば、感染の分かった大学生は「公共交通機関」を利用して寮から学習塾まで通っていたが、それが電車なのかバスなのか。そこは伏せられている。

「言うまでもありませんが、感染した事は責められるべき事ではありません。私だって感染する可能性はあるのですから。でも、これまで会社名など具体的に公表する事によってとても大変な目に遭っているのも事実です。これまで市内の会社が従業員の感染を公表したケースがありましたが、感染した方と接触が無い方も含めて困るような場面もあったようです。ある事無い事を言われたり…。公表してみると困る事があるのも事実なのです」

であればなおさら、徹底してPCR検査をするべきだが、それもなされない。〝ギャンブル〟のような健康観察が続くばかりなのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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◆ポスト安倍をめぐるコロナ対応評価の明暗

「非常時」ともいわれるコロナウイルス防疫のなかで、政治家の資質と能力が試されている。そしてその評価も定まった感がある。

晴れの席での見栄えがよいばかりで、危機管理にからっきし弱いところを露呈した安倍総理。マスコミ露出とともに「都民の母」のごとき存在感をみせる小池百合子都知事。彗星のごとくメディアを席巻し、独自の緊急事態宣言で危機管理能力を発揮してみせた鈴木直道北海道知事。そして、緊急事態解除の「大阪モデル」を提唱し、橋下徹元府知事をして「次期首相候補」と言わしめた吉村洋文大阪府知事。国民的人気は安倍総理をしのぐ石破茂元防衛大臣。かつては赤い自民党員と呼ばれ、いまや総裁選本命の位置を確保しつつある河野太郎。あるいは大宏池会構想のもと、挙党体制で安倍総理からの禅譲が保証されたはずの岸田文雄政調会長。もうひとり、ナンバー2の存在をゆるさない安倍総理との距離を噂されつつも、現実的な次期総理を噂される「令和おじさん」こと菅義偉官房長官。若手では小泉進次郎環境相、女性では根強い人気をほこる野田聖子元総務大臣。れいわ新撰組の躍進だけではなく、野党共闘の繋ぎ目として、あるいは与党との連立すら展望できるほど柔軟性がある山本太郎。

このうち、小泉進次郎は圧倒的な人気にもかかわらず、大臣就任後の経験不足が露呈した。次の次の次、あたりが妥当なところだろう。鈴木道知事や吉村府知事の台頭によって、もはや「過去のひと」という印象も生まれてしまった。

FNN世論調査より

給付金30万円が一律10万円となって、立場をうしなった岸田文雄政調会長。19人しかいない派閥が内輪もめ(徳島1区選出の後藤田正純と衆院比例四国ブロックの福山守が公認争い)の石破茂元防衛大臣も、見識や国民的人気だけではどうにもならないだろう。

関西の一部で待望される橋下元府知事も、総理の線はないだろう。そもそも彼は政治家としての粘り腰、打たれ強さがない、批評の人なのである。ワイドショーのインタビューに答えて「田崎(史郎)さんに批判されるので、政治家をやるのは疲れた」などの告白がその証左だ。批判につよい、象のような皮膚感覚こそが、政治家の必須条件である。ちなみに、FNN世論調査は右記のとおりだ。

◆コロナ禍の首都は都知事選を行えるか?

まず、7月にせまった東京都知事選挙は行なわれるのだろうか。わが国に先んじて感染ピークをクリアし、いまやコロナ以前に復帰した韓国は総選挙を何事もなく実施した。アジアの先進国を自任し、アメリカ流民主主義の模範であるはずの日本の首都が、選挙を行なえないでは面子まるつぶれであろう。

自民党が独自候補をあきらめ、山本太郎が「小池さんには勝てない」と表明したとおり、小池百合子の再選(本人は出馬表明していない)は確実なところだ。注目されるのは、小池知事の国政復帰であろう。彼女の国民的な人気をたよって、自民党が次期総理にかつぐ可能性はないでもない。

10万円一律支給であきらかになったとおり、政局を左右するのは公明党の意向であり、影の総理ともいえる二階俊博幹事長の仕掛けが気になるところだ。政治家は自分でトップを演じるよりも、日陰にいてトップを操るのがいい。「院政」をもって政治を操るのが、平安朝いらいわが国の政治的な伝統である。それをふまえて、いくつかのケーススタディを提示しておこう。

◆岸田文雄の発信力のなさ

自民党総裁でいえば、本命は岸田文雄政調会長である。この人の問題点は、あまりにも乏しい発信力であろう。発信力のなさは存在感と言い換えてもいい。わずかにチラシのような季刊誌(4ページ)があるだけで、その政治主張はほとんど自民党の広報を薄めたような内容だ。これでは首班を取ったとしても、最初の選挙で負けると思う。

そもそも岸田さんが何をやりたい人なのか、わかる人はいないのではないだろうか。そのうえ選挙に強みがないのではどうにもならない。選挙での弱さは、昨年の参院選の地元広島選挙区での敗北(溝手顕正元防災相の落選、秋田・山形・滋賀での敗北)、この4月の静岡衆院補選の投票率の低さで証明された。

考え起こしてほしい。右派的な主張いがい、政策にこれといった中身のなかった安倍総理が、圧倒的な選挙戦での強さを背景に、独裁的な政権運営を行なったことを。政治家の力とは、選挙での強さなのだ。タイミングと布陣の双方から本命すぎるがゆえに、短命な政権で終わると予言しておこう。

◆女性と首長から総理が

自民党の稲田朋美幹事長代行(衆院福井1区)は3月19日、TBSのCS番組において、自分が取り組む女性政策の推進に向けて「党の『おじさん政治』をぶっ壊す」と決意を表明した。男性議員を中心に伝統的価値観を重んじる党の変革を訴える狙いとみられる。 番組ではひとり親の税負担を軽減する「寡婦控除」に未婚の親を加える税制改正を実現したエピソードを紹介した。「若い男性議員、考えが柔軟な人は賛成してくれた」と、女性施策への理解拡大に期待感を示した。安倍総理のお気に入りでもあり、保守系右派の若い男性層、保守系のおばさん層の支持があれば、念願の総理の座も不思議ではなくなる。

最近は存在感こそ希薄だが、条件さえあれば野田聖子の総理登用も不思議ではない。渡米して体外受精で子宮を失いながらも高齢出産したエピソードは、保守リベラル系の支持があれば大化けする。その場合は保革大連立であろう。

前述した小池百合子の国政復帰も、自民凋落による大連立が前提である。思い起こしてみてほしい。小池と細野豪志の「(民主党から)まるごと来てもらうつもりはない」という発言で瓦解するまで、日本の政界は二大政党政治へのギリギリの展開を見せていたことを。最初にふれた山本太郎の政権入りも、反原発を掲げる自民党政治家(河野太郎・小泉進次郎)が首班となった場合である。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

コロナ騒動により外出自粛を強いられる日々だが、これは自分と向き合い、自分の能力を伸ばすチャンスかもしれない。そのことを教えてくれるのが、全国各地の刑事施設で長期の獄中生活を強いられている受刑者や死刑囚たちだ。

受刑者や死刑囚が獄中でとてつもなく上手な絵を描けるようになったり、精巧な工芸作品を作れるようになったりした例は枚挙にいとまがないが、筆者がこれまで取材した重大事件の犯人たちの中にもそういう例は数多い。その中でもとくに印象深かった西口宗宏という死刑囚のことを紹介したい。

◆絵を描くことを生きる支えに

西口は2011年の11、12月に、大阪府堺市で歯科医夫人・田村武子さん(当時66)と象印マホービン元副社長の尾崎宗秀さん(当時84)を相次いで殺害し、現金や商品券などを奪う事件を起こした。殺害方法はいずれも両手足を拘束したうえ、顔にラップを巻きつけて窒息死させるという惨たらしいもので、昨年2月、最高裁に上告を棄却され、死刑が確定している。

筆者はこの西口が死刑確定まで4年半ほど面会や手紙のやりとりをした。残酷きわまりない殺人事件を起こした西口だが、会ってみると、小柄の弱々しい感じの男で、何も知らなければ、とても殺人犯に見えない人物だった。

「死は怖くないですが、死刑は怖いですね。自死しようと考えたこともありますし、いつも頭に死があります」

面会の際、そう語っていた西口は常に死刑の恐怖に苦しんでいる様子だった。精神的に不安定だからか、あまり食事を食べられず、がんばって食べても吐いてしまうため、顔色がいつも悪かった。

そんな西口が生きる支えにしていたのが、絵を描くことだったのだ。

西口の描いた絵。罪の意識を表現したものと思われる

◆獄中で絵を描き続け、賞をもらうまでに

西口の写経には、いつも絵が添えられていた

西口は獄中で毎日、被害者のために写経と読経をしていたが、写経のやり方は独特で、写経した紙に一緒にイラストを描いていた。元々、漫画好きだったそうなのだが、写経と一緒に描くイラストも漫画のようなタッチで、自分自身が死刑を恐れて苦しむ様子や、別れた妻子を思い出して後悔する様子が表現されていた。

そのうち、西口は経典とは関係なく、絵そのものを描くことに没頭するようになった。描く絵は抽象的な作風のものばかりだったが、写経に添える絵と同様に死刑を恐れたり、罪悪感に苦しんでいたりする自分自身を表現したような作品が多かった。そして絵を描き続けるうち、どんどん腕を上げ、死刑廃止団体が毎年開催している「死刑囚表現展」で賞をもらうまでになった。

「ここでは、絵の具は使えないので、色鉛筆を水で溶かし、絵の具のようにして使っているんです」

面会中、絵の話をする時の西口は楽しそうだった。筆者にくれる手紙やハガキにも毎回、絵が描き添えられていたが、それらはユーモアや温かみの感じられる絵が多かった。西口にとって、絵を描くことは心の支えだったのだろうが、絶対に逃げ出せない獄中で死刑の恐怖や罪の意識に苦しむ日々の中、自分と向き合い続けたことが西口の能力を開花させたことは間違いない。

許されざる罪を犯した西口だが、コロナ騒動により外出自粛を強いられる日々の中、時には自分と向き合ってみることの有効性を教えてくれる実例だとは思う。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

◆コロナウイルスに真っ先に感染したのは、あいりん職安の職員!

窓も締め切り、3密状態だったセンター(仮庁舎)。危険性を指摘され、表で待つように変わった

猛威を振るう新型コロナウイルス禍が、日雇い労働者の町・釜ヶ崎にも様々な悪影響を及ぼしている。地区内のいくつかの炊き出しが中止になり、食事回数が減った人たち、仕事が無くなりドヤを出された人……。今後、職や住まいを失った人、ネットカフェから出された人たちが、釜ヶ崎に多数集まってくるだろうが、そうした野宿者・困窮者の最後のセーフティネットであった「あいりん総合センター」(以下センター)も、昨年4月24日に以降、強制的に閉鎖されたままだ。

大阪維新が牛耳る大阪府政・市政は、吉村知事、松井市長ともどもメディアに出まくり、「やってる感」を演出するが、とりわけ釜ケ崎に関してのコロナ対策は全てにおいて後手後手にまわっている。

厚労省管轄の西成労働福祉センター(南海電鉄高架下に仮移転中)のトイレに石鹸がなかったことについて、「働き人のいいぶん」(行動する働き人発行)で何度も注意され、ようやく置かれるようになったし、同じく労働福祉センターの「特別清掃事業」の輪番紹介時が非常に混雑し「3密」状態だったが、こちらも釜ヶ崎地域合同労組が、チラシや情宣で危険性を訴え続け、ようやく解消されることとなった。

それだけコロナ対策に無頓着、無関心だからか、釜ヶ崎内で最初に感染が確認されたのは、3月末まであいりん職安に勤務していた4人の職員だった。直接ではないにしろ、感染した職員の任務が労働者に対応する業務であったため、感染を労働者に広めた危険性は拭えない。

◆「3密」状態のシェルターの閉鎖し、センターを開けろ!

シェルター内部

大阪府と大阪市は、昨年4月24日、センターから強制的に労働者を排除し閉鎖したが、その代替場所として「広場」(「新萩の森公園」予定地)、NPO釜ヶ崎支援機構の運営する「禁酒の館」「無料休憩所」「シェルター」(夜間一時避難所)、そして「あいりん職安」の待合室などを挙げていいた。

吹きさらしの空き地にテントを建てただけの「広場」は別として、他の施設はコロナウイルス感染拡大の条件となる「3密」状態になるのではと懸念し、釜ヶ崎地域合同労組、釜ヶ崎医療連絡会議、釜ヶ崎センター解放行動らが、これらの施設を閉鎖し、広くて風通しの良い「センターを解放しろ」と要求し続けている。

◆10万円をすべての釜ヶ崎の労働者に渡せ!

前述したように、釜ヶ崎のいくつかの炊き出しが止まったこと、仕事が減ったことで、今日明日食うことにも困る労働者が増えている中、4月28日釜合労や釜ヶ崎公民権運動の仲間が、10万円の「特別定額給付金」について、西成区役所に対策を聞きに行ったところ、「まだ窓口も決まっていない」との返答であった。

今回の10万円給付については、住民票の住所と違う場所に住むDV被害者が、別住所で受け取ることができるようにする、住民基本台帳にも記載がない無戸籍者に対しても自己申告により給付可能となる措置が取られるなど、評価できる措置もとられている。しかし釜ヶ崎においては、更に深刻な問題がある。

そもそも釜ヶ崎などで日雇い労働に従事していた人たちは、長年飯場を渡り歩く者、飯場とドヤを行き来する者、ドヤから日々現金仕事に就く人など様々な就労形態を持っており、決まったアパートなどで住民票を取っている人は少なかった。

また様々な事情で故郷の家族の元を去らざるを得なかった人、連絡を取りづらい人、債務などを抱えて行方をくらました人など住民票が取れない状態に置かれた人も少なくない。

一方で現実の生活では、日雇い労働者の失業保険である「白手帳」、運転免許証や仕事に欠かせない各種免状を取得するために住民票がどうしても必要になってくる。当時はどれだけ長く居住していても、ドヤでは住民票が取れなかったため、困った労働者らが役所などに相談したところ、西成区役所は、便宜的に釜合労が入る解放会館などに住民票を置くことを勧めてきた。そのため解放会館の住所には最高時で5000人を超す人が住民票を置いていたという。

しかしこれらの住民票が2007年、突然強制的に削除された。「居住実態がない」というのか行政側の理由だったが、そもそもそれを承知の上で西成区役所、西成警察署、あいりん職安は「住所がなければ、釜ヶ崎解放会館に行ったら住民票がおけるから、解放会館にいけばいい」と、何十年間も労働者に言い続けてきたのではないのか?

住民票がなければ、給付金の申込書を受け取ることができない。今回も便宜的に解放会館などに住民票を移そうとしようにも、自分を証明するものを全く持っていない人も非常に多い。

ちなみに筆者がセンター周辺に野宿する人たちにマスクを配布しながら、住民票や、自分を証明するものの有無などについて聞き取りを行ったところ、昨年の4月24日、機動隊と国、大阪府の職員により、センターから強制排除された際、センター内に置いたままの荷物を、翌25日に返して貰えなかった男性がいたことがわかった。荷物には危険物取り扱いやクレーンなど、本人を証明する大切な免状が入っていたという。

大阪府は「センターの中に残っているものを返せ」と大きな声を上げた釜合労には、立て看などを返しに来たが、声を上げれない労働者には泣き寝入りを強いるのか。

◆国と行政は、責任持って野宿者に10万円給付金をとれるようにしろ!

総務省は、4月28日付けで「ホームレスなどへの特別定額給付金の周知に関する協力依頼について」との通知を出し、支援団体に対して、住所の認定されにくい野宿者らへの周知、支援を要請した。

しかし、役所は野宿者を強制排除する際には、早朝、夜を問わず、執拗に野宿するテントや小屋を訪ね、氏名や住所などを聞き出しているではないか。2016年花園公園から野宿者を排除した時もそうだったし、今回センター周辺で野宿する人たちのテント、段ボールの前に打ち付けられた「公示書」にも、役所がしつこく聞き出したために、明らかになった野宿者の名前が記されている。

ならば今回も10万円が全ての野宿者、住民票のない人に渡るように最善を尽くせ!勝手に人の住民票を台帳から削除した大阪市役所よ、1人も取り残すなよ!

テント前に打ち付けられた「公示書」には、役人が労働者を騙して聞き出した名前が記されている

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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◆インカ帝国滅亡のなぞ

インカ帝国を滅ぼしたスペイン人のピサロ

マチュピチュ遺跡で有名な南米のインカ帝国は、スペインのピサロによって滅ぼされたのはよく知られている。ピサロが初めて南米に渡ったのが1524年、金を求めての探検であった。

1531年に180人の兵と37頭の馬を引き連れて再訪し、翌年には皇帝のアタ・ワルパを捕縛、そのまま殺害してしまう。インカ帝国の首都クスコを1533年の秋に無血開城させ、現在のリマに拠点を築く。ピサロの兵はわずか180人だったという。

当時のインカ帝国は1600万人と推定されているが、なぜわずか180人の兵士に屈したのか。これは歴史の大きな謎とされてきた。

インカ帝国に内紛がありピサロにそれが利用されたのは事実だが、それにしても皇帝アタ・ワルパの手勢だけでも数万の兵力があったのだ。じっさいに1526年の西海岸上陸では、インカ兵の襲撃をうけて十数名のスペイン兵が惨殺されている。平和を謳歌してきたインカ人(インディオ)たちも、侵略者を許さない暴力を持っていたことになる。

歴史家たちは、初めて馬を見たインカ人たちがそれを怖れ、精強なスペイン兵を前に敗走したと説明する。あるいは平和な繁栄を遂げてきたインカ帝国には、戦闘的な兵士がいなかったという。そうではない。

先住民を虐殺するスペイン人

ピサロのインカ征服は、カルロス1世から総督の地位を承認されるなどの手続きをふくめ、足かけ9年もの年月をかけている。そのかんに、ヨーロッパでは免疫制圧された天然痘やペストなどの感染症が、インカ帝国を襲ったのである。一説には、人口の60%が失われたとするものもある。

最近の研究としては、マチュピチュ遺跡から出土した人骨から、天然痘や寄生虫の痕跡がみとめられている。マチュピチュは王族や貴族の神殿と考えられ、標高2,430メートルの高地にある。感染症は帝国の中枢にまで至っていたのだ。

金をはじめとする財宝、そしてトウモロコシやジャガイモなどがヨーロッパにもたらされ、南米はスペイン・ポルトガル(イベリア両王国)が支配するところとなった。この略奪戦争はしかし、人類史的には文明の進歩でもある。古代・中世においては、戦争が生産様式(総体的奴隷社会=マルクス)であるゆえんだ。「コロンブス交換」からそのことを説明していこう。

◆コロンブス交換

大航海時代以前からアメリカ大陸に住んでいた主な先住民たち

新世界(アメリカ大陸)を発見したコロンブスによって、もたらされた物と奪った物をコロンブス交換という。植物、動物、銃、そして病原菌である。大航海によって海が征服され、分断されていた文明が交流する。新自由主義のグローバリゼーションがウイルスのパンデミックをもたらしたように、15世紀末からの植民地化は世界を一新した。

病原体にかぎって、列記しておこう。

ヨーロッパからアメリカ大陸にもたらされたのは、コレラ、インフルエンザ、マラリア、麻疹、ペスト、猩紅熱、天然痘、結核、腸チフス、黄熱、百日咳などである。

いっぽう、アメリカ大陸の風土病もヨーロッパにもたらされた。梅毒、フランベジア(イチゴ腫)、黄熱 (American strains)である。

インカ帝国の人口が60%失われたかどうかは、現代の疫学研究に基づいた推定にすぎないとしても、東西大陸の人類は上記の感染症を体験(集団免疫)することでそれを克服し、病魔にまさる新たな食料資源を得たのである。

前述したジャガイモやトウモロコシ、トマト、落花生やキャッサバがヨーロッパを経由してアジアにもたらされるまで要したのは、数十年だったとされている。じつは18世紀にいたるまで、人類の最大の脅威は疫病ではなく凶作だったのだ。いまも飽食の日本においてすら、餓死する貧困層は存在するし、世界では6億人の人々が飢えに苦しんでいるという。

ヨーロッパから新大陸に持ち込まれた馬や銃、耕作用の鉄器は広大な南北アメリカで農業の隆盛をもたらした。

われわれが今日、スーパーで手にする肉や野菜はどうだろう。アメリカ産、カナダ産、ブラジル産の農産物の何と多いことか。コロンブスやピサロの「発見」や「侵略」によって、世界はひとつ(均一)になったのである。しかるに、人類の開発が密林におよび、そこで生息していたウイルスたちを眠りから起こしてしまった。その亜種が変異をくり返し、いまやわれわれに寄生しようとしているのだ。

そこでわれわれは、広がりすぎた世界を「閉じる」必要を思いつく。クラスター防止のために都市は「ロックダウン」され、県域を越えるなと政府は言う。

そうであれば、鉄道通勤をやめてしまえばいい。テレワークに必要な電力は、自然光発電を自前にしてしまえばいいではないか。各地の産品を全国にもたらす物流システムは、本当に必要なのか。人的な移動を必要としない、ITとAIを駆使した経済モデルはどこまで可能なのか。就業と賃金システムを効率的に実現できる方法は何なのか? 公平な労働と分配は可能なのか。初歩的な疑問から出発し、コロンブス交換に匹敵する革命を模索したいものだ。

◎[カテゴリー・リンク]感染症と人類の歴史 

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

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